転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受
【課題】耐食性に優れる転がり摺動部材を提供する。
【解決手段】0.16-0.19質量%Cと0.15-0.55質量%Siと0.20-1.55質量%Mnと2.4-3.2質量%Crとを含有し、Ni及びMoを0.01-0.2質量%及び0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、焼入れ性指数5.4以上の鋼材に前加工、有効硬化層深さ1.5-8mmとなる浸炭処理、中間焼鈍処理、焼入れ焼もどし処理及び仕上げ加工を施し、摺動表面から0.05mmまでの範囲における炭素含有量0.8-1.2質量%、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さ700-840及び残留γ量20-40体積%、表面から0.03mmの深さの位置での炭化物面積率1.5-8%、摺動面の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分でのビッカース硬さ300-510及びマルテンサイト変態率50-100%の転がり摺動部材2,3,4を得る。
【解決手段】0.16-0.19質量%Cと0.15-0.55質量%Siと0.20-1.55質量%Mnと2.4-3.2質量%Crとを含有し、Ni及びMoを0.01-0.2質量%及び0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、焼入れ性指数5.4以上の鋼材に前加工、有効硬化層深さ1.5-8mmとなる浸炭処理、中間焼鈍処理、焼入れ焼もどし処理及び仕上げ加工を施し、摺動表面から0.05mmまでの範囲における炭素含有量0.8-1.2質量%、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さ700-840及び残留γ量20-40体積%、表面から0.03mmの深さの位置での炭化物面積率1.5-8%、摺動面の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分でのビッカース硬さ300-510及びマルテンサイト変態率50-100%の転がり摺動部材2,3,4を得る。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械などに用いられている大型軸受部品は、必要強度を確保するために、JIS SNCM系の肌焼鋼のように、焼入れ性が大きい材料が必要とされている。加えて、例えば、鉄鋼設備における圧延機用軸受などでは、衝撃荷重などに対する耐割損性が要求されるため、焼入れ性が大きく、しかも58HRC以上の表面硬度を確保することができ、かつ耐割損性を考慮し、内部硬度を25〜50HRCと小さくすることができる浸炭処理が施されたJIS SNCM系の肌焼鋼が用いられている。また、近年、これら大型軸受部品の長寿命化の要求がますます高まってきており、そのような事情の下で、ケイ素、ニッケル、クロム、モリブデンなどの元素の添加により転動疲労寿命の向上も図られている(例えば、特許文献1および2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−77422号公報
【特許文献2】特開2005−154784号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記鋼材は、希少金属であるニッケル、モリブデンなどを多く含んでいるため、高価であり、転がり軸受の製造コストの増大を招くという欠点がある。
【0005】
ところで、例えば、圧延機に用いる軸受部品の場合、圧延機の種類によっては圧延水の浸入に起因して置き錆が発生することがある。この置き錆により、軸受部品の転動疲労寿命が低下する。
また、ニッケルおよびモリブデンを含まない鋼材を用いた場合、軸受部品の耐割損性が低くなる傾向がある。
そのため、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる軸受部品の開発が新たに求められている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり摺動部材は、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材から得られ、前記鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施されている母材からなり、相手部材との間で相対的に転がり接触もしくは滑り接触または両接触を含む接触をする転がり摺動面を有する転がり摺動部材であって、
前記転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%であることを特徴としている。
【0008】
本発明の転がり摺動部材は、高価なニッケルおよびモリブデンの含有量がそれぞれ0.01〜0.2質量%および0.001質量%以上0.1質量%未満の前記組成を有する安価な鋼材から得られたものであるため、低い材料コストで製造することができる。しかも、前記鋼材におけるクロムの含有量が、2.4〜3.2質量%とされている。そのため、本発明の転がり摺動部材は、耐食性に寄与するニッケルの含有量が極めて少ない鋼材から得られたものであるにもかかわらず、十分な耐食性を確保することができる。したがって、本発明の転がり摺動部材は、錆などを起点とする表面起点剥離を抑制することができ、十分な寿命を確保することができる。
また、本発明の転がり摺動部材は、転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%となっている。したがって、本発明の転がり摺動部材は、十分な組織安定性および靱性を確保することができ、割損を抑制することができる。
【0009】
本発明の転がり軸受は、内周面に軌道部を有する外輪と、外周面に軌道部を有する内輪と、前記外内輪の両軌道部の間に配置された複数個の転動体とを有する転がり軸受であって、前記外輪、内輪および転動体のいずれかが、上述した転がり摺動部材からなることを特徴としている。したがって、上述した転がり摺動部材を備えた転がり軸受は、前述した作用効果を奏する。
【0010】
本発明の転がり摺動部材の製造方法は、(A)0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材を、所定の形状に加工して、素形材を得る前加工工程、
(B)前記工程(A)で得られた素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、当該素形材を860℃まで加熱して、昇温させる昇温工程、
(C)前記工程(B)後の素形材を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、930〜990℃で加熱し、その後、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る浸炭工程、
(D)前記工程(C)で得られた中間素材を630〜690℃で加熱する中間焼鈍工程、
(E)前記工程(D)の後の中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す焼入れ工程、
(F)前記工程(E)の後の中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す焼もどし工程、および
(G)前記工程(F)の後の中間素材に、仕上げ加工を施すことにより、転がり摺動面を形成し、この転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%である軸受構成部材を得る仕上げ加工工程
を含むことを特徴としている。
【0011】
本発明の製造方法では、浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら前記鋼材から得られた素形材を860℃まで加熱した後、浸炭雰囲気において、当該素形材を加熱し、急冷する浸炭処理、中間焼鈍処理、焼入れ処理、焼もどし処理および研磨加工をこの順で施している。これにより、転がり摺動部材の転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量を0.8〜1.2質量%、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さを700〜840、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量を20〜40体積%、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率を1.5〜8%、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さを300〜510、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率を50〜100%とすることができる。
したがって、かかる構成を採用した製造方法で得られた転がり摺動部材は、前述した作用効果を奏することができる。
なお、前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有しているため、浸炭処理の際の加熱時に、浸炭阻害の一因となる緻密な組織を有するクロム酸化膜を生成しやすい傾向にある。ところが、本発明の製造方法では、前記組成を有する鋼材から得られた素形材を、浸炭炉内の雰囲気を前記酸素分圧となるように維持しながら860℃まで加熱した後、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気において、当該素形材を930〜990℃で加熱する。これにより、浸炭処理の際の加熱時におけるクロム酸化膜の生成を抑制することができる。しかも、浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧の調節のみで、クロム酸化膜の生成を抑制するため、従来の方法のように加工変質層を除去する工程を行なう必要がなく、製造コストを削減することができる。
【0012】
本発明の製造方法では、前記工程(B)において、前記工程(A)で得られた素形材を、昇温速度0.02〜1℃/secで加熱することが好ましい。これにより、かつ不可避不純物として含まれる鉄の酸化膜の成長時間を確保することができ、浸炭処理の際の加熱時における素形材の表面を粗い凹凸面とすることができる。したがって、浸炭阻害および浸炭ムラを低減することができるので、前述した作用効果に加え、転がり摺動部材の品質を安定させることができるという優れた作用効果を奏する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受によれば、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を有する転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置を示す要部断面である。
【図2】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材である外輪の製造方法を示す工程図である。
【図3】実施例1〜7における熱処理条件〔表1に示される条件(A)〕を示す線図である。
【図4】比較例1における熱処理条件〔表2に示される条件(B)〕を示す線図である。
【図5】比較例2における熱処理条件〔表2に示される条件(C)〕を示す線図である。
【図6】比較例3および4における熱処理条件〔表2に示される条件(D)〕を示す線図である。
【図7】比較例5および6における熱処理条件〔表2に示される条件(E)〕を示す線図である。
【図8】比較例7〜9における熱処理条件〔表2に示される条件(F)〕を示す線図である。
【図9】(A)は試験例1において、寿命の評価に用いられる試験機の要部正面図、(B)は前記試験機の要部側面図である。
【図10】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図11】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図12】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図13】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図14】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図15】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図16】試験例2において、鋼材Aを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図17】試験例2において、鋼材Bを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図18】試験例2において、鋼材Cを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図19】試験例2において、鋼材Dを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[転がり摺動部材]
以下、添付の図面により本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材(外輪部材、内輪部材および転動体)を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を有する転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置を示す要部断面図である。
【0016】
図1に示された複列円錐ころ軸受装置1は、圧延機用ロール両端のロールネック(図示せず)に設置され、当該ロールを回転自在に支持する装置である。この複列円錐ころ軸受装置1は、圧延機に設けられたハウジング(図示せず)に内嵌固定される外輪2と、外輪2の内周側に同心に配置された内輪3と、外内輪2,3の間に配置された複数の転動体としての円錐ころ4と、これら複数の円錐ころ4を周方向に保持する環状の保持器5と、外内輪2,3の間に環状の密封空間を形成する一対の密封装置6,7を備えている。
【0017】
内輪3は、圧延機のロールと一体回転する回転輪である。
内輪3は、軸方向に連なって配置された一対の円筒状の内輪部材3aから構成されている。内輪部材3aの外周面には、複数の円錐ころ4が転動する内輪軌道面3a1が一対形成されている。内輪3の内周面側には、前記ロールネックが挿入固定される。
【0018】
外輪2は、圧延機のハウジングに内嵌固定される固定輪である。
外輪2は、複列円錐ころ軸受装置1の中央に配置された円筒状の第1外輪部材2aと、第1外輪部材2aの両端に配置された一対の円筒状の第2外輪部材2bとから構成されている。第1外輪部材2aと、第2外輪部材2bとは、軸方向に連なって配置されている。
第1外輪部材2aの内周面には、複数の円錐ころ4が転動する一対の外輪軌道面2a1が形成されている。かかる一対の外輪軌道面2a1は、一対の内輪部材3aそれぞれの軸方向内側に形成された内輪軌道面3a1に対向している。
一方、一対の第2外輪部材2bの内周面には、複数の円錐ころ4が転動する外輪軌道面2b1が形成されている。かかる外輪軌道面2b1は、それぞれ、一対の内輪部材3aそれぞれの軸方向外側に形成された内輪軌道面3a1に対向している。
【0019】
複数の円錐ころ4は、内輪軌道面3a1と外輪軌道面2a1または外輪軌道面2b1との間に転動自在に配置されている。また、本実施形態に係る複列円錐ころ軸受装置1では、複数の円錐ころ4は、軸方向に4列に配置されている。
【0020】
密封装置6は、複列円錐ころ軸受装置1の軸方向の一方の側の端部に配置されている。この密封装置6は、外内輪2,3の間の軸方向の前記一方の側の開口を密封している。
また、密封装置7は、複列円錐ころ軸受装置1の軸方向の他方の側の端部に配置されている。この密封装置7は、外内輪2,3の間の軸方向の前記他方の側の開口を密封している。
【0021】
外内輪2,3および円錐ころ4は、いずれも、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施された母材からなる。
【0022】
前記鋼材における炭素の含有量は、浸炭コストを抑制し、十分な靱性を確保する観点から、0.16質量%以上であり、マルテンサイト硬さを所定の範囲とし、十分な内部靱性を確保する観点から、0.19質量%以下である。
前記鋼材におけるクロムの含有量は、十分な転動疲労寿命および耐錆性を確保する観点から、2.4質量%以上であり、製造時における十分な熱処理特性(長時間浸炭特性)を確保するとともに、巨大炭化物生成による寿命低下を抑制する観点から、3.2質量%以下である。このように、前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有するので、かかる鋼材を用いることにより、通常、鋼材の耐錆性の向上のために用いられるニッケルおよびモリブデンが多く添加されていなくても、十分な耐錆性を確保することができる。
前記鋼材におけるケイ素の含有量は、十分な転動疲労寿命を確保する観点から、0.15質量%以上であり、十分な熱処理特性(長時間浸炭特性)を確保する観点から、0.55質量%以下、好ましくは0.35質量%以下である。
前記鋼材におけるマンガンの含有量は、鋼材の溶製時における脱酸や脱硫効果を得る観点から、0.20質量%以上であり、鋼材の内部の焼入れ部において、十分な粒界強度を確保し、十分な内部靱性を確保する観点から、1.55質量%以下である。
前記鋼材におけるニッケルの含有量は、材料コストの低減の観点から、0.2質量%以下である。なお、前記鋼材におけるニッケルの含有量の下限値は、不可避不純物となる程度の含有量であることが望ましく、通常、0.01質量%である。
前記鋼材におけるモリブデンの含有量は、材料コストの低減の観点から、0.1質量%未満、好ましくは、0.03質量%以下である。なお、前記鋼材におけるモリブデンの含有量の下限値は、不可避不純物となる程度の含有量であることが望ましく、通常、0.001質量%である。
【0023】
前記鋼材は、焼入れ性指数が5.4以上の鋼材である。前記焼入れ性指数は、十分な靱性を確保する観点から、5.4以上であり、素材コストおよび製造コストを低減する観点から、9.0以下である。
なお、前記式(I)は、ASTM A255−02に基づいて導き出される式である。
【0024】
外輪2を構成する第1外輪部材2aの外輪軌道面2a1および第2外輪部材2bの外輪軌道面2b1、内輪3を構成する内輪部材3aの内輪軌道面3a1、円錐ころ4の転走面それぞれの表面(以下、「転がり摺動面の表面」という)から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量は、所定の硬さを確保する観点から、0.8質量%以上であり、所定の炭化物面積率を確保する観点から、1.2質量%以下である。
なお、本明細書において、「表面から0.05mmまでの範囲の表面層」とは、転がり摺動面の表面と、転がり摺動面の表面から0.05mmの深さの位置までの間の範囲をいう。
【0025】
転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さは、十分な転がり疲れ寿命を確保する観点から、700(ロックウェルC硬さ60)以上であり、十分な表面起点型剥離寿命および耐割損性を確保する観点から、840(ロックウェルC硬さ65.3)以下である。なお、転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さは、転がり摺動部材をその転がり摺動面の表面から深さ方向に切断した後、前記転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置にビッカース圧子をあてて測定した値である。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた値である。
【0026】
転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量は、十分な表面起点型剥離寿命を得るのに十分な残留オーステナイト量とする観点から、20体積%以上であり、十分な表面硬さを確保して十分な表面起点型剥離寿命を確保する観点から、40体積%以下である。
【0027】
転がり摺動面の表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率は、組織安定性に優れたクロム系炭化物を析出させて十分な組織安定性を確保するとともに、析出強化量を向上させる観点から、1.5体積%以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、8体積%以下である。
なお、前記炭化物の面積率は、転がり摺動部材の転がり摺動面の表面から深さ方向に0.03mmの部分を切断した切断面における炭化物の面積率である。かかる炭化物の面積率は、転がり摺動部材を5質量%ピクラール腐食液に10秒間浸漬して腐食させ、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:EPMA−1600、倍率3000倍〕による腐食面のSE像(1000μm2)を観察することにより算出した値である。
【0028】
前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分(以下、「断面中央部」という)におけるビッカース硬さは、転がり軸受として十分な静的強度を確保する観点から、300(ロックウェルC硬さ29.8)以上であり、十分な耐割損性を確保する観点から、510(ロックウェルC硬さ49.8)以下である。
なお、本明細書において、断面中央部におけるビッカース硬さは、転がり摺動部材における前記断面中央部にビッカース圧子をあてて測定した値である。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた値である。
転がり摺動部材が外輪または内輪である場合、前記断面中央部は、軌道面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分である。
また、転がり摺動部材が転動体である場合、前記断面中央部は、転走面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分である。
【0029】
前記断面中央部におけるマルテンサイト変態率は、十分な靱性を確保する観点から、50%以上である。また、前記断面中央部におけるマルテンサイト変態率は、マルテンサイト率が大きいほど靱性が向上することから、100%以下である。前記マルテンサイト変態率は、前記断面中央部について、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:EPMA−1600、倍率1000倍〕による研削面のSE像(3〜5視野、36000〜60000μm2)を撮影し、マルテンサイトに相当する部分を塗りつぶし、SEM像の面積に対する塗りつぶされた部分の面積の割合を算出した値である。
【0030】
なお、外輪2を構成する第1外輪部材2aおよび第2外輪部材2b、内輪3を構成する内輪部材3aならびに円錐ころ4は、後述の本発明の一実施形態にかかる転がり摺動部材の製造方法により製造することができる。
【0031】
〔転がり摺動部材の製造方法〕
つぎに、前記転がり摺動部材の製造方法の例として、外輪(第2外輪部材)の製造方法を説明する。図2は、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材の製造方法の工程図である。
【0032】
まず、前記鋼材からなる第2外輪部材の環状素材21〔図2(a)参照〕を製造し、得られた環状素材21に切削加工などを施して、所定形状に加工して、軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4それぞれを形成する部分に研磨取代を有する外輪の素形材22を得る〔「前加工工程」、図2(b)参照〕。
本実施形態に係る製造方法では、高価なニッケルおよびモリブデンの含有量がそれぞれ0.2質量%以下および0.1質量%未満の前記鋼材が用いられている。したがって、低い材料コストで転がり摺動部材を製造することができる。
【0033】
つぎに、得られた素形材22を浸炭炉内にセットする。そして、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、素形材22を860℃まで加熱して、昇温させる〔「昇温工程」、図2(c)〕。
その後、素形材22を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、浸炭温度930〜990℃で加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、焼入れ温度850〜900℃で焼入れし、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る〔「浸炭工程」、図2(d)〕。
これらの昇温工程および浸炭工程は、同一の浸炭炉内で連続して行なわれる浸炭処理工程である。
【0034】
素形材22を構成する前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有している。そのため、浸炭処理の際の加熱時に、浸炭阻害の一因となるクロム酸化膜を生成しやすい傾向にある。
しかしながら、本実施形態の製造方法では、浸炭炉内に空気を供給して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧が少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、素形材22を、860℃まで加熱するため、クロム酸化膜の生成を抑制することができる。しかも、酸素分圧の調節のみで、クロム酸化膜の生成を抑制することができるため、従来の方法のように加工変質層を除去するという煩雑な操作が不要である。
【0035】
昇温工程において、酸素分圧は、クロム酸化膜の生成を抑制して、浸炭阻害を抑制する観点から、4.23×10-15Pa以上であり、酸化スケールが過多となるのを抑制する観点から、大気圧(101325Pa)における酸素分圧(2.13×104Pa)以下、好ましくは1.00×10-15Pa以下である。
【0036】
また、昇温工程において、所定の酸素分圧に維持するべき温度範囲の上限は、クロム酸化膜の生成を抑制するとともに、酸化スケールが過多となるのを抑制する観点から、860℃以下、好ましくは800℃以下である。所定の酸素分圧に維持するべき温度範囲の下限は、クロム酸化膜の過度の生成を抑制する観点から、400℃以上、好ましくは600℃以上である。
【0037】
昇温工程では、浸炭阻害を抑制し、かつ浸炭ムラの発生を抑制する観点から、昇温速度が1.0℃/秒以下とすることが好ましい。これにより、素形材の表面において、鉄系の酸化膜の成長時間を確保して、浸炭を行なうのに適した状態とすることができる。昇温速度の下限は、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、0.01℃/秒以上である。
【0038】
浸炭工程において、浸炭雰囲気のカーボンポテンシャルは、表面における硬さを十分な硬さとする観点から、0.8以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、1.1以下である。
【0039】
浸炭温度は、浸炭時間の短縮化の観点から、930℃以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、990℃以下である。
また、加熱時間は、表面層の強化に十分な浸炭深さを得る観点から、10時間以上である。
【0040】
焼入れ温度は、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、850℃以上であり、変形および結晶粒の粗大化を抑制する観点から、900℃以下である。
焼入れ時間は、ワークの全断面を均一温度に加熱する観点から、0.05時間以上であり、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、2時間以下である。
急冷は、冷却油の油浴中における油冷により行われる。冷却油の油浴温度は、通常、60〜180℃であればよい。
【0041】
つぎに、中間素材を630〜690℃で加熱する〔「中間焼鈍工程」図2(e)〕。
中間焼鈍工程において、焼鈍温度は、A1変態点近傍で浸炭工程で生じた残留オーステナイトを分解する観点から、好ましくは630℃以上であり、オーステナイト化を避けるべくAcm変態点およびA3変態点以下とする観点から、好ましくは690℃以下である。
焼鈍時間は、通常、少なくとも0.5時間、例えば、0.5〜10時間であればよい。
【0042】
つぎに、中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す〔「2次焼入れ工程」、図2(f)〕。
焼入れ温度は、十分な量のマルテンサイトを形成させる観点から、好ましくは810℃以上であり、結晶粒の粗大化を抑制し、かつ残留オーステナイト量が過多になるのを抑制する観点から、好ましくは850℃以下である。
焼入れ時間は、均一に処理を行なう観点から、通常、少なくとも1時間、例えば、1〜5時間であればよい。
【0043】
つぎに、中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す〔「焼もどし工程」、図2(g)〕。
焼もどし処理に際して、処理温度は、転がり軸受として十分な耐熱性を確保する観点から、好ましくは160℃以上であり、所定の硬さを確保する観点から、好ましくは200℃以下である。
処理時間は、均一に処理を行なう観点から、通常、少なくとも2時間、例えば、1〜5時間であればよい。
【0044】
その後、焼もどし工程後の第2外輪部材2bの中間素材の軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4それぞれを形成する部分に対して、研磨仕上げ加工を施すとともに、軌道面2b1に対して超仕上げ加工を施して、所定精度に仕上げる〔図2(h)参照、「仕上げ加工工程」〕。このようにして、目的の第2外輪部材2bを得ることができる。得られた第2外輪部材2bでは、軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4は、研磨部となっている。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0046】
〔実施例1〜7および比較例1〜9〕
表1および表2に示される組成を有する鋼材それぞれを所定形状に加工して、転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置1の外輪2を構成する第1外輪部材2aおよび第2外輪部材2b、内輪3を構成する内輪部材3aならびに円錐ころ4それぞれの素形材を製造した。第1外輪部材2a、第2外輪部材2bおよび内輪部材3aは、それぞれ、軌道面2a1,2b1,3a1を形成する部分に研磨取代を有する。また、転動体である円錐ころ4は、転動面を形成する部分に研磨取代を有する。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
つぎに、得られた素形材に、熱処理を施した(表1、表2ならびに図3〜8参照)。熱処理後の各中間素材(外輪部材、内輪部材)の前記軌道面を形成する部分および熱処理後の中間素材(転動体)の前記転動面を形成する部分それぞれに研磨加工を施して、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの転がり摺動部材〔第1外輪部材2a、第2外輪部材2b、内輪部材3aおよび円錐ころ4〕を得た。そして、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの転がり摺動部材を用い、複列円錐ころ軸受装置を製造した。実施例1〜7における熱処理条件〔表1に示される条件(A)〕を図3に示す。比較例1における熱処理条件〔表2に示される条件(B)〕を図4に示す。比較例2における熱処理条件〔表2に示される条件(C)〕を図5に示す。比較例3および4における熱処理条件〔表2に示される条件(D)〕を図6に示す。比較例5および6における熱処理条件〔表2に示される条件(E)〕を図7に示す。比較例7〜9における熱処理条件〔表2に示される条件(F)〕を図8に示す。
【0050】
図3に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧3.0×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.08℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。かかる図3に示される熱処理条件は、前述した本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たすものである。
図4に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.4の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図5に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.2の浸炭雰囲気中において、960℃で20時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、820℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図6に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.4の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、820℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図7に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を3.0×10-15Paに維持しながら、当該素形材を昇温速度0.07℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図8に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を3.0×10-15Paに維持しながら、当該素形材を昇温速度0.07℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.1の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)を行なうものである。
【0051】
〔試験例1〕
実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)について、表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量(以下、「表面炭素含有量」という)、前記表面から0.1mmの深さの位置での硬さ(以下、「表面硬さ」という)、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量(以下、「表面残留オーステナイト量」という)、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率(以下、「表面炭化物面積率」という)、断面中央部における硬さ(以下、「内部硬さ」という)、断面中央部におけるマルテンサイト変態率(以下、「内部マルテンサイト変態率」という)を調べた。
【0052】
前記表面炭素含有量は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、前記表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量を測定することにより求めた。
前記表面硬さは、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、前記表面から0.1mmの深さの位置にビッカース圧子をあてて測定した。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた。
前記表面残留オーステナイト量は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)それぞれの転走面の表面から0.1mmの深さまでを電解研磨し、電解研磨された表面の残留オーステナイト量を測定することにより求めた。
前記表面炭化物面積率は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の転走面の表面から深さ方向に0.03mmの部分で切断し、5質量%ピクラール腐食液に10秒間浸漬して腐食させ、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:RPMA−1600、倍率3000倍〕により、切断面のSE像(1000μm2)を撮影し、SE像の面積に対する炭化物の面積の割合を調べることにより算出した。
内部硬さは、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、断面中央部にビッカース圧子をあてて測定した。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた。
内部マルテンサイト変態率は、前記断面中央部について、〔(株)島津製作所製、商品名:RPMA−1600、倍率1000倍〕により、研削面のSE像(3〜5視野、36000〜60000μm2)を撮影し、マルテンサイトに相当する部分を塗りつぶし、SE像の面積に対する塗りつぶされた部分の面積の割合を調べることにより算出した。
【0053】
試験例1において、表面炭素含有量、表面硬さ、表面残留オーステナイト量、表面炭化物面積率、内部硬さおよび内部マルテンサイト変態率を調べた結果を表3および4に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
また、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の耐食性(耐錆性)を評価した。耐錆性の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径32mmの円柱状の素形材それぞれに対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ熱処理条件の熱処理を施した。つぎに、熱処理後の素形材を研削して、20mm×30mm×8mmの小片を得た。得られた小片の20mm×30mmの表面に対して、平均粗さが0.4μmとなるように研磨仕上げを施し、耐錆性を評価するための試験片(以下、「試験片A」と表記する)を得た。なお、得られた試験片Aは、表3および4に示された各転がり摺動部材の表面品質と同じ表面品質を有する。
得られた試験片Aを、相対湿度95体積%の雰囲気中、50℃で96時間維持した。その後、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた試験片の表面のマクロ像(600mm2)を撮影し、マクロ像の面積に対する錆の面積の割合(発錆面積率)を算出した。
【0057】
さらに、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の寿命を評価した。寿命の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径32mmの円柱状の素形材それぞれに対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ熱処理条件の熱処理を施した。つぎに、熱処理後の素形材を研削して、直径が20mmであり、高さが36mmである円柱状の試験片(以下、「試験片B」と表記する)を得た。なお、かかる試験片Bは、表3および4に示された各転がり摺動部材の表面品質と同じ表面品質を有する。
得られた試験片Bを図9に示される試験機に取り付け、以下の条件で試験機を運転し、試験片Bが剥離を生じる状態となるまでの寿命を調べた。そして、比較例1に用いられた鋼材から得られた試験片Bの平均寿命に対する各試験片の平均寿命の相対値を求めた。
最大接触応力:5.8GPa
繰返し速度 :285Hz
潤滑 :タービン油VG68 循環
油温 :60℃
試験片数 :5
なお、試験機においては、駆動輪101と従動輪102との間に、駆動輪101側から順に試験片Bと2つの鋼球103a,103bとが配置されている。試験片Bは、駆動輪101と、2つの鋼球103a,103bとに摺接している。前記2つの鋼球103a,103bは、互いに一定の距離を隔てて位置するように、従動輪104a,104b間に摺動可能に配置されている。
【0058】
また、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で試験片を作製し、試験片は、以下のように作製した。実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の耐割損性(破壊靱性)を調べた。内部の破壊靱性の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径90mmの素材に対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ条件の熱処理を施した。熱処理後の素材の中周部から、ASTM E399−78に準拠した形状の小型引張試験用の試験片(25.4mm×63.5mm×61mm、以下、「試験片C」と表記する)を採取した。なお、かかる試験片Cは、表3および4に示された各転がり摺動部材の内部品質を有する。
得られた試験片について、ASTM E399−78に従って破壊靱性試験を行ない、平面ひずみ破壊靭性値(KIC)を測定した。その後、内部の破壊靱性値(評価対象の試験片のKIC/比較例1の試験片のKIC)を求めた。
【0059】
試験例1において、発錆面積率、平均寿命および破壊靱性値を算出した結果を表5に示す。耐食性、寿命および耐割損性は、以下の評価基準にしたがって評価することができる。
〔評価基準〕
(耐食性)
発錆面積率が4以下である場合、転がり摺動部材として十分な耐食性を有する。
発錆面積率が4を超える場合、耐食性が不十分である。
(寿命)
平均寿命が2.00以上である場合、転がり摺動部材として十分な寿命を有する。
平均寿命が2.00未満である場合、転がり摺動部材として十分な寿命を有していない。
(耐割損性)
破壊靱性値が1.2以上である場合、転がり摺動部材として十分な耐割損性を有する。
破壊靱性値が1.2未満である場合、耐割損性が不十分である。
【0060】
【表5】
【0061】
表5に示された結果から、実施例1〜7それぞれの方法で得られた試験片において、発錆面積率が4以下、平均寿命が2.00以上および破壊靱性値が1.2以上であることがわかる。かかる結果から、実施例1〜7それぞれの方法で得られた試験片は転がり摺動部材として十分な耐食性、寿命および耐割損性を有することがわかる。これに対し、比較例1〜9それぞれの方法で得られた試験片の耐食性、寿命および耐割損性のいずれかが、不十分であることがわかる。
【0062】
実施例1〜7の方法に用いられた鋼材は、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ前記式(I)で表される焼入れ性指数が5.4以上であるという条件〔「鋼材条件」という〕を満たす鋼材である。かかる鋼材は、ニッケルおよびモリブデンの含有量が0.1質量%未満であるため、安価である。
一方、比較例1〜9の方法に用いられた鋼材は、前記鋼材条件を満たしていない。
したがって、これらの結果から、転がり軸受である複列円錐ころ軸受装置において、鋼材として、前記条件を満たす鋼材を用い、本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たす条件の熱処理を施すことにより、転がり摺動部材を安価に製造することができ、かつ転がり軸受の耐食性および耐割損性の向上ならびに長寿命化を図ることができることが示唆される。
【0063】
(試験例2)
表5に示される組成を有する鋼材それぞれを所定形状に加工して、転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置1の円錐ころの素形材を製造した。なお、表5において、鋼材Aは実施例3で用いられた鋼材、鋼材Bは実施例1で用いられた鋼材、鋼材Cは比較例5で用いられた鋼材、鋼材Dは実施例2で用いられた鋼材である。
【0064】
【表6】
【0065】
つぎに、得られた素形材に、図10〜図15に示される熱処理を施した。熱処理後の各中間素材の転走面を形成する部分それぞれに研磨加工を施して、転がり摺動部材(円錐ころ)を得た。
【0066】
図10に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧1.03×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図11に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧4.23×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図12に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧1.06×10-13Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図13に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧8.75×10-16Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図14に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧7.94×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図15に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧4.67×10-14Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
【0067】
試験例1と同様の操作を行ない、得られた転がり摺動部材について、表面炭素含有量を求めた。試験例2において、鋼材Aを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図16に示す。試験例2において、鋼材Bを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図17に示す。試験例2において、鋼材Cを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図18に示す。試験例2において、鋼材Dを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図19に示す。なお、浸炭時間を15時間以上とする場合においては、最初の3時間で、表面炭素含有量が0.6質量%以上であれば、十分に浸炭を行なうことができることが経験上わかっている。そこで、表面炭素含有量が0.6質量%以上である場合、「浸炭阻害なし」と判断し、表面炭素含有量が0.6質量%未満である場合、「浸炭阻害あり」と判断した。
【0068】
図16、図17および図19それぞれに示された結果から、鋼材A、鋼材Bおよび鋼材Dそれぞれを用いた場合、浸炭処理を行なう際の酸素分圧を4.2×1015以上とすることにより、浸炭阻害を抑制することができることがわかる。これにより、安価な鋼材が用いられているにもかかわらず、試験例1の結果(鋼材A:実施例3、鋼材B:実施例1、鋼材D:実施例2)に示されるような、優れた性質を有する転がり摺動部材を得ることができる。
【0069】
一方、図18に示された結果から、鋼材Cを用いた場合、浸炭処理を行なう際の酸素分圧の如何を問わず、浸炭阻害を抑制することができることがわかる。しかしながら、かかる鋼材Cを用いた場合には、試験例1の結果(比較例5)にも示されるように、寿命や靱性が不十分である。
【0070】
以上の結果から、転がり軸受である複列円錐ころ軸受装置において、鋼材として、前記条件を満たす鋼材を用い、本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たす条件の熱処理を施すことにより、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる転がり摺動部材を安価に製造することができることが示唆される。
【符号の説明】
【0071】
1 複列円錐ころ軸受装置(転がり軸受)、2 外輪、2a 第1外輪部材(転がり摺動部材)、2a1 外輪軌道面、2b 第2外輪部材(転がり摺動部材)、2b1 外輪軌道面、3 内輪、3a 内輪部材(転がり摺動部材)、3a1 内輪軌道面、4 円錐ころ(転がり摺動部材)
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
産業機械などに用いられている大型軸受部品は、必要強度を確保するために、JIS SNCM系の肌焼鋼のように、焼入れ性が大きい材料が必要とされている。加えて、例えば、鉄鋼設備における圧延機用軸受などでは、衝撃荷重などに対する耐割損性が要求されるため、焼入れ性が大きく、しかも58HRC以上の表面硬度を確保することができ、かつ耐割損性を考慮し、内部硬度を25〜50HRCと小さくすることができる浸炭処理が施されたJIS SNCM系の肌焼鋼が用いられている。また、近年、これら大型軸受部品の長寿命化の要求がますます高まってきており、そのような事情の下で、ケイ素、ニッケル、クロム、モリブデンなどの元素の添加により転動疲労寿命の向上も図られている(例えば、特許文献1および2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−77422号公報
【特許文献2】特開2005−154784号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記鋼材は、希少金属であるニッケル、モリブデンなどを多く含んでいるため、高価であり、転がり軸受の製造コストの増大を招くという欠点がある。
【0005】
ところで、例えば、圧延機に用いる軸受部品の場合、圧延機の種類によっては圧延水の浸入に起因して置き錆が発生することがある。この置き錆により、軸受部品の転動疲労寿命が低下する。
また、ニッケルおよびモリブデンを含まない鋼材を用いた場合、軸受部品の耐割損性が低くなる傾向がある。
そのため、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる軸受部品の開発が新たに求められている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり摺動部材は、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材から得られ、前記鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施されている母材からなり、相手部材との間で相対的に転がり接触もしくは滑り接触または両接触を含む接触をする転がり摺動面を有する転がり摺動部材であって、
前記転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%であることを特徴としている。
【0008】
本発明の転がり摺動部材は、高価なニッケルおよびモリブデンの含有量がそれぞれ0.01〜0.2質量%および0.001質量%以上0.1質量%未満の前記組成を有する安価な鋼材から得られたものであるため、低い材料コストで製造することができる。しかも、前記鋼材におけるクロムの含有量が、2.4〜3.2質量%とされている。そのため、本発明の転がり摺動部材は、耐食性に寄与するニッケルの含有量が極めて少ない鋼材から得られたものであるにもかかわらず、十分な耐食性を確保することができる。したがって、本発明の転がり摺動部材は、錆などを起点とする表面起点剥離を抑制することができ、十分な寿命を確保することができる。
また、本発明の転がり摺動部材は、転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%となっている。したがって、本発明の転がり摺動部材は、十分な組織安定性および靱性を確保することができ、割損を抑制することができる。
【0009】
本発明の転がり軸受は、内周面に軌道部を有する外輪と、外周面に軌道部を有する内輪と、前記外内輪の両軌道部の間に配置された複数個の転動体とを有する転がり軸受であって、前記外輪、内輪および転動体のいずれかが、上述した転がり摺動部材からなることを特徴としている。したがって、上述した転がり摺動部材を備えた転がり軸受は、前述した作用効果を奏する。
【0010】
本発明の転がり摺動部材の製造方法は、(A)0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材を、所定の形状に加工して、素形材を得る前加工工程、
(B)前記工程(A)で得られた素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、当該素形材を860℃まで加熱して、昇温させる昇温工程、
(C)前記工程(B)後の素形材を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、930〜990℃で加熱し、その後、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る浸炭工程、
(D)前記工程(C)で得られた中間素材を630〜690℃で加熱する中間焼鈍工程、
(E)前記工程(D)の後の中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す焼入れ工程、
(F)前記工程(E)の後の中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す焼もどし工程、および
(G)前記工程(F)の後の中間素材に、仕上げ加工を施すことにより、転がり摺動面を形成し、この転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%である軸受構成部材を得る仕上げ加工工程
を含むことを特徴としている。
【0011】
本発明の製造方法では、浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら前記鋼材から得られた素形材を860℃まで加熱した後、浸炭雰囲気において、当該素形材を加熱し、急冷する浸炭処理、中間焼鈍処理、焼入れ処理、焼もどし処理および研磨加工をこの順で施している。これにより、転がり摺動部材の転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量を0.8〜1.2質量%、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さを700〜840、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量を20〜40体積%、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率を1.5〜8%、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さを300〜510、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率を50〜100%とすることができる。
したがって、かかる構成を採用した製造方法で得られた転がり摺動部材は、前述した作用効果を奏することができる。
なお、前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有しているため、浸炭処理の際の加熱時に、浸炭阻害の一因となる緻密な組織を有するクロム酸化膜を生成しやすい傾向にある。ところが、本発明の製造方法では、前記組成を有する鋼材から得られた素形材を、浸炭炉内の雰囲気を前記酸素分圧となるように維持しながら860℃まで加熱した後、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気において、当該素形材を930〜990℃で加熱する。これにより、浸炭処理の際の加熱時におけるクロム酸化膜の生成を抑制することができる。しかも、浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧の調節のみで、クロム酸化膜の生成を抑制するため、従来の方法のように加工変質層を除去する工程を行なう必要がなく、製造コストを削減することができる。
【0012】
本発明の製造方法では、前記工程(B)において、前記工程(A)で得られた素形材を、昇温速度0.02〜1℃/secで加熱することが好ましい。これにより、かつ不可避不純物として含まれる鉄の酸化膜の成長時間を確保することができ、浸炭処理の際の加熱時における素形材の表面を粗い凹凸面とすることができる。したがって、浸炭阻害および浸炭ムラを低減することができるので、前述した作用効果に加え、転がり摺動部材の品質を安定させることができるという優れた作用効果を奏する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり摺動部材およびその製造方法ならびに転がり軸受によれば、安価に製造することができ、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を有する転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置を示す要部断面である。
【図2】本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材である外輪の製造方法を示す工程図である。
【図3】実施例1〜7における熱処理条件〔表1に示される条件(A)〕を示す線図である。
【図4】比較例1における熱処理条件〔表2に示される条件(B)〕を示す線図である。
【図5】比較例2における熱処理条件〔表2に示される条件(C)〕を示す線図である。
【図6】比較例3および4における熱処理条件〔表2に示される条件(D)〕を示す線図である。
【図7】比較例5および6における熱処理条件〔表2に示される条件(E)〕を示す線図である。
【図8】比較例7〜9における熱処理条件〔表2に示される条件(F)〕を示す線図である。
【図9】(A)は試験例1において、寿命の評価に用いられる試験機の要部正面図、(B)は前記試験機の要部側面図である。
【図10】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図11】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図12】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図13】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図14】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図15】試験例2における熱処理条件を示す線図である。
【図16】試験例2において、鋼材Aを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図17】試験例2において、鋼材Bを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図18】試験例2において、鋼材Cを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【図19】試験例2において、鋼材Dを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[転がり摺動部材]
以下、添付の図面により本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材(外輪部材、内輪部材および転動体)を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材を有する転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置を示す要部断面図である。
【0016】
図1に示された複列円錐ころ軸受装置1は、圧延機用ロール両端のロールネック(図示せず)に設置され、当該ロールを回転自在に支持する装置である。この複列円錐ころ軸受装置1は、圧延機に設けられたハウジング(図示せず)に内嵌固定される外輪2と、外輪2の内周側に同心に配置された内輪3と、外内輪2,3の間に配置された複数の転動体としての円錐ころ4と、これら複数の円錐ころ4を周方向に保持する環状の保持器5と、外内輪2,3の間に環状の密封空間を形成する一対の密封装置6,7を備えている。
【0017】
内輪3は、圧延機のロールと一体回転する回転輪である。
内輪3は、軸方向に連なって配置された一対の円筒状の内輪部材3aから構成されている。内輪部材3aの外周面には、複数の円錐ころ4が転動する内輪軌道面3a1が一対形成されている。内輪3の内周面側には、前記ロールネックが挿入固定される。
【0018】
外輪2は、圧延機のハウジングに内嵌固定される固定輪である。
外輪2は、複列円錐ころ軸受装置1の中央に配置された円筒状の第1外輪部材2aと、第1外輪部材2aの両端に配置された一対の円筒状の第2外輪部材2bとから構成されている。第1外輪部材2aと、第2外輪部材2bとは、軸方向に連なって配置されている。
第1外輪部材2aの内周面には、複数の円錐ころ4が転動する一対の外輪軌道面2a1が形成されている。かかる一対の外輪軌道面2a1は、一対の内輪部材3aそれぞれの軸方向内側に形成された内輪軌道面3a1に対向している。
一方、一対の第2外輪部材2bの内周面には、複数の円錐ころ4が転動する外輪軌道面2b1が形成されている。かかる外輪軌道面2b1は、それぞれ、一対の内輪部材3aそれぞれの軸方向外側に形成された内輪軌道面3a1に対向している。
【0019】
複数の円錐ころ4は、内輪軌道面3a1と外輪軌道面2a1または外輪軌道面2b1との間に転動自在に配置されている。また、本実施形態に係る複列円錐ころ軸受装置1では、複数の円錐ころ4は、軸方向に4列に配置されている。
【0020】
密封装置6は、複列円錐ころ軸受装置1の軸方向の一方の側の端部に配置されている。この密封装置6は、外内輪2,3の間の軸方向の前記一方の側の開口を密封している。
また、密封装置7は、複列円錐ころ軸受装置1の軸方向の他方の側の端部に配置されている。この密封装置7は、外内輪2,3の間の軸方向の前記他方の側の開口を密封している。
【0021】
外内輪2,3および円錐ころ4は、いずれも、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施された母材からなる。
【0022】
前記鋼材における炭素の含有量は、浸炭コストを抑制し、十分な靱性を確保する観点から、0.16質量%以上であり、マルテンサイト硬さを所定の範囲とし、十分な内部靱性を確保する観点から、0.19質量%以下である。
前記鋼材におけるクロムの含有量は、十分な転動疲労寿命および耐錆性を確保する観点から、2.4質量%以上であり、製造時における十分な熱処理特性(長時間浸炭特性)を確保するとともに、巨大炭化物生成による寿命低下を抑制する観点から、3.2質量%以下である。このように、前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有するので、かかる鋼材を用いることにより、通常、鋼材の耐錆性の向上のために用いられるニッケルおよびモリブデンが多く添加されていなくても、十分な耐錆性を確保することができる。
前記鋼材におけるケイ素の含有量は、十分な転動疲労寿命を確保する観点から、0.15質量%以上であり、十分な熱処理特性(長時間浸炭特性)を確保する観点から、0.55質量%以下、好ましくは0.35質量%以下である。
前記鋼材におけるマンガンの含有量は、鋼材の溶製時における脱酸や脱硫効果を得る観点から、0.20質量%以上であり、鋼材の内部の焼入れ部において、十分な粒界強度を確保し、十分な内部靱性を確保する観点から、1.55質量%以下である。
前記鋼材におけるニッケルの含有量は、材料コストの低減の観点から、0.2質量%以下である。なお、前記鋼材におけるニッケルの含有量の下限値は、不可避不純物となる程度の含有量であることが望ましく、通常、0.01質量%である。
前記鋼材におけるモリブデンの含有量は、材料コストの低減の観点から、0.1質量%未満、好ましくは、0.03質量%以下である。なお、前記鋼材におけるモリブデンの含有量の下限値は、不可避不純物となる程度の含有量であることが望ましく、通常、0.001質量%である。
【0023】
前記鋼材は、焼入れ性指数が5.4以上の鋼材である。前記焼入れ性指数は、十分な靱性を確保する観点から、5.4以上であり、素材コストおよび製造コストを低減する観点から、9.0以下である。
なお、前記式(I)は、ASTM A255−02に基づいて導き出される式である。
【0024】
外輪2を構成する第1外輪部材2aの外輪軌道面2a1および第2外輪部材2bの外輪軌道面2b1、内輪3を構成する内輪部材3aの内輪軌道面3a1、円錐ころ4の転走面それぞれの表面(以下、「転がり摺動面の表面」という)から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量は、所定の硬さを確保する観点から、0.8質量%以上であり、所定の炭化物面積率を確保する観点から、1.2質量%以下である。
なお、本明細書において、「表面から0.05mmまでの範囲の表面層」とは、転がり摺動面の表面と、転がり摺動面の表面から0.05mmの深さの位置までの間の範囲をいう。
【0025】
転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さは、十分な転がり疲れ寿命を確保する観点から、700(ロックウェルC硬さ60)以上であり、十分な表面起点型剥離寿命および耐割損性を確保する観点から、840(ロックウェルC硬さ65.3)以下である。なお、転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さは、転がり摺動部材をその転がり摺動面の表面から深さ方向に切断した後、前記転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置にビッカース圧子をあてて測定した値である。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた値である。
【0026】
転がり摺動面の表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量は、十分な表面起点型剥離寿命を得るのに十分な残留オーステナイト量とする観点から、20体積%以上であり、十分な表面硬さを確保して十分な表面起点型剥離寿命を確保する観点から、40体積%以下である。
【0027】
転がり摺動面の表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率は、組織安定性に優れたクロム系炭化物を析出させて十分な組織安定性を確保するとともに、析出強化量を向上させる観点から、1.5体積%以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、8体積%以下である。
なお、前記炭化物の面積率は、転がり摺動部材の転がり摺動面の表面から深さ方向に0.03mmの部分を切断した切断面における炭化物の面積率である。かかる炭化物の面積率は、転がり摺動部材を5質量%ピクラール腐食液に10秒間浸漬して腐食させ、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:EPMA−1600、倍率3000倍〕による腐食面のSE像(1000μm2)を観察することにより算出した値である。
【0028】
前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分(以下、「断面中央部」という)におけるビッカース硬さは、転がり軸受として十分な静的強度を確保する観点から、300(ロックウェルC硬さ29.8)以上であり、十分な耐割損性を確保する観点から、510(ロックウェルC硬さ49.8)以下である。
なお、本明細書において、断面中央部におけるビッカース硬さは、転がり摺動部材における前記断面中央部にビッカース圧子をあてて測定した値である。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた値である。
転がり摺動部材が外輪または内輪である場合、前記断面中央部は、軌道面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分である。
また、転がり摺動部材が転動体である場合、前記断面中央部は、転走面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分である。
【0029】
前記断面中央部におけるマルテンサイト変態率は、十分な靱性を確保する観点から、50%以上である。また、前記断面中央部におけるマルテンサイト変態率は、マルテンサイト率が大きいほど靱性が向上することから、100%以下である。前記マルテンサイト変態率は、前記断面中央部について、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:EPMA−1600、倍率1000倍〕による研削面のSE像(3〜5視野、36000〜60000μm2)を撮影し、マルテンサイトに相当する部分を塗りつぶし、SEM像の面積に対する塗りつぶされた部分の面積の割合を算出した値である。
【0030】
なお、外輪2を構成する第1外輪部材2aおよび第2外輪部材2b、内輪3を構成する内輪部材3aならびに円錐ころ4は、後述の本発明の一実施形態にかかる転がり摺動部材の製造方法により製造することができる。
【0031】
〔転がり摺動部材の製造方法〕
つぎに、前記転がり摺動部材の製造方法の例として、外輪(第2外輪部材)の製造方法を説明する。図2は、本発明の一実施形態に係る転がり摺動部材の製造方法の工程図である。
【0032】
まず、前記鋼材からなる第2外輪部材の環状素材21〔図2(a)参照〕を製造し、得られた環状素材21に切削加工などを施して、所定形状に加工して、軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4それぞれを形成する部分に研磨取代を有する外輪の素形材22を得る〔「前加工工程」、図2(b)参照〕。
本実施形態に係る製造方法では、高価なニッケルおよびモリブデンの含有量がそれぞれ0.2質量%以下および0.1質量%未満の前記鋼材が用いられている。したがって、低い材料コストで転がり摺動部材を製造することができる。
【0033】
つぎに、得られた素形材22を浸炭炉内にセットする。そして、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、素形材22を860℃まで加熱して、昇温させる〔「昇温工程」、図2(c)〕。
その後、素形材22を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、浸炭温度930〜990℃で加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、焼入れ温度850〜900℃で焼入れし、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る〔「浸炭工程」、図2(d)〕。
これらの昇温工程および浸炭工程は、同一の浸炭炉内で連続して行なわれる浸炭処理工程である。
【0034】
素形材22を構成する前記鋼材は、2.4〜3.2質量%クロムを含有している。そのため、浸炭処理の際の加熱時に、浸炭阻害の一因となるクロム酸化膜を生成しやすい傾向にある。
しかしながら、本実施形態の製造方法では、浸炭炉内に空気を供給して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧が少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、素形材22を、860℃まで加熱するため、クロム酸化膜の生成を抑制することができる。しかも、酸素分圧の調節のみで、クロム酸化膜の生成を抑制することができるため、従来の方法のように加工変質層を除去するという煩雑な操作が不要である。
【0035】
昇温工程において、酸素分圧は、クロム酸化膜の生成を抑制して、浸炭阻害を抑制する観点から、4.23×10-15Pa以上であり、酸化スケールが過多となるのを抑制する観点から、大気圧(101325Pa)における酸素分圧(2.13×104Pa)以下、好ましくは1.00×10-15Pa以下である。
【0036】
また、昇温工程において、所定の酸素分圧に維持するべき温度範囲の上限は、クロム酸化膜の生成を抑制するとともに、酸化スケールが過多となるのを抑制する観点から、860℃以下、好ましくは800℃以下である。所定の酸素分圧に維持するべき温度範囲の下限は、クロム酸化膜の過度の生成を抑制する観点から、400℃以上、好ましくは600℃以上である。
【0037】
昇温工程では、浸炭阻害を抑制し、かつ浸炭ムラの発生を抑制する観点から、昇温速度が1.0℃/秒以下とすることが好ましい。これにより、素形材の表面において、鉄系の酸化膜の成長時間を確保して、浸炭を行なうのに適した状態とすることができる。昇温速度の下限は、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、0.01℃/秒以上である。
【0038】
浸炭工程において、浸炭雰囲気のカーボンポテンシャルは、表面における硬さを十分な硬さとする観点から、0.8以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、1.1以下である。
【0039】
浸炭温度は、浸炭時間の短縮化の観点から、930℃以上であり、表面層における炭化物の粗大析出物(例えば、粒径が10μmである析出物)の存在量を少なくすることにより、寿命を一層向上させる観点から、990℃以下である。
また、加熱時間は、表面層の強化に十分な浸炭深さを得る観点から、10時間以上である。
【0040】
焼入れ温度は、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、850℃以上であり、変形および結晶粒の粗大化を抑制する観点から、900℃以下である。
焼入れ時間は、ワークの全断面を均一温度に加熱する観点から、0.05時間以上であり、サイクルタイムを低減して製造コストを安くする観点から、2時間以下である。
急冷は、冷却油の油浴中における油冷により行われる。冷却油の油浴温度は、通常、60〜180℃であればよい。
【0041】
つぎに、中間素材を630〜690℃で加熱する〔「中間焼鈍工程」図2(e)〕。
中間焼鈍工程において、焼鈍温度は、A1変態点近傍で浸炭工程で生じた残留オーステナイトを分解する観点から、好ましくは630℃以上であり、オーステナイト化を避けるべくAcm変態点およびA3変態点以下とする観点から、好ましくは690℃以下である。
焼鈍時間は、通常、少なくとも0.5時間、例えば、0.5〜10時間であればよい。
【0042】
つぎに、中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す〔「2次焼入れ工程」、図2(f)〕。
焼入れ温度は、十分な量のマルテンサイトを形成させる観点から、好ましくは810℃以上であり、結晶粒の粗大化を抑制し、かつ残留オーステナイト量が過多になるのを抑制する観点から、好ましくは850℃以下である。
焼入れ時間は、均一に処理を行なう観点から、通常、少なくとも1時間、例えば、1〜5時間であればよい。
【0043】
つぎに、中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す〔「焼もどし工程」、図2(g)〕。
焼もどし処理に際して、処理温度は、転がり軸受として十分な耐熱性を確保する観点から、好ましくは160℃以上であり、所定の硬さを確保する観点から、好ましくは200℃以下である。
処理時間は、均一に処理を行なう観点から、通常、少なくとも2時間、例えば、1〜5時間であればよい。
【0044】
その後、焼もどし工程後の第2外輪部材2bの中間素材の軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4それぞれを形成する部分に対して、研磨仕上げ加工を施すとともに、軌道面2b1に対して超仕上げ加工を施して、所定精度に仕上げる〔図2(h)参照、「仕上げ加工工程」〕。このようにして、目的の第2外輪部材2bを得ることができる。得られた第2外輪部材2bでは、軌道面2b1、外周面2b2および端面2b3,2b4は、研磨部となっている。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0046】
〔実施例1〜7および比較例1〜9〕
表1および表2に示される組成を有する鋼材それぞれを所定形状に加工して、転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置1の外輪2を構成する第1外輪部材2aおよび第2外輪部材2b、内輪3を構成する内輪部材3aならびに円錐ころ4それぞれの素形材を製造した。第1外輪部材2a、第2外輪部材2bおよび内輪部材3aは、それぞれ、軌道面2a1,2b1,3a1を形成する部分に研磨取代を有する。また、転動体である円錐ころ4は、転動面を形成する部分に研磨取代を有する。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
つぎに、得られた素形材に、熱処理を施した(表1、表2ならびに図3〜8参照)。熱処理後の各中間素材(外輪部材、内輪部材)の前記軌道面を形成する部分および熱処理後の中間素材(転動体)の前記転動面を形成する部分それぞれに研磨加工を施して、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの転がり摺動部材〔第1外輪部材2a、第2外輪部材2b、内輪部材3aおよび円錐ころ4〕を得た。そして、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの転がり摺動部材を用い、複列円錐ころ軸受装置を製造した。実施例1〜7における熱処理条件〔表1に示される条件(A)〕を図3に示す。比較例1における熱処理条件〔表2に示される条件(B)〕を図4に示す。比較例2における熱処理条件〔表2に示される条件(C)〕を図5に示す。比較例3および4における熱処理条件〔表2に示される条件(D)〕を図6に示す。比較例5および6における熱処理条件〔表2に示される条件(E)〕を図7に示す。比較例7〜9における熱処理条件〔表2に示される条件(F)〕を図8に示す。
【0050】
図3に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧3.0×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.08℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。かかる図3に示される熱処理条件は、前述した本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たすものである。
図4に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.4の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図5に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.2の浸炭雰囲気中において、960℃で20時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、820℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図6に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.4の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、820℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図7に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を3.0×10-15Paに維持しながら、当該素形材を昇温速度0.07℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図8に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を3.0×10-15Paに維持しながら、当該素形材を昇温速度0.07℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、浸炭炉内で、カーボンポテンシャル1.1の浸炭雰囲気中において、960℃で25時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)を行なうものである。
【0051】
〔試験例1〕
実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)について、表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量(以下、「表面炭素含有量」という)、前記表面から0.1mmの深さの位置での硬さ(以下、「表面硬さ」という)、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量(以下、「表面残留オーステナイト量」という)、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率(以下、「表面炭化物面積率」という)、断面中央部における硬さ(以下、「内部硬さ」という)、断面中央部におけるマルテンサイト変態率(以下、「内部マルテンサイト変態率」という)を調べた。
【0052】
前記表面炭素含有量は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、前記表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量を測定することにより求めた。
前記表面硬さは、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、前記表面から0.1mmの深さの位置にビッカース圧子をあてて測定した。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた。
前記表面残留オーステナイト量は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)それぞれの転走面の表面から0.1mmの深さまでを電解研磨し、電解研磨された表面の残留オーステナイト量を測定することにより求めた。
前記表面炭化物面積率は、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の転走面の表面から深さ方向に0.03mmの部分で切断し、5質量%ピクラール腐食液に10秒間浸漬して腐食させ、走査型電子顕微鏡〔(株)島津製作所製、商品名:RPMA−1600、倍率3000倍〕により、切断面のSE像(1000μm2)を撮影し、SE像の面積に対する炭化物の面積の割合を調べることにより算出した。
内部硬さは、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)を、転走面の表面から深さ方向に切断した後、断面中央部にビッカース圧子をあてて測定した。また、ロックウェルC硬さは、測定されたビッカース硬さを変換することにより求めた。
内部マルテンサイト変態率は、前記断面中央部について、〔(株)島津製作所製、商品名:RPMA−1600、倍率1000倍〕により、研削面のSE像(3〜5視野、36000〜60000μm2)を撮影し、マルテンサイトに相当する部分を塗りつぶし、SE像の面積に対する塗りつぶされた部分の面積の割合を調べることにより算出した。
【0053】
試験例1において、表面炭素含有量、表面硬さ、表面残留オーステナイト量、表面炭化物面積率、内部硬さおよび内部マルテンサイト変態率を調べた結果を表3および4に示す。
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
また、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の耐食性(耐錆性)を評価した。耐錆性の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径32mmの円柱状の素形材それぞれに対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ熱処理条件の熱処理を施した。つぎに、熱処理後の素形材を研削して、20mm×30mm×8mmの小片を得た。得られた小片の20mm×30mmの表面に対して、平均粗さが0.4μmとなるように研磨仕上げを施し、耐錆性を評価するための試験片(以下、「試験片A」と表記する)を得た。なお、得られた試験片Aは、表3および4に示された各転がり摺動部材の表面品質と同じ表面品質を有する。
得られた試験片Aを、相対湿度95体積%の雰囲気中、50℃で96時間維持した。その後、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた試験片の表面のマクロ像(600mm2)を撮影し、マクロ像の面積に対する錆の面積の割合(発錆面積率)を算出した。
【0057】
さらに、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の寿命を評価した。寿命の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径32mmの円柱状の素形材それぞれに対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ熱処理条件の熱処理を施した。つぎに、熱処理後の素形材を研削して、直径が20mmであり、高さが36mmである円柱状の試験片(以下、「試験片B」と表記する)を得た。なお、かかる試験片Bは、表3および4に示された各転がり摺動部材の表面品質と同じ表面品質を有する。
得られた試験片Bを図9に示される試験機に取り付け、以下の条件で試験機を運転し、試験片Bが剥離を生じる状態となるまでの寿命を調べた。そして、比較例1に用いられた鋼材から得られた試験片Bの平均寿命に対する各試験片の平均寿命の相対値を求めた。
最大接触応力:5.8GPa
繰返し速度 :285Hz
潤滑 :タービン油VG68 循環
油温 :60℃
試験片数 :5
なお、試験機においては、駆動輪101と従動輪102との間に、駆動輪101側から順に試験片Bと2つの鋼球103a,103bとが配置されている。試験片Bは、駆動輪101と、2つの鋼球103a,103bとに摺接している。前記2つの鋼球103a,103bは、互いに一定の距離を隔てて位置するように、従動輪104a,104b間に摺動可能に配置されている。
【0058】
また、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で試験片を作製し、試験片は、以下のように作製した。実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で得られた転がり摺動部材(円錐ころ)の耐割損性(破壊靱性)を調べた。内部の破壊靱性の評価には、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれの方法で作製した試験片を用いた。試験片は、以下のように作製した。まず、実施例1〜7および比較例1〜9それぞれで用いられた鋼材(表1および表2に示される組成を有する鋼材)からなる直径90mmの素材に対して、表1に示される実施例1〜7および表2に示される比較例1〜9それぞれと同じ条件の熱処理を施した。熱処理後の素材の中周部から、ASTM E399−78に準拠した形状の小型引張試験用の試験片(25.4mm×63.5mm×61mm、以下、「試験片C」と表記する)を採取した。なお、かかる試験片Cは、表3および4に示された各転がり摺動部材の内部品質を有する。
得られた試験片について、ASTM E399−78に従って破壊靱性試験を行ない、平面ひずみ破壊靭性値(KIC)を測定した。その後、内部の破壊靱性値(評価対象の試験片のKIC/比較例1の試験片のKIC)を求めた。
【0059】
試験例1において、発錆面積率、平均寿命および破壊靱性値を算出した結果を表5に示す。耐食性、寿命および耐割損性は、以下の評価基準にしたがって評価することができる。
〔評価基準〕
(耐食性)
発錆面積率が4以下である場合、転がり摺動部材として十分な耐食性を有する。
発錆面積率が4を超える場合、耐食性が不十分である。
(寿命)
平均寿命が2.00以上である場合、転がり摺動部材として十分な寿命を有する。
平均寿命が2.00未満である場合、転がり摺動部材として十分な寿命を有していない。
(耐割損性)
破壊靱性値が1.2以上である場合、転がり摺動部材として十分な耐割損性を有する。
破壊靱性値が1.2未満である場合、耐割損性が不十分である。
【0060】
【表5】
【0061】
表5に示された結果から、実施例1〜7それぞれの方法で得られた試験片において、発錆面積率が4以下、平均寿命が2.00以上および破壊靱性値が1.2以上であることがわかる。かかる結果から、実施例1〜7それぞれの方法で得られた試験片は転がり摺動部材として十分な耐食性、寿命および耐割損性を有することがわかる。これに対し、比較例1〜9それぞれの方法で得られた試験片の耐食性、寿命および耐割損性のいずれかが、不十分であることがわかる。
【0062】
実施例1〜7の方法に用いられた鋼材は、0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ前記式(I)で表される焼入れ性指数が5.4以上であるという条件〔「鋼材条件」という〕を満たす鋼材である。かかる鋼材は、ニッケルおよびモリブデンの含有量が0.1質量%未満であるため、安価である。
一方、比較例1〜9の方法に用いられた鋼材は、前記鋼材条件を満たしていない。
したがって、これらの結果から、転がり軸受である複列円錐ころ軸受装置において、鋼材として、前記条件を満たす鋼材を用い、本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たす条件の熱処理を施すことにより、転がり摺動部材を安価に製造することができ、かつ転がり軸受の耐食性および耐割損性の向上ならびに長寿命化を図ることができることが示唆される。
【0063】
(試験例2)
表5に示される組成を有する鋼材それぞれを所定形状に加工して、転がり軸受としての複列円錐ころ軸受装置1の円錐ころの素形材を製造した。なお、表5において、鋼材Aは実施例3で用いられた鋼材、鋼材Bは実施例1で用いられた鋼材、鋼材Cは比較例5で用いられた鋼材、鋼材Dは実施例2で用いられた鋼材である。
【0064】
【表6】
【0065】
つぎに、得られた素形材に、図10〜図15に示される熱処理を施した。熱処理後の各中間素材の転走面を形成する部分それぞれに研磨加工を施して、転がり摺動部材(円錐ころ)を得た。
【0066】
図10に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧1.03×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図11に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧4.23×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図12に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧1.06×10-13Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度1℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図13に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧8.75×10-16Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図14に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧7.94×10-15Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
図15に示される熱処理条件は、素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に雰囲気の酸素分圧4.67×10-14Paの空気を供給しながら、当該素形材を昇温速度0.4℃/秒で860℃まで加熱し、つぎに、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、960℃で3時間加熱し、その後、カーボンポテンシャル0.9の浸炭雰囲気中において、880℃で0.5時間加熱し、100℃に油冷し(浸炭)、その後、660℃で5時間の加熱(中間焼鈍)、840℃で1時間の加熱(2次焼入れ)、180℃で2時間の加熱(焼もどし)を行なうものである。
【0067】
試験例1と同様の操作を行ない、得られた転がり摺動部材について、表面炭素含有量を求めた。試験例2において、鋼材Aを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図16に示す。試験例2において、鋼材Bを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図17に示す。試験例2において、鋼材Cを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図18に示す。試験例2において、鋼材Dを用いた場合における酸素分圧と表面炭素含有量との関係を調べた結果を図19に示す。なお、浸炭時間を15時間以上とする場合においては、最初の3時間で、表面炭素含有量が0.6質量%以上であれば、十分に浸炭を行なうことができることが経験上わかっている。そこで、表面炭素含有量が0.6質量%以上である場合、「浸炭阻害なし」と判断し、表面炭素含有量が0.6質量%未満である場合、「浸炭阻害あり」と判断した。
【0068】
図16、図17および図19それぞれに示された結果から、鋼材A、鋼材Bおよび鋼材Dそれぞれを用いた場合、浸炭処理を行なう際の酸素分圧を4.2×1015以上とすることにより、浸炭阻害を抑制することができることがわかる。これにより、安価な鋼材が用いられているにもかかわらず、試験例1の結果(鋼材A:実施例3、鋼材B:実施例1、鋼材D:実施例2)に示されるような、優れた性質を有する転がり摺動部材を得ることができる。
【0069】
一方、図18に示された結果から、鋼材Cを用いた場合、浸炭処理を行なう際の酸素分圧の如何を問わず、浸炭阻害を抑制することができることがわかる。しかしながら、かかる鋼材Cを用いた場合には、試験例1の結果(比較例5)にも示されるように、寿命や靱性が不十分である。
【0070】
以上の結果から、転がり軸受である複列円錐ころ軸受装置において、鋼材として、前記条件を満たす鋼材を用い、本発明の転がり摺動部材の製造方法における熱処理条件を満たす条件の熱処理を施すことにより、耐食性および耐割損性に優れ、かつ十分な寿命を確保することができる転がり摺動部材を安価に製造することができることが示唆される。
【符号の説明】
【0071】
1 複列円錐ころ軸受装置(転がり軸受)、2 外輪、2a 第1外輪部材(転がり摺動部材)、2a1 外輪軌道面、2b 第2外輪部材(転がり摺動部材)、2b1 外輪軌道面、3 内輪、3a 内輪部材(転がり摺動部材)、3a1 内輪軌道面、4 円錐ころ(転がり摺動部材)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材から得られ、前記鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施されている母材からなり、相手部材との間で相対的に転がり接触もしくは滑り接触または両接触を含む接触をする転がり摺動面を有する転がり摺動部材であって、
前記転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項2】
内周面に軌道部を有する外輪と、外周面に軌道部を有する内輪と、前記外内輪の両軌道部の間に配置された複数個の転動体とを有する転がり軸受であって、
前記外輪、内輪および転動体のいずれかが、請求項1に記載の軸受構成部材からなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項3】
(A)0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材を、所定の形状に加工して、素形材を得る前加工工程、
(B)前記工程(A)で得られた素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、当該素形材を860℃まで加熱して、昇温させる昇温工程、
(C)前記工程(B)後の素形材を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、930〜990℃で加熱し、その後、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る浸炭工程、
(D)前記工程(C)で得られた中間素材を630〜690℃で加熱する中間焼鈍工程、
(E)前記工程(D)の後の中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す焼入れ工程、
(F)前記工程(E)の後の中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す焼もどし工程、および
(G)前記工程(F)の後の中間素材に、仕上げ加工を施すことにより、転がり摺動面を形成し、この転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%である軸受構成部材を得る仕上げ加工工程
を含むことを特徴とする軸受構成部材の製造方法。
【請求項4】
前記工程(B)において、前記工程(A)で得られた素形材を、昇温速度0.02〜1℃/secで加熱する請求項3に記載の方法。
【請求項1】
0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材から得られ、前記鋼材に対して、有効硬化層深さが1.5〜8mmとなる浸炭処理が施されている母材からなり、相手部材との間で相対的に転がり接触もしくは滑り接触または両接触を含む接触をする転がり摺動面を有する転がり摺動部材であって、
前記転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、前記表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、前記表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、前記表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項2】
内周面に軌道部を有する外輪と、外周面に軌道部を有する内輪と、前記外内輪の両軌道部の間に配置された複数個の転動体とを有する転がり軸受であって、
前記外輪、内輪および転動体のいずれかが、請求項1に記載の軸受構成部材からなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項3】
(A)0.16〜0.19質量%の炭素と、0.15〜0.55質量%のケイ素と、0.20〜1.55質量%のマンガンと、2.4〜3.2質量%のクロムとを含有し、残部が不可避不純物であり、不可避不純物としてのニッケルを0.01〜0.2質量%、不可避不純物としてのモリブデンを0.001質量%以上0.1質量%未満含有し、かつ式(I):
XC・XSi・XMn・XCr・XNi・XMo (I)
〔式中、XCは0.5346×炭素含有量(質量%)+0.0004、XSiは、0.7×ケイ素含有量(質量%)であり、マンガン含有量が0.20質量%以上1.25質量%未満であるときのXMnは3.3844×マンガン含有量(質量%)+0.9826であり、マンガン含有量が1.25質量%以上1.55質量%以下であるときのXMnは5.1×マンガン含有量(質量%)−1.12であり、XCrは2.1596×クロム含有量(質量%)+1.0003であり、XNiは0.382×ニッケル含有量(質量%)+0.99であり、XMoは3×モリブデン含有量(質量%)+1である〕
で表される焼入れ性指数が5.4以上である鋼材を、所定の形状に加工して、素形材を得る前加工工程、
(B)前記工程(A)で得られた素形材を、浸炭炉内にセットし、この浸炭炉内に空気を導入して当該浸炭炉内の雰囲気の酸素分圧を少なくとも4.23×10-15Paに維持しながら、当該素形材を860℃まで加熱して、昇温させる昇温工程、
(C)前記工程(B)後の素形材を、カーボンポテンシャル0.8〜1.1の浸炭雰囲気中において、930〜990℃で加熱し、その後、急冷して、有効硬化層深さが1.5〜8mmである中間素材を得る浸炭工程、
(D)前記工程(C)で得られた中間素材を630〜690℃で加熱する中間焼鈍工程、
(E)前記工程(D)の後の中間素材に対して、820〜850℃での焼入れ処理を施す焼入れ工程、
(F)前記工程(E)の後の中間素材に対して、160〜200℃での焼もどし処理を施す焼もどし工程、および
(G)前記工程(F)の後の中間素材に、仕上げ加工を施すことにより、転がり摺動面を形成し、この転がり摺動面の表面から0.05mmまでの範囲の表面層における炭素の含有量が0.8〜1.2質量%であり、表面から0.1mmの深さの位置でのビッカース硬さが700〜840であり、表面から0.1mmの深さの位置での残留オーステナイト量が20〜40体積%であり、表面から0.03mmの深さの位置における炭化物の面積率が1.5〜8%であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるビッカース硬さが300〜510であり、前記転がり摺動面が形成された部分の軸方向長さ中央に位置し、かつ厚さ方向中央に位置する部分におけるマルテンサイト変態率が50〜100%である軸受構成部材を得る仕上げ加工工程
を含むことを特徴とする軸受構成部材の製造方法。
【請求項4】
前記工程(B)において、前記工程(A)で得られた素形材を、昇温速度0.02〜1℃/secで加熱する請求項3に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2012−224931(P2012−224931A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95817(P2011−95817)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】
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