説明

表面被覆切削工具

【課題】被削材の工具への溶着を抑えることで、耐摩耗性に優れるとともに、被削材の表面を高品位に仕上げ加工することができる表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】表面被覆切削工具は、基材110と該基材上に形成された被膜とを有し、該被膜は、化学式Al1-xCrxyzu(式中xは0<x≦0.2であり、y、z、uは0<y+z+u≦1.1である)で表わされる化合物からなる層をその一部に含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と該基材上に形成された被膜とを備える表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の被削材を切削加工するのに用いられる表面被覆切削工具は、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼等の硬質の基材に対してその表面の耐摩耗性を改善したり表面保護機能を改善したりすることを目的として、TiN、TiCN、TiAlN等の硬質被膜でその表面を被覆することが行なわれてきた。特にTiAlNからなる被膜は優れた耐摩耗性を示すことから、チタンの窒化物、炭化物、炭窒化物等からなる被膜に代わってこのような表面被覆切削工具の被膜として広く用いられている。
【0003】
しかしながら、被削材が多様化していることおよび加工効率を向上させるために高速の切削加工が求められることなどの理由から、以前に比し切削工具の寿命は非常に短くなっている。さらに、最近の切削工具の動向として、地球環境保全の観点から切削油剤を用いない乾式の加工(ドライ加工)が求められる傾向にある。
【0004】
このため切削工具に要求される特性はますます高度なものとなっており、以って表面被覆切削工具の被膜に対しても種々の高度な特性が要求されている。そのため、たとえば、特許文献1のように少なくともAlとCrとを含む層を形成することが提案されている。このようなAlとCrとを含む層は、被膜硬度、耐酸化性等の特性に対する向上が図られており、その結晶構造はNaCl型の立方晶であるとされている。
【特許文献1】国際公開第2006/070730号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のAlとCrとを含む層は、耐溶着性に対する検討が十分にされておらず、耐溶着性をさらに向上させることが望まれていた。本発明は、このような状況に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、被削材の工具への溶着を抑えることで、耐摩耗性に優れるとともに、被削材の表面を高品位に仕上げ加工することができる表面被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の表面被覆切削工具は、基材と該基材上に形成された被膜とを有し、該被膜は、化学式Al1-xCrxyzu(式中xは0<x≦0.2であり、y、z、uは0<y+z+u≦1.1である)で表わされる化合物からなる層をその一部に含むことを特徴としている。
【0007】
ここで、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物は、閃亜鉛型結晶構造を少なくとも一部に有することが好ましく、該化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、15GPa以上32GPa以下の硬度を有することが好ましい。
【0008】
また、上記被膜は、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層を少なくとも一層含み、その層のうち少なくとも一層は上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層よりも高い硬度を有することが好ましい。
【0009】
また、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、上記被膜の最上層であることが好ましい。
【0010】
また、上記被膜は、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層として、互いに組成の異なる2種以上の層が積層された積層物を含むことが好ましい。
【0011】
また、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、0.05μm以上4μm以下の厚みを有することが好ましい。
【0012】
また、上記被膜は、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層と上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層との積層物を含むことが好ましい。
【0013】
また、上記積層物中の上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、1nm以上500nm以下の厚みを有することが好ましい。
【0014】
また、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、物理的蒸着法により形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の表面被覆切削工具は、上記のような構成を有することにより、被削材の工具への溶着を抑えることで、耐摩耗性に優れるとともに、被削材の表面を高品位に仕上げ加工することができるという優れた効果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、基材と、該基材上に形成された被膜とを備えるものである。このような構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。そして、本発明の表面被覆切削工具は、Ti合金加工用またはインコネル合金等の耐熱合金加工用のドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、等として特に有用に用いることができる。
【0017】
<基材>
本発明の表面被覆切削工具の基材としては、このような切削工具の基材として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体等をこのような基材の例として挙げることができる。このような基材として超硬合金を使用する場合、そのような超硬合金は、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。これらの基材の中でも特にサーメットにおいて、高い耐摩耗性を発揮できる。
【0018】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、超硬合金の場合はその表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合には表面硬化層が形成されていてもよく、このように表面が改質されていても本発明の効果は示される。
【0019】
<被膜>
本発明の被膜は、化学式Al1-xCrxyzu(式中xは0<x≦0.2であり、y、z、uは0<y+z+u≦1.1である)で表わされる化合物からなる層をその一部に含むことを特徴としている。このため、本発明の被膜は、この化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を含む限り、さらに他の層を含んでいても差し支えない。なお、本発明の被膜は、基材上の全面を被覆するもののみに限られるものではなく、部分的に被膜が形成されていない態様をも含む。
【0020】
このような被膜の合計厚み(2以上の層で形成される場合はその総膜厚)は、0.05μm以上20μm以下とすることが好ましく、より好ましくはその上限が10μm以下、さらに好ましくは5μm以下、その下限が0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上である。その厚みが0.05μm未満の場合、耐摩耗性等の諸特性の向上作用が十分に示されない場合があり、20μmを超えると残留応力が大きくなり基材との密着性が低下する場合がある。なお、膜厚の測定方法としては、切削工具を切断し、その断面をSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察することにより求めることができる。以下、該被膜についてさらに詳細に説明する。
【0021】
<化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層>
本発明の被膜は、その一部に化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を有する。ここで、化学式Al1-xCrxyzuにおいてx、y、z、uはそれぞれ元素比(原子比)を示し、xはAlとCrとの合計を1とした場合のAlとCr間の元素比率を示すものである。これに対して、y、z、uはN、O、C間の元素比率を示しており、これら三元素の合計はAlとCrとの合計を1とした場合に最大1.1になることを示している。これらの金属(すなわちAlとCr)の元素比率および化学式における組成量は、走査型二次電子顕微鏡(SEM)に付帯のEDX(エネルギー分散型ケイ光X線分析)、透過型電子顕微鏡(TEM)に付帯のEDX、WDX型EPMA(波長分散型X線マイクロアナライザー)、XPS(X線光電子分光)等のよく知られた方法にて求めることができる。ただし、被膜の断面を分析することにより該層の組成分析が可能になるという理由からSEM付帯のEDXやTEM付帯のEDXを用いることが望ましい。
【0022】
一方、上記のように窒素、酸素、炭素の元素比率は、全金属成分を1とした場合の元素比率で表わされ、WDX型EPMA(波長分散型X線マイクロアナライザー)、XPS(X線光電子分光)によって求めることができる。
【0023】
ここで、xは0<x≦0.2であり、xをこの範囲で選択することにより耐溶着性の向上が図られる。このようなxは、より望ましくは0<x≦0.1であり、この範囲とすることでさらに高い耐溶着性が得られ、被削材の仕上げ面粗さを向上させることができる。従来、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物としては、xが0.2を超える比率で用いられることが多く、これは、高含有量のCrにより結晶構造をNaCl型とすることで被膜硬度が高くなることを期待したものである。これに対して、本発明ではCrの含有量を下げることにより被膜硬度はある程度低下するものの、耐溶着性を飛躍的に向上させたものである。この点、xが0.2を超えると耐溶着性の向上効果はほとんど期待できない。また、たとえば、xが0である場合に相当するAlO1.5やAlNといったAlNOC化合物は耐溶着性に優れていることが知られている。これに対して本発明では、このようなAlNOC化合物に対してさらにCrを含有させることにより耐溶着性を飛躍的に向上させ、被削材の仕上げ面粗さの向上を図ったものである。
【0024】
また、本発明の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物は、AlNOC化合物に対してCrを含有させたものであるため、AlNOC化合物よりも低硬度となり、これにより摩擦係数の低減に成功したものである。このため、本発明の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、15GPa以上32GPa以下の硬度を有したものとすることが好ましい。より好ましくは、20GPa以上28GPa以下である。このような低硬度は、0<xとすることによりもたらされるものである。なお、このような硬度の測定は、エリオニクス社製ENT1000を用い、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の上部から1gの荷重でベルコビッチ圧子を押し込んで、インデンテーション硬さといわれるHITを測定することにより行なうことができる。本発明では、このような測定を化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層に対して10点の測定点で行ない、その平均値を硬度とした。
【0025】
一方、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物の結晶構造としては、閃亜鉛型結晶構造、すなわち閃亜鉛型六方晶(B4構造)を少なくとも一部に含むことが望ましい。一般に、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物の結晶構造としては、NaCl型立方晶(B1構造)とB4構造が知られており、B1構造はB4構造に比べてかなり硬度が高いことが知られている。しかしながら、本発明では、硬度の低いB4構造を採用したことにより、耐溶着性に優れ、摩擦係数を低減できることを見出した。また、これに伴い、本発明の被膜では、切削時の仕上げ面粗さを低減できるとともに優れた面光沢を実現することに成功したものである。なお、B4構造以外には、非晶質を含んでいてもよい。
【0026】
なお、化学式Al1-xCrxyzuにおけるy、z、uは、0<y+z+u≦1.1を満たし、好ましくは0.5≦y≦1.1、0≦z≦0.5、0≦u≦0.05であり、より好ましくは、0.7≦y≦1.1、0≦z≦0.3、0≦u≦0.01、さらに好ましくは0.9≦y≦1.1、0≦z≦0.1、0≦u≦0.01である。このように、y、z、uの全てが0になることはなく、特に耐溶着性を向上させるためには、窒素含有率すなわちyを増加させることが好ましい。一方、「y+z+u」が1.1を超えることは、生産上困難である。
【0027】
このような本発明の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、後述のようなそれ自身が積層物の一部を構成する場合を除き、0.05μm以上4μm以下の厚みを有することが好ましく、より好ましくは0.05μm以上1.5μm以下の厚みを有することが望ましい。その厚みが0.05μm未満の場合、耐溶着性の向上がみられない場合があり、また4μmを超えると、大幅に耐摩耗性が低下し、実用に耐えることができない場合がある。
【0028】
また、本発明の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、被膜の最上層、すなわち被膜の表面を構成する最表面層であることが好ましい。このように該層を被膜の最上層とすることで、被削材と直接的に接することになるため、被削材に対する耐溶着性の向上を最も効果的に発現できるからである。この場合(ただし後述のように該層自身が積層物の一部を構成する場合を除く)においても、該層の厚みとしては、上記のように0.05μm以上4μm以下とすることが好ましい。
【0029】
<被膜の構造>
本発明の被膜の構造は、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層をその一部に含む限り特に限定されるものではないが、この化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層はそれ単独で被膜を構成するよりも、他の層とともに被膜を構成する構造とすることが好ましい。耐溶着性を、他の種々の特性とのバランスを保った状態で向上させることができるからである。
【0030】
したがって、本発明の被膜としては、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層を少なくとも一層含むことが好ましく、そのような他の層のうち少なくとも一層は上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層よりも高い硬度を有することが好ましい。上記で説明したように本発明の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、耐溶着性を向上させることを主目的として被膜に用いられるものであるため、耐摩耗性の向上を担う高硬度を有する層とともに用いることにより、総合的に切削性能を向上させることができるからである。
【0031】
このため、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層のうち少なくとも一層は、30GPa以上80GPa以下、好ましくは32GPa以上60GPa以下の硬度を有していることが好適である。
【0032】
ここで、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層(本発明では便宜的にこのような層をa層と呼び、このようなa層が複数含まれる場合は基材側から順にa1層、a2層、a3層等と呼ぶものとする)としては、たとえばTi0.3-0.4Al0.7-0.6N(式中0.3−0.4という数値は全金属を1とした場合のTiの元素比率が0.3〜0.4の範囲にあることを示す。他の同様の表記は同様の意味を示すものとする)、TiN、Ti0.95-0.7Si0.05-0.3N、TiAlCrN、AlCrN、TiCN等が挙げられる。これ以外にも公知の硬質被膜をこのようなa層として含むことができる。なお、本発明において、化合物を化学式で表わす場合、Ti0.3-0.4Al0.7-0.6Nの「N」やTiNの「Ti」、「N」のように原子比の明記がないものは、必ずしも「1」を示すものではなく、従来公知のあらゆる原子比を含み得るものとする。
【0033】
本発明の被膜は、このようなa層を1層のみ含むものであってもよいし、2層以上含むものであってもよい。このようなa層として2層以上の層を含む場合は、互いに組成の異なる2種以上の層が積層された積層物として含むことができる。このような積層物においては、各層は繰り返して積層され(たとえば上下交互に繰り返して積層され)、各層の1層あたりの厚みは好ましくは1nm以上500nm以下、より好ましくは2nm以上50nm以下とすることが好適であり、積層数としては10層以上5000層以下、より好ましくは100層以上2000層以下とすることが好適である。
【0034】
このようなa層は、主として上記のように耐摩耗性を向上させる目的で含まれるものであるが、その作用はこれのみに限られるものではなく、たとえば基材との密着性を向上させる目的で用いられるものも含まれる。
【0035】
一方、本発明の被膜は、上記のように化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を最上層として含むことが好ましいものであるが、このような上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層と上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層(すなわちa層)との積層物を含むものとすることも好ましい。ここでいう積層物とは、上記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層とa層とが、たとえば上下交互に繰り返して積層されるなど複数層からなる積層体をいう。
【0036】
このような積層物において、a層としては1層だけではなく互いに組成の異なる2種以上の層を含めることもできる。そして、このようにa層として2種以上の層が含まれる場合は、これら2種以上の層が繰り返して積層された積層物と化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層とをさらに繰り返して積層させた積層物(すなわち複合積層物)とすることもできる。このような複合積層物は、耐溶着性に特に優れるという効果を示すため、本発明の好ましい実施態様といえる。
【0037】
このように化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を積層物の一部とすることにより、被削材の切削途中において被膜の断面の露出部には常に化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が露出している状態となるため、耐溶着性を効果的に向上させることができる。
【0038】
このような積層物(a層が1層の場合と2種以上の層となる場合の両者を含む)中の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、1層あたり、1nm以上500nm以下の厚みを有することが好ましい。その厚みは、より好ましくは10nm以上200nm以下である。この厚みが1nm未満の場合、耐溶着性の効果が十分に発現されない場合があり、500nmを超える場合は、耐摩耗性が劣り実用に耐えることができない場合がある。
【0039】
このような積層物を形成するa層としては、特にTi0.3-0.4Al0.7-0.6N、TiN、Ti0.95-0.7Si0.05-0.3N、TiAlCrN、AlCrN、TiCN等を挙げることができるが、これらのみに限られるものではなく従来公知の硬質被膜をいずれも採用することができる。なお、このような積層物中におけるa層の厚みは、同積層物中の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の厚みよりも厚くなる厚みを採用することが好ましく、その厚みとしては100nm以上800nm以下とすることが望ましい。
【0040】
また、このような積層物の積層数としては、6層以上2000層以下、より好ましくは8層以上100層以下とすることが好適である。
【0041】
<製造方法>
本発明の被膜は、物理的蒸着法(PVD法)により形成されることが望ましく、特に化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は物理的蒸着法により形成されることが望ましい。このような物理的蒸着法としては、たとえばバランストマグネトロンスパッタリング法、アンバランストマグネトロンスパッタリング法、アークイオンプレーティング法、これらを各組み合せた方法等を挙げることができる。中でもスパッタリング法を用いることは、被膜の表面粗さを低減させ、以って被削材の仕上げ面品位を向上させるために特に好ましい。
【0042】
以下、本発明の被膜の製造方法(形成方法)をさらに詳述する。まず、アークイオンプレーティング法を採用する場合を例にとると、所望の組成が得られるように適切な配合比で各対応する金属元素を含んだターゲットをアーク式蒸発源にセットする。図1は、用いるアークイオンプレーティング装置(すなわち成膜装置100)の1例を示している。ターゲット101にa層用の原料からなるターゲットをセットする。一方、ターゲット102にAlおよびCrを含んだ化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層用の原料からなるターゲットをセットし、反応ガスとして窒素ガスをガス導入口105から導入することにより基材上に窒化物膜が形成される。図1中、基材110は装置中央部の回転テーブル104にセットされて回転しており、ターゲット101と対面する付近でa層が形成され、ターゲット102と対面する付近で化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層であるAlおよびCrからなる窒化物層が形成される。
【0043】
すなわち、成膜装置100に備えられているヒーター106により基材110の温度を400〜700℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を2.0〜6.0Paに設定し、反応ガスとして窒素ガスを導入する。そして、基材110に対し負の(基板)バイアス電圧を−30V〜−150Vに維持したまま、カソード電極に50〜120Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源(ターゲット)から金属イオン等を発生させることにより被膜を形成することができる。
【0044】
なお、炭窒化物を形成する場合は、基材温度を400〜700℃および該装置内の反応ガス圧を2.0〜6.0Paに設定し、反応ガスとしての窒素ガスおよび炭化水素ガス(主にはメタン)を導入する。そして、基板(負)バイアス電圧を−300V〜−550Vに維持したまま、カソード電極に40〜120Aのアーク電流を供給し、アーク式蒸発源(ターゲット)から金属イオン等を発生させることにより基材上に炭窒化物膜が形成される。
【0045】
また、該被膜が酸素を含む場合も反応ガスとして酸素ガスを適宜組み合わせて導入する以外は上記と同様の条件を採用することにより酸素を含んだ被膜(すなわち酸窒化物被膜など)を形成することができる。
【0046】
また、被膜の最上層に化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成する場合は、基材110をセットした回転テーブル104を回転させながら、まずターゲット101にアーク電流を印加してターゲット101を原料とするa層を形成し、それが所定の膜厚に到達した後、ターゲット101に供給するアーク電流を停止させ、引き続き、ターゲット102にアーク電流を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を所定の厚みに形成するようにすればよい。
【0047】
一方、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層をその一部に含む積層物からなる被膜を形成する場合、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚を1nm以上15nm以下とする場合は、ターゲット101および102の両方にアーク電流を印加し、基材110を回転テーブル104にセットさせて装置中央部で回転させることにより、ターゲット101に対面する付近ではa層が形成され、ターゲット102に対面する付近では化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が形成されるという操作を繰り返すことによって所望の積層物からなる被膜を形成することができる。
【0048】
また、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が15nmより大きい場合は、基材110を回転テーブル104にセットさせて装置中央部で回転させることにより、まずターゲット101にアーク電流を印加してターゲット101を原料とするa層を形成し所定の層厚に到達した後、ターゲット101に供給するアーク電流を停止させ、次に、ターゲット102にアーク電流を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を所定層厚になるまで形成する。以後、このような操作を繰り返すことによって所望の積層物からなる被膜を形成することができる。
【0049】
なお、図1中のターゲット103に上記のターゲット101とは異なったターゲットをセットすることにより互いに組成の異なる2種以上のa層を形成させることができる。また、a層を互いに組成の異なる2種以上の層の積層物とする場合は、ターゲット101とターゲット103との間で基材110を往復させるようにして移動させたり、ターゲット101とターゲット103のセット数を増加させることにより成膜することができる。
【0050】
次に、アンバランストマグネトロンスパッタリング法を採用する場合の方法を述べる。同法を採用する場合の装置としては、図1の成膜装置100において、ターゲット101および102をセットするアーク蒸発源の代わりにスパッタ蒸発源を用いた装置を用いればよい。まず、所望のa層の組成が得られるように適切な配合比で各対応する金属元素を含んだターゲット101、および化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が所望の組成で得られるようにAlとCrからなる原料を含んだターゲット102を、それぞれスパッタ蒸発源としてセットする。
【0051】
窒化物を形成する場合は、反応ガスとして窒素ガスをガス導入口105から導入することにより基材上に窒化物膜が形成される。すなわち、希ガスにてスパッタリングされた金属元素が、反応ガスとしての窒素ガスと反応して、基材上に窒化物膜が形成される。基板(基材)温度を400〜600℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を300mPa〜800mPaに設定し、反応ガスとして窒素ガスを導入する(なお、反応ガスの導入に際しては、希ガス/反応ガスの比を1〜5に設定することが好ましい)。そして、基板(負)バイアス電圧を0V〜−90Vに維持したまま、ターゲットに0.12〜0.3W/mm2の電力密度を発生させる。
【0052】
炭窒化物や酸窒化物等を形成する場合は、反応ガスとしての窒素ガス、炭化水素ガス、酸素ガス等を適宜組み合わせて用いる。基板(基材)温度を400〜600℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を300mPa〜800mPaに設定し、反応ガスとして窒素ガス、炭化水素ガス(アセチレンが望ましい)、酸素ガスを適宜組み合わせて導入する(なお、反応ガスの導入に際しては、希ガス/反応ガスの比を1〜5に設定することが好ましい)。そして、基板(負)バイアス電圧を0V〜−90Vに維持したまま、ターゲットに0.12〜0.3W/mm2の電力密度を発生させる。
【0053】
基材110は、上記と同様、回転テーブル104にセットされて装置中央部で回転しており、ターゲット101に対面する付近で、a層が形成される。次に、回転してターゲット102と対面する付近で、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が形成される。
【0054】
ここで、被膜の最上層として化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成する場合は、基材110をセットした回転テーブル104を回転させながら、まずターゲット101にスパッタ電力を印加してターゲット1を原料とするa層を形成し所定の膜厚に到達した後、ターゲット101に供給するスパッタ電力を停止させ、次に、ターゲット102にスパッタ電力を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を所定の厚みで形成するようにすればよい。
【0055】
一方、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層をその一部に含む積層物からなる被膜を形成する場合、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚を1nm以上15nm以下とする場合は、ターゲット101および102の両方にスパッタ電力を印加し、基材110を回転テーブル104にセットさせて装置中央部で回転させることにより、ターゲット101に対面する付近ではa層が形成され、ターゲット102面に対面する付近では化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が形成されるという操作を繰り返すことによって所望の積層物からなる被膜を形成することができる。
【0056】
また、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が15nmより大きい場合は、基材110を回転テーブル104にセットさせて装置中央部で回転させることにより、まずターゲット101にスパッタ電力を印加してターゲット101を原料とするa層を形成し所定の層厚に到達した後、ターゲット101に供給するスパッタ電力を停止させ、次に、ターゲット102にスパッタ電力を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を所定の層厚になるまで形成する。以後、このような操作を繰り返すことによって所望の積層物からなる被膜を形成することができる。
【0057】
なお、上記のアークイオンプレーティング法の場合と同様に、図1中のターゲット103に上記のターゲット101とは異なったターゲットをセットすることにより互いに組成の異なる2種以上のa層を形成させることができる。また、a層を互いに組成の異なる2種以上の層の積層物とする場合は、ターゲット101とターゲット103との間で基材110を往復させるようにして移動させたり、ターゲット101とターゲット103のセット数を増加させることにより成膜することができる。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の各被膜を構成する各層の金属組成(化合物の組成)は二次電子顕微鏡に付帯のエネルギー分散型ケイ光X線分光計(SEM−EDX)により確認した。窒素、酸素、炭素の含有率は、X線光電子分光(XPS)により金属の含有率と同時に求めた。被膜が積層物を含む場合、その積層物に含まれる各層の厚みは被膜の断面を透過電子顕微鏡(TEM)により観察し、EDXで同定することで各層の構成元素を決定した後、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の積層周期に対応する層の厚みを任意の3層で測定し、その平均値を1層あたりの厚みとした。
【0059】
なお、基材上に形成される被膜は、以下のように陰極式アークイオンプレーティング(AIP)法またはスパッタリング(SP)法により形成し、表1および表3の「被膜形成方法」の欄において前者の方法で形成したものについては「AIP」と表記し、後者の方法で形成したものについては「SP」と表記した。
【0060】
<陰極式アークイオンプレーティング(AIP)法>
図1に示すような成膜装置100を使用した。まず、基材として、グレードがP20(JIS使用分類P20グレード)のWC−Co超硬合金であり、形状がCNMG120408N(ISO規格)である切削チップを準備し、これを洗浄した後、陰極式アークイオンプレーティング装置(成膜装置100)内の基板取り付け位置(回転テーブル104)にセットした。ターゲット101にはTi、Al、Cr、Siの各元素を含むa層用の被膜の原料を、ターゲット102には、AlとCrとを含む化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層用の原料を用いて、2つの原料蒸発源(アーク式蒸発源)にそれぞれセットした。
【0061】
そして、真空ポンプにより該装置内を1×10-4Pa以下に減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーター106により上記基材110の温度を550℃に加熱し、1時間保持した。
【0062】
次に、アルゴンガスを導入して該装置内の圧力を3.0Paに保持し、基板(基材)バイアス電圧を徐々に上げながら−1500Vとし、基材の表面のクリーニングを15分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。
【0063】
次いで、基板(基材)温度を550〜650℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を4.0Paに設定し、反応ガスとして窒素ガスをガス導入口105から導入した。そして、基板バイアス電圧を−30Vに維持したまま、まずターゲット101のカソード電極に150Aのアーク電流を供給し、ターゲット101を有するアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させ窒化物からなるa層(厚み3μm)を形成した。
【0064】
炭窒化物を形成する場合は、窒素ガスとメタンガスとの流量比率を、メタンガス/(窒素ガス+メタンガス)が0.2〜0.5となるようにして、基板バイアス電圧を−450〜−650Vに維持したまま、ターゲット101のカソード電極に150Aのアーク電流を供給し、炭窒化物からなるa層を形成した。窒化物、炭窒化物とも膜厚が所定の膜厚になったところで、アーク電流を停止させた。
【0065】
なお、a層としてa1層およびa2層の二層を形成する場合であって、表1のa層の「構造」の欄に「二層」と表記されているものについては上記と同様の操作を各層ごとに行ない、独立したa層を2層(すなわちa1層とa2層)を形成した。一方、同欄に「多層」と表記されているものについては、ターゲット103に組成の異なるa層用の原料をさらにセットし、上記で説明した積層物の形成方法と同様の方法により積層物としてのa層を形成した。この場合、a層の厚みは合計厚みとして4μmであり、「積層物」の合計積層数は800層であった(a1層とa2層の厚みは略同)。
【0066】
続いて、基板(基材)温度を550〜650℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を4.0Paに設定し、反応ガスとして窒素ガスを導入した。そして、基板バイアス電圧を−30Vに維持したまま、まずターゲット102のカソード電極に150Aのアーク電流を供給し、ターゲット102を有するアーク式蒸発源から金属イオン等を発生させ化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層としての窒化物層を形成した。
【0067】
なお、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層として酸窒化物層を形成する場合は、反応ガスの比率を酸素ガス/(酸素ガス+窒素ガス)で表わした場合に0.002〜0.02となるように調整したことを除き、他の条件は上記と同様とした。
【0068】
一方、後述の表3のように被膜をa層と化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層との積層物として形成する場合は、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が1nm以上15nm以下の場合、ターゲット101に150A、ターゲット102に100Aのアーク電流をそれぞれ印加し、基材110を回転テーブル104にセットして装置中央部で回転させることによりターゲット101と対面する場合はa層を形成し、ターゲット102と対面する場合は化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成するという操作を繰り返すことで積層物である被膜を形成した。なおこの場合、a層の一層あたりの厚みは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの厚みよりも厚くした。
【0069】
他方、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が15nmを超える場合は、基材110を回転テーブル104にセットして装置中央部で回転させることによりまずターゲット101に150Aのアーク電流を印加してターゲット101を原料とするa層を形成し所定の層厚に到達した後、ターゲット101に供給するアーク電流を停止させ、次にターゲット102に100Aのアーク電流を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が所定の層厚になるまで形成する。そして、この操作を繰り返すことにより積層物で構成される被膜を形成した。なおこの場合は、a層の一層あたりの厚みは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの厚みよりも厚く設定した。
【0070】
なお、表3のa層の「構造」の欄に「多層」と表記されているものについては、ターゲット103に組成の異なるa層用の原料をさらにセットし、上記で説明した積層物の形成方法と同様の方法により積層物としてのa層を形成したことを除き、他は全て上記と同様にして化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層との積層物を形成した。なお、積層物を構成するa層の1層あたりの厚みは200nmとし、a1層とa2層の各1層あたりの厚みは5nmとした。
【0071】
<スパッタリング(SP)法>
図1に示すような成膜装置100を使用した。まず、基材として、上記の陰極式アークイオンプレーティング法で用いたのと同じ基材を準備し、これを洗浄した後、スパッタリング装置(成膜装置)内の基板取り付け位置(回転テーブル104)にセットした。次いで、上記基材表面に形成される被膜の各層を形成する原料をターゲット101および102にそれぞれセットした。すなわち、ターゲット101にTi、Al、Cr、Siの各元素を含むa層用の被膜の原料からなるターゲットをセットし、ターゲット102にAlとCrとを含む化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層用の原料からなるターゲットをセットした。
【0072】
なお、該ターゲットは、合金ターゲットや粉末焼結体ターゲットでもよいし、金属単体のターゲットを所望の化学組成となるように分割して用いることもできる。
【0073】
そして、真空ポンプにより該装置内を1×10-4Pa以下に減圧するとともに、該装置内に設置されたヒーター106により上記基材の温度を500℃以上に加熱し、1時間保持した。
【0074】
次に、アルゴンガスを導入して該装置内の圧力を500mPa〜650mPaに保持し、基板(基材)バイアス電圧を徐々に上げながら−600Vとし、基材の表面のクリーニングを30分間行なった。続いて、基板バイアス電圧を−350Vとし、ホロカソード型ガス活性化源を用いて基材表面のクリーニングをさらに60分間行なった。その後、アルゴンガスを排気した。
【0075】
次いで、基板(基材)温度を400〜550℃に設定するとともに該装置内の反応ガス圧を500mPa〜650mPaに設定し、表1および表3に示したa層用の化学組成に対応する反応ガスとして窒素ガスを導入した。なお、反応ガスの導入に際しては、希ガス/反応ガスの比を1.5〜2.5に設定した。
【0076】
そして、基板バイアス電圧を−50〜−130Vに維持したまま、まず、ターゲット101に0.21W/mm2の電力密度を印加させることにより、a層を形成した。なお、上記反応ガスには必ず希ガス(アルゴンが好ましいがこれのみに限定されない)を混在させた。ターゲット101にてa層を所定の膜厚(2μm)まで形成した後、ターゲット101へ印加するスパッタ電力の供給を停止した。
【0077】
なお、a層としてa1層およびa2層の二層を形成する場合であって、表1のa層の「構造」の欄に「多層」と表記されているものについては、ターゲット103に組成の異なるa層用の原料をさらにセットし、上記で説明した積層物の形成方法と同様の方法により積層物としてのa層を形成した。この場合、a層の厚みは合計厚みとして6μmであり、「積層物」の合計積層数は1200層(a1層とa2層の厚みは略同)であった。
【0078】
続いて、上記ターゲット102にスパッタ電力を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成した。なお、諸条件は、上記a層の場合と同様とした。ただし、窒化物を形成する場合は、反応ガスを窒素ガスとすればよいが、炭窒化物を形成する場合は、アセチレンガス/(窒素ガス+アセチレンガス)=0.25〜0.5とし、酸窒化物を形成する場合は、酸素ガス/(窒素ガス+酸素ガス)=0.05〜0.1とした。
【0079】
一方、後述の表3のように被膜をa層と化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層との積層物として形成する場合は、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が1nm以上15nm以下の場合、ターゲット101に0.21W/mm2、ターゲット102に0.15W/mm2の電力密度でそれぞれスパッタ電力を印加し、基材110を回転テーブル104にセットして装置中央部で回転させることによりターゲット101と対面する場合はa層を形成し、ターゲット102と対面する場合は化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成するという操作を繰り返すことで積層物である被膜を形成した。なおこの場合、a層の一層あたりの厚みは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの厚みよりも厚くした。
【0080】
他方、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの層厚が15nmを超える場合は、基材110を回転テーブル104にセットして装置中央部で回転させることにより、まずターゲット101に0.21W/mm2の電力密度でスパッタ電力を印加してターゲット101を原料とするa層を形成し所定の層厚に到達した後、ターゲット101に供給するスパッタ電力を停止させ、次にターゲット102に0.15W/mm2の電力密度でスパッタ電力を印加し、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層が所定の層厚になるまで形成する。そして、この操作を繰り返すことにより積層物で構成される被膜を形成した。なおこの場合、a層の一層あたりの厚みは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の一層あたりの厚みよりも厚く設定した。
【0081】
なお、表3のa層の「構造」の欄に「多層」と表記されているものについては、ターゲット103に組成の異なるa層用の原料をさらにセットし、上記で説明した積層物の形成方法と同様の方法により積層物としてのa層を形成したことを除き、他は全て上記と同様にして化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層との積層物で構成される被膜を形成した。なお、積層物を構成するa層の1層あたりの厚みは200nmとし、a1層とa2層の各1層あたりの厚みは5nmとした。
【0082】
以上のようにして製造された実施例1−1〜1−6および実施例2−1〜2−5の表面被覆切削工具ならびに比較例1−1、1−2、2−1、2−2の表面被覆切削工具の詳細を以下の表1および表3に示す。
【0083】
表1は、基材上にa層を形成した後、最上層として化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を形成した被膜を示す(ただし、実施例1−1はa層を形成せず化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層のみを被膜として形成した)。表1中、a層の「構造」の欄における「単層」とはa層としてa1層が単独で形成されたことを示し、「二層」とはa1層とa2層とがこの順で基材上に各々形成されたことを示し、「多層」とはa1層とa2層とが上下交互に積層された積層物であることを示す。また、「AlCrNOC層」とは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層を示し、「Al」、「Cr」、「N」、「O」、「C」の各欄に記載されている数値は、化学式Al1-xCrxyzu中の「1−x」、「x」、「y」、「z」、「u」にそれぞれ対応する。また、「厚み」とは化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の厚みを示す。なお、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物について、比較例1−1および1−2の結晶構造はB1型であり、実施例1−1〜1−6においてはB4型の結晶構造であった。
【0084】
なお、表1中の硬度は、上記のような方法により測定した硬度を示しており、a層の構造の欄に「二層」と記載されているものについては高い方の層の硬度を示した。
【0085】
表3は、基材上に被膜としてa層と化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層とを交互に積層させた積層物を形成させたことを示す。a層の「構造」の欄における「単層」とはa層としてa1層のみを積層させたことを示しており、「多層」とはa層としてa1層とa2層とを交互に積層させた積層物をさらに化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層と積層させたことを示す。また、AlCrNOC層の「厚み」とは積層物中の化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層の1層あたりの膜厚を示す。表3中のその他の表記に関しては表1と同内容を示す。
【0086】
なお、化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物について、比較例2−1の結晶構造はB1型であり、比較例2−2および実施例2−1〜2−5においてはB4型の結晶構造であった。
【0087】
<切削試験1>
上記のようにして製造された実施例1−1〜1−6および実施例2−1〜2−5の表面被覆切削工具ならびに比較例1−1、1−2、2−1、2−2の表面被覆切削工具について、以下の切削条件により連続旋削試験を実施した。すなわち、切削条件は、Vc=200m/min、f=0.2mm/rev、Ad=1.5mm、dryで行なった。被削材はJIS−S15cを用いた。40分間の試験後に逃げ面摩耗量を測定した。逃げ面摩耗量(mm)が小さいもの程耐摩耗性に優れていることを示している。その結果を以下の表2および表4に示す。
【0088】
<切削試験2>
上記のようにして製造された実施例1−1〜1−6および実施例2−1〜2−5の表面被覆切削工具および比較例1−1、1−2、2−1、2−2の表面被覆切削工具について、以下の条件で切削を所定時間行ない、最終の被削材表面の光沢を目視で3段階評価した。その結果を表2および表4に示す。評価は「3」を「優(優れた光沢を示す)」、「2」を「可(通常の光沢を示す)」、「1」を「不可(光沢がなく白濁した)」とした。また、仕上げ面のRzを測定した結果も示す。
【0089】
なお、切削条件と評価の詳細は次の通りである。すなわち、被削材の仕上げ面光沢をJIS−SCM415を用いて評価し、切削条件は、Vc=80m/min、f=0.1mm/rev、Ad=1.5mm、dryとした。
【0090】
<摩擦試験>
上記のようにして製造した表面被覆切削工具と同じ方法にて、鏡面仕上げした超硬合金(JIS使用分類P10グレード)上に上記の各実施例および各比較例と同様の被膜を形成した。その後、ピンオンディスク試験機にてボール材質 JIS−SUJ2、ボール半径 3mm、荷重10N、回転速度1m/min、大気中にて試験し、摩擦力を求め、最終的に摩擦係数(=摩擦力/荷重)を求めた。
【0091】
また、試験後に摺動溝を横切る形で触針式表面粗さ計にて摺動部への溶着量を求めた。溶着量(μm2)は被膜最表面よりも上に凸となった部分の面積とした。すなわち、摺動溝断面での上凸部面積を溶着量とした。これらの結果を表2および表4に示す。
【0092】
【表1】

【0093】
【表2】

【0094】
【表3】

【0095】
【表4】

【0096】
表2および表4より明らかなように、本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、逃げ面摩耗量が低減しており耐摩耗性が向上していたとともに、被削材の仕上げ面粗さが低減し、被削材の光沢性にも優れていたことから高品位の表面加工を実現することができた。これは、本発明の実施例の表面被覆切削工具が比較例の表面被覆切削工具に比し耐溶着性に優れていることを示しており、摩擦試験(溶着量測定)の結果によってもそれを確認できた。したがって、本発明の表面被覆切削工具は優れた切削性能を有したものであることは明らかである。
【0097】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0098】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0099】
【図1】成膜装置の概略図である。
【符号の説明】
【0100】
100 成膜装置、101,102,103 ターゲット、104 回転テーブル、105 ガス導入口、106 ヒータ、110 基材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材上に形成された被膜とを有し、
前記被膜は、化学式Al1-xCrxyzu(式中xは0<x≦0.2であり、y、z、uは0<y+z+u≦1.1である)で表わされる化合物からなる層をその一部に含むことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物は、閃亜鉛型結晶構造を少なくとも一部に有する請求項1記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、15GPa以上32GPa以下の硬度を有する請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記被膜は、前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層を少なくとも一層含み、その層のうち少なくとも一層は前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層よりも高い硬度を有する請求項1〜3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、前記被膜の最上層である請求項1〜4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記被膜は、前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層として、互いに組成の異なる2種以上の層が積層された積層物を含む請求項1〜5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項7】
前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、0.05μm以上4μm以下の厚みを有する請求項1〜6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項8】
前記被膜は、前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層と前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層以外の層との積層物を含む請求項1〜6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項9】
前記積層物中の前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、1nm以上500nm以下の厚みを有する請求項8記載の表面被覆切削工具。
【請求項10】
前記化学式Al1-xCrxyzuで表わされる化合物からなる層は、物理的蒸着法により形成される請求項1〜9のいずれかに記載の表面被覆切削工具。

【図1】
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【公開番号】特開2010−105137(P2010−105137A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−282019(P2008−282019)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】