説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】レーザー照射により磁区構造を制御して鉄損を低減させる方向性電磁鋼板において、より大きな鉄損低減効果を有する方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供する。
【解決手段】表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえる方向性電磁鋼板を製造するに際し、
(1) 該方向性電磁鋼板中に混入するCr量を0.1質量%以下に抑制する、
(2) 該フォルステライト被膜の被覆量が酸素目付量で3.0g/m2以上とし、かつ該フォルステライト被膜下部における該方向性電磁鋼板の地鉄部に食い込んだアンカー部の厚みを1.5μm以下とする、
(3) 長さ:280mmの試験片の片面にのみ該フォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量が10mm以上で、かつ該片面にのみ該フォルステライト被膜と該張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量が20mm以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器などの鉄心材料に用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用される材料である。トランスの高効率化、低騒音化の観点から、方向性電磁鋼板の材料特性としては低鉄損、低磁歪が求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることが重要である。しかし、配向性が高すぎると逆に鉄損が増加してしまうことが知られている。そこで、この欠点を解消するため、鋼板の表面に歪や溝を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザーを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。また、レーザー照射を用いる磁区細分化技術は、その後改良され(特許文献2、特許文献3および特許文献4などを参照)鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特開2006−117964号公報
【特許文献3】特開平10−204533号公報
【特許文献4】特開平11−279645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年の省エネルギーや環境保護に対する意識の高まりによって、更なる鉄損特性の改善が要求されているが、上掲した特許文献1〜4に記載の方向性電磁鋼板では、必ずしも満足な鉄損特性が得られるわけではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記した現状に鑑み開発されたもので、レーザー照射により磁区構造を制御して鉄損を低減させる方向性電磁鋼板において、より大きな鉄損低減効果を有する方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【0007】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、レーザー照射による磁区細分化済みで、磁束密度B8が1.91T以上の方向性電磁鋼板であって、
(1) 該方向性電磁鋼板中に混入するCr量を0.1質量%以下に抑制する、
(2) 該フォルステライト被膜の被覆量が酸素目付量で3.0g/m2以上とし、かつ該フォルステライト被膜下部における該方向性電磁鋼板の地鉄部に食い込んだアンカー部の厚みを1.5μm以下とする、
(3) 長さ:280mmの試験片の片面にのみ該フォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量が10mm以上で、かつ該片面にのみ該フォルステライト被膜と該張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量が20mm以上である、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0008】
2.Crの混入を0.1質量%以下に抑制した方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを塗布し、レーザー照射による磁区細分化を施す一連の工程により方向性電磁鋼板を製造するに際し、
鋼板表面に形成されるフォルステライト被膜の量が酸素目付量:3.0g/m2以上で、該フォルステライト被膜下部に形成される地鉄部に食い込んだアンカー部の厚みが1.5μm以下で、長さ:280mmの試験片の片面のみに該フォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量が10mm以上となるように、脱炭焼鈍の雰囲気酸化性、最終仕上げ焼鈍の雰囲気およびヒートパターン、ならびに、焼鈍分離剤MgOへの添加剤のいずれかを調整し、
片面にのみ該フォルステライト被膜と張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量が20mm以上となるように該張力コーティングを塗布・焼付けする、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、レーザーを用いた磁区細分化による鉄損の低減効果を、より効果的に発現した方向性電磁鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明について具体的に説明する。
一般的な方向性電磁鋼板の製品板の表層は、フォルステライト被膜と張力コーティングから成っており、鉄損低減のために施されるレーザー照射は、張力コーティングの表面に施されるのが通常である。
レーザー照射による鉄損低減のメカニズムは、鋼板表面にレーザー照射による熱歪みが与えられることで、鋼板の磁区が細分化されて発現するものである。
【0011】
また、フォルステライト被膜と張力コーティングは共に、鋼板に引張応力を付与する効果がある。そのため、両者の性状は、レーザー照射による鉄損低減効果の主要因子である熱的歪みに影響を及ぼす一因となる可能性がある。ところが、従来より鋼板における鉄損低減効果の検討は、レーザー照射条件を変更することを主体に行われており、フォルステライト被膜と張力コーティングの鉄損低減効果への影響度は、必ずしも明確にされていなかった。
【0012】
レーザー照射によって、極めて強い熱歪みが局所的に導入され、照射部直下の磁区構造が破壊された場合、照射部直下のみならず、その近傍でも、熱歪みの残留応力により磁区構造の乱れる領域が観察され、このような領域では鉄損が増大することが分かっている。
そのため、その応力の影響が広がる領域を小さく抑制することが、鉄損低減につながることになる。すなわち、被膜張力を大きくすることで、鋼板の表面応力が大きくなるために、熱歪みの残留応力に打ち勝ち、結果として、熱歪みの残留応力が影響を及ぼす領域を小さくすることができるのである。
それ故、レーザー照射を施す材料におけるフォルステライト被膜および張力コーティングの被膜張力は、強ければ強いほど好ましいといえる。
【0013】
被膜張力の強さは、被膜を片面除去した時の鋼板の反り量から評価できる。ここに、被膜の厚みを厚くすればするほど、鋼板の反り量が大きくなることが知られている。このことから、被膜が厚くなるほど被膜の張力は強くなることが分かる。
【0014】
フォルステライト被膜は地鉄部(鋼板)に食い込む形で形成されて複雑な形態をしており、一般にアンカーと呼称される(以下、アンカー部という)。レーザー照射を行う際、地鉄部に対して光学的エネルギーを導入する場合、被膜中でのレーザーの散乱が小さいほど効率的である。ここに、リン酸塩―コロイダルシリカからなる張力コーティングもフォルステライト被膜も基本的には透明であるが、複雑な形状を呈するアンカー部では、レーザーは散乱されやすくなる。そのため、アンカー部の厚みは薄いほどレーザーの散乱が小さくなる。
【0015】
従って、レーザー照射により磁区構造を制御して、より効果的に鉄損を低減させるためには、被膜全体を厚くして被膜張力を高めると共に、アンカー部が薄いことが重要である。というのは、アンカー部が厚ければ、いくら被膜全体が厚く被膜張力が強くても散乱によりレーザー照射効果が減じてしまうからである。また、アンカー部が薄くても、被膜全体が薄くて被膜張力が弱いと、地鉄へのレーザー照射の効率が高すぎるので、却って歪み導入量が過剰になってしまう。歪導入量が過剰になると、照射部周辺に残留応力が生じて、磁区構造の乱れる領域が広がる。このような領域は、前述したとおりに、鉄損劣化を生じる領域となるため、十分な鉄損低減効果が得られないこととなるからである。
【0016】
レーザー処理による磁区細分化効果は、二次再結晶後の結晶粒の方位が磁化容易軸である<100>方向に集積しているほど大きいことから、集積度の指標であるB8値は高いほどレーザー照射による鉄損低減効果は大きくなる。
【0017】
以下、本発明における成分組成などの限定理由、および好適範囲について述べる。
一般に、鋼中にCr添加を行うとフォルステライト被膜の張力が減少することが知られている。この機構は明らかではないが、Crがフォルステライトの組織中に取り込まれてフォルステライトの結晶構造が変化するためと推定されている。従って、被膜張力の向上にはCrの添加量は少ないほど有利である。
【0018】
Cr:0.1質量%以下
Crは、熱間加工性を良好にする上で有用な元素であるが、本発明では、上述したように、フォルステライト被膜の張力向上のため、Cr量は0.1質量%以下に抑制するものとした。
【0019】
フォルステライト被膜の被覆量:酸素目付量で3.0g/m2以上
本発明において、フォルステライト被膜の被覆量は酸素目付量で3.0g/m2以上とする。というのは、前述したとおり、被膜が薄い、すなわち、酸素目付量で3.0g/m2に満たないと、被膜張力が弱くなると共に、地鉄へのレーザー照射効率が高くなりすぎ、却って鉄損が劣化してしまうからである。
【0020】
被膜の地鉄部に食い込んだアンカー部の厚み:1.5μm以下
本発明では、アンカー部での平均厚みが1.5μm以下であることが必要である。1.5μmより大きい場合には、アンカー部におけるレーザーの散乱が著しくなり、レーザー照射による鉄損低減効果が小さくなる。すなわち、磁区細分化効果が減少するため、渦電流損失の低減が不十分となる。
【0021】
地鉄部分に食い込んだフォルステライトのアンカー部の厚みについては断面SEM(走査型電子顕微鏡)観察等で測定することができる。例えば、SEMにより鋼板断面を20000倍の倍率で観察し、フォルステライトと地鉄の界面において不連続に観察されるアンカー部において、地鉄に最も突出した部分からフォルステライト被膜とアンカー部の界面(根元部)までの長さを測定し、これを複数のアンカー部で平均してアンカー部の平均厚みを求める。
なお、測定頻度としては、測定長:10cm当たり任意に5視野を抽出し、上記のSEM観察をする。
【0022】
片面にのみ被膜を有する状態での鋼板の反り量:10mm以上かつ、片面にのみ被膜と張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量:20mm以上
本発明では、フォルステライト被膜および絶縁コーティングの被膜張力は、被膜片面除去による鋼板の反り量で規定している。具体的には、長さ:280mm、幅:30mmの試片について、鋼板の一方の面の被膜を除去し、他方の面にフォルステライトのみを有する状態での試片の反り量を測定し、その測定値が10mm以上となっていることが必要である。また、鋼板の一方の面の被膜が除去され、他方の面にフォルステライトと絶縁コーティングを有する状態での試片の反り量を測定し、その測定値が20mm以上あることが必要である。
というのは、上述したように、被膜および絶縁コーティングの張力が大きいほど、熱歪みの残留応力が影響を及ぼす領域を縮小する効果があるからである。従って、前記した反り量がそれぞれ規定値より小さい場合には、いずれも鉄損低減効果が小さくなり、所望の鉄損が得られないこととなる。
【0023】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件に関して具体的に説明する。
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、Crの含有量を除いては、特に制限はなく、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0024】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100質量ppm以下、N:50質量ppm以下、S:50質量ppm以下、Se:50質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0025】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0026】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0027】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0028】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%およびMo:0.005〜0.10質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%の範囲とするのが好ましい。
【0029】
また、Sn、Sb、Cu、PおよびMoはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0030】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0031】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜 1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。
【0032】
本発明において、鋼板にフォルステライト被膜を厚く付けつつ、地鉄鋼板のアンカー部を小さくするために、以下に示す条件を少なくとも一つ満足して、製造する必要がある。
(a) 脱炭焼鈍の雰囲気酸化性
本発明では、脱炭焼鈍で形成されるファイアライト(Fe2SiO4)を主体とする下地被膜を通常より厚くすることが望ましい。酸素目付け量で1.0g/m2以上が望ましい。続く最終仕上げ焼鈍で形成されるフォルステライト(Mg2SiO4)被膜が厚くなり、かつ追加酸化を抑制することができるため、追加酸化により発達するアンカー部の発達を抑えることができる。
【0033】
(b) 最終仕上焼鈍の雰囲気
本発明では、800℃付近から1200℃付近までの昇温過程において、水素を添加することで追加酸化を抑制し、アンカー部の発達を抑制できる。添加濃度については、温度域、組み合わせる焼鈍分離剤の組成などによって決められるが、通常より分圧を高めることが好ましい。
【0034】
(c) 最終仕上焼鈍のヒートパターン
本発明では、最終到達温度の1200℃付近までの昇温速度を早めることが、脱炭焼鈍時に形成された下地被膜の形態を維持し、かつアンカー部を発達させないという点で望ましい。なお、上記の昇温速度は15℃/時間以上が望ましい。
【0035】
(d) 焼鈍分離剤MgO
本発明では、アルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の化合物をMgO主体の分離剤に添加することが有効である。化合物としては水酸化物、硫化物など特に限定されないが、MgOを100質量部としたときに、少なくとも1種または2種類以上のアルカリ金属あるいはアルカリ土類金属の化合物を0.5質量部以上添加することが望ましい。
【0036】
以上、(a)〜(d)の条件を少なくとも一つ調整することで、鋼板表面に形成されるフォルステライト被膜の量が酸素目付量:3.0g/m2以上であっても、フォルステライト被膜下部に形成される地鉄部に食い込んだ部分の厚みが1.5μm以下で、しかも長さ:280mmの試験片の片面のみにフォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量を10mm以上とすることができる。
【0037】
最終仕上げ焼鈍後、平坦化焼鈍を行って鋼板の形状を矯正することが有効である。なお、鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善する目的で、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に張力コーティングを施すことが有効である。この張力コーティングは、リン酸塩―コロイダルシリカ系のガラスコーティングが一般的であるが、他にホウ酸アルミナ系など、非晶質の酸化物であればいずれも透明で粒界もないので張力コーティング内での散乱や吸収は小さく、レーザー照射の効率への影響は小さい。
なお、張力コーティングを施す際には、前述したとおり、片面にのみフォルステライト被膜と張力コーティングとを有する状態における鋼板の反り量が20mm以上となるように、塗布・焼付け条件を調整し、張力コーティングを塗布・焼付けすることが肝要である。
【0038】
本発明では、張力コーティング付与後の時点で、鋼板表面にレーザーを照射することにより、磁区を細分化する。
本発明で照射するレーザーの光源としては、連続波レーザー、パルスレーザーのいずれでもよく、YAGレーザーやCOレーザー等の種類を選ばない。また、照射痕は線状でも点状でも構わないが、これら照射痕の方向は、鋼板の圧延方向に対して、90°から45°をなす方向であることが好ましい。
なお、最近使用されるようになってきたグリーンレーザーマーカーは、照射精度の面で特に好適である。
【0039】
本発明で用いるグリーンレーザーマーカーにおけるレーザーの出力は、単位長さ当たりの熱量として、5〜100J/m程度の範囲が好ましい。また、レーザービームのスポット径は0.1〜0.5mm程度の範囲とし、圧延方向の繰返し間隔は1〜20mm程度の範囲とすることが好ましい。
なお、鋼板に付与される塑性歪の深さは、3〜60μm程度とするのが好適である。
【0040】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の方向性電磁鋼板の製造方法を、適用すればよい。
【実施例】
【0041】
〔実施例1〕
質量%で、C:0.08%、Si:3.3%、Mn:0.07%、Se:0.016%、Al:0.016%、Cu:0.12%、およびCr:0.13%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる成分組成の鋼Aと、Crを添加せずに、その他の成分は鋼Aと同じ鋼Bとを溶製し、厚み:70mmの鋼スラブに連続鋳造で鋳込んだ後、それぞれ1400℃に加熱後、熱間圧延により2.6mm熱延コイルを得た。タンデム圧延機により1.9mmまで冷間圧延し、1100℃で中間焼鈍を行った後、ゼンジミア圧延機により0.23mmの最終板厚に仕上げた。
【0042】
ついで、この冷延板に湿水素雰囲気中、800℃で脱炭焼鈍を行った。その後、MgO:100質量部に対して、TiO2を質量部で10%添加した焼鈍分離剤を塗布し、1150℃の仕上げ焼鈍を行った。
上記工程において、以下に述べる(a)〜(d)のうち少なくともいずれかの処置を講じた。
(a) 脱炭焼鈍の雰囲気酸化性
雰囲気酸化性PH2O/PH2=0.20〜0.55の範囲で変更。
(b) 最終仕上焼鈍の雰囲気
800℃から1150℃の昇温過程における水素濃度を0〜75%の範囲で変更。
(c) 最終仕上焼鈍のヒートパターン
500℃から1150℃までの平均昇温速度を5〜30℃/時の範囲で変更。
(d) 焼鈍分離剤MgO
硫酸ストロンチウムを、MgO :100質量部に対して0〜10質量部の範囲で添加。
【0043】
この段階で鋼板に生成した表面酸化物の目付量の測定と、二次電子顕微鏡を用いて表面酸化物の断面観察を20000倍の倍率で行い、表面酸化物が地鉄に食い込んだ部分、いわゆるアンカー部の厚みを測定した。また、熱塩酸により表面酸化物を片面のみ除去した試片を作製し、平坦面に片面除去した鋼板を押し当ててその反り量から表面酸化物による被膜張力を評価した。
【0044】
さらにコロイダルシリカとリン酸マグネシウムを主成分とする絶縁コーティングを、厚みを変更して塗布し、800℃で焼成した後、100Wのファイバーレーザーを用いて、圧延方向と直角方向に、板幅方向の走査速度:10m/s、圧延方向の照射ピッチ:5mm、照射幅:150μm、照射間隔:7.5mmで磁区細分化処理を行った。得られた鋼板を、長さ:280mm、幅:30mmの試験片サイズに剪断後、一部は磁気特性評価を行い、鉄損W17/50値および磁束密度B8値を測定した。また熱塩酸により絶縁コーティングと表面酸化物をあわせて片面のみ除去した試片を作製し、平坦面に片面除去した鋼板を押し当ててその反り量から表面酸化物および絶縁コーティングを含めた被膜張力を評価した。
上記試験片の最終焼鈍後の表面酸化物の目付量とアンカー部の厚み、鋼板の反り量および磁気特性を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
表1に示したとおり、本発明の適正範囲を満たすNo.2、6、7では、良好な鉄損特性が得られている。これに対し、表面酸化物の目付量やアンカー厚みなど一つでも本発明の範囲を外れたNo.1、3、4、8、9については、満足する鉄損特性が得られていない。また、製造条件は本発明の範囲を満たしていても素材のB8が1.91T未満のNo.5、10は、満足する鉄損特性が得られていない。
【0047】
〔実施例2〕
質量%で、C:0.04%、Si:3.2%、Mn:0.05%、Ni:0.01%、およびCr:0.02%を含有し、残部Fe及び不可避不純物からなる成分組成の鋼Cと、Cr量のみ0.02質量%に変更し、その他の成分は鋼Cと同じ鋼Dとを溶製し、1400℃に加熱後、熱間圧延により2.0mm熱延コイルを得た後、1000℃で熱延板焼鈍を施した。0.75mm厚みでの中間焼鈍を行った後、0.23mmの最終板厚に仕上げた。
【0048】
湿水素雰囲気中、850℃で脱炭焼鈍を行った。その後、MgO:100質量部に対して、SnO2を質量部で2%、TiO2を質量部で5%添加した焼鈍分離剤を塗布し、1200℃の仕上げ焼鈍を行った。
上記工程において、以下に述べる(a)〜(d)のうち少なくともいずれかの処置を講じた。
(a) 脱炭焼鈍の雰囲気酸化性
雰囲気酸化性PH2O/PH2=0.30〜0.60の範囲で変更。
(b) 最終仕上焼鈍の雰囲気
900℃から1100℃の昇温過程における水素濃度を25〜100%の範囲で変更。
(c) 最終仕上焼鈍のヒートパターン
500℃から1200℃までの平均昇温速度を5〜30℃/時の範囲で変更。
(d) 焼鈍分離剤MgO
水酸化リチウムを、MgO:100質量部に対して0〜10質量部の範囲で添加。
得られた仕上げ焼鈍板について実施例1と同様の調査を行った。
【0049】
さらにコロイダルシリカとリン酸アルミニウムを主成分とする絶縁コーティングを、厚みを変更して塗布し、850℃で焼成した後、Qスイッチパルスレーザーを用いて、圧延方向と直角方向に、板幅方向の走査速度:15m/s、圧延方向の照射ピッチ:6mm、照射幅:150μm、照射間隔:7.5mmで磁区細分化処理を行った。
上記試験片の最終焼鈍後の表面酸化物の目付量とアンカー部の厚み、鋼板の反り量および磁気特性を表2に示す。
【0050】
【表2】

【0051】
表2に示したとおり、本発明の適正範囲を満たすNo.11、15、17で良好な鉄損特性が得られている。これに対し、表面酸化物の目付量やアンカー厚みなど一つでも本発明の範囲を外れたNo.13、14、16、18、19については、満足する鉄損特性が得られていない。また、製造条件は本発明の範囲を満たしていても素材のB8が1.91T未満のNo.12、20は、満足する鉄損特性が得られていない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、レーザー照射による磁区細分化済みで、磁束密度B8が1.91T以上の方向性電磁鋼板であって、
(1) 該方向性電磁鋼板中に混入するCr量を0.1質量%以下に抑制する、
(2) 該フォルステライト被膜の被覆量が酸素目付量で3.0g/m2以上とし、かつ該フォルステライト被膜下部における該方向性電磁鋼板の地鉄部に食い込んだアンカー部の厚みを1.5μm以下とする、
(3) 長さ:280mmの試験片の片面にのみ該フォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量が10mm以上で、かつ該片面にのみ該フォルステライト被膜と該張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量が20mm以上である、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
Crの混入を0.1質量%以下に抑制した方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングを塗布し、レーザー照射による磁区細分化を施す一連の工程により方向性電磁鋼板を製造するに際し、
鋼板表面に形成されるフォルステライト被膜の量が酸素目付量:3.0g/m2以上で、該フォルステライト被膜下部に形成される地鉄部に食い込んだアンカー部の厚みが1.5μm以下で、長さ:280mmの試験片の片面のみに該フォルステライト被膜を有する状態での鋼板の反り量が10mm以上となるように、脱炭焼鈍の雰囲気酸化性、最終仕上焼鈍の雰囲気およびヒートパターン、ならびに、焼鈍分離剤MgOへの添加剤のいずれかを調整し、
片面にのみ該フォルステライト被膜と張力コーティングとを有する状態での鋼板の反り量が20mm以上となるように該張力コーティングを塗布・焼付けする、
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−12666(P2012−12666A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−150404(P2010−150404)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】