説明

洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法

【課題】
HDD部材や、薄膜シリコン型太陽電池基板をはじめとする半導体層形成基板などの、精緻な表面が要求される部材に適したステンレス鋼板であって、無電解Niめっき等の表面処理を施さなくても、ステンレス鋼板の裸の表面のままで、クリーン環境下で行われる洗浄工程で優れた洗浄性を呈する表面キズが少ないステンレス鋼板を大量生産に適した手法にて提供する。
【解決手段】
C:0.15重畳%以下、Si:0.1〜2.0質量%、Mn:0.1〜付質量%、S:0.007質量%以下、Ni:2〜15質量%、Cr:15〜19質量%、N:0.2質量%以下、Al:0.01質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Si/Alの質量比が100以上になる組成を有するとともに、分放している非金属介在物が、MgO:7質量%以下、AlO:35質量%以下、Cr:10質量%以下を含み、残部がMn(O,S)とSiOから構成されたステンレス鋼から製造される鋼板であり、鋼板表面において、深さ0.5μm以上且つ開口面積10μm以上であるマイクロピットの存在密度が0.01m当たり10.0個以下であり、且つ前記ピットの開口部面積率が1.0%以下で分布していることを特徴とする、洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、HDD(ハードディスクドライブ)の部材や、薄膜シリコン太陽電池基板をはじめとする半導体層形成基板などの、精密機器部材に適したステンレス鋼板であって、洗浄液や蒸気を用いた洗浄によって表面付着物が除去しやすい平滑化された表面性状を有するステンレス鋼板、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、HDDは高速化・高密度化が要求され、その部材(例えば回転部材、アーム部材、ケース部材、モーター部材、カバーなど)に使用される材料には優れた耐食性の他、パーティクル(付着物粒子)やアウトガスなどの汚れについても厳格に管理されたものであることが要求される。HDD部材を製造する洗浄工程においては、例えば、炭化水素で脱脂した後に、フッ素系洗浄液、弱アルカリ系洗浄液、超純水などを用いて超音波洗浄等の入念な洗浄が施され、必要に応じて蒸気洗浄が施され、最終的には超純水を用いたリンシング(すすぎ)工程が複数回実施されて、パーティクルだけでなくイオン性物質の除去も行われる.洗浄工程は、空気中に存在する微細な汚れも汚染源となるのでJISB9920で規定されるクラス5以上のクリーン環境で行われるのが通常である。
【0003】
このような洗浄工程を経て製造されるHDD部材には、普通鋼、アルミニウム合金、ステンレス鋼などが用いられているが、それらは表面に無電解Niめっきを施した状態で使用されることが多い。
無電解Niめっきは主として、耐食性付与の目的、および洗浄性改善の目的で施される。
【0004】
また、薄膜シリコン型太陽電池の基板として、ガラス板、ステンレス鋼板等が使用されている。この基板に蒸着されるシリコン層は厚さ2μm程度以下の薄膜であり、均一且つ連続的に形成されなければならない。このため、蒸着前には基板表面のパーティクルを極力除去する必要があり、基板材料は上述のような厳格に管理された洗浄手法において優れた洗浄性を発揮するものであることが要求される。
特許文献1には、HDDケースカバーに適した耐コンタミ性に優れたステンレス制振鋼板が記載されている。ステンレス鋼板を焼鈍酸洗すると、焼鈍時に表面近傍の粒界付近に生成するCr欠乏層が酸洗によって優先的に溶削されることにより、粒界に沿って小さな溝(ミクログルーブ)が形成される。洗浄が不十分な場合、ミクログルーブに油分が残存し、アウトガス発生の要因となる。また、ミクログルーブには塵挨が付着しやすく、洗浄性にも劣る。そこで、冷間圧延後の仕上焼鈍を光輝焼鈍または無酸化焼鈍とすることが提案されている。しかし、発明者らの調査によれば、そのような焼鈍方法により酸洗を省略するだけでは、HDD部材や半導体層形成基板に要求されるような、極めて良好な洗浄性は得られない。
【0005】
特許文献2には、高い平滑性(表面光沢度)を有するステンレス鋼板の製造方法として、冷間圧延時に使用する潤滑剤が圧延ロールと板の間に噛み込まれることをできるだけ防止するための冷間圧延方法が示されている。また、その冷間圧延方法と、光輝焼鈍および無潤滑調質圧延とを組み合わせたステンレス鋼板製造手法が開示されている。しかし、この手法は、表面光沢度の向上には有効であるが、上述のような洗浄性を向上させるうえでは十分ではない。
【0006】
特許文献3には、調質圧延板の表面において0.25mmを超えるサイズのピンホールの数が10cm当たり10個以下に抑えられたステンレス鋼板が記載されている。この鋼板は、機械研磨、還元焼鈍、水溶性潤滑剤を用いた調質圧延を組み合わせた手法により製造される。この鋼板の洗浄性評価は、暴露試験完了サンプルについて中性洗剤を潰した布による1回の拭き取りによって行われている。しかし、HDD部材や半導体層形成基板で問題となる極めて微小なパーティクルを除去するための洗浄性に関しては、この文献に開示の上記表面性状では改善されない。
【0007】
ステンレス鋼の表面キズに言及すると、製鋼工程での不可避的な非金属介在物起因のもの、熱延時の割れや異物の噛み込み起因のもの、冷間圧延工程での割れ、異物の噛み込み、粒界酸化部の残存によるもの、など様々な原因がある。電子部品においては、製鋼工程の非金属介在物を基点として加工割れが発生し表面キズとなって問題になるケースがあり、そのため、製品の高清浄化が求められている。例えば、板厚0.5mm以下の極薄板で製品形状が複雑なものでは、非金属介在物の影響が大きく現れ、なかでも、硬質の非金属介在物が存在すると、製品の加工割れが顕著になり、表面キズ等の欠陥が発生し易くなるとされている。
非金属介在物起因の表面キズを軽減する方法として、特許文献4、特許文献5および特許文献6などに、精錬方法を制御することにより、非金属介在物の形態を制御し、加工時の介在物起因の割れを軽減させるステンレス鋼の製造方法が紹介されている。
【0008】
これらの方法によれば、精錬時に特定の脱酸剤を用い特定のスラグ組成にて精錬する方法、または、連続鋳造時のタンデイッシュのフラックス組成を特定のものにする方法、あるいは、溶鋼成分を規定する方法などにより、精錬反応により生成する非金属介在物を好ましい形態へと制御し、最終製品での非金属介在物起因の表面キズや割れを低減可能としている。しかし、これらの方法では、非金属介在物起因のキズや割れを低減することは可能であるが、その他に起因する割れや表面キズを低減することができないため、HDD部材や精密機器向けの材料としては不十分であり、パーティクルなどの汚れを完全に低減するまでにはいたらないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−159764号公報
【特許文献2】特開平8−155502号公報
【特許文献3】特開2001−20045号公報
【特許文献4】特許第3865853号
【特許文献5】特許第3668087号
【特許文献6】特許第4354026号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、HDD部材や、薄膜シリコン型太陽電池基板をはじめとする半導体層形成基板などの、精緻な表面が要求される部材に適したステンレス鋼板であって、無電解Niめっき等の表面処理を施さなくても、ステンレス鋼板の裸の表面のままで、クリーン環境下で行われる洗浄工程で優れた洗浄性を呈する表面キズが少ないステンレス鋼板を大量生産に適した手法にて提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼は、C:0.15質量%以下、Si:0.1〜2.0質量%、Mn:0.1〜10質量%、S:0.007質量%以下、Ni:2〜15質量%、Cr:15〜19質量%、N:0.2質量%以下、Al:0.01質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Si/Alの質量比が100以上になる組成を有するとともに、分散している非金属介在物が、MgO:7質量%以下、Al:35質量%以下、Cr:10質量%以下を含み、残部がMn(0,S)とSiOから構成されたステンレス鋼から製造される鋼板であり、鋼板表面において、深さ0.5μm以上且つ開口面積10μm以上であるマイクロピットの存在密度が0.01m当たり10.0個以下であり、且つ前記窪みの開口部面積率が1.0%以下で分布していることを特徴とする。
【0012】
また、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、ドロマイト系耐火物をライニングした精錬容器にステンレス溶鋼を装入し、精錬終了時にCaO/SiOの質量比が1.4〜2.4、Al濃度が8質量%以下の組成となるスラグを用いて溶製される。
【0013】
本発明の洗浄性に優れるステンレス鋼板は、HDD部材でとして用いられることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の洗浄性に優れるステンレス鋼板は、半導体層形成基板用として用いても良い。
【0015】
本発明のステンレス鋼板は、熱延酸洗材を出発材料とし、最終的に「酸洗、仕上冷間圧延、光輝焼鈍」の各工程を前記の順に施す製造手順において、
(a)仕上冷間圧延工程前までの間に1回以上の機械研磨工程を挿入し、そのトータル研磨量を片面あたり20μm以上とすること、
(b)上記(a)における最後の機械研磨工程の後、仕上冷間圧延工程前までの間に1回以上の酸洗工程または脱脂工程を挿入すること、
(c)光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上とすること、
(d)仕上冷間圧延工程での冷間圧延率を30%以上とし、且つその少なくとも最終圧延パスでは算術平均粗さRaが0.5μm以下のワークロールを使用すること、
を満たす条件にて製造される。
【0016】
また、本発明のステンレス鋼板は、光輝焼鈍後に調質圧延を施し、
(e)調質圧延工程で算術平均粗さRaが0.5μm以下のワークロールを使用し、ワークロールと鋼板材料の間に潤滑剤を挿入しないドライスキンパス法にて伸び率0.1〜2.0%の圧延を行うこと、
を満たす条件をにて製造される。
【0017】
さらに、本発明のステンレス鋼板は、前記(c)に代えて、
(c′)上記(a)における最後の機械研磨工程後、仕上光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上とすること、を満たす条件にて製造される。
【0018】
本発明で採用される製造手順の具体例としては、例えば以下のようなものが例示できる。
(1)[熱延材]→(焼鈍)→(酸洗)→研磨→酸洗→仕上冷間圧延→(脱脂)→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
(2)[熱延材]→(焼鈍)→(酸洗)→研磨→冷間圧延→焼鈍→酸洗→仕上冷間圧延→(脱脂)→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
(3)[熱延材]→(焼鈍)→(酸洗)→研磨1→冷間圧延1→焼鈍1→酸洗1→研磨2→冷間圧延2→焼鈍2→酸洗2→仕上冷間圧延→(脱脂)→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
(4)[熱延材]→冷間圧延→研磨→焼鈍→酸洗→仕上冷間圧延→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
(5)[熱延材]→(焼鈍)→酸洗→冷間圧延1→焼鈍1→酸洗1→研磨→冷間圧延2→焼鈍2→酸洗2→仕上冷間圧延→(脱脂)→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
(6)[熱延材]→(焼鈍)→(酸洗)→研磨→冷間圧延→脱脂→光輝焼鈍→仕上冷間圧延→仕上光輝焼鈍→(調質圧延)
【0019】
上記(b)における「光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率」は、(1)の製造手順では仕上冷間圧延の圧延率に相当し、(2)では冷間圧延と仕上げ冷間圧延のトータル圧延率に相当し、(3)では冷間圧延1と冷間圧延2と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当し、(4)では冷間圧延と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当し、(5)では冷間圧延1と冷間圧延2と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当し、(6)では冷間圧延と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当する。
また、上記(c´)の「最後の機械研磨工程後、光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率」は、(1)(2)、(6)の各製造手順ではそれぞれ前記「光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率」と同じであるが、(3)では冷間圧延2と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当し、(4)では仕上冷間圧延率に相当し、(5)では冷間圧延2と仕上冷間圧延のトータル圧延率に相当する。
【0020】
トータル冷間圧延率は、該当する全部の冷間圧延工程における一連の圧延パスのうち、最初の圧延パス前の板厚をh(mm)、最後の圧延パス後の板厚をh(mm)とするとき、(h−h)/h×100(%)によって表される。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、クリーン環境下で行われる洗浄性が非常に良好なステンレス鋼板が、工業的な量産に適した製造プロセスにて提供可能となった。このステンレス鋼板は、無電解Niめっき等の表面処理を施さなくても優れた耐食性と洗浄性を発揮するので、コスト面でも有利であり、HDD部材や、薄膜シリコン型太陽電池基板をはじめとする半導体層形成基板などの材料としての活用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ステンレス鋼板BA仕上げ材の表面光沢度と粗大マイクロピット存在密度の関係
【図2】ステンレス鋼板BA仕上げ材の表面光沢度と粗大マイクロピット開口部面積率の関係
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を特定するために事項について説明する。
〔表面性状〕
発明者らは、ステンレス鋼板を上述のようなクリーン環境で行われる洗浄に供したときの洗浄性に関し、詳細な調査を行ったところ、ステンレス鋼板の表面に分布している微小なピットの存在が洗浄性に大きく影響することを発見した。ここでいうピットは、鋼板表面の徹細な窪みであり、主として、熱延工程での割れ、粒界酸化部の間隙、介在物や炭化物などの異種粒子の隙間に生じている窪み、それらの粒子の脱落痕、製造工程中での金属粒子やその他の粒子の噛み込みによる窪み、酸化スケール残存物の脱落痕、冷間圧延時の圧延油の巻き込みによるピット、冷間圧延条件のミスマッチによる微細な表面庇、あるいは、冷間加工時の介在物に起因した加工割れなどに起因するものである。
【0024】
そのようなピットのうち、特に「深さ0.5μm以上且つ開口面積10μm以上であるピット」を本明細書では「粗大マイクロピット」と呼んでいる。発明者らの調査によれば、ピットのサイズがこのように大きくなると異物のトラップサイトとなりやすく、洗浄性を阻害する大きな要因になることがわかった。詳細な検討の結果、粗大マイクロビットの存在密度が0.01mm当たり10.0個以下であり、且つ前記ピットの開口部面積率が1.0%以下であるステンレス鋼板表面は、上述のようなクリーン環境で行われる洗浄において、良好な洗浄性を呈する。
【0025】
ここで、ピットの深さは、ピット周囲の鋼板表面の平均高さを基準とした当該ピットの最大深さである。ピットの内部に介在物その他の異物が存在している場合は、その異物を含めた窪みの内面プロフィールにおける最大深さをそのピットの深さとする。ピットの開口面積は、鋼板表面を板厚方向に見た観察像において、ピットの縁部で囲まれる部分の投影面積をいう。ピットの深さおよび開口面積の測定は、表面の形状測定が可能なレーザー顕微鏡や白色干渉顕微鏡を用いて行うことが好適である。測定面積は鋼板表面からランダムに選択した複数の視野について合計0.1mm以上の面積とする。例えば倍率1000倍で10視野以上の観察を行うことによって粗大マイクロピットの存在密度および開口部面積率を算出すればよい。存在密度は、それぞれの視野において設定された測定領域内に存在する粗大マイクロピットの数(測定領域の境界からピット開口部の一部がはみ出している粗大マイクロピットも数に含む)をカウントし、各視野でのカウント数の総和を、全測定領域面積で除することにより0.01mmあたりの個数に換算して求める。開口部面積率は、各視野において設定された測定領域内に存在する粗大マイクロピットの開口面積(測定領域の境界からビット開口部の一部がはみ出している粗大マイクロピットは測定領域内に存在する部分の面積を採用する)の合計を算出し、各視野での合計開口面積の総和を、全測定領域面積で除することにより求める。
【0026】
本明細書のステンレス鋼板は、圧延方向に直角方向に測定した算術平均粗さRa(JIS
B0601:2001)が0.03μm以下に調整されていることがより好ましい。後述の製造手順に従えば、そのような表面粗さのものが実現できる。
【0027】
〔表面光沢度との違いについて〕
ステンレス鋼板のBA仕上げ材の表面指標のひとつとして、表面光沢度(JISZ8741)が挙げられる。本発明で規定している粗大マイクロピットの存在密度および開口部面積率(上述)は、表面光沢度とは異質の指標である。図1に、ステンレス鋼板BA仕上げ材についての表面光沢度と粗大マイクロピット存在密度の測定値対応関係を例示する。また図2に、ステンレス鋼板BA仕上げ材についての表面光沢度と粗大マイクロピット開口部面積率の測定値対応関係を例示する。これらのデータからわかるように、表面光沢度と、存在密度または開口部面積率との相関関係はほとんど認められない。後述のように、粗大マイクロピットの存在密度および開口部面積率が小さいほど洗浄性は向上する傾向を示すが、表面光沢度を向上させても洗浄性を安定して改善することはできない。
【0028】
(介在物について)
前述したとおり、非金属介在物の隙間、脱落跡および介在物起因の加工割れ部もマイクロピットの一因となるため、本発明においては非金属介在物をどのような形態に制御するのかが埋めて重要な問題となる。本発明者等は、マイクロピットになる非金属介在物について着目した。冷延鋼板表面のマイクロピットには、その基点となる部分に非金属介在物が存在する場合が認められ、一部のものでは、非金属介在物に由来する加工割れが発生しているものも認められた。この観点から、マイクロピットと非金属介在物の種類について調査したところ、オーステナイト系ステンレス鋼に分散している非金属介在物はMgO−Al系、Mn(O,S)−SiO−Al系、あるいは、Mn(O,S)−Cr系などが存在する。調査の結果、MgO−Al系介在物やCr系の非金属介在物は、冷延工程での変形能が小さくそのため、メタル/介在物界面にボイドや空隙が発生しやすくマイクロピットや割れの基点となりやすいことが分かった。さらに、Mn(O,S)−SiOを主成分とする非金属介在物を生成させると共に、MgO:7質量%以下、Al:35質量%以下、Cr:10質量%以下に調整するとき、冷延工程での変形能が大きく、そのためメタル/介在物界面に空隙せずに伸展されて非金属介在物が無害化し、マイクロビットの基点となりにくくまた、加工割れの基点ともなりにくいオーステナイト系ステンレス鋼が得られることを見出した。
更に、介在物組成に影響を及ぼす因子としてメタル組成、スラグ組成、耐火物組成等について検討を進めたところ、精錬終了後のスラグ組成及び精錬容器の耐火物組成を特定することが有効であることが判った。
以下、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼に含まれる合金成分、含有量等を説明する。
【0029】
C:0.15質量%以下
オーステナイト生成元素であるとともに、固溶強化元素である。C濃度が高いと結晶粒界に析出するCr炭化物が増加し、マイクロピットの発生させる原因となる。そこで、本発明においては、C含有量の上限を0.15質量%に設定した。
【0030】
Si:0.1〜2.0質量%
溶鋼の脱酸に使用される成分であり、非金属介在物の形態に大きな影響を及ぼす。Si含有量が0.1質量%に満たないと脱酸不足となり、非金属介在物中のCr濃度が10質量%を超えるようになり、加工割れを誘発させる非金属介在物が生成し易くなる。しかし、2.0質量%を超える多量のSiが含まれると、鋼材が硬質化し、冷間加工で薄板を製造する際に所定板厚まで圧延するために多くのパス回数を必要とし、生産性が大きく低下するため上限を規定した。
【0031】
Mn:0.1〜10質量%
オーステナイト生成元素であるとともに、Mn(O,S)−SiOを主成分とする組成に非金属介在物を制御するために重要な合金成分である。Mn含有量が0.1質量%に満たないと、非金属介在物をMn(O,S)−SiO系の組成に調節することが困難になる。また、Mn含有量が10%を超えると製造性が著しく悪化するため上限を規定した。
【0032】
S:0.007質量%以下
熱間加工性に悪影響を及ぼす元素であることから、S含有量の上限を0.007質量%に規制した。
【0033】
Ni:2〜15質量%
オーステナイト生成元素であるとともに、耐食性改善や加工性改善効果ももつ。オーステナイト系ステンレス鋼の主要合金成分であり、高価な元素であることから、Niの多量添加は鋼材コストを上昇させるため、適正成分範囲を2〜15質量%に規定した。
【0034】
Cr:15〜19質量%
耐食性の改善に必要な合金成分であり、15質量%以上の含有量でCr添加の効果が顕著になる。しかし、過剰量のCrが含まれると鋼材が硬質化し、加工性が劣化することから、本発明ではCr含有量の上限を19質量%に設定した。
【0035】
N:0.2質量%以下
Cと同様なオーステナイト生成元素であるとともに、固溶強化元素でもある。多iに含まれると0.2%耐力が上昇し、鋼材を硬質化する。多量に含まれると製造性が著しく悪化するために本発明においては、N含有量の上限を0.2質量%に設定した。
【0036】
Al:0.01質量%以下
非金属介在物の組成に大きな影響を与える合金成分である。Al含有量が0.01質量%を超えると、加工割れの原因となるMgO−Al系のスピネル型非金属介在物が生成し易くなり、マイクロピットが発生しやすくなるため上限を規定した。
【0037】
Si/Alの質量比:100以上
加工割れの起点となる非金属介在物の組成は、Si/Alの質量比で調整できる。Si/Alの質量比が100以上になると、熱間加工時に粘性変形し、冷間加工時に微細分散するMn(O,S)−SiO系の非金属介在物が生成する。他方、Si/Alの質量比が100に満たないと有害な非金属介在物が生成し、マイクロピットが発生しやすくなるため範囲を規定した。
【0038】
本発明は、以上の合金成分の外に、必要に応じて他の合金成分を含むこともできる。たとえば、耐食性、加工性等を改善する目的で、Mo:0.2〜5質量%、Cu:0.1〜4.0質量%のCu、Nb:0.1〜0.8質量%のうち1種又は2種以上を添加しても良い。
【0039】
調査方法、定義なども言及する。
非金属介在物:Mn(O,S)−SiO系にすることにより非金属介在物は無害化されるが、更にMgO:7質量%以下、Al:35質量%以下、Cr:10質量%以下にすることにより加工割れ感受性が一層改善される。MgOは、耐火物やスラグに含まれており、不可避的に非金属介在物中に含まれることが多い。MgO濃度が7質量%を超えると、非金属介在物が熱間加工中に粘性変形しなくなり、加工割れの原因になり易い。このような欠陥は、MgO濃度を7質量%以下にすることにより抑制される。Alは、種々の添加原料に含まれているAlから生成すると考えられるが、Alも非金属介在物中の濃度により非金属介在物の変形能に大きな影響を及ぼす。Al濃度が35質量%よりも高いと有害な非金属介在物が生成されるが、40質量%以下であると非金属介在物は熱間圧延で粘性変形し、冷間圧延で徹細分散するため加工割れを発生させることがない。Crは、10質量%を超える濃度では加工割れ原因の非金属介在物となるが、10質量%以下の濃度では無害な非金属介在物となる。
本発明で規定する、Mn(O,S)とは、MnO単体、MnS単体、およびMnOとMnSの複合した介在物のことを指し、OとSの比率は一定のものではなく、酸化物と硫化物が複合した介在物のことを意味する。
【0040】
精錬終了時のスラグ組成:
精錬終了時のスラグ組成も、非金属介在物の組成に大きな影響を及ぼす。スラグ中のCaO/SiO比が1.4よりも低く、且つAl濃度が8質量%以下の場合、加工割れに悪影響を及ぼす非金属介在物中のCr濃度が10質量%を超えて含まれることがあり、加工割れの原因になり易い。また、CaO/SiO比が1.4より低く且つAl濃度が8質量%を超えると、Mn(O,S)−Al系の非金属介在物が生成し易くなる。Mn(O,S)−Al系非金属介在物は、変形能が良好でないため加工割れの原因になる。一方、CaO/SiO比が2.4を超えるようなスラグ組成では、代表的な硬質非金属介在物であるMgO−Al系スピネル型非金属介在物が生成し易くなる。このようなことから、スラグ組成は、CaO/SiO比を1.4〜2.4の範囲に、Al濃度を8質量%以下にする必要がある。
精錬時に用いる脱酸剤は限定的ではなく、最終成分やスラグ組成が規定範囲を満たすものを用いてかまわない。例えば、Si、Al、Ti、Ca、MgやREMを含む単体や合金の1種または2種以上を用いてかまわない.本発明範囲では、Al上限が限られているため、フェロシリコン、メタルシリコン、あるいは、Si−Mn合金など、Al含有量が低いSi合金系の脱酸剤を用いた方が最終成分のAlを目標範囲内に収めるためには好ましい。
【0041】
精錬容器の耐火物:
MgO含有量が50〜85質量%で残部の主成分がCrのマグクロ系耐火物を取鍋耐火物として用いた場合、スラグ中のCaO/SiO比が1.9を超えると耐火物の溶損が大きくなり、スラグ中のMgO濃度が上昇するため、非金属介在物中のMgO濃度が高くなる。その結果、加工割れを招く非金属介在物になる可能性が高い。これに対し、MgO含有量が40〜63重畳%で残部の主成分がCaOであるドロマイト系耐火物は、スラグ中のCaO/SiO比の上昇によっても耐火物の溶損が加速されないため、非金属介在物の組成に及ぼす悪影響が小さく、また製造コストを低く抑えることもできる。
【0042】
〔製造手順〕
上記の洗浄性に優れた表面性状を有するステンレス鋼板は既存のステンレス鋼板製造設備を用いて製造することができる。ただし、製造工程を工夫する必要がある。
すなわち、常法により製造された熱延酸洗鋼板を出発材料として、
(i)機械研磨工程にて熱延鋼板の表面の割れや残存する酸化スケール等による凹凸をできるだけ除去する、
(ii)機械研磨後に行われる焼鈍・酸洗工程あるいは脱脂・光輝焼鈍工程などにより、研磨屑(メタル、スケール等)を除去する、
(iii)その後の仕上冷間圧延にて十分な圧延率を確保し且つ最終段階で平滑性の高い
ワークロールを使用することにより酸洗により生成した窪み(脱落痕)や粒界浸食による凹部をできるだけ平滑化する、
(iv)同時にトータル冷間圧延率を十分に大きくとることにより熱延鋼板由来の窪みや研磨工程で脱落した異物の脱落痕をできるだけ平滑化する、
(v)仕上焼鈍として光輝焼鈍を採用することにより表面酸化による凹凸の形成を防ぐとともにその後の酸洗を不要とする、
(vi)調質圧延を行う場合はドライスキンパスにて行うことにより潤滑剤巻き込みによる凹部形成を防止するとともに平滑性の高いワークロールを使用することにより更なる平滑化を図る、
といった工夫を行う。
【0043】
具体的な製造手順としては、熱延酸洗材を出発材料とし、最終的に「仕上冷間圧延、光輝焼鈍、(調質圧延)」の各工程を前記の順に施す製造手順が採用され、例えば上述の(1)〜(6)などの製造手順が例示できる。以下、具体的な製造条件について説明する。
【0044】
〔熱延鋼板の製造〕
ステンレス鋼の溶製、鋳造、および熱間圧延は常法に従って行うことができる。その後、必要に応じて熱延板焼鈍、酸洗が施される。
【0045】
〔機械研磨工程〕
粗大マイクロピットは様々な原因で発生するが、熱間圧延工程での割れや粗大な異物の噛み込みや酸化スケールに起因する窪みは深いものが多く、冷間圧延工程で引き延ばされても除去されない場合がある。そこで本発明では、出発材料を加工していく比較的初期の段階において、機械研磨を行う。研磨による粗大マイクロピットの残存状況を詳しく調査したところ、良好な洗浄性を付与する側の表面について、表層部を20μm以上研磨によって除去することが極めて有効であることがわかった。仕上冷間圧延工程前までの間に1回以上の機械研磨工程を挿入して、トータル研磨量を片面あたり20μm以上とすればよい。機械研磨の手法としては、例えば回転する研磨ベルトを鋼板表面に押し付けて研磨する手法が挙げられる。
【0046】
〔トータル冷間圧延率〕
上述のように、熱延時に生じた表研欠陥は深いものが多く、粗大マイクロピットをできるだけ消失させるためには光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を大きくとり、出発材料に存在する表面欠陥を引き延ばすことが重要である。また、比較的初期段階で実施される上記の機械研磨によって表面付近に埋まっていた異物が脱落することがあり、その脱落痕を引き延ばすためにもトータル冷間圧延率の増大が有効である。種々検討の結果、光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上とすることが極めて効果的である。特に、最後の機械研磨後、光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上確保することが一層好ましい。
【0047】
仕上輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率、あるいは最後の機械研磨後、仕上輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率の上限については、材料変形抵抗および使用する冷間圧延機の能力によつて制約を受けるので特に規定する必要はないが、通常、98%以下の範囲とすればよい。
仕上冷間圧延での圧延速度は100m/min以下とすることが好ましい。マイクロピットの痕跡が残存しないように引き伸ばすことが出来るとともに、圧延油の噛み込みによるオイルピットの生成を極力防ぐことができる。
【0048】
〔酸洗工程〕
最後の機械研磨後には、酸洗を行うことが極めて有効である。機械研磨によって削り取られたメタル、スケールなどの削りカスが鋼板表面に付着したまま仕上冷間圧延を行うと新たな押し込み庇の生成を招き、好ましくない。発明者らの研究によれば、機械研磨による削りカスなどの異物は酸洗工程において効果的に除去できることがわかった。酸洗工程は中性塩や、硫酸、フッ酸、塩酸などの酸を組み合わせたもので行われ、電解を行ってもよい。冷間圧延工程の前に行う中間焼鈍も削りカスなどの異物を除去する上で有効である。その意味で、連続焼鈍酸洗ラインの通板が異物の除去に効果的である。
【0049】
〔脱脂工程〕
機械研磨工程の後、仕上冷間圧延工程の前に、脱脂工程を入れることも、機械研磨によって生じた削りカスなどの異物を除去するうえで極めて効果的であることが確認された。特に、仕上冷間圧延工程の前に行う中間焼鈍を光輝焼鈍とする場合には、「脱脂工程一光輝焼鈍工程」の採用が効果的である。この光輝焼鈍工程も異物の除去に有効である。脱脂は、鋼板製造過程で行われている一般的な手法が適用できる。例えば、トリクレン等の塩素系の脱脂液、界面活性剤、アルカリ性の洗浄液などの液中に鋼板を通板させる方法が行われ、導電性の液体では電解脱脂を行う工程も採用される。なお、研磨工程の後、仕上冷間圧延工程の前に、酸洗工程や脱脂工程を2回以上行うことが、より効果的である。焼鈍、酸洗、脱脂の各工程を組み合わせた種々の製造手順が考えられる。
【0050】
〔仕上冷間圧延工程〕
本発明における仕上冷間圧延は、鋼板の表面状態を決定づける重要な工程である。すなわち、粗大マイクロピットが所定以下の存在密度および開口部面積率となるように、窪みをきれいに引き延ばす必要がある。そのためには、まず、前述の酸洗工程で生じた異物脱落痕および粒界浸食による凹部を十分に引き延ばすことが重要である。これを実現するためには仕上冷間圧延の圧延率を30%以上とする必要がある。40%以上とすることがより好ましく、50%以上とすることが一層好ましい。仕上冷間圧延率の上限については材料変形抵抗および使用する冷間圧延機の能力によって制約を受けるので特に規定する必要はないが、通常、75%以下の範囲とすればよい。また、できるだけ平滑な表面を得るために、仕上冷間圧延の少なくとも最終圧延パスではロール表面の算術平均粗さRaが0.5μm以下に調整されたワークロールを使用することが極めて効果的である。特に、Raが0.5μm以下のワークロールを使用した最終的な圧延パスでの合計圧延率を5%以上確保することが好ましい。後述実施例における本発明例ではこの条件を満たした仕上冷間圧延を行っている。
【0051】
〔光輝焼鈍工程〕
本発明では仕上焼鈍を還元性雰囲気での「光輝焼鈍」にて行う。仕上冷間圧延によって得られた表面性状を維持するために、仕上焼鈍では表面酸化を防止し、その後の酸化スケール除去工程(酸洗、研磨等)を不要にする必要があるからである。光輝焼鈍条件は通常のBA仕上げステンレス鋼板の製造条件を利用することができる。雰囲気ガスは例えば水素ガス、あるいは水素−窒素混合ガスが好適である。焼鈍温度は鋼種、板厚、用途に応じて適宜設定できるが、オーステナイト系ステンレス鋼であれば例えば1000〜1100℃の範囲とすればよい。仕上光輝焼鈍の直前には必要に応じて脱脂が行われる。
【0052】
〔調質圧延工程〕
仕上光輝焼鈍後には必要に応じて調質圧延を行うことができる。通常の調質圧延工程では、光沢性の向上や防鋳などの目的で添加剤を配合した潤滑剤を使用することがあるが、その場合、潤滑剤の液膜がワークロールと鋼板表面の間に入り込んで新たなピットを形成させる要因となる。したがって本発明では、ワークロールと鋼板材料の間に潤滑剤を挿入しないドライスキンパス法を採用する。また、鋼板表面の平滑性を向上させるために、ロール表面の算術平均粗さRaが0.5μm以下に調整されたワークロールを用いることが肝要である。調質圧延率が過大であると異物の噛み込みなどに起因したピットの形成が増大して問題となる場合がある。種々検討の結果、調質圧延は伸び率0.1〜2.0%の範囲で行うことが効果的である。
【0053】
なお、調質圧延ではワークロール表面の異物除去のために洗浄液を用いワイパーなどで拭き取る手法を採用することがあるが、洗浄液の拭き取りを行う場合は、他に潤滑剤を使用しない限り本発明でいうドライスキンパスに該当する。
【0054】
以上により、本発明に至った。以下、実施例にて本発明を説明する。
【実施例】
【0055】
表1に示す化学組成のステンレス鋼を電気炉、転炉、VOD工程にて溶製し、連続鋳造してスラブを得た。精錬条件は表2に示す通りである。
次いで、連続鋳造スラブを通常の方法で熱間圧延し、連続焼鈍酸洗ラインにて焼鈍、酸洗を施して、「熱延酸洗材」とした。この熱延酸洗材を出発材料として、前述の(2)または(3)の手順にて板厚0.1〜1.5mmの調質圧延仕上げ材(一部は調質圧延を省略した光輝焼鈍仕上げ材)を製造し、これらを供試材とした。鋼種Bを用いた例は(3)の手順、それ以外は(2)の手順を採用した。ただし、一部の比較例では仕上焼鈍として光輝焼鈍の代わりに炊鈍・酸洗を実施したもの、あるいは光輝焼鈍後に電解酸洗を施したものがある。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
研磨工程では回転研磨ベルトを用いた。仕上冷間圧延工程前の焼鈍および酸洗は通常の連続炊鈍酸洗ラインを通板することにより行った.光輝焼鈍は水素75〜100体積%、残部窒素の雰囲気で行った。製造条件および最終板厚を表3中に示してある。各供試材はいずれも、両面を同一条件で仕上げたものである。また、対照材として、HDDの回転部材に使用されている無電解Niめっき材を入手し、これを供試材の一つに加えた。
【0059】
【表3】

【0060】
〔粗大マイクロピットの定量化〕
各供試材(調質圧延仕上げ材または光輝焼鈍仕上げ材)から切り出した50mm角のサンプルについて、アセトンを用いた超音波洗浄を施した後、レーザー顕微鏡により表面を観察して、「深さ0.5μm以上且つ開口面積10μm以上」である粗大マイクロピットの存在密度、および開口部面積率を前述の方法にて求めた。その際、観察倍率は1000倍、観察視野数は10、全測定領域面積は0.1mmとした。結果を表3中に示す。
【0061】
〔洗浄性の評価〕
各供試材から切り出した50mm角のサンプルについて、以下の手順で洗浄操作を施し、表面清浄度測定用試料を得た。洗浄操作のアセトン脱脂以降ならびに表面清浄度の測定の全工程は、JISB9920で規定されるクラス5のクリーン環境で実施した。
(洗浄操作)
アセトンを用いた超音波洗浄による脱脂 → フッ素系洗浄液を用いた超音波洗浄
→ 蒸気洗浄 → 真空乾燥 → 弱アルカリ系洗剤を用いた超音波洗浄 → 超純水に浸漬するリンシング → 低速引き上げ → 温風乾燥
【0062】
表面清浄度の測定は、LPC(リキッド・パーティクル・カウンター)装置を用いて以下の要領で行った。まず、清浄度測定用試料を浸漬するための超純水をビーカーに入れ、この状態の超純水をLPC装置にセットして超純水中に存在するパーティクルの個数およびサイズ分布を測定し、そのデータから粒子径0.3μm以上の粒子の個数を算出し、これを試料浸漬前のパーティクル数(ブランク測定値)とする。次に、前記の超純水の入ったビーカーに清浄度測定用試料を浸漬して一定時間の超音波洗浄を施し、試料表面に付着していたパーティクルを超純水中に抽出したのち、この超純水中に存在するパーティクルの個数およびサイズ分布をLPC装置にて測定し、粒子径0.3μm以上の粒子の個数を算出する。そして、この値と前記ブランク測定値との差を、試料から抽出されたパーティクル数とする。その際、同一液についてLPC装置で3回以上の測定を行い、その平均値を採用する。同種の試料について3サンプルを用いて、試験数n=3で上記の測定を行い、その平均値を当該清浄度測定用試料に付着して残存していたパーティクル数とする。この値から、鋼板表面の単位面積当たりにおける「洗浄試料のパーティクル付着数」を算出する。
その結果を表3に示す。
【0063】
表3からわかるように、本発明で規定する製造条件に従うと、粗大マイクロピットの存在密度が0.01m当たり10.0個以下、且つ前記ピットの開口部面積率が1.0%以下であるステンレス鋼板が得られた。これらの鋼板における洗浄試料のパーティクル付着数は、無電解Ni仕上げ材と同じオーダーであり、裸のステンレス鋼板表面のままで種々の精密部品に適用可能な優れた洗浄性を有していると評価される。
【産業上の利用可能性】
【0064】
以上から明らかなように、本発明によれば、鋼板表面のマイクロピットのサイズを規定することにより、洗浄性に優れたステンレス鋼板を提供することができ、これまで無電解Niメッキが必要だったHDD部材ヘステンレス無垢材を用いることができる。さらに、これまでガラス基板が太陽電池基板用素材のとしてステンレス無垢材を用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.15重畳%以下、Si:0.1〜2.0質量%、Mn:0.1〜付質量%、S:0.007質量%以下、Ni:2〜15質量%、Cr:15〜19質量%、N:0.2質量%以下、Al:0.01質量%以下、残部がFe及び不可避的不純物からなり、Si/Alの質量比が100以上になる組成を有するとともに、分放している非金属介在物が、MgO:7質量%以下、AlO:35質量%以下、Cr:10質量%以下を含み、残部がMn(O,S)とSiOから構成されたステンレス鋼から製造される鋼板であり、鋼板表面において、深さ0.5μm以上且つ開口面積10μm以上であるマイクロピットの存在密度が0.01m当たり10.0個以下であり、且つ前記ピットの開口部面積率が1.0%以下で分布していることを特徴とする、洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
ドロマイト系耐火物をライニングした精錬容器にステンレス溶鋼を装入し、精錬終了時にCaO/SiOの質量比が1.4〜2.4、Al濃度が8質量%以下の組成となるスラグを用いて請求項1記載の組成に溶製することを特徴とする洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
当該ステンレス鋼板は、HDD部材用である請求項1〜2のいずれかに記載の洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
当該ステンレス鋼板は、半導体層形成基板用である請求項1〜2のいずれかに記載の洗浄性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
熱延酸洗材を出発材料とし、最終的に「酸洗、仕上冷間圧延、光輝焼鈍」の各工程を前記の順に施す製造手順において、
(a)仕上冷間圧延工程前までの間に1回以上の機械研磨工程を挿入し、そのトータル研磨量を片面あたり20μm以上とすること、
(b)上記(a)における最後の機械研磨工程の後、仕上冷間圧延工程前までの間に1回以上の酸洗工程または脱脂工程を挿入すること、
(c)光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上とすること、
(d)仕上冷間圧延工程での冷間圧延率を30%以上とし、且つその少なくとも最終圧延パスでは算術平均粗さRaが0.5μm以下のワークロールを使用すること、
を満たす条件を採用する請求項1〜4のいずれかに記載の洗浄性に優れたステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
光輝焼鈍後に調質圧延を施し、
(e)調質圧延工程で算術平均粗さRaが0.5μm以下のワークロールを使用し、ワークロールと鋼板材料の間に潤滑剤を挿入しないドライスキンパス法にて伸び率0.1〜2.0%の圧延を行うこと、を満たす条件を採用する請求項5に記載の洗浄性に優れたステンレス鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記(c)に代えて、
(c′)上記(a)における最後の機械研磨工程後、仕上光輝焼鈍工程前までのトータル冷間圧延率を70%以上とすること、を満たす条件を採用する請求項5または6に記載の洗浄性に優れたステンレス鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−202253(P2011−202253A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72606(P2010−72606)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】