説明

鉛蓄電池

【構成】 液式の鉛蓄電池は、Pb-Ca-Sn系合金の圧延シートをエキスパンド加工または打ち抜き加工した負極格子に負極活物質を充填した負極板と、正極板と、電解液と、複数の負極板の耳部が溶接されたPb-Sb系合金の負極ストラップと、正極ストラップとを備えている。複数の負極板の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1との比L2/L1を0.22以上0.34以下とする。
【効果】 PSOC下での負極格子の耳痩せを抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は鉛蓄電池に関し、特に負極格子の耳部とストラップとの接続に関する。
【背景技術】
【0002】
鉛蓄電池の負極格子には主としてPb-Ca-Sn系合金が用いられている。また、一般に液式鉛蓄電池ではPb-Sb系合金の負極ストラップが用いられている。このような構成の鉛蓄電池においてアイドリングストップ車のように、鉛蓄電池を充電不足の状態(PSOC)で使用すると、負極格子の耳部が痩せて寿命に到ることが知られている。従って、負極格子の耳痩せを防止ないしは抑制することは、PSOC下で使用する鉛蓄電池にとっての重要な課題である。
負極格子の耳痩せについて特許文献1(WO2010/032782)は、
・ 負極格子の耳部が充放電に伴い特定の酸化還元電位を経験することが、耳痩せを促進していると示唆すると共に、
・ 負極格子の耳部の表面にPb-Snの合金層を形成することを開示している。
同様に特許文献2(JP2007-018812A)も、負極格子の耳部にPb-Snの表面層を設けることを開示している。さらに特許文献3(JP2008-140645A)は、負極ストラップをPb-Sb系合金ではなく、Pb-Sn合金等で構成することを開示している。また特許文献4(JP2006-185678A)は、電解液にAl3+イオンを含有させることにより負極活物質のサルフェーションを防止すると共に、負極格子中のSn含有量を増すことにより負極格子の耳痩せを防止することを開示している。
【0003】
しかしながらPb-Snの表面層は減液量をわずかに増加させ、Sbを含まないストラップは充電受入性を低下させる、等の問題がある。このため、これらとは別の手法で負極格子の耳痩せを抑制する必要がある。また、電解液中のAl3+イオンは高率放電性能を低下させる問題がある。なお負極格子の耳痩せは、鋳造格子ではなく、圧延組織からなるエキスパンド格子もしくは打ち抜き格子で著しい(特許文献3)。また、制御弁式鉛蓄電池においては、一般にPb-Sb系合金のストラップは用いられていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2010/032782
【特許文献2】JP2007-018812A
【特許文献3】JP2008-140645A
【特許文献4】JP2006-185678A
【特許文献5】JP2001-351599A
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明の課題は、負極格子の耳痩せを抑制するための新規な構成を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、Pb-Ca-Sn系合金の圧延シートをエキスパンド加工または打ち抜き加工した負極格子に負極活物質を充填した負極板と、正極板と、電解液と、複数の負極板の耳部が溶接された負極ストラップと、正極ストラップとを備えた液式の鉛蓄電池において、複数の負極板の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1との比L2/L1が0.22以上0.34以下であることを特徴とする。
【0007】
鉛蓄電池の負極格子の耳痩せは、負極格子の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1との比L2/L1により、大きな影響を受ける。例えば表1の電池A3,A4はこの比以外は全く同じものであるが、この比が0.21の電池A3と0.22の電池A4とではアイドリングストップ寿命が約40%異なる。同様に電池A15とA16は、L2/L1の比が0.21か0.22かの違いしかないが、アイドリングストップ寿命は約50%異なっている。電池B11とB12でも、また電池C12とC13とでも、この比を0.21から0.22以上に増すとアイドリングストップ寿命は著しく増加する。
【0008】
Pb-Sb系合金の負極ストラップは、Sbの水素過電圧が低いため、充電時に水素が発生しやすいことが知られている。そして負極格子の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1との比L2/L1が0.22以上になると負極格子の耳痩せが抑制される機構は、電解液と接しているストラップの割合を減少することで、充電時の水素の発生による負極ストラップへの電流集中を抑制することにより、負極格子の耳部へ還元電流を充分に供給すると共に、還元側での電位を耳痩せが起こりにくい範囲に保つことにあると推定できる。
【0009】
一方、L2/L1の比が0.34を越えると、ストラップと耳部を溶接する際に耳部が外れる現象が生じる。例えばL2/L1の比が0.34を越える表1の電池A13とA14、表2の電池B10、表3の電池C11で負極格子の耳部がストラップから外れる現象が生じており、L2/L1の比が0.34の電池A8(表1)、電池B6(表2)、電池C10(表3)では、耳部が外れる現象が見られない。L2/L1の比が0.34を越えると溶接時の湯回りの悪化等により溶接状態が悪化するものと推定できる。以上のように、この発明では負極格子の耳部表面のPb-Sn合金層等に依らずに、負極格子の耳痩せを抑制できる。
【0010】
好ましくは負極格子の耳部の個々の厚さは0.7mm以上1.2mm以下で、特に好ましくは0.7mm以上で1.1mm以下である。耳部の厚さが0.7mm未満の電池(表1の電池A19、表2の電池B15、表3の電池C16)では、L2/L1の比が類似の他の電池に比べ、アイドリングストップ寿命はやや短い。また負極格子の耳部の厚さが1.2mmを越えてもアイドリングストップ寿命はそれ以上向上せず(表1の電池A8、表2の電池B6、表3の電池C6)、さらに耳部の厚さが1.2mmを越えると格子の加工が難しくなる。さらに耳部の厚さを1.1mmから1.2mmまで増しても寿命は向上しない(表1の電池A6,A7、表2の電池B4,B5、表3の電池C9,C10)ので、耳部の厚さは1.1mm以下が特に好ましい。この発明の鉛蓄電池は負極格子の耳痩せが少ないので、アイドリングストップ車に特に適している。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例での負極格子の耳部と負極ストラップとを模式的に示す図
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本願発明の最適実施例を示す。本願発明の実施に際しては、当業者の常識及び先行技術の開示に従い、実施例を適宜に変更できる。
【実施例】
【0013】
Pb-0.07質量%Ca-0.5質量%SnのPb-Ca-Sn系圧延合金シートから、ロータリーエキスパンド法により、耳部と上縁と下縁と格子本体とを有する負極格子を作製した。Pb-Ca-Sn系圧延合金中のCa濃度は例えば0.05質量%以上で0.1質量%以下とし、Sn濃度は例えば0.3質量%以上で1.0質量%以下とし、他にAl,Ag等の添加物あるいはその他の不純物を含んでいても良い。合金シートの厚さを変えることにより、負極格子の耳部の厚さを0.6mmから1.3mmの範囲で変化させたが、1.3mmの厚さではエキスパンド加工が困難なため作業性が低下した。
【0014】
ボールミル法の鉛粉100質量%とカーボンブラック0.3質量%、リグニン0.2質量%、硫酸バリウム0.6質量%及びバインダーの合成樹脂繊維0.1質量%を含有する粉体を、11質量%の水と20℃で比重1.40の希硫酸7質量%とでペースト化し、負極格子に充填した後、熟成と乾燥とを行い、未化成の負極板とした。ボールミル法かバートン法か等の鉛粉の種類と、含有物の種類と量、水と希硫酸の量等は任意である。なお、負極板1枚当たりのペースト量は任意であるが、実施例では1セルに含まれる負極板の枚数によって変更し、1セルあたりのペースト量は電池サイズごとに一定量とした。1セルあたりのペースト量も任意であるが、実施例では38B20形の電池で360g、34B19形の電池で340g、55D23形の電池で550gとした。
【0015】
Pb-0.07質量%Ca-1.5質量%SnのPb-Ca-Sn系圧延合金シートから、ロータリーエキスパンド法により、耳部と上縁と下縁と格子本体とを有する正極格子を作製した。ボールミル法の鉛粉100質量%とバインダーの合成樹脂繊維0.1質量%を含有する粉体を、13質量%の水と比重1.40の希硫酸6質量%とでペースト化し、正極格子に充填した後、熟成と乾燥とを行い、未化成の正極板とした。正極格子の厚さは一定で、正極格子の耳部の厚さは1.0mmとした。正極活物質の組成と製造方法は任意である。なお、正極板1枚当たりのペースト量は任意であるが、実施例では1セルに含まれる正極板の枚数によって変更し、1セルあたりのペースト量は電池サイズごとに一定量とした。1セルあたりのペースト量も任意であるが、実施例では38B20形の電池で370g、34B19形の電池で340g、55D23形の電池で580gとした。
【0016】
負極板を微孔性のポリエチレンシートから成るセパレータで包み、JIS D 5301に規定される38B20形、34B19形、55D23形の表1〜表3に示す鉛蓄電池を組み立てた。複数枚の負極板の格子耳部をPb-2.8質量%Sbの合金から成る溶湯(湯温は約470℃)に浸し、特許文献5(JP2001-351599A)に従って、COS法により負極ストラップを形成するとともに負極格子の耳部をストラップに溶接し、負極エレメントとした。負極ストラップは負極のポール及びセル間接続導体の一部を備えていても良い。また負極ストラップ中でのSb濃度は例えば2質量%以上5質量%以下とし、PbとSbの他に、Sn,As,Ag,Se等の添加物及びその他の不純物を含んでいても良い。なお、Pbと比較したSbの水素過電圧は非常に小さく、負極ストラップ中でのSb濃度が0.5質量%以上5質量%以下の範囲においては、負極格子の耳痩せは同等であった。溶湯の温度は420℃以上520℃以下とし、420℃未満では耳部とストラップとの間にボイドが生じ、520℃を越えると耳部が溶解して細ってしまう。負極格子の耳部のストラップへの溶接状態を検査し、エレメント100個当たりの不良個数を測定した。同様に複数枚の正極板をCOS法によりPb-Sb系合金から成る正極ストラップに溶接し、正極エレメントとした。負極エレメントと正極エレメントとを電槽に収納し、定法に従い、セル間接続導体によりストラップ間を接続すると共に、蓋を電槽に溶着し、ポールを端子に接続し、電槽化成を施した。
【0017】
図1に負極ストラップ2(以下、単にストラップ2)と負極格子の耳部4(以下、単に耳部4)との接続を模式的に示し、耳部4は上端がストラップ2に埋め込まれるように溶接され、下端は負極格子の上縁6と一体になっている。またストラップ2にはセル間接続導体の一部8、あるいはポール等を設けても良い。ストラップ2の全長をL1、個々の耳部4の厚さをmとし、負極格子の枚数nと厚さmとの積nmが負極格子の耳部の合計厚さL2である。耳部4,4間の隙間の幅をa、端の耳部4とストラップ2の端部との間隔をbとし、bは例えば3mmとしたが、2mm等としても同様の結果が得られた。
【0018】
電槽化成後の鉛蓄電池に対し、鉛蓄電池の種類毎にJIS D 5301:2006に規定の5時間率容量を測定すると共に、各種類の電池を3個ずつ用いてSBA S 0101:2006の9.4.5に規定のアイドリングストップ寿命試験を行った。試験後の電池を解体し、アイドリングストップ寿命試験での寿命を定める要因が、L2/L1の比が0.22未満の電池においては負極格子の耳痩せであることを確認した。一方、L2/L1の比が0.22以上の電池においては負極格子の耳痩せではなく、正極活物質の軟化であることを確認した。結果を平均値で表1〜表3に示し、電池の形式毎に表を作成した。
【0019】
【表1】

【0020】
【表2】

【0021】
【表3】

【0022】
表1〜表3から、アイドリングストップ寿命に最も大きな影響を与えるのはL2/L1の値であることが分かり、この比が0.18と0.21(表1の電池A1,A3)、0.17と0.21(表2の電池B1,B2)及び0.18と0.20(表3の電池C1,C2)の何れでも、低いアイドリングストップ寿命しか得られなかった。これに対してこの比を0.22以上とすると、0.22未満の場合に比べ、アイドリングストップ寿命は数十%程度向上した。さらに負極エレメントの構成が同じでも、L2/L1の比を0.22以上か0.22未満かに変化させるとアイドリングストップ寿命が変化した(例えば表1の電池A3,A4、電池A15,A16、表2の電池B11,B12、表3の電池C12,C13)。L2/L1の値を増すとアイドリングストップ寿命は増加する傾向にあるが、アイドリングストップ寿命の決定的な違いはL2/L1の比が0.22を境に生じる。
【0023】
L2/L1の比がアイドリングストップ寿命に影響するのは、ストラップの電解液と接している部分での、充電時の水素発生電流を小さくすることによるものと推定できる。この電流は充電時に耳部に充分な還元電流が流れることを妨げ、耳部の電位が充分に下がることを妨げることにより、耳部の硫酸鉛が金属鉛まで充分に還元されることを妨げ、耳部の腐食を促進するものと推定できる。そしてL2/L1の比が0.22を境として、充電時に耳部の電位が腐食を促進しやすい電位とそうでない電位との間で変化するものと推定できる。
【0024】
L2/L1の値を増すと溶接時にPb-Sb系合金の湯回りが妨げられ、溶接性が低下する。溶接性の低下は、L2/L1の比が0.34を越えると顕著になり(表1の電池A12〜A14、表2の電池B9,B10、表3の電池C10,C11)、負極格子の耳部のストラップへの溶接不良が目立つようになる。
【0025】
負極格子の耳部の厚さが0.7mm未満の電池(表1の電池A19、表2の電池B15、表3の電池C16)では、L2/L1の比が同等の他の電池に比べ、アイドリングストップ寿命が短い傾向が見られた。また負極格子の耳部の厚さが1.1〜1.2mm付近で、アイドリングストップ寿命は最長となり(表1の電池A6,A7,表2の電池B4,B5,表3の電池C4,C5)、1.3mmとするとアイドリングストップ寿命が僅かに低下し、また格子が厚いためエキスパンド加工が難しくなった。従って、負極格子の耳部の厚さは0.7mm以上1.2mm以下が好ましく、耳部の厚さを1.1mmから1.2mmへ増しても寿命の向上は見られないので、特に好ましくは0.7mm以上1.1mm以下とする。
【0026】
実施例ではエキスパンド加工の負極格子を示したが、打ち抜き加工の負極格子でも同様の結果が得られる。電解液の組成、負極活物質及び正極活物質の組成、正極格子と正極ストラップの構成は任意である。また特許文献1,2のように、負極格子の耳部表面にPb-Snの合金層を設けても良い。実施例ではCOS(cast on strap)法により、負極ストラップの形成と負極格子の耳部への溶接を行ったが、予め形成した負極ストラップをバーナー溶接等により負極格子の耳部と溶接しても良い。この場合も、負極格子の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1の比L2/L1を0.22以上にすることによりアイドリングストップ寿命を向上させ、0.34以下にすることにより耳部がストラップから外れることを防止できる。
【符号の説明】
【0027】
2 負極ストラップ
4 負極格子の耳部
6 負極格子の上縁
8 セル間接続導体の一部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pb-Ca-Sn系合金の圧延シートをエキスパンド加工または打ち抜き加工した負極格子に負極活物質を充填した負極板と、正極板と、電解液と、複数の負極板の耳部が溶接されたPb-Sb系合金の負極ストラップと、正極ストラップとを備えた液式の鉛蓄電池において、
複数の負極板の耳部の合計厚さL2と負極ストラップの長さL1との比L2/L1が0.22以上0.34以下であることを特徴とする、鉛蓄電池。
【請求項2】
負極格子耳部の個々の厚さが0.7mm以上1.2mm以下であることを特徴とする、請求項1の鉛蓄電池。
【請求項3】
アイドリングストップ車用であることを特徴とする、請求項1または2の鉛蓄電池。

【図1】
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【公開番号】特開2013−93101(P2013−93101A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232604(P2011−232604)
【出願日】平成23年10月24日(2011.10.24)
【出願人】(507151526)株式会社GSユアサ (375)
【Fターム(参考)】