説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】近年の低鉄損化の要求に応えた方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】レーザー照射により磁区細分化を行う、磁束密度B8が1.91T以上の方向性電磁鋼板において、フォルステライト被膜中のN含有量を3.0質量%以下に抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結晶方位を制御することや、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザーを照射し、鋼板表層に線状の高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。レーザー照射を用いる磁区細分化技術は、その後改良され(特許文献2、特許文献3および特許文献4などを参照)鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【0004】
また、その他に、鋼板の鉄損特性を改善する方法としては、インヒビターを使用しない成分系として、特許文献5に、レーザーを照射して鉄損を改善した実験例が開示されている。さらに、特許文献6には、インヒビターレス素材に対して、焼鈍分離剤中へのTi化合物添加および仕上げ焼鈍時の焼鈍雰囲気を規定して鉄損を改善した例が開示されている。
上述したように、種々の技術的改善がなされてはいるものの、近年の省エネルギーや環境保護に対する意識の高まりから、方向性電磁鋼板に対して、更なる鉄損特性の改善が要求されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特開2006−117964号公報
【特許文献3】特開平10−204533号公報
【特許文献4】特開平11−279645号公報
【特許文献5】特開2000−119824号公報
【特許文献6】特開2007−138201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上掲した特許文献1〜4に記載の方向性電磁鋼板は、そのいずれもが上記した要求に応えられる鉄損値を得られるものではなかった。
また、発明者らが本発明を成すに至った調査の過程において明らかになったことであるが、特許文献5および6にも以下に述べる課題があった。
すなわち、特許文献5には、Al量を制限して鉄損を改善することに関する記載はあるものの、フォルステライト被膜中の化合物がレーザー照射に及ぼす影響に関しては何ら考慮が払われてなく、またレーザーによる十分な磁区細分化効果も得られていない。さらに、特許文献6に記載の制御技術のみでは、レーザーによる十分な磁区細分化効果が得られていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、発明者らは、上記した課題を解決するために、レーザー照射によって磁区細分化を行うに際し、鉄損低減に影響を与える因子について種々調査した。その結果、フォルステライト被膜中の窒化物(主にAl、Ti系)の存在およびフォルステライト粒子の整粒度が、鉄損に大きな影響を及ぼしていることを突き止めた。
すなわち、窒化物(主にTi、Al系)がある一定量以上、フォルステライト被膜中に存在した場合に、被膜の熱伝導率が局部的に変化して、レーザー照射による熱歪付与の効果が不均一となり、その結果、鉄損低減効果が十分に得られていないことが判明した。また、フォルステライト粒子が均一でない場合、各粒子の歪導入量が所期した程度に均一にならず、鉄損低減効果が十分に得られていないことが判明した。
【0008】
次に、フォルステライト被膜中の窒化物の量とレーザー照射による鉄損改善効果との関係を詳細に調査した結果、フォルステライト被膜中のN量を3.0質量%以下に抑制すれば、鉄損改善効果が格段に向上することが分かった。
加えて、フォルステライト粒子の均一性とレーザー照射による鉄損改善効果との関係を詳細に調査した結果、フォルステライト被膜中に多く含有されているAl量、Ti量を、フォルステライト被膜に対する質量比率でそれぞれ4.0質量%以下、0.5〜4.0質量%の範囲に制御して各フォルステライトの組成変動を抑制したり、フォルステライト粒子径の標準偏差を平均粒子径の1.0倍以下としたりすることで、鉄損改善効果がより向上することも併せて判明した。
【0009】
すなわち、フォルステライト被膜中のN量に関する重要ポイントは、以下(1)〜(4)に記載の4項目であり、フォルステライト粒子の均一性に関する重要ポイントは以下(1)〜(5)に記載の5項目である。
(1) 鋼溶製時の溶鋼中のAl、N量をそれぞれAl:0.01質量%以下、N:0.005質量%以下とする。
(2) 焼鈍分離剤中のTi化合物(窒化物を除く)量を、MgOの100質量部に対して、TiO2換算で、4質量部以下とする。
(3) 最終仕上げ焼鈍工程において、少なくとも昇温過程の750〜850℃の温度領域ではN2を含まない不活性ガス雰囲気とする。
(4) 最終仕上げ焼鈍時に、1100℃以上での雰囲気中、N2の分圧を25%以下に制御した雰囲気とする。
(5) 最終仕上げ焼鈍において、コイル内の最高到達温度の差を20〜50℃に制御する。
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、低鉄損化の要求に応えた方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【0011】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.レーザー照射により磁区細分化を施した磁束密度B8が1.91T以上の方向性電磁鋼板において、フォルステライト被膜中のN含有量を3.0質量%以下に抑制したことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0012】
2.前記フォルステライト被膜中のAl量を4.0質量%以下、Ti量を0.5〜4.0質量%に制御したことを特徴とする前記1に記載の方向性電磁鋼板。
【0013】
3.前記フォルステライト被膜におけるフォルステライト粒子径の標準偏差が、フォルステライトの平均粒子径の1.0倍以下であることを特徴とする前記1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【0014】
4.鋼溶製時のAl、N量をそれぞれAl:0.01質量%以下、N:0.005質量%以下とした鋼スラブを、熱間圧延し、ついで冷間圧延により冷延板とした後、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面に、MgO:100質量部に対してTi化合物量(但し、窒化物を除く)を、TiO2換算で0.5〜4質量部含有する焼鈍分離剤を塗布し、その後の最終仕上げ焼鈍工程における焼鈍雰囲気につき、少なくとも昇温過程の750〜850℃の温度領域ではN2を含まない不活性ガス雰囲気とし、かつ1100℃以上の温度領域ではN2の分圧を25%以下としたガス雰囲気とし、さらに最終仕上げ焼鈍後にレーザー照射による磁区細分化処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0015】
5.最終仕上げ焼鈍において、コイル内の最高到達温度の差を20〜50℃に制御することを特徴とする前記4に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、レーザーを用いた磁区細分化による鉄損低減効果を向上させ、鋼板の鉄損をより低減することができる。従って、本発明の方向性電磁鋼板を鉄心に用いることで、エネルギーの消費効率の良いトランスを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について具体的に説明する。
前述したように、近年要求されている低鉄損レベルを達成するためには、鋼板の二次粒をゴス方位に高度に集積させた高磁束密度材を用いる必要がある。そのため、本発明の方向性電磁鋼板としては、二次粒方位集積の目安として用いられるB8(800A/mで磁化した場合の磁束密度)が1.91T以上のものに限定する。
【0018】
また、本発明では、レーザー照射による熱歪を、鋼板表層に対して均一に付与するために、本来酸化物であるフォルステライト被膜中に不可避的に存在する窒化物(主にAl,Ti系)を低減することが肝要である。そのため、本発明の方向性電磁鋼板においては、フォルステライト被膜中のN量を3.0質量%以下に限定する。より好ましくは2.0質量%以下である。なお、Nはフォルステライト被膜中に皆無であっても問題はないので、下限はとくに設定しない。
【0019】
さらに、レーザー照射による熱歪を鋼板表層に対してより均一に付与するためには、フォルステライト被膜中に多く含有されているAl量を4.0質量%以下、またTi量を4.0質量%以下に制御し、もってフォルステライト被膜の組成をできるだけ均一にすることが効果的である。より好ましくはTi、Alともに2.0質量%以下である。ただし、Tiは、フォルステライト被膜を強化して、その張力を向上させる効果があり、その効果は、0.5質量%以上程度含有させることにより発現する。従って、Ti量の下限を0.5質量%とすることが好ましい。なお、Alはフォルステライト被膜中に皆無であっても問題はないので、下限はとくに設定しない。
また、フォルステライト被膜中の主な窒化物はAl、Ti系であることから、フォルステライト被膜中のAl量を4.0質量%以下、Ti量を4.0質量%以下に制御することは、被膜の均一化だけでなく、被膜中の窒化物の低減にも効果がある。
なお、本発明におけるフォルステライト被膜中のAl量およびTi量は、フォルステライト被膜に対する質量比率である。
【0020】
また、フォルステライト粒子の粒径分布の標準偏差を、フォルステライト粒子の平均粒子径の1.0倍以下として、フォルステライト粒子の状態をより均一にすることが好ましい。より好ましくは、粒径分布の標準偏差を、フォルステライト粒子の平均粒子径の0.75倍以下、さらに好ましくは0.5倍以下とする。
【0021】
次に、本発明に従う方向性電磁鋼板の製造条件に関するポイントについて具体的に述べる。本発明においては、以下に示すポイント以外は、従来公知の方向性電磁鋼板の製造条件、およびレーザーを用いた磁区細分化処理の方法をそれぞれ適用すればよい。
まず、第1のポイントは、溶鋼成分についてである。
本発明において、鋼溶製時には、溶鋼中のAl、N量を、それぞれAl:0.01質量%以下、N:0.005質量%以下に抑制することが必要である。というのは、Al量は、多すぎると純化工程でのNの鋼板(地鉄−被膜系)外への放出(脱窒)を阻害し、フォルステライト被膜中に窒化物が多く存在する原因になる。また、純化工程で、多くのAlを系外へ放出するのは困難なため、フォルステライトの粒子の組成がより不均一になる。従って、Alは0.01質量%以下に限定する。一方、Nについては以後の工程で除去することが可能であるが、やはり多すぎると、その除去に時間とコストがかかるため、Nは0.005質量%以下に限定する。
【0022】
上記以外の溶鋼組成については、従来知られた種々の方向性電磁鋼板の組成を基に、B8:1.91T以上が得られる組成を適宜定めればよい。ただし、このように、Al、Nを低減しつつ、B8で1.91T以上という高い磁束密度を得るためには、インヒビターを用いない成分系での方向性電磁鋼板を製造する方法(いわゆる、インヒビターレス法)を利用することが有利である。この場合、上記した溶鋼成分に、さらに以下の元素を含有するが、その好ましい基本成分および任意添加成分について述べると次のとおりである。
【0023】
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0024】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0025】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0026】
ここで、先に述べたように、Al、Nは極力低減する必要がある。一方、Al、Nはインヒビター成分であるため、これらを利用しないで磁束密度の高い方向性電磁鋼板を得るには、さらに、S:50質量ppm(0.005質量%)以下、Se:50質量ppm(0.005質量%)以下とすることが好ましい。言うまでも無く、インヒビターを利用する製造方法を用いるのであれば、SやSeを上記の量以上含有しても問題はない。
【0027】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%の範囲とするのが好ましい。
【0028】
また、Sn、Sb、Cu、P、MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0029】
次いで、上記した成分組成を有する溶鋼から、通常の造塊法、連続鋳造法でスラブを製造してもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片(これもスラブの一種とみなす)を直接連続鋳造法で製造してもよい。このように製造されたスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0030】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。熱延板焼鈍の主な目的は、熱間圧延で生じたバンド組織を解消して一次再結晶組織を整粒とし、もって二次再結晶焼鈍においてゴス組織をさらに発達させて磁気特性を改善することである。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、所望の二次再結晶の改善が得られない。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化し過ぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が困難となる。
【0031】
熱延板焼鈍後は、必要に応じて中間焼鈍を挟む1回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。ここで、冷間圧延の温度を100℃〜250℃に上昇させて行うこと、および冷間圧延の途中で100〜250℃の範囲での時効処理を1回または複数回行うことが、ゴス組織を発達させる点で有利である。
【0032】
第2のポイントとしては、脱炭焼鈍後に塗布する焼鈍分離剤中のTi化合物量を、MgOの100質量部に対して、TiO2換算で4質量部以下とすることである。Ti化合物は、フォルステライト被膜の張力アップおよび磁気特性の向上の観点から添加することが好ましく、フォルステライト被膜の張力アップによって鉄損が改善する効果も得られる。一方、添加量が多いと一部のTiがNと結びついてTi窒化物を形成し、さらにフォルステライト粒子の組成がより不均一になることから、焼鈍分離剤中のTi化合物量はTiO2換算で4質量部以下に限定する。より好ましくは3質量部以下である。一方、0.5質量部未満では、フォルステライト被膜や磁気特性の改善効果がなくなることから、下限を0.5質量部に限定する。
【0033】
また、本発明において、Ti化合物とは、窒化物を含まないものとし、酸化物である、TiO2が好適形態としてあげられるが、他の化合物でも問題はない。なお、焼鈍分離剤はMgOを主成分とする。ここで主成分であるとは、フォルステライト被膜の形成を阻害しない範囲で(そして上記のフォルステライト被膜組成の要件および/または好適条件を満足できる範囲で)、MgO以外の公知の焼鈍分離剤成分や特性改善成分を含有してもよいことを意味する。
【0034】
第3のポイントとしては、焼鈍分離剤を塗布した後、最終仕上げ焼鈍工程の昇温過程において、少なくとも750〜850℃の温度領域は、N2を含まない不活性ガス雰囲気とすることである。この理由は、フォルステライト形成前に、鋼板に存在するN2を脱窒して取り除くためである。このN2を取り除くことによって、主成分であるAl、Ti系窒化物だけでなく、不可避的不純物であるV、Nb、Bなどに起因する窒化物の形成も抑制される。加えて、N量の低減により、鋼中Alの鋼板表層への移動が促進されて、未反応の焼鈍分離剤(焼鈍後、洗浄により除去される)中にその多くが取り込まれる結果、フォルステライト被膜中に含有されるAl量の低減が図れる。
【0035】
次に、750〜850℃の温度領域における、具体的な温度および雰囲気ガスの条件は次のとおりである。
(1) 750℃に満たない場合、温度が低いため脱窒反応が起こりにくくなる。
(2) 850℃を超える場合、フォルステライト被膜形成が始まってしまうため、脱窒反応が起こりにくくなる。
(3) 雰囲気にH2を導入すると、フォルステライト被膜が形成されやすくなり、750〜850℃でも被膜の形成が起こるため、脱窒反応が起こりにくくなるので、H2は導入しない。また、N2が含有されていると窒化反応が起こってしまうので、本発明において、最終仕上げ焼鈍工程の昇温過程で、少なくとも750〜850℃の温度領域では、工程中の雰囲気をN2を含まない不活性ガスに限定する。
なお、本発明における不活性ガスとは、N2を含まない従来公知の不活性ガスであれば特に制限はなく、ArやHe等が挙げられる。
【0036】
第4のポイントとしては、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す時の雰囲気を設定することである。
すなわち、1100℃以上での雰囲気を、N2の分圧が25%以下の雰囲気とし、好適には、H2が100%の還元雰囲気とすることである。最終仕上げ焼鈍において、フォルステライト被膜がすでに形成されている場合、鋼板の窒化は起こりにくいが、それでも1100℃以上の高温になると、鋼板の窒化反応が起こる。すなわち、窒化反応により鋼板に侵入したNは、主成分であるAlやTi系の窒化物だけでなく、不可避的不純物であるV、Nb、Bなどの窒化物の形成原因となってしまう。さらに、この温度域での窒化反応を抑制すると、Alの鋼板表層への移動が促進され、多くのAlが未反応の焼鈍分離剤中に取り込まれて、フォルステライト被膜中のAl量低減に寄与する。従って、1100℃以上における焼鈍雰囲気中のN2の比率を25%以下に限定する。より好ましくは、H2が100%の還元雰囲気である。
【0037】
第5のポイントとしては、好ましくは、最終仕上げ焼鈍において、コイル内の最高到達温度の差を20〜50℃に制御することである。この理由は、フォルステライト粒子の整粒度を良好にするためである。50℃超の場合、温度の高いところでは、フォルステライト粒子の成長が促進され、温度の低い部分では粒子径のみならず性質も異なる粒子が生成されてしまう。従って、コイル内の最高到達温度の温度差の上限を50℃とする。
一方、温度差は小さいほどフォルステライト粒子の均一性に対して有利と考えられがちであるが、温度差を小さくするには昇温速度を遅くするなどの対応が必要となるため、結果として焼鈍時間が長大になってしまう。従って、温度差が小さい場合、焼鈍時間の影響により却ってフォルステライト粒子の成長度合いが変化してしまうことから、温度差の下限は20℃とする。なお、到達温度の差を制御する方法は特に限定しないが、昇温速度を徐熱化することが最も容易である。
【0038】
最終仕上げ焼鈍後には平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善する目的で、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施すことが有効である。この絶縁コーティングは、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティングとすることが望ましい。張力を付与できるコーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0039】
本発明では、最終仕上げ焼鈍後におけるいずれかの時点で、鋼板表面にレーザーを照射することにより、磁区を細分化する。その際、前述したように、(1)フォルステライト被膜中のN量を3.0質量%以下とすること、好ましくはさらに(2)フォルステライト被膜中のAl、Tiをそれぞれ4.0質量%以下、0.5〜4.0質量%とすること、(3)フォルステライト粒子径の標準偏差を、平均粒子の1.0倍以下とすることで、レーザー照射による熱歪が、鋼板表層に対して均一に導入され、優れた磁区細分化効果が発現する。
【0040】
本発明で照射するレーザーの光源としては、連続波レーザー、パルスレーザーのいずれでもよく、YAGレーザーやCOレーザー等の種類を選ばない。また、照射痕は線状でも点状でも構わないが、これら照射痕の方向は、鋼板の圧延方向に対して、90°から45°をなす方向であることが好ましい。
なお、最近使用されるようになってきたグリーンレーザーマーカーは、照射精度の面で特に好適である。
【0041】
本発明で用いるグリーンレーザーマーカーのレーザー出力は、単位長さ当たりの熱量として、5〜100J/m程度の範囲が好ましい。また、レーザービームのスポット径は0.1〜0.5mm程度の範囲とし、圧延方向の繰返し間隔は1〜20mm程度の範囲とすることが好ましい。
なお、鋼板に付与される塑性歪の深さは、10〜40μm程度とするのが好適である。塑性歪深さを10μm以上とすると磁区細分化がより効果的に発揮される。一方、塑性歪深さを40μm以下とすると、磁歪特性を特に改善することができる。
【実施例1】
【0042】
表1に示す成分組成になる鋼スラブを、連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.0mmの熱延板としたのち、1000℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.75mmとし、酸化度PH2O/PH2=0.30、温度:830℃、時間:300秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0043】
【表1】

【0044】
ついで、酸化度PH2O/PH2=0.45、均熱温度:840℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。このとき表2に示すように、焼鈍分離剤中に種々の割合でTiO2を添加した。すなわち、MgO:100質量部に対して、TiO2を、0〜6質量部の範囲で変化させた。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を1230℃、5hの条件で実施した。
この最終仕上げ焼鈍では、昇温過程750〜850℃の雰囲気および1100℃以上の雰囲気は、表2に示した条件で行い、それ以外の過程では、N2:H2=50:50の混合雰囲気で実施した。コイル内の到達温度差は、コイル外巻き・中巻き・内巻き部の幅方向両端および中央部に熱電対を取り付けて、各場所の温度を測定し、その最大温度差を用いた。本実験では、コイル内の到達温度差を昇温速度を変化させることで10〜100℃まで変化させた。そして、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁コートを塗布した。最後に、圧延方向と直角方向に照射幅:150μm、照射間隔:7.5mmでパルスレーザーを線状に照射する磁区細分化処理を施して製品とした。
【0045】
製造条件、磁気特性および被膜中のN量等分析結果を表2に併記する。
なお、被膜中のN、AlおよびTi量は、製品よりフォルステライト被膜のみを採取して湿式分析することで求めた。フォルステライト粒子径の平均およびその標準偏差は、絶縁コーティングをアルカリ溶液で除去した後、鋼板表面をSEM観察し、0.5mm×0.5mm領域の各フォルステライト粒径を画像解析ソフトによって、フォルステライト粒子の円相当径を求めることで導出した。磁気特性はJIS C2550に従い、求めて評価した。
【0046】
【表2】

【0047】
表2に示したとおり、製造条件が本発明範囲を満足する場合、被膜中のN量が本発明の範囲内に抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。しかしながら、製造条件が一つでも本発明範囲を外れたものおよびB8が1.91Tに満たないものについては、満足する鉄損特性は得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー照射により磁区細分化を施した磁束密度B8が1.91T以上の方向性電磁鋼板において、フォルステライト被膜中のN含有量を3.0質量%以下に抑制したことを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記フォルステライト被膜中のAl量を4.0質量%以下、Ti量を0.5〜4.0質量%に制御したことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記フォルステライト被膜におけるフォルステライト粒子径の標準偏差が、フォルステライトの平均粒子径の1.0倍以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
鋼溶製時のAl、N量をそれぞれAl:0.01質量%以下、N:0.005質量%以下とした鋼スラブを、熱間圧延し、ついで冷間圧延により冷延板とした後、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面に、MgO:100質量部に対してTi化合物量(但し、窒化物を除く)を、TiO2換算で0.5〜4質量部含有する焼鈍分離剤を塗布し、その後の最終仕上げ焼鈍工程における焼鈍雰囲気につき、少なくとも昇温過程の750〜850℃の温度領域ではN2を含まない不活性ガス雰囲気とし、かつ1100℃以上の温度領域ではN2の分圧を25%以下としたガス雰囲気とし、さらに最終仕上げ焼鈍後にレーザー照射による磁区細分化処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
最終仕上げ焼鈍において、コイル内の最高到達温度の差を20〜50℃に制御することを特徴とする請求項4に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。


【公開番号】特開2012−31512(P2012−31512A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−142578(P2011−142578)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】