説明

車両用デュアルクラッチ式変速機

【課題】車両の一時停止時から発進時にかけての摩擦クラッチの放熱特性を改善して温度上昇を抑制するコスト低廉な車両用デュアルクラッチ式変速機を提供する。
【解決手段】駆動側プレート25を共有する第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22と、第1摩擦クラッチ21に回転連結される第1変速機構と、第2摩擦クラッチ22に回転連結される第2変速機構と、車両の発進に際して継合動作する一方のクラッチ21の温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段と、制御部とを備え、前記制御部は、車両走行途中の一時停止時に実測または推測した一方のクラッチ21の温度を規定値と比較して高温状態を判定する高温判定手段と、一方のクラッチ21が高温状態のときに、他方のクラッチ22に回転連結される第2変速機構をニュートラル状態とし、一時停止時から車両発進まで他方のクラッチ22の継合状態を継続する放熱促進手段と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載されて継合状態と切断状態とを独立して切り替え可能である2つの摩擦クラッチを備えた車両用デュアルクラッチ式変速機に関し、より詳細には、摩擦クラッチの温度上昇の抑制に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用変速機の一種に、2つのクラッチと、各クラッチによりエンジンに継断される2つの入力軸と、各入力軸と出力軸との間にそれぞれ設けられる変速機構と、を備えるデュアルクラッチ式変速機がある。デュアルクラッチ式変速機には、2つのクラッチで架け替え動作を行うことにより伝達トルクが途切れないようにして速やかな変速動作を行えるという利点がある。各クラッチには、例えば、摩擦材を有するプレートをクラッチアクチュエータで駆動する摩擦クラッチを用いることができる。変速機構は、通常4〜7段程度の変速段で構成され、周知の同期装置によりいずれかの変速段を選択的に噛合結合することができる。そして、クラッチアクチュエータ及び同期装置を電子制御装置(ECU)で制御し、全体として同期噛合式自動変速機を構成するのが一般的である。
【0003】
また、摩擦クラッチでは、一般的に継合動作時に摩擦熱が発生して温度が上昇する。この温度上昇は、冷却油を用いない乾式摩擦クラッチで顕著になりがちであり、耐久性能に影響を与えるおそれが生じる。特に車両用デュアルクラッチ式変速機においては、クラッチで伝達するトルクは車両発進時に大きく、摩擦熱も大きくなる。したがって、発進に用いる第1速変速段を継合動作させる一方のクラッチで温度上昇が大きくなりやすい。このようなクラッチの温度上昇を抑制する技術の一例が特許文献1に開示されている。
【0004】
特許文献1に開示された摩擦クラッチのプレッシャプレートは、駆動部材(駆動側プレート)と一体回転するプレッシャプレートと、駆動側部材及びプレッシャプレートに摩擦係合して一体回転可能なクラッチディスク(従動側プレート)とを備えた摩擦クラッチにおいて、プレッシャプレートのクラッチディスクと摩擦係合しない面の少なくとも一部が粗面であることを特徴としている。さらに、請求項3では、前記粗面は、略エンボス状、七子目状、もしくは略鱗状に形成され、または前記粗面に多数の溝が設けられていることを特徴としている。つまり、プレッシャプレートに凹凸が形成されて、放熱表面積が大きくなっている。これにより、摩擦熱の放熱効率が高いプレッシャプレートが提供され、クラッチディスクの過熱が防止される、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−96320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に例示されるように、摩擦クラッチの構成部材に凹凸を設けて放熱表面積を大きくしても、雰囲気温度などの要因を考慮すると必ずしも十分な放熱性能が得られるとは限らない。例えば、摩擦クラッチがエンジンルーム内に配置される場合、エンジンからの放熱の影響によりクラッチの周囲の空気温度が高くなりがちである。このため、走行中の車両が一時停止した後に発進すると、高温の雰囲気中で多くの摩擦熱が発生し、クラッチの温度が過昇して耐久性能に影響を与えるおそれを解消できない。また、摩擦クラッチの構成部材に凹凸を設けると、その分だけ製造コストが上昇する。
【0007】
また、車両用デュアルクラッチ式変速機においては、発進時に第1速変速段を継合動作させる一方のクラッチで温度上昇が顕著となりがちで、他方のクラッチは発進に用いられることが少なく、温度上昇は小さい場合が多い。ここで、2つのクラッチは、駆動源に回転連結された駆動側プレートを共有し、クラッチ相互間で熱が移動し得る構成が一般的に採用されている。したがって、高温側の一方のクラッチから低温側の他方のクラッチに効率よく熱を移動させてやれば、クラッチの温度上昇を抑制する一方策となる。
【0008】
本発明は上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、車両の一時停止時から発進時にかけての摩擦クラッチの放熱特性を改善して温度上昇を抑制するコスト低廉な車両用デュアルクラッチ式変速機を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の車両用デュアルクラッチ式変速機は、駆動源に回転連結された駆動側プレートを共有し、前記駆動側プレートに対向して配設される従動側プレート、前記従動側プレートを押動して前記駆動側プレートに摺動させるプレッシャプレート、及び前記プレッシャプレートを駆動するアクチュエータをそれぞれ有し、前記駆動源に回転連結された継合状態と前記駆動源から切断された切断状態とを切り替え可能である第1摩擦クラッチ及び第2摩擦クラッチと、前記第1摩擦クラッチにより前記駆動源に継断可能に回転連結され、かつ複数の変速段の1つを選択可能とする第1変速機構と、前記第2摩擦クラッチにより前記駆動源に継断可能に回転連結され、かつ複数の変速段の1つを選択可能とする第2変速機構と、前記第1摩擦クラッチ及び前記第2摩擦クラッチのうち車両の発進に際して前記切断状態から前記継合状態へ継合動作する一方のクラッチの温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段と、前記第1摩擦クラッチ、前記第2摩擦クラッチ、前記第1変速機構、及び前記第2変速機構を制御する制御部とを備え、前記制御部は、車両走行途中の一時停止時に、実測または推測した前記一方のクラッチの温度を規定値と比較して、高温状態を判定する高温判定手段と、前記一方のクラッチが高温状態のときに、前記他方のクラッチに回転連結される第1変速機構または第2変速機構をニュートラル状態とし、前記一時停止時から車両発進まで前記他方のクラッチの前記継合状態を継続する放熱促進手段と、を有する。
【0010】
また、前記制御部は、前記一方のクラッチの前記高温状態の程度の大小に対応して、前記放熱促進手段の動作時間の長短を調整する第1放熱調整手段をさらに有してもよい。
【0011】
あるいは、前記制御部は、前記一方のクラッチの温度の変化に応じて、前記放熱促進手段の動作終了タイミングを調整する第2放熱調整手段をさらに有してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の車両用デュアルクラッチ式変速機では、一時停止時に車両発進に際して継合動作する一方のクラッチの温度を実測または推測し規定値と比較して高温状態を判定し、高温状態のときに一時停止時から車両発進まで他方のクラッチの継合状態を継続する。つまり、発進に用いる一方のクラッチが高温状態のときに、他方のクラッチを継合状態とする。これにより、共有の駆動側プレートを介して一方のクラッチから他方のクラッチへの熱移動が促進され、クラッチ部全体での放熱特性が改善される。したがって、一時停止中に高温状態の一方のクラッチの温度を迅速に下げることができ、発進時の継合動作で発生する摩擦熱による温度上昇を抑制することができる。また、本発明の実施に際して変速機の構造を変更する必要はなく、制御部の制御方法を変更するだけでよいので、製造コストが上昇しない。
【0013】
また、制御部が第1放熱調整手段をさらに有する態様では、一方のクラッチの高温状態の程度の大小に対応して放熱促進手段の動作時間の長短を調整する。本発明では、放熱促進手段が動作している間は他方のクラッチに回転連結される変速機構を使用できなくなる。したがって、高温状態が厳しいときには、一時停止時から車両発進まで長く放熱促進手段を動作させて温度上昇の抑制を優先することで、クラッチの耐久性能を確保できる。また、高温状態が緩いときには、早期に放熱促進手段を終了させシフトアップ変速動作を可能とし、加速操縦性を優先した変速制御を行うことができる。
【0014】
あるいは、制御部が第2放熱調整手段をさらに有する態様では、発進に用いる一方のクラッチの温度の変化に応じて、放熱促進手段の動作終了タイミングを調整する。したがって、一方のクラッチの温度が好ましい範囲に落ち着いた時点で放熱促進手段を終了させ、シフトアップ変速動作に対応できるように制御することができ、クラッチの温度上昇の抑制と加速操縦性の良好な変速制御とを両立できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機を示すスケルトン図である。
【図2】第1及び第2摩擦クラッチの詳細な構成を説明する側面断面図である。
【図3】第1摩擦クラッチの継合動作を説明する側面断面図である。
【図4】第2摩擦クラッチの継合動作を説明する側面断面図である。
【図5】放熱促進手段による第1及び第2摩擦クラッチの制御動作を例示説明する側面断面図である。
【図6】従来技術における一時停止時のクラッチの温度の変化を例示説明する図である。
【図7】実施形態における一時停止時のクラッチの温度の変化を例示説明する図である。
【図8】従来技術における一時停止時から第1速による車両発進を経て第2速が確立するまでの変速動作を例示説明する図である。
【図9】実施形態における一時停止時から第1速による車両発進を経て第2速が確立するまでの変速動作を例示説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明を実施するための実施形態を、図1〜図9を参考にして説明する。図1は、本発明の実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1を示すスケルトン図である。車両用デュアルクラッチ式変速機1は、前進5速後進1速の変速段のうちのひとつを選択し、エンジン91の出力トルクをデファレンシャル装置93へ継断可能に伝達する装置である。車両用デュアルクラッチ式変速機1は、第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22、第1入力軸31、第2入力軸32、出力軸4、第1変速機構5、第2変速機構6、制御部7、及びクラッチ温度検出手段71などにより構成されている。
【0017】
第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22は、駆動源であるエンジン91の出力軸92に回転連結された継合状態とエンジン91から切断された切断状態とを独立して切り替える部位である。第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22は、制御部7からの指令によって動作する第1クラッチアクチュエータ23及び第2クラッチアクチュエータ24によってそれぞれ駆動される。第1及び第2摩擦クラッチ21、22は、互いに独立して摩擦継合力が調整され、伝達されるそれぞれのクラッチトルクTc1、Tc2が独立して制御されるようになっている。
【0018】
図2は、第1及び第2摩擦クラッチ21、22の詳細な構成を説明する側面断面図である。第1及び第2摩擦クラッチ21、22の本体部分は、軸線AXを有して概ね軸対称に構成され、図2には両クラッチ21、22の切断状態における上側半分が図示されている。また、図3は第1摩擦クラッチ21の継合動作を説明する側面断面図であり、図4は第2摩擦クラッチ22の継合動作を説明する側面断面図である。第1及び第2摩擦クラッチ21、22は、駆動側プレート25を共有している。また、第1及び第2摩擦クラッチ21、22は、従動側プレート261、262、及びプレッシャプレート271、272をそれぞれ有している。
【0019】
まず、第1摩擦クラッチ21の構成について詳述する。第1摩擦クラッチ21は、駆動側プレート25を含み、駆動側プレート25の軸線AX方向の一側(図では右側)に構成されている。駆動側プレート25は、エンジン91の出力軸92に回転連結された略環状の部材である。駆動側プレート25の内周側には軸受け部95が設けられており、軸受け部95の軸心には第1入力軸31が相対回転自在に貫設されている。
【0020】
従動側プレート261は、駆動側プレート25の軸線AX方向の一側に並んで軸線AX方向に移動可能に配設された略環状の部材である。従動側プレート261は、内周側で第1入力軸31にスプライン結合され、軸線AX方向に移動可能に回転連結されている。従動側プレート261は、駆動側プレート25に対向する面に摩擦材281を有し、その裏面にも摩擦材291を有している。摩擦材281、291はフェーシングやライニングとも呼ばれ、駆動側プレート25と従動側プレート261との回転数が異なるときに摩擦摺動して同期を達成し、また摩擦結合して同期回転を維持する部材である。
【0021】
プレッシャプレート271は、従動側プレート261の軸線AX方向の一側に並んで配設された略環状の部材である。プレッシャプレート271は、駆動側プレート25と一体的に回転し、軸線AX方向の他側(図では左方)に移動して継合動作を行う。第1クラッチアクチュエータ23は、プレッシャプレート271を駆動する部位である。第1クラッチアクチュエータ23には、例えばサーボモータや油圧駆動機構など、公知の各種機構を用いることができる。
【0022】
図3の矢印F11に示されるように第1クラッチアクチュエータ23の一端側で操作力が発生すると、プレッシャプレート271には矢印F12で示される軸線AX方向の他側(図では左方)に向かう操作力が加わる。これにより、プレッシャプレート271は、軸線AX方向の他側に移動してまず従動側プレート261の裏面の摩擦材291に圧接し、さらに移動して従動側プレート261を駆動側プレート25に向け押動する。すると、従動側プレート261の摩擦材281が駆動側プレート25に接触して摩擦摺動が開始される。そして、最終的にプレッシャプレート271が完全継合点まで移動し、プレッシャプレート271、従動側プレート261、及び駆動側プレート25の三者が互いに強く圧接されて同期回転し、継合状態が達成される。
【0023】
第2摩擦クラッチ22は、第1摩擦クラッチ21を概ね軸線AX方向に反転した構造で、駆動側プレート25の軸線AX方向の他側(図では左側)に構成されている。すなわち、従動側プレート262は、駆動側プレート25の軸線AX方向の他側に並んで軸線AX方向に移動可能に配設され、内周側で第2入力軸32にスプライン結合され、軸線AX方向に移動可能に回転連結されている。従動側プレート262は、駆動側プレート25に対向する面及び裏面に摩擦材282、292を有している。プレッシャプレート272は、従動側プレート261の軸線AX方向の他側に並んで配設され、駆動側プレート25と一体的に回転し、軸線AX方向の一側(図では右方)に移動して継合動作を行う。第2クラッチアクチュエータ24は、プレッシャプレート272を駆動する部位である。
【0024】
図4の矢印F21に示されるように第2クラッチアクチュエータ24の一端側で操作力が発生すると、プレッシャプレート272には矢印F22で示される軸線AX方向の一側(図では右方)に向かう操作力が加わる。これにより、プレッシャプレート272は、軸線AX方向の一側に移動してまず従動側プレート262の裏面の摩擦材292に圧接し、さらに移動して従動側プレート262を駆動側プレート25に向け押動する。すると、従動側プレート262の摩擦材282が駆動側プレート25に接触して摩擦摺動が開始される。そして、最終的にプレッシャプレート272が完全継合点まで移動し、プレッシャプレート272、従動側プレート262、及び駆動側プレート25の三者が互いに強く圧接されて同期回転し、継合状態が達成される。
【0025】
第1及び第2摩擦クラッチ21、22では、継合動作時に摩擦熱が発生し、クラッチを構成する各部材(25、261、262、271、272など)の温度が上昇する。温度上昇値の大きさは、継合動作時にクラッチ21、22が為した仕事量に依存して変化する。また、各部材の温度は必ずしも一様でないので、代表部材として例えばプレッシャプレート271、272の温度を以って第1及び第2摩擦クラッチ21、22の温度T1、T2とする。これに限定されず、他の部材を代表部材として温度を求め、あるいは全部材の平均的な温度を求めるようにしてもよい。
【0026】
第1摩擦クラッチ21の温度上昇値は、次の演算によって求めることができる。まず、第1摩擦クラッチ21が継合動作するときに伝達するトルクと入出力間の回転数差を乗算して為す仕事を求め、この仕事を継合時間にわたって積分することにより全仕事量を演算する。そして、全仕事量を発熱量に換算し、第1摩擦クラッチ21の熱容量で除算して温度上昇値を演算する。第2摩擦クラッチ22の温度上昇値も、同様の演算によって求めることができる。
【0027】
しかしながら、トルクの実測は難しくかつ演算が煩雑であるので、本実施形態では、第1及び第2摩擦クラッチ21、22が継合動作するときの動作条件をパラメータとする一覧表形式の温度上昇値マップを用いる。パラメータとしては、例えば、エンジン91のスロットル開度、エンジン91のエンジン回転数Ne、第1入力軸31の回転数N1、及び第2入力軸32の回転数N2を用いる。スロットル開度はエンジン91の出力の大小を支配するパラメータであり、トルクをパラメータとすることに相当する。また、入出力間の回転数差として、(Ne−N1)及び(Ne−N2)を容易に演算することができる。温度上昇値マップは、基礎実験やシミュレーションなどにより予め求め、制御部7内に記憶させておく。
【0028】
また、第1及び第2摩擦クラッチ21、22の継合状態において、プレッシャプレート271、272、及び摩擦材281、282、291、292を含む従動側プレート261、262、及び駆動側プレート25の三者は互いに強く圧接されている。したがって、三者のうちの高温側部材から低温側部材へと熱伝達が極めて良好に行われる。一方、切断状態において、これら三者は微小な間隔を隔てて対向しており、継合状態よりも熱伝達は低下する。第1及び第2摩擦クラッチ21、22の継合状態および切断状態における熱伝達特性についても、基礎実験やシミュレーションなどにより予め定量的に求め、制御部7内に記憶させておく。
【0029】
さらに、これら三者は、雰囲気の空気に対して放熱し、温度が低下する。第1及び第2摩擦クラッチ21、22の継合状態および切断状態における放熱特性についても、予め定量的に求め、制御部7内に記憶させておく。前述の温度上昇値マップと熱伝達特性及び放熱特性は、後述のクラッチ温度検出手段71が使用する。
【0030】
図1に戻り、第1入力軸31は、第1摩擦クラッチ21によりエンジン91に継断可能に回転連結される軸部材である。また、第2入力軸32は、第2摩擦クラッチ22によりエンジン91に継断可能に回転連結される軸部材である。第1入力軸31は棒状とされ、第2入力軸32は筒状とされて、同軸内外に配置されている。第1入力軸31の図中右端は第1摩擦クラッチ21の出力側部材に連結され、図中左端は第2入力軸32を通り抜けて突き出し、ボールベアリング36に軸支されている。第2入力軸32の図中右端は第2摩擦クラッチ22の出力側部材に連結され、中央部はボールベアリング37に軸支されている。
【0031】
出力軸4は、図略の駆動輪に回転連結された軸部材であり、第1入力軸31及び第2入力軸32の図中下側に平行に配置されている。出力軸4は、その両端をテーパードローラーベアリング46、47により軸支されている。出力軸4の一方のテーパードローラーベアリング46に近接して出力ギヤ48が固定して設けられ、出力ギヤ48はデファレンシャル装置93に噛合している。したがって、出力軸4は、デファレンシャル装置93を介して駆動輪にトルクを伝達出力するようになっている。
【0032】
第1変速機構5は、第1入力軸31と出力軸4との間に設けられて、第1速、第3速、及び第5速の奇数速変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする3組の歯車組51、53、55を有する機構である。詳述すると、第1入力軸31の図中左側から順番に、第1速駆動ギヤ51Aが固設され、第3速駆動ギヤ53Aが遊転可能に設けられ、第5速駆動ギヤ55Aが遊転可能に設けられている。一方、出力軸4の対向する箇所には第1速従動ギヤ51Pが遊転可能に設けられ、第3速従動ギヤ53Pが固設され、第5速従動ギヤ55Pが固設されている。
【0033】
第1速駆動ギヤ51A及び第1速従動ギヤ51Pは常時噛合しており、第1速変速段を構成する第1速歯車組51となっている。第1速用シンクロメッシュ機構81(同期装置)のスリーブS1により第1速従動ギヤ51Pが出力軸4に対して回転連結されると、第1速歯車組51は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。同様に、第3速駆動ギヤ53A及び第3速従動ギヤ53Pは常時噛合しており、第3速変速段を構成する第3速歯車組53となっている。第3−5速用シンクロメッシュ機構82のスリーブS35により第3速駆動ギヤ53Aが第1入力軸31に対して回転連結されると、第3速歯車組53は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。さらに、第5速駆動ギヤ55A及び第5速従動ギヤ55Pは常時噛合しており、第5速変速段を構成する第5速歯車組55となっている。第3−5速用シンクロメッシュ機構82のスリーブS35により第5速駆動ギヤ55Aが第1入力軸31に対して回転連結されると、第5速歯車組55は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。第1速歯車組51、第3速歯車組53、及び第5速歯車組55は、図略のインターロック機構によりいずれか1組のみが選択的に噛合結合されるようになっている。
【0034】
第2変速機構6は、第2入力軸32と出力軸4との間に設けられて、第2速及び第4速の偶数速変速段を構成するとともに1組を選択的に噛合結合可能とする2組の歯車組62、64を有する機構である。詳述すると、第2入力軸32の図中左側から順番に、第4速駆動ギヤ64及び第2速駆動ギヤ62Aが固設されている。一方、出力軸4の対向する箇所には第4速従動ギヤ64P及び第2速従動ギヤ62Pが遊転可能に設けられている。
【0035】
第4速駆動ギヤ64A及び第4速従動ギヤ64Pは常時噛合しており、第4速変速段を構成する第4速歯車組64となっている。第2−4速用シンクロメッシュ機構83のスリーブS24により第4速従動ギヤ64Pが出力軸4に対して回転連結されると、第4速歯車組64は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。同様に、第2速駆動ギヤ62A及び第2速従動ギヤ62Pは常時噛合しており、第2速変速段を構成する第2速歯車組62となっている。第2−4速用シンクロメッシュ機構83のスリーブS24により第2速従動ギヤ62Pが出力軸4に対して回転連結されると、第2速歯車組62は噛合結合してトルクの伝達が可能となる。第4速歯車組64及び第2速歯車組62は、どちらか1組のみが選択的に噛合結合されるようになっている。
【0036】
なお、図には省略されているが、後進変速段には従来の歯車組の構成を適宜用いることができる。
【0037】
車両の発進時には、通常第1変速機構5の第1速変速段が用いられ、このとき第1摩擦クラッチ21は継合動作して大きな仕事量が行われ、発熱が大きくなる。したがって、第1摩擦クラッチ21の温度T1は第2摩擦クラッチ22の温度T2よりも大きくなりがちであり、第1摩擦クラッチ21のほうが高温状態に陥りやすい。
【0038】
また、車両走行中の常時は、第1及び第2摩擦クラッチ21、22の一方が継合状態とされ、第1及び第2変速機構5、6のいずれかの変速段が選択されている。そして、変速段の切り替え動作の時期は、通常は変速線及びプレシフト線の条件判定によって決定される。すなわち、車両の走行状態を示す動作点が所定の変速線を跨ぐと変速条件が成立して、変速段の切り替え動作が開始される。切り替え動作では、第1及び第2摩擦クラッチ21、22の両方が半クラッチ状態とされ、第1及び第2入力軸31、32の一方から他方へのトルクの架け替え動作が行われる。また、動作点が所定のプレシフト線を跨ぐとプレシフト条件が成立して、プレシフト動作が開始される。プレシフト動作では、第1及び第2摩擦クラッチ21、22のうちトルクを伝達していない一方のクラッチを切断状態とし、一方のクラッチに回転連結された第1及び第2変速機構5、6のどちらかで次に予想される変速段を噛合させる。
【0039】
制御部7は、第1摩擦クラッチ21、第2摩擦クラッチ22、第1変速機構5、及び第2変速機構6を制御する部位である。制御部7は、エンジン91の動作状態や車速などの各種情報を取得し、第1及び第2クラッチアクチュエータ23、24と、3つのシンクロメッシュ機構81、82、83とを関連付けて制御する。制御部7は、マイコンを内蔵してソフトウェアで動作する電子制御装置(ECU)を用いて構成することができる。また、制御部7は、複数の電子制御装置(ECU)が連携して協調制御を行うようにして構成することもできる。制御部7は、クラッチ温度検出手段71、高温判定手段72、放熱促進手段73、及び第1放熱調整手段74の4つの機能手段を有している。
【0040】
クラッチ温度検出手段71は、第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22のうち車両の発進に際して切断状態から継合状態へ継合動作させる一方のクラッチの温度を実測または推測する手段である。本実施形態において、クラッチ温度検出手段71は、制御部7のソフトウェアにより実現されており、第1及び第2摩擦クラッチ21、22の両方の温度T1、T2を推測する。以下、第1摩擦クラッチ21の温度T1の推測方法を例にして説明する。
【0041】
第1摩擦クラッチ21は、エンジン9とともにエンジンルーム内に配設されている。したがって、クラッチ温度検出手段71は、エンジン91に付設された吸気温度センサの検出情報を取得し、吸気温度を第1摩擦クラッチ21の雰囲気温度とする。また、クラッチ温度検出手段71は、前述の温度上昇値マップを用いて、第1摩擦クラッチ21が継合動作したときの温度上昇値を求めることができる。さらに、クラッチ温度検出手段71は、第1摩擦クラッチ21の継合状態および切断状態における熱伝達特性及び放熱特性を定量的に把握している。したがって、クラッチ温度検出手段71は、前述の雰囲気温度、温度上昇値マップ、熱伝達特性及び放熱特性を用いて、第1摩擦クラッチ21の温度T1の時系列的な変化を推測することができる。なお、第1摩擦クラッチ21の近傍に専用の温度センサを配設し、推測でなく温度T1を実測するようにしてもよい。
【0042】
高温判定手段72は、車両走行途中の一時停止時に、車両の発進に際して切断状態から継合状態へ継合動作させる一方のクラッチの温度を規定値と比較して、高温状態を判定する手段である。車両の発進は通常第1速で行うので、第1速歯車組51に回転連結されている第1摩擦クラッチ21の温度T1を規定値T0と比較する。規定値T0は、継合動作時の熱的ストレスが第1摩擦クラッチ21の耐久性能に影響を及ぼさない範囲で適宜設定する。高温判定手段72は、温度T1が規定値を超過しているときに高温状態と判定し、超過分ΔT1(=T1−T0)を演算する。なお、車両状態を参照した制御部7の判断やドライバの指示などにより第2速で発進する場合は、第2摩擦クラッチ22の温度T2を規定値T0と比較し、超過分ΔT2(=T2−T0)を演算する。
【0043】
放熱促進手段73は、車両の発進に際して切断状態から継合状態へ継合動作させる第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22のうちの一方のクラッチが高温状態のときに、他方のクラッチに回転連結される第1変速機構5または第2変速機構6をニュートラル状態とし、一時停止時から車両発進まで他方のクラッチの継合状態を継続する手段である。
【0044】
図5は、放熱促進手段73による第1及び第2摩擦クラッチ21、22の制御動作を例示説明する側面断面図である。図5は、第1速で発進する際に継合動作させる第1摩擦クラッチ21が高温状態のときの制御動作を示している。放熱促進手段73は、まず一時停止状態で、矢印F23に示されるように第2クラッチアクチュエータ24の一端側で操作力を発生させ、プレッシャプレート272に矢印F24で示される操作力を加え、第2摩擦クラッチ22を継合状態とする。また、これと同時に、第2変速機構6の第2−4速用シンクロメッシュ機構83をニュートラル状態とする。
【0045】
次いで発進制御に進み、第1速歯車組51を噛合結合し、第1クラッチアクチュエータ23の一端側で操作力(矢印F13示)を発生させ、プレッシャプレート271に操作力(矢印F14示)を加え、第1摩擦クラッチ21を継合動作する。この発進制御により、第1速で車両が発進する。第1摩擦クラッチ21では摩擦熱が発生して温度T1が上昇する。放熱促進手段73は、必要に応じて一時停止時から車両発進まで第2摩擦クラッチ22の継合状態を維持する。
【0046】
ここで、第2摩擦クラッチ22を継合状態とするのは、トルクを伝達するためでなく、熱伝達特性を向上するためである。したがって、プレッシャプレート272を完全継合点まで移動させる必要はなく、プレッシャプレート272、従動側プレート262、及び駆動側プレート25の三者が互いに接触し、切断状態と比較して熱伝達特性が良好となればよい。これにより、高温側の第1摩擦クラッチ21のプレッシャプレート271及び従動側プレート261の高熱が、駆動側プレート25を介して低温側の従動側プレート262及びプレッシャプレート272に迅速に移動する。結果として、高温側部材の表面積が等価的に増加したことになり、雰囲気に対する放熱が促進され、第1摩擦クラッチ21の温度T1が迅速に低下する。
【0047】
また、第1放熱調整手段74は、高温状態の程度の大小に対応して、放熱促進手段73の動作時間の長短を調整する手段である。つまり、第1放熱調整手段74は、第1摩擦クラッチ21の温度T1の規定値T0からの超過分ΔT1(=T1−T0)の大小に対応して、第2摩擦クラッチ22の継合状態の時間を長短調整する。ただし、車両発進後に第2速への変速条件またはプレシフト条件が成立した時点を限界とし、この時点で第2摩擦クラッチ22の継合状態を終了して切断状態に戻し、第2速への変速動作に備えるものとする。
【0048】
次に、上述のように構成された実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1の動作及び作用について、従来技術と比較しながら説明する。図6は、従来技術における一時停止時のクラッチの温度の変化を例示説明する図である。また、図7は、実施形態における一時停止時のクラッチの温度の変化を例示説明する図である。図6及び図7でそれぞれ、3つのグラフは上段が回転数、中段が第1摩擦クラッチの温度T1、下段がクラッチのトルクTcを示し、横軸は共通の時間tであり車両走行途中の一時停止中の時間帯t1〜t3の範囲が示されている。
【0049】
従来技術を示す図6の上段で、一時停止中の時間帯t1〜t3を通して、エンジン回転数NEはアイドル回転数NEiで一定とされ、第1及び第2入力軸31、32の回転数N1、N2はゼロになっている。また、下段に示されるように、第1及び第2摩擦クラッチ21、22は切断状態とされ、伝達できるトルクTc1、Tc2はゼロになっている。そして、中段に示されるように、第1摩擦クラッチ21の温度T1oldは、時刻t1で高温T1Hとなっており、時間の経過とともに徐々に低下している。
【0050】
実施形態を示す図7の上段で、エンジン回転数NEはアイドル回転数NEiで一定とされ、第1及び第2入力軸31、32の回転数N1、N2はゼロになっている。また、下段に示されるように、第1摩擦クラッチ21は一時停止中の時間帯t1〜t3を通して切断状態とされ、伝達できるトルクTc1はゼロになっている。一方、第2摩擦クラッチ22は一時停止中の時刻t1から途中の時刻t2までの間は継合状態とされ、伝達できるトルクTc2(≠0)が発生している。前述したように、この継合状態は、トルクを伝達するためでなく、熱伝達特性を向上するためのものである。
【0051】
したがって中段に示されるように、t1〜t2までの間、第1摩擦クラッチ21の温度T1は、破線で示される従来技術よりも迅速に(急峻に)高温T1Hから低下する。また、時刻t2〜t3の間は第2摩擦クラッチ22が切断状態とされるため、第1摩擦クラッチ21の温度T1の減少傾向は従来技術と同程度になる。結果として、時刻t3における第1摩擦クラッチ21の温度T1は、従来技術の温度T1oldと比較して低下分ΔTgoodだけ低く改善される。
【0052】
次に、車両発進まで第2摩擦クラッチ22の継合状態を継続したときの動作及び作用について、従来技術と比較しながら説明する。図8は、従来技術における一時停止時から第1速による車両発進を経て第2速が確立するまでの変速動作を例示説明する図である。また、図9は、実施形態における一時停止時から第1速による車両発進を経て第2速が確立するまでの変速動作を例示説明する図である。図8及び図9でそれぞれ、3つのグラフは上段が回転数、中段がクラッチのトルクTc、下段が第2変速機構6の状態を示し、横軸は共通の時間tである。また、時刻t11で一時停止中であり、時刻t12で発進制御が開始されて時刻t13で第1速が確立し、時刻t14で第2速への変速条件が成立して時刻t15で第2速が確立した場合が例示されている。
【0053】
従来技術を示す図8の上段において、一時停止中の時刻t11で、エンジン回転数NEはアイドル回転数NEi、第1及び第2入力軸31、32の回転数N1、N2はゼロになっている。また、中段に示されるように、第1及び第2摩擦クラッチ21、22は切断状態とされ、伝達できるトルクTc1、Tc2はゼロになっている。そして、下段に示されるように、第2変速機構6は、発進後のシフトアップ変速操作に備えて既に第2速歯車組62が噛合されている。
【0054】
そして、ドライバのアクセル操作により時刻t12で発進制御が開始されると、第1摩擦クラッチ21が継合動作して伝達できるトルクTc1が増加する。また、継合動作によって第1入力軸31が回転を始め、回転数N1が増加してエンジン回転数NEに近づく。時刻t13で第1入力軸31の回転数N1がエンジン回転数NEに略一致すると第1速が確立し、以降は回転数NE、N1が徐々に増加する。この間、第2入力軸32は、第2速歯車組62を介して出力軸4側から駆動され、第2速に見合った回転数N2(破線で示す)が発生する。
【0055】
時刻t14で第2速への変速条件が成立すると、第1摩擦クラッチ21が切断動作するとともに第2摩擦クラッチ22が継合動作して、第1摩擦クラッチ21のトルクTc1が第2摩擦クラッチ22のトルクTc2(破線で示す)へと架け替えられる。時刻t15で、第1摩擦クラッチ21が切断状態となり第2摩擦クラッチ22が継合状態になると第2速が確立する。
【0056】
これに対し、図9に示される実施形態では、一時停止中から車両発進まで第2摩擦クラッチ22の継合状態を継続する。図9の(1)は第2摩擦クラッチ22の継合状態が発進制御の開始によって解消された場合、(3)は第2摩擦クラッチ22の継合状態が第2速への変速条件の成立まで継続された場合、(2)は中間的な場合、をそれぞれ示している。図9の(1)〜(3)の一時停止中の時刻t11における状態は同一であり、上段に示されるように、エンジン回転数NEはアイドル回転数NEi、第1及び第2入力軸31、32の回転数N1、N2はゼロになっている。また、中段に示されるように、第1摩擦クラッチ21は切断状態とされて伝達できるトルクTc1はゼロであり、第2摩擦クラッチ22は継合状態とされて伝達できるトルクTc2(≠0)が発生している。そして、下段に示されるように、第2変速機構6はニュートラル状態とされている。
【0057】
図9の(1)において、時刻t12で発進制御が開始されると、第1摩擦クラッチ21が継合動作して伝達できるトルクTc1が増加するとともに、継合動作によって第1入力軸31の回転数N1も増加してエンジン回転数NEに近づく。また、第2摩擦クラッチ22は継合状態が解消され、切断動作によって切断状態に移行する。これにより、第2入力軸22がフリー状態となるので、第2変速機構6の第2速歯車組62を噛合でき、第2速に見合った回転数N2(破線で示す)が発生する。時刻t13で第1入力軸31の回転数N1がエンジン回転数NEに略一致すると第1速が確立し、以降は回転数NE、N1が徐々に増加する。以降時刻t15までの動作は従来技術と同じになる。
【0058】
このケースでは、時刻t11〜t12までの間、第2摩擦クラッチ22が継合状態とされて熱伝達特性が改善され、第1摩擦クラッチ21の高温T1Hが迅速に低下する。また、車両発進後の早期に放熱促進手段73を終了させてシフトアップ変速動作を可能としているので、加速操縦性を優先した変速制御を行うことができる。
【0059】
次に、図9の(3)において、時刻t12で発進制御が開始されると、第1摩擦クラッチ21が継合動作して伝達できるトルクTc1が増加するとともに、継合動作によって第1入力軸31の回転数N1も増加してエンジン回転数NEに近づく。時刻t13で第1入力軸31の回転数N1がエンジン回転数NEに略一致すると第1速が確立し、以降は回転数NE、N1が徐々に増加する。このとき、第2入力軸32の回転数N2は、第2摩擦クラッチ22の継合状態により、エンジン回転数NEに同期する。
【0060】
時刻t14で第2速への変速条件が成立すると、第2摩擦クラッチ22は継合状態が解消され、切断動作によって切断状態に移行する。これにより、第2入力軸22がフリー状態となるので、第2変速機構6の第2速歯車組62を噛合でき、第2入力軸32には第2速に見合った回転数N2(破線で示す)が発生する。また、第1摩擦クラッチ21が切断動作するとともに第2摩擦クラッチ22が継合動作して、第1摩擦クラッチ21のトルクTc1が第2摩擦クラッチ22のトルクTc2へと架け替えられる。時刻t15で、第1摩擦クラッチ21が切断状態となり第2摩擦クラッチ22が継合状態になると第2速が確立する。
【0061】
このケースでは、時刻t11〜t14までの長い間、第2摩擦クラッチ22が継合状態とされて熱伝達特性が改善され、第1摩擦クラッチ21の高温T1Hが迅速にかつ大幅に低下する。また、第1摩擦クラッチ21の継合動作で発生した摩擦熱も効率的に放熱される。つまり、第1速での発進後も長く放熱促進手段73を動作させて温度上昇の抑制を優先しているので、第1摩擦クラッチ21の耐久性能をより確実なものにできる。
【0062】
さらに、図9の(2)において、時刻t12で発進制御が開始されると、第1摩擦クラッチ21が継合動作して伝達できるトルクTc1が増加するとともに、継合動作によって第1入力軸31の回転数N1も増加してエンジン回転数NEに近づく。時刻t13で第1入力軸31の回転数N1がエンジン回転数NEに略一致すると第1速が確立し、以降は回転数NE、N1が徐々に増加する。このとき、第2入力軸32の回転数N2は、第2摩擦クラッチ22の継合状態により、エンジン回転数NEに同期する。
【0063】
次に、時刻t14で第2速への変速条件が成立する以前の時刻tmで、第2摩擦クラッチ22は継合状態が解消され、切断動作によって切断状態に移行する。これにより、第2入力軸22がフリー状態となるので、第2変速機構6の第2速歯車組62を噛合でき、第2入力軸32には第2速に見合った回転数N2(破線で示す)が発生する。時刻t14では、第1摩擦クラッチ21が切断動作するとともに第2摩擦クラッチ22が継合動作して、第1摩擦クラッチ21のトルクTc1が第2摩擦クラッチ22のトルクTc2へと架け替えられる。時刻t15で、第1摩擦クラッチ21が切断状態となり第2摩擦クラッチ22が継合状態になると第2速が確立する。
【0064】
このケースでは、時刻t11〜t1mまでの中間的な長さで第2摩擦クラッチ22が継合状態とされて熱伝達特性が改善され、第1摩擦クラッチ21の高温T1Hが迅速にかつ中間程度の大きさだけ低下する。
【0065】
なお、高温状態と判定したときの第2摩擦クラッチ22の継合状態の継続時間の長短は、第1放熱調整手段74が決定する。これにより、実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1は、図7及び図9の(1)〜(3)のうちいずれかで動作する。
【0066】
実施形態の車両用デュアルクラッチ式変速機1によれば、一時停止時に車両発進に際して継合動作させる第1摩擦クラッチ21の温度を実測または推測し規定値と比較して高温状態を判定し、高温状態のときに一時停止時から車両発進まで第2摩擦クラッチ22の継合状態を継続する。これにより、共有の駆動側プレート25を介して第1摩擦クラッチ21から第2摩擦クラッチ22への熱移動が促進され、クラッチ部全体での放熱特性が改善される。したがって、一時停止中に高温状態の第1摩擦クラッチ21の温度を迅速に下げることができ、発進時の継合動作で発生する摩擦熱による温度上昇を抑制することができる。また、本発明の実施に際して変速機1の構造を変更する必要はなく、制御部7の制御方法を変更するだけでよいので、製造コストが上昇しない。
【0067】
また、第1放熱調整手段74をさらに有し、高温状態の程度の大小に対応して放熱促進手段73の動作時間の長短を調整する。したがって、高温状態が厳しいときには、一時停止時から車両発進まで長く放熱促進手段73を動作させて温度上昇の抑制を優先することで、第2摩擦クラッチ21の耐久性能を確保できる。また、高温状態が緩いときには、早期に放熱促進手段73を終了させ第2速へのシフトアップ変速動作を可能とし、加速操縦性を優先した変速制御を行うことができる。
【0068】
なお、制御部7の第1放熱調整手段74は、第2放熱調整手段に代えることもできる。第2放熱調整手段では、高温状態と判定された第1摩擦クラッチ21及び第2摩擦クラッチ22のうちの一方のクラッチの温度の変化に応じて、放熱促進手段73の動作終了タイミングを調整する。例えば、一時停止中に第1摩擦クラッチ21の温度T1を規定値T0と比較して高温状態であると判定したときに第2摩擦クラッチ22を継合状態とし、その後は逐次第1摩擦クラッチ21の温度T1を推測する。そして、温度T1が規定値T0以下まで低下した時点で、第2摩擦クラッチ22の継合状態を解消する。
【0069】
第2放熱調整手段を有する態様では、第1摩擦クラッチ21の温度T1の変化に応じて、放熱促進手段73の動作終了タイミングを調整する。したがって、第1摩擦クラッチ21温度T1が好ましい範囲、例えば規定値T0以下に落ち着いた時点で放熱促進手段73を終了させ、シフトアップ変速動作に対応できるように制御することができる。これにより、第1摩擦クラッチ21の温度上昇の抑制と加速操縦性の良好な変速制御とを両立できる。
【0070】
その他、本発明は様々な応用や変形が可能である。
【符号の説明】
【0071】
1:車両用デュアルクラッチ式変速機
21:第1摩擦クラッチ 22:第2摩擦クラッチ
23:第1クラッチアクチュエータ 24:第2クラッチアクチュエータ
25:駆動側プレート
261、262:従動側プレート
271、272:プレッシャプレート
281、282、291、292:摩擦材
31:第1入力軸 32:第2入力軸
4:出力軸
5:第1変速機構 51、53、55:第1速、第3速、第5速歯車組
6:第2変速機構 62、64:第2速、第4速歯車組
7:制御部
71:クラッチ温度検出手段 72:高温判定手段
73:放熱促進手段 74:第1放熱調整手段
81:第1速用シンクロメッシュ機構
82:第3−5速用シンクロメッシュ機構
83:第2−4速用シンクロメッシュ機構
91:エンジン 92:出力軸 93:デファレンシャル装置
NE:エンジン回転数 NEi:アイドル回転数
N1、N2:第1及び第2入力軸の回転数
Tc1、Tc2:第1及び第2摩擦クラッチで伝達できるトルク
T1,T2;第1及び第2摩擦クラッチの温度
T1H:高温

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源に回転連結された駆動側プレートを共有し、前記駆動側プレートに対向して配設される従動側プレート、前記従動側プレートを押動して前記駆動側プレートに摺動させるプレッシャプレート、及び前記プレッシャプレートを駆動するアクチュエータをそれぞれ有し、前記駆動源に回転連結された継合状態と前記駆動源から切断された切断状態とを切り替え可能である第1摩擦クラッチ及び第2摩擦クラッチと、
前記第1摩擦クラッチにより前記駆動源に継断可能に回転連結され、かつ複数の変速段の1つを選択可能とする第1変速機構と、
前記第2摩擦クラッチにより前記駆動源に継断可能に回転連結され、かつ複数の変速段の1つを選択可能とする第2変速機構と、
前記第1摩擦クラッチ及び前記第2摩擦クラッチのうち車両の発進に際して前記切断状態から前記継合状態へ継合動作する一方のクラッチの温度を実測または推測するクラッチ温度検出手段と、
前記第1摩擦クラッチ、前記第2摩擦クラッチ、前記第1変速機構、及び前記第2変速機構を制御する制御部とを備え、
前記制御部は、
車両走行途中の一時停止時に、実測または推測した前記一方のクラッチの温度を規定値と比較して、高温状態を判定する高温判定手段と、
前記一方のクラッチが高温状態のときに、前記他方のクラッチに回転連結される第1変速機構または第2変速機構をニュートラル状態とし、前記一時停止時から車両発進まで前記他方のクラッチの前記継合状態を継続する放熱促進手段と、
を有する車両用デュアルクラッチ式変速機。
【請求項2】
前記制御部は、前記一方のクラッチの前記高温状態の程度の大小に対応して、前記放熱促進手段の動作時間の長短を調整する第1放熱調整手段をさらに有する請求項1に記載の車両用デュアルクラッチ式変速機。
【請求項3】
前記制御部は、前記一方のクラッチの温度の変化に応じて、前記放熱促進手段の動作終了タイミングを調整する第2放熱調整手段をさらに有する請求項1に記載の車両用デュアルクラッチ式変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−79675(P2013−79675A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−219896(P2011−219896)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】