説明

質量分析装置及び質量分析方法

【課題】イオン/イオン反応による電荷減少の進行度合いの制御や、高効率で高ダイナミックレンジのイオン/イオン反応を容易に行うことの出来る質量分析装置を提供する。
【解決手段】測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成する第2のイオン源と、質量分析計を備え、前記第2のイオン源は、前記第1のイオン源と前記質量分析計間であり、且つ前記第1のイオン源から放出される試料イオン流の軸から離れて配置され、更に、前記第2のイオン源は、前記第1のイオン源から放出される試料イオン流に対して、反応イオンを放出することを特徴とする質量分析装置。
【効果】簡単な構成により、生体高分子の多価イオンに由来するマスピークを単純化でき、マススペクトル解析を容易にすることが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置に関し、特に多価イオン(Multiply-charged ion)により複雑化したマススペクトルを単純化し解析を容易にすることのできる質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計(Mass Spectrometer;MS)は、物質の質量を直接、高感度,高精度に測定できる装置である。そのため、宇宙物理からバイオ技術分野まで広範な分野で活用されている。
【0003】
質量分析計(MS)には、測定原理を異にする多くの装置がある。この中で四重極質量分析計(Quadrupole mass spectrometer;QMS)やイオントラップ質量分析計(Ion
trap mass spectrometer)は、小型でありながら多くの機能を有することから、多くの分野に普及してきた。四重極質量分析計(QMS)とイオントラップ質量分析計は、1950年代にDr. Paulにより発明され、その基本的概念はUSP2,939,952 に開示されている。最近ではタンパク質などの生体高分子の質量分析に、飛行時間質量分析計(Time of
Flight;TOF)やイオンサイクロトロン質量分析計(ICRMS)なども広く用いられるようになった。
【0004】
近年、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix-assisted laser desorption ionization;MALDI) やエレクトロスプレイイオン化(Electrospray Ionization;
ESI)などのソフトなイオン化技術が開発され、タンパク質やDNAなど生体高分子も質量分析の対象となった。特にESIは、熱分解しやすい生体高分子を溶液の状態から直接気相状態の安定なイオンとして取り出すことが可能なソフトなイオン化法である。
【0005】
ESIでは、タンパク質,タンパク質を消化したペプチド,DNAなどの生体高分子は、一般に多くの電荷を持つ多価イオンを与える。多価イオンは、一つの分子(m)に複数の電荷(n価)を持つイオンである。質量分析計(MS)は、質量対電荷比(m/z)に従いイオンを質量分析する。そのため、質量mでn価のイオンは、m/nの質量対電荷比のイオンとして質量分析される。例えば、質量30,000 のタンパクが30価の多価イオンを与えるとき、この多価イオンのm/zは、m/z=30,000/30=1,000となり、質量1,000の1価のイオンと同等に質量分析できる。
【0006】
タンパク質やペプチドの多くは正の多価イオンを、DNAは負の多価イオンを与える。そのため、四重極質量分析計(QMS)やイオントラップ質量分析計などの小形の質量分析計でも、分子量が10,000 を超えるタンパク質やDNAなどの測定を容易に行えるようになった。
【0007】
血液や生体組織中の極微量成分を分析する際には、質量分析の前に大量に存在する妨害成分(夾雑物)を取り除く前処理やクリーンアップが必要である。この前処理やクリーンアップには、多くの時間と人手を必要とされる。しかし、複雑な前処理によっても夾雑物を取り除くことは困難である。マススペクトル上において、これら夾雑物が生体試料成分の信号に重畳する。この妨害を化学ノイズと言う。夾雑物の除去や分離のため、液体クロマトグラフ(LC)が質量分析計(MS)の前段に結合した液体クロマトグラフ/質量分析計(LC/MS)が開発された。
【0008】
しかしながら、血液や生体組織中の生体成分の分析において、極微量成分の高感度測定は、前処理,クリーンアップや液体クロマトグラフ(LC)の助けによっても容易に達成できない。多くの場合、分析対象が極微量(〜pg=10-12g以下)であるため、分析対象成分に較べ夾雑成分が圧倒的に多く、前処理や液体クロマトグラフ(LC)でも試料成分に重畳する夾雑成分を十分に除去できないことに由来する。
【0009】
夾雑成分に由来する化学ノイズと分析対象成分を識別するための一つの解決策が、下記非特許文献1(以下、これらをMcLuckeyらと称す。)に示された。これは、質量分析計により妨害成分(化学ノイズ)や不純物成分と分析対象成分を識別しようとする試みである。生体関連試料のLC/MS分析の場合、夾雑成分の多くは溶媒,塩,脂質,炭水化物など、分子量1,000 以下の比較的分子量が小さい分子に由来する。これらが、タンパク質,ペプチド,DNAなど、分子量2,000 以上の生体高分子のマススペクトル上において生体高分子のイオンに重畳してくる。それは、生体高分子の多くが多価イオンとなり、見かけ上低質量領域にマスピークが出現するためである。
【0010】
LC/MSのイオン源として用いられるESI(エレクトロスプレイイオン化)イオン源では、比較的低分子量の妨害物質の多くは1価のイオンを与える。これに対し、タンパク質やペプチドなど、生体高分子の多くは多価イオンを与える。McLuckeyらは1価の化学ノイズイオンと多価イオンの電荷数の差を利用して両者を識別しようとした。即ち、ESIで生成した正のイオンを真空下のイオントラップ質量分析計に導入し、イオントラップ空間内にイオンをトラップする。一方、グロー放電で作った負イオンをイオントラップ内に導入し、イオントラップ空間内で正イオンと共に負イオンを同時にトラップした。その結果、イオントラップ空間内において正負イオン間のイオン/イオン反応が起き、その結果多価イオンの電荷減少が生じた。
【0011】
1価の負イオンと正の多価イオンを一緒に高周波電圧が印加されたイオントラップ空間内に閉じ込めると、イオン同士がクーロン引力で引き合い、イオン/イオン反応を起こすようになる。イオン/イオン反応には種々の反応が報告されているが、その中でプロトン(H+)移動反応が重要な役割を果たしている。このイオン/イオンの反応の際、負イオンのプロトン親和力(Proton Affinity:PA)が多価イオンのそれを上回ると、式(1)のように負イオン(A-)は、n価の多価イオン(m+nH)n+からプロトンH+を引き抜き、電荷数が一つ小さい多価イオン{m+(n−1)H}(n-1)+を与える。
【0012】
(m+nH)n++A- → {m+(n−1)H}(n-1)++AH (1) 多価イオンは、クーロン引力が大きいため、イオン/イオン反応が起こりやすく、容易にプロトン(H+ )を負イオン(A- )に手渡してしまう。一方、多価イオンの電荷が少なくなるとイオンのクーロン引力は小さくなり、このイオン分子反応が比較的起きにくくなる。即ち、1価のイオンは電荷の減少は起きにくく、一方、多価イオンは電荷の減少が起きやすい。
【0013】
いま、n価の正の多価イオンが、1価の負イオンとのイオン/イオン反応により電荷の減少が起き、(n−1)価の正の多価イオンが生じたとする。(1)式でプロトンの質量は1(H=1)であるから、多価イオンのm/zの変化は(2)式のように表される。左辺はイオン/イオン反応前のm/z、右辺はイオン/イオン反応後のm/zを示す。
【0014】
(m+n)/n → (m+n−1)/(n−1) (2) (2)式は更に、
m/n+1 → m/(n−1)+1 (3)となるから(4)式のように表される。
【0015】
m/n → m/(n−1) (4) イオン/イオン反応前後の多価イオンのm/zの変化Δは、次式で表される。
【0016】
Δ=m/n−m/(n−1)=−m/{n(n−1)} (5)
ここで、m,n,n−1共に正の整数であるため、(6)式が導かれる。
【0017】
Δ<0
即ち、
m/n<m/(n−1) (6)イオン/イオン反応による電荷が減少した多価イオンの場合、イオン/イオン反応後のm/zは、イオン/イオン反応前のm/zに較べて大きくなる。
【0018】
一方、一価のイオンは、イオン/イオン反応が起きにくいため、マススペクトル上の元のm/zの位置のままである。また、イオン/イオン反応が起きた1価のイオンは電荷を失い中性となるため、質量分析の対象とならず真空ポンプで排気される。その結果、電荷が減少して高質量領域に移動した多価イオンと夾雑物イオン(化学ノイズ)の質量領域の差が拡大し両者の識別が容易になる。
【0019】
McLuckeyらは最近、この手法を改良し、MS/MSの後に生成した多価プロダクトイオンのマススペクトルを単純化するために、このイオン/イオン反応による電荷減少を用いることを提案した(非特許文献2)。
【0020】
また、電荷減少反応を利用したものとして、特許文献1,非特許文献3(以下、これらをSmith らと称す。)に示されているように、上記のMcLuckeyらとは別の方式も提案されている。これらは、ESIイオン源と大気圧化学(APCI)イオン源を直列に配置し、ESIイオン源で生成した多価イオンを大気圧下のAPCIイオン源に導入し、APCIイオン源で生成した反対電荷のイオンによってイオン/イオン反応による電荷減少反応を起こさせるようにしたものである。APCIには、放射性同位元素から放出されるアルファ線をイオン化源とするAPCIと、コロナ放電を用いたAPCIの2方式が示された。
【0021】
Smith らの方式においては、ESIイオン源により生成したイオンがAPCIイオン源を通過する間のみ電荷減少反応が起きる。即ち、反応は一過性のものである。ESIイオン源で生成したイオンをAPCIイオン源に蓄えてイオン/イオン反応を促進させることは出来ない。電荷が減少したイオンは真空排気された質量分析計に導入され質量分析される。多価イオン,反対荷電のイオンを独立に真空室に導入し、イオントラップ内に閉じ込めた上で時間をかけてイオン/イオン反応を起こすMcLuckeyの方式と異なっている。
【0022】
また、多価イオンの電荷減少反応を行う別の方式が特許文献2に開示されている。これはESIプローブで生成した多価イオンに対して、大気圧化学イオン化(APCI)イオン源で被イオン化ガスをイオン化することによって生成した逆極性のイオンを混合することによって、反応させ電荷減少を起こさせるものである。
【0023】
LCから送り込まれる塩や低質量の夾雑物を目的成分と識別するためにESIとAPCIを直列に配置し、ESIで噴霧、APCIでイオン化する手法が特許文献3や特許文献4に示されている。ここではESIで生成した塩などに由来するイオンはAPCIのコロナ放電電極に印加された高電圧により生じた高電界の作用を受けイオンの軌道が曲げられ質量分析計に導入されず質量分析されないとしている。ESIで噴霧されイオン化されない中性成分のみがAPCIイオン源に到達しイオン化される。
【0024】
【特許文献1】US2001/0035494A1
【特許文献2】特開2002−63865号公報
【特許文献3】特開平8−54370号公報
【特許文献4】特開平8−145950号公報
【非特許文献1】Analytical Chemistry Vol. 68(1996),4026−4032やInternationalJournalof Mass Spectrometry and Ion processes Vol. 162(1997),89−106
【非特許文献2】Analytical Chemistry, Vol. 72(2000),899−907
【非特許文献3】Science,Vol. 283(1999)194−197,Analytical Chemistry, Vol. 72(2000),5158−5161
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
イオン/イオン反応を長時間行うと、多価イオンの電荷は減少して行き、高質量領域にマスピークは移動して行く。最終的には、質量分析計のマスレンジを超えるようになる。これでは測定できなくなるため、正負両イオンのイオン量に合わせて反応を制御することが必要である。正の多価イオンと負の反応イオンとの反応、即ち、イオン/イオン反応の進行具合は、負の反応イオンのイオン量により制御できる。負の反応イオンのイオン量
(電流)を増やせば、正の多価イオンの電荷減少は進み、1価のイオンから最終的に中性の分子となり反応は停止する。
【0026】
上記McLuckeyらの試みでは、イオントラップ質量分析計のリング電極に開けられた細孔から負イオンを導入する。しかしながら、リング電極には高周波電圧が印加されているため、リング電極に開けられた細孔を通過し導入できる負の反応イオンの量は、エンドキャップの側の中心軸上に設けられた別の細孔から導入される正のイオンの量に比して、大幅に少なくなる。負の反応イオン量の不足は、負イオンの導入時間、ひいてはイオン/イオン反応時間を長くし、イオントラップ内で副次的な反応や多価イオンの損失などを招くことになる。
【0027】
また、負イオン導入のためリング電極に開けられた細孔により、イオントラップ空間内の高周波四重極電界はゆがめられ、イオントラップ質量分析計にとって最も重要な仕様である分解能,感度などの性能を損ねてしまう。更に、イオントラップ質量分析計の場合、その性能を保つため、イオントラップ空間内には圧力1mTorr(10-3Torr)のHeガス(バッファガス)の導入が必須とされるが、リング電極に孔が空けられているため、イオントラップ電極の周囲を高真空(<105Torr )に保ったまま、イオントラップ空間を1mTorrに保つことが困難になる。これがイオントラップ質量分析計の性能を損ねることになる。また、試料のイオン化モードの極性の切り替えに伴う反応イオンの極性の切り替え,反応イオン種の切り替えなどに多くの手間と時間を必要とする。また、McLuckeyらの方式は装置が複雑となる上、イオントラップ質量分析計を巧妙に制御する必要があるなど問題が多かった。
【0028】
Smith らの示した方式の内、放射性同位元素を用いるAPCI方式(US2001/0035494A1、Science, Vol. 283(1999)194−197)は、放射性同位元素を取り扱う必要があることから普及が困難である。また、電荷減少反応の進行度合いの制御には、開口率の異なる金属シールド板を機械的に取り替えるようにしている。これでは高速の切り替えが困難であり、放射線が放出される領域において金属シールド板を機械的に操作をしなければならないなど機構上や安全上からも問題が多かった。
【0029】
放射性同位元素を使わないコロナ放電のAPCI方式(Analytical Chemistry,Vol.72
(2000), 5158−5161)においては、ESIプローブ先端部で生成した正の多価イオンは
ESI空間を経てAPCIイオン源部に導入される。ESIイオン源で正の多価イオンが生成される時、APCIイオン源においては反対極性の負の高電圧がコロナ放電電極に印加されている。コロナ放電電極はメッシュ電極内に配置され、且つESIイオン源で生成し放出された多価イオン流の軸上に配置されている。メッシュ電極内のコロナ放電電極の周囲に到達した正の多価イオンは、正の1価の化学ノイズイオンよりもクーロン引力が大きいため、負の高電圧が印加されたコロナ放電電極に吸引される。そのため、メッシュ電極内に侵入した多価イオンは、メッシュ電極内の電界によりメッシュ電極から再び外に出ることは困難である。その場合、多価イオンは最終的にコロナ放電電極に付着し直ちに電荷を失う。コロナ放電電極に付着しなかったイオンもイオン軌道を曲げられ、質量分析計に導入されなくなる。一方、コロナ放電電極から遠くを移動する正の多価イオンは、コロナ放電電極に吸引・付着されないが、イオン流中心部に比して多価イオンの存在量が少ない。また、イオン/イオン反応を起こす負のイオンもメッシュ電極から外に出てきたイオンに限られるため、イオン/イオン反応の効率ひいては電荷減少反応の効率が悪くなる。そのため、Smith らの方式では微量成分の高感度測定は困難になる。
【0030】
また、Smith らは、電荷減少反応の進行度合いを制御するために、コロナ放電電極に印加する高電圧を制御することを示している。すなわち、大量の負の反応イオンを必要とする際には、コロナ放電電極に印加する高電圧を高く設定し、コロナ放電を強力に起こすようにした。しかし、コロナ放電電極への印加電圧を高くすればするほど、コロナ放電電極の先端部に生じる高電界により、多くの多価イオンはコロナ放電電極に吸引・捕捉されて、多価イオンは電荷を失うことになる。そのため、電荷減少反応を進めようとすればするほど感度が減少することを意味している。
【0031】
特開2002−63865号公報では、反応イオンを生成するAPCIイオン源は、質量分析計とESIイオン源との間に配置されてはいない。そのため、コロナ放電電極に印加される高電圧により、ESIイオン流が影響を受けることは無い。しかし、APCIイオン源は、金属製の筐体で覆われていることから、APCIイオン源で生成した大半の反応イオンは筐体内で拡散して筐体の内面に衝突し消滅することになる。そのため、有効に使える反応イオンの量に限界が生ずる。APCIイオン源の筐体外に送り出せる反応イオンの量が少なければ、電荷減少を充分に行うことは出来ない。特開2002−63865号公報ではESI噴霧ノズルから放出されるイオン流の速度やAPCIイオン源から送り出される反応イオン流の速度などについて具体的な記載は示していない。ESIイオン源で噴霧放出されるイオン流の速度は、一般に亜音速(約300m/sec)にも達する。そのため、この方式ではESIイオン源で噴霧されるイオン流はイオン/イオン反応を起こさずに反応空間を瞬時に通過してしまう可能性が高い。したがって、この方式ではイオン/イオン反応の場が限られるため、イオン/イオン反応の進行具合を制御することは難しい。
【0032】
特開平8−54370号公報や特開平8−145950号公報においては、ESIで生成された多価イオンをイオン/イオン反応により電荷減少反応させることについては記載がないが、ESIイオン源とAPCIイオン源を直列に配置され、APCIイオン源のコロナ放電電極はイオンの移動路上に露出して配置されている。仮に、この方式でイオン/イオン反応により電荷減少を行う場合は、Smith 等の方式と同様に、多価イオンに対して反対極性の高電圧が印加されたコロナ放電電極に多価イオンの大半は吸引・捕捉され、消滅することになる。
【0033】
本発明は、かかる問題点を解決するためになされたものであり、イオン/イオン反応による電荷減少の進行度合いの制御や、高効率で高ダイナミックレンジのイオン/イオン反応を容易に行うことの出来る質量分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0034】
上記目的における本発明の特徴は、測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、当該第1のイオン源で生成された試料イオンを質量分散する質量分析計と、前記第1のイオン源と前記質量分析計の間であり、且つ前記第1のイオン源からのイオン流の軸から離れた位置に配置され、試料イオンと反対の極性のイオンを生成する第2のイオン源とを備え、前記第1のイオン源から前記質量分析計に対して放出される試料イオン流に、前記第2のイオン源で生成された反対極性のイオン流を交差させるようにすることである。
【0035】
また、上記装置構成において、前記第1および第2のイオン源におけるイオン化期間や前記質量分析計の質量掃引の制御、及び前記第2のイオン源のコロナ放電電極の印加電圧の制御を行うものである。
【0036】
上記構成によれば、簡単な構成により、生体高分子の多価イオンに由来するマスピークを単純化でき、マススペクトル解析を容易にすることが出来る。
【0037】
また、LCから導入され絶えず流入量が変化する成分に対しても、安定なイオン/イオン反応を生じさせることが可能になる。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、簡単な構成により、生体高分子の多価イオンに由来するマスピークを単純化でき、マススペクトル解析を容易にすることが出来る。
【0039】
また、反応イオン量を増加させると共に、イオン/イオン反応の空間的広がりを拡大することができ、LCから導入され絶えず流入量が変化する成分に対しても、安定なイオン/イオン反応を生じさせることが可能になる。これにより、試料成分の情報を増やすと共に、解析を容易にすることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下に、本発明を実施例に従い詳細に説明する。説明の簡素化のため、試料の多価イオンの極性は正、反応イオンの極性は負の場合で説明する。試料の多価イオンの極性が負の場合は、反応イオンの極性は正として測定を行う。
【0041】
(実施例1)
図1に本発明の一実施例の装置構成図を示す。また、図2にイオン源部の拡大図を示す。液体クロマトグラフ(LC)1から送り出された試料溶液はESIイオン源100に達する。試料溶液は更に、高圧電源3から供給される正の高電圧が印加されたESI噴霧プローブ2に導入され、大気中に正に帯電した微細な液滴の噴霧イオン流4として噴霧されてイオン化される。生成した試料イオン、即ち正の多価イオンはESIイオン源100と細孔7を結ぶイオンビーム軸5上を進み、真空隔壁9に設けられたスキマー8の先端に開けられた細孔7から、真空排気された質量分析装置の真空室に導入される。なお、細孔7は加熱された細管に置き換えることができる。
【0042】
正の多価イオンは、イオンガイド電極124を経由して飛行時間質量分析計(TOFMS)に導入される。イオンはリペラー電極118とイオン加速電極119間に導入され、両電極間に印加される高電圧によりパルス化され、TOF空間43に加速放出される。イオンはその質量の平方根に反比例する速度でTOF空間43を飛行し、リフレクトロン42で反射され、再びTOF空間43を飛行した後、低質量のイオンから順番に検出器128に到達し検出される。イオン信号はデータ処理装置40に送られマススペクトルとして収集される。TOFMSは繰り返し質量掃引し複数のマススペクトルを収集する。
【0043】
ESIイオン源100と細孔7を結ぶ直線上を正の多価イオンは亜音速(約300m/sec )の速度で大気中を移動する。このイオンビーム軸5から離れた空間に反応イオン生成用の大気圧化学イオン化(APCI)イオン源200が配置される。APCIイオン源200はコロナ放電電極11,シールド電極,メッシュ電極13とコロナ放電電源10で構成される。シールド電極12は導電性の金属板、メッシュ電極13は導電性の金属網で形成される。円筒状のシールド電極12が針状のコロナ放電電極11を囲うように配置される。ESIイオン源100で生成した正の多価イオンが通過するイオンビーム軸5に面して、シールド電極12には反応イオン放出用の開口部が設けられている。この開口部をメッシュ電極13が覆っている。なお、シールド電極12とメッシュ電極13を金属製のメッシュで一体に形成しても良い。シールド電極12,メッシュ電極13は接地または低い電圧が印加され、イオンビーム軸5に対しメッシュ電極13は平行になるよう配置される。コロナ放電電極11には、コロナ放電電源10から2〜3kVの負の直流高電圧が印加される。その結果、APCIイオン源200内には高電界が生成される。しかし、APCI内の高電界はシールド電極12やメッシュ電極13によりシールドされて、ESIで生成されたイオンビーム軸5に影響を与えることはない。
【0044】
コロナ放電電源10は、放電電流リミッタとしての高抵抗(10Mオーム程度)を直列に接続した定電圧高圧電源が用いられる。また放電電流値を外部設定できる定電流高圧電源も用いられる。放電電流はデータ処理装置40などから制御信号線41経由でコロナ放電電源10に送られる制御信号により設定できるようになっている。コロナ放電電源10はこの設定値を基に放電電流を安定化する。2kVから3kVの高電圧がコロナ放電電源10から供給されコロナ放電電極11に印加される。コロナ放電電極11は先端部が針状に研磨されている。そのため、針の先端部に高電界が生成しコロナ放電が開始する。このコロナ放電の結果、コロナ放電電極11の先端付近の空間には大量の負イオンが生成される。生成した負の反応イオンはAPCIイオン源内の高電界により放射状に加速される。負の反応イオンは、メッシュ電極13を通過しシャワー状の反応イオンビーム6となり、正の多価イオンであるイオンビーム軸5と交差する。正負イオンの交差領域を細孔7の上流部とし、更に両イオンの交差領域を拡大する事により、イオン/イオン反応を確実に達成することができる。
【0045】
一般に、負イオンを生成させるためには、気体分子をAPCIイオン源200に導入しなければならない。しかし、LC/MSの場合、ガス分子を導入しなくても負イオンは充分に生成される。これはLC1の移動相である水やアルコールなどがESIイオン源100を経由してAPCIイオン源200内にも自動的に供給されるためである。この水やメタノールからAPCIのコロナ放電により負イオンを安定に生成し供給することができる。しかし、特別な反応負イオンを大量に必要な場合は、ガスや溶液の導入系17を設けて
APCIイオン源200にガスを導入するようにすることができる。
【0046】
大気圧化学イオン化(APCI)イオン源のコロナ放電により、正または負のイオンを良く生成する化合物として、上記の水やアルコール類の他に非イオン性界面活性剤が知られている。ポリエチレングリコール(Polyethylene Glycol,PEG)や、ポリプロピレングリコール(Polypropylene Glycol,PPG),ポリエチレングリコールサルフェート
(Polyethylene Glycol Sulfate)等を濃度1ppm程度になるように調製したメタノール溶液をAPCI試料導入系17により大気圧化学イオン化(APCI)イオン源200に送り込む。APCIイオン源200のコロナ放電電極11に印加された負の高電圧により、導入されたPEGなどはイオン化される。APCIの負イオン化モードの時、PEGなどは(7)から(9)式に示すように、負イオンを生成する。
【0047】
PEG:H−(O−CH2CH2−)n−OH → H−(O−CH2CH2−)n
−O- (7)
PPG:H−(O−CH2CH2CH2−)n−OH →
H−(O−CH2CH2CH2−)n−O- (8)
PEG Sulfate:H−(O−CH2CH2−)n−SO4H →
H−(O−CH2CH2−)n−SO4- (9)
なお、界面活性剤としては、酸性(PEG−Sulfate など)、塩基性(PEG−Amine など)および中性化合物(PEGやPPGなど)が知られている。酸性の界面活性剤は負の反応イオンに、塩基性の界面活性剤は正の反応イオンとして活用できる。中性の界面活性剤(PEGなど)やメタノールなどのアルコール類や水などは、APCIイオン源200でのイオン化モード(極性)の切り替えにより、正負両極性の反応イオンを生成可能である。即ち、コロナ放電電極11に印加する電圧の極性によりAPCIイオン源200内で生成するイオンの極性が定まる。正の高電圧をコロナ放電電極11に印加すれば正のイオン、負の高電圧をコロナ放電電極11に印加すれば負のイオンが生成される。そのため、中性の界面活性剤やアルコールや水は両性の化合物といえる。両性の化合物をAPCI試料導入系17内に用意しておけば、正負両極性の反応イオンに対応可能になる。
【0048】
タンパク質からDNAへと測定試料を変える場合は、DNAが負の多価イオンを与えるため、質量分析装置の測定モードは正イオンモードから負イオンモードに切り替える必要がある。この場合、データ処理装置40からのイオン化極性の極性切り替えの指示は、制御信号線41を経由してESIイオン源100やTOF質量分析装置の各電源に伝えられて極性切り替えが行われる。これと同期してAPCIイオン源200も極性が切り替えられる。ESIイオン源100の極性が正から負へと切り替わる時、APCIイオン源200の極性は負から正に切り替わる。この極性の切り替えに伴い、反応イオン用の溶液を変える必要がある。しかし溶液がメタノールなどのアルコール類やPEGやPPGなど非イオン性界面活性剤などの両性化合物の溶液を用いる場合は、反応イオン用の溶液の交換は必要ない。PEGやPPGはAPCIの正イオン化モードでは、(10),(11)のように正の反応イオン(BH+)が生成される。
【0049】
PEG:H−(O−CH2CH2−)n−OH → H−(O−CH2CH2−)n
−OH2+ (10)
PPG:H−(O−CH2CH2CH2−)n−OH →
H−(O−CH2CH2CH2−)n−OH2+ (11)
生成した正の反応イオン(BH+)、即ちH−(O−CH2CH2−)n−OH2+
H−(O−CH2CH2CH2−)n−OH2+ は、負の多価イオン(m−nH)n-と(12)式のようなイオン/イオン反応により、負の多価イオンの電荷を減少させる。
【0050】
(m−nH)n-+BH+ → {m−(n−1)H}(n-1)-+B (12)
イオン化モードや質量分析装置の極性切り替えは、多くの電源の極性切り替えを伴うが、データ処理装置40からの極性切り替えの指示により一斉に行うことができる。
【0051】
APCIイオン源200におけるコロナ放電電極11に印加する電圧(HV)と放電電流(id)の関係を図3に示す。横軸が印加電圧(HV)、縦軸が放電電流(id)である。印加電圧(HV)を0から次第に増加して行く。印加電圧(HV)が低い間、コロナ放電電極11からコロナ放電は起きない。そのため、放電電流idは0のままである。印加電圧がVc00に達すると、コロナ放電電極11の先端部から微細なコロナ放電が始まり、わずかに放電電流idが流れるようになる。しかし、しばらくは(期間a−b)安定なコロナ放電を持続できず、したがって放電電流idも微少でかつ不安定である。印加電圧がVc10に達すると、コロナ放電は安定し、放電電流(id)と印加電圧(HV)には直線関係が成立つようになる(期間b−c)。印加電圧(HV)を更に増加させVc20に達すると、放電電流が急激に増加するようになる。これは放電モードがコロナ放電モードから火花放電モードに移行したためである。本発明が使用するAPCIイオン源の放電は期間b−cの領域の放電である。この領域b−cにおいては安定にコロナ放電が継続し、反応イオンを安定に生成することができる。生成するイオンの量は放電電流idにほぼ比例する。そのため、反応負イオンの生成量は放電電圧(HV)または放電電流(id)を変えることで制御できる。
【0052】
コロナ放電も微少放電の一種であるから、コロナ放電電極11の汚れや電極素材の酸化などによる表面状態の変化により放電モードが変わることがある。同じ反応イオンを同じ量(電流)だけ欲しい場合、定電圧電源により印加電圧(HV)を設定するより、定電流高圧電源により放電電流(id)を設定する方が好ましい。
【0053】
1,2,3価のイオン強度と放電電流id(反応負イオン量)との関係を図4に示す。横軸はAPCI放電電流値(id)、縦軸はマススペクトル上に現れたイオンの強度を示す。また横軸は反応負イオンの量に対応している。また、APCI放電電流値(id)がid0,id1,id2のそれぞれの場合のマススペクトルの変化を図5に示す。
【0054】
APCIイオン源を停止した状態(APCI放電電流id=0)では、図24(a)に示すように、低質量側から3,2,1価のイオンが強度比約4:2:1で出現している。APCIの放電電流をid1とすると、ESIマススペクトルは図24(b)に示すように、3価のイオンの強度は急速に減少し、APCI放電無し(a)の場合の約50%程度に減少する。逆に2価のイオンは増加し、APCI放電無し(a)の場合の150%程度となる。1価のイオンは、2価のイオンと同様に160%増加する。放電電流(id)を更に増加しid2とした場合、図24(c)のマススペクトルが得られる。1価のイオンが最強ピークとなり、2価のイオンは1価のイオンの1/3程度に減少している。もはや3価のイオンはマススペクトル上に出現しない。
【0055】
以上からESIで生成された正イオンに照射反応させる反応負イオンの量を変化させると、得られるマススペクトルが変化することがわかる。また、電荷数の大きなイオンから順にイオン/イオン反応が進行していくことがわかる。このイオンの電荷数により、イオン/イオン反応の進行具合が異なることから、イオンの電荷数を推定することができる。
【0056】
図6,図7,図8に、この実施例の装置により得られたマススペクトルを示す。
【0057】
図6には、LC1から導入したある成分のESIマススペクトルを示す。この場合、データ処理装置40からコロナ放電電流を0とする信号をコロナ放電電源10に送りAPCIイオン源200のコロナ放電を停止状態としている。そのため、ESIイオン源100で生成した噴霧イオン流4は、そのままAPCIイオン源200の前を素通りして細孔7からTOF質量分析装置に導入されマススペクトルを与える。マススペクトル上には多くのマスピークが出現している。m/z1000以下の領域には夾雑物に由来する多くの一価の化学ノイズが出現している。質量1000以上にいくつかの強度の高いマスピークが出現しているが、これらのイオンの電荷数を求めたり、帰属を推定することは、大量に出現している化学ノイズのため困難である。ESIに導入される成分の濃度が充分に高い場合を除き、このように測定対象が低濃度の場合にはESIで得られたマススペクトルは解析が困難である事が多い。
【0058】
図7は、同じ試料をESIイオン源でイオン化した後、負イオン照射を行いイオン/イオン反応させて得られたマススペクトルを示す。データ処理装置40から放電電流を1
mAにする制御信号をコロナ放電電源10に送り、APCIイオン源200のコロナ放電が開始され、その放電電流は1mAに安定化される。APCIイオン源200で生成した負の反応イオンはAPCIイオン源200から放出され、ESIで生成したイオンビーム軸5に照射されてイオン/イオン反応を起こす。
【0059】
図6と図7との比較により、m/z2,000 以下の多くのマスピークのイオン強度が減少していることが分かる。この領域の化学ノイズを含む一価のイオンは、イオン/イオン反応により電荷を失い、そのイオン強度を小さくしている。また試料由来の3価以上の多価イオンは、電荷減少によりm/zを高質量領域にシフトしたものと解釈される。m/z1,791、2,251、3,251、3,581、4,501のイオンの帰属はマススペクトル中に記載した。少なくてもa,b,cの3つの成分が確認できた。m/z1,791 と2,251 は各々bとc成分の2価のイオンとして解釈される。しかし、このマススペクトル単独では断定が出来ない。第4または第5成分の一価のイオンの可能性も払拭できない。このイオンの帰属を確実にするには、更に負イオン照射量を増やした条件でのマススペクトルが必要になる。
【0060】
図8にデータ処理装置40から放電電流を2mAにした場合のマススペクトルを示す。このマススペクトルから化学ノイズに由来する低質量のマスピークの大半が消滅しマススペクトルが極めて単純化している。
【0061】
図7と図8のマススペクトルを比較すると、図8中にはa,b,cの3成分に由来する一価のイオン、即ちm/z3,251、3,581、4,501 は依然として存在していることがわかる。一方、2価のイオンとして推定された2つのイオンm/z1,791と
2,251は、強度を大幅に小さくしている。m/z2,500以上の高質量領域にm/z3,251、3,581、4,501 以外の新たなマスピークは出現していない。これから、a,b,cの3成分の存在と3成分の各々の分子量が3,250、3,580、4,500 であることが確認された。
【0062】
図9に別構成のイオン源部の装置構成図を示す。図1,図2の例と異なる点は、イオンビーム5軸を中心として放射状に、距離を置いて複数の大気圧化学イオン化(APCI)イオン源200,200′を配置したことである。180度ごとに2個、または90度ごとに4個のAPCIイオン源を配置できる。反応イオン生成のためのAPCIイオン源
200,200′は、図1,図2に示したAPCIイオン源と同様の構成となっている。コロナ放電電極11,11′には、それぞれコロナ放電電源10,10′が接続される。これにより、イオン源毎に放電電流を独立に制御可能となり、イオン/イオン反応を制御しやすくなる。APCIイオン源200,200′は同じように負イオンを生成し、生成した反応イオンビーム6をESIイオンビーム軸5と交差するように放出する。試料由来の正のイオンは負の反応イオンとイオン/イオン反応した後、電荷が減少したイオンは細孔7から真空排気された質量分析計(MS)に導入され質量分析される。図1,図2の実施例の場合、ESIで生成した正の多価イオンビームを一つのAPCIイオン源200から放出される反応イオンと交差させるようにしている。即ち、反応負イオンは片側から
ESIイオンビーム軸5と交差してイオン/イオン反応を起こすようになっている。イオン/イオン反応は正負両イオンが交差する領域でのみ起きる。この交差領域を過ぎれば、イオン/イオン反応はもはや起きない。そのため、正負両イオンの交差領域で素早く、完全にイオン/イオン反応が完了することが必要である。特に、LCから導入される試料のようにあらかじめ試料量が定まっていない場合、効率の良いイオン/イオン反応が必要とされる。図9の実施例では、ESIイオンビーム軸5に対して、上下2方向や、上下左右4方向といった複数の方向から反応イオンを照射できる。そのため、効率の良いイオン/イオン反応を進めることができる。
【0063】
(実施例2)
図10に本発明の第2の実施例に関する大気圧イオン源部の装置構成図を示す。実施例1において、コロナ放電電極11に印加される高電圧の影響をESIイオンビームに与えないための反応イオン生成用APCIイオン源200の構造を示した。この実施例2では、別の構造のAPCIイオン源を示す。
【0064】
ESIプローブに供給された試料溶液は、ESI噴霧プローブ2に印加された高電圧により、大気中に帯電した液滴の噴霧イオン流4として噴霧される。イオンは、大気中をイオンビーム軸5に沿って飛行する。このイオンビーム軸5を中心軸とするようにして導電性の金属メッシュ製でかつ円筒状のメッシュ電極23を設ける。このメッシュ電極23は直径10mm,長さ20mm程度の円筒状のものである。更に、この円筒状のメッシュ電極
23と同軸でかつ直径の大きな金属性円筒電極21を設ける。円筒電極21は直径30mm,長さ20mm程度である。メッシュ電極23は円筒電極21内に挿入されている。両電極21,23は別個の部品を組み立てても良いが一体に製作しても良い。それは、これら電極の電位が同じ接地電位または低い電位が印加されるためである。メッシュ電極23と円筒電極21との間の空間に、コロナ放電電極11が設けられる。接地電位の円筒電極21と高電圧が印加されたコロナ放電電極11間の放電を避けるため、円筒電極21に開口部を設け、絶縁部材によりコロナ放電電極11を支持する。イオンビームはメッシュ電極
23の中心軸方向の開口部から入射し、メッシュ電極23の中心部を飛行し細孔から質量分析計に取り込まれる。
【0065】
図10のAPCIイオン源の断面図を図11に示す。メッシュ電極23内に進入したイオンビーム軸5は紙面に垂直な方向に進む。イオンビーム軸5を囲うように接地電位のメッシュ電極23が配置されている。コロナ放電電源10からコロナ放電電極11へ、2,3kV程度の負の高電圧が印加される。これにより、コロナ放電電極11の先端部からコロナ放電が発生する。このコロナ放電により、コロナ放電電極11の先端付近で生成した負のイオンは電界により加速され、メッシュ電極23を通過してメッシュ電極23内の空間16に侵入する。メッシュ電極23の中心部に達した負の反応イオンは、ESIで生成された正のイオンビーム軸5と交差し、イオン/イオン反応が起きる。この結果、正の多価イオンは電荷を減少した後、質量分析計に導入されて質量分析される。
【0066】
実施例1の場合、APCIイオン源は接地電位のシールド電極で囲われ、コロナ放電電極に印加される高電圧の影響をESIイオンビームが受けないようにしている。一方で、正負イオンが交差しイオン/イオン反応を起こす空間を囲む電極群は必ずしも同じ接地電位となっているとは限らない。また、電極群はESIイオンビーム軸5に対して対称に配置されていない。そのため、ESIイオンビームが反応を起こす空間の電界は不均一の可能性もある。この場合、電界の不均一性は、イオン/イオン反応や質量分析計への導入効率に影響を与える可能性がある。しかし、本実施例の装置の場合、ESIイオンビーム軸5に対してメッシュ電極23が軸対称に配置されているため、メッシュ電極23内では電界の不均一性を無くすことができ、ESIイオン源100で生成され、導入されたイオンビーム軸5に対する電界の影響を無くすことができる。
【0067】
図10に示した装置の変形例を図12に示す。図10の装置では反応負イオンを生成するコロナ放電部がコロナ放電電極11の先端部一つのみであった。ここでは、複数のコロナ放電電極11,11′がESIイオンビーム軸5を中心として放射状に配置される例を示す。各々のコロナ放電電極11,11′にはコロナ放電電源10,10′が独立に接続されている。各々のコロナ放電電極付近で発生したコロナ放電により生成した負の反応イオンは、APCI空間15からESIイオンビーム軸5に向け加速されメッシュ電極23を通過し、空間16に侵入する。本例のように複数の放電電極を設けると、放電電極が一つの場合に比して、複数倍の負の反応イオンをESIイオンビームに照射できる。その結果、正負両イオンが交差する領域での負の反応イオン量を増加させる事ができ、イオン/イオン反応を確実なものにすることができる。また、正のイオンが大量に導入されても充分にイオン/イオン反応を起こさせることができる。
【0068】
(実施例3)
図13に、本発明の第3の実施例のイオン源部の装置構成図を示す。また図14には本実施例のAPCIイオン源の断面図を示す。実施例2と同様にESIイオンビーム軸5と同軸の円筒状のメッシュ電極23や円筒電極21をESIプローブ2とイオン細孔7の間に配置する。メッシュ電極23と円筒電極21の電位は接地電位に保たれている。メッシュ電極23と円筒電極21の間の空間に、メッシュ電極23の直径より大きく、円筒電極21の直径より小さな直径で、中心がESIイオンビーム軸5である金属細線32を配置する。メッシュ電極の直径が10mmで円筒電極21の直径が30mmとした場合、金属細線32の直径は15〜18mm程度でよい。この金属細線32は、絶縁物で出来た複数の支柱26,26′,26″で支持されている。金属細線32はメッシュ電極23を周回するように配置される。金属細線の材質はタングステン(W)やレニュウム(Re),白金(Pt),金(Au),タンタル(Ta)など酸化に強い金属が良い。金属細線32の太さは直径0.5mm 以下、好ましくは0.3mm〜0.1mm程度が良い。金属細線32にはコロナ放電電源10より、3kV程度の高電圧が印加される。その結果、金属細線32の周囲に高電界が生成し、コロナ放電が生じるようになる。金属細線32の複数場所の放電部で生成した負の反応イオンは金属細線32とメッシュ電極23間の電界により、メッシュ電極23の中心部に向け加速される。負の反応イオンはメッシュ電極23内に侵入しESIイオンビーム軸5と交差する。正負イオンはイオン/イオン反応を起こし、正の多価イオンの電荷減少を引き起こす。
【0069】
本実施例は、金属細線32により、コロナ放電部をメッシュ電極23の周囲にほぼ均一に配置することできるため、正負両イオンの交差領域でのイオン/イオン反応を更に確実にすることができる。これにより、ESIイオンビーム軸5の量の変化に充分対応可能になる。
【0070】
図15に本実施例におけるコロナ放電電極(金属細線32)に印加する電圧(HV)と放電電流(id)の関係を示す。本実施例においても、コロナ放電電極が針状電極である場合のHV/idの関係図(図3)とよく似た関係を示す。しかし、放電開始点a,安定な放電の開始点b,火花放電開始点cの印加電圧(HV)は、図3の場合より高い値を示している。更に安定な放電開始点b,火花放電開始点cの放電電流も図3の場合の180%に近い値となっている。これから、針状電極に比して金属細線32をコロナ放電電極に使用すると、安定に制御できる領域b−c間を大幅に拡大することができる。また、生成できる反応負イオンの量も2倍近く増加させることができる。
【0071】
本実施例の変形例を図16に示す。本例は、コロナ放電電極を金属細線ではなく、メッシュ電極と同様の金属メッシュとしたものである。
【0072】
直径15〜18mm程度で長さ15mm程度の円筒状の金属メッシュ製のコロナ放電メッシュ電極19をメッシュ電極23と円筒電極21の間に配置する。メッシュ電極23と円筒電極21は接地電位である。コロナ放電メッシュ電極19には、コロナ放電電源10から高電圧を印加する。その結果、コロナ放電メッシュ電極19の全面からコロナ放電を起こすことができる。本例によれば、正負イオンの交差領域、即ち、イオン/イオン反応領域を拡大することができる。これにより、イオン/イオン反応を確実に起こすことが可能になる。また、放電電流idを更に増加させることができ、大量のESIイオン流がAPCIイオン源に導入されても対処できるようになる。
【0073】
(実施例4)
図17に本実施例のイオン源部の装置構成図を示す。
【0074】
本実施例では、APCIイオン源のコロナ放電電極に複数の金属製の細線を用いる。実施例2や実施例3と同様に、ESIイオンビーム軸5と同軸のメッシュ電極23や円筒電極21をESIプローブ2とイオン細孔7の間に配置する。メッシュ電極23と円筒電極21の電位は概ね接地電位に保たれている。メッシュ電極23と円筒電極21の間の空間に、メッシュ電極23の直径より大きく、円筒電極21の直径より小さな直径で、中心がESIイオンビーム軸5である金属細線を配置する。この金属細線は複数用意され、ESIイオンビーム軸5の下流に向け(細孔7に向けて)間隔を置いて配置される。複数の金属細線32,32′,32″を挟むように金属製のシールド電極27,28,29,30が配置される。これにより、メッシュ電極23,シールド電極27,28,29,30、円筒電極21により独立のAPCIイオン化室が複数(図17の場合は3個)用意された。各々のイオン化室には、コロナ放電のための1個の金属細線32,32′,32″が配置されていて、これら電極32,32′,32″にはコロナ放電電源10からコロナ放電のために3kV程度の高電圧が印加される。その結果、金属細線32,32′,32″の周囲にコロナ放電が生じるようになる。
【0075】
図18に、本実施例の動作模式図を示す。
【0076】
ESIプローブ2から噴霧イオン化されたイオン流4は、円筒電極21の壁に開けられた開口部からAPCIイオン源部に導入される。正の多価イオンは、次にメッシュ電極
23の筒内に進入する。イオンはESIイオンビーム軸5に沿ってメッシュ電極内を移動し、真空隔壁9に設けられたスキマー8の先端部の細孔7から真空排気された質量分析装置に導入される。金属細線32に印加された負の高電圧により、金属細線32の周囲には高電界が生じ、コロナ放電が開始する。コロナ放電により多くの負イオンが輪状の金属細線電極32付近に生成される。負イオンは接地電位のメッシュ電極23,シールド電極
27,28,29,30と金属細線32,32′,32″間の電位により、ESIイオンビーム軸5に向け加速される。メッシュ電極23を通過した負イオンはメッシュ電極内に進入し、ESIイオンビーム軸5と交差しイオン/イオン反応を引き起こす。本実施例では、正の多価イオンに対して3段の負イオンの照射が可能となる。多価イオンは電荷減少を起こしながら細孔7に向けメッシュ電極23内を移動する。もし、初段の負イオン照射で負イオンと衝突せずイオン/イオン反応を起こさなかった正の多価イオンがあっても、次段,次々段の負イオンの照射によりイオン/イオン反応を引き起こす。即ち、多価イオンは、金属細線32′や32″のコロナ放電で生成した負イオンの照射を次々に受け、イオン/イオン反応の進行を深めることができる。その結果、多価イオンの電荷減少を確実に引き起こす事ができる。
【0077】
本実施例においては、ESIで生成した多価イオンは、何度も反応イオンの照射を受けることが出来る。イオン/イオン反応の進行度を制御するためには、データ処理装置40からコロナ放電電源10に制御信号を送り、放電電流または印加電圧を制御すればよい。
【0078】
また、APCIイオン化の際の負イオン生成を確実にするためには、円筒電極21の外にAPCI試料導入系17を設け、メタノールなどのアルコール類や、ポリエチレングリコール等の非イオン性界面活性剤を円筒電極21に導入し、APCIにて確実に負イオンを生成するようにすれば良い。アルコール類やポリエチレングリコール等の非イオン性界面活性剤は、コロナ放電電極に印加する高圧電圧の極性を変えることにより正イオンも負イオンも生成することが可能な両性化合物である。そのため、イオン化モードの極性に関わらず常時導入することができる。非イオン性界面活性剤は安定であり、メッシュ電極
23を通過して多価イオンと衝突しても、イオン/分子反応を起こすことがない。
【0079】
本実施例の変形例を図19に示す。
【0080】
金属細線をコロナ放電電極に用いる場合、金属細線の直径が0.3mm〜0.1mm程度と細いため、組み立てや、クリーニングの際の取り扱いには細心の注意を払わねばならない。図19の例は、取り扱いを簡単にするため、コロナ放電電極に金属細線の代わりに金属輪を用いたものである。具体的には、厚さ0.5mm 程度のステンレス鋼板をパンチにより打ち抜き、内径15mm,外径20mm程度で、厚さ0.5mm の輪状電極24を作る。コロナ放電が余分な所で起きないように、輪状電極24の外周の端部は研磨器により研磨しておくことが必要である。輪状電極24の内周の端部25はパンチで打ち抜いたままで研磨しない。輪状電極24,24′,24″は、絶縁支柱26により、メッシュ電極23の外周上にシールド電極27,28,29,30とを交互にサンドイッチ構造になるように組み立てられる。メッシュ電極23とシールド電極27,28,29,30は接地電位とし、輪状電極24,24′,24″にはコロナ放電電源10から3kV程度の高電圧が印加される。この結果、輪状電極24,24′,24″の内周部の端部25に高電界が生成され、コロナ放電が起こる。本例によれば、コロナ放電電極に金属細線を用いた場合に比して、放電部位が増し、ダイナミックレンジの高い測定が可能になる。また、頑強な構造により、組み立て,クリーニングなどが容易になる。
【0081】
本実施例の更なる変形例を図20に示す。
【0082】
本例は、複数のコロナ放電電極32,32′,32″ごとにコロナ放電電源10,10′,10″を備えたものである。データ処理装置40から各電源に個別に制御信号を送り、印加高電圧、または放電電流を個別に制御する。
【0083】
本例では、例えば、コロナ放電電極32′,32″には高電圧を印加せず、コロナ放電電極32のみをONとしてイオン/イオン反応を行うことができる。どのコロナ放電電極も自由にON/OFFでき、また組み合わせて照射する反応負イオンの量を自由に制御できる。
【0084】
また、本例では、コロナ放電電極に高電圧を印加する電源10,10′,10″はデータ処理装置40から個別に自由に制御できることを利用して、放電電流(id)のダイナミックレンジを大幅に拡大することができる。これは反応イオンの電流量のダイナミックレンジを拡大するもので、実際のLC/MS測定などで大きな助けとなる。
【0085】
図21に、本例の制御法を示す。
【0086】
本例は、コロナ放電電極とコロナ放電高圧電源の組み合わせが3組あることから、APCIイオン源を3つ有しているものといえる。先ず、3つのAPCIイオン源をESIイオン源に近い方からAPCI1,2,3と呼ぶ。先ず、APCI2,3のコロナ放電印加電圧(HV2,HV3)を0とし、2つのAPCI用のコロナ放電を停止する。APCI1のコロナ放電印加電圧(HV1)を直線的に増加する。V11で安定放電領域に入り、印加電圧と放電電流(id)が直線関係となる(領域d1)。APCI1のコロナ放電印加電圧を次第に増やして行き、APCI1のコロナ放電印加電圧(HV1)がV21になったら、APCI1の印加電圧の増加を停止しコロナ放電印加電圧(HV1)を一定とする。これはコロナ放電電極にV21を超える電圧を印加すると火花放電が開始する恐れがあるためである。V21は、実際に火花放電が開始される電圧の80〜90%に設定される。HV1がV21に達した時点で、APCI2の高電圧として先ず図15の安定放電開始電圧Vc11に相当する電圧が印加され、次にHV2の増加が開始される。区間d2の間では、全体の放電電流idはAPCI1とAPCI2の2つの放電電流の和となる。V22の時点において、APCI2の印加電圧HV2の増加は停止し一定値が印加される。これも火花放電がAPC2で発生することを未然に防ぐためである。V22でAPCI3の安定コロナ放電開始の電圧、即ち印加電圧Vc11相当値が印加される。APCI3の印加電圧HV3は、V23の時点まで増加し飽和状態とする。
【0087】
このように、3つのコロナ放電電源の印加電圧を個別に制御することにより、全体の放電電流0からid32までほぼ直線的に全体の放電電流(id)を広いダイナミックレンジを持つ擬似的APCIイオン源が可能になる。
【0088】
本実施例の更なる変形例を図22,図23に示す。本例は、ESIイオンビーム軸5と細孔7の軸が交差する例である。
【0089】
図22には、ESIイオンビーム軸5と細孔7の軸が、ほぼ直角に交差する例を示す。図23には、ESIイオンビーム軸5と細孔7の軸がほぼ120度に交差する例を示す。
【0090】
ESIイオン源100で生成した正の多価イオンは、複数のコロナ放電部位を持つAPCIイオン源200に入射する。ここで負イオンの照射を受け、イオン/イオン反応により多価イオンは電荷減少を起こす。イオンはAPCIイオン源200を出て質量分析装置のイオンサンプリング細孔7付近に達する。ESIイオン流の軸とイオンサンプリング細孔の軸18は交差している。細孔7付近に達したイオンは吸引され、真空下の質量分析装置に導入され質量分析される。APCIイオン源200のメッシュ電極内では、正イオンと負イオンの衝突の他、イオンと中性分子との衝突が頻繁に行われる。そのため、APCIイオン源200からは、イオンの他に、帯電液滴,高速中性分子などが放出される。ESIイオンビーム軸5と細孔7の軸を交差させることにより、中性分子が質量分析装置内へ導入されることを防ぎ、電荷減少したイオンを選択的に質量分析装置に導入することができる。
【0091】
(実施例5)
ここでは、上記実施例1から4の装置を用いた測定方法について説明する。
【0092】
図24に動作模式図を示す。横軸は時間経過で、縦軸は質量分析装置の各部の動作を示す。
【0093】
時刻t0からt1の期間1では、ESIの印加電圧(HV)が印加されESIイオン化が開始され、正の多価イオンが生成される。一方、APCIイオン源の放電電流は0、即ち放電が停止されている。質量分析計の質量掃引が開始されマススペクトルが取得される。この結果、期間1ではESIでイオン化されたマススペクトルがそのまま取得される。
【0094】
時刻t1(期間2)になり、コロナ放電電流値がId1に設定され、コロナ放電が開始される。ESIで生成した正の多価イオンは、APCIで生成した負の反応イオンとイオン/イオン反応を起こし、その電荷を減らす。その結果、化学ノイズを減らし、電荷が減少した多価イオンを示すマススペクトルを与える。
【0095】
時刻t2(期間3)となり、再びAPCIの放電は停止され、ESIのマススペクトルがそのまま得られる。時刻t3(期間4)となり、APCIは再びON状態となり電荷減少したマススペクトルが得られる。
【0096】
このように、APCIのON/OFFを繰り返してマススペクトルの収集を行う。これにより、奇数期間はESIのマススペクトル、偶数回のマススペクトルは電荷減少後のマススペクトルがデータ処理装置40に収集される。その結果、奇数回,偶数回のマススペクトルを比較して解析を容易に進めることが可能になる。これにより、遇数回,奇数回のマスピークのイオン強度を個別に抽出してトレースすることができる。即ち2種類のマスクロマトグラムを得て、LC/MS分析の解析を一段と深めることができる。APCIの放電電流(id)の設定は、データ処理装置40からあらかじめ設定する。
【0097】
LC/MSの場合には、溶出する成分の量や化合物のタイプにより必要とする反応負イオンの量が変わる場合がある。その場合はあらかじめデータ処理装置40に放電電流と保持時間の関連を記憶させて置けば、成分の溶出に従い放電電流値を変える事もできる。
【0098】
図24では、反応イオン用のAPCIイオン源におけるコロナ放電のON/OFFと同期して質量掃引を行ってマススペクトルを取得している。質量分析計が飛行時間型質量分析計の場合、マススペクトルの取得は1m秒以下で完了する。この場合、図25に示すように、別の応用が可能になる。
【0099】
期間1(時刻t0〜t1)ではAPCIをOFFとし、期間2ではAPCIの放電電流をid1とし放電を開始する。各期間の間に質量掃引を繰り返して、マススペクトルを取得する。複数のマススペクトルを積算し期間毎の平均マススペクトルを得ることができる。
【0100】
この方式は複数のマススペクトルを平均化して得るため、安定なマススペクトルを得ることができる。この図26の例は、TOF−MS以外にも、QMSやイオントラップ質量分析計などにも応用可能である。
【0101】
図24,図25では主にAPCIイオン源のコロナ放電のON/OFFを周期的に繰り返しマススペクトル取得する技法を開示した。図26では、APCIの放電電流を時間経過と共に階段状に変えて、イオン/イオン反応の進行具合を周期的に制御する方法を示す。
【0102】
期間1(時刻t0〜t1)は、APCIのコロナ放電をOFF(id=0)とし、期間2(時刻t1〜t2)は、放電電流をid1に設定し放電させる。期間3(時刻t2〜
t3)は、放電電流をid2に設定し放電させる。期間4(時刻t3〜t4)は、放電電流をid3に設定し放電させる。これを期間1から4まで周期的に繰り返す。期間毎に1つ以上のマススペクトルを取得し、データ処理装置40にデータを収集する。これによりLC1から溶出し、ESIイオン源100に流入する成分量が常に変化する場合でも、本例に拠れば、ESIそのままのマススペクトルと電荷減少反応の進行度合いが異なる複数のマススペクトルを一気に得ることができる。放電電流はデータ処理装置40に入力しておけば、自動的に放電電流を制御してマススペクトルの取得が行われる。本例では、放電電流のレベルを3段階に設定する例を示しているが、段階は1〜複数段設定することができる。
【0103】
また、図27に示すように、この放電電流を更に細かく階段状に設定し、マススペクトルを繰り返し測定することもできる。また、放電電流を階段状に設定して行くのでなく、非常にゆっくりと放電電流を掃引しながら、マススペクトルを高速で取得しても良い。これにより、図4のように、多価イオンがイオン/イオン反応により次第に電荷減少して行く様子を簡単に測定できる。
【0104】
図28に、実施例4中で開示した図20の装置を用いた測定方法の例を示す。図20の装置は、複数のAPCIイオン源を複合しており、各々のイオン源はそれに対応した高圧電源10,10′,10″を有している。
【0105】
期間1(時刻t0〜t1)は、3つのAPCI1,2,3全てのコロナ放電をOFFとし、期間2(時刻t1〜t2)は、APCI1のみ放電電流をid1に設定し放電させる。他のイオン源APCI2,3はOFFのままである。期間3(時刻t2〜t3)は
APCI1の放電はそのまま継続し、APCI2をONとし放電電流をid2に設定し放電させる。その結果、期間3では全体の放電電流はid=id1+id2となる。期間4(時刻t3〜t4)は、APCI1,2の放電はそのまま継続し、APCI3をONとし放電電流をid3に設定し放電させる。その結果、期間3では全体の放電電流はid=
id1+id2+id3となる。これにより、時間経過と共にESI単独と3段階のイオン/イオン反応の結果得られたマススペクトルを周期的に収集できる。本方法は図26の例と類似しているが、装置が複数のAPCIイオン源を備えているため、APCIイオン源から放出される負の反応イオンの発生位置を変化させることができ、イオン/イオン反応の空間的広がりを検証することができる。
【0106】
図29に、実施例4中で開示した図20の装置を用いた測定方法の他の例を示す。
【0107】
図20の装置を用いて図22に示した方式により放電電流のダイナミックレンジを大幅に拡大できた。しかし、LCから流入する成分をESI−イオン/イオン反応質量分析装置により分析しようとした場合、LCから流入する極微量の成分から主要成分まで全て理想通りのイオン/イオン反応を達成することは困難である。それは反応イオンを作るAPCIの放電電流または印加電圧が、測定中ほぼ固定されているためである。
【0108】
期間1(時刻t0〜t1)において、全てのAPCIの放電をOFFとして、ESIマススペクトルを取得する。取得されたESIマススペクトルから、あらかじめ設定された質量領域のイオン量を積算し積算値(ΣI)を求める。この積算値から以下の(12)式に従い、次の期間の放電電流設定値Idnを求める。
【0109】
idn=k(ΣI)n−1+id0 (12)
ここで、kは比例定数であり、装置や測定対象試料等により定まる値である。あらかじめデータ処理装置に数値を設定しておけばよい。Id0は放電電流の基準レベルである。これも装置により定まる定数である。
【0110】
より具体的に説明すると、まず、(n−1)回目において、先ず反応イオン用のAPCIのコロナ放電をOFFとする。この状態で得られたESIマススペクトルから、例えばm/z500から3,000 までの全イオン量(ΣI)n−1を求める。これから次のn回目のAPCIの放電電流idnを求める。求められたIdnを基に、データ処理装置40は、コロナ放電電源10の制御信号を求め、コロナ放電電源10を制御する。
【0111】
この方法を使えば、APCIの放電電流Idをマススペクトルのイオンの積算値(ΣI)、即ちESIイオン源に流入してくる成分量に対応して自動的に制御することができる。この方法は、図20の装置のように大きなダイナミックレンジを有するAPCIイオン源に極めて有効であるが、当然それより狭いダイナミックレンジを有するAPCIの場合でも応用は可能である。
【0112】
以上、本発明について、実施例に従い詳細に説明したが、本発明は、対象試料のイオン化に供するイオン源はESIに限らず、多価イオンを生成する流体補助エレクトロスプレイイオン源,ナノスプレイイオン源,ソニックスプレイ(SSI)イオン源,MALDIイオン源など大気圧イオン源に応用可能である。また質量分析計も、飛行時間型質量分析計(TOFMS)だけでなく、イオントラップ質量分析計,四重極質量分析計(QMS)やイオンサイクロトロン共鳴質量分析計(ICRMS)やセクタ型質量分析計などにも応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】第1の実施例の装置構成図である。
【図2】第1の実施例のイオン源部拡大図である。
【図3】APCIイオン源200におけるコロナ放電電極11に印加する電圧(HV)と放電電流(id)の関係を示す図である。
【図4】1,2,3価のイオン強度と放電電流id(反応負イオン量)との関係を示す図である。
【図5】各APCI放電電流値(id)のマススペクトルの変化を示す図である。
【図6】第1の実施例の装置により得られたマススペクトルを示す図である。
【図7】第1の実施例の装置により得られたマススペクトルを示す図である。
【図8】第1の実施例の装置により得られたマススペクトルを示す図である。
【図9】第1の実施例の別構成のイオン源部拡大図である。
【図10】第2の実施例のイオン源部拡大図である。
【図11】図10のAPCIイオン源の断面図である。
【図12】図10に示した装置の変形例を示す図である。
【図13】第3の実施例のイオン源部拡大図である。
【図14】図13のAPCIイオン源の断面図である。
【図15】コロナ放電電極(金属細線32)に印加する電圧(HV)と放電電流 (id)の関係を示す図である。
【図16】第3の実施例の変形例を示す図である。
【図17】第4の実施例のイオン源部拡大図である。
【図18】第4の実施例の動作模式図である。
【図19】第4の実施例の変形例を示す図である。
【図20】第4の実施例の変形例を示す図である。
【図21】第4の実施例の制御方法を説明する図である。
【図22】第4の実施例の変形例を示す図である。
【図23】第4の実施例の変形例を示す図である。
【図24】本発明の制御方法を説明する図である。
【図25】本発明の制御方法を説明する図である。
【図26】本発明の制御方法を説明する図である。
【図27】本発明の制御方法を説明する図である。
【図28】本発明の制御方法を説明する図である。
【図29】本発明の制御方法を説明する図である。
【符号の説明】
【0114】
1,101…液体クロマトグラフ(LC)、2,102…ESI噴霧プローブ、3,
103…ESI高圧電源、4,104…噴霧イオン流、5…イオンビーム軸、6…反応イオンビーム、7…細孔、8,122…スキマー、9,123…真空隔壁、10,110,111…コロナ放電電源、11…コロナ放電電極、12,27,28,29,30…シールド電極、13,23,113…メッシュ電極、14…イオンビーム、15…APCIイオン化空間、16…イオン/イオン反応空間、17…APCI試料導入系、18…イオン導入軸、19…コロナ放電メッシュ電極、20…ESIイオン源筐体、21…円筒電極、22…APCI入射口、24…輪状電極、25…端部、26…絶縁支柱、31…APCI出射口、32…コロナ放電金属細線電極、33…エッジ、35,36…イオン軌道、37…試料導入系、38…APCI電極、40…データ処理装置、41…制御信号線、42…リフレクトロン、43…TOF空間、100…ESIイオン源、105…移動相溶媒、
106…ポンプ、107…インジェクタ、108…分析カラム、109…質量分析計筐体、112…接地電極、114…イオンガイド、115…ESIイオン源部、116…APCIイオン源部、117,125…イオン移送部、118…リペラー電極、119…イオン加速電極、120…大気圧イオン源筐体、121…中間圧力部、124…イオンガイド電極、126…高真空室、127…質量分析計、128…検出器、129,130,131…真空ポンプ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成し、且つ反応イオンを前記試料イオンに対して放出する第2のイオン源と、前記反応イオンと混合した後の試料イオンを導入して質量分析を行う質量分析計を備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記第1のイオン源が連続的にイオン化を行っている期間中に、前記第2のイオン源における反応イオンのイオン化を断続的且つ周期的に行い、
前記第2のイオン源がイオン化を行っている期間と、イオン化を行っていない期間のそれぞれで、前記質量分析計の質量掃引を行い、マススペクトルを取得することを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成し、且つ反応イオンを前記試料イオンに対して放出する第2のイオン源と、前記反応イオンと混合した後の試料イオンを導入して質量分析を行う質量分析計を備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記第1のイオン源が連続的にイオン化を行っている期間中に、前記第2のイオン源における反応イオンのイオン化を断続的且つ周期的に行い、
前記第2のイオン源がイオン化を行っている期間と、イオン化を行っていない期間のそれぞれの期間内に、前記質量分析計の質量掃引を複数回行い、マススペクトルを取得することを特徴とする質量分析方法。
【請求項3】
測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、コロナ放電電極と当該電極に電圧を印加する電源を有し、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成し、且つ反応イオンを前記試料イオンに対して放出する第2のイオン源と、前記反応イオンと混合した後の試料イオンを導入して質量分析を行う質量分析計を備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記第1のイオン源が連続的にイオン化を行っている期間中に、前記第2のイオン源の前記電源から前記コロナ放電電極に印加する電圧を段階的に変化させることを特徴とする質量分析方法。
【請求項4】
測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、複数のコロナ放電電極と当該電極に電圧を印加する電源を有し、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成し、且つ反応イオンを前記試料イオンに対して放出する第2のイオン源と、前記反応イオンと混合した後の試料イオンを導入して質量分析を行う質量分析計を備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記第1のイオン源が連続的にイオン化を行っている期間中に、前記第2のイオン源の各コロナ放電電極に対して電圧を印加する期間を、コロナ放電電極毎でずらすことを特徴とする質量分析方法。
【請求項5】
測定対象試料をイオン化し試料イオンを生成する第1のイオン源と、コロナ放電電極と当該電極に電圧を印加する電源を有し、試料イオンと反対の極性の反応イオンを生成し、且つ反応イオンを前記試料イオンに対して放出する第2のイオン源と、前記反応イオンと混合した後の試料イオンを導入して質量分析を行う質量分析計を備えた質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
前記コロナ放電電極への放電電流が零となるように前記電源を設定し、マススペクトルを収集する第1のステップと、
あらかじめ定められた質量範囲のイオン強度を積算して全イオン強度を求め、当該イオン強度から対応するコロナ放電電流値または印加電圧を求め、当該コロナ放電電流値または印加電圧を前記電源に設定し、マススペクトルを収集する第2のステップとを有し、
前記第1及び第2のステップとを周期的に繰り返すことを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【公開番号】特開2006−126217(P2006−126217A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−13304(P2006−13304)
【出願日】平成18年1月23日(2006.1.23)
【分割の表示】特願2002−310415(P2002−310415)の分割
【原出願日】平成14年10月25日(2002.10.25)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】