説明

複数金属形状物の接合複合体とその製造方法

【課題】複数の金属形状物に対して、樹脂組成物を射出接合して一体化した複数金属形状物の接合複合体をえる。
【解決手段】複数の金属形状物11、12の接合部に化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度があり、且つその表面は電子顕微鏡観察で、高さ又は深さ及び幅が10〜500nmで長さが10nm以上の仕切り状凸部、又は溝状凹部が10〜数百nm周期で全面に存在する超微細凹凸形状を形成し、その端部を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層を有するようにする。この複数の金属形状物の対向面間に枠体15により密封空間19を形成する。この密封空間に樹脂組成物4を射出し複数の金属形状物を接合して接合複合体26とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運輸機械、電気機器、医療機器、一般機械、その他の機器等に使用される、複数金属形状物の接合複合体に関する。特に、自転車、自動車、航空機、移動型ロボット等の移動機械、医療、電子機器等に使用される構造部品、筐体等の複数金属形状物の接合複合体とその製造方法に関する。更に詳しくは、金属の基礎的部品に関し、異なる種類の金属を含め複数の金属形状物を機械的強度の高く結晶性樹脂組成物により射出接合させた、複数金属形状物の接合複合体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属と合成樹脂を一体化する技術は、自動車、家庭電化製品、産業機器等の部品製造業等の広い産業分野から求められており、このために多くの接着剤が開発されている。この中には非常に優れた接着剤が提案されている。例えば、常温、又は加熱により機能を発揮する接着剤は、金属と合成樹脂を一体化する接合に使用され、この接合方法は現在では一般的な接合技術となっている。
【0003】
しかしながら、接着剤を使用しない、より合理的な接合方法も従来から研究されてきた。マグネシウム、アルミニウムやその合金である軽金属類、又、ステンレス鋼等の鉄合金類に対し、接着剤の介在なしで、高強度のエンジニアリング樹脂を一体化させる方法がその一例である。例えば、本発明者等は、予め射出成形金型内にインサートしていたエッチングの施された金属形状物に、溶融樹脂を射出して樹脂部分を成形すると同時に、その成形品と金属形状物とを接合(固着)する方法(以下、「射出接合」という。)を提案した。
【0004】
この接合技術は、例えばアルミニウム合金に対し、ポリブチレンテレフタレート樹脂(以下、「PBT」という。)、又はポリフェニレンサルファイド樹脂(以下、「PPS」という。)を、射出接合させる一体化技術である(例えば、特許文献1参照)。又、他にアルミニウム材の陽極酸化皮膜に大きめの穴を設け、この穴に合成樹脂体を食い込み結着させた状態に接合する技術も開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
特許文献1の提案におけるこの射出接合の原理は、以下に示すようなものである。アルミニウム合金形状物を、水溶性アミン系化合物の希薄水溶液に浸漬させる、即ちアルミニウム合金形状物を水溶液の弱い塩基によって微細にエッチングさせるものである。又、この浸漬処理では、アルミニウム合金形状物表面に、アミン系化合物分子の吸着が同時に起こることが分かった。この処理がなされたアルミニウム合金形状物を射出成形金型にインサートし、溶融した熱可塑性樹脂を高圧で射出させる。
【0006】
このとき、熱可塑性樹脂と、アルミニウム合金形状物表面に吸着していたアミン系化合物分子が遭遇することで発熱する。この発熱とほぼ同時に、この熱可塑性樹脂は低温の金型温度に保たれたアルミニウム合金形状物に接して急冷されるが、発熱現象が生じるので、このために結晶化しつつ固化しようとする樹脂は、固化が遅れて溶融状態を維持し、超微細なアルミニウム合金形状物面上の凹部に潜り込むことになる。溶融樹脂は、この凹部に潜り込んだ後固化する。このことにより、アルミニウム合金形状物と熱可塑性樹脂は、樹脂がアルミニウム合金形状物表面から剥がれることなく強固に接合(以下、固着とも言う。)する。
【0007】
即ち、アミン系化合物分子と溶融樹脂との発熱反応が生じていることで、強固な射出接合ができる。実際、アミン系化合物と発熱反応できるPBT、PPS等がこのアルミニウム合金と射出接合ができることを確認している。なお、予めケミカルエッチングした金属部品を、射出成形機の射出成形金型にインサートして、熱可塑性樹脂材料を用いて射出成形すること自体の技術も知られている(例えば、特許文献3参照。)。これには形状条件が含まれているものの、やはり射出接合に関する技術の一つである。又、各種金属に関わる表面処理技術は、本出願人の先願発明である特許文献8〜13に詳述されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−216425号公報
【特許文献2】WO2004−055248 A1
【特許文献3】特開2001−225352号公報
【特許文献4】PCT/JP2007/073526
【特許文献5】PCT/JP2007/070205
【特許文献6】PCT/JP2007/074749
【特許文献7】PCT/JP2007/075287
【特許文献8】PCT/JP2008/54539
【特許文献9】PCT/JP2008/57309
【特許文献10】PCT/JP2008/056820
【特許文献11】PCT/JP2008/57131
【特許文献12】PCT/JP2008/57922
【特許文献13】特願2007−140072号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者等による特許文献1の技術原理は、アルミニウム合金類においては明確な効果を示すが、アルミニウム合金以外の金属においても、一定の効果があることが確認されている(特許文献8〜13参照)。本発明者等は、アルミニウム合金への硬質樹脂の射出接合に関して、研究開発、及びその改良を進める中で、新たな技術を見出した。即ち、アミン系化合物の金属部品表面への化学吸着なしに、要するに特段の発熱反応等の何らかの特異な化学反応の助力を得ることなしに、強力な固着力を示す射出接合が可能な条件を見出した。
【0010】
それには少なくとも2つ条件が必要である。一つは、硬い高結晶性樹脂を使用すること、即ちPPS、PBT、芳香族ポリアミド等を使用することであるが、これだけでは不十分であり、これらを射出接合に合わせて、更に改良した組成物にして使用する必要がある。他の条件は、金属合金側に求められる条件であり、金属部品の表層が適当な粗度(表面粗さ)形状を有しており、且つ表面が硬いことである。この粗度形状について概要を述べると、1〜10μm周期(本発明でいう「ミクロンオーダー周期」という。)の凹凸があって、且つ、少なくともその凹部の内壁面に、数十〜数百nm周期の微細凹凸がある二重凹凸型の粗度構造であることである。そしてこの粗度をなす表面が、金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層になっていること、即ち、高硬度のセラミック質になっていることである。
【0011】
この薄層の厚さは十〜数十nmもあれば十分であり、自然酸化層に耐食性があるような金属種では、自然酸化層より厚めになっているのが好ましい。又、マグネシウム合金や一般鋼材のように自然酸化層に十分な耐食性がない金属種では、化成処理等を実施して生地金属とは異なる金属種の酸化物、リン酸化物等の表面層とすることが好ましい。要するに、表層を金属よりも高硬度のセラミック質にすることが必要条件である。高硬度のセラミック質にするために、例えば、銅合金を基材とした形状物を使用する場合、酸性とした過酸化水素水溶液に浸漬すると、銅は酸化されて銅イオンとなり、その結果、浸漬条件を適当にすると、基材は数μm周期の凹凸の粗度に化学エッチングされる。
【0012】
次に、化学エッチングされた銅合金形状物を、強塩基性とした亜塩素酸ナトリウム水溶液に浸漬すると、銅は酸化するが銅イオンは溶解できないため、その表面は酸化第2銅薄層で覆われる。この表面を電子顕微鏡で観察すると、数十〜数百nm径の凹部(開口部)が数百nm周期で存在する微細凹凸面で覆われていることが分かった。酸化第2銅の薄層はセラミック質であるから、この処理を終わった銅合金形状物は前記した条件を満たしたことになる。
【0013】
次に、この銅合金形状物を、射出成形金型にインサートして樹脂を射出した場合を想定し、射出接合の状況を説明する。射出接合時の射出成形金型の温度は、120〜140℃程度に設定する。射出成形金型内にインサートされた銅合金形状物は、射出する樹脂の融点(PBTでは温度250℃程度、PPSでは温度300℃程度)より、100℃以上低い温度に保たれているので、射出された溶融樹脂は、射出成形金型内のスプルー、ランナ等の流路に入って急冷され、銅合金部品に接触した時点では、融点以下になっている可能性が高い。
【0014】
しかしながら、どのような結晶性樹脂でも、溶融状態から急速に冷却されて融点以下になった場合、融点以下の温度になった直後、即ちゼロ時間で結晶化固化するわけでなく、極短時間ではあるが融点以下の溶融状態、即ち、過冷却状態の時間がある。合金形状物の表面上の粗度が、ミクロンオーダーである場合、即ち凹部の内径が1〜10μm程度の場合、過冷却から最初の結晶、即ち微結晶が生じるまでの限られた時間内に、その凹部内に侵入できる可能性があり、凹部深さが凹部径の半分程度であれば、その凹部に侵入後に微結晶がいっせいに生じて粘度が急上昇しても、その凹部の底まで樹脂流が達する可能性がある。言い方を変えれば、生じた高分子微結晶群の数密度がまだ小さい場合には、内径が数μmの大きな凹部ならその樹脂はその凹部内に十分に侵入する。
【0015】
更に言えば、金属合金上のミクロンオーダー凹部の内壁には、数十〜数百nm径の微細凹凸が形成されている。例えば、純銅系の銅合金について正確に言うと、微細凹凸があると言うよりも、100nm径程度の穴状凹部が無数に点在した独特な微細凹凸面が観察される。ミクロンオーダー凹部内に侵入した樹脂流は、この約100nm径の微細開口部にも進入し得ると考えられる。そして、その後に凹部内部に進入した樹脂は、微結晶と成長した結晶、及び結晶群の隙間を埋める非晶性固体で全固化する。
【0016】
要するに、ミクロンオーダーの凹部の中で結晶化固化した樹脂は、内壁面にある微細開口部に僅か根を突っ込んだ形になると推定され、微細開口部を成す金属表層が酸化銅、即ちセラミック質の硬い表層であると、凹部内に形成された樹脂の引っかかりにより、強固に接合された形態となり、容易にはがれることのない構成となる。樹脂側も金属側も硬度が高いので、固化した樹脂部を強制的に金属合金部から引き剥がそうとした場合でも、固化した樹脂は凹部から抜け難くなるのである。即ち射出接合力を高くすることになる。
【0017】
本発明では、射出する樹脂組成物の改良も重要な要素である。即ち、本発明で使用する樹脂組成物は、射出成形され溶融状態から融点以下の温度に急冷されたとき、結晶化する速度を遅くするようにした樹脂組成物である。この樹脂組成物の使用で、より強い射出接合力を生むことになる。溶融している樹脂が冷却して結晶化するとき、この結晶化を遅らせる機能を有する樹脂とすることが、射出接合に適する樹脂組成物の条件となる。本発明者等は、前述した条件を考慮し、前述のように銅合金形状物等を化学エッチングし、更に酸化処理等の表面処理によって、この表層をセラミックス質化することで、これに硬質の結晶性樹脂を射出接合させ、接合力を高め高接合性を得ることを見出した(特許文献5参照)。
【0018】
前述した射出接合の理論的な説明の中には、金属の種類を制限する内容がない。このことは、即ち、少なくともあらゆる金属、金属合金に対して同様な表面形状、表面層の物性があれば、射出接合用に改良したPBT、PPS等の結晶性樹脂を使用して、射出接合できることを示したものである。それ故、本発明者等は、銅合金に続いてチタン合金、ステンレス鋼、そして一般鋼材についても、同様の射出接合が実施できることを実証した。なお、特許文献3には、化学エッチングした銅線を、射出成形金型にインサートしてPPSを射出し、PPS製の円盤状物の中心部を銅線数本が突き抜けた形状のリード線付き電池蓋を作成する方法が記載されている。
【0019】
この化学エッチングによる銅線の表面への凹凸(粗度)の形成により、電池内に発生するガスの内圧が上昇しても、ガスがリード線部から漏れないということが特徴として記載されている。この特許文献3に記載された技術は、一見すると前述した射出接合と類似した技術のようであるが、この技術は本発明者等が詳細に説明した射出接合技術ではなく、一般の射出成形技術の延長線上の技術であり、金属表面には本発明で認識したような表面状態、形状を得るような処理はなされていない。単に、金属の線膨張率と樹脂の成形収縮率の違いを利用した技術であり、且つガス漏れを最小にするために、金属と樹脂間の凹凸を増加させて、ラビリンス効果を出すようにしたものである。
【0020】
金属製の棒状物質が貫通した形で周囲部に樹脂を射出成形した場合、成形品を射出成形金型から離型し放冷すると、金属製棒部は樹脂成形品部から締め付けられる形になる。何故なら、金属の線膨張率は大きくてもアルミニウム合金、マグネシウム合金、銅、銅合金等の1.7〜2.5×10−5−1であり、射出成形金型から取り出して室温まで冷えたとしても、線膨張率×百数十℃程度でその縮み具合は0.2〜0.3%に過ぎない。しかし、一方の樹脂類は、成形収縮率がPPSで1%程度、硝子繊維入りPPSで0.5%もあり、フィラーを増やした樹脂であっても必ず射出成形後は金属部品より樹脂部の方が大きく熱収縮するのである。
【0021】
従って、中心部に金属部品が配置されて、しかも樹脂部を突き抜けている形状品をインサートによる射出成形で製作すれば、樹脂部の成形後の熱収縮による締め付け効果で、金属部が抜け難い一体化品を製造することができる。このように、熱収縮を利用して金属と樹脂の一体化品を製造する方法は、従来から知られている方法であり、類似成形品として石油ストーブの取手等がある。円形断面の直径が2mm程度の鉄製の太い針金を、射出成形金型にインサートし耐熱性樹脂等を射出している。
【0022】
針金にはギザギザの凹凸(ローレット加工)を形成し、樹脂がこれに固定され移動しないようにしている。特許文献3は、凹凸加工をローレット加工等により、物理的加工法から化学的加工法に代えてスマートにし、且つ凹凸具合をやや微細にしたこと、及び樹脂側に硬質で、しかも結晶性のある樹脂を多用してグリップする効果を上げたのが特徴である。本発明者等が為した射出接合に関する発明群では、全てにわたって樹脂の抱き付き効果、即ち外周から針金を締め付ける効果は必要としない。
【0023】
本発明は、前述の複数の金属形状物について、各々の金属形状物同士を、硬質樹脂の射出接合による一体化を可能にするものである。例えば一般鋼材の線膨張率は1.0〜1.1×10−5−1程度であり、前述したアルミニウム合金、銅合金等の半分程度である。鉄鋼材は、アルミニウム合金等に比し軽量金属ではないが、軽合金と同様に樹脂との一体化を図ると、その接合に伴なう複合体の利用範囲は広い。このことを考慮し鉄鋼材においても、本発明に関連する技術の適用が可能である。
【0024】
一般鋼材は、比重が7.9程度である。硬度、強度共に強く、且つ安価である素材である。耐腐食性は十分ではないが、この弱点が克服できればその応用性は大きい。それ故、複合化技術が確立されると、各種電子電気機器、医療機器、車両搭載機器、その他の一般機械等の部品、筐体として広い分野で使用できる。次に、本発明に関わる発明理論を説明する。前述の接合技術に関わる事項は全て本発明者等によるが、これらの接合の原理は、比較的単純な接合理論に因っている。アルミニウム合金に適用した例で説明する。
【0025】
アルミニウム合金の射出接合に関して、本発明者等はその接合理論を「NMT」(Nano molding technology)理論仮説と銘々し、あらゆる金属合金の射出接合に関しては、「新NMT」理論仮説と銘々した。より広義に使用できる「新NMT」について、提案者である本発明者の1人、安藤直樹が唱える理論的な仮説は、以下の通りである。即ち、強力な接合力ある射出接合を得るために、金属合金側と射出樹脂側の双方に各々条件があり、まず金属側については以下に示す条件が必要である。即ち、金属合金側には3条件が必要である。
【0026】
第1条件は、化学エッチング手法によって、1〜10μm周期の凹凸でその凹凸高低差がその周期の半分程度まで、即ち0.5〜5μmである粗面になっていることである。ただ工業的には、前記粗面(ある表面粗さを有する面)で、正確に全表面を覆うことはバラツキがあり一定しない化学反応による形成は容易ではない。具体的な粗面は、粗度計(表面粗さ計)で見た場合に、0.2〜20μm範囲の不定期な周期の凹凸で、且つその最大高低差が0.2〜5μm範囲である粗さ曲線が描けること、又は、走査型プローブ顕微鏡で走査解析して、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:2001(ISO 4287)」でいう平均周期、即ち表面粗さ曲線の平均長さ(山谷平均間隔,RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmである粗度面(ある表面粗さを有する面)であれば、前述した粗度条件を実質的に満たしたものと考えている。
【0027】
本発明者等は、理想とする粗面の凹凸周期が前記したように1〜10μmであるので、分かり易い言葉として「ミクロンオーダーの粗度ある表面」と称した。更に酸化処理等を加えてその凹部内壁面に10nm以上、好ましくは50nm周期の微細凹凸面があること、これが第2条件である。更に、金属合金に前述した粗面を成すのがセラミック質、具体的には自然酸化層よりも厚い金属酸化物、又は金属リン酸化物の薄層であること、これが第3条件である。
【0028】
一方、射出樹脂側においては、次の条件を有する。射出する樹脂側の条件は、硬質の結晶性樹脂であって、これらに適切な別ポリマーをコンパウンドする等で、急冷時での結晶化速度を遅くした、即ちタイムラグを発生する組成物が使用できる。実際には、結晶性の硬質樹脂であるPBT、又はPPSに加えて、適切な別ポリマー及びガラス繊維等をコンパウンドした樹脂組成物が最適であり、これを使用できる。これらを使用して、一般の射出成形機、射出成形金型で射出接合できるが、この過程を本発明者が命名した前述の「新NMT」仮説に従って説明する。
【0029】
射出された前述の溶融樹脂は、融点よりも150℃程度温度が低い射出成形金型内に導かれるが、この射出成形金型のスプルー、ランナ等の流路で、冷やされ融点以下の温度になっているとみられる。即ち、溶融した結晶性樹脂が急冷された場合、この溶融樹脂が融点以下になったとしても、これがゼロ時間で結晶が生じ固体化しない。要するに、融点以下ながら溶融している状態、即ち過冷却状態がごく短時間あることである。前述したように、特殊なコンパウンドをしたPBT、又はPPSでは、この過冷却時間が少し長くできたと考えており、この現象を利用して、この過冷却時間の間に、大量の微結晶が生じることによる粘度の急上昇が起こる前に、ミクロンオーダーの金属表面の凹部に、その微結晶が侵入できるようになった。侵入後も冷却されるので、これに伴ない微結晶の数が急激に増えて粘度は急上昇する。
【0030】
しかし、凹部の奥底まで樹脂が到達できるか否かは、凹部の大きさや形状に依存すると推定される。本発明者等の実験結果では、金属種を選ばず、1〜10μm径の凹部、又1〜10μm周期の粗度の凹部で、深さや高低差が周期の半分程度であれば、凹部の結構奥まで侵入するようであった。更に、その凹部内壁面が、前述した第2条件のようにミクロの目で見て、ザラザラ面であればその微細凹凸の隙間にも一部樹脂が侵入し、その結果、樹脂側に引き抜き力が負荷されても引っかかって抜け難くなるようである。このザラザラ面が第3条件のように金属酸化物であれば、この硬度が高いのでスパイクのような引っ掛かりが効果的になる。
【0031】
又、接合そのものは樹脂成分と金属合金表面の問題であるが、樹脂組成物に強化繊維や無機フィラーが含まれていると、樹脂全体の線膨張率を金属合金に近づけられるので、接合後の接合力維持が容易になる。このような仮説に従って、例えばマグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼等に、PBT、又はPPS系樹脂を射出接合したものは、せん断破断力で200〜300Kgf/cm(約20〜30N/mm=20〜30MPa)以上、引っ張り破断力でも300〜400Kgf/cm(30〜40MPa)以上となり、金属と樹脂の強い一体化物になることが確認されている。
【0032】
本発明者等は、「新NMT」理論仮説が、多くの金属合金の射出接合で実証できたことで正しいものと考えているが、この仮説は高分子物理化学の基礎的な部分に関連する推論が基本になっており、本来は多数の化学者、科学者等の検証も必要とする。例えば、急冷時の溶融した結晶性樹脂について、独自に判断しているが、実際に結晶化速度が低下しているのかどうか、高分子物理学の側面からは、従来殆ど論議されていない。本発明者等はこの推論は正しいと思っているが真正面から実証したわけではない。
【0033】
即ち、この射出接合は、高温高圧下での高速反応であり直接的な測定ができない。又、仮説は接合について、全くの物理的なアンカー効果説を唱えており、従来常識から若干逸脱している。本発明者等の知る限りでは、現行の接合に関する専門家が編集した各種の著作物には、接合したときの接合力に関しては、化学的要因で説明する記述の方が多い。再度、金属と樹脂の射出接合について、重要な条件を本発明者の2件の仮説から纏めて記載する。即ち、強い射出接合力を得るための条件である。
【0034】
第1の仮説(以下、「NMT」と称す。)は、元々、アルミニウム合金しか対象でなかったが、
(a)表面に化学エッチングで得られた20〜80nmの非定期な周期の微細凹凸があること。その微細凹部で表面全面が覆われていること。
(b)その表面は自然酸化層よりも厚い金属酸化物層で覆われており、且つ、アンモニア、ヒドラジン、水溶性アミン系化合物から選ばれる1種以上が化学吸着していること。
(c)樹脂としてPBT、PPS、ポリアミド系樹脂等の結晶性樹脂が使用できるが、好ましくは、急冷時の結晶化速度を遅くなるように、組成を改良した組成物を使用すること、等が条件である。
【0035】
又、第2の仮説(以下「新NMT」と称す)では、
(1)化学エッチング手法によって1〜10μm周期の凹凸で、その凹凸高低差がその周期の半分程度、即ち0.5〜5μmまでである粗面になっていること。ただ実際には、前記粗面で全表面を覆うことは、バラツキある化学反応では難しく、具体的には、旧来型の粗度計で見た場合に、0.2〜20μm範囲の不定期な周期の凹凸で、且つその最大高低差が0.2〜10μm範囲である粗さ曲線が描けることである。
【0036】
又は、最新型の走査型プローブ顕微鏡で、その表面を走査解析して、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:2001(ISO 4287)」でいう平均周期、即ち粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmである粗度面であれば、前記で示した粗度条件を実質的に満たすと見ている。本発明者等は、理想とする粗面の凹凸周期が前記したように1〜10μmであるので、本発明では分かり易い言葉として「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と称した。
【0037】
(2)その表面が、(セラミック質で)十分硬く化学的に安定で、且つ滑り止めのように10〜500nmの非定期な周期の微細凹凸があること。別の言い方では、前記の大きな凹凸の凹部内壁面が電子顕微鏡で見て凹凸が激しい言わばザラザラ面であること。
(3)樹脂として高硬度の結晶性樹脂組成物が使用でき、特に、急冷時の結晶化速度が遅くなるように改良された樹脂組成物を使用すること、が条件である。
【0038】
本発明者は、前記の「NMT」仮説をアルミニウム合金に関して実証し、「新NMT」仮説をアルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、鋼材で実証した。本発明は、これらの技術背景にもとづく技術として考慮している。別の言い方では、複数の前述の金属形状物について「新NMT」技術を実証したものである。本発明は、前述の技術背景のもとになされたものであり、下記の目的を達成する。
本発明の目的は、複数の金属形状物に対して、樹脂組成物を射出接合して一体化し、強固な接合力が得られるようにした複数金属形状物の接合複合体とその製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、複数の金属形状物の複合体を大量生産可能にし、生産効率を向上させた複数金属形状物の接合複合体とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0039】
本発明は、前記目的を達成するために次の手段をとる。
本発明の主とする複数金属形状物の接合複合体の要旨は、
化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度を有する表面であり、且つ前記表面は、高さ又は深さ、幅、及び長さを有する凸部又は凹部で、全面に存在する超微細凹凸形状であり、且つ前記表面が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層を有している金属形状物と、複数の前記金属形状物の対向面間に、密封空間を区画し、且つ複数の前記金属形状物を定位置に位置決めし、固定するための構造体と、前記密封空間に溶融した樹脂を射出して、前記超微細凹凸形状に侵入して複数の前記金属形状物を接合させて互いに一体化した結晶性樹脂組成物とからなる。
前記接合複合体において、複数の前記金属形状物は、異種金属の金属形状物であるとよい。
【0040】
前記超微細凹凸形状は、複数の金属種にほぼ共通して言えること、電子顕微鏡観察で、前記高さ又は前記深さ、及び幅が10〜500nmで、前記長さが10nm以上の前記凸部又は前記凹部が10〜数百nm周期であると良い。
又は、前記超微細凹凸形状は、複数の金属種にほぼ共通して言えること、電子顕微鏡観察で、前記高さ又は前記深さが10〜500nmで、前記長さが10〜350nmの前記凸部又は前記凹部が10〜500nm周期であると良い。
【0041】
本発明の複数金属形状物の接合複合体の製造方法の要旨は、
金属形状物に、化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度を有する表面であり、且つ前記表面は、高さ又は深さ、幅、及び長さを有する凸部又は凹部で、全面に存在する超微細凹凸形状であり、且つ前記表面が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層を形成する工程と、複数の前記金属形状物の対向面間に、密封空間を区画し、且つ複数の前記金属形状物を定位置に位置決めする工程と、前記密封空間に溶融した樹脂を射出して、前記超微細凹凸形状に侵入して複数の前記金属形状物を互いに一体化させる結晶性樹脂組成物により接合する工程とからなっている。
前記製造方法において、複数の前記金属形状物は、異種金属の金属形状物であると良い。
【0042】
金属形状物を各金属合金毎に示した本発明の内容は、本発明の請求項の各項に従っており、請求項に関わる手段の詳細な説明については、各請求項を参照することとし、その内容の記載は省略する。以下これらを構成する手段の要素について詳細に説明する。
【0043】
〔金属合金部品/求められる表面処理〕
本発明に使用する被着物の金属合金の表面形状、状態、条件等は、前述の「NAT(Nano Adhesion Technology)」理論仮説に従っている。「NAT」理論は、本発明者の一人である安藤が仮説を立てて提案したものである。詳細は前記の特許文献等にも記述している。本発明の理解を容易にするために、表面処理に関わる「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」の定義付けを含めて、「NAT」理論仮説の骨子を、以下更に詳しく説明する。
【0044】
金属合金として、アルミニウム合金の例を中心にその基本構成を以下説明する。「NAT」は、本発明者が過去の熱可塑性樹脂を用いた射出接合技術の発明の考え方を引き継いだ「新NMT」理論仮説についてまず述べる。「新NMT」理論仮説で、被接合材である金属合金に要求した表面状態を言うと、(1)ケミカルエッチングによって得られる粗度面(ある表面粗さを有する面)、即ち1〜10μm周期の凹凸で、その凹凸高低差がその周期の半分程度、即ち0.5〜5μmまでである粗面(表面粗さ面)であることが第一に言えることである。これは、射出成形が射出成形金型内に数百〜千気圧の高圧の溶融樹脂の押し込みではありながら、この融点より百数十℃低い金型内に流入し急冷されて結晶化して固化しつつある樹脂にとって、何とか流入できる凹部の直径が1〜10μmであることに拠っている。
【0045】
ただし、実際にはこの粗面で、完全に金属合金表面を100%覆うことはバラツキある化学反応では難しく、具体的には、表面粗さ測定器で測定した場合に、0.2〜20μm範囲の不定期な周期の凹凸で、且つその最大高低差が0.2〜10μm範囲である粗さ曲線が描けること、又は、最新の走査型プローブ顕微鏡で自動解析して、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:2001(ISO 4287)」でいう粗さ曲線の平均長さ(RSm)が、0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜10μmである粗度面であれば、前述した粗度条件を満たしたものと考えている。本発明者等は、理想とする粗面の凹凸周期が前記したように1〜10μmであるので、分かり易い技術用語として、本発明では「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と定義している。
【0046】
又、更に(2)その表面を電子顕微鏡レベルに拡大して見ると、10〜500nm周期の微細凹凸面、最も好ましくは40〜50nm周期の微細凹凸面を有しており、且つ(3)その表面はその金属合金の通常の自然酸化層より厚いか、又はより丈夫な金属酸化物、又は金属リン酸化物の薄層、即ち、セラミック質の薄層で覆われていることを求めた。この金属合金側に必要な前記3条件を、前述したように、アルミニウム合金を含めてマグネシウム合金、チタン合金、銅合金、ステンレス鋼、鋼材等の全てについて各々得ることができ、ポリフェニレンサルファイド系樹脂の射出接合で、20〜40MPaと強い金属と硬質樹脂間のせん断破断力と、引っ張り破断力を得た。
【0047】
要するに、射出接合に関して、前述した3条件が金属側に必要であるとの仮説は正しいことが明らかにできた。その時点で本発明者等は、射出接合以外に当然ながら接着剤の接合(接着)に関しても、この仮説は効果があるはずと予期したのである。被着材に求められる条件は理論から言えば、金属非金属を選ばぬが、実証したのは金属合金類だけであるので、一応被着材を狭義に金属合金類として説明している。本発明者等が「NAT」に基づき実証した金属合金種は、構造用金属、実用金属としてアルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、鉄鋼材の6種である。これらの実証金属は、実際に使用されている主要金属であり、本発明者等は、前述のように仮説は正しいと理解している。
【0048】
「NAT」理論で被着材に求める条件を再度確認する。即ち、(1)化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度があり、且つ(2)その表面は電子顕微鏡観察でみて10nm周期以上の微細凹凸、好ましくは50nm周期程度の微細凹凸があり、且つ(3)その表面がセラミック質、即ち金属酸化物、金属リン酸化物等の薄層で覆われていることである。そして、このような被着材に、熱硬化性の接着樹脂(エポキシ樹脂等)を使用して、接合系を作ったときに効果が大きいとしており、その理由は前記したように完全なアンカー効果論に因っている。
【0049】
更に、前記要点を具体論で説明する。まず(1)で言うミクロンオーダーの粗度とは、具体的には1〜10μm周期の非定期的な凹凸で、且つ凹凸の深さや高低差がその半分程度以下、即ち最大で0.5μm〜5μm程度のことである。本発明において、これを「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と定義した。又、この粗度測定は、最新の走査型プローブ顕微鏡で行うのが好ましい。昨今の走査型プローブ顕微鏡は、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:’01,ISO 4287:’97/ISO 1302:’02」で言う、粗さ曲線の平均長さ(RSm)、最大高さ粗さ(Rz)等を自動的に計算して粗度を数値化している。
【0050】
この走査型プローブ顕微鏡使用での数値で好ましい粗度の範囲は、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5.0μmである。但し、走査型プローブ顕微鏡は、凹凸周期、即ち山谷間隔は全く異なった数値を示す場合がある。走査型プローブ顕微鏡は、計算ソフトで小さすぎる凹凸周期はパスするようにセットされているが、プローブ先端の鋭さが向上するにつけ平均長さ(RSm)が実情よりも細かい凹凸を拾い過ぎて実情を表していない場合もある。このような場合を見い出すために、計算数値だけを見るのではなく、走査型プローブ顕微鏡が出すこともできる粗さ曲線グラフを目視検査して平均長さ(RSm)の値を再確認する必要がある。
【0051】
又、走査型プローブ顕微鏡が使用できず、従来型の粗度計(表面粗さ計)で、粗さ曲線グラフを描いた場合は、グラフを目視検査し、個々の表面粗さの平均長さ(山谷間隔(凹凸周期))の全てが0.2〜20μmの範囲内の不定なものでほぼ占められており、個々の山谷高低差がほぼ全て0.2〜5μm範囲内に含まれる状況にあれば、実際には前記したものとほぼ同じであった。この目視検査法は、走査型プローブ顕微鏡での自動計算が信頼できないと判断した場合にも使用できる。本発明では、前記の粗度(表面粗さ)を「ミクロンオーダーの粗度」という技術用語で表した。
【0052】
次に、前記粗度を得るために行う「化学エッチング」について述べる。化学エッチング以外にも理想とする表面形状を形成できる可能性のある方法はあるが、本発明は「化学エッチング」を適用することとした。例えば、他の方法として、光化学レジストを塗布し、可視光線、紫外線等を使って行うような高度の超微細加工法を使用すれば、ミクロンオーダーの粗度であれば目的とする凹凸面が実現可能となる。しかし、化学エッチングとは、全面腐食性を有する酸塩基水溶液に、金属合金を浸漬した後、これを水洗するだけの操作であるから、操作が簡単である上に、結果的に接着接合が特に好ましい結果をもたらすのである。
【0053】
即ち、化学エッチングを適切な条件で行うと、適当な凹凸周期、適当な凹部の深さが得られるだけでなく、得られる凹部の形は単純形状とならず、凹部の多くでその一部がアンダー構造になる。アンダー構造とは、凹部を開口部と穴側で見た場合に、穴内部が開口部より広くなっている形状である。従って、仮にこの穴に固化する液体を封入して固化させた後は、液体の固化により開放口より固化形状は大きくなっているので、いわゆる錨効果で取り出し不可能となる。アンダー構造が接合(接着)に適している理由である。
【0054】
次に、(2)で言う微細凹凸面を、言葉と数値で表現するのは非常に難しいが、単的に言えば、ミクロの目で見て「ザラザラである」ことであり、最も単純に数値化して述べれば、10nm以下の周期の凹凸であると細か過ぎて、ザラザラではなくむしろ円滑であり、350nm以上であるとザラザラが雑すぎ、凹凸周期数が少なくなるので接合力が低下する。以上のように多数の実験から得た結果から、通常の接合の使用に関しては、40〜50nm周期の微細凹凸面が最もアンカー効果が発揮されるようであった。50nm周期の凹凸面とミクロンオーダー粗度との関係を図3に示す。図3は、複数の金属基材部20a,20bに金属酸化物薄膜又は金属リン酸化物薄膜21を介して、結晶性樹脂組成物22が射出接合され、硬化した状態を部分的に模式的に示した断面図である。
【0055】
その接合(固着)状態を具体的、且つ理想的イメージを敢えて描き図3に示したが、その表面は長さ50nm(A)の周期で山谷(凹凸)があり、高さ20〜50nm(B)程度の壁や突起のあるものが、幅2〜3μmの凹凸(C)で複数群を成して、全体が繰り返し形成された微細凹凸面である。実際は、図3に示すような理論化した微細凹凸面を電子顕微鏡観察からは見出せない。その形状はランダムで複雑な形状であり多種多彩である。又、金属種、またその合金種で異なり、使用する表面処理工程でも異なる。
【0056】
電子顕微鏡観察で視覚的に言えば、「ミクロの目で見てザラザラ面」、言葉で言えば、「高さ又は深さ及び幅が10〜500nmで、長さが10nm以上の仕切り状凸部、又は溝状凹部が10〜数百nm周期で、全面に存在する超微細凹凸形状」、又は「高さ又は深さが10〜500nmで、径が10〜500nmの凸部又は凹部が10〜数百nm周期で全面に存在する超微細凹凸形状」の表現となる。前述したように、10nm以下の凹凸では、その隙間に侵入し難く、その意味でザラザラと言うよりは円滑面であり好ましくなく、又、500nm以上の周期の凹凸では、アンカーとして引っかかる箇所の密度が小さいので、接合力が低下する。最も好ましいのは、粗度で決まる大きな凹部の直径や周期にもよるが、50nm周期での微細凹凸が最も好ましい結果となるが、30〜350nmでも非常に強い接合力を示すことは可能である。
【0057】
なお、前述した(1)及び(2)の表現から外れるものがある。チタン合金の一部であるが、これについてはチタン合金の項で詳細に説明する。前記(3)で言う金属酸化物、金属リン酸化物等の薄層とは、多くの金属合金種に於いては、その金属自身の酸化物がなす表面層で良いが、実際に「NAT」理論で求めているのはセラミック質レベルの硬質の表面層である。要するに、(2)の電子顕微鏡観察でいうザラザラ面が、前記(3)の硬質物で出来ていれば、ザラザラ面は前記(1)でいう大きな凹部(粗面)に侵入して、固化した接合樹脂をスパイクの突起で繋ぎとめ、接合樹脂に抜け力がかかっても、この凹部から抜け出せなく出来るのである。
【0058】
このことが、従来にない強固な接合(接着)力を生じさせている。金属合金基材が被着材のとき、金属が通常の条件で、保有する自然酸化膜よりも厚い金属酸化物層であることが望ましい。又、必要であれば意図的に酸化処理を行い、金属酸化物層を適度の厚みにしたものも好ましい。但し、厚さは数十nmまでのナノオーダーの厚さを言っており、アルミニウム合金に為す陽極酸化(アルマイト化)のように、十数μm〜数十μmある金属酸化物層のレベルではない。むしろXRD(X線回折分析器)で、酸化物結晶が検出されるほど厚くした場合には、接合力は反って悪化するようである。
【0059】
この理由は、厚い金属酸化物層になった場合、基材の金属相との接合力が接着剤接合の接合力よりも劣ることになるからである。又、特にマグネシウム合金、一般鋼材等の場合であるが、表面の金属酸化物層は酸化マグネシウム、酸化鉄等ではなく、酸化マンガン、酸化クロム、リン酸亜鉛、その他の耐食性も備えたセラミック質であるのが好ましい。これはマグネシウム、鋼材等の自然酸化膜に強い耐食性がないことに対する防護措置であり、自身の酸化物膜に耐食性があるような金属合金種では他金属の酸化物膜で覆う必要はない。
【0060】
各金属種によって、前記の条件を充たすために行う表面処理方法は異なる。それら表面処理法は、いずれも前記NAT条件である(1)、(2)及び(3)を満たすためのものである。アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、一般鋼材等について、本発明者等が行った具体的方法は、前述の特許文献1〜6に示している。但し、これら特許に開示した表面処理方法以外であっても、前記「NAT」理論仮説を充たすことは可能である。更に、非金属、及び前記金属種以外で接着剤接合を行うに於いても、前記「NAT」理論仮説が示す表面形状にすれば、非常に強固な接合力が得られる。何故なら、仮説とは言いながら、既に多数の実証例があるからである。以下、具体的方法を開発済みの各種金属合金の接合処理形態について述べる。
【0061】
〔アルミニウム合金部品〕
本発明で使用するアルミニウム合金は、日本工業規格(JIS)に規定される展伸用アルミニウム合金のA1000番台〜7000番台の耐食アルミニウム合金、高力アルミニウム合金、耐熱アルミニウム合金等の全ての合金、及びADC1〜12種(ダイキャスト用アルミニウム合金)等の鋳造用アルミニウム合金が使用できる。形状物としては、鋳造用合金等であれば、ダイキャスト法で形状化された部品、またそれを更に機械加工して形状を整えた部品が使用できる。さらに、展伸用合金では、中間材である板材その他、又それらをプレス加工などの機械加工を加えて形状化した部品も使用できる。
【0062】
〔アルミニウム合金部品の表面処理/前処理〕
アルミニウム合金部品は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤や油脂を除去するのが好ましい。具体的には、本発明に特有な脱脂処理は必要ではなく、市販のアルミニウム合金用脱脂材を、薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入して得られた水溶液を用意し、これに浸漬し水洗するのが好ましい。要するに、アルミニウム合金で行われている常法の脱脂処理でよい。脱脂材の製品によって異なるが、一般的な市販品では、濃度5〜10%として液温を50〜80℃とし5〜10分間浸漬した後、これを水洗する。
【0063】
これ以降の前処理工程は、アルミニウム合金に珪素が比較的多く含まれる合金と、これらの成分の少ない合金とで扱いが異なる。珪素分が少ない合金、即ち、A1050、A1100、A2014、A2024、A3003、A5052、A7075等の展伸用アルミニウム合金では、以下のような処理方法が好ましい。即ち、アルミニウム合金部品を酸性水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗し、アルミニウム合金部品の表層に、酸成分を吸着させるのが、次のアルカリエッチングを再現性よく進める上で好ましい。この処理は、予備酸洗工程といってよいが、使用液は、硝酸、塩酸、硫酸等、安価な鉱酸の1%〜数%濃度の希薄水溶液が使用できる。次に、強塩基性水溶液に浸漬した後、これを水洗して、エッチング処理を行う。
【0064】
このエッチングにより、アルミニウム合金表面に残っていた油脂、汚れ等がアルミニウム合金表層と共に剥がされる。この剥がれと同時に、この表面にはミクロンレベルの粗度、即ち、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:‘01(ISO4287:’97/ISO1302:‘02)」で言えば、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5.0μmである。これらの数値は、昨今の走査型プローブ顕微鏡にかければ、自動的に計算をしてくれる形になっている。ただ、細かい凹凸を自動で省く前記の自動計算法は、算出された表面粗さ曲線の平均長さRSm値が、実情を表さない場合もある。
【0065】
より正しくは、この凹凸具合を、走査型プローブ顕微鏡が出力することができる粗さ曲線を目視検査して、平均長さ(RSm)の値を再確認する必要がある。又、前記粗さ曲線を目視検査して、0.2〜20μm範囲の不定期な周期で、高低差が0.2〜5μm範囲の粗さ状況にあれば、実際は前記とほぼ同じである。この目視検査法は、自動計算が信頼できないと判断した場合、目視検査で判断が簡単にできるので好ましい。要するに、本発明で定義した技術用語で言えば「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」にする。
【0066】
この表面を、ミクロンオーダーの粗度(表面粗さ)にする。使用液は、1%〜数%濃度の苛性ソーダ水溶液を温度30〜40℃にして、数分浸漬して処理するのが好ましい。次に、再度、薄い鉱酸水溶液等の酸性水溶液に浸漬した後、これを水洗し、ナトリウムイオンを除き前処理を終えるのが好ましい。本発明者等はこれを中和工程と呼んでいる。この酸性水溶液として、数%濃度の硝酸水溶液が特に好ましい。一方、珪素分の多いADC10、ADC12等の鋳造用アルミニウム合金では、以下の工程を経るのが好ましい。
【0067】
即ち、アルミニウム合金の表面から油脂類を除去する脱脂工程の後、前述した工程と同様に予備的に酸洗し、苛性ソーダ水溶液、1水素2弗化アンモニウム水溶液等でエッチングするのが好ましい。このエッチングに於いて、銅分、珪素分等は溶解せずに、微粒子の黒色スマット(以下、汚れ状物を鍍金業界では「スマット」と呼ぶのでこれに倣う。)となり、アルミニウム合金表面に付着する。よって、このスマットを溶かして剥がすべく、次に数%濃度の硝酸水溶液に浸漬するのが好ましい。
【0068】
この浸漬で、銅スマットは溶解されるが、珪素スマットは溶解せずアルミニウム合金表面から僅かに浮く。特に、使用した合金がADC12のように珪素分が多量に含まれた合金であると、硝酸水溶液に浸漬しただけでは、珪素スマットがアルミニウム合金基材の表面に付着し続け、これは剥がし切れない。それ故、次に超音波をかけた水槽内に浸漬して、超音波洗浄し、珪素スマットを物理的に引き剥がすのが好ましい。これで全てのスマットが剥がれ落ちるわけではないが、実用上は十分である。これで前処理を終えても良いが、再度、希薄硝酸水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。これで前処理を終える。
【0069】
〔アルミニウム合金部品の表面処理/本処理〕
前処理を終えたアルミニウム合金部品は、最終処理である以下のような表面処理、即ち本処理を行う。前処理を終えたアルミニウム合金部品を、水和ヒドラジン、アンモニア、及び水溶性アミン化合物のいずれか1つ以上を含む水溶液に浸漬した後、これを水洗して、更に温度70℃以下で乾燥する。この処理は、前処理の最終処理で行う脱ナトリウムイオン処理によって表面がやや変化し、その粗度(表面粗さ)は保たれるが、その表面がやや円滑になることに対しての復活策でもある。
【0070】
即ち、この本処理は、水和ヒドラジン水溶液等の弱塩基性水溶液に、短時間浸漬して超微細エッチングし、表面を10〜100nm径で同等高さ、又は深さの凹部若しくは突起のある超微細凹凸面に覆うようにするものである。言いかえると、ミクロンオーダーの凹凸の凹部内壁面に、40〜50nm周期の微細凹凸が多数を占めるように形成する。この表面状態は、電子顕微鏡写真で見た感覚を視覚的に言えば、ザラザラ度の高い面に仕上げるのが好ましい。又、水洗後の乾燥温度を例えば100℃以上の高温にすると、仮に乾燥機内が密閉的であると沸騰水とアルミニウム間で水酸化反応が生じ、表面が変化してベーマイト層が生じる。
【0071】
これは丈夫で好ましい表層ではなく、べーマイト化を防ぐ必要がある。乾燥機内の湿度状況は乾燥機の大きさや換気の様子だけでなく、投入するアルミニウム合金の量にも影響される。その意味で表面のベーマイト化を防ぐには、どのような投入条件であれ、90℃以下、好ましくは70℃以下で温風乾燥するのが良好な結果を再現性よく得る上で好ましい。70℃以下で乾燥した場合、XPSによる表面元素分析で、アルミニウムのピークからアルミニウム(3価)しか検出できず、市販のA5052、A7075アルミニウム合金板材等のXPS分析では、検出できるアルミニウム(0価)はない。
【0072】
XPS分析は、金属表面から1〜2nm深さまでに存在する元素が検出できるので、この結果から、水和ヒドラジン、アミン系化合物等の水溶液に浸漬した後、これを水洗して、更に温風乾燥することで、アルミニウム合金が持っていた本来の自然酸化層(1nm厚さ程度の酸化アルミニウム薄層)が、本処理でより厚くなったことが確認できた。少なくとも自然酸化層と異なって、2nm以上の厚さのあることが判明した。即ち、アルゴンイオンビーム等でエッチングしてから、XPS分析をすれば10〜100nm程度のより深い位置での分析が可能であるが、ビーム自体の影響で深層のアルミニウム原子の価数が変化する可能性もあるとのことで、これ以降の解析は行わなかった。
【0073】
セラミック質が厚いと、極限状態では物性の差異で破断するおそれがある。そのことから、金属酸化物層は薄い方が好ましく、更に、その金属酸化物はアモルファスか微結晶状態のセラミック質であると基材との接合が好ましい。即ち、接合物のせん断破断力を50〜100MPaレベルのものにするには、酸化金属層を必要以上に厚くしない方がよく、従って未封孔アルマイトの使用は好ましくない。
【0074】
超微細エッチング
以下、本発明でいう超微細エッチングについて、更に詳細に述べる。水和ヒドラジン、アンモニア、又は水溶性アミンの水溶液で、pH9〜10の弱塩基性水溶液に適当な温度、適当な時間だけ浸漬すると、その表面は直径10〜100nmの超微細凹凸形状で全面が覆われたものとなる。数平均(電子顕微鏡観察で観察された範囲の平均値)の直径で言えば、50nm程度である。又、逆の言い方をすれば、表面に直径10〜100nmの超微細凹凸形状を得るためには、最適なpH、温度、時間を選択すると良いことが容易に理解される。
【0075】
本発明者等が予想している最も好ましい超微細凹凸の周期、又や超微細凹凸部の直径は、約50nm程度であろうと経験的に考えている。その理由は、10nm周期の凹凸ならザラザラ面(電子顕微鏡観察でいう。)というよりも、凹凸具合が微細に過ぎて粘性ある接着剤にとっては円滑面であり、又、100nm以上であればザラザラ面というには大まか過ぎて引っかかるイメージがない。尚、本発明でいう「数平均」とは、統計的に検証できる程度の総和平均という程度ではない、20個以内のサンプルを抽出した程度の平均値をいう。
【0076】
約50nmは、実験結果から得た経験的感覚からの数値である。ただ50nm周期を目指すとしても、化学反応でそのような規律正しいものが出来るはずがなく、バラついたものになる。電子顕微鏡観察写真を見て、数値化するとすればその結果から、直径10〜100nmで同等の深さ又は高さの凹部又は凸部で、ほぼ100%全面が覆われた超微細凹凸形状面ということになる。実際、直径10〜20nmの凹凸が表面の大部分を占める場合、又、逆に直径100nm以上の凹凸が多くを占めるような場合も接合力は劣ったものとなった。
【0077】
超微細エッチングの実験例
即ち、このような大きさの凹部や凸部で、アルミニウム合金を覆うようにするには試行錯誤した実験による浸漬条件を探索する必要がある。一水和ヒドラジンの3.5%濃度の60℃の水溶液で言うと、A5052、A7075材の浸漬では浸漬時間を2分間程度が最適であり、この浸漬時間による表面は10〜100nm直径、数平均では直径40〜50nmの凹部で全面が覆われる。しかしながら、4分間浸漬した場合、凹部の直径が拡大して80〜200nmのものとなり、これらの凹部の直径の数平均値では100nm径を超えるように急拡大し、凹部の底部にも更に凹部が発生してその構造が複雑化する。
【0078】
更に、8分間浸漬すると、横穴状の侵食も進んでややスポンジ状になり、更に深い凹部が繋がって谷や峡谷状に変化する。16分間浸漬すると、目視でもアルミニウム合金が元の金属色からやや褐色かかっており、可視光線の吸収具合が変化し始めたことが分かる。ちなみに前記の条件で、浸漬時間が1分間のときは、電子顕微鏡写真で10〜40nm径の凹部が観察され、これらの数平均直径は25〜30nmの凹部であった。更に、0.5分間の浸漬であると、表面を覆う凹部直径は、10〜30nmであり、これらの数平均直径で言えば、25nm程度で浸漬時間1分間の場合と大差ない。
【0079】
そして浸漬時間0.5分間のものと、浸漬時間1分間のものの電子顕微鏡写真をよく見比べてみると、凹部の深さは0.5分間浸漬したものが1分間浸漬したものより明らかに浅い様子であった。要するに、弱塩基性水溶液中のアルミニウム合金A5052、及びA7075では、何故か20〜25nm周期で侵食が始まり、まずこれが直径20nm程度の凹部を作り、この凹部の深さが直径と同レベルまで深くなったら、その後は凹部の縁が侵食され凹部直径の拡大となり、凹部の内部の不定方向への侵食が始まることが分かった。
【0080】
そのように侵食された場合、最も接着剤接合に適した単純で、且つ丈夫な侵食具合は、アルミニウム合金A7075、及びA5052のとき、3〜5%一水和ヒドラジン水溶液(60℃)浸漬の場合で、ほぼ2分間であった。アンモニア水の場合は、ヒドラジン水溶液よりもpHが低く、水溶液を常温(15℃から25℃)より、高温にするとアンモニアの揮発が激しくなる。それ故に、アンモニア水では高濃度、低温での浸漬処理となり、25%濃度程度の最も濃いアンモニア水を常温で使用する場合も、15〜20分の浸漬時間が必要となる。逆に、水溶性アミン類の多くは、ヒドラジン水溶液よりも強い塩基性水溶液となるので、より短時間での処理となる。
【0081】
量産処理では、浸漬時間が長過ぎても短きに過ぎても作業の安定性が失われる。その意味で微細エッチング水溶液として、最適浸漬時間を数分にできる水和ヒドラジンが実際の使用には適しているといえる。何れの場合も、水和ヒドラジン、アンモニア、又は水溶性アミンの水溶液への浸漬の後、数%濃度の過酸化水素水溶液に浸漬した場合に、接合力が向上する合金種があった。表面の酸化金属層の厚さが厚くなっていることが想定されるが、厚さ2nm以上について分析が難しく解明していない。
【0082】
〔マグネシウム合金部品〕
本発明に使用するマグネシウム合金は、日本工業規格(JIS)に規定される展伸用マグネシウム合金のAZ31B等の合金、及びAZ91D等の鋳造用マグネシウム合金等が使用できる。鋳造用マグネシウム合金であれば、砂型、金型、ダイカスト法等で形状化した部品、またそれを更に機械加工して形状を整えた部品が使用できる。さらに、展伸用合金では、中間素材である板材、棒材、管材等を、プレス加工、切削加工、研削加工等の機械加工を加えて、形状化した部品、フレーム等に使用できる。
【0083】
〔マグネシウム合金部品の表面処理/化学エッチング〕
マグネシウム合金部品は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤、指脂等を除くことが好ましい。具体的には、市販のマグネシウム合金用脱脂材を、その薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入して水溶液を用意し、これに浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。通常の市販品では、濃度5〜10%として液温を50〜80℃とし、この液の中に5〜10分間浸漬する。
【0084】
次に、酸性水溶液に短時間浸漬して水洗し、マグネシウム合金の化学エッチングを行う。脱脂工程で除き切れなかった汚れを含め、このマグネシウム合金の表層が剥がされ、同時にミクロンオーダーの粗度、即ち、走査型プローブ顕微鏡観察測定による日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:2001」で言えば、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が1〜10μm、粗さ曲線要素の最大粗さ高さ(Rz)が0.2〜5μmである凹凸具合、又、従来型の粗度計を使用するコンピュータ計算を挟まない測定法で言えば、0.5〜20μm範囲の不定期な周期で高低差が0.2〜5μm範囲の粗さ(粗度)曲線を有する粗度(表面粗さ)にする。
【0085】
使用液としては、1%〜数%濃度のカルボン酸、鉱酸等の水溶液、特にクエン酸、マロン酸、酢酸、硝酸等の水溶液が好ましい。このエッチングでは、通常マグネシウム合金に含まれるアルミニウム、亜鉛等は、溶解せず黒色のスマットとして、マグネシウム合金表面に付着残存する。従って、弱塩基性水溶液に浸漬して、アルミニウムスマットを溶解して除き、次に強塩基水溶液に浸漬して、亜鉛スマットを溶解して除去するのが好ましい。これで前処理を終える。
【0086】
〔マグネシウム合金部品の表面処理/本処理〕
前処理を終えたマグネシウム合金部品を、化成処理する。即ち、マグネシウムはイオン化傾向の非常に高い金属であるので、空気中の湿気と酸素による酸化速度が他の金属に比べて速い。マグネシウム合金には、自然酸化膜が形成されるが、耐食性の点から見て十分強いものではない。又、通常の環境下でも、自然酸化膜から拡散した水分子、酸素等で酸化腐食が進行する。それ故、通常のマグネシウム合金部品は、クロム酸、重クロム酸カリ等の水溶液に浸漬して、この表面を酸化クロムの薄層で全面を覆う(クロメート処理と呼ばれる)か、又はリン酸を含むマンガン塩の水溶液に浸漬して、リン酸マンガン系化合物で全表面を覆う処理を行って、腐食防止処置を行う。これらの処置をマグネシウム業界では化成処理と呼んでいる。
【0087】
要するに、マグネシウム合金に行う化成処理とは、金属塩を含む水溶液に、マグネシウム合金を浸漬して、その表面を金属酸化物及び/又は金属リン酸化物の薄層で覆う処理を言う。最近では、6価のクロム化合物を使用するクロメート型の化成処理は、そのクロム化合物が環境汚染等の問題で難点があり、この化成処理は行われていない。ノンクロメート処理と言われるクロム以外の金属塩を使用した化成処理、実際は前記したリン酸マンガン系の化成処理、又は珪素系の化成処理が行われる。本発明ではそれらと異なり、弱酸性とした過マンガン酸カリの水溶液を、化成処理用水溶液として使用するのが特に好ましい。この場合、表面を覆う皮膜(化成皮膜という。)は、二酸化マンガンとなる。
【0088】
具体的な本処理法としては、前処理を終えたマグネシウム合金部品を非常に希薄な酸性水溶液に短時間浸漬した後に、これを水洗処理により、前処理で洗浄し切れず残存しているナトリウムイオンを中和して除き、次に化成処理用水溶液に浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。希薄な酸性水溶液として、クエン酸、マロン酸等の0.1〜0.3%の水溶液が好ましく、この水溶液の常温付近で1分間程度浸漬するのが好ましい。化成処理用水溶液としては、過マンガン酸カリを1.5〜3%、酢酸を1%前後、酢酸ナトリウムを0.5%前後含む水溶液を、温度40〜50℃で使用するのが好ましく、浸漬時間は1分間程度が好ましい。これらの浸漬処理により、マグネシウム合金は、二酸化マンガンの化成皮膜で覆われたものとなり、その表面形状は、ミクロンオーダーの大きな粗度があり、且つ電子顕微鏡で観察するとナノオーダーの超微細凹凸のあるものとなる。
【0089】
〔銅合金部品〕
本発明に使用する銅合金は、日本工業規格(JIS3000系)に規定されるC1020、C1100等の純銅系合金、C2600系の黄銅合金、C5600系の銅白系合金、その他のコネクター用の鉄系を含む各種用途に開発された銅合金等、全ての銅合金等が対象である。更に、中間材である板材、条、管、棒、線等の塑性加工製品、その他、又それらを切削加工、温間プレス加工、鍛造加工等の機械加工を加えて形状化した部品等が対象である。
【0090】
〔銅合金部品の表面処理/前処理/化学エッチング〕
銅合金部品は、まず脱脂槽に浸漬して機械加工で付着した油剤や指脂を除くのが好ましい。具体的には、市販の銅合金用脱脂材を、薬剤メーカーの指定通りの濃度で水に投入して水溶液を用意し、この水溶液に浸漬した後、これを水洗する方法も使用できるが、市販の銅合金用の脱脂用液の使用よりも、市販の鉄用、ステンレス用、アルミニウム用等の脱脂剤、更には工業用、一般家庭用の中性洗剤を溶解した水溶液を使用する方が好ましい。具体的な脱脂処理は、市販の脱脂剤、中性洗剤等を数%〜5%濃度で水に溶解し、この水溶液の温度を50〜70℃とし、この水溶液に5〜10分間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。市販されている銅合金用脱脂剤を避ける理由は、銅合金用のものには既に銅分を酸化溶解する成分が含まれており、後で行うエッチング工程と重なって反って処理調節が複雑になるからである。
【0091】
次に、温度40℃前後に保った数%濃度の苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後に、こを水洗し、予備塩基洗浄するのが好ましい。次に、室温程度、又は温度25℃程度に保った過酸化水素と硫酸を含む水溶液に、銅合金部品を浸漬した後、これを水洗して化学エッチングとする処理方法が好ましい。温度20℃ないし常温(15℃から25℃)付近の、硫酸、過酸化水素を共に数%含む水溶液が好ましい。浸漬時間は合金種によって異なるが数分〜20分である。これらの工程で殆どの銅合金で、前記したようなミクロンオーダーの粗度、即ち、0.2〜20μmの周期的な凹凸を有し、且つその凹凸の最大高低さが0.2〜10μm程度、又、走査型プローブ顕微鏡で解析して、日本工業規格(JIS)の「JIS B 0601:2001(ISO 4287)」でいう粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜10μmである、粗度面を有する銅合金になる。
【0092】
しかしながら、特に純銅系の銅合金部品を化学エッチングした場合、凹凸周期が一般に大きくて粗面は、凹凸周期が10μmを超える場合がある。この理由は、金属結晶が大きくて結晶粒界から始まるエッチングが、大雑把な凹部を作ってしまうためと思われる。このような場合の対策の1つとして、前記の化学エッチングを温度50℃程度の高温で行うことである。反応速度が急速に上がり、結晶粒界以外の箇所もエッチングされて、目的とするミクロンオーダー粗度が得られる。
【0093】
しかし、この化学エッチング方法は、反応が激しくて液への銅合金の投入量が多いと発熱が激しくて温度制御が難しくなること、銅分がエッチング液に溶け出して、化学エッチング液中に銅イオンが増え出すと、この銅イオンが触媒になるのか明確ではないが、銅合金部品である浸漬物を取り除いても、過酸化水素の分解が進むという危険性がある。それ故に、純銅系の銅合金部品については、他の方法を後述する。なお、純銅系以外の銅合金部品では、金属結晶粒径が小さく、エッチング液を温度25℃前後に保つことで安全に処理できる。このことから、高温になる夏場のことや、浸漬物の量が多くなることを考えると、化学エッチング槽には、温度を安定的に保つため冷却ラインを設置しておくと安全である。
【0094】
〔銅合金部品の表面処理/表面硬化処理〕
前処理を終えた銅合金部品を酸化する。電子部品業界では、黒化処理と呼ばれている方法がある。本発明で実施する酸化は、その目的と酸化程度が異なるものの工程そのものは同じである。化学的に言えば、銅合金の表面層を強塩基性下で酸化剤によって酸化する。銅原子を酸化剤でイオン化した場合に周りが強塩基性であると、水溶液に溶解せず黒色の酸化第2銅になる。銅合金製部品を、ヒートシンク、発熱材部品等として使用する場合、輻射熱の放熱、吸熱の効率を上げるために表面を黒色化する処理がされるが、この処理を銅を使用する電子部品業界では黒化処理という。
【0095】
本発明の銅合金部品の表面処理でも、この黒化処理法が利用できる。但し、前述したように、本発明の黒化処理法の目的は、ある粗度を有した銅合金部品に、硬質で、且つナノオーダーの超微細凹凸を有した表面を形成することにあるので、放熱、吸熱等のために黒色化することが目的ではない。しかしながら、特殊なものは必要ではなく、市販されている黒化剤を、その市販メーカーの指示する濃度、温度で使用できるが、その場合に必要とされる浸漬時間は、所謂、前述した黒化処理より短時間である。実際には、得られた銅合金部品を電子顕微鏡によりその表面を観察して、浸漬時間を調整することになる。本発明者等は、亜塩素酸ナトリウムを5%前後、苛性ソーダを10%前後含む水溶液を、温度60〜70℃として使用するのを好ましいとした。その場合の浸漬時間は、0.5〜1分間程度が好ましい。これらの操作により、銅合金は酸化第2銅の薄層で覆われたものとなる。
【0096】
純銅系の場合、その微細表面形状は、電子顕微鏡観察で言うと、直径、又は長径と短径の平均値が20〜150nmの孔開口部が100〜300nmの非定期な間隔で、全表面に存在する超微細凹凸形状となっている。要するに、この表面硬化処理を行うと、微細凹凸形成と表面硬化の双方が同時に得られる。又、前記の処理液への浸漬時間を2〜3分間のように長くすると、表面硬化処理が長くなり、返って接合力を弱くし、好ましくない。一方、純銅系でない銅合金では、直径又は長径短径の平均値が10〜200nmの凸部が混ざり合って、全表面に存在する超微細凹凸形状は、直径10〜150nmの粒径物又は不定多角形状物等が連なり一部融け合って積み重なった形状の超微細凹凸でほぼ全面が覆われた形状になる。
【0097】
〔銅合金部品の表面処理/繰り返し処理〕
前記した純銅系銅合金のエッチングでは、金属結晶粒界から銅の侵蝕が起こるのが確実な模様であり、前記したように結晶粒径の特に大きいもの、即ち、無酸素銅(C1020)、タフピッチ銅(C1100)では、前記化学エッチングと表面硬化処理をしただけでは、安定して強い接合力を発揮することができない。要するに、ミクロンオーダーの粗度が予期したように出来難いので、このような場合の処置法を次のように行った。
【0098】
一旦、表面硬化処理(黒化)を終えた後のものを、再度エッチング液に短時間浸漬して再エッチングし、その後に再度の黒化をする方法である。結果的に、この処理方法で得られるミクロンオーダーの粗度周期は、10μm程度かそれ以下に近づけられてほぼ予期したものとなり、且つ、微細凹凸の様子は電子顕微鏡観察によると、繰り返し処理をしない場合と変らないものとなった。
【0099】
〔チタン合金部品〕
本発明に使用するチタン合金は、日本工業規格(JIS)で規定される純チタン系合金、α型チタン合金、β型チタン合金、α−β型チタン合金等、全てのチタン合金が対象である。チタン合金部品としては、機械材料の中間材である板材、管材、角材等の中間素材、及びこれらを冷間プレス、温間プレス加工、鍛造加工、切削加工、研削加工等の方法による機械加工を加えて形状化して得られた形状部品、筐体等に使用できる。
【0100】
〔チタン合金部品の表面処理〕
チタン合金部品は、まず脱脂槽に浸漬して、機械加工で付着した油剤、指脂等を除くのが好ましい。具体的には、特別なものではなく市販されている鉄用脱脂剤、ステンレス用脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂材、マグネシウム合金用脱脂剤等を、その薬剤メーカーの指定通りの濃度で湯に投入した温水溶液を用意し、これに浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。更には、市販されている工業用中性洗剤で、数%濃度の水溶液を作成し、これを温度60℃前後にして浸漬した後、これを水洗するのも好ましい。次に、塩基性水溶液に浸漬して水洗し、予備塩基洗浄することが好ましい。
【0101】
次に、還元性の酸の水溶液に浸漬して、化学エッチングするのが好ましい。具体的には、蓚酸、硫酸、弗化水素酸等が、チタン合金を全面腐食させ得る還元性酸として使用できる。このうちエッチング速度が速いのは弗化水素酸であるが、弗化水素酸は万が一にも肌に触れると骨に至り、奥深い痛みが数日続くことがある。このような問題点から、この酸は使用しない方が好ましい。好ましいのは、安全な扱いができる弗化水素酸の半中和物の1水素2弗化アンモニウムである。1水素2弗化アンモニウムの1%前後の水溶液を、温度50〜65℃として使用し数分間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。更には、1%前後の1水素2弗化アンモニウムと数%〜十数%の硫酸を含む水溶液を、温度40〜65℃として使用し、これに数分間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。
【0102】
1水素2弗化アンモニウム水溶液による化学エッチングは、ミクロンオーダーの粗度を得るために行ったが、電子顕微鏡観察、最新分析機器等による観察では、化学エッチング後の水洗と乾燥により、チタン合金表面は、独特な形状の微細凹凸形状となり、且つ、全表面は酸化チタン薄層で覆われたものとなることが分かった。要するに、特段の微細エッチング工程、表面酸化工程等を不要とすることができる。次に、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングし、水洗し、乾燥した純チタン系のチタン合金「KS40(株式会社神戸製鋼所(日本国、兵庫県)製)」の分析例を示す。
【0103】
走査型プローブ顕微鏡による走査解析結果の例であると、チタン合金表面上で20μm角の正方形面積内を走査して、粗さ曲線の平均長さ(RSm,平均凹凸周期)が1.5〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.5〜1.5μm程度のものが得られた。ここでは、高さ及び幅が10〜300nm、長さが10nm以上の山状又は連山状凸部が10〜350nmの周期で、全面に存在する非常にユニークで独特な超微細凹凸形状が示された。又、XPS分析によると、大きな酸素、チタンのピークが得られ、表面の化合物は明らかに酸化チタンであることが分かった。ただ、表面色調は暗褐色であり、チタン(3価)酸化物か、又はチタン(3価)とチタン(4価)の混合酸化物の薄膜と判断された。
【0104】
即ち、エッチング前は、金属色であり表面はチタンの自然酸化層であるが、1水素2弗化アンモニウム水溶液でエッチングした後は、自然酸化層でない暗色の酸化チタン層に変化した。この酸化チタン層をアルゴンイオンビームで十〜数十nmエッチングし、エッチング後の面をXPS分析することで、チタン酸化物層の厚さを確認した。この厚さは、明らかに自然酸化層の厚さより厚く、1水素2弗化アンモニウム水溶液による純チタン系のチタン合金エッチング品では50nm以上とみられた。
【0105】
しかも、形成された酸化チタン層の表面から内部に向かって、チタンイオンの価数が減少しており、その表面の4価、又は3価と4価の混合状態から内部に向かって2価が増え、更に2価が減って0価の金属に至ることが判明した。形成されている酸化膜は、単純なチタン酸化物層でなく、チタン価数が表面から連続的に減ってゼロ価に達する連続変化層である。別の表現では、酸素が表面から染み込んだように、表面は濃く内部に向かって薄くなる連続変化層である。このような金属酸化膜では、金属相との間にはっきりした境がないため、酸化膜層と金属基材間の接合力は非常に強力で、その境界での引き剥がし破壊に関しては不安のないことが予期できる。
【0106】
純チタン系チタン合金以外の、チタン合金の具体的な処理法は前記と同様であるが、還元性の強酸水溶液によるエッチング時に生じる発生期の水素ガスによって、少量添加物として含まれている他金属が還元されて不溶物、いわゆるスマット、を生じることがある。スマットの多くは、その後に数%濃度の硝酸水溶液に浸漬することで、溶解除去することができる。但し、珪素スマットは、硝酸水溶液に溶解せず遊離するだけなので、超音波をかけた水中で剥がすのが好ましい。
【0107】
電子顕微鏡写真によると、ここにはチタン合金らしい微細凹凸がない綺麗な山か丘の斜面状部分も観察されるが、枯葉のような形状の独特の形状が観察された。これら表面の全体像は、前述したNAT仮説で主張する条件(2)の10nm以上の凹凸周期の微細凹凸面、好ましくは50nm周期の凹凸面、というイメージではなく、もっと周期は大きい。ただし、この微細凹凸面自体は、滑らかである。しかしながら、表面円滑なドーム状部は別として、枯葉形状部は薄くて湾曲しており、所定の硬度があれば本発明者等が意図とするスパイク形状そのものとなる。
【0108】
前述したNAT仮説で、本発明者が主張している条件(2)とはやや異なるが、条件(2)が求めている役割に合致する形状であると言える。ただ、このスパイク形状は大きくて、NATで求めている条件(1)のミクロンオーダーの粗度にも関係してくるので、敢えて粗度についても明確に規定しておいた方が判りやすい。即ち、走査型プローブ顕微鏡で見て、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が1〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が1〜5μmである粗度があるものが好ましい。
【0109】
又、NAT条件(2)からやや外れて微細凹凸周期が大きいので、10万倍の電子顕微鏡写真では表面の全体像を掴むことができない。全体像の表面観察は、1万倍以下の倍率写真を撮って観察した。即ち、1万倍電子顕微鏡写真でみると、少なくとも10〜20μm角以上の面積を見ることである。それによれば、円滑なドーム状形状と、湾曲した枯葉状形状の双方が観察できる。更に、チタンとアルミニウムを含むチタン合金については、化学エッチングにより形成され、走査型プローブ顕微鏡でみて、粗さ曲線の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ粗さ(Rz)が0.2〜5μmである粗度を有する表面であり、且つこの表面は、1万倍電子顕微鏡でみて、10μm角の面積内に円滑なドーム状形状と、枯葉状の複雑な形状の双方が観察される微細凹凸形状であり、且つ表面が主としてチタンとアルミニウムを含む金属酸化物薄層であるα―β型チタン合金製の金属形状物が好ましい。
【0110】
〔ステンレス合金部品〕
本発明でいうステンレス鋼とは、鉄にクロム(Cr)を加えたCr系ステンレス鋼、又はニッケル(Ni)をクロム(Cr)と組合せて添加した鋼であるCr−Ni系ステンレス鋼、その他のステンレス鋼と呼称される公知の耐食性鉄合金が対象である。日本工業規格(JIS)等で規格化されているSUS405、SUS429、SUS403等のCr系ステンレス鋼、SUS301、SUS304、SUS305、SUS316等のCr−Ni系ステンレス鋼である。
【0111】
〔ステンレス鋼の化学エッチング〕
各種ステンレス鋼は、耐食性を向上すべく開発されたものであるから耐薬品性は明確に記録されている。ステンレス鋼の腐食には、全面腐食、孔食、疲労腐食等の種類が知られているが、全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。文献の記録(例えば「化学工学便覧(化学工学会編集)」)によれば、ステンレス鋼全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、ハロゲン化金属塩等の水溶液で、全面腐食するとの記録がある。多くの薬剤に耐食性あるステンレス鋼の残された弱点は、ハロゲン化物に腐食されることであるが、炭素含有量を減らしたステンレス鋼、モリブデンを添加したステンレス鋼等ではその弱点が小さくなっている。
【0112】
しかし、基本的には前述した水溶液で、全面腐食を起こすのでステンレス鋼の種類によってその浸漬条件を変化させればよい。更には、焼き鈍し等で硬度を下げ、構造的に言えば金属結晶粒径を大きくしたものは、結晶粒界が少なくなっており、意図的に全面腐食させるのが困難になる。このような場合は、浸漬条件を変えて腐食が進行するような条件にするだけでは、化学エッチングが意図したレベルまで中々進まず、何らかの添加剤を加えるなど工夫が必要である。何れにせよ、前処理として前記したように1〜10μmの周期単位の凹凸があり、凹凸高低差が周期の半分程度になった粗度面が大部分を占めるようにすることを目的として化学エッチングする。
【0113】
具体的に言えば、まず市販の一般的なステンレス鋼用の脱脂剤、鉄用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、又は市販の一般向け中性洗剤を入手し、脱脂剤メーカーの説明書に記載された指示通りの水溶液の濃度、又は数%濃度の水溶液にして、温度を40〜70℃として5〜10分間浸漬した後、これを水洗する。これは言わば脱脂工程である。次に数%濃度の苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬して水洗し、表面に塩基性イオンを吸着させるのが好ましい。この操作で次の化学エッチングが再現性よく進むからである。これは言わば予備塩基洗浄工程である。
【0114】
次に、エッチング工程に入る。SUS304であれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として、これに数分間浸漬することが好ましく、これでミクロンオーダーの粗度が得られる。又、SUS316では、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度60〜70℃として、この中に5〜10分浸漬するのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液もエッチングに適しているが、この水溶液を高温化すると、酸の一部が揮発し周囲の鉄製構造物を腐食する恐れがあるほか、局所的に排気しても排気ガスに何らかの処理が必要になる。その意味で、硫酸水溶液の使用がコスト面で好ましい。ただし、ステンレス鋼材によっては、硫酸単独の水溶液では全面腐食の進行が遅すぎる場合がある。このような場合、硫酸水溶液にハロゲン化水素酸、又はその誘導体等を添加して、化学エッチングすることは効果的である。
【0115】
〔ステンレス鋼の表面硬化処理〕
前記の化学エッチングの後に、十分水洗することでその表面は自然酸化し、腐食に耐える表層に再度戻るために、特に別途の硬化処理を行う必要がない。しかし、表面の金属酸化物層を厚くしっかりとしたものにするべく、酸化性の酸、例えば硝酸等の酸化剤、即ち、硝酸、過酸化水素、過マンガン酸カリ、塩素酸ナトリウム等の水溶液に浸漬し、水洗するのが好ましい。エポキシ系接着剤の接合試験にかけて接合力の高いものを選び、その上で同じものを電子顕微鏡観察し微細凹凸が存在すること、その形状を確認するのが好ましい。
【0116】
勿論、先に電子顕微鏡観察をしてから接合試験にかけてもよい。何れにせよ、数十nm〜百nm周期の微細凹凸、特に好ましいのは、50nm程度の周期の微細凹凸形状がしっかり形成された微細構造表面を有するステンレス鋼では、高い接合力を有する。実際に、SUS304ステンレス鋼を硫酸水溶液で化学エッチングした例を示す。適切な化学エッチングにより、前記したような粗度面が得られ、これは粗度計(表面粗さ計)、走査型プローブ顕微鏡等での観察で確認できるが、更に化学エッチングされた表面を電子顕微鏡観察すると、非常に独特な超微細凹凸形状を有した面で覆われていることが分かる。要するに、ステンレス鋼では、上記のような化学エッチングだけで微細エッチングも同時に為される。
【0117】
又、この超微細凹凸形状で覆われたステンレス鋼をXPS分析すると、酸素、鉄の大きなピークと、ニッケル、クロム、炭素、モリブデンの小さなピークが認められた。要するに、表面は通常のステンレス鋼と全く同じ組成金属の酸化物であり、同様の耐食面で覆われているとみられた。又、前記還元性酸水溶液によるエッチングの後、硝酸水溶液、過酸化水素水溶液等に浸漬して、金属酸化物層を強固に形成するべく追加処理も行ったが、電子顕微鏡写真での外観の観察、接着剤による接合力の試験でも、この処理の付加によっても明確な差異は認められなかった。
【0118】
〔一般鋼材部品〕
本発明でいう一般鋼材とは、冷間圧延鋼材(以下、「SPCC」という。)、熱間圧延鋼材(以下、「SPHC」という。)、自動車構造用熱間圧延鋼板材(以下、「SAPH」という。)、自動車加工用熱間圧延高張力鋼板材(以下、「SPFH」という。)等、大量に機械部品用に使用されている鋼材が含まれる。これらの多くは、プレス加工用鋼板でもある。又、切削加工、研削加工等の狭義の機械加工用の構造用部材として、使用される一般構造用鋼材も含まれる。日本工業規格(JIS)の「SS400」などがこれに当たる。その他の鋳造用鉄材、一般用軟鉄材等も使用できる。
【0119】
〔鉄鋼材の化学エッチング〕
腐食には全面腐食、孔食、疲労腐食等の種類があるが、全面腐食を生じさせる薬品種を選んで腐食の試行錯誤を行い、適当な化学エッチング剤を選ぶことができる。文献の記録(例えば「化学工学便覧(化学工学会編集)」)によれば、鉄材、鋼材の全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、及びこれらの塩等の水溶液で、全面腐食するとの記録がある。炭素、クロム、バナジウム、モリブデン、その他の少量添加物の添加量次第で、その腐食速度や腐食形態は変化するが、基本的には前述した水溶液で全面腐食を起こさせることができる。従って、鋼材の種類によってその浸漬条件を変化させればよい。
【0120】
具体的に言えば、前述のSPCC、SPHC、SAPH、SPFH、SS等は、その各々について、市販されている鉄鋼材用の脱脂剤、ステンレス鋼用の脱脂剤、アルミニウム合金用脱脂剤、更には、市販の一般向け中性洗剤を入手し、脱脂剤メーカーの説明書に記載された指示通りの水溶液の濃度、又は数%濃度の水溶液にして、これを温度を40〜70℃として、この水溶液に5〜10分浸漬した後、これを水洗する(脱脂工程)。次に、次の化学エッチングの再現性よくするために、希薄な苛性ソーダ水溶液に短時間浸漬した後、これを水洗するのが好ましい。この工程は言わば予備塩基洗浄工程である。
【0121】
次に、SPCCであれば、10%濃度程度の硫酸水溶液を温度50℃として、これに数分間浸漬してエッチングするのが好ましい。これは、ミクロンオーダーの粗度を得るためのエッチング工程である。SPHC、SAPH、SPFH、SSでは、前者より硫酸水溶液の温度を上げて実施するのが好ましい。ハロゲン化水素酸、例えば塩酸水溶液もエッチングに適しているが、この水溶液を使用すると、酸の一部が揮発し、周囲の鉄製構造物を腐食する恐れがあるほか、局所的に排気しても排気ガスに何らかの処理が必要になる。その意味で、硫酸を主体とした水溶液の使用がコスト面で好ましい。
【0122】
前記エッチングだけで、同時に数十nm〜数百nmの微細凹凸も同時達成される。しかもその表面は、自然酸化層だけだが結構硬く、そのまま接着剤による接合(固着)しても強力な接合力が得られる。しかしながら、この接合はやはり環境に弱い。おそらく、界面端部から酸素と水蒸気が侵入し鋼材の接合表面を変化させる(錆びさせる)ものとみられる。これに対し、前記エッチングを為して水洗した後で、アンモニア、ヒドラジン、又は水溶性アミン類の薄い水溶液に数分浸漬した後、これを水洗することが第1の対策である。これら広義のアミン類は、前記鋼材表面に化学吸着して鋼材の酸化反応を抑制し接合物の接合力の維持に役立つことが分かった。
【0123】
〔鉄鋼材の表面処理2:化成処理による方法〕
前記の化学エッチングの後で水洗し、引き続いてクロム、マンガン、亜鉛等を含む酸や塩の水溶液に浸漬して水洗すると、鋼材表面がクロム、マンガン等の金属酸化物、又はリン酸亜鉛等の金属リン酸化物で覆われて、耐食性を向上させることができる。これは鉄合金、鋼材の耐食性向上の方法としてよく知られている方法であり、本発明でもこれを利用できる。少なくとも前述したアミン吸着法よりは接合の寿命を長く保てるものと判断できる。
【0124】
なお、本発明でいう化成処理の真の目的は、完全と言えるような耐食性の確保ではなく、接合性の強化にあるので既存の方法と若干異なることとなる。即ち、接合工程までの期間に少なくとも支障を生じることがなく、接合後は一体化物に対してそれなりの耐食措置を施すことになる。例えば、塗装等をしておいて、接合部分に経時的な支障を生じ難いレベルにすることである。要するに、化成皮膜を厚くした場合には、耐食性の観点からは好ましいが、接合性から好ましくないのである。化成皮膜は必要であるが厚きに過ぎると接合力は反って低下する、というのが本発明者等の見解である。
【0125】
具体的な実施方法について言えば、化成処理液に数%濃度の三酸化クロムの水溶液、弱酸性に調整した数%濃度の過マンガン酸カリの水溶液、弱リン酸酸性に調整した亜鉛塩の水溶液が好ましく使用できた。水溶液を温度45〜60℃にして、前記鋼材を0.5〜数分浸漬し、水洗し、乾燥する処理方法が好ましい。
【0126】
〔鉄鋼材の表面処理3:シランカップリング剤〕
耐食性、耐候性を鋼材に与えるために為す処理法として、多くの特許が出願されており、その中にシランカップリング剤を吸着させる方法が開示されている。シランカップリング剤は、親水性基と撥水性基を分子内に持たせた化合物であり、その希薄な水溶液に鋼材を浸漬し、水洗して乾燥させると、親水性のある鋼材表面にシランカップリング剤の親水性基側が吸着し、その結果として鋼材全体をシランカップリング剤の撥水基側が覆う形となる。
【0127】
シランカップリング剤が吸着したままエポキシ系接着剤を作用させた場合、硬化した接着剤と鋼材表面が作る数十nmレベルのごく薄い間隙内に水分子が浸入した場合でも、鋼材を覆うシランカップリング剤の撥水基群により、水分子が鋼材に近づくことが抑制される可能性がある。接合力が長期に亘って維持されるかどうかは、試験を長期に亘って実施しなければその効果は確認できないが、少なくとも前記の化成処理を実施し、加えて本シランカップリング剤により浸漬処理を行っても接合力に悪影響はなかった。従って前記化成処理に追加して本シランカップリング処理を行うことは好ましいことではないかと判断される。
【0128】
〔結晶性樹脂組成物/PPS〕
PPS樹脂組成物について述べる。樹脂分組成として、PPSが70〜97質量%及びポリオレフィン系樹脂が3〜30質量%を含む樹脂分組成物からなる場合、特に接合力に優れた複合体を得ることが出来る。ポリオレフィン系樹脂が3質量%以下の場合、ポリオレフィン系樹脂を含めたことによる射出接合力向上への効果が不確かなものとなる。一方、ポリオレフィン系樹脂が30質量%以上の場合も同様となる。又、ポリオレフィン系樹脂を30質量%以上添加したPPS樹脂は、射出成形機の射出筒内でのポリオレフィン系樹脂の熱分解が影響して、ガス発生量が異常に大きくなり射出成形そのものが困難になる。
【0129】
PPS成分としては、PPSと称される範疇に属するものであればよく、その中でも樹脂組成物部品とする際の成形加工性に優れることから直径1mm、長さ2mmのダイスを装着した高化式フローテスターにて、測定温度315℃、荷重98N(10Kgf)の条件下、測定した溶融粘度が100〜30000ポイズであるものであることが好ましい。又、PPSはアミノ基やカルボキシル基等で置換したものや、重合時にトリクロロベンゼン等で共重合したものであってもよい。さらに、PPSとしては、直鎖状のものであっても、分岐構造を導入したものであっても、不活性ガス中で加熱処理を施したものであってもかまわない。
【0130】
さらに、PPSは、加熱硬化前又は後に脱イオン処理(酸洗浄や熱水洗浄など)、あるいはアセトンなどの有機溶媒による洗浄処理を行うことによってイオン、オリゴマーなどの不純物を低減させたものであってもよいし、重合反応終了後に酸化性ガス中で加熱処理を行って硬化を進めたものであってもよい。ポリオレフィン系樹脂としては、通常ポリオレフィン系樹脂として知られているエチレン系樹脂、プロピレン系樹脂等であり、市販のものであってもよい。その中でも、特に接合性に優れた複合体を得ることが可能となることから、無水マレイン酸変性エチレン系共重合体、グリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体、グリシジルエーテル変性エチレン共重合体、エチレンアルキルアクリレート共重合体等であることが好ましい。
【0131】
この無水マレイン酸変性エチレン系共重合体としては、例えば無水マレイン酸グラフト変性エチレン重合体、無水マレイン酸−エチレン共重合体、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体等をあげることができ、その中でも特に優れた複合体が得られることからエチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体であることが好ましい。エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体の具体的例示としては、「ボンダイン(アルケマ社(仏国)製)」等があげられる。
【0132】
このグリシジルメタクリレート変性エチレン系共重合体としては、グリシジルメタクリレートグラフト変性エチレン重合体、グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体を挙げることができ、その中でも特に優れた複合体が得られることから、グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体であることが好ましい。グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体の具体例としては、「ボンドファースト(住友化学株式会社製)」等があげられる。グリシジルエーテル変性エチレン共重合体としては、例えばグリシジルエーテルグラフト変性エチレン共重合体、グリシジルエーテル−エチレン共重合体をあげることができ、エチレンアルキルアクリレート共重合体の具体例としては、「ロトリル(アルケマ社製)」等があげられる。
【0133】
本発明の複合体において、金属形状物に対し樹脂組成物との接合性がより優れたものとなることを考慮すると、樹脂組成物はPPSが70〜97質量%及びポリオレフィン系樹脂が3〜30質量%を含む樹脂分合計100質量%に対し、さらに多官能性イソシアネート化合物を0.1〜6質量%及び/又はエポキシ樹脂を1〜25質量%を配合してなるものが好ましい。多官能性イソシアネート化合物は、市販の非ブロック型、ブロック型のものが使用できる。
【0134】
この多官能性非ブロック型イソシアネート化合物としては、例えば4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、4,4’−ジフェニルプロパンジイソシアネート、トルエンジイソシアネート、フェニレンジイソシアネート、ビス(4−イソシアネートフェニル)スルホン等が例示される。又、多官能性ブロック型イソシアネート化合物としては、分子内に2個以上のイソシアネート基を有し、そのイソシアネート基を揮発性の活性水素化合物と反応させて、常温では不活性としたものが例示される。
【0135】
多官能性ブロック型イソシアネート化合物の種類は特に規定したものではなく、一般的には、アルコール類、フェノール類、ε−カプロラクタム、オキシム類、活性メチレン化合物類等のブロック剤によりイソシアネート基がマスクされた構造を有する。この多官能性ブロック型イソシアネートとしては、例えば「タケネート(三井武田ケミカル株式会社(日本国東京都)製)」等が挙げられる。エポキシ樹脂としては、一般にビスフェノールA型、クレゾールノボラック型等として知られているエポキシ樹脂を用いることができ、ビスフェノールA型エポキシ樹脂としては、例えば「エピコート(ジャパンエポキシレジン株式会社(日本国東京都)製)」等が挙げられる。又、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂としては、「エピクロン(DIC株式会社(日本国東京都)製)」等があげられる。
【0136】
〔結晶性樹脂組成物/PBT〕
次に、PBT樹脂組成物について述べる。より好ましいのは前記した充填材だけでなく、樹脂分組成として、3〜30質量%のPET及び/又はポリオレフィン系樹脂を含み、これに70〜97質量%のPBTの組成を有する場合である。PBTを主成分、PET及び/又はポリオレフィン系樹脂を従成分として、含むPBT系樹脂組成物は射出接合力に優れる。ここでいうポリオレフィン系樹脂とは、PPSの項で述べたものと同じである。
【0137】
PET及び/又はポリオレフィン系樹脂成分が5〜20質量%の場合に、最も接合力が高くなるが、3〜5質量%、20〜30質量%でもそれほど接合力は低下しない。しかし、30質量%以上であると接合力への効果が低くなり、且つ、PET成分が25質量%以上の場合は、PBT間のエステル交換反応が射出成形機内の高温下で進み易くなり、樹脂自体の強度が低下するおそれが生じる。又、ポリオレフィン系樹脂成分が30質量%以上の場合は、ガスの発生が増加し成形性が悪化し易い。
【0138】
〔複合体の製造/射出接合〕
本発明の複合体の製造方法は、金属形状物を射出成形金型にインサートして樹脂組成物を射出し複合体を製造する射出成形法が基本であり、以下のように行う。射出成形用金型を用意し、この射出成形金型を開いて、その一方に前述の処理により得られた金属形状物をインサートする。又、構成が簡素な場合は、複数金属形状物の一方に射出用のゲートを構成する穴を設け、複数の金属形状物が対向して位置決めされたとき、この穴から直接樹脂を内部の空間に射出する形態であってもよい。この場合、射出成形のノズル体を金属形状物に押し付け樹脂組成物を射出させるような構成となる。通常の場合、金属形状物を射出成形金型内にインサート後射出成形金型を閉じ、PBT、PPS系等の熱可塑性樹脂組成物を射出し、固化した後に射出成形金型を開き、即ち離型して複合体取り出す。
【0139】
次に、射出条件について説明する。射出成形金型の温度としては、特に固化後樹脂強度への影響が少なく、複合体の生産効率に優れることからPBT系樹脂、PPS系樹脂等では、温度100℃以上が好ましく、より好ましくは温度120℃以上であるとよい。射出温度、射出圧、射出速度は、特に通常の射出成形と変わらないが、強いて言えば、射出速度と射出圧は高目にすることが好適である。
【0140】
〔適用〕
本発明を種々の分野に適用することにより、従来接合の難しかった部品への接合性の向上、効率化、適用範囲の拡大等が図られ、例えば電子電気機器、家電機器等の筐体、本体、部品等での耐腐食性向上、自動車関連の部品の大量生産を可能とし、製造合理化に結びつく。複数の金属形状物の接合は、同種金属同士であってもよく、異種金属同士であってもよい。特に異種金属同士の接合複合体は、あらゆる分野での適用範囲が広い。その結果、電子電気機器、その他多くの分野でケースや部品の性能向上、生産性の向上に大きく寄与することができる。
【発明の効果】
【0141】
以上詳記したように、本発明の接合複合体は、複数の金属形状物が樹脂組成物を介し容易に剥がれることなく強固に一体化されたものとなる。産業の基材となる各種金属形状物に対して、即ち所定の形状に加工し、所定の表面処理を施した金属形状物を定位置に位置決めして、PBTが70〜97質量%とPET及び/又はポリオレフィン系樹脂が30〜3質量%を含む樹脂分組成を有する熱可塑性樹脂組成物、又はPPSが70〜97質量%とポリオレフィン系樹脂3〜30質量%を含む樹脂分組成を有する熱可塑性樹脂組成物を強く射出し、結合性の強力な両者の一体化した接合複合体を製造することができる。これにより、適用できる産業分野が広まり、特に異種金属が接合された複合体を求められる分野の大量生産に非常に効果のある接合複合体となった。
【0142】
又、複数金属形状物の接合複合体の製造方法では、複数の金属形状物を射出接合法で接合することが可能となり、複数金属形状物の接合複合体を容易に製造することができるようになった。特に、異種金属が接合された複合体を求められる分野において、大量生産可能に、接合複合体を製造することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0143】
【図1】図1は、単体の金属片と結晶性樹脂組成物を射出成形するための射出成形金型を模式的に示した構成図である。
【図2】図2は、単体の金属片と結晶性樹脂組成物を射出成形により得られた複合体を模式的に示した構成図である。
【図3】図3は、本発明の表面処理を複数の金属形状物に結晶性樹脂組成物を施し接合させる理論構成(NAT理論)を示す模式的部分断面図である。
【図4】図4は、アルミニウム合金板に鋼材部品を枠体を介して樹脂により接合させる構成を示す断面図である。
【図5】図5は、図4の平面図である。
【図6】図6は、鋼材部品とアルミニウム合金板とを樹脂により接合させた接合複合体を示す部分外観図である。
【図7】図7は、図4の変形例で鋼材部品の接合面が凸状態になっている例を示す断面図である。
【図8】図8は、アルミニウム合金板に溝を設けて枠体で位置決めし鋼材部品を樹脂により接合させた構成を示す断面図である。
【図9】図9は、アルミニウム合金板に溝を設け段差のある枠体を挿入し鋼材部品を樹脂により接合させた構成を示す断面図である。
【図10】図10は、アルミニウム合金板に段差溝を設けて鋼材部品を直接樹脂により接合させた構成を示す断面図である。
【図11】図11は、銅製部品とアルミニウム合金製部品による接合複合体を示す部分外観図である。
【図12】図12は、アルミニウム合金製部品に銅製部品を樹脂により接合させる構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0144】
以下、本発明の実施の形態を図によって説明する。本発明の対象とする複合体は複数の金属同士を樹脂により接合させた接合複合体であるが、発明の理解を容易にするため、本実施の形態例では簡素な例として、先に単体の金属形状物と樹脂組成物の接合について説明する。なお、図1、図2は基本的な実施の形態例を示す図で、前述のように単体の金属と樹脂の接合状態を示すものである。図1は、射出成形金型10を模式的に示した断面図である。図1は、射出成形金型10を閉じて射出成形している状態を示している。図2は、射出成形金型10で成形された金属と樹脂の複合体7を示す外観図である。この射出成形金型10は、可動側型板2と固定側型板3で構成され、固定側型板3側にピンポイントゲート5、ランナー等からなる樹脂射出部が構成されている。
【0145】
複合体7の成形は次のように行う。先ず可動側型板2を開いて、固定側型板3との間に形成されるキャビティに金属片1をインサートする。インサートした後、可動側型板2を閉じて図1の射出前の状態にする。次にピンポイントゲート5を介して溶融した樹脂組成物4を金属片1がインサートされたキャビティに射出する。射出されると樹脂組成物4は金属片1と接合し金属片1以外のキャビティを埋め樹脂成形され、金属片1と樹脂組成物4(金属と樹脂)とが一体となった複合体7が得られる。
【0146】
複合体7は、金属片1と樹脂組成物4との接合面6を有しており、この接合面6の面積は5mm×10mmである。即ち、接合面6の面積は0.5cmである。以下に示す実施の形態例は、この接合面の面積を同一ベースにして強度を得ている。又、測定等に使用した機器類は以下に示したものである。又、図1、図2に示す複合体は、接合強度を確認するための試験のし易い形状としているが、産業界で使用されるあらゆる形状のものに適用されることはいうまでもない。
【0147】
(a)X線表面観察(XPS観察)
数μm径の表面を深さ1〜2nmまでの範囲で構成元素を観察する形式のESCA「AXIS−Nova(クラトス/株式会社島津製作所(日本国京都府)製)」を使用した。
(b)電子顕微鏡観察
SEM型の電子顕微鏡「JSM−6700F(日本電子株式会社(日本国東京都)製)」を使用し1〜2KVにて観察した。
(c)走査型プローブ顕微鏡観察
「SPM−9600(株式会社島津製作所製)」を使用した。
(d)複合体の接合強度の測定
引っ張り試験機「モデル1323(アイコーエンジニアリング株式会社(日本国大阪府)製)」を使用し、引っ張り速度10mm/分でせん断破断力を測定した。
【0148】
次に、樹脂組成物の調整例について説明する。
〔調整例1(PPS組成物の調製例)〕
攪拌機を装備する50リットルオートクレーブに、NaS・2.9HOを6,214g、及びN−メチル−2−ピロリドン17,000g仕込み、窒素気流下攪拌しながら徐々に205℃まで昇温して、1,355gの水を留去した。この系を140℃まで冷却した後、p−ジクロロベンゼン7,160gとN−メチル−2−ピロリドン5,000gを添加し、窒素気流下に系を封入した。この系を2時間かけて225℃に昇温し、225℃にて2時間重合させた後、30分間かけて250℃に昇温し、さらにこの温度250℃にて3時間重合を行った。重合終了後、室温(大気温)まで冷却し、ポリマーを遠心分離機により分離した。固形分を温水でポリマーを繰り返し洗浄し100℃で一昼夜乾燥することにより、溶融粘度が280ポイズのPPS(以下、PPS(1)と記す。)を得た。なお、このPPSは、特殊なものではなく市販されているPPSであっても良い。
【0149】
このPPS(1)を、更に窒素雰囲気下250℃で3時間硬化を行い、PPS(以下、PPS(2)と記す。)を得た。得られたPPS(2)の溶融粘度は、400ポイズであった。得られたPPS(2)を6.0kgと、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体「ボンダインTX8030(アルケマ社製)」を1.5kg、エポキシ樹脂「エピコート1004(ジャパンエポキシレジン株式会社(日本国東京都)製)」を0.5kgを、あらかじめタンブラーにて均一に混合した。
【0150】
その後、二軸押出機「TEM−35B(東芝機械株式会社(日本国静岡県)製)」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91(日本板硝子株式会社(日本国東京都))製)」を、サイドフィーダーから添加量が20質量%となるように供給しながら、シリンダー温度300℃で溶融混練してペレット化したPPS組成物(1)を得た。得られたPPS組成物(1)を温度175℃で5時間乾燥した。
【0151】
〔調整例2(PPS組成物の調製)〕
調整例1で得られたPPS(1)を、酸素雰囲気下の温度250℃で、3時間硬化を行いPPS組成物(以下、PPS(3)と記す。)を得た。得られたPPS(3)の溶融粘度は、1800ポイズであった。得られたPPS(3)を5.98kgと、ポリエチレン「ニポロンハード8300A(東ソー株式会社(日本国東京都)製)」0.02kgとを、予めタンブラーにて均一に混合した。
【0152】
その後、二軸押出機「TEM−35B」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91」を、サイドフィーダーから添加量が40質量%となるように供給しながら、シリンダー温度300℃で溶融混練してペレット化したPPS組成物(2)を得た。得られたPPS組成物(2)を、温度175℃で5時間乾燥した。
【0153】
〔調整例3(PPS組成物の調製)〕
調整例1で得られたPPS(2)を7.2kgと、グリシジルメタクリレート−エチレン共重合体「ボンドファーストE(住友化学株式会社製)」を0.8kgを、予めタンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91」を、サイドフィーダーから添加量が20質量%となるように供給しながら、シリンダー温度300℃で溶融混練して、ペレット化したPPS組成物(3)を得た。得られたPPS組成物(3)を、温度175℃で5時間乾燥した。
【0154】
〔調整例4(PPS組成物の調製)〕
調整例1で得られたPPS(2)を4.0kgと、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体「ボンダインTX8030(アルケマ社製)」を4.0kgを、予めタンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91」を、サイドフィーダーから添加量が20質量%となるように供給しながら、シリンダー温度300℃で溶融混練して、ペレット化したPPS組成物(以下、PPS組成物(4)と記す。)を得た。得られたPPS組成物(4)を、温度175℃で5時間乾燥した。
【0155】
〔調整例5(PBT組成物の調整)〕
PBT樹脂「トレコン1100S(東レ株式会社(日本国東京都)製)」を4.5kgと、PET樹脂「TR−4550BH(帝人化成株式会社(日本国東京都)製)」0.5kgを、タンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91」をサイドフィーダーから添加量が30質量%となるように供給しながら、シリンダー温度270℃で溶融混練し、ペレット化したPBT組成物(以下、PBT組成物(1)と記す。)を得た。得られたPBT組成物(1)を、140℃で3時間乾燥した。
【0156】
〔調整例6(PBT組成物の調製)〕
PBT樹脂「トレコン1401X31(東レ株式会社製)」を6.0kgと、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体「ボンダインTX8030(アルケマ社製)」を0.7kg、エポキシ樹脂「エピコート1004(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」を0.15kgをあらかじめタンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B(東芝機械株式会社製)」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91(日本板硝子株式会社製)」をサイドフィーダーから添加量が30質量%となるように供給しながら、シリンダー温度270℃で溶融混練してペレット化したPBT組成物(以下、PBT組成物(2)と記す。)を得た。得られたPBT組成物(2)を150℃で5時間乾燥した。
【0157】
〔調整例7(PBT組成物の調整)〕
PBT樹脂「トレコン1401X31(東レ株式会社製)」を6.0kgと、PET樹脂「TR−4550BH(帝人化成株式会社製)」を0.5kg、エチレン−アクリル酸エステル−無水マレイン酸三元共重合体「ボンダインTX8030(アルケマ社製)」を0.5kg、エポキシ樹脂「エピコート1004(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」を0.1kgを、予めタンブラーにて均一に混合した。その後、二軸押出機「TEM−35B(東芝機械株式会社製)」にて、平均繊維径9μm、繊維長3mmのガラス繊維「RES03−TP91(日本板硝子株式会社製)」を、サイドフィーダーから添加量が30質量%となるように供給しながら、シリンダー温度270℃で溶融混練してペレット化したPBT組成物(以下、PBT組成物(3)と記す。)を得た。得られたPBT組成物(3)を、温度150℃で5時間乾燥した。
【0158】
図3は前述のとおり、金属基材部20a,20bに、金属酸化物薄膜又は金属リン酸化物薄膜21を介して結晶性樹脂組成物22が接合され硬化した状態を、部分的に模式的に示した断面図である。次に、鋼材とアルミニウム合金との接合による複合体構造の実施の形態例について説明する。図4、図5は、異なる金属の接合部材として、ベースのアルミニウム合金板11にL型の鋼材部品12を接合(固着)させる構成を示している。図5は、図4の平面図である。アルミニウム合金板11の接合面13と鋼材部品12の接合面14は、前述のとおりの表面処理をしておく。本例の構成は、アルミニウム合金板11は大きい部材とし、この一部にL型の鋼材部品12が接合されるものとする。
【0159】
接合は、前述した結晶性樹脂組成物(以下、「樹脂組成物4」という。)を射出して行う。本例の構成においては、図1に示すような射出成形金型10は使用していない。アルミニウム合金板11の接合面13には、鋼材部品12の取り付け箇所に枠体15を取り付けている。この枠体15は、合成樹脂製であり、その形状は周囲が囲繞形態をなし、アルミニウム合金板11の接合面13の所定位置に、一時的に固定、又は係止するようになっている。図4に示した例は、アルミニウム合金板11の接合面13に、貫通孔、又は底がある小穴16を設け、この小穴16に枠体15のボス17が挿入されることで位置決めがなされている。
【0160】
枠体15の内側には段差部18が設けられ、この段差部18に鋼材部品12の接合面14側が載置され、鋼材部品12は、この枠体15に対し段差部18を介して位置決め設置される。従って、鋼材部品12は、枠体15を介してアルミニウム合金板11の接合面13に位置決めされる。鋼材部品12が、枠体15の段差部18に設置されたとき、この鋼材部品12とアルミニウム合金板11との間に空間が区画され形成される。即ち、鋼材部品12とアルミニウム合金板11との間に、枠体15を挟んで密封された空間部19が形成される。この密封された空間部19は、射出成形のキャビティとなる。
【0161】
又、鋼材部品12には、樹脂射出のゲートをなす通し小穴23が設けられている。更に枠体15の鋼材部品12挿入側の開口縁部24は面取りがなされ、鋼材部品12が挿入しやすいようにしている。このような構成のもとに、例えば鋼材部品12をロボット等により搬送し、アルミニウム合金板11の定位置に枠体15を介して位置決めしセットする。この鋼材部品12が位置決めセットされると、自動的にアルミニウム合金板11との間に密封した空間部19が形成される。
【0162】
次に、樹脂組成物射出用のノズル体25が、鋼材部品12の貫通孔である通し小孔23位置に位置決めし押圧する。この押圧により鋼材部品12は、枠体15に固定されることになる。この状態で、前述の樹脂組成物4を、ノズル体25を介してゲートをなす通し小孔23を通して、密封されている空間部19へ射出する。この樹脂組成物4は、前述したように結晶性樹脂組成物である。射出後ノズル体25が離脱し、樹脂組成物4が固化すると、樹脂組成物4はアルミニウム合金板11と鋼材部品12の各接合面13,14に接合(固着)され、この2つの金属は樹脂組成物4とともに一体化され、図6に示す接合複合体26となる。このとき枠体15も接合され一体化するが、剥離して取り外してもよいが複合体として支障がなければ一体化させたままでもよい。
【0163】
このようにして、複数の金属形状物の接合複合体26を容易に製造することができる。この複合体は、樹脂組成物4にある程度の厚みを有して、2つの金属を対向させて接合させる構成であるが、ある程度の厚みを持たせたことで、図7に示すように、鋼材部品12の接合面14が平坦でなく凹凸のある部品であっても接合が可能である。図7の鋼材部品12は、接合面14に凸状体27が設けられた部品としている。この凸状体27が空間部19に張り出すことになる。
【0164】
凸状体がアルミニウム合金板11側にあっても同様である。このことは、従来接着のように、相手接合面に合わせて接合面を平坦にするような工程は、不要で省略することができることを意味する。鋼材部品12を高さ方向と平面上の位置決めのみを行って、密封の空間部19が確保されれば、容易に複数の金属形状物を接合することができる。このように、枠体15を設けて位置決めを正確にできるようにしたので、人手によらずロボット等により自動搬送で能率よく接合させることができる。
【0165】
この構成は、大量生産に大きく寄与し生産効率を向上させるととなる。枠体15の材質を樹脂としているが、その性質は問わない。密封の空間部19を形成できるものであればなんでもよい。枠体15の開口縁部24を面取り形状としたが、エラストマー材であれば弾性変形させて鋼材部品12を挿入させることも可能である。次に他の実施の形態について説明する。図8は、アルミニウム合金板30側に溝31を設け、この溝31を覆う状態で鋼材部品32を直接載置する形態である。
【0166】
この場合も位置決めのための枠体33を、アルミニウム合金板30に設置する。この枠体33は鋼材部品32の位置を定める機能があればよいので、囲繞された枠体33である必要はなく、部分的形状のものでよく面取りされていればよい。この例の場合は、鋼材部品32とアルミニウム合金板30との間のみに空間部34を構成する。鋼材部品32が大きく接合面35が広い部品の場合に有効で、その場合はアルミニウム合金板30に部分的に溝31を設けて、鋼材部品32を部分的に接合させる構成になる。
【0167】
図8の例では、溝31の数は2箇所である。この例の場合は、高さ方向の位置調整はできないが、鋼材部品32の接合面35に、凹凸があっても溝位置にあるものは部分的に許容できる。又、接合用の溝31をアルミニウム合金板30に設けることで説明したが、鋼材部品32の接合面35側に溝を設けるようにしてもよい。又、図に示すようにゲートをなす通し小孔36はアルミニウム合金板30側に設けてもよい。図8の例は、この通し小孔36を介して樹脂組成物4を空間部34に射出し接合複合体としている。
【0168】
図9は、アルミニウム合金板40の溝41に枠体42を設けた例である。この枠体42は囲繞形態をなし、図4の場合と同様に枠体42に段差部43を設けている。段差部43を設けたことで、前述と同様に、鋼材部品44とアルミニウム合金板40との間に、枠体42を介して空間部45を構成し、この空間部45に樹脂組成物4を射出し接合させる。この例の場合は、鋼材部品44が丸物部材であると有効である。鋼材部品44の高さ調整は、段差部43の形状によって決めることができる。
【0169】
図10は、アルミニウム合金板50に設けられた段差溝に、直接鋼材部品51を挿入して接合させる構成例である。鋼材部品51を段差溝の段差部52に載置し、鋼材部品51の接合面53とアルミニウム合金板50の段差溝底面54との間に空間部55を形成し、この空間部55に樹脂組成物4を射出し2つの金属を接合し一体化する。この例の場合は、枠体を必要とせず、枠体のない密封の空間部55を形成し、複数の金属形状物を定位置に位置決めする構造体は、アルミニウム合金板50の段差溝縁部56となる。この段差溝縁部56は面取りされていることが好ましい。
【0170】
図11、12は、異種の金属形状物の接合複合体として、アルミニウム合金製部品であるケース体71に、銅製部品(例えば、ヒートシンク)72を接合(固着)させる構成を示している。図11は、部分外観図であり、図12は断面図である。ケース体71の接合面と銅製部品72の接合面には、前述のとおりの表面処理をしておく。
この形態では、ケース体71側に溝を設け、この溝を覆う状態で銅製部品72を直接載置している。接合は、前述した樹脂組成物4を射出して行う。又、ケース体71は、板材の折り曲げ加工、絞り加工等で製作されているとよい。
【0171】
位置決めのための枠体75が、ケース体71に設置される。この枠体75は銅製部品72の位置を定める機能があればよいので、囲繞された枠体75であってもよいが、囲繞しないものであってもよい。この形態の場合は、銅製部品72とケース体71との間に密封された空間部(溝)を構成する。この形態の空間部の数は2箇所である。この空間部が射出成形のキャビティとなる。
ケース体71の接合面には、銅製部品72の取り付け箇所に枠体75を取り付けている。この枠体75は、合成樹脂製であり、所定位置に、貫通穴、又は止まり穴である小穴を設け、この小穴に枠体75のボスが挿入されることで位置決めがなされている。又、図に示すようにゲートをなす通し小孔76はケース体71に設けられている。ノズル体(図示せず)を介してゲートをなす通し小孔76を通して樹脂組成物4を空間部に射出し接合複合体としている。
【0172】
なお、接合用の空間部(溝)をケース体71に設けることで説明したが、銅製部品72の接合面側に溝を設けるようにしてもよい。溝の数は2以外であってもよい。このように一体化させると、ケース体71の中の熱源に銅製部品(ヒートシンク)72を近づけそこから熱を移動させることができる。
【0173】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はこれらの実施の形態に限定されることはない。本発明の目的、趣旨を逸脱しない範囲内での変更が可能なことはいうまでもない。例えば、本実施の形態において、複数の金属形状物を鋼材部品とアルミニウム合金板を例に説明したが、鋼材、アルミニウム合金以外に、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼によってもよく、又、同種、異種を問わないこともいうまでもない。更に、本発明対象の接合複合体は、3種以上の金属形状物を組み合わせて射出接合した接合複合体としてもよい。
【符号の説明】
【0174】
1…金属片
2…可動側型板
3…固定側型板
4…樹脂組成物
5…ピンポイントゲート
6…接合面
7…複合体
10…射出成形金型
11…アルミニウム合金板
12…鋼材部品
15…枠体
19…空間部
26…接合複合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度を有する表面であり、且つ前記表面は、高さ又は深さ、幅、及び長さを有する凸部又は凹部で、全面に存在する超微細凹凸形状であり、且つ前記表面が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層(21)を有している金属形状物(11,12)と、
複数の前記金属形状物の対向面間に、密封空間(19)を区画し、且つ複数の前記金属形状物を定位置に位置決めし、固定するための構造体(15)と、
前記密封空間に溶融した樹脂を射出して、前記超微細凹凸形状に侵入して複数の前記金属形状物を接合させて互いに一体化した結晶性樹脂組成物(4)と
からなる複数金属形状物の接合複合体。
【請求項2】
請求項1に記載された複数金属形状物の接合複合体において、
複数の前記金属形状物は、異種金属の金属形状物である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載された複数金属形状物の接合複合体において、
前記超微細凹凸形状は、電子顕微鏡観察で、前記高さ又は前記深さ、及び幅が10〜500nmで、前記長さが10nm以上の前記凸部又は前記凹部が10〜数百nm周期である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項4】
請求項1又は2に記載された複数金属形状物の接合複合体において、
前記超微細凹凸形状は、電子顕微鏡観察で、前記高さ又は前記深さが10〜500nmで、前記長さが10〜350nmの前記凸部又は前記凹部が10〜500nm周期である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、アルミニウム合金製であり、
前記超微細凹凸形状は、
前記化学エッチングのための強塩基性水溶液に浸漬することにより形成されたものであり、且つ
前記強塩基性水溶液に浸漬後、ヒドラジン、アンモニア、及び水溶性アミン化合物から選ばれる1種以上を含む水溶液への浸漬処理によって、厚さ2nm以上の酸化アルミニウム薄層を有したものであり、且つ
10〜100nm径の凹部で全面が覆われているものである
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、マグネシウム合金製であり、
前記超微細凹凸形状は、
前記化学エッチングのための酸性水溶液に浸漬することにより形成されたものであり、且つ
前記酸性水溶液に浸漬後、過マンガン酸アルカリ金属塩水溶液への浸漬処理によって形成されたマンガン酸化物の薄層表面を有したものであり、且つ
5〜20nm径で20〜200nm長さの棒状物が無数に錯綜した形で覆われているものである
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項7】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、銅又は銅合金製であり、
前記超微細凹凸形状は、
前記化学エッチングのための酸化剤を含む強酸性水溶液に浸漬処理することによって形成されたものであり、且つ
前記強塩基性水溶液に浸漬後、酸化剤を含む強塩基性水溶液への浸漬処理によって形成された主として酸化第2銅の薄層であり、且つ
直径又は長径短径の平均が20〜150nmの孔開口部が100〜300nm周期で全面に存在するものである
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、銅又は銅合金製であり、
前記超微細凹凸形状は、
前記化学エッチングのための酸化剤を含む強酸性水溶液に浸漬することによって形成されたものであり、且つ
前記強塩基性水溶液に浸漬後、酸化剤を含む強塩基性水溶液への浸漬処理によって形成された主として酸化第2銅の薄層であり、且つ
直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在するものである
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、チタン合金製であり、
前記超微細凹凸形状は、
弗化水素系化合物を含む強酸性水溶液に浸漬することにより、酸化チタンの薄層で覆われたものであり、且つ
高さ及び幅が10〜350nm、長さが10nm以上の山状又は連山状凸部が10〜350nm周期で全面に存在するものであり、且つ
前記表面が主としてチタン酸化物の薄層である管状のチタン合金部品である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、ステンレス鋼製であり、
前記超微細凹凸形状は、
還元性強酸水溶液に浸漬することにより形成された薄層のステンレス鋼酸化物であり、且つ
直径20〜70nmの粒径物又は不定多角形状物が積み重なった形状である溶岩台地の斜面のガラ場状のような超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われている
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項11】
請求項1又は2に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物の一つは、鋼材製であり、
前記超微細凹凸形状は、
還元性強酸水溶液に浸漬することによる前記化学エッチング後に形成された薄層の自然鋼材酸化物であり、且つ
前記電子顕微鏡による観察で、高さ50〜150nm、奥行き80〜500nmで幅が数百〜数千nmの階段が無限段に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われている表面である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項12】
請求項11に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記自然酸化膜薄層は、前記表面がアンモニア、ヒドラジン、及び水溶性アミンから選択される1種以上が吸着した鉄の自然酸化膜薄層である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項13】
請求項11に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記自然酸化膜薄層は、前記表面がクロム、マンガン、及び亜鉛から選択される1種の酸化物、又はリン酸化物の薄層である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項14】
請求項1ないし13から選択される1項に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記結晶性樹脂組成物は、ポリフェニレンサルファイド樹脂を主成分とする樹脂組成物である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項15】
請求項1ないし13から選択される1項に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記結晶性樹脂組成物は、ポリブチレンテレフタレート樹脂を主成分とする樹脂組成物である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項16】
請求項14に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記結晶性樹脂組成物は、前記ポリフェニレンサルファイド樹脂が70ないし97質量%、ポリオレフィン系樹脂が3ないし30質量%である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項17】
請求項15に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記結晶性樹脂組成物は、前記ポリブチレンテレフタレート樹脂が70ないし97質量%、ポリエチレンテレフタレート及び/又はポリオレフィン系樹脂が3ないし30質量%である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項18】
請求項14ないし17から選択される1項に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記結晶性樹脂組成物は、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、その他強化繊維、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、シリカ、タルク、粘土、及びガラス粉から選ばれる1種以上の20〜60質量%の充填材が含まれている樹脂組成物である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項19】
請求項1ないし18から選択される1項に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記金属形状物は、前記空間に前記結晶性樹脂組成物を射出させるためのゲートが設けられている
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項20】
請求項1ないし19から選択される1項に記載の複数金属形状物の接合複合体において、
前記構造体は、囲繞形態をなし、複数の前記金属形状物との間に挟まれ前記密封空間を設けるように構成した
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体。
【請求項21】
金属形状物(11,12)に、化学エッチングによるミクロンオーダーの粗度を有する表面であり、且つ前記表面は、高さ又は深さ、幅、及び長さを有する凸部又は凹部で、全面に存在する超微細凹凸形状であり、且つ前記表面が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層(21)を形成する工程と、
複数の前記金属形状物の対向面間に、密封空間(19)を区画し、且つ複数の前記金属形状物を定位置に位置決めする工程と、
前記密封空間に溶融した樹脂を射出して、前記超微細凹凸形状に侵入して複数の前記金属形状物を互いに一体化させる結晶性樹脂組成物により接合する工程と
からなる複数金属形状物の接合複合体の製造方法。
【請求項22】
請求項21に記載された複数金属形状物の接合複合体の製造方法において、
複数の前記金属形状物は、異種金属の金属形状物である
ことを特徴とする複数金属形状物の接合複合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−298144(P2009−298144A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−117389(P2009−117389)
【出願日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】