説明

積層構造物

本発明は、IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層と、前記第一中間層の上に堆積した、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層と、前記第二中間層の上に堆積したダイヤモンド様炭素層とを備えた積層構造物に関する。本発明は、更に、そのような積層構造物で被覆された基材を高剪断用途及び/又は高衝撃用途に使用することに関するとともに、そのような積層構造物で基材を被覆する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層と、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層と、ダイヤモンド様炭素層とを備えた積層構造物に関する。本発明は、更に、そのような積層構造物で少なくとも部分的に被覆された基材に関するとともに、そのような積層構造物で基材を被覆する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド様炭素コーティング(DLC)で基材を被覆することは一般に公知である。DLCコーティングは、アモルファス水素化炭素膜(a−C:H)であり、高い硬度、低い摩擦係数及び優れた耐摩耗性を特徴とする。しかしながら、コーティング中の高い圧縮残留応力のゆえに、DLCコーティングの基材への接着性は、悪すぎることが多い。このことは、DLCコーティングの深刻な欠点であり、特定の用途へのDLCコーティングの使用には限度がある。
【0003】
例えば、基材とDLCコーティングとの間に中間層を使用することにより、DLCコーティングの基材への接着性を改良する多くの試みが行なわれている。そのような試みの例は、国際公開第98/33948号パンフレットに記載されるように、基材とDLC層との間に中間層としてダイヤモンド様ナノコンポジット(DLN)層を使用することを含む。ダイヤモンド様ナノコンポジットコーティングは、C、H、O及びSiを含む。一般に、DLNコーティングは、2つの相互侵入網目構造a−C:H及びa−S:Oを含む。DLNコーティングは、Dylyn(登録商標)コーティングとして商業的に知られている。
【0004】
チタン又はチタンを基礎とする中間層を、基材とDLC層との間に使用することも、DLCコーティングの基材への接着を改良する技術分野において公知である。このタイプの積層構造物に関しては、チタン又はチタンを基礎とする層からDLC層への漸次の変化を必要とする。
【0005】
そのため、PVDプロセスによりチタン又はチタンを基礎とする層を先ず、基材上に堆積させ、次いで、DLCをチタン又はチタンを基礎とする層上に堆積させる。その結果、チタン又はチタンを基礎とする層の組成は、チタン又はチタンを基礎とする層から徐々にDLC層へと変化していく。しかしながら、チタン又はチタンを基礎とする中間層を使用する際の重大な問題は、チタンターゲットのターゲット位置決めである。このターゲットの位置決めのゆえに、チタン又はチタンを基礎とする層とDLC層との間の移行は、再現可能ではない。
【0006】
チタン又はチタンを基礎とする層とDLCコーティングの積層構造物の適用における他の不都合は、得られる防食の質の悪さである。これは、例えば、被覆すべき基材の裏側表面の劣悪な表面被覆率(視線位置)の結果である。これらの表面は、チタン原子のビームに曝されない。
【発明の開示】
【0007】
本発明の目的は、基材に対する改良された接着性を有するDLCコーティングを備えた積層構造物を提供することである。本発明の他の目的は、高い負荷に耐えることができ、従って、高い衝撃用途及び高い剪断適用に対して好適な積層構造物を提供することである。更なる目的は、改良された表面被覆率を有する構造物で被覆された基材を提供することである。
【0008】
本発明の第一の態様によれば、積層構造物が提供される。本発明に係るこの積層構造物は、
IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層と、
前記第一中間層の上に堆積した、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層と、
前記第二中間層の上に堆積したダイヤモンド様炭素層と
を備える。
【0009】
(第一中間層)
第一中間層は、IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む。有利には、第一中間層は、例えばチタン層、クロム層、チタンを基礎とする層又はクロムを基礎とする層として、チタン及び/又はクロムを含む。チタンを基礎とする層は、例えばTiC層、TiN層又はTiCN層を含んでよい。クロムを基礎とする層は、例えばCrN層又はCr32層を含んでよい。チタンを基礎とする層を含む積層構造物は再処理又は再生するのがより容易であるので、多くの用途のためには、チタンを基礎とする層が、クロムを基礎とする層よりも好ましい。例えば、脱被覆(decoat)のために使用される反応性イオンエッチングは、クロムを基礎とする中間層とは協働しない。
【0010】
第一中間層の厚さは、有利には0.001〜1μmである。更に有利には、第一中間層の厚さは、0.1〜0.5μmである。
【0011】
第一中間層は、当技術分野で公知の任意の技術により、堆積することができる。好ましい技術としては、スパッタリングや蒸発などの物理蒸着法(PVD)を含む。
【0012】
(第二中間層)
第二中間層は、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む。ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物は、C、H、Si及びOのアモルファス構造を含む。有利には、ナノコンポジット組成物は、C、Si及びOの合計に対する割合で、Cを40〜90%、Siを5〜40%及びOを5〜25%含む(at%で示す)。有利には、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物は、a−C:H及びa−S:Oの2つの相互侵入網目構造を含む。
【0013】
ダイヤモンド様ナノコンポジットコーティングは、更に、IV族からVII族までの遷移金属などの金属でドープされていても良い。コーティングにドープして、コーティングの導電率に影響を及ぼすことができる。W、Zr及びTiは、例えばドーピング元素として十分に好適である。
【0014】
第二中間層は、好ましくは、0.01〜5μmの厚さを有する。更に有利には、厚さは0.1〜1μmであり、例えば0.2〜0.5μmである。
【0015】
第二中間層は、当技術分野で公知の任意の技術により堆積することができる。好ましい技術としては、例えばプラズマアシスト化学蒸着法(PACVD)などの化学蒸着法(CVD)を含む。
【0016】
(ダイヤモンド様炭素コーティング)
ダイヤモンド様炭素コーティングは、アモルファス水素化炭素(a−C:H)を含む。有利には、ダイヤモンド様炭素コーティングは、水素濃度が0〜60%であるsp2結合とsp3結合が混在している炭素を含む。
【0017】
DLCコーティングは、例えばコーティングの導電率に影響を及ぼすために金属がドープされていてよい。好ましいドーピング元素は、IV族からVII族までの遷移金属、例えばW、Zr及びTiである。
【0018】
DLCコーティングの厚さは、0.1〜10μmであるのが好ましい。
【0019】
DLCコーティングは、当技術分野で公知の任意の技術により堆積することができる。好ましい技術としては、例えばプラズマアシスト化学蒸着法(PACVD)などの化学蒸着法(CVD)を含む。
【0020】
出願人は、いずれの理論に束縛されることも欲しないが、層の硬度のグラデーションが、本発明に係る積層構造物の良好な結果を得るために重要であると信じる。DLCコーティングのための中間層としてチタン層が使用される場合、軟質のTiの層を備えた軟質の基材が存在する。そのようなスタックに堆積されたDLCは、破裂の傾向がある。第一中間層と、DLNを含む第二中間層とを含む本発明に係る積層構造物では、第二中間層が特別のサポートを提供する。更に、第一中間層の硬度とDLCコーティングの硬度との間の硬度を有する第二中間層は、緩衝作用効果を提供する。
【0021】
場合により、本発明に係る積層構造物は、ダイヤモンド様炭素層の上に、例えば、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む層などの1つまたは複数の追加層を更に含む。他の実施態様では、積層構造物は、ダイヤモンド様炭素層の上にダイヤモンド様ナノコンポジット層を、ダイヤモンド様ナノコンポジット層の上にダイヤモンド様炭素層を更に含む。追加の層の数が積層構造物の所望の特性に従い変化してよいことは当業者には明白である。
【0022】
積層構造物の最上層は、積層構造物の所望の特性及び用途に応じて選択することができる。DLC層が積層構造物の頂上に堆積される場合、DLCタイプコーティングに典型的である、硬度及び低い摩耗特性が優勢となる。このことは、DLC層を積層構造物の頂上に堆積させることにより高い耐摩耗性コーティングが得られることを示唆する。慣用のDLCコーティングよりも厚い厚さをこのようにして堆積させることができる。DLNコーティングが頂上層として堆積される場合は、積層構造物は、低い表面エネルギー及び低い摩擦係数を特徴とする。そのような積層構造物は、特に非粘着性コーティングとして好適である。
【0023】
本発明の第二の態様によれば、前記の積層構造物で少なくとも部分的に被覆された基材が提供される。
【0024】
本発明に係る積層構造物の大きな利点は、良好な表面被覆率のゆえに得ることのできる高い防食である。IVB族、VB族又はVIB族の原子のビームに曝されないゆえに、第一中間コーティングで被覆されていないか又は十分に被覆されていない基材の表面は、第二中間層及びダイヤモンド様炭素層により保護されるであろう。
【0025】
本発明の第三の態様によれば、前記積層構造物で少なくとも部分的に被覆された基材を、高衝撃用途及び/又は高剪断用途に使用することが提供される。本発明に係る基材は、第一及び第二中間層による基材へのDLCコーティングの強力な接着のゆえに、高衝撃用途及び/又は高剪断用途に使用することができる。本発明に係る積層構造物は、例えば、アルミニウム缶製造に使用されるネッキングダイ、ステイキングツール(staking tool)、パンチ、マンドレルなどの金属成形用途用部品のためのコーティングとして好適である。本発明に係る積層構造物は、半導体チップ製造に使用される部品、計測、リソグラフィー又は検査装置、例えば静電チャック、ウェーハハンドラ、リフトピン、精密調整部材、電子部品実装で使用されるパンチ及びツール、並びにウェーハプロービングに使用する部材のためのコーティングとしても好適である。
【0026】
更に、積層構造物は、ブロー成形部材や、糸分配(thread splits)、ベース(bases)、ピン及びコア等の繊維機械用の部材や、リフター、タペット、連接棒及びピストンピン等のエンジン部品(例えばレーシング部品)や、プラスチック予備成形に使用されるネックリングのためのコーティングとして使用することができる。更に、本発明に係る積層構造物は、銅及びニッケル基合金の保護に好適である。
【0027】
本発明の更なる態様によれば、基材を積層構造物で被覆する方法が提供される。この方法は、
基材を用意するステップと、
例えばチタン及び/又はクロム等のIVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層を適用するステップと、
ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層を適用するステップと、
ダイヤモンド様炭素層を適用するステップと
を含む。
【0028】
所望の場合には、第二中間層の適用前に、第一中間層の堆積を完全に停止してよい。この方法で、層間の再現可能な移行を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
3つの異なるコーティングタイプの特性を比較する。これらコーティングタイプを硬化鋼基材上に堆積させる。3つのコーティングタイプにロックウェル(Rockwell)接着試験及び引掻接着試験を実施する。
a)第一のコーティングタイプは、DLN層及びこのDLN層上に堆積させたDLC層の積層構造物を含む。
b)第二のコーティングタイプは、チタン層及び、このチタン層上に堆積させたDLC層の積層構造物を含む。チタン層の組成は、チタン層からDLC層へと徐々に変化する。
c)第三のコーティングタイプは、本発明に係る積層構造物を含む。この積層構造物は、チタン層、このチタン層上に堆積させたDLN層及びDLN層上に堆積させたDLC層を含む。チタン層とDLN層との間には勾配はないが、DLN層はDLC層へと徐々に変化していく。
【0030】
ロックウェルC押し込み試験により測定された第二及び第三のコーティングタイプの接着力は、第一コーティングタイプの接着力よりもよい。第一コーティングタイプのHF値は、HF3〜5である。第二のコーティングタイプでは、HF値1〜3が測定され、第三コーティングタイプではHF値1〜3が測定される。
【0031】
引掻き接着試験で、層間剥離を得るための臨界負荷は、第三のコーティングタイプで22〜35Nである。第一コーティングタイプでは、臨界負荷15〜30Nが得られ、第二コーティングタイプでは、臨界負荷15〜27Nが得られる。異なるコーティングの引掻き接着の比較により、第三コーティングタイプが最良のLc2−値を与えることが示された。
【0032】
第一タイプのコーティングは、高剪断及び高衝撃負荷下の用途では、十分に機能しない。第二タイプのコーティングは、高衝撃負荷下で、僅かに良好に機能する。しかしながら、高剪断負荷下で、摩耗及びコーティング除去の可能性がある。第三タイプのコーティングは高衝撃及び高剪断用途の両方の場合に非常に良好に機能する。
【0033】
第二タイプのコーティング及び第三タイプのコーティングを、高衝撃アルミニウムシート金属成形用途において比較する。第三タイプのコーティングの寿命は延ばされる。第二コーティングの寿命と比較すると、第三タイプのコーティングの寿命はその3乃至4倍長い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層と、
前記第一中間層の上に堆積した、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層と、
前記第二中間層の上に堆積したダイヤモンド様炭素層と
を備えた積層構造物。
【請求項2】
前記第一中間層がチタン及び/又はクロムを含む請求項1に記載の積層構造物。
【請求項3】
前記構造物が、前記ダイヤモンド様炭素層の上に、ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む少なくとも1つの層を更に備えた請求項1又は2に記載の積層構造物。
【請求項4】
前記第一中間層が0.001〜1μmの厚さを有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項5】
前記第二中間層が0.01〜5μmの厚さを有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項6】
前記ダイヤモンド様炭素層が0.1〜10μmの厚さを有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項7】
前記ナノコンポジット組成物が、C、Si及びOの合計に対するat%で、Cを40〜90%、Siを5〜40%及びOを5〜25%含む請求項1〜6のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項8】
前記第二中間層が、金属をドープしたダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む請求項1〜7のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項9】
前記ダイヤモンド様炭素層に金属がドープされている請求項1〜8のいずれか1項に記載の積層構造物。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の積層構造物で少なくとも部分的に被覆された基材。
【請求項11】
請求項10に記載の基材の高剪断及び/又は高衝撃用途への使用。
【請求項12】
基材を用意するステップと、
IVB族、VB族、又はVIB族の少なくとも1つの元素を含む第一中間層を適用するステップと、
ダイヤモンド様ナノコンポジット組成物を含む第二中間層を適用するステップと、
ダイヤモンド様炭素層を適用するステップと
を含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の積層構造物により基材を被覆する方法。

【公表番号】特表2007−513856(P2007−513856A)
【公表日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−541890(P2006−541890)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【国際出願番号】PCT/EP2004/013676
【国際公開番号】WO2005/054540
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【出願人】(592014377)ナムローゼ・フェンノートシャップ・ベーカート・ソシエテ・アノニム (81)
【氏名又は名称原語表記】N V BEKAERT SOCIETE ANONYME
【Fターム(参考)】