説明

液圧式車両ブレーキ装置のためのブレーキマスタシリンダおよびブレーキマスタシリンダを作動するための方法

本発明は、自動車を減速するために発電機として作動可能な電動機(2)を備える自動車の液圧式車両ブレーキ装置(1)のためのブレーキマスタシリンダ(3)に関する。常用ブレーキのためには、ブレーキ回路IIがブレーキマスタシリンダ(3)によって、他のブレーキ回路Iが液圧ポンプ(6)によって加圧される。ペダル力を低減するために、本発明は、より小さいピストン面積を有する第1ピストン(10)と、より多くのブレーキ液容積が必要とされる場合にはじめて共に移動する第2ピストン(11)とを提供する。予荷重をかけられた液圧蓄圧器(20)が圧力増大を制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1の上位概念部に記載の特徴を有する液圧式車両ブレーキ装置のためのブレーキマスタシリンダおよび請求項5の上位概念部に記載の特徴を有するブレーキマスタシリンダを作動するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関および駆動のために1つ(または複数の)電気モータを備えるハイブリッド車が既知である。このような自動車を減速するためには、電気モータを発電機として作動し、生成された電流をアキュムレータに蓄積することができる。発電機として作動される電気モータによる自動車の減速は回生ブレーキと呼ばれる。電気モータは、一般に電動機として把握することもでき、例えば発電機であってもよい。
【0003】
所定の減速を達成するためには、液圧式車両ブレーキ装置のブレーキ作用を、発電機として作動される電動機の減速作用の分だけ低減する必要がある。単純なシステムでは、車両運転手は発電機として作動された電動機のブレーキ作用を補償する必要があり、さもなければ自動車の減速は、発電機として作動された電動機の減速作用の分だけ車両ブレーキ装置のブレーキ作用を超えて高められる。
【0004】
より複雑なシステムでは、発電機として作動される電動機の減速作用を液圧式車両ブレーキ装置のブレーキ作用を低減することによって自動的に補償しようと試みており、この補償はおおむね良好に行われている。車両ブレーキ装置のブレーキ作用を低減することにより発電機として作動される電動機の減速作用を補償することを「調整」(Verblenden)とも呼ぶ。発電機として作動される電動機の減速作用がおおむね良好に補償されることのみならず、ブレーキペダルのペダル(またはハンドブレーキレバー)の感覚ができるだけ変更されないこと、すなわち、車両運転手が、自動車が電動機によって減速されることをできれば感じないか、またはできるだけわずかにしか感じることがなく、車両ブレーキ装置のブレーキ作用が適切に低減されるよう努力がなされている。
【0005】
調整時には、発電機として作動される電動機の減速作用が様々な状況に依存しており、制動時に変化することが難点である。走行速度の減少時には発電機として作動される電動機の減速作用が停止時のゼロにまで減少するのがそのような場合である。アキュムレータの充電状態もそのような場合である。すなわち、アキュムレータが完全に充電され、したがって、電流を取り込まない場合、電動機を発電機として作動することは不可能であり、自動車は従来のように液圧式車両ブレーキ装置のみによって制動されなければならない。この場合、切換プロセスはいずれにせよ、車両ホイールの連結解除時に電動機が分離された場合に発電機として作動される電動機の減速作用に飛躍的な非連続性をもたらす。
【0006】
ドイツ国特許出願公開第102008003664号明細書は、ハイブリッド車のためのスリップ制御装置を備える液圧式車両ブレーキ装置を開示している。常用ブレーキではブレーキ回路は遮断弁を閉鎖することによってブレーキマスタシリンダから液圧的に分離され、液圧ポンプによってホイールブレーキ圧が生成され、スリップ制御時のようにブレーキ圧形成弁およびブレーキ圧減衰弁によって調整される。この場合、このような調整は、本発明では制御としても理解すべきである。ホイールブレーキ圧は、発電機として作動される自動車の電動機の減速に相当する強さで低減され、発電機として作動される電動機および液圧式車両ブレーキ装置による自動車の総減速度は、ブレーキマスタシリンダによる車両ブレーキ装置の操作のみによる制動時に、電動機を発電機として作動することなしに得られる減速度にできるだけ正確に相当していることが望ましい。ブレーキマスタシリンダの操作距離および/または操作力および/またはブレーキマスタシリンダ圧が、ブレーキ作用のための目標値を規定する。減速の一部が発電機として作動される電動機によって誘起されたことに車両運転手が制動時にできるだけ気付かないことが望ましい。制動時に、発電機として作動される電動機の減速作用が変化することができるだけ感知できないことが望ましい。第2ブレーキ回路は既知の車両ブレーキ装置では一般にブレーキマスタシリンダによって操作され、ブレーキマスタシリンダで、発電機として作動される電動機の減速作用を補償するために制動時に調整は行われない。
【0007】
ドイツ国特許出願公開第10233838号明細書により、電気液圧式、すなわち、外部エネルギー式車両ブレーキ装置のためのブレーキマスタシリンダが既知である。このブレーキマスタシリンダは、1つのブレーキ回路のために2つのピストンを備え、第1ピストンはいわゆる「プッシュロッドピストン」としてブレーキペダルに機械的に結合されている。連行装置が、第1ピストンの所定ピストン距離後に同じブレーキ回路を負荷する第2のピストンを連行する。第2ピストンが第1ピストンと共に移動するまでは、第1ピストンの有効ピストン面積は所定のピストン距離を進んだ後に2つのピストンが移動した場合の2つのピストンの有効ピストン面積を合わせた有効ピストン面積よりも小さい。より小さい有効ピストン面積は、所定のブレーキマスタシリンダ圧でより小さい操作力をもたらす。これにより、ブレーキマスタシリンダが遮断弁の閉鎖によって外部エネルギー制動を行うために車両ブレーキ装置から液圧的に分離された場合にペダル力増大が低減される。この場合、車両ブレーキ装置はブレーキマスタシリンダによって制動されず、ブレーキマスタシリンダは、調節したいブレーキ力のための目標値生成器としての役割を果たす。ブレーキマスタシリンダと連通する液圧蓄圧器は、操作時にブレーキマスタシリンダから押しのけられたブレーキ液を取り込む。
【0008】
第2ピストンを連行するまでの第1ピストンの変位距離は、通常は常用ブレーキ時には第1ピストンのみが変位されるように寸法決めされている。有効ピストン面積を拡大する第2ピストンは、外部エネルギー車両ブレーキ装置が故障した場合の非常ブレーキのために設けられている。第2ピストンは、ブレーキマスタシリンダにより車両ブレーキ装置を操作するためにピストン距離につきブレーキマスタシリンダから押しのけられるブレーキ液容積を拡大する。第2ピストンは、外部エネルギー車両ブレーキ装置が故障した場合の非常ブレーキ時に車両ブレーキ装置を操作するために十分なブレーキ液がブレーキマスタシリンダから押しのけられ、ブレーキマスタシリンダの操作距離が遠くまで拡大されすぎないようにするために設けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】ドイツ国特許出願公開第102008003664号明細書
【特許文献2】ドイツ国特許出願公開第10233838号明細書
【発明の概要】
【0010】
請求項1に記載の特徴を有する本発明によるブレーキマスタシリンダは、自動車を減速するために発電機として作動可能な電動機を備える自動車の液圧的車両ブレーキ装置のために設けられている。電動機は、特に自動車を駆動するための電気モータであり、自動車を駆動するために複数または全ての車両ホイールのために複数の電気モータが提供されていてもよい。例えば、自動車は、駆動のために内燃機関および1つ(または複数の)電気モータを備えるハイブリッド車または電気自動車であってもよい。
【0011】
ブレーキマスタシリンダは、1つのブレーキ回路のための2つのピストンおよび連行装置を備え、連行装置は、2つのピストンのうち第1ピストンが所定のピストン距離だけ変位された後に第2ピストンを第1ピストンと共に移動する。第1ピストンのみが移動している場合には、有効ピストン面積は、所定のピストン距離を進んだ後に2つのピストンが共に移動した場合よりも小さい。第1ピストンは、特にプッシュロッドピストンであり、このピストンは、場合によってはブレーキブースタを間に接続して、(フット)ブレーキペダル、(ハンド)ブレーキレバーまたはそのほかの操作手段に機械的に結合されている。プッシュロッドピストンは一次ピストンとも呼ばれる。車両ブレーキ装置が2つ以上のブレーキ回路を備える場合、ブレーキマスタシリンダは、1つ以上の他のブレーキ回路のために固有のブレーキピストン、特に1つ以上のいわゆる「浮動ピストン」を備える。浮動ピストンは二次ピストンとも呼ばれる。ブレーキ回路に配属されたブレーキマスタシリンダの2つのピストンは、共通のシリンダ内に配置してもよいし、または、例えば並行に配置された2つのシリンダ内に配置してもよい。例えば、2つのピストンを入れ子状にブレーキマスタシリンダ内に配置してもよい(請求項2)。ブレーキマスタシリンダの操作時に第一ピストンのみが変位される場合にはより小さい有効ピストン面積に基づいて、操作力はより小さい。ブレーキマスタシリンダが制動時に車両ブレーキ装置または車両ブレーキ装置のブレーキ回路からから液圧的に分離された場合、より小さい有効ピストン面積によって、従来のブレーキマスタシリンダの場合と少なくとも類似したペダル感覚、すなわち、少なくともほぼ通常のペダル特性線が得られ、ペダル特性線はブレーキマスタシリンダの操作力と操作距離、すなわち、ピストンの変位距離との間の関係を再現する。所定のピストン距離を超過し、2つのピストンが共に移動させられた場合、ブレーキマスタシリンダから押しのけられたブレーキ液容積は、ピストン距離に関係して大きくなり、これにより、ブレーキマスタシリンダによって車両ブレーキ装置を操作するために十分なブレーキ液がブレーキマスタシリンダから押しのけられ、このために不可欠なピストン距離が長くなりすぎることはない。
【0012】
さらに、本発明によるブレーキマスタシリンダは、ブレーキマスタシリンダと連通し、予荷重を備える液圧蓄圧器を備える。予荷重は、ガス圧または機械ばねによって生成してもよいが、これで包括的に列挙したわけではない。液圧蓄圧器の予荷重は、ブレーキマスタシリンダ圧が車両ブレーキ装置の最大設計圧力よりも大きい場合にはじめてブレーキ液をブレーキマスタシリンダから取り込む程度の大きさになっている。車両ブレーキ装置の最大設計圧力とは、想定される最大限の人力がブレーキマスタシリンダに加えられた場合に生じる圧力である。これは、ブレーキマスタシリンダが車両ブレーキ装置または車両ブレーキ装置のブレーキ回路から液圧的に分離されていてもよい常用ブレーキ時にも、車両ブレーキ装置が故障した場合の非常ブレーキ時にも、液圧蓄積器は通常はブレーキ液を取り込まないことを意味する。液圧蓄圧器は、ブレーキマスタシリンダ圧を制限するか、もしくは最大ブレーキマスタシリンダ圧を低減する。液圧蓄圧器は、特に、ブレーキマスタシリンダが車両ブレーキ装置から分離されている場合、すなわち、ブレーキ液をブレーキマスタシリンダから車両ブレーキ装置内に押しのけることができず、第1ピストンのみが変位される場合に損傷を防止するための役割を果たす。第1ピストンのより小さい有効ピストン面積に基づいて、ブレーキマスタシリンダ圧は所定の操作力でより大きく、したがって、車両ブレーキ装置の最大設計圧力を超過し得る。このようなことを防止するか、または最大設計圧力の超過を制限もしくは低減するために、液圧蓄圧器には予荷重が設けられている。
【0013】
本発明は、ブレーキ操作時に、車両を減速し、この場合に動的エネルギーを電気エネルギーに変換する発電機として作動される電動機を備える自動車のために設けられており、このエネルギーはアキュムレータに蓄積され、後に車両の加速もしくは駆動時に使用される。車両の制動時に動的エネルギーを電気エネルギーに変換することは回生とも呼ばれる。電動機は、通常は自動車の1つの電気駆動モータ(または複数の電気駆動モータ)であり、自動車は、駆動のために付加的に内燃機関を備えていてもよく、この場合、ハイブリッド車とも呼ばれる自動車か、または電気自動車として1つまたは複数の電気駆動モータのみを備える。
【0014】
このような自動車では、本発明は車軸(前車軸または後ろ車軸)の車両ホイールを「ワイヤによって」、すなわち、外力によって制動する液圧式車両ブレーキ装置のために設けられている。外力ブレーキのための液圧によるブレーキ圧は、スリップ制御された車両ブレーキ装置にはいずれにせよ提供されている液圧ポンプによって生成することができる。ホイールブレーキ圧は、有利には電磁弁によって制御または調整される。ポンプ圧をポンプ回転数または電磁弁によって調整することもできる。外力によって制動されるブレーキ回路は、車両ホイールが電気駆動モータによって駆動され、制動されるブレーキ回路であるか、または他のブレーキ回路であってもよい。他のブレーキ回路は、変わらずに人力によって、必要に応じてブレーキブースタにより支援されて、ブレーキマスタシリンダによって操作される。もちろん、本発明はこのような車両ブレーキ装置に限定されない。
【0015】
このような車両ブレーキ装置では、互いに相反する作用を伴う2つの問題が生じる。すなわち、制動のためにブレーキ回路はブレーキマスタシリンダから液圧的に分離されているので、操作距離、すなわち、ブレーキペダルのペダル距離は所定のブレーキ作用を達成するために短縮される。さらに、ブレーキマスタシリンダがブレーキ回路から分離されており、他のブレーキ回路にのみ作用している場合には、車両ブレーキ装置の「弾性」は低下し、ブレーキペダルはブレーキ操作時に感知できる程に硬いと感じられる。本発明は、直径もしくはピストン面積が縮小された、すなわち、ブレーキマスタシリンダの内径よりも小さい1つのピストンをブレーキマスタシリンダ内に設けることによってこうした問題に対処している。所定のペダル距離で、このピストンはより少ないブレーキ液をブレーキマスタシリンダから押しのけ、操作距離もしくはペダル距離は、有利には通常の寸法に拡大される。より小さいピストン面積に基づいて所定の圧力では操作力がより小さいので、ブレーキ操作時の「弾性」もしくは「ペダル硬さ」も戻ってくる。
【0016】
しかしながら、ブレーキマスタシリンダ内のピストンのピストン面積がより小さいことにより、所定のペダル力ではブレーキマスタシリンダ圧がより大きいというという第2の問題が生じる。車両運転手が最大の人力によってブレーキペダルに踏み込んだ場合、これにより生成された液圧は、車両ブレーキ装置を損傷または破壊する恐れがある。本発明は、予荷重を備え、圧力が車両ブレーキ装置のために設計された圧力よりも大きい場合にブレーキマスタシリンダから押しのけられたブレーキ液を取り込む液圧蓄圧器によってこのことに対処している。これにより、車両ブレーキ装置の液圧は、車両ブレーキ装置が損傷されないように制限されている。したがって、車両ブレーキ装置をより高い圧力のために設計する必要はない。通常の制動時には、予荷重に基づいて液圧蓄圧器は作動しない、すなわち、ブレーキ液を取り込まず、したがって、ブレーキマスタシリンダの操作距離もしくはペダル距離を拡大しない。
【0017】
第1ピストンと同じブレーキ回路に作用し、第1ピストンが所定のピストン距離を進んだ場合に第1ピストンによって連行される本発明によるブレーキマスタシリンダの第2ピストンは、所定のピストン距離でブレーキマスタシリンダから押しのけられるブレーキ液容積を通常の大きさに拡大し、これにより、例えば液圧ポンプが故障した場合にブレーキ操作のために十分なブレーキ液を非常ブレーキのために提供することができる。
【0018】
従属請求項は、請求項1に記載した本発明の有利な構成および改良形態を対象としている。
【0019】
請求項3によれば、第1ピストンは短い変位距離後にブレーキマスタシリンダをブレーキ液リザーバから分離する。
【0020】
本発明によるブレーキマスタシリンダは、単一のブレーキマスタシリンダ、すなわち、1つのブレーキ回路のために形成されていてもよい。請求項4では、2系統車両ブレーキ装置のためのタンデム式または複数回路式ブレーキマスタシリンダを設けている。3つ以上のブレーキ回路のためのブレーキマスタシリンダも除外されていない。
【0021】
請求項5によれば、常用ブレーキのために本発明によるブレーキマスタシリンダを操作した場合に、車両ブレーキ装置を備える自動車の電動機を発電機として作動し、これにより、自動車を減速する。さらに、ブレーキマスタシリンダは遮断弁の閉鎖によって車両ブレーキ装置または車両ブレーキ装置の1つ(または複数)のブレーキ回路から分離される。このブレーキ回路では、ホイールブレーキ圧は液圧ポンプによって生成され、発電機として作動される電動機およびブレーキマスタシリンダから分離されたブレーキ回路および必要に応じて1つまたは複数の他のブレーキ回路の総減速作用が、ブレーキマスタシリンダによる車両ブレーキ装置の操作のみによって自動車が減速される場合と同じ操作力および/または同じ操作距離で制動された時と同様の大きさとなるように調整される。発電機として作動される電動機の減速作用の変更は、車両運転手にはできるだけ気付かれないように補償される。
【0022】
ホイールブレーキ圧の調整は、例えばスリップ制御装置によって既知のようにホイールブレーキに配属されたブレーキ圧形成弁およびブレーキ圧減衰弁によってホイール毎に行うことができる。ホイールブレーキ圧の調整は、液圧ポンプの駆動部の回転数調整によって行い、および/または液圧ポンプの前方または後方に配置されているか、または車両ブレーキ装置もしくはブレーキ回路をブレーキマスタシリンダの加圧されていないブレーキ液リザーバに接続可能である1つ以上の調整弁によって行うこともできる。複数のホイールブレーキ、例えば車軸に配属されたホイールブレーキまたは全てのホイールブレーキのホイールブレーキ圧を一緒に調整することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明によるブレーキマスタシリンダを備える液圧式車両ブレーキ装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
次に本発明を図示の実施形態に基づき詳細に説明する。唯一の図面は、本発明によるブレーキマスタシリンダを備える液圧式車両ブレーキ装置の概略図を示す。図面は本発明を理解し、明確にするための概略図として理解されたい。
【0025】
図示の本発明による液圧式車両ブレーキ装置1は、図示しないハイブリッド車、すなわち、内燃機関と、駆動モータとしての電気モータ2とを備える自動車のために設けられている。電気モータ2は、車軸の2つのホイールに作用する。例えば、個々の車両ホイールまたは全ての車両ホイールのために複数の電気モータが設けられていてもよい(図示しない)。車両は、電気モータ2による駆動部を備え、内燃機関のない純粋な電気自動車であってもよい。制動時には、一般に電動機2として捉えることもでき、以下では電動機とも呼ぶ電気モータ2は電流を生成するために発電機として作動され、この電流は、図示しないアキュムレータに蓄積され、電動機2によって自動車を駆動するために使用することができる。
【0026】
車両ブレーキ装置1は、2系統車両ブレーキ装置1であり、タンデム式ブレーキマスタシリンダ3に接続された2つのブレーキ回路I,IIを備える。2つのブレーキ回路I,IIには液圧式のホイールブレーキ4が接続されており、電動機2によって駆動可能な車両ホイールのホイールブレーキ4は一方のブレーキ回路Iに接続されており、他のホイールブレーキ4は他方のブレーキ回路IIに接続されている。
【0027】
車両ブレーキ装置1は、ここでは極めて概略的にブレーキ回路Iにのみ示すスリップ制御装置を備える。スリップ制御装置は遮断弁5を備え、遮断弁5を介してブレーキ回路I,IIはブレーキマスタシリンダ3に接続されており、遮断弁5の閉鎖によって、ブレーキマスタシリンダ3から液圧的に分離可能である。さらに車両ブレーキ装置1はそれぞれのブレーキ回路I,II内に、ブレーキ圧を生成可能な1つの液圧ポンプ6と、ホイールブレーキ4のブレーキシリンダ内のホイールブレーキ圧、ひいてはホイールブレーキ4のブレーキ圧をホイール毎に調整可能な、それぞれのホイールブレーキ4のためのホイールブレーキ圧調整弁装置7とを備える。このようなホイールブレーキ圧調整弁装置7は、一般にブレーキ圧形成弁とブレーキ圧減衰弁とを備える。液圧ポンプ6とホイールブレーキ圧調整弁装置7とを備えるスリップ制御装置は既知であり、ここでは詳しく説明しない。ブレーキ圧がブレーキ回路I,IIでブレーキマスタシリンダ3とは無関係に液圧ポンプ6によって生成可能であり、ホイールブレーキ圧が調整可能であることが重要であり、ホイール毎のホイールブレーキ圧の調整がスリップ制御のために不可欠であるが、本発明では不可欠ではない。本発明では、ブレーキ回路I,IIの全てのホイールブレーキ4のホイールブレーキ圧を一緒に調整し、場合によっては、車両ブレーキ装置1の全てのホイールブレーキ4のホイールブレーキ圧を一緒に調整すれば十分である。ホイールブレーキ圧調整弁装置7によって行う以外に、ホイールブレーキ圧の調整は、例えば液圧ポンプ6の駆動部の回転数調整、または、例えばブレーキ回路I,IIのブレーキ圧を調整可能な液圧ポンプ6の吸込側または加圧側の図示しない圧力調整弁によって、可能である。図示しないブレーキ回路IIは、ブレーキ回路Iと同様に構成されており、同様に作動する。
【0028】
本発明によるブレーキマスタシリンダ3は人力操作可能であり、操作のためのブレーキペダル8を備え、ブレーキペダル8は、ピストンロッド9を介して、一次ピストンと呼ぶこともでき、ここでは第1ピストン10と呼ぶプッシュロッドピストンに結合されている。ブレーキマスタシリンダ3は、ここには図示しないブレーキブースタを備えていてもよい。第1ピストン10は、ブレーキマスタシリンダ3よりも小さい直径を備える。第1ピストン10は、ブレーキマスタシリンダ3および管状の第2ピストン11の内部で変位可能であり、第2ピストン11の内径は第1ピストン10の直径に相当し、第2ピストンの外形はブレーキマスタシリンダ3の直径に相当する。ブレーキマスタシリンダ3の直径とは、ブレーキマスタシリンダ3の孔径または内径を意味する。すなわち、第1ピストン10は、管状の第2ピストン11に挿入されている。第2ピストン11は、ペダル8から離反した端部に内側に突出したカラーを備え、このカラーは、第1ピストン10のためのストッパとして捉えてもよいし、または第2ピストン11の連行装置12として捉えてもよい。連行装置12は、第1ピストン10が所定のピストン距離sだけ第2ピストン11なしにブレーキマスタシリンダ3の内部で変位可能であり、所定のピストン距離sを克服した後に第2ピストン12を連行するように作用する。第1ピストン10が内側に突出した第2ピストン11のカラーに接触するとすぐに、2つのピストン10,11はブレーキマスタシリンダ3の内部で共に変位される。内側に突出した第2ピストン11のカラーは、既に述べたように第1ピストン10のためのストッパおよび第2ピストン11の連行装置12を形成している。第1ピストン10のみがブレーキマスタシリンダ3の内部で変位されている場合には、第1ピストン10の小さいピストン面積のみが有効であり、2つのピストン10,11が共に変位された場合には、2つのピストン10,11の総ピストン面積が有効となる。
【0029】
第1ピストン10および第2ピストン11は、ブレーキマスタシリンダ3の圧力室13、ひいては車両ブレーキ装置1の一方のブレーキ回路IIに共に作用する。他方のブレーキ回路Iのためには、ブレーキマスタシリンダ3は浮動ピストン14を備え、浮動ピストンは、既知のように第1ピストン10(プッシュロッドピストン)および必要に応じて第2ピストン11による加圧によって、密でない場合に第1ピストンおよび/または第2ピストン10,11によって機械的に変位させられる。このようなことは既知であり、したがって、詳細に説明しない。
【0030】
さらに、第1ピストン10によって負荷された圧力室13は、ブレーキマスタシリンダ3に取り付けられたブレーキ液リザーバ15と連通し、通常は第1ピストン10の短い変位距離後にブレーキ液リザーバ15から分離されることに言及しておく。これは、第1ピストン10の孔21によって行われ、孔21は第1ピストン10の短い変位距離後に、変位されていない第2ピストン11によって横断され、これにより閉鎖される。第1ピストン10の短い変位距離後に圧力室13をブレーキ液リザーバ15から分離するための他の可能性は、例えば、第1ピストン10に組み込まれた、ブレーキマスタシリンダによって既知の、いわゆる「中央弁」である(図示しない)。
【0031】
ブレーキマスタシリンダ3の操作時に、2つのブレーキ回路I,IIのうちいずれか一方のブレーキ回路の遮断弁5が閉じられ、このブレーキ回路I,IIはこれによりブレーキマスタシリンダ3から液圧的に分離される。有利には、電動機2によって駆動可能な車両ホイールのホイールブレーキ4が接続されたブレーキ回路Iの遮断弁5が閉じられる。同様に、有利には、電動機2によって車両ホイールを駆動可能なホイールブレーキ4が接続されたブレーキ回路Iは、浮動ピストン14によって負荷されるブレーキマスタシリンダ3の圧力室16に接続される。もちろん、車両ホイールが電動機を備えていないブレーキ回路IIを浮動ピストン14によって負荷されるブレーキマスタシリンダ3の圧力室16に接続し、および/または遮断弁5の閉鎖によってブレーキマスタシリンダ3から液圧的に分離することも可能である。ブレーキマスタシリンダ3の操作時に遮断弁5がブレーキマスタシリンダ3によって閉じられないブレーキ回路IIは、従来のようにブレーキマスタシリンダ3の内部に形成され液圧によって操作され、液圧は、ブレーキ回路IIに接続されたホイールブレーキ4を加圧する。ブレーキマスタシリンダ3から分離されたブレーキ回路Iでは、液圧ポンプ6によってブレーキ圧が形成され、接続されたホイールブレーキ4のホイールブレーキ圧はブレーキ圧調整弁装置7によって、または別の方法で調整される。ホイールブレーキ圧は、制動時に発電機として作動される電動機2のブレーキ作用に対応して低減され、発電機出力の変動、ひいては電動機2の減速作用は補正される。ホイールブレーキ4および発電機作動時の電動機2による自動車の総減速度のための目標値は、ペダル距離センサ17、ペダル力センサ18および/またはブレーキマスタシリンダ3の圧力室13,16のブレーキマスタシリンダ圧を測定する圧力センサ19によって規定される。遮断弁5がブレーキ操作時に閉じられるブレーキ回路Iに接続されたホイールブレーキ4のブレーキ力は、発電機作動時の電動機2の減速作用が補償される程度の強さで減じられる。
【0032】
車両ブレーキ装置1の(スリップ制御装置の)故障時には、ブレーキ回路I,IIの遮断弁5は開放されており、ブレーキマスタシリンダ3によって全てのホイールブレーキ4が加圧されることによって制動が行われる。
【0033】
第1ピストン10のより小さいピストン面積は、所定のペダル距離ではより低い圧力形成、ひいてはより低いペダル力をもたらす。ペダル特性線、すなわち、ペダル力とペダル距離との関係性は、これにより、ブレーキマスタシリンダの直径を有するプッシュロッドピストンを備えるブレーキマスタシリンダの通常の比率に適合される。車両運転手は、少なくともほぼ通常のペダル感覚を有する。第2ピストン11の連行装置12に接触するまでの第1ピストン10の所定のピストン距離sは、第1ピストンが通常の走行で強く制動された場合にも十分である長さに寸法決めされており、したがって、通常は第1ピストン10のみ(および場合によっては浮動ピストン14)が移動され、第2ピストン11は移動されない。
【0034】
故障した場合の非常ブレーキ時には2つの遮断弁5が開放保持され、2つのブレーキ回路I,IIのホイールブレーキ4がブレーキマスタシリンダ3によって操作された場合には、第1ピストン10によってブレーキマスタシリンダ3から押しのけられたブレーキ液容積では十分ではないこともある。この場合、ブレーキ操作時に第1ピストン10が第2ピストン11の連行装置12に当接し、第2ピストン11を共に変位する。これにより、第1および第2ピストン10,11のより大きい有効ピストン面積は、ペダル距離毎にブレーキ操作のために十分なより多くのブレーキ液を押しのけるように作用する。さらに、第1および第2ピストン10,11が変位された場合のより大きい有効ピストン面積は、ブレーキマスタシリンダ圧を増大するために不可欠なペダル距離を短縮する。
【0035】
ブレーキマスタシリンダ16の圧力室13には予荷重をかけられた液圧蓄圧器20が接続されている。図示の実施形態では、液圧蓄圧器20は、第1および第2ピストン10,11によって負荷された圧力室13に接続されている。もちろん、浮動ピストン14によって負荷された圧力室16に液圧蓄圧器20を接続することも可能である(図示しない)。液圧蓄圧器20は、例えば機械ばねおよび/またはガス圧によって予荷重をかけておいてもよいが、これで包括的に列挙したわけではない。液圧蓄圧器20の予荷重は、液圧蓄圧器20が通常はブレーキ液を取り込まない程度の大きさである。車両ブレーキ装置1のための最大設計圧力までは液圧蓄圧器20は予荷重に基づいてブレーキ液を取り込まない。最大設計圧力は、総ピストン面積、すなわち、第1ピストンおよび第2ピストン10,11のピストン面積が共に有効である場合に想定される最大限の人力がブレーキペダル8に加えられた場合に生じる。第1ピストン10のみが変位された場合、第1ピストン10のより小さいピストン直径に基づいて、想定される最大限の人力がブレーキペダル8に加えられた場合に、ブレーキマスタシリンダ圧は第1および第2ピストン10,11の総ピストン面積の場合の最大設計圧力よりも大きくなる。この場合、予荷重をかけられた液圧蓄圧器20はブレーキマスタシリンダ3から押しのけられたブレーキ液を取り込み、これにより、ブレーキマスタシリンダ圧が最大設計圧力を超過した場合にはブレーキマスタシリンダ3の圧力増大を低減する。したがって、予荷重をかけられた液圧蓄圧器20は、ブレーキマスタシリンダ圧が最大設計圧力を超過した場合にブレーキマスタシリンダ圧の増大を制限または少なくとも低減するという機能を有する。したがって、予荷重をかけられた液圧蓄圧器20は、ブレーキマスタシリンダ3および/または車両ブレーキ装置1の他の部分が大きすぎる圧力によって損傷されることを防止するという機能を有する。通常は、すなわち、ブレーキマスタシリンダ圧が最大設計圧力を超過していない場合には、液圧蓄圧器20は予荷重に基づいてブレーキ液を取り込まず、機能していない。大きい予荷重に基づいて、ブレーキマスタシリンダ圧が最大設計圧力を超過し、その結果、液圧蓄圧器20がブレーキ液を取り込んだ場合の電圧上昇ひいては圧力増大は比較的わずかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車を減速するために発電機として作動可能な電動機(2)を備える自動車の液圧式車両ブレーキ装置(1)のためのブレーキマスタシリンダであって、
ブレーキマスタシリンダ(3)が、1つのブレーキ回路IIのための2つのピストン(10,11)および連行装置(12)を備え、該連行装置が、2つのピストンのうちの第1ピストン(10)を所定のピストン距離(s)だけ変位した後に第1ピストン(10)によって第2ピストン(11)を連行し、ブレーキ液をブレーキマスタシリンダ(3)から押しのけるための2つのピストン(10,11)の有効ピストン面積が、ブレーキ液をブレーキマスタシリンダ(3)から押しのけるための第1ピストン(10)の有効ピストン面積よりも大きく、ブレーキマスタシリンダ(3)と連通する液圧蓄圧器(20)を備えるブレーキマスタシリンダにおいて、
前記液圧蓄圧器(20)が、ブレーキマスタシリンダ圧が前記車両ブレーキ装置(1)の最大設計圧力よりも大きい場合にはじめて前記ブレーキマスタシリンダ(3)からブレーキ液を取り込むように予荷重を備えることを特徴とする、液圧式車両ブレーキ装置(1)のためのブレーキマスタシリンダ。
【請求項2】
前記第1ピストン(10)が前記第2ピストン(11)の内部に挿入されている、請求項1に記載のブレーキマスタシリンダ。
【請求項3】
前記ブレーキマスタシリンダ(3)が操作されていない場合に、前記ブレーキマスタシリンダ(3)の圧力室(13)がブレーキ液リザーバ(15)と連通し、前記第1ピストン(10)の短い変位によって圧力室(13)が前記ブレーキ液リザーバ(15)から分離される、請求項1に記載のブレーキマスタシリンダ。
【請求項4】
前記ブレーキマスタシリンダ(3)が、2系統車両ブレーキ装置(1)のためのタンデム式または複数回路式ブレーキマスタシリンダ(3)である、請求項1に記載のブレーキマスタシリンダ。
【請求項5】
車両ブレーキ装置(1)の1つのブレーキ回路IIのための2つのピストン(10,11)を有するブレーキマスタシリンダ(3)および連行装置(12)を備え、該連行装置(12)が、2つのピストンのうちの第1ピストン(10)が所定のピストン距離(s)だけ変位された後に第1ピストン(10)によって第2ピストン(11)を連行し、ブレーキ液を前記ブレーキマスタシリンダ(3)から押しのけるための2つのピストン(10,11)の有効ピストン面積は、ブレーキ液をブレーキマスタシリンダ(3)から押しのけるための第1ピストン(10)の有効ピストン面積よりも大きく、前記車両ブレーキ装置(1)のブレーキ回路IIが、遮断弁(5)を介して前記ブレーキマスタシリンダ(3)の前記2つのピストン(10,11)に接続されている、自動車のための液圧式車両ブレーキ装置(1)を作動するための方法において、
自動車が、常用ブレーキ時に発電機として作動され、自動車を減速する電動機(2)を備え、前記車両ブレーキ装置(1)が、常用ブレーキ時にブレーキ圧を生成する液圧ポンプ(6)を備え、前記車両ブレーキ装置(1)の少なくとも1つのホイールブレーキ(4)のホイールブレーキ圧を、前記ブレーキマスタシリンダ(3)の操作、および発電機として作動される前記電動機(2)の減速作用に関係して調整することを特徴とする、液圧式車両ブレーキ装置(1)を作動するための方法。
【請求項6】
前記車両ブレーキ装置(1)に、車両ブレーキ装置(1)の少なくとも1つのホイールブレーキ(4)のホイールブレーキ圧を調整するための少なくとも1つのホイールブレーキ圧調整弁(7)を設ける、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記ブレーキマスタシリンダ(3)を、タンデム式または複数回路式ブレーキマスタシリンダ(3)とし、前記車両ブレーキ装置(1)に、常用ブレーキ時に前記ブレーキマスタシリンダ(3)に接続された状態に保持される少なくとも1つの他のブレーキ回路IIを設ける、請求項5に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2013−514932(P2013−514932A)
【公表日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−545177(P2012−545177)
【出願日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際出願番号】PCT/EP2010/066344
【国際公開番号】WO2011/085836
【国際公開日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【出願人】(591245473)ロベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツング (591)
【氏名又は名称原語表記】ROBERT BOSCH GMBH
【Fターム(参考)】