説明

金属材用酸洗浄液および金属材の酸洗浄方法

【課題】金属素地の腐食を抑制するとともに、酸洗後の金属材表面の品質を低下させることなく、金属材表面に付着している酸化物皮膜およびスケールの除去速度を速い状態で維持する金属材用酸洗浄液、およびこれを用いる金属材の酸洗浄方法を提供する。
【解決手段】金属材用酸洗浄液は、塩酸(HCl)水溶液に、(A)平均分子量が150〜1500の低分子ポリアミンと、(B)低分子カルボン酸(またはその塩)を含み、更に(C)アセチレンアルコール、(D)ヘキサメチレンテトラミン、(E)ポリエチレングリコールを含むことが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材の表面に付着している酸化物皮膜(錆、熱延ミルスケール等)および熱交換器の伝熱管表面に付着するスケール(金属酸化物と硬度成分との混合物)の除去の際に使用する金属材用酸洗浄液、およびこれらを用いる金属材の酸洗浄方法に関する。
【背景技術】
【0002】
熱間圧延鋼板などの金属の熱延材料、熱処理を施した金属材料表面には、一般にミルスケール等の酸化物皮膜が付着しており、メッキや冷延等の後工程に供するために、この酸化物皮膜を金属材の表面から除去する必要がある。また、発電プラントおよび化学プラントなどのボイラや熱交換器の伝熱管表面には、金属酸化物を主体としその他硬度成分を含んだスケールがプラントの稼働によって生成する。このようなスケールが金属材の表面に付着するとプラントの熱効率を低下させたり伝熱管の異常加熱を引き起こし危険であるので、このスケールを金属材の表面から除去する必要がある。
【0003】
これら金属材の表面に付着している酸化物皮膜および熱交換器の伝熱管表面に付着しているスケールの除去には、塩酸、硫酸、リン酸、スルファミン酸、硝酸、フッ酸のような無機酸、これらの無機酸の混合物、シュウ酸、クエン酸などの有機酸、前記無機酸と有機酸の混合物、およびこれらの水溶液による酸洗浄が広く行われている。
【0004】
これらの酸は酸洗時において酸化物皮膜やスケールを溶解除去するだけでなく金属素地も同時に溶解するので、従来から金属素地腐食の抑制のために腐食抑制剤が使用されている。
【0005】
金属材の表面に強固に付着した酸化物皮膜やスケールは、除去しがたく、これらを酸洗浄で完全に除去するにはかなり長時間の酸洗時間が必要となる。また、金属素地を保護する目的で酸洗浄液に添加されている腐食抑制剤の多くは酸洗速度を遅延させるという欠点があり、さらに酸洗時間が長くなり作業効率の低下をまねいている。このため、腐食抑制剤の性能低下が起きない範囲で酸濃度を高めたり、酸洗浄液の温度を高くして酸化物皮膜を除去する時間を短縮しているのが実状であるが、充分に効果がでていない。このことから、金属素地の腐食を抑制しながら酸洗時間を短縮することは工業的に重要であり強い要請のあるところである。
【0006】
特許文献1には、有機硫黄化合物を酸洗浄液に添加する方法が記載されている。特許文献1記載の酸洗浄液を用いて金属材料を酸洗浄した場合、酸洗後の金属材の表面が黒変して品質の低下を招いたり、酸洗浄液の回収工程においてSOガスが発生し環境に対して悪影響を与える、あるいは回収された酸化鉄中の硫黄濃度が高くなり磁性材料等に使用される際に品質低下の原因となる。
【0007】
特許文献2には、含フッ素系界面活性剤および炭化水素系界面活性剤から成る酸洗促進剤が記載されている。特許文献2記載の酸洗促進剤を酸洗浄液に添加し、その酸洗浄液を用いて金属材料を酸洗浄しても、酸洗の充分な促進効果が認められない。
【0008】
特許文献3には、還元性を有する無機または有機化合物を酸洗浄液に添加する方法が記載されている。アスコルビン酸、ヒドラジン等の有機還元剤を酸洗浄液に添加し、その酸洗浄液を用いて金属材料を酸洗浄しても、酸洗の充分な促進効果が認められない。亜硫酸塩、チオ硫酸塩等の無機還元剤を酸洗浄液に添加し、その酸洗浄液を用いて金属材料を酸洗浄した場合、酸化物皮膜の溶解促進は認められるが、酸洗浄液への添加時あるいは酸洗浄液中に極めて有毒な亜硫酸ガスや硫化水素ガスが発生し作業環境の著しい劣悪化を招き、腐食抑制剤の腐食防止効果を阻害し、さらに酸洗後の金属素地表面の色調低下による品質の低下を起こすという問題点がある。また酸洗浄液から回収された酸化鉄に硫黄が混入し、その品質を低下させるという問題点がある。
【0009】
特許文献4には、金属材料の酸洗工程において、ピロメリット酸、トリメリット酸、フマル酸、マロン酸およびこれらの無水物、ピロメリット酸、トリメリット酸、フマル酸、マロン酸を中和してなる化合物、酸素原子または窒素原子を含む脂環式化合物ならびに窒素原子を含む脂環式化合物を中和してなる化合物から選ばれた少なくとも1種から成る酸洗促進剤を酸洗浄液に添加することが記載されている。しかしながら、酸洗速度を速めると共に、金属素地の腐食を抑制するということについては、必ずしも充分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−33171号公報
【特許文献2】特開昭57−198273号公報
【特許文献3】特開昭47−34122号公報
【特許文献4】特開平11−43792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって本発明の目的は、上記の従来技術の問題を解決し、金属素地の腐食を抑制するとともに、酸洗後の金属材表面の品質を低下させることなく、金属材表面に付着している酸化物皮膜およびスケールの除去速度を速い状態で維持する金属材用酸洗浄液、およびこれを用いる金属材の酸洗浄方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、塩酸水溶液に、(A)平均分子量が150〜1500の低分子ポリアミンと、(B)低分子カルボン酸(またはその塩)とを含んでなる金属材用酸洗浄液である。
【0013】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記低分子ポリアミンが、下記式(1)〜(11)、尿素(ユリア)樹脂、およびポリアミド樹脂から選択される1種または2種以上である。
【0014】
【化1】

[式(1)中、nは1〜7の整数である。]
【0015】
【化2】

[式(2)中、nは1〜7の整数である。]
【0016】
【化3】

[式(3)中、nは1〜8の整数である。]
【0017】
【化4】

[式(4)中、nは1〜17の整数である。またR、R’およびR”は、炭素数が1〜3のアルキル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。]
【0018】
【化5】

またR’、R”およびR”’は、HまたはCHであり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。またnは1〜16の整数である。]
【0019】
【化6】

[式(6)中、nは3〜51の整数である。またRは、炭素数1〜3のアルキル基である。]
【0020】
【化7】

またnは2〜26の整数である。]
【0021】
【化8】

[式(8)中、nは1〜8の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0022】
【化9】

[式(9)中、nは1〜12の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0023】
【化10】

[式(10)中、nは1〜12の整数である。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0024】
【化11】

[式(11)中、R、R、およびRは、Hまたは炭素数1〜3のアルキル基、−(CHCHNH)H、−(CHCHNH)CO(CHCHNH)H、−(CHCHNHCOCHCHNH)H、−(CHCHNHH、−(CHCHCHNHH、−(CHNHCHH、−(CHNHCHCHH、−(CHCHNHCHO)H、−(CHCHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHH、−(CHNHCHOCHCHH、−(CHCHNH(CHNHCHH、−(CHCHNH(CHCHNHCHO)H、−(CHCHNHCHO)(CHCHNHH、−(CHCHCHNH(CHNHCHCHH、−(CHNHCH(CHCHNHH、−(CHNHCHCH(CHCHCHNHH、−(CHCHNHCHO)(CHNHCHOCHH、−(CHCHCHNHCHO)(CHNHCHOCHCHH、−(CHNHCHOCH(CHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHCH(CHCHCHNHCHO)H、
【化12】

のうちのいずれかである。またR、R、およびRのうち1つまたは2つはHであってもよい。またmおよびnは、1〜31の整数である。]
【0025】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記低分子カルボン酸が、蟻酸、酢酸、プロパギル酸、プロピオン酸、グリオキシル酸、グリコール酸、クロトン酸、イソ酪酸、ピルビン酸、シュウ酸、乳酸、マロン酸、ヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、マレイン酸、コハク酸、タルトロン酸、シトラコン酸、イタコン酸、グルタル酸、リンゴ酸、ジグリコール酸、シトラマル酸、酒石酸およびそれらの塩から選択される1種または2種以上である。
【0026】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、さらに(C)アセチレンアルコールを含んでなる。
また本発明の金属材用酸洗浄液は、さらに(D)ヘキサメチレンテトラミンを含んでなる。
【0027】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、さらに(E)ポリエチレングリコールを含んでなる。
【0028】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(A)成分を5〜5000mg含有することを特徴とする。
【0029】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(B)成分を5〜10000mg含有することを特徴とする。
【0030】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(C)成分を1〜100mg含有することを特徴とする。
【0031】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(D)成分を50〜500mg含有することを特徴とする。
【0032】
また本発明の金属材用酸洗浄液は、前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(E)成分を1〜100mg含有することを特徴とする。
【0033】
また本発明は、金属材の酸洗浄時に、前記の金属材用酸洗浄液を用いることを特徴とする金属材の酸洗浄方法である。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、金属素地の腐食を抑制するとともに、酸洗後の金属材表面の品質の低下を抑制し、金属材表面に付着している酸化物皮膜およびスケールの除去速度を速い状態で維持する金属材用酸洗浄液、およびこれを用いる金属材の酸洗浄方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明は、塩酸(HCl)水溶液に、(A)平均分子量が150〜1500の低分子ポリアミンと、(B)低分子カルボン酸(またはその塩)を含むことを特徴とする金属材用酸洗浄液である。
【0036】
低分子ポリアミンと低分子カルボン酸(またはその塩)を含むHCl水溶液からなる金属材用酸洗浄液を用いて、金属材料、特に鋼材料を酸洗浄した場合、金属素地の腐食を抑制し、酸洗後の金属材表面の品質の低下を抑制し、金属材表面に付着している酸化物皮膜およびスケールの除去速度を速い状態で維持することができる。この理由については明らかではないが、以下のように推定できる。
【0037】
鋼材の表面は、酸化物である酸化鉄(FeO、Feなど)の皮膜で覆われ、その表面はプラスに帯電している。HCl水溶液中では、Clがこの酸化鉄皮膜の表面に吸着し、その上にHが位置している。この場合、アノード反応(Fe → Fen+ + ne)、およびカソード反応(O + 2H + 2e → HO)により、酸化鉄皮膜はHCl水溶液中に溶解し除去される。
【0038】
このような反応場にポリアミンが存在すると、HはポリアミンのNで置き換わるため、カソード反応が阻害され、結果として酸化鉄皮膜の除去速度は著しく低下され、酸洗速度が大きく減少する。ポリアミンの分子量が高いほど、ポリアミンが隙間なく酸化鉄皮膜全体を覆う確率が高くなるため、よりカソード反応が阻害され酸洗速度も遅くなる。したがって、分子量の低い低分子ポリアミンを使用することで酸洗速度を上げることができるが、さらに分子量の低い低分子カルボン酸(またはその塩)と組み合わせることにより、さらに酸洗速度を向上することができる。これは低分子カルボン酸が酸化鉄皮膜に吸着しやすく、またポリアミンも低分子カルボン酸に吸着しやすく、このためポリアミンが直接Clに吸着するのが防止されるためである。すなわち、ポリアミンは低分子カルボン酸に吸着し、また低分子カルボン酸は隙間の多い形で鋼材表面の酸化鉄皮膜に吸着するので、Hの供給が阻害されることが少なく、カソード反応は阻害されにくくなり、酸洗速度を向上することができると考えられる。
【0039】
一方、酸化鉄皮膜が除去された後は、金属素地である金属鉄の表面が露出するが、その表面はマイナスに帯電しており、吸着しやすいポリアミンが直ちに吸着するので、金属鉄の腐食を抑制することができると考えられる。
【0040】
金属材用酸洗浄液に含まれる低分子ポリアミンとしては、下記式(1)〜(11)で示されるポリアミン、尿素(ユリア)樹脂、およびポリアミド樹脂を挙げることができる。
【0041】
ここで、式(1)〜(11)中のnの値は1以上の整数(n=1の場合も本発明のポリアミンに含めるものとする。)であって、平均分子量が150以上である場合の最小のn値を下限とし、上限のn値は、平均分子量が1500を超えない最大の整数である。
【0042】
ポリアミンの平均分子量が150未満であると、酸化物(酸化鉄)皮膜除去後の金属素地(金属鉄)の腐食抑制が充分でなく、平均分子量が1500を超えると酸化物(酸化鉄)皮膜除去の酸洗速度が遅くなるため好ましくない。
【0043】
なお、ポリアミンの平均分子量は重量平均分子量であり、光散乱法、沈降速度法などによって測定することができる。
【0044】
【化13】

[式(1)中、nは1〜7の整数である。]
【0045】
このような式(1)で示されるポリアミンとして、たとえばメタキシレンジアミンとエピクロロヒドリンの重縮合物を挙げることができる。
【0046】
【化14】

[式(2)中、nは1〜7の整数である。]
【0047】
このような式(2)で示されるポリアミンとして、たとえばジシアンジアミドとホルマリンの重縮合物を挙げることができる。
【0048】
【化15】

[式(3)中、nは1〜8の整数である。]
【0049】
このような式(3)で示されるポリアミンとして、たとえばジシアンジアミドとポリアミンの重縮合物を挙げることができる。
【0050】
【化16】

[式(4)中、nは1〜17の整数である。またR、R’およびR”は、炭素数が1〜3のアルキル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。]
【0051】
このような式(4)で示されるポリアミンとして、たとえばポリエチレンイミンを挙げることができる。
【0052】
【化17】

またR’、R”およびR”’は、HまたはCHであり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。またnは1〜16の整数である。]
【0053】
このような式(5)で示されるポリアミンとして、たとえばポリビニルカチオン樹脂を挙げることができる。
【0054】
【化18】

[式(6)中、nは3〜51の整数である。またRは、炭素数1〜3のアルキル基である。]
【0055】
このような式(6)で示されるポリアミンとして、たとえばポリアルキレンポリアミン(テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン)を挙げることができる。
【0056】
【化19】

またnは2〜26の整数である。]
【0057】
このような式(7)で示されるポリアミンとして、たとえばポリビニルピリジン、ポリアリルアミンを挙げることができる。
【0058】
【化20】

[式(8)中、nは1〜8の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0059】
このような式(8)で示されるポリアミンとして、ジアリルアミン塩・SO2共重合体を挙げることができる。
【0060】
【化21】

[式(9)中、nは1〜12の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0061】
このような式(9)で示されるポリアミンとして、ジアリルアミン塩重合体を挙げることができる。
【0062】
【化22】

[式(10)中、nは1〜12の整数である。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【0063】
このような式(10)で示されるポリアミンとして、たとえばエピクロロヒドリン・ジメチルトリアミン付加重合物を挙げることができる。
【0064】
【化23】

[式(11)中、R、R、およびRは、Hまたは炭素数1〜3のアルキル基、−(CHCHNH)H、−(CHCHNH)CO(CHCHNH)H、−(CHCHNHCOCHCHNH)H、−(CHCHNHH、−(CHCHCHNHH、−(CHNHCHH、−(CHNHCHCHH、−(CHCHNHCHO)H、−(CHCHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHH、−(CHNHCHOCHCHH、−(CHCHNH(CHNHCHH、−(CHCHNH(CHCHNHCHO)H、−(CHCHNHCHO)(CHCHNHH、−(CHCHCHNH(CHNHCHCHH、−(CHNHCH(CHCHNHH、−(CHNHCHCH(CHCHCHNHH、−(CHCHNHCHO)(CHNHCHOCHH、−(CHCHCHNHCHO)(CHNHCHOCHCHH、−(CHNHCHOCH(CHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHCH(CHCHCHNHCHO)H、
【化24】

のうちのいずれかである。またR、R、およびRのうち1つまたは2つはHであってもよい。またmおよびnは、1〜31の整数である。]
【0065】
このような式(11)で示されるポリアミンとして、たとえばメラミン骨格を有するポリアミンを挙げることができる。
【0066】
また、尿素(ユリア)樹脂からなるポリアミンとして、たとえば尿素(ユリア)とアルデヒド類の重縮合物を挙げることができる。
【0067】
また、ポリアミド樹脂からなるポリアミンとして、たとえば環状ラクタム(−CO−NH−)の開環重合物、ω−アミノカルボン酸の重縮合物、ジアミン(HN−R−NH)と二塩基酸(HOOC−R’−COOH)との重縮合物を挙げることができる。
【0068】
これら式(1)〜(11)で示されるポリアミン、尿素(ユリア)樹脂、およびポリアミド樹脂のうち、好ましいのは、式(1)、(4)、(8)で示されるポリアミンであり、さらには、式(1)中のnがn=1、式(4)中のnがn=7以下であるものが特に好ましい。
【0069】
低分子ポリアミンの添加量は、塩酸水溶液1L(リットル)に対し、5〜5000mgであり、好ましくは、10〜1000mgである。添加量が5mg未満では、金属素地の腐食抑制効果が充分でなく、5000mgを超えると酸洗速度が遅くなるので好ましくない。なお、塩酸水溶液中のHCl濃度は、通常1〜20%である。
【0070】
次いで、金属材用酸洗浄液に、低分子ポリアミンと併用して含まれる低分子カルボン酸としては、分子量40〜150のカルボン酸が好ましく、蟻酸、酢酸、プロパギル酸、プロピオン酸、グリオキシル酸、グリコール酸、クロトン酸、イソ酪酸、ピルビン酸、シュウ酸、乳酸、マロン酸、ヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、マレイン酸、コハク酸、タルトロン酸、シトラコン酸、イタコン酸、グルタル酸、リンゴ酸、ジグリコール酸、シトラマル酸、酒石酸などを例示することができる。好ましくは、分子量が46〜134、さらには、蟻酸、酢酸、プロパギル酸、プロピオン酸、グリオキシル酸、グリコール酸、クロトン酸、イソ酪酸、ピルビン酸、乳酸、グリセリン酸、マレイン酸、タルトロン酸、シトラコン酸、イタコン酸、リンゴ酸、ジグリコール酸が好ましい。また、これら低分子カルボン酸の2種以上を使用することもできる。
【0071】
低分子カルボン酸の添加量は、塩酸水溶液1L(リットル)に対し、5〜10000mgであり、好ましくは、10〜5000mgである。添加量が5mg未満では、酸洗速度を阻害しない効果が充分でなく、10000mgを超えても酸洗速度は飽和し、また多いと廃水処理等の他の面に悪影響が出るため好ましくない。
【0072】
金属材用酸洗浄液には、低分子ポリアミンおよび低分子カルボン酸に加えて、さらにアセチレンアルコールを含むことができる。これにより、金属素地の腐食抑制性能および白色度が向上する。アセチレンアルコールの添加量は、塩酸水溶液1L(リットル)に対し、1〜100mgが好ましい。
【0073】
またさらに、金属材用酸洗浄液にはヘキサメチレンテトラミンを含むことができる。これにより、金属素地の腐食抑制性能および白色度が向上する。ヘキサメチレンテトラミンの添加量は、塩酸水溶液1L(リットル)に対し、50〜500mgが好ましい。
【0074】
またさらに、金属材用酸洗浄液にはポリエチレングリコールを含むことができる。これにより、金属素地の腐食抑制性能および白色度が向上する。ポリエチレングリコールの添加量は、塩酸水溶液1L(リットル)に対し、1〜100mgが好ましい。
【実施例】
【0075】
以下、実施例により、本発明の実施の態様を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0076】
なお、評価については以下のようにして行った。
<酸洗効果の評価>
水溶液1L(リットル)中に100gの塩酸と、第一鉄イオン50gを含む塩酸水溶液を調製した。この酸洗浄液を85℃まで加温した後、ミルスケール付きの熱間圧延鋼板を浸漬し、表面のミルスケール、錆の除去時間を測定した。この除去時間を基準にして、以下のように酸洗効果の評価を行った。
◎:基準時間に対し酸洗時間の延長は5%未満
○:基準時間に対し酸洗時間の延長は5%以上10%未満
△:基準時間に対し酸洗時間の延長は10%以上15%未満
×:基準時間に対し酸洗時間の延長は15%以上
【0077】
<腐食抑制効果の評価>
水溶液1L(リットル)中に100gの塩酸と、第一鉄イオン50gを含む塩酸水溶液を調製した。この酸洗浄液を85℃まで加温した後、ミルスケール、錆を除去した熱間圧延鋼板を5分間浸漬し、腐食量を求めた。この腐食量を基準にして、以下のように腐食抑制効果の評価を行った。
◎:基準腐食量に対し85%以上腐食量減少
○:基準腐食量に対し80%以上85未満腐食量減少
△:基準腐食量に対し75%以上80未満腐食量減少
×:基準腐食量に対し75%未満腐食量減少
【0078】
<白色度の評価>
酸洗後の鋼板表面の白色度を、分光測色計(CM−508c、ミノルタ株式会社製)により測定した。
【0079】
[ポリアミンの添加量の影響]
以下に示す実施例1〜7、および比較例1,2により、酸洗浄液におけるポリアミンの添加量の影響を評価した。評価結果は表1に示す。
【0080】
(実施例1)
水溶液1L(リットル)中に100gの塩酸と、第一鉄イオン50gを含む塩酸水溶液を調製した。次いで、この塩酸水溶液に、式(1)で示される低分子ポリアミン(n=1)を100mgと、低分子カルボン酸として酢酸を1000mg添加し、酸洗浄液を調製した。この酸洗浄液を85℃まで加温した後、ミルスケール付きの熱間圧延鋼板を浸漬し、表面のミルスケール、錆の除去時間を測定した。また、ミルスケール、錆を除去した熱間圧延鋼板を同じ酸洗浄液に5分間浸漬し、腐食量を求めた。評価は上記評価に従った。
【0081】
(比較例1)
低分子ポリアミンおよび低分子カルボン酸を加えず、実施例1で準備した塩酸水溶液をそのまま酸洗浄液とした。実施例1で得た酸洗浄液に代えて、上記で得た酸洗浄液を用いた以外は実施例1と同様に操作した。すなわち、比較例1の評価結果は、酸洗効果の評価における除去時間の基準、腐食抑制効果の評価における腐食量の基準となる。
【0082】
(実施例2〜7)、(比較例2)
式(1)で示される低分子ポリアミン(n=1)の添加量を、それぞれ酸洗浄液における濃度が0〜5000mg/Lになるように添加した以外は実施例1と同様に操作した。
【0083】
【表1】

【0084】
[低分子カルボン酸の添加量の影響]
上記の実施例1、比較例1、および、以下に示す実施例8〜14、比較例3により、酸洗浄液における低分子カルボン酸の添加量の影響を評価した。評価結果は表2に示す。
【0085】
(実施例8〜14)、(比較例3)
低分子カルボン酸の添加量を、それぞれ酸洗浄液における濃度が0〜10000mg/Lになるように添加した以外は実施例1と同様に操作した。
【0086】
【表2】

【0087】
[低分子ポリアミンの種類の影響]
上記の実施例1、比較例1、および、以下に示す実施例15〜20、比較例4〜6により、酸洗浄液における低分子ポリアミンの種類の影響を評価した。評価結果は表3に示す。
【0088】
(実施例15〜20)、(比較例4〜6)
式(1)で示される低分子ポリアミン(n=1)に代えて、式(4)、式(5)、式(8)で示されるポリアミンを、それぞれ酸洗浄液における濃度が100mg/L(実施例18については1000mg/L)になるように添加した以外は実施例1と同様に操作した。
【0089】
【表3】

【0090】
[低分子カルボン酸の種類の影響]
上記の実施例1、比較例1、および、以下に示す実施例21〜43により、酸洗浄液における低分子カルボン酸の種類の影響を評価した。評価結果は表4に示す。
【0091】
(実施例21〜43)
低分子カルボン酸として酢酸に代えて、蟻酸、プロパギル酸、プロピオン酸、グリオキシル酸、グリコール酸、クロトン酸、イソ酪酸、ピルビン酸、シュウ酸、乳酸、マロン酸、ヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、マレイン酸、コハク酸、タルトロン酸、シトラコン酸、イタコン酸、グルタル酸、リンゴ酸、ジグリコール酸、シトラマル酸、酒石酸を、それぞれ酸洗浄液における濃度が1000mg/Lになるように添加した以外は実施例1と同様に操作した。
【0092】
【表4】

【0093】
[その他の化合物の添加の影響]
上記の実施例1、比較例1、および、以下に示す実施例44〜46により、酸洗浄液における、その他の化合物の添加の影響を評価した。評価結果は表5に示す。
【0094】
(実施例44〜46)
実施例1と同様に調製した酸洗浄液に、アセチレンアルコール25mgを添加して実施例44とし、ヘキサメチレンテトラミン100mgを添加して実施例45とし、ポリエチレングリコール15mgを添加して実施例46とした。
【0095】
【表5】

【0096】
これらの実施例1〜46と比較例1〜6との評価結果から明らかなように、本発明の金属材用酸洗浄液は、金属材の酸洗速度を阻害せず、腐食抑制効果に優れる。
【0097】
以上のように、本発明による金属材用酸洗浄液、および金属材の酸洗浄方法は、金属材の酸洗速度を遅延させることなく腐食抑制にも優れ、金属材の品質を低下させることはない。その産業上の効果は非常に大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩酸水溶液に、(A)平均分子量が150〜1500の低分子ポリアミンと、(B)低分子カルボン酸(またはその塩)とを含んでなる金属材用酸洗浄液。
【請求項2】
前記低分子ポリアミンが、下記式(1)〜(11)、尿素(ユリア)樹脂、およびポリアミド樹脂から選択される1種または2種以上である請求項1に記載の金属材用酸洗浄液。
【化25】

[式(1)中、nは1〜7の整数である。]
【化26】

[式(2)中、nは1〜7の整数である。]
【化27】

[式(3)中、nは1〜8の整数である。]
【化28】

[式(4)中、nは1〜17の整数である。またR、R’およびR”は、炭素数が1〜3のアルキル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。]
【化29】

またR’、R”およびR”’は、HまたはCHであり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。またnは1〜16の整数である。]
【化30】

[式(6)中、nは3〜51の整数である。またRは、炭素数1〜3のアルキル基である。]
【化31】

またnは2〜26の整数である。]
【化32】

[式(8)中、nは1〜8の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【化33】

[式(9)中、nは1〜12の整数である。またRは、Hまたはメチル基であり、それぞれ同一であってもよく、異なっていてもよい。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【化34】

[式(10)中、nは1〜12の整数である。またXは、F、Cl、BrまたはIである。]
【化35】

[式(11)中、R、R、およびRは、Hまたは炭素数1〜3のアルキル基、−(CHCHNH)H、−(CHCHNH)CO(CHCHNH)H、−(CHCHNHCOCHCHNH)H、−(CHCHNHH、−(CHCHCHNHH、−(CHNHCHH、−(CHNHCHCHH、−(CHCHNHCHO)H、−(CHCHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHH、−(CHNHCHOCHCHH、−(CHCHNH(CHNHCHH、−(CHCHNH(CHCHNHCHO)H、−(CHCHNHCHO)(CHCHNHH、−(CHCHCHNH(CHNHCHCHH、−(CHNHCH(CHCHNHH、−(CHNHCHCH(CHCHCHNHH、−(CHCHNHCHO)(CHNHCHOCHH、−(CHCHCHNHCHO)(CHNHCHOCHCHH、−(CHNHCHOCH(CHCHNHCHO)H、−(CHNHCHOCHCH(CHCHCHNHCHO)H、
【化36】

のうちのいずれかである。またR、R、およびRのうち1つまたは2つはHであってもよい。またmおよびnは、1〜31の整数である。]
【請求項3】
前記低分子カルボン酸が、蟻酸、酢酸、プロパギル酸、プロピオン酸、グリオキシル酸、グリコール酸、クロトン酸、イソ酪酸、ピルビン酸、シュウ酸、乳酸、マロン酸、ヒドロキシ酪酸、グリセリン酸、マレイン酸、コハク酸、タルトロン酸、シトラコン酸、イタコン酸、グルタル酸、リンゴ酸、ジグリコール酸、シトラマル酸、酒石酸およびそれらの塩から選択される1種または2種以上である請求項1または2に記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項4】
さらに(C)アセチレンアルコールを含んでなる請求項1〜3のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項5】
さらに(D)ヘキサメチレンテトラミンを含んでなる請求項1〜4のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項6】
さらに(E)ポリエチレングリコールを含んでなる請求項1〜5のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項7】
前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(A)成分を5〜5000mg含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項8】
前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(B)成分を5〜10000mg含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項9】
前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(C)成分を1〜100mg含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項10】
前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(D)成分を50〜500mg含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項11】
前記塩酸水溶液1Lに対し、前記(E)成分を1〜100mg含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液。
【請求項12】
金属材の酸洗浄時に、請求項1〜11のいずれか1つに記載の金属材用酸洗浄液を用いることを特徴とする金属材の酸洗浄方法。

【公開番号】特開2011−252220(P2011−252220A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128348(P2010−128348)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(000213840)朝日化学工業株式会社 (47)
【Fターム(参考)】