説明

薄膜形成方法および薄膜形成装置

【課題】高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供する。
【解決手段】膜材料6を真空中で加熱し、該膜材料6を蒸発させる、前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、イオン源9から放出された1価または2価の金属イオンを付加し、該蒸発材料をイオン化し、前記イオン化した蒸発材料を電界(101)によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板2上に該材料を蒸着させ、薄膜を形成する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜形成方法および薄膜形成装置に関し、特に可視から真空紫外域用の光学部品に使用される反射防止膜、誘電体多層ミラー、各種フィルター等のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、反射防止膜やミラーなどの光学薄膜を形成する場合、成膜材料を電子ビームなどにより真空中で加熱し蒸発させて基板に付着させる真空蒸着法が主に使われてきた。一般に、反射防止膜、ミラー等は、フッ化マグネシウム(MgF2)などの屈折率の低い材料と、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化タンタル(Ta25)、酸化チタン(TiO2)などの屈折率の高い材料のいずれか一方、あるいはこれらを組み合わせた多層膜などによって構成され、要求される光学性能によって、層構成、膜厚等を様々に調整している。
蒸着法は装置構成としてはシンプルで、大面積基板上に高速に成膜でき、生産性に優れた成膜方法であるが、基板温度が低い状況で成膜を行うと膜の強度が不足し、傷が付きやすく、また、膜と基板の密着性も低いなどの問題を生じていた。更に重要な問題として膜の密度が低くなり、光学性能の変化や劣化が観測されている。
【0003】
このようなことから、蒸発材料をイオン化し、電界で基板に加速して薄膜を形成する手法が用いられる。代表例として、イオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法が挙げられる。
イオン化蒸着法としては、例えば特許文献1に開示されるように、蒸発材料を高周波印加プラズマ中もしくは加速した熱電子でイオン化し、グリッド電極に印加した電界により、このイオンを加速して基板に入射させる。このような方法によると、入射エネルギーに加え、材料物質がイオン化しているため反応が容易に行われ、反応性や結晶化を必要とする成膜が熱エネルギーを与えることなく実現でき、従って低温での高品質の薄膜形成が可能となり、プラスチック基板のような耐熱性のない基板にも緻密・均質で密着性のよい薄膜を形成できるとされている。
【0004】
このようなイオン化蒸着法においては、通常、蒸発材料をイオン化するために数十eV以上のエネルギーが必要であり、そのために用いられるイオン化装置としては、上記特許文献1のような熱電子を加速して蒸発物質をイオン化する電子衝撃法や、特許文献2に開示されるプラズマガンからのプラズマビームで蒸発物質を加熱しつつイオン化する方法などが用いられている。
【特許文献1】特許02905512号公報
【特許文献2】特開2002−249871号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来のイオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法におけるイオン化手法を用い、フッ化物の薄膜を形成する場合にはつぎのような問題があった。前述したようにイオン化するために数十eV以上の高いエネルギーで加熱することが必要な従来例のイオン化手法を用い、例えばフッ化物の薄膜を形成する場合、フッ化材料は高エネルギー荷電粒子で解離し易いことから、低吸収のフッ化物薄膜を形成することは困難であった。また、イオン化された蒸発材料を基板に加速する際、加速電圧が大きすぎると基板や膜にフッ素の脱離や結合状態の乱れ等のダメージを及ぼし、結果として膜吸収が増加してしまうという問題があった。
【0006】
また、従来のイオン化手法では陽イオンと電子がほぼ同じか電子の方が多い状態にあるため、イオン化と、イオンと電子の再結合が同時に起こっている。このため、効率良くイオンを引き出すために引き出し電圧が必須となる。特にイオン電流を大きくとるためには引き出し電圧を高くせざるを得ない。通常100V以上の電圧が印加される。この場合、イオンが100Vで加速されることになる。この後、減速電極で減速すればイオンのエネルギーを調整することによりイオンそのものを減速することは可能であるが、イオンが引き出し電圧で加速される過程、もしくは加速されてから減速されるまでの間に電子との再結合によって中性化した場合、もはや減速することはできない。従って、100eVに近い高エネルギーの粒子が基板、膜に入射することになり、膜や基板にダメージを及ぼすことが避けられない。これは従来のイオン化蒸着法やイオンアシスト蒸着法で取られているイオン化手法では避けられない課題である。
以上の基板や膜に及ぼすダメージは、フッ素等の反応性ガスを導入しても改善できない課題であった。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑み、高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下のように構成した薄膜形成方法および薄膜形成装置を提供するものである。
すなわち、本発明の薄膜形成方法は、膜材料を真空中で加熱し、該膜材料を蒸発させる工程と、前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、イオン源から放出された1価または2価の金属イオンを付加し、該蒸発材料をイオン化する工程と、前記イオン化した蒸発材料を電界によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させる工程とを有し、薄膜を形成することを特徴としている。
また、本発明の薄膜形成装置は、真空成膜室と、該真空成膜室内に加熱手段及びイオン源を有するイオン化室と電界印加手段及び被処理基板を備え、前記加熱手段により蒸発させた蒸発材料を、前記イオン源から放出された1価または2価の金属イオンによりイオン化し、前記電界印加手段によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させ、薄膜を形成することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高品質の薄膜の形成が可能となり、中でも低い基板温度環境において、基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる薄膜形成方法および薄膜形成装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明によれば、高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となるが、それは本発明者らのつぎのような知見に基づくものである。
本発明者らは、これまで光学薄膜材料として重要な金属フッ化物薄膜の形成手段として、前述した従来例のイオン化手法を用い、低温でも基板との密着性が良好で、緻密性が高く、硬度の高い薄膜の形成を試みてきたが、可視から真空紫外にかけて低吸収の薄膜を得るに到らなかった。その原因について、種々検討した結果、それらは、イオン化工程においてイオン化と同時に高エネルギー荷電粒子によって蒸発した膜材料分子からフッ素の解離が生じ、フッ素が欠損した薄膜が形成されていることによる、ということを見出した。このように、いったん解離したフッ素は、反応性ガスとしてフッ素等を供給しても、低い基板温度環境下で元のようなストイキオメトリックな高品質な薄膜を形成することは非常に困難である。また、イオン化された蒸発材料を基板に加速する際、加速電圧が大きすぎると、基板や膜にダメージ(フッ素の脱離や結合状態の乱れ)を及ぼし、結果として膜吸収が増加してしまうこととなる。
【0011】
これらのことから、蒸発材料を真空中で加熱して蒸発させるヒータでの高エネルギーの電子の発生を抑え、蒸発材料からのフッ素の解離を起こさずに蒸発させるようにし、この蒸発材料にイオン源から低エネルギーで放出される1価または2価の金属イオンを付着させてイオン化し、このようにイオン化された蒸発材料を電界により被処理基板側に加速して、被処理基板上に薄膜を形成するようにすることで、低基板温度条件下において高品質のフッ化物薄膜の形成が可能となる本発明を完成させるに到ったのである。これによりプラスチック等の基板上にも密着性良く、高強度の低吸収フッ化物薄膜を形成することが可能となった。
【0012】
本実施の形態においては、上記した本発明の構成を適用するに際して、つぎのような構成を採ることができる。
まず、本発明の構成を適用して薄膜形成方法を構成するに際して、前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料の加熱に、直流電源を分割してヒーターへの供給電圧を調整可能とした加熱手段を用い、該ヒーターへの供給電圧を制御し、該加熱手段から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、前記イオン化する工程において、前記イオン源からは1価または2価の金属イオンのみを放出し、電子はイオン源内にとどまらせる構成を採ることができる。これにより、イオン化部において電子との再結合の可能性が極端に小さくなり、イオンの寿命、濃度も高く維持できる。この結果、高濃度のイオンを引き出し電圧無しに取り出すことができ、大電流の低エネルギーのイオン化蒸着が達成できる。
また、前記イオン化する工程は、前記真空中に不活性ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整するプロセスを含む構成を採ることができる。
また、前記イオン化する工程は、前記真空中にフッ素ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整すると共に、フッ素を含むイオンを生成し反応性蒸着を行うプロセスを含む構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、蒸発材料のクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、真空中で蒸発材料を蒸発させ、且つガスのクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、中性の気体分子を生成し、この気体分子に1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、本発明の構成を適用して薄膜形成装置を構成するに際して、前記加熱手段を、ヒータに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成することができる。
また、前記イオン源を、1価または2価の金属イオンのみを前記真空成膜室内に放出し、電子はイオン源内にトラップされて放出されないように構成することができる。
また、前記真空成膜室及び/またはイオン化室に、不活性ガスを導入して圧力制御する手段またはフッ素ガスを導入して圧力制御する手段、を有する構成とすることができる。
また、上記した薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、蒸発材料のクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、真空中で蒸発材料を蒸発させ、且つガスのクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成する構成を採ることができる。
また、上記した薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、中性の気体分子を生成をし、この気体分子に1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成する構成を採ることができる。
【実施例】
【0013】
つぎに、本発明の実施例について説明する。以下の実施例では限られたガス種、膜材料等により説明されるが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
[実施例1]
実施例1は、本発明の構成を適用してイオン化蒸着装置を構成したものである。
図1に本実施例におけるイオン化蒸着装置の概略図を示す。
図1において、1は成膜室、2は非処理基板、3は加速電極、4は引き出し電極である。
また、5はイオン化室、6は膜材料であるフッ化物材料、7はヒータ、81、82はガス供給源、9はアルカリイオン放出源(イオン源)、101は加速電極3の直流電源、102は引き出し電極4の直流電源、103はヒータ電力供給用の直流電源、104は蒸発源のバイアス電圧印加用直流電源である。
【0014】
成膜室1は図示しない排気系によって高真空に排気可能な構成となっている。成膜室内には洗浄された基板2が図示しないロードロック室を経由して成膜室内に搬入され、設置される。基板設置後、成膜室内を1e−5Pa以下の圧力まで排気する。ロードロック室を経由するのは成膜室内の残留ガスレベルを一定に保持するためである。
光学薄膜の形成においては、図示はしないが膜厚を制御するためのシャッターや膜厚分布を均一にするためのマスクなどが基板と蒸発源の間に設置され、また、基板の回転機構などが通常設けられる。
所望の真空度に達した後、フッ化物材料6をヒータ7で加熱し、フッ化物材料を蒸発させる。蒸発した薄膜材料の一部をイオン化し、このイオンに電界でエネルギーを与え、薄膜を形成する非処理基板上に薄膜を形成する。成膜終了後、ロードロック室を経由して基板を搬出する。
【0015】
以下、材料の蒸発方法、イオン化手法について、更に詳しく説明する。
蒸発材料を加熱するヒータは、蒸発材料付近のみが過熱されるように抵抗が異なる形状にしており、更に、このヒーターには図1に示されるように直流電源103を分割して接続し、ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成されている。これは、ヒータから放出される熱電子のエネルギーが10eVを超えないようにするためである。
ヒータに対して引き出し電極に負の電位を与えるが、この電位によってヒータの加熱部から放出される熱電子はヒータにもどり、高エネルギーの電子がイオン化室に放出されることはない。
【0016】
ここで、イオン源9からアルカリイオンを放出し、蒸発材料分子の一部にこのアルカリイオンを付着させてイオン化する。ここで用いるイオン源は、1価または2価の金属イオンとして、例えばアルミナシリケイトにアルカリ金属塩をドープしたイオン放出体を加熱することによってアルカリ金属イオンを生成する構成としたものである。このイオン源は単に加熱することで金属イオンを放出する。イオン源から放出した金属イオンは蒸発した膜材料分子の電荷の偏った場所に穏やかに付着してイオン化する。
【0017】
このイオン化法の特徴は、イオン化に際してプラズマ等を生成するための高周波電力や高圧電界を印加しないので、高エネルギーの電子や荷電粒子が存在しないことにある。従って、高エネルギーの荷電粒子の衝撃によって、蒸発したフッ化膜材料分子からフッ素が解離することはなくイオン化できる。
また、金属イオンのイオン化に寄与する電子は、イオン放出体の内部にとどめられ、イオン化室5内の電子密度が非常に低くなっている。この結果、生成したイオンと電子の再結合が抑えられ、イオンの寿命が長く、イオンの濃度を高めることも可能である。イオンの濃度の調整は、イオン源から放出されるアルカリイオンの濃度と、蒸発材料分子の分圧、イオン化室5の圧力などのパラメータによって調整する。
【0018】
アルカリイオン濃度は、イオン放出体の温度制御やイオン放出部のコンダクタンス調整などの方法によって調整する。蒸発材料分子の分圧はヒータ7の温度とガス供給源81から導入するガス流量によって制御する。イオン化室5の圧力は、蒸発速度、ガス供給源81から導入する不活性ガスやフッ素などの反応性ガスの供給流量および引き出し電極4の開口径(コンダクタンス)によって制御する。
【0019】
フッ素が解離することなく生成した材料分子イオンと中性の材料分子は引き出し電極4、加速電極3を経て基板に到達し、薄膜を形成する。直流電源101でイオン加速電圧を調整し、イオン化した材料分子を加速することで、形成された薄膜の密着性、膜硬度などを高めることが出来る。この時、蒸発した材料分子中のフッ素が解離していないため、ほぼストイキオメトリの薄膜を得ることが出来る。ここで、直流電源101は引き出し電極4、加速電極3間に電圧を印加する構成としているが、各々の電極に直流電源を接続して、結果的に電極間に電位差を設けられる構成であれば良い。
ここでは基本的な構成として、引き込み電極、加速電極のみ図示しているが、イオン減速電極や、イオンの中性化用のニュートラライザ、イオンの収束用のアインツェルレンズ、等を設置してももちろん良い。また、引き出し電極4の電位はイオン化室内の電位勾配が生じないように調整すればよい。
【0020】
イオン化に用いたアルカリイオンが不純物として膜中に混入するが、Li,Mg,Kなどのアルカリイオンのフッ化物は可視から真空紫外にかけて低吸収な材料であり、これらのアルカリ金属濃度が高濃度にならない限り、フッ化膜中に混入しても大きな吸収原因とはならない。アルカリ金属の濃度は、前述したようにイオン放出体の温度やコンダクタンスで制御でき、最適な濃度を選択する。
【0021】
図2に、基板材料として蛍石、膜材料にMgF2、そしてアルカリ金属イオンにLiイオンを用いて、室温の基板上にMgF2膜を形成したときの、MgF2単層膜の分光特性(膜吸収)を示す。非常に低吸収な薄膜が得られている。この薄膜の緻密性も良好で、成膜直後からの光学特性の変化は観測されなかった。このとき、膜中のLi濃度は原子数比で数%である。すなわち、蒸発材料分子のイオン化率もほぼ数%と見積もることができる。
【0022】
このように、一部の蒸発材料分子をイオン化するだけでも膜質の改善を図ることができるため、微量の不純物が膜中に混入するものの、大きな膜の吸収原因とはならない。
膜材料や成膜条件、膜の要求性能によっては更にイオン化率を上げて成膜しなければならない場合もある。また、紫外用途など膜吸収の低減が強く求められるような場合には、イオン化室や成膜室にガス供給源81,82からF2などのFを含むガスを微量供給することで、膜吸収の低減を図ることができる。これは、蒸発材料分子のフッ素が解離していないので、アルカリ金属のみをフッ化させるだけで良いため、比較的容易に膜吸収の低減が図れることによる。
【0023】
膜の用途に応じて、イオン化率、引き出し電圧、加速電圧は調整する。膜の光学的吸収より機械的特性(密着性、膜硬度など)を優先する場合、イオン化率、加速電圧は大きくした方が有利な場合が多い。イオン化率、加速電圧を大きくした場合、加速された蒸発材料分子の濃度、エネルギーが大きくなり、膜の機械的特性は改善傾向を示すが、不純物濃度が増大し、形成された膜のダメージが増加するため、膜吸収は一般的には増加する。ここでいうダメージとは、膜中からのフッ素の脱離や、結合状態の乱れを意味している。
【0024】
紫外から真空紫外用途の光学薄膜において、特に膜の光学的吸収を抑え、かつ機械的特性も改善した薄膜を低基板温度条件下で形成することが求められる場合、基板や膜に対するダメージまでも考慮する必要が生じる。基板や膜に入射するイオンの加速電圧が大きすぎると膜からフッ素が選択的に除去され、結合状態に乱れが生じて吸収が増大してしまう。一方膜の機械的特性を改善するためにはイオンによるアシストが不可欠である。ダメージを与えずに機械的特性を改善するには10eV以下、好ましくは5eV以下の大イオン電流アシストが望まれる。ここで、本発明のイオン化蒸着法の特徴が生かされる。
【0025】
つぎに、これらについて更に説明する。これまでのイオン化蒸着では、前述したようにイオン化に際して電子衝撃や高周波放電が利用されていた。このようなプラズマ中では陽イオンと電子がほぼ同じか電子の方が多く、イオン化と、イオンと電子の再結合が同時に起こる。効率良くイオンを引き出すために、引き出し電圧でイオンと電子の分離を図る必要がある。特にイオン電流を大きくとるためには引き出し電圧を高くせざるを得なかった。ここで加速されたイオンは中性化した場合減速できないため、ダメージの原因となってしまう。すなわち、これまでは大イオン電流で低エネルギーのアシスト成膜ができなかった。これは従来のイオン化蒸着法で採られているイオン化手法では避けられない問題である。
【0026】
本実施例における上記したイオン化手法では、アルカリ金属イオンのみがイオン源から放出され、電子はイオン源内にとどまるため、イオンの寿命、密度を高くすることができる。その結果、引き出し電圧を印加せずに、大電流のイオンをイオン加速領域へ輸送できるようになり、大電流・低エネルギー条件でのイオン化蒸着が可能となる。
先に説明したフッ素が解離せず、膜や基板へのダメージを抑えつつフッ化物薄膜の膜形成が行え、かつ適度なエネルギーを与えられた蒸発材料イオンにより、低い基板温度においても密着性が良く、膜硬度、緻密性の高い低吸収のフッ化物薄膜を形成することが可能となる。
【0027】
次に、本実施例における成膜パラメータの制御方法について説明する。
本実施例において、制御上重要な点は以下の項目である。
1)蒸発した材料分子を解離することなくイオン化すること。
2)イオン化室の電子密度を低減し、再結合によるイオン消滅を防止すること。
3)材料分子のイオン化に用いるアルカリイオン電流を独立に制御すること。
4)低電圧(10V以下)のイオン加速で成膜を実施すること。
5)膜のフッ素欠損を防止すること。
6)成膜中も成膜室内の圧力は低く(高真空)維持すること。
【0028】
アルカリ金属イオン放出源において、イオン放出量を制御するには温度管理が重要で、本実施例においては温度モニターを設置し、温度管理を実施している。特にイオン放出源の加熱機構部において熱電子が放出されないように、イオン放出源の電位をイオン源引き出し部に対して正電位に保持する。放出された一部のイオンはイオン源壁面に入射する。この電流値もモニターし、イオン放出量の目安として利用する。このイオン源は温度制御によって他のパラメータとは独立にイオン電流を制御可能である。
【0029】
イオン化室5の圧力は膜材料の蒸発速度、成膜室の真空度、引き出し電極4、加速電極3の開口部のコンダクタンス、ガス供給源81のガス流量などに依存して決まる。ここの圧力はアルカリイオンの付着確率に影響し、また、圧力勾配を持たせることでイオンの加速部(引き出し電極と加速電極間)への輸送量を調整することが出来ることから重要なパラメータである。圧力制御は主として蒸発速度もしくはヒータ7の温度で制御する。蒸発速度は図示しない水晶振動式膜厚モニターなどで行う。温度は放射温度計等でモニターし制御する。
【0030】
また、ガス供給源81から不活性ガスもしくは反応性ガスを微量導入して圧力制御することも出来る。さらに、引き出し電極4の開口部面積を制御し、コンダクタンスの調整も可能にしている。このコンダクタンス調整は成膜室1内の圧力とも密接に関係する。
イオン化室で生成したイオンは圧力勾配によって引き出し電極4、加速電極3間に輸送され、これらの電極間の電圧で加速される。ここで加速電圧は直流電源101によって厳密に制御される。図1では開口部をひとつとしているが、メッシュ状の電極を使えばエネルギー分布を均一に出来る。
【0031】
図では基板をアース電位としているが、フローティング電位としても良い。
膜厚のコントロールは図示していないが、通常用いられる光学式膜厚モニターや水晶式膜厚モニターが利用可能である。
フッ素欠損を極力抑えたい用途の場合、F2ガスの利用が好ましい。プラズマなどの高エネルギー荷電粒子がない環境下でも効率良くフッ化物が生成できるためである。この場合、成膜圧力を低く抑える目的からはイオン化室へ直接導入する方法が良いが、イオン源などが腐食し、性能が劣化する原因にもなる。このような場合は、成膜室1へ直接導入する。いずれの場合も、成膜室や電極などの腐食対策や汚染防止対策が必要である。
【0032】
[実施例2]
実施例1は、本発明の構成を適用してクラスターイオン蒸着装置を構成したものである。
図3に本実施例におけるクラスターイオン蒸着装置の概略図を示す。図1に示した構成と同様の構成には同一の符号を付し、重複部の構成の説明は省略する。
図3において、9’はイオン放出源、14はノズルである。
蒸発材料のクラスターを生成する方法としてはいろいろ提案されているが、ここでは蒸発材料6を加熱して蒸発させ、蒸発室に不活性ガスを供給して加圧し、ノズル14から蒸発材料と不活性ガスを吹き出させ、断熱膨張によって一部の分子がクラスター化する。また、蒸発室1内部でも蒸発材料が凝集して一部クラスター化している。
ここで、ヒータの加熱は実施例1と同様高エネルギーの電子が放出されないような構成としている。
図4は、イオン放出源9’の内部構成の概略図である。図において、111はヒータ、112はイオン放出部、113は加熱用電源、114は加速用電源、115はイオン放出体である。
【0033】
生成したクラスターをアルカリイオン源によりイオン化する。このイオン源を使うことで、クラスターが解離することがない。クラスターイオン蒸着の特徴は、クラスターが基板に入射した際にラテラル方向の運動エネルギーを得て、基板表面のマイグレーションが高まり、平坦性に優れた膜が得られることが挙げられる。また、数百V〜数kVでイオンを加速するが、クラスターのサイズが大きいことから分子1個あたりのエネルギーは小さいことからダメージの少ない膜形成ができる。
【0034】
しかし、小さいクラスターが多数存在すると、これらはダメージの原因となる。従来のイオン化手法ではせっかく形成されたクラスターが、イオン化の過程で小さいクラスターもしくは単分子に分解してしまい、良好な膜形成が困難であった。
本実施例の手法を用いることで、クラスターを効率良く使うことが出来、高品質の光学薄膜が形成できる。また、クラスター生成はどのような構成のものでも良く、基本的な性能は変わらない。
【0035】
最近では酸素やSF6ガスのクラスターを生成し、蒸着膜形成部に照射して膜形成を行うクラスターアシスト蒸着法が行われているが、このようなアシストにおいても、先述したようにクラスターサイズが小さくなると基板や膜にダメージを与える。特にフッ化物薄膜を形成する際には問題となる。本発明はこのようなクラスターのイオン化に適用してもきわめて有効である。本発明の構成を適用することで、膜材料の蒸発分子やガス分子が凝集して出来るクラスターを利用する膜形成においても、クラスターをばらばらに壊すことなくイオン化できるので、クラスターの特徴を遺憾なく発揮することができる。
また、クラスターアシスト蒸着法においては、クラスターのサイズを分離する手法を取り入れて、小さなクラスターを排除することでダメージを抑えることは可能であるが、サイズ選別はイオン化後に行うことになることから、イオン化でクラスターが分離し効率が劣化してしまう。この場合にも、本発明のイオン化手法を取り入れることで、従来に比べ大幅に効率を改善したクラスターアシスト蒸着が実現できる。すなわち、本発明のイオン源を適用することで、低エネルギーで大電流のイオン源を構成することができ、このイオンを照射しながら蒸着を行うイオンアシスト蒸着において、低基板温度条件でも密着性の良い、高密度・高硬度のフッ化物薄膜を形成することが可能となる。
この他、ガス分子のイオンを照射しながら蒸着を行うイオンアシスト蒸着法においても本発明のイオン源は有効である。大イオン電流かつ低エネルギーイオンアシストが実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施例1におけるイオン化蒸着装置の概略図。
【図2】本発明の実施例1におけるMgF2単層膜の分光特性を示す図。
【図3】本発明の実施例2によるクラスターイオン蒸着装置の概略図。
【図4】本発明の実施例2におけるイオン放出源の概略図。
【符号の説明】
【0037】
1:成膜室
2:非処理基板
3:加速電極
4:引き出し電極
5:イオン化室
6:フッ化物材料(膜材料)
7:ヒータ
81、82:ガス供給源
9:アルカリイオン放出源
101:加速電極の直流電源
102:引き出し電極の直流電源
103:ヒータ電力供給用の直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜材料を真空中で加熱し、該膜材料を蒸発させる工程と、
前記蒸発させた膜材料による蒸発材料に、イオン源から放出された1価または2価の金属イオンを付加し、該蒸発材料をイオン化する工程と、
前記イオン化した蒸発材料を電界によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させる工程と、
を有し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項2】
前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料としてフッ化物材料を用いることを特徴とする請求項1に記載の薄膜形成方法。
【請求項3】
前記膜材料を蒸発させる工程において、前記膜材料の加熱に、直流電源を分割してヒーターへの供給電圧を調整可能とした加熱手段を用い、該ヒーターへの供給電圧を制御し、該加熱手段から放出される電子のエネルギーを10eV以下として薄膜を形成することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の薄膜形成方法。
【請求項4】
前記イオン化する工程において、前記イオン源からは1価または2価の金属イオンのみを放出し、電子はイオン源内にとどまらせることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項5】
前記イオン化する工程において、前記真空中に不活性ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整するプロセスを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項6】
前記イオン化する工程において、前記真空中にフッ素ガスを導入して圧力制御し、前記電界による加速に際して前記イオン化した蒸発材料の輸送量を調整すると共に、フッ素を含むイオンを生成し反応性蒸着を行うプロセスを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の薄膜形成方法。
【請求項7】
請求項1に記載の薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、
蒸発材料のクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項8】
請求項1に記載の薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、
真空中で蒸発材料を蒸発させ、且つガスのクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項9】
請求項1に記載の薄膜形成方法における前記膜材料を蒸発させる工程及びイオン化する工程に換えて、
中性の気体分子を生成し、この気体分子に1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する工程を用い、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項10】
真空成膜室と、該真空成膜室内に加熱手段及びイオン源を有するイオン化室と電界印加手段及び被処理基板を備え、前記加熱手段により蒸発させた蒸発材料を、前記イオン源から放出された1価または2価の金属イオンによりイオン化し、前記電界印加手段によって被処理基板に向けて加速し、該被処理基板上に該材料を蒸着させ、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項11】
前記加熱手段が、ヒータに直流電源を分割して接続し、該ヒータへの供給電圧を20V以下に制御可能に構成されていることを特徴とする請求項10に記載の薄膜形成装置。
【請求項12】
前記イオン源は、1価または2価の金属イオンのみを前記真空成膜室内に放出し、電子はイオン源内にトラップされて放出されないように構成されていることを特徴とする請求項10または請求項11に記載の薄膜形成装置。
【請求項13】
前記真空成膜室及び/またはイオン化室に、不活性ガスを導入して圧力制御する手段またはフッ素ガスを導入して圧力制御する手段、を有することを特徴とする請求項10〜12のいずれか1項に記載の薄膜形成装置。
【請求項14】
請求項10に記載の薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、蒸発材料のクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項15】
請求項10に記載の薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、真空中で蒸発材料を蒸発させ、且つガスのクラスターを生成し、このクラスターに1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項16】
請求項10〜12のいずれか1項に記載の薄膜形成装置における前記イオン化室に換えて、中性の気体分子を生成し、この気体分子に1価または2価の金属イオンを付加してイオン化する手段を構成し、薄膜を形成することを特徴とする薄膜形成装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−104522(P2006−104522A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−293311(P2004−293311)
【出願日】平成16年10月6日(2004.10.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】