説明

水性シリカ系樹脂組成物

【課題】環境に悪影響を及ぼさず、シロキサン結合を有する無機系硬化性組成物の特長を損なうことなく、硬化後のクラック発生の問題がなく、安価でしかも、常温硬化性を有し、従来の有機系塗膜の諸物性を保持しつつ、常温使用領域において、ガラス転移による顕著な物性変化を起こさない水性ナノシリカ系樹脂組成物を提供すること。
【解決手段】必須成分として、酸性水分散型コロイダルシリカ及び有機酸からなる主剤と、シランカップリング剤及びアルコキシシランオリゴマーからなる硬化剤と、アルコキシシラン加水分解触媒と、を含むことを特徴とする水性シリカ系樹脂組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング用の樹脂組成物に関し、さらに詳しくは、コロイダルシリカを利用する水性無機皮膜形成用の水性シリカ系樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、建築、建材、金属、木工など住環境周りに使用される塗料は、アルキッド、アクリル、エポキシ、ウレタンなど有機系樹脂組成物が主である。また、高耐候性グレードとしてアクリルシリコーン樹脂系、フッ素樹脂系組成物が用いられているがその多くは溶剤可溶型であり、環境に対して好ましくなく、その硬化初期に汚れや傷等がつき易いという問題がある。
従来より建築内外装に使用されているアクリルエマルション系樹脂は、水分散系であり環境に対する配慮はされているが、耐侯性、塗膜強度に劣り、汚れやすく、傷つきやすく、光劣化しやすいという問題をかかえている。
【0003】
木材、プラスチックの表面保護を目的に塗布されるいわゆるハードコーティング剤は、UV硬化型樹脂、シリコーン系コーティング剤などが挙げられるが、前者では特殊な装置を必要とするため簡便でなく、後者では多くの場合溶剤型で、基材に許される程度の後加熱を必要とし、また、環境に対して好ましくない。
【0004】
そこで、これらの問題を解決するために、種々の加水分解性オルガノシラン系コーティング剤や、コロイダルシリカ系コーティング剤が提案されている。
例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3及び特許文献4には、オルガノアルコキシシラン、該オルガノアルコキシシランの加水分解及び/またはその部分縮合物およびコロイダルシリカとからなり、過剰の水でアルコキシ基をシラノールに変換してなるコーティング剤が提案されている。これらのコーティング剤により得られる皮膜は硬度が高く、耐候性も良く、基材保護用として優れている。
【0005】
しかしながら、上記公報で提案されているコーティング剤は、所要の皮膜特性を得るためには約100℃以上の高温もしくは長時間の加熱処理による焼付けが必要であり、基材の成型方法や寸法、耐熱性によって、あるいは、屋外などの場所によっては適用できない場合があるなどの不都合があった。また、これらのコーティング用組成物はアルコキシシランの加水分解により得られるシラノールの活性が高く、常温でも徐々にそれらの縮合反応が起こりゲル化しやすいため安定性に劣るという欠点があった。
【0006】
特許文献5では、塗装直前に、アルコキシシランの部分加水分解、部分縮合物に硬化剤と称して水と触媒を加え、アルコキシ基をシラノールに変換するコーティング剤が提案されている。このようにして得られるコーティング剤は貯蔵安定性が良く、顔料を加えて塗料化しても比較的安定であるが、所要の皮膜特性を得るためには約100℃以上の高温もしくは長時間の加熱処理による焼付けが必要であり、基材の成型方法や寸法、耐熱性によって、あるいは、屋外などの場所によっては適用できない場合がある。
【0007】
このような欠点を解消する目的で、特許文献6には珪素アルコキシドを主体としたプレポリマーと硬化触媒及び水からなり常温近傍で硬化するコーティング剤が提案されているが、塗装性、硬化性が悪く、硬化性が湿度に影響されやすいという欠点がある。
【0008】
これに対し、液状オルガノポリシロキサン、有機金属化合物からなる架橋剤、及び含金属化合物からなる硬化触媒を必須成分とする無溶剤で一液タイプの常温硬化型オルガノポリシロキサン組成物が提案されている(特許文献7参照)。しかしながら、この無溶剤一液タイプの常温硬化型オルガノポリシロキサン組成物においては、架橋剤として揮発性モノマーを使用したり、硬化速度を遅延コントロールするためにアルコールを使用する等、実質的には無溶剤とは言い難く、しかも、この種のオルガノポリシロキサンを用いる硬化性組成物においては、解決が困難と考えられている厚塗り時や高濃度有機酸接触時等における硬化後のクラック発生の問題が依然として残されている。また、これらオルガノポリシロサン系樹脂組成物は一般的に高価で、汎用的用途には使用しがたいことも事実である。
【0009】
さらに、特許文献8では水分散コロイダルシリカにマイカ、タルク、ガラスフレークまたは、セピオライトを指定量添加し、親水性と耐クラック性を有する無機質塗料を提唱しているが、コロイダルシリカは造膜性が低く、また実質的に顔料を含むため、塗膜の透明性及び平滑性に劣り、艶が出し難い他、種々の外部刺激に対して生じるマイクロクラックの問題を改良したとは言い難い。
【0010】
すなわち、これまでに提案されている無機シロキサン骨格の硬化性樹脂組成物についてみると、造膜性や耐衝撃性、種々の外部刺激に対するクラック発生の問題がなく、しかも、安価で、常温硬化性を有し、実質的に水性の硬質皮膜形成用の硬化性樹脂組成物は、未だ実用化されていない。
【0011】
【特許文献1】特開昭51−2736号公報
【特許文献2】特開昭51−2737号公報
【特許文献3】特開昭53−130732号公報
【特許文献4】特開昭63−168470号公報
【特許文献5】特開昭64−168号公報
【特許文献6】特開昭63−268772号公報
【特許文献7】特開平5−247347号公報
【特許文献8】特開2003−55581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、環境に悪影響を及ぼさず、シロキサン結合を有する無機系硬化性組成物の特長を損なうことなく、この種の無機系硬化性組成物において解決困難な問題とされていた硬化後のクラック発生の問題がなく、安価でしかも、常温硬化性を有し、常温使用領域において、ガラス転移による顕著な物性変化を起こさない水性の無機系硬質皮膜形成用の硬化性樹脂組成物(水性シリカ系樹脂組成物)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、有機酸を添加した酸性水分散型コロイダルシリカ中に、シランカップリング剤、アルコキシシランオリゴマー、及び触媒を添加した水性シリカ系樹脂組成物が、上記問題点を高いレベルで解消し得ることを見出し、本発明を完成した。具体的には、以下の<1>〜<7>の発明である。
【0014】
<1> 必須成分として、酸性水分散型コロイダルシリカ及び有機酸からなる主剤と、シランカップリング剤及びアルコキシシランオリゴマーからなる硬化剤と、アルコキシシラン加水分解触媒と、を含むことを特徴とする水性シリカ系樹脂組成物。
【0015】
<2> 前記シランカップリング剤として、メチルトリメトキシシラン、エポキシ基含有シランカップリング剤、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン、および下記構造式1で示される化合物が含まれることを特徴とする<1>に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【0016】
【化1】

【0017】
<3> 前記硬化剤の配合割合が、
メチルトリメトキシシランが50〜90質量%、
エポキシ基含有シランカップリング剤が0.5〜20質量%、
エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤が0.5〜20質量%、
アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランが0.5〜20質量%、
下記構造式1で示される化合物が0.5〜20質量%、
前記アルコキシシランオリゴマーが0.5〜20質量%、
であることを特徴とする<2>に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【0018】
<4> 前記硬化剤中の加水分解性アルコキシシリル基総モル数に対して80〜200mol%の水分量が、前記酸性水分散型コロイダルシリカに含有される水分によって供給されるように配合されてなることを特徴とする<1>〜<3>のいずれかに記載の水性シリカ系樹脂組成物。
<5> −SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体をさらに含むことを特徴とする<4>に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【0019】
<6> 0℃〜50℃の範囲で、顕著なガラス転移温度を示さないことを特徴とする<4>に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
<7> 硬化皮膜形成に用いられる<1>〜<6>のいずれかに記載の水性シリカ系樹脂組成物であって、それにより形成される硬化皮膜が実質的に無色透明であることを特徴とする水性シリカ系樹脂組成物。
【発明の効果】
【0020】
本発明の水性シリカ系樹脂組成物ないし当該水性シリカ系樹脂組成物からなる塗料によれば、コロイダルシリカ基材とシランカップリング剤とがシロキサン結合並びに有機結合により一体化したハイブリッド構造をとり、常温で硬化し、高硬度であり、透明性が高く、使用温度領域(好ましくは0〜50℃の範囲)に顕著なガラス転移温度を有さず、使用温度領域では物性の低下がなく、感温性が低く、耐水性、撥水性が高く、耐溶剤性にも優れた硬化皮膜(塗膜)を形成することができる。そのため、建築、土木、各種無機材料あるいは有機材料の表面保護膜、常温乾燥セラミックス塗膜、耐熱コーティングとして好適に用いられる塗布液であり、従来のアルコキシシラン単体を原料として用いた塗布液より、はるかに安価なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の水性シリカ系樹脂組成物について、詳細に説明する。
本発明の水性シリカ系樹脂組成物は、高価なアルコキシシランのみを主原料とせず、有機酸でその求電子性を向上させた酸性水分散型コロイダルシリカを主剤とし、さらにシランカップリング剤及びアルコキシシランオリゴマーからなる硬化剤、並びにアルコキシシラン加水分解触媒を必須成分とする。
以下、構成成分ごとに説明する。
【0022】
[主剤]
(酸性水分散型コロイダルシリカ)
本発明で用いる酸性水分散型コロイダルシリカ(以下、単に「コロイダルシリカ」という場合がある。)とは高分子量の無水珪酸の微粒子を水中に分散させた水性シリカゾルであり、粒径10〜30nm、水素イオン濃度(pH)4〜5の範囲のものが好ましい。後述する有機酸の添加により、主剤全体としての水素イオン濃度(pH)は2〜4程度になる。
【0023】
水素イオン濃度(pH)が8〜11の一般的なコロイダルシリカを使用し、無機酸により水素イオン濃度(pH)を2〜4に変更させた変性コロイダルシリカでも可能である。この場合、得られたSiOH型コロイダルシリカは活性で不安定なため、調製後すぐに用いる等注意が必要である。
また、径が50nm以上の大粒径のコロイダルシリカについては、塗膜透明性に不利であり、目的によっては使用しても構わないが、あまり好ましくない。
【0024】
(有機酸)
本発明で用いる有機酸は、後述する硬化剤との反応性を高めるために添加するものであり、触媒的な機能を果たす成分である。因みに、同じ酸でも無機酸では、コロイダルシリカを凝集させ易くしてしまうので、触媒として機能させるには、有機酸であることが必須の条件となる。
【0025】
本発明で用いる有機酸は、水可溶性のいわゆるプロトン酸であり、水中でH+を発生し、系のpHを酸性化させる役割を有する。具体的には、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、カプロン酸、カプリル酸などの脂肪酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸などの二塩基酸;ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸などの芳香族脂肪酸;等が挙げられる。
【0026】
本発明で用いる有機酸の配合量としては、前記コロイダルシリカに対して、0.01〜10質量%の範囲内が好ましく、0.1〜5質量%の範囲内がより好ましく、0.5〜0.8質量%の範囲内がさらに好ましい。有機酸の配合量が多過ぎるとコロイダルシリカの安定性を損ない、逆に少な過ぎると添加効果が十分でなくなるため、それぞれ好ましくない。
【0027】
[硬化剤]
(シランカップリング剤)
本発明で用いるシランカップリング剤は、コロイダルシリカに作用させるために添加する物であり、従来公知の各種シランカップリング剤を用いることができる。ただし、本発明の目的に鑑みると、前記シランカップリング剤として、メチルトリメトキシシラン、エポキシ基含有シランカップリング剤、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン、および下記構造式1で示される化合物が好ましく、これらが全て含まれることがより好ましい。
【0028】
【化2】

【0029】
エポキシ基含有シランカップリング剤(エポキシ型シランカップリング剤)としては、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシランなどが挙げられる。
エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤における「エポキシ基と反応しうる官能基としては、OH基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、ウレイド基等を挙げることができる。当該シランカップリング剤としては、例えば、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシランなどが挙げられるが、勿論本発明においてはこれらに限定されるわけではない。
【0030】
アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランは、上記のメチルトリメトキシシラン、エポキシ基含有シランカップリング剤、および、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤に比して加水分解性の劣るシランカップリング剤である。アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランとしては、例えばn−プロピルトリメトキシシラン、n−ヘキシルトリメトキシシランなどが挙げられる。
【0031】
アルキル基の炭素数としては、3以上であることが必須であるが、6以上であることがより好ましい。適度に炭素数の大きなアルキル基とすることで、塗膜の硬化収縮を低減してクラックを防止する機能が存分に発揮される。ただし、アルキル基の炭素数があまり多くなると、アルコキシシリル基部分の加水分解性が低下するため上限としては、10以下が好ましく、8以下が好ましい。
また、上記構造式1で示される化合物は、多官能のシランカップリング剤であり、架橋密度を向上させる機能を有する。
【0032】
(アルコキシシランオリゴマー)
本発明で用いるアルコキシシランオリゴマーは、前記シランカップリング剤とコロイダルシリカとの相溶化剤の役割を果たすものであり、R4-nSi(OR)n(Rはメチル基またはエチル基等のアルキル基)で表されるアルコキシシランが、ある程度重合したオリゴマーである。本発明においては、4官能のもの(n=4)を用いても3官能のもの(n=3)を用いても構わないが、塗膜の硬化性をより高めるには、4官能のものを用いることが好ましい。
【0033】
本発明で用いるアルコキシシランオリゴマーとしては、2〜10量体のものを用いることが好ましく、3〜6量体のものを用いることがより好ましい。10量体を超えるものは、アルコキシシリル基部分の加水分解性が低下するため好ましくない。
アルコキシシランオリゴマーとしては、例えばES−40(多摩化学工業社製)、MS−51(多摩化学工業社製)などの品名で市販されている
【0034】
(配合割合)
硬化剤中におけるシランカップリング剤とアルコキシシランオリゴマーの配合割合としては、アルコキシシランオリゴマーの配合割合として、0.1〜20質量%の範囲とすることが好ましく、0.8〜1.2質量%の範囲とすることがより好ましい。アルコキシシランオリゴマーの配合割合が少な過ぎると、これを配合することによる効果が発揮され難くなってしまうため好ましくなく、逆に多過ぎると、未反応物として残存し硬化不良、硬度低下を来たしたり、耐水性、耐薬品性の低下につながるため好ましくない。
【0035】
また、前記シランカップリング剤として、メチルトリメトキシシラン、エポキシ基含有シランカップリング剤、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン、および上記構造式1で示される化合物の全てを含む場合に、それらの配合割合としては、前硬化剤中の割合として、以下に示す通りである。
【0036】
・メチルトリメトキシシラン:50〜90質量%
・エポキシ基含有シランカップリング剤:0.5〜20質量%
・エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤:0.5〜20質量%
・アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン:0.5〜20質量%
・上記構造式1で示される化合物:0.5〜20質量%
【0037】
前硬化剤中の残りの割合は、勿論前記アルコキシシランオリゴマーであり、0.1〜20質量%の範囲内である。
メチルトリメトキシシランは加水分解しやすく、反応性に優れ、基材的な役割を担うために、上記のように比較的多くの添加量とすることが好ましい。より好ましくは、70〜85質量%の範囲内である。
【0038】
一方、他のシランカップリング剤は、その反応性から、上記のように0.5〜20質量%程度が適当であり、より好ましくは2〜6質量%程度である。メチルトリメトキシシラン以外のシランカップリング剤の配合割合がそれぞれ少な過ぎると、これらを配合することによる効果が発揮され難くなってしまうため好ましくなく、逆に多過ぎると、未反応物として残存し硬化不良、硬度低下を来たしたり、耐水性、耐薬品性の低下につながるため好ましくない。
【0039】
硬化剤と主剤との配合割合としては、前記硬化剤中の加水分解性アルコキシシリル基総モル数に対して80〜200mol%(より好ましくは90〜150mol%)の水分量が、前記酸性水分散型コロイダルシリカに含有される水分によって供給されるように配合されてなることが好ましい。
【0040】
あまりに多くの水が供給されると系中の水分量が多くなり、硬化が遅延したり、塗膜が白濁したり等の問題が生じる場合があり好ましくなく、あまりに水分量が少なくてもアルコキシシリル基の加水分解が不十分となり、硬化不良、硬化阻害が起こり易く、また高価になってしまい、当初の目的を逸脱することになるため好ましくない。
ここで「加水分解性アルコキシシリル基」とは、加水分解してシラノール基とアルコールとを発生する、いわゆる−SiOR(Rはアルコールのアルキル基成分)を言う。
【0041】
[アルコキシシラン加水分解触媒]
本発明で用いるアルコキシシラン加水分解触媒は、前記アルコキシシリル基に作用して、−SiOH(シラノール基)とアルコールの加水分解反応を促進せしめ、かつ、発生する活性シラノール基の縮合を促進し、当該樹脂系の高分子化を促進させる触媒を言う。アルコキシシラン加水分解触媒としては、具体的には、ジブチル錫ジラウレート、ジオクチル錫ジラウレート、ジブチル錫ジアセテート、ジオクチル錫ジアセテート、ジブチル錫ジアセチルアセトナート、ジブチル錫ビストリエトキシシリケートなどの有機錫化合物;ビスマス化合物;テトラブトキシチタンなどの有機チタネート;テトラブトキシジルコニウムなどの有機ジルコニウム化合物;等が挙げられる。
【0042】
本発明においてアルコキシシラン加水分解触媒の配合量としては、前記硬化剤に対して、0.01〜3質量%の範囲が好ましく、0.1〜1質量%の範囲がより好ましく、0.4〜0.6質量%の範囲がさらに好ましい。アルコキシシラン加水分解触媒の配合量が多過ぎるとゲル化が速く可使時間が得られなくなる場合があり、逆に少な過ぎると添加による効果が十分に得られ難くなるため、それぞれ好ましくない。
【0043】
[本発明の水性シリカ系樹脂組成物による作用・効果]
有機酸の添加により求電子性が向上した酸性コロイダルシリカに、シランカップリング剤(好ましくは、メチルトリメトキシシランを主成分とし、エポキシ基含有シランカップリング剤、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン、および、上記構造式1で示される化合物を含むもの。)、アルコキシシランオリゴマー、およびアルコキシシラン加水分解触媒を添加すると、速やかに加水分解が始まり、系の温度が上昇する(通常は50℃以上)。このとき、エポキシ付加反応や、種々の有機基による相溶化現象等により、アルコキシシリル基の縮合が更に進み、加熱することなく常温で硬化して、皮膜が得られるものと考えられる。
【0044】
より詳しくは、まず、骨格にコロイダルシリカのシロキサン結合を持ち、アルコキシシランオリゴマーがこれと相溶し、各種シランカップリング剤との相溶化剤の役割を果たす。好ましい配合のシランカップリング剤の場合、エポキシ基含有シランカップリング剤中のエポキシ基と、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤中の該官能基とが反応または相互作用を起こし、上記構造式1に示される化合物は架橋密度の向上を促し、アルコキシシランオリゴマーとともに硬度アップを実現する。また、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランは空間的な欠損部を作ることにより架橋密度を低下させ、硬化収縮を低減し、クラックを防止する役目を果たす。
【0045】
[−SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体]
本発明の水性シリカ系樹脂組成物においては、任意構成要素である「−SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体」(以下、単に「有機重合体」という場合がある。)について説明する。
【0046】
酸性コロイダルシリカ由来の、および/または、シランカップリング剤が加水分解を起こして生成する−SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体は、当該水性シリカ系樹脂組成物中では安定化し、かつ、塗膜を形成した場合に透明な皮膜を形成する。このような有機重合体を用いることにより、架橋密度を低下させ、硬化収縮を低減し、クラックを防止する役目を果たす。
【0047】
上記有機重合体としては、加水分解して−SiOH基を発生する重合体;ウレタン縮合、アミド縮合、OH基、ブチラール基を分子内または側鎖に有するポリマー(例えば、ポリウレタン、ポリアミド、ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラール、ポリ酢酸ビニル部分加水分解物等);あるいは開環反応によりアミドエステルを形成するポリオキサゾリンなどが挙げられる。
【0048】
該有機重合体の添加量としては、酸性コロイダルシリカおよびシランカップリング剤の加水分解ソリッド分の換算質量に対して0.1質量%〜80質量%の範囲が好ましく、0.5質量%〜50質量%の範囲がより好ましく、1質量%〜25質量%の範囲がさらに好ましい。該有機重合体の添加量が少な過ぎると、該有機重合体添加による効果、すなわち硬化収縮の低減効果や、耐クラック性向上効果を果たせず、添加量が多過ぎると、硬度が十分でなくなったり、傷つき性が劣る結果となる場合があり、好ましくない。
【0049】
[その他の成分]
本発明の水性シリカ系樹脂組成物において添加可能な他の成分としては、樹脂エマルション、配合有機基と反応する硬化剤、ワックスエマルションなどの有機バインダー、金属アルコキシド、珪酸アルカリなどの無機バインダー、硬化促進剤、増粘剤、消泡剤、表面調整剤、着色顔料、体質顔料、繊維類などが挙げられ、本発明の目的を逸脱するものでなければ配合することができる。
【0050】
[本発明の水性シリカ系樹脂組成物の製造、使用]
本発明の水性シリカ系樹脂組成物(ないし塗料)の製造には、通常の水系塗料の製造方法を採用することができる。
本発明の水性シリカ系樹脂組成物(ないし塗料)は、全ての構成成分が、使用に際して混合されていればよく、例えば塗料としての製品の流通段階では、液安定性確保等の理由で、各成分を2液以上に分けた状態としておき、使用する段階で混合して用いることとしても構わない。
【0051】
この場合、どのような組合せで別の液としておくかは、その目的に照らして適宜選択すればよく、例えば、酸性水分散型コロイダルシリカ及び有機酸からなる主剤と、シランカップリング剤およびアルコキシシランオリゴマーからなる硬化剤とを別体とすること等が、好ましい態様として例示される。
【0052】
本発明の水性シリカ系樹脂組成物を塗料として塗布する場合、その塗布方法は、原液のまま、もしくは必要に応じて水、アルコールなどの分散媒を加えて、水性刷毛、ローラー、エアースプレー、エアーレススプレーなどで5〜50μmの塗膜厚で塗装するのが好ましい。本発明の水性シリカ系樹脂組成物(ないし塗料)は、常温で硬化するが、適当な温度で焼付け硬化させることも可能である。
【0053】
本発明の水性シリカ系樹脂組成物ないし塗料は、常温領域である0℃〜50℃に顕著なガラス転移温度を有さないことが好ましく、この場合、使用温度領域での物性低下が少なく、クラック、ワレ、剥がれに強く、感温性が低いため汚染に対して優れた塗膜表面を形成することができる。
【実施例】
【0054】
次に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、これにより本発明が限定されるものでないことはいうまでもない。
下記表1に、実施例及び比較例の各塗料(水性シリカ系樹脂組成物)の組成及びその評価をまとめて示す。
【0055】
表1に示す組成に従い、実施例1〜6及び比較例1〜3の9種の塗料を調製し、これを試験片に塗布して得られた塗膜について後述する評価試験を実施した。
【0056】
【表1】

【0057】
この試験で用いた各成分について詳述する。
コロイダルシリカとしてはシリカドール#33A(日本化学工業製)を用いた。このコロイダルシリカは、平均粒径が10〜20nm、水素イオン濃度(pH)は2〜4であり、不揮発分(NV)が33%のものである。
【0058】
エポキシ基含有シランカップリング剤としては、γ−グリシドキシブロピルトリメトキシシラン(商品名サイラエースS−510、チッソ製)を用いた。
エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤としては、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン(商品名NUCシリコーンA−1160、日本ユニカー製)を用いた(図1中においては、「ウレイド型シランカップリング剤」と表記。)。
【0059】
アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランとしては、n−ヘキシルトリメトキシシラン(商品名KBM3063、信越化学製。アルキル基の炭素数6)を用いた(図1中においては、「n=6アルキルトリメトキシシラン」と表記。)。
【0060】
アルコキシシランオリゴマー(4官能)としては、オルソメチルシリケート部分加水分解縮合物(商品名Mシリケート51、多摩化学製)を用いた。
また、下記構造式1で示される化合物には、商品名「NUCシリコーンY−11597」(日本ユニカー製)を使用した(図1中においては、「構造式1シランカップリング剤」と表記。)。
【0061】
【化3】

【0062】
−SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体として、アクリルシリコーン樹脂は商品名「コンポブリッドAB3073I」(メタノール/IPA溶液、不揮発分(NV)50%、アトミクス製)、ポリウレタン樹脂は商品名「MTオレスターNL2532」(溶剤種:トルエン/IPA、不揮発分(NV)30%、三井武田ケミカル製)、ナイロン樹脂は「トレジンF30K」(ナガセケムテックス社製)の不揮発分(NV)20%イソプロパノール(IPA)溶液を使用した。
【0063】
また、有機酸にはパラトルエンスルホン酸(試薬特級、和光純薬製)の30質量%水溶液を、硬化触媒にはSn系触媒(ネオスタンU303、日東化成製)のメチルトリメトキシシラン(MTMS)希釈物(30質量%)を使用した。
【0064】
以下に実施例尾より比較例の各塗膜に対する評価試験の概要を記す。
(塗膜外観)
塗膜外観は、5milアプリケーター(湿潤膜厚にして125μmに相当)を用いて、ガラス製試験片に塗布して形成した各塗膜について、目視により、以下の評価基準で官能評価した。その際、塗膜の透明性やワレの有無についても併せて評価した。
―評価基準―
◎:極めて良好である。
○:良好である。
×:クラック、ワレ、剥がれ、または、白濁不透明である。
【0065】
(硬化性)
硬化性は、5milアプリケーター(湿潤膜厚にして125μmに相当)を用いて、ガラス製試験片に塗布して形成した各塗膜について、JIS K5600−3「硬化乾燥性」に準じて実施し、以下の評価基準で評価した。
◎:30分以内。
○:1時間以内。
×:1時間を超える。
【0066】
(ヒートショック性)
ヒートショック性は、5milアプリケーター(湿潤膜厚にして125μmに相当)を用いて、ボンデライト鋼板製試験片に塗布して形成した各塗膜について、試験片ごと150℃のオーブンに 時間投入し、その直後にオーブンから出して室温に急冷し、1時間放置して、表面状態を目視で観察し、以下の評価基準で評価した。
◎:クラックなどの異常が全く認められない。
○:一部にクラック発生が認められるが、ほぼ良好である。
×:全面にクラックが発生。
【0067】
(耐水浸漬性)
耐水浸漬性は、5milアプリケーター(湿潤膜厚にして125μmに相当)を用いて、ガラス製試験片に塗布して形成した各塗膜について、試験片ごと水に浸漬し、常温で3日間放置した後の塗膜外観を以下の評価基準で評価した。
◎:異常なし。
○:一部に異常が認められるも、ほぼ良好である。
×:クラック、ブリスター、白化等の異常が発生した。
【0068】
図1に、水性シリカ系樹脂組成物(実施例1)による硬化膜のイメージ図を載せる。図1に示されるイメージ図をみてもわかる通り、本実施例の水性シリカ系樹脂組成物からなる塗料によって成形された硬化膜は、コロイダルシリカ基材とシランカップリング剤とがシロキサン結合並びに有機結合により一体化したハイブリッド構造となっている。
【0069】
図2に、実施例1の塗膜における耐水浸漬性の試験後の顕微鏡写真を載せる。
図3に、比較例1の塗膜における耐水浸漬性の試験後の顕微鏡写真を載せる。
図4に、実施例1および比較例1の各塗料における、動的粘弾性プロファイルE’、E”およびtanδを載せる。
図5に、実施例1の塗膜における鉛筆硬度経時変化を示すグラフを載せる。
【0070】
なお、実施例1の塗料については、以下に示すいくつかの試験も併せて行った。
・耐熱性試験(耐タバコ性)
塗面にタバコの火を押し付けても、痕が全く残らなかった。因みに、アクリルウレタン塗料や熱可塑性アクリル塗料で得られた塗膜についても同様に耐熱性(耐タバコ性)試験を行ったが、両者とも痕が残り、アクリルウレタン塗料では塗膜表面が一部溶解し、熱可塑性アクリル塗料では一部炭化していた。
【0071】
・耐熱性フィールド試験(灰皿塗りこみ試験)
灰皿に、実施例1の塗料を塗布して、自社内の喫煙室で、実際に灰皿として利用してみた。使用途中、当該灰皿は、水洗いをすることなく、溜まった吸殻および灰を、適宜廃棄するだけで使い続けた。3ヶ月間経過後、灰や煤で汚れた表面をキムワイプ(商品名、キンバリー・クラーク社製)で拭っただけで、初期とほとんど同様の清浄な表面状態となった。
【0072】
・撥水処理試験
実施例1の塗料を、エタノールで10倍希釈した溶液を調製し、当該溶液に名刺を浸漬塗布した。得られた名刺は、塗布していない通常の名刺と、外観や手触り感が何ら変わらないにもかかわらず、水を掛けても十分な水弾きを示し、撥水処理できていることが確認された。
【0073】
・発泡スチロールホワイトボード化試験
発泡スチロール製の平板の1面に、実施例1の塗料を塗布した。当該表面にホワイトボード用のペンで文字・図形等を書き込み、さらにこれをホワイトボード用のイレイザーで拭う操作を数回繰り返した。当該表面には、文字・図形等が何の支障も無く書き込むことができ、またイレイザーで拭うことで、その都度きれいに消すことができ、実施例1の塗料により、発泡スチロール製の平板をホワイトボードとして使用できる状態にできていることが確認された。
【0074】
<結果の考察>
以上の結果より、本発明による水性シリカ系樹脂組成物及びこれによる塗料は、コロイダルシリカ基材とシランカップリング剤がシロキサン結合、有機結合により一体化したハイブリッド構造をとり、常温で硬化し、硬度が極めて高く(図5参照。実施例1では、鉛筆硬度が7Hに達した。)、透明性が高く、0〜50℃の使用温度領域にガラス転移温度を有さず、使用温度領域では物性の低下がなく、感温性が低く、耐水、撥水性が高く、耐溶剤性に優れているとが確認された。
【0075】
さらに、有機重合体をも添加して、コロイダルシリカ基材とシランカップリング剤との間のハイブリッド構造のみならず、有機−無機ハイブリッド構造をも併せ持つ実施例4〜6の塗膜についても、全ての評価項目において高い性能が確認された。
【0076】
これに対して、比較例1〜3の各塗膜については、いずれかの評価試験項目で良好ないし比較的良好な結果が得られているものもあるが、本発明の水性樹脂組成物による複合塗膜のように、全ての項目で満足できるものはない。
【0077】
したがって、本発明の水性シリカ系樹脂組成物及びこれによる塗料は、建築用、土木用として、各種無機材料ないし有機材料表面の保護膜、常温乾燥セラミックス塗膜、耐熱コーティングを形成する塗布液として好適に用いることができる。また、従来のアルコキシシラン単体を原料として用いた塗布液よりも、はるかに安価なものである。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】水性シリカ系樹脂組成物(実施例1)のイメージ図である。
【図2】実施例1の塗膜における耐水浸漬性の試験後の顕微鏡写真(倍率150倍)である。
【図3】比較例1の塗膜における耐水浸漬性の試験後の顕微鏡写真(倍率150倍)である。
【図4】実施例1および比較例1の各塗料における、動的粘弾性プロファイルE’、E”およびtanδのプロファイルである。
【図5】実施例1の塗膜における鉛筆硬度経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須成分として、酸性水分散型コロイダルシリカ及び有機酸からなる主剤と、シランカップリング剤及びアルコキシシランオリゴマーからなる硬化剤と、アルコキシシラン加水分解触媒と、を含むことを特徴とする水性シリカ系樹脂組成物。
【請求項2】
前記シランカップリング剤として、メチルトリメトキシシラン、エポキシ基含有シランカップリング剤、エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤、アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシラン、および下記構造式1で示される化合物が含まれることを特徴とする請求項1に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【化1】

【請求項3】
前記硬化剤の配合割合が、
メチルトリメトキシシランが50〜90質量%、
エポキシ基含有シランカップリング剤が0.5〜20質量%、
エポキシ基と反応しうる官能基を有するシランカップリング剤が0.5〜20質量%、
アルキル基の炭素数が3以上のアルキルトリメトキシシランが0.5〜20質量%、
下記構造式1で示される化合物が0.5〜20質量%、
前記アルコキシシランオリゴマーが0.5〜20質量%、
であることを特徴とする請求項2に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【請求項4】
前記硬化剤中の加水分解性アルコキシシリル基総モル数に対して80〜200mol%の水分量が、前記酸性水分散型コロイダルシリカに含有される水分によって供給されるように配合されてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【請求項5】
−SiOH基と水素結合を起こす官能基を有する有機重合体をさらに含むことを特徴とする請求項4に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【請求項6】
0℃〜50℃の範囲で、顕著なガラス転移温度を示さないことを特徴とする請求項4に記載の水性シリカ系樹脂組成物。
【請求項7】
硬化皮膜形成に用いられる請求項1〜6のいずれかに記載の水性シリカ系樹脂組成物であって、それにより形成される硬化皮膜が実質的に無色透明であることを特徴とする水性シリカ系樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−124667(P2006−124667A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−280072(P2005−280072)
【出願日】平成17年9月27日(2005.9.27)
【出願人】(000101477)アトミクス株式会社 (16)
【Fターム(参考)】