説明

耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線およびその製造方法

【課題】 高強度・高耐食製品用の素材である析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線材および鋼線を提供し、従来の高強度・高耐食製品の強度と耐疲労性の両特性を大幅に改善することにある。
【解決手段】 質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.1〜4.0%、Mn:0.1〜10.0%、Ni:3.0〜9.0%、Cr:130〜19.0%、Mo:0.1〜4.0%、Al:0.35〜3.0%、Ti:0.01〜0.20%、N:0.05%以下、O:0.004%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、(a)式で表されるMd30値が−10〜70であり、(b)式のNg値がN含有量以上、0.10以下であり、引張強さが2000N/mm2以上であることを特徴とする耐疲労性に優れた高強度製品用の析出硬化型ステンレス鋼線およびその製造方法である。必要に応じて、V:0.05〜2.0%,Nb:0.05〜2.0%,W:0.05〜2.0%,Ta:0.05〜2.0%の内、1種類以上、Co:0.1〜4.0%,Cu:0.1以上、2.0%未満,B:0.005〜0.015%,Ca:0.0005〜0.01%,Mg:0.0005〜0.01%,REM:0.0005〜0.05%を含有する。また、300〜600℃の窒素雰囲気中で時効処理を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ばね等の耐疲労性に優れた2000N/mm2以上の引張強さを有する高強度且つ耐疲労性に優れる製品に係わり、Al,Mo,Ti,O,N等を制御して粗大介在物を抑制し、微細析出物を制御して表層圧縮残留応力を付与した析出硬化型準安定オーステナイト系ステンレス鋼線およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、高強度ステンレス鋼線から成型されたばね疲労性に優れた高強度ステンレス製品はSUS304,SUS316のステンレス鋼線材を素材として加工・成型されてきた。これら製品の疲労は鋼線の繰り返し曲げ方向、または、ねじり変形方向の疲労特性が求められる。しかしながら、これらの鋼線材から加工された製品は疲労強度が普通鋼線に比べ劣るという欠点があった。そのため、水素,結晶粒径を規定した2000N/mm2以上の引張強さを有する高強度ばね用の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線が提案されている(下記特許文献1)。しかしながら、本発明者らの検討によれば、疲労特性の向上は見られるものの目標の疲労強度(例えば回転曲げ応力≧500N/mm2)を満足していない。
【0003】
一方、疲労強度の向上には、時効処理,析出硬化処理が有効であり、SUS304系にMo,Co,Nを添加した高強度ばねを500〜550℃で低温焼鈍すること(下記特許文献2)、また、Al,Cu,Mo等を添加したオーステナイト系の析出硬化型ステンレス鋼が提案されている(下記特許文献3)。
【0004】
また、酸素を抑制してN,Mo,Ti,Nb等を添加し、加工誘起マルテンサイト量を制御した耐疲労性に優れた準安定オーステナイト系ステンレス鋼が提案されている(下記特許文献4)。また、準安定オーステナイト系ステンレス鋼にMo,Tiを添加した高強度鋼板が提案されている(下記特許文献5)。更に、準安定オーステナイト系ステンレス鋼にMo,Alを添加した高強度の耐熱鋼板が提案されている(特許文献6)。しかしながら、いずれも要求される強度・耐疲労特性(鋼線の曲げ、または、ねじり方向の疲労特性)を兼ね備えていない。
【0005】
そのため、従来の高強度ステンレス鋼では、十分な強度と疲労特性(鋼線の曲げ、または、ねじり方向の疲労特性)を兼ね備えることができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4212553号公報
【特許文献2】特許第4080321号公報
【特許文献3】特許第4327601号公報
【特許文献4】特開平5−279802号公報
【特許文献5】特開2001−131713号公報
【特許文献6】特開平9−143633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、高強度・高耐疲労製品用の素材である析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線を提供し、従来の高強度・高耐疲労製品の強度と耐疲労性の両特性を大幅に改善することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼において、1)Al,Moを複合添加し、加工誘起マルテンサイト量を制御して析出硬化にて強度を飛躍的に高め、且つ、2)Al,Ti,N量の関係を制御して粗大窒化物を抑制し、また、3)製品を窒素雰囲気中で時効して表層圧縮残留応力を付与することで、複合の相乗効果により強度特性を維持しつつ耐疲労特性を飛躍的に高めることを見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨とするところは以下の通りである。
【0009】
(1)質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.1〜4.0%、Mn:0.1〜10.0%、Ni:3.0〜9.0%、Cr:13.0〜19.0%、Mo:0.1〜4.0%、Al:0.35〜3.0%、Ti:0.01〜0.20%、N:0.05%以下、O:0.004%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
下記(a)式で表されるMd30値が−10〜70であり、下記(b)式で規定されるNg値がN含有量以上0.10以下であり、引張強さが2000N/mm2以上であることを特徴とする耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
Md30=551−462(C+N)−9.2Si―8.1Mn
―29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo・・・・・(a)
Ng=0.002/(Al×Ti) ・・・・・ (b)
(2)マルテンサイト量が25体積%以上、85体積%未満であることを特徴とする(1)に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【0010】
(3)更に質量%で、V:0.05〜2.0%、Nb:0.05〜2.0%、W:0.05〜2.0%、Ta:0.05〜2.0%の内、1種類以上を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
(4)更に質量%で、Co:0.1〜4.0%を含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
(5)更に質量%で、Cu:0.1以上、2.0%未満を含有することを特徴とする(1)〜(4)のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【0011】
(6)更に質量%で、B:0.0005〜0.015%を含有することを特徴とする(1)〜(5)のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
(7)更に質量%で、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.05%の内、1種類以上を含有することを特徴とする(1)〜(6)のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
(8)(1)〜(7)のいずれか一項に記載のステンレス鋼線の製造方法であって、冷間加工後に300〜600℃で時効処理を施すことを特徴とする耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線の製造方法。
(9)前記時効処理が窒素雰囲気で施されることを特徴とする(8)に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線の製造方法。
(10)(1)〜(7)のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線からなることを特徴とする、ばね。
【発明の効果】
【0012】
本発明による耐疲労性に優れた準安定オーステナイト系ステンレス鋼線は、2000N/mm2以上の強度に加え、優れた耐疲労特性を合わせ持つため、飛躍的に強度と耐疲労特性の両特性に優れたばね等の部品を安価に提供する効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】疲労強度に及ぼすMo,Al量の影響を示す図である。
【図2】疲労強度に及ぼすNg値,N量の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、先ず、本発明の(1)、(2)に記載の限定理由について説明する。
【0015】
Cは、伸線加工後に高強度を得るために、0.02%以上(以下は全て質量%)添加する。しかしながら、0.15%を超えて添加すると、粒界に粗大Cr炭化物が析出し、延靱性が低下して耐疲労特性が劣化することから、上限を0.15%とする。好ましい範囲は、0.04〜0.12%である。
【0016】
Siは、脱酸のために0.1%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加するとその効果は飽和するばかりか製造性が悪くなり、また、延靱性が劣化して耐疲労特性が劣化するため、上限を4.0%にする。好ましい範囲は、0.5〜2.0%である。
【0017】
Mnは、脱酸のために0.1%以上添加する。しかしながら、10.0%を超えて添加すると、強度が低下して耐疲労特性が劣化するため、上限を10.0%にする。好ましい範囲は、0.5〜5.0%である。
【0018】
Niは、延靱性を確保して耐疲労特性を向上させるため、3.0%以上添加する。しかしながら、9.0%を超えて添加すると、Md30値が低下して強度が低下し、耐疲労特性が劣化するため、上限を9.0%にする。好ましい範囲は、4.0〜8.0%である。
【0019】
Crは、耐食性を確保するため、13.0%以上添加する。しかしながら、19.0%を超えて添加すると、延靱性が劣化して疲労強度が低下するため、上限を19.0%にする。好ましい範囲は、14.0〜18.0%である。
【0020】
Moは、伸線後の300〜600℃での時効処理によりMo系の微細な金属間クラスターを微細析出させて、延靱性を損なうことなく高強度化して耐疲労特性を向上させる有効な元素であり、0.1%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加すると、その効果は飽和するばかりか、逆に延靱性が低下して耐疲労特性を劣化させるため、上限を4.0%にする。好ましい範囲は、0.5超2.5%以下である。
【0021】
Alは、伸線後の300〜600℃での時効処理により微細なAl系の金属間化合物を微細析出させて、延靱性を損なうことなく、高強度化して耐疲労性を向上させる有効な元素であり、0.35%以上添加する。しかしながら、3.0%を超えて添加してもその効果は飽和するし、逆に延靱性を低下させて耐疲労特性を劣化させる。そのため、上限を3.0%とする。好ましい範囲は、0.5〜1.5%である。更に好ましい範囲は、0.7〜1.3%である。
【0022】
Tiは、N,Oの抑制と共に耐疲労特性を向上させる元素であり、粗大なAlNの析出を防止し、耐疲労特性を向上させるため、0.01%以上添加する。しかしながら、0.20%を超えて添加すると粗大なTi系析出物(TiN,Ti酸化物等)が生成し、逆に耐疲労特性が劣化するため、上限を0.20%にする。好ましい範囲は、0.03以上0.10%未満である。
【0023】
Nは、強度に寄与する元素であるが、AlN,TiN等の粗大窒化物を生成し、耐疲労特性を劣化させる。そのため、粗大窒化物を抑制するために0.05%以下に限定する。好ましい範囲は、0.005〜0.03%である。
【0024】
Oは、粗大酸化物の生成を抑制して耐疲労特性を向上させるため、Ti,N量の制御と共に、0.004%以下に限定する。好ましい範囲は、0.0003〜0.003%である。
【0025】
本発明の鋼線の金属相は、オーステナイト相、後述する冷間加工で発生するマルテンサイト相からなる。このうちマルテンサイト相の割合は、鋼線および鋼帯の強度および耐疲労特性を向上させるために、25体積%以上に限定する。しかしながら、85体積%以上になると延靱性が劣化し、逆に耐疲労特性が劣化する。そのため、上限を85体積%未満に限定することが好ましく、更に好ましい範囲は、35〜65体積%である。
【0026】
Md30値は、伸線後の加工誘起マルテンサイト量と成分の関係を調査して得られた指標であり、高強度と延性を確保するためにMd30値を制御する必要がある。Md30値が−10未満の場合、オーステナイト相の安定度が増し、伸線加工では高強度化しなくなるばかりか、300〜600℃で実施する析出強化量も低減し、耐疲労特性が劣化する。一方、Md30値が70を超えると、伸線加工で過剰な加工誘起マルテンサイト相が生成し、伸線加工後の延靱性が低下し、耐疲労特性が劣化する。そのため、Md30値を−10〜70に限定する。好ましい範囲は、10〜60である。更に好ましい範囲は、20〜50である。
【0027】
Ng値は、本発明者らがAl,TiおよびN量と粗大窒化物の生成による耐疲労特性の劣化の関係を調査した結果得られた指標である。後述する実施例で示すように、Ng値がN量より小さくなると粗大窒化物(AlN,TiN等)が生成し、耐疲労特性が劣化する。そのため、Ng値がN量以上になるよう制御する。一方、Ng値が0.10より大きくなると析出硬化代が小さく強度に劣るため上限値を0.10とし、好ましくは、0.08以下である。鋼線の引張強さは、耐疲労特性に大きく影響を及ぼし、介在物等を制御していれば、鋼線の引張強さが2000N/mm2以上であれば良好な耐疲労特性が得られる。そのため、鋼線の引張強さを2000N/mm2以上に限定する。好ましい範囲は、2200〜3500N/mm2である。
【0028】
次に、本発明の(3)に記載の限定理由について説明する。
【0029】
V,Nb,W,Taは、炭窒化物を形成して結晶粒径を微細にして耐疲労特性を改善するため、必要に応じて、V:0.05〜2.0%、Nb:0.05〜2.0%、W:0.05〜2.0%、Ta:0.05〜2.0%の内、1種類以上を添加する。しかしながら、上限を超えて添加すると粗大介在物が生成し、延靱性が低下し、耐疲労特性が劣化する。好ましい各元素の範囲は、0.1〜1.0%である。
【0030】
次に、本発明の(4)に記載の限定理由について説明する。
【0031】
Coは、延靱性を確保して耐疲労特性を向上させるため、必要に応じて、0.1%以上添加する。しかしながら、4.0%を超えて添加すると、強度が低下して耐疲労特性が劣化するため、上限を4.0%にする。好ましい範囲は、0.5〜3.0%である。
【0032】
次に、本発明の(5)に記載の限定理由について説明する。
【0033】
Cuは、伸線後の300〜600℃での時効処理により微細なCu系の金属間化合物を微細析出させて、延靱性を損なうことなく、高強度化して耐疲労性を向上させる有効な元素であり、必要に応じて、0.1%以上添加する。しかしながら、2.0%以上添加すると、逆に軟質化して耐疲労特性を低下させる。そのため、上限を2.0%未満とする。好ましい範囲は、0.5〜1.5%である。
【0034】
次に、本発明の(6)に記載の限定理由について説明する。
【0035】
Bは、熱間製造性および靱性を向上させるため、必要に応じて、0.0005%以上を添加する。しかしながら、0.015%を超えて添加するとボライドが生成するため、逆に延靱性が低下して、耐疲労特性が低下する。そのため、上限を0.015%にする。好ましい範囲は、0.001〜0.01%である。
【0036】
次に、本発明の(7)に記載の限定理由について説明する。
【0037】
Ca,Mg,REMは、脱酸のため、必要に応じて、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.05%の1種以上を添加する。しかしながら、各上限を超えて添加すると粗大介在物が生成して耐疲労特性が低下する。
【0038】
次に、本発明の(8)に記載の限定理由について説明する。
【0039】
本発明の耐疲労性に優れた鋼線または鋼帯の製造においては、熱間圧延で製造される線材または熱延鋼帯から通常実施される冷間伸線(加工率30〜90%),冷間圧延(30〜90%),熱処理の組み合わせで製造されることが経済的に効果的である。
【0040】
ここで、本発明で用いることが出来る線材は、上述した本発明の鋼線が有する組成、Md30値範囲、及びNg値範囲を満たすものであれば良い。
【0041】
また、前述したようにAl,Mo,Cu系の微細析出物やクラスターを微細析出させて、延靱性を損なうことなく高強度化して耐疲労特性を向上させるために、前記の冷間加工後に時効処理を行う。この時、300℃未満では析出強化が不十分であり、600℃を超えると過時効となる。そのため、300℃〜600℃の温度範囲に限定する。好ましくは、400〜550℃である。また、時効処理の時間は、3分未満では析出強化が不十分であり、100時間を超えると過時効となる。そのため、時効時間は、3分〜100時間の範囲である。
【0042】
次に、本発明の(9)に記載の限定理由について説明する。
【0043】
耐疲労特性を向上させるには表層圧縮残留応力を付与することが有効であり、窒素雰囲気中で時効処理することで表層に窒素を固溶、または微細な窒化物を生成させることが有効である。そのため、必要に応じて、窒素雰囲気中で時効処理を実施する。好ましくは、無酸化の雰囲気にて、0.5〜1.0気圧の窒素分圧下で実施する。
【0044】
次に、本発明の(10)に記載の限定理由について説明する。
【0045】
本発明の耐疲労性に優れるステンレス鋼線は、特にばね製品として好適に用いることができる。これらの製品は、特に耐疲労性が求められるため、本発明の意義が大きい。ばね製品として用いる場合は、前述の鋼線材や熱延鋼帯(鋼板)を冷間伸線(加工率30〜90%)、冷間圧延(加工率30〜90%)、熱処理の組み合わせ、及びコイリング,曲成形するなどして所望の形状に冷間加工し、その後時効処理を行う。
【実施例】
【0046】
以下に本発明の実施例について説明する。表1−1、表1−2に実施例の鋼の化学組成を示す。
【0047】
【表1−1】

【0048】
【表1−2】

【0049】
これらの化学組成の鋼は、ステンレス鋼の安価溶製プロセスであるAOD溶製を想定し、100kgの真空溶解炉にて溶解し、φ180mmの鋳片に鋳造し、その鋳片をφ5.5mmまで熱間の線材圧延を行い、1000℃で熱間圧延を終了した。その後、溶体化処理として1050℃で30分保持した後に水冷し、酸洗を行い線材とした。その後、φ3.0mmまで冷間で伸線加工を施し、1050℃で中間ストランド焼鈍を施し、引き続き1.5mmまで冷間で伸線加工を施した。その後、大気にて450℃で30分の時効処理を行い、高強度ステンレス鋼線の製品とした。
【0050】
そして、鋼線製品の機械的性質,マルテンサイト量,疲労強度を評価した。その評価結果を表2−1、表2−2に示す。
【0051】
【表2−1】

【0052】
【表2−2】

【0053】
鋼線の機械的性質は、JIS Z 2241の引張試験での引張強さと破断絞りにて評価した。本発明例の鋼線の製品では、全て2000N/mm2以上,破断絞りが30%以上であり、強度と延性に優れていた。
【0054】
鋼線のマルテンサイト(α’)量は、直流磁束計にて10000 Oeの磁場を付与した時の飽和磁化値を測定し、以下の(A)〜(C)式にて求めた。
α’量(vol.%)=σs/σs(bcc)×100 ----------------(A)
σs;飽和磁化値(T),σs(bcc);100%α‘変態した時の飽和磁化値(計算値)
σs(bcc)=2.14-0.030Creq -----------------(B)
Creq=Cr+1.8Si+Mo+0.5Ni+0.9Mn+3.6(C+N)+1.25P+2.91S+1.85Al+1.07V -------(C)
本発明の鋼線の製品では、マルテンサイト量は25体積%以上、85体積%未満が好ましい範囲である。
【0055】
鋼線の疲労特性は、中村式の回転曲げ疲労試験にて、回転曲げ応力500および600N/mm2を負荷して105回の回転を負荷させて鋼線が破断するか否かで評価した。両応力とも破断しない場合を非常に良い(●),500N/mm2のみ破断しない場合を良い(○),いずれも破断した場合を悪い(×)として評価した。本発明の範囲内であるNo.1〜42の鋼線の疲労特性は●または○であり、疲労特性に優れていた。特に、回転曲げ応力600N/mm2で破断しないことは、ピアノ線相当以上の耐疲労特性を有することを示すものであり、従来ステンレス鋼線では難しいとされていたピアノ線代替として使用できる可能性のあるものである。そのため、産業上非常に有効である。
【0056】
本発明例No.4〜15,27,28,比較例48〜53,60,61は、疲労強度に及ぼすMo,Al量の影響を調査したもので、評価結果を図1に示す。本発明例は疲労強度に優れており、Al:0.5〜1.5%,Mo:0.5〜2.5%の範囲内では、疲労強度が特に優れている。
【0057】
また、本発明例No.16〜21,比較例No.73〜77は、疲労強度に及ぼすNg値,N量の影響を調査したもので、評価結果を図2に示す。本発明例は疲労強度に優れており、Ng≧N,且つN:0.03%以下の範囲内では、疲労強度が特に優れている。これらの結果から、AlとMoが好適範囲内にあり、更にNg値とN量の関係も好適な範囲内に制御した場合には、回転曲げ応力が600N/mm2以上となり、産業上特に優れた効果を発揮することが分かる。
【0058】
一方、比較例No.44〜81は、成分が本発明から外れており、脱酸不良,耐食性不良や疲労特性に劣っていた。
【0059】
耐食性は、鋼線の表層を#500で研磨後、JIS Z 2371の塩水噴霧試験に従い、100時間噴霧試験を実施し、発銹するか否かで評価した。比較例No.46は発銹しており耐食性が不良であった。その他の実施例については無発銹であり、問題なかった。
【0060】
比較例No.80,81は、汎用の高純度フェライト系ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼(SUS321)について調査したもので、Ng値,Nの関係は満たすものの、その他の成分が満たしておらず、強度,マルテンサイト量が本発明範囲外であり、疲労強度に劣る。なお、これらの鋼では、Alは脱酸のため添加され、TiはC,Nを固定してCr炭化物を防止し、Nは鋭敏化防止のために低減されるため、本発明の析出硬化および粗大窒化物防止して疲労強度を向上させる基本思想とは異なる。
【0061】
次に、本発明の(8)に記載の時効温度の影響について示す。
【0062】
表1−1のA,E鋼を、前記0049段落に記載の方法でφ1.5mmまで冷間で伸線加工を施し、最後に250〜700℃,30分の時効処理を行い、時効温度の影響を評価した。その評価結果を表3に示す。
【0063】
【表3】

【0064】
本発明例No.1,5,82〜85では、300〜600℃で時効処理が施されており、2000N/mm2を超える引張強さを示し,疲労特性に優れていた。一方、比較例No.86〜91では、時効処理温度が本発明範囲外であり、引張強さや疲労特性に劣っていた。
【0065】
次に、本発明の(9)に記載の時効処理の雰囲気の影響について示す。
【0066】
表1−1のB,D鋼を、前記0049段落に記載の方法でφ1.5mmまで冷間で伸線加工を施し、最後に大気又は無酸化の窒素雰囲気中で450℃,30分の時効処理を行い、雰囲気の影響を評価した。その評価結果を表4に示す。
【0067】
【表4】

【0068】
本発明例No.92〜95では、窒素雰囲気で時効処理を施すことで、表面圧縮残留応力になるため疲労特性が向上しており、窒素雰囲気中の時効処理は疲労特性に有効である。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上の各実施例から明らかなように、本発明により、耐疲労特性に優れた高強度・高耐食性製品用の析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線材,鋼線等を安価に製造でき、製品加工後に析出硬化処理を施すことで2000N/mm2以上の強度に加え、優れた耐疲労特性を付与すること可能であり、軽量化・耐久性に優れる製品を安価に提供することができ、産業上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.02〜0.15%、
Si:0.1〜4.0%、
Mn:0.1〜10.0%、
Ni:3.0〜9.0%、
Cr:13.0〜19.0%、
Mo:0.1〜4.0%、
Al:0.35〜3.0%、
Ti:0.01〜0.20%、
N:0.05%以下、
O:0.004%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、
下記(a)式で表されるMd30値が−10〜70であり、下記(b)式で規定されるNg値がN含有量以上、0.10以下であり、引張強さが2000N/mm2以上であることを特徴とする耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
Md30=551−462(C+N)−9.2Si―8.1Mn
―29(Ni+Cu)−13.7Cr―18.5Mo・・・・・(a)
Ng=0.002/(Al×Ti) ・・・・・ (b)
【請求項2】
マルテンサイト量が25体積%以上、85体積%未満であることを特徴とする請求項1に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項3】
更に質量%で、
V:0.05〜2.0%、
Nb:0.05〜2.0%、
W:0.05〜2.0%、
Ta:0.05〜2.0%の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項4】
更に質量%で、Co:0.1〜4.0%を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項5】
更に質量%で、Cu:0.1以上、2.0%未満を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項6】
更に質量%で、B:0.0005〜0.015%を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項7】
更に質量%で、
Ca:0.0005〜0.01%、
Mg:0.0005〜0.01%、
REM:0.0005〜0.05%の内、1種類以上を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のステンレス鋼線の製造方法であって、冷間加工後に300〜600℃で時効処理を施すことを特徴とする耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線の製造方法。
【請求項9】
前記時効処理が窒素雰囲気で施されることを特徴とする請求項8に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の耐疲労性に優れた析出硬化型の準安定オーステナイト系ステンレス鋼線からなることを特徴とする、ばね。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−97350(P2012−97350A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184247(P2011−184247)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(503378420)新日鐵住金ステンレス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】