説明

磁気記録媒体の製造方法

【課題】インライン方式の成膜装置において、各層を成膜する間の時間に、チャンバー内で各層の表面が劣化(酸化)する。各層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に性質を向上させることが可能な磁気記録媒体の製造方法を提供。
【解決手段】基板上に複数の層を積層してなる磁気記録媒体の製造方法において、成膜装置を用いて、基板上に複数の層のいずれかを成膜し、成膜を行わずに基板にバイアスを印加し、基板上に次の層を成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される磁気記録媒体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径の磁気記録媒体にして、1枚あたり200GByteを超える情報記録容量が求められるようになってきており、このような要請にこたえるためには1平方インチあたり400GBitを超える情報記録密度を実現することが求められる。
【0003】
これに伴って、磁気記録媒体の記録方式の主流も、面内磁気記録方式から垂直磁気記録方式へ移行しつつある。垂直磁気記録方式に用いられる垂直磁気記録媒体は、磁気記録層の磁化容易軸が基板面に対して垂直方向に配向するように調整されている。そのため、垂直磁気記録方式によれば、面内磁気記録方式の欠点であった限られた範囲内での充分な磁区(1ビットの記録に用いる領域)の確保や、周囲の磁区同士による磁力の相殺といった問題を解消でき、高記録密度化に対して好適である。
【0004】
このような垂直磁気記録媒体は、概して、ガラスやアルミなどによって形成された基板を、複数のチャンバーを連結して製造ラインをなす成膜装置に搬入し、この製造ラインを通過させる間に基板上に所定の複数の層を積層させて製造される(特許文献1参照)。
【0005】
上記チャンバーには、成膜装置への搬入を担うロードロックチャンバー、製造ライン内での搬送を担うコーナーチャンバーおよびローテーションチャンバー(ブランクチャンバー)、加熱を担うヒートチャンバー、成膜を担う成膜チャンバー、成膜装置からの搬出を担うアンロードロックチャンバーなどがある。通例、ヒートチャンバーで基板を加熱した後は、即座に成膜を行った方が高い保磁力を得られるとされている。また、ある層を成膜してから次の層を成膜するまでの時間が短い方が、その層の表面の劣化(酸化)を低減できると考えられる。
【0006】
しかし、現実的に製造ラインの各工程に要する時間を短縮することは困難である。加えて、成膜チャンバー間に、製造ラインの経路が屈折する位置に設けられるコーナーチャンバーなどが配置される箇所では、この成膜間の時間が他より長くなってしまう。
【0007】
そこで、このような時間による影響を補って磁気記録媒体の性質を向上させる方法が種々検討されている。例えば、成膜チャンバーにて、基板にバイアスを印加しながら特定の層の成膜(バイアススパッタリング)を行うと、スパッタガスの蒸着膜への混入を防ぐことができ、保持力や角形比を改善できるとされている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−25047号公報
【特許文献2】特開平07−334843号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記バイアススパッタリングは、確かに特定の層では効果を奏し保磁力や角形比を改善できるが、時間によって生じた劣化の影響を打ち消すものではない。換言すれば、この方法は、媒体の全体の性質を底上げするものであり、生じた劣化を解消するものではない。そのため、例えば、ブランクチャンバーが2つ連結した製造ラインなどでは、劣化の影響が大きくなると考えられ、根本的な問題解決には至らなかった。
【0010】
更に、バイアススパッタリングではスパッタ粒子が多大なエネルギーを有するため、露出している表面をエッチングしてしまう課題があった。このことは、一方では表面の凹凸の凸部分が優先的に削られ平滑性を高められる利点となるが、他方ではスパッタ粒子が衝突する層の構造を破壊してしまい(層と層の間の境目を粗くしてしまい)性質の低下を招く欠点となった。
【0011】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、各層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に性質を向上させることが可能な磁気記録媒体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために発明者が鋭意検討したところ、バイアススパッタリングではなく、成膜を行わずに単にバイアスを印加することにより劣化の影響をある程度解消できることを見出した。そこで、更に検討を重ねた結果本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、上記課題を解決するために本発明の代表的な構成は、複数のチャンバーが連結されたインライン方式の成膜装置を用いて基板上に複数の層を積層してなる磁気記録媒体の製造方法において、次の層を成膜する際にバイアスを印加するために基板を回転させる回転工程と、成膜を行わずに基板にバイアスを印加する空バイアス工程と、基板上にバイアスを印加しながら成膜するバイアス成膜工程とを、この順に行うことを特徴とする。
【0014】
かかる構成によれば、回転工程を行うローテーションチャンバーにおいて表面に形成された酸化皮膜を空バイアスによって除去(還元)することができ、次に成膜する層の結晶配向性を向上させることができる。特に空バイアスを用いることにより、各層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に磁気記録媒体の性質を向上させることができる。
【0015】
なお、ローテーションチャンバーが成膜を行わないブランクチャンバーであるために、他の箇所よりも次の層の成膜までの時間がかかってしまうため、層表面の劣化(酸化)が進んでしまうものと考えられる。したがってローテーションチャンバーと同様に、連結された複数のチャンバーの経路が屈折する位置にあるコーナーチャンバーの次のチャンバーおいても、同様に空バイアス工程を行うことにより磁気記録媒体の劣化改善効果を得ることができる。
【0016】
また、上記課題を解決するために本発明の他の代表的な構成は、複数のチャンバーが連結されたインライン方式の成膜装置を用いて基板上に複数の層を積層してなる磁気記録媒体の製造方法において、軟磁性層を成膜する軟磁性層成膜工程と、次の層を成膜する際にバイアスを印加するために基板を回転させる回転工程と、成膜を行わずに基板にバイアスを印加する空バイアス工程と、基板上にバイアスを印加しながらNiを主成分とする非磁性の前下地層を成膜するバイアス成膜工程と、RuまたはRu化合物からなる下地層を成膜する下地層成膜工程とを、この順に行うことを特徴とする。
【0017】
かかる構成によれば、回転工程を行うローテーションチャンバーにおいて軟磁性層の表面に形成された酸化皮膜を空バイアスによって除去(還元)することができ、次に成膜する前下地層の結晶配向性を向上させることができる。特に空バイアスを用いることにより、前下地層や軟磁性層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に磁気記録媒体の性質を向上させることができる。また特に、軟磁性層が酸化されやすいFeCo系合金である場合には、本発明の利益を顕著に得ることができる。
【0018】
空バイアス工程の後であって、バイアス成膜工程の前に、バイアスを印加せずにNiを主成分とする非磁性の前下地層を成膜する非バイアス成膜工程を行うことが好ましい。
【0019】
空バイアス工程において印加するバイアスの電圧は、300V以下であるとよい。すなわち、300Vより高い電圧を印加すると、各層にダメージを与えかねず、SN比の低減を招くおそれがある。故に、このような範囲で電圧を設定することが妥当である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、各層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に磁気記録媒体の性質を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体の構成を示す図である。
【図2】本実施形態を適用する垂直磁気記録媒体の軟磁性層および非磁性層の断面構造を説明する図である。
【図3】本実施形態にかかる成膜装置の構成を示す図である。
【図4】キャリア担体の構成を示す図である。
【図5】成膜チャンバーを示す図である。
【図6】成膜を行わずにバイアスを印加することにより生じるMEWとSNmの変化を示す図である。
【図7】本実施形態にかかる磁気記録媒体の製造方法と従来技術を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0023】
[垂直磁気記録媒体]
まず、本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体100について説明する。図1は、垂直磁気記録媒体100の構成を示す図である。図1に示すように、垂直磁気記録媒体100は、基板110、付着層112、軟磁性層114、非磁性層116、下地層118、非磁性グラニュラ層120、磁気記録層122、補助記録層124、媒体保護層126、潤滑層128から構成される。なお、本実施形態において非磁性層116は、第1非磁性層116aと第2非磁性層116bからなる。
【0024】
基板110には、アモルファスのアルミノシリケートガラスをダイレクトプレスで円板状に成型したガラスディスクなどが用いられる。なおガラスディスクの種類、サイズ、厚さ等は特に制限されることはない。このガラスディスクに研削、研磨、化学強化を順次施せば、化学強化ガラスディスクからなる平滑な非磁性の基板110を得ることができる。
【0025】
後述する付着層112から補助記録層124までは、好適には、DCマグネトロンスパッタリング法にて順次成膜される。なお、特定の層ではバイアススパッタ法によって成膜されてもよい。
【0026】
付着層112はTi合金層であり、Ti合金ターゲットを用いて成膜される。付着層112を形成することにより、基板110と軟磁性層114との間の付着性を向上させることができるので、軟磁性層114の剥離を防止することができる。
【0027】
軟磁性層114は、CoTaZrなどのコバルト系合金によって形成され、好適には、AFC(Antiferro-magnetic exchange coupling:反強磁性交換結合)を備える。AFCは、第1軟磁性層と第2軟磁性層を設け、その間に非磁性のスペーサ層を介在させることによって形成することができる(図示せず)。この構成によれば、軟磁性層114の磁化方向を高い精度で磁路(磁気回路)に沿って整列させることができ、軟磁性層114から生じるノイズを低減することができる。軟磁性層114は、バイアスをかけずに成膜することができる(軟磁性層成膜工程)。
【0028】
図2は、本実施形態を適用する垂直磁気記録媒体100の軟磁性層114および非磁性層116の断面構造を説明する図である。特に、図2(a)は第1非磁性層116aまで成膜した上で、バイアススパッタリングによって第2非磁性層116bを成膜したときの断面構造を模式的に示す図、図2(b)はバイアススパッタリングを用いることなく第2非磁性層116aまで成膜したときの断面構造を模式的に示す図、図2(c)は軟磁性層まで成膜した上で、バイアススパッタリングによって単一の層である非磁性層116を成膜したときの断面構造を模式的に示す図である。
【0029】
第1非磁性層116aは非晶質のNi化合物(Ni合金)から構成され、第2非磁性層116bを構成する結晶質のNi化合物による腐食(侵食)から軟磁性層114を防護する役割を担う。第1非磁性層116aは、バイアスをかけずに成膜を行う(非バイアス成膜工程)。
【0030】
第2非磁性層116bは、上述したように結晶質のNi化合物(fcc構造)から構成され、この上に成膜される下地層118の六方最密充填構造(hcp構造)の磁化容易軸をディスク垂直方向に配向させる役割(結晶配向性の向上)を担う。故に、この結晶配向性を向上させるため、第2非磁性層116bの表面は平滑であることが望まれる。第2非磁性層116bは、バイアスをかけながら成膜を行う(バイアス成膜工程)。
【0031】
図2(a)に示すように、バイアススパッタリングによって、第2非磁性層116bを成膜することで、表面を平滑に形成することができる。バイアススパッタリングはエッチング作用を包含するため、これに起因して第1非磁性層116aと第2非磁性層116bの境目は粗くなってしまうが(図2(b)と比較)、全体の性質としてはより良好な媒体を得ることができる。
【0032】
一方、図2(c)に示すように、非磁性層116が単一の層である場合、バイアススパッタリングによって成膜を行うと、境目が粗くなり軟磁性層にダメージを与えてしまう。そのため、媒体全体の性質が劣化してしまうおそれがある。故に、第1非磁性層116aは、バイアススパッタリングから軟磁性層114を防護し、より良好な媒体を得るための効果をも担っている。
【0033】
なお、本実施形態においては非磁性層116を第1非磁性層116aと第2非磁性層116bの2層で構成しているが、1層で構成してもよい。その場合、非磁性層116はNiを主成分としてWを含有させてもよく、またバイアスをかけながらスパッタ成膜することが好ましい。
【0034】
下地層118はhcp構造を有する結晶性材料からなり、第2非磁性層116bの配向作用を受けて、磁気記録層122のhcp構造の結晶をグラニュラ構造として成長させる(下地層成膜工程)。下地層118の材質としては、Ruの他に、RuCr、RuCoから選択することができる。Ruはhcp構造をとり、磁気記録層122を良好に配向させることができる。
【0035】
非磁性グラニュラ層120は、非磁性のCoCr−SiOなどによって構成され、下地層118のhcp結晶構造の上に非磁性のグラニュラ層を形成する。これにより、磁気記録層122のグラニュラ層を初期段階(立ち上がり)から分離させることができる。
【0036】
磁気記録層122は、信号を記録する中枢部であり、Co系合金、Fe系合金、Ni系合金から構成される。硬磁性体の磁性粒の周囲に、非磁性物質を偏析させて粒界を形成した、柱状のグラニュラ構造を有することで好適に性能を発揮できる。
【0037】
補助記録層124は、グラニュラ構造を有する磁気記録層122の上に形成される面内方向に磁気的に連続した層である。補助記録層124を設けることにより磁気記録層122の高密度記録性と低ノイズ性に加えて、逆磁区核形成磁界Hnの向上、耐熱揺らぎ特性の改善、オーバーライト特性の改善を図ることができる。
【0038】
媒体保護層126は、磁気ヘッドの衝撃から磁気記録層122を防護するための層である。媒体保護層126は、真空を保ったままカーボンをCVD法により成膜することが望ましい。一般にCVD法によって成膜されたカーボンはスパッタ法によって成膜したものと比べて膜硬度が向上するので、磁気ヘッドからの衝撃に対してより有効に磁気記録層122を防護することができる。
【0039】
潤滑層128は、PFPE(パーフロロポリエーテル)をディップコート法により成膜することができる。PFPEは長い鎖状の分子構造を有し、媒体保護層126表面のN原子と高い親和性をもって結合する。この潤滑層128の作用により、磁気記録媒体100の表面に磁気ヘッドが接触しても、媒体保護層126の損傷や欠損を防止することができる。
【0040】
[成膜装置]
次に、本実施形態にかかる成膜装置200について説明する。図3は、成膜装置200の構成を示す図である。成膜装置200は、ロードロックチャンバー202、コーナーチャンバー204、ヒートチャンバー206、成膜チャンバー208、ローテーションチャンバー210、アンロードロックチャンバー212を連結して製造ラインをなすインライン方式を採用している。これらのチャンバーの各々には真空引きをするための排気管が取り付けられ、真空状態を維持したままチャンバー間を移動できるようになっている。
【0041】
上述した基板110は、ロードロックチャンバー202より搬入され、製造ラインを一周する間に所定の複数の層を積層され、アンロードロックチャンバー212より搬出される。この製造ラインにおける移動は、キャリア担体220によってなされる。キャリア担体220への載置およびキャリア担体220からの取出は、搬入を担うロードロックチャンバー202、搬出を担うアンロードロックチャンバー212それぞれによってなされる。
【0042】
図4はキャリア担体220の構成を示す図である。キャリア担体220は、載置部222とアーム224からなり、成膜装置200内部に設けられたガイドレール(図示せず)によって製造ラインを周回する。本実施形態ではアーム224は、3つ設けられており、それぞれが基板110を把持する。基板110にバイアスをかける際には、アーム224よりバイアス電圧が印加される。そのため、基板110がガラスディスクなどから構成される場合には、製造ライン内にローテーションチャンバー210が配置される。
【0043】
図4に示すように、キャリア担体220がローテーションチャンバー210に搬送されると、基板110が回転させられ(回転工程)、アーム224の把持位置を基板110上(226a)から導電性材質で構成される層上(226b)へと移される(基板110を持ち替えさせられる)。これにより、基板110にバイアスを印加することが可能になる。
【0044】
以下、製造ラインの流れ(基板110の流れ)に則って説明する。ロードロックチャンバー202よりキャリア担体220に載置された基板110は、まずコーナーチャンバー204に搬送される。
【0045】
コーナーチャンバー204は、製造ラインの経路が屈折する位置に配置されるいわゆるブランクチャンバーである。コーナーチャンバー204は、基板110の移動方向を変化させ、次のチャンバーへと搬送する役割を担う。
【0046】
コーナーチャンバー204を通過した基板110は、ヒートチャンバー206に搬送される。ヒートチャンバー206は、赤外線ランプ等によって基板110を加熱する機構を有しており、脱ガス等の役割を担う。なお、本実施形態では、ヒートチャンバー206は1つとして記載されているが、複数配置してもよく、また必要に応じて他の位置に配置してもよい。
【0047】
ヒートチャンバー206を通過した基板110は、成膜チャンバー208に搬送され、複数の所定の層を、順に積層される。
【0048】
図5は成膜チャンバー208を示す図である。成膜チャンバー208には、スパッタリングを行うためのターゲット240、バイアスを印加するためのバイアス直流電源250、252が備えられている。また、スパッタガスをチャンバー内へ導入するためのガス導入管244、ガス導入装置246、およびチャンバー内部を真空状態にするための真空引き排気管242と接続されている。
【0049】
成膜チャンバー内に基板110が搬送されると、真空引き排気管242によって真空状態に保たれたチャンバー内に、ガス導入装置246にてガス導入管244からAr等のスパッタガスが導入される。そして、バイアス直流電源250、252からターゲット240と基板110間に高電圧が印加され、スパッタリングが引き起こされる。これにより、基板110上に層を成膜させることができる。なお、上述したバイアススパッタリングでは、基板110自身にもバイアスを印加してスパッタリングが行われる。また、媒体保護層126を成膜する成膜チャンバー208には、更にプラズマCVD装置(図示せず)が備えられる。
【0050】
本実施形態では、成膜チャンバー208間にローテーションチャンバー210が配置されている。上述したように、ローテーションチャンバー210は、基板110を回転させて、アーム224より基板110自身にバイアスを印加可能にするいわゆるブランクチャンバーである。
【0051】
成膜チャンバーを通過した基板110は、所定の複数の層を積層されアンロードロックチャンバー212より搬出される。なお、潤滑層128は、一般的に成膜装置200から搬出された後ディップコート法により成膜されるが、この方法は当業者にとって周知であるため説明を省略する。
【0052】
[磁気記録媒体の製造方法]
次に、上述した垂直磁気記録媒体100、成膜装置200を踏まえ、本実施形態の特徴たる優れた磁気記録媒体の製造方法について説明する。本実施形態にかかる磁気記録媒体の製造方法は、ある層を成膜してから次の層を成膜するまでの間に、成膜を行わずに基板110にバイアスを印加する空バイアス工程を含んで構成される(以下、このときのバイアスを「空バイアス」という。)。これにより、層表面に生じた劣化を解消し、効果的に磁気記録媒体の性質を向上させることができる。以下、具体的な実施例を挙げて詳しく説明する。
【0053】
(実施例)
成膜間に生じる層表面の劣化を、空バイアスの印加により解消できることを実証するために以下の検証を行った。
【0054】
成膜装置200を用いて垂直磁気記録媒体100を製造する際、軟磁性層114を成膜してから第1非磁性層116aを成膜するまでの間に、試験媒体に、0V、200V、300Vの電圧(空バイアス)をそれぞれ印加して性質を評価した。
【0055】
空バイアスの印加は、成膜間の時間が他より長く、層表面の劣化(酸化)がより進行すると考えられるブランクチャンバー(コーナーチャンバー204、ローテーションチャンバー210)の後に行った。また、実際の製造工程を想定して基板110の静止時間を10〜15秒程度とした。
【0056】
ブランクチャンバーでは空バイアスを印加するのに困難を伴うため、ブランクチャンバーの次の成膜チャンバー208にて空バイアスの印加を行った。なお、空バイアスを印加している間は成膜を行わないが、1つのチャンバーにおいてタクト時間を分割し、成膜を行わずに空バイアスを印加した後に、つづけてバイアスを印加せずに成膜を行ってもよい。
【0057】
試験媒体間で格差が生じないように、他の条件(上述した電圧条件以外)は全て同等とした。以上より検証された媒体の性質評価結果を図6に示す。図6は、成膜を行わずに空バイアスを印加することにより生じるMEW(Magnetic Erace Width:磁気的消去幅)とSNm(Signal Noise margin:媒体ノイズ比)の変化を示す図である。
【0058】
検証結果より、空バイアスを印加することにより、MEW(概して、MWW(半値幅)とEレースバンドにより決定される)の値を改善できることが実証された。すなわち、狭トラック効果が得られることが実証された。また、他の評価手法では磁気記録層122の結晶配向性の向上も見られた。
【0059】
故に、空バイアスの印加によって生じる効果は、結晶配向性に関連していると考えられる。磁気記録層122の結晶配向性は、下に位置する非磁性層116や下地層118の影響を大きく受ける。このような理由から、層表面の劣化を改善する空バイアス印加の効果は、下部(基部)の方が高いと想定される。
【0060】
また、空バイアスの印加電圧は、300V以下であるとよい。検証では、300Vの電圧でSNmの低下が見られ始めた。そのため、これより高い電圧を印加すると、層にダメージを与え、媒体の性質を低下させるおそれがある。
【0061】
図7は、本実施形態にかかる磁気記録媒体の製造方法と従来技術を比較する図である。特に、図7(a)は成膜を行わずに空バイアスを印加することにより生じ得る層断面状態を示す図、図7(b)は従来のバイアススパッタリングにより生じ得る層断面状態を示す図である。
【0062】
図7(a)に示すように、上述した効果は層表面に生じた酸化膜を還元することにより生じると考えられる。故に、この空バイアス印加による効果はどのような層でも一定の効果を奏し得ると想定される。
【0063】
また、本実施形態にかかる空バイアスの印加の効果は、従来技術であるバイアススパッタリングが奏し得るものではない。すなわち、図7(b)に示すように、バイアススパッタリングでは確かに基板にバイアスを印加するが、還元効果を引き出すことなく酸化膜や不純物を含む層表面はスパッタ粒子の衝突(エッチング)により破壊されてしまう。故に、この空バイアスの印加による層表面劣化の解消は、バイアススパッタリングを行えば同様の効果が得られるわけではなく、またこのバイアススパッタリングが契機や起因となったものではない。本発明の全ては発明者の鋭意によって導かれたものである。
【0064】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、本発明はかかる実施形態に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0065】
上述したように、本発明によれば、層間を粗くするだけではなく、層構造にダメージを与え、その層の性能を充分に発揮させることができなくなるおそれがあるバイアススパッタリングとは異なり、各層にダメージを与えることなく生じた劣化を解消し、効果的に磁気記録媒体の性質を向上させることができる。
【0066】
なお、本発明の主意は、ある層を成膜してから次の層を成膜するまでの間に、空バイアスを印加して劣化を解消することにあり、かかる概念に包含される他の例も当然本発明の範疇であると解される。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される磁気記録媒体の製造方法として利用することができる。
【符号の説明】
【0068】
100 …垂直磁気記録媒体
110 …基板
112 …付着層
114 …軟磁性層
116 …非磁性層
116a …第1非磁性層
116b …第2非磁性層
118 …下地層
120 …非磁性グラニュラ層
122 …磁気記録層
124 …補助記録層
126 …媒体保護層
128 …潤滑層
200 …成膜装置
202 …ロードロックチャンバー
204 …コーナーチャンバー(ブランクチャンバー)
206 …ヒートチャンバー
208 …成膜チャンバー
210 …ローテーションチャンバー(ブランクチャンバー)
212 …アンロードロックチャンバー
220 …キャリア担体
222 …載置部
224 …アーム
240 …ターゲット
242 …真空引き排気管
244 …ガス導入管
246 …ガス導入装置
250 …バイアス直流電源
252 …バイアス直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のチャンバーが連結されたインライン方式の成膜装置を用いて基板上に複数の層を積層してなる磁気記録媒体の製造方法において、
次の層を成膜する際にバイアスを印加するために前記基板を回転させる回転工程と、
成膜を行わずに前記基板にバイアスを印加する空バイアス工程と、
前記基板上にバイアスを印加しながら成膜するバイアス成膜工程とを、この順に行うことを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
複数のチャンバーが連結されたインライン方式の成膜装置を用いて基板上に複数の層を積層してなる磁気記録媒体の製造方法において、
軟磁性層を成膜する軟磁性層成膜工程と、
次の層を成膜する際にバイアスを印加するために前記基板を回転させる回転工程と、
成膜を行わずに前記基板にバイアスを印加する空バイアス工程と、
前記基板上にバイアスを印加しながらNiを主成分とする非磁性の前下地層を成膜するバイアス成膜工程と、
RuまたはRu化合物からなる下地層を成膜する下地層成膜工程とを、この順に行うことを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項3】
前記空バイアス工程の後であって、前記バイアス成膜工程の前に、
バイアスを印加せずにNiを主成分とする非磁性の前下地層を成膜する非バイアス成膜工程を行うことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項4】
前記空バイアス工程において印加するバイアスの電圧は、300V以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の磁気記録媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−267330(P2010−267330A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−118244(P2009−118244)
【出願日】平成21年5月15日(2009.5.15)
【出願人】(510210911)ダブリュディ・メディア・シンガポール・プライベートリミテッド (53)
【Fターム(参考)】