説明

車両運動制御システム

【課題】単一の前輪とその前輪より車両後方側に配設された左輪および右輪とを有する車両に搭載されて車両の運動を制御するシステムの実用性を向上させる。
【解決手段】前輪12Fの車体10に対する平面視における位置を変更する前輪位置変更装置84Fを備え、その前輪位置変更装置84Fを制御するために制御装置が有する制御部を、車両の旋回時において、前輪12Fを、車両が直進する際の位置である直進時前輪位置から旋回外側に移動させるように構成する。本車両運動制御システムによれば、車両の旋回時に、前輪12Fの車体10に対する位置を旋回外側に変更することで、車両の斜め前方への転倒を防止することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自身の前方部に配設された単一の前輪とその前輪より後方において自身の左右にそれぞれ配設された左輪および右輪とを有する車両に関し、特に、その車両の運動を制御するためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、単一の前輪と、それの後方に設けられた左輪,右輪とを有する車両において、その車両の運動を制御するシステムとして、下記特許文献1に記載されているような技術が存在する。その技術は、車両の旋回運動の制御に関するものであり、特に、車両の旋回に伴う左輪,右輪の転舵,駆動力差の制御に関するものである。また、近年では、下記特許文献2,3に記載されたような車両、つまり、3つの車輪に加えて左輪,右輪の後方に設けられた単一の後輪を有する車両も検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−130985号公報
【特許文献2】中国授権公告号CN1304237C
【特許文献3】特開平10−7043号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のような車両は、車輪の配置が、左右2つの前輪,左右2つの後輪を有する通常の車両とは異なることから、車両運動の制御において特別に配慮することが望ましい。上述のような車両(以下、「特殊車輪配置車両」という場合がある)に関する運動制御には、充分な改良の余地が残されており、何らかの改良を施すことにより、特殊車輪配置車両の実用性を向上させることが可能である。本発明は、そのような実情に鑑みてなされたものであり、特殊車輪配置車両の実用性を向上させるための車両運動制御システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明の車両運動制御システムは、上記特殊車輪配置車両のための車両運動制御システムであって、前輪の車体に対する平面視における位置を変更する前輪位置変更装置を制御するために制御装置が有する制御部が、車両の旋回時において、前輪を、車両が直進する際の位置である直進時前輪位置から旋回外側に移動させるように構成される。
【発明の効果】
【0006】
上記特殊車輪配置車両は、車両の前方に単一の車輪しか配設されていないため、車両の斜め前方へ転倒しやすい。本発明の車両運動制御システムによれば、車両の旋回時に、前輪の車体に対する位置を旋回外側に変更することによって、車両の斜め前方への転倒を防止することが可能となる。
【発明の態様】
【0007】
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。各態様は請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、それらの発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載,実施例の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から何某かの構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。
【0008】
なお、以下の各項において、(1)項と(2)項とを合わせたものが請求項1に相当し、請求項1に(6)項および(7)項の技術的特徴を付加したものが請求項2に、請求項2に(8)項の技術的特徴を付加したものが請求項3に、請求項3に(9)項の技術的特徴を付加したものが請求項4に、請求項1ないし請求項4のいずれか1つに(4)項の技術的特徴を付加したものが請求項5に、請求項1ないし請求項5のいずれか1つに(5)項の技術的特徴を付加したものが請求項6に、それぞれ相当する。
【0009】
(1)自身の前方部に配置された単一の前輪とその前輪より後方において自身の左右にそれぞれ配置された左輪および右輪とを有する車両に搭載され、その車両の運動を制御する車両運動制御システムであって、
前記前輪を転舵する前輪転舵装置と、
前記前輪の車体に対する平面視における位置を変更する前輪位置変更装置と、
前記車両の制御を司る制御装置と
を備え、
前記制御装置が、
前記前輪転舵装置を制御して、ステアリング操作部材の操作に基づいて前記前輪の転舵量を制御する前輪転舵量制御部と、
前記車両の旋回時において、前記前輪位置変更装置を制御して、前記前輪を、前記車両が直進する際の位置である直進時位置から移動させる前輪位置変更制御部と
を有する車両運動制御システム。
【0010】
本項に記載の車両運動制御システムは、最も基本的な態様のシステムであり、本発明のシステムの前提となるシステムである。本項の態様のシステムが対象とする車両は、上述した特殊車輪配置車両であり、その車両は、上記前輪,左輪,右輪のみを有する三輪車両であってもよく、さらに、左輪,右輪の後方に配置された単一の後輪を有する車両(以下、「菱形車輪配置車両」という場合がある)であってもよい。
【0011】
本項のシステムにおける「前輪転舵装置」は、駆動源を有してステアリング操作部材と機械的に分離され、そのステアリング操作部材の操作に応じて、駆動源を制御しつつその駆動源の力によって前輪を転舵させるように構成されたもの、つまり、いわゆるステアバイワイヤ型の転舵装置である。したがって、本項の「前輪転舵装置」は、例えば、前輪の転舵量が必ずしもステアリング操作部材の操作量のみに応じた大きさに制御されることを要せず、例えば、ステアリング操作部材の操作速度,車速等の種々のパラメータに応じた転舵量の制御が可能となる。なお、ステアリング操作部材は、ステアリングホイールを始め、ジョイスティック,レバー等、種々の形式のものを採用可能である。
【0012】
本項の態様の「前輪位置変更装置」は、具体的な構成が特に限定されるものではない。後に説明する構成の装置のように、ある点を中心として前輪が回動するような構成とすることも可能であり、また、ある直線上を移動するような構成とすることも可能である。なお、前者のように、ある点を中心として前輪が回動するような場合、前輪の車体に対する向きが変わる場合もあり得る。したがって、本明細書において「転舵量」は、車輪の向きの直進時における向きから変更された量を意味する。つまり、直進時の車輪の方向に対して車輪がなす角度等が、転舵量の一種となる。
【0013】
(2)前記前輪位置変更制御部が、
前記車両の旋回時において、前記前輪を、前記直進時位置から旋回外側に移動させるように構成された(1)項に記載の車両運動制御システム。
【0014】
(3)前記前輪位置変更制御部が、
前記前輪を、前記左輪と前記右輪とのうちの旋回外輪となるものの位置と、前記直進時位置とを結んだ直線よりも旋回外側となるように、前記前輪を移動させるように構成された(2)項に記載の車両運動制御システム。
【0015】
上記2つの項の態様のシステムが搭載される車両は、先に述べた特殊車輪配置車両であり、車両の前方に単一の車輪しか配設されていないため、旋回時において、車両の斜め前方へ転倒する虞がある。上記2つの項の態様のシステムによれば、車両旋回時に前輪が旋回外側に移動させされるため、車両が斜め前方への転倒する可能性を低減し、車両の転倒を防止することが可能となる。詳しく言えば、後者の態様のように、前輪を、左輪と右輪とのうちの旋回外輪のものの位置と前輪の直進時位置とを結ぶ直線から遠ざけることにより、車両の旋回時の転倒を防止することが可能である。つまり、車両の転倒を防止するという観点からすれば、直進時位置から旋回外側のできるだけ遠い位置へ前輪を移動させること、つまり、旋回外輪の位置と前輪の直進時位置とを結ぶ直線から前輪を遠ざけることが望ましい。したがって、上記2つの項の態様は、例えば、車両の転倒の可能性が高い場合に、低い場合に比較して、直進時位置から旋回外側の遠い位置へ前輪を移動させる態様とすることが可能である。ちなみに、「車両の転倒の可能性」を表す指標として、例えば、ステアリング操作部材の操作量や操作速度、前輪の転舵量、車速等の種々のパラメータを採用することが可能であり、本項の態様は、そのような種々のパラメータに応じて移動量を制御する態様とすることが可能である。
【0016】
(4)前記前輪位置変更制御部が、
前記前輪の前記直進時位置からの移動量が、ステアリング操作部材の操作量と前記前輪の転舵量との少なくとも一方に基づく量となるように、前記前輪を移動させるように構成された(1)項ないし(3)項のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【0017】
本項の態様は、前輪の移動量を、ステアリング操作や前輪の転舵に応じて変化させる態様である。本項の態様によれば、車両の転倒を防止するのに適切な量だけ、前輪を移動させることが可能となる。
【0018】
(5)前記前輪位置変更制御部が、
前記前輪の前記直進時位置からの移動量が、前記前輪の転舵量が大きい場合に、それが小さい場合に比較して大きくなるように、前記前輪を移動させるように構成された(1)項ないし(4)項のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【0019】
前輪の転舵量が大きな場合には、車両の旋回半径が小さくなるため、車両が転倒する可能性が高くなると考えられる。そのことに鑑み、本項の態様は、前輪の転舵量が大きな場合に、前輪の移動量も大きくなるように構成される。本項の態様は、例えば、前輪の転舵量が大きくなるほど、前輪の移動量も大きくされる態様とすることができる。その場合においては、前輪の移動量が、前輪の転舵量に応じて、段階的に変更される態様であってもよく、連続的に変更される態様であってもよい。
【0020】
(6)前記車両が、
前後方向に延び、一端部において、上下方向に延びる回動軸線回りの回動が許容された状態で、当該車両の車体に支持されたアームと、
前記前輪を回転可能に保持し、前記アームの他端部において、上下方向に延びる転舵軸線回りの回転が許容された状態で、そのアームに支持された前輪保持具と
を有し、
前記前輪位置変更装置が、前記アームの前記回動軸線回りの回動を許容する構造と、そのアームの回動のための駆動源とを含んで構成され、かつ、前記前輪転舵装置が、前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転を許容する構造と、その前輪保持具の回転のための駆動源とを含んで構成された(1)項ないし(5)項のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【0021】
本項の態様は、前輪転舵装置の構成と前輪位置変更装置の構成とを具体化した態様である。本項の態様は、簡単に言えば、アームの一端部を中心として前輪が回動するように構成され、そのアームの他端部において前輪が転舵可能とされた態様である。なお、前輪保持具は、側面視において転舵軸線が傾斜した状態で、アームに支持されていてもよい。本項に記載の「アーム」は、少なくとも前後方向に延びた状態で配設されていればよく、平面視においてその前後方向の直線から傾斜した状態で配設されていてもよく、水平面に対して傾斜した状態で配設されていてもよい。また、アームは、前端において前輪を保持するものであっても、後端において前輪を保持するものであってもよい。さらに、そのアームの長さも、特に限定されない。
【0022】
(7)前記前輪位置変更制御部が、
前記車両の旋回時において、前記前輪位置変更装置の駆動源を制御して、前記アームを前記車両が旋回する向きと反対向きに前記回動軸線回りに回動させることで、前記前輪を、前記直進時位置から旋回外側に移動させるように構成された(6)項に記載の車両運動制御システム。
【0023】
本項の態様は、前述の前輪転舵装置の構成と前輪位置変更装置の構成とを具体化した態様において、前輪を車両の旋回時に旋回外側に移動させるように構成された態様である。本項の態様によれば、先にも述べたように、車両の転倒を防止することが可能となる。なお、車両の転倒を防止するという観点からすれば、前輪を旋回外側に大きく移動させることが望ましく、本項の態様における前輪位置変更装置は、アームの長さが長いものであることが望ましい。また、前輪を、アームの後端ではなく前端において保持するものとすることで、アームの長さを長くすることが可能である。
【0024】
(8)当該車両運動制御システムが、
前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転と、前記アームの前記回動軸線回りの回動とを連動させる連動機構と、
前記前輪転舵装置の駆動源と前記前輪位置変更装置の駆動源との両者として機能する単一の駆動源と
を有する(6)項または(7)項に記載の車両運動制御システム。
【0025】
本項の態様は、前輪の転舵と前輪の位置の変更とを、単一の駆動源によって行うことが可能な態様である。そのため、本項の態様によれば、システムの構造を比較的単純なものとすることが可能となる。なお、本項の態様は、前輪の移動量が、前輪の転舵量に応じた量となる構成、つまり、それら前輪の転舵量と移動量とが比例する構成となる。ちなみに、本項の態様においては、制御装置が有する上記単一の駆動源を制御する機能部が、前輪転舵量制御部と前輪位置変更制御部との両者として機能することとなる。
【0026】
(9)前記連動機構が、
前記アームにそれに沿って延びる延びるように配設された回転軸と、
前記アームの前記回動軸線回りの回動動作とその回転軸の回転動作とを相互に変換する第1動作変換機構と、
その回転軸の回転動作と前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転動作とを相互に変換する第2動作変換機構と
を有し、
前記単一の駆動源が、
前記アームの前記回動軸線回りの回動動作と、前記回転軸の回転動作と、前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転動作とのうちのいずれかの動作を行うための力を付与するものとされた(8)項に記載の車両運動制御システム。
【0027】
本項の態様は、単一の駆動源によって前輪の転舵と前輪の位置の変更との両者を行う構成を具体化した態様である。本項に記載の「第1動作変換機構」および「第2動作変換機構」は、その構成が特に限定されるものではないが、例えば、ギヤ等を採用可能である。また、「単一の駆動源」は、具体的には、例えば、アームを押したり引いたりすることでそのアームを回動軸線回りに回動させるものや、前輪保持具と係合してその前輪保持具を転舵軸線回りに回転させるもの等とすることが可能である。
【0028】
(10)前記アームが、
前記前輪を自身の他端部より前方側に位置させ、側面視において、その他端部から延びる鉛直線に対して交差する方向に延びる前記転舵軸線周りの回転を許容する状態で、前記前輪保持具を支持するものである(6)項ないし(9)項のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【0029】
本項の態様においては、車両の旋回時に前記前輪を旋回外側に移動させると、前輪は、それの上方が旋回内側に向かって傾倒することになる。つまり、つまり、車両の旋回時に車体に作用する遠心力の一部が、転舵軸線の方向に作用し、その遠心力の一部を前輪保持具が有するサスペンションによって受け持つことが可能であるため、本項の態様のシステムを搭載する特殊車輪配置車両は、旋回時における車両の安定性に優れたものとなる。
【0030】
(11)当該車両運動制御システムが、前記左輪および前記右輪よりも後方に配置された単一の後輪をさらに有する前記車両の運動を制御するためものである(1)項ないし(10)項のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【0031】
本項の態様の車両運動制御システムは、対象とする車両が上記菱形車輪配置車両とされたシステムである。その対象とする車両の後輪は、転舵される転舵輪であってもよく、転舵されない非転舵輪であってもよい。なお、本明細書において「転舵輪」とは、ステアリング操作の操作,制御等によって、任意の転舵量とすることが可能な車輪を意味する。例えば、キャスターのように自由に向きが変わる車輪は、転舵輪ではなく非転舵輪となる。もちろん、向きが固定された車輪も非転舵輪である。
【0032】
(12)当該車両運動制御システムが、前記後輪を転舵する後輪転舵装置を備え、
前記制御装置が、前記後輪転舵装置を制御して前記後輪輪の転舵量を制御する後輪転舵量制御部を有する(11)項に記載の車両運動制御システム。
【0033】
本項の態様は、運動の制御の対象となる車両が上記菱形車輪配置車両である場合において、後輪転舵装置が、先に説明したステアバイワイヤ型の転舵装置とされた態様である。後輪の転舵の制御のためにステアバイワイヤ型の転舵装置を採用すれば、例えば、菱形車輪配置車両の旋回特性を、より良好なものとすることが可能となる。前輪の場合と同様、後輪の転舵量が必ずしもステアリング操作部材の操作量に応じた大きさに制御されることを要せず、転舵量の制御の自由度を、比較的高いものとすることが可能である。
【0034】
前輪の転舵方向に対する後輪の転舵方向に関し、それらが同じ方向である場合に、後輪が前輪と同相に転舵されていると言い、それらが互いに逆の方向である場合に、後輪が前輪と逆相に転舵されていると言うこととする。このような言い方に従えば、本項の態様では、後輪が前輪に対して同相に転舵されてもよく、逆相に転舵されてもいい。一例をあげれば、車速に応じていずれに転舵されるかが決まるように、後輪の転舵を制御することも可能である。より具体的に言えば、車速が高い場合には、車両の走行安定性等に鑑み、後輪を前輪に対して同相に転舵させ、車速が低い場合には、車両の転向性能(車両の向きの変え易さについての性能)の向上等に鑑み、後輪を前輪に対して逆相に転舵させるような制御を行うことも可能である。
【0035】
(13)当該車両運動制御システムが、前記後輪の車体に対する平面視における位置を変更する後輪位置変更装置を備え、
前記制御装置が、
前記車両の旋回時において、前記後輪位置変更装置を制御して、前記後輪を、前記車両が直進する際の位置である直進時後輪位置から移動させる後輪位置変更制御部を有する(12)項に記載の車両運動制御システム。
【0036】
本項の態様のシステムは、前輪に加えて、後輪の位置をも変更可能に構成された態様である。本項の「後輪位置変更装置」は、前述した前輪位置変更装置と同様に構成することが可能であり、前輪位置変更装置の構成、および、その装置の制御に関する態様を、後輪位置変更装置に採用することが可能である。本項の態様によれば、後方への走行における車両の旋回時に、車両の転倒を防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】請求可能発明の実施例である車両運動制御システムが搭載された車両の概略側面図である。
【図2】図1に示す車両およびその車両に搭載されている車両運動制御システムの全体構成を示す概念図である。
【図3】図1に示す車両の左輪(右輪)およびそれに対して設けられた懸架装置,駆動装置,制動装置を示す断面図である。
【図4】図1に示す車両の前輪(後輪)およびそれに対して設けられた位置変更装置および転舵装置を示す平面図である。
【図5】図1に示す車両の前輪(後輪)およびそれに対して設けられた位置変更装置および転舵装置を示す側面図である。
【図6】請求可能発明の実施例である車両運動制御システムの制御装置として機能する電子制御ユニットの機能に関するブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、請求可能発明の代表的な実施形態を、実施例として、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、請求可能発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
【実施例】
【0039】
≪車両の構成≫
図1に、実施例の車両運動制御システムが搭載された車両を示す。本車両は、菱形車輪配置の車両であり、次世代コミュータとして期待されている。本車両は、車体10と、それの前方部に設けられた前輪12Fと、その前輪12Fの後方において車体10の左部,右部にそれぞれ設けられた左輪14L,右輪14Rと、それら左輪14L,右輪14Rの後方に設けられた後輪12Rとを有している。当該車両の平面視を示す図2から解るように、前輪12F,後輪12Rは、車幅方向における中央に配設されている。なお、以下の説明において、前輪12F,後輪12Rの区別を要しない場合には、車輪12と総称し、左輪14L,右輪14Rの区別を要しない場合には、車輪14と総称することとする。前輪12F,後輪12R,左輪14L,右輪14Rに関係する構成要素,パラメータ等についても同様とする。
【0040】
本車両では、後に詳しく説明するが、前輪12F,後輪12Rが転舵輪とされており、左輪14L,右輪14Rは転舵輪とはされていない。また、左輪14L,右輪14Rが駆動輪(車両を駆動するために回転駆動される車輪)とされてはいるものの、前輪12F,後輪12Rは、駆動輪とはされていない。同様に、左輪14L,右輪14Rが制動輪(車両を制動するために回転が制動される車輪)とされてはいるものの、前輪12F,後輪12Rは、制動輪とはされていない。
【0041】
本車両には、運転者が当該車両を操作するための操作部材として、3つの操作部材が設けられている。その1つが、車両に旋回動作を行わせるためのステアリング操作部材であるステアリングホイール20であり、もう1つが、車両を加速させるためのアクセル操作部材であるアクセルペダル22,さらにもう1つが、車両を減速させるためのブレーキ操作部材であるブレーキペダル24である。ちなみに、本車両は、前進ばかりでなく後退も可能であるが、本明細書が冗長となることを避けるべく、以下の説明では、前進についてのみ説明することとする。
【0042】
左輪14L,右輪14Rに関して説明すれば、図3から解るように、車輪14は、ホイール本体30と、タイヤ32とから構成されている。ホイール本体30は、アクスル34に固定され、そのアクスル34は、キャリア36に回転可能に保持されている。キャリア36は、それぞれがサスペンション装置を構成するサスペンションアームであるロアアーム38,アッパアーム40によって、車体に対して揺動可能とされている。ロアアーム38には、液圧式のショックアブソーバ42の下端部が取付られ、このショックアブアブソーバ42の上端部は、車体10に支持されている。
【0043】
液圧式のショックアブソーバ42は、ロアチューブ44とアッパチューブ46とを有し、それらが相対移動可能とされていることで、伸縮可能とされている。ロアチューブ44には、下部リテーナ48が、アッパチューブ46には、上部リテーナ50が、それぞれ固定されており、それら下部リテーナ48,上部リテーナ50によって、サスペンションスプリング52が挟持されている。このような構成により、車輪14は、回転可能にかつ、弾性的に上下に揺動可能とされているのである。
【0044】
キャリア36は、アクスル34を保持するハブ部56の外方に短円筒状のコイル保持部58を有しているこのコイル保持部58の外周部には、電磁モータを構成する複数のコイル60が保持されている。一方、ホイール本体30のリム部には、それの内周面に沿って、複数の磁石62が配設されている。それら、複数のコイル60および複数の磁石62は互いに向かい合っており、それらは、ブラシレスDCモータを構成するものとなっている。つまり、車輪14は、ホイール本体30の内部に仕込まれたインホイールモータによって回転駆動され、そのインホイールモータは、当該車両における駆動装置64として機能するものとされている。なお、詳しい説明は省略するが、インホイールモータは、車輪14の回転によって発電機としても機能する。このモータが起電力によって発生させる電流を回生することで、駆動装置64は、回生ブレーキ装置としても機能するようにされているのである。
【0045】
また、アクスル34には、ブレーキディスク66が固定されている。一方、キャリア36には、ブレーキパッドを保持するキャリパ装置68が固定されている。キャリパ装置68は、電磁モータの力によってブレーキパッドをブレーキディスク66に押し付けるようにされている。つまり、本車両では、それらブレーキディスク66,キャリパ装置68によって構成されるディスク型の制動装置70を有しているのである。
【0046】
次に、前輪12F,後輪12Rに関して説明する。図4に示すように、車体10には、一端が車体10の中央において支持され、それぞれが、車両の前方と車両の後方へと延びる2本のアーム80F,80Rが設けられている。前輪12F,後輪12Rは、それら2本のアーム80の各々の他端に、保持されている。それらアーム80の各々は、アクチュエータ82によって、一端を中心として回動させられ、車輪12は、アーム80の一端を中心として揺動可能とされている。ちなみに、そのアクチュエータ82は、車体10とアーム80との間に配設されて伸縮可能な構造とされており、自身が有する電磁モータの作動が制御されることで、自身の長さを変更してアーム80を押したり引いたりすることで回動させるようになっている。つまり、アーム80とアクチュエータ82とを含んで、車輪12の車体10に対する平面視における位置を変更する位置変更装置84が構成されている。
【0047】
また、車輪12は、図5から解るように、ホイール本体90と、タイヤ92とから構成されている。ホイール本体90は、1対の液圧式のショックアブソーバ94によって、左右から挟持されている。詳しく言えば、ホイール本体90のハブ部96に設けられたアクスル98が、1対のショックアブソーバ94の各々の下端部に設けられた軸受部100によって回転可能に保持されていることで、車輪12は回転可能とされているのである。1対のショックアブソーバ94の各々の上端部は、車幅方向に延びる支持板102に固定されており、支持板102は、1対のショックアブソーバ94の上端部を繋ぐものとなっている。支持板102には、軸104が固定的に付設されており、その軸104が、上述したアーム80の他端に、軸線回りに回転可能に保持されている。つまり、その軸104が回転させられることで、車輪12は、転舵されるのである。以下、その軸104を、転舵軸104と呼ぶ場合がある。ちなみに、その転舵軸104の延びる方向は、図5からも分かるように、鉛直線に対して交差する方向に延びており、前輪12Fが、アーム80Fの前端より前方側に位置し、後輪12Rが、アーム80Rの後端より後方側に位置している。
【0048】
1対のショックアブソーバ94の各々は、ロアチューブ110とアッパチューブ112とを有し、それらが相対移動可能とされていることで、伸縮可能とされている。ロアチューブ110には、下部リテーナ114が固定され、その下部リテーナ114と上部リテーナとして機能する支持板102とによって、1対のサスペンションスプリング118の各々が挟持されている。このような構成により、車輪12は、弾性的に上下に揺動可能とされている。そして、1対のショックアブソーバ94,1対のサスペンションスプリング118,転舵軸104等を含んで、アーム80に支持されて車輪12を転舵軸線回りの回転を許容した状態で車輪12を保持する車輪保持具が構成されている。
【0049】
また、アーム80は、チューブ130と、そのチューブ130の内部に回転可能に保持された回転軸としてのシャフト132とを含んで構成される。そのシャフト132は、それの車両の中央側の端部に、かさ歯134が形成されており、車体10に固定された円環状のかさ歯車136と噛合している。それにより、アクチュエータ82によってアーム80が回動させられると、シャフト132が軸線回りに回転させられるようになっている。つまり、本システムは、アーム80の回動動作と、シャフト132の回転動作とを互いに変換する第1動作変換機構を有している。一方、シャフト132の車輪12側の端部にも、かさ歯138が形成されており、前述の転舵軸104の上端部に形成されたかさ歯140と噛合している。それにより、シャフト132の軸線回りの回転と、転舵軸104の軸線回りの回転とが、連動するようになっている。つまり、本システムは、シャフト132の回転動作を、転舵軸104の回転動作とを、相互に変換する第2動作変換機構を有している。そして、回転軸としてのシャフト132と、第1動作変換機構および第2動作変換機構とを含んで、連動機構が構成されている。
【0050】
以上のような構成により、アクチュエータ82によってアーム80が回動させられて、シャフト132が軸線回りに回転させられると、そのシャフト132の回転が転舵軸104に伝わり、その転舵軸104が軸線回りに回転させられることになる。したがって、アクチュエータ82が、アーム80を回動させることによって、車輪12が転舵されるのである。つまり、アクチュエータ82は、位置変更装置84の駆動源として機能するだけではなく、転舵装置の駆動源としても機能することになる。ちなみに、その転舵装置は、位置変更装置84と先に述べた車輪保持具とを含んで構成される。
【0051】
なお、アーム80の前後方向からのなす角度を揺動角αとし、車輪12がアーム80の延びる方向に対して回転する角度を回転角βとした場合において(図4参照)、回転角βに対する揺動角αの比である揺動回転比r(=α/β)が、定められた比となるように、上述したシャフト132とかさ歯車134とのギヤ比と、シャフト132と転舵軸104とのギヤ比とが定められている。
【0052】
≪車両運動制御システムの構成≫
本車両の運動は、図2に全体構成を示す車両運動制御システムによって制御される。このシステムは、当該システムの中核をなす制御装置としての電子制御ユニット(以下、「ECU」と略す)150を備えている。この、ECU150は、コンピュータを主体とする装置であり、左輪駆動装置[DL]64L,右輪駆動装置[DR]64R,左輪制動装置[BL]70L,右輪制動装置[BR]70R,前輪アクチュエータ[AF]82F,後輪アクチュエータ[AR]80Rを制御することで、当該車両の運動を制御するように構成されている。ちなみに、ECU150は、それら各装置の電磁モータの作動の制御のためのドライバ回路をも有している。
【0053】
なお、本車両運動システムは、制御のためのパラメータを取得するデバイスとして、種々のセンサを備えている。具体的には、車両の走行速度(車速)vを検出するための車速センサ[v]152,ステアリングホイール20の操作角θを検出するためのステアリングセンサ[θ]154,アクセルペダル22の操作量aOを検出するためのアクセルセンサ[aO]156,ブレーキペダル24の操作量bOを検出するためのブレーキセンサ[bO]158,車体に生じている横加速度Gyを検出するための横加速度センサ[Gy]160,車両のヨーレートγを検出するためのヨーレートセンサ[γ]162,前輪のアーム80Fに対する回転角βFを検出するための前輪回転角センサ[βF]166F,後輪のアーム80Rに対する回転角βRを検出するための後輪回転角センサ[βR]166Rが、車体に設けられており、それらのセンサがECU150に繋げられている。なお、横加速度センサ[Gy]は、車体に実際に生じている横加速度Gyを検出するためのものであるが、車両に実際に生じる横加速度Gyは、互いに反対方向の横加速度Gyであるため、本車両運動システムの制御では、車体に生じている横加速度Gyを、車両に実際に生じている横加速度Gyとして扱って、車両の運動制御を行うようにされている。
【0054】
≪車両運動制御の内容≫
a)加減速制御
本車両の運動の制御のうち、車両を加速させる制御および車両をさせる制御である加減速制御は、以下のように行われる。車両の加速させる場合には、運転者によってアクセルペダル22が操作されるため、アクセルセンサ156によって検出されたアクセルペダル22の操作量aO に基づいて、次式(1)に従って、車両に与えられるべき駆動力FD,すなわち、左右の車輪14L,14Rに与えられる駆動力FDが決定される。KDは、駆動力FDを決定するための駆動力ゲインである。
D=KD・aO ・・・(1)
一方で、車両を減速させる場合には、運転者によってブレーキペダル24が操作されるため、ブレーキセンサ158によって検出されたブレーキペダル24の操作量bOに基づいて、次式(2)に従って、車両に与えられるべき制動力FB,すなわち、左右の車輪14L,14Rに与えられる制動力FBが決定される。KBは、制動力FBを決定するための制動力ゲインである。
B=KB・bO ・・・(2)
なお、上記駆動力ゲインKD,制動力ゲインKBは、定数であってもよく、また、何らかのパラメータに基づいて変化するようなものであってもよい。
【0055】
加減速制御では、上記駆動力FDと上記制動力FBとを一元化して扱うため、駆制動力Fが、次式(3)に従って求められる。
F=FD−FB ・・・(3)
つまり、F>0の場合には、車両に駆動力Fを与えるものとし、F<0の場合には、車両に制動力Fを与えるもとされる。次いで、その駆制動力Fを左輪,右輪に分担させるべく、次式(4),(5)に従って、左輪駆制動力FL,右輪駆制動力FRが求められる。
L=F/2 ・・・(4)
B=F/2 ・・・(5)
【0056】
上記左輪駆制動力FL,右輪駆制動力FRに基づいて、それら駆制動力FL,FRがそれぞれ得られるように、駆動装置64L,64R,制動装置70L,70Rが制御される。詳しく説明すれば、FL>0の場合には、左輪駆制動力FLに応じた大きさの電流が、バッテリから左輪駆動装置64Lの電磁モータに供給される。一方、FL<0の場合は、以下のようにされる。駆動装置64は、先に説明したように、回生ブレーキ装置としての機能を有しているため、左輪駆制動力FLが回生制動力で賄える場合には、左輪駆制動力FLに応じた大きさの電流が左輪駆動装置64Lの電磁モータによって発電されてバッテリに回生されるように、左輪駆動装置64Lが制御される。左輪駆制動力FLが回生制動力で賄えない場合には、その時点で最大の回生制動力が得られるように左輪駆動装置64Lが制御され、その最大の回生制動力によっては賄えない分に応じた制動力が得られるように、左輪制動装置70Lの電磁モータにその制動力に応じた大きさの電流が供給される。右輪14Rについては、左輪14Lと同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0057】
なお、後に詳しく説明するが、上記左輪駆制動力FL,右輪駆制動力FRは、旋回時制御によって必要とされる左右輪駆制動力差ΔFに基づく補正が、次式(6),(7)に従ってなされる。
L=FL+ΔF/2 ・・・(6)
R=FR−ΔF/2 ・・・(7)
したがって、車両旋回時には、駆動装置64L,64R,制動装置70L,70Rの制御は、補正後の左輪駆制動力FL,右輪駆制動力FRに基づいて行われる。
【0058】
b)旋回時制御
本車両運動制御では、車両の旋回時には、前輪12Fの転舵角である前輪転舵角δF、、後輪12Rの転舵角である後輪転舵角δRのそれぞれの目標が決定されて、前輪転舵量制御(前輪位置変更制御),後輪転舵量制御(後輪位置変更制御)がなされる。なお、それら前輪転舵角δFおよび後輪転舵角δRは、直進時の車輪12の転向角度位置に対する転向位相角である。また、左輪14L,右輪14Rの各々に与えられるべき駆制動力FL,右輪駆制動力FRの差ΔFが決定されて、左右輪駆制動力差制御がなされる。
【0059】
i)前輪転舵量制御(前輪位置変更制御)
前輪12Fの転舵角δFの制御は、ステアリングホイール20の操作量である操作角θに基づいて行われる。まず、ステアリングセンサ154によって検出されている操作角θに基づいて、次式(8)に従って、車両旋回において車両に生じるべき横加速度Gyである目標横加速度Gy*が決定される。つまり、目標横加速度Gy*が上記操作角θに応じた大きさに決定される。ちなみに、KGは、目標横加速度Gy*を決定するための横加速度ゲインであり、定数であってもよく、何らかのパラメータによって値が変化するようなものであってもよい。
Gy*=KG・θ ・・・(8)
車両に実際に生じている実際の横加速度(実横加速度)Gyは、横加速度センサ160の検出値から取得されており。上記目標横加速度Gy*に対する実横加速度Gyの偏差である横加速度偏差ΔGyが、次式(9)に従って認定される。
ΔGy=Gy*−Gy ・・・(9)
【0060】
そして、上記横加速度偏差ΔGyに基づくフィードバック制御則に従って、前輪転舵角δFの目標となる目標前輪転舵角δF*が決定される。詳しく言えば、PID制御則に基づく次式(10)に従って、目標前輪転舵角δF*が決定される。
δF*=PF・ΔGy+IF・∫ΔGy・dt+DF・dΔGy/dt ・・・(10)
上記式(10)の右辺第1項,第2項,第3項は、それぞれ、比例項(P項),積分項(I項),微分項(D項)であり、PF,IF,DFは、目標前輪転舵角δF*を決定するための比例ゲイン,積分ゲイン,微分ゲインである。なお、それらゲインPF,IF,DFは、いずれも、定数であってもよく、何らかのパラメータによって値が変化するようなものであってもよい。
【0061】
目標前輪転舵角δF*の決定後、実際の前輪転舵角が、その目標前輪転舵角δF*となるように、アクチュエータ82Fが制御される。詳しく言えば、アーム80Fの前後方向からのなす角度である前輪揺動角αFが、目標前輪転舵角δF*に応じた大きさとなるように、その目標前輪揺動角αF*が決定されるようになっている。まず、回転角βに対する揺動角αの比が、揺動回転比rであることから、次式(11)が得られる。
αF=rF・βF ・・・(11)
また、前輪12Fのアーム80Fの延びる方向に対する回転角βFは、前輪揺動角αFと前輪転舵角δFとを足し合わせた角度であることから、上記式(11)から、次式(11')が得られる。
αF=rF・(αF+δF) ・・・(11')
つまり、目標前輪揺動角αF*は、次式(12)によって決定されるのである。
αF*={rF/(1−rF)}・δF* ・・・(12)
そして、前輪回転角センサ166Fによって検出されている実際の前輪回転角βFから、実際の前輪揺動角αFが求められ、その実際の前輪揺動角αFが目標前輪揺動角αF*となるように、アクチュエータ82Fの有する電磁モータへの供給電流量が決定され、その電流量の電流がその電磁モータに供給される。なお、上記制御方法に代えて、上記式(12)によって、直接、上記電磁モータへの供給電流量を決定し、その電流量の電流が、電磁モータに供給されるような制御を行うようにしてもよい。
【0062】
ii)左右輪駆制動力差制御
左輪14Lの駆制動力FLと右輪14Rの駆制動力FRに駆制動力差ΔFをつける制御は、ステアリングホイール20の操作量である操作角θと、車両が走行している速度vとに基づいて行われる。まず、ステアリングセンサ154によって検出されている操作角θにと、車速センサ152によって検出されている車速vとに基づいて、次式(13)に従って、車両旋回において実現すべきヨーレートγである目標ヨーレートγ*が決定される。つまり、目標ヨーレートγ*が上記操作角θを車速vで除したものに応じた大きさに決定される。ちなみに、Kγは、目標ヨーレートγ*を決定するためのヨーレートゲインであり、定数であってもよく、何らかのパラメータによって値が変化するようなものであってもよい。
γ*=Kγ・θ・v ・・・(13)
実際に実現している車両のヨーレート(実ヨーレート)γは、ヨーレートセンサ162の検出値から取得されており。上記目標ヨーレートγ*に対する実ヨーレートγの偏差であるヨーレート偏差Δγが、次式(14)に従って認定される。
Δγ=γ*−γ ・・・(14)
【0063】
そして、上記ヨーレート偏差Δγに基づくフィードバック制御則に従って、実現すべき左右輪駆制動力差ΔFが決定される。詳しく言えば、PID制御則に基づく次式(15)に従って、適切な左右輪駆制動力差ΔFが決定される。
ΔF=PLR・Δγ+IF・∫Δγ・dt+DF・dΔγ/dt ・・・(15)
上記式(15)の右辺第1項,第2項,第3項は、それぞれ、比例項(P項),積分項(I項),微分項(D項)であり、PLR,ILR,DLRは、上記左右輪駆制動力差ΔFを決定するための比例ゲイン,積分ゲイン,微分ゲインである。なお、それらゲインPLR,ILR,DLRは、いずれも、定数であってもよく、何らかのパラメータによって値が変化するようなものであってもよい。左右輪駆制動力差ΔFの決定後、その左右輪駆制動力差ΔFに基づいて、先に説明したように、上記左輪駆制動力FL,右輪駆制動力FRの補正が行われる。
【0064】
iii)後輪転舵量制御(後輪位置変更制御)
後輪12Rの転舵角δRの制御は、前輪転舵制御において認定された横加速度偏差ΔGyと、左右輪駆制動力差制御において認定されたヨーレート偏差Δγに基づいて行われる。まず、それら横加速度偏差ΔGy,ヨーレート偏差Δγに基づいて、次式(16)に従って、公転求心加速度偏差ΔGoが決定される。
ΔGo=ΔGy−v・Δγ ・・・(16)
この公転求心加速度偏差ΔGoは、目標公転求心加速度Go*に対する、実際の公転求心加速度(実公転求心加速度)Goの偏差と等価なものと考えることができる。ちなみに、目標公転求心加速度Go*は、次式(17)で、実公転求心加速度Goは、次式(18)で、それぞれ表わされるものである。
Go*=Gy*−v・γ* ・・・(17)
Go=Gy−v・γ ・・・(18)
【0065】
そして、上記公転求心加速度偏差ΔGoに基づくフィードバック制御則に従って、後輪転舵角δRの目標となる目標後輪転舵角δF*が決定される。詳しく言えば、PID制御則に基づく次式(19)に従って、後輪目標転舵角δR*が決定される。
δR*=PR・ΔGO+IR・∫ΔGO・dt+DR・dΔGO/dt ・・・(19)
上記式(17)の右辺第1項,第2項,第3項は、それぞれ、比例項(P項),積分項(I項),微分項(D項)であり、PR,IR,DRは、目標後輪転舵角δF*を決定するための比例ゲイン,積分ゲイン,微分ゲインである。なお、それらゲインPR,IR,DRは、いずれも、定数であってもよく、何らかのパラメータによって値が変化するようなものであってもよい。
【0066】
目標後輪転舵角δR*の決定後、実際の後輪転舵角が、その目標後輪転舵角δR*となるように、アクチュエータ82Rが制御される。詳しく言えば、アーム80Rの前後方向からのなす角度である後輪揺動角αRが、目標後輪転舵角δR*に応じた大きさとなるように、その目標後輪揺動角αR*が、次式(20)に従って決定されるようになっている。
αR*={rR/(1−rR)}・δR* ・・・(20)
そして、後輪回転角センサ166Rによって検出されている実際の後輪回転角βRから、実際の後輪揺動角αRが求められ、その実際の後輪揺動角αRが目標後輪揺動角αR*となるように、アクチュエータ82Rの有する電磁モータへの供給電流量が決定され、その電流量の電流がその電磁モータに供給される。
【0067】
≪制御装置の機能構成≫
上述したような制御を実行して車両の運動を制御するための制御装置として機能するECU150は、上述した制御に関する処理を実行する各種の機能部を有していると考えることができる。詳しく言えば、図6に示すように、ECU150は、上記旋回制御を実行する機能部としての旋回制御部200と、上記加減速制御を実行する機能部としての加減速制御部202とを有していると考えることができる。また、上記旋回制御部200は、上記前輪転舵量制御を実行する機能部としての前輪転舵量制御部210と、上記左右輪駆制動力差制御を実行する機能部としての左右輪駆制動力差制御部212と、上記後輪転舵量制御を実行する機能部としての後輪転舵量制御部214とを有していると考えることができる。なお、前輪12Fの転舵は、前輪12Fの平面視における位置の移動と連動しており、前輪転舵量制御部210は、前輪位置変更制御部としても機能するものとなっている。また、それと同様に、後輪転舵量制御部214は、後輪位置変更制御部としても機能するものとなっている。
【0068】
≪車両運動制御システムの効果≫
菱形車輪配置車両は、前方に単一の車輪12Fしか配設されていないため、車両の重心位置(静止状態においては、車体の重心位置とほぼ同じ位置であると考えることができる)から前輪12Fと左輪14Lとを結ぶ直線までの距離,重心位置から前輪12Fと右輪14Rとを結ぶ直線までの距離が、重心位置から左輪14L,右輪14Rまでの車幅方向の距離より短く、特に、車両の斜め前方へ転倒しやすい。具体的には、例えば、制動旋回中に、車体10に斜め前方への力が作用すると、車両が転倒する可能性があるのである。本車両運動制御システムにおいては、車両の旋回中に、車輪12が旋回外側に移動させられることになるため、車両の斜め前方への転倒が防止されることになる。
【0069】
また、例えば、前輪12Fが旋回外側に移動させられると、路面との垂線に対する前輪12Fの角度であるキャンバー角も変更される。より詳しく言えば、前輪12Fは、旋回外側に移動させられると、上方側が旋回内側に向かって傾倒することになるのである。したがって、旋回中に車体10に作用する遠心力と重力との合力が、転舵軸104の方向に作用することになるため、本システムが搭載される車両は、旋回時における安定性に優れたものとなっている。
【0070】
さらに、本車両運動制御システムは、車輪12の転舵と車輪12の位置の変更とが、単一の駆動源であるアクチュエータ82によって行われるように構成されている。そのため、本システムは、自身の構造が比較的単純なものとなっている。さらに、本システムによれば、車輪12の転舵量が大きくなるほど、車輪12の移動量も大きくされるため、車両の斜め前方への転倒が確実に防止されることになる。
【0071】
≪変形例≫
なお、上記実施例の車両運動制御システムは、位置変更装置と転舵装置との共通の駆動源として機能するアクチュエータ82が収縮することによってアーム80を回動させ、そのアーム80の回動に転舵軸104の回転を連動させるように構成されていた。そのような構成に限定されず、例えば、アーム80の車両中央側の端部に設けた電磁モータにより、アーム80を回動させる構成であってもよく、転舵軸104を回転させる電磁モータを設け、その転舵軸104の回転に、アーム80の回動を連動させるような構成であってもよい。
【0072】
また、車輪12の転舵を行う駆動源と、車輪12の位置の変更を行う駆動源とが、別々に設けられていてもよい。具体的には、上記実施例のシステムが備えていた機構である、アーム80の回動と転舵軸104の回転とを連動させる機構を設けず、アクチュエータ82は、アーム80を回動させる機能のみとするとともに、転舵軸104を回転させる電磁モータを設けた構成のシステムとすることが可能である。
【0073】
上記のように、転舵装置と位置変更装置とが別に設けられたシステムにおいては、車輪12の揺動角αを、例えば、ステアリングホイール20の操作に基づいて、具体的には、操作角θや操作速度等に基づいて決定することが可能である。そして、車輪12の転舵量の制御は、その決定された揺動角αと、先に述べた手法により取得された目標転舵量δとを足し合わせた角度βだけ、車輪12を回転させるような制御とすることが可能である。
【0074】
ちなみに、本ステアリングシステムが搭載された車両において、前後輪12は、制動輪とされていなかったが、それらも制動輪とされてもよい。また、左右輪14は、転舵輪とされていなかったが、それらも転舵輪とされてもよい。
【符号の説明】
【0075】
10:車体 12F:前輪 12R:後輪 14L:左輪 14R:右輪 20:ステアリングホイール(ステアリング操作部材) 22:アクセルペダル 24:ブレーキペダル 64L:左輪駆動装置 64R:右輪駆動装置 70L:左輪制動装置 70R:右輪制動装置 80:アーム 82:アクチュエータ 84F:前輪位置変更装置 84R:後輪位置変更装置 130:チューブ 132:シャフト(回転軸) 150:電子制御ユニット(ECU) 152:車速センサ 154:ステアリングセンサ 156:アクセルセンサ 158:ブレーキセンサ 160:横加速度センサ 162:ヨーレートセンサ 166F:前輪回転角センサ 166R:後輪回転角センサ 200:旋回制御部 202:加減速制御部 210:前輪転舵量制御部(前輪位置変更制御部) 212:左右輪駆制動力差制御部 214:後輪転舵量制御部(後輪位置変更制御部)
【0076】
αF:前輪揺動角 αF*:目標前輪揺動角 αR:後輪揺動角 αR*:目標後輪揺動角 βF:前輪回転角 βR:後輪回転角 r:揺動回転比 v:車両走行速度(車速) θ:ステアリングホイールの操作角 aO:アクセルペダルの操作量 bO:ブレーキペダルの操作量 Gy:横加速度(実横加速度) Gy*:目標横加速度 ΔGy:横加速度偏差 γ:ヨーレート(実ヨーレート) γ*:目標ヨーレート Δγ:ヨーレート偏差 Go:公転求心加速度(実公転求心加速度) Go*:目標公転求心加速度 ΔGo:公転求心加速度偏差 δF:前輪転舵角 δF*:目標前輪転舵角 δR:後輪転舵角 δR*:目標後輪転舵角F:駆制動力 FD:駆動力 FB:制動力 FL:左輪駆制動力 FR:右輪駆制動力 ΔF:左右輪駆制動力差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自身の前方部に配置された単一の前輪とその前輪より後方において自身の左右にそれぞれ配置された左輪および右輪とを有する車両に搭載され、その車両の運動を制御する車両運動制御システムであって、
前記前輪を転舵する前輪転舵装置と、
前記前輪の車体に対する平面視における位置を変更する前輪位置変更装置と、
前記車両の制御を司る制御装置と
を備え、
前記制御装置が、
前記前輪転舵装置を制御して、ステアリング操作部材の操作に基づいて前記前輪の転舵量を制御する前輪転舵量制御部と、
前記車両の旋回時において、前記前輪位置変更装置を制御して、前記前輪を、前記車両が直進する際の位置である直進時前輪位置から旋回外側に移動させる前輪位置変更制御部と
を有する車両運動制御システム。
【請求項2】
前記車両が、
前後方向に延び、一端部において、上下方向に延びる回動軸線回りの回動が許容された状態で、当該車両の車体に支持されたアームと、
前記前輪を回転可能に保持し、前記アームの他端部において、上下方向に延びる転舵軸線回りの回転が許容された状態で、そのアームに支持された前輪保持具と
を有し、
前記前輪位置変更装置が、前記アームの前記回動軸線回りの回動を許容する構造と、そのアームの回動のための駆動源とを含んで構成され、かつ、前記前輪転舵装置が、前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転を許容する構造と、その前輪保持具の回転のための駆動源とを含んで構成され、
前記前輪位置変更制御部が、
前記車両の旋回時において、前記前輪位置変更装置の駆動源を制御して、前記アームを前記車両が旋回する向きと反対向きに前記回動軸線回りに回動させることで、前記前輪を、前記直進時位置から旋回外側に移動させるように構成された請求項1に記載の車両運動制御システム。
【請求項3】
当該車両運動制御システムが、
前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転と、前記アームの前記回動軸線回りの回動とを連動させる連動機構と、
前記前輪転舵装置の駆動源と前記前輪位置変更装置の駆動源との両者として機能する単一の駆動源と
を有する請求項2に記載の車両運動制御システム。
【請求項4】
前記連動機構が、
前記アームにそれに沿って延びる延びるように配設された回転軸と、
前記アームの前記回動軸線回りの回動動作とその回転軸の回転動作とを相互に変換する第1動作変換機構と、
その回転軸の回転動作と前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転動作とを相互に変換する第2動作変換機構と
を有し、
前記単一の駆動源が、
前記アームの前記回動軸線回りの回動動作と、前記回転軸の回転動作と、前記前輪保持具の前記転舵軸線回りの回転動作とのうちのいずれかの動作を行うための力を付与するものとされた請求項3に記載の車両運動制御システム。
【請求項5】
前記前輪位置変更制御部が、
前記前輪の前記直進時位置からの移動量が、ステアリング操作部材の操作量と前記前輪の転舵量との少なくとも一方に基づく量となるように、前記前輪を移動させるように構成された請求項1ないし請求項4のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。
【請求項6】
前記前輪位置変更制御部が、
前記前輪の前記直進時位置からの移動量が、前記前輪の転舵量が大きい場合に、それが小さい場合に比較して大きくなるように、前記前輪を移動させるように構成された請求項1ないし請求項5のいずれか1つに記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−116269(P2011−116269A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276201(P2009−276201)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】