説明

自走車両

【課題】操縦操作に基づいて制御量を生成する制御ユニットと、自由操向可能なキャスタ輪と、制御指令により互いに独立して駆動制御される第1駆動部及び第2駆動部と、第1駆動部によって走行駆動される左駆動輪及び第2駆動部によって走行駆動される右駆動輪とを備えた自走車両において熟練を要せずに傾斜面を駆動走行しながら自在に横切ることができること。
【解決手段】第1・第2駆動部に要求される必要駆動トルクを算出する駆動トルク算定部と、傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消する補償トルクを第1・第2駆動部に対して車両の傾斜度に基づいて算出する補償トルク算定部と、必要駆動トルクと補償トルクとに基づいて制御量を補正する補正部とが含まれている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によって操作される操縦ユニットと、前記操縦ユニットからの操作量に基づいて制御量を生成する制御ユニットと、自由操向可能な少なくとも1つのキャスタ輪と、前記制御指令により互いに独立して駆動制御される第1駆動部及び第2駆動部を含む駆動ユニットと、前記第1駆動部によって走行駆動される左駆動輪及び前記第2駆動部によって走行駆動される右駆動輪を含む駆動輪ユニットとを備え、前記左駆動輪と前記右駆動輪との回転差によって走行方向が変更される自走車両に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような自走車両は、左駆動輪と右駆動輪の速度(周速)差を大きくとることにより、小旋回が可能となるだけではなく、左駆動輪と右駆動輪とをそれぞれ異なる方向で回転させることにより、超信地旋回いわゆるゼロターンが可能となり、優れた小回り性能を持つ。このため、フォークリフトや芝刈機に適用されると好都合である。但し、走行面が傾斜面の場合、車輪に傾斜下向きの力が作用することから、車両は傾斜下向きに旋回する傾向となる。特に、車両が惰性走行している場合、車輪にトルクが伝わらないので車両は傾斜下向きに旋回してしまう。
【0003】
この問題を解決するため、特許文献1には、それぞれ左右の電動モータにより独立に走行駆動される主駆動輪である左右車輪と、自由操向可能な操向輪である少なくとも1つのキャスタ輪と、対地作業を行うために駆動される作業機と、加速の指示を行うための加速操作子と、旋回の指示を行うための旋回操作子と、走行時での加速操作子の非操作時に、左右の電動モータから電源ユニットへ電力を回生するように回生制動用駆動部を制御することにより左右車輪を回生制動させる制御部とを備える電動対地作業車両が提案されており、その制御部は、走行時での加速操作子の非操作時で、かつ、旋回操作子から旋回指示が入力されている場合に、左右車輪のうち、旋回内側となる車輪の制動力を、旋回外側となる車輪の制動力よりも大きくするように、車輪の制動力を制御する。
具体的には、前後方向に向いた車両の重心を通る軸を中心として車両が左右いずれかに傾いて揺動した状態を検出するロール角度検出手段(ロール角センサ)及びロール角度補正手段を備え、ロール角度補正手段は、走行時でのアクセルペダルの非操作時である惰性走行時またはペダル制動時で、かつ、ロール角センサからの信号が表すロール角度θが0でない場合に、ロール角度θが0の場合の平地走行時のステアリング操作子の操作方向に対応する方向に向くように、左右車輪1のそれぞれの制動力を、ロール角度θに応じて補正する機能を有する。この構成により、左右車輪を左右の電動モータにより独立に走行駆動する、例えば左右の電動モータの回転速度差により旋回可能とする電動対地作業車両において、惰性走行時等の、走行時での加速操作子の非操作時でも、車両の安定走行が確保できる。
【0004】
上述した、特許文献1による自走車両では、斜面を惰性走行している際に生じる、車両の傾斜下向き旋回傾向の抑制には効果がある。しかしながら、斜面を車輪を駆動させながら平地と同様に操縦するような使用状態は考慮されていない。傾斜角を持った地面や草地を横断するような走行(ここではこのような走行を傾斜横切り走行と称する)の場合、車両の傾斜下向き旋回傾向を考慮しながら、左右の駆動輪の駆動を制御する必要があり、その操縦には熟練を必要とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009‐255840号公報(段落番号〔0012−0026,0098−0109〕、図12−図13)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
フリーのキャスタ輪と左右駆動輪とを備えた自走車両が傾斜横切り走行をする場合には、単に左右駆動輪の回転速度差だけでなく、路面状態による負荷及び方向ずれの要因となる車両傾斜による重力負荷を考慮しながら、左右駆動輪に与えるトルクを考慮する必要があり、熟練者以外では傾斜横切り走行は困難である。
このような実情に鑑み、熟練を要せずに傾斜面を駆動走行して自在に横切ることできる、上述したタイプの自走車両が要望されている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明による自走車両は、運転者によって操作される操縦ユニットと、前記操縦ユニットからの操作量に基づいて制御量を生成する制御ユニットと、自由操向可能な少なくとも1つのキャスタ輪と、前記制御量により互いに独立して駆動制御される第1駆動部及び第2駆動部を含む駆動ユニットと、前記第1駆動部によって走行駆動される左駆動輪及び前記第2駆動部によって走行駆動される右駆動輪を含む駆動輪ユニットとを備え、前記左駆動輪と前記右駆動輪との回転差によって走行方向が変更される。さらに、車両の傾斜度を検出して前記制御ユニットに送る傾斜検出器を備え、前記制御ユニットには、前記第1駆動部と前記第2駆動部とに要求される必要駆動トルクを算出する駆動トルク算定部と、傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消する補償トルクを前記第1駆動部と前記第2駆動部とに対して前記傾斜度に基づいて算出する補償トルク算定部と、前記必要駆動トルクと前記補償トルクとに基づいて前記制御量を補正する補正部とが含まれている。
【0008】
車両が走行する際に走行路面と車輪との間に生じる走行抵抗が大きい場合に、駆動トルクが不足すると、運転者が意図しない車両速度の低下や車両停止が発生する。これを避けるために要求される必要駆動トルクを算定し、算定された必要駆動トルクが出力されるように駆動制御される。さらに、傾斜面を横切るように走行する傾斜横切り走行(車両長手方向軸回りに車両が傾く走行)の場合、車輪には傾斜下向きの力が生じるため、車両は傾斜下方にずれ落ちる傾向となる。しかもこの傾斜下向きの力は車両の傾斜度合いによって変化するため、運転者の意図に沿った走行が妨げられる。この傾斜下向きの力を相殺するトルク、つまり傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消するトルク(ここではこのトルクを補償トルクと称する)が、車両の傾斜度に基づいて、補償トルク算定部によって算定される。算定された補償トルクは前述した必要駆動トルクとともに、操縦ユニットからの操作量に基づいて生成される制御量を補正するために利用される。この補正された制御量で駆動制御することで、傾斜横切り走行時においても運転者の意図に沿った走行が可能となる。
【0009】
必要駆動トルクを算定する駆動トルク算定部の好適な実施形態の1つは、前記第1駆動部と前記第2駆動部とにおける目標回転数と実回転数とに基づいて前記必要駆動トルクを算出する構成である。目標回転数としては、予め作成された操作量/回転数テーブルなどを用いることにより操縦ユニットからの操作量から求めることができる第1駆動部と第2駆動部のそれぞれの回転数を利用する。また実回転数は、車輪や車輪への動力伝達系の回転数を測定することで得られる。
【0010】
補償トルクは、傾斜面の傾斜角とその傾斜面を走行する車両の走行方向によって決まる傾斜横切り走行時車両の傾斜度及び車両の重量によって変動する。さらに、車両の車体構造によっても変わる。このことから、予め車両傾斜度毎に車両のずれ落ちを解消するための補償トルクを実験と学習とによって求めることによって作成された車両傾斜度を入力パラメータとして前記補償トルクを導出する補償トルク導出テーブルを用いると好都合である。
【0011】
自走車両が何らかの荷物を搬送する機能を有する場合、その荷物の重量によって、より詳しくはその荷物の車両における重量分布によっても、補償トルクの値は変わる。このため、本発明の好適な実施形態の1つでは、前記補償トルク導出テーブルは、入力パラメータとしてさらに車両重量分布値を設定している。つまり、入力パラメータとして、車両傾斜度と車両重量分布値とを用いて実験及び学習演算することで、補償トルク導出テーブルを構築する。これにより、積載重量の変化にかかわらず、傾斜横切り走行時の良好な操縦性が得られる。
【0012】
本発明の自走車両では、トルク制御や速度制御が簡単かつ迅速に行われることが望ましいので、特に好適な実施形態として、前記駆動ユニットは電動モータで構成されていることが好適である。その他の駆動ユニットの構成として、静油圧トランスミッション装置を採用することも可能である。静油圧トランスミッション装置の駆動源としてはエンジン(内燃機関)が適しているが、エンジンと回転電機(モータとジェネレータ)とを組み合わせたハイブリッドでもよい。また、静油圧トランスミッション装置における斜板制御は油圧式でも電気式でもよい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】斜面横切り走行時の駆動制御の基本原理を説明する模式図である。
【図2】本発明による乗用電動芝刈機の実施形態の一つを示す斜視図である。
【図3】乗用電動芝刈機の電気系統及び動力系統を示す系統図である。
【図4】制御ユニットの機能ブロック図である。
【図5】斜面横切り走行を含む走行制御の流れを示すフローチャートである。
【図6】平坦走行と傾斜横切り走行でのトルク制御の違いを示す説明図である。
【図7】別実施形態における図3に対応する系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の実施形態としての自走車両の具体的な構成を説明する前に、図1を用いて、本発明を特徴付けている斜面横切り走行時の駆動制御の基本原理を説明する。なお、ここでは、駆動輪ユニットは後輪としての左右一対の駆動輪であり、この駆動後輪を駆動する駆動ユニットが電動モータで構成され、左右一対のキャスタ輪が前輪として構成されている。この自走車両は、作業ユニットとしてモーアユニットを車体に装備しており、乗用電動芝刈機として機能する。
【0015】
運転者によって操作される操縦ユニットから、運転者が意図する運転のための操作量が一般にはセンサ検出信号として出力される。この操作量から、左駆動輪用モータと右駆動輪用モータとを駆動するための基本制御量が制御ユニットにおいて生成される。この基本制御量に基づいてモータが駆動されることで駆動輪に所定回転数(速度)とトルクが生じる。このことから、この説明では、基本制御量にはトルク:Uと速度:Nが含まれているとする。操縦ユニットの操作量から基本操作量の導出は、その関係をテーブル化したマップを通じて行われる。操作量をS、基本制御量をCとすると、その関係式(マップテーブル):Fは以下のように表される。
C=F(S)
左右一対の後輪が独立して制御されるので、上記式は左後輪系がCL=F(SL)で、右後輪系がCR=F(SR)で表すことができる。
【0016】
登坂走行や悪路走行においては基本制御量によって生み出されるトルクが運転者の意図する走行に対して不足するトルク不足が発生する可能性がある。この不足トルク、つまり正常な駆動のために必要とされる必要駆動トルク(以下単に必要トルクと称する):Vは、基本制御量に含まれる目標回転数:Nと、回転数検出センサから得られる回転数である実回転数:Mとから、予め求められている関係式:Hを用いて、以下のように導出することができる。
V=H(N,M)
この必要トルクが追加されるように制御量を補正することで、トルク不足のない走行が実現する。
【0017】
さらに、傾斜横切り走行する場合には、車輪には傾斜下向きの力が生じるため、これを相殺する補償トルクが車輪に付加されるように、制御量を補正しなければならない。そのために、車両の傾斜度を入力パラメータとして補償トルクが導出される関係を、実験とその実験結果の学習によって予め構築しておく。説明を簡単にするため、車両が傾斜面を水平に横切ることにし、傾斜度を車両のローリング角つまり傾斜角:θとすると、補償トルク:Wを導出する関係式:Gは以下のように表すことができる。
W=G(θ)
この補償トルクが左右の後輪のそれぞれに振り分けるとすれば、
L=GL(θ)、WR=G(θR
となる。
この補償トルクが追加されるように制御量を補正することで、傾斜横切り走行であっても車輪に作用する傾斜下向きの力が抑制され、操縦性が向上する。
【0018】
このため、補正部が必要トルクと補償トルクとに基づいて基本制御量を補正して補正制御量を生成する。この補正部における補正式:Jは、基本制御量:Cと必要トルク:Vと補償トルク:Wを入力パラメータとして補正制御量:Kを導出するものであり、以下のように表される。
K=J(C,V,W)
車両が走行抵抗の少ない平坦な路面を走行する平坦走行時は、必要トルク:V=0、補償トルク:W=0となるので、補正制御量:Kは基本制御量:Cと同じとなる。
これに対して、傾斜横切り走行時は、補償トルク:Wが付加されるように、また必要に応じて必要トルク:Vが付加されるように、補正制御量:Kが生成され、この補正制御量:Kに基づいて後輪を駆動制御される。なお、その際、補償トルク:Wは左右の後輪に振り分けることができる。例えば、一方の車輪に負の補償トルクを付加し、他方の車輪に正の補償トルクを付加するような方法を採用してもよい。
【0019】
次に、上述した斜面横切り走行時の駆動制御原理を採用した自走車両の具体的な実施形態を以下に説明する。図2と図3で示されているように、ここでも、自走車両は乗用電動芝刈機として構成されており、運転者によって操作される操縦ユニット1と、前記操縦ユニット1からの操作量に基づいて制御量を生成する制御ユニット5と、前記制御指令により互いに独立して駆動制御される第1駆動部40A及び第2駆動部40Bを含む駆動ユニットと、前記第1駆動部40Aによって走行駆動される左駆動輪2a及び前記第2駆動部40Bによって走行駆動される右駆動輪2bにより構成される後車輪ユニット2とを備えている。車両の走行方向の変更は前記左駆動輪2aと前記右駆動輪2bとの回転差ないしは駆動トルク差あるいはその両方によって実現する。キャスタ輪ユニット3は左右一対の遊転自在なキャスタ輪3a,3bからなる。
【0020】
乗用電動芝刈機の概観が図2に斜視図として示されており、電気系統図及び動力系統図が図3に模式的に示されている。図2から理解できるように、この乗用電動芝刈機は、キャスタ輪ユニット3と後車輪ユニット2とによって支持される車体10、車体10の後部に配置されたバッテリ20、バッテリ20の前方に配置された運転座席11、運転座席11の後方から立設された転倒保護フレーム12、前車輪ユニット3と後車輪ユニット2との間で車体10の下方空間に昇降リンク機構を介して昇降可能に車体10から吊り下げられたモーアユニット13を備えている。後車輪ユニット2やモーアユニット13への給電は、ECUとも呼ばれる制御ユニット5による制御に基づいて動作するインバータ4を介して行われる。
【0021】
運転座席11の前方には運転者の足載せ場であるフロアプレートが設けられており、そこからブレーキペダル14が突き出している。運転座席11の両側には、車体横断方向の水平揺動軸回りに揺動する左操縦レバー1aと右操縦レバー1bとからなる操縦ユニット1が配置されている。さらに、運転座席11の片側、ここでは左側に電気制御系のスイッチボタンやスイッチレバー等を有する電気操作パネル18が設けられている。
【0022】
この実施形態では、左後車輪2aと右後車輪2bは、それぞれインホイールモータである左輪モータ21と右輪モータ22を駆動源としている。図4で示されているように、左輪モータ21と右輪モータ22には、インバータ4として構成されている左輪給電部41と右輪給電部42によってそれぞれ独立的に供給される電力によってその回転速度またはトルクあるいはその両方が変化する。左後車輪2aと右後車輪2bの回転速度(周速)を相違させることができ、この左右後車輪速度差によって乗用電動芝刈機の方向転換が行われる。つまり、この実施形態では、第1駆動部40Aは左輪給電部41と左輪モータ21とによって構成され、第2駆動部40Bは右輪給電部42と右輪モータ22とによって構成されている。つまり、この実施形態では、駆動ユニットは、インバータである左輪給電部41と右輪給電部42及び電動モータである左輪モータ21と右輪モータ22とで構成されている。
【0023】
左輪給電部41及び右輪給電部42から出力される電力(制御量)は、制御ユニット5によって算定される目標回転数(目標速度)に対応しているが、走行負荷によって、その実際の回転数(実速度)が目標より小さくなった場合には、モータ出力トルクが大きくなるように制御量が修正される。また、傾斜横切り走行時に生じる斜面下側の車輪に生じる下向きの力を相殺して、擬似的に平坦面走行と等価な状態を作り出すための補償トルクも制御ユニット5によって算定され、この補償トルクも考慮した制御量が左輪モータ21及び右輪モータ22に与えられる。
なお、図示されていないが、モーアユニット13内に装備されている、芝刈りのためのブレードモータへの給電も、インバータ4を介して行われる。
【0024】
図4に示すように、制御ユニット5は、入力デバイスとして、車輪状態検出器7と操縦状態検出器8と傾斜検出器9と接続しており、出力デバイスとしてインバータ4と接続している。
車輪状態検出器7には、左後車輪2aの回転数(車輪状態情報)を検出する左後輪回転検出センサ70a、右後車輪2bの回転数(車輪状態情報)を右後輪回転検出センサ70bなど、走行に関する情報を検出するセンサが含まれる。操縦状態検出器8には、左操縦レバー1aの揺動角(操縦状態情報)を検出する左操縦角検出センサ80a、右操縦レバー1bの揺動角(操縦状態情報)を検出する右操縦角検出センサ80b、ブレーキペダル14の操作角を検出するブレーキ検出センサなど操縦に関する情報を検出するセンサが含まれる。傾斜検出器9には、車両長手方向軸回りの傾斜角(傾斜度情報)を検出する第1傾斜センサ90aと車両横断方向軸回りの傾斜角を検出する第2傾斜センサ90bとが含まれている。第1傾斜センサ90aと第2傾斜センサ90bとの検出値から斜面横切り走行時に車輪に作用する傾斜下向き力成分を求めることができる。演算処理上は、車両が斜面を斜め走行している場合でも斜面横切り走行しているとみなして、その車両傾斜度を正規化して表すと好都合である。また、説明上もそのほうが簡単となるので、ここで扱われる傾斜度は斜面横切り走行での傾斜度に正規化されているとする。
【0025】
制御ユニット5においては、基本制御量算定部50、駆動トルク算定部53、補正部54、傾斜度算定部55、補償トルク算定部56、センサ情報処理部59などが、プログラムの実行によって構築されるが、必要に応じて、ハードウエアによって構築してもよい。
傾斜度算定部55は、前述した傾斜検出器9からの検出信号に基づいて車両の傾斜度を算定する。センサ情報処理部59は、車輪状態検出器7や操縦状態検出器8や傾斜検出器9から入力されたセンサ信号を処理して、制御ユニット5の内部で利用可能な情報に変換する。
【0026】
基本制御量算定部50は、操縦ユニット1の操作量に基づいて左輪モータ21と右輪モータ22に対する基本制御量を算定する機能を有する。基本制御量は、平坦路面の走行、つまり目標回転数が実回転数となる走行を仮定して、操縦ユニット1の操作量に基づいて算定される制御量である。基本制御量算定部50は、左輪速度演算部51と右輪速度演算部52とを含んでいる。左輪速度演算部51は、運転者による左操縦レバー1aの操作量を検出する左操縦角検出センサ80aを通じての操作量に基づいて左後車輪2aの回転速度(回転数)、つまり左輪モータ21の回転速度(トルク)を求める。同様な方法で、右輪速度演算部52も、運転者による右操縦レバー1bの操作量を検出する右操縦角検出センサ80bを通じての操作情報に基づいて右後車輪2bの回転速度(トルク)、つまり右輪モータ22の回転速度(トルク)を算定する。この算定には、操作位置と回転速度の関係を表すテーブルや関数が用いられる。
【0027】
駆動トルク算定部53は、第1駆動部40A、と第2駆動部40Bとに要求される必要駆動トルク(以下単に必要トルクと略称する)を算出する。この必要トルクとは、左操縦レバー1a又は右操縦レバー1bによる操作量に基づいて設定される目標回転数に基づいて基本制御量算定部50で算定される基本制御量では実回転数が目標回転数に達しなかった場合に実速度が目標速度となるために左輪モータ21又は右輪モータ22要求されるトルク量を意味している。実回転数が目標回転数を越えた場合はその必要トルクは負の値となる。従って、駆動トルク算定部53は、基本制御量算定部50によって算定される左右後車輪2a,2bの目標回転数と、左後輪回転検出センサ70aと右後輪回転検出センサ70bとによって得られる各後車輪2a,2bの実回転数とから必要トルクを導出する。
【0028】
傾斜横切り走行の車両姿勢では、傾斜下側の車輪に傾斜下方方向の力が作用することから、左操縦レバー1a又は右操縦レバー1bによる操作量による目標走行と実走行との走行方向ずれが生じやすくなる。このような傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消するためには、左後車輪2a又は右後車輪2bあるいはその両方にずれ落ちの力を相殺するようなトルク(負のトルクでもよい)を付加的に与えるとよい。このように傾斜を起因とする車両の方向ずれを解消するために付加的に与えるトルクを補償トルクとして算定するのが補償トルク算定部56である。
【0029】
このようにして算定された補償トルクに相応する制御量を付加的に左輪給電部41又は右輪給電部42あるいはその両方に与えることで、傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消する補償トルクが左輪モータ21又は右輪モータ22あるいはその両方に生じる。これにより、傾斜横切り走行時の車両姿勢による操縦特性に関する悪影響を取り除くことができる。
【0030】
なお、補償トルクの算定アルゴリズムは、車両の走行特性、操縦特性によって異なり、定量的な関係式を構築することが難しい。このため、この実施形態では、補償トルク算定部56は、機種毎に傾斜横切り走行時における車両傾斜度を入力パラメータとして補償トルクを求める実験を繰り返し得られたデータを統計処理して、構築される補償トルク導出テーブルを備えている。実際に、種々の傾斜角での傾斜横切り走行を繰り返すことで得られたデータから、傾斜度/補償トルク導出テーブル(傾斜度から補償トルクを引き出すテーブル)を生成することで、簡単な構成であっても、迅速で良好な精度の補償トルク算定が可能となる。
また、補償トルクの算定においては、車両重量、特に車両重量バランスが重要な因子となる。従って、毎回の走行毎に、車両重量や車両重量バランスが変化する集草容器つきの芝刈機の場合や、荷物運搬車両としても利用する場合には、車両重量の分布値も入力パラメータとするとよい。車両重量分布値は、例えば、各車輪にかかる荷重を検出するセンサを車輪状態検出器として追加して、これらのセンサからの検出値に基づいて算出することができる。その際、補償トルク算定部56は、種々の車両重量分布値毎の傾斜度/補償トルク導出テーブルを用意しておき、車輪状態情報に含まれる車両重量分布値によって適合する傾斜度/補償トルク導出テーブルを選択設定するとよい。
【0031】
補正部54は、駆動トルク算定部53によって算定された必要トルク、又は補償トルク算定部56によって算定された補償トルクあるいはその両方に基づいて、左輪速度演算部51及び右輪速度演算部52によって求められた左輪モータ21と右輪モータ22のための基本制御量を補正する。
【0032】
以上のように構成された乗用電動芝刈機による傾斜横切り走行を含む走行制御の流れを図5のフローチャートを用いて以下に説明する。
乗用電動芝刈機のキースイッチがオンされると、この制御ルーチンがスタートする。まず、センサ情報処理部59を介して、車輪状態情報に含まれる左後車輪2aと右後車輪2bの回転数が取得される(#01)。さらに操縦状態情報に含まれる左操縦レバー1aの揺動角(操作量)と右操縦レバー1bの揺動角(操作量)の取得も行われる(#03)。左右操縦レバー1a,1bの操作量が取得されると、その操作量に基づいて、前述したように基本制御量が算定される。この基本制御量は、以下に述べる必要トルクや補償トルクで補正されてインバータ4に与えられる制御量となる。その際、制御ユニット5からインバータ4に与えられる制御量に対応する車輪回転数(速度)を目標回転数とするとともに、取得した後車輪回転数を実回転数として比較すると、実回転数が目標回転数を下回っている不足回転数が不足トルクに対応するので、この目標回転数と実回転数とから必要トルクが算定される(#05)。
【0033】
次に、傾斜度情報が取得され(#07)、傾斜度(傾斜角)が予め設定された所定値以上であるかどうかがチェックされる(#11)。傾斜度が所定値を下回っていれば(#11NO分岐)、さらに、先に算定された必要トルクが予め設定された所定範囲に入っていないかどうかチェックされる(#12)。この所定範囲は、推定されるトルク不足が無視できる範囲を表している。したがって、必要トルクが所定範囲に入っている場合(#12No分岐)、走行抵抗が少ない平坦路の走行などとみなされるので、そのまま、基本制御量は実施制御量として出力される(#25)。つまり補正部54による基本制御量の補正は行われない。
【0034】
ステップ#12のチェックで必要トルクが所定範囲外である場合(#12Yes分岐)、登坂走行や悪路走行や重量物搬送走行などによりトルク不足と判定され、基本制御量を必要トルクに基づいて補正する(#33)。補正された基本制御量は実施制御量として出力される(#35)。
【0035】
ステップ#11のチェックで、傾斜度が所定値以上ならば(#11Yes分岐)、傾斜横切り走行における車輪のずれ落ちを抑制するためのトルク補償を行う必要があるので、その補償トルクを傾斜度に基づいて算定する(#41)。さらに、必要トルクが予め設定された所定範囲に入っていないかどうかもチェックされる(#42)。必要トルクが所定範囲外である場合では(#42Yes分岐)、基本制御量を補償トルクと必要トルクとに基づいて補正する(#43)。必要トルクが所定範囲外にはない場合では(#42No分岐)、基本制御量を補償トルクだけに基づいて補正する(#44)。補正された基本制御量は実施制御量として出力される(#45)。
【0036】
補償トルクは、傾斜横切り走行時に左右のキャスタ輪3a,3bに生じる傾斜下方方向の力を相殺するための力を作り出すために左駆動輪2a又は右駆動輪2bあるいはその両方に付加するトルクである。なお、路面状態などによって受ける左右駆動輪2a,2bの走行抵抗による目標回転数(目標速度)と実回転数(実速度)のずれは必要トルクによって解消される。従って、この補償トルクは、傾斜横切り走行時における操作量による目標走行方向と実走行方向とのずれを解消する。この補償トルクの大きさは傾斜度(傾斜角)によって異なるので、傾斜度から補償トルクを導出することができるテーブルが予め用意されている。平坦路(傾斜角=0)を走行している場合(図6(a))と、傾斜角:X°をもつ傾斜面を横切り走行している場合(図6(b))での、それぞれの左右駆動輪2a,2bに与えられるトルクの様子が、図6に示されている。図6(a)ではトルク値ゼロをベースに左右駆動輪2a,2bが同一に増減制御されており、平坦路直線走行を示している。これに対して、図6(b)では、キャスタ輪3a,3bに生じる傾斜下方方向(車体右側)の力を解消するべく、左駆動輪2aには−ΔTが、右駆動輪2bには+ΔTが補償トルクとして付加されている。これにより、傾斜横切り走行においても平坦路走行のような感覚で操縦可能となる。
【0037】
制御ユニット5から出力された実施制御量はインバータ4で処理され、左輪給電部41において左輪モータ21のための制御指令が生成され、右輪給電部42において右輪モータ22のための制御指令が生成される(#51)。この制御指令に基づいて左輪モータ21つまり左駆動輪2aと、右輪モータ22つまり右駆動輪2bが駆動される(#53)。
この一連のルーチンはキースイッチがオフにされるまで繰り返し実行され(#60No分岐)、キースイッチがオフになることにより終了する(#60Yes分岐)。
【0038】
〔別な実施形態〕
(1)上述した実施形態では、駆動ユニットはインバータである左輪給電部41と右輪給電部42及び電動モータである左輪モータ21と右輪モータ22で構成されていたが、他の形態を採用することができる。例えば、図7に示すように、駆動ユニットと、エンジン30を駆動源として、左右一対の静油圧式トランスミッション(以下HSTと略称する)31と伝動機構32とを介して左後車輪2aと右後車輪2bとに油圧ユニット33によって制御される回転動力を伝達する駆動ユニットを用いてもよい。HST31は、油圧ポンプ又は油圧モータあるいはその両方の斜板角度を調整することで無段変速が可能であり、その各斜板角度はサーボ油圧制御機器を搭載した油圧ユニット33によって制御される。従って、制御ユニット5に関しては、そこから出力される制御量は、油圧ユニット33の制御機器に適合した制御信号となるが、その基本的な構成は同じである。基本的には、作動油の圧力を制御することによりトルク制御が実現し、作動油の流量を制御することにより速度制御が実現する。従って、先の実施形態における電動モータと同様な制御をHST31によって行うことができる。油圧による斜板制御に変えて、電気による斜板制御を採用してもよい。
(2)上述した最初の実施形態では、制御ユニット5の機能を分かり易く説明するために、基本制御量を算定する基本制御量算定部50、必要トルクを算定する駆動トルク算定部53、補償トルクを算定する54などを区分けしている。従って、これらの機能部を統合したり、さらに分割したりすることは、本発明の枠内で自由である。
(3)上述した最初の実施形態では、駆動ユニットとしてインバータ制御される電動モータが採用されていたが、その他の制御形態を採用してもよい。
(4)上述した実施形態の自走車両は、駆動源をバッテリとする完全電気車両、又は駆動源をエンジン(内燃機関)の回転動力をHSTで変速するHST車両であったが、エンジンの駆動力で発電機を回してバッテリを充電するハイブリッド型車両であってもよい。
(5)上述した実施形態では、自走車両として乗用電動芝刈機を例としていたが、本発明が適用できる乗用作業車としては、芝刈機以外、フォークリフト、耕耘機、トラクタ、田植機、コンバイン、土木・建築作業機、除雪車などが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、左右の駆動輪が独立して回転制御可能な自走車両に適用可能である。
【符号の説明】
【0040】
1操縦ユニット
1a左操縦レバー
1b右操縦レバー
2駆動輪ユニット
2a左駆動輪
2b右駆動輪
21電動モータ
22電動モータ
3キャスタ輪ユニット
3a,3bキャスタ輪
31静油圧トランスミッション装置
4インバータ
40A第1駆動部
40B第2駆動部
41左輪給電部
42右輪給電部
5制御ユニット
50基本制御量算定部
53駆動トルク算定部
54補正部
55傾斜度算定部
56補償トルク算定部
59センサ情報処理部
7車輪状態検出器
8操縦状態検出器
9傾斜検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者によって操作される操縦ユニットと、前記操縦ユニットからの操作量に基づいて制御量を生成する制御ユニットと、自由操向可能な少なくとも1つのキャスタ輪と、前記制御量により互いに独立して駆動制御される第1駆動部及び第2駆動部を含む駆動ユニットと、前記第1駆動部によって走行駆動される左駆動輪及び前記第2駆動部によって走行駆動される右駆動輪を含む駆動輪ユニットとを備え、前記左駆動輪と前記右駆動輪との回転差によって走行方向が変更される自走車両において、
車両の傾斜度を検出して前記制御ユニットに送る傾斜検出器を備え、
前記制御ユニットには、前記第1駆動部と前記第2駆動部とに要求される必要駆動トルクを算出する駆動トルク算定部と、
傾斜横切り走行時における目標走行方向と実走行方向との方向ずれを解消する補償トルクを前記第1駆動部と前記第2駆動部とに対して前記傾斜度に基づいて算出する補償トルク算定部と、
前記必要駆動トルクと前記補償トルクとに基づいて前記制御量を補正する補正部とが含まれている自走車両。
【請求項2】
前記駆動トルク算定部は、前記第1駆動部と前記第2駆動部とにおける目標回転数と実回転数とに基づいて前記必要駆動トルクを算出する請求項1に記載の自走車両。
【請求項3】
前記補償トルク算定部は、傾斜横切り走行時における車両傾斜度を入力パラメータとして前記補償トルクを導出する補償トルク導出テーブルを備えており、前記補償トルク導出テーブルは実験と学習によって構築される請求項1または2に記載の自走車両。
【請求項4】
前記補償トルク導出テーブルは、入力パラメータとしてさらに車両重量分布値を設定している請求項3に記載の自走車両。
【請求項5】
前記駆動ユニットは電動モータで構成されている請求項1から4のいずれか一項に記載の自走車両。
【請求項6】
前記駆動ユニットは静油圧トランスミッション装置で構成されている請求項1から4のいずれか一項に記載の自走車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−1229(P2013−1229A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−133672(P2011−133672)
【出願日】平成23年6月15日(2011.6.15)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】