説明

硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具

【課題】耐摩耗性および密着性に優れた硬質皮膜被覆部材および成形用冶工具を提供する。
【解決手段】硬質皮膜被覆部材は、Crを含有する鉄基合金からなる基材と、基材の表面に膜厚1〜10μmで形成された第1皮膜層と、第1皮膜層の表面に膜厚2〜10μmで形成された第2皮膜層とを備え、第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)からなり、MがW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれる1種以上の元素であり、a、b、cが原子比であるときに、0≦a≦0.7、0≦b≦0.15、0≦c≦0.5、0.3≦1−a−bを満足し、第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、LがSi、Y、Bから選ばれる1種以上の元素であり、d、e、f、gが原子比であるときに、0.05≦1−d−e−f≦0.5、0.05≦d≦0.5、0.4≦e≦0.7、0≦f≦0.15、0≦g≦0.5を満足する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質皮膜が表面に被覆された硬質皮膜被覆部材およびこの部材を用いた成形用冶工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、金型などの金属加工用の治工具は、窒化処理により耐摩耗性および耐焼き付き性の改善がなされてきた。また、近年では、窒化処理に代えて、PVD等の気相コーティングによる耐摩耗性ならびに耐焼き付き性の改善が検討されている。例えば、特許文献1には、Cr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物の形成によって耐摩耗性が改善された硬質皮膜が記載されている。また、特許文献2、3には、Ti、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物からなる被覆層を形成し、あるいは、さらにその上にTi、Crを含み残部Moより構成される硫化物層を形成した耐摩耗性あるいは耐焼き付き性に優れる温熱間加工用被覆工具が記載されている。また、特許文献4には、高硬度皮膜の上にMoSを主成分とする表面層を備える耐摩耗性、耐焼き付き性に優れる硬質皮膜および皮膜付き物品が記載されている。さらに、特許文献5には、(X、M1−c)(B1−a−b)からなり、MがW、Vの1種以上、Xが4A、5A族の元素、Al、Si、Fe、Co、Niの1種以上である硬質皮膜およびその形成方法が記載されている。
【特許文献1】特開2000−144376号公報
【特許文献2】特開2002−307128号公報
【特許文献3】特開2002−307129号公報
【特許文献4】特開2000−1768号公報
【特許文献5】特開2006−124818号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載されているCr、Al、Ti、Vの2種以上を含む複合窒化物からなる硬質皮膜は、高硬度であり、耐摩耗性には優れるが、耐焼き付き性が十分ではなく、高面圧で金属の塑性加工をする場合など、過酷な環境の使用には耐え得ないものである。また、特許文献3に記載のTi、V、Al、Cr、Siの1種以上の窒化物、炭化物、炭窒化物からなる被覆層も、同様に高硬度ではあるが、耐焼き付き性に劣るものである。
【0004】
そして、特許文献2または特許文献4に記載されるように硫化物層を形成した場合、硫化物は軟質であり、使用当初は摺動性(耐摩耗性)に優れるが、使用時間と共に摩滅し、長期にわたって耐摩耗性を維持することができない。また、特許文献5に記載された(X、MI−C)(BI−a−b)からなる硬質皮膜も、前記硫化物層の場合と同じく、使用当初は摺動性(耐摩耗性)に優れるが、長期にわたって耐摩耗性を維持することができない。
【0005】
さらに、特許文献2、3のTi、V、Al、Cr、Siの1種以上より選ばれる窒化物、炭化物ならびに炭窒化物からなる被覆層は、硬度の低い鉄系基材上に直接形成した場合には、基材との弾性および塑性変形挙動の差違により、剥離が生じやすくなる(密着性が低下する)という問題点がある。
【0006】
そこで、本発明は、このような問題を解決すべく創案されたもので、その目的は、耐摩耗性および密着性に優れた硬質皮膜被覆部材およびこれを用いた成形用冶工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するために、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、Crを含有する鉄基合金からなる基材と、前記基材の表面に膜厚1〜10μmで形成された第1皮膜層と、前記第1皮膜層の表面に膜厚2〜10μmで形成された第2皮膜層とを備え、前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)からなり、MがW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれる1種以上の元素であり、a、b、cが原子比であるときに、0≦a≦0.7、0≦b≦0.15、0≦c≦0.5、0.3≦1−a−bを満足し、前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、LがSi、Y、Bから選ばれる1種以上の元素であり、d、e、f、gが原子比であるときに、0.05≦1−d−e−f≦0.5、0.05≦d≦0.5、0.4≦e≦0.7、0≦f≦0.15、0≦g≦0.5を満足することを特徴とする。
【0008】
前記構成によれば、所定範囲の原子比を有するCr1−a−b(C1−c)(MがW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれた1種以上の元素)からなり、所定の膜厚を有する第1皮膜層を基材の表面に備えることによって、密着性に劣るAl(AlN)を含む第2皮膜層と基材との密着性が向上する。また、第1皮膜層が所定の膜厚を有することによって、第2皮膜層と基材の機械的特性の差異による外部応力下での変形挙動の差異が小さくなり、第2皮膜層の剥離が抑制され、第2皮膜層に対する第1皮膜層の密着性が向上する。そして、所定範囲の原子比を有するNb1−d−e−fCrAl(C1−g)(LがSi、Y、Bから選ばれる1種以上の元素)からなり、所定の膜厚を有する第2皮膜層を第1皮膜層の表面に備えることによって、第2皮膜層が硬質皮膜被覆部材における耐摩耗層として機能し、成形加工時の発熱による酸化摩耗、および、被加工材との摺動摩耗を抑制する。また、第2皮膜層が所定の膜厚を有することによって、第2皮膜層の剥離が抑制され密着性も向上する。
【0009】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)においてa=0、b=0、c=0としたCrNからなり、前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)においてf=0、g=0としたNb1−d−eCrAlNからなり、0.1≦1−d−e≦0.3、0.1≦d≦0.3、0.5≦e≦0.6を満足することを特徴とする。
【0010】
前記構成によれば、第1皮膜層がCrNからなることによって、基材と第1皮膜層および第2皮膜層との高い密着性が確保される。そして、第2皮膜層が所定範囲の原子比を有するNb1−d−eCrAlNからなることによって、第2皮膜層の酸化摩耗を高水準に抑制すると共に、第2皮膜層が軟質化しにくくなり、摺動摩耗が高水準に抑制される。
【0011】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第2皮膜層の結晶構造が、立方晶岩塩型構造のみからなる単相、または、立方晶岩塩型構造と六方晶型構造とが混合した複相であって、前記複相の場合には、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)、六方晶の(100)面、(002)面および(101)面のピーク強度のうち最も大きいピーク強度を六方晶ピーク強度(Ih)とした際に、ピーク強度比(Ih/Ic)≦1を満足することを特徴とする。
【0012】
前記構成によれば、第2皮膜層の結晶構造が立方晶岩塩型構造のみからなる単相、または、立方晶岩塩型構造と六方晶型構造とが混合した複相からなり、複相の場合には、X線回析装置で測定される立方晶ピーク強度(Ic)と六方晶ピーク強度(Ih)とのピーク強度比(Ih/Ic)を所定範囲に限定することによって、立方晶に混合される六方晶の割合が限定され、具体的には、軟質で第2皮膜層の耐摩耗性を低下させる六方晶の混合割合が少なくなる。
【0013】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第2皮膜層の結晶構造が立方晶岩塩型構造を含み、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)とした際に、金属Nbの(110)面のピーク強度(In)と比較して、ピーク強度比(In/Ic)≦1を満足することを特徴とする。
【0014】
前記構成によれば、第2皮膜層の結晶構造が立方晶岩塩型構造を含み、X線回析装置で測定される立方晶ピーク強度(Ic)と金属Nbピーク強度(In)とのピーク強度比(In/Ic)を所定範囲に限定することによって、第2皮膜層中に取り込まれる金属Nb粒子の量が限定され、具体的には、軟質で第2皮膜層の耐摩耗性を低下させる金属Nb粒子の量が少なくなる。
【0015】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第2皮膜層がカソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により形成され、前記第2皮膜層を形成する際、前記カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法に使用される装置内に設置された前記基板のバイアス電圧が−30〜−200Vであることを特徴とする。
【0016】
前記構成によれば、第2皮膜層を形成する際、基板のバイアス電圧が所定範囲であることによって、X線回析装置で測定される第2皮膜層の立方晶ピーク強度(Ic)と六方晶ピーク強度(Ih)とのピーク強度比(Ih/Ic)が所定範囲に制御され、第2皮膜層中の六方晶の割合が少なくなる。
【0017】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第2皮膜層がカソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により形成され、前記第2皮膜層を形成する際、前記カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法に使用される装置内の窒素圧が2〜10Paであることを特徴とする。
【0018】
前記構成によれば、第2皮膜層を形成する際、装置内の窒素圧が所定範囲であることによって、X線回析装置で測定される第2皮膜層の立方晶ピーク強度(Ic)と金属Nbピーク強度(In)とのピーク強度比(In/Ic)が所定範囲に制御され、第2皮膜層中に取り込まれる金属Nb粒子の量が少なくなる。
【0019】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)においてa=0、b=0、c=0としたCrNからなり、前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)においてg=0、LをSiとしたNb1−d−e−fCrAlSiNからなり、0.1≦1−d−e−f≦0.3、0.1≦d≦0.3、0.5≦e≦0.6、0.01≦f≦0.05を満足することを特徴とする。
【0020】
前記構成によれば、第1皮膜層がCrNからなることによって、基材と第1皮膜層および第2皮膜層との高い密着性が確保される。そして、第2皮膜層が所定範囲の原子比を有するNb1−d−e−fCrAlSiNからなることによって、第2皮膜層の酸化摩耗を高水準に抑制すると共に、第2皮膜層が軟質化しにくくなり、摺動摩耗が高水準に抑制される。
【0021】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記第1皮膜層と前記第2皮膜層との間に、第3皮膜層と第4皮膜層とが交互に積み重ねられて形成された積層膜をさらに備え、前記第3皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)からなり、前記第3皮膜層の膜厚が前記第1皮膜層の膜厚より薄く、前記第4皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、前記第4皮膜層の膜厚が前記第2皮膜層の膜厚より薄く、前記積層膜の積層周期が300nm以下、前記積層膜の合計膜厚が0.05μm以上であることを特徴とする。
【0022】
前記構成によれば、第1皮膜層と同様なCr1−a−b(C1−c)からなり、第1皮膜層と同一または異なる原子比を有する第3皮膜層と、第2皮膜層と同様なNb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、第2皮膜層と同一または異なる原子比を有する第4皮膜層とが交互に積み重ねられて形成された積層膜を第1皮膜層と第2皮膜層との間に備え、かつ、積層膜の積層周期および合計膜厚が所定範囲であることによって、外部応力下における第2皮膜層の剥離が抑制され、第1皮膜層と第2皮膜層との間の密着性が向上する。
【0023】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記基材がCr含有析出炭化物を含有し、前記基材のロックウエル硬度がHRC50以上であることを特徴とする。
【0024】
前記構成によれば、基材が所定範囲のロックウエル硬度を有することによって、基材にCr含有析出炭化物が含有されていても、基材のマトリックスとCr含有析出炭化物との機械的特性の差異が最小化されるため、外部応力下におけるマトリックスの変形挙動と、Cr含有析出炭化物の変形挙動とが近いものとなり、マトリックスとCr含有析出炭化物との界面でのクラック等の発生が抑制される。その結果、基材と第1皮膜層との密着性が確保される。
【0025】
また、本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、前記基材と前記第1皮膜層との間に、前記基材の窒化、浸炭または窒化浸炭によって形成された拡散層をさらに備えることを特徴とする。
【0026】
前記構成によれば、基材と第1皮膜層との間に拡散層を備えることによって、基材のマトリックスとCr含有析出炭化物との機械的特性の差異が最小化されるため、外部応力下におけるマトリックスの変形挙動と、Cr含有析出炭化物の変形挙動とが近いものとなり、マトリックスとCr含有析出炭化物との界面で生じるクラック等がより一層抑制される。その結果、基材と第1皮膜層との密着性がより一層確保される。
【0027】
本発明に係る成形用冶工具は、前記の硬質皮膜被覆部材を有することを特徴とする。
前記構成によれば、前記の硬質皮膜被覆部材を有することによって、成形用冶工具の耐摩耗性および密着性が向上する。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る硬質皮膜被覆部材は、耐摩耗性および密着性に優れ、金型等の成形用冶工具の部材として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。また、本発明に係る成形用冶工具は、耐摩耗性および密着性に優れ、金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明に係る硬質皮膜被覆部材(部材)の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。図1(a)〜(c)は、硬質皮膜被覆部材の構成を示す断面図である。
図1(a)に示すように、硬質皮膜被覆部材1aは、基材2と、基材2の表面に形成された第1皮膜層3と、第1皮膜層3の表面に形成された第2皮膜層4とを備える。
なお、図1(a)では、基材2の片側に第1皮膜層3および第2皮膜層4を備える構成を示したが、基材2の両側に第1皮膜層3および第2皮膜層4を備える構成であってもよい。
【0030】
(基材)
基材2は、Crを含有する鉄基合金からなる。Crを含有する鉄基合金としては、JIS規定のSKD61、SKD11等の金型用鋼、または、SKH51等の高速度工具用鋼等が挙げられる。なお、Cr含有量としては3mass%程度以上が好ましい。
【0031】
本発明においては、基材2がCrを含有する析出炭化物(以下、Cr含有析出炭化物ともいう)を含有する場合に、特に有効である。ここで、Cr含有析出炭化物とは、M(M:Fe、Cr)のような析出炭化物中にCrが炭化物の形で含まれるもののことである。このようなCr含有析出炭化物を有する基材2は、そのマトリックスとCr含有析出炭化物との機械的特性(硬度、ヤング率)が異なるので、外部応力下において弾塑性変形挙動が異なる。このため、基材2の表面に皮膜層を備えた場合には、Cr含有析出炭化物とマトリックスの界面でクラックが生じ、皮膜層に剥離が起きやすい。しかしながら、本発明においては、基材2に比較して硬度の高い後記するような組成を有する第1皮膜層3を備えているため、第1皮膜層3が基材2の変形を抑制する役目を果たし、外部応力の基材2への影響を最小限にとどめることができる。その結果、基材2がCr含有析出炭化物を含有する場合でも、基材2そのものの変形を抑制することができるため、変形挙動の差違による第1皮膜層3への損傷を抑制することができる。ただし、基材2そのものが柔らかい場合、やはり外部応力の影響を受けることから、基材2のロックウエル硬度はHRC50以上あることが好ましく、より好ましくはHRC55以上である。
【0032】
(第1皮膜層)
第1皮膜層3は、一般式(1):Cr1−a−b(C1−c)からなり、MがW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれる1種以上の元素であり、a、b、cが原子比であるときに、
0≦a≦0.7
0≦b≦0.15
0≦c≦0.5
0.3≦1−a−b
を満足する。そして、第1皮膜層3の膜厚は1〜10μmである。
【0033】
前記一般式(1)に示すように、第1皮膜層3は、必須元素としてCr、Nを含み、選択元素としてM、B、Cを含む。また、後記する第2皮膜層4は、原子比として0.4以上のAlを含有し、窒化物としてのAlNを原子比として0.4以上含んでいる。このAlNは、鉄基合金部材への密着性に劣ることから、鉄基合金からなる基材2との密着性を改善するために、第2皮膜層4の下地層として第1皮膜層3が配置されている。
【0034】
(1−a−b)はCrの原子比であり、0.3以上としている。これは、Crを含有する鉄基合金からなる基材2(以下、Cr含有鉄基合金基材ともいう)との密着性を向上させるためである。Crの原子比(1−a−b)が0.3未満であると、Cr含有鉄基合金基材2との密着性が不十分となる。Crの原子比(1−a−b)は0.4以上とすることが好ましい。
【0035】
(a)はMの原子比であり、0.7以下としている。MはW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれる1種以上であって、単独添加であってもよいし、複合添加であってもよい。Mの添加により、第1皮膜層3が高硬度化し、第2皮膜層4と基材2の外部応力下での変形挙動の差異が抑制されて、第2皮膜層4の密着性が向上する。Mの原子比(a)(Mが2種以上の場合は、各元素の原子比の合計)が0.7を超えると、Crの原子比(1−a−b)が小さくなり、0.3以上とすることができなくなる。
【0036】
(b)はBの原子比であり、0.15以下としている。Bの添加により、第1皮膜層3が高硬度化し、前記Mと同様に第2皮膜層4の密着性が向上する。Bの原子比(b)が0.15を超えると、第1皮膜層3の高硬度化が不十分となる。Bの原子比(b)は0.1以下とすることが好ましい。
【0037】
(c)はCの原子比であり、0.5以下としている。Cの添加により、第1皮膜層3が高硬度化し、前記Mと同様に第2皮膜層4の密着性が向上する。Cの原子比(c)が0.5を超えると、第1皮膜層3の高硬度化が不十分となる。Cの原子比(c)は0.3以下とすることが好ましい。
【0038】
(1−c)はNの原子比であり、0.5以上としている。Nは第1皮膜層3の高硬度化による第2皮膜層4の密着性向上のために必須の元素である。Nの原子比(1−a)が0.5未満であると、第1皮膜層3の高硬度化が不十分となる。
【0039】
第1皮膜層3は、第1皮膜層3とCr含有鉄基合金基材2との密着性を確保する役割に加えて、第2皮膜層4とCr含有鉄基合金基材2の中間の機械的特性(硬度、ヤング率)を有することで、第2皮膜層4とCr含有鉄基合金基材2の機械的特性の差異による外部応力下での変形挙動の差異を抑制し、第2皮膜層4の密着性を確保する役割がある。このような役割を発揮させるため、第1皮膜層3の膜厚は1μm以上であることが必要であり、より好ましくは3μm以上である。ただし、前記の変形挙動抑制効果は第1皮膜層3の膜厚が10μmを超えると飽和するため、第1皮膜層3の膜厚は、生産の効率から10μm以下とする。
【0040】
(第2皮膜層)
前記第2皮膜層4は、一般式(2):Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、LがSi、Y、Bから選ばれる1種以上の元素であり、d、e、f、gが原子比であるときに、
0.05≦1−d−e−f≦0.5
0.05≦d≦0.5
0.4≦e≦0.7
0≦f≦0.15
0≦g≦0.5
を満足する。そして、第2皮膜層4の膜厚は2〜10μmである。
【0041】
前記一般式(2)に示すように、第2皮膜層4は、必須元素としてNb、Cr、Al、Nを含み、選択元素としてL(Si、Y、Bの1種以上)、Cを含む。また、第2皮膜層4は耐摩耗性に優れる皮膜であり、成形加工時の発熱による酸化摩耗および被加工材との摺動摩耗を抑制する効果がある。
【0042】
(1−d−e−f)はNbの原子比であり、0.05〜0.5としている。Nbは第2皮膜層4の酸化摩耗を抑制し耐摩耗性を向上させるために必須の元素である。Nbの原子比(1−d−e−f)が0.5を越えると、相対的にAl量が減少し、酸化摩耗が抑制されないため、耐摩耗性が低下する。また、0.05未満では、相対的にAl量が増加し、第2皮膜層4が軟質化して摺動摩耗が抑制されないため、耐摩耗性が低下する。さらに、好ましい範囲は0.1〜0.3である。
【0043】
(d)はCrの原子比であり、0.05〜0.5としている。第2皮膜層4は、Al単独では第2皮膜層4の結晶構造が軟質な六方晶になるため、Crを原子比で0.05以上添加して、第2皮膜層4を高硬度化し、摺動摩耗を抑制する必要がある。ただし、Crを過度に添加するとAl量が相対的に減少して酸化摩耗が抑制されないことから、Cr添加量は、原子比(d)で0.5以下とする。また、Crの原子比(d)は0.1〜0.3とすることが好ましい。
【0044】
(e)はAlの原子比であり、0.4〜0.7としている。Alは第2皮膜層4に耐摩耗性を付与するために必須の元素である。Al原子比(e)が0.4未満であると、第2皮膜層4の酸化摩耗が抑制されず、耐摩耗性が不十分となる。また、Al量が多くなると第2皮膜層4が軟質化して摺動摩耗が抑制されず、耐摩耗性が低下することから、Alの原子比(e)は0.7以下とする。Alの原子比(e)は0.5〜0.6とすることが好ましい。
【0045】
(f)はLの原子比であり、0.15以下としている。Lは第2皮膜層4の酸化摩耗を抑制して耐摩耗性をさらに向上させるために添加する元素である。LはSi、Y、Bから選ばれる1種以上であって、単独添加であってもよいし、複合添加でもよい。Lを過度に添加すると第2皮膜層4の硬度が低下するため、Lの原子比(f)(Lが2種以上の場合は、各元素の原子比の合計)は0.15以下とする。Lの原子比(f)は0.1以下とすることが好ましく、さらに、0.05以下とすることが好ましい。また、Lの原子比(f)は、前記効果を十分に発揮させるためには、0.01以上が好ましい。
【0046】
(g)はCの原子比であり、0.5以下としている。Cの添加により、第2皮膜層4が高硬度化し、摺動摩耗が抑制され、耐摩耗性が向上する。Cの原子比(c)が0.5を超えると、第2皮膜層4の硬度化が不十分となる。Cの原子比(c)は0.3以下とすることが好ましい。
【0047】
(1−g)はNの原子比であり、0.5以上としている。Nは第2皮膜層4を高硬度化して耐摩耗性を向上させるために必須の元素である。Nの原子比(1−g)が0.5未満であると、第2皮膜層4の硬度化が不十分となり、摺動摩耗が抑制されず、耐摩耗性が低下する。
【0048】
第2皮膜層4の膜厚に関しては、第2皮膜層4の耐摩耗性を維持させる役割がある。したがって、第2皮膜層4の膜厚は2μm以上とすることが必要であり、より好ましくは3μm以上である。ただし、第2皮膜層4の膜厚が10μm超の場合には、膜応力が過大となり、第2皮膜層4の剥離が生じやすくなることから、第2皮膜層の膜厚は10μm以下とする。
【0049】
次に、本発明に係る硬質皮膜被覆部材の好ましい実施形態について説明する。
前記した硬質皮膜被覆部材1aは、以下の構成の第1皮膜層3、第2皮膜層4を備えることが好ましい。基材2については同様であるので、説明を省略する。
【0050】
(第1皮膜層)
第1皮膜層3が、CrNからなる。これは、前記一般式(1):Crl−a−b(C1−c)において、Mの原子比(a)、Bの原子比(b)およびCの原子比(c)を0とし、Crの原子比(1−a−b)およびNの原子比(1−c)を1としたものである。このように、第1皮膜層3をCrNに限定することで、基材2との高い密着性が確保される。また、第1皮膜層3の膜厚は前記と同様に1〜10μmである。
【0051】
(第2皮膜層)
第2皮膜層4が、一般式(3):Nb1−d−eCrAlNからなり、
0.1≦1−d−e≦0.3
0.1≦d≦0.3
0.5≦e≦0.6
を満足する。また、第2皮膜層4の膜厚は前記と同様に2〜10μmである。
【0052】
一般式(3)は、前記一般式(2):Nb1−d−e−fCrAl(C1-g)において、L(Si、Y、Bから選ばれる1種以上)の原子比(f)およびCの原子比(g)を0とし、Nbの原子比(1−d−e−f)およびCrの原子比(d)を0.1〜0.3、Alの原子比(e)を0.5〜0.6、Nの原子比(1−g)を1としたものである。このように、第2皮膜層4でのNb、Cr、AlおよびNの原子比を狭い範囲に限定することで、第2皮膜層4の酸化摩耗が高水準で抑制されると共に、第2皮膜層4の軟質化(摺動摩耗)が高水準で抑制される。
【0053】
前記組成(Nb1−d−eCrAlN)を有する第2皮膜層4は、その結晶構造が、立方晶岩塩型構造のみからなる単相、または、立方晶岩塩型構造と六方晶型構造とが混合した複相であることが好ましい。そして、六方晶成分は立方晶成分に比較して軟質であるため、六方晶成分の含有によって、第2皮膜層4の摺動摩耗が抑制されず、耐摩耗性が低下する傾向にある。したがって、複相の場合には、結晶構造中の六方晶成分の含有量を規定することが好ましい。
【0054】
なお、結晶構造中に六方晶成分が含まれる場合には、X線回折装置で測定した回析パターンにおいて、(100)面、(002)面、(101)面などに回折線が観察される。また、結晶構造中に立方晶成分が含まれる場合には、(111)面、(200)面に回析線が観察される。そして、回折線のピーク強度は、結晶構造中の各成分(立方晶成分または六方晶成分)の含有量に比例する。
【0055】
したがって、本発明では、結晶構造が複相の場合には、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)、六方晶の(100)面、(002)面および(101)面のピーク強度のうち最も大きいピーク強度を六方晶ピーク強度(Ih)とした際に、ピーク強度比(Ih/Ic)≦1を満足することが好ましい。より好ましくはピーク強度比(Ih/Ic)≦0.5である。ピーク強度比(Ih/Ic)>1では、結晶構造中の六方晶成分が多くなり、耐摩耗性が低下するため好ましくない。第2皮膜層4は、ピーク強度比(Ih/Ic)≦1を有することによって、結晶構造中の六方晶成分と立方晶成分の割合が適正なものとなり、優れた耐摩耗性が得られる。
【0056】
第2皮膜層4のピーク強度比(Ih/Ic)≦1は、例えば、第2皮膜層4の形成条件を制御することによって達成される。具体的には、カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により第2皮膜層4を形成する際、図2に示すような装置(成膜装置10)を使用し、装置(成膜装置10)内に設置された基材2のバイアス電圧を−30〜−200Vに制御する。また、バイアス電圧は、−50〜−100Vがより好ましい。バイアス電圧が−200Vを超えると、第2皮膜層4の成膜中に入射するイオンのエネルギーが大きく、基材2の温度上昇が著しくなり、成膜(堆積)よりもエッチングが優先され、第2皮膜層4の膜厚が非常に薄いものとなるため好ましくない。また、バイアス電圧が−30Vを下回ると、結晶構造中の六方晶成分が多くなり好ましくない。
【0057】
また、第2皮膜層4は、高融点金属で蒸発しにくい金属Nb粒子が第2皮膜層4中に取り込まれることがある。金属Nb粒子は軟質であることから、第2皮膜層4中への金属Nbの含有によって、第2皮膜層4の摺動摩耗が抑制されず、耐摩耗性が低下する傾向にある。そのため、第2皮膜層4に含有される金属Nb粒子の量を規定することが好ましい。そして、金属Nb粒子の含有量は、前記した六方晶成分の含有量と同様に、X線回析装置で測定した回析パターンにおいて、(110)面に観察される回析線のピーク強度に比例する。
【0058】
したがって、前記したように立方晶岩塩構造を含む第2皮膜層4の結晶構造が、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)とした際に、金属Nbの(110)面のピーク強度(In)と比較して、ピーク強度比(In/Ic)≦1を満足することが好ましい。より好ましくはピーク強度比(In/Ic)≦0.5である。ピーク強度比(In/Ic)>1では、第2皮膜層4中に取り込まれた金属Nb粒子の量が多くなり、耐摩耗性が低下するため好ましくない。第2皮膜層4は、ピーク強度比(In/Ic)≦1を有することによって、第2皮膜層4中に取り込まれる金属Nb粒子が少なくなり、表面平滑性に優れると共に、優れた耐摩耗性が得られる。
【0059】
第2皮膜層4のピーク強度比(In/Ic)≦1は、例えば、第2皮膜層4の形成条件を制御することによって達成される。具体的には、カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により図2に示すような装置(成膜装置10)を使用して第2皮膜層4を形成する際、ターゲット(蒸発源)12としてNbCrAlターゲットを使用するため、形成条件によっては、ターゲット12から金属Nb粒子が飛散して、基材2上に形成された第2皮膜層4中に取り込まれる。そして、ターゲット12からの金属Nb粒子の飛散は、装置(成膜装置10)内の窒素圧に強く影響される。
【0060】
本発明では、装置(成膜装置10)内の窒素圧を2Pa以上とすることで、金属Nb粒子の飛散が少なく、第2皮膜層4中への金属Nb粒子の取り込み量が少なくなり、第2皮膜層4のピーク強度(In/Ic)≦1が達成できることを見出した。窒素圧は2Pa以上が好ましいが、より好ましくは4Pa以上である。ただし、窒素圧が10Paを超えると、金属Nb粒子の第2皮膜層4中への取り込み量は減少するものの、第2皮膜層4の形成速度が低下し、第2皮膜層4の膜厚が非常に薄いものとなるため、好ましくない。また、窒素圧は、8Pa以下がより好ましい。
【0061】
また、前記した硬質皮膜被覆部材1aは、以下の構成の第1皮膜層3、第2皮膜層4を備えることが好ましい。基材2については同様であるので説明を省略する。
【0062】
(第1皮膜層)
第1皮膜層3が、CrNからなる。これは、前記一般式(1):Crl−a−b(C1−c)において、Mの原子比(a)、Bの原子比(b)およびCの原子比(c)を0とし、Crの原子比(1−a−b)およびNの原子比(1−c)を1としたものである。このように、第1皮膜層3をCrNに限定することで、基材2との高い密着性が確保される。また、第1皮膜層3の膜厚は前記と同様に1〜10μmである。
【0063】
(第2皮膜層)
第2皮膜層4が、一般式(4):Nb1−d−e−fCrAlSiNからなり、
0.1≦1−d−e−f≦0.3
0.1≦d≦0.3
0.5≦e≦0.6
0.01≦f≦0.05
を満足する。また、第2皮膜層4の膜厚は前記と同様に2〜10μmである。
【0064】
一般式(4)は、前記一般式(2):Nb1−d−e−fCrAl(C1-g)において、Cの原子比(g)を0とし、Nbの原子比(1−d−e−f)、Crの原子比(d)を0.1〜0.3、Alの原子比(e)を0.5〜0.6、LをSiに限定すると共に原子比(f)を0.01〜0.05とし、Nの原子比(1−g)を1としたものである。このように、第2皮膜層4でのNb、Cr、Al、SiおよびNの原子比を狭い範囲に限定することで、第2皮膜層4の酸化磨耗が高水準で抑制されると共に、第2皮膜層4の軟質化(摺動摩耗)が高水準で抑制される。
【0065】
次に、本発明に係る硬質皮膜被覆部材の他の実施形態について説明する。
図1(b)に示すように、硬質皮膜被覆部材1bは、基材2の表面に形成された第1皮膜層3と第2皮膜層4との間に積層膜7を備える。
【0066】
積層膜7が、第1皮膜層3と第2皮膜層4との間に備えられていることによって、第1皮膜層3と第2皮膜層4との間の密着性を高めることができ、外部応力下での第1皮膜層3および第2皮膜層4の剥離を抑制することができ、密着性が向上する。
ここで、基材2、第1皮膜層3および第2皮膜層4は、前記硬質皮膜被覆部材1aと同様であるので説明を省略し、以下では、積層膜7について説明する。
【0067】
(積層膜)
積層膜7は、第3皮膜層5と第4皮膜層6とが交互に積み重ねられて形成されたものである。そして、第3皮膜層5は、前記第1皮膜層3と同様な組成Cr1−a−b(C1−c)からなり、第1皮膜層3と同一または異なる原子比を有すると共に、第1皮膜層3より薄い膜厚を有するものである。また、第4皮膜層6は、前記第2皮膜層4と同様な組成Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、第2皮膜層4と同一または異なる原子比を有すると共に、第2皮膜層6より薄い膜厚を有するものである。
【0068】
積層膜7は、その積層周期が300nm以下、より好ましくは100nm以下である。ここで、積層周期とは、第3皮膜層5と第4皮膜層6とが各一層ずつ積み重ねられたとき積層膜7の膜厚を意味する。積層周期が300nm超であると、第1皮膜層3と第2皮膜層4との間の密着性の向上効果が得られない。
【0069】
積層膜7は、その合計膜厚が0.05μm以上、より好ましくは0.2μm以上である。合計膜厚が0.05μm未満であると、外部応力下での第1皮膜層3および第2皮膜層4の剥離を抑制することができない。ただし、合計膜厚が5μmを超えた場合でも、第1皮膜層3と第2皮膜層4との密着性の改善効果は5μm以下の場合と差がないことから、生産の効率を考えると合計膜厚は5μm以下が好ましい。
【0070】
図1(c)に示すように、硬質皮膜被覆部材1cは、前記した硬質皮膜被覆部材1a、1b(図1(a)、(b)参照)の基材2と第1皮膜層3との間に拡散層8をさらに備える。そして、基材2はCr含有析出炭化物を含有する。なお、基材2、第1皮膜層3、第2皮膜層4、第3皮膜層5および第4皮膜層6は前記と同様であるので説明を省略する。
【0071】
(拡散層)
拡散層8は、基材2を窒化、浸炭または窒化浸炭することによって形成する。そして、拡散層8の形成によって基材2のマトリックス部分が硬化するため、基材2の表面硬度が高まる。その結果、基材2のCr析出炭化物とマトリックスとの機械的特性の差違が最小化し、外部応力下における基材2の変形(第1皮膜層3の剥離)が抑制され、基材2と第1皮膜層3との密着性が向上する。また、窒化、浸炭または窒化浸炭はブラズマを利用した処理方法が好ましい。この拡散層8の深さとしては、10μm以上が好ましい。また、硬質皮膜被覆部材1cを負荷のかかる部分に使用する場合、外部応力の影響が基材2の深部に及ぶため、拡散層8の深さは50μm以上がより好ましく、さらに負荷の高い場合には100μm以上が必要である。
【0072】
前記した硬質皮膜被覆部材1a、1b、1cにおいて、第1皮膜層3、第2皮膜層4および積層膜7(第3皮膜層5、第4皮膜層6)の形成は、アークイオンプレーティング蒸発法によって形成することが好ましいが、アンバランスド・マグネトロン・スパッタリング蒸発法で形成してもよい。また、アークイオンプレーティング蒸発法を用いた成膜装置としては、例えば、以下のような成膜装置を用いる。図2は成膜装置の概略図である。
【0073】
図2に示すように、成膜装置10は、真空排気する排気口と、成膜ガスおよび希ガスを供給するガス供給口15とを有するチャンバー11と、アーク式蒸発源12に接続されたアーク電源13と、被処理体(基材2)を支持する基板ステージ16上の支持台17と、この支持台17と前記チャンバー11との間で支持台17を通して被処理体に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源14とを備えている。また、ヒータ18、放電用直流電源19、フィラメント加熱用交流電源20、フィラメント21等を備えている。本発明の実施に際しては、ガス供給口15からチャンバー11内へ供給するガスは、成膜成分(皮膜層の組成)に合わせて窒素(N)、メタン(CH)等の成膜ガスと、これらとアルゴン等の希ガスとの混合ガスを使用する。
【0074】
次に、本発明に係る成形用冶工具について説明する。
成形用冶工具は、図示しないが、前記硬質皮膜被覆部材1a、1b、1cを有するものである。成形用冶工具は、硬質皮膜被覆部材1a、1b、1cを有するため、耐摩耗性および密着性に優れ、金型等の成形用冶工具として好適に用いることができ、それらの耐久性が向上する。また、金型としては、プレス金型、鍛造型などの塑性加工型、打ち抜きパンチ、トリム等のせん断型あるいはダイカスト型などを挙げることができる。
【実施例】
【0075】
本発明の実施例および比較例を以下に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0076】
[例1]
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図2参照)を用いて表1〜3に示す組成の皮膜層を作製した。なお、基材としてはSKD11基板(熱処理して硬度をHRC60としたもの)を使用した。
表1〜3に示す基材を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、φ100mmのターゲット(蒸発源)を用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN雰囲気あるいはN+CHの混合ガス中にて成膜を実施した。基材への印加バイアスは−70Vである。この成膜に際しては、先ず第1皮膜層の組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に第1皮膜層を形成した後、蒸発源を切り替えて第2皮膜層の組成を有するターゲットにより、第2皮膜層を第1皮膜層上に形成した。
【0077】
このようにして皮膜層が形成されたサンプルについて、皮膜層の組成、硬度、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)を測定した。その結果を表1〜3に示す。
このとき、皮膜層の組成は、EPMAにより測定した。皮膜層の密着性は、先端半径200μmRのダイヤモンド圧子をサンプル表面に押しつけて、後記するスクラッチ試験で評価した。皮膜層の硬度については、マイクロビッカース硬度計を用いて、測定荷重0.25N、測定時間15秒の条件で測定した。皮膜層の摩耗深さは、後記する高温下における摺動試験で評価した。
【0078】
また、第2皮膜層の酸化開始温度を、別途白金上に第2皮膜層のみ形成したサンプルを使用して、熱天秤により測定した。乾燥空気中で4℃/分の速度で昇温しながら、酸化重量増加を測定し、急激に酸化重量増加が観察された温度を酸化開始温度と定義した。
【0079】
(スクラッチ試験)
・圧子:ダイヤモンド(先端半径200μmR)
・スクラッチ速度:10mm/分
・荷重増加速度:100N/分
・スクラッチ距離:20mm(0〜200N)
・評価基準(密着性評価基準):100N以上を合格
【0080】
(高温下における摺動試験)
・装置:ベーンオンディスク型摺動試験装置
・ベーン:SKD61(HRC50)
・ディスク:SKD11(HRC60)に皮膜形成したもの
・摺動速度:0.2m/秒
・荷重:500N
・摺動距離:2000m
・試験温度:500℃
・評価基準:摩耗深さ4μm以下を合格
【0081】
【表1】

【0082】
【表2】

【0083】
【表3】

【0084】
表1〜3の結果から、皮膜層の組成および膜厚が所定範囲内である実施例(No.4〜18、20〜26、28、29、32〜36、39〜42、45〜50、52〜56、58〜61、63、64、66〜68)は、皮膜層の組成および膜厚が所定範囲外である比較例(No.1〜3、19、27、30、31、37、38、43、44、51、57、62、65、69)に比較し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)が優れていた。
【0085】
[例2]
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図2参照)を用いて表4に示す組成の皮膜層を作製した。なお、基材としては、SKD11基板(熱処理して硬度をHRC60としたもの)を用いた。
表4に示す基材を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、φ100mmのターゲット(蒸発源)を用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN雰囲気中にて成膜を実施した。基材への印加バイアスは−70Vとした。
【0086】
この成膜に際しては、先ず第1皮膜層の組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に第1皮膜層(膜厚5μm)を形成した後、第1皮膜層形成用の蒸発源と第2皮膜層形成用の蒸発源を同時に放電させて、第3皮膜層と第4皮膜層とからなる積層膜を形成した。なお、図2に示す成膜装置では、2つの蒸発源の位置が離れており、基材がーつの蒸発源の前を通過する時にのみ皮膜層が形成されることから、同時に放電をさせても混合皮膜層は形成されないようになっている。この積層膜の形成の後、蒸発源を切り替えて第2皮膜層の組成を有するターゲットにより、第2皮膜層(膜厚5μm)を積層膜上に形成した。なお、積層膜部分の積層周期は基板の回転速度で制御し(第3皮膜層および第4皮膜層のそれぞれの膜厚は半分ずつとした)、積層膜の合計膜厚は成膜時間で制御した。その結果を表4に示す。第1皮膜層および第3皮膜層は、CrNからなるものである。第2皮膜層および第4皮膜層は、Nb0、2Cr0.2Al0.6Nからなるものである。
【0087】
このようにして皮膜層が形成されたサンプルについて、[例1]と同じ条件でスクラッチ試験および摺動試験を実施し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)を測定した。その結果を表4に示す。このとき、皮膜層の組成、積層膜の組成については、[例1]の場合と同様の方法で測定した。
【0088】
【表4】

【0089】
表4の結果から、積層膜の積層周期および合計膜厚が所定範囲内である実施例(No.2A〜13A)は、積層周期または合計膜厚が所定範囲外である実施例(No.1A、14A)に比較し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)が向上していた。
【0090】
[例3]
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図2参照)を用いて表5に示す組成の皮膜層を作製した。表5に示す基材を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、φ100mmのターゲット(蒸発源)を用い、アーク電流150Aとし、全圧力4PaのN雰囲気にて成膜を実施した。基材への印加バイアスは−70Vとした。なお、基材において、SKD11(生)は熱処理を行わず硬度がHRC30のもの、SKD11は熱処理を行い硬度をHRC60としたものである。
【0091】
この成膜に際しては、先ず第1皮膜層の組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に第1皮膜層を形成した後、第1皮膜層形成用の蒸発源と第2皮膜層形成用の蒸発源を同時に放電させて、第3皮膜層と第4皮膜層とからなる積層膜を形成した。この積層膜の形成の後、蒸発源を切り替えて第2皮膜層の組成を有するターゲットにより、第2皮膜層を積層膜上に形成した。なお、積層膜部分の積層周期は基板の回転速度で制御し(第3皮膜層および第4皮膜層のそれぞれの膜厚は半分ずつとした)、合計膜厚は成膜時間で制御した。その結果を表5に示す。第1皮膜層および第3皮膜層は、CrNからなるものである。第2皮膜層および第4皮膜層は、Nb0.2Cr0.2Al0.6Nからなるものである。なお、いくつかの基材については、第1皮膜層形成前に、プラズマ窒化またはプラズマ浸炭の拡散処理を下記の条件で実施し、その後、第1皮膜層を形成した。また、第1皮膜層および積層膜を形成せずに、基材上に第2皮膜層を形成することも行った。
【0092】
(プラズマ窒化処理)
・温度:550℃
・時間:1〜12時間
・雰囲気:窒素+5%Ar
・圧力:100Pa
・プラズマ源:直流DCプラズマ(1500V)
【0093】
(プラズマ浸炭処理)
・温度:950℃
・時間:1〜12時間
・雰囲気:Ar+5%メタン
・圧力:100Pa
・プラズマ源:直流DCプラズマ(1500V)
【0094】
このようにして皮膜層が形成されたサンプルについて、[例1]の場合と同様の条件でスクラッチ試験および摺動試験を実施し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)を測定した。その結果を表5に示す。このとき、皮膜層の組成、積層膜の組成、基材の硬度ついては、[例1]および[例2]の場合と同様の方法で測定した。
【0095】
【表5】

【0096】
表5の結果から、基材の硬度が所定範囲内、拡散処理を行った実施例(No.2B、4B、6B、13B〜20B)は、基材の硬度が所定範囲外である実施例(No.8B、12B)、拡散処理を行わなかった実施例(No.10B)に比較し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)が向上していた。また、第1皮膜層および積層膜を形成しなかった比較例(No.1B、3B、5B、7B、9B、11B)は、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)に劣っていた。
【0097】
[例4]
複数のアーク蒸発源を有する成膜装置(図2)を用いて皮膜層を作製した。なお、基材としては、SKD11基板(熱処理して硬度をHRC60としたもの)を使用した。
表6に示す基板を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を真空引き(1×10−3Pa以下に排気)した後、基材を約400℃まで加熱し、この後、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。この後、φ100mmのターゲット(蒸発源)を用い、アーク電流150Aとし、表6に示すバイアス電圧、窒素圧条件にて種々の皮膜層を形成した。
【0098】
この成腹に際しては、先ず第1皮膜層の組成を有するターゲットを使用して基材(基板)上に第1皮膜層(膜厚5μm)を形成した後、第1皮膜層形成用の蒸発源と第2皮膜層形成用の蒸発源を同時に放電させて、第3皮膜層と第4皮膜層とからなる積層膜を形成した。この積層膜の形成の後、蒸発源を切り替えて第2皮膜層の組成を有するターゲットにより、第2皮膜層(膜厚5μm)を積層膜上に形成した。なお、積層膜部分の積層周期は基板の回転速度で制御し、合計膜厚は成膜時間で制御した。第1皮膜層および第3皮膜層は、CrNからなるものである。第2皮膜層および第4皮膜層は、Nb0.2Cr0.2Al0.6Nからなるものである。積層膜の積層周期は50nm(第3皮膜層、第4皮膜層のそれぞれの膜厚はその半分ずつ)、合計膜厚は1μmとした。
【0099】
このように皮膜層が形成されたサンプルについて、皮膜層および積層膜の組成、皮膜層の密着性、硬度、酸化開始温度、摩耗深さを[例1]および[例2]の場合と同様にして測定した。皮膜層の結晶構造(ピーク強度比)に関しては、Cukαを線源に用いたX線回折装置により、θ−2θ法で六方晶、立方晶および金属Nbに属する回折線のピーク強度を測定し、ピーク強度比(六方晶/立方晶、金属Nb/立方晶)を算出した。その結果を表6に示す。
【0100】
【表6】

【0101】
表6の結果から、第2皮膜層のピーク強度比(バイアス電圧、窒素圧)が所定範囲内である実施例(No.4C〜8C、11C〜14C、16C)は、ピーク強度比(バイアス電圧、窒素圧)が所定範囲外である実施例(No.1C〜3C、10C)に比較し、密着性および摩耗深さ(耐摩耗性)が向上していた。
【0102】
なお、表6の比較例(No.9C、15C)については、バイアス電圧が高く、堆積よりもエッチングが優先されるため、あるいは、窒素圧が非常に高く成膜速度が遅いため、同じ時開成膜を行っても非常に薄い皮膜層しか形成できなかった(第1皮膜層および第2皮膜層の膜厚が所定範囲外となった)。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】(a)〜(c)は本発明に係る硬質皮膜被覆部材の構成を示す断面図である。
【図2】成膜装置の概略図である。
【符号の説明】
【0104】
1a、1b、1c 硬質皮膜被覆部材(部材)
2 基材
3 第1皮膜層
4 第2皮膜層
5 第3皮膜層
6 第4皮膜層
7 積層膜
8 拡散層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを含有する鉄基合金からなる基材と、前記基材の表面に膜厚1〜10μmで形成された第1皮膜層と、前記第1皮膜層の表面に膜厚2〜10μmで形成された第2皮膜層とを備え、
前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)からなり、MがW、V、Mo、Nb、Ti、Alから選ばれる1種以上の元素であり、a、b、cが原子比であるときに、
0≦a≦0.7
0≦b≦0.15
0≦c≦0.5
0.3≦1−a−b
を満足し、
前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、LがSi、Y、Bから選ばれる1種以上の元素であり、d、e、f、gが原子比であるときに、
0.05≦1−d−e−f≦0.5
0.05≦d≦0.5
0.4≦e≦0.7
0≦f≦0.15
0≦g≦0.5
を満足することを特徴とする硬質皮膜被覆部材。
【請求項2】
前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)においてa=0、b=0、c=0としたCrNからなり、
前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)においてf=0、g=0としたNb1−d−eCrAlNからなり、
0.1≦1−d−e≦0.3
0.1≦d≦0.3
0.5≦e≦0.6
を満足することを特徴とする請求項1記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項3】
前記第2皮膜層の結晶構造が、立方晶岩塩型構造のみからなる単相、または、立方晶岩塩型構造と六方晶型構造とが混合した複相であって、
前記複相の場合には、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)、六方晶の(100)面、(002)面および(101)面のピーク強度のうち最も大きいピーク強度を六方晶ピーク強度(Ih)とした際に、ピーク強度比(Ih/Ic)≦1を満足することを特徴とする請求項2に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項4】
前記第2皮膜層の結晶構造が立方晶岩塩型構造を含み、X線回析装置で測定した立方晶の(111)面および(200)面のピーク強度の大きい方のピーク強度を立方晶ピーク強度(Ic)とした際に、金属Nbの(110)面のピーク強度(In)と比較して、ピーク強度比(In/Ic)≦1を満足することを特徴とする請求項2に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項5】
前記第2皮膜層が、カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により形成され、前記第2皮膜層を形成する際、前記カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法に使用される装置内に設置された前記基板のバイアス電圧が−30〜−200Vであることを特徴とする請求項2に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項6】
前記第2皮膜層が、カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法により形成され、前記第2皮膜層を形成する際、前記カソード放電型アークイオンプレーティング蒸発法に使用される装置内の窒素圧が2〜10Paであることを特徴とする請求項2に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項7】
前記第1皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)においてa=0、b=0、c=0としたCrNからなり、
前記第2皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)においてg=0、LをSiとしたNb1−d−e−fCrAlSiNからなり、
0.1≦1−d−e−f≦0.3
0.1≦d≦0.3
0.5≦e≦0.6
0.01≦f≦0.05
を満足することを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項8】
前記第1皮膜層と前記第2皮膜層との間に、第3皮膜層と第4皮膜層とが交互に積み重ねられて形成された積層膜をさらに備え、
前記第3皮膜層が、Cr1−a−b(C1−c)からなり、前記第3皮膜層の膜厚が前記第1皮膜層の膜厚より薄く、
前記第4皮膜層が、Nb1−d−e−fCrAl(C1−g)からなり、前記第4皮膜層の膜厚が前記第2皮膜層の膜厚より薄く、
前記積層膜の積層周期が300nm以下、前記積層膜の合計膜厚が0.05μm以上であることを特徴とする請求項1から請求項7のうちのいずれか一項に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項9】
前記基材がCr含有析出炭化物を含有し、前記基材のロックウエル硬度がHRC50以上であることを特徴とする請求項1から請求項8のうちのいずれか一項に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項10】
前記基材と前記第1皮膜層との間に、前記基材の窒化、浸炭または窒化浸炭によって形成された拡散層をさらに備えることを特徴とする請求項9に記載の硬質皮膜被覆部材。
【請求項11】
請求項1から請求項10のうちのいずれか一項に記載の硬質皮膜被覆部材を有することを特徴とする成形用冶工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−1547(P2010−1547A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−163017(P2008−163017)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】