説明

焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法及び焼入れ鉄鋼部材

【課題】鉄鋼基材の表面に形成する窒素化合物層に2GPaを超える高面圧が作用しても窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度が大きく,摺動性に優れ,磨耗に強く,焼き付き抵抗性が高い特性を有する窒素化合物層による効果を十分に生かすことができる焼入れ鉄鋼部材の製造方法及び焼入れ鉄鋼部材を提供する。
【解決手段】窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理及び焼入れ鉄鋼部材である。窒化処理で鉄鋼基材1の表面に窒素化合物層2を形成し、窒素化合物層2に覆われた鉄鋼基材1の表層部1aに窒素を拡散浸透させ、焼入れ雰囲気がアンモニアガス雰囲気,真空中,低酸素雰囲気等とする高周波焼入れにより、焼入れ後に酸化されていない窒素化合物層2を1μm以上残存させ、かつ鉄鋼基材1の表層部1aに窒素を含有した微細マルテンサイト組織を含む硬化層として200μm以上の有効硬化層深さを付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、面圧強度,耐摩耗性,曲げ疲労強度等の機械的強度に優れた機械構造部品として使用される焼入れ鉄鋼部材の製造方法及び焼入れ鉄鋼部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば、軸,歯車,ピストン,シャフト,カム等の鋼製や鋳鉄製の機械構造部品には、面圧強度,耐摩耗性,曲げ疲労強度等、機械的強度の向上のために、窒化処理,軟窒化処理,浸炭焼入れ,高周波焼入れ等の表面硬化処理を施している。
【0003】
このうち、窒化処理または軟窒化処理により鉄鋼基材の表面に形成される窒素化合物層は、摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高いことが知られている(以下、これを窒素化合物層による効果Iと呼ぶこととする。)。
【0004】
そして、窒化処理または軟窒化処理により鉄鋼基材の表面に窒素化合物層を形成する過程で鉄鋼基材に窒素が拡散浸透していく。拡散窒素を含有する鋼材は、窒素を含有しない鋼材に比べ、焼入れ後に得られるマルテンサイト組織が拡散窒素を含んだ状態で微細になり、そのため硬度が高くなり、また、焼入れ性が向上することが知られている。つまり、窒化処理または軟窒化処理による窒素拡散層の形成は、鋼材の硬度の増大をもたらす窒素拡散浸透処理としても利用可能である(以下、これを窒素化合物層による効果IIと呼ぶこととする。)。この効果IIは、窒素化合物層そのものの作用によるものでは無く、窒素化合物層を形成する際に生じた窒素化合物層の直下にある鋼材中の拡散窒素の作用によるものである。
【0005】
窒化処理または軟窒化処理による窒素拡散層の形成は、鋼材の硬度の増大をもたらすことに加え、面圧強度、疲労強度の増大をもたらす。すなわち、焼入れによって得られた拡散窒素を含有するマルテンサイト組織は、上述の硬度の増大や焼入れ性向上の他に、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗を有することに起因して高面圧強度、高疲労強度を有することが知られている。
【0006】
ところで、窒化処理後にそのまま高周波焼入れを行う場合、焼入れ温度は少なくともオーステナイト組織となる温度Ac3変態点以上が必要であり、通常、750〜1050℃の温度範囲から選択される。窒化温度570℃で形成される窒素化合物層は、鉄と窒素の結合であり、大気雰囲気で650℃以上に再加熱されると酸化を受け分解し、窒素化合物層の窒素は、最表面では窒素ガスとして放出され窒素化合物層が消失してしまう。このことは古くから報告されている(非特許文献1)。
【0007】
窒化処理と焼入れによる複合熱処理技術は、通常、窒化処理で鋼材の表層部に得られた窒素拡散層に起因する、効果IIを利用するのみであり、窒化処理で鋼材表層部に形成される窒素化合物層が拡散窒素を有していることに起因する優れた摺動性,高い摩耗強度,高い焼き付き抵抗性という特性(効果I)を利用していない。すなわち窒素化合物層が、窒化処理の後工程である焼入れの際に消失してしまうことを止む無しとしている。この技術に対する開示例は多く、例えば、特許文献1〜5の複合熱処理を挙げることができる。
【0008】
特許文献6には、600℃以上の温度で窒化処理を施し5μm以下の窒素化合物層を形成させた後に高周波焼入れを行い、2μm以下の窒素化合物層を有する焼入れ部材を得る複合熱処理方法が開示されている。本技術で窒化条件を600℃以上の高温とする理由は、高温ほど鋼材奥側へ高濃度の窒素拡散が期待できるためであるが、600℃を越える窒化処理温度で得られる窒素化合物層は硬度が低く、効果Iを有さない窒素化合物層である。すなわち、本技術も窒素化合物層による効果IIのみを期待するものであり、2μm以下の残留する窒素化合物層は無くても良い程度のものである。
【0009】
特許文献7に開示されている複合熱処理方法は、窒化処理により鋼材の表面上に窒素化合物層を形成した後、該窒素化合物層を、高周波焼入れの際に窒素化合物層が酸化や分解しないように、酸化ケイ素を成分とするガス窒化・イオン窒化防止剤,浸炭防止剤,酸化防止剤からなる1〜3mmの厚みのある保護皮膜で被覆し、その後に焼入れを行う焼入れ鋼材の製造方法である。この方法は、鋼材の表面に形成された窒化物層をそのまま高周波焼入れすることによる高温加熱での窒化物層の損傷や消失という問題を解決し、効果I,効果IIを兼ね備えようとする方法である。しかしながら、特許文献7に開示されている複合熱処理方法では、仮に加熱時での酸化現象を防止できても、酸化防止膜が1mm以上の厚膜であるために熱伝導性が低くなることから、マルテンサイト変態に必要な焼入れ時の冷却速度が不十分となり、目的とする微細マルテンサイトを得ることは実際には困難であった。すなわち、効果Iを得ることができても、効果IIを得ることはできなかった。
【0010】
特許文献8に開示されている焼入れ鉄鋼部材は、窒化処理により鋼材の表面上に硬質窒化物層を形成した後、該硬質窒化物層を、Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Cr,W,Mo及びAlから成る群の中から選択される少なくとも一種の金属酸化物を含む無機窒素化合物層(保護皮膜)で被覆し、その後に焼入れを行う焼入れ鉄鋼部材が開示されている。特許文献8は、窒化処理により硬質窒化物層を形成した後、この硬質窒化物層の上に高周波焼入れの際にこの硬質窒化物層が酸化や分解しないように保護皮膜を形成し、窒素化合物層を備えると共に鉄鋼部材に深い硬化深度を備える鋼材を製造しようとする手法である。この焼入れ鉄鋼部材は、効果I,効果IIを兼ね備えることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3193320号公報
【特許文献2】特許第3327386号公報
【特許文献3】特許第3145517号公報
【特許文献4】特開平7−90364号公報
【特許文献5】特開2007−154254号公報
【特許文献6】特開2007−77411号公報
【特許文献7】特開昭58−96815号公報
【特許文献8】特開2008−038220号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】熱処理16巻4号,P206,昭和51年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、一般的に窒化処理あるいは軟窒化処理は、浸炭焼入れ、高周波焼入れに比較して、面圧強度、疲労強度等において劣っており、例えばローラーピッチング試験を行った場合、窒素化合物層が鋼素地より剥離を生じる場合がある。硬い窒素化合物層が剥がれると、その破片はギヤ部品では致命的な損傷を与えうる。そのため、窒素化合物層は2GPaを越えるような高面圧における疲労試験においては、むしろ悪影響を与える存在であると広く信じられてきた。そのため、特許文献8に開示されている焼入れ鉄鋼部材についても、ギヤ部品では、硬い窒素化合物層が剥がれて致命的な損傷を与える虞を回避するため、高周波焼入れ後に窒素化合物層を剥離する必要があるとされてきた。
【0014】
本発明者等は、硬い窒素化合物層が鋼素地より剥離を生じ、効果Iを備えることができないことについて鋭意研究した結果、窒素化合物層の下地が硬くかつ硬い部分が深ければ、窒素化合物層が2GPaを越えるような高面圧でも剥がれることがないことを疲労試験やギヤ単体試験等によって突きとめ、窒素化合物層がギヤ部品等の必須の損傷要因にはならないことを確認した。本発明者等は、窒素化合物層が剥がれる要因が、窒素化合物層そのものの面圧強度、疲労強度が浸炭焼入れ、高周波焼入れに比較して劣っていることにあるのでは無く、窒素化合物層を支える素地の有効硬化層深さが浅いためであることを見出したのである。すなわち、窒化処理で形成した最表面の窒素化合物層が剥がれる要因は、その直下の有効硬化層深さが不足していたのである。
【0015】
本発明は、上記課題に鑑み案出されたもので、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法であって、鉄鋼基材の表面に形成する窒素化合物層について、酸化防止用の保護皮膜を被覆すること無く、高周波焼入れ後も良好な窒素化合物層が残存し、上記効果Iと効果IIとを備え、さらに窒素化合物層を支える鉄鋼素地の有効硬化層が高面圧強度、高疲労強度を備え、面圧強度,耐摩耗性,曲げ疲労強度について高い機械的強度を要求される、軸,歯車,ピストン,シャフト,カム等の機械構造部品として好適な焼入れ鉄鋼部材の製造方法及び焼入れ鉄鋼部材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明は、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法であって、窒化処理によって鉄鋼基材の表面に窒素化合物層を形成すると共に上記窒素化合物層に覆われた鉄鋼基材の表層部に窒素を拡散させ、次いで焼入れ雰囲気がアンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気若しくは低酸化雰囲気中又は真空下で高周波焼入れによって、酸化されていない窒素化合物層を1μm以上残存させ、かつ拡散窒素を表面側に含み微細マルテンサイト組織を含む200μm以上の有効硬化層深さを上記窒素化合物層の直下の鉄鋼基材の表層部に備えたことを特徴とする。
【0017】
本発明の方法によれば、鉄鋼基材の表面に窒化処理して形成する窒素化合物層について、酸化防止用の保護皮膜を被覆すること無く、高周波焼入れ時に酸化が生じないように保護することができて、高周波焼入れ後に酸化されていない窒素化合物層を1μm以上残存させるので、窒素化合物層に起因し、摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高い(窒素化合物層による効果I)、焼入れ鉄鋼部材を製造できる。また、窒素化合物層の形成過程が、鉄鋼基材の表層部に焼入れ性向上のための窒素拡散層を形成するための窒素拡散前処理としても利用され(窒素化合物層による効果II)、窒素を拡散浸透させるので、焼入れ性が向上し、その後に行う高周波焼入れにより、拡散窒素を表面側に含み微細マルテンサイト組織を含む200μm以上の有効硬化層深さを窒素化合物層の直下の鉄鋼基材の表層部に備えることができる。そして、有効硬化層深さと疲労強度は相関し、有効硬化層深さが大きくなると疲労強度が高くなる。また、焼入れによって得られた窒素含有のマルテンサイト組織は、硬度の増大や焼入れ性向上の他に、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗を有することに起因する高面圧強度、高疲労強度を有する。窒素化合物層に2GPaを越える高面圧が作用しても窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度も大きく保たれることが実証され、もって摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高い特性を有する窒素化合物層による効果を十分に生かすことができる。
【0018】
すなわち、本発明の方法によれば、窒素化合物層を健全に保ちながら、高周波焼入れによって、その層の下に厚い有効硬化層深さを得ることができ、なおかつ、その硬化領域のうちの表面側部分が、通常のマルテンサイトでは無く、窒素を含有した微細マルテンサイトであることも相まって、高面圧の疲労試験に耐えられる。
【0019】
本発明の方法によれば、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた複合熱処理によって、鉄鋼基材の表面に形成する窒素化合物層を高周波焼入れ後も酸化していない良好な状態で1μm以上残存させることができ、かつ窒素化合物層の下地である鉄鋼基材の表層部に、最表層部分に50μm以上の拡散窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むマルテンサイト組織の有効硬化層深さを200μm以上と深く形成することができるため、窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度を、従来の複合熱処理にあっては有効硬化層深さが浅くしか得られない場合に比べ、大きく確保でき、最表面の窒素化合物層の良好な摺動性を十分に生かすことができ、2GPaを越えるような高面圧下の疲労試験においても悪影響を与えないことが確認された。
【0020】
上記目的を達成するため、本発明は、鉄鋼基材に窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた複合熱処理を施されてなる焼入れ鉄鋼部材であって、鉄鋼基材の表面に硬度HV550以上のかつ酸化されていない窒素化合物層が1μm以上残存し、鉄鋼基材の窒素化合物層で覆われた表層部に、窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を越える有効硬化層深さが鉄鋼基材の表面からの距離で200μm以上存在することを特徴とする。
【0021】
上記構成によれば、高周波焼入れ後に酸化されていない窒素化合物層が1μm以上残存するので、焼入れ鉄鋼部材は、窒素化合物層に起因し、摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高い特性を有する(窒素化合物層による効果I)。窒素化合物層は、下地がマルテンサイト組織を含む厚い有効硬化層によって支えられ、なおかつ、その硬化領域のうちの表面側部分が、単なるマルテンサイト組織ではなく、窒素を含有する微細マルテンサイト組織であって、高硬度や焼入れ性向上の他に、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗を有することに起因する高面圧強度、高疲労強度を有し、2GPaを越えるような高面圧下で行う疲労試験においても悪影響を与えることがないことが実証され、窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度が有効硬化層が浅い従来品に比べ、窒素化合物層による効果Iを十分に生かすことができる。従って、上記構成によれば、効果Iと効果IIとを備え、さらに高面圧強度、高疲労強度を備えるので、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度について高い機械的強度を要求される軸,歯車,ピストン,シャフト,カム等の機械構造部品として好適である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法であって、鉄鋼基材の表面に形成する窒素化合物層について、酸化防止用の保護皮膜を被覆すること無く、高周波焼入れ時に酸化が生じないように保護することができ、高周波焼入れ後も良好な窒素化合物層が1μm以上残存し、窒素化合物層の特性に基づく機械的強度や耐摺動性,耐摩耗性等が維持される(効果I)と共に、窒素化合物層の形成により鉄鋼基材の表層部が高硬度化し焼入れ性が向上する(効果II)ことに加えて、焼き戻し軟化抵抗性、亀裂発生・成長に対する抵抗を有することに起因する高面圧強度、高疲労強度を有する焼入れ鉄鋼部材を製造することができる。
【0023】
また、本発明によれば、窒素化合物層に2GPaを越える高面圧が作用しても窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度も大きく保たれ、もって摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高い、という窒素化合物層の特性を十分に生かすことができる焼入れ鉄鋼部材を提供することができる。
【0024】
さらに本発明によれば、上記効果Iと効果IIとを備え、さらに高面圧強度、高疲労強度を備えるので、面圧強度、耐摩耗性、曲げ疲労強度について高い機械的強度を要求される軸,歯車,ピストン,シャフト,カム等の機械構造部品として好適な焼入れ鉄鋼部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施形態に係る焼入れ鉄鋼部材の模式的な製造工程図である。
【図2】実施例1の供試材に係る焼入れ後の断面状態を示す光学顕微鏡写真像である。
【図3】実施例2の供試材に係る焼入れ後の断面硬度測定結果の断面硬度分布を示すグラフである。
【図4】比較例1の供試材に係る焼入れ後の断面状態を示す光学顕微鏡写真像である。
【図5】実施例3の供試材に係る焼入れ後の光学顕微鏡写真像とSEM顕微鏡写真像である。
【図6】比較例2に係る光学顕微鏡写真像とSEM顕微鏡写真像である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施形態に係る焼入れ鉄鋼部材の製造方法及び焼入れ鉄鋼部材について、図面等を参照して説明する。
【0027】
この実施形態に係る焼入れ鉄鋼部材は、図1(a)〜(c)に示すように、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた複合熱処理方法によって製造される焼入れ鉄鋼部材であって、図1(c)に示すように、高周波焼入れ後において、鉄鋼基材1の表面1aに酸化されていない硬度HV550以上の窒素化合物層2が1μm以上残存し、該窒素化合物層2で覆われた鉄鋼基材1の表層部に表面からの距離で200μm以上のHV550を越える有効硬化層1cが生じていて、かつ表面からの距離で50μm以上の拡散窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むHV550を大きく越える高硬化層になっている焼入れ鉄鋼部材である。
【0028】
この焼入れ鉄鋼部材の製造方法は、図1(a)〜(c)に示すように、窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた複合熱処理方法による焼入れ鉄鋼部材の製造方法である。
【0029】
この製造方法は、まず、図1(a)に示す鉄鋼基材1を窒化処理設備内に置いて、350℃〜600℃に加熱して鉄鋼基材1の表面1aを窒化処理する。この場合、窒化処理設備は、塩浴軟窒化処理,ガス窒化処理,ガス軟窒化処理又はプラズマ窒化処理のいずれかとする。
【0030】
この窒化処理によって、図1(b)に示すように、鉄鋼基材1の表層部に表面からの距離で50μm以上の窒素拡散層1bを生じさせると共に、鉄鋼基材1の表面1aに硬度HV550以上の窒素化合物層2を形成する。
【0031】
次いで、窒素化合物層2を形成した鉄鋼基材1を高周波焼入れ設備内に置いて高周波焼入れする。この場合、図1(c)に示すように、焼入れ雰囲気を、アンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気又はそれらの組み合わせガス雰囲気とするか、低酸化雰囲気又は真空とする。そして、特定の鉄鋼基材の表層部について瞬時に750℃〜860℃に加熱できるように設計された高周波コイルによって、鉄鋼基材1の表層部を1〜2秒間で、長くても4秒間で750℃〜860℃に加熱し、直ちに急冷し、もって高周波焼入れを終了する。
【0032】
この高周波焼入れによって、図1(c)に示すように、焼入れ後に酸化されていない窒素化合物層1bを1μm以上残存させ、かつ該窒素化合物層2の直下の鉄鋼基材1の表層部に表面からの距離で200μm以上のHV550を越える有効硬化層1cを生じさせ、かつ表面からの距離で50μm以上の窒素拡散層1bについて、拡散窒素を含有する微細マルテンサイト組織としてHV550を大きく越える高硬化層を生じさせるものである。
【0033】
以下、詳細に分説する。
【0034】
〔基材の鋼〕
本実施形態の適用対象となる鉄鋼基材1は特に限定されず、例えば、炭素鋼,低合金鋼,中合金鋼,高合金鋼,鋳鉄等を挙げることができる。コストの点から好ましい材料は、炭素鋼,低合金鋼等である。例えば、炭素鋼としては機械構造用炭素鋼鋼材(S20C〜S58C)が好適であり、低合金鋼としては、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC236〜SNC836),ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM220〜SNCM815),クロムモリブデン鋼鋼材(SCM415〜SCM445,SCM822),クロム鋼鋼材(SCr415〜SCr445),機械構造用マンガン鋼鋼材(SMn420〜SMn443),マンガンクロム鋼鋼材(SMC420〜SMC443)等が好適である。これらの鋼材は、必ずしも調質を行うことによって焼入れ性を保証した調質鋼材(H材)を用いる必要は無く、調質されていないフェライト−パーライト組織のままのならし鋼材を用いても良い。
【0035】
〔窒化処理法及び窒素化合物層の厚さ〕
本実施形態における鉄鋼基材1の表面1aの窒素化合物層2は、鉄鋼基材1の表面1aより内部へ活性窒素を拡散浸透させていくと共に、鉄鋼基材1の表面1aに硬質で安定な窒化物を成膜する窒化処理によって得られる。窒素化合物層である限り特に限定されないが、通常は母材成分であるFeを主体とし、Ti,Zr,Mo,W,Cr,Mn,Al,Ni,C,B,Si等を含む窒化物からなる層であることが好ましい。窒素化合物層の形成方法としては、タフトライド(登録商標)処理,イソナイト(登録商標)処理,パルソナイト(登録商標)処理等の塩浴窒化処理,ガス軟窒化処理,プラズマ窒化処理等、上記効果Iを有する窒素化合物層及びその直下の鉄鋼基材部分に窒素が拡散した領
域が形成される手法であれば何れの窒化方法でも用いることができる。
【0036】
上記効果Iを有する窒素化合物層が形成されるための窒化処理の加熱温度として350℃〜600℃であることが好ましい。350℃未満で窒化処理を行うと、良好な性能を発現させるために必要な窒素化合物層を鉄鋼基材の表面に十分には形成できず、又、600℃を越えた温度で窒化処理を行うと、高温ほど鋼材奥側へ高濃度の窒素拡散が期待できるが、得られる窒素化合物層の硬度が低く、窒素化合物層による効果Iを有さない窒素化合物層になる。上限側の加熱温度としては、高硬度を得られる観点から、好ましくは580℃以下、さらに好ましくは570℃以下であることが好ましい。350℃〜600℃に加熱して窒化処理を行うと、十分な硬度と厚さを有し良好な性能を発現する窒素化合物層が得られる。
【0037】
350℃〜600℃の加熱温度でかつ用いる窒化方法に応じた適正な時間をかけて窒化処理を行うと、鉄鋼基材1の表層部1aに表面からの距離で50μm以上の窒素拡散層1bを生じさせることができる。50μm以上の窒素拡散層1bを生じさせると、この部分を高周波焼入れ後におけるビッカース硬度HV550を大きく越える高硬化層とすることができ、かつ十分な高面圧強度、高疲労強度を備えることができ、高周波焼入れ後に残存させる窒素化合物層2に2GPaを越える高面圧が作用しても窒素化合物層の鋼素地に対する剥離強度も大きく保たれ、もって摺動性に優れ、摩耗に強く、焼き付き抵抗性が高い、という窒素化合物層の特性を十分に生かすことができる。
【0038】
350℃〜600℃の加熱温度でかつ用いる窒化方法に応じた適正な時間をかけて窒化処理を行うと、鉄鋼基材1の表面1aに窒素化合物層2を形成することができる。高周波焼入れ前の窒化処理により得られる窒素化合物層2の厚さは特に限定されないが、50μm以上の窒素拡散層1bを生じさせたときの窒素化合物層2が1μm以上の厚さで形成されていれば窒化処理を終了して良い。窒化処理を行うことで、通常は1μm〜30μmの厚さで形成される。窒素化合物層2の厚さは、2μm〜20μmであることが好ましく、さらに3μm〜15μmであることが好ましい。処理時間を長くすれば30μmの厚さに形成できる。
【0039】
低酸化雰囲気以外のアンモニアガス雰囲気等の焼入れ雰囲気で高周波焼入れを行う場合は、窒素化合物層の表面の酸化を完全に抑えられる。この場合には、窒素化合物層を1μm以上の厚みに形成すれば良い。低酸化雰囲気中で高周波焼入れを行う場合には、窒素化合物層の表層部分が酸化するので、酸化する深さを考慮して窒素化合物層の厚みを決めて形成し、酸化した部分を削り取った後において少なくとも1μm以上の厚みの窒素化合物層を残存させるようにする。
【0040】
〔高周波焼入れ〕
本実施形態では、窒化処理に引き続き、窒素化合物層の酸化が防げるガス雰囲気内、低酸化雰囲気内又は真空中で高周波焼入れを行う。
【0041】
ここで、窒素化合物層の酸化が防げるガス雰囲気とは、アンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気を意味している。これらのガス雰囲気は、低酸化雰囲気よりも好ましい。真空は超高真空にするのに設備及びランニング時間が掛かるのでガス雰囲気の方が好ましい。還元性ガス雰囲気としては、例えば水素やプロパン,ブタン等の石油ガス及びそれらの変性ガスやアルコール類,エステル類,ケトン類等が挙げられる。不活性ガスとしては窒素やアルゴン等の中性ガス又はそれらの組み合わせが挙げられる。この雰囲気内であれば、本実施形態の焼入れ温度において窒素化合物層の酸化や分解が十分に抑制される。
【0042】
高周波加熱は、被処理対象物(鉄鋼基材)の表層部を750℃〜860℃に設定された加熱温度に到達する高周波加熱コイルによって行われる。750℃〜860℃の温度に到達後は、冷却剤を用いて直ちに冷却されることによって、窒素を含有する微細なマルテンサイト組織を得ることができる。
【0043】
高周波焼入れ時の加熱温度を750℃〜860℃にすると、急冷により窒素拡散層1bが微細マルテンサイト組織になり、過剰な残留オーステナイトが存在せず、良好な高周波焼入れができる。加熱温度について、より好ましい加熱温度は770℃〜840℃であり、さらに好ましい加熱温度は780℃〜830℃である。
【0044】
750℃を下回る加熱温度では、窒素が入っていて焼入れし易いとは言え、この温度では鉄鋼基材が十分にオーステナイト化されないため焼入れ不十分となる。860℃を上回る加熱温度では、窒素化合物層直下のマルテンサイト組織中に過剰な残留オーステナイトが発生し易くなるため好ましくない。
【0045】
高周波加熱は、750℃〜860℃に設定された加熱温度に到達する高周波加熱コイルによって1秒間前後で行われるのが好ましい。長くても4秒間位までを限界とするのが好ましい。高周波加熱時、処理物が大きい場合などは、予備加熱を含めた多段の昇温法を適宜行うことができる。高周波加熱による焼入れ後は、通常の焼入れ手法と同様に適当な条件にて焼き戻し処理を行っても良い。
【0046】
〔高周波焼入れの窒素化合物層への影響〕
350℃〜600℃に加熱して窒化処理を行って得られた窒素化合物でも、大気雰囲気で650℃以上に再加熱されると酸化を受けて分解してしまい、窒素化合物層の窒素は、最表面では例えば窒素ガス等として放出され窒素化合物層が消失してしまう。上記高周波焼入れは、焼入れ雰囲気がアンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気若しくは低酸化雰囲気中又は真空下で行うものであり、しかも、焼入れ時間は長くて4秒間位である。窒素化合物層2は、短い焼入れ時間内に鉄鋼基材1の表面1aからの熱伝達で加熱されるものであり、内面が高く表面が低い温度傾斜になり、表面では650℃まで温度上昇しないうちに急冷されるので、窒素化合物層2の表面の窒素が酸化や分解で消失することが十分に抑制される。
【0047】
〔断面硬度・特性〕
以上のような複合熱処理によって、鉄鋼基材の表面にはビッカース硬度換算でHV550以上有しかつ1μm〜30μmの厚みを有する窒素化合物層を備えると共に、鉄鋼基材の窒素化合物層の直下には、表面からの距離で200μm以上の有効硬化層深さ(ビッカース硬度換算でHV550以上有する層の深さ)のマルテンサイト組織を得ることができ、なおかつ、該有効硬化層深さの最表層部分の50μm以上深さには、通常のマルテンサイト組織では無く、拡散窒素を含有した微細マルテンサイト組織を含みビッカース硬度がHV550を大きく越える高硬質層を得ることができる。
【0048】
HV550以上の有効硬化層は、深さ方向の硬度が均一ではなく、表面から内部に向かって漸減する硬度分布を有し、窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含む硬質層ではHV550を大きく越える硬度、例えばHV630以上の硬度が得られる。窒素を含有する微細マルテンサイト組織を含むマルテンサイト組織の有効硬化層深さは、拡散窒素を含有した微細マルテンサイト組織の深さ、高周波焼入れ温度及び鉄鋼基材の種類等の条件設定によって400μm以上、さらに600μm以上存在するように硬度分布を持つ鉄鋼材料を得ることができる。
【0049】
〔焼入れ後の窒素化合物層〕
本実施形態によれば、高周波加熱後、窒素化合物層は残存するが、窒素化合物層は高周波加熱前の窒素化合物層状態に対し必ずしも100%残存する必要は無く、最低膜厚として1μm以上の窒素化合物層厚さが残存すれば良い。より好ましくは2μm以上の残存であり、さらに好ましくは3μm以上の残存である。窒素化合物層について、酸化や分解を受けた表層部は必要に応じて除去しても良く、それによって窒素化合物層の厚さが減じても、最低膜厚として1μm以上残存すれば良い。酸化や分解を受けた窒素化合物層の表層部は脆く硬度が低いため除去は容易であり、例えばラッピング処理,エメリー紙研磨,バフ研磨,ショットブラスト,ショットピーニング等によって行うことができる。
【0050】
〔本実施形態の処理による鋼材部品の特徴〕
上記実施形態の製造方法によって、窒素化合物層の窒素化合物層による効果Iと効果IIを兼ね備え、さらに高面圧強度,高疲労強度を備える機械部品が得られる。すなわち、本実施形態の処理が施された機械部品は、最表面に形成された窒素化合物層による高い摺動性,耐焼付き性を有し(効果I)、かつ窒素含有微細マルテンサイト組織による高硬度,高い焼き戻し軟化抵抗性,亀裂発生・亀裂成長抵抗性,高耐面圧強度,高疲労強度を有し、深い有効硬化層深さを有している。
【0051】
本実施形態に係る複合熱処理による高周波加熱によって焼入れする加熱温度は750〜860℃であり、通常900℃を越える温度で行う高周波焼入れや浸炭焼入れに対して、焼入れ温度は十分に低い。これは熱変形や焼き割れにおいて極めて有利であり、一般的な高周波焼入れや浸炭焼入れ後に行う寸法精度調整のための後切削工程の大幅な低減を可能とするものである。
【0052】
先に述べたように本実施形態の適用対象となる鉄鋼材料は、窒素による効果IIの焼入れ性向上作用のために調質鋼を用いる必要は無く、非調質鋼であるフェライト−パーライト組織の鋼でも十分な機械強度を得られる。また合金鋼の方がやや高い表面硬度が得られる傾向はあるものの、窒素による効果IIにより、安価な炭素鋼であっても十分に深い有効硬化層深さが得られる。例えば、S45Cなどの機械構造用炭素鋼においても、十分な硬度、かつ十分な深さの硬度プロファイルを持つ熱処理材となる。また、そのS45Cでさえ、調質材である必要は無く、非調質のフェライト−パーライト組織の鋼部材に本実施形態の熱処理を適用しても、十分な機械的強度を有する熱処理機械部品となり得る。
【0053】
以上のように本実施形態の適用により、部品の機械強度の向上、切削工程の低減や安価な材料への切り替えによって、部品の小型化による機械部品全体の小型・軽量化及び窒化処理と高周波焼入れとの複合処理によるコスト増を補って余るだけの実質コストの低減が可能となる。
【0054】
〔用途〕
本発明に係る焼入れ鉄鋼部材は、面圧強度,耐摩耗性,曲げ疲労強度等の機械的強度に優れた機械構造部品として使用されるのが好適であり、特に高負荷・高面圧領域で使用されるものに好適である。本発明に係る焼入れ鉄鋼部材は、鉄鋼部材の形状、部品種について特に限定はない。焼入れ鉄鋼部材として、例えば、軸,歯車,ピストン,シャフト,カム等を挙げることができ、自動車や建機のミッション関連部品,パワートレイン用部品に好適である。
【実施例1】
【0055】
鉄鋼基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間、塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング株式会社製)して油冷し、鋼材基材の表面に厚さ7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0056】
次いで、アンモニアガス雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して鋼材基材の表面に高周波を加え、該表面を0.8秒間掛けて860℃に加熱し、保持時間を掛けずに、直ちに急冷(水冷)して焼入れを行った。
【0057】
得られた焼入れ鉄鋼部材について以下の評価試験を行った。
【0058】
焼入れ鉄鋼部材をマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った結果、図2に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材基材の表面に酸化されていない厚さ7μmの窒化鉄が残存していることを確認した。また、この埋め込みサンプルを用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて断面硬度測定を行った。その結果、鋼材基材の表面から0.1mmの深さにおけるビッカース硬度を測定したところ、816Hvであった。また、有効硬化層となるビッカース硬度550Hvの深さを測定したところ、表面から1.25mmであった。
【実施例2】
【0059】
鉄鋼基材として直径8mm、長さ50mmのS45C調質材を用い、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で2時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材基材の表面に厚さ13μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0060】
次いで、アルゴンガス雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して鋼材基材の表面に高周波を加えて、その表面を1.0秒間掛けて820℃に加熱し、保持時間を掛けずに、直ちに急冷(水冷)して焼入れを行った。
【0061】
得られた焼入れ鉄鋼部材について以下の評価試験を行った。
【0062】
焼入れ鉄鋼部材をマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行った。その結果、鋼材基材の表面に酸化されていない厚さ10μmの窒化鉄が残存していることを確認した。
【0063】
また、この埋め込みサンプルを用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて断面硬度測定を行った。図3は測定結果の断面硬度分布を示している。断面硬度分布として鋼材基材の表面から0.1mmの深さにおけるビッカース硬度は720Hvであり、有効硬化層となるビッカース硬度550Hvの深さは、表面から0.74mmであった。
【0064】
〔比較例1〕
基材として直径8mm、長さ50mmのSCM440調質材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、溶融塩浴中において560℃で1時間塩浴軟窒化処理(イソナイト処理:日本パーカライジング(株)製)して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0065】
次いで、大気雰囲気中で高周波焼入れ装置を使用して鋼材基材の表面に高周波を加えて、この表面を0.8秒間掛けて860℃に加熱し、保持時間を掛けずに、直ちに急冷(水冷)して焼入れを行った。得られた焼入れ鉄鋼部材について以下の評価試験を行った。
【0066】
焼入れ鉄鋼部材をマイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行い、図4に示す顕微鏡写真像が得られた。この顕微鏡写真像により、鋼材基材の表面に酸化されていない状態に残存する窒化鉄は厚さ1μm未満になっていることを確認した。また、この埋め込みサンプルを用いて、マイクロビッカース硬度計を用いて断面硬度測定を行った。その結果、鋼材基材の表面から0.1mmの深さにおけるビッカース硬度を測定したところHv815であった。また、有効硬化層となるHv550以上の深さを測定したところ、表面から1.28mmまであった。
【0067】
表1に、実施例1と実施例2と比較例1の各測定結果の数値の一覧にして示す。
【0068】
【表1】

【0069】
〔実施例1と実施例2と比較例1の比較評価〕
実施例1、実施例2においては、図2から、高周波焼入れ後においても表面の窒素化合物層が大きくダメージを受けることなく残存していた。実施例1、実施例2の焼入れ鉄鋼部材は、酸化していない窒素化合物層が1μmよりも大きい十分な厚さで残存するので、効果I、効果IIを得られ、さらに有効硬化層が200μm以上有し、かつHv550を大きく越えた高硬化層が0,1mm以上存在するので、窒素化合物層が高面圧強度、高疲労強度を備える。
【0070】
比較例1においては、図3から、窒素化合物層全部が酸化している様子が観察された。従って、比較例1の焼入れ鉄鋼部材は、窒素化合物層が無いので効果Iが得られず、効果IIのみを得られる。
【実施例3】
【0071】
直径3mm、長さ10mmの大きさの、かつ表2に示す化学組成のSCM440よりなる供試材を使用し、この表面を脱脂洗浄したのち、500℃で8時間プラズマ窒化処理して油冷し、鋼材表面に厚さ約7μmの窒化鉄を主体とする窒素化合物層を形成した。
【0072】
次いで、真空(10-4Torr以下)中で高周波焼入れ装置を使用し、供試材の表面に高周波を加えてこの表面を3秒間掛けて種々の温度に加熱し、保持時間を掛けずに、直ちに急冷(水冷)して焼入れを行った。その結果、加熱温度が高いほど窒素化合物層2の表面の分解度合いが大きくなることが確認された。そして、真空中での高周波焼入れにおいては、830℃に加熱して急冷したときが、窒素化合物層2の表面の分解が最も抑制されることが確認された。
【0073】
図5は、焼入れ時加熱温度が830℃としたときに得られた焼入れ供試材について、マイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行って得られた光学顕微鏡写真像とSEM顕微鏡写真像である。
【0074】
表2に実施例3のSCM440の供試材の化学組成と、SCM440のJIS規格の化学組成を比較した一覧表を示す。
【0075】
【表2】

【0076】
〔比較例2〕
実施例3と同じ窒素化合物層を形成した供試材を使用し、真空引きして大気で常圧までパージした大気雰囲気中で供試材の表面に高周波を加え、その表面を3秒間掛けて820℃に加熱し、保持時間を掛けずに、直ちに急冷(水冷)して焼入れを行った。得られた焼入れ供試材について、マイクロカッターで切断し、樹脂中に埋め込み、金属顕微鏡により断面観察を行って得られた光学顕微鏡写真像とSEM顕微鏡写真像である。その結果、図6に示すように、窒素化合物層の一番深いところまで酸化し分解している様子が観察された。
【0077】
〔その他の実施形態及び実施例〕
本発明は上記の実施形態及び実施例の例示に限定されるものでなく、特許請求の範囲の技術的範囲には、発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々、設計変更した形態が含まれる。
【符号の説明】
【0078】
1 鉄鋼基材
1a 鉄鋼基材表面
1b 窒素拡散層
1c 有効硬化層
2 窒素化合物層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法であって、
窒化処理によって鉄鋼基材の表面に窒素化合物層を形成すると共に上記窒素化合物層に覆われた鉄鋼基材の表層部に窒素を拡散させ、次いで焼入れ雰囲気がアンモニアガス雰囲気,不活性ガス雰囲気,還元性ガス雰囲気若しくはそれらの組み合わせガス雰囲気若しくは低酸化雰囲気中又は真空下で高周波焼入れによって、酸化されていない窒素化合物層を1μm以上残存させ、かつ拡散窒素を表面側に含み微細マルテンサイト組織を含む200μm以上の有効硬化層深さを上記窒素化合物層の直下の鉄鋼基材の表層部に備えた、焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法。
【請求項2】
高周波焼入れ時の加熱温度を750℃〜860℃とする、請求項1に記載の焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法。
【請求項3】
前記窒化処理を、塩浴軟窒化処理,ガス窒化処理,ガス軟窒化処理又はプラズマ窒化処理のいずれかで行うことにより、前記鉄鋼基材の表面に前記窒素化合物層を1μm〜30μmの深さに形成する、請求項1又は2に記載の焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法。
【請求項4】
前記窒化処理の処理時の温度を350〜600℃とする、請求項3に記載の焼入れ鉄鋼部材の複合熱処理方法。
【請求項5】
鉄鋼基材に窒化処理と高周波焼入れとを組み合わせた複合熱処理を施されてなる焼入れ鉄鋼部材であって、
上記鉄鋼基材の表面に硬度HV550以上のかつ酸化されていない窒素化合物層が1μm以上残存し、上記鉄鋼基材の上記窒素化合物層で覆われた表層部に、窒素を含有する微細マルテンサイト組織を表面側に含みかつHV550を越えるマルテンサイト組織の有効硬化層深さが上記鉄鋼基材の表面からの距離で200μm以上存在する、ことを特徴とする焼入れ鉄鋼部材。



【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−32536(P2011−32536A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180180(P2009−180180)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(390029089)高周波熱錬株式会社 (288)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】