説明

金属材料加工用の潤滑油

【課題】 引張強さ340N/mm2以上の高張力鋼板加工用に使用する金属材料加工用の潤滑油であり、潤滑油が付着した加工物のMAG溶接後の防錆性能に優れるとともに、脱脂性をも兼ね備えた潤滑油を提供する。
【解決手段】 潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)防錆剤と、(c)カルシウム系添加剤と、を配合してなる金属材料加工用の潤滑油であって、以下の条件、(a)成分の硫黄含有量が、潤滑油全量基準で、0.5重量%以上20重量%以下である、(b)成分の含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、(c)成分のカルシウム含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、をすべて満たすことを特徴とする金属材料加工用の潤滑油。この潤滑油は、引張強さ340N/mm2以上の高張力鋼板の加工用に優れた効果を発揮する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の冷間圧延鋼板、熱間圧延鋼板、めっき鋼板など引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板のプレス加工時の潤滑性とその後の溶接時における防錆性や脱脂性を兼ね備えた金属材料加工用の潤滑油に関する。
【背景技術】
【0002】
年々、自動車には環境への配慮とより高い安全性が求められるようになっている。グローバル化が進む中、低排出エンジン開発やエアバッグ装着などに加え、各社でより軽く強い車体の開発が行われている。自動車軽量化は、強度を維持しながら鉄製部品を薄肉化することで、より車重を軽くする方向に進んできた。そこで1990年代半ばから注目されているのが高張力鋼板である。
【0003】
一般的には、鋼板の強度は引張強さで示される。引張強さ340N/mm以上を高張力鋼板と呼び、引張強さ280N/mm以下を軟鋼と呼ぶ。最近では、自動車の衝突安全性を高めるために1000N/mm2を超えるような高張力鋼板も使用され始めている。
【0004】
高張力鋼板は、他には「高強度鋼板」や「ハイテン材」と呼ばれる場合もある。本明細書中では、「JIS G 3134 自動車用加工性熱間圧延高張力鋼板 及び 鋼帯」及び「JIS G 3135 自動車用加工性冷間圧延高張力鋼板 及び 鋼帯」に規定されている名称である「高張力鋼板」に統一して記す。
【0005】
高張力鋼板は、高強度化による延性低下、それに伴う成形性の劣化、降伏強度の上昇による面ひずみやスプリングバックなどの形状凍結不良の増加など、プレス成形時、多くの技術課題をもたらす。代表的な成形不良現象として、割れ、形状不良、寸法精度不良、型かじり等が挙げられる。
【0006】
一方、近年、製品コスト低減を目的とした加工用潤滑剤や防錆油の省略が行われる場合が多くなりつつある。納入された鋼板に付着している防錆油で加工する場合には、潤滑不足により加工品に割れやカジリが発生したり、摩擦増大による金型寿命の低下という問題が発生する。
【0007】
これらの問題に対処すべく、鋼板のプレス加工時の潤滑性を付与し得る防錆油の開発が試みられている。例えば、特許文献1では、防錆剤、超塩基性Caスルフォネート、硫黄系極圧剤及びホウ酸カリウムを添加した防錆兼プレス加工油剤組成物が開示されている。しかし、この組成物には、PRTR該当物質のホウ素化合物が配合されており、環境保全の観点からは好ましくない。また、特許文献2や特許文献3には、防錆を主眼においた、40℃における動粘度が40mm2/s以下の油剤が開示されている。しかし、これらの油剤は、防錆性や脱脂性には優れているが、高張力鋼板のような被加工材料と工具との間に大きな応力が発生する加工では、十分な潤滑性能を発揮することが困難である。
【0008】
【特許文献1】特開平10−279979号公報
【特許文献2】特公平7−42470号公報
【特許文献3】特開平8−311476号公報
【0009】
プレス加工後の処理工程は、一般的には、加工物に付着したプレス加工用潤滑油を脱脂洗浄する工程、防錆油を塗布して加工物の錆対策をする工程、めっき工程や塗装をする工程、熱処理をして加工物の強度を確保する工程、他の金属部品との溶接工程、などである。
【0010】
高張力鋼板を溶接する場合は、一般的な溶接法の1つである炭酸ガスアーク(CO)・マグ(MAG)溶接を使用する場合が多い。CO・MAG溶接は、鋼のアーク溶接方法の中で最も多く使用されており、圧力容器をはじめ、橋梁・建築鉄骨・造船・海洋構造物・重機械・化学プラント・原子力・車両・二輪・自動車等の業界で多く使用されている。この溶接法は、溶着速度が速い、溶着効率が高い、一種類のワイヤで適応できる板厚の範囲が広い、溶接部の品質が優れている、取り扱いが簡単、などの特徴がある。JIS規格では、シールドガスに炭酸ガス100%を使用する場合も、炭酸ガスとアルゴンガスの混合ガスを用いる場合も、いずれの場合も「MAG溶接」と規定されている。本明細書では、以下、これらの溶接法を「MAG溶接」に統一して記す。
【0011】
高張力鋼板をMAG溶接する場合は、シールドガスに炭酸ガスだけを使用すると酸化傾向が強く、溶着金属及び母材の合成成分が変質し強度の低下を招く恐れが大きいので、シールドガスにはアルゴン80%+炭酸ガス20%の混合ガスを使用する場合が多い。尚、ワイヤー融点は一般的に約1500℃にも達する。
【0012】
昨今では、先程述べたように、製品コスト低減を目的としてプレス加工用潤滑剤が付着したまま高張力鋼板に対してMAG溶接を行うので、潤滑剤成分が分解して鋼材表面と反応して、錆の発生により加工物の品質問題が生じる場合がある。
【0013】
また、後工程であるめっき工程や塗装工程では、前処理として付着油の脱脂工程及び洗浄工程を実施する必要があり、プレス加工用潤滑油の脱脂性も問題となる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで本発明は、引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板加工用に使用する金属材料加工用の潤滑油であり、潤滑油が付着した加工物のMAG溶接後の防錆性能に優れるとともに、脱脂性をも兼ね備えた潤滑油を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するための手段は、以下の(1)〜(3)に記載した発明である。
(1)潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)防錆剤と、(c)カルシウム系添加剤と、を配合してなる金属材料加工用の潤滑油であって、以下の条件、(a)成分の硫黄含有量が、潤滑油全量基準で、0.5重量%以上20重量%以下である、(b)成分の含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、(c)成分のカルシウム含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、をすべて満たすことを特徴とする金属材料加工用の潤滑油。
(2)引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板の加工用に使用される、上記(1)に記載の金属材料加工用の潤滑油。
(3)40℃における動粘度が50mm2 /s以上200mm2 /s以下である、上記(1)または(2)に記載の金属材料加工用の潤滑油。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、硫黄系極圧剤、防錆剤、カルシウム系添加剤を併用することにより、潤滑性、防錆性、脱脂性、のいずれもが優れている金属材料加工用の潤滑油を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)防錆剤と、(c)カルシウム系添加剤と、を配合してなる金属材料加工用の潤滑油である。本発明に係る金属材料加工用の潤滑油は、次の条件、すなわち、(a)成分の硫黄含有量が、潤滑油全量基準で、0.5重量%以上20重量%以下である、(b)成分の含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、(c)成分のカルシウム含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、の条件を満たしている。これにより、引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板の加工に使用でき、潤滑油が付着した加工物のMAG溶接後の防錆性能に優れるとともに、脱脂性をも兼ね備えた潤滑油を実現することができる。
【0018】
[潤滑油基油について]
本発明に係る潤滑油では、鉱油、合成油、及び油脂の中から選ばれる少なくとも1種が潤滑油基油として用いられる。これらの鉱油、合成油、及び油脂については、一般に金属加工油の基油として用いられているものであればよく、特に制限するものではないが、40℃における動粘度が1mm2 /s以上1000mm2 /s以下の範囲にあるものが好ましく、5mm2 /s以上100mm2 /s以下の範囲にあるものがより好ましい。
【0019】
このような鉱油、合成油、及び油脂には各種のものがあり、用途などに応じて適宜選定すればよい。
鉱油としては、例えば、石油精製業の潤滑油製造プロセスで常法を用いて精製される鉱油を使用することができる。より具体的には、例えば、原油を常圧蒸留および減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、接触脱ろう、水素化精製、硫酸洗浄、白土処理などの処理を1つ以上行って精製したものが挙げられる。
【0020】
合成油としては、例えば、ポリα−オレフィン、α−オレフィンコポリマー、ポリブテン、アルキルベンゼン、ポリオキシアルキレングリコール、ポリオキシアルキレングリコールエーテル、シリコーンオイルなどを挙げることができる。
【0021】
また、油脂の具体例としては、牛脂、豚脂、大豆油、菜種油、米ぬか油、ヤシ油、パーム油、パーム核油、並びにこれらの水素化物などを挙げることができる。
【0022】
本発明に係る潤滑油においては、上記基油のうちの1種のみを単独で用いてもよく、2種以上の基油を混合して用いてもよい。
【0023】
次に、上記の潤滑油基油に配合される3つの成分、すなわち、(a)硫黄系極圧剤、(b)防錆剤、(c)カルシウム系添加剤、について説明する。
【0024】
(a)硫黄系極圧剤について
硫黄系極圧剤としては、硫黄原子を有し、極圧効果を発揮しうるものを使用することができる。硫黄系極圧剤の具体例としては、例えば、硫化油脂、硫化脂肪酸、硫化エステル、硫化オレフィン、ポリサルファイド類、チオカーバメート類、硫化鉱油などを挙げることができる。ここで、硫化油脂は硫黄と油脂(ラード油,鯨油,植物油,魚油等)を反応させて得られるものである。その具体例としては、硫化ラード、硫化なたね油、硫化ひまし油、硫化大豆油などを挙げることができる。硫化脂肪酸の例としては、硫化オレイン酸などを、硫化エステルの例としては、硫化オレイン酸メチルや硫化米ぬか脂肪酸オクチルなどを挙げることができる。
【0025】
その他、硫黄系極圧剤の具体例としては、その分子内に硫黄原子を有する有機亜鉛化合物、例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(以下、ZnDTPという。)、及び、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛(以下、ZnDTCという。)を挙げることができる。ZnDTP、及び、ZnDTCのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。すなわち、ZnDTPの構造式では、リン原子に対して酸素原子を介して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。また、ZnDTCの構造式では、窒素原子に対して2つのアルキル基が結合しているが、これらのアルキル基は、それぞれ同一でも異なっていてもよい。ZnDTP及びZnDTCのアルキル基は、炭素数3以上のアルキル基又はアリール基が好ましい。
【0026】
硫化オレフィンは、炭素数2〜15のオレフィン又はその2〜4量体を、硫黄、塩化硫黄等の硫化剤と反応させることによって得られる。
【0027】
ポリサルファイド類の具体例としては、ジベンジルポリサルファイド、ジ−tert−ノニルポリサルファイド、ジドデシルポリサルファイド、ジ−tert−ブチルポリサルファイド、ジオクチルポリサルファイド、ジフェニルポリサルファイド、ジシクロヘキシルポリサルファイドなどを挙げることができる。
【0028】
チオカーバメート類の具体例としては、ジンクジチオカーバメート、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネートなどを挙げることができる。
【0029】
硫化鉱油とは、鉱油に単体硫黄を溶解させたものをいう。単体硫黄を溶解させる鉱油は特に制限はないが、例えば、上記基油の説明において例示された鉱油系潤滑油基油を使用することができる。
【0030】
本発明において、上記(a)成分は一種用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、その硫黄含有量は、潤滑油全量基準で、好ましくは0.5重量%以上20重量%以下、より好ましくは、2重量%以上15重量%以下の範囲である。この範囲よりも少なすぎると、潤滑性能を維持できない場合があり、この範囲よりも多すぎると、潤滑性能は向上するが、MAG溶接後の加工物の錆発生量が増加するので好ましくない。
【0031】
(b)防錆剤について
防錆剤の種類は特に限定されるものでなく、具体例としては、Ca,Ba,Naの各スルフォネート及びスルホン酸化合物、酸化ワックスのエステル化合物及びそれらのCa,Ba,Naの各塩のような酸化ワックス化合物、ソルビタンモノオレートのような多価アルコールエステル、ラノリン及びラノリンの金属石鹸、などを挙げることができる。なかでも、Ca系防錆剤やBa系防錆剤が好ましい。本発明においては、上記防錆剤は一種用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。なお、このような防錆剤は、油に溶け易くするため、鉱物油や合成油、エステルなどと混合されているのが一般的である。
防錆剤は、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下の範囲で配合されるのが好ましい。より好ましくは、1重量%以上10重量%以下である。この範囲よりも少なすぎると、MAG溶接後の加工物の防錆性能を維持できない場合があり、この範囲よりも多すぎると、配合量に見合う効果の向上が得られないので好ましくない。
【0032】
(c)カルシウム系添加剤
カルシウム系添加剤の好ましいものとして、カルシウムスルフォネート、カルシウムサリシレート、カルシウムフェネートが挙げられる。特に動粘度、価格の点より、カルシウムスルフォネートが好ましい。より好ましくは、塩基性カルシウムスルフォネートである。更に好ましくは、塩基価が300mgKOH/g以上の塩基性カルシウムスルフォネートである。
【0033】
本発明においては、上記(c)成分は一種用いてもよく、二種以上を組み合わせて用いてもよい。また、そのカルシウム含有量は、潤滑油全量基準で、好ましくは0.1重量%以上15重量%以下、より好ましくは、0.2重量%以上10重量%以下の範囲である。この範囲よりも少なすぎると、潤滑性能を維持できない場合があり、この範囲よりも多すぎると、配合量に見合う効果の向上が得られないので好ましくない。
【0034】
本発明に係る潤滑油は、潤滑油基油に上記(a)〜(c)成分を配合することにより得られるが、金属加工油としての基本的な性能を維持するために、本発明の目的を阻害しない範囲で、各種公知の添加剤を適宜配合することができる。
【0035】
上記各種公知の添加剤としては、酸化防止剤、防食剤、着色剤、消泡剤、香料等が挙げられる。上記酸化防止剤としては、アミン系化合物、フェノール系化合物等を、上記防食剤としては、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、メルカプトベンゾチアゾール等を、必要に応じて適宜添加することができる。上記着色剤としては、染料や顔料等を用いることができる。
【0036】
本発明に係る潤滑油は、40℃における動粘度が50mm/s以上200mm/s以下となるように調製されるのが好ましい。動粘度がこの範囲に調製されることによって、金属材料加工時の潤滑性能や防錆性能に優れるだけでなく、加工物の洗浄時における脱脂性能に優れた潤滑油を実現することができる。動粘度をこのような範囲に調製するためには、例えば、潤滑油基油の種類や動粘度等を適当に調整すればよい。
【0037】
本発明に係る潤滑油は、金属材料の各種プレス加工、例えば、打抜き加工、半抜き加工、曲げ加工、穴あけ加工、バーリング加工、シェービング加工、タップ加工等に対して優れた効果を発揮する。また、本発明に係る潤滑油は、塩素成分を含有しないため、製品や工具の発錆の問題を回避することができる。本発明に係る潤滑油は、被加工材料である金属の種類に限定されることなく用いることができる。例えば、ステンレス鋼、合金鋼、炭素鋼、アルミニウム合金等に対して使用することができる。本発明に係る潤滑油は、引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板に対して特に優れた効果を発揮する。
【0038】
本発明に係る潤滑油を金属材料と工具との間に供給することによって、金属材料の加工精度が向上する。潤滑油の供給方法は特に制限するものではないが、例えば、ローラーによる金属材料表面への塗布、スプレーによる金属材料表面への塗布、などの方法を使用することができる。また、本発明に係る潤滑油を金属材料と工具との間に供給することによって、工具の錆びや損傷を防止することができるので、工具の使用寿命を長くすることができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明に係る金属材料加工用潤滑油の具体的な実施例について説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
まず、以下に示す各種の添加剤成分を用いて、表1、2に示す組成を有する潤滑油(実施例1〜実施例9)を調製した。
【0041】
(a)成分
a1:ポリサルファイド(硫黄含有量:30重量%)
a2:硫化油脂(硫黄含有量:15重量%)
a3:ZnDTP(硫黄含有量:16質量%)
(b)成分
b1:Baスルフォネート化合物
b2:酸化ワックス化合物
b3:Caスルフォネート化合物
b4:ラノリン脂肪酸化合物
b5:スルホン酸化合物
(c)成分
c1:高塩基性Caスルフォネート化合物(カルシウム含有量:15重量%)
(その他の成分)
d1:塩素化パラフィン(塩素含有量:50重量%)
【0042】
【表1】

【0043】
実施例2及び実施例3は、実施例1の基油の配合比率や種類を変更して40℃動粘度を調整したものである。実施例5及び実施例6は、実施例4の基油の配合比率や種類を変更して40℃動粘度を調整したものである。
【0044】
【表2】

【0045】
実施例8及び実施例9は、実施例7の基油の配合比率や種類を変更して40℃動粘度を調整したものである。
【0046】
【表3】

【0047】
比較例1〜3は、市販されている代表的なプレス加工用潤滑油を選定した。
比較例4及び比較例5は、市販されている鋼板用潤滑防錆油、比較例6は鋼板用防錆油を選定した。
【0048】
表1、表2、及び表3は、各実施例及び比較例で使用した潤滑油の組成を重量部で表している。また、「硫黄分(%)」とあるのは、潤滑油全量を基準としたときの、(a)成分に含まれる硫黄分(硫黄原子)の割合(重量%)を示している。「防錆分(%)」とあるのは、潤滑油全量を基準としたときの、(b)成分の割合(重量%)を示している。「カルシウム分(%)」とあるのは、潤滑油全量を基準としたときの、(c)成分に含まれるカルシウム分(カルシウム原子)の割合(重量%)を示している。
【0049】
表1、表2、及び表3に示す組成の潤滑油について、以下の装置・方法を用いて性能評価を行った。
(評価試験装置)
プレス機:FUKUI 500トン順送プレス(生産速度:45spm)
被加工材料1:引張強さ440N/mmの高張力鋼板、板厚:1.0mm
被加工材料2:引張強さ590N/mmの高張力鋼板、板厚:1.8mm
被加工材料3:引張強さ780N/mmの高張力鋼板、板厚:1.2mm
被加工材料4:引張強さ980N/mmの高張力鋼板、板厚:1.0mm
潤滑油の供給方法:樹脂ロールにて被加工材料表面に均一に供給
パンチ材質:SKD11
ダイス材質:SKD11
加工内容:打抜き加工、曲げ加工、穴あけ加工、バーリング加工、タップ加工、を同時工程または単独工程にて行い、合計16工程にて加工物を完成する。
【0050】
(評価方法)
表1、表2、及び表3に示す組成にて調製した潤滑油を、被加工材料の表面に対して樹脂ロールにて均一に供給した後に、自動車用リクライニングシートに用いられる金属製部品をプレス加工にて製作した。そして、加工物の製品精度の測定及び加工後のパンチ及びダイス表面の状態を目視にて観察して評価を行った。この際、製品規格に適合するか否かによって、仕上がり品の合否を判定した。結果を以下の表4に示す(○は合格、×は不合格を示す)。
【0051】
【表4】

【0052】
表4に示す結果を見ればわかるように、実施例1〜実施例9及び比較例1〜3は、加工物の加工精度、及び工具の摩耗状態も良好であった。具体的には、パンチの表面における焼付きや損傷等が全く確認されず、パンチにより打抜きされた穴のせん断面の状態も極めて良好であり、穴の周囲におけるバリやダレが少なく、予定した寸法通りの精密な穴が形成されていた。
これに対して比較例4〜6は、加工物表面のカジリが観察され、製品規格に適合しない不合格の加工物となった。
【0053】
次に、潤滑油が鋼板に付着した状態で、MAG溶接を実施して、表面の防錆性の評価試験を実施した。
(試験方法)
溶接方法:MAG溶接
シールドガス:アルゴン80%+炭酸ガス20%の混合ガスを使用
ワイヤー径:1.0mm及び1.2mm
電流:145A、電圧:16V、速度:60cm/min
トーチ角度:60度、溶接長:40mm、溶接幅:10mm
被加工材料1:SPCC鋼板、板厚:1.2mm
被加工材料2:引張強さ590N/mmの高張力鋼板、板厚:1.8mm
【0054】
(評価方法)
溶接後の鋼板を恒温高湿の試験箱(温度50℃、湿度95%)に960時間収容して発錆状態を観察した。錆発生面積10%未満を○(合格)、錆発生面積10%以上を×(不合格)とした。結果を表5に示す。
【0055】
【表5】

【0056】
実施例1〜9は、錆発生面積がすべて10%未満であり、潤滑油が良好な防錆性能を発揮していることを確認できた。比較例1〜6は、錆発生面積がすべて10%以上であり、潤滑油があまり防錆性能を発揮していないことを確認できた。これは、溶接熱による添加剤の分解などにより、防錆成分による防錆効果が十分発揮できなかった結果と推測される。なお、塩素系添加剤の配合された比較例1は錆が全面に発生している状態であった。
【0057】
次に、潤滑油が鋼板に付着した状態で、潤滑油の脱脂性能を評価するための試験を実施した。
(試験方法)
洗浄液:市販の鉄鋼用表面処理剤(鉄鋼表面の洗浄と同時にリン酸鉄皮膜を形成する表面処理剤)
洗浄液濃度:4%(水道水にて希釈)、洗浄液液温:60℃
被加工材料1:SPCC鋼板、寸法:60×80×1.2mm
被加工材料2:引張強さ590N/mmの高張力鋼板(板厚:1.8mm)の自動車用リクライニングシートの金属部品
【0058】
潤滑油を被加工材料1,2の表面にハケ塗りした後、24時間室内に放置した。つぎに、これらの被加工材料を、濃度4%に調製した洗浄液を撹拌機にて撹拌しながら、その洗浄液の中に180秒間浸漬させた。その後、被加工材料を取り出し、表面の濡れ性を目視にて観察した。表面の濡れ面積が80%以上を○(合格)とし、80%未満を×(不合格)とした。結果を表6に示す。
【0059】
【表6】

【0060】
実施例1〜9の潤滑油を塗布した場合には、鋼板表面の濡れ面積がいずれも80%以上であり、良好な脱脂性があることを確認できた。これに対して、比較例2,3の潤滑油を塗布した場合には、鋼板表面の濡れ面積が80%未満であり、脱脂性が不十分であることを確認できた。
【0061】
以上の結果より、本発明に係る潤滑油は、引張強さ340N/mm以上の高張力鋼板加工用に使用すると非常に優れた性能を発揮することが実証された。また、潤滑油が付着した加工物のMAG溶接後の防錆性能に優れ、脱脂性も極めて良好であることを実証することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油基油に、(a)硫黄系極圧剤と、(b)防錆剤と、(c)カルシウム系添加剤と、を配合してなる金属材料加工用の潤滑油であって、以下の条件、
(a)成分の硫黄含有量が、潤滑油全量基準で、0.5重量%以上20重量%以下である、
(b)成分の含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、
(c)成分のカルシウム含有量が、潤滑油全量基準で、0.1重量%以上15重量%以下である、をすべて満たすことを特徴とする金属材料加工用の潤滑油。
【請求項2】
引張強さ340N/mm2以上の高張力鋼板の加工用に使用される、請求項1に記載の金属材料加工用の潤滑油。
【請求項3】
40℃における動粘度が50mm2 /s以上200mm2 /s以下である、請求項1または請求項2に記載の金属材料加工用の潤滑油。


【公開番号】特開2007−119680(P2007−119680A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−316517(P2005−316517)
【出願日】平成17年10月31日(2005.10.31)
【出願人】(000241500)トヨタ紡織株式会社 (2,945)
【出願人】(000211145)中京化成工業株式会社 (15)
【Fターム(参考)】