説明

溶損防止用被覆部材

【課題】すぐれた耐溶損性を有するだけでなく、繰り返し熱衝撃に対する耐性を備えることによって長寿命化し、更に、表面層がその劣化を目視で把握できるような特殊な色を呈する溶損防止用被覆部材を提供する。
【解決手段】溶湯アルミと接触することによって溶損する鉄系材料等の母材に適用する被覆部材を、該母材上に、最下層のCr金属膜と、そのうえに積層するCrN膜からなるb層、上記b層及び下記a層をとを交互に積層した積層膜からなる中間層、及びTiSiN膜からなるa層を順次積層することにより構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶湯アルミとの接触により鉄系母材等に溶損が生じるのを防止するための溶損防止用被覆部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄系材料は、溶湯アルミと反応して鉄−アルミ合金を作り、つまり、溶湯アルミに溶け出す(溶損する)という問題がある。
この溶損という問題は、ステンレスを含む鉄系材料、チタン系材料、あるいは超硬材料からなる機械部品、金型や刃物その他の工具類であって、溶湯アルミと接触する機会がある部材等においても、同様に生じるものである。
【0003】
上記溶損を防止するためには、溶損対象の鉄系材料等からなる母材の表面を溶損防止用の被覆部材によって被覆するのが、簡単で効果的な手段と考えられる。この場合、溶損防止用被覆部材としては、基本的に耐溶損性を有するものであることが必要であるが、急激に溶湯アルミと接触させるのが通例であるから、耐熱衝撃性を備えることが必要であり、また、目視によって被覆材料の劣化状態を確認する必要があるため、表面層が一般的な金属色を呈するものではなく、劣化を目視で把握できるような特殊な色であることも要求される。
【0004】
上述した溶損防止用被覆部材としての各種セラミックス系材料は、耐熱性においてすぐれ、一般的に高い耐溶損効果を示すものであるが、脆いために、熱衝撃で破壊される可能性が高いものである。また、鉄系材料等からなる母材の表面にセラミックス系材料をコーティングする場合に、金色を呈するTiN(窒化チタン)は劣化を目視で把握できる点で有利なものではあるが、耐溶損効果が十分とは言えない。
一方、耐溶損効果が高いCrN(窒化クロム)〔特許文献1参照〕は、金属色を呈するために劣化状況が目視で確認できないという問題があり、更に、TiSiN(窒化チタンシリコン)は、オレンジ〜バイオレット系の色を呈するために劣化を確認しやすく、CrNよりも耐熱温度が高いために更なる耐溶損効果が期待できるが、硬度が高いために熱衝撃時に破壊が起こりやすいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−209331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の技術的課題は、基本的にすぐれた耐溶損性を有するだけでなく、繰り返し熱衝撃に対する耐性を備えることによって長寿命化し、更に、表面層がその劣化を目視で把握できるような特殊な色を呈する溶損防止用被覆部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明によれば、溶湯アルミと接触することによって溶損する母材に適用する被覆部材であって、上記母材上に、最下層と、そのうえに順次b層、中間層、及びa層を積層することにより構成され、上記最下層はCr金属膜であり、上記b層はCrN膜であり、上記中間層は、a層のTiSiN膜とb層のCrN膜とを、同じ膜が重ならないように交互に積層した積層膜であり、最外層の上記a層はTiSiN膜であることを特徴とする溶損防止用被覆部材が提供される。
【0008】
本発明に係る溶損防止用被覆部材の好ましい実施形態においては、上記母材として、ステンレスを含む鉄系材料、チタン系材料、あるいは超硬材料が用いられ、また上記a層のTiSiN膜における金属成分としては、Ti:Siが、90:10〜50:50(at.%)の範囲内にあるのが望ましく、更に、上記中間層を形成するa層とb層とを交互に積層した積層膜が、全体として2層以上であり、上記最下層、上記b層及び上記a層が各1層に形成されていて、該中間層の両側に積層されているa層及びb層を含めた積層膜の膜厚が、2〜10μmであることが望ましい。上記各膜は、通常の成膜法である物理気相成長法(PVD法)やプラズマ化学気相成長法(P−CVD法)によって成膜することができる。
【0009】
上記構成を有する本発明の溶損防止用被覆部材は、それを、耐溶損効果においてすぐれたCrNと、該CrNよりも耐熱温度が高いTiSiNとの混合多層膜によって形成しているので、それらの素材自体がすぐれた耐溶損効果を示し、しかも母材上にCr金属膜を介して硬度が低いb層のCrN膜をコーティングし、硬度が高くて耐熱性にすぐれたa層のTiSiNを最外層に配置し、中間層としては、CrN膜とTiSiN膜とを、同じ膜が重ならないように交互に積層しているので、母材と被覆部材の外表面との間に硬度分布が形成され、これにより外表面に作用する応力が緩和されると共に、被覆部材の密着性が向上し、硬度が高いTiSiNを最外層に配置しているにも拘わらず、熱衝撃時に破壊が起こるのを抑制することができる。
【0010】
更に、上記母材とCrN膜であるb層との間にCr金属膜(最下層)を形成し、Crイオンを母材に拡散させているので、これによっても被覆部材の密着性を向上させることができ、また、上記溶損防止用被覆部材においては、その膜厚を2〜10μmとすることにより、耐溶損特性を保ちつつ、熱衝撃による破損を防止することができる。
一方、上記溶損防止用被覆部材においては、硬度が高いTiSiNを最外層に配置しているが、これはCrN膜のように金属色を呈することによって被覆部材の劣化状況の確認を困難にするものではなく、オレンジ〜バイオレット系の色を呈するために、被覆部材の劣化を確認しやすくするためにも有効なものである。特に、上記最外層のTiSiNは、そのSiの配合量が20〜30(at.%)においてすぐれた耐溶損効果を示し、その範囲内では配合量を変化させることにより耐溶損特性も若干変化はするが、その配合量によって色をオレンジ〜バイオレット系の範囲で変化させることができ、被覆部材の溶損状況を目視で把握するのに適した色にして、メンテナンス時期や交換時期の判断を容易にすることができる。
【発明の効果】
【0011】
以上に詳述した本発明の溶損防止用被覆部材によれば、すぐれた耐溶損性を有するだけでなく、繰り返し熱衝撃に対する耐性を備えることによって長寿命化し、更に、表面層がその劣化を目視で把握できるような特殊な色を呈する溶損防止用被覆部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例及び比較例についての実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る溶損防止用被覆部材は、溶湯アルミと接触することによって溶損する部材にセラミック系材料をコーティングしてその溶損を防止するものであり、上記溶損する部材としては、例えばダイカスト用金型を含む溶湯アルミと接触するダイカスト用部材や、機械部品、刃物その他の工具類などがある。上記コーティングを行う母材としては、ステンレスや、ダイカスト用部材としての熱間ダイス鋼等を含む鉄系材料、チタン系材料、あるいは超硬材料が一般的である。それらの母材に上記被覆部材のコーティングを行うことにより、すぐれた耐溶損性を付与するだけでなく、繰り返し熱衝撃に対する耐性を備え、更に、表面層がその劣化を目視で把握できるような特殊な色を呈するように構成できるものである。
【0014】
上記母材上にコーティングする溶損防止用被覆部材は、表1に示すように、最下層であるCr金属膜の上に、順次b層としてのCrN膜、下記中間層、及びa層としての最外層のTiSiN膜を積層することにより構成したものであり、上記中間層を除いて各1層のものとして構成される。そして、上記中間層は上記a層のTiSiN膜とb層のCrN膜とを、同じ膜が重ならないように交互に積層した積層膜であり、全体として、少なくとも2層以上、270層(膜厚約2μm)以下が積層される。該中間層の両側に積層されている最下層、a層(膜厚1〜1.5μm)及びb層(膜厚1μm前後)を含めた多層膜の膜厚は、一般的には2〜10μm、好ましくは2.5〜3.5μmの範囲であり、この膜厚が薄くなると耐溶損特性において劣る。また、厚くなると、熱衝撃が高い場合に被覆部材が剥離する可能性が高くなる。なお、最下層のCr金属膜自体は、母材とb層の膜の接着剤的なものであるため、1μm以下が適正である。
【0015】
【表1】

上記表1における配合比は、金属成分だけで表現している。
【0016】
上記a層のTiSiN膜における金属成分としては、Ti:Siが、90:10〜50:50(at.%)の範囲内にあればよいが、耐溶損効果と生産性の面から、70:30〜80:20(at.%)の範囲内にあるのが望ましく、上記の範囲においてすぐれた耐溶損効果を示すことを確かめているが、その範囲内で配合量を変化させることにより表面の色がオレンジ〜バイオレット系の範囲で変化するので、被覆部材の溶損状況を目視で把握するのに適した色にして、メンテナンス時期や交換時期の判断を容易にすることができる。更に、上記母材とCrN膜であるb層との間にCr金属膜を形成し、Crイオンを母材に拡散させているが、このCr金属膜は、b層のCrN膜との密着性の改善にも有効に機能するものである。
なお、上記各膜の形成は、必ずしも前記PVD法やP−CVD法に限るものではない。
【0017】
以下に、本発明の実施例及び比較例についての実験結果について説明する。
【実施例1】
【0018】
母材として、φ6mmで長さ150mmの熱間ダイス鋼(SKD61材)からなるコーティングピンを用い、その表面に、表1に示す被膜部材(但し、a層及び中間層におけるTiSiN膜のTi:Siは70:30(at.%)、中間層の総積層数は90層)をアーク式イオンプレーティング法でコーティングして、本実施例の試験片を作製し、それ以外の比較例については、上記コーティングピンにそれぞれ図1中に示す被膜処理を行って試験片を作製した。
上記実施例及び比較例の試験片の長さの約半分を、るつぼ中における670℃の溶湯アルミ(ADC12)中に25時間浸漬した後、その浸漬前後の重量変化で耐溶損性を評価した。結果を図1中のグラフによって示す。
【0019】
この結果から、金属色を呈するために劣化状況の目視が困難なCrN膜を施した比較例の試験片もすぐれた耐溶損性を示すことがわかったが、本実施例の試験片は、劣化状況の目視が可能な色を呈する被膜部材ですぐれた耐溶損性を示すことが確認できた。なお、ここに示している本発明実施例の試験片では、念のために中間層の総積層数を90層としたが、この中間層を2層にしても、不完全ながら硬度についての傾斜機能が作用すると考えられ、熱衝撃時に破壊が起こるのを抑制できることを別途確認している。
【実施例2】
【0020】
母材としては、実施例1の場合と同じコーティングピンを用い、それに表2の「表面処理名」に示す拡散・成膜処理を行ったうえで、るつぼ中で650℃に加熱した溶湯アルミ(ADC12)への90secの浸漬と、25℃の冷却水中への1secの浸漬とを、2000サイクルにわたって行い、熱衝撃による破壊、亀裂及び溶損の状況を観察した。熱衝撃による破壊・溶損の状況の観察結果を表2中に示す。
【0021】
【表2】

表中に示す溶損率は、無処理の場合を100とし、実験の前後の重量変化を示す。この溶損率は、0.5%以下の微量を正確に計測できないので、それらを全て0.5%以下としている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶湯アルミと接触することによって溶損する母材に適用する被覆部材であって、
上記母材上に、最下層と、そのうえに順次b層、中間層、及びa層を積層することにより構成され、
上記最下層はCr金属膜であり、上記b層はCrN膜であり、上記中間層は、a層のTiSiN膜とb層のCrN膜とを、同じ膜が重ならないように交互に積層した積層膜であり、最外層の上記a層はTiSiN膜である、
ことを特徴とする溶損防止用被覆部材。
【請求項2】
上記母材が、ステンレスを含む鉄系材料、チタン系材料、あるいは超硬材料である、
ことを特徴とする請求項1に記載の溶損防止用被覆部材。
【請求項3】
上記a層のTiSiN膜における金属成分は、Ti:Siが、90:10〜50:50(at.%)の範囲内である、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の溶損防止用被覆部材。
【請求項4】
上記中間層を形成するa層とb層とを交互に積層した積層膜が、全体として2層以上であり、上記最下層、上記b層及び上記a層は各1層である、
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の溶損防止用被覆部材。
【請求項5】
該中間層の両側に積層されているa層及びb層を含めた積層膜の膜厚が、2〜10μmである、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の溶損防止用被覆部材。
【請求項6】
上記各膜が、物理気相成長法またはプラズマ化学気相成長法で成膜されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の溶損防止用被覆部材。

【図1】
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【公開番号】特開2010−215966(P2010−215966A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−64415(P2009−64415)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【出願人】(000102511)SMC株式会社 (344)
【Fターム(参考)】