説明

生物時計を調節するタンパク質及びその遺伝子

【課題】生物時計の調節の中心となるBmal1遺伝子の調節機構を解明し、細胞レベルでの概日リズム調節剤として用いることができ、概日リズム失調症患者に対しての治療用医組成物を提供する。
【解決手段】Bmal1遺伝子プロモーター下流に位置する「NMLR領域」に結合するタンパク質又はそれをコードするポリヌクレオチド、又はSAF−Aタンパク質の不活性化剤もしくは転写発現阻害剤を用いることで、Bmal1遺伝子の転写発現を調節することによる概日リズム調節剤。「NMLR領域」を含むDNAを用いてトランスジェニック動物を作製することで、概日リズムを全く失ったモデル動物を提供でき、また「NMLR領域」を用いたプローブ、プライマーからなる概日リズム異常診断剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物時計を司っている遺伝子のうち、最も重要なBmal1遺伝子の転写発現を、核マトリックス蛋白SAF-A(hnRNP-U)又はその遺伝子を用いて調節することにより、生物の概日リズムを制御することに関する。また、Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域を用い、概日リズムを全く失ったモデル動物を作製することにも関する。
【背景技術】
【0002】
単細胞生物からヒトに至るまで、多くの生物の生命活動には一定の生体リズムが備わっており、そのうち、約24時間を周期とする生物リズムは、概日リズム(サーカディアンリズム)とよばれる。
ヒトを含む哺乳類における概日リズムは、体内の睡眠−覚醒、摂食、飲水、体温、内分泌、代謝あるいは免疫機能などの種々の生理現象に認められ、主に脳視床下部の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus:SCN)の生物時計により調節される。SCNでは、特に種々の体内時計遺伝子、その制御遺伝子により調整されている。
典型的な体内時計遺伝子としては、PERIOD2が、また制御遺伝子としてはBMAL1やCLOCK、CRYが知られているが、これら遺伝子の中で、生物時計調節の中心となるのがBmal1遺伝子であると考えられている(非特許文献1)。Bmal1遺伝子をノックアウトしたマウスでは、行動のリズムが全く見られなくなり、生物リズムが全く破壊された振舞いをするのに対して、他の時計遺伝子PERIOD(Period)やCRY(Cryptochrome)等をノックアウトしても、活動周期に異常が観察されるのみであり、Bmal1遺伝子が、既知の生物時計調節に関わる遺伝子の中で、単一遺伝子の破壊において行動リズム形成を全く示さなくなる唯一つの遺伝子である。さらにBmal1遺伝子ノックアウトマウスでは時計中枢である視交叉上核(SCN)において時計遺伝子Period1およびPeriod2の発現がほぼ完全に抑えられていることも、Bmal1遺伝子が生物時計調節の中心遺伝子であるといわれる所以である。
一方、サーカディアンリズムを司るBmal1遺伝子自身の転写、発現もほぼ24時間でリズミックに変動している。これまでに、当該Bmal1遺伝子の転写、発現の制御に関しては、正の調節因子であるRORαや負の調節因子であるREV-ERBαが見出されており、これら調節因子を介した制御機構の存在は想定されている。しかしながら核内における実際のBmal1遺伝子の転写、発現の概日リズム自身を調節する正確な制御機構は不明であった。
【非特許文献1】Cell, 2000, 103, 1009-1017
【非特許文献2】EMBO J., 1992, 11, 2655-2664
【非特許文献3】Nature Struc. Mol. Biol., 2005, 12, 238-244
【非特許文献4】J. Biol. Chem., 1997, 45, 28471-28478
【非特許文献5】Transgenic Res., 2005, 14, 179-192
【非特許文献6】Neurosci. Lett., 2003, 341, 111-114
【非特許文献7】Neuron, 2004, 43, 527-537
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
生物時計の調節の中心となるBmal1遺伝子の転写、発現を調節している物質を遺伝子レベルで解明することで、Bmal1遺伝子の調節機構を解明し、細胞レベルでの概日リズムの制御を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Bmal1遺伝子のプロモーター下流の領域に存在する「核マトリックス様領域(NMLR:Nuclear Matrix-Like Region)」が、Bmal1遺伝子の転写を抑制すると同時に概日リズムを失わせることを見出し、当該NMLRにSAF-Aタンパク質が結合すると、Bmal1遺伝子プロモーターの転写活性能及び概日リズムが回復するという知見を得た。
SAF-Aタンパク質は、heterogous nuclear ribonucleoprotein (hnRNPs)中の構成成分の一つとして見出され、RNAのプロセッシングに関与していると考えられていた(非特許文献2)。また、核マトリックスやスカッフォルドの構成成分として核内の構造維持に機能しているタンパクとして見出されており(非特許文献2)、アクチン(actin)と協調的に機能することによりRNA polymerase IIを介した転写調節に関与している物質としても知られていた(非特許文献3)。さらにグルココルチコイド・レセプター(GR)と結合してGRの転写調節機能を調節していることも知られ(非特許文献4)、個体発生においては、一定量のSAF-Aが必要不可欠であることも報告されており(非特許文献5)、きわめて多岐にわたる多機能物質である。
しかしながら、SAF-Aタンパク質における生物時計に関連した知見としては、SAF-Aタンパク質が時計中枢組織であるSCNにおいてサーカディアンリズムを持って発現していること(非特許文献6)のみであり、生物時計の調節への関与は全く知られておらず検討もされていなかった。
【0005】
本発明者らは、Bmal1遺伝子プロモーター領域に着目し、まずBmal1遺伝子プロモーター領域中のROREを含む上流配列のみを導入した場合に、概日リズムを示すことを確認した上で、さらに下流の領域を含めて導入するとBmal1プロモーター活性の概日リズムが観察されないことを見出した。Bmal1遺伝子プロモーター領域中のROREは、RORαおよびREV-ERBα認識配列とも呼ばれ、RORαおよびREV-ERBαが結合することで、それぞれBmal1遺伝子プロモーター活性を活性化および抑制することが知られている(非特許文献7)。上記の結果は、Bmal1遺伝子プロモーターのROREよりも下流の領域にBmal1転写に関する調節領域の存在を示唆しており、当該調節領域は、当該調節領域への結合物質と共に核マトリックス様構造を形成してBmal1転写を制御しているものと想定し、当該領域を「核マトリックス様領域(NMLR:Nuclear Matrix-Like Region)」と名付けた。そして、当該NMLR領域に結合する物質こそがBmal1転写の調節物質であると予測して探索したところ、その物質がSAF-Aタンパク質であることを同定した。さらなる実験により、SAF-Aタンパク質による「NMLR領域」を介したBmal1遺伝子の転写調節機構を解明し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] SAF-Aタンパク質とBmal1遺伝子プロモーター下流に位置する「NMLR領域」との結合状態を調節することで概日リズムを調節する概日リズム調節剤であって、以下の(a)〜(d)を有効成分として含むことを特徴とする概日リズム調節剤;
(a)SAF-Aタンパク質、
(b)動物細胞内で機能するプロモーターと連結したSAF-Aタンパク質遺伝子を含むポリヌクレオチド、
(c)SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合阻害物質、
(d)SAF-Aタンパク質遺伝子の転写又は発現抑制物質。
[2] 前記(c)の結合阻害物質が、SAF-A抗体である、前記[1]に記載の概日リズム調節剤。
[3] 前記(c)の結合阻害物質が、配列番号2で示される塩基配列、又は少なくとも配列番号12で示される塩基配列を含むその部分配列からなるポリヌクレオチドである、前記[1]に記載の概日リズム調節剤。
[4] 前記(c)の結合阻害物質が、配列番号12で示される塩基配列、またはその部分配列であって、配列番号14,配列番号15,配列番号16もしくは配列番号17を含む塩基配列からなるポリヌクレオチドである、前記[1]に記載の概日リズム調節剤。
[5] 前記(d)の転写又は発現抑制物質が、SAF-Aタンパク質遺伝子のsiRNA、miRNA、アンチセンスRNA、アンチセンスDNA、又はリボザイムである、前記[1]に記載の概日リズム調節剤。
[6] 被検物質を、あらかじめSAF-Aタンパク質を結合させておいた「NMLR領域」に対して作用させ、SAF-Aタンパク質を解離させることができる物質を検索することによる、SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合阻害物質のスクリーニング方法。
[7] 前記[6]に記載のスクリーニング法により得られた結合阻害物質を用いることを特徴とする、SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合状態を調節することで概日リズムを調節する概日リズム調節剤。
[8] 前記[1]〜[5]の何れか又は前記[7]に記載の概日リズム調節剤と共に、薬物学的に許容しうるキャリヤーを含有する、概日リズム調節用医薬組成物。
[9] 配列番号2で示される塩基配列、もしくはその部分配列であって、少なくとも連続した15塩基以上の配列を含む塩基配列からなるポリヌクレオチド。
[10] 配列番号8又は配列番号9で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド。
[11] 前記[9]又は[10]に記載のポリヌクレオチドからなるプローブ又はプライマー。
[12] 前記[11]に記載のプローブ又はプライマーを用いることを特徴とする、概日リズム異常検出用診断剤。
[13] 配列番号2で示される塩基配列の部分配列が、少なくとも配列番号13で示される塩基配列を含む前記[9]に記載のポリヌクレオチド。
[14] 前記[13]に記載のポリヌクレオチドを用いて形質転換された非ヒトトランスジェニック動物であって、概日リズムを失ったモデル動物。
【発明の効果】
【0007】
本発明のSAF-Aタンパク質又はその遺伝子を用いることで、Bmal1遺伝子プロモーターの活性が低下もしくは変調している場合に、それを回復でき、正確な概日リズムを回復することができる。すなわち、概日リズム調節剤として用いることができ、概日リズム失調症患者に対しての治療用医薬組成物として用いることができる。
また、SAF-Aタンパク質の不活性化剤又はSAF-A遺伝子の転写発現の阻害剤も,反対の作用の概日リズム調節剤として用いることができる。
一方、Bmal1遺伝子プロモーター下流の「NMLR領域」は、染色体中に導入されても核内に大量に存在するはずのSAF-Aタンパク質の作用を単純には受けないことから、当該領域の塩基配列からなるポリヌクレオチドを用いた非ヒトトランスジェニック動物を作製することにより、概日リズムを全く失ったモデル動物を提供することができる。また、NMLR領域の塩基配列における変異を検出することで、概日リズム異常の診断ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のSAF-Aタンパク質について:
本発明の実施例1〜4で用いたSAF-Aタンパク質はヒト由来のものであるが、Bmal1遺伝子プロモーター、RORα,REV-ERBαなどの調節因子などはマウス由来であり、ヒトSAF-Aタンパク質がこれらDNAに有効に機能していることからも、種を超えた互換性がきわめて高いばかりか、実施例5に示されるように、ショウジョウバエでのSAF-Aホモログの挙動もヒトSAF-Aタンパク質と類似しているように、進化の過程でSAF-A活性機能も保存され、普遍性を備えていると考えられる。
したがって、本発明においてSAF-Aタンパク質というとき、ヒト由来のSAF-Aタンパク質のみならず、マウスなど哺乳類由来SAF-Aタンパク質が包含されており、さらに他の生物種由来のSAF-Aと相同性が高くかつSAF-A活性を有するタンパク質、例えばショウジョウバエのCG30122も包含される。また、SAF-Aタンパク質としては、SAF-Aのアミノ酸配列全長である必要はなく、SAF-A活性を保持してさえいれば、SAF-Aタンパク質部分配列で足り、一部のアミノ酸を適宜他のアミノ酸に置換させた配列,または任意のアミノ酸を適宜付加した配列も包含される。すなわち、本発明でSAF-Aタンパク質というとき、SAF-Aタンパク質活性を有する各種生物由来のSAF-Aタンパク質、好ましくは動物由来、より好ましくは哺乳動物由来のSAF-Aタンパク質であって、そのアミノ酸配列の全長配列又はSAF-Aタンパク質活性を失わない程度のアミノ酸が置換もしくは除去された配列を有するタンパク質を指す。
同様に、本発明において「SAF-A遺伝子」というとき、上記定義した「SAF-Aタンパク質」をコードするポリヌクレオチドを指す。
【0009】
本発明において、「SAF-Aタンパク質活性」とは、Bmal1遺伝子のプロモーター下流の「NMLR領域」に結合することにより、「NMLR領域」に内在的に存在している“Bmal1プロモーターの転写を阻害し、かつ概日リズムを消失させる活性”を抑制することによりBmal1遺伝子のプロモーター活性を適切に調節しBmal1遺伝子の概日リズムを持った転写を起こさせるようにする機能をいう。
【0010】
本発明において、「NMLR領域」とは、Bmal1遺伝子のプロモーター領域中のRORE直後からなるGC-richの領域、すなわち+22〜+473位の領域(配列番号2)を指すが、その部分配列であっても、少なくとも配列番号13に示される「SAF-Aタンパク質結合領域」(SAF-Aタンパク質の結合に必須の領域)を有していればその機能を保持している。「NMLR領域」には、Bmal1遺伝子プロモーターの活性を抑制し、かつ概日リズムを消失させる作用があるが、SAF-Aタンパク質が結合することでその作用を失うので、SAF-Aタンパク質自身の持つ概日リズムを反映して、若干の位相差(約6時間)を持って概日リズムを刻んでBmal1遺伝子プロモーターの活性が回復してBmal1遺伝子の転写が起こる。その模式図を図8として示す。
【0011】
本発明のSAF-Aタンパク質は、細胞内の概日リズム調節の中心的遺伝子であるBmal1遺伝子の概日リズムを持った転写発現において、Bmal1遺伝子プロモーターの転写機能が低下している場合、または転写の概日リズムが狂っている場合に、その概日リズム調節剤として用いることができる。
本発明のSAF-Aタンパク質又はその遺伝子を含む概日リズム調節剤は、細胞レベル、組織レベルでの調節に用いることはもちろん、ヒトまたは他の哺乳類,鳥類など動物一般において、概日リズムが低下した場合、又は狂った場合に、これらヒトを含む動物に対して、治療用医薬組成物として投与することができる。
SAF-Aタンパク質を細胞内に投与するためには、SAF-Aタンパク質を直接導入することもできるが、通常はSAF-Aタンパク質遺伝子を、対象の細胞内で機能するプロモーターの下流に連結して、又は既知の発現ベクターに挿入して導入する。その際に用いるベクターとしては、導入しようとする細胞に適した通常のベクターを用いることができる。例えば、哺乳動物細胞に導入するためには、レトロウイルスベクター、アデノウィルスベクターなどウイルス由来ベクターが用いられる。遺伝子治療用に用いる場合は、これらウイルス由来ベクターの他、pCXN2(Gene,108:193-200,1991)など動物の体内で発現し得る公知のプラスミドなども用いられる。
【0012】
また、反対に、細胞内で本来発現しているSAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合を阻害するか、SAF-Aタンパク質遺伝子の転写、発現を抑制することなどにより、細胞内でのSAF-Aタンパク質活性を抑制することで、Bmal1遺伝子の転写活性を弱めると同時に概日リズムも弱めることができるので、これらのSAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害物質及びSAF-A遺伝子の転写又は発現抑制物質も概日リズム調節剤として用いることができる。
SAF-A遺伝子の転写発現を抑制するためには、既知のSAF-Aタンパク質遺伝子の塩基配列から設計したsiRNA、miRNAなどのRNA干渉や、アンチセンスRNA、アンチセンスDNAなどのアンチセンス技術、又はリボザイムなどが適宜用いられる。また、SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合を阻害するためには、SAF-Aタンパク質モノクローナル抗体(α-SAF)など、SAF-Aタンパク質抗体を用いることができる。
また、「NMLR領域」である配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド自身をSAF-A活性阻害物質として用いることができる。その際に、配列番号2で示される塩基配列の全長は必要なく、SAF-Aタンパク質との結合活性を有している程度の長さがあれば十分である。例えば、配列番号2の部分配列のうちの少なくとも「SAF-A結合領域」に相当する配列番号13で示される塩基配列を含むその部分配列を用いることができる。また、実際にSAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害を確認した「SAF-A結合配列(配列番号12)」、又はその部分配列であって、「SAF-A結合配列1(配列番号14)」、「SAF-A結合配列2(配列番号15)」「SAF-A結合配列3(配列番号16)」もしくは「SAF-A結合配列4(配列番号17)」のいずれかを含む部分配列を結合阻害剤として用いることができる。
ここで、SAF-Aタンパク質活性を抑制するSAF-Aタンパク質活性調節剤の場合にも、SAF-Aタンパク質又はその遺伝子からなる概日リズム調節剤と同様に概日リズム調節用の医薬組成物として用いることもできるが、SAF-Aタンパク質は,生体内で重要な多機能物質であることから、生体内全体に亘ってSAF-Aタンパク質活性を低下させることは好ましくないので、概日リズム調節用医薬組成物として用いる場合には、通常生物時計を司る中枢神経など神経特異的に発現するプロモーター(エンハンサー)などに繋いで用いる。
【0013】
上記SAF-A関連タンパク質又は関連ポリヌクレオチドを概日リズム調節のための治療用医薬組成物として用いる際には、薬物学的に許容しうる公知のキャリヤーを含有する。そのような薬物学的に許容しうるキャリヤーは、水性または非水性溶液、懸濁液および乳濁液であってもよく、さらに、保存剤および他の添加物を有していてもよい。非水性溶媒の例は、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、植物油、例えばオリーブ油、および注射しうる有機エステル、例えばオレイン酸エチルである。水性キャリヤーは、生理食塩水および緩衝化媒質を含む、水、アルコール性/水性溶液、乳濁液または懸濁液を包含する。
また、投与の際には、通常、静脈内、筋肉内および皮下投与により投与される。治療学的に有効な用量は、タンパク質の場合は、0.1μg/kg〜1mg/kgであり、好ましくは1μg/kg〜100μg/kgである。遺伝子治療の場合の1回あたりの投与量は、は、104〜1011DNA又はRNA分子、好ましくは、105〜1010DNA又はRNA分子である。
【0014】
本発明の「NMLR領域」もしくはその領域中の「SAF-A結合領域」を含むDNAは、染色体中に導入された場合に転写の方向性を持たず、核内に大量に存在するSAF-Aタンパク質の作用もほとんど受けないと考えられることから、当該領域の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、通常の遺伝子導入法を用いてトランスジェニックマウスなど、非ヒトトランスジェニック動物を作製することにより、概日リズムを全く失ったモデル動物を提供することができる。トランスジェニック動物の作製方法は、常法通りであり、例えばドナー動物から受精卵を採取し、マイクロキャピラリーで受精卵前核へ、「NMLR領域」もしくはその領域中の「SAF-A結合領域」を含むDNAを注入し、その受精卵をレシピエント動物の卵管内に移植して分娩させる方法を用いることができる。
【0015】
また、当該「NMLR領域」は、概日リズム調節にとって、きわめて重要な配列であることから、当該配列の異常は重大な概日リズム調節異常となって表現される可能性が高い。したがって、当該塩基配列(配列番号2)またはその1部配列を用いて設計したプローブ又はプライマーは、概日リズム異常検査試薬として用いることができる。
その際のプローブ、プライマーの長さは、少なくとも15塩基以上の長さであることが好ましく、より好ましくは18塩基以上であり、20塩基以上の長さが最も好ましい。
典型的には、配列番号8及び配列番号9のプライマーセットを用いることができる。
【実施例】
【0016】
以下に、実施例をあげてこの発明を更に具体的に説明するが、この発明の範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
なお、本発明の実施例では、典型的な哺乳類SAF-Aタンパク質であるヒト由来のSAF-Aタンパク質及びその遺伝子を用いており、ヒト由来SAF-Aタンパク質がマウスBmal1遺伝子プロモーターなどマウス由来DNAに対して有効な制御機能を発揮して、概日リズムをコントロールできること、またショウジョウバエのSAF-Aホモログにおいても、SAF-Aタンパク質と同様の概日リズム制御を行っていることが確認されたことからも、ヒトをはじめとする他の哺乳類、ショウジョウバエなども含めた動物一般に由来するSAF-Aタンパク質が同様の機能を有していることは明らかであるといえる。
以下、本実施例で用いられた遺伝子、又は典型的な遺伝子についての公的データーベースにおける登録番号(Accession #)を示す。
Accession #:
RORα mRNA: U53228
Rev erbα mRNA: NM_145434
Mouse SAF-A mRNA Acc#: NM_016805
Human SAF-A mRNA Acc#: NM_004501
Mouse Bmal1 gene Acc#: NC_000073.5
Human Bmal1 gene Acc#: NC_000011.8
【0017】
(実施例1) NMLR領域の転写調節機能解析
(1−1)
Bmal1遺伝子の転写発現の概日周期を、細胞レベルにおいて観察するために、マウスオルニチンデカルボキシレースのタンパク不安定化ドメインを融合させたホタルレシフェレース遺伝子をレポーター遺伝子とするpGL3-dLuc(Nature, 418, 534-539,(2002))にNMLR領域を挿入した(図1A)。
図1A中の黒線は、Bmal1プロモーター領域中のRORE(RORおよびREV-ERB認識配列)を含む上流領域のみの配列(-497〜+74)を挿入した場合を表し、灰色線は、さらに下流領域までも含む配列(-497〜+473:配列番号1)を挿入した場合を表す。
両プラスミドをNIH3T3細胞に導入後、2時間デキサメタゾン刺激しルシフェリン存在下での生物発光をNucleic Acids Res., 35, 648-655(2007)に記載の方法で測定した。
これまで報告されている(Nature, 418, 534-539, (2002))ように、Bmal1遺伝子プロモーター領域のROREを含む上流配列のみ含むプラスミドを導入した場合には、概日リズムが観察された(図1A黒)が、さらに下流の領域を含むプラスミドを用いた場合には、概日リズムが観察されなかった(図1A灰)。これらの結果は、Bmal1遺伝子プロモーター下流領域にBmal1転写に関する調節領域が存在していることを示唆している。そして、その機能の1つは、Bmal1遺伝子プロモーターの概日リズムを消失させる機能であるといえる。
【0018】
(1−2)
Bmal1遺伝子プロモーター領域中のROREを介してBmal1遺伝子プロモーター活性を活性化するRORα及び抑制するREV-ERBα(非特許文献7)の翻訳領域をクローニングし、それぞれを哺乳動物での遺伝子発現用プラスミドベクターpcDNA 3.1 (Invitrogen社製)に挿入した。各ベクター0.5 μgを、図1Aで用いたレポーターアッセイ用プラスミドpGL3-dLuc 0.5μgならびに内部標準用ルシフェレースベクターpRL-CMV 1 ngと共にNIH3T3細胞に導入した。遺伝子導入後24時間培養し、細胞を回収後、デュアル・ルシフェレースレポータージーン測定を行った(Nucleic Acids Res., 35, 648-655(2007)に記載の方法による。)。(図1B)
Bmal1遺伝子プロモーター上流領域のみを含むプラスミドが同時に導入された場合は、これまでの報告どおりRORαはレポーター遺伝子の転写を活性化し、REV−ERBαは転写を抑制することを観察した(図1B黒)のに対し、下流領域を含むBmal1プロモーターのレポータープラスミドを同時に導入した場合は、RORαの転写活性化およびREV−ERBαによる転写抑制のいずれもが減弱し、プロモーター活性の概日リズムが消失したことが観察された(図1B灰)。
この結果は、ROREを介したBmal1遺伝子プロモーター活性の概日リズム調節に対してBmal1遺伝子プロモーター下流の領域が必須の役割を担っていることを示唆している。そして、当該領域は、当該領域への結合物質と共に核マトリックス様構造を形成してBmal1転写を制御していると想定されるため、当該領域を「核マトリックス様領域(NMLR:Nuclear Matrix-Like Region)」と名付けた。
【0019】
(1−3)
Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域の方向性を調べるために、SV40プロモーターを持つルシフェレースレポータープラスミドpGL3-promoter (Promega社製)にNMLR領域(+22〜+473)の向きを正方向および逆方向に挿入した後、両プラスミド1μgを内部標準用ルシフェレースベクターpRL-CMV 1 ngと共にNIH3T3細胞に導入した。遺伝子導入後24時間培養し、細胞を回収後、上記デュアル・ルシフェレースレポータージーン測定を行った。
その結果、挿入方向にかかわらずNMLR領域はプロモーター活性を抑制することが示された(図1C)。
【0020】
(1−4)まとめ
以上の結果を総括すると、「NMLR領域(+22〜+473)」は、Bmal1遺伝子プロモーター活性を抑制すると共に、Bmal1遺伝子プロモーターに存在するRORE配列を介した正負の転写調節をともに阻害して、概日リズムを失わせる機能を持つことが判明した。そして、生体内で発現している内在性のBmal1遺伝子プロモーターは、当該「NMLR領域」の存在にもかかわらず、正確な概日リズムを刻んでいるのであるから、生体内において、当該「NMLR領域」に対して,概日リズムに従って結合する何らかの調節物質(タンパク質)の存在が示唆され、同時に、NMLR領域はその結合タンパク質と共に核マトリックス様構造を形成してBmal1転写を制御していることが示唆される。
【0021】
(実施例2)SAF-Aタンパク質のNMLR領域への特異的結合
Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域(+22〜+473)全体にタンパク質が結合しているような構造が類推されたにもかかわらず、概日リズムの転写調節に関与する既知の転写因子結合配列が存在しておらず、さらに正負の転写調節に対して共に作用することからみて、このような長いDNA領域に結合する核内構造として、核マトリックス構造が考えられた。そこで本発明者らは、NMLR領域(+22〜+473)に結合するタンパク質として、すでに概日リズム発現が観察されている核マトリックスタンパク質SAF-A(hnRNP-U)を候補として選び、以下の実験を行った。
【0022】
(2−1)
32P標識したNMLR領域をプローブとし、核マトリックスタンパクSAF-A(VAXRON社製)50 ngならびに抗SAF-A抗体であるα-SAF(Sigma社製)を用いてゲルシフト解析(Nucleic Acids Res., 35, 648-655 (2007))に記載の方法による。)を行った。
SAF-Aタンパク質とNMLR領域プローブとの反応液中にシフトするバンドが見られた(図2レーン2)。このシフトしたバンドはコントロールIgGを加えても変化が見られないが(図2レーン3)、抗SAF-A抗体(α-SAF)を加えることにより特異的にスーパーシフトする現象が観察された(図2レーン4)。
これらの結果は、Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域に特異的に結合してNMLR領域と共に核マトリックス様構造を形成してBmal1遺伝子を制御しているタンパク質が、SAF-Aタンパク質であることを示唆している。
【0023】
(2−2)
次いで、NMLR領域のうちでSAF-Aタンパク質結合に必須の領域を検索するために、NMLR領域をほぼ2つに分け、Bmal1遺伝子プロモーターのROREよりも上流部分をコントロールとして、SAF-Aタンパク質との結合性を検討した。
すなわち、Bmal1遺伝子プロモーター領域をほぼ3つに分け(5’領域, -197〜+39; 3’-1領域, -27〜+266; 3’-2領域,+266〜+473)、それぞれを32P標識してプローブとし、SAF-Aタンパク質を含む核抽出液と含まない核抽出液を調整し、ゲルシフト解析(Nucleic Acids Res., 35, 648-655 (2007)に記載の方法による。)を行った。核抽出液中のSAF-Aタンパク質の挙動は、抗SAF-A抗体のα−SAF(Sigma社製)を用いたWestern blot解析により確認した。
その結果、3’-1領域のプローブにのみSAF-Aを含む核抽出液(図6A, NE, +SAF-A)にシフトするバンドが観察され、このバンドはラベルしていないプローブを競合プローブとして加えることにより消失した(図6A , Cold)。また、SAF-Aを含まない核抽出液(図6A , NE, -SAF-A)においてはシフトするバンドが観察されなかった。
そこで、この3’-1領域(-27〜+266)を配列番号12として、「SAF-A結合配列」と名付けた。
これらの結果からみて、NMLR領域のうちの3’-1領域(-27〜+266)との共通部分である、配列番号13として示される領域(+22〜+266)こそが「SAF-A結合領域」であり、実際に核内においても当該「SAF-A結合領域」を介してSAF-Aタンパク質と結合し、マトリックス様構造を形成している可能性が示唆された。
【0024】
(2−3)
さらに「SAF-A結合領域」におけるSAF-Aタンパク質との結合に関与する領域について詳細に検討するために、上記3’-1領域(-27〜+266)を連続する50塩基ずつの領域に分割し、3’-1領域(-27〜+266)とSAF-Aタンパク質との結合阻害実験を行った。
具体的には、32P標識した3’-1領域(「SAF-A結合配列」)をプローブとし、SAF-Aタンパク質(VAXRON社製)50 ngならびに図6Bに示すような連続する50塩基の領域を競合プローブとして加え、ゲルシフト解析(Nucleic Acids Res., 35, 648-655 (2007))に記載の方法による。)を行った。
その結果、競合プローブ1(図6B, 1:配列番号14)、競合プローブ4(図6B, 4:配列番号15)、競合プローブ6(図6B, 6:配列番号16)および競合プローブ7(図6B, 7:配列番号17)を用いた場合、3’-1プローブとSAF-Aタンパク質複合体を示すシフトしたバンドの消失が観察された。
これらの結果は、SAF-Aタンパク質と「SAF-A結合領域」との結合は、ほぼ配列番号14に示される「SAF-A結合配列1」、配列番号15に示される「SAF-A結合配列2」、配列番号16に示される「SAF-A結合配列3」、および配列番号17に示される「SAF-A結合配列4」に対応する領域の全て、もしくはその1部の箇所において起こっていることが示唆された。
また、それと同時に、これらの配列番号14、配列番号15、配列番号16、および配列番号17の塩基配列を含むポリヌクレオチドは、NMLR領域がSAF-A結合領域を介してSAF-Aタンパク質と結合することを阻害する物質であるから、SAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害物質として用いることができることを示すものである。そして、上記結合阻害実験を用いることで、SAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害物質を、簡単にスクリーニングできることを示すものでもある。
【0025】
(実施例3)細胞内でのBmal1プロモーター下流のNMLR領域に対するSAF-A結合の概日性リズムの検証
(3−1)
NIH3T3細胞を100nMデキサメタゾンで2時間刺激した後、6時間おきに細胞を回収しAGPC法(Anal. Biochem., 162, 156−159 (1987))によりRNA画分を調整した。1μgのRNA、100pmolのOligo(dT)15プライマー、Transcriptor逆転写酵素(Rche社製)を用いて55℃40分間反応させcDNAを合成した。合成されたcDNA 1μl を鋳型として94℃30秒間、55℃30秒間、72℃1分間のプログラムを25回繰り返し最後に72℃7分間の伸張反応を行うPCRを行った。
Bmal1遺伝子を増幅するため、
5’-GGCCGAATGATTGCTGAGGAAATCATGG-3’
および
5’-TTACAGCGGCCATGGCAAGTCACTAAAG-3’
のプライマーセット(配列番号4,5)を用いた。
内部標準として、同時にG3PDH遺伝子を増幅するため
5’-ACCACAGTCCATTCCTACACAG-3’
および5’-CTGGTCCTCTGTGTAAGCAAGGATGC-3’
のプライマーセット(配列番号6,7)を用いてG3PDHの発現量で補正したBmal1遺伝子の相対的な発現量を(図3A)に示す。
Bmal1遺伝子の相対的発現はデキサメタゾン刺激後、12時間後及び36時間後を山とし、24時間後を谷とする概日リズムを示した。
【0026】
(3−2)
NIH3T3細胞を100nMデキサメタゾンで2時間刺激した後、6時間おきに細胞を回収し、抗SAF-A抗体のα−SAF(Sigma社製)を用いてクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイ(Nucleic Acids Res., 35, 648-655(2007)に記載の方法による。)を行った。具体的には、回収した細胞を1%ホルマリンにて室温で15分固定後、Lysis溶液(25 mM TrisCl (pH 8.0), 140 mM NaCl, 1% Triton X-100, 0.1% SDS, 3 mM EDTA, 1 mM PMSF)に懸濁後20分間超音波破砕を行った。細胞破砕液と抗SAF-A/hnRNP-U抗体を反応させた後、Protein A/G agarose (SantaCruz社製)を用いてα−SAFと結合しているSAF-Aタンパク質とDNAとの複合体を回収し、そこに含まれるDNAを精製した。(精製されたDNAは細胞内においてSAF-Aタンパク質が結合している領域を含むと考えられる。)
当該ChIPアッセイにより得られたDNAを鋳型としてBmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域を増幅させるためのプライマーセット(配列番号8,9)
5’-ACGGAGGTGCCTGTTTACCC-3’および
5’-TTTAAGGGGCGCAGCCTC-3’
を用いてPCR反応を行った。
その結果、デキサメタゾン刺激後、30時間後をピークとする発現を観察し、6時間後、42時間後を谷とする概日リズムが観察された。このChIPアッセイ結果は、SAF-Aタンパク質と結合する領域がNMLR領域であったことを実証するものであり、かつNMLR領域にSAF-Aタンパク質が結合することで、Bmal1遺伝子転写の概日リズムが回復することを実証するものでもある。そして、当該NMLR領域とSAF-Aタンパク質の結合は、図3Aで観察されたBmal1遺伝子発現の概日リズムパターンと非常によく似た概日リズムを示し、ほぼ6時間位相が前進したパターンを示していることが観察されている(図3B)。これはSAF-Aタンパク質が、Bmal1遺伝子の転写発現の約6時間前方にずれた位相の概日リズムでNMLR領域に結合することを予想させるものである。
【0027】
(3−3)
さらにNMLR領域におけるSAF-Aタンパク質の結合を、核内におけるNMLR領域のDNA構造変化を基に確認した。NIH3T3細胞を100nMデキサメタゾンで2時間刺激した後、6時間おきに細胞を回収し、核を調整した。核をmicrococcal nuclease (1000 units/ml)で25℃10分間消化した後、ゲノムDNAを精製しLM-PCR解析(J. Biol. Chem., 278, 8163-8171 (2003))に記載の方法による。)を行った。
図6Bにおける競合プローブ1(配列番号14)(図7A)および4(配列番号15)(図7B)の領域においてブラケットで示した領域が概日リズムのフットプリントパターンを示した。つまりデキサメタゾン刺激後6〜12時間および36〜42時間においてmicrococcal nucleaseによる切断がタンパク質結合により阻害されたことを示している。これはSAF-Aが実際に核内において、配列番号14に示される「SAF-A結合配列1」および配列番号15に示される「SAF-A結合配列2」の領域において結合し、クロマチンの構造を変化させていることを示している。
そしてこの結果は、上記実施例2の(2−3)で見出した4種類の「SAF-A結合配列1〜4」が、SAF-Aタンパク質とNMLR領域と、単なる配列情報の競合として阻害しているのではなく、これらの配列がNMLR領域に結合することでDNAの立体構造変化を起こさせ、SAF-Aタンパク質とNMLR領域が結合して形成されるはずのマトリックス構造がとれなくなるものであることを示唆しており、(2−3)での実験をDNAの側から実証する結果となっている。すなわち、配列番号14、配列番号15、配列番号16、および配列番号17で示される塩基配列を含むポリヌクレオチドは、SAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害物質であり、優れた概日リズム調節剤として用いることができる。
【0028】
(3−4)
以上の結果から、SAF-Aタンパク質は、実際の細胞中でBmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域に結合するタンパク質であること、及び当該NMLR領域へ結合することで当該NMLR領域の持つBmal1遺伝子プロモーターに対する抑制機能を負に制御することにより、Bmal1遺伝子プロモーター機能を回復し、Bmal1遺伝子プロモーターの概日リズムを持った転写調節機構に不可欠であることが実証された。
そして、その際「SAF-Aタンパク質」は、「SAF-A結合領域」を介してNMLR領域と結合するものであり、その領域中の特に「SAF-A結合配列1〜4」に相当する領域で結合していることも示唆された。また、「SAF-A結合配列1〜4」を含むポリヌクレオチドは、SAF-Aタンパク質とNMLR領域との結合阻害物質であり、概日リズム調節剤として用いることができる。
【0029】
(実施例4)NMLR領域を含むレポーター遺伝子を染色体中に導入した場合の転写調節機構の解析
実施例1において、レポータープラスミドにより一過性発現で強制的に発現させた場合でも、Bmal1遺伝子プロモーターの短い配列である「RORE」に対しては、核内の内在性RORαやREV-ERBαの作用を受け、概日リズムを刻むのに対して、「NMLR領域」の場合は、本来核内マトリックスとして核内に大量に存在するはずの内在性SAF-Aとの有効な複合体を構成することなく、全くBmal1遺伝子プロモーターの概日リズムを消失させてしまっている。(図1A)このことは、1つは、細胞内では、「NMLR領域」は、その塩基配列自身のもつ一次構造としてSAF-Aタンパク質に認識されるのではなく、染色体中において一定の三次構造が保たれた場合に初めてSAF-Aに認識され、SAF-Aを概日リズムに従い結合させることができる可能性が考えられる。また、他の1つの解釈としては、in vitro状態では、「NMLR領域」と同一配列のDNAと、SAF-Aタンパク質の結合が確認されているのであるから、細胞内で強制的に発現させた「NMLR領域」に対しても、内在性SAF-Aタンパク質が結合することは結合しているものの、両者が形成する複合体の構造が本来のマトリックス構造を正確に模していないために、Bmal1遺伝子プロモーター機能の回復には役立たない可能性が高い。そこで、レポータープラスミドを核の染色体内に安定に組み込んだ場合におけるBmal1遺伝子プロモーターの転写調節機構についての検討を次に行った。
【0030】
(4−1)
NIH3T3細胞に、図1Aで用いたBmal1遺伝子プロモーター下流領域を含むルシフェレースレポータープラスミドならびに抗生物質(Zeocin)耐性マーカー遺伝子を持つpTracer-CMV (Invitrogen社製)を導入し、Bmal1遺伝子プロモーターにより転写調節されるルシフェレース遺伝子を安定的に持つ組換えNIH3T3細胞を樹立した(Nucleic Acids Res., 29, 3448-3457 (2001)に記載の方法による。)。樹立した細胞株中でルシフェレース活性の高いクローン(#6および7)を選択し、これらクローンを用いて以下の詳細な解析を行った。
図3と同様の方法で抗SAF-A抗体(α−SAF)を用いたChIPアッセイを行った。回収したDNAを試料として挿入されたプラスミド遺伝子のBmal1遺伝子プロモーター上にSAF-Aタンパク質の結合の可否を検討するために、ルシフェレース遺伝子領域に対するプライマーセット(配列番号10,11)
5’-TCCGGTACTGTTGGTAAAGCCACCATG-3’及び5’-ATATCGTTTCATAGCTTCTGCCAACCG-3’
を用いてPCRを行ったところ、いずれのクローンも導入された遺伝子のNMLR領域にSAF-Aの結合は観察されなかった(図4A)。
【0031】
(4−2)
導入されたレポーター遺伝子のBmal1遺伝子プロモーターに存在しているROREの機能に関して検討するために、図1Bで用いたRORα(RORE活性化作用物質:黒)およびREV−ERBα(RORE抑制作用物質:斜線)発現プラスミド1 μgを図4Aで解析した樹立細胞株(#6および7)に導入し、ルシフェレース活性を測定した。いずれの樹立株もRORαによるレポーター遺伝子上のBmal1遺伝子プロモーター活性化はほとんど観察されず、また、REV−ERBαによるプロモーター活性抑制機能はクローン6では若干観察されたもののクローン7では全く観察されなかった。樹立細胞株においてもSAF-Aタンパク質は核内に十分存在しているはずであるから、上記結果は、染色体内に強制的に導入されたNMLR領域に対しては、正常にSAF-Aが結合できなかったことを示すものである。
そして、SAF-AがNMLR領域に結合していないため、Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域の転写調節抑制機能が作用し、ROREの正負の転写調節機構が正常に機能しなかったためと考えられる。(図4B)。
【0032】
(4−3)
樹立細胞株(#6および7)を2時間デキサメタゾン刺激した後、実施例1(1−1)と同様の方法でルシフェリン存在下での生物発光をリアルタイムで測定した。いずれの細胞株も導入された遺伝子のBmal1遺伝子プロモーター活性の概日リズムは消失していた(図4C)。
当該結果も、染色体中に導入されたNMLR領域にSAF-Aが結合できなかったために、ROREを含めたBmal1遺伝子プロモーターの転写調節機が正常に機能せず、Bmal1遺伝子プロモーター活性の概日リズムが消失したことを裏付けるものである。
【0033】
(4−4)
以上のことから、「NMLR領域」を単に染色体に導入しただけでは、「NMLR領域」本来の三次構造を組み立てることはできず、核内のSAF-Aタンパク質には全く認識されることも,結合されることもないので、SAF-Aタンパク質の結合による概日リズムを刻むことはなく、「RORE」に作用するRORα及びREV-ERBαの機能も阻害した状態のままになると解される。
すなわち、Bmal1遺伝子の転写調節において、NMLR領域に存在する概日リズムを示すプロモーター活性の阻害作用は、その一次構造の塩基配列で働くが、SAF-Aタンパク質に認識されプロモーター活性を回復できるマトリックス構造を形成するためには、単に染色体中に導入されてもSAF-Aタンパク質に認識される立体構造とはならない。SAF-AとNMLR領域における結合が正常に行われることによりBmal1遺伝子プロモーター活性は正常に制御され、概日リズムを刻むことができると解され、生体内の細胞においては、核内でSAF-Aが結合することにより形成されるNMLR領域がBmal1遺伝子プロモーターの概日リズムを持った転写調節には重要であることが示されていると言うこともできる。
【0034】
(実施例5)ショウジョウバエにおけるSAF-Aホモログ(CG30122)の阻害実験
SAF-Aタンパク質は、多機能性核マトリックスタンパク質として、胚の発生、分化にも関わる重要なタンパク質であるため、SAF-A遺伝子のノックアウトマウスを作製しようとしても、正常な生存個体はできない。そこで、ショウジョウバエにおけるSAF-AホモログであるCG30122に着目して、ショウジョウバエにおけるRNA干渉実験を行った。CG30122はショウジョウバエで発現しているタンパク質のうち、SAF-Aとアミノ酸レベルで29%という最も高い相同性を示すショウジョウバエにおけるSAF-Aホモログであると考えられる。SAF-Aと同様核内マトリックスタンパク質として存在し、概日リズムを刻んでいる。
ショウジョウバエにおいても、SAF-AホモログであるCG30122の遺伝子を直接破壊又は抑制するとショウジョウバエも生存できないので、GAL4/UASによる遺伝子発現誘導法(Cell, 94,83-95,(1999))を用いた。
すなわち、UASエンハンサー(GAL4が結合したときのみ、その近くの遺伝子を活性化する。)に繋いだCG30122のsiRNA(配列番号3)を導入したUAS系統の組換えショウジョウバエ(18610R3および18610R5)と、ショウジョウバエの概日リズム調節を行う時計神経に特異的に機能するtimeless遺伝子のプロモーターにより発現される転写因子GAL4, tim(UAS)-GAL4を導入したtim(UAS)-GAL4系統の組換えショウジョウバエとを作製し、両者を交配した。そのF1において時計神経特異的にRNA干渉を起こさせることで、SAF-Aホモログの発現が減少している組換えショウジョウバエを作製することができた。
作製した異なる2系統の組換えショウジョウバエw1118/Y; tim(UAS)-GAL4/+; 18610R-3/+およびw1118/Y; tim(UAS)-GAL4/ 18610R-5;を用いてDAM system(Gene, 307, 183-190 (2003)の報告による。)により、ショウジョウバエの活動リズムを計測し、Clocklab softwareにより解析した。
その結果、樹立したRNA干渉でSAF-Aホモログの発現が減少している組換えショウジョウバエの2系統のいずれにおいても、ハエの活動周期が優位に長くなることが観察された(図5)。このことは、ショウジョウバエにおいてもSAF-AホモログであるCG30122を阻害することで概日リズムが狂うことが確認されたことであり、SAF-Aホモログが概日リズムを制御していることを示すものである。
これらの結果からみて、ヒトに限らず生物の概日活動においてSAF-Aタンパク質を介したBmal1転写調節が非常に重要であることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域の転写調節機能解析:A.図に示すようなBmal1遺伝子プロモーター領域を含むルシフェレースレポータープラスミドをNIH3T3細胞に導入し、100nM dexamethasoneを用いて2時間刺激することにより概日リズムを誘導し転写活性をリアルタイムで測定した。 B.Aで用いたレポータープラスミド(灰及び黒線領域を含むコンストラクト)をBmal1遺伝子プロモーター上に存在するRORE配列に作用し転写活性化ならびに抑制するRORα (ROR)ならびにREV-ERBα (REV)発現プラスミドと共にNIH3T3細胞に導入し転写活性を測定することにより、RORE配列の転写制御能を検討した。 C.NMLR領域を矢印の示す方向でSV40プロモーター下流に挿入したルシフェレースレポータープラスミドをNIH3T3細胞に導入し、SV40プロモーター活性に対するBmal1遺伝子プロモーター下流領域の機能を検討した。
【図2】NMLR領域とSAF-Aタンパクを用いたゲルシフト解析:32PラベルしたNMLR領域断片(+22-+266)をプローブとし、精製SAF-Aタンパク(Vaxron)を用いてゲルシフト解析を行った(レーン1および2)。さらに抗SAF-Aモノクローナル抗体(α-SAF)をもちいてスーパーシフト解析も行った(レーン4)。IgGは非特異的コントロール抗体を用いたスーパーシフト反応(レーン3)。
【図3】Bmal1遺伝子の転写とSAF-AのNMLR領域への結合解析:A.NIH3T3細胞を100 nM dexamethasoneで2時間刺激後、それぞれの時間にRNAを調整し、RT-PCRによりBmal1の発現量を測定した。Bmal1発現量は、発現量の最も多い試料(12時間)を1として、その相対値で示してある。 B.NIH3T3細胞を100 nM dexamethasoneで2時間刺激後、それぞれの時間に細胞を回収し抗SAF-Aモノクローナル抗体を用いたChIPアッセイを行い、NMLR領域へのSAF-Aタンパクの結合を解析した。SAF-A結合量は、結合の最も多い試料(30時間)を1として、その相対値で示してある。
【図4】レポーター遺伝子を安定的に保持しているNIH3T3細胞由来株化細胞の解析:A.NMLR領域(図1灰線)を含むレポーター遺伝子をNIH3T3細胞に導入し、レポーター遺伝子を安定的に発現している細胞株(クローン6及び7)を選択し解析を行った。SAF-Aモノクローナル抗体を用いたChIP後、ルシフェレース遺伝子をターゲットとしたPCRにより、挿入された遺伝子のNMLR流領域におけるSAF-Aタンパク結合の有無を検討した。-Ab,抗体なし;α-SAF(抗SAF-Aモノクローナル抗体) B.細胞株(クローン6及び7)におけるRORE配列の機能を検討するために、それぞれの細胞株にタンパク発現の無いプラスミド(白)RORα (黒)ならびにREV-ERBα (斜線)発現プラスミドを導入し、レポーター遺伝子の発現を検討した。 C.導入されたBmal1遺伝子プロモーター領域の概日リズム転写調節を検討するために、それぞれの細胞株(クローン6及び7)を用いて2時間の100 nM dexamethasone刺激後、転写活性をリアルタイムにて測定した。
【図5】SAF-A発現抑制トランスジェニックハエの概日リズム活動:CG30122 (Flybase)は、ハエの遺伝子の中でSAF-A遺伝子と最も相同性の高い遺伝子である。そこでCG30122に対するRNA干渉を、時計神経細胞特異的に発現するトランスジェニックハエ(w1118/Y; tim(UAS)-GAL4/+; 18610R-3/+及びw1118/Y; tim(UAS)-GAL4/18610R-5;)に適用し、12 h/ 12 hの明暗条件で飼育した後、恒暗条件下で活動を検討した。特徴的な活動記録をグラフで示してある。w1118/Y; tim(UAS)-GAL4/+;、コントロールハエ。各々のハエの概日リズム周期を表に示した。(τ,活動周期(時間);*,p< 0.05 t-test)
【図6】ゲルシフト解析によるSAF-Aタンパク質のBmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域の結合領域の決定:A.32PラベルしたそれぞれのBmal1遺伝子プロモーター領域(5’, -197〜+39; 3’-1, -27〜+266; 3’-2,+266〜+473)をプローブとし、SAF-Aを含む核抽出液(NE, +SAF-A)と含まない核抽出液(NE, -SAF-A)を調整しゲルシフト解析を行った。200倍量の非標識プローブを競合プローブとして用いた(Cold)。 B.32Pラベルした3’-1領域(-27〜+266)をプローブとし、精製SAF-Aタンパク(Vaxron)を用いてゲルシフト解析を行った。200倍量の非標識3’-1プローブ(cold)、1 (-27〜+23)、2 (+14〜+63)、3 (+54〜+103)、4 (+94〜+143)、5 (+134〜+183)、6 (+174〜+223)および7 (+214〜+263)を競合プローブとして用いた。三角がシフトバンドの位置を示す。
【図7】Bmal1遺伝子プロモーター下流のNMLR領域でのクロマチン構造変化解析:NIH3T3細胞を100 nM dexamethasoneで2時間刺激後、それぞれの時間に核を調整し、micrococcal nuclease消化後DNAを精製SAF-Aの結合が示唆された領域、-27〜+23領域(A)および+94〜+143(B)をLM-PCR解析した。特徴的な変化の見られた領域をブラケットで示してある。
【図8】SAF-Aを介したBmal1遺伝子の転写調節機構:SAF-AタンパクがBmal1遺伝子プロモーター下流に位置するNMLR領域にリズミックに結合することにより、クロマチン構造変化をおこす。これによりNMLR領域の有するBmal1遺伝子概日リズム発現抑制機能が阻害され、さらにRORαといった転写活性化因子がROREに結合可能となり、Bmal1遺伝子の転写活性化が起こる。その後SAF-AタンパクがNMLR領域から外れることにより、NMLR領域の有するBmal1遺伝子概日リズム発現抑制機能が働くと同時に、REV-ERBαといった転写抑制因子がROREに結合し、Bmal1遺伝子の転写を抑制する。以上の反応を約24時間サイクルで繰り返すことにより、Bmal1遺伝子の概日リズム発現が制御されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SAF-Aタンパク質とBmal1遺伝子プロモーター下流に位置する「NMLR領域」との結合状態を調節することで概日リズムを調節する概日リズム調節剤であって、以下の(a)〜(d)を有効成分として含むことを特徴とする概日リズム調節剤;
(a)SAF-Aタンパク質、
(b)動物細胞内で機能するプロモーターと連結したSAF-Aタンパク質遺伝子を含むポリヌクレオチド、
(c)SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合阻害物質、
(d)SAF-Aタンパク質遺伝子の転写又は発現抑制物質。
【請求項2】
前記(c)の結合阻害物質が、SAF-A抗体である、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項3】
前記(c)の結合阻害物質が、配列番号2で示される塩基配列、又は少なくとも配列番号12で示される塩基配列を含むその部分配列からなるポリヌクレオチドである、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項4】
前記(c)の結合阻害物質が、配列番号12で示される塩基配列、またはその部分配列であって、配列番号14,配列番号15,配列番号16もしくは配列番号17を含む塩基配列からなるポリヌクレオチドである、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項5】
前記(d)の転写又は発現抑制物質が、SAF-Aタンパク質遺伝子のsiRNA、miRNA、アンチセンスRNA、アンチセンスDNA、又はリボザイムである、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項6】
被検物質を、あらかじめSAF-Aタンパク質を結合させておいた「NMLR領域」又はそのうちの「SAF-A結合領域」を含む領域に対して作用させ、SAF-Aタンパク質を解離させることができる物質を検索することによる、SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合阻害物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項6に記載のスクリーニング法により得られた結合阻害物質を用いることを特徴とする、SAF-Aタンパク質と「NMLR領域」との結合状態を調節することで概日リズムを調節する概日リズム調節剤。
【請求項8】
請求項1〜5の何れか又は請求項7に記載の概日リズム調節剤と共に、薬物学的に許容しうるキャリヤーを含有する、概日リズム調節用医薬組成物。
【請求項9】
配列番号2で示される塩基配列、もしくはその部分配列であって、少なくとも連続した15塩基以上の配列を含む塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項10】
配列番号8又は配列番号9で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項9又は10に記載のポリヌクレオチドからなるプローブ又はプライマー。
【請求項12】
請求項11に記載のプローブ又はプライマーを用いることを特徴とする、概日リズム異常検出用診断剤。
【請求項13】
配列番号2で示される塩基配列の部分配列が、少なくとも配列番号13で示される塩基配列を含む請求項9に記載のポリヌクレオチド。
【請求項14】
請求項13に記載のポリヌクレオチドを用いて形質転換された非ヒトトランスジェニック動物であって、概日リズムを失ったモデル動物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−183197(P2009−183197A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−25966(P2008−25966)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】