説明

転がり軸受及び車輪用軸受装置

【課題】密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる転がり軸受及び車輪用軸受装置を提供する。
【解決手段】固定側の軌道面を有する外輪2と、回転側の軌道面を有する内輪4と、外輪2と内輪4との間の軸受内部空間6に配置される転動体5と、軸受内部空間6のアキシャル方向の両端に配置されて、軸受内部空間6を圧入密封する密封装置8と、を備え、密封装置8は、円筒部81bと、円筒部81bの一端から径方向内側に延在する円板部81cとからなって、断面L字形に形成される芯金81を有し、外輪2は、その軌道面側周面の軸方向端部に円筒部81bが嵌合される嵌合部2dを有するハブユニット1において、外輪2は、その径方向に嵌合部2dから外周面まで貫通する少なくとも1個の排気孔9を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受及び車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両の車輪に用いる転がり軸受は、雨水や泥水の影響を受けるような悪環境で使用されるため、軸受の外輪と内輪との間の軸受内部を弾性部材からなる密封装置により密封し、密封性を高めている。
【0003】
この転がり軸受は、組立工程において、内輪と外輪と転動体とを組み立て、次に軸受内部にグリースを封入し、最後に軸受の軸方向端部の外輪と内輪との間に密封装置を圧入嵌合するが、密封装置を圧入するときに、軸受内部の体積が密封装置の体積分減少するので、軸受内部の圧力が上昇する。そして、軸受内部の圧力が上昇すると、軸受内部に封入したグリースが密封装置と外輪及び内輪との嵌合面から押し出されて、漏洩する場合がある。
【0004】
そこで、軸受内部の圧力を調整できる転がり軸受として、軸受が使用される温度変化による軸受内部の圧力変化を、弾性部材からなり軸受内部と軸受外部との両方に露出して設けられる変形可能部材が、軸受内外の圧力差によって弾性変形することにより軸受内部の体積が変化して、軸受内部の圧力が軸受外部の圧力に近づくように調整する内圧調整手段を備えた車輪用転がり軸受がある。(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−226826号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の転がり軸受は、組立工程において、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇が、上記の温度変化による軸受内部の圧力上昇に比べてはるかに大きく、密封装置を圧入するときの圧力上昇を、上記の内圧調整手段では調整しきれないことがある。そこで、転がり軸受は、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することが課題となっていた。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる転がり軸受及び車輪用軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、請求項1に係る転がり軸受の構成上の特徴は、固定側の軌道面を有する外輪と、
回転側の軌道面を有する内輪と、
前記外輪と前記内輪との間の軸受内部空間に配置される転動体と、
前記軸受内部空間のアキシャル方向の両端に配置されて、前記軸受内部空間を圧入密封する密封装置と、を備え、
前記密封装置は、円筒部と、前記円筒部の一端から径方向内側に延在する円板部とからなって、断面L字形に形成される芯金を有し、
前記外輪は、その軌道面側周面の軸方向端部に前記円筒部が嵌合される嵌合部を有する転がり軸受において、
前記外輪は、その径方向に前記嵌合部から外周面まで貫通する少なくとも1個の排気孔を備えることである。
【0009】
請求項1の転がり軸受によれば、密封装置の圧入開始時から圧入途中までの間は、密封装置を圧入する際の密封装置の体積分が軸受内部空間から排気孔を介して軸受外部に排気されるので、軸受内部の圧力上昇はない。そして、密封装置が外輪の軌道面側周面の軸方向端部に圧入されると、密封装置が有する芯金の円筒部が外輪の嵌合部に嵌合して排気孔を封止するので、軸受内部空間が密封される。これにより、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。
【0010】
請求項2に係る転がり軸受の構成上の特徴は、前記排気孔は、前記転がり軸受の軸心に対して下側に配置されることである。
【0011】
請求項2の転がり軸受によれば、排気孔が軸心に対して下側に配置されるので、軸受上側から軸受内部への異物の侵入を防止して軸受内部の密封性をより高めることができ、また、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。
【0012】
請求項3に係る転がり軸受の構成上の特徴は、前記密封装置により前記軸受内部空間を密封した後、前記外輪の外周面に位置する前記排気孔の端部開口を、弾性材からなり嵌挿して封止する封止部材を備えることである。
【0013】
請求項3の転がり軸受によれば、密封装置を転がり軸受に圧入後、排気孔を封止部材により封止するので、軸受内部への異物の侵入を確実に防止して軸受内部の密封性をより高めることができ、また、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。
【0014】
請求項4に係る車輪用軸受装置の構成上の特徴は、前記外輪は車両インナー側の車両固定部材に固定され、前記内輪は車両アウター側の車輪に接続され、前記排気孔は前記車両固定部材によって封止されることである。
【0015】
請求項4の車輪用軸受装置によれば、密封装置を車輪用軸受装置に圧入後、この軸受の外輪が車両固定部材に固定されて、車両固定部材により排気孔が封止されるので、軸受内部への異物の侵入を確実に防止して軸受内部の密封性をより高めることができ、また、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、密封装置を圧入するときの軸受内部の圧力上昇を抑制することができる転がり軸受及び車輪用軸受装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態である転がり軸受を備えたハブユニットの縦断面図である。
【図2】(a)は本発明の一実施形態であるハブユニットの組立工程において、密封装置を圧入する途中状態の要部拡大断面図であり、(b)はハブユニットに密封装置を圧入後、ハブユニットが車両に取り付けられた状態の要部拡大断面図である。
【図3】は第1実施形態の図2(b)の変形例を説明する図である。
【図4】は第1実施形態の図2(b)の変形例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の転がり軸受を具体化した実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態である転がり軸受を備えたハブユニット1(車輪用軸受装置)の縦断面図である。図1を参照しつつ説明する。なお、以下の説明において、車両インナー側とは図1における左側を示し、車両アウター側とは図1における右側を示すものとする。
【0019】
ハブユニット1は、例えば前輪駆動車の前輪用(駆動軸用)のものであり、複列外向きのアンギュラ玉軸受構造とされている。具体的には、ハブユニット1は、車両側のナックル20に固定される外輪2と、この外輪2の中心軸線01と同軸に配置されて車軸側のタイヤホイール(図示省略)及びブレーキディスクロータ30に固定される内軸3(内輪)と、内軸3の車両インナー側端に一体形成された嵌め合い部3aの外周面に嵌着される内輪4と、外輪2と内軸3及び内輪4との間にて周方向に配置される複列の玉5とを備えている。
【0020】
外輪2の内周面には、車両インナー側に配列された玉5用の軌道面2aと、車両アウター側に配列された玉5用の軌道面2bとが形成されている。外輪2の外周面には、径方向に突出形成された車両取付フランジ部2cが形成されている。
【0021】
内軸3の外周面には、外輪2の軌道面2bに対向する軌道面3bが形成され、軌道面3bよりもさらに車両アウター側には、径方向に突出形成された車輪取付フランジ部3cが形成されている。
【0022】
内輪4は、嵌め合い部3aに外嵌圧入され、嵌め合い部3aと一体化されている。内輪4の外周面には、外輪2の軌道面2aに対向する軌道面4aが形成されている。
【0023】
外輪2と内軸3及び内輪4との間には、転動体としての玉5を配置するための環状の軸受内部空間6が形成されており、この軸受内部空間6は、車両アウター側にて弾性部材からなる環状の密封装置7により、車両インナー側にて弾性部材からなる環状の密封装置8により、外輪2と内軸3及び内輪4とのそれぞれの相対回転を許容した状態で密封されている。
【0024】
外輪2には、ハブユニット1の中心軸線01に対して下側に、外輪2の内周面から外輪2の外周面まで貫通する1個の排気孔9が形成されている。
【0025】
図2(a)は本発明の一実施形態であるハブユニット1の組立工程において、密封装置8を圧入する途中状態の要部拡大断面図であり、図2(b)はハブユニット1に密封装置8を圧入後、ハブユニット1がナックル20に取り付けられた状態の要部拡大断面図である。図2(a)及び図2(b)を参照しつつ説明する。
【0026】
図2(a)に示すように外輪2は、車両インナー側内周面の軸方向端部に密封装置8が圧入嵌合される嵌合部2dを備え、嵌合部2dから外輪2の外周面まで貫通する排気孔9が形成されて、軸受内部空間6と軸受外部空間とを連通している。外輪2の材料としては、例えば、高炭素クロム軸受鋼材「SUJ2」が用いられる。
【0027】
密封装置8は、環状のパックシールであり、芯金81、スリンガ84及び弾性部材82からなる。
【0028】
芯金81は、金属板を屈曲してなり、円筒部81bと、この円筒部81bの端部から径方向内側に延在する円板部81cとからなる断面L字形に形成されている。円筒部81bは、その外周面が外輪2の嵌合部2dに嵌合する。芯金81の材料としては、例えば、防錆処理された冷延鋼板のSPCCが用いられる。
【0029】
スリンガ84は、金属板を屈曲してなり、円筒状スリンガ部84aと、この円筒状スリンガ部84aの端部から径方向外側に延在する環状スリンガ部84bとからなる断面L字形に形成されている。円筒状スリンガ部84aが、内輪4の軌道面側外周の軸方向端部に嵌合する。スリンガ84の材料としては、例えば、防錆処理された冷延鋼板のSPCCが用いられる。
【0030】
芯金81とスリンガ84は、円筒部81bと円筒状スリンガ部84aとを、また、円板部81cと環状スリンガ部84bとを対峙させて組み合わされ、パックシールと呼ばれる構成となっている。
【0031】
芯金81には、ゴムからなる弾性部材82が取り付けられている。この弾性部材82は、芯金81の全周に沿って延設される長尺のものであり、スリンガ84の環状スリンガ部84bの内周面に摺接するリップ82aと、円筒状スリンガ部84aの内周面に摺接するリップ82b,82cと、円筒部81bの外周の軸方向の軸受外部側端部に締め代をもって形成されて、外輪2の軌道面側内周の軸方向端部の嵌合部2dに嵌合する弾性部材嵌合部82dと、を有している。
【0032】
ハブユニット1の組立工程は、外輪2と内軸3及び内輪4と玉5と密封装置7とを組み立て、次に軸受内部空間6にグリースを封入し、次に密封装置8を圧入する。密封装置8の圧入開始時から図2(a)に示す圧入する途中状態までの間は、圧入した密封装置8の体積分が軸受内部空間6から排気孔9を介して矢印Bに示すように軸受外部に排気されるので、軸受内部空間6の圧力上昇はない。
【0033】
そして、密封装置8を圧入し続け、排気孔9の軸受内部側端部P1が円筒部81bにより塞がれて軸受内部空間6が密封されると、これ以降、軸受内部空間6の体積が圧入する密封装置8の体積分が減少するので、軸受内部の圧力が上昇する。
【0034】
さらに、密封装置8を圧入し続け、図2(b)に示す密封装置8の圧入が終了して、ハブユニット1の組立が終了する。このようにして組み立てられたハブユニット1が車両(図示省略)の組立工程においてナックル20に固定されると、排気孔9がナックル20により封止されて、軸受内部空間6がさらに密封される。
【0035】
これにより、密封装置8を圧入することによる軸受内部空間6の体積減少は、密封装置8の体積よりも大幅に低減することができる。
【0036】
以上のように、本実施の形態に係るハブユニット1によれば、密封装置8を圧入する開始時から排気孔9の軸受内部側端部P1が円筒部81bにより塞がれるまでの間は、圧入する密封装置8の体積分が軸受内部空間6から排気孔9を介して矢印Bに示すように軸受外部に排気されるので、軸受内部空間6の圧力上昇はなく、密封装置8を圧入することによる軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。
【0037】
また、本実施の形態に係るハブユニット1によれば、排気孔9が中心軸線01に対して下側に配置されるので、軸受上側から軸受内部への異物の侵入を防止して軸受内部の密封性をより高めることができる。
【0038】
また、本実施の形態に係るハブユニット1によれば、車両の組立工程においてナックル20に固定されると、ナックル20により排気孔9が封止されるので、軸受内部への異物の侵入を確実に防止して軸受内部の密封性をより高めることができる。
【0039】
なお、上記実施形態では、図2(b)に示すようにハブユニット1がナックル20に固定されたときに、排気溝9がナックル20により排気孔9が封止されるとしたが、それに限るものではなく、例えば、外輪2の外周面とナックル20との間に後述する隙間Sが形成される構成に適用してもよい。図3及び図4を参照しつつ説明する。
【0040】
図3は、第1実施形態の図2(b)の変形例を説明する図である。図3に示すように外輪2の外周面とナックル20との間に隙間Sが形成されている。ハブユニット1は、密封装置8を圧入する開始時から排気孔9の軸受内部側端部P1が円筒部81bにより塞がれるまでの間は、圧入する密封装置8の体積分が軸受内部空間6から排気孔9を介して軸受外部に排気されるので、軸受内部空間6の圧力上昇はなく、密封装置8を圧入することによる軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。また、ハブユニット1は、円筒部81bにより排気孔9が封止されるので、軸受内部への異物の侵入を防止して軸受内部を密封している。
【0041】
図4は、第1実施形態の図2(b)の変形例を説明する図である。図3との違いは、ハブユニット1が密封装置8を圧入後、ゴムなどの弾性材からなる封止部材10により排気孔9を封止して、ナックル20に固定されることである。
図4に示すように外輪2の外周面とナックル20との間に隙間Sが形成されている。ハブユニット1は、密封装置8を圧入する開始時から排気孔9の軸受内部側端部P1が円筒部81bにより塞がれるまでの間は、圧入する密封装置8の体積分が軸受内部空間6から排気孔9を介して軸受外部に排気されるので、軸受内部空間6の圧力上昇はなく、密封装置8を圧入することによる軸受内部の圧力上昇を抑制することができる。ハブユニット1は密封装置8を圧入後、封止部材10により排気孔9が封止されるので、軸受内部への異物の侵入を確実に防止して軸受内部の密封性をより高めることができる。
【0042】
また、上記実施形態では、排気孔9が1箇所に設けられるとしたが、それに限るものではなく、例えば、2箇所に設けられるなど圧入する密封装置の体積や圧入条件などにより適宜決定すればよい。
【0043】
また、上記実施形態では、排気孔9が中心軸線01に対して下側に配置されるとしたが、それに限るものではなく、例えば、転がり軸受が用いられる構成から異物の浸入箇所が上側の一部である場合には、上側にも配置される構成であってもよく、転がり軸受を適用する構成や環境などにより決定すればよい。
【0044】
また、上記実施形態では、スリンガ84を備える構成としたが、それに限るものではなく、例えば、密封装置が芯金及び弾性部材からなり、弾性部材のリップが回転輪の軌道面に摺接する構成に適用してもよい。
【符号の説明】
【0045】
1:ハブユニット(転がり軸受、車輪用軸受装置)、 2:外輪、 2d:嵌合部、 3:内軸(内輪)、 4:内輪、 5:玉、 6:軸受内部空間、 7,8:密封装置、 9:排気孔、 10:封止部材、 20:ナックル(車両固定部材)、 81:芯金、 81b:円筒部、 81c:円板部、 82:弾性部材、 84:スリンガ、 P1:軸受内部側端部、 S:隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定側の軌道面を有する外輪と、
回転側の軌道面を有する内輪と、
前記外輪と前記内輪との間の軸受内部空間に配置される転動体と、
前記軸受内部空間のアキシャル方向の両端に配置されて、前記軸受内部空間を圧入密封する密封装置と、を備え、
前記密封装置は、円筒部と、前記円筒部の一端から径方向内側に延在する円板部とからなって、断面L字形に形成される芯金を有し、
前記外輪は、その軌道面側周面の軸方向端部に前記円筒部が嵌合される嵌合部を有する転がり軸受において、
前記外輪は、その径方向に前記嵌合部から外周面まで貫通する少なくとも1個の排気孔を備えることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記排気孔は、前記転がり軸受の軸心に対して下側に配置されることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記密封装置により前記軸受内部空間を密封した後、前記外輪の外周面に位置する前記排気孔の端部開口を、弾性材からなり嵌挿して封止する封止部材を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の転がり軸受を備え、
前記外輪は車両インナー側の車両固定部材に固定され、前記内輪は車両アウター側の車輪に接続され、前記排気孔は前記車両固定部材によって封止されることを特徴とする車輪用軸受装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−100853(P2013−100853A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244451(P2011−244451)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】