説明

求核試薬を用いたβ−ラクタム系化合物の積極的分解除去方法

【課題】 求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を効率的に洗浄する方法及び洗浄剤を提供すること。
【解決手段】 求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を洗浄する方法であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を求核試薬と化学反応させて別の物質に変換することにより、施設及び/又は設備から除去する工程を含む、前記方法。求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備から、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を除去するための洗浄剤であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を化学反応により別の物質に変換することができる求核試薬を有効成分として含有する、前記洗浄剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、求核試薬を用いたβ−ラクタム系化合物の積極的分解除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の製造においては、一つの施設・設備で複数種類の医薬品が製造されることがある。医薬品の中には、高感作性物質、高生理活性物質、細胞毒性のある物質などがあり、これらの物質が製造設備に残留することにより、次に製造される医薬品が汚染され、その医薬品を投与した患者に重篤な障害を引き起こすことがある。
【0003】
例えば、ペニシリン及びセファロスポリンに代表されるβ−ラクタム系抗生物質は、まれに、非常に少量でアナフィラキシーショックを起すことが知られている。この理由から、β−ラクタム系抗生物質で汚染された非β−ラクタム医薬品が、重篤なアナフィラキシーショックの原因である可能性が考えられる。従って、全製造工程において、非β−ラクタム医薬品をβ−ラクタム系抗生物質による汚染から防止することは、アナフィラキシーショックを回避するために重要である。FDA、WHO及びICHなどの薬事規制当局は、非β−ラクタム医薬品について、β−ラクタム系抗生物質から完全に分離された製造システム(例えば、β−ラクタム系抗生物質による汚染を防止するための専用設備、製造施設における専用空気処理システム及び別の作業員など)を確立することを要求している。交叉汚染を防止するためには、製造施設からβ−ラクタム系抗生物質を除去するための洗浄方法及び手順の確立が必要である。さらに、製造施設及び製造環境におけるβ−ラクタム系抗生物質の残留物を監視する適切な分析方法も必須である。
【0004】
医薬品の製造前及び/又は製造後の界面活性剤による製造施設の洗浄は、医薬品製造の間に起こる交叉汚染を防止するためによく用いられる標準的な手順である。しかしながら、β−ラクタム系抗生物質に関しては、界面活性剤による洗浄は、一定のレベル(例えば、ペニシリンGについては0.03 ppm)まで残留物を減少させるには必ずしも十分とは言えない。さらに、活性なβ−ラクタム系抗生物質のみならず、全β−ラクタム残留物を減少させることは重篤なアナフィラキシーショックを回避するために重要であると考えられる。従って、満足できるレベルまでβ−ラクタム残留物を減少させるためには、製造施設をさらに効率的に洗浄する工程が重要である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を効率的に洗浄する方法を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明は、医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を効率的に洗浄するための洗浄剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、求核試薬による化学反応を利用して、求核試薬と化学反応しうる物質を含む医薬品の製造施設及び/又は設備を洗浄したところ、効率的な洗浄が可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を洗浄する方法であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を求核試薬と化学反応させて別の物質に変換することにより、施設及び/又は設備から除去する工程を含む、前記方法。
(2) 求核試薬と化学反応しうる物質が、高感作性物質、高生理活性物質又は細胞毒性を有する物質である(1)記載の方法。
(3) 求核試薬との化学反応による変換で生成した物質が、変換前の物質よりも低い感作性、生理活性又は細胞毒性を有する(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 高感作性物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、高生理活性物質がステロイド又はアルカロイドであり、細胞毒性を有する物質が抗ガン剤である(2)又は(3)に記載の方法。
(5) 求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、求核試薬がβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬である(4)記載の方法。
(6) β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬がヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアである(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) β−ラクタム系抗生物質の残留分をヒドロキシルアミンと化学反応させてヒドロキサム酸に変換する(6)記載の方法。
(8) 化学反応が水溶液中で行われる(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9) 求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備から、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を除去するための洗浄剤であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を化学反応により別の物質に変換することができる求核試薬を有効成分として含有する、前記洗浄剤。
(10) 求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、求核試薬がβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬である(9)記載の洗浄剤。
(11) β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬がヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアである(10)記載の洗浄剤。
(12) 洗浄剤の全重量を基準とした場合、ヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアの含有率が0.1〜5.0重量%である(11)記載の洗浄剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を効率的に洗浄することが可能となった。本発明の方法及び洗浄剤は、特に、β−ラクタム系抗生物質を製造するために使用された施設及び/又は設備の洗浄に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
【0011】
本発明は、求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を洗浄する方法であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を求核試薬と化学反応させて別の物質に変換することにより、施設及び/又は設備から除去する工程を含む、前記方法を提供する。
【0012】
求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設としては、建造物(例えば、工場、プラントなど)、部屋(例えば、実験室など)、作業区域、環境などを挙げることができる。
【0013】
求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された設備としては、医薬品原体及び合成中間体の製造設備(例えば、反応装置、分液装置、晶析装置、遠心分離装置、乾燥装置、精製カラムなど)、医薬品製剤設備(例えば、秤量器,混合器,造粒器,凍結乾燥機,打錠器,乾燥器など)、品質管理設備、保管設備、包装設備、空調設備(例えば、エアコン、空気清浄機、排気フード、換気扇など)、作業員、作業員が着用する作業着、マスク、手袋、帽子、靴、メガネ、ゴーグル、エプロン、作業員が使用する器具(例えば、秤量器具,サンプラーなど)、分析装置、検査機、医薬用水システム(例えば、医薬用水製造ユニット、ループ配管、貯留タンク、蒸留器など)などを挙げることができる。これらの設備は、同一の施設内に配置されていてもよいし、異なる施設内に配置されていてもよい。例えば、医薬品原体、合成中間体及び医薬品製剤等は、異なる場所の異なる施設内にて、異なる設備を用いて、異なる作業員によって製造されることもあるが、本発明の方法は、それぞれを製造するために使用された施設及び/又は設備に対して適用することができる。
【0014】
本発明の方法は、実験室レベルで物質を合成するために使用された施設及び/又は設備の洗浄に用いてもよいし、プラントや工場などで物質を大量生産するために使用された施設及び/又は設備の洗浄に用いてもよい。
【0015】
また、本発明の方法が適用される施設は、一つであっても、複数であってもよく、同様に、本発明の方法が適用される設備は、一つであっても、複数であってもよい。
【0016】
本発明の方法において、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分は求核試薬との化学反応で別の物質に変換されることにより、施設及び/又は設備から除去される。
【0017】
求核試薬と化学反応しうる物質としては、高感作性物質、高生理活性物質、細胞毒性を有する物質などを挙げることができる。
【0018】
高感作性物質としては、β−ラクタム系抗生物質などを挙げることができる。
【0019】
β−ラクタム系抗生物質としては、アンピシリン,シクラシリン,アモキシシリン,アスポキシシリン,バカンピシリン,レナンピシリン,ピブメシリナム,スルタミシリン,タランピシリン,カリンダシリン,ピペラシリン,スルベニシリン,チカルシリン,クロキサシリン,フルクロキサシリン,ベンジルペニシリン,フェノキシメチルペニシリン,フェネチシリンなどのペニシリン系抗生物質、
セフタジジム,セフォジジム,セフジトレンピボキシル,セフェタメトピボキシル,セフチブテン,セフジニル,セフィキシム,セフェピム,セフカペンピボキシル,セフスロジン,セフテラムピボキシル,セフメノキシム,セフポドキシムプロキセチル,セフピミゾール,セフピラミド,セフピロム,セフォペラゾン,セフトリアキソン,セフォタキシム,セフォゾプラン,セフチゾキシムなどのセフェム(セファロスポリン)系抗生物質、
ファロペネムなどのペネム系抗生物質、
セフブぺラゾン,セフォキシチン,セフミノクス,セフメタゾール,セフォテタンなどのセファマイシン系抗生物質などを挙げることができる。
【0020】
高生理活性物質としては、ステロイド、アルカロイドなどを挙げることができる。
【0021】
ステロイドとしては、ヒドロコルチゾン(コルチゾール)、コルチゾン、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン、パラメタゾン、テキサメタゾン、ベタメタゾンなどを挙げることができる。
【0022】
アルカロイドとしては、モルヒネ、ニコチン、キニーネなどを挙げることができる。
【0023】
細胞毒性を有する物質としては、抗ガン剤などを挙げることができる。
【0024】
抗ガン剤としては、アルキル化剤(例えば、シクロホスファミド、イホスファミド、チオテパ、カルボコン、メルファラン、ブスルファンなどのマスタード薬、ニムスチン、ラニムスチンなどのニトロソウレア類、ダカルバジン、プロカルバジンなど)、代謝拮抗薬(例えば、メトトレキサートなどの葉酸系代謝拮抗薬、フルオロウラシル、テガフール、シタラビン、ゲムシタビン、カペシタビンなどのピリミジン系代謝拮抗薬、メルカプトプリン、ペントスタチン、フルダラビンなどのプリン系代謝拮抗薬、クラドリビン、L-アスパラギナーゼなど)、抗腫瘍性抗生物質(例えば、ドキソルビシン、ダウノルビシン、エピルビシン、イダルビシンなどのアントラサイクリン系抗生物質、マイトマイシンC、アクチノマイシンD、ブレオマイシンなど)、微小管阻害薬(例えば、ビンクリスチン、ビンブラスチン、ビンデシン、ビノレルビンなどのビンカアルカロイド、パクリタキセル、ドセタキセルなどのタキサンなど)、ホルモン類似薬(例えば、タモキシフェン、トレミフェンなどの抗エストロゲン薬、アナストロゾール、ファドロゾール、エキセメスタンなどのアロマターゼ阻害薬、フルタミド、ビカルタミドなどの抗アンドロゲン薬、ゴセレリン、リュープロレリンなど)、白金製剤(例えば、シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチンなど)、トポイソメラーゼ阻害薬(例えば、イリノテカン、ノギテカンなどのトポイソメラーゼI阻害薬、エトポシド、ダウノルビシン、ドキソルビシンなどのトポイソメラーゼII阻害薬など)、サイトカイン(例えば、インターフェロンα、β、γなどのインターフェロン、インターロイキン−2などのインターロイキンなど)、分子標的治療薬(例えば、トレチノイン、イマチニブ、リツキシマブ、ゲフィチニブなど)、非特異的免疫賦活薬(例えば、クレスチン、OK-432、BCG、ウベニメクス、レンチナン、シゾフィランなど)などを挙げることができる。
【0025】
求核試薬は、医薬品に含まれる物質と化学反応して、該物質を別の物質に変換することができるものであれば、いかなるものであってもよい。求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質である場合には、求核試薬はβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬であることが好ましい。β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬としては、ヒドロキシルアミン、アンモニアなどを挙げることができる。
【0026】
β−ラクタム系抗生物質とヒドロキシルアミンとの化学反応は、中性からアルカリ性の条件下(すなわち、pH6.0以上、好ましくはpH7.0〜10.0、より好ましくはpH8.0〜9.0の条件下)、水あるいはアセトニトリル/水混液中で、比較的短時間(すなわち、1時間以内、好ましくは5〜15分間、より好ましくは10分間程度)で行うとよい。
【0027】
例えば、求核試薬と化学反応しうる物質がペニシリン(β−ラクタム系抗生物質の一種)であり、求核試薬がヒドロキシルアミンである場合の両者の化学反応式を以下に示す。
【0028】
【化1】

上記の反応式において、Rはベンジル基、アミノベンジル基のようなペニシリン系抗生物質の6位側鎖に使用される有機基を示す。この化学反応は、弱酸性からアルカリ性の条件下,比較的短時間(1時間以内)で進行する。反応は、水,有機溶媒及びその混液中などの溶媒中で行うとよい。
【0029】
β−ラクタム系抗生物質とヒドロシキルアミンとの化学反応は以下の点で有利である。
・求核反応の反応効率がよく、ペニシリン類、セファロスポリン類が速やかに分解する。
・化学反応により、β−ラクタムの4員環が開環し、β−ラクタム系抗生物質が無害な物質(すなわち、感作性がないあるいは低い物質)に変換される。
・低濃度のヒドロシキルアミンで、室温にて、化学反応が進むので、設備へのダメージが少ない。
・ヒドロシキルアミンは自己分解により水とアンモニアに変換するので、設備からの除去が容易である。
・セフェム系抗生物質のエステル誘導体は2−セフェム化合物に変換されやすいため水酸化ナトリウムでは分解され難いが、求核試薬のヒドロキシルアミンであれば効率よく分解することができる。
・セファマイシン系抗生物質は7位メトキシ基の影響で水酸化ナトリウムでは分解され難いが、求核試薬のヒドロキシルアミンであれば効率よく分解することができる。
【0030】
本発明の方法で、施設及び/又は設備を洗浄するためには、水(例えば、水道水、純水、イオン交換水,蒸留水,イオン交換水)などの希釈剤で求核試薬を適当な濃度(例えば、0.1〜5.0重量%)に希釈した後、必要により、他の成分(例えば、アルカリ(例えば、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウムなど)、界面活性剤(例えば、陽イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤,非イオン界面活性剤,両性界面活性剤など)、エタノールなど)を添加し、この希釈液を施設及び/又は設備に噴霧又は噴射するとよい。その後,水で洗い流した後,施設及び/又は設備を風乾させる。さらに、施設及び/又は設備を水(例えば、水道水、純水、イオン交換水,蒸留水,イオン交換水など)などで洗浄するとよい。β−ラクタム化合物のエステル誘導体のように脂溶性の高い化合物を分解洗浄する場合、界面活性剤またはアルコール類(好ましくはエタノール)を添加すると洗浄効率が良い。
【0031】
また、本発明は、求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備から、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を除去するための洗浄剤であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を化学反応により別の物質に変換することができる求核試薬を有効成分として含有する、前記洗浄剤を提供する。
【0032】
求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び設備は、上述した通りである。
【0033】
求核試薬は、医薬品に含まれる物質と化学反応して、該物質を別の物質に変換することができるものであれば、いかなるものであってもよい。求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質である場合には、求核試薬はβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬であることが好ましい。β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬としては、ヒドロキシルアミン、アンモニアなどを挙げることができる。洗浄剤の全重量を基準とした場合、ヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアの含有率は0.1〜5.0重量%であるとよく、好ましくは0.5〜2.0重量%である。
【0034】
本発明の洗浄剤は、他に、水(例えば、水道水、純水、イオン交換水,蒸留水,イオン交換水など)、アルカリ(例えば、水酸化ナトリウム,水酸化カリウム,炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウムなど)、界面活性剤(例えば、陽イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤,非イオン界面活性剤,両性界面活性剤など)、エタノールなどを含有してもよい。β−ラクタム化合物のエステル誘導体のように脂溶性の高い化合物を分解洗浄する場合、界面活性剤またはアルコール類(好ましくはエタノール)を本発明の洗浄剤に添加すると洗浄効率が良い。
【0035】
本発明の洗浄剤の組成の一例を以下に示す。
【0036】
ヒドロキシルアミン 0.1〜5g
水 99.9〜95.0g
全量 100g
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
1. 実験
1.1 装置
β-ラクタム抗生物質の残留を測定するために,HPLC装置にはAgilent社の1100シリーズにおける多波長型検出のバイナリポンプシステムを使用した。分析カラムには、財団法人化学物質評価研究機構製のL-カラムODS,4.6 mm I.D.×150 mmを使用した。HPLC装置に注入された試料溶液は、アセトニトリル/水/酢酸の混合液を移動相とし,40℃に保った分析カラムで分離した。サンプルと反応物質は短時間で分離させるため,移動相のアセトニトリルと水の比率は1:3(v/v)から2:3(v/v)に変化させた。構造解析および精密質量分析には,Micromass社のQ-Tof 2質量分析装置を用いた。質量分析装置はエレクトロスプレー法でポジティブモードにてコーン電圧を5 eVから30 eVの範囲にして操作した。衝突解離誘起(CID)は、アルゴンガスを衝突ガスとして用い,衝突エネルギーを10 eVから30 eVに設定して実施した。
1.2 原料
ペニシリンG(Lot M2N9326)は和光純薬工業株式会社より購入し、また、セフポドキシムプロキセチル(Lot 175)、セフメタゾール(Lot 010)およびCS-834 (Lot MZ403)は三共株式会社において合成された。サンプルの化学構造を以下に示す。
【0038】
【化2】

1.3 試薬
0.1 mol/l塩酸、0.1 mol/l水酸化ナトリウム水溶液、30%過酸化水素水、50%ヒドロキシルアミン水溶液は和光純薬工業株式会社より購入した。移動相および試料溶解液の調製に使用した,HPLCアセトニトリルは和光純薬工業株式会社から酢酸は岩井化学薬品株式会社から購入し,水は Milli-Qで精製したものを使用した。
1.4 分解試薬の調製
0.01 mol/l塩酸および0.01 mol/l水酸化ナトリウム水溶液は、それぞれ0.1 mol/l塩酸10 ml、0.1 mol/l水酸化ナトリウム水溶液10 mlを水で100 mlに希釈して調製した。0.1%過酸化水素水は、0.33 mlの30%過酸化水素水を水で100mlに希釈して調製した。1.0%ヒドロキシルアミン溶液は2 mlの50%ヒドロキシルアミン水溶液を水で100mlに希釈して調製した。さらに、25 mlまたは10 mlの1.0%ヒドロキシルアミン水溶液を水で50 mlに希釈し、0.5%ヒドロキシルアミン水溶液および0.1%ヒドロキシルアミン水溶液を調製した。これらの溶解液は、β-ラクタム抗生物質の分解試液として用いた。
1.5 試料溶液の調製
1.0 mg/mlの試料溶液は、一連のβ-ラクタム抗生物質をアセトニトリル/水混液(1:1 v/v)に溶解して調製した。
【0039】
2. 結果
結果を図1〜5及び表1〜2に示す。
2.1 反応性(図1〜4、表1〜2)
1mLのβ-ラクタム抗生物質溶液に9mLの分解試液を加えて,5,10,20分後の残存率をHPLCにて測定した。その結果を表1に示す。ペニシリンGを除く,いずれのβ-ラクタム抗生物質も0.01 mol/l塩酸及び0.1%過酸化水素中では安定であった。しかしながら,0.01 mol/l水酸化ナトリウム及び1.0%ヒドロキシルアミンでは速やかに分解した。特に,1.0%のヒドロキシルアミンは効果的であった。ペニシリンGでは,0.01 mol/l水酸化ナトリウム及び1.0%ヒドロキシルアミンで一つの主分解物が生成した。セフポドキシムプロキセチルでは,0.01 mol/l水酸化ナトリウム中で2つの主分解物が,1.0%ヒドロキシルアミン中で一つの主分解物が生成した。CS-834では,1.0%ヒドロキシルアミン中で一つの主分解物が生成した。
【0040】
【表1】

2.2 構造確認
質量分析により分解生成物の構造を確認した。ペニシリンGの0.01 mol/l水酸化ナトリウムは及び1.0%ヒドロキシルアミン中での分解生成物は,いずれもβ-ラクタム環が開環している構造であることが示唆された。一方,セフポドキシムプロキセチルでは,0.01 mol/l水酸化ナトリウム中での2つの主分解物は,側差のエステルが加水分解した構造であったのに対し,1.0%ヒドロキシルアミン中で生成した分解生成物は,β-ラクタム環にヒドロキシルアミンが付加し,開環した構造が示唆された。
被検化合物の1.0%ヒドロキシルアミン溶液中での分解生成物のHPLCクロマトグラムにおける保持時間(分)と質量分析値(m/e)は下記のとおりである。この質量分析値から、分解生成物は、いずれもβ−ラクタム環が開環して生成したヒドロキサム酸誘導体であることが示唆される。
【0041】
【表2】

2.3 ヒドロキシルアミンとの反応に対するpHの影響(図5)
また,ヒドロキシルアミンは求核試薬であり,その反応性はpHに依存することからpHの影響について検討した。セフポドキシムプロキセチルとヒドロキシルアミンの反応についてのpHプロファイルの確認を行った。0.1% ヒドロキシルアミンのpHを酢酸及び水酸化ナトリウムで4.0から10.0の範囲に調製し,10分間反応させた後,セフポドキシムプロキセチルの残存率及び分解物の生成について検証した。結果は,本反応は弱酸性ではあまり進行せず,中性からアルカリ性でセフポドキシムプロキセチルの減少に伴い分解物が生成した。反応条件としては,pH 9付近が最適であり,ヒドロキシルアミン溶液のpH 9.2とほぼ同じであることから,特にpHの調製することなく,ヒドロキシルアミン溶液をそのまま使用することでβ-ラクタム系抗生物質の分解除去が可能であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の方法及び洗浄剤は、求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を効率的に洗浄するために利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】セフポドキシムプロキセチルを分解試液で分解させたときのHPLCクロマトグラム。
【図2】ペニシリンGを分解試液で分解させたときのHPLCクロマトグラム。
【図3】セフメタゾールを分解試液で分解させたときのHPLCクロマトグラム。
【図4】CS-834を分解試液で分解させたときのHPLCクロマトグラム。
【図5】HPLCクロマトグラムにおける、セフポドキシムプロキセチルとその分解生成物のピーク面積をpH毎にプロットした図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備を洗浄する方法であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を求核試薬と化学反応させて別の物質に変換することにより、施設及び/又は設備から除去する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
求核試薬と化学反応しうる物質が、高感作性物質、高生理活性物質又は細胞毒性を有する物質である請求項1記載の方法。
【請求項3】
求核試薬との化学反応による変換で生成した物質が、変換前の物質よりも低い感作性、生理活性又は細胞毒性を有する請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
高感作性物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、高生理活性物質がステロイド又はアルカロイドであり、細胞毒性を有する物質が抗ガン剤である請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、求核試薬がβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬である請求項4記載の方法。
【請求項6】
β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬がヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアである請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
β−ラクタム系抗生物質の残留分をヒドロキシルアミンと化学反応させてヒドロキサム酸に変換する請求項6記載の方法。
【請求項8】
化学反応が水溶液中で行われる請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
求核試薬と化学反応しうる物質及び/又は該物質を含む医薬品を製造するために使用された施設及び/又は設備から、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を除去するための洗浄剤であって、求核試薬と化学反応しうる物質の残留分を化学反応により別の物質に変換することができる求核試薬を有効成分として含有する、前記洗浄剤。
【請求項10】
求核試薬と化学反応しうる物質がβ−ラクタム系抗生物質であり、求核試薬がβ−ラクタムの4員環を開環することができる試薬である請求項9記載の洗浄剤。
【請求項11】
β−ラクタムの4員環を開環することができる試薬がヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアである請求項10記載の洗浄剤。
【請求項12】
洗浄剤の全重量を基準とした場合、ヒドロキシルアミン及び/又はアンモニアの含有率が0.1〜5.0重量%である請求項11記載の洗浄剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−34950(P2006−34950A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−153237(P2005−153237)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(000001856)三共株式会社 (98)
【Fターム(参考)】