説明

溶射前下地洗浄方法および装置

【課題】溶射前の下地粗面化加工として行うねじ切加工後の切粉を除去し、その後の溶射皮膜の性状悪化を防止する。
【解決手段】シリンダボア内面3aに対し溶射皮膜を形成する前の下地処理として、ねじ切り加工を行い、螺旋状の溝15を形成する。下地処理加工後に、溶射ガン7の溶射ノズル部9における気体噴出機構を利用して空気を噴出させてエアブロー55を実施し、ねじ溝15に残留する切粉などの異物を除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円形の穴内面に対し、溶射皮膜を形成する前の下地処理としてねじ切加工を行った後に洗浄を行う溶射前下地洗浄方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンのアルミシリンダブロックにおいて、通常シリンダボアの内面に鋳鉄製のライナを鋳込むことで、アルミの母材とピストンの焼付きを防いでいるが、鋳鉄ライナの代わりに、鉄系の溶射皮膜をシリンダボア内面に形成するボア溶射工法がある。
【0003】
この際、例えば下記特許文献1に記載されているように、溶射開始時におけるシリンダブロックの上端部分への余剰溶射皮膜の付着を防止するために保護マスク装置を使用する場合がある。
【0004】
また、下記特許文献2には、上記した余剰溶射皮膜を、溶射皮膜形成後の後工程で除去することが記載されているが、これは、溶射皮膜を形成したシリンダボア内面をマスキング用円筒部材で覆った状態で、余剰溶射皮膜が付着した部位に対しブラスト処理またはショット処理を行って余剰溶射皮膜を除去している。
【特許文献1】特開2002−339053号公報
【特許文献2】特開2002−302755号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、シリンダボア内面に溶射皮膜を形成する際には、溶射前の下地部分を粗面化することで溶射皮膜の密着度を高めることができるが、粗面化の工法としては、ショットブラストやねじ切加工などが従来実施されている。
【0006】
このうち、特にねじ切加工の場合には、発生する切粉が加工後のねじ溝に残留しやすく、残留したまま溶射加工を実施すると、切粉が核となって溶射皮膜の表面に突起が発生するなど、溶射皮膜の性状悪化を招くこととなる。
【0007】
そこで、本発明は、溶射前の下地粗面化加工として行うねじ切加工後の切粉を除去し、その後の溶射皮膜の性状悪化を防止することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、円形の穴内面に対し、溶射皮膜を形成する前の下地処理として螺旋状の溝加工を行い、この溝加工によって形成した螺旋状の溝内に向けて気体吹付手段により気体を吹き付けつつ、前記気体吹付手段を前記螺旋状の溝に沿って移動させることを最も主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶射前の下地加工として形成した螺旋状の溝内に残留する切粉を、溝内に向けて吹き付けた気体により確実に除去することができ、その後の溶射皮膜の性状悪化を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0011】
図1は、本発明の第1の実施形態を示す溶射装置の全体構成図であり、この溶射装置は、気体吹付手段を備える溶射前下地洗浄装置を兼ねている。すなわち、この溶射装置により、ワークであるシリンダブロック1における円形の穴内面としてのシリンダボア3の内面3aに対し、図2のように溶射皮膜5を形成するが、この溶射加工の前に、溶射ガン7の先端の溶射ノズル部9から内面3aに向けて気体を吹き付けて、下地加工処理の際に内面3aに残留する切粉や異物を除去する。
【0012】
上記した下地加工処理としては、例えば図3に示すように、ボーリング加工装置のボーリングバー11の先端外周に、工具(刃)13を装着し、ボーリングバー11を回転させつつ軸方向下方に移動させることで、シリンダボア3の内面3aに対し螺旋状の溝加工、すなわち、ねじ切加工を行って粗面化し、その後形成する溶射皮膜5の密着度を高める。
【0013】
このねじ切加工によるねじ状の凹凸部となる粗面化加工部位は、ねじ溝15と、ねじ溝15相互間に形成され、ねじ溝15相互間のねじ山をねじ切り加工時に発生した切屑により除去して生成される微細凹凸部17とを備えている。
【0014】
上記したねじ溝15と微細凹凸部17とからなる粗面化加工については、本出願人が提案している特開2002−155350号公報に記載されている。
【0015】
前記図1,図2に示した溶射装置は、溶射手段としての溶射ガン7が、図1,2中で下端側に対応する先端側に溶射ノズル部9を備えており、この溶射ガン7内に、溶射用の鉄系金属からなるワイヤ19を、図1,2中の上端から挿入して溶射ノズル部9まで供給する。
【0016】
溶射ガン7は、溶射ノズル部9側から回転部21,ガス配管接続部23,ワイヤ送給部25をそれぞれ備えている。回転部21のガス配管接続部23近傍の外周には従動プーリ27を設ける一方、回転駆動モータ29には駆動プーリ31を連結し、これら各プーリ27,31を連結ベルト33によって互いに連結する。回転駆動モータ29は、規定の回転数信号の入力を受けるコントローラ35によって駆動制御され、回転部21をその先端の溶射ノズル部9とともに回転させる。
【0017】
これら回転部21および溶射ノズル部9は、溶射ガン7内のワイヤ19を中心軸線として回転し、その際ワイヤ19が回転することはない。
【0018】
ガス配管接続部23には、ガス供給源37から、水素とアルゴンとの混合ガスを供給する混合ガス配管39と、アトマイズエア(空気)を供給するアトマイズエア配管41とをそれぞれ接続する。混合ガス配管39によってガス配管接続部23内に供給された混合ガスは、その下部の回転部21内に形成してある図示しない混合ガス通路を通って溶射ノズル部9まで供給される。同様にして、アトマイズエア配管41によってガス配管接続部23内に供給されたアトマイズエアは、その下部の回転部21内に形成してある図示しないアトマイズエア通路を通って溶射ノズル部9まで供給される。
【0019】
ここで、ガス配管接続部23内の図示しない混合ガス通路およびアトマイズエア通路と、ガス配管接続部23に対して回転する回転部21内の図示しない混合ガス通路およびアマイズエア通路とをそれぞれ連通させる必要がある。この場合の連通構造としては、例えばガス配管接続部23内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路の各下端部を環状通路とし、この環状通路に、回転部21内の上下に延びる混合ガス通路およびアトマイズエア通路の上端をそれぞれ連通させることが考えられる。これにより、回転部21がガス配管接続部23に対して回転しても、回転部21内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路とガス配管接続部21内の混合ガス通路およびアトマイズエア通路とがそれぞれ常時連通することになる。
【0020】
ワイヤ送給部25は、規定の回転数信号の入力を受けて回転してワイヤ19を溶射ノズル部9に向けて順次送給する一対の送りローラ43を備えている。また、ワイヤ19は、ワイヤ収納容器45に収納してあり、ワイヤ収納容器45の上部の引出口45aから引出したワイヤ19を、一対の送りローラ47を備える容器側ワイヤ送給部49により、ガイドローラ51を経て溶射ガン7に向けて送り込む。
【0021】
溶射ノズル部9は、内部に図示しないカソード電極を備え、このカソード電極とアノード電極となるワイヤ19の先端19aとの間に電圧を印加するとともに、ガス供給源37から溶射ガン7に供給した混合ガスを図示しない混合ガス放出口から放出することで、図示しないアークを発生させて点火し、アークの熱によってワイヤ19の先端19aを溶融させる。
【0022】
この際ワイヤ19を、その溶融に伴って、容器側ワイヤ送給部49およびワイヤ送給部25を駆動して前方に順次送給する。これとともに、ガス供給源37から溶射ガン7に供給したアトマイズエアを、上記した混合ガス放出口の近傍にある図示しない開口からワイヤ19の先端19a付近に向けて放出し、上記したワイヤ19の溶融物、すなわち溶融材料を図2のように噴霧53として前方へ向けて移動させて付着させ、これによりシリンダボア3の内面3aに溶射皮膜5を形成する。
【0023】
また、ワイヤ19は、図示していないが、回転部21の下端に設けてある円筒形状の上部ワイヤガイド内に移動可能に挿入されている。
【0024】
このように構成した溶射装置は、溶射ガン7を、シリンダボア3内に対し回転させつつ挿入することで、シリンダボア内面3aに向けて、噴霧53を噴射して溶射皮膜5を形成する。この際、溶射ガン9は、溶射皮膜5が規定の膜厚となるよう上下に複数回往復移動させる。
【0025】
上記した溶射加工の前には、前述したように下地処理加工として図3に示したようにシリンダボア内面3aに対してねじ切加工を実施する。ねじ切加工には、本実施形態では特にねじ山を除去するようにして微細凹凸部17を形成しているので、細かい切粉が発生しやすく、このような切粉が特にねじ溝15に残留しやすくなっている。
【0026】
このため、本実施形態では、上記した溶射装置の気体吹付手段を構成する溶射ノズル部9の気体噴出機構となるアトマイズエア噴出機構を利用して、主にねじ溝15に残留する切粉を除去する。
【0027】
切粉を除去する方法は、図1で説明した溶射加工時と同様に、溶射ガン7の先端の溶射ノズル部9を、シリンダボア3内に対し回転させつつ挿入し軸方向に移動させた状態で行う。この際、溶射加工時での電圧印加およびワイヤ19の送給動作は行わず、また混合ガスの供給も停止した上で、図1に示すように、溶射時でのアトマイズエアのみを噴出してエアブロー55を実施する。
【0028】
このエアブロー55の噴出方向としては、図4に模式的に示すように、ねじ溝15の開き角度αの範囲内となるようにアトマイズエアの噴出口57を設定しておく。すなわち、エアブロー55の噴出方向としては、図4に噴出口57を図示するように、ねじ溝15の図4中で上部側の傾斜面15aと平行に噴出する方向のエアブロー55Aと、ねじ溝15の図4中で下部側の傾斜面15bと平行に噴出する方向のエアブロー55Bとの間にあってねじ溝15内に指向していればよい。
【0029】
これにより、エアブロー55をねじ溝15内に直接吹き付けることが可能となり、特にねじ溝15に残留する切粉を確実に除去することができる。もちろん、このとき微細凹凸部17にもエアブロー55の一部が吹き付けられるので、微細凹凸部17に残留する切粉も除去できる。
【0030】
また、溶射ガン7の回転速度と軸方向に移動速度は、エアブロー55がらせん状に形成されるねじ溝15に沿って吹き付けられるように設定する。これにより、ねじ溝15の全領域に対して切粉の除去を効率的に行うことができる。
【0031】
図5は、本発明の第2の実施形態を示す溶射装置の全体構成図である。この実施形態は、前記した第1の実施形態に対し、シリンダブロック1の下端の開口に排気ダクト59を接続し、エアブロー55により切粉を除去する際に、シリンダボア3内の空気を、図示しないファンやブロアなどの吸引装置によって吸引して排気するようにしている。その他の構成は第1の実施形態と同様である。
【0032】
すなわち、第2の実施形態においては、気体吹付手段を、円形の穴であるシリンダボア3における一方の開口3bから他方の開口3cに向けて移動させる際に、円形の穴内の空気を他方の開口3cから排出させていることになる。
【0033】
このように第2の実施形態においては、切粉を除去する際に、シリンダボア3内の空気を排気しているので、除去した切粉も排気とともに排出され、エアブロー55によって除去した切粉がシリンダボア内面3aに再付着することを防止することができる。
【0034】
また、このとき、溶射ガン7が回転しながらエアブロー55を行っているので、図6に模式図として示すように、第1の実施形態でも同様であるが、エアブロー55によるエアカーテン61が、気体噴出口周辺を境にしてシリンダボア3内を上下に分割するように形成されることになり、該エアカーテン61によって、除去した切粉がシリンダボア3の上部の開口へ移動するのを阻止でき、下部の開口3cからの切粉の排出が効率よくなされる。
【0035】
なお、上記した各実施形態では、気体吹付手段として、溶射ガン7の気体噴出機構を利用しているが、溶射ガン7とは別の専用の気体吹付ノズルを利用して、切粉を除去するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の第1の実施形態を示す溶射装置により切粉を除去している状態を示す動作説明図である。
【図2】図1の溶射装置で溶射加工を行っている状態を示す動作説明図図である。
【図3】溶射皮膜形成前のシリンダボア内面に対する下地処理加工を行っている状態を示す断面図である。
【図4】図1の溶射装置におけるエアブローの噴出方向を示す説明図である。
【図5】本発明の第2の実施形態を示す溶射装置により切粉を除去している状態を示す動作説明図である。
【図6】エアブローによりエアカーテンが形成されている状態を示す模式図である。
【符号の説明】
【0037】
3a シリンダボアの内面(円形の穴内面)
5 溶射皮膜
9 溶射ノズル部(気体吹付手段)
15 ねじ溝(螺旋状の溝)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円形の穴内面に対し、溶射皮膜を形成する前の下地処理として螺旋状の溝加工を行い、この溝加工によって形成した螺旋状の溝内に向けて気体吹付手段により気体を吹き付けつつ、前記気体吹付手段を前記螺旋状の溝に沿って移動させることを特徴とする溶射前下地洗浄方法。
【請求項2】
前記気体吹付手段を、前記円形の穴内に対し軸方向移動させつつ回転させることを特徴とする請求項1に記載の溶射前下地洗浄方法。
【請求項3】
前記気体吹付手段を、前記円形の穴における一方の開口から他方の開口に向けて移動させる際に、前記円形の穴内の空気を前記他方の開口から排出させることを特徴とする請求項1または2に記載の溶射前下地洗浄方法。
【請求項4】
前記気体吹付手段による気体の吹き付けは、前記円形の穴内面に対し溶射皮膜を形成する際に使用する溶射ガンの気体噴出機構を利用して行うことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の溶射前下地洗浄方法。
【請求項5】
円形の穴内面に対し、溶射皮膜を形成する前の下地処理として形成した螺旋状の溝内に向けて気体を吹き付けつつ、前記螺旋状の溝に沿って移動させる気体吹付手段を設けたことを特徴とする溶射前下地洗浄装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−46719(P2009−46719A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212722(P2007−212722)
【出願日】平成19年8月17日(2007.8.17)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】