説明

湿式多板クラッチ

【課題】 空転時の摩擦係数が小さく、係合時の摩擦特性のバラツキがなく品質が安定していると共に、係合時のショックが少なく、耐熱性があって、かつ空転時の引き摺りトルクを従来に比べて大幅に低減したフリクションプレートを備えた湿式多板クラッチを提供する。
【解決手段】 内径側にスプラインを有するコアプレートの両面に摩擦材を固定し、内径側に開口して内外径間に終端部を有する切欠溝と内径から外径に貫通する貫通溝とを有するフリクションプレートと、外径側にスプラインを設けたセパレータプレートを含む湿式多板クラッチにおいて、フリクションプレートに固定される摩擦材の内径側の引き込み量は、外径側の引き込み量より大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の自動変速機(AT)のクラッチやブレーキなどに用いられる湿式多板クラッチに関する。より詳細には、フリクションプレートの内径側の引き込み量の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、湿式多板クラッチは、クラッチもしくはブレーキのドラムとハブ間にフリクションプレートと、セパレータプレートとが交互に配置されており、クラッチピストンの押圧と解除によりクラッチの係合と解除が行われる。
【0003】
また近年、自動車の低燃費の要求は、ますます増大しており、自動変速機においてもクラッチの非係合時における動力損失を軽減させるため、フリクションプレートとセパレータプレート間の引き摺りトルクのより一層の低減が求められている。
【0004】
一般に、自動変速機(AT)に用いられる湿式多板クラッチには、動力損失を軽減させるため、フリクションプレートの内周側から外周へと潤滑油が抜けやすいような構造とし、引きずりトルクの低減をしていることが多い。引き摺りトルク低減の提案としては、特許文献1や特許文献2に記載のものがある。
【0005】
フリクションプレートとセパレータプレートは、相対回転している場合に、プレート間に介在している潤滑油によってドラグが生じる。これらを通常空転ドラグというが、燃費向上のためにはこの空転ドラグをできるだけ小さくすることが求められている。
【0006】
このため、特許文献1においては、より一層の空転ドラグの低減のため、フリクションプレートに貼られている摩擦材の外径を小さくし、外径部において、セパレータプレートとフリクションプレートの間隙を大きくして、空転ドラグの低減を図っている。
【0007】
また、特許文献2においては、摩擦材面に外径側のみに開口する油溝を設け、油通路から摩擦面に引き込まれた油がスムースに外径側に排出され、空転時において、引き摺りトルクの低減が可能となる構成が開示されている。
【0008】
しかし、近年、燃費向上と同時に、動力性能向上をねらいとしての変速応答性向上のため、フリクションプレートとセパレータプレートの間のクリアランスは従来に比較して、小さくなっており、空転時において、介在する油膜による引き摺りトルクも大きくなる傾向にあった。
【0009】
内径側から外径側に貫通する油通路に供給される油は、回転により摩擦材に引き込まれ、引き込まれた油は、フリクションプレートとセパレータプレートの間に入ると、なかなか排出されず、特に、フリクションプレートとセパレータプレート間のクリアランスの小さな、回転数の小さな領域では顕著であり、摩擦材と相手セパレータプレート間の粘性による引き摺りトルクは大きなものとなる。
【0010】
内外径から貫通した油溝が設けられた油溝からの油は、摩擦面への油の供給と、油排出のためのものであるが、これらの油溝の形状や、油溝の両側コーナーのダレなどにより、油溝から摩擦面への油の流れは大きく影響され、空転トルクや、係合時の摩擦特性に影響し、品質のバラツキの原因となる。
【0011】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては次のものがある。
【特許文献1】特開2006−132581号公報
【特許文献2】特開2007−132362号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来のフリクションプレートでは、摩擦面における油の排出が十分にされないことにより、引き摺りトルクを更に低減させるという要求に満足できなかった。特に低域の回転時においては、フリクションプレートとセパレータプレートとの間に介在する油の排出が十分でなく、引き摺りトルクを小さくすることができなかった。
【0013】
フリクションプレートに貼られている摩擦材の外径を小さくして引き摺りトルクを低減させる方法もあるが、摩擦材の板厚は近年ますます薄くなっており、摩擦材の外径を小さくしても外径部のフリクションプレートとセパレータプレート間の隙間の増大量は小さく、引き摺りトルクの減少の効果は十分なものではなく、また、摩擦材の外径を小さくすることにより、摩擦面の係合する平均半径が小さくなるため伝達トルク容量に対しても不利となる。従って、特許文献1に開示の対策では空転ドラグ低減に充分有効であるとは言えない。
【0014】
しかしながら、近年の自動変速機に課せられた小型軽量化の要求に応えるため、フリクションプレート一枚あたりの摩擦容量を大きくすることが望まれている。そのため、フリクションプレートに形成する溝数の増加や溝の大きさなども厳しく制限されつつある。
【0015】
従って、本発明の目的は、空転時の摩擦係数が小さく、係合時の摩擦特性のバラツキがなく品質が安定していると共に、係合時のショックが少なく、耐熱性があって、かつ空転時の引き摺りトルクを従来に比べて大幅に低減したフリクションプレートを備えた湿式多板クラッチを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明の湿式多板クラッチは、
内径側にスプラインを有するコアプレートの両面に摩擦材を固定し、内径側に開口して内外径間に終端部を有する切欠溝と内径から外径に貫通する貫通溝とを有するフリクションプレートと、外径側にスプラインを設けたセパレータプレートを含む湿式多板クラッチにおいて、
フリクションプレートに固定される摩擦材の内径側の引き込み量は、外径側の引き込み量より大きく、前記セパレータプレートの内径縁は、前記フリクションプレートの前記摩擦材の内径縁と径方向でほぼ面一であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、以下のような効果が得られる。
【0018】
フリクションプレートに固定される摩擦材の内径側の引き込み量を、外径側の引き込み量より大きくして、セパレータプレートの内径縁がフリクションプレートの摩擦材の内径縁に径方向でほぼ面一にすることにより、トルク容量の低下をもたらすことなく、引き摺りトルクの低減が可能となる。
【0019】
また、従来のクラッチと比較すると、フリクションプレートのスプラインと嵌合しているクラッチハブとフリクションプレート及びセパレータプレートにより、内径部に画成される空間部が大きくなることにより、内径部より供給された潤滑油を内径から外径に貫通する溝により、スムースに外径側に排出することができる。
【0020】
内径部に開口し、内外径間に終端を有する溝により、より有効に引き離し効果が増加し、また、引込み量を15%〜35%にすることにより、また、貫通する溝数を内外径間で終端する溝数の2倍〜5倍の範囲で設けることにより、潤滑油量の多い潤滑条件でも、潤滑油の排出効果が高まり、従来と同等な摩擦性能と耐久性を維持し、より一層空転ドラグを低減した湿式多板クラッチを得ることができる。
【0021】
本明細書中で使用する用語「引き込み量」は、次のように定義される。図5にRで示すように、引き込み量Rは、摩擦板の内径側においてスプラインの谷部から摩擦材の内径端までの距離を指す。また、引き込み量の割合=引き込み量/スプライン谷部よりコアプレートの外径端までの距離で表す。
【発明の実施の形態】
【0022】
以下、添付図面を参照して本発明を詳細に説明する。尚、図面において同一部分は同一符号にて示してある。
【0023】
図1は、本発明のフリクションプレートを備えた湿式多板クラッチ10の軸方向部分断面図である。
【0024】
湿式多板クラッチ10は、軸方向の一端部で開放したほぼ円筒形のクラッチケース1と、クラッチケース1の内周に配置され、同軸上で相対回転するハブ4と、クラッチケース1の内周に設けられたスプライン8に軸方向で移動自在に配置された環状のセパレータプレート2と、ハブ4の外周に設けられたスプライン5にセパレータプレート2と軸方向で交互に配置され、摩擦材が貼着された環状のフリクションプレート3とからなっている。セパレータプレート2とフリクションプレート3とはそれぞれ複数個設けられている。フリクションプレート3の内周にはスプライン3aが設けられ、スプライン3aはハブ4のスプライン4に嵌合している。
【0025】
湿式多板クラッチ10は、セパレータプレート2とフリクションプレート3とを押圧し締結させるピストン6と、セパレータプレート2及びフリクションプレート3を軸方向の一端で固定状態に保持するため、クラッチケース1の内周に設けられたバッキングプレート7とそれを保持する止め輪17とを備えている。
【0026】
図1に示すように、ピストン6は、クラッチケース1の閉口端内で軸方向摺動自在に配置されている。ピストン6の外周面とクラッチケース1の内面との間にはO−リング9が介装されている。また、ピストン6の内周面とクラッチケース1の円筒部(不図示)の外周面との間にもシール部材(不図示)が介装されている。従って、クラッチケース1の閉口端の内面とピストン6との間に油密状態の油圧室11が画成される。
【0027】
ハブ4に軸方向摺動自在に保持されたフリクションプレート3は、その両面に所定の摩擦係数を有する摩擦材12が固定されている。しかしながら、摩擦材12は、フリクションプレート3及びセパレータプレート2の片面のみに設けることもできる。また、ハブ4には径方向に貫通した潤滑油供給口13が設けられ、湿式多板クラッチ10の内径側から外径側へと潤滑油を供給している。
【0028】
以上のように構成された湿式多板クラッチ10は、次のようにクラッチの締結及び解放をする。図1の状態は、クラッチ解放状態を示しておりセパレータプレート2とフリクションプレート3とはそれぞれ離れている。解放状態では、不図示のリターンスプリングの付勢力により、ピストン6はクラッチケース1の閉口端側に当接している。
【0029】
この状態でクラッチを締結するには、ピストン6とクラッチケース1との間に画成された油圧室11に油圧を供給する。油圧の上昇に伴い、リターンスプリング(不図示)の付勢力に抗して、ピストン6は、図1において軸方向右に移動し、セパレータプレート2とフリクションプレート3とを密着させる。これによりクラッチが締結される。
【0030】
締結後、クラッチを再度解放するには、油圧室11の油圧を解除する。油圧が解除されると、ピストン6はリターンスプリング(不図示)の付勢力により、クラッチケース1の閉口端に当接する位置まで移動する。すなわち、クラッチが解放される。
【0031】
(第1実施例)
図2は、図1の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレート3の第1実施例を示す部分正面図である。フリクションプレート3は、環状で鋼製のコアプレート20に環状の摩擦材12を固定して作られている。
【0032】
摩擦材12には、内径から外径へと摩擦材12を貫通する貫通溝21と、内外径間に終端を有する切欠溝22が設けられている。貫通溝21と切欠溝22とは、それぞれ周方向に等配で複数個設けられ、交互に配列されている。
【0033】
内外径間に終端を有する切欠溝22は、内径側の開口部から摩擦材12のほぼ中間位置で終端部22aを有する。
【0034】
貫通溝21を設けることにより、潤滑油をスムースに外径側に排出することができる。また、内径部に開口し、内外径間に終端を有する切欠溝22により、より有効に引き離し効果が増加する。
【0035】
フリクションプレート3に固定される摩擦材12の内径側の引き込み量Rは、外径側の引き込み量Sより大きい。このとき、セパレータプレート2の内径を大きくすると共に、セパレータプレート2の内径縁がフリクションプレート3の摩擦材12の内径縁と径方向でほぼ面一となるように構成することにより、従来の内径部のフリクションプレート3の摩擦材12とセパレータプレート2間に介在する潤滑油による、摩擦材12の内径部分の引き込み部分の引き摺りトルクをなくすることにより、湿式多板クラッチの空転ドラグを大きく低減することができる。
【0036】
(第2実施例)
図3は、図1の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレートの第2実施例を示す部分正面図である。第2実施例は、基本構成は第1実施例と同じであるが、貫通溝21の数が異なる。貫通溝21の数を、内外径間に終端を有する切欠溝22の数の3倍にしてある。第2実施例においても、セパレータプレート2の内径縁がフリクションプレート3の摩擦材12の内径縁と径方向でほぼ面一となるように構成している。
【0037】
貫通溝21の数を内外径間で終端する切欠溝22の数の2倍乃至5倍の範囲で設けることにより、潤滑油量の多い潤滑条件でも、潤滑油の排出効果が高まるという効果が得られる。第2実施例においても、フリクションプレート3に固定される摩擦材12の内径側の引き込み量Rは、外径側の引き込み量Sより大きい。
【0038】
貫通溝21の数を内外径間で終端する切欠溝22の数の2倍乃至5倍の範囲で設け、引き込み量を上述のように設定することで、従来と同等な摩擦性能と耐久性を維持し、より一層空転ドラグを低減した湿式多板クラッチを得ることができる。
【0039】
(第3実施例)
図4は、図1の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレートの第3実施例を示す部分正面図である。第3実施例では、摩擦材12が、環状の摩擦材ではなく、複数の摩擦材セグメント25の組み合わせとなっている。同形状の摩擦材セグメント25は、周方向に等間隔で配置され、コアプレート20に固定される。第3実施例においても、セパレータプレート2の内径縁がフリクションプレート3の摩擦材セグメント25の内径縁と径方向でほぼ面一となるように構成している。
【0040】
各摩擦材セグメント25の間には、コアプレート20の表面が露出した間隙が設けられ、この間隙が内径側から外径側へと貫通する貫通溝26となる。また、各摩擦材セグメント25は、周方向のほぼ中央に内径側に開口し、内外径間に終端部28aを有する切欠溝28を形成されている。切欠溝28の周方向の両側には外径側に開口し、内外径間に終端部27aを有する切欠溝27が形成されている。
【0041】
切欠溝28は、摩擦材セグメント25をコアプレート20に固定する前に形成する。しかし、摩擦材セグメント25をコアプレート20に固定した後に、摩擦材セグメント25をプレスすることで、切欠溝28を形成することもできる。
【0042】
以上説明した第1乃至第3実施例において、内径側の引き込み量Rはフリクションプレート3(コアプレート20)のスプラインの谷部より外径端までの距離Eの15%〜35%の大きさに設定することができる。このようにすると、内外径間に終端部を有する溝との相乗効果により、より有効に引き離し効果が増大する。
【0043】
また図1に示すように、各実施例において、セパレータプレート2は、フリクションプレート3の摩擦材12または摩擦材セグメント25の内径端と同径の内径を有するように構成する。言い換えると、セパレータプレート2の内径縁が、フリクションプレート3の内径縁と径方向でほぼ面一であるように構成されている。このようにすることで、フリクションプレート3のスプラインと嵌合しているクラッチハブ4とフリクションプレート3及びセパレータプレート2により内径部に画成される空間部が大きくなることにより、内径部より供給された潤滑油を内径から外径に貫通する溝により、スムースに外径側に排出することができる。
【0044】
摩擦材12や摩擦材セグメント25は、コアプレート20に接着剤を塗布して貼着固定するが、裏面に接着剤を塗布したシール状の摩擦材セグメント25や摩擦材12をコアプレート20に載置し、押圧加熱することで貼着固定することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】図1は、本発明のフリクションプレートを備えた湿式多板クラッチの軸方向部分断面図である。
【図2】本発明の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレートの第1実施例を示す部分正面図である。
【図3】本発明の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレートの第2実施例を示す部分正面図である。
【図4】本発明の湿式多板クラッチに用いられるフリクションプレートの第3実施例を示す部分正面図である。
【符号の説明】
【0046】
1 クラッチケース
2 セパレータプレート
3 フリクションプレート
4 ハブ
5 スプライン
6 ピストン
8 スプライン
10 湿式多板クラッチ
12 摩擦材
21、26 貫通溝
22、28 切欠溝
25 摩擦材セグメント
R 内径側の引き込み量
S 外径側の引き込み量
E スプライン谷部よりコアプレートの外径端までの距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内径側にスプラインを有するコアプレートの両面に摩擦材を固定し、内径側に開口して内外径間に終端部を有する切欠溝と内径から外径に貫通する貫通溝とを有するフリクションプレートと、外径側にスプラインを設けたセパレータプレートを含む湿式多板クラッチにおいて、
前記フリクションプレートに固定される前記摩擦材の内径側の引き込み量は、外径側の引き込み量より大きく、前記セパレータプレートの内径縁は、前記フリクションプレートの前記摩擦材の内径縁と径方向でほぼ面一であることを特徴とする湿式多板クラッチ。
【請求項2】
前記内径側の引き込み量は前記コアプレートのスプラインの谷部より前記コアプレートの外径端までの距離の15%〜35%の大きさであることを特徴とする請求項1に記載の湿式多板クラッチ。
【請求項3】
前記貫通溝の数は、切欠溝の数の2倍乃至5倍の範囲にあることを特徴とする請求項1または2に記載の湿式多板クラッチ。
【請求項4】
前記摩擦材は、セグメント状摩擦材であり、前記貫通溝は、前記セグメント状摩擦材の間に設けられていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の湿式多板クラッチ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−48272(P2010−48272A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−210626(P2008−210626)
【出願日】平成20年8月19日(2008.8.19)
【出願人】(000102784)NSKワーナー株式会社 (149)
【Fターム(参考)】