説明

硬質皮膜、塑性加工用金型、塑性加工方法、及び硬質皮膜用ターゲット

【課題】耐摩耗性に優れた硬質皮膜を提供する。
【解決手段】本発明に係る硬質皮膜は、組成が(TiaCrbAlcd)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、x、y、zが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、a+b+c+d=1、x≦0.1、y≦0.1、0.8≦z≦1、x+y+z=1を満足することを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治工具や切削工具などの被皮膜形成体の表面に形成される硬質皮膜、当該硬質皮膜が形成された塑性加工用金型、前記硬質皮膜が形成された塑性加工用金型を用いた塑性加工方法、及び前記硬質皮膜を形成するための硬質皮膜用ターゲットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金、サーメット、高速度工具鋼などを基材とする塑性加工用金型、具体的には冷間プレス用金型、パンチ用金型、鍛造金型などの治工具や、チップ、ドリル、エンドミルなどの切削工具は、優れた耐摩耗性や摺動特性が要求されるため、その表面に硬質皮膜が形成されている。
【0003】
例えば特許文献1には、VN膜、VCN膜及びVC膜のいずれか一層又は二層以上からなるバナジウム系皮膜を形成する旨が記載されている。
また、例えば、特許文献2には、プレス用に適用できるTiN−TiCN−TiCの皮膜を形成する旨が記載されている
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−371352号公報
【特許文献2】特開2008−207219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1、2に記載の技術である炭化物膜は鉄系材料との反応性が高く、特に強度の高い鋼板を成型時には耐摩耗性が不十分であるという問題がある。
【0006】
本発明は前記問題に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性に優れた硬質皮膜、当該硬質皮膜が形成された塑性加工用金型、前記硬質皮膜が形成された塑性加工用金型を用いた塑性加工方法、及び前記硬質皮膜を形成するための硬質皮膜用ターゲットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔1〕本発明に係る硬質皮膜は、組成が(TiaCrbAlcd)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、x、y、zが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、a+b+c+d=1、x≦0.1、y≦0.1、0.8≦z≦1、x+y+z=1を満足することを特徴としている。
【0008】
このように本発明に係る硬質皮膜は、Ti、Cr、Al、L(Si及びYのうちの少なくとも1種)の金属元素の窒化物を前記特定の組成比率で含有することで塑性加工用金型の表面に形成される酸化皮膜を緻密なものとしつつ耐酸化性と皮膜硬度を高め、さらに摩擦係数が大きくなるのを防ぐことができるため、優れた耐摩耗性を得ることができる。また、非金属元素としてB及びCのうちの少なくとも1種を前記特定の組成比率で含有すると摩擦係数がより低くなり摺動性が向上するため、より優れた耐摩耗性を得ることができる。
【0009】
〔2〕そして、本発明に係る硬質皮膜は、組成が(TiaCrbAlcde)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、e、x、y、zが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、0.01≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1、x≦0.1、y≦0.1、0.8≦z≦1、x+y+z=1を満足することを特徴としている。
【0010】
このように本発明に係る硬質皮膜は、Ti、Cr、Al、L(Si及びYのうちの少なくとも1種)、M(第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種)の窒化物を特定の組成比率で含有することで前記〔1〕の硬質皮膜よりもさらに高硬度化することができる。そのため硬質皮膜は、さらに優れた耐摩耗性を得ることができる。また、非金属元素としてB及びCのうちの少なくとも1種を前記特定の組成比率で含有すると摩擦係数がより低くなり摺動性が向上するため、より優れた耐摩耗性を得ることができる。
【0011】
〔3〕前記〔1〕又は〔2〕に記載の硬質皮膜は、600℃以下の温度で行われる塑性加工用金型の表面に形成されるのが好ましい。このようにすれば、優れた耐摩耗性を維持することができる。
【0012】
〔4〕本発明に係る塑性加工用金型は、硬質皮膜が表面に形成された塑性加工用金型であって、前記硬質皮膜が前記〔1〕又は〔2〕に記載の硬質皮膜であることを特徴としている。このようにすれば、硬質皮膜が金型の表面に形成された際に、優れた耐摩耗性を有する塑性加工用金型とすることができる。
【0013】
〔5〕前記〔4〕に記載の塑性加工用金型は、前記塑性加工用金型が冷間プレス用金型又はパンチ用金型であるのが好ましい。このようにすれば、優れた耐摩耗性を有する冷間プレス用金型又はパンチ用金型とすることができる。
【0014】
〔6〕本発明に係る塑性加工方法は、鉄基材料の塑性加工を行う塑性加工方法であって、前記塑性加工は、前記〔1〕又は〔2〕に記載の硬質皮膜を形成した塑性加工用金型を用いて行うことを特徴としている。このようにすれば塑性加工に用いる塑性加工用金型は優れた耐摩耗性を有しているため、鉄基材料の塑性加工を好適に行うことができる。
【0015】
〔7〕前記〔6〕に記載の塑性加工方法は、前記塑性加工を600℃以下の温度で行うのが好ましい。このようにすれば塑性加工に用いる塑性加工用金型は優れた耐摩耗性を有しており、さらに加工時の温度が低いため、鉄基材料の塑性加工をより好適に行うことができる。
【0016】
〔8〕本発明に係る硬質皮膜用ターゲットは、前記〔1〕又は〔2〕に記載の硬質皮膜を形成するために用いられる硬質皮膜用ターゲットであって、組成が(TiaCrbAlcd)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、dが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、a+b+c+d=1、を満足するか、又は、組成が(TiaCrbAlcde)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、eが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、0.01≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1を満足することを特徴としている。
【0017】
かかる硬質皮膜用ターゲットを用いると、Ti、Cr、Al、L(Si及びYのうちの少なくとも1種)の金属元素の窒化物を前記特定の組成比率で含有する硬質皮膜を形成することができる。そのため、摩擦係数が低く、摺動性のよい、優れた耐摩耗性を有する硬質皮膜を形成させることができる。
【0018】
〔9〕前記〔8〕に記載の硬質皮膜用ターゲットは、さらにBを含んでいるのが好ましい。このようにすれば、より摩擦係数が低く、摺動性のよい、より優れた耐摩耗性を有する硬質皮膜を形成させることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る硬質皮膜は、特定の元素を特定の組成で含有しているので耐摩耗性に優れている。そのため、かかる硬質皮膜を塑性加工用金型などの被皮膜形成体の表面に形成することで当該被皮膜形成体の耐摩耗性を向上させることができる。
【0020】
本発明に係る塑性加工用金型はその表面に、特定の元素を特定の組成で含有することで優れた耐摩耗性を有する硬質皮膜が形成されているので、耐摩耗性に優れている。つまり、優れた耐摩耗性を有しているので金型の寿命が延びるだけでなく、摩耗粉の発生を少なくすることができるため加工対象である鉄基材料を傷付けるおそれを低減することが可能であり、製品製造の歩留まりを向上させることができる。さらに、発生した摩耗粉を除去するなどのメンテナンスを低減することができるので生産性を向上させることができる。
【0021】
本発明に係る塑性加工方法は、特定の元素を特定の組成で含有することで優れた耐摩耗性を有する硬質皮膜を表面に形成した塑性加工用金型を用いているため、鉄基材料の塑性加工を好適に行うことができる。つまり、優れた耐摩耗性を有しているので金型の寿命が延びるだけでなく、摩耗粉の発生を少なくすることができるため、加工対象である鉄基材料を傷付けるおそれが低減することが可能であり、製品製造の歩留まりを向上させることができる。さらに、発生した摩耗粉を除去するなどのメンテナンスを低減することができるので生産性を向上させることができる。
【0022】
本発明に係る硬質皮膜用ターゲットは、塑性加工用金型などの被皮膜形成体の表面に特定の元素を特定の組成で含有する硬質皮膜を形成することができる。そのため、被皮膜形成体に優れた耐摩耗性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に係る硬質皮膜を成膜するための複合型成膜装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、本発明に係る硬質皮膜、塑性加工用金型、塑性加工方法、及び硬質皮膜用ターゲットについて詳細に説明する。
まず、本発明に係る硬質皮膜について説明する。
【0025】
[第1実施形態]
本発明の第1実施形態に係る硬質皮膜は、例えば、超硬合金、サーメット、高速度工具鋼などの鉄基合金(例えばHSS、SKD11、SKD61など)製の塑性加工用金型、具体的には冷間プレス用金型、パンチ用金型、鍛造金型などの治工具や、チップ、ドリル、エンドミルなどの切削工具(以下、これらの治工具や切削工具を総称して単に「被皮膜形成体」という。)の表面に形成することができる。後記するように本発明に係る硬質皮膜はCrを多く含有していることから、これらの表面に当該硬質皮膜を形成する際は、鉄基合金に対して優れた密着性を得ることのできるCrNを下地膜として形成しておくと被皮膜形成体と硬質皮膜の密着性をさらに高くすることができるので、より高い面圧下での使用が可能となる。
【0026】
そして、第1実施形態に係る硬質皮膜は、組成が(TiaCrbAlcd)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、x、y、zが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、a+b+c+d=1、x≦0.1、y≦0.1、0.8≦z≦1、x+y+z=1を満足するものである。
【0027】
つまり、第1実施形態に係る硬質皮膜は、Ti、Cr、Alと、Si及びYのうちの少なくとも1種と、残部Nとを必須元素とし、任意元素としてB、Cを含むか又は含まない化合物からなる皮膜である。
【0028】
Ti及びCrは、硬質皮膜の硬さを高めるために必須である。しかし、Tiを多く含有すると加工対象である鉄基材料との摩擦係数が大きくなり、耐摩耗性に劣ることになる。従って、Tiの含有量は原子比で0.3未満とする。また、Tiの含有量が少な過ぎると硬質皮膜の硬さを高くすることができない。従って、Tiの含有量は原子比で0.1以上とする。
【0029】
また、Crには加工対象である鉄基材料との摺動性を向上させる効果があるため、原子比で0.3を超えて含有する必要があるが、0.6以上になると相対的に他の元素の含有量が少なくなるため耐摩耗性が低下する。Crのより好ましい含有量は原子比で0.3〜0.5である。
【0030】
そして、Al、Si及びYは、高温(一般的に800℃以上の領域)で保護性に優れる緻密な酸化皮膜を形成するため、高温での耐酸化性や耐摩耗性を改善することが知られているが、摺動による温度上昇が大きくない場合などは、酸化皮膜の形成が十分でないため、かえってこれらの元素を多く含有することにより耐摩耗性が損なわれる。
【0031】
従って、Alの含有量は原子比で0.35未満とした。なお、Alには耐酸化性を高めるだけでなく、(Ti、Cr)Nの結晶中に固溶することにより硬質皮膜の硬さを高める作用があり、Alの含有量が原子比で0.2未満の場合にはそのような硬質皮膜の硬さを高くすることができないため耐摩耗性が低下する。Alのより好ましい含有量は原子比で0.25〜0.3である。
【0032】
また、Si及びYに関しては、原子比で0.1以上含有すると耐摩耗性が低下することから、その含有量は原子比で0.1未満とする。より好ましくは0.05以下である。しかしながら、これらの微量の添加は、硬質皮膜の結晶粒を微細化し、硬質皮膜の高硬度化を図ることができることから、その含有量は原子比で0.01以上とする。
【0033】
本発明の硬質皮膜は前記した組成の窒化物を基本とするが、非金属元素としてB及びCのうちの少なくとも一方を原子比で0.1以下添加することで摩擦係数を低下させることができ、摺動性を改善させることが可能となる。B及びCのうちの少なくとも一方の含有量が原子比で0.1を超えると硬質皮膜が逆に軟化して耐摩耗性が損なわれる。
【0034】
以上に説明したように、前記した組成の硬質皮膜が塑性加工用金型などの被皮膜形成体の表面に形成されることにより当該被皮膜形成体の耐摩耗性を向上させることができる。
【0035】
[第2実施形態]
第2実施形態に係る硬質皮膜は、組成が(TiaCrbAlcde)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、e、x、y、zが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、0.01≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1、x≦0.1、y≦0.1、0.8≦z≦1、x+y+z=1を満足するものである。
【0036】
なお、第2実施形態に係る硬質皮膜は、第1実施形態に係る硬質皮膜とほぼ同じであるが、前記したように、金属元素の必須元素としてMを原子比で0.01≦e≦0.1の範囲で含有する点で相違する。従って、第2実施形態に係る硬質皮膜については、かかる相違点のみを説明することとし、他の要素については第1実施形態に係る硬質皮膜の説明を援用する。
【0037】
第2実施形態に係る硬質皮膜は、Mとして第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種を原子比で0.01以上0.1以下含有することにより格子歪みを誘起し、通常のTiN、CrN、AlNと格子定数の異なる窒化物を形成することができるので、硬質皮膜のさらなる高硬度化を達成することができる。つまり、第2実施形態に係る硬質皮膜は第1実施形態に係る硬質皮膜よりもさらに硬い皮膜とすることができる。なお、希土類元素としては、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luを挙げることができる。希土類元素はこれらを単独で、又は混合して含有させることができる。これらを混合して含有させる場合は所謂ミッシュメタルを用いることもできる。
【0038】
Mの含有量が少な過ぎると第1実施形態に係る硬質皮膜よりもさらに硬い皮膜とすることができない。また、Mの含有量が多過ぎると皮膜が脆くなり、耐摩耗性が低下する。従って、Mの含有量は原子比で0.01以上0.1以下、より好ましくは0.05以下とする。
【0039】
以上に説明した第1実施形態に係る硬質皮膜及び第2実施形態に係る硬質皮膜は、加工時の温度が高温とならず、硬質皮膜の耐酸化性が極度に要求されない冷間プレスやパンチなどの塑性加工に用いられる塑性加工用金型の表面に形成すると好適である。
第1実施形態に係る硬質皮膜又は第2実施形態に係る硬質皮膜を表面に形成した塑性加工用金型の使用温度の目安としては、被加工体の加工前の予熱温度(すなわち加工温度)が600℃以下、より好ましくは500℃以下、さらに好ましくは400℃以下、さらにより好ましくは300℃以下、最も好ましくは室温である。詳しくは、後記する実施例の項目で説明する。
【0040】
塑性加工用金型などの被皮膜形成体に対して第1実施形態に係る硬質皮膜や第2実施形態に係る硬質皮膜を形成する手法として以下のものが挙げられる。
例えば、図1に示すカソード放電型のアーク式蒸発源を有する複合型成膜装置により成膜することができる。かかる複合型成膜装置は、回転する基板ステージ上の支持台上に塑性加工用金型などの被皮膜形成体を取り付け、チャンバー内を真空状態にした後、チャンバー内にあるヒータで被皮膜形成体の温度を400℃程度に加熱し、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを行った後、カソードに所望の組成を有する硬質皮膜用ターゲットを取り付け、全圧力4PaのN2ガス中やN2とCH4の混合ガス中にて例えば150Aのアーク電流と、−50Vのバイアス電圧を印加することで前記被皮膜形成体の表面に例えば5μmの膜厚の硬質皮膜を形成することができる。
なお、塑性加工用金型などの被皮膜形成体に対して第1実施形態に係る硬質皮膜や第2実施形態に係る硬質皮膜を形成する手法はこれに限定されるものではなく、成膜技術として常用されるアークイオンプレーティング法やアンバランスド・マグネトロン・スパッタリング法などを用いることもできる。
【0041】
前記硬質皮膜用ターゲットは、組成が(TiaCrbAlcd)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、dが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、a+b+c+d=1を満足するものであれば、第1実施形態に係る硬質皮膜の形成に必要な金属元素を特定の組成で含有しているため、この硬質皮膜用ターゲットを用いて前記した手法により被皮膜形成体の表面に成膜するだけで第1実施形態に係る硬質皮膜を形成することができる。
また、前記硬質皮膜用ターゲットは、組成が(TiaCrbAlcde)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、eが原子比であるときに、0.1≦a<0.3、0.3<b<0.6、0.2≦c<0.35、0.01≦d<0.1、0.01≦e≦0.1、a+b+c+d+e=1を満足するものであれば、第2実施形態に係る硬質皮膜の形成に必要な金属元素を特定の組成で含有しているため、この硬質皮膜用ターゲットを用いて前記した手法により被皮膜形成体の表面に成膜するだけで第2実施形態に係る硬質皮膜を好適に形成することができる。
【0042】
これらの硬質皮膜用ターゲットは、その組成にさらにBを含むものであってもよい。このようにすれば被皮膜形成体の表面にBを含有する硬質皮膜を形成するため、Bを含有しない硬質皮膜よりもさらに摩擦係数を低くすることができる。つまり、この硬質皮膜用ターゲットは、Bを含有しない硬質皮膜よりもさらに摺動性のよい、より優れた耐摩耗性を有する硬質皮膜を得ることができる。
【0043】
以上に説明した硬質皮膜用ターゲットは、前記した手法において使い勝手が良いため、例えばφ100mm程度の大きさとするとよいがこの大きさに限定されないことはいうまでもない。
【0044】
そして、このようにして表面に第1実施形態に係る硬質皮膜又は第2実施形態に係る硬質皮膜を形成した塑性加工用金型を用いると、鉄基材料の塑性加工を行う塑性加工方法を好適に行うことができる。かかる硬質皮膜を形成した塑性加工用金型は優れた耐摩耗性を有しているので金型の寿命が延びるだけでなく、摩耗粉の発生を少なくすることができるため、加工対象である鉄基材料を傷付けるおそれが低減し、さらに発生した摩耗粉を除去するなどのメンテナンスを低減することができるので製品製造の歩留まりの向上を図ることができる。
【0045】
前記したように、硬質皮膜の特質上、この塑性加工方法における塑性加工は、600℃以下、より好ましくは500℃以下、さらに好ましくは400℃以下、さらにより好ましくは300℃以下、最も好ましくは室温で行うようにするとよい。あまり高温になると耐摩耗性が低下するからである。
【実施例】
【0046】
以下、本発明の要件を満たす実施例と、要件を満たさない比較例とを対比してより具体的に説明する。
【0047】
カソード放電型のアーク式蒸発源を有する複合型成膜装置を使用して下記表1のNo.1〜34、及び下記表2のNo.35〜50に示す組成の硬質皮膜を形成した。なお、表2には参考のために表1で示したNo.33、34を併記している。
ここで、硬質皮膜を形成する基板としては、硬質皮膜の組成及び硬さを測定する場合には鏡面研磨した超硬合金基板を使用し、摺動試験を行う場合にはSKD11基板(硬度HRC60)を使用した。いずれの硬質皮膜を形成する場合にも、基板を複合型成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10-3Pa以下に排気)した後、基板を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。そして、φ100mmのターゲットを用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN2雰囲気あるいはN2+CH4の混合ガス中にて成膜を実施した。基板への印可バイアスは−50Vとした。硬質皮膜の膜厚は全て5μmとした。なお、下記表1のNo.1〜34、及び下記表2のNo.35〜50の組成の硬質皮膜を形成するターゲットの金属元素(Bを含む)の組成は下記表1、2に示す硬質皮膜の組成(原子比)と同じである。
【0048】
このようにして硬質皮膜を形成した基板について、硬質皮膜の硬さ試験を行い、さらに鉄基材料を相手材とした摺動試験を実施し、耐摩耗性を調査した。このとき、硬質皮膜の組成は、X線マイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyser;EPMA)により測定した。
硬質皮膜の硬さについては、マイクロビッカース硬度計を用いて、測定荷重0.25N、測定時間15秒の条件で測定した。
摺動試験は下記条件で測定した。
〔高温摺動試験条件〕
・装置:ベーンオンディスク型摺動試験装置
・ベーン:高張力鋼板ピン(引張り強度590MPa)
・ディスク:SKD11鋼(HRC60)に皮膜形成したもの
・摺動速度:0.2m/秒
・荷重:500N
・摺動距離:2000m
・試験温度:室温(加熱無し)、400℃、600℃
・評価項目:摺動部分の摩耗深さ(4箇所の平均)
下記表1、2に、基板に形成した硬質皮膜の組成(原子比)と併せてマイクロビッカース硬度計による硬さ[HV]及び室温で行った摺動試験による摩耗深さ[μm]を示す。また表3に、表1のNo.6に示す組成を有する硬質皮膜に対して試験温度を室温、400℃又は600℃としたときの摩耗深さを示す(それぞれNo.6、No.6(400)、No.6(600))。なお、表1〜3において摺動試験による摩耗深さが4μm以下であるものを良好であると判断した。また、表1〜3中の下線は本発明の要件から外れていることを示している。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
表1に示すNo.4〜7、10、13〜15、18、19、21〜23、25、26、28、30、32は、硬質皮膜の組成が本発明の要件を満たしていたので摩耗深さが4μm以下となった。
【0053】
これに対し、表1に示すNo.1は、Tiの原子比が0.3以上であり、Crの原子比が0.3以下であり、Alの原子比が0.35以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
また、表1に示すNo.2は、Tiの原子比が0.1未満であり、Alの原子比が0.35以上であり、L(Si)の原子比が0.1以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.3は、L(Si+Y)の原子比が0.01未満であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.8は、L(Si)の原子比が0.1以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.9は、Alの原子比が0.2未満であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.11は、Alの原子比が0.35以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.12は、Tiの原子比が0.3以上であり、Alの原子比が0.3以下であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.16は、Crの原子比が0.6以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.17は、Tiの原子比が0.1未満であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.20は、Tiの原子比が0.3以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.24は、L(Si)の原子比が0.1以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.27は、L(Si+Y)の原子比が0.1以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.29は、Bの原子比が0.1を超えていたので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.31は、Cの原子比が0.1を超えており、Nの原子比が0.8未満であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表1に示すNo.33はVを原子比で0.5、Cを原子比で0.5含むVC皮膜であり、No.34はTiを原子比で0.5、Cを原子比で0.5含むTiC皮膜であり、いずれも本発明とはタイプの異なる硬質皮膜であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
【0054】
また、表2に示すNo.35〜43は硬質皮膜の組成が本発明の要件を満たしていたので摩耗深さが4μm以下となった。また、表2に示すNo.35〜43は元素Mとして第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種を含んでいたので、表1に示すNo.4〜7、10、13〜15、18、19、21〜23、25、26、28、30、32よりも高硬度化する傾向にあった。
【0055】
これに対し、表2に示すNo.44は元素M(Sm)の原子比が0.1を超えていたので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
また、表2に示すNo.45は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Tiの原子比が0.1未満であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表2に示すNo.46は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Tiの原子比が0.3以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表2に示すNo.47は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Crの原子比が0.3以下であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表2に示すNo.48は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Crの原子比が0.6以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表2に示すNo.49は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Alの原子比が0.2未満であり、且つL(Si)の原子比が0.1以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
表2に示すNo.50は、元素Mの原子比が本発明の要件を満たしていたものの、Alの原子比が0.35以上であったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。
【0056】
そして、表3に示すNo.6、6(400)、6(600)は本発明の要件を満たす硬質皮膜であったので、摺動試験の試験温度が室温、400℃、600℃のいずれにおいても摩耗深さが4μm以下となった。但し、No.6(400)は摺動試験の試験温度が400℃であり、No.6(600)は摺動試験の試験温度が600℃であったので、摺動試験の試験温度を室温で行ったNo.6と比較して摩耗深さが深くなったが、いずれも4μmよりも深くなることはなかった。また、この結果から摺動温度を400℃以下で行うと、600℃で行う場合よりも摩耗深さが深くなり難くなること、つまり、優れた耐摩耗性を維持できることが分かった。
【0057】
これに対し、表3に示すNo.33(400)、34(400)は、本発明とはタイプの異なる硬質皮膜であり、摺動試験の試験温度が400℃と高かったので摩耗深さが4μmよりも深くなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が(TiaCrbAlcd)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、x、y、zが原子比であるときに、
0.1≦a<0.3
0.3<b<0.6
0.2≦c<0.35
0.01≦d<0.1
a+b+c+d=1
x≦0.1
y≦0.1
0.8≦z≦1
x+y+z=1
を満足することを特徴とする硬質皮膜。
【請求項2】
組成が(TiaCrbAlcde)(Bxyz)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、e、x、y、zが原子比であるときに、
0.1≦a<0.3
0.3<b<0.6
0.2≦c<0.35
0.01≦d<0.1
0.01≦e≦0.1
a+b+c+d+e=1
x≦0.1
y≦0.1
0.8≦z≦1
x+y+z=1
を満足することを特徴とする硬質皮膜。
【請求項3】
600℃以下の温度で行われる塑性加工用金型の表面に形成されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の硬質皮膜。
【請求項4】
硬質皮膜が表面に形成された塑性加工用金型であって、
前記硬質皮膜が請求項1又は請求項2に記載の硬質皮膜であることを特徴とする塑性加工用金型。
【請求項5】
前記塑性加工用金型が冷間プレス用金型又はパンチ用金型であることを特徴とする請求項4に記載の塑性加工用金型。
【請求項6】
鉄基材料の塑性加工を行う塑性加工方法であって、
前記塑性加工は、請求項1又は請求項2に記載の硬質皮膜を形成した塑性加工用金型を用いて行うことを特徴とする塑性加工方法。
【請求項7】
前記塑性加工を600℃以下の温度で行うことを特徴とする請求項6に記載の塑性加工方法。
【請求項8】
請求項1又は請求項2に記載の硬質皮膜を形成するために用いられる硬質皮膜用ターゲットであって、
組成が(TiaCrbAlcd)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、dが原子比であるときに、
0.1≦a<0.3
0.3<b<0.6
0.2≦c<0.35
0.01≦d<0.1
a+b+c+d=1
を満足するか、又は、
組成が(TiaCrbAlcde)からなり、前記LはSi及びYのうちの少なくとも1種であり、前記Mは第4族元素(Tiを除く)、第5族元素、第6族元素(Crを除く)、及び希土類元素のうちの少なくとも1種であり、前記a、b、c、d、eが原子比であるときに、
0.1≦a<0.3
0.3<b<0.6
0.2≦c<0.35
0.01≦d<0.1
0.01≦e≦0.1
a+b+c+d+e=1
を満足する
ことを特徴とする硬質皮膜用ターゲット。
【請求項9】
さらにBを含むことを特徴とする請求項8に記載の硬質皮膜用ターゲット。

【図1】
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【公開番号】特開2011−80101(P2011−80101A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230936(P2009−230936)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】