説明

水素分子のプロトン化方法および水素分子プロトン化触媒ならびに水素ガスセンサー

【課題】高価で埋蔵量の少ない貴金属以外の触媒を用いた水素分子のプロトン化方法と水素分子プロトン化触媒ならびに水素ガスセンサを提供する。
【解決手段】比誘電率が78を超える固体の表面に水素ガスを接触させ、水素ガス分子をプロトン化させる方法を提供する。また前記比誘電率が78を超える固体からなる基板上にプロトン付加により電気伝導率、光導電率または光学吸収体が変化しえる有機化合物からなるプロトン受容層を備え、プロトン付加により電気抵抗率が変化することで水素ガスを検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素分子のプロトン化方法と水素分子プロトン化触媒に関し、さらに水素ガスセンサーに関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸型燃料電池や固体高分子型燃料電池は、比較的低温で作動するクリーンな発電システムとして期待されている。特に固体高分子型燃料電池は、自動車等の移動体用動力源としての開発が進められている。これらの燃料電池のアノードには水素ガスが供給される。水素分子はアノード中の触媒によって酸化され、プロトンと電子を生成する。この触媒はこれらの燃料電池に必須であり、通常白金やパラジウムなどの貴金属が用いられる。
【0003】
特許文献1には貴金属粒子が中空繊維状カーボンおよび水素イオン伝導性高分子電解質に担持された固体高分子型燃料電池が開示されている。
【0004】
一方、水素ガスセンサーとして、プロトンの付加に伴い電気抵抗率が大きく変化する有機顔料を用いたものが知られている(特許文献2参照)。このセンサーにおいても水素分子をプロトン化するために微細な白金やパラジウムが触媒として用いられている。そして基板にはガラスが用いられている。
【特許文献1】特開2004−158290号公報
【特許文献2】特開2006−276029号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1などに記載されている燃料電池において、水素分子のプロトン化には白金などの貴金属が触媒として用いられている。しかし白金などの貴金属は高価であり、また埋蔵量が少ないため、燃料電池を広く普及させるにあたって、障害となっている。よって、貴金属に代わる水素分子プロトン化触媒が求められていた。
【0006】
上記特許文献2記載の水素ガスセンサーにおいても、水素分子のプロトン化には白金が触媒として用いられている。本水素ガスセンサーの場合は、白金の使用量は比較的少ないが、それでも、新規な触媒を用いてさらなる高性能化が待たれていた。
【0007】
よって本発明は、白金などの貴金属に代わる新規な水素分子プロトン化触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記問題点を解決するために本発明に係る水素分子のプロトン化方法は、比誘電率が78を超える固体の表面に水素ガスを接触させることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る水素分子プロトン化触媒は、比誘電率が78を超える固体であることを特徴とする。
【0010】
そして、本発明に係る水素ガスセンサーは、比誘電率が78を超える固体からなる基板と、前記基板上に形成され、プロトン付加に伴い電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収体が変化し得る有機化合物からなるプロトン受容層と、を備えることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明に係る水素ガスセンサーは、比誘電率が78を超える固体からなる基板と、前記基板上に形成された少なくとも一対の電極と、前記一対の電極を覆うように形成され、プロトン付加に伴い電気抵抗率が変化する有機化合物からなるプロトン受容層と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
従来から電子を正電荷に束縛するエネルギー(結合エネルギー)は媒体の誘電率の2乗に反比例することが知られている。例えば、Si(4価)半導体中にP(5価)を不純物としてドープした系(n型半導体)において、電子は、真空中より小さいエネルギーでP+の束縛を離れ解離する。具体的にはSiの比誘電率が約12なので、結合エネルギーは真空中の約1/144となる。
【0013】
同様の作用により、本発明の効果も奏されるものと考えられる。すなわち、水素ガスが比誘電率が78を超える固体の表面に接触すると、水素原子間の結合エネルギーおよび/またはプロトンと電子の結合エネルギーが弱まり、比誘電率が78以下の媒体中(例えば真空中、水中)に比べて容易にプロトンを生成するものと考えられる。
【0014】
本発明に係る水素分子のプロトン化方法によれば、水素原子間の結合エネルギーおよび/またはプロトンと電子の結合エネルギーが弱まるので、高価で埋蔵量の少ない貴金属を用いることなく、または貴金属の使用量を減らして水素分子をプロトン化することができる。
【0015】
また、本発明に係る水素センサーによれば、水素原子間の結合エネルギーおよび/またはプロトンと電子の結合エネルギーを小さくすることができるので、水素ガスからプロトンを生成する反応およびその逆反応の速度が速まる。よって従来のガラスを基板として用いた水素センサーに比べて、立ち上がり、立下り特性が改善される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
比誘電率が78を超える物質としては種々の材料が選択可能であるが、例えば特公平1−18521号公報に示された、不純物としてのアルカリ金属酸化物の含有量が0.04重量%以下のチタン酸バリウム100重量部に対し、Nb25を1.0〜2.5重量部、Co23を0.1〜0.8重量部、SiO2を0.1〜1.2重量部およびNd23、La23、Pr611の内、1種または2種以上からなる希土類酸化物を0.3〜1.0重量部それぞれ含有する高誘電率磁器組成物が採用可能である。この他、チタン酸バリウムの一部をジルコン酸バリウムに置換したものや、Bi23、SnO2、ZrO2、MgO、FeOを副成分として含むものも採用可能である。組成を適宜選択することによって室温での比誘電率が1000から10000程度のものを容易に得ることができる。
【0017】
本発明に係る水素分子のプロトン化方法では、前記のように、比誘電率が78を超える固体の表面に水素ガスを接触させる。この方法は燃料電池に適用することができる。例えば、貴金属触媒に代えて、あるいは貴金属触媒に加えて比誘電率が78を超える物質からなる粉末をアセチレンブラックなどに担持することができる。その際、比誘電率がが78を超える固体として、通常の燃料電池の作動温度を大きく超える温度、例えば1000℃以上の高温で熱処理されたセラミック粉末を用いれば、プロトン化が促進されることに加えて、使用中に凝集することはなく、燃料電池の長寿命化にも寄与する。
【0018】
本発明に係る水素分子のプロトン化方法は水素センサーにも適用することができる。水素センサーとしては特許文献2に示されたものと同様の構造を採用することができる。すなわち、図2に示すように、基板21上に櫛形の電極22aと22bが交互に配置される。この電極上あるいは電極間に触媒としてのPt(図示せず)が島状にスパッター蒸着(厚さ数Å程度)され、さらにその上にプロトン付加に伴い電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収体が変化し得る有機化合物が膜状に真空蒸着されプロトン受容層23が形成される。
【0019】
プロトン受容層を構成する有機化合物としては、窒素原子を含む複素環を導入した有機顔料であり、前記有機顔料がキナクリドン、インジゴ、フタロシアニン、アントラキノン、インダンスロン、アンスアンスロン、ペリレン、ピラゾロン、ペリノン、イソインドリノン、ジオキサジン、又はそれぞれの誘導体が採用可能である。窒素原子を含む複素環がピリジン系の複素環であることが好ましい。
【0020】
櫛型電極としては種々の材料が採用可能である。例えばAl、ITO(Indium−Tin−Oxide)、Au、Ag、Pd、Pt、Pd−Pt合金などが用いられる。
【0021】
櫛型電極の電極間には105V/cm程度の電界を印加し、水素分子が水素原子に解離しやすいようにする。なお、Pt触媒は島状に分布しているので電極間が短絡することはない。また、Pt触媒は島状に分布しているのであれば、プロトン受容層の内部にあっても良いし、プロトン受容層の表面にあってもよい。
【0022】
そして基板の材料として比誘電率が78を超える物質を使用する。そのようにすることによって、水素ガスが導入されたときに基板の表面が触媒として作用する。
【実施例1】
【0023】
本発明の第1の実施例について説明する。第1の実施例は、粉末状の比誘電率が78を超える固体に水素ガスを接触させることにより水素分子のプロトン化が可能であることを示すものである。
【0024】
まず、触媒として用いる誘電体材料粉末を用意した。組成は、不純物としてのアルカリ金属酸化物の含有量が0.04重量%以下のBaTiO3を100重量部に対して、Nb25を0.9重量部、Co23を0.2重量部、SiO2を0.6重量部、Nd23を0.6重量部を含有するものである。
【0025】
この誘電体材料粉末は、素原料であるBaCO3とTiO2を混合・熱処理してチタン酸バリウムを合成した後、これにNb25、Co23、SiO2、La23を所定の比率になるよう加え、再度混合し、成形・熱処理・粉砕して製造した。チタン酸バリウム合成のための熱処理温度としては1150℃とし、副成分を加えた後の熱処理は1230℃とした。この粉末の平均粒径は約5μmであった。
【0026】
最後の粉砕工程前の焼結体(円板状)にAg電極を付与してコンデンサを形成して、比誘電率を測定したところ室温で3500であった。
【0027】
実験に用いた装置の配置を図1を用いて説明する。
長さ50mm、直径8mmのガラス管11の底部に気孔率約50%の多孔質円板12(厚さ1mm)をエポキシ樹脂を主剤とする接着剤で取り付けた。そして、多孔質円板の表面ならびにガラス管の側面にAlを蒸着して、電子伝導性を付与した。ガラス管の内部には前記誘電体材料粉末13を高さ30mmまで充填した。
【0028】
このガラス管の先端をイオン交換水14に浸し、対極15をAlとした。ガラス管のAlが蒸着された部分と、対極15は電流計16を間に挟んで導線で接続した。
【0029】
実験では、ガラス管に毎分2mLの流量で水素ガスを導入した場合と何も導入しなかった場合との電流値を計測した。水素ガスを導入した場合、水素ガスは比誘電率3500の誘電体材料粉末13の表面に接触することになる。また、比較のために前記誘電体粉末を充填しない状態でも実験した。この比較のための実験では、水素ガスの周囲の媒体は水(比誘電率78)である。
【0030】
表1に実験結果を示す。表中の電流値はガラス管11から電流計16を経て対極15へ流れる方向を正、その逆方向を負の符号で示した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1から、ガラス管11に何も充填していない場合では、水素ガスを導入してもしなくても電流値が同じであることがわかる。一方、ガラス管11に比誘電率3500の誘電体材料粉末13を充填した場合では、水素ガスの導入によって電流の向きが逆転した。導入された水素ガスが誘電体粉末13の表面に接触することにより、その結合エネルギーが弱められ、プロトンと電子に解離したものと考えられる。
1/2H2 → H+ + e-
観測した電流はプロトンと同時に生じた電子が外部回路を通じて対極に流れたものであると考えられる。
【0033】
水素ガスを比誘電率78の媒体(水)を通過させる方法に比べて、水素ガスを比誘電率3500の固体(誘電体粉末)の表面に接触させる方法の方が水素分子をプロトン化するのに優れた方法であると言える。この効果は比誘電率が3500である場合に限らず、程度の差こそあれ、比誘電率が78を超える固体の表面に水素ガスを接触させれば生じるものである。
【実施例2】
【0034】
次に本発明の第2の実施例に係る水素センサーについて説明する。
図2に示すような構造の水素センサー20を作製するにあたって、基板21の材料は実施例1で用いた誘電体材料粉末と同じ組成のもの(比誘電率3500)を使用した。櫛形電極22a、22bの材料はITOとした。触媒としてPt(図示せず)を櫛型電極の上に島状にスパッター蒸着(厚さ数Å程度)し、さらにその上にピリジン環を持つピロロピロールを膜状に真空蒸着してプロトン受容層23とした。櫛型電極の電極幅および電極間隔はいずれも100μmとした。
【0035】
比較のために基板21の材料として比誘電率が6であるガラスを使用したものを作製した。
【0036】
櫛型電極の電極間には105V/cmの電界を印加し、電極間に流れる電流値を測定した。測定開始後1秒後に水素ガスを導入し、同3秒後には水素ガスの導入を停止した。結果を図3に示す。図3中破線は本実施例である比誘電率3500の基板を用いた場合の結果を表し、実線は比較のための比誘電率6の基板を用いた場合の結果を表している。
【0037】
図3から明らかなように、比誘電率3500の基板を用いた場合では、比誘電率6の基板を用いた場合に比べて水素ガスを導入したときの立ち上がり特性および水素ガスの導入を停止したときの立ち下がり特性が改善されている。これは、水素原子間の結合エネルギーおよび/またはプロトンと電子の結合エネルギーを小さくなったためと考えられる。この効果は比誘電率が3500である場合に限らず、程度の差こそあれ、比誘電率が78を超える固体を基板とすれば生じるものである。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施例の実験を示す図である。
【図2】本発明に係る水素センサーの構造図である。
【図3】本発明の第2の実施例の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0039】
11 ガラス管
12 多孔質円板
13 誘電体材料粉末
14 イオン交換水
15 対極
16 電流計
20 水素センサー
21 基板
22a、22b 櫛型電極
23 プロトン受容層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
比誘電率が78を超える固体の表面に水素ガスを接触させることを特徴とする水素分子のプロトン化方法。
【請求項2】
比誘電率が78を超える固体であることを特徴とする水素分子プロトン化触媒。
【請求項3】
比誘電率が78を超える固体からなる基板と、
前記基板上に形成され、プロトン付加に伴い電気抵抗率、光伝導度、又は光学吸収体が変化し得る有機化合物からなるプロトン受容層と、を備えることを特徴とする水素ガスセンサー。
【請求項4】
比誘電率が78を超える固体からなる基板と、
前記基板上に形成された少なくとも一対の電極と、
前記一対の電極を覆うように形成され、プロトン付加に伴い電気抵抗率が変化し得る有機化合物からなるプロトン受容層と、を備えることを特徴とする水素ガスセンサー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−222466(P2008−222466A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−60517(P2007−60517)
【出願日】平成19年3月9日(2007.3.9)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】