説明

磁気データ処理装置、磁気データ処理方法および磁気データ処理プログラム

【課題】動作環境に応じた最適な信頼性が保証された磁気データの利用を可能にする。
【解決手段】磁気センサから出力される磁気データを順次入力する入力手段と、複数の前記磁気データを母集団データ群として蓄積する蓄積手段と、前記母集団データ群の分布指数を導出する指数導出手段と、前記分布指数と判定基準とに基づいて前記母集団データ群の信頼性について合否を判定する信頼性判定手段と、前記母集団データ群の信頼性が合格と判定されると前記判定基準を厳格化し、前記母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると前記判定基準を緩和する判定基準設定手段と、を備える磁気データ処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気データ処理装置、磁気データ処理方法および磁気データ処理プログラムに関し、特に磁気データの信頼性を判定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、方位などを計測するために磁気センサが用いられている。磁気センサによって磁気を計測すると、磁気センサの出力には地磁気などの計測対象の成分以外にもノイズ成分やオフセット成分が混入している。例えば、車両に取り付けられたPND(Personal Navigation Device)において磁気センサによって地磁気を計測する場合、オフセット成分は、PND自体や車両の着磁によるものであったり、磁気センサの温度特性によるものである。オフセット成分は温度や車両の着磁状態といった動作環境の変化に応じて変化する。このため、磁気センサの出力に基づいて導出されるオフセット成分を磁気センサの出力から差し引くことによって磁気センサの出力が補正される(例えば特許文献1、2参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2007−107921号公報
【特許文献2】特開2007−139715号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両に設置されたPNDにおいて磁気センサによって地磁気を計測する場合のノイズ成分は、PND自体や車両に搭載されている電子回路が発生源となる磁気によるものや、ガウス分布に従う磁気センサの出力のゆらぎによるものである。したがってノイズ成分を打ち消す補正は困難である。このため磁気センサを用いたシステムにおいて磁気センサの出力から導出されるデータには誤差が含まれている。しかし、磁気センサの出力の誤差が大きい場合や、ある磁気データの誤差が別の磁気データの誤差を増幅するような場合にはシステムの信頼性が大きく損なわれるため、磁気センサの出力である磁気データの信頼性を判定することは重要である。
【0005】
一般に、磁気データの信頼性はその分布をある指数で示し、その指数と閾値との比較を行い、比較結果に基づいて判定される。
しかし、磁気センサの動作環境によってノイズ成分の大きさが異なる場合、予め設定された固定の閾値を用いて磁気データの信頼性を判定すると次のような問題がある。すなわち、ノイズ成分が平均的に小さい環境にねらいを定めて閾値が設定されている場合、ノイズ成分が平均的に大きい環境においては磁気データの信頼性が不合格と判定されてしまう頻度が高まるために磁気データを利用できない頻度が高まる。逆にノイズ成分が平均的に大きな環境にねらいを定めて閾値が設定されている場合、ノイズ成分が平均的に小さい環境においては、不合格と判定しても磁気データの利用頻度が実用範囲を超えて低くなることもない程度に信頼性が低い磁気データまでもが合格判定されるために、システムの信頼性が低くなるという問題がある。
【0006】
本発明はこのような問題を解決するために創作されたものであって、動作環境に応じた最適な信頼性が保証された磁気データの利用を可能にすることを目的にする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記目的を達成するための磁気データ処理装置は、磁気センサから出力される磁気データを順次入力する入力手段と、複数の磁気データを母集団データ群として蓄積する蓄積手段と、母集団データ群の分布指数を導出する指数導出手段と、分布指数と判定基準とに基づいて母集団データ群の信頼性について合否を判定する信頼性判定手段と、母集団データ群の信頼性が合格と判定されると判定基準を厳格化し、母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると判定基準を緩和する判定基準設定手段と、を備える。
【0008】
本発明によると複数の磁気データからなる母集団データ群の信頼性を判定するための判定基準が判定結果によって動的に設定される。すなわち判定結果が合格であれば判定基準が厳格化され、判定結果が不合格であれば判定基準が緩和される。したがって信頼性の判定結果が合格になると、その後、より厳格な判定基準に基づいて信頼性が判定される。すなわちあるタイミングで母集団データ群の信頼性が合格と判定された後に別の母集団データ群として蓄積される複数の磁気データの信頼性が合格と判定される場合には、後の母集団データ群はより高い信頼性を保証されることになる。したがってノイズ成分が平均的に小さな動作環境では信頼性の高い磁気データを利用することが可能になる。一方、信頼性の判定結果が不合格になると、その後、緩和された判定基準に基づいて信頼性が判定される。すなわちあるタイミングで母集団データ群の信頼性が不合格と判定された後に別の母集団データ群として蓄積される複数の磁気データは、信頼性を合格と判定されやすくなる。したがってノイズ成分が平均的に大きな動作環境では磁気データを利用できる頻度が高まる。
【0009】
(2)設定可能な信頼性の判定基準は2段階でも良いが、母集団データ群の信頼性について合否を判定する度に、判定基準を段階的に変更することが好ましい。すなわち信頼性の判定基準を3段階以上に設定し、動作環境に応じた最適な判定基準をきめ細かく設定することが好ましい。
【0010】
(3)母集団データ群の信頼性について合否を判定する度に判定基準をきめ細かく段階的に変更すると、動作環境が著しく変化した後のしばらくの期間は、変化後の動作環境に対して厳しすぎるか緩すぎる判定基準で信頼性が判定されることになる。設定可能な判定基準が無限に広い場合、変化後の動作環境に対して適切な判定基準が設定されるまでに要する期間が不当に長くなる。例えばノイズ成分が著しく小さい動作環境で極めて厳格な判定基準が設定された後にノイズ成分が大きな動作環境に移行したとする。ノイズ成分が著しく小さい動作環境で設定される判定基準が実用上意味の無いほどに厳格であるとするならば、ノイズ成分が大きな動作環境に移行した後にその動作環境に適合した判定基準が設定されるまでの期間は無駄に消費されることになる。したがって信頼性の判定基準の設定範囲は予め限定しておくことが好ましい。
【0011】
(4)母集団データ群の信頼性について合否を判定する度に判定基準を厳格化または緩和すると、統計的には合格率は50%に収束する。判定基準が段階的に設定される場合、合格率が50%に収束する状態では判定基準はある範囲を上下することになる。判定基準の段階が十分きめ細かい場合、判定基準が所定範囲に収束している状態ではその範囲で最も緩い判定基準に固定したとしても、十分厳格な判定基準で磁気データの信頼性を判定できるといえるし、また信頼性判定の合格率を上げることができる。また判定基準の段階が十分きめ細かい場合、判定基準が所定範囲に収束している状態ではその範囲で最も厳しい判定基準よりわずかに緩い判定基準に固定すれば、ある動作環境において実用上最も厳しい判定基準で磁気データの信頼性を判定できるといえる。判定基準を固定する場合には、固定直前の判定基準に固定しても良いし、固定直前の判定基準を基準とする新たな判定基準に固定しても良い。
【0012】
(5)本発明において磁気データの信頼性は複数の磁気データからなる母集団データ群の分布指数と判定基準とを用いて判定されるが、判定に用いられる母集団データ群の分布指数は母集団データ群を構成する磁気データの信頼性を特定の指標において示す指数であればよい。このような分布指数には重心からみた磁気データの分布範囲を示す中心角度や、分散、中央値、最大値、最小値、平均など統計学で用いられる様々な指数を用いることが出来る。そして判定基準と直接対比される分布指数はこれらのように数学的に定義づけされた値そのものではなくてもよく、そのような値の関数であっても良い。
【0013】
(6)本発明において信頼性が判定された磁気データの利用方法は種々のものが考えられ、合格判定された母集団データ群に含まれる1つの磁気データを物体の方向や位置を示すデータとして利用してもよいが、信頼性について合格と判定された母集団データ群に基づいて磁気データのオフセットを導出することは非常に効果的である。前述したとおり磁気データのオフセットは温度や車両の着磁状態といった動作環境の変化に応じて変化するものであり、このようなオフセット要因から生ずるオフセット成分を磁気データから取り除くオフセット補正に用いられる。このようなオフセット自体に大きな誤差が含まれている場合には、オフセット補正される磁気データ全てに大きな誤差が含まれることになる。このためオフセットの導出には、どのような動作環境であってもその動作環境においてできるだけ厳格な判定基準を用いて信頼性を保証された母集団データ群を用いるべきである。したがって信頼性について合格と判定された母集団データ群に基づいて磁気データのオフセットを導出することは非常に効果的である。
【0014】
(7)分布指数と判定基準を用いた合否判定の処理は最終的に合格または不合格の二値判定がなされるものであればよいが、その処理が単純であるほど合否判定の処理を高速化することが出来る。このため判定基準である単一の閾値と単一の分布指数との大小比較に基づいて母集団データ群の信頼性について合否を判定するとよい。
【0015】
(8)本発明の磁気データ処理装置は、磁気センサとは別の装置として構成しても良いし、磁気センサを備えた装置として構成しても良い。
【0016】
(9)さらに本発明は、上記の磁気データ処理装置と、磁気センサと、オフセットに基づいて磁気データを補正する補正手段と、補正された磁気データに基づいて方位を報知する方位報知手段と、を備えるナビゲーション装置としても成立する。
【0017】
(10)また本発明は、磁気センサから出力される磁気データを順次入力し、複数の磁気データを母集団データ群として蓄積し、母集団データ群の分布指数を導出し、分布指数と判定基準とに基づいて母集団データ群の信頼性について合否を判定し、母集団データ群の信頼性が合格と判定されると判定基準を厳格化し、母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると判定基準を緩和する、ことを含む磁気データ処理方法としても成立する。
【0018】
(11)また本発明は、磁気センサから出力される磁気データを順次入力する入力手段と、複数の磁気データを母集団データ群として蓄積する蓄積手段と、母集団データ群の分布指数を導出する指数導出手段と、分布指数と判定基準とに基づいて母集団データ群の信頼性について合否を判定する信頼性判定手段と、母集団データ群の信頼性が合格と判定されると判定基準を厳格化し、母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると判定基準を緩和する判定基準設定手段と、としてコンピュータを機能させる磁気データ処理プログラムとしても成立する。
【0019】
尚、請求項に記載された動作の順序は、技術的な阻害要因がない限りにおいて記載順に限定されず、同時に実行されても良いし、記載順の逆順に実行されても良いし、連続した順序で実行されなくても良い。また請求項に記載された各手段の機能は、構成自体で機能が特定されるハードウェア資源、プログラムにより機能が特定されるハードウェア資源、又はそれらの組み合わせにより実現される。また、これら各手段の機能は、各々が物理的に互いに独立したハードウェア資源で実現されるものに限定されない。さらに、本発明は磁気データ処理プログラムの記録媒体としても成立する。むろん、そのコンピュータプログラムの記録媒体は、磁気記録媒体であってもよいし光磁気記録媒体であってもよいし、今後開発されるいかなる記録媒体であってもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態を添付図面を参照しながら以下の順に説明する。尚、各図において対応する構成要素には同一の符号が付され、重複する説明は省略される。
*************
1.ハードウェア構成
2.ソフトウェア構成
3.磁気データ処理方法の概要
4.分布指数
5.判定基準の設定
6.オフセット導出
7.他の実施形態
*************
【0021】
1.ハードウェア構成
図1は本発明のナビゲーション装置の一実施形態を示すブロック図である。ナビゲーション装置1は互いに直交するx、yの2方向について磁界の強さを検出することによって地磁気の方向を検出し、ユーザに方位を報知する。ナビゲーション装置1は自動車などの任意の車両に取り付けられるPNDである。
【0022】
磁気データ処理装置10は、磁気センサ2と制御部4とで構成されている。制御部4は磁気センサ2から磁気データを入力し、オフセット補正された磁気データに基づいて進行方位や走行予定経路を画像情報や音声情報として運転者に報知する。制御部4によって制御されるディスプレイ6には進行方位や走行予定経路を示す画像が表示される。制御部4によって制御されるスピーカ7からは進行方位や走行予定経路を示す音声が出力される。
【0023】
磁気センサ2は、磁界ベクトルのx方向成分、y方向成分をそれぞれ検出するx軸センサ21とy軸センサ22とを備えている。x軸センサ21、y軸センサ22は、いずれも磁気抵抗素子、ホール素子等で構成され、指向性のある1次元磁気センサであればどのようなものであってもよい。x軸センサ21およびy軸センサ22は、それぞれの感度方向が互いに直交するように固定されている。x軸センサ21およびy軸センサ22の出力は、時分割して磁気センサI/F(Inter face)23に入力される。磁気センサI/F23では、x軸センサ21およびy軸センサ22からの入力が増幅された後にAD変換される。磁気センサI/F23から出力されるディジタルの磁気データはバス5を介して制御部4に入力される。
【0024】
制御部4は、CPU40とROM42とRAM44と制御I/F43とを備えている所謂コンピュータである。CPU40はナビゲーション装置1の全体制御を司るプロセッサである。制御部4と磁気センサ2などの周辺装置とは制御I/F43を介してデータを送受する。ROM42は、CPU40によって実行される磁気データ処理プログラムや、ナビゲーション装置の機能を実現するための種々のプログラムが格納されている、不揮発性の記憶媒体である。RAM44はCPU40の処理対象となるデータを一時的に保持する揮発性の記憶媒体である。尚、磁気データ処理装置10と磁気センサ2とを1チップの磁気データ処理装置として構成することもできる。
【0025】
2.ソフトウェア構成
図2は、磁気データ処理プログラム90の構成を示すブロック図である。磁気データ処理プログラム90は、ナビゲーションプログラム98に方位データを出力するためのプログラムであって、ROM42に格納されている。方位データは地磁気の方向を示すベクトルデータである。磁気データ処理プログラム90は、バッファ管理モジュール92、オフセット導出モジュール94、方位導出モジュール96等のモジュール群で構成されている。
【0026】
バッファ管理モジュール92は、磁気センサ2から順次出力される磁気データを入力し、入力した磁気データをオフセット更新に用いるためにバッファに蓄積するプログラム部品であって、制御部4を入力手段及び蓄積手段として機能させる。バッファとしてのRAM44に蓄積される磁気データ群が母集団データ群である。
【0027】
オフセット導出モジュール94は、バッファ管理モジュール92によって保持されている母集団データ群に基づいて新オフセットを導出し、旧オフセットを新オフセットに更新するプログラム部品であって、制御部4を指数導出手段、信頼性判定手段、判定基準設定手段およびオフセット導出手段として機能させる。尚、旧オフセットが新オフセットに更新された時点でその新オフセットは旧オフセットになるため、誤解のない文脈では旧オフセットのことを単にオフセットというものとする。実際には、方位データの補正に用いられるオフセットは1つの変数に設定され、新オフセットはその変数とは別の変数として導出され、導出された時点で方位データの補正に用いられる変数に設定される。
【0028】
方位導出モジュール96は、磁気センサ2から順次出力される磁気データをオフセット導出モジュール94が保持しているオフセットによって補正して方位データを生成するプログラム部品であって、制御部4を補正手段として機能させる。具体的には、方位導出モジュール96は、ベクトルデータである磁気データの各成分からオフセットの各成分を引き算して得られるベクトルデータを方位データとして出力する。
【0029】
ナビゲーションプログラム98は方位データが示す現在進行方位と地図情報と現在地点情報とに基づいて右左折予定交差点で右左折方向を運転者に報知する周知のプログラムであって、制御部4を方位報知手段として機能させる。尚、方位データは、単に東西南北を文字や矢印や音声で報知するためにのみ用いられてもよいし、ディスプレイ6に表示される地図のヘディングアップ処理に用いられてもよい。
【0030】
3.磁気データ処理方法の概要
図3はオフセットを導出するために磁気データの信頼性を判定する処理の流れを示すフローチャートである。図3に示す処理はオフセットの更新要求が発生したときにCPU40がバッファ管理モジュール92およびオフセット導出モジュール94を実行することによって進行する。オフセットの更新要求は、一定の時間間隔で発生してもよいし、ドライバーの明示的な指示により発生してもよい。
【0031】
まずステップS100においてバッファ管理モジュール92は新オフセットの導出に用いられる磁気データを入力しバッファに格納する。自動車の進行方位がほとんど変化していない状況において、短い時間間隔で順次磁気センサ2から磁気データを入力すると、連続入力される2つの磁気データ間の距離が近くなる。距離が互いに近い複数の磁気データが限られた容量のバッファに格納されることは、メモリ資源の浪費であるし、無駄なバッファの更新処理を発生させる。また、互いの距離が近い磁気データ群に基づいて新オフセットを導出すると、偏った分布を持つ母集団データ群に基づいて精度の低い新オフセットが導出される可能性がある。そこで、バッファの更新必要性が次のように判定されてもよい。例えば、直前にバッファに格納された磁気データと最後に入力された磁気データとの距離が、あるしきい値より小さければ、バッファの更新必要性がないと判定され、最後に入力された磁気データはバッファに格納されることなく破棄される。
【0032】
次にステップS110においてバッファ管理モジュール92は新オフセットを導出するために必要な規定個数の磁気データがバッファに蓄積されたかを判定する。すなわち、母集団データ群の要素数は予め決められている。所定個数の磁気データがバッファに蓄積されるまで、ステップS100とステップS110の処理が繰り返される。
【0033】
所定個数の磁気データがバッファに蓄積されるとオフセット導出モジュール94は母集団データ群の信頼性の合否を判定する(ステップS120)。すなわちオフセット導出モジュール94は母集団データ群に基づいて母集団データ群の分布指数を導出し、分布指数と判定基準とに基づいて母集団データ群の信頼性を判定する。
【0034】
母集団データ群の信頼性が合格と判定されると、オフセット導出モジュール94は判定基準を厳格化し(ステップS130)、母集団データ群に基づいて新オフセットを導出し、その後に母集団データ群を破棄する。(ステップS140)。すなわち母集団データ群の信頼性が合格と判定されると、厳格化された判定基準が次回以後の合否判定に備えて設定される。
【0035】
母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると、オフセット導出モジュール94は判定基準を緩和する(ステップS135)。すなわち緩和した判定基準が次回以後の合否判定に備えて設定される。この場合、新オフセットは導出されず、母集団データ群は破棄される。
【0036】
ステップS140またはステップS135の処理が終了すると、ステップS100の処理に戻り、上述の処理が繰り返される。方位導出モジュール96は、以上の処理によって随時導出される新オフセットでオフセットを更新しながら、最新のオフセットと磁気データとに基づいて方位データを導出し、方位データをナビゲーションプログラム98に出力する。
【0037】
4.分布指数
上述した分布指数は母集団データ群を構成する磁気データの信頼性を特定の指標において示す指数であればどのようなものであってもよいが、以下3つの具体例について説明する。
【0038】
(1)分散
磁気センサ2から出力される磁気データの分散はノイズ成分が小さいほど小さくなる。したがって分散が大きい母集団データ群の信頼性は低く、分散が小さい母集団データ群の信頼性は高いといえる。磁気データの分散をそのまま分布指数として用いることもできるが、ここでは分散の関数を分布指数として用いる。すなわち、母集団データ群を構成する複数の磁気データの個数、重心をそれぞれN、c(cx、cy)、バッファをQとして母集団データ群qを次式(1)で表すとき、
qi=(qix,qiy) (i=0,1,2・・・)・・・(1)
【0039】
分布指数を次式(3)で定義されるSとする。
【数1】

【0040】
このように導出する分布指数Sと判定基準となる閾値Sとの大小を比較することにより母集団データ群の信頼性を判定することが出来る。すなわちS>Sの場合には不合格とし、そうでない場合には合格とすればよい。このような2つの値の大小比較による合否判定は単純であるために高速処理が可能である。
【0041】
(2)分布の固有値
磁気データにはノイズ成分が含まれているため、決められた個数の磁気データからなる母集団データ群からオフセットを導出する場合、母集団データ群の分布範囲が狭い場合にはオフセットの精度が下がる。したがってオフセットを導出するために用いる磁気データ群として母集団データ群の信頼性を判定するには、分布範囲が狭い母集団データ群の信頼性は低く、分布範囲が広い母集団データ群の信頼性は高いといえる。予め決められた個数の磁気データを母集団データ群とすることは、予め決められた期間内に蓄積される磁気データ群を母集団データ群とするということである。ナビゲーション装置1が取り付けられている車両の進行方向が短時間に大きく変わる状況では広い分布の母集団データ群が蓄積される。例えば車両が山道を走行している状況では平均的に広い分布の母集団データ群が蓄積される。このような状況ではなるべく母集団データ群の信頼性を合格とする判定基準を上げて精度の高いオフセットを導出することが好ましい。
【0042】
磁気データはオフセットを中心とする円周または球面の近傍に分布するため、母集団データ群の分布の主軸の長さと主軸に直交する軸の長さの比は、磁気データの分布が広いほど1に近くなる。母集団データ群の分布の主軸の長さと主軸に直交する軸の長さの比を分布指数とするならば、次式(4)で定義される行列Aの固有値の比λ2/λ1を分布指数Sとすればよい。式(1)で表される母集団データ群の分布の主値は母集団データ群の重心を始点とし各磁気データを終点とするベクトルの和を用いて式(4)、(5)、(6)で定義される対称行列Aの固有値である。
【数2】

【0043】
行列Aは、式(7)とも書けるため、分散共分散行列のN倍に相当する。
【数3】

【0044】
(3)分布の中心角
オフセットを導出するために用いる磁気データ群として母集団データ群の信頼性を判定するとき、母集団データ群の重心とその母集団データ群の任意の2つの磁気データとを結ぶ2つの線分がなす角の最大値(この値を分布の中心角というものとする。)が180°に近いほど信頼性が高いと判定することもできる。このような分布の中心角またはその関数を分布指数として用いる場合、その中心角を構成する2つの磁気データを終点とし、重心を始点とするベクトルの内積を分布指数Sとすればよい。
【0045】
5.判定基準の設定
上述したステップS130およびステップS135において設定される判定基準は単一の閾値Sである。閾値Sの値の取り方によってオフセットが更新される頻度やオフセットの精度が変わる。図4Aから図4Dは閾値Sの値の取り方とオフセットが更新される頻度とオフセットの精度の関係を説明するためのグラフである。
【0046】
図4Aは判定基準である閾値Sの取り得る値が二値である場合における判定基準の推移を示している。閾値Sの取り得る値が二値である場合には、相対的に厳格な閾値Sが設定されているときに母集団データ群の信頼性が合格になっても閾値Sは変化せず、また相対的に緩い閾値Sが設定されているときに母集団データ群の信頼性が不合格になっても閾値Sは変化しない。図4Aに示す例では時刻tからt11の期間における時刻tと時刻tとを除いた時刻において母集団データ群の信頼性は合格と判定される。また時刻t、t、t、t、t、t10、t11においては厳格な判定基準に従って母集団データ群の信頼性が合格と判定される。時刻t、t、tにおいては緩い判定基準に従って母集団データ群の信頼性が合格と判定される。
【0047】
図4Bは判定基準である閾値Sの取り得る値が多値であり、母集団データ群の信頼性について合否を判定する度に閾値Sを段階的に変更する場合における判定基準の推移を示している。この場合において、閾値Sの初期値が設定されている時刻tから時刻tまで合格し続けるとすれば、時刻tから時刻tまで徐々に判定基準が厳格化され続ける。時刻tにおいて不合格になった後、時刻tで動作環境が変わるまでの期間、時刻t、tにおける判定基準である閾値St1、St2の値に近い範囲において閾値Sは振動する。閾値Sを段階的に厳格化する方法としては、閾値Sが大きくなるほど判定基準が厳格になる場合、閾値Sに正の定数を加えても良いし、閾値Sに1より大きい正の定数を乗じても良い。閾値Sが小さくなるほど判定基準が厳格になる場合、閾値Sから正の定数を減じても良いし、閾値Sに1より小さい正の定数を乗じても良い。閾値Sを段階的に緩和する方法としては、閾値Sが小さくなるほど判定基準が緩和される場合、閾値Sから正の定数を減じても良いし、閾値Sを1より小さい正の定数で乗じても良い。閾値Sが大きくなるほど判定基準が緩和される場合、閾値Sに正の定数を加えても良いし、閾値Sに1より大きい正の定数を乗じても良い。
【0048】
ここでナビゲーション装置1の動作環境が時刻tにおいてノイズ成分が非常に小さい動作環境1からノイズ成分が非常に大きい動作環境2に変わったとする。すると図4Bに示すように時刻tでは非常に厳格な判定基準である閾値St3が設定されているためにノイズ成分が非常に大きい動作環境2に適合した閾値Sが設定される時刻tまでにはかなり長い時間を要することになる。そして時刻tから時刻tまでの間は母集団データ群の信頼性が不合格と判定され続けるために、動作環境が変わっているにも関わらずオフセットは更新されないことになる。オフセットは、例えばナビゲーション装置1がある車両から別の車両に付け替えられた結果としてナビゲーション装置1の周辺の着磁状況が変化したり温度が変化したときにこそ、素早く更新することが望ましい。
【0049】
そこで判定基準である閾値Sの設定範囲を予め限定することが望ましい。図4Cは閾値Sを厳格化する方向について設定可能な限界値を予め定める場合における判定基準の推移を示している。また図4Cは図4Bと全く同じように動作環境が推移する場合における判定基準の推移を示している。この場合、時刻tにおいて閾値Sが上限値であるSに設定されると、その後は動作環境が動作環境1から動作環境2に変わるまで、判定基準である閾値はSの一定値となる。そして閾値Sは図4Bに示した時刻tにおける閾値よりも小さいため、動作環境が2に変わってから動作環境2に適合した閾値が設定されるまでに要する時間は短縮される。また固定の閾値Sが母集団データ群の分布の分散関数と比較される構成において、動作環境1においては常に閾値Sによって判定されても合格になる程度にノイズ成分が小さい場合には、時刻tから時刻tまでの期間中、合格頻度は100%になり得る。すなわちこの場合、オフセットが更新される頻度が高まるという効果も得られる。
【0050】
ところで、判定基準である閾値Sが動作環境に適合した範囲に設定されると、狭い範囲内で閾値Sが振動することになるが、このような状態での合格率は統計的には50%となる。閾値Sを十分細かい段階で設定可能な構成であれば、閾値Sが振動し始めた後、すなわち閾値Sが狭い範囲に収束した後に閾値Sを固定してもよい。たとえば図4Dに示すように閾値Sが比較的厳格な範囲に収束している状態では振動している範囲内で最も緩い値に閾値Sを固定したとしても、十分厳格な判定基準で磁気データの信頼性を判定できるといえるし、また信頼性判定の合格率を上げることができる。逆に閾値Sが振動している範囲内で最も厳格な値よりもわずかに緩い値に閾値Sを固定すれば、実用上最も厳しい判定基準で磁気データの信頼性を判定できるといえる。閾値Sが狭い範囲に収束しているかどうかは、信頼性を所定回数判定する中で判定合格と不合格の比率が50%に近くなっているかどうかを計算したり、信頼性を所定回数判定するうちに導出された閾値Sの分散がある程度小さくなっているかを計算することによって判定できる。
【0051】
6.オフセット導出
磁気センサ2から順次入力される複数の磁気データからなる母集団データ群に基づいて磁気データのオフセットを導出する方法は、本件発明者によって複数提案されている(特開2007−240270号公報、特開2007−205944号公報、特開2007−139715号公報、特開2007−107921号公報)。信頼性について合格と判定された母集団データ群からオフセットを導出する方法は統計的な方法でも統計的でない方法でも良いが、以下に統計的な方法の一例を説明する。
【0052】
母集団データ群が同一直線上にない3つの磁気データで構成されている場合、母集団データ群が分布する円周は統計的手法を用いることなく一意に特定される。この円周の中心の位置ベクトルc=(cx、cy)は連立方程式(8)を解くことによって得られる。尚、2変数に対して等号制約が3つあるが、等号制約の1つは冗長になっているため方程式(8)は必ず解を持つ。
【数4】

【0053】
母集団データ群の要素数が4個以上あるときについて、jを次式(10)で定義する。
【数5】

【0054】
このとき、cについての連立一次方程式(11)が解を持てば、その解は、母集団データ群が分布する円周の中心である。
Xc=j・・・(11)
【0055】
しかし、2磁気センサ2自体の測定誤差を考慮すると、現実には、方程式(11)が解を持つことはあり得ない。そこで、統計的な手法により尤もらしい解を得るために、次式(11)で定義されるベクトルeを導入する。
e=Xc−j・・・(12)
【0056】
||e||22(すなわちeTe)を最小にするcが、母集団データ群が最も近くに分布する円周の中心として尤もらしいといえる。||e||22を最小にするcを求める問題は、行列Aが正則のときには次式(13)の目的関数を最小にする最適化問題となる。
【数6】

【0057】
すなわち式(13)の目的関数f(c)を最小にするcを求めることにより、新オフセットが導出される。目的関数f(c)を最小にするcは、本実施形態で想定している(XX)が正則のときは式(14)のように書くことができる。
【数7】

【0058】
7.他の実施形態
尚、本発明の技術的範囲は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。例えば、本発明は3次元の磁気データについても同様に適用できる。また本発明は地磁気を計測するための磁気データ処理装置に限らず、地磁気以外の磁気を計測するための磁気データ処理装置にも適用できる。また本発明が適用されるナビゲーション装置として携帯型のPNDを例示したが、車両完成後に取り付けられる据え置き型のナビゲーション装置や、歩行者向けのナビゲーション装置に本発明を適用しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の実施形態にかかるブロック図。
【図2】本発明の実施形態にかかるブロック図。
【図3】本発明の実施形態にかかるフローチャート。
【図4】本発明の実施形態にかかるグラフ。
【符号の説明】
【0060】
1:ナビゲーション装置、2:磁気センサ、4:制御部、5:バス、6:ディスプレイ、7:スピーカ、10:磁気データ処理装置、21:x軸センサ、22:y軸センサ、23:磁気センサI/F、40:CPU、42:ROM、43:制御I/F、44:RAM、90:磁気データ処理プログラム、92:バッファ管理モジュール、94:オフセット導出モジュール、96:方位導出モジュール、98:ナビゲーションプログラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気センサから出力される磁気データを順次入力する入力手段と、
複数の前記磁気データを母集団データ群として蓄積する蓄積手段と、
前記母集団データ群の分布指数を導出する指数導出手段と、
前記分布指数と判定基準とに基づいて前記母集団データ群の信頼性について合否を判定する信頼性判定手段と、
前記母集団データ群の信頼性が合格と判定されると前記判定基準を厳格化し、前記母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると前記判定基準を緩和する判定基準設定手段と、
を備える磁気データ処理装置。
【請求項2】
前記判定基準設定手段は、前記母集団データ群の信頼性について合否を判定する度に、前記判定基準を段階的に変更する、
請求項1に記載の磁気データ処理装置。
【請求項3】
前記判定基準の設定範囲は予め限定されている、
請求項2に記載の磁気データ処理装置。
【請求項4】
前記判定基準設定手段は、前記判定基準が所定範囲に収束すると前記判定基準を固定する、
請求項2または3に記載の磁気データ処理装置。
【請求項5】
前記分布指数は前記母集団データ群の分散の関数である、
請求項1から4のいずれか一項に記載の磁気データ処理装置。
【請求項6】
信頼性について合格と判定された前記母集団データ群に基づいて前記磁気データのオフセットを導出するオフセット導出手段をさらに備える、
請求項1から5のいずれか一項に記載の磁気データ処理装置。
【請求項7】
前記信頼性判定手段は、前記判定基準である単一の閾値と単一の前記分布指数との大小比較に基づいて前記母集団データ群の信頼性について合否を判定する、
請求項1から6のいずれか一項に記載の磁気データ処理装置。
【請求項8】
前記磁気センサをさらに備える、
請求項1から7のいずれか一項に記載の磁気データ処理装置。
【請求項9】
請求項6に記載の磁気データ処理装置と、
前記磁気センサと、
前記オフセットに基づいて前記磁気データを補正する補正手段と、
補正された前記磁気データに基づいて方位を報知する方位報知手段と、
を備えるナビゲーション装置。
【請求項10】
磁気センサから出力される磁気データを順次入力し、
複数の前記磁気データを母集団データ群として蓄積し、
前記母集団データ群の分布指数を導出し、
前記分布指数と判定基準とに基づいて前記母集団データ群の信頼性について合否を判定し、
前記母集団データ群の信頼性が合格と判定されると前記判定基準を厳格化し、前記母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると前記判定基準を緩和する、
ことを含む磁気データ処理方法。
【請求項11】
磁気センサから出力される磁気データを順次入力する入力手段と、
複数の前記磁気データを母集団データ群として蓄積する蓄積手段と、
前記母集団データ群の分布指数を導出する指数導出手段と、
前記分布指数と判定基準とに基づいて前記母集団データ群の信頼性について合否を判定する信頼性判定手段と、
前記母集団データ群の信頼性が合格と判定されると前記判定基準を厳格化し、前記母集団データ群の信頼性が不合格と判定されると前記判定基準を緩和する判定基準設定手段と、
としてコンピュータを機能させる磁気データ処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−162511(P2009−162511A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−339479(P2007−339479)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】