説明

質量分析装置および質量分析方法

【課題】
検出可能なフラグメントイオンのピークの数を増やした、電子捕獲解離を用いる質量分析装置を提供する。
【解決手段】
本発明の質量分析装置は、試料からイオンの生成を行うイオン源2と、イオンの蓄積および選択を行うイオントラップ部3と、イオンを電子捕獲解離するイオン解離部4と、イオンの質量分析を行う飛行時間質量分析部7と、を備えた質量分析装置であって、質量分析を行ったイオンの価数に応じて電子捕獲解離の反応時間が可変である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子捕獲解離(ECD)を行う質量分析装置および質量分析装置を用いた質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、遺伝情報を用いて生成されるタンパク質あるいはタンパク質をもとに細胞内で翻訳後に修飾され機能する生体高分子ペプチドの機能・構造解析が注目されている。
【0003】
このような機能・構造解析の手段として、質量分析法が注目されている。質量分析法を用いることにより、アミノ酸がペプチド結合によりつながった生体高分子成分のタンパク質、ペプチド成分の配列情報を得ることが可能である。特に高周波電場を使用したイオントラップを有する質量分析装置は、特許文献1に開示されるように、イオントラップ部においてMSn測定を行うことが可能である。
【0004】
試料をイオン化部でイオン化した後、イオントラップ部に導入し、イオンを蓄積する。次に、FNF(Filtered Noise Field)を用いて、親イオンを単離する。次に、衝突励起解離(Collision Induced Dissociation:CID)を起こさせ、解離したイオンをイオン検出部により検出し、MSnスペクトルを得る。このようなイオントラップや飛行時間型質量分析法(Time of Flight:TOF)は高速分析が可能なため、液体クロマトグラフィーなどの試料分離を行う方法との結合性が高いため、試料の連続解析を行うことが重要とされているプロテオーム解析などで幅広く使用されている。
【0005】
現在、タンパク質・ペプチド解析分野において、最も広く使用されている手法が前記のCIDである。この手法を用いてアミノ酸で構成されるペプチドを解離した場合、a−x,b−yで帰属される部位で優先的に解離される。しかし、アミノ酸の配列によっては、解離しにくい部位がある。また、CIDでイオン解離を行った場合、翻訳後修飾を受けたペプチドなどは、翻訳後修飾による側鎖が切れやすい傾向があるため、検出されたイオンからは修飾分子種と修飾の有無の確認は可能であるが、修飾を受けたアミノ酸部位の判定は困難である。
【0006】
一方、タンパク質・ペプチド解析分野において、他の解離手段として電子捕獲解離(Electron Capture Dissociation:ECD)が注目されている。ECDはアミノ酸配列に依存せず(ただし例外として環状構造であるプロリン残基は切断しない)、アミノ酸配列の主鎖上のc−z部位を1箇所を切断する。そのため、アミノ酸配列及び翻訳後修飾された分子種と修飾部位を質量分析法のみで完全解析することが可能となる。
【0007】
近年、特許文献2に開示されるように、イオントラップ部においてECDを可能な質量分析装置が開発されている。このような装置では、1台の装置で、CID測定とECD測定が行えるため、多くの生体高分子に関する解析情報を取得することが可能であり、注目されている。そのため、液体クロマトグラフィーとの結合性は良いため、高速度でECDでのタンパク質・ペプチド解析を行うことが重要となる。
【0008】
タンパク質・ペプチド構造解析分野において、構造解析に有用なスペクトルを取得するためには、構造に起因する数多くのフラグメントイオンを効率良く高感度で検出することが重要である。
【0009】
通常、一般的にペプチドの構造解析として用いられるCIDでは親イオンだけを衝突励起解離しているため、フラグメントイオンの信号強度を増加させるには親イオンをできるだけ解離させることが重要である。そのため、CIDを行う時間やCIDを行う電圧などをリアルタイムで調整する様々な方法が考案・実用されている。また、ECDにおいても親イオンをできるだけ解離させることが重要である。
【0010】
【特許文献1】米国特許第4736101号
【特許文献2】特開2006−234782号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、ECDにおいて親イオンをできるだけ解離させた上でフラグメントイオンを検出した場合、検出可能なフラグメントイオンのピークの数が少なくなる場合がある、という問題があった(図6(b)参照)。
【0012】
本発明は、上記の問題を解決するものであり、その目的は、検出可能なフラグメントイオンのピークの数を増やすことである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の問題を解決するために、本発明の質量分析装置および質量分析方法は、質量分析を行ったイオンの価数の大きさに応じて前記電子捕獲解離の反応時間が可変である。ここでの質量分析は、電子捕獲解離を行う対象となる親イオンを選択するための、電子捕獲解離前の質量分析(MS1)である。
【0014】
ECD反応では、できるだけ多くの親イオンを解離させることが重要であるため、従来、ECD反応時間としてできるだけ多くの親イオンの解離が可能なデフォルト値(固定値)を用いていた。その結果として、ECD時間を長くしてしまっている場合があった。そのため、生成されたフラグメントイオンもECD反応を起こし、フラグメントイオンが解離・中性化してしまい、フラグメントイオンの検出可能なピークが少なくなってしまっていた。
【0015】
これに対して、本発明者らは、ECD反応効率は、親イオンの価数に依存している、という点に着目した。そこで、本発明では、質量分析(MS1)を行ったイオンの価数に応じてECD反応時間が可変になっている。これにより、電子捕獲解離の反応時間が質量分析(MS1)を行ったイオンの価数に応じて可変であるため、ECDの反応効率をイオンに合ったより適切なものにすることができ、結果として、フラグメントイオンの解離・中性化を防止することができ、ECD反応後のフラグメントイオンの検出可能なピークを増やすことができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の質量分析装置および質量分析方法によれば、ECD反応後に検出可能なフラグメントイオンのピークの数を増やすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の一実施の形態について図面を用いて説明する。
【0018】
〔質量分析装置の構成〕
図1は、本発明の一実施形態の質量分析装置(本装置)を示す概略図である。
【0019】
本装置は、イオン源(イオン源部)2,イオントラップ部3,偏向レンズ4,イオン解離部5,イオン輸送部6,飛行時間質量分析部(質量分析部)7、および制御部8を備えている。なお、この本装置への試料の導入は、例えば、液体クロマトグラフ11により行われる。液体クロマトグラフ11により分離された成分、例えばペプチド成分は、イオン源2へ導かれる。
【0020】
イオン源2は、このペプチド成分をイオン化する。イオン源2としては、エレクトロスプレーイオン源(Electro Spray Ion Source:ESI)を用いることができる。エレクトロスプレーイオン源は、タンパク質・ペプチドの有用な多価イオンを生成しやすい。
【0021】
イオントラップ部3は、親イオンの純度を向上するために、イオンを蓄積するという機能、およびイオンを単離および蓄積するという機能等を有する。イオントラップ部3としては、例えばリニアトラップを用いることができる。また、イオンの単離・蓄積における、単離と蓄積は、同時に行ってもよいし、蓄積した後に単離してもよい。
【0022】
偏向レンズ4は、ECD測定を行うのか否かにより動作が切り替えられる。イオン解離部5においてECD測定を行う場合には、後述する親イオン決定部52が決定し、かつ、イオントラップ部3にて単離および蓄積した親イオンをイオン解離部5へ導入する。イオン解離部5においてECD測定を行わない場合には、イオントラップ部3が蓄積したイオンを質量分析部17へ導入する。
【0023】
イオン解離部5は、親イオン決定部52が決定した親イオンを解離して(電子捕獲解離して)、フラグメントイオンとする。イオン解離部5は、電子源を備えている。また、イオン解離部5としては、ECD(Electron Capture Dissociation)反応可能なリニアトラップを用いることができる。
【0024】
イオン輸送路6は、ECD反応後にイオン解離部5から排出されたフラグメントイオンの質量分析部7への輸送、および、質量分析(MS1)前にイオントラップ部3が蓄積したイオンの質量分析部7への輸送を行う。
【0025】
質量分析部7は、飛行時間型(Time of Flight:TOF)の質量分析部7であり、イオントラップ部3において蓄積されたイオンの中から親イオンを選択するための質量分析(MS1)と、イオン解離部5においてECD反応されたフラグメントイオンを用いた高分解能測定(質量分析;MS2)と、を行う。なお、質量分析部7は、TOF型質量分析部に限らず、FT−ICRでもよい。制御部8は、イオントラップ部3等の各部材の動作を制御する。
【0026】
制御部8は、価数判定部40,ピーク判定部41,反応時間切替部42、および親イオン決定部52を備えている。
【0027】
価数判定部40は、質量分析(MS1)のスペクトルデータのピーク情報(m/z,強度,価数,同位体)からピークの価数が標準試料のピークの価数より大きいかどうかを判定する。ピーク判定部41は、質量分析(MS1)のスペクトルデータのピークが所定のしきい値より大きいかどうかを判定する。親イオン決定部52は、価数判定部40およびピーク判定部41の判定結果に基づき、親イオンを決定する。反応時間切替部42は、決定された親イオンの価数に基づき反応時間を決定する。親イオン決定部52は、質量分析(MS1)のスペクトルデータに基づき親イオンを決定する。この決定は、スペクトルデータのピークの信号強度が所定のしきい値を超えているかどうかにより判定する。信号強度が所定のしきい値を超えているものを親イオンとし、信号強度が所定のしきい値を超えていないものは親イオンでないとする。このような親イオンが複数存在する場合には、信号強度が高い順番に測定することができる。決定の仕方については、以下の(1)〜(3)において詳細に述べる。
【0028】
さらに、制御部8は、フラグメントイオン強度総和測定部(強度総和測定部)51および最適フラグメントイオン判定部53を備えていてもよい。強度総和測定部51は、フラグメントイオンの強度の総和を測定する。ECDの反応時間を変更して、強度総和測定部51がそれぞれの反応時間におけるフラグメントイオンの強度の総和を求める。その結果、上記の最適フラグメントイオン判定部53がフラグメントイオンの強度の総和が最も高くなるフラグメントイオンを選択する。選択後、反応時間切替部42が選択されたフラグメントイオンに対応する反応時間をECD反応時間とする。
【0029】
この強度総和測定部51および最適フラグメントイオン判定部53は必須の構成要素ではなく、反応時間切替部42は、強度総和測定部51および最適フラグメントイオン判定部53が設けられていない場合には、親イオンの価数に基づき反応時間を決定し、強度総和測定部51および最適フラグメントイオン判定部53が設けられている場合には、最適フラグメントイオン判定部53による判定結果および親イオンの価数に基づき反応時間を決定する。
【0030】
〔質量分析装置の一般的な動作〕
図2は、一般的な質量分析装置の動作の流れを示すフローチャートである。
【0031】
図2に示すように、本装置は、次の順序で動作を行う。
(i) イオン化・・・イオン源2が液体クロマトグラフ11から得た成分をイオン化する。
(ii) イオン蓄積・・・イオン源2がイオン化したイオンをイオントラップ部3が蓄積する。
(iii) 質量分析(MS1)・・・質量分析部7がイオントラップ部3において蓄積されたイオンの中から親イオンを選択するための質量分析(MS1)を行う。
(iv) 親イオン決定・・・親イオン決定部52は、価数判定およびピーク判定に基づき親イオンを決定する。ここでの親イオンの決定は、複数のものを選択して決定してもよい。その場合には、例えば信号強度の順にMS2を行う。
(v) 親イオンの単離・蓄積・・・決定された親イオンをイオントラップ部3が単離・蓄積する。つまり、イオントラップ部3が決定された親イオンを選択する。
(vi) ECD(電子捕獲解離)実行・・・決定された親イオンに対してイオン解離部5が親イオンを解離してフラグメントイオンとする。
(vii) 質量分析(MS2)・・・ECD反応されたフラグメントイオンに対して質量分析(MS2)を行う。
(viii) データ取得・・・質量分析(MS2)後のデータを取得する。
【0032】
〔質量分析装置の特徴的動作〕
図3,図4は、本装置の特徴的な動作の流れを説明する、フローチャートである。特に図4は、本実施の形態の最重要部分を説明するためのフローチャートであり、ECD反応時間をいかにして決定するかを説明するためのフローチャートである。
【0033】
まず、質量分析(MS1)を行う(S1)。次に、価数判定部40が価数を判定する(S2)。ここで、図示していないが、2価以上の価数のイオンが無い場合には、S1へ戻る。その後、ピーク判定部41がイオンのピークを判定する(S3)。具体的には、ピーク判定部41は、イオンのピークが所定のしきい値を超えているかどうかを判定する。なお、ここでは、価数判定→ピークの判定の順に記載しているが、判定の順序は逆でも良く、同時でもよい。
【0034】
次に、親イオン決定部52は、価数判定(S2)およびピーク判定(S3)の結果を用いて親イオンを決定する。これにより、この親イオンの価数が分かるため、この価数が3以上であるかどうかを判定する(S4)。ここで親イオンの決定手法について補足説明する。
(1)価数が2価以上のイオンが一つしか無く、そのイオンの信号強度が所定のしきい値より大きい場合には、そのイオンを親イオンとする。
(2)価数が2価以上のイオンが複数有る場合で、かつ、信号強度が所定のしきい値より大きいイオンが一つしか無い場合には、そのイオンを親イオンとする。
(3)価数が2価以上のイオンが複数有る場合で、かつ、信号強度が所定のしきい値より大きいイオンが複数有る場合には、最も信号強度の大きいイオンを親イオンとするか、または、信号強度の高い順に基づき複数のイオンを親イオンとする。
【0035】
なお、以下のルーチンは、決定された親イオンは一つであると仮定して説明する。もし複数の親イオンを決定した場合には、質量分析(MS2)後に再びS4に戻って分析動作を行えばよく、この場合のそれ以上の説明は省略する。
【0036】
親イオンの価数が3以上のものは、図4に示すルーチンへ進む。一方、イオンの価数が2のものは、S5へ進む。
【0037】
S5において、制御部8は、使用者がフラグメントイオンの強度の総和確認機能を使うかどうかを判定する。具体的には、例えば使用者に対して該機能を使用するかどうかを問いかけ、使用者からの指示に基づき、使用するかどうかを判定する。
【0038】
S5において上記の機能を使わない場合には、反応時間切替部42は、ECD反応の反応時間を切り替えずにデフォルト(予め規定した反応時間)とし、イオン解離部5は、決定された親イオンに対してECD反応を行う(S6)。次に、質量分析部7が、TOF質量分析(MS2)を行う(S7)。TOF質量分析(MS2)の後、制御部8がデータ取得を行う(S13)。
【0039】
一方、S5において上記の機能を使う場合には、反応時間切替部42は、ECD反応の反応時間を切り替えずにデフォルトとし、イオン解離部5は、親イオンに対してECD反応を行う(S8)。次に、質量分析部7が、TOF質量分析(MS2)を行う(S9)。その後、ECDの反応時間を少なくとも2回変更して、それぞれの反応時間で質量分析(MS2)を行う(S10)。次に、最適フラグメントイオン判定部53が上記の少なくとも3つの反応時間のうち、最適なフラグメントイオン強度総和となるものがあるかどうかを判定する(S11)。S11において、YESの場合には、その場合の反応時間を選択して、データ取得する(S13)。S11において、NOの場合には、もう一回、反応時間を変更して(S12)、S11へ戻る。
【0040】
次に、図4を用いて、上記のS4がYESの場合(S20)について説明する。S4がYESの場合、つまり、決定された親イオンの価数が3以上である場合、制御部8は、使用者がフラグメントイオンの強度の総和確認機能を使うかどうかを判定する(S21)。
【0041】
S21において上記の機能を使わない場合には、反応時間切替部42は、デフォルトの反応時間よりも小さく価数の大きさに応じた反応時間となるようにECD反応の反応時間を切り替え、イオン解離部5は、決定された親イオンに対してECD反応を行う(S22)。次に、質量分析部7が、TOF質量分析(MS2)を行う(S23)。TOF質量分析(MS2)の後、制御部8がデータ取得を行う(S29)。
【0042】
一方、S21において上記の機能を使う場合には、反応時間切替部42は、デフォルトの反応時間よりも小さく価数の大きさに応じた反応時間をECD反応の反応時間となるように切り替え、イオン解離部5は、親イオンに対してECD反応を行う(S24)。次に、質量分析部7が、TOF質量分析(MS2)を行う(S25)。その後、ECDの反応時間を少なくとも2回変更して、それぞれの反応時間で質量分析(MS2)を行う(S26)。次に、最適フラグメントイオン判定部53が上記の少なくとも3つの反応時間のうち、最適なフラグメントイオン強度総和となるものがあるかどうかを判定する(S27)。S27において、YESの場合には、その場合の反応時間を選択して、データ取得する(S29)。S27において、NOの場合には、もう一回、反応時間を変更して(S12)、S11へ戻る。
【0043】
〔実験データ〕
次に図5〜図8を用いて、本実施の形態の効果を実際のデータを用いて説明する。本実施の形態の効果を示す図は、図7,図8であり、図5,図6はこの効果を導くための図である。図5(a)はECD調整用サンプル(特許請求の範囲に記載の「既知の標準試料」)として用いるSubstance−P(アミノ酸配列:RPKPQQFFGLM)を測定したMS1スペクトルを示しており、図5(b)は同じくECD調整用サンプルとして用いるSubstance−P(アミノ酸配列:RPKPQQFFGLM)を測定したMS2によるECDフラグメントイオンのスペクトル(MS2スペクトル)を示している。
【0044】
図5(a)(b)において、横軸はm/zを示しており、縦軸は信号強度を示している。MS1で検出されている親イオンは2価イオンであり、この2価のイオンのピークを用いてフラグメントイオンの信号強度の総和が最大になる反応時間は10msである。Substance−Pにより決定したECD反応時間10msをデフォルト値(特許請求の範囲に記載の「予め規定した反応時間」)として、他のペプチド成分の測定を行う。ここでは、ペプチド成分として例えばGhrelin(アミノ酸配列:GSS(−n−Octanoyl)FLSPEHGRVQQRKESKKPPAKLQPR)を用いる。
【0045】
図6(a)は、Ghrelinを測定した際のMS1スペクトルを示しており、図6(b)は同じくGhrelinを測定した際のMS2におけるECD反応時間による10msによるECDのフラグメントイオンのスペクトル(MS2スペクトル)を示している。図6(a)におけるGhrelinに由来する親イオンの中で一番信号強度の高いピークはm/z482の7価イオンである。この7価のイオンを親イオンとして選択し、ECD反応時間10msでECD反応を行った結果のフラグメントイオンでは、図6(b)に示すように、アミノ酸残基数に対して生成したフラグメントイオンのスペクトルの数は少ない。そのため、本発明者らは、最適なECD反応時間はSubstance−Pの親イオンの価数の2価に対し、Ghrelinの親イオン価数は7価であることから低く設定する必要があると判断した。
【0046】
図7(a)(b)は、図6(b)において10msとしたGhrelinのECD測定時のECD反応時間をそれぞれ5ms,3msに変更した場合の、ECDのフラグメントイオンのECDスペクトルを示す図である。図6(b)に示すECD反応時間10msに対し、図7(b)に示す5msではフラグメントイオンのスペクトルの数(フラグメントイオンのピークの数)が増加していることが確認できる。また、ECD反応時間3msでは、図7(a)に示すように、親イオンのピーク強度比が増加している。このことから、選択した親イオンピークのECD反応効率が減少している、ことが判断できる。このことからも、アミノ酸配列の構造解析を行うには、ECD反応時間5msで取得したECDのフラグメントイオンが有用である。
【0047】
図8は、ECD反応で生成したフラグメントイオンの総和を反応時間毎に計算した結果である。ECD反応により切断されるC−Z系列のC及びZ系列の各々の各価数後とのフラグメントイオンの信号強度の総和をグラフにしたものである。各反応時間におけるフラグメントイオンの総和から最大強度値は、5msであり、図7(b)に示すフラグメントイオンのスペクトルにおけるフラグメントイオンの検出数の最大値及び親イオンの反応効率の結果と同等である。
【0048】
ECD反応時間10msについては、ECD時間(電子照射時間)が長いために生成されたフラグメントイオンもECD反応を起こし、解離・中性化していることから、フラグメントイオンの信号強度の総和及びピーク本数も少ない結果である。このことから、親イオンの価数の増大に応じて、ECD反応時間の減少、ECDで生成される反応時間の総和を確認することにより、液体クロマトグラフィーで分離されイオン化される様々な親イオンに対するECDの反応時間の最適化を行うことが可能となり、タンパク質・ペプチドのアミノ酸配列解析に有用な情報を多く取得することができる。
【0049】
〔付記事項〕
イオンラップ部を具備したECDを可能な質量分析装置において、ECD実行時にまず、マススペクトルの中からECD反応を行う親イオンを判定する際の親イオンの価数を判定し、異なる親イオンの価数に応じてECD実行時のECD反応時間を変化させる。また、価数のみではなく、ECD実行後の生成したフラグメントイオンの信号強度の総和を判定し、フラグメントイオンの信号強度の総和が最大になるECD反応時間を設定することにより、課題を解決する。
【0050】
本発明によれば、価数の異なる親イオンに応じてECD反応時間を変化させることより、過剰なECD反応時間によるECDのフラグメントイオンの解離・中性化を抑え、ECDのフラグメントイオンの信号強度を増加させることが出来る。また、ECDにより生成したフラグメントイオンの信号高度の総和を確認させながらECD反応時間を最適化することが出来、高速度で有用なECDスペクトルを得ることが可能な質量分析方法及び装置を実現することができる。
【0051】
本発明は、電子捕獲解離を具備した質量分析法を用いた制御方法であり、生体高分子の配列構造解析技術に関する。
【0052】
一方、ECDにおいても親イオンをできるだけ解離させることが重要であるが、より多くの親イオンを解離させるためにECD時間(電子照射時間)を長くすると、生成されたフラグメントイオンもECD反応を起こし、解離・中性化してしまう。そのため、ECD時間コントロールを行うことが重要となる。また、ECDの反応効率は、親イオンの価数、アミノ酸配列などに依存するところも多いことから、親イオンの情報によってECDの反応時間を調整することが、高速度ECDスペクトルを得ることが液体クロマトグラフィーとの結合において重要となる。
【0053】
本発明は、上記課題を解決し、液体クロマトグラフィーとの結合において、ECDフラグメントイオンの反応効率の最適化、フラグメントイオンの信号強度を増加を行い、高速度で液体クロマトグラフィーとの結合において有用なECDスペクトルを得ることが可能な質量分析方法及び装置を実現することを目的としたものである。
【0054】
また、本発明を次のように表現してもよい。
【0055】
試料のイオン生成を行うイオン源部と、前記イオン生成部で生成されたイオンを2次元高周波電場と静電場とからなる2次元高周波イオントラップで蓄積,単離,解離,排出するイオントラップ部と、前記イオントラップ部から排出されたイオンを磁場を印加する2次元結合型イオントラップ及び電子線を発生する電子源を具備した反応セル内で電子線を照射し電子捕獲解離するイオン解離部と、前記イオン解離部から排出されたイオンの質量分析を行う質量分析部を具備する質量分析装置において、電子捕獲解離を行う目的イオンをイオントラップ部での単離制御と電子捕獲解離制御を行う制御部を有する質量分析装置の制御方法であり、前記イオントラップ部において電子捕獲解離を行った目的イオンに対応して、前記イオン解離部で前記目的イオンの解離効率を向上させることを特徴とする質量分析装置の制御方法。
【0056】
前記イオントラップ部で目的イオンの単離を行う際に、前記制御部により価数の異なる目的イオンを判定し、選択を行い、単離された目的イオンの価数が高くなるに従い、電子捕獲解離を行うイオン解離部での解離反応時間を短くすることを特徴とする質量分析装置の制御方法。
【0057】
前記イオントラップ部で目的イオンの単離を行い、前記制御部により価数の異なる目的イオンを判定し、選択を行った際に、単離された目的イオンの価数に応じて、電子捕獲解離を行うイオン解離部での解離反応時間の変化を制御部内で自動で解離反応時間を変化させることを特徴とする質量分析装置の制御方法。
【0058】
前記イオントラップ部で目的イオンの単離を行う際に、前記制御部により価数の異なる目的イオンを判定し、選択を行い、単離された目的イオンを電子捕獲解離を行う解離部でイオン解離を行う際に、解離イオンの信号強度の総和を前記制御部で判定を行い、解離イオンの信号強度の総和が高くなるように解離反応時間を自動的に制御することを特徴とする質量分析装置の制御方法。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の質量分析装置は、液体クロマトグラフと共に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の質量分析装置の概略構成を示す図である。
【図2】一般的な質量分析装置の概略フローを示すフローチャートである。
【図3】本発明の質量分析装置の分析の流れを示すフローチャートである。
【図4】本発明の質量分析装置の分析の流れを示すフローチャートである。
【図5】(a)は標準サンプルを用いて質量分析(MS1)を行った場合のMSスペクトルを示す図であり、(b)はこの標準サンプルを用いて質量分析(MS2)を行ったECDのフラグメントイオンのスペクトルを示す図である。
【図6】(a)はGhrelinを測定した際のMS1スペクトルを示しており、(b)はECD反応時間を10msとした場合のECDのフラグメントイオンのスペクトルを示す図である。
【図7】(a)は図6に対応しており、ECD反応時間を3msにした場合のECDのフラグメントイオンを示す図であり、(b)は、同じくECD反応時間を5msにした場合のECDのフラグメントイオンのスペクトルを示す図である。
【図8】ECD反応で生成したフラグメントイオンの総和を反応時間毎に計算した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
2 イオン源(イオン源部)
3 イオントラップ部
5 イオン解離部
7 飛行時間質量分析部(質量分析部)
40 価数判定部
41 ピーク判定部
42 反応時間切替部
51 フラグメントイオン強度総和測定部(強度総和測定部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料からイオンの生成を行うイオン源部と、
イオンの蓄積および選択を行うイオントラップ部と、
イオンを電子捕獲解離するイオン解離部と、
イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備えた質量分析装置であって、
質量分析を行ったイオンの価数の大きさに応じて前記電子捕獲解離の反応時間が可変であることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
質量分析を行ったイオンのピークが所定のしきい値よりも大きく、かつ、価数が2価よりも大きいイオンの電子捕獲解離の反応時間が、既知の標準試料を用いて予め規定した反応時間よりも短いことを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
異なる反応時間毎に、電子捕獲解離後に質量分析されたフラグメントイオンの強度の総和を求めることを特徴とする請求項1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
試料からイオンの生成を行うイオン源部と、
イオンの蓄積および選択を行うイオントラップ部と、
イオンを電子捕獲解離するイオン解離部と、
イオンの質量分析を行う質量分析部と、
質量分析を行ったイオンの価数が所定の価数よりも大きいかどうかを判定する価数判定部と、
質量分析を行ったイオンのピークが所定のしきい値よりも大きいかどうかを判定するピーク判定部と、
価数が所定の価数よりも大きいイオンに対して、前記価数判定部の判定結果に基づき、前記電子捕獲解離の反応時間を切り替える反応時間切替部と、を備えていることを特徴とする質量分析装置。
【請求項5】
前記反応時間切替部は、
前記しきい値よりも大きく、かつ、価数が2価よりも大きい、イオンの電子捕獲解離の反応時間を、既知の標準試料を用いて予め規定した反応時間よりも短くすることを特徴とする請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
異なる反応時間毎に電子捕獲解離後に質量分析されたフラグメントイオンの強度の総和を測定する強度総和測定部をさらに備えていることを特徴とする請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項7】
試料からイオンの生成を行うイオン源部と、イオンの蓄積を行うイオントラップ部と、イオンを電子捕獲解離するイオン解離部と、イオンの質量分析を行う質量分析部とを備えてなる質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
質量分析を行ったイオンの価数に応じて前記電子捕獲解離の反応時間が可変であることを特徴とする質量分析方法。
【請求項8】
試料からイオンの生成を行うイオン源部と、イオンの蓄積を行うイオントラップ部と、イオンを電子捕獲解離するイオン解離部と、イオンの質量分析を行う質量分析部とを備えてなる質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
質量分析を行ったイオンの価数が所定の価数よりも大きいかどうかを判定する価数判定工程と、
質量分析を行ったイオンのピークが所定のしきい値よりも大きいかどうかを判定するピーク判定工程と、
価数が所定の価数よりも大きいイオンに対して、前記価数判定工程の判定結果に基づき、前記電子捕獲解離の反応時間を切り替える工程と、を有することを特徴とする質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−32227(P2010−32227A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191580(P2008−191580)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】