説明

車両用変速機の前後進切替装置

【課題】スナップリングを用いずにフォワードクラッチの摩擦板の軸方向の移動を規制することが可能な前後進切替装置を提供する。
【解決手段】前後進切替装置30において、遊星歯車機構31のリングギヤ312の軸方向一方側への移動がキャリヤ315のフランジ部315bによって規制され、リングギヤ312とフランジ部315bと間には、両者の相対回転を可能とするころ軸受372が設けられている。リングギヤ312の軸方向他方側への移動がサンギヤ311と一体的に回転するクラッチドラム344によって規制され、リングギヤ312とクラッチドラム344との間には、両者の相対回転を可能とするメタル374が設けられている。フォワードクラッチ33の両摩擦板が圧接される際、両摩擦板軸方向の一方側への移動がリングギヤ312の軸方向の他方側の側面312eによって規制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遊星歯車機構とフォワードクラッチとリバースブレーキとを備えた車両用変速機の前後進切替装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用変速機として、例えば、特許文献1,2に示されるものが知られている。このような車両用変速機において、前後進切替装置は、遊星歯車機構と、フォワードクラッチ(前進用クラッチ)と、リバースブレーキ(後進用ブレーキ)とを含む構成になっている。
【0003】
遊星歯車機構は、例えば、サンギヤ、リングギヤ、多数のピニオンギヤ、キャリヤを備えた構成となっている。フォワードクラッチおよびリバースブレーキは、例えば、湿式多板式の摩擦係合装置とされる。具体的に、フォワードクラッチおよびリバースブレーキは、多数の内径側摩擦板および外径側摩擦板が軸方向に交互に配置された構成となっており、両摩擦板を油圧式アクチュエータにより圧接させることで係合状態とされる一方、両摩擦板を離隔させることで解放状態とされるようになっている。
【0004】
このような前後進切替装置では、遊星歯車機構の構成要素の回転を摩擦係合装置により停止させたり、必要な構成要素同士を摩擦係合装置により一体化させたりしている。これにより、動力源で発生する動力を、車両の前進駆動力として変速機構に伝達する経路と、車両の後進駆動力として変速機構に伝達する経路とが選択的に成立されるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−132549号公報
【特許文献2】特開2006−316832号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、従来の前後進切替装置では、前進用クラッチの両摩擦板が圧接される際、両摩擦板の軸方向の一方側への移動がスナップリングを用いて規制されていた。しかし、前進用クラッチの両摩擦板の移動をスナップリングを用いて規制することに起因して様々な不具合が発生する可能性がある。
【0007】
具体的には、前進用クラッチの摩擦板を取り付ける部材にスナップリングを組み付けるスナップリング溝の加工を行う必要がある。この場合、摩擦板を取り付ける部材のスプラインが形成されている部位に溝加工を施さなければならないので、その溝加工が困難になり、多大な工数を要するといった問題がある。
【0008】
また、スナップリング溝の加工後には、バリ取り作業を行う必要がある。この場合、摩擦板を取り付ける部材としてプレス材が使用されると、バリ取り作業に多大な工数がかかるといった問題もある。
【0009】
さらに、スナップリング溝の奥までスナップリングが挿入されていなければ、前後進切替装置の作動中にスナップリングが外れてしまう可能性がある。この場合、スナップリング溝の奥までスナップリングが挿入されているか否かを組み付け工程で検出すれば、そのような不具合を回避できるが、その検出を正確に行うことは困難であり、工数もかかるといった問題がある。
【0010】
本発明は、そのような問題点を鑑みてなされたものであり、スナップリングを用いずにフォワードクラッチの摩擦板の軸方向の移動を規制することが可能な車両用変速機の前後進切替装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上述の課題を解決するための手段を以下のように構成している。すなわち、本発明は、車両用変速機の前後進切替装置であって、サンギヤと、リングギヤと、ピニオンギヤと、キャリヤとを有する遊星歯車機構と、軸方向に交互に配置された多数の内径側摩擦板と外径側摩擦板とを有する前進用クラッチおよび後進用ブレーキとを備え、動力源で発生する動力を、車両の前進駆動力として変速機構に伝達する経路と、車両の後進駆動力として変速機構に伝達する経路とを選択的に成立させるように構成されている。
【0012】
そして、上記キャリヤは、複数の遊星軸と、これら遊星軸の一端側に連結され、径方向に延びるフランジ部と、上記遊星軸の他端側に設けられ、上記前進用クラッチの内径側摩擦板を支持する摩擦板支持部とを備え、上記前進用クラッチの内径側摩擦板は、上記キャリヤの摩擦板支持部の外径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記前進用クラッチの外径側摩擦板は、上記サンギヤと一体的に回転するクラッチドラムの内径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記前進用クラッチの両摩擦板が圧接されることで、上記遊星歯車機構のキャリヤとサンギヤとが一体回転可能とされ、上記前進用クラッチの両摩擦板が隔離されることで、上記遊星歯車機構のキャリヤとサンギヤとが相対回転可能とされ、上記リングギヤの軸方向の一方側への移動が、上記キャリヤのフランジ部によって規制され、上記リングギヤとフランジ部との間には、両者の相対回転を可能とする第1の介在物が設けられ、上記リングギヤの軸方向の他方側への移動が、上記クラッチドラムによって規制され、上記リングギヤとクラッチドラムとの間には、両者の相対回転を可能とする第2の介在物が設けられ、上記前進用クラッチの両摩擦板が圧接される際、両摩擦板の軸方向の一方側への移動が、上記リングギヤの軸方向の他方側の端面によって規制されることを特徴としている。
【0013】
上記構成によれば、スナップリング等の別部材を用いないでも、前進用クラッチの両摩擦板が圧接される際、両摩擦板の軸方向の一方側への移動を規制することができる。つまり、リングギヤの端面形状を工夫するという簡素な構成によって、前進用クラッチの両摩擦板の軸方向の一方側への移動を規制して外径側摩擦板がクラッチドラムから脱落することを防止することができる。これにより、部品点数を削減できるとともに、前進用クラッチの両摩擦板の移動をスナップリングを用いて規制することに起因する様々な不具合を解消することができる。
【0014】
また、リングギヤの軸方向の位置決めを既存のキャリヤのフランジ部とクラッチドラムとを利用して行うことによって、リングギヤの脱落を防止することができる。そして、前進用クラッチおよび後進用ブレーキの係合・解放を適切なタイミングで行うことができるようになる。
【0015】
本発明の車両用変速機の前後進切替装置において、上記後進用ブレーキの内径側摩擦板は、上記リングギヤの外径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記後進用ブレーキの外径側摩擦板は、変速機ケースの内径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記後進用ブレーキの両摩擦板が圧接されることで、上記遊星歯車機構のリングギヤが回転不可能とされ、上記後進用ブレーキの両摩擦板が隔離されることで、上記遊星歯車機構のリングギヤが回転可能とされることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、リングギヤの端面形状を工夫するという簡素な構成によって、スナップリング等の別部材を用いないでも、前進用クラッチの外径側摩擦板がクラッチドラムから脱落することを防止することができる。これにより、部品点数を削減できるとともに、前進用クラッチの両摩擦板の移動をスナップリングを用いて規制することに起因する様々な不具合を解消することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】実施形態に係る車両用変速機の概略構成を示す図である。
【図2】図1の車両用変速機の前後進切替装置を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明を具体化した実施形態について添付図面を参照しながら説明する。
【0019】
図1は、実施形態に係る車両用変速機の概略構成を示す図である。この実施形態では、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)型車両に搭載されるトランスアクスルを例として挙げている。
【0020】
図1に例示する車両用変速機は、トルクコンバータ20、前後進切替装置30、変速機構40、減速歯車機構50、および、差動歯車機構60を備えている。この車両用変速機において、走行用動力源であるエンジン(内燃機関)10で発生した動力は、トルクコンバータ20、前後進切替装置30、変速機構40、および、減速歯車機構50を経由して差動歯車機構60に伝達され、左右の駆動輪70L,70Rへ分配されるようになっている。
【0021】
トルクコンバータ20は、入力側のポンプインペラ22、出力側のタービンランナ23、および、トルク増幅機能を発現するステータ24を備えており、ポンプインペラ22とタービンランナ23との間で流体(フルード)を介して動力伝達を行う。ポンプインペラ22は、エンジン10の出力軸11に連結されている。タービンランナ23は、タービン軸28を介して前後進切替装置30に連結されている。ステータ24は、一方向クラッチ25を介して所定の固定部に連結されている。
【0022】
トルクコンバータ20には、このトルクコンバータ20の入力側と出力側とを直結するロックアップクラッチ26が備えられている。ロックアップクラッチ26は、係合側油室261内の油圧と解放側油室262内の油圧との差圧を制御することにより完全係合・半係合(スリップ状態での係合)または解放される。ロックアップクラッチ26を完全係合させることにより、ポンプインペラ22とタービンランナ23とが一体回転する。また、ロックアップクラッチ26を所定のスリップ状態で係合させることにより、駆動時には所定のスリップ量でタービンランナ23がポンプインペラ22に追随して回転する。一方、ロックアップ差圧を負に設定することによりロックアップクラッチ26は解放状態となる。
【0023】
また、トルクコンバータ20には、ポンプインペラ22に連結して駆動される機械式のオイルポンプ27が設けられている。
【0024】
前後進切替装置30は、エンジン10で発生する動力を、車両の前進駆動力として変速機構40に伝達する経路と、車両の後進駆動力として変速機構40に伝達する経路とを選択的に成立させるものである。前後進切替装置30は、遊星歯車機構31と、フォワードクラッチ33と、リバースブレーキ35とを備えている。フォワードクラッチ33およびリバースブレーキ35は、ともに湿式多板式の摩擦係合装置とされており、油圧によって係合または解放される。前後進切替装置30の詳細については後述する。
【0025】
変速機構40は、ベルト式の無段変速機構とされている。変速機構40は、入力側のプライマリプーリ41、出力側のセカンダリプーリ42、および、これらプライマリプーリ41とセカンダリプーリ42とに巻き掛けられた金属製のベルト45を備えている。
【0026】
プライマリプーリ41は、有効径が可変な可変プーリであって、入力軸47に固定された固定シーブ411と、入力軸47に軸方向のみの摺動が可能な状態で配設された可動シーブ412によって構成されている。セカンダリプーリ42も同様に、有効径が可変な可変プーリであって、出力軸48に固定された固定シーブ421と、出力軸48に軸方向のみの摺動が可能な状態で配設された可動シーブ422によって構成されている。
【0027】
プライマリプーリ41の可動シーブ412側には、固定シーブ411と可動シーブ412との間のV溝幅を変更するための油圧アクチュエータ413が配置されている。また、セカンダリプーリ42の可動シーブ422側にも同様に、固定シーブ421と可動シーブ422との間のV溝幅を変更するための油圧アクチュエータ423が配置されている。
【0028】
このような変速機構40において、プライマリプーリ41の油圧アクチュエータ413の油圧を制御することにより、プライマリプーリ41およびセカンダリプーリ42のV溝幅が変化してベルト45の掛かり径(有効径)が変更され、変速比γ(=プライマリプーリ回転数/セカンダリプーリ回転数)が連続的に変化する。また、セカンダリプーリ42の油圧アクチュエータ423の油圧は、ベルト滑りが生じない所定の挟圧力でベルト45が挟圧されるように制御される。
【0029】
次に、前後進切替装置30の遊星歯車機構31、フォワードクラッチ33、リバースブレーキ35について、図1、図2を参照して詳しく説明する。
【0030】
遊星歯車機構31は、この実施形態では、ダブルピニオン型の遊星歯車機構とされている。遊星歯車機構31は、主として、入力軸となるサンギヤ311と、リングギヤ312と、遊星ギヤとしての多数の内径側ピニオンギヤ313および多数の外径側ピニオンギヤ314と、出力軸となるキャリヤ315とを備えている。
【0031】
サンギヤ311は、上記タービン軸28の一端側(図2では左端側)に一体的に形成されている。このサンギヤ311には、クラッチ用アクチュエータ34のクラッチドラム344が一体的に取り付けられている。
【0032】
リングギヤ312は、サンギヤ311にそれと同心状に配置されている。内径側ピニオンギヤ313は、サンギヤ311とリングギヤ312との対向環状空間にサンギヤ311および外径側ピニオンギヤ314にそれぞれに噛合する状態で配置されている。外径側ピニオンギヤ314は、サンギヤ311とリングギヤ312との対向環状空間に内径側ピニオンギヤ313およびリングギヤ312にそれぞれ噛合する状態で配置されている。
【0033】
キャリヤ315は、両ピニオンギヤ313,314を自転可能に支持し、かつ、両ピニオンギヤ313,314をサンギヤ311の周囲で一体的に公転可能な状態で保持するものである。キャリヤ315は、複数の遊星軸315aと、これら遊星軸315aの一端側(図2では左端側)に連結され、径方向に延びるフランジ部315bと、遊星軸315aの他端側(図2では右端側)に設けられ、フォワードクラッチ33の内径側摩擦板331を支持する摩擦板支持部315cとを備えている。フランジ部315bは、軸方向に延びる軸部315dの他端側から径方向外向きに延びるように形成されている。フランジ部315bの円周数ヶ所に遊星軸315aが片持ち支持状態で設けられている。摩擦板支持部315cは、遊星軸315aの自由端側に設けられている。軸部315dは、変速機構40のプライマリプーリ41の固定シーブ411の円筒形ボス部内にスプライン嵌合されており、キャリヤ315と固定シーブ411とが一体回転可能に連結されている。
【0034】
フォワードクラッチ33は、遊星歯車機構31のキャリヤ315とサンギヤ311とを相対回転可能な解放状態または一体回転可能な係合状態にするものである。フォワードクラッチ33は、多数の内径側摩擦板331と外径側摩擦板332とが軸方向に交互に配置された構成となっている。内径側摩擦板331は、キャリヤ315の摩擦板支持部315cの外径側にスプライン嵌合されており、軸方向に変位可能になっている。外径側摩擦板332は、クラッチドラム344の内径側にスプライン嵌合されており、軸方向に変位可能になっている。そして、フォワードクラッチ33は、両摩擦板331,332を、クラッチ用アクチュエータ34により圧接させることで係合状態とされる一方、両摩擦板331,332を離隔させることで解放状態とされる。
【0035】
クラッチ用アクチュエータ34は、主として、クラッチピストン341と、油圧室342と、スプリング343とを含んで構成されている。クラッチピストン341は、クラッチドラム344の内径側に軸方向に変位可能に取り付けられている。
【0036】
クラッチドラム344は、径方向に沿う環状板部344aの外径側に外筒部344bを、また、環状板部344aの内径側に内筒部344cを設けたような形状になっている。クラッチピストン341は、クラッチドラム344の形状と似た形状とされており、環状板部341a、外筒部341b、内筒部341cを有している。クラッチピストン341の外筒部341bおよび内筒部341cの軸方向寸法は、クラッチドラム344の外筒部344bおよび内筒部344cの軸方向寸法よりも短くなっている。
【0037】
クラッチピストン341の環状板部341aとクラッチドラム344の環状板部344aとの軸方向対向間に、油圧室342となる空間が形成される。また、クラッチピストン341の外筒部341bと内筒部341cとの間には、ストッパプレート345が軸方向に位置規制された状態で取り付けられている。このストッパプレート345とクラッチピストン341の環状板部341aとの間には、クラッチピストン341を解放側へ付勢するためのスプリング(例えば、圧縮コイルスプリング)343が設けられている。
【0038】
このようなフォワードクラッチ33の動作を説明する。まず、油圧室342に所定圧力の作動油を供給すると、クラッチピストン341が図2の左側にスライドされることになって、外径側摩擦板332が内径側摩擦板331に圧接される。これにより、フォワードクラッチ33が係合状態になり、キャリヤ315とサンギヤ311とが一体回転可能な状態になる。
【0039】
一方、油圧室342に作動油を供給しない状態では、スプリング343の弾性力によってクラッチピストン341が図2の位置にスライドされることになって、外径側摩擦板332が内径側摩擦板331から離隔される。これにより、フォワードクラッチ33が解放状態になり、キャリヤ315とサンギヤ311とが相対回転可能な状態になる。
【0040】
リバースブレーキ35は、遊星歯車機構31のリングギヤ312を回転可能とする解放状態または回転不可能とする係合状態にするものである。リバースブレーキ35は、上述したフォワードクラッチ33と同様に、多数の内径側摩擦板351と外径側摩擦板352とが軸方向に交互に配置された構成となっている。内径側摩擦板351は、リングギヤ312の外径側にスプライン嵌合されており、軸方向に変位可能になっている。外径側摩擦板352は、変速機ケース80の内径側にスプライン嵌合されており、軸方向に変位可能になっている。そして、リバースブレーキ35は、両摩擦板351,352を、ブレーキ用アクチュエータ36により圧接させることで係合状態とされる一方、両摩擦板351,352を離隔させることで解放状態とされる。
【0041】
ブレーキ用アクチュエータ36は、主として、ブレーキピストン361と、油圧室362と、スプリング363とを含んで構成されている。ブレーキピストン361は、変速機ケース80の内側に回転不可能かつ軸方向に変位可能に取り付けられている。油圧室362は、ブレーキピストン361と変速機ケース80との対向間に作られる空間とされている。ブレーキピストン361と変速機ケース80の壁面との間には、ブレーキピストン361を解放側へ付勢するためのスプリング(例えば、圧縮コイルスプリング)363が設けられている。
【0042】
このようなリバースブレーキ35の動作を説明する。まず、油圧室362に所定圧力の作動油を供給すると、ブレーキピストン361が図2の右側にスライドされることになって、外径側摩擦板352が内径側摩擦板351に圧接される。これにより、リバースブレーキ35が係合状態になり、リングギヤ312が回転可能になる。一方、油圧室362に作動油を供給しない状態では、スプリング363の弾性力によってブレーキピストン361が図2の位置にスライドされることになって、外径側摩擦板352が内径側摩擦板351から離隔される。これにより、リバースブレーキ35が解放状態になり、リングギヤ312が回転不可能になる。
【0043】
上述のように構成された前後進切替装置30の基本的な動作を説明する。
【0044】
前進時には、クラッチ用アクチュエータ34によりフォワードクラッチ33を係合状態にして、ブレーキ用アクチュエータ36によりリバースブレーキ35を解放状態にする。これにより、遊星歯車機構31のサンギヤ311とキャリヤ315とが連結されることになって入力軸47がタービン軸28と一体に回転する状態になる。したがって、前後進切替装置30において前進用動力伝達経路が成立し、エンジン10の回転動力が前進方向の駆動力として変速機構40側へ伝達される。
【0045】
一方、後進時には、ブレーキ用アクチュエータ36によりリバースブレーキ35を係合状態にして、クラッチ用アクチュエータ34によりフォワードクラッチ33を解放状態にする。これにより、遊星歯車機構31のリングギヤ312が変速機ケース80に固定されることになって入力軸47がタービン軸28に対して逆方向へ回転する状態になる。したがって、前後進切替装置30において後進用動力伝達経路が成立し、エンジン10の回転動力が後進方向の駆動力として変速機構40側へ伝達される。
【0046】
なお、フォワードクラッチ33およびリバースブレーキ35をともに解放状態にすると、タービン軸28の回転動力が入力軸47に伝達されなくなるので、前後進切替装置30はニュートラル(遮断状態)になる。
【0047】
次に、この実施形態の特徴部分について説明する。
【0048】
図2に示すように、この実施形態では、リングギヤ312の軸方向の一方側(図2では左方側)への移動が、キャリヤ315のフランジ部315bによって規制されている。そして、リングギヤ312とフランジ部315bとの間には、両者の相対回転を可能とする第1の介在物が設けられている。
【0049】
具体的には、リングギヤ312の軸方向の一方側の側面には、軸方向の一方側へ突出する環状の突出部312aが形成されている。この突出部312aの内径側に環状の溝部312bが設けられている。キャリヤ315のフランジ部315bは、リングギヤ312の溝部312bと対向する位置まで径方向外側に延びている。フランジ部315bは、リングギヤ312の溝部312bの軸方向の一方側に溝部312bとは非接触の状態で配置されている。フランジ部315bの軸方向の他方側の側面には、リングギヤ312の溝部312bと対向する部分に溝部315eが形成されている。これらリングギヤ312の溝部312bとフランジ部315bの溝部315eとによって、環状の隙間が形成されている。この隙間には、スラスト軸受としてのころ軸受372が介装されている。つまり、上記第1の介在物としてころ軸受372が用いられている。
【0050】
このように、ころ軸受372を介してリングギヤ312とフランジ部315bとが当接されている。これにより、リングギヤ312の軸方向の一方側への移動がフランジ部315bによって規制されつつ、リングギヤ312とフランジ部315bとが相対回転可能となっている。このため、遊星歯車機構31において、リングギヤ312とキャリヤ315とが干渉することなく相対回転可能となっている。
【0051】
また、この実施形態では、リングギヤ312の軸方向の他方側(図2では右方側)への移動が、クラッチドラム344の外筒部344bによって規制されている。そして、リングギヤ312と外筒部344bとの間には、両者の相対回転を可能とする第2の介在物が設けられている。
【0052】
具体的には、リングギヤ312の軸方向の他方側の側面には、軸方向の他方側へ突出する突出部312cが形成されている。この突出部312cの外径側に環状の溝部312dが設けられている。クラッチドラム344の外筒部344bは、リングギヤ312の突出部312cと対向する位置まで軸方向の一方側に延びている。外筒部344bは、突出部312cの外径側に突出部312cとは非接触の状態で配置されている。リングギヤ312の軸方向の他方側の側面とクラッチドラム344の外筒部344bとの間の隙間には、スラスト軸受としてのメタル374が介装されている。つまり、上記第2の介在物としてメタル374が用いられている。
【0053】
このように、メタル374を介してリングギヤ312とクラッチドラム344とが当接されている。これにより、リングギヤ312の軸方向の他方側への移動がクラッチドラム344によって規制されつつ、リングギヤ312とクラッチドラム344とが相対回転可能となっている。このため、遊星歯車機構31において、リングギヤ312とサンギヤ311とが干渉することなく相対回転可能となっている。
【0054】
さらに、この実施形態では、クラッチ用アクチュエータ34によりフォワードクラッチ33の両摩擦板331,332が圧接される際、両摩擦板331,332の軸方向の一方側への移動が、リングギヤ312の軸方向の他方側の端面によって規制されるようになっている。
【0055】
具体的には、クラッチ用アクチュエータ34の油圧室342に作動油を供給することによって、フォワードクラッチ33の両摩擦板331,332が圧接される。この際、軸方向の最も一方側に配置された外径側摩擦板332が、リングギヤ312の軸方向の他方側の端面、この場合、リングギヤ312の突出部312cの軸方向の他方側の側面312eに当接される。上述したように、リングギヤ312の軸方向の一方側への移動は、キャリヤ315のフランジ部315bによって規制されているため、フォワードクラッチ33の両摩擦板331,332が圧接される際、リングギヤ312により、両摩擦板331,332の軸方向の一方側への移動が規制されることになる。なお、フォワードクラッチ33の両摩擦板331,332が隔離されている場合には、軸方向の最も一方側に配置された外径側摩擦板332と、リングギヤ312の突出部312cの軸方向の他方側の側面312eとの間には、所定の隙間が確保されるようになっている。
【0056】
この実施形態によれば、次のような効果が得られる。
【0057】
リングギヤ312により両摩擦板331,332の軸方向の一方側への移動が規制されるので、スナップリング等の別部材を用いないでも、フォワードクラッチ33の両摩擦板331,332が圧接される際、両摩擦板331,332の軸方向の一方側への移動を規制することができる。つまり、リングギヤ312の端面形状を工夫するという簡素な構成によって、両摩擦板331,332の軸方向の一方側への移動を規制して外径側摩擦板332がクラッチドラム344から脱落することを防止することができる。これにより、部品点数を削減できるとともに、両摩擦板331,332の移動をスナップリングを用いて規制することに起因する様々な不具合を解消することができる。
【0058】
具体的には、クラッチドラム344にスナップリングを組み付けるスナップリング溝の加工を行う必要がなくなり、その工数を削減でき、コストダウンを図れる。また、クラッチドラム344へのスナップリング溝の加工後にバリ取り作業を行う必要がなくなり、その工数を削減でき、コストダウンを図れる。さらに、前後進切替装置30の作動中にクラッチドラム344からスナップリングが外れてしまうということも回避できる。しかも、組み付け工程でクラッチドラム344のスナップリング溝の奥までスナップリングが挿入されているか否かを検出しなくてもよくなり、その工数を削減でき、コストダウンを図れる。
【0059】
また、リングギヤ312の軸方向の位置決めを既存のキャリヤ315のフランジ部315bとクラッチドラム344とを利用して行うことによって、リングギヤ312の脱落を防止することができる。そして、フォワードクラッチ33およびリバースブレーキ35の係合・解放を適切なタイミングで行うことができるようになる。
【0060】
なお、本発明は、上記実施形態のみに限定されるものではなく、特許請求の範囲内および当該範囲と均等の範囲で包含されるすべての変形や応用が可能である。
【0061】
(1)第1,第2の介在物は、リングギヤ312の軸方向の移動を規制することが可能であり、リングギヤ312を回転可能にするものであれば、いかなるものを用いてもよい。例えば、第1,第2の介在物として、スラストワッシャ、スラストベアリング等を用いてもよい
(2)上記実施形態では、変速機構をベルト式の無段変速機構とした例を挙げたが、変速機構をトロイダル型の無段変速機としてもよい。また、変速機構を有段変速機としてもよい。
【0062】
(3)上記実施形態では、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)型の車両に搭載される車両用変速機を例に挙げたが、例えば、FR(フロントエンジン・リアドライブ)型の車両や、その他の形態の車両に搭載される車両用変速機に対しても本発明を適用することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、遊星歯車機構とフォワードクラッチとリバースブレーキとを備えた車両用変速機の前後進切替装置に利用することが可能である。
【符号の説明】
【0064】
10 エンジン
30 前後進切替装置
31 遊星歯車機構
311 サンギヤ
312 リングギヤ
312e 軸方向の他方側の側面
313,314 ピニオンギヤ
315 キャリヤ
315a 遊星軸
315b フランジ部
315c 摩擦板支持部
33 フォワードクラッチ(前進用クラッチ)
331 内径側摩擦板
332 外径側摩擦板
344 クラッチドラム
35 リバースブレーキ(後進用ブレーキ)
351 内径側摩擦板
352 外径側摩擦板
372 ころ軸受(第1の介在物)
374 メタル(第2の介在物)
40 変速機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンギヤと、リングギヤと、ピニオンギヤと、キャリヤとを有する遊星歯車機構と、
軸方向に交互に配置された多数の内径側摩擦板と外径側摩擦板とを有する前進用クラッチおよび後進用ブレーキとを備え、
動力源で発生する動力を、車両の前進駆動力として変速機構に伝達する経路と、車両の後進駆動力として変速機構に伝達する経路とを選択的に成立させる車両用変速機の前後進切替装置であって、
上記キャリヤは、複数の遊星軸と、これら遊星軸の一端側に連結され、径方向に延びるフランジ部と、上記遊星軸の他端側に設けられ、上記前進用クラッチの内径側摩擦板を支持する摩擦板支持部とを備え、
上記前進用クラッチの内径側摩擦板は、上記キャリヤの摩擦板支持部の外径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記前進用クラッチの外径側摩擦板は、上記サンギヤと一体的に回転するクラッチドラムの内径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、
上記前進用クラッチの両摩擦板が圧接されることで、上記遊星歯車機構のキャリヤとサンギヤとが一体回転可能とされ、上記前進用クラッチの両摩擦板が隔離されることで、上記遊星歯車機構のキャリヤとサンギヤとが相対回転可能とされ、
上記リングギヤの軸方向の一方側への移動が、上記キャリヤのフランジ部によって規制され、上記リングギヤとフランジ部との間には、両者の相対回転を可能とする第1の介在物が設けられ、
上記リングギヤの軸方向の他方側への移動が、上記クラッチドラムによって規制され、上記リングギヤとクラッチドラムとの間には、両者の相対回転を可能とする第2の介在物が設けられ、
上記前進用クラッチの両摩擦板が圧接される際、両摩擦板の軸方向の一方側への移動が、上記リングギヤの軸方向の他方側の端面によって規制されることを特徴とする車両用変速機の前後進切替装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用変速機の前後進切替装置において、
上記後進用ブレーキの内径側摩擦板は、上記リングギヤの外径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、上記後進用ブレーキの外径側摩擦板は、変速機ケースの内径側に軸方向に変位可能に取り付けられ、
上記後進用ブレーキの両摩擦板が圧接されることで、上記遊星歯車機構のリングギヤが回転不可能とされ、上記後進用ブレーキの両摩擦板が隔離されることで、上記遊星歯車機構のリングギヤが回転可能とされることを特徴とする車両用変速機の前後進切替装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−7259(P2011−7259A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−151061(P2009−151061)
【出願日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】