説明

温間鍛造用ステンレス鋼線材およびその塑性加工方法

【課題】通電加熱性と温間潤滑性に優れるステンレス鋼線材および塑性加工方法を提供し、安定して高生産性の温間鍛造を実施することで冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品,切削加工部品等のステンレス鋼部品の製造コストを大幅に下げる。
【解決手段】 グラファイトを含有する潤滑被膜を表面に有し、前記潤滑皮膜の300℃における摩擦係数が0.3以下であり、且つ体積抵抗率が1×10-4Ω・m以下であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材および塑性加工方法。
M=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr−18.5Mo・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通電加熱の温間鍛造用のステンレス鋼線材および塑性加工方法に係わり、例えば、従来の冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品,切削加工部品を通電加熱の温間鍛造により製造することで安価に提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、耐食性が必要とされる部品については、SUS304,SUS304N,SUS329J3L等のステンレス鋼を冷間鍛造加工することにより製造されてきた。
【0003】
しかしながら、冷間鍛造部品において、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼は冷間鍛造をすることにより加工誘起マルテンサイトが生成して磁性を示すことから、Ni等の加工誘起マルテンサイトの生成を抑制する高価な元素を添加して、これを回避していた。更には、SUS304NやSUS329J4L等の高強度ステンレス鋼は強冷間鍛造時に加工割れが発生する上に工具寿命にも劣るという問題もあった。また、S含有の快削鋼は、冷間鍛造性が悪く冷間鍛造によるニアネットシェイプが不可能であり、全てを切削加工していたため、材料歩留まりが非常に悪かった。
【0004】
そのため、ステンレス鋼短片サンプルに潤滑剤を塗布して、加熱炉でサンプルを100〜300℃に加熱して温間鍛造を実施し、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制して金型寿命を向上させる技術が提案されている。(特許文献1)
また、温間鍛造用の潤滑剤として、高塩基性アルカリ土類金属有機酸塩分散型の潤滑材をポンプで金型に供給することが提案されている。また従来使用されている潤滑剤として黒鉛系油分散型があることが記載されている。(特許文献2)
但し、該加熱方式や潤滑剤の塗布方式では、線材や鋼線を連続的に加熱してヘッダー加工,パーツフォーマ加工することが困難であり、生産性に劣るという欠点があった。
【0005】
一方、線材又は鋼線を連続的に供給して、鍛造加工直前にインラインの誘導加熱により加熱してパーツフォーマする技術が提案されている。(特許文献3)
誘導加熱により加熱しているため潤滑剤の種類に依存することなく、スパークの発生を防止して安定的に加熱できる一方で、誘導加熱は設備費が高いという欠点があった。
【0006】
好ましくは、設備費が安いインラインの通電加熱により加熱し、ヘッダー加工やパーツフォーマ加工することが望まれ、回転電極を通じて直接通電加熱する技術が提案されている(特許文献4)。しかしながら、ステンレス鋼線材のヘッダー加工やパーツフォーマ加工用の潤滑材は蓚酸塩被膜に代表されるように導電性が悪く、通電加熱時にスパークが発生する等、安定して通電加熱して温間鍛造することができないという欠点があった。
【0007】
以上、これまでのステンレス鋼の温間鍛造において、安価な通電加熱方式にて線材や鋼線をインラインで加熱し、高生産性のヘッダー加工やパーツフォーマ加工で安定して部品を温間鍛造する技術は提案されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許公報 特開平5−123808号公報
【特許文献2】特許公報 特開平8−333594号公報
【特許文献3】特許公報 特開平6−134543号公報
【特許文献4】特許公報 特許平6−79389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、通電加熱性と温間潤滑性に優れるステンレス鋼線材および塑性加工方法を提供し、安定して高生産性の温間鍛造を実施することで冷間鍛造部品,非磁性部品,高強度部品,切削加工部品等のステンレス鋼部品の製造コストを大幅に下げることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、ステンレス鋼線材表面にグラファイトを含有する導電性および高温潤滑性を有する潤滑被膜を付着量,粒子径を制御して付与し、安価な通電加熱方式で鍛造直前にインラインで加熱することにより、スパークの発生なく安定して温間鍛造が可能であり(図1)、鍛造時の工具寿命を大幅に低減する,加工誘起マルテンサイトの生成を防止し非磁性部品の製造コストを大幅に低減できる,安定的に高強度材を鍛造加工できる,S快削鋼のニアネット鍛造ができる等の効果を見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0011】
(1)グラファイトを含有する潤滑被膜を表面に有し、前記潤滑皮膜の300℃における摩擦係数が0.3以下であり、且つ体積抵抗率が1×10-4Ω・m以下であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(2)非磁性部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、下記の(a)式で示されるM値が−80〜100であることを特徴とする前記(1)に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)ー13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
(3)高強度部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、常温での引張強さが700〜1200N/mm2であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(4)切削加工性も良好なオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、質量%でSを0.02%以上0.40%以下含有することを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(5)前記潤滑被膜が含有するグラファイトの平均粒径が10μm以下であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(6)前記潤滑皮膜中に、更にMoS2を含有することを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(7)前記潤滑被膜の付着量が0.1〜30g/m2であることを特徴とする前記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材である。
(8)ステンレス鋼線材にグラファイトを含有する潤滑剤を塗布した後、3〜40%の減面率で冷間伸線加工することを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材の製造方法である。
(9)グラファイトを10質量%以上含有する潤滑剤を充填した伸線ダイスを用いることを特徴とする前記(1)〜(7)のいずれか一項に記載のいずれかの温間鍛造用ステンレス鋼線材の製造方法である。
(10)前記(1)〜(7)のいずれかのいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材を通電加熱により50〜600℃に加熱し、引き続き温間鍛造加工を行うことを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材の塑性加工方法である。
【0012】
本発明において、「線材」とは、鋳造した鋼片を熱間圧延した棒鋼や鋼線材、および、これに熱処理や伸線加工を施した鋼線をいう。(以下、同様)
【発明の効果】
【0013】
本発明による通電加熱の温間鍛造用のステンレス鋼線材は、高強度部品やNi等の高価な元素の添加を抑制した非磁性部品を連続してヘッダー等で温間鍛造できると共に金型の工具寿命を大幅に向上させ、更にはS快削鋼のニアネット鍛造をも可能にする効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)は従来の温間鍛造工程を示す図であり、(b)は本発明の温間鍛造工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、先ず、前述の(1)に記載の限定理由について説明する。鍛造加工直前にステンレス鋼線材をインラインで安価な設備・方法で安定して50〜600℃に急速加熱するにはロール間電極で通電加熱することが有効である。この時、表面の潤滑被膜を合わせた線材または鋼線の体積抵抗率が1×10-4Ω・mを超えると通電時にスパークが発生し易く、また、短時間で加熱が不可能になり、安定して高生産性の温間鍛造ができなくなる。
【0016】
また、潤滑性能については、潤滑被膜付き鋼線の摩擦係数が300℃で0.3を超える場合、通電加熱ができても温間鍛造時に焼き付きが生じ易くなり安定して高生産性の温間鍛造ができなくなる。そのため、ステンレス鋼の鍛造用潤滑皮膜中に導電性と温間潤滑性に優れるグラファイトを混ぜることが必要であり、好ましくはグラファイトを皮膜中5質量%以上含有させ、更には、10質量%以上含有させることが望ましい。本発明の鋼線材に形成させる潤滑皮膜は、温間鍛造の温度に耐える耐熱性と鋼線材を取り扱う際に脱落しない密着性と強度が必要である。そのため、潤滑皮膜の成分には水溶性無機塩、無機粒子、水溶性樹脂の1種以上に必須成分としてグラファイトを配合した水溶液、或は、水系の分散液に浸漬・乾燥で処理する、又は、通電過熱直前にインラインで塗布することで形成する。本発明に用いる水溶性無機塩としては、ホウ酸塩、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、りん酸塩、バナジン酸塩、硫酸塩などが挙げられる。皮膜中の水溶性無機塩の配合量は90質量%以下が好ましい。水溶性無機塩の比率が高いと、皮膜の耐熱性は高くなるが滑剤の比率が下がるため摩擦係数が高くなる。
【0017】
無機粒子としては、水酸化カルシウム、シリカなどが挙げられる。無機粒子は密着性を上げるとともに鍛造時の高い面圧に耐え、素材と金型との金属接触を防止する。皮膜中の無機粒子の配合量は90%以下が好ましい。また、水溶性樹脂は鋼線材を取り扱う際の皮膜の密着性を高めることができる。配合する樹脂は本発明の鋼線材を通電加熱する温度で蒸散しないものであれば特に限定されない。本発明に用いる水溶性樹脂としては、例えば、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、ウレタン樹脂などが挙げられる。水溶性樹脂の配合比率が高いと皮膜の密着性は高くなるが、皮膜の強度が低下するため、皮膜中の水溶性樹脂の配合量は50%以下が好ましい。
【0018】
次に、前述の(2)に記載の限定理由について述べる。オースナイト系ステンレス鋼を冷間鍛造すると加工誘起マルテンサイトが生成し、磁性を示すようになるため、非磁性用の冷間鍛造部品に対してはNi等の高価な元素を添加してオーステナイトの安定度を示す(a)式のM値を−80未満にしており、コストアップを余儀なくされている。しかしながら、前記の本発明のステンレス鋼線材を50〜600℃で温間鍛造することによりM値が−80以上の安価なオーステナイト系ステンレス鋼でも磁性を生じさせることなく鍛造加工が可能となり、本発明の経済的効果が大きくなる。一方、M値が100を超えると本発明の温間鍛造を実施しても磁性を抑制できなくなる。そのため、非磁性を得ることを目的とする部品に対しては好ましくはM値の上限を100に限定する。
M=551−462(C+N)−9.2Si−8.1Mn−29(Ni+Cu)−
13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・・・・・・・・(a)
ここに、C,N,Mn,Ni,Cu,Cr,Moは各成分の質量%を示す。
【0019】
次に、前述の(3)に記載の限定理由について述べる。通常、常温での引張強さが700N/mm2以上の高強度ステンレス鋼線材および鋼線を冷間鍛造すると、加工割れを引き起こすばかりか金型の工具寿命が大幅に劣化する。しかしながら、前記の本発明のステンレス鋼線材および鋼線を50〜600℃で温間鍛造することにより加工割れ,工具寿命の劣化を抑制して鍛造加工が可能となり、本発明の経済的効果が大きくなる。そのため、好ましくは、700N/mm2以上に限定する。一方、常温での引張強さが1200N/mm2を超えると本発明の温間鍛造を実施しても加工割れや工具寿命の劣化を抑制する効果がなくなる。そのため、好ましくは、上限を1200N/mm2に限定する。更に望ましくは、800〜1100N/mm2である。
【0020】
次に、前述の(4)に記載の限定理由について述べる。通常、切削加工を施すためにステンレス鋼にSを添加するが、Sが0.02質量%以上含有するステンレス鋼を常温で冷間鍛造すると加工割れが発生する。しかしながら、前記の本発明のステンレス鋼線材を50〜600℃で温間鍛造することにより加工割れを抑制できるため、ニアネットシェイプの鍛造加工が可能となり、材料歩留まりが著しく向上し、経済的効果が大きくなる。そのため、好ましくは、Sが0.02質量%以上含有したステンレス鋼に限定する。一方、S量が0.4質量%を超えるステンレス鋼に対しては本発明の温間鍛造を適用してもその効果はなくなる。そのため、ステンレス鋼中のS含有量の上限を0.4質量%に限定する。好ましくは、0.03〜0.35質量%である。
【0021】
次に、前述の(5)に記載の限定理由について述べる。潤滑被膜中のグラファイトは、導電性および温間潤滑性の観点から非常に重要な役割を果たすため、その存在状態は重要である。潤滑被膜中のグラファイトの平均粒径が10μmを超えると、温間での密着性が劣化し、温間潤滑性が劣化傾向を示す。好ましくは、潤滑被膜中のグラファイトの平均粒径は8μm以下である。
【0022】
次に、前述の(6)に記載の限定理由について述べる。導電性と温間潤滑性を確保するにはグラファイトが有効であるが、更に、MoS2を含有させると温間潤滑性が更に向上する。そのため、必要に応じて、MoS2を潤滑被膜中に1質量%以上含有させる。
【0023】
またスキンパスなどの伸線加工性を向上させるためには、金属石けん、WAXなどの固体潤滑粒子を配合すると効果的である。
【0024】
次に、前述の(7)に記載の限定理由について述べる。付着量は、温間潤滑性の確保に有効であり、0.1g/m2以上を付着させる。しかしながら、30g/m2を超えて付着させると不経済的であるばかりか、スキンパスなどの伸線加工時に潤滑皮膜が脱落し、カスとなり作業性を劣化させるばかりか、工具内に潤滑剤が過剰に入り、工具寿命を低下させる。好ましくは1g/m2以上、20g/m2以下とする。
【0025】
次に、前述の(8)に記載の限定理由について述べる。本発明のポイントであるグラファイトを含有した潤滑剤が塗布されたステンレス鋼線材を温間鍛造する場合、温間鍛造時の潤滑剤の密着性が問題となる。密着性を向上させるために、好ましくは、温間鍛造前に3%以上の減面率で伸線加工する。しかしながら、40%の減面率を超えて伸線すると、線材が加工硬化して温間鍛造時の鍛造割れや工具寿命を低下させる。そのため、好ましくは、温間鍛造前に3〜40%の減面率の範囲で伸線加工を施す。
【0026】
次に、前述の(9)に記載の限定理由について述べる。前記でグラファイトを含有した潤滑剤を塗布された線材を伸線加工したが、グラファイトを含有、或いは、グラファイトを含有しない潤滑材を塗布し、或いは、塗布しないで、グラファイトを10質量%以上含有する乾式潤滑剤を充填した伸線ダイスで伸線することでも本発明の導電性と温間鍛造性を有する温間鍛造用ステンレス鋼線を得ることが出来る。ここで、伸線ダイス中に充填された潤滑剤中のグラファイトが10質量%未満の場合、導電性と温間鍛造性の確保が不十分になる。そのため、伸線ダイス中に充填された潤滑剤中のグラファイトは10質量%以上で伸線加工することが好ましい。また、乾式潤滑剤を用いて伸線加工する前に塗布する潤滑剤は、グラファイトを含有しない潤滑剤を用いることが出来るが、付着量が過剰に多くなると導電性が悪くなるため、潤滑皮膜の付着量は30g/m2以下が好ましい。
【0027】
次に、前述の(10)に記載の限定理由について述べる。本発明による鍛造直前の通電加熱温度が50℃未満の場合、金型の工具寿命改善の効果に加え、部品の磁性抑制の効果や高強度部品やS含有鋼の鍛造化効果がなくなる。そのため、通電加熱温度を50℃以上に限定する。一方、600℃を超えると温間鍛造時に厚いスケールが生成し、鍛造加工後のバレル研磨等、安価な方法でスケール除去が困難となり、大幅な製造コストアップとなる。そのため、50℃〜600℃に限定する。好ましくは、通電加熱温度は200〜500℃である。
【実施例】
【0028】
以下に本発明の実施例について説明する。表1に実施例の線材の化学組成を示す。
【表1】

【0029】
これらの化学組成の鋼線は、150kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造し、その鋳片をφ9.5〜15mmまで熱間の線材圧延を行い、1050℃で熱間圧延を終了し、そのまま、1050℃で5分保持後,水冷の連続熱処理を施して、酸洗を行い線材とした。その後、冷間鍛造用の代表的な化成処理の蓚酸塩被膜を付与したものと、潤滑被膜の導電率を変化させるために水溶性塩機塩、ステアリン酸Ca、グラファイト、MoS2の含有率や粒子径を変化させた溶液へ浸漬して乾燥させたものを供試材として作成した。そして、伸線ダイス中にグラファイト粒子を種々の含有率で含有させて各々φ9.4mmまで伸線加工を施して鍛造用素材となる鋼線とした。その後、2ロール方式(Cu電極)の通電加熱により常温〜700℃に急速加熱を施し、続けてヘッダーにより頭部85%の平頭への据え込み加工と、減面率30%の軸絞り加工を100本/分の加工速度で1000本加工を実施した。供試材の試験条件を表2に示す。
【表2】

【0030】
評価は、潤滑被膜付き鋼線の体積抵抗率,潤滑被膜付き鋼線の高温摩擦係数,鋼線の引張強さ,潤滑皮膜の付着量,潤滑皮膜中のグラファイト粒子の平均粒径,通電加熱性(スパーク発生の有無),鍛造加工時の加工割れ・工具寿命,鍛造品の透磁率を評価した。その評価結果を表3に示す。
【表3】

潤滑被膜付き線材の体積抵抗率は、線材に潤滑被膜処理をした後に、4端子法によりACミリオームハイテスタ3560型により測定した。なお、被膜保護のため純銅板を挟んで電極とした。本発明例の線材では、全て1.0×10-4Ω・m以下の範囲であった。
【0031】
潤滑皮膜の摩擦係数は鋼線から長さ100mm片を採取し、トライボギア試験機(新東科学製FW14)で評価した。試験片を300℃に加熱した状態で、試験片の長手方向に、SUJ2のシリンダー(5mmφ×10mm長さ)を摺動距離50mm、摺動速度10mm/sec、垂直加重5kgで往復摺動させ、10回目の摩擦係数で評価した。本発明例では、300℃における摩擦係数が全て0.3以下であった。
【0032】
鋼線の引張強さは、JIS Z 2241の引張試験での引張強さを評価した。本発明例の鋼線では、700N/mm2以上であるにもかかわらず良好な温間鍛造性(加工割れ,工具寿命)を示した。
【0033】
鋼線の潤滑剤の付着量は、次の手順で潤滑剤を完全に剥離し、剥離前後の重量差から皮膜量を算出した。まず、100mm長さの試験片を100℃の電気オーブンで乾燥し、初期の質量を測定する。その後、イソプロピルアルコール60%,ノルマルヘプタン30%,エトキシエタノール10%に調整した沸騰状態の溶剤に15分間浸漬する。その後水洗して、60℃のアルカリ剥離液(日本パーカライジング株式会社製:ファインクリーナーD5410を1リットル当りの水に20g溶かした液)に60分浸漬して
、水洗する。次いで、常温の15%の硝酸に15分浸漬、その後水洗して潤滑皮膜を完全に剥離した。剥離した試料は完全に乾燥させて、剥離前後の重量を測定した。本発明例では、潤滑剤の付着量は全て0.1g/m2以上であった。
【0034】
潤滑皮膜中のグラファイト粒子の平均粒径は、100mm長さの試験片を純水中で超音波洗浄し、洗浄水を0.2μm穴径のフィルターでろ過して、グラファイト粒子を抽出した。そして、ろ過したグラファイト粒子は完全に乾燥させて、SEM観察(倍率500倍)にて、ランダムに20箇所の視野を選び、該視野中に存在する全粒子(5個以上)の長径・短径の二軸平均径を測定し、それらの平均径を算出した。ただし、SEM画像中で凝集によって粒子の一部が他の粒子で隠れてしまっている粒子や、凝結によって粒子の一部が他の粒子と接合されているような、1つの粒子として粒子径の測定が困難なものについては粒子径測定対象から除くこととした。
【0035】
通電加熱性は、通電加熱によりスパークが発生することなく、所定の温度に通電加熱が可能で、1000本安定して温間鍛造が可能か否かで評価した。スパークが発生せずに安定して所定の温度に安定して通電加熱可能である場合を○:合格,スパークが発生,または、予定の温度に安定して通電加熱が不可能である場合を×:不合格とした。
【0036】
鍛造時の加工割れは、頭部の平頭の据え込み加工部分で割れ無く加工できたかどうかで評価した。100本観察し、加工割れが全くない場合を◎,加工割れが1割未満である場合を○:合格,加工割れが1割以上ある場合を×:不合格として評価した。本発明例では、加工割れが1割未満であった。
【0037】
鍛造時の金型の工具寿命は、軸部の絞り加工を工具損傷無く、加工が可能か否かで評価した。1000本以上工具損傷が無い場合を◎,500本以上工具損傷がない場合を○:合格,工具損傷が500本未満で発生する場合を×:不合格とした。本発明例では工具損傷無く、500本以上軸絞り加工が可能であった。
【0038】
透磁率の評価は、透磁率計で鍛造部品の頭部の比透磁率を測定し、2.0未満であれば非磁性(○:合格)として評価し、2.0以上であれば磁性(×:不合格)として評価した。本発明例のγ系ステンレス鋼では、M値が−80以上でも非磁性が得られている。
【0039】
一方、比較例は、本発明の範囲外にあり、通電加熱性,高温での摩擦係数,鍛造時の加工割れ性,工具寿命に劣っており、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0040】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、ステンレス鋼線を安価な通電加熱方式で加熱して連続して安定して温間鍛造ができ、金型の工具寿命を大幅に改善すると共に高強度部品やNi等の高価な元素の添加を抑制した非磁性部品,切削加工部品を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グラファイトを含有する潤滑被膜を表面に有し、前記潤滑皮膜の300℃における摩擦係数が0.3以下であり、且つ体積抵抗率が1×10-4Ω・m以下であることを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項2】
非磁性部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、下記の(a)式で示されるM値が−80〜100であることを特徴とする請求項1に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
M=551−462(C+N)―9.2Si―8.1Mn
−29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo ・・・・・・・(a)
【請求項3】
高強度部品製造用のオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、常温での引張強さが700〜1200N/mm2であることを特徴とする請求項1または2に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項4】
切削加工性も良好なオーステナイト系ステンレス鋼線材であって、質量%でSを0.03%以上0.40%以下含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項5】
前記潤滑被膜が含有するグラファイトの平均粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項6】
前記潤滑皮膜中に、更にMoS2を含有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項7】
前記潤滑被膜の付着量が0.1〜30g/m2であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材。
【請求項8】
ステンレス鋼線材にグラファイトを含有する潤滑剤を塗布した後、3〜40%の減面率で冷間伸線加工することを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材の製造方法。
【請求項9】
グラファイトを10質量%含有する潤滑剤を充填した伸線ダイスを用いることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材の製造方法。
【請求項10】
請求項1乃至7のいずれか一項に記載の温間鍛造用ステンレス鋼線材を通電加熱により50〜600℃に加熱し、引き続き温間鍛造加工を行うことを特徴とする温間鍛造用ステンレス鋼線材の塑性加工方法。


【図1】
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【公開番号】特開2011−194416(P2011−194416A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−61723(P2010−61723)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】