説明

自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置

【課題】変速段が形成不能となる少し前のタイミングで劣化した摩擦係合要素を検出するなど、摩擦係合要素の所定の劣化度合いを精度良く検出することを可能とする。
【解決手段】パワーオンアップシフト時に、解放側クラッチに供給する油圧をNT吹き量に基づいて学習補正し、係合側クラッチに供給する油圧をイナーシャ相の勾配に基づいて学習補正する。係合側クラッチに供給する油圧の学習値が第2閾値X1以上であり(ST31:YES)、且つ、解放側クラッチに供給する油圧の学習値が第1閾値X2以上(ST32:YES)である場合に、係合側クラッチが劣化していると診断する(ST33)。係合側クラッチに供給する油圧の学習値が第4閾値X1未満であり(ST31:NO)、且つ、解放側クラッチに供給する油圧の学習値が第3閾値X3以上である場合に(ST34:YES)、解放側クラッチが劣化していると診断する(ST35)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両に搭載される自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置に関する。特に、解放側摩擦係合要素の解放および係合側摩擦係合要素の係合によって変速が達成される所謂クラッチツークラッチ変速を行う自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、複数のクラッチやブレーキ(油圧式等の摩擦係合要素)の作動を組み合わせることによって複数の変速段のうちの所望の変速段を達成させる自動変速機が知られている。
【0003】
この種の自動変速機にあっては、解放側摩擦係合要素の解放動作と係合側摩擦係合要素の係合動作とが適切に制御されないと、変速段の切り換えが円滑に行われない。解放側摩擦係合要素の解放動作と係合側摩擦係合要素の係合動作とが適切に制御されないと、自動変速機の入力軸回転数が急上昇してしまういわゆる「NT吹き」が大きく発生したり、解放側摩擦係合要素と係合側摩擦係合要素がオーバーラップ状態となるいわゆる「タイアップ」が発生するからである。
【0004】
例えば特許文献1に開示されている自動変速機では、クラッチツークラッチ変速が所定の変速動作となるように係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に供給する油圧の学習補正をそれぞれ適切に行ってNT吹きやタイアップを解消して変速段の切換を円滑に行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−25624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで自動変速機の摩擦係合要素がある程度磨耗すると、その磨耗した摩擦係合要素が関与する変速段が形成できないようになる。この場合フェールセーフが実行されて該当する変速段の使用が自動的に禁止される。運転者は、特定の変速段の使用が禁止された後に初めて摩擦係合要素が過度に磨耗していることを知り、修理のためにその車両をディーラまで運転することとなる。
【0007】
通常、特定の変速段の使用が禁止されていてもその他の変速段の使用により車両の運転走行はできるようになっている。しかし、特定の変速段の使用が禁止されることにより、磨耗した摩擦係合要素以外の部品に悪影響を与えるおそれがある。
【0008】
本発明は、既述の問題点に鑑みて創案されたものであり、変速段が形成不能となる少し前のタイミングで劣化した摩擦係合要素を検出するなど、摩擦係合要素の所定の劣化度合いを精度良く検出することを可能とする自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の課題を解決するための手段として、本発明の自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置は、以下のように構成されている。
【0010】
すなわち、本発明の自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置は、解放側摩擦係合要素の解放および係合側摩擦係合要素の係合によって変速が達成されるクラッチツークラッチ変速が行われる自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置に関し、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧をパワーオンアップシフト時におけるNT吹きの状態に基づいて学習補正する解放側学習補正手段と、前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧をパワーオンアップシフト時におけるイナーシャ相の状態に基づいて学習補正する係合側学習補正手段と、を備えることを前提としており、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値と前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値とに基づいて、摩擦係合要素の劣化診断を行う劣化診断手段を更に備えることを特徴としている。
【0011】
かかる構成を備える自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置によれば、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値と前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値とに基づいて、摩擦係合要素の劣化診断摩擦係合要素の劣化診断が行われるが、上記液圧の学習値には、摩擦係合要素の劣化(磨耗)度合いが高い精度で反映されるため、所定の劣化度合いを精度良く検出することが可能となる。例えば、摩擦係合要素が交換を要する直前の状態にまで劣化したことを精度良く検出することが可能となる。
【0012】
また、好ましくは、前記劣化診断手段は、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第1閾値以上であり、且つ、前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第2閾値以上である場合に、前記係合側摩擦係合要素が劣化していると診断するものである。
【0013】
かかる構成を備える自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置によれば、例えば、係合側摩擦係合要素の劣化度合いが交換を要する直前の状態となるように第1閾値および第2閾値を設定することで、係合側摩擦係合要素が交換を要する直前の状態に劣化したことをタイミング良く検出することが可能となる。
【0014】
また、好ましくは、前記劣化診断手段は、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第3閾値以上であり、且つ、前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第4閾値未満である場合に、前記解放側摩擦係合要素が劣化していると診断するものである。
【0015】
かかる構成を備える自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置によれば、例えば、解放側摩擦係合要素の劣化度合いが交換を要する直前の状態となるように第3閾値および第4閾値を設定することで、解放側摩擦係合要素が交換を要する直前の状態に劣化したことをタイミング良く検出することが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置によれば、所定の劣化度合いを精度良く検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施の形態における車両に搭載された動力伝達装置のスケルトン図である。
【図2】自動変速機の作動表を示す図である。
【図3】油圧制御回路のうちリニアソレノイドバルブに関する部分を示す油圧回路図である。
【図4】動力伝達装置およびエンジンを制御するために車両に設けられた電気的な制御系統を示すブロック図である。
【図5】アクセル操作量とスロットル開度との関係を示す図である。
【図6】自動変速機の変速線図である。
【図7】ロックアップクラッチの制御に用いるロックアップクラッチ作動マップを示す図である。
【図8】シフト操作装置を示す図である。
【図9】解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素が正常な状態で、クラッチツークラッチ変速が行われた場合における、タービン回転数、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、解放側摩擦係合要素に供給される油圧の変化を示す図であって、解放側摩擦係合要素に供給される油圧とタービン回転数との関係を説明する図である。
【図10】解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素が正常な状態で、クラッチツークラッチ変速が行われた場合における、タービン回転数、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、解放側摩擦係合要素に供給される油圧の変化を示す図であって、係合側摩擦係合要素に供給される油圧とタービン回転数との関係を説明する図である。
【図11】解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素が正常な状態で、クラッチツークラッチ変速が行われた場合における、タービン回転数、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、解放側摩擦係合要素に供給される油圧の変化を示す図であって、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧とタービン回転数との関係を説明する図である。
【図12】解放側摩擦係合要素に供給する油圧の学習制御の手順を示すフローチャートである。
【図13】係合側摩擦係合要素に供給する油圧の学習制御の手順を示すフローチャートである。
【図14】クラッチツークラッチ変速が行われた場合における、タービン回転数、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、解放側摩擦係合要素に供給される油圧の変化を示す図であって、解放側摩擦係合要素の磨耗量が適正範囲から異常範囲に遷移する場合を説明する図である。
【図15】クラッチツークラッチ変速が行われた場合における、タービン回転数、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、解放側摩擦係合要素に供給される油圧の変化を示す図であって、係合側摩擦係合要素の磨耗量が適正範囲から異常範囲に遷移する場合を説明する図である。
【図16】解放側摩擦係合要素に供給される油圧、係合側摩擦係合要素に供給される油圧、イナーシャ相の勾配およびNT吹き量の関係を示す表である。(a)は解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の磨耗量が適正範囲にある場合を、(b)は係合側摩擦係合要素の磨耗量が異常範囲にある場合を、(c)は解放側摩擦係合要素の磨耗量が異常範囲にある場合を、それぞれ示している。
【図17】解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の劣化診断制御の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態に係る自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置(以下単に「劣化診断装置」ともいう。)について図面を参照しながら説明する。本実施形態では、前進6速の変速が可能な自動変速機を搭載したFF(フロントエンジン・フロントドライブ)型車両に本発明の劣化診断装置を適用した場合を例に挙げて説明する。
【0019】
図1は、車両に搭載された動力伝達装置8のスケルトン図である。図2は、この動力伝達装置8に搭載された自動変速機10において複数の変速段を成立させる際の摩擦係合要素(クラッチおよびブレーキ)の作動状態を示す作動表である。
【0020】
この自動変速機10は、シングルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、ダブルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびシングルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体としてラビニヨ型に構成されている第2変速部20とを同軸線上に有し、入力軸22の回転を変速して出力回転部材24から出力する。
【0021】
本実施形態では、入力軸22は、エンジン28によって回転駆動されるトルクコンバータ30のタービン軸であり、出力回転部材24は、図4に示すような差動歯車装置34のデフドリブンギヤ(大径歯車)36と噛合しているデフドライブギヤ(図4において不図示)となっている。
【0022】
エンジン28の出力は、トルクコンバータ30、自動変速機10、差動歯車装置34および1対の車軸38,38を介して1対の駆動輪(前輪)40,40へ伝達される。なお、図1に示す自動変速機10は、その中心線から下側の図示を省略している。
【0023】
エンジン28は、例えば、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン等の内燃機関である。また、トルクコンバータ30は、エンジン28のクランク軸に連結されたポンプインペラ30aと、自動変速機10の入力軸22に連結されたタービンランナ30bと、一方向クラッチを介して自動変速機10のハウジング(変速機ケース)26に連結されたステータ30cとを備えており、エンジン28により発生した動力を自動変速機10へ流体を介して伝達する流体伝動装置である。また、ポンプインペラ30aおよびタービンランナ30bの間には、直結クラッチであるロックアップクラッチ32が設けられており、油圧制御等により係合状態、スリップ状態又は解放状態とされるようになっている。このロックアップクラッチ32が完全係合状態とされた場合には、ポンプインペラ30aおよびタービンランナ30bが一体回転することになる。
【0024】
図2に示す作動表は、自動変速機10において成立可能な各変速段と、摩擦係合要素であるクラッチC1,C2、ブレーキB1,B2,B3の作動状態との関係をまとめたものである。図中の「○」は係合状態、「◎」はエンジンブレーキ時のみ係合状態、「空欄」は解放状態をそれぞれ表している。自動変速機10が備えるクラッチC1,C2およびブレーキB1,B2,B3(以下、単に「クラッチC」、「ブレーキB」ともいう。)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合要素である。また、これらクラッチCおよびブレーキBは、図3を用いて後述する油圧制御回路42のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられ、また、係合、解放時の過渡油圧なども制御されるようになっている。
【0025】
自動変速機10では、上記第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)の連結状態の組み合わせに応じて第1変速段「1st」〜第6変速段「6th」の6つの前進変速段の何れか又は後進変速段「R」が成立可能である。
【0026】
つぎに、自動変速機10のギヤレイアウトについて詳細に説明する。
【0027】
第1変速部14を構成している第1遊星歯車装置12は、サンギヤS1、キャリアCA1およびリングギヤR1の3つの回転要素を備えており、サンギヤS1は入力軸22に回転一体に連結されている。さらに、サンギヤS1は、リングギヤR1が第3ブレーキB3を介してハウジング26に固定されることにより、キャリヤCA1を中間出力部材として減速回転される。
【0028】
第2変速部20を構成している第2遊星歯車装置16および第3遊星歯車装置18にあっては、一部が互いに連結されることによって4つの回転要素RM1〜RM4が構成されている。
【0029】
具体的には、第2遊星歯車装置16のサンギヤS2によって第1回転要素RM1が構成されており、第2遊星歯車装置16のリングギヤR2および第3遊星歯車装置18のリングギヤR3が互いに連結されて第2回転要素RM2が構成されている。さらに、第2遊星歯車装置16のキャリアCA2および第3遊星歯車装置18のキャリアCA3が互いに連結されて第3回転要素RM3が構成されている。また、第3遊星歯車装置18のサンギヤS3によって第4回転要素RM4が構成されている。
【0030】
第2遊星歯車装置16および第3遊星歯車装置18は、キャリアCA2およびCA3が共通の部材にて構成されているとともに、リングギヤR2およびR3が共通の部材にて構成されている。更に、第3遊星歯車装置18のピニオンギヤが第2遊星歯車装置16の第2ピニオンギヤを兼ねているラビニヨ型の遊星歯車列とされている。
【0031】
第1回転要素RM1(サンギヤS2)は、中間出力部材である第1遊星歯車装置12のキャリアCA1に回転一体に連結されており、第1ブレーキB1によってハウジング26に選択的に固定されて回転停止される。第2回転要素RM2(リングギヤR2およびR3)は、第2クラッチC2を介して入力軸22に選択的に回転一体に連結される一方、ワンウェイクラッチF1および第2ブレーキB2を介してハウジング26に選択的に固定されて回転停止される。
【0032】
第3回転要素RM3(キャリアCA2およびCA3)は出力回転部材24に回転一体に連結されている。第4回転要素RM4(サンギヤS3)は、第1クラッチC1(発進用摩擦係合要素)を介して入力軸22に選択的に回転一体に連結される。
【0033】
以上の自動変速機10では、摩擦係合要素である第1クラッチC1、第2クラッチC2、第1ブレーキB1、第2ブレーキB2、第3ブレーキB3およびワンウェイクラッチF1などが、所定の状態に係合または解放されることによって変速段(ギヤ段)が設定される。
【0034】
例えば、図2の作動表に示すように、前進変速段では、クラッチC1およびブレーキB2の係合により第1変速段「1st」が成立し、クラッチC1およびブレーキB1の係合により第2変速段「2nd」が成立し、クラッチC1およびブレーキB3の係合により第3変速段「3rd」が成立し、クラッチC1およびクラッチC2の係合により第4変速段「4th」が成立し、クラッチC2およびブレーキB3の係合により第5変速段「5th」が成立し、クラッチC2およびブレーキB1の係合により第6変速段「6th」が成立するようになっている。
【0035】
また、ブレーキB2およびブレーキB3の係合により後進変速段「Rev」が成立し、クラッチC、ブレーキBのいずれも解放することによりニュートラル状態となるようになっている。
【0036】
このようなクラッチC1,C2およびブレーキB1,B2,B3の係合状態および解放状態の切り換え動作により各変速段が成立するようになっており、特に、第2変速段「2nd」と第3変速段「3rd」との間での切り換え動作、第3変速段「3rd」と第4変速段「4th」との間での切り換え動作、第4変速段「4th」と第5変速段「5th」との間での切り換え動作、第5速変速段「5th」と第6変速段「6th」との間での切り換え動作それぞれにあっては、ある1つの摩擦係合要素(クラッチ又はブレーキ)を解放するとともに、他の1つの摩擦係合要素(クラッチ又はブレーキ)を係合させるクラッチツークラッチ変速となっている。
【0037】
本実施形態における自動変速機10では、第1変速段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)には必ずしもブレーキB2を係合させる必要は無いものとなっている。また、各変速段の変速比は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)によって適宜定められる。
【0038】
また、自動変速機10の入力軸22の回転数(タービン回転数)はタービン回転数センサ70によって検出される。自動変速機10の出力回転部材24の回転数は車速センサ(出力軸回転数センサ)58によって検出される。これらタービン回転数センサ70および車速センサ58の出力信号から得られる回転数の比(出力回転数/入力回転数)に基づいて、自動変速機10の現在の変速段を判定することができる。
【0039】
図3は、上記動力伝達装置8が備える油圧制御回路42のうちリニアソレノイドバルブSL1,SL2,SL3,SL4,SL5に関する部分を示す回路図である。この図3に示すように、上記油圧制御回路42では、ライン油圧PLを元圧としてリニアソレノイドバルブSL1〜SL5により電子制御装置44からの指令信号に応じた油圧が調圧され、上記自動変速機10に備えられたクラッチC1,C2、ブレーキB1,B2,B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ等)AC1,AC2,AB1,AB2,AB3にそれぞれ係合圧が供給されるようになっている。このライン油圧PLは、上記エンジン28によって回転駆動される機械式のオイルポンプや電動オイルポンプからの出力圧から図示しないリリーフ型調圧弁等により、アクセル操作量(アクセル開度)ACC或いはスロットル開度θTHで表されるエンジン負荷等に応じた値に調圧されるようになっている。
【0040】
また、リニアソレノイドバルブSL1〜SL5は、基本的には何れも同じ構成とされたものであり、各リニアソレノイドバルブSL1〜SL5からの出力圧(係合圧)は、ソレノイドの電磁力に従って入力ポートと出力ポート又はドレーンポートとの間の連通状態が変化させられることにより出力圧が調圧制御され、上記油圧アクチュエータAC1,AC2,AB1,AB2,AB3に供給される。このようにして、各リニアソレノイドバルブSL1〜SL5にそれぞれ備えられたソレノイドは、電子制御装置44により個別に励磁され、各油圧アクチュエータAC1,AC2,AB1,AB2,AB3の油圧(係合圧)が個別に調圧制御されるようになっている。
【0041】
図4は、上記動力伝達装置8等を制御するために車両に設けられた電気的な制御系統を説明するブロック図である。この図4に示す電子制御装置44は、例えばROM、RAM、CPU、入出力インターフェースなどを含むマイクロコンピュータである。CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って入力信号を処理することで、上記動力伝達装置8に関する種々の制御等を実行する。
【0042】
また、いわゆるアクセル開度として知られるアクセルペダル46の操作量ACCがアクセル操作量センサ48により検出されるとともに、そのアクセル操作量ACCを表す信号が電子制御装置44に供給されるようになっている。このアクセルペダル46は、運転者の出力要求量に応じて踏み込み操作されるものであり、アクセル操作部材に相当し、アクセル操作量ACCは出力要求量に相当する。また、上記エンジン28の吸気配管には電子スロットル弁74が設けられており、上記電子制御装置44により制御されるスロットルアクチュエータ76によってスロットル開度θTHが変化させられるようになっている。また、上記エンジン28には、燃料噴射量制御のための燃料噴射弁(インジェクタ)78と、点火時期制御のためにイグナイタ等の点火装置80とが設けられており、上記電子制御装置44によりその燃料噴射弁78による燃料噴射量の制御が行われ、また、点火装置80による点火時期も制御されるようになっている。
【0043】
また、動力伝達装置8には、エンジン28の回転速度(エンジン回転数)NEを検出するためのエンジン回転速度センサ50、エンジン28の吸入空気量Qを検出するための吸入空気量センサ(エアフローメータ)52、吸入空気の温度TAを検出するための吸入空気温度センサ54、電子スロットル弁74の全閉状態(アイドル状態)およびその開度θTHを検出するためのアイドルスイッチ付スロットルセンサ56、車速V(出力回転部材24の回転速度(回転数)NOUTに対応)を検出するための車速センサ58、エンジン28の冷却水温TWを検出するための冷却水温センサ60、常用ブレーキであるフットブレーキペダル62の操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ64、シフトレバー66のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するためのレバーポジションセンサ68、タービン回転速度(タービン回転数、自動変速機10の入力軸回転数)NTを検出するためのタービン回転数センサ70、油圧制御回路42内の作動油の温度であるAT油温TOILを検出するためのAT油温センサ72等が設けられており、それらのセンサやスイッチから、エンジン回転速度NE、吸入空気量Q、吸入空気温度TA、スロットル開度θTH、車速V、エンジン冷却水温TW、ブレーキ操作の有無、シフトレバー66のレバーポジションPSH、タービン回転速度NT、AT油温TOILなどを表す信号が電子制御装置44に供給されるようになっている。なお、上記タービン回転速度NTは、自動変速機10の入力軸22の回転速度(入力軸回転速度NIN)に等しい。
【0044】
電子制御装置44は、基本的な制御として、例えば、図5に示すような予め記憶された関係から実際のアクセル操作量ACC(%)等に基づいてスロットル開度θTH(%)を制御するスロットル開度制御を行う。また、図6に示すような予め記憶した関係(例えばマップ)から実際のアクセル操作量ACC(%)又はスロットル開度θTH(%)と車速V(km/h)等とに基づいて自動変速機10のギヤ段を自動的に切り換える変速制御を行う。さらに、図7に示すような予め記憶した関係(例えばマップ)から車速Vおよびスロットル開度θTH等に基づいて上記トルクコンバータ30に設けられたロックアップクラッチ32の係合、解放又はスリップを実行する制御を行う。その他、燃料噴射量制御、点火時期制御等も実行するようになっている。
【0045】
図8は、上記シフトレバー66を備えたシフト操作装置82を説明する図である。このシフト操作装置82は、例えば運転席の横に設置されており、そのシフト操作装置82が備えるシフトレバー66は、5つのレバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」、又は「S」へ手動操作可能となっている。「P」ポジションは、自動変速機10内の動力伝達経路を解放し且つメカニカルパーキング機構によって機械的に出力回転部材24の回転を阻止(ロック)するための駐車位置である。「R」ポジションは、自動変速機10の出力回転部材24の回転方向を逆回転とするための後進走行位置である。「N」ポジションは、自動変速機10内の動力伝達経路を解放するための動力伝達遮断位置である。「D」ポジションは、自動変速機10の第1変速段〜第6変速段の変速を許容する変速範囲(Dレンジ)で自動変速制御を実行させる前進走行位置である。「S」ポジションは、シフトレバー66の手動操作によって変速段を切り換え可能な前進走行位置である。この「S」ポジションにおいては、シフトレバー66の操作毎に変速段をアップ側にシフトさせるための「+」ポジション、シフトレバー66の操作毎に変速段をダウン側にシフトさせるための「−」ポジションが設けられている。
【0046】
図6は、自動変速機10による変速動作を制御するために、電子制御装置44のROMに予め記憶された変速線図(変速マップ)である。この変速線図から実際のアクセル操作量ACC(%)又はスロットル開度θTH(%)と車速V(km/h)とに基づいて自動変速機10の変速を判断し、この判断された変速段が得られるように上記油圧制御回路42に設けられたリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を制御する。
【0047】
具体的には、電子制御装置44は、車速センサ58の出力信号から車速Vを算出するとともに、アクセル操作量センサ48の出力信号からアクセルペダル46の操作量ACCを算出し、それら車速Vおよびアクセル操作量ACCに基づいて、図6の変速線図を参照して目標ギヤ段を算出する。さらに、タービン回転数センサ70および車速センサ58の出力信号から得られる回転数の比(出力回転数/入力回転数)を求めて現在ギヤ段を判定し、その現在ギヤ段と目標ギヤ段とを比較して変速操作が必要であるか否かを判定する。その判定結果により、変速の必要がない場合(現在ギヤ段と目標ギヤ段とが同じで、ギア段が適切に設定されている場合)には、現在ギヤ段を維持するソレノイド制御信号(油圧指令信号)を自動変速機10の油圧制御回路42に出力する。
【0048】
一方、現在ギヤ段と目標ギヤ段とが異なる場合には変速制御を行う。例えば、自動変速機10のギヤ段が「2速」の状態で走行している状況から、車両の走行状態が変化して、例えば図6に示す点Aから点Bに変化した場合、シフトアップ変速線[2→3]を跨ぐ変化となるので、変速線図から算出される目標ギヤ段が「3速」となり、その3速のギヤ段を設定するソレノイド制御信号(油圧指令信号)を自動変速機10の油圧制御回路42に出力して、2速のギヤ段から3速のギヤ段への変速(2→3アップ変速)を行う。
【0049】
次に、本実施形態の油圧制御回路42に対する油圧学習制御(以下、単に「学習制御」ともいう。)について説明する。
【0050】
図9〜図11は、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の何れもが正常な場合、つまり、何れもが十分な係合力を有するときに、パワーオンアップシフトによりクラッチツークラッチ変速が行われる際のタービン回転数と、そのクラッチツークラッチ変速に際して係合動作又は解放動作を行う摩擦係合要素へ供給される油圧とを示している。なお、図9(a)、図10(a)および図11(a)の縦軸はタービン回転数を示している。図9(b)、図10(b)および図11(b)の縦軸は係合側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図9(c)、図10(c)および図11(c)の縦軸は解放側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図9〜図11の横軸は何れも時間軸を示している。
【0051】
図9〜図11の実線A1〜A3は、NT吹きを発生することなくパワーオンアップシフトが達成された場合を示している。つまり、解放側摩擦係合要素と係合側摩擦係合要素とに供給される油圧の制御が実線A2,A3に示すように行われた場合、実線A1で示すように、タービン回転数は、低速段の同期回転数90からその低速段より変速比の小さい高速段の同期回転数91へと円滑に変化する。
【0052】
このように、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図9(c)の一点鎖線B3に示すように、解放側摩擦係合要素に供給する油圧のみを一定量高くすると、その解放側摩擦係合要素の解放動作が遅くなる。そして、この解放動作の遅延が生じることにより、図9(a)の一点鎖線B1に示すように、タービン回転数のイナーシャ相の開始タイミングが遅れ、且つ、そのイナーシャ相の勾配が大きくなる。ここで、イナーシャ相は、タービン回転数(入力軸22の回転数)が変速比の変化に伴い変化する区間である。乗員に変速ショックを感じさせないようにするために、イナーシャ相は、適切な時間内に適切な勾配にて形成されることが望ましい。
【0053】
一方、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図9(c)の破線C3に示すように、解放側摩擦係合要素に供給する油圧のみを一定量低くすると、その解放側摩擦係合要素の解放動作が速くなる。これにより、図9(a)の破線C1に示すように、タービン回転数の「NT吹き」が発生するようになる。なお、このときのイナーシャ相の勾配は、実線A1と同程度となっている。
【0054】
また、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図10(b)の一点鎖線D2に示すように、係合側摩擦係合要素に供給する油圧のみを高くする(イナーシャ相開始時の油圧が所定値高くなるようにする)と、係合側摩擦係合要素の係合力が高くなる(係合動作が速くなる)。これにより、図10(a)の一点鎖線D1に示すように、タービン回転数のイナーシャ相の勾配が大きくなる。
【0055】
一方、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図10(b)の破線E2に示すように、係合側摩擦係合要素に供給する油圧のみを低くする(イナーシャ相開始時の油圧が所定値低くなるようにする)と、係合側摩擦係合要素の係合力が低くなる(係合動作が遅くなる)。これにより、図10(a)の破線E1に示すように、タービン回転数の「NT吹き」が発生するようになり、イナーシャ相の勾配は小さくなる。
【0056】
また、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図11(b)の破線G2に示すように、係合側摩擦係合要素に供給する油圧を低くする(イナーシャ相開始時の油圧が所定値低くなるようにする)とともに、図11(c)の破線G3に示すように、解放側摩擦係合要素に供給する油圧を所定量低くすると、係合側摩擦係合要素の係合力が低くなり(係合動作が遅くなり)、併せて、解放側摩擦係合要素の解放動作が速くなる。これにより、図11(a)の破線G1に示すように、タービン回転数の「NT吹き」が発生するとともに、イナーシャ相の勾配が小さくなる。
【0057】
一方、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われている状態から、図11(b)の一転鎖線H2に示すように、係合側摩擦係合要素に供給する油圧を高くする(イナーシャ相開始時の油圧が所定値高くなるようにする)とともに、図11(c)の一点鎖線H3に示すように、解放側摩擦係合要素に供給する油圧を所定値高くすると、係合側摩擦係合要素の係合力が高くなり(係合動作が速くなり)、併せて、解放側摩擦係合要素の解放動作が遅くなる。これにより、図11(a)の破線H1に示すように、タービン回転数のイナーシャ相の勾配が大きくなる。
【0058】
本実施形態における油圧制御回路42に対する油圧学習制御は、図9〜図11に基づいて説明した既述の特性を鑑みて、パワーオンアップシフト時における変速ショックをできるだけ緩和する(タービン回転数を円滑に変化させる)ために、NT吹き量(NT吹きの状態)に応じて解放側摩擦係合要素に供給する油圧を調整し、イナーシャ相の勾配(イナーシャ相の状態)に応じて係合側摩擦係合要素に供給する油圧を調整する。
【0059】
−制御油圧の学習補正制御手順−
以下、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の制御油圧の学習補正の制御手順を図12および図13のフローチャートに基づいて説明する。なお、この図12および図13に示す制御ルーチンは、電子制御装置44等により、エンジン28の起動後、所定時間毎に繰り返して実行される。また、以下では摩擦係合要素に供給される油圧の学習値を「摩擦係合要素に係る油圧学習値」という。
【0060】
まず、解放側摩擦係合要素の制御油圧の学習補正の制御手順を図12のフローチャートに基づいて説明する。
【0061】
ステップST1において、パワーオンアップシフトの実行中(パワーオンアップシフト時)であるか否かが判定される。パワーオンアップシフトは、アクセル操作量が所定量以上あり、車両が走行しているときに、自動変速機10がアップシフトするものである。また、パワーオンアップシフトの実行中とは、電子制御装置44が変速指令を発令してから変速が完了するまでの間をいう。本ステップST1では、アクセル操作量センサ48の出力信号からアクセルペダル46の操作量ACCが算出され、その操作量ACCが所定量(例えばアクセル開度20%)以上であって、エンジントルクが発生しており(エンジンが被駆動状態ではない)、且つ、図6の変速線図に従って行われる変速動作が、現在、アップシフト側への変速動作中であると判定された場合に、パワーオンアップシフトの実行中であるとして、YES判定が行われる。本ステップST1でYES判定された場合は、処理がステップST2に進められ、NO判定された場合は、処理がステップST5に進められる。
【0062】
ステップST2において、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が読み出され、解放側摩擦係合要素に供給する基礎制御油圧値に加算される。ここで、基礎制御油圧値は、図9(c)〜図11(c)に実線A3で示すように制御される油圧値であり、例えば、工場出荷時の初期設定値である。なお、油圧学習値が負値の場合はその絶対値が基礎制御油圧値から減算されることとなる。
【0063】
ステップST3において、NT吹き量の最大値が検出され記憶される。このNT吹き量の最大値は、例えば周知の通り、パワーオンアップシフト制御の実行中における、入力軸22(タービン回転数)および出力軸(出力回転部材24)の回転数および変速比に基づいて算出される。
【0064】
ステップST4において、学習補正更新履歴1が「OFF」に設定され、本制御ルーチンが一旦終了する。なお、この学習補正更新履歴1は、後記ステップST5において条件判定用フラグとして参照される。
【0065】
ステップST5において、学習補正更新履歴1の設定が「OFF」であるか否かが判定される。このステップST5でYES判定された場合は、処理がステップST6に進められ、NO判定された場合は、本制御ルーチンが一旦終了する。
【0066】
ステップST6において、ステップST3で記憶されたNT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT1を超えているか否かが判定される。このステップST6でYES判定された場合は、処理がステップST7に進められ、NO判定された場合は、処理がステップST9に進められる。
【0067】
ステップST7において、所定の補正量C1が解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値に加算され、これにより解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が更新される。
【0068】
ステップST8において、学習補正更新履歴1が「ON」に設定され、本制御ルーチンが一旦終了する。
【0069】
ステップST9において、ステップST3で記憶されたNT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT2を下回っている否かが判定される。このステップST9でYES判定された場合は、処理がステップST10に進められ、NO判定された場合は、本制御ルーチンを一旦終了する。
【0070】
ステップST10において、所定の補正量C2が解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値から減算され、これにより解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が更新される。このステップST10の後、処理がステップST8に移される。
【0071】
つぎに、係合側摩擦係合要素の制御油圧の学習補正の制御手順を図13のフローチャートに基づいて説明する。
【0072】
ステップST21において、パワーオンアップシフトの実行中であるか否かが判定される。この判定は、既述のステップST1と同様のものである。ここでYES判定された場合は、処理がステップST22に進められ、NO判定された場合は、処理がステップST25に進められる。
【0073】
ステップST22において、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が読み出され、係合側摩擦係合要素に供給する基礎制御油圧値に加算される。ここで、基礎制御油圧値は、図9(b)〜図11(b)に実線A2で示すように制御される油圧値であり、例えば、工場出荷時の初期設定値となる。なお、油圧学習値が負値の場合はその絶対値が基礎制御油圧値から減算されることとなる。
【0074】
ステップST23において、イナーシャ相の勾配が算出され記憶される。このイナーシャ相の勾配は、例えば、イナーシャ相の開始時からイナーシャ相の終了時までの時間、イナーシャ相の開始時の低速段同期回転数90、イナーシャ相の終了時の高速段同期回転数91等に基づいて算出される。なお、イナーシャ相の開始時は、パワーオンアップシフトの実行中に上昇していたタービン回転数が下降に転じた時とすることができる。また、イナーシャ相の終了時は、イナーシャ相が形成されているときに下降していたタービン回転数が上昇に転じた時とすることができる。
【0075】
ステップST24において、学習補正更新履歴2が「OFF」に設定され、本制御ルーチンが一旦終了する。なお、この学習補正更新履歴2は、後記ステップST25において条件判定用フラグとして参照される。
【0076】
ステップST25において、学習補正更新履歴2の設定が「OFF」であるか否かが判定される。このステップST25でYES判定された場合は、処理がステップST26に進められる。このステップST25でNO判定された場合は、本制御ルーチンが一旦終了する。
【0077】
ステップST26において、ステップST23で記憶されたイナーシャ相の勾配が目標勾配Z1を下回っているか否かが判定される。このステップST26でYES判定された場合は、処理がステップST27に進められ、NO判定された場合は、処理がステップST29に進められる。
【0078】
ステップST27において、所定の補正量C3が係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値に加算され、これにより係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が更新される。
【0079】
ステップST28において、学習補正更新履歴2が「ON」に設定され、本制御ルーチンが一旦終了する。
【0080】
ステップST29において、ステップST23で記憶されたイナーシャ相の勾配が目標勾配Z2を下回っているか否かが判定される。このステップST29でYES判定された場合は、処理がステップST30に進められ、NO判定された場合は、本制御ルーチンが一旦終了する。
【0081】
ステップST30において、所定の補正量C4が係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値から減算され、これにより係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が更新される。このステップST30の後、処理がステップST28に移される。
【0082】
以上の図12および図13のフローチャートに基づいて説明したようにして、摩擦係合要素に供給される油圧が最適な状態に制御され、パワーオンアップシフト時におけるクラッチツークラッチ変速が円滑に行われるようになる。
【0083】
図14は、解放側摩擦係合要素の磨耗が適正範囲から異常範囲に遷移する場合における、タービン回転数と、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に供給される油圧との移り変わりを示している。なお、図14(a)の縦軸はタービン回転数を示している。図14(b)の縦軸は係合側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図14(c)の縦軸は解放側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図14(a)〜(c)の横軸は何れも時間軸を示している。
【0084】
図14において、2点鎖線K2、K3に示すように、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われると、2点鎖線K1に示すように、タービン回転数は、低速段の同期回転数90から高速段の同期回転数91へと円滑に変化する。このような状態から、解放側摩擦係合要素が磨耗すると、当該摩擦係合要素の解放タイミングが早くなる(係合力が低下する)ため、実線J1に示すように、タービン回転数の「NT吹き」が発生するようになる。そうなると、電子制御装置44は、NT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT1を超えていると判定し(ステップST6:YES)、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高圧側へと更新される(ステップST7)。
【0085】
解放側摩擦係合要素の磨耗の度合いが適正範囲にあるとき、つまり、供給する油圧を高めることで適正な係合力を回復できる状態にあるときは、油圧学習値が高圧側へ更新され、次回パワーオンアップシフト実行時に、解放側摩擦係合要素に供給される油圧が2点鎖線K3に示す当初の油圧より一点鎖線K4に示すように高圧側へ高められることで、当該摩擦係合要素の解放タイミングが遅れて、発生していた「NT吹き」が抑制されるようになる。
【0086】
ところが、解放側摩擦係合要素の磨耗の度合いが異常範囲(つまり、供給する油圧を高めても適正な係合力を回復できない状態)になると、油圧学習値が高圧側へ更新され、次回パワーオンアップシフト実行時に、解放側摩擦係合要素に供給される油圧が、一点鎖線K4に示すように、高圧側へ高められたとしても、当該摩擦係合要素の解放タイミングを遅らせる(係合力を適正に回復させる)ことができなくなる。このため、次回パワーオンアップシフト実行時にも実線J1に示すようにタービン回転数の「NT吹き」が発生し、電子制御装置44は、再びNT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT1を超えていると判定し(ステップST6:YES)、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値は、実線J3に示すように更に高圧側へ更新される。その後、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値をいくら高めてもタービン回転数の「NT吹き」は抑制されず、パワーオンアップシフトが実行される毎に解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が毎回高められ、その油圧学習値は可能な限り高い値となる。
【0087】
図15は、係合側摩擦係合要素の磨耗量が適正範囲にある状態から異常範囲に遷移する際のタービン回転数と、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に供給される油圧の移り変わりを示している。なお、図15(a)の縦軸はタービン回転数を示している。図15(b)の縦軸は係合側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図15(c)の縦軸は解放側摩擦係合要素に供給される油圧を示している。図15(a)〜(c)の横軸は何れも時間軸を示している。
【0088】
図15において、2点鎖線K2、K3に示すように、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧の制御が好適に行われると、2点鎖線K1に示すように、タービン回転数が低速段の同期回転数90から高速段の同期回転数91へと円滑に変化する。このような状態から、係合側摩擦係合要素が磨耗すると、当該摩擦係合要素の係合力が低下する(係合タイミングが遅くなる)ため、タービン回転数の「NT吹き」が発生するようになるとともに(図15においてNT吹きが発生する場合は図示していない。)、イナーシャ相の勾配が小さくなる。そうなると、電子制御装置44は、NT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT1を超えていると判定し(ステップST6:YES)、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値を高圧側へと更新する(ステップST7)。また、電子制御装置44は、イナーシャ相の勾配が目標勾配Z1を下回っていると判定し(ステップST26:YES)、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値を高圧側へと更新する。
【0089】
係合側摩擦係合要素の磨耗の度合いが適正範囲にあるとき、つまり、供給する油圧を高めることで適正な係合力を回復できる状態にあるときは、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高圧側へ更新されることで、次回パワーオンアップシフト実行時に、当該係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に供給される油圧が2点鎖線K2,K3に示す当初の油圧から、実線L2,L3に示すように、高圧側へ高められる。これにより、係合側摩擦係合要素の係合力が上昇する(係合タイミングが早くなる)と同時に、解放側摩擦係合要素の解放タイミングが遅延して、「NT吹き」が抑制されるとともに、イナーシャ相の勾配が大きくなってタービン回転数は2点鎖線K1に示す当初の勾配に復帰するようになる。
【0090】
ところが、係合側摩擦係合要素の磨耗の度合いが異常範囲にあるとき、つまり、供給する油圧を高めても適正な係合力を回復できない状態にあるときは、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に供給される油圧が、実線L2、L3に示す高圧側へ高められても、係合側摩擦係合要素の係合力を十分に回復させる(係合タイミングを十分に早める)ことができなくなる。このため、次回パワーオンアップシフト実行時にもタービン回転数の「NT吹き」は解消せず、また、イナーシャ相の勾配は2点鎖線K1に示す当初の勾配に復帰しない。この場合、電子制御装置44は、再びNT吹き量の最大値が目標NT吹き量NT1を超えていると判定して、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値を高圧側へと更新するとともに、イナーシャ相の勾配が目標勾配Z1を下回っていると判定して、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値を高圧側へと更新する。
【0091】
その後、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値をいくら高めてもイナーシャ相の勾配は低下したまま2点鎖線K1に示す当初の勾配に復帰できないため、パワーオンアップシフトが実行される毎に係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高められ、その油圧学習値は可能な限り高い値となる。
【0092】
一方、解放側摩擦係合要素については、解放側摩擦係合要素の磨耗が正常範囲である限り、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値はある程度上昇することで、破線L1a、L1に示すように、NT吹きの発生は抑制されるようになる。
【0093】
以上に説明した解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素に供給される油圧と、イナーシャ相の勾配と、NT吹き量との関係をまとめると図16に示すようになる。
【0094】
図16(a)に示すように、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の劣化(磨耗)が正常範囲にあるときは、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高くなると、イナーシャ相の勾配が大きくなる。この場合のNT吹き量については、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値による。また、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が低くなると、イナーシャ相の勾配が小さくなる。この場合のNT吹き量については、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値による。一方、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高くなるとイナーシャ相の勾配が大きくなる場合があり、NT吹き量は小さくなる。解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が低くなると、NT吹き量は大きくなる。この場合のイナーシャ相の勾配は、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値による。
【0095】
図16(b)に示すように、係合側摩擦係合要素の劣化(磨耗)が異常範囲にあるときは、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値にかかわらず、イナーシャ相の勾配は小さくなる。一方、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高くなるとNT吹き量は小さくなり、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が低くなるとNT吹き量は大きくなる。この場合、NT吹き量は、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値に左右されない。
【0096】
図16(c)に示すように、解放側摩擦係合要素の劣化(磨耗)が異常範囲にあるときは、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値にかかわらず、NT吹き量は大きくなる。一方、イナーシャ相の勾配は、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が高くなると大きくなり、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が小さくなると小さくなる。この場合、イナーシャ相の勾配は、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値に左右されない。
【0097】
以上の解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値、イナーシャ相の勾配およびNT吹き量の関係より、係合側摩擦係合要素および解放側摩擦係合要素の双方に係る油圧学習値が所定値以上になった場合、係合側摩擦係合要素は点検、交換、修理等が必要な状態にまで劣化(磨耗)していると診断することができる。
【0098】
また、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値未満であり、且つ、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値以上になった場合は、解放側摩擦係合要素が点検、交換、修理等が必要な状態にまで劣化(磨耗)していると診断することができる。
【0099】
―劣化診断制御手順―
本実施形態では、電子制御装置44等により構成される劣化診断装置によって、上記の劣化診断手法が実行される。以下に、解放側摩擦係合要素および係合側摩擦係合要素の劣化診断制御の手順について図17に基づいて説明する。この図17に示す制御ルーチンは、エンジン28の起動後、電子制御装置44等により所定時間毎に繰り返して実行される。
【0100】
ステップST31において、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X1以上であるか否かが判定される。ここで、YES判定された場合は、処理がステップST32に進められ、NO判定された場合は、処理がステップST34に進められる。
【0101】
ステップST32において、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X2以上であるか否かが判定される。ここで、YES判定された場合は、処理がステップST33に進められ、NO判定された場合は、本制御ルーチンを一旦終了する。
【0102】
ステップST33において、係合側摩擦係合要素が所定の状態(点検、交換、修理等が必要な状態)にまで劣化していると診断(劣化診断)される。なお、この劣化診断結果を運転者に知らせるために、電子制御装置44が所定の出力動作を行うことが望ましい。例えば、運転席等に設置された所定の警告ランプを点灯させることにより、上記劣化診断結果を運転者に知らせることができる。
【0103】
ステップST34において、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X3以上であるか否かが判定される。ここで、YES判定された場合は、処理がステップST35に進められ、NO判定された場合は、本制御ルーチンを一旦終了する。
【0104】
ステップST35において、解放側摩擦係合要素が所定の状態(点検、交換、修理等が必要な状態)にまで劣化していると診断(劣化診断)される。なお、この劣化診断結果を運転者に知らせるために、電子制御装置44が所定の出力動作を行うことが望ましい。例えば、運転席等に設置された所定の警告ランプを点灯させることにより、上記劣化診断結果を運転者に知らせることができる。
【0105】
前記ステップST33において、係合側摩擦係合要素が所定の状態まで劣化しているとの診断がなされたとき、当該係合側摩擦係合要素の劣化度合いが交換を要する直前の状態(例えば、フェールセーフが実行されて当該係合側摩擦係合要素が関与する変速段の使用が自動的に禁止される少し前の状態)となるように前記所定値X1,X2を設定することが望ましい。また同様に、前記ステップST35において、解放側摩擦係合要素が所定の状態まで劣化しているとの診断がなされたとき、当該解放側摩擦係合要素の劣化度合いが交換を要する直前の状態(例えば、フェールセーフが実行されて当該解放側摩擦係合要素が関与する変速段の使用が自動的に禁止される少し前の状態)となるように前記所定値X3を設定することが望ましい。上記のように所定値X1〜X3を設定することで、フェールセーフが実行されて劣化した摩擦係合要素に関与する変速段の使用が自動的に禁止される前に運転者は摩擦係合要素の過度な劣化を知って乗車している車両をディーラまで運転することができる。これにより、特定の変速段の使用が禁止された状態で車両を運転走行させることにより発生し得る他部品への悪影響(2次的な故障)を予防することもできる。なお、上記のような所定値X1〜X3の値は実験等により求めることができる。
【0106】
以上の制御ルーチンの実行により、解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X2(第1閾値)以上であり(ST32:YES)、且つ、係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X1(第2閾値)以上(ST31:YES)である場合に、係合側摩擦係合要素が劣化していると診断される(ST33)。また、学習補正後の解放側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X3(第3閾値)以上であり(ST34:YES)、且つ、学習補正後の係合側摩擦係合要素に係る油圧学習値が所定値X1(第4閾値)未満である場合に(ST31:NO)、解放側摩擦係合要素が劣化していると診断される(ST35)。なお、上記第1閾値と第2閾値は同じ所定値X1となっているが、これらを互いに異なる数値としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、例えば、自動車に搭載される自動変速機のクラッチおよびブレーキの劣化診断装置に適用可能である。
【符号の説明】
【0108】
C1,C2 摩擦係合要素
B1〜B3 摩擦係合要素
10 自動変速機
44 電子制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
解放側摩擦係合要素の解放および係合側摩擦係合要素の係合によって変速が達成されるクラッチツークラッチ変速が行われる自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置に関し、
前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧をパワーオンアップシフト時におけるNT吹きの状態に基づいて学習補正する解放側学習補正手段と、
前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧をパワーオンアップシフト時におけるイナーシャ相の状態に基づいて学習補正する係合側学習補正手段と、
を備える自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置において、
前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値と前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値とに基づいて、摩擦係合要素の劣化診断を行う劣化診断手段を更に備える、
ことを特徴とする自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置において、
前記劣化診断手段は、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第1閾値以上であり、且つ、前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第2閾値以上である場合に、前記係合側摩擦係合要素が劣化していると診断する、
ことを特徴とする自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置。
【請求項3】
請求項1に記載の自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置において、
前記劣化診断手段は、前記解放側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第3閾値以上であり、且つ、前記係合側摩擦係合要素に供給する液圧の学習値が第4閾値未満である場合に、前記解放側摩擦係合要素が劣化していると診断する、
ことを特徴とする自動変速機の摩擦係合要素の劣化診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2011−12761(P2011−12761A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157784(P2009−157784)
【出願日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】