説明

耐炎ポリマー含有分散体の製造方法

【課題】耐炎ポリマー含有分散体を経由した炭素繊維等の耐熱構造体を安定して製造する方法を提供する。すなわち、賦形部位に供給される耐炎ポリマー含有分散体の製造時間における物性が均質である耐炎ポリマー含有分散体の連続的製造方法を提供する。
【解決手段】耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤または酸化剤と還元剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法であり、耐炎化処理は静止型混合機を用いて連続的に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐炎ポリマー含有分散体の連続的製造方法に関するものである。更に詳しくは、本発明は、繊維やフィルムなどの形状の賦形に必要な耐炎ポリマー含有分散体を連続して安定供給する製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維等の有機繊維を原料とする耐炎繊維は、耐炎性、難撚性、摩耗性および耐腐食性に優れていることから、航空機等の防炎断熱材やブレーキ板として利用されており、さらには耐炎性の無機繊維にはないドレープ性や紡織加工性を有することから、溶接作業等で飛散する高熱の鉄粉や溶接火花等から人体を保護するスパッタシートとして用いられている。さらに、この耐炎繊維は、断熱材としても広く用いられてきたが、その人体への有害性から規制されるようになったアスベストに代わる素材として注目され、その需要は高まっている。
【0003】
さらに耐炎繊維は、炭素繊維の中間原料としても重要である。炭素繊維は、力学的特性や軽量性などの優れた諸性質を有することから様々な用途に利用されている。炭素繊維の用途としては、例えば、航空機や人工衛星などの宇宙・航空用材料、ゴルフシャフト、釣竿、自転車のタイヤホイールなどのスポーツ産業材料、および橋桁補強剤や風車などの建築構造材料などが挙げられる。さらには、自動車、船舶および列車などの運搬機械用途分野でも炭素繊維の利用は増えつつある。また、炭素繊維は高い導電性を有しているため、パソコンの筐体等の電子機器部品への応用も始まっている。今後、炭素繊維に対する需要はさらに高まり、その安定かつ大量供給が強く望まれている。
【0004】
炭素繊維は、主にポリアクリロニトリル(PAN)分散体を紡糸・製糸することによりPAN系繊維へと誘導し、それを不活性雰囲気下で高温焼成することによって得ることができる。そのPAN系繊維を炭素繊維や耐熱繊維および耐炎繊維の前駆体繊維とする場合、PAN系繊維を空気中で200〜300℃のような高温で加熱する耐炎化工程を経る。しかしながら、その耐炎化工程では発熱反応が進行するため、大量のPAN系繊維を耐炎化する際には除熱が必要になる。ところが、PAN系繊維は固体であるために除熱が難しく、さらにはPAN系繊維のストランド数が増えると繊維束内での蓄熱が起こり易くなるので、さらに除熱が困難になるという問題点がある。
【0005】
除熱する方法について、現在までに様々な提案がなされてきているが(特許文献1参照)、実質的には、限られたストランド数で、緻密な温度制御の下、長時間処理するという製造方法が用いられている。この耐炎化工程は、需要が大きく高まっている耐炎繊維、そして炭素繊維の安定かつ大量供給の大きな足かせとなっているのである。
【0006】
この技術的問題点に対して、本発明者らはPAN分散体を紡糸前に耐熱化もしくは耐炎化して、耐炎ポリマー含有分散体を得るという方法をすでに提案している(特願2004−044074号、特願2004−265269号)。すなわち、耐炎化時の発熱を分散媒により除熱し、上記の問題の耐炎化工程を経ずに耐炎繊維や炭素繊維を得る方法を開発した。これによって、糸形状のみならず、除熱がさらに困難なフィルム形状の耐熱・耐炎材料をも得ることが可能になった。
【0007】
しかしながら、上記の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法では、反応が開始された後には室温下でも徐々に耐炎化が進行する。その結果、バッチ方式で耐炎化して得られた耐炎ポリマー含有分散体は、経時変化によって所定物性の耐炎ポリマー分散体として保存することが困難であった。また、その経時変化に伴い耐炎ポリマーの流動性が著しく減少し、賦形途中で厚み方向にムラができやすくなったり、脱溶媒後に繊維等の構造体表面にボイドが多く発生するようになり、製品の品位が低下したりするという問題があった。さらに、この流動性の減少によって、配管や口金の目詰まりが頻繁におきるという工程安定性の問題を有していた。これは、糸形状に賦形する際に糸切れの原因となるため、長時間安定して耐炎繊維を製造することは極めて困難であった。
【特許文献1】特開平06−081223号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、耐炎ポリマー含有分散体を経由した繊維やフィルム等の耐炎構造体を連続して安定して製造することができる耐炎ポリマー含有分散体の連続的製造方法を提供することにある。具体的に、本発明の目的は、賦形部位に供給される耐炎ポリマー含有分散体の製造時間における物性変異差を無くして連続して耐炎ポリマー含有分散体を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するために、本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法は、次の構成を有するものである。
【0010】
本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法は、耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法である。
【0011】
また、本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法は、耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤と還元剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法である。
【0012】
本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法の好ましい態様によれば、前記の耐炎化処理は、静止型混合機を用いてを連続的に行うことができ、その際の静止型混合機のエレメント数Nと、エレメントあたりの流体の分割層数Aと、流体の保持時間T(分)が、次式を満たすことが好ましい。
4≦N×A/T≦150
本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法の好ましい態様によれば、前記の耐炎前駆体ポリマー含有分散体を構成する耐炎前駆体ポリマーは、ポリアクリロニトリル系ポリマーであり、前記の耐炎前駆体ポリマー含有分散体を構成する分散媒は極性有機溶媒である。
【0013】
また、本発明においては、前記の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法で得られた耐炎ポリマー含有分散体を連続供給し、湿式紡糸あるいは乾湿式紡糸より糸状形状に賦形することにより耐炎繊維集合体を製造することができる。
【0014】
また、本発明においては、前記の耐炎繊維集合体を、300〜3500℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することにより炭素繊維集合体を製造することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、溶液粘度や耐炎化進行度などの性状が一定の耐炎ポリマー含有分散体を長時間安定して賦形場所に供給することができるようになり、耐炎繊維や耐炎フィルムのような耐炎性構造体を耐炎ポリマー含有分散体から安定して得ることが可能である。さらに、本発明の製造方法で得られた耐炎繊維を炭化することにより、耐炎ポリマー含有分散体を経由した炭素繊維を安定して得ることが可能である。しかも、本発明の製造方法によって得られる耐炎ポリマー含有分散体は、従来のバッチ系で得られるそれに比べ分散安定性が高くなる。これは、バッチ形では撹拌されにくい部位が局所的に存在し、その部位での過剰な耐炎化の進行がおこり、その箇所での分散安定性の低下が系全体に伝播する形で増粘が生じるためであると推察される。すなわち、静止型混連機を用いることにより、耐炎ポリマー含有分散体を安定して供給することが初めて可能になったのである。本発明では、このようにして、耐炎ポリマー含有分散体の製造から炭素繊維集合体の製造まで、一つのプロセスで連続的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法は、耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤または酸化剤と還元剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法である。
また、本発明において、耐炎前駆体ポリマーとは、耐炎性のあるポリマー(耐炎ポリマー)の前駆体であり、酸化剤または酸化剤と還元剤を反応させ耐炎ポリマーとすることができるポリマーである。また、耐炎前駆体ポリマー含有分散体とは、有機溶媒等の分散媒中に前記の耐炎前駆体ポリマーが分散している粘性流体状物である。
【0017】
本発明において、耐炎ポリマーとは耐炎性のあるポリマーのことであり、また、耐炎ポリマー含有分散体とは、耐炎ポリマーを主とする成分が有機溶媒等の分散媒中に分散している粘性流体状物である。粘性流体状物は、賦形や成形する際に流動性を有するものであればよく、室温で流動性を有するものはもちろんのこと、ある温度で流動性のない固体やゲル状物であっても、加熱やせん断力により加工温度付近で流動性を有するもの全てを含むものである。
【0018】
本発明において連続的に反応させるとは、反応中の任意の時間においてに反応容器内に投入される原料の総重量と、反応容器内で反応した生成物が反応容器系外に吐出される総重量が常に一定であることを意味し、本発明においてはこの反応が耐炎化反応である。また、反応容器内への原料の投入には、送液ポンプなどによって移送配管を加圧することにより行うことができる。この連続反応系の概念を用いることにより、常に必要量だけの反応直後の成形に最適な粘度など優れた物性を有する耐炎ポリマー含有分散体を賦形部位に提供することができるようになるのである。
【0019】
また、本発明において、耐炎とは「防炎」という用語と実質的に同義であり、「難撚」という用語の意味を含んで使用される。具体的に、耐炎とは燃焼が継続しにくい、すなわち燃えにくい性質を示す総称である。
【0020】
耐炎性能の具体的評価手段として、例えば、JIS Z 2150(1966)には、薄い材料の防炎試験方法(45°メッケルバーナー法)が記載されている。評価すべき試料(厚さ5mm未満のボード、プレート、シート、フィルムおよび厚手布地等)を、バーナーで特定時間加熱し、着火後の残炎時間や炭化長等を評価することにより判定することができる。残炎時間は短い方が、炭化長も短い方が耐炎(防炎)性能が優秀と判定される。また、繊維製品の場合、JIS L 1091(1977)に繊維の燃焼試験方法が記載されている。その方法で試験した後に、炭化面積や残炎時間を測定することにより同様に判定することができる。
【0021】
本発明における耐炎ポリマーや耐炎成形品の形状・形態は多種多様であり、耐炎性能の度合いも非常に高度で全く着火しない耐炎性を持つものから、着火後に燃焼がある程度継続するものまで広範囲にまたがるものであるが、後述する実施例に示される具体的な評価方法によって耐炎性能が定めた水準以上で認められるものが対象となる。具体的には、後述する耐炎性能が、優秀あるいは良好であることが好ましい。特に、耐炎ポリマーの段階においては耐炎ポリマー含有分散体から耐炎ポリマーを単離する条件によって、耐炎ポリマーの形状・形態が変化し耐炎ポリマーとしての性質にかなりバラツキを含みやすいので、一定の形状に成形させた後に評価する方法を採用するのが良い。
【0022】
耐炎ポリマーを成形してなる耐炎繊維等の耐炎成形品の耐炎性も、後述の実施例に示される具体的な耐炎性の評価手段によって測定し得る。
【0023】
本発明における耐炎ポリマーとは、通常耐炎繊維や安定化繊維と呼称されるものの化学構造と同一または類似するものであり、例えば、ポリアクリロニトリル系ポリマーを耐炎前駆体ポリマーとしその耐炎前駆体ポリマーを空気中で加熱したもの、石油や石炭等をベースとするピッチ原料を酸化させたもの等が例示される。
液状化が容易な点から、耐炎前駆体ポリマーとしてポリアクリロニトリル系ポリマーを用いることが好ましい。
【0024】
ポリアクリロニトリル系ポリマーを耐炎前駆体ポリマーとする場合であれば、耐炎ポリマーの構造は完全には明確となっていないが、アクリロニトリル系耐炎繊維を解析した文献(ジャーナル・オブ・ポリマー・サイエンス,パートA:ポリマー・ケミストリー・エディション)(J.Polym.Sci.Part A:Polym.Chem.Ed.),1986年,第24巻,p.3101)では、ニトリル基の環化反応あるいは酸化反応によって生じるナフチリジン環やアクリドン環、水素化ナフチリジン環構造を有すると考えられており、構造から一般的にはラダーポリマーと呼ばれている。もちろん、未反応のニトリル基が残存しても耐炎性を損なわない限り本発明では支障はなく、また分子間に微量架橋結合が生じることがあっても溶解性を損なわない限り本発明では支障はない。これらの観点から、ポリアクリロニトリル系ポリマーは、直鎖状であっても枝分かれしていても構わない。また、アクリレートやメタクリレートなどの共重合成分をランダムにもしくはブロックとして骨格に含む共重合体であってもよい。
【0025】
本発明において、耐炎ポリマー自体またはその分散体を核磁気共鳴(NMR)装置により13−Cを測定した場合、耐炎ポリマーに起因して150〜200ppmの範囲にシグナルを有する構造であることが好ましい。その範囲に吸収を示すことで、耐炎性が良好となる。
【0026】
耐炎前駆体ポリマーの分子量は、成形方法に応じた粘性を有する分子量とすればよいが、 耐炎前駆体ポリマーの質量平均分子量(Mw)は、1000〜1000000であることが好ましい。質量平均分子量が1000より低い場合、耐炎化にかかる時間は短縮できるが、耐炎ポリマー間の水素結合などの分子間相互作用が弱くなるために、賦型した繊維等の成形品に十分な強度を持たせることが困難となる。一方、質量平均分子量が1000000を超えると、耐炎化にかかる時間が長くなるために生産コストが高くなったり、耐炎ポリマー間の疎水結合などによる分子相互作用が強くなりすぎるために、冷却時にゲル化し、賦型温度で分散体の流動性を得にくくなることがある。耐炎前駆体ポリマーの質量平均分子量は、より好ましくは10000〜500000であり、さらに好ましくは20000〜300000である。耐炎前駆体ポリマーの質量平均分子量は、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)により測定される。
【0027】
本発明で用いられる分散媒は、耐炎前駆体ポリマーおよび耐炎ポリマーの分散性の観点から、極性有機溶媒であることが好ましい。分散媒は、室温における比誘電率が2以上であることが好ましく、比誘電率はより好ましくは10以上である。比誘電率がこの範囲であると、耐炎前駆体ポリマーおよび耐炎ポリマーをより安定的に分散することが可能で、かつ凝固過程での分散媒抽出が容易であり取扱いが易しい。分散媒の比誘電率が小さすぎると、凝固過程で水系凝固浴を用いる場合に抽出が難しくなる。分散媒の比誘電率の上限は特にないが、あまりに大きすぎると、耐炎前駆体ポリマーおよび耐炎ポリマーを安定的に分散することが難しくなることもあるので、比誘電率が80以下のものを用いることが好ましい。比誘電率は、LCRメータによって測定される。
【0028】
極性有機溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)、Nメチル2ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、スルホラン、ジメチルイミダゾリジオン、エチレングリコールおよびジエチレングリコール等が挙げられる。中でも、DMSO、NMP、DMFおよびDMAcが好ましく、特にDMSOとDMFが好ましく用いられる。
【0029】
これらの極性有機溶媒は、耐炎前駆体ポリマーおよび耐炎ポリマーの分散を安定化する能力が高く、かつ安価で安全性も高いだけでなく、沸点も十分に高く、耐炎ポリマーをその耐炎前駆体ポリマーの分散体中での熱酸化反応により得る場合には、安定な反応溶媒として機能する。また、耐炎前駆体ポリマーの種類によっては、メタノール、エタノール、プロパノールおよびジオキサンなどの極性有機溶媒も用いることができる。これらの極性有機溶媒は1種だけ用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
【0030】
本発明によって得られる耐炎ポリマー含有分散体の30℃の温度における粘度(η30)は、30ポイズ≦η30≦1500ポイズであることが好ましい。これは、得られた耐炎ポリマーを、繊維形状やフィルム形状に賦型する際の工程安定性の観点から要求されるものである。すなわち、粘度が30ポイズを下回ると、紡糸賦型の場合口金からの耐炎ポリマー含有分散体吐出量にばらつきが生じやすく、またフィルム形状に賦型する場合、分散媒を除去する際にフィルム厚さに均一性が保てなくなることがある。一方で、粘度が1500ポイズを上回ると、糸形状およびフィルム形状のどちらに賦型する場合にも、分散媒を除去する際に成形品の表面にボイドが発生しやすくなる。粘度は、より好ましくは50ポイズ≦η30≦1000ポイズであり、さらに好ましくは100ポイズ≦η30≦750ポイズである。
【0031】
耐炎前駆体ポリマーとしてアクリル系ポリマーを原料として用い耐炎化をおこなうと、耐炎化が進行するに伴い、ナフチリジン環が生じ、その環の炭素間二重結合に由来する1600cm−1の赤外吸光度(A1600)が増加する。耐炎ポリマー含有分散体を熱水中で脱溶媒をおこなった後に、120℃の温度で3時間乾燥させた耐炎ポリマー2mgを、300mgの臭化カリウムを用いて錠剤法により赤外求光高度計にて測定を行った際の1600cm−1における吸光度(A1600)は、2.5以下であることが好ましい。ナフチリジン環を多く含む耐炎ポリマーはもろいため、紡糸する際に糸切れが発生しやすくなり生産効率が低下するからである。一方で、耐炎ポリマーが耐炎性を保持するためには上記の吸光度は0.4以上であることが好ましい。吸光度がこれより少ない値になると賦形形状によっては十分な耐炎性を発現しにくくなることがある。吸光度は、さらに好ましくは0.45以上2.0以下である。
【0032】
本発明において、耐炎化処理は静止型混合機を用いて連続的に好適に行うことができる。静止型混合機とは、流体通路の構成によって、レイノルズ数の広範囲に渡って流体の混合ができるとともに、機械的可動部を持たない流体通路構造体で説明される装置のことである。静止型混合機は、動的混合機に比べると駆動部をもたないことから、省エネルギーや装置保守の省略という利点があり、合成繊維、油脂、食品、ゴムおよび薬品など様々な工業分野で用いられている。流体通路の構成には、斜波板を交互に重ねた構造体を90°ずつずらして配置するSMV型や、180°左右にねじった羽根を90°ずつひねって配置したケニックス型などがある。開発初期にあたっては、流体を混合することを目的として使用されていたが、混合作用の結果として高い電熱係数を示すことから、流体の混合器と熱交換器の両機能を期待しての利用も行われるようになってきた(特開平7−331528号公報および特開平13−353431号公報参照)。
【0033】
静止型混合機のエレメントとは、混合のための上記斜波版や羽根などの構造体の基本繰り返し単位を表す。
【0034】
好ましい静止型混合機の例としては、例えば、スタティックミキサー(ノリタケカンパニー社製)、Hi−Mixer(東レ社製)、ラモンド・スーパーミキサー(環境科学工業社製)、およびISG Mixer(ROSS社製)等が挙げられ、いずれの製品であっても好ましく耐炎ポリマー含有分散体を製造することができる。また、これらを複数機種もしくは同一機種の複数を連結して用いても構わない。
【0035】
耐炎前駆体ポリマーの耐炎化においては、撹拌効率の高いことが必要である。まず、耐炎前駆体ポリマーと反応試薬(酸化剤等)が反応開始前に均一に混合されないと、局所的な耐炎化が進行し、不均一な耐炎ポリマー含有分散体となる。また、その反応は発熱酸化反応であり、効率のよい伝熱による除熱が行われないと不均一な耐炎ポリマー含有分散体となる。不均一な耐炎ポリマー含有分散体は、示差熱・熱重量測定による3重量%減少温度が低下する傾向にあり、毛羽や糸切れなどの品位低下や製糸性低下がおこることがある。また、その原理は不明であるが、得られる耐炎ポリマー含有分散体の分散安定性が低くなり、混合配管の目詰まりを引き起こしやすくなる。冷却時には、耐炎ポリマー含有分散体の粘度は上昇しやすい。このとき、速やかな混合が行われないとその耐炎ポリマー含有分散体の粘度が不均一となり、賦形後の構造体(耐炎繊維)にボイドや凹凸ができて品位が低下することがある。また、配管近傍での分散体安定性が低下し、たびたび目詰まりを引き起こし長時間の耐炎ポリマー含有分散体の供給ができず、また装置保守上問題となることがある。そのため、静止型混合機は、反応部位と冷却部位の2部から構成され、反応部位において物質および熱的な均一性が、冷却部位では熱的な均一性が重要であり、いずれも効率的な混合が要求される。
【0036】
一方で、流体の保持時間を短くすることにより、撹拌効率を向上させることも可能である。しかしながら、この場合、耐炎化が十分におこなわれず、得られる耐炎構造体の耐炎性が低下する。
【0037】
本発明では、撹拌効率を静止型混合機の単位時間あたりの効率によって規定することにより、最適な系に到達させることができる。具体的に、静止型混合機のエレメント数N(個)とエレメントあたりの撹拌効率を意味する分割総数Aと、流体混合機を通過する時間T(分)が、次式を満たすことが好ましい。
4≦N×A/T≦150
上記式のN×A/Tの値が大きいほど、撹拌効率が高いことを意味している。この値が4より小さくなると撹拌が不十分となり、先述の諸処の問題を引き起こすことになる。一方、この値を150より大きく設定すると撹拌不足が原因となる問題は生じないが、反応時間が不足して耐炎化が十分に行うことができなくなることがある。また、エレメント数が多くなると、設備費がかかり生産コストの観点から好ましくない。N×A/Tの値は、より好ましくは、次式を満たすことである。
10≦N×A/T≦120
本発明で用いられる酸化剤とは、反応によって耐炎前駆体ポリマーから水素原子を引き抜く作用もしくは酸素原子を供与する作用を有する化合物のことである。具体的に、好ましい酸化剤としては、例えば、安全性や反応性の観点からニトロ系化合物およびキノン系化合物が挙げられる。
【0038】
ニトロ系化合物としては、反応時の熱安定性から芳香族環をもつモノニトロ化合物が好ましく、ニトロベンゼン、o,m,p−ニトロトルエン、o,m,p−ニトロフェノール、ニトロキシレンおよびニトロナフタレンがより好ましく、ニトロベンゼンとo,m,p−ニトロトルエンが特に好ましく用いられる。
【0039】
また、キノン系化合物としては、1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ブロマニル、クロロ−1,4−ベンゾキノン、ジクロロ−1,4−ベンゾキノン、ブロモ−1,4−ベンゾキノン、ジブロモ−1,4−ベンゾキノン、テトラフルオロ−1,4−ベンゾキノン、2,3−ジクロロ―5,6―ジシアノ−1,4−ベンゾキノン、オルトベンゾキノン、オルトクロラニルおよびオルトブロマニル等が挙げられ、中でも1,4−ベンゾキノン、クロラニル、ジクロロ−1,4−ベンゾキノンおよび2,3−ジクロロ―5,6―ジシアノ−1,4−ベンゾキノンが好ましく用いられる。
【0040】
これら酸化剤の添加量は、耐炎前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜200重量部の範囲であることが好ましく、より好ましい範囲は1〜100重量部である。これらの酸化剤は1種だけで用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
本発明で用いられる環化剤とは、耐炎前駆体ポリマーを、結合の生成によって、非環状骨格部位を環状構造へと誘導する化合物のことである。具体的に、好ましい環化剤としては、例えば、アミン系化合物、グアニジン系化合物、アルコール系化合物、アミノアルコール系化合物、カルボン酸系化合物、チオール系化合物、アミジン系化合物などの有機系求核剤、金属アルコキシド化合物、金属アミド化合物、金属イミド化合物、金属水素化物、金属水酸化物、金属炭酸塩およびカルボン酸金属塩等が挙げられる。環化効率の高さおよび試薬の安定性の観点から、アミン系化合物、グアニジン化合物、アミノアルコール化合物、金属アルコキシド化合物および金属イミド化合物が好ましく、中でも、耐炎ポリマーの分散性の観点から、アミノアルコール系化合物が特に好ましく用いられる。
【0041】
アミン系化合物としては、アミン骨格を有するものであればいずれでもよいが、例えば、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、アリルアミン、ペンチルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、アニリン、ベンジルアミン、トルイジン、エチレンジアミン、プロパンジアミン、シクロへキサンジアミン、デカメチレンジアミン、3,5−ピリジンジアミン、N,N-ジメチルエチレンジアミン、N,N−ジエチルエチレンジアミン、3,5−ジメチルベンゼン2,4−ジアミン、および1,12−ドデカンジアミン等が挙げられる。
【0042】
グアニジン系化合物としては、グアニジン構造を有するものであればいずれでもよいが、例えば、グアニジン炭酸塩、グアニジンチオシアネート、グアニジン酢酸塩、グアニジンリン酸塩、グアニジン塩酸塩、グアニジン硝酸塩、グアニジン硫酸塩、メチルグアニジン、エチルグアニジン、ジメチルグアニジン、アミノグアニジン、フェニルグアニジン、ナフチルグアニジン、ニトログアニジン、ニトロソグアニジン、アセチルグアニジン、シアノグアニジンおよびグアニルウレア等が挙げられる。より好ましいグアニジン系化合物としては、グアニジン炭酸塩、グアニジン酢酸塩およびグアニジンリン酸塩が挙げられる。
【0043】
アミノアルコール系化合物としては、例えば、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、プロパノールアミン金属アルコキシド化合物としてはカリウムtert−ブトキシド、ナトリウムtert−ブトキシド、カリウムメトキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムエトキシド、ナトリウムエトキシド、カリウムイソプロポキシド、ナトリウムイソプロポキシド、カリウムイソブトキシド、ナトリウムイソブトキシド、ナトリウムフェノキシド等が挙げられる。より好ましいアミノアルコール系化合物としては、カリウムtert−ブトキシドやナトリウムtert−ブトキシドが挙げられる。
【0044】
金属イミド化合物としては、例えば、カリウムフタルイミドやナトリウムフタルイミド等が挙げられ、中でもカリウムフタルイミドが好ましく用いられる。
これら環化剤の添加量は、耐炎前駆体ポリマー100重量部に対して0.1〜500重量部が好ましく、より好ましくは1〜200重量部であり、さらに好ましくは3〜100重量部である。
本発明において分散媒の使用量は、少なすぎると耐炎ポリマーを含む分散体の分散安定性が低下し析出することがあるため、耐炎前駆体ポリマー100重量部に対して400重量部以上使用することが好ましい。一方で、賦形時に分散体の濃度が低いと賦形が困難になって、糸切れなどが起こる場合がある。そのために使用する分散媒の使用量は耐炎前駆体ポリマー100重量部に対して2000重量部以下であることが望ましい。分散媒の使用量は、より好ましくは300重量部以上1500重量部以下である。
本発明において、耐炎化処理された耐炎ポリマー含有分散体から分散媒を除去する方法に特に制限はなく、耐炎ポリマー含有分散体から加熱や減圧によって分散媒を蒸発させる方法や、凝固液中に賦型した耐炎ポリマー含有分散体を浸し、分散媒を凝固液中に抽出する方法が挙げられる。本発明では、制御が簡便でありプロセスの生産性が高い、賦型した耐炎ポリマー含有分散体を凝固浴中に浸漬して分散媒を抽出する方法が好ましい。
凝固液としては、耐炎ポリマーの貧溶媒であって、分散媒と相溶する液体が用いられる。好ましい凝固液は、水系凝固液であり、抽出される分散媒の回収を容易にするためには、水と、耐炎ポリマー含有分散体で用いる分散媒と同種の溶媒との混合系の凝固液を用いることが好ましい。これらの凝固液には、耐炎ポリマー含有分散体で用いられる分散媒以外の溶媒が混合されていてもよいが、溶媒回収の観点からは、水と、耐炎ポリマー含有分散体で用いられる分散媒と同種の溶媒とのみで構成することが好ましい。また、凝固液における水と溶媒の混合比は、好ましくは1:9〜9:1であり、より好ましくは2:8〜8:2であり、更に好ましくは3:7〜7:3である。このようすることによって、凝固速度を制御することも可能となり、用途に応じた特性を凝固液によってコントロールすることができるようにもなる。また、凝固液には、分散媒の抽出を容易にする化合物としての無機塩、pH調整剤、工程処理剤および分散体の反応促進剤などが含まれていてもよい。
【0045】
耐炎ポリマー含有分散体を繊維形状に賦型する方法としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法、乾式紡糸法、フラッシュ紡糸法、エレクトロスピニング紡糸法、スパンボンド法、メルトブロー法および遠心力紡糸法などを採用することができる。中でも湿式紡糸法または乾湿式紡糸法は生産性が高く、本発明において好ましく適用される。特に湿式紡糸法は、賦型した直後に耐炎ポリマー含有分散体から分散媒が除去され始めるので、生産性が高く、また、賦型直後の繊維強度が低くても低速度で繊維を走行させることができ、取扱いが易しい。ここでいう湿式紡糸法とは、複数孔が空いた口金まで耐炎ポリマー含有分散体を計量・フィルトレーションなどの後に導入した後、耐炎ポリマー含有分散体にかかる圧力によって口金孔から吐出して賦型し、ただちに凝固液によって凝固する方法である。また、乾湿式紡糸とは、口金孔から耐炎ポリマー含有分散体を吐出して賦型し、気相中を走行させて後、凝固液によって凝固する方法である。
【0046】
ここで用いられる吐出口金の材質としては、SUS、金および白金等を適宜使用することができる。また、耐炎ポリマー分散体が吐出口金孔に流入する前に、無機繊維の焼結フィルターあるいは合成繊維、例えば、ポリエステルやポリアミドからなる織物、編物および不織布などをフィルターとして用いて、耐炎ポリマー分散体をろ過あるいは分散させることが、得られる耐炎繊維集合体において単繊維断面積のバラツキを低減される面から好ましい態様である。
【0047】
吐出口金としては、孔径が0.01〜0.5mmφで、孔長が0.01〜1mmの任意のものを使用することができる。また、吐出口金の口金孔数は、10〜1000000まで任意とすることができる。また、吐出口金の孔配列は、千鳥配列など任意とすることができ、分繊しやすいように予め分割しておいても良い。
凝固液の温度は、凝固の第一の工程では、凝固液の凝固点以上、沸点以下の任意の温度が可能であり、耐炎ポリマー含有分散体の凝固性や工程通過性に合わせて適宜調整することができる。また、凝固の第二の工程以降も、凝固液の凝固点以上、沸点以下の任意の温度が可能であるが、凝固液に水を用いる場合には60℃以上85℃以下の温度であることが好ましい。このようにすることによって、第一工程で残存した分散媒が効率よく抽出される。また、凝固液中の貧溶媒の濃度は、凝固工程を経るに従って増加させることが好ましい。
【0048】
水洗、延伸された後の水膨潤状態の繊維糸条に、後述するような油剤を付与することが好ましい。油剤の付与方法としては、繊維糸条内部まで均一に付与できることを勘案し、適宜選択して使用すればよい。具体的には、繊維糸条の油剤浴中への浸漬、走行繊維糸条への油剤の噴霧および滴下などの手段が採用される。ここで付与される油剤の濃度は、好ましくは0.01〜20重量%である。油剤としては、例えば、シリコーンなどの主油剤成分とそれを希釈する希釈剤成分からなるものであり、油剤濃度とは主油剤成分の油剤全体に対する含有比率である。
【0049】
油剤成分の付着量は、繊維の乾燥重量に対する純分の割合が、0.1〜5重量%であることが好ましく、より好ましくは0.3〜3重量%であり、さらに好ましくは0.5〜2重量%である。油剤成分の付着量が少なすぎると、単繊維同士の融着が生じ、また、多すぎると焼成時に焼けムラとなり、得られる炭素繊維等の繊維糸条の引張強度が低下することがある。
【0050】
繊維糸条の乾燥方法としては、乾燥加熱された複数のローラーに直接接触させる方法、熱風や水蒸気を送る方法、赤外線や高周波数の電磁波を照射する方法、および減圧状態とする方法等を適宜選択し組み合わせることができる。通常、熱風を送る場合、熱風を繊維糸条の走行方向に並行流あるいは直交流させることによって行うことができる。輻射加熱方式の赤外線としては、遠赤外線、中赤外線および近赤外線を用いることができ、マイクロ波を照射する方法も選択することができる。乾燥温度は、50〜450℃程度の範囲で任意に採用かることができるが、 一般的に低温の場合には長時間かかり、高温の場合には短時間で乾燥することができる。
【0051】
本発明で得られる耐炎ポリマー含有分散体を賦型して得られる繊維状物やフィルム状物等の成形体には、多くの空隙が内包されている。多くの場合、成形体の力学的な強度は、それを更に増加させることが望ましい。この力学的強度を向上する手段として、上記のようにして得られた成形品を、熱処理によって空隙を塞ぐ焼結・焼成工程を経ることが好ましい。
【0052】
その工程において、温度プロファイルや工程通過速度などの条件は素材に依存するが、好ましくは成形品の軟化点温度よりも50℃低い温度以上の温度で熱処理され、より好ましくは軟化点以上の温度で熱処理する。軟化点温度−50℃未満の処理温度では、通常成形品が内包する空隙を塞ぐことは困難である。また、温度に特に上限はないが、成形品が軟化して形状を保ちにくい場合は、処理温度を数段階に分けて上昇させるか、連続的に上昇させることが好ましい。
【0053】
また、軟化点を可塑剤によって低下させると、熱分解反応を抑制しながら焼結・焼成することができる。可塑剤の成分は、あらかじめ分散体の中に含まれていても良いが、分散媒の回収などの観点から、凝固工程から焼結・焼成工程の間で付与されることが好ましい。可塑剤は、軟化点を低下させるものであれば特に制限はないが、成形品への均一付与や耐炎ポリマー含有分散体への分散などの観点から、液体であることが好ましい。中でも環境に優しく安全性が高い水を用いることが最も好ましく、繊維糸条への付着性を向上するために、界面活性剤を含む水を使用することが好ましい。
【0054】
本発明において、成形体を焼結・焼成体になすに際しての熱処理では、成形品の化学構造が変化していても構わない。例えば、耐炎ポリマーが縮合系ポリマーの場合、真空雰囲気下での固相重合によりその分子量が増大したり、またアクリドン骨格やピリミジン骨格を持つような耐炎ポリマーの場合には、それが黒鉛構造に変化したりすることもある。これら変化は、一旦熱処理によって成形品が含む空隙が減少した後、生じるようにすることが好ましい。このようにすることによって、空隙の少ない力学特性が優れた焼結・焼成体を得ることができる。
【0055】
また、本発明において、成形品を焼結・焼成品になすに際しての熱処理では、成形品の化学構造変化を伴わなくても構わない。例えば、ゾルーゲル転移法によって得られたシリカやチタニアのような場合には、適切な温度にて熱処理することにより、実質的に粒子間空隙が塞がれるだけで、適切な焼結・焼成品となる。
【0056】
また、焼成・焼結に際しての熱処理工程では、成形品に延伸や圧縮などの変形を与えてもよい。これらの変形によって、得られる焼成・焼結品の形態がより好ましいものとなり、またその力学的特性やその他特性を向上させることができる。
【0057】
本発明において、上記のようにした得られた耐炎繊維集合体を、不活性成雰囲気で高温熱処理する、いわゆる炭化処理することにより炭素繊維集合体を得ることができる。炭素繊維集合体を得る具体的な方法としては、本発明で得られた耐炎繊維集合体を、不活性雰囲気中最高温度を好適には300℃以上、2000℃未満の範囲の温度にして熱処理する方法である。より好ましくは、熱処理の最高温度の下の方としては、800℃以上、1000℃以上、1200℃以上の順に好ましい。また、熱処理の最高温度の上の方としては、1800℃以下も使用することができる。また、炭素繊維集合体を、さらに不活性雰囲気中、例えば2000〜3000℃の温度で加熱することによって、黒鉛構造の発達した炭素繊維集合体とすることもできる。
【0058】
炭素繊維集合体は、引張強度が100MPa以上、200MPa以上あるいは300MPa以上であることが好ましく、また、引張強度の上の方としては10000MPa以下、8000MPa以下、6000MPa以下の順に適当である。引張強度が低すぎると、補強繊維として使用できない場合がある。引張強度は高ければ高いほど好ましいが、1000MPaあれば本発明の目的として十分なことが多い。
【0059】
また、炭素繊維集合体を構成する単繊維は、繊維直径が1nm〜7×10nmの範囲であることが好ましく、より好ましくは10〜5×10nmであり、さらに好ましくは50〜10nmである。単繊維の繊維直径が1nm未満では繊維が折れやすい場合があり、7×10nmを超えると糸内部に不均一なボイドができることがある。
【0060】
また、本発明で得られる炭素繊維集合体は、比重が1.3〜2.4であることが好ましく、より好ましくは1.6〜2.1であり、さらに好ましくは1.6〜1.75である。比重が1.3未満では繊維が折れやすい場合があり、2.4を超えると結晶配向性が悪く強度の低い繊維が存在しやすくなる傾向にある。比重は、液浸漬法や浮沈法によって測定することができる。ここで炭素繊維単繊維は、発泡体のような中空部を含むものであってもよい。この場合、中空部は連続であっても非連続であってもよい。
【0061】
得られた炭素繊維集合体はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムおよびテトラエチルアンモニウムヒドロキシドのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維により適宜選択することができる。
【0062】
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維材料とマトリックス樹脂との接着性が適正化でき、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、マトリックス樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0063】
この後、得られる炭素繊維集合体に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0064】
具体的に、耐炎ポリマーから耐炎繊維集合体を経由して炭素繊維集合体を得る場合には、耐炎ポリマー含有溶液を紡糸し耐炎繊維集合体とした後に、炭化処理まで巻き取り工程を入れることなく連続的に行い、さらに表面処理およびサイジング剤付与工程を含め連続した一つのプロセスとして、炭素繊維集合体を製造することができる。低コスト化の観点から、耐炎ポリマーの製造から炭素繊維集合体の製造まで、一つのプロセスで連続的に製造する方法が好ましい。また、集合体として取り扱うことで、一度に大量に生産することができるため、コスト面において工業的に優れたものとなる。そのため、繊維の集合体とは、マルチフィラメントや紡績糸や織物物や不織布なども含まれる。
【実施例】
【0065】
次に、実施例により本発明を具体的に説明する。実施例における各物性値および特性は、下記の方法により測定したものである。
【0066】
<耐炎ポリマー含有分散の粘度>
耐炎ポリマー分散液を100mLポリカップに80mL入れ、温浴で30℃に温調する。アルコール温度計で耐炎ポリマー分散液の内温が30℃±0.5℃にあることを確認した後に、B型粘度測定器(東京計器社製 B−8L)を用いて3回測定し、その平均値を採用した。
【0067】
<耐炎ポリマーのIR(赤外分光光度計)測定>
耐炎ポリマーを100℃の熱水中で脱溶媒した後に凍結粉砕したもの2mgと、赤外求光用KBr300mgとを乳鉢にて粉砕混合し、その粉砕混合物を錠剤成型器で錠剤に加工し、その錠剤を用いてFT−IR測定器(島津製作所製)で、耐炎ポリマーのIRを測定した。
【0068】
<繊維の水分率>
繊維の重量(WW)と、これを180℃×2時間熱風乾燥機で乾燥した後の重量(WW0)から、以下の計算式
W(重量%)={(WW−WW0)/WW0}×100
を用いて求めた。
【0069】
<繊維の比重測定>
電子天秤を付属した液浸法による自動比重測定装置を自作し、JIS Z 8807(1976)に従って測定を行った。液にはエタノールを用い、このエタノール中に試料を投入し測定した。なお、試料をエタノール中に投入する前に、エタノールを用い別浴で試料を十分濡らし、泡抜き操作を実施した。
【0070】
<繊維の耐炎性の評価法>
1500本の単繊維からなる束状の繊維を用いて、試料長を30cmとし、JIS L 1091(1977)に準じて、高さ160mm、内径20mmのメッケルバーナーの炎で10秒間加熱し、残炎時間および炭化長を求めその値から、次の基準で耐炎性を評価する。
「耐炎性優秀」:残炎時間が10秒以下、かつ炭化長5cm以下、
「耐炎性良好」:残炎時間10秒以下、かつ炭化長10cm以下、
「耐炎性あり」:残炎時間10秒以下、かつ炭化長15cm以下、
「不良」:残炎時間10秒を超える、あるいは炭化長15cmを超える。
測定数はn=5とし、最も該当数が多かった状態をその試料の耐炎性とする。評価が決まらない場合には、さらにn=5の評価を追加し、評価が決まるまで繰り返し測定する。
【0071】
<単繊維の引張強度、引張弾性率および引張伸度>
いずれも、JIS L1013(1999)に従って引張試験を行う。表面が滑らかで光沢のある紙片dに、5mm幅毎に25mmの長さの単繊維を1本ずつ試料長が約20mmとなるように両端を接着剤で緩く張った状態で固着する。試料を繊維引張試験器のつかみに取り付け、上部のつかみの近くで紙片を切断し、試料長20mm、引張速度20mm/分で測定する。測定数はn=50とし、平均値を引張強度、引張弾性率および引張伸度とする。なお、実施例では、繊維引張試験器として、インストロン社製モデル1125を用いた。
【0072】
(実施例1)
分子量が23.4万のポリアクリロニトリル10重量%、モノエタノールアミン8重量%、オルトニトロトルエン8重量%およびジメチルスルホオキシド74重量%からなるポリマー分散体を、連続反応器に毎分10ccの速度で注入し連続反応器から毎分10ccの耐炎ポリマー含有分散体を得た。反応部位および冷却部位の静止型混合機はHi−Mixer TM(東レエンジニアリング社製)を用い、その詳細な構成は、反応部位の内径は16mmでありエレメント数は360個であって、冷却部位の内径は10mmでありエレメント数は80個である。Aを4としTを60(分)とすることで、N×A/Tの値を29.3に設定した。反応部の温度は熱媒温度150℃であり、冷却部位の冷媒温度は20℃に設定した。得られた耐炎ポリマー含有分散体の粘度は、150ポイズであった。また、分離した耐炎ポリマーをIRにて解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在し、その吸光度は1.20であった。冷却部位から吐出された耐炎ポリマー含有分散体の30℃の温度における溶液粘度η30は55ポイズであり、その耐炎ポリマー含有分散体を30℃の温度で2日保存した後に測定した際の溶液粘度η30は65ポイズであった。
【0073】
なお、同一の組成でバッチ系で耐炎化した際の耐炎ポリマー含有分散体は、耐炎化直後の溶液粘度η30が50ポイズであり、30℃にて2日保存した後の溶液粘度η30は750ポイズであった。
【0074】
冷却部位から吐出された耐炎ポリマー含有分散体を少しずつ連続供給して、湿式紡糸装置で繊維化した。耐炎ポリマー含有分散体を焼結フィルターを通した後、0.05mmの孔径を100ホール有する吐出口金から20℃の温度のDMSO/水=50/50浴中に、毎分10ccの速度で30時間連続して吐出した。このとき、紡糸性と製糸性は常に良好であり途中で配管や吐出口金の目詰まりを起こすことはなかった。ここで得られた凝固糸の膨潤度は650%であった。
【0075】
さらに80℃の温度の温水浴において、溶媒類をほとんど水に置換しつつ1.3倍に延伸した。その後、温水浴中10m/分のローラー速度でローラーを通しさらに洗浄した。その後、アミンシリコーン油剤を付与した後に熱風循環炉中220℃の温度で3分間乾燥した。乾燥糸の比重は1.30で伸度は3%であった。さらに、熱風循環炉中300℃の温度で1.5倍に延伸と同時に3分間熱処理して耐炎繊維束を得た。
【0076】
得られた耐炎繊維束における単繊維の繊度は1.0dtexであり、強度は2.3g/dtexであり、伸度は18%であった。耐炎性を評価したところ、燃焼することなく赤熱し、炭化長1cmと優秀な耐炎性を有していることがわかった。さらに、耐炎ポリマーから得られた耐炎繊維束を窒素雰囲気中、300〜800℃の温度で予備炭化し、次いで窒素雰囲気中、1400℃の温度で炭化処理して炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束の強度は3000MPaであり、弾性率は230GPaであり、比重は1.75であった。
【0077】
(実施例2)
Nを160(個)にAを4にTを12に設定して、N×A/Tの値を53.3に設定したこと以外は、実施例1記載の条件で耐熱化を行った。得られた分散体の粘度は120ポイズであった。また、分離した耐炎ポリマーをIRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在し、その吸光度は1.13であった。
【0078】
冷却部位から吐出された耐炎ポリマー含有分散体を少しずつ連続供給して、湿式紡糸装置で繊維化した実施例1と同一の条件で毎分10ccの速度で15時間連続して吐出した。このとき、紡糸性と製糸性は常に良好であり途中で配管や吐出口金の目詰まりを起こすことはなかった。また、ここで得られた凝固糸の紡純度は700%であった。その後は、実施例1と同一の条件で処理し耐炎繊維を得た。得られた耐炎繊維束の単繊維の繊度は1.0dtexであり、強度は2.3g/dtexであり、伸度は18%であった。耐炎性を評価したところ、燃焼することなく赤熱し、炭化長1cmと優秀な耐炎性を有していることがわかった。さらにその後、実施例1と同一の条件で処理し炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束の強度は3000MPaであり、弾性率は230GPaであり、比重は1.75であった。
【0079】
(実施例3)
Nを100(個)にAを4にTを40(分)に設定して、N×A/Tの値を10に設定したこと以外は、実施例1記載の条件で耐熱化を行った。得られた耐炎ポリマー含有分散体の粘度は100ポイズであった。また、分離した耐炎ポリマーをIRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。窒素雰囲気下での示差熱・熱重量測定による3重量%減少温度は402℃であった。
【0080】
冷却部位から吐出された耐炎ポリマー含有分散体を、少しずつ湿式紡糸装置に連続供給して、実施例1と同一の条件で毎分10ccの速度で15時間連続して吐出した。このとき、紡糸性と製糸性は常に良好であり、途中で配管や吐出口金の目詰まりを起こすことはなかった。
【0081】
(実施例4)
静止型混合機のエレメント数Nを30にしたこと以外は、実施例1と同じ条件で耐熱化を行った。得られた耐炎ポリマー含有分散体の粘度は950ポイズであった。また、分離した耐炎ポリマーをIRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在し、その吸光度は0.98であった。
【0082】
得られた耐炎ポリマー含有分散体を、少しずつ湿式紡糸装置に連続供給して、実施例1と同一の条件で毎分10ccの速度で吐出したところ、2時間連続して吐出することができた。しかしながら、2時間連続して耐熱化を行ったところ配管系の半分程度に該耐炎ポリマー含有分散体が固化したものが詰まっていた。
【0083】
(比較例1)
分子量が23.4万のポリアクリロニトリル10重量%、モノエタノールアミン8重量%、オルトニトロトルエン8重量%およびジメチルスルホオキシド74重量%からなるポリマー分散体を、バッチ型反応器において150℃の温度で60分耐炎化反応を行った。得られた耐炎ポリマー含有分散体の粘度は、600ポイズであった。また、分離した耐炎ポリマーをIRで解析したところ、1600cm−1に明確なピークが存在した。窒素雰囲気下での示差熱・熱重量測定による3重量%減少温度は402℃であった。この耐炎ポリマー含有分散体を、実施例1と同一の条件で毎分10ccの速度で紡糸した。15分後には口金詰まりがおこり糸切れが多発した。また、30分後には該分散体が大幅に増粘して紡糸が著しく低下し、該ポリマー45分後には完全にゲル化し流動性を失ったため吐出することができなくなった。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明の耐炎ポリマー分散体の製造方法により得られる耐炎ポリマー含有分散体は、それを長時間連続して供給し耐炎繊維を長時間連続して製造する方法に好適である。本発明では、耐炎ポリマー含有分散体の製造から耐炎繊維集合体の製造を経て炭素繊維集合体の製造まで、一つのプロセスで連続的に行うことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
【請求項2】
耐炎前駆体ポリマー含有分散体中の耐炎前駆体ポリマーに酸化剤と還元剤を連続的に反応させ耐炎化処理を施すことを特徴とする耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
【請求項3】
静止型混合機を用いて耐炎化処理を連続的に行うことを特徴とする請求項1または2記載の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
【請求項4】
静止型混合機のエレメント数Nと、エレメントあたりの流体の分割層数Aと、流体の保持時間T(分)が、次式を満たすことを特徴とする請求項3記載の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
4≦N×A/T≦150
【請求項5】
耐炎前駆体ポリマー含有分散体を構成する耐炎前駆体ポリマーが、ポリアクリロニトリル系ポリマーであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
【請求項6】
耐炎前駆体ポリマー含有分散体を構成する分散媒が、極性有機溶媒であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の耐炎ポリマー含有分散体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法で得られた耐炎ポリマー含有分散体を連続供給し、湿式紡糸あるいは乾湿式紡糸により糸状形状に賦形することを特徴とする耐炎繊維集合体の製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の製造方法で得られた耐炎繊維集合体を、300〜3500℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維集合体の製造方法。

【公開番号】特開2007−321085(P2007−321085A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−154537(P2006−154537)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】