説明

立向姿勢溶接方法

【課題】厚板鋼板であってもコスト増を抑え且つ小入熱化により強度維持を図りながら効率よく高品質な溶接を実現可能な立向姿勢溶接方法を提供する。
【解決手段】立向姿勢の一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、定電圧特性を有するアーク溶接機の溶接トーチから突き出した溶接ワイヤを厚板鋼板の板厚方向に対し斜め上方からI形開先内に挿入する。そして、溶接トーチを上下に揺動させることで該溶接トーチの先端から送出される溶接ワイヤの先端をI形開先内で板厚方向に往復動させるが、この際、溶接電流Iwが目標値となるよう溶接ワイヤの送給速度Vfを可変させつつ溶接ワイヤの溶接トーチからの突き出し量Lを伸長または短縮させ、さらに溶接トーチの揺動方向に応じて溶接ワイヤの送給速度Vfを加減算補正する(実線)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立向姿勢溶接方法に係り、詳しくは、一対の厚板鋼板の端縁同士を立向姿勢で突き合わせ溶接する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
造船、橋梁等の分野では、一対の鋼板同士を立向姿勢で突き合わせて溶接する立向姿勢溶接法が一般に採用されている。
このような立向姿勢溶接法としては、一対の鋼板同士を板幅方向に1パス施工で溶接完了するエレクトロガスアーク溶接法が知られている(特許文献1、非特許文献1参照)。
また、一般的な方法として、一対の鋼板同士をMAG溶接法やMIG溶接法により板幅方向で多パス溶接を行う多層盛溶接法も知られている。
【特許文献1】特開平11−254131号公報
【非特許文献1】特許庁「技術分野別特許マップ」:機械3アーク溶接技術1.3.6エレクトロガスアーク溶接法
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、近年、上記造船、橋梁等の鋼構造物に使用される鋼板は鋼構造物の大型化に伴い厚板化の傾向にある。
このように鋼板が厚板化すると、上記エレクトロガスアーク溶接法では、もともと入熱が大きいうえにさらに大入熱となり、溶接部分の性能劣化が広範囲に生じ、当該溶接部分の靱性、即ち強度を十分に確保できないという問題がある。
【0004】
これより、厚板鋼板に対してエレクトロガスアーク溶接法を適用する場合においては、厚板鋼板として大入熱溶接用の特殊な鋼材を使用し、強度を保証することが考えられている。
しかしながら、このような大入熱溶接用の特殊な鋼材を使用することは大幅なコスト増に繋がり好ましいことではない。
【0005】
また、MAG溶接法やMIG溶接法による多層盛溶接法の場合には、大入熱にならず一般の鋼板を好適に使用できる一方、開先が一般にV形開先であるために開先断面積が大きく鋼構造物の生産に時間を要し、甚だ生産効率が悪いという問題がある。
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、厚板鋼板であってもコスト増を抑え且つ小入熱化により強度維持を図りながら効率よく高品質な溶接を実現可能な立向姿勢溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した目的を達成するために、請求項1の立向姿勢溶接方法は、定電圧特性を有するアーク溶接機を用いてアーク溶接を施す立向姿勢溶接方法であって、一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを前記厚板鋼板の板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い上下方向に揺動させ、溶接電流が目標値となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させつつ溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸縮させて該溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させることにより前記I形開先内に前記溶接金属を積層し、前記溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させる際、該溶接ワイヤの先端を前記溶接トーチの揺動方向に応じて適正な位置に制御することを特徴とする。
【0007】
また、請求項2の立向姿勢溶接方法では、請求項1において、前記溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させる際、前記溶接トーチの揺動方向に応じて溶接ワイヤの送給速度を加減算補正することを特徴とする。
また、請求項3の立向姿勢溶接方法では、請求項2において、前記板厚方向に前記溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機から離間する側の開口に向けて往動させる際には前記溶接トーチの上方への上昇速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を加算補正し、前記板厚方向に前記アーク溶接機側の開口に向けて復動させる際には前記溶接トーチの下方への下降速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を減算補正することを特徴とする。
【0008】
また、請求項4の立向姿勢溶接方法では、請求項1乃至3のいずれかにおいて、前記溶接電流が一定となりアーク長さが一定となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させつつ溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させることを特徴とする。
また、請求項5の立向姿勢溶接方法では、請求項1乃至4のいずれかにおいて、前記I形開先の前記所定の狭開先ギャップが15mm以下であることを特徴とする。
【0009】
また、請求項6の立向姿勢溶接方法では、請求項1乃至5のいずれかにおいて、前記一対の厚板鋼板は、それぞれ板厚が20mm以上の厚板であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の立向姿勢溶接方法によれば、厚板鋼板同士を立向姿勢溶接する場合において、所定の狭開先ギャップを有したI形開先内に溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを挿入し、溶接トーチを厚板鋼板に沿い上方または下方に揺動させてアーク溶接機の定電圧特性に基づくアーク長の自己復元機能に基づき溶接ワイヤの溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させつつ溶接ワイヤの先端を板厚方向に往復動させて下向き溶接を繰り返し行うことで溶接金属をI形開先内に積層するようにし、この際、溶接電流が目標値となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させつつ溶接ワイヤの溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させ、さらに溶接ワイヤの先端を溶接トーチの揺動方向に応じて適正な位置に制御するようにしたので、I形開先の開先ギャップが狭いことと相俟って、板幅方向に1パス施工する上記従来のエレクトロガスアーク溶接法に比べて板厚の増大に拘わらず入熱を十分に小さく抑えることができ、大入熱溶接用の特殊な鋼材の使用を必要とせずにコスト増を抑えることができるのみならず、目標値に対する溶接電流の変動を防止してアーク長のばらつきを抑え、上記従来のエレクトロガスアーク溶接と同等の強度を確保しつつ効率よく安定した高品質の溶接を実現できる。これにより、特に低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【0011】
請求項2、3の立向姿勢溶接方法によれば、溶接ワイヤの先端を板厚方向に往動させる際には溶接トーチの上方への上昇速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を加算補正し、板厚方向に復動させる際には溶接トーチの下方への下降速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を減算補正するようにしたので、目標値に対する溶接電流の変動を適切に防止してアーク長のばらつきを抑えることができ、より効率よく安定した高品質の溶接を実現できる。
【0012】
請求項4の立向姿勢溶接方法によれば、溶接電流が一定となりアーク長さが一定となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させて溶接ワイヤの溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させるようにしたので、アーク長を約一定に保持し、板厚方向の溶け込み分布、即ち溶接ワイヤの溶融量を一定にでき、より安定した高品質の溶接を実現することができる。
【0013】
請求項5の立向姿勢溶接方法によれば、厚板鋼板であってもI形開先の所定の狭開先ギャップを15mm以下と狭くできるので、十分な小入熱化を図ることができ、効率よく溶接を実現しつつ溶接部分の強度を十分に確保することができる。
請求項6の立向姿勢溶接方法によれば、鋼構造物の大型化により厚板鋼板の板厚が特に20mm以上と厚い場合であっても、小入熱化を図り、効率よく溶接を実現しつつ溶接部分の強度を十分に確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1及び図2には、本発明に係る立向姿勢溶接方法に適用される一対の厚板鋼板1、1とアーク溶接用の自動溶接ユニット10とが、立向姿勢溶接の途中の状態で示されている。詳しくは、厚板鋼板1、1はこれら厚板鋼板1、1の端縁間に開先ギャップG(所定の狭開先ギャップ)を有してI形開先を形成するよう立向姿勢に端縁同士を突き合わせて設置されており、一方自動溶接ユニット10は溶接ワイヤ30を送出する溶接トーチ20を備えて構成されており、図1には、I形開先内に溶接ワイヤ30のみを挿入した状態の厚板鋼板1と自動溶接ユニット10とがI形開先内に形成された溶接金属の縦断面図として示され、図2には、図1の矢視A方向から視た一対の厚板鋼板1、1と自動溶接ユニット10とが上視図として示されている。
【0015】
一対の厚板鋼板1、1は例えば造船用、橋脚用の大型の鋼構造物に使用されるような板厚の大きな鋼板であり、ここでは、上記従来のエレクトロガスアーク溶接法では入熱が大きくなり溶接部分の性能が劣化して部材強度を確保できなくなってしまうような大きな板厚寸法(例えば、20mm以上)の鋼板が使用される。
厚板鋼板1、1間に形成されるI形開先の開先ギャップGは、I形開先内に溶接ワイヤ30のみが挿入されることから、ここでは、溶接ワイヤ30の外径寸法(例えば、φ1.2mmまたはφ1.6mm)よりも若干幅広程度の小さな寸法(例えば、φ1.2mm:7〜10mm、φ1.6mm:8〜12mm)に設定される。
【0016】
自動溶接ユニット10は、一般的な定電圧特性の電源を使用したもので、厚板鋼板1、1に沿って上下方向に延設されたレール12と当該レール12上を移動可能な走行ユニット14とを有して構成されており、溶接トーチ20は走行ユニット14上に配設されている。
溶接トーチ20は溶接ワイヤ30のワイヤ送り装置を介して溶接ワイヤコイル(共に図示せず)に接続されており、これにより、溶接ワイヤ30を溶接トーチ20に送り、溶接ワイヤ30の先端を溶接トーチ20から常時突き出し可能である。
【0017】
溶接トーチ20は、送出される溶接ワイヤ30が斜め上方からI形開先内に挿入されるよう、板厚方向(水平方向)に対し所定の挟角θ(例えば、10°〜45°)を有し、且つ、スライドユニット16を介して上下方向に揺動可能に構成されている。
このように溶接ワイヤ30が所定の挟角θを有してI形開先内に挿入され、溶接トーチ20が上下方向に揺動可能であると、溶接トーチ20をスライドユニット16上で上下方向に揺動させることにより、溶接トーチ20を一切板厚方向(水平方向)に移動させなくても溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を伸縮させるだけで、溶接ワイヤ30の先端を少なくとも厚板鋼板1の板厚寸法以上の距離の範囲で板厚方向に往復動可能である。
【0018】
つまり、溶接トーチ20を板厚方向(水平方向)に対し所定の挟角θを有し且つ上下方向に揺動可能に構成することにより、小さな開先ギャップGのI形開先内に常に溶接ワイヤ30だけを挿入して溶接作業を行うことが可能である。これより、溶接トーチ20を特に細身に設定する必要がない。
走行ユニット14には、自動溶接ユニット10側に位置して当て板40が設けられており、当該当て板40内には溶接部分にシールドガス(炭酸ガス、MAGガス等)を供給するシールドガス通路42が形成されている。シールドガス通路42の入口部にはガスホース44が接続されており、これより、シールドガスが、ガスホース44を介してガス源(図示せず)からシールドガス通路42に供給され、シールドガス通路42の出口部から溶接部分に向け供給される。ここに、当て板40としては耐熱性部材(例えば、セラミック板)が採用される。
【0019】
なお、ここでは、当て板40に形成したシールドガス通路42を介してシールドガスを供給するようにしたが、溶接トーチ20にシールドガス通路を設け、従来同様に溶接トーチ20からシールドガスを供給するようにしてもよい。
さらに、走行ユニット14上には、溶接制御装置18が設置されており、当該溶接制御装置18によりアーク溶接のための種々の制御、例えば通電制御、ワイヤ送り装置による溶接ワイヤ送り制御、シールドガス制御、溶接トーチ20のスライドユニット16上での揺動制御、走行ユニット14のレール12上でのリフト制御等が行われる。
【0020】
図1及び図2中の符号50は、自動溶接ユニット10から離間する側のI形開先の開口を塞いで溶接金属の流出を防止するための裏当て板を示し、当該裏当て板50としては当て板40と同様に耐熱性部材(例えば、セラミック板)が採用される。また、図示していないが、I形開先の下端の開口については、通常は他の厚板鋼板1或いは溶接金属で塞がれている。
【0021】
以下、本発明に係る立向姿勢溶接方法について説明する。
図3には、本発明に係る立向姿勢溶接方法における溶接手順が(1)〜(6)まで時系列的に示されており、図4には、当該立向姿勢溶接方法の全体概念図がそれぞれ斜視図(a)と正面図(b)で示されており、以下、上記図1及び図2をも参照しながら、図3、図4に基づき本発明に係る立向姿勢溶接方法について説明する。
【0022】
先ず、厚板鋼板1、1を開先ギャップGを有してI形開先を形成するよう立向姿勢に設置するとともに自動溶接ユニット10及び裏当て板40を設置し、溶接トーチ20から突き出した溶接ワイヤ30の先端をI形開先内に図1及び図2に示したように挿入する。
そして、I形開先の下端のうち自動溶接ユニット10側のI形開先の開口近傍において、予め溶接ワイヤ30の外径寸法に応じて設定した電流値(例えば、φ1.2mm:120〜350A、φ1.6mm:160〜500A)及び電圧値(例えば、φ1.2mm:25〜40V、φ1.6mm:27〜45V)の下、溶接制御装置18により通電制御を開始する。即ち、溶接ワイヤ30の先端から厚板鋼板1、1に向けてアーク放電を行い、アーク溶接を開始する(図3の(1)に対応)。これにより、溶接ワイヤ30及び一対の厚板鋼板1、1の各端縁の溶融が開始され、I形開先内において溶接金属の生成が開始される。
【0023】
アーク溶接を開始したら、溶接制御装置18により、溶接トーチ20をスライドユニット16上で上下に揺動制御し(図1中に矢印で示す)、詳しくはここでは溶接トーチ20を上方に定速(例えば、5〜150cm/minの範囲)で移動させ、自動溶接ユニット10の定電圧特性に基づくアーク長の自己復元機能により溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を伸長させつつ、溶接ワイヤ30の先端を徐々に自動溶接ユニット10から離間する側に移動(往動)させながら溶接を行う(図3の(2)に対応)。
【0024】
ところで、溶接ワイヤ30の先端での溶接電流Iwと溶接ワイヤ30の突き出し量Lと溶接ワイヤ30の溶融量Vmとの間には下記式で示す関係があることが知られている(Welding Journal Vol.37 No.8 P343-353 (1958) "Control of Melting Rate and Metal Transfer in Gas-shielded Metal-Arc Welding, Part 1 Control of Electrode Melting Rate" by A. Lesnewich 参照)。
【0025】
Vm=a・Iw+b・L・Iw …(1)
ここに、a、bは実験等に基づき任意に設定される定数である。
同式(1)によれば、溶接ワイヤ30の突き出し量Lを変化させないような通常の溶接では、溶接電流Iwの目標値を定めてアーク長のばらつきを抑えるようにすることにより、板厚方向の溶け込み分布、即ち溶接ワイヤ30の溶融量Vmを安定させ、高い溶接品質を実現することが可能である。具体的には、例えば溶接電流Iwを一定にしてアーク長を約一定に保持することで、板厚方向の溶け込み分布、即ち溶接ワイヤ30の溶融量Vmを一定にし、安定した高い溶接品質を実現することが可能である。
【0026】
また、このような溶接ワイヤ30の突き出し量Lが変化しない通常の溶接において、溶接ワイヤ30の溶融量Vmは溶接ワイヤ30の送給速度Vfに等しいと考えることができる。
これより、上記の如く溶接ワイヤ30の突き出し量Lを変化させる場合であっても、安定した高い溶接品質を実現するためには溶接電流Iwを例えば一定にしてアーク長を約一定に保持するのがよいといえ、ここでは、上記式(1)と溶融量Vmと送給速度Vfとの関係に基づき、溶接電流Iwが一定となるように溶接ワイヤ30の溶融量Vmひいては溶接ワイヤ30の送給速度Vfを可変制御する。
【0027】
具体的には、上記式(1)に基づき、溶接電流Iwが一定となるよう突き出し量Lの伸長に応じて溶融量Vmひいては送給速度Vfを増大させるようにする。
しかしながら、このように突き出し量Lの伸長に応じて溶接ワイヤ30の送給速度Vfを増大させるようにしても、実際には溶接トーチ20はスライドユニット16上を定速で上方に移動するため、その上昇速度に対応する分だけ溶接ワイヤ30の送給速度Vfに不足が生じることになる。つまり、図5(a)には、溶接トーチ20をスライドユニット16上で定速Vtで上昇させつつ(+Vt)送給速度Vfで溶接ワイヤ30を送出したときの時間Tから微小時間ΔT後(T+ΔT)における溶接ワイヤ30の突き出し増加量ΔLと、溶接トーチ20の定速Vtでの上昇に伴い溶融池面との間で幾何学的に生じる突き出し量の偏差Δd(Δd=Δw/sinθ、Δw=Vt・ΔT)との関係が模式的に図示されているが、同図に示すように、突き出し増加量ΔLの一部が溶接に寄与しない偏差Δdに占められて不足し、安定した溶接に必要な突き出し増加量ΔLを確保できないという問題がある。
【0028】
従って、ここでは、次式(2)に示すように、上記式(1)に基づく溶接ワイヤ30の送給速度Vfに溶接トーチ20の上昇速度Vtに対応した送給速度(Vt/sinθ)を加算するようにして、溶接ワイヤ30の溶融量Vmひいては溶接ワイヤ30の送給速度Vfを補正する。
Vm=Vf+α・Vt/sinθ …(2)
ここに、αは実験等に基づき任意に設定される定数である(例えば、0.5〜1.0)。
【0029】
これにより、溶接トーチ20の上昇に拘わらず、溶接電流Iwを一定にしてアーク長を良好に約一定に保持でき、安定した高い溶接品質を確保することが可能となる。
溶接トーチ20の揺動制御により、溶接ワイヤ30の先端が自動溶接ユニット10から離間する側のI形開先の開口近傍に達し、溶接金属の層が形成されたら(図3の(3)に対応)、今度は溶接トーチ20を下方に定速(例えば、5〜150cm/minの範囲)で移動させ、上記定電圧特性に基づくアーク長の自己復元機能に基づいて溶接トーチ20からの溶接ワイヤ30の突き出し量を短縮させつつ、溶接ワイヤ30の先端を徐々に自動溶接ユニット10側に移動(復動)させながら溶接を継続する(図3の(4)、(5)に対応)。この場合にも、上記同様、溶接ワイヤ30の送給速度については溶接電流が一定となるように可変制御する。
【0030】
即ち、上記式(1)に基づき、溶接電流Iwが一定となるよう溶接ワイヤ30の突き出し量Lの短縮に応じて溶接ワイヤ30の溶融量Vmひいては溶接ワイヤ30の送給速度Vfを減少させるようにし、さらに、溶接ワイヤ30の溶融量Vmひいては溶接ワイヤ30の送給速度Vfを溶接トーチ20の下降速度Vtに対応した送給速度(Vt/sinθ)で補正する。
つまり、図5(b)には、溶接トーチ20をスライドユニット16上で定速で下降させつつ(−Vt)送給速度Vfで溶接ワイヤ30を送出したときの時間Tから微小時間ΔT後(T+ΔT)における溶接ワイヤ30の突き出し増加量ΔLと、溶接トーチ20の定速Vtでの下降に伴い溶融池面との間で幾何学的に生じる突き出し量の偏差Δd(Δd=Δw/sinθ、Δw=Vt・ΔT)との関係が模式的に図示されているが、溶接トーチ20を下降させる場合には、同図に示すように、突き出し増加量ΔLに加えて偏差Δdの部分が溶接に寄与し、溶接ワイヤ30の突き出し量が過剰となってしまう問題がある。
【0031】
従って、ここでは、次式(3)に示すように、上記式(1)に基づく溶接ワイヤ30の送給速度Vfから溶接トーチ20の下降速度Vtに対応した送給速度(Vt/sinθ)を減算するようにして、溶接ワイヤ30の溶融量Vmひいては溶接ワイヤ30の送給速度Vfを補正する。
Vm=Vf−β・Vt/sinθ …(3)
ここに、βは実験等に基づき任意に設定される定数である(例えば、0.5〜1.0)。なお、βは上記式(2)のαと同値であってもよい。
【0032】
これにより、溶接トーチ20の下降に拘わらず、溶接電流Iwを一定にしてアーク長を良好に約一定に保持でき、安定した高い溶接品質を確保することが可能となる。
なお、溶接ワイヤ30の先端がI形開先内を往復動する間は、生成される溶接金属の往復二層の厚み分だけ溶接トーチ20ともども走行ユニット14をレール12上で上方に移動させるようにする。詳しくは、溶接制御装置18により、走行ユニット14をレール12上で上方(図1中に矢印で示す)に積層厚さに応じた速度(例えば、溶接ワイヤ30の外径寸法により、φ1.2mm:2〜8m/min、φ1.6mm:2〜10cm/min)で連続的にリフト制御する。また、走行ユニット14を断続的にリフト制御するようにしてもよい。
【0033】
そして、溶接トーチ20の揺動制御により、溶接ワイヤ30の先端が往復動して自動溶接ユニット10側のI形開先の開口近傍に達したら(図3の(6)に対応)、以降、図4(a)、(b)に矢印で示すように、上述した一連の操作を繰り返す。これにより、溶接金属をI形開先内に積層させ、溶接を完了させる。
ここで、図6を参照すると、上述の如く溶接ワイヤ30の送給速度を溶接トーチ20の上下方向の揺動に応じて補正しつつ可変制御した場合の溶接位置(図3の(1)〜(6))に応じた溶接ワイヤ30の送給速度Vfと溶接電流Iwと突き出し量Lとの関係がそれぞれ実線で示され、比較として補正を行わなかった場合の溶接ワイヤ30の送給速度が併せて破線で示されているが、溶接ワイヤ30の送給速度を溶接トーチ20の上下方向の揺動に応じて補正して可変制御することにより、溶接ワイヤ30の突き出し量の変化に依らず溶接電流の変動を好適に防止してアーク長を約一定に保持することができ、安定した高い溶接品質を実現することが可能である。
【0034】
このように、本発明に係る立向姿勢溶接方法では、厚板鋼板1、1を立向姿勢溶接するに際し、開先ギャップGを極力小さくしてI形開先を形成し、当該I形開先内に溶接トーチ20から突き出した溶接ワイヤ30のみを挿入し、溶接トーチ20を水平方向に動かすことなく上下方向に揺動させて下向き溶接を繰り返し行うようにし、この際、溶接電流Iwが一定となるようにし、さらに溶接トーチ20の上下方向の揺動に応じて溶接ワイヤ30の送給速度Vfを補正するようにしている。
【0035】
従って、本発明に係る立向姿勢溶接方法によれば、I形開先の開先ギャップGを狭くできることと相俟って、板幅方向に1パス施工する上記従来のエレクトロガスアーク溶接法に比べて板厚の増大に拘わらず入熱を十分に小さく抑えることができ(約1/10以下)、厚板鋼板1として大入熱溶接用の特殊な鋼材を必要とせずコスト増を抑えながら、従来のエレクトロガスアーク溶接と同等の強度を確保しつつ安定した高い溶接品質の立向姿勢溶接構造を効率よく実現できる。これにより、大型の鋼構造物であっても低温での破壊靱性を飛躍的に改善することができる。
【0036】
以上で本発明に係る実施形態の説明を終えるが、実施形態は上記に限られるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形可能である。
例えば、上記実施形態では、溶接電流Iwの目標値を一定にしてアーク長を約一定に保持するようにしたが、これに限られるものではなく、安定した高い溶接品質を実現可能であれば、状況に応じ、溶接電流Iwの目標値は任意に可変設定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明に係る立向姿勢溶接方法に適用される厚板鋼板と自動溶接ユニットとを示す縦断面図である。
【図2】図1の矢視A方向から視た上視図である。
【図3】本発明に係る立向姿勢溶接方法の溶接手順を示す図である。
【図4】立向姿勢溶接方法の全体概念図である。
【図5】時間Tから微小時間ΔT後における溶接ワイヤの突き出し増加量ΔLと溶接トーチの上昇に伴い溶融池面との間で幾何学的に生じる突き出し量の偏差Δdとの関係を示す模式図である。
【図6】本発明に係る溶接ワイヤの送給速度と溶接電流と溶接ワイヤの突き出し量との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
1 厚板鋼板
10 自動溶接ユニット
16 スライドユニット
12 レール
14 走行ユニット
18 溶接制御装置
20 溶接トーチ
30 溶接ワイヤ
40 当て板
42 シールドガス通路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
定電圧特性を有するアーク溶接機を用いてアーク溶接を施す立向姿勢溶接方法であって、
一対の厚板鋼板を互いに立向姿勢としてこれら一対の厚板鋼板の端縁間に所定の狭開先ギャップを有したI形開先を形成し、
溶接ワイヤが送出される前記アーク溶接機の溶接トーチから突き出した溶接ワイヤのみを前記厚板鋼板の板厚方向に対し斜め上方から前記I形開先内に挿入し、
前記溶接トーチを前記厚板鋼板に沿い上下方向に揺動させ、溶接電流が目標値となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させつつ溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸縮させて該溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させることにより前記I形開先内に前記溶接金属を積層し、
前記溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させる際、該溶接ワイヤの先端を前記溶接トーチの揺動方向に応じて適正な位置に制御することを特徴とする立向姿勢溶接方法。
【請求項2】
前記溶接ワイヤの先端を前記板厚方向に往復動させる際、前記溶接トーチの揺動方向に応じて溶接ワイヤの送給速度を加減算補正することを特徴とする、請求項1記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項3】
前記板厚方向に前記溶接ワイヤの先端を前記アーク溶接機から離間する側の開口に向けて往動させる際には前記溶接トーチの上方への上昇速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を加算補正し、前記板厚方向に前記アーク溶接機側の開口に向けて復動させる際には前記溶接トーチの下方への下降速度に応じて溶接ワイヤの送給速度を減算補正することを特徴とする、請求項2記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項4】
前記溶接電流が一定となりアーク長さが一定となるよう溶接ワイヤの送給速度を可変させつつ溶接ワイヤの前記溶接トーチからの突き出し量を伸長または短縮させることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項5】
前記I形開先の前記所定の狭開先ギャップが15mm以下であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれか記載の立向姿勢溶接方法。
【請求項6】
前記一対の厚板鋼板は、それぞれ板厚が20mm以上の厚板であることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれか記載の立向姿勢溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−173664(P2008−173664A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9087(P2007−9087)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年9月1日 社団法人 溶接学会発行の「溶接学会全国大会講演概要 第79集」に発表
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】