説明

鍛鋼品及び組立型クランク軸

【課題】炭素鋼からなる鍛鋼品の耐水素割れ性を、合金元素添加という手段によらずに、組織設計によって向上させること。
【解決手段】C:0.15〜0.5%、Si:0.6%以下(0%を含まない)、Mn:0.5〜1.5%、Ni:0.1〜2.5%、Cr:0.1〜2.5%、Mo:0.01〜0.7%、S:0.0002〜0.01%、O:0.002%以下(0%を含まない)、を含有し残部が鉄及び不可避的不純物からなり、深さD/4(D:鍛鋼品断面の円相当径)の位置における鋼断面は、フェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織で構成される健全部と残部(以下、「マクロ偏析部」と記載する)で構成され、前記鋼断面に対する前記健全部の割合が90面積%以上であり、前記マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)が3.0以上である鍛鋼品を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械、船舶、発電機等の産業分野で広く利用されている鍛鋼品、特にクランクジャーナル及びクランクスロー、並びにこれらから得られる組立型クランク軸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
船舶や発電機等に使用されているディーゼル機関の駆動源の伝達部材であるクランク軸には、一体型クランク軸と組立型クランク軸がある。その中でも大型のディーゼル機関には組立型クランク軸が用いられ、そのクランクジャーナル及びクランクスローには、主に鍛鋼品が用いられる。低コストで、且つ同製品に必要な500MPa以上の引張強度と鍛造性を得るために、従来では、低Cで、Mn、Cr等を微量添加した炭素鋼を用い、焼入れまたは焼ならし処理を行い、焼戻し処理を行って、フェライト−パーライト混合組織を主体とする鍛鋼品が用いられている。本来、引張強度が800MPaにも満たない炭素鋼では水素割れは生じにくいとされているが、熱処理等の温度低下時に常温付近の温度にて水素割れが発生することがある。一般に、水素割れは、高強度化および高疲労度化に伴って発生しやすくなるとされている。そのため高疲労強度の低合金鋼では、鋼の精錬技術、熱履歴、成分組成の各面から様々な技術が提案されている。精錬技術の面からは、溶鋼の精錬時における水素量の上限値を規制し、それを超えるときには脱水素処理することが実操業にて実施されている。
【0003】
例えば、特許文献1のように、二次精錬にて介在物を低減させ、RH真空脱ガス時、取鍋と脱ガス槽間にて溶鋼を還流して介在物を除去する方法が提案されている。熱履歴の面からは、例えば高温に長時間保持することによって、水素を拡散・逃散させ、水素含有量を低減することが実作業的に実施される。しかしながら本技術では特に大型鍛鋼品の場合、高温での長時間保持による含有量の低下速度が遅く、時間およびコストがかかることに比べて、水素割れの防止効果は少ない。また大型鍛鋼品において水素割れの生じる合金元素のマクロ偏析部における水素の濃化を制御することはできない。
【0004】
成分組成の面からは、特許文献2のように、鋼中のS含有量を増加させることにより、MnS系介在物を鋼中に導入し、水素の濃化を防ぐことにより、耐水素割れ性を向上させる方法が提案されている。しかしながら本技術では粗大なMnS系介在物は水素トラップサイトとならず逆に水素割れ起点になることが懸念される。また炭素鋼ではS含有量の増加は耐水素割れ性の向上にはあまり繋がらない。
【0005】
また特許文献3では、鋼中のTi、Zr、Hf、Nb含有量を増加させ、20μm以上の介在物の個数、円形度、1〜10μmの介在物の個数を規定することが提案されている。その結果、Ti、Zr、Hf、Nb化合物を鋼中に導入し、水素の濃化を防ぐことにより、耐水素割れ性が向上する。なお鋼線の分野における水素脆化の抑制法として、腐食等の外的要因による水素の侵入の抑制、又は焼戻しによる析出炭窒化物を利用した水素拡散の抑制が知られている。しかしこれらは、冷却中又は常温放置中のように、腐食が生ずる場合よりも短時間に発生する水素割れとは水素の挙動において相異する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−183722号公報
【特許文献2】特開2003−268438号公報
【特許文献3】特開2006−336092号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような脱水素処理は、処理時間およびコストの点で、水素量の低減化に限界がある。一般的には1〜数ppmレベルの水素量で製造管理しているが、水素割れは微量の水素で発生するため、この程度の管理では水素割れを完全に防止できない。特に大型製品の場合、高温での長時間保持による水素含有量の低下速度は遅く、時間およびコストがかかることに比べて、水素割れの防止効果は少ない。またS濃度の増加による手段は、炭素鋼では、耐水素割れ性の向上にあまりつながらない。またTi,Zr,Hf,Nb濃度を増加させる手段では、確かに耐水素割れ性が向上するが、これらの濃度増加は製品のコストアップを招く割には、コストアップに見合った耐水素割れ性の効果がでない。
【0008】
本発明は上記のような事情に着目してなされたものであって、合金成分添加という手段によらずに、組織形態の制御によって炭素鋼からなる鍛鋼品の耐水素割れ性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成し得た本発明の鍛鋼品とは、
C :0.15〜0.5%(質量%の意味。成分組成について以下同じ。)、
Si:0.6%以下(0%を含まない)、
Mn:0.5〜1.5%、
Ni:0.1〜2.5%、
Cr:0.1〜2.5%、
Mo:0.01〜0.7%、
S :0.0002〜0.01%、
O :0.002%以下(0%を含まない)、
を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
深さD/4(D:鍛鋼品断面の円相当径)の位置における鋼断面は、フェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織で構成される健全部と残部(以下、「マクロ偏析部」と記載する)で構成され、前記鋼断面に対する前記健全部の割合が90面積%以上であり、前記マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)が3.0以上である鍛鋼品である。
【0010】
前記マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)が3.5以上であり、さらに、パーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm以上であることが好ましい。
【0011】
本発明の鍛鋼品は、さらにCu:0.5%以下(0%を含まない)を含有していてもよい。
【0012】
本発明の鍛鋼品は、さらにV:0.3%以下(0%を含まない)を含有していてもよい。
【0013】
本発明の鍛鋼品は、さらにCa:0.1%以下(0%を含まない)を含有していてもよい。
【0014】
本発明の鍛鋼品は、さらにTi、Zr、Hfよりなる群から選択されるいずれか1種以上:合計0.1%以下(0%を含まない)を含有していてもよい。
【0015】
上記鍛鋼品において、深さD/4(D:鍛鋼品断面の円相当径)の位置における前記マクロ偏析部で観察される介在物は、いずれも長径が20μm以下であり、かつ、長径1〜10μmの介在物の密度が5〜500個/cmであることが推奨される。
【0016】
本発明の鍛鋼品は、例えばクランクジャーナルまたはクランクスローとして用いられる。また、本発明は、前記クランクジャーナルまたは前記クランクスローを有する組立型クランク軸を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の鍛鋼品は、マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)を3.0以上とすること、すなわち、水素割れの原因であるフェライト粒を相対的に小さくすることにより、複数のフェライト粒とパーライト粒の間を伝播する水素割れの原因を抑制できるため、耐水素割れ性が向上した鍛鋼品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】鍛鋼品の断面に現れるマクロ偏析部の写真である。
【図2】横軸にパーライト粒径比、縦軸に鍛鋼品に割れが発生するまでにかかった時間(相対値)をとった模式的なグラフである。
【図3】(a)は、鍛鋼品の健全部のSEM画像であり、(b)は、鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像である。
【図4】(a)は、従来の鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像、(b)はその一部模式図である。
【図5】(a)は、本発明の鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像、(b)はその一部模式図である。
【図6】本発明の鍛鋼品を製造するための熱処理例である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、水素割れの原因を解明することを目標として、鋼組織が鍛鋼品(特に大型鍛鋼品:20t以上の重さの鍛鋼品を意味する)の水素割れに及ぼす影響を、水素割れ発生の起点や冷却中の水素挙動との相関から検討を進めた。その結果、鍛鋼品(特に大型鍛鋼品)では連鋳材と異なり、合金元素のマクロ偏析部が存在し、マクロ偏析部に水素が濃化することによって偏析部を起点として水素割れが生じやすいことを見出した。この現象は以下のように生じると推定される。
【0020】
すなわち、冷却時のフェライト変態後に、鋼組織はフェライト−オーステナイトの混合状態となる。フェライトとオーステナイトとでは水素固溶度及び水素拡散速度に差異があるため、オーステナイト部に水素が濃化する。そしてオーステナイトがフェライト、パーライトまたはベイナイトに変態する際に、変態に伴う歪み部に水素が濃化して、その結果、水素割れが生じると推定される。
【0021】
参考のため、図1に鍛鋼品の断面に現れるマクロ偏析部の写真を示す。図1の左側部は、顕微鏡を使わずに観察できる筋状のマクロ偏析部を示すものであり、図1の右側部は、一つのマクロ偏析部に着目した顕微鏡写真である。筋状のマクロ偏析部以外に白っぽく写っている部分は、健全部である。
【0022】
このマクロ偏析部の組織形態は一般的な炭素鋼ではパーライト組織を主体とし、パーライト組織間の粒界三重点に存在する初析フェライトを起点として割れが発生し、発生した割れはパーライト粒、またはフェライト粒とパーライト粒の粒界を伝播する。
【0023】
したがって、耐水素割れ性を改善するためには、これらマクロ偏析部の生成を防ぐことが有効な手段の一つと考えられるが、特に大型鍛鋼品の場合は、鋼材の全ての部分で冷却速度を均一にすることが困難であるため、マクロ偏析部の抑制にも限界がある。
【0024】
一般的な鍛鋼品(特に大型の鍛鋼品)の場合には冷却速度が遅い(1〜2℃/分程度)ため、パーライトを主体とした組織となる場合が多い。そこで本発明者は、マクロ偏析部(特にパーライト組織を主とした偏析部)の組織形態を制御することにより、マクロ偏析部における水素の濃化を抑制し、割れの発生および進展(伝播)を抑制することによって、優れた耐水素割れ性を有する鍛鋼品が得られること見出した。
【0025】
本発明に係わる耐水素割れ性に優れた鍛鋼品とは、所定の化学成分を有し、深さD/4(D:鍛鋼品の断面の円相当径)の位置における鋼断面において観察される組織が、フェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織が90面積%以上であり、残部のマクロ偏析部(パーライトが主要組織)において、パーライト平均粒径/フェライト平均粒径の比が3.0以上とすることにより、マクロ偏析部における歪み部への水素濃化を防ぎ、良好な水素割れ性を確保できるようにした。
【0026】
さらに、割れがより伝播しにくい組織として、パーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm以上であることが好ましい。
【0027】
以下、本発明の基本的構成について順を追って説明する。まずは、本発明の鍛鋼品として適切な化学成分の含有量について説明する。
【0028】
1.鍛鋼品の化学成分
C:0.15〜0.5%
Cは鍛鋼品の強度向上に寄与する元素である。鍛鋼品に充分な強度を確保するには、Cを0.15%以上、好ましくは0.20%以上、より好ましくは0.30%以上含有させることが望ましい。しかしC量が多過ぎると鍛鋼品の靭性を劣化させるので、0.5%以下、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.42%以下に抑える。
【0029】
Si:0.6%以下(0%を含まない)
Siは脱酸元素であるとともに、鍛鋼品の強度向上元素として作用するため、含有することが許容される。しかしSi量が多過ぎると鍛鋼品の逆V偏析が著しくなり、粗大な介在物が生成されるので、0.6%以下、好ましくは0.45%以下、さらに好ましくは0.35%以下(0%を含まない)とする。
【0030】
Mn:0.5〜1.5%
Mnは鍛鋼品の焼入れ性を高めると共に、強度向上に寄与する元素であり、充分な強度と焼入れ性を確保するには0.5%以上、好ましくは0.7%以上、より好ましくは0.9%以上含有させる。なお、Mnはベイナイト形成を促進する元素であること、およびMn量が多すぎると逆V偏析を助長するので1.5%以下、好ましくは1.45%以下、より好ましくは1.4%以下とする。
【0031】
Ni:0.1〜2.5%
Niは鍛鋼品の靭性向上元素として有用な元素であり、0.1%以上、好ましくは0.15%以上含有させる。一方Ni量が過剰になるとコストアップとなるので、2.5%以下、好ましくは2.0%以下、より好ましくは1.5%以下とする。
【0032】
Cr:0.1〜2.5%
Crは鍛鋼品の焼入れ性を高めると共に靭性を向上させる元素であり、それらの作用は0.1%以上、好ましくは0.2%以上含有させることによって有効に発揮される。なおCrはベイナイト形成を促進する元素であり、またCr量が多過ぎると逆V偏析を助長して粗大介在物が形成するので、2.5%以下、好ましくは2.3%以下とすることが望ましい。
【0033】
Mo:0.01〜0.7%
Moは鍛鋼品の焼入れ性、強度および靭性の向上に有効に作用する元素であり、それらの作用を有効に発揮させるには0.01%以上、好ましくは0.05%以上含有させることが望ましい。しかしMoは平衡分配係数が小さいので、Mo量が過剰になるとミクロ偏析(正常偏析)を生じ易くなる。またMo量が過剰になるとコストアップにつながる。そこでMo量は0.7%以下、好ましくは0.5%以下とする。
【0034】
S:0.0002〜0.01%
Sは鋼中のMn、Mg、Ca等と結合し、逆V偏析を助長してS系介在物を形成する。細長い形状をしたS系介在物は長径が大きな粗大介在物となり易く、水素割れの起点となり得る。従って粗大なS系介在物を減少させるために、S含有量は0.01%以下、好ましくは0.0015%以下とする。一方マクロ偏析部組織中の微細なS系介在物は、多数の応力場を形成し、余剰水素を捕捉しやすく、マクロ偏析部組織の耐水素割れ性を改善する効果がある。このような微細S系介在物を確保するために、S含有量を、0.0002%以上、好ましくは0.0004%以上、より好ましくは0.0006%以上とする。
【0035】
O:0.002%以下(0%を含まない)
O(酸素)はSiO、Al、MgO、CaO等の酸化物系介在物を形成する元素である。Oは極力低減することによって粗大介在物を抑制し、微細な介在物を析出させることができる。そのためO量を0.002%以下、好ましくは0.001%以下とする。但し工業生産上、O(酸素)を0%とすることは困難である。
【0036】
本発明で使用される鍛鋼品(鋼)の基本成分は上記の通りであり、残部成分は実質的に鉄であるが、不可避的不純物の混入はもちろん許容される。さらに本発明の鍛鋼品には、前記本発明の効果に悪影響を与えない範囲で、更に他の元素を積極的に含有させても良い。
【0037】
Cu:0.5%以下(0%を含まない)
Cuは鍛鋼品の靭性向上及び組織微細化の作用を有し、これらの作用を発揮させるために鋼に含有させても良い。この様な作用を有効に発揮させるには、例えば0.01%以上、Cuを含有させることが推奨される。しかしCu量が過剰になるとコストアップとなるので0.5%以下、好ましくは0.4%以下とする(0%を含まない)。
【0038】
V:0.3%以下(0%を含まない)
Vは鍛鋼品の析出強化及び組織微細化の作用を有し、高強度化に有用な元素である。この様な作用を有効に発揮させるには、Vを0.01%以上、好ましくは0.02%以上含有させることが推奨される。但しVを過剰に含有させても上記作用は飽和し経済的に無駄であるので、その量を0.3%以下、好ましくは0.15%以下とすることが望ましい(0%を含まない)。
【0039】
Ca:0.1%以下(0%を含まない)
Caは鍛鋼品における硫化物の延伸性を抑制できる作用を有し、この有効に作用を発揮させるために例えば、0.0001%以上、鋼に含有させても良い。しかしCa量が過剰になってもこの作用は飽和するため、0.1%以下とする(0%を含まない)。
【0040】
Ti,Zr,Hf:合計0.1%以下(0%を含まない)
Ti,Zr,Hfは、鍛鋼品の靭性向上及び組織微細化の作用を有し、これらの作用を有効に発揮させるためにいずれか1種以上を鋼に含有させても良い。これらの作用を発揮させるため、例えば、0.001%以上、鋼に含有させても良い。しかしTi,Zr,Hf量が過剰になると粗大な炭化物が析出するため、合計で0.1%以下、好ましくは0.01%以下とする(0%を含まない)。
【0041】
積極添加が許容される他の元素の例としては、製鋼工程における脱酸および鋼の耐割れ性にも有効であるAl(例えば、0.001%以上、0.01%以下)、焼入れ性改善効果を有するB、固溶強化元素または析出強化元素であるW、Nb、Ta、Ce、Zr及びTeなどが挙げられ、これらを単独で又は2種以上を組み合わせて含有させることができる。これらの添加元素は、例えば合計で1%程度以下とすることが望ましい。なお、後述するように、微細介在物を導入するために、不可避的不純物であるNも制御することが望ましい。
【0042】
2.鍛鋼品の組織分率
(1)基本的組織
深さD/4の位置における鋼断面で観察される鋼組織は、鍛鋼品に必要な引張強度と必要な鍛造性を得るため、フェライト組織またはフェライトおよびパーライト混合組織が90面積%以上(好ましくは95面積%以上、さらに好ましくは97面積%以上)である。フェライト組織またはフェライトおよびパーライト混合組織に該当する部分では、水素割れが発生することは少ないため、以下この部分を「健全部」と記載する。残部は、「偏析部」と記載し、詳しく後述するが、パーライト組織主体の組織である。その他の組織として、残留オーステナイト組織などが存在しても良い。本発明では、深さD/4は、鍛鋼品の側表面からの距離をいうものとする。上記「D」は、鍛鋼品断面(鍛鋼品の長手方向に垂直な断面)の円相当径(断面積と同じ面積を有する円の直径)を意味する。したがって、鍛鋼品が円柱状のものであれば、Dは該円の直径である。
【0043】
(2)健全部とマクロ偏析部との判別
健全部とマクロ偏析部とを判別する方法について説明する。まず、鋼断面の5cm×5cmの領域を写真撮影し、グレースケールのデータとして電子機器に取り込む。マクロ偏析部はパーライト組織を主体(パーライト組織が概ね70面積%超)であるため、健全部(パーライト組織が概ね50〜70面積%)よりも暗めに写る(上述の図1参照)。このことを利用して、{(健全部の平均明度)+(マクロ偏析部の平均明度)}/2を閾値とし、画像処理により、この閾値よりも明度の高い(白い)部分を健全部と定め、逆に閾値よりも明度の低い(黒い)部分は、マクロ偏析部と定める。このような手法により、健全部とマクロ偏析部との区別をして鋼断面に対する健全部の割合(面積%)を求める。
【0044】
以上の手法を用いて別の観察領域(5cm×5cm)において上記の画像処理を行い、これら2視野の平均値を最終的な健全部の割合(面積%)とする。本発明では、鍛鋼品に必要な引張強度と必要な鍛造性を得るため、健全部(フェライト組織またはフェライトおよびパーライト混合組織)の割合を上述のように90面積%以上とする。100面積%から健全部の割合(面積%)を差し引いた値をマクロ偏析部の割合(面積%)とする。
【0045】
健全部およびマクロ偏析部の平均明度:
健全部の平均明度は、次のようにして定める。まず、5cm×5cmの領域で比較的明度が高く(白く)写っている領域が健全部であることを確認するため、後述のFE−SEMを用いて組織観察を行う。組織が健全部(フェライト組織またはフェライトおよびパーライト混合組織)であること確認した後、健全部の任意の10点の明度を平均した値を平均明度とする。マクロ偏析部についても同様に、マクロ偏析部の任意の10点の明度を平均した値をマクロ偏析部の平均明度とする。
【0046】
3.マクロ偏析部の組織構造および組織の粒径
鍛鋼品の水素割れは主にマクロ偏析部で発生する。割れはマクロ偏析部の界面を経由せず、マクロ偏析部内を経由することが多い。水素割れの発生・伝播は偏析部の組織に依存していると推定されるため、水素割れを抑制するためには、マクロ偏析部の組織構造を制御することが重要である。水素割れの発生・伝播を詳細に観察すると、マクロ偏析部の組織形態がパーライト組織を主体とし、該パーライト組織の粒界三重点(三つのパーライト粒の境界となる部分)にフェライト(所謂初析フェライト)が生成する組織形態を有する場合、初析フェライトとパーライト粒の界面に変態で水素割れが発生し、それぞれの結晶粒界に沿って水素割れが伝播していると推察される。このような推察から、パーライトを主体とした組織における水素割れの伝播を抑制するには、マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)の比の値(以下、「パーライト粒径比」と記載する)を制御する必要がある。なお、平均粒径の意味は後述する。
【0047】
パーライト組織の粒界三重点に粗大な初析フェライトが生成した場合、パーライト組織とフェライト組織の組織間の硬度差が生じる粒界三重点は歪みが濃化しやすくなる。それに加えてフェライト組織とパーライト組織では水素拡散係数が異なるため、粒界三重点に水素が濃化しやすくなる。これらが重なり合うことで粒界三重点において水素割れが発生しやすく、発生した割れはフェライト組織とパーライト組織の組織間の硬度差の生じるこれら組織の粒界に沿って進展することが推察される。
【0048】
本発明者らは、従来のようにマクロ偏析部におけるパーライト粒径比が約2以上3.0未満の場合、パーライト組織中に粗大な初析フェライトが生成した組織形態となり、パーライト粒の粒界三重点に存在する初析フェライトサイズが大きくなること、また初析フェライトどうしが連結することにより発生した割れはパーライト粒の粒界を伝播しやすくなることから水素の濃化や割れ発生が促進される傾向を見出した。そのためマクロ偏析部におけるパーライト粒径比を3.0以上に制御し、粗大な初析フェライトの生成を抑制する。
【0049】
パーライト粒径比は、好ましくは3.2以上、より好ましくは3.5以上とする。パーライト粒径比の上限は特に定めないが、20程度で実質ほとんどパーライト主体の組織形態となり、粒界三重点に析出した初析フェライトの影響が無くなるため、20を上限とする。10を上限としてもよい。
【0050】
なお、マクロ偏析部に粗大なパーライト組織が存在すると割れ伝播しやすくなるため、また粗大なパーライト粒が存在する場合、組織の直線性がより高くなり、割れが伝播しやすくなると考えられるため、粗大なパーライト粒の生成を抑制することが望ましい。そのため、パーライト組織の最大粒径を、100μm以下に制御することが望ましい。好ましくは70μm以下、より好ましくは50μm以下とすることが望ましい。さらに、パーライト組織粒径にバラツキが高い場合、特に割れが伝播しやすくなると考えられるため、(パーライトの最大粒径)と(パーライトの平均粒径)の比が3.0以下であることが望ましい。
【0051】
前述したように、発生した割れはフェライト組織とパーライト組織の界面あるいはパーライト粒界を伝播する。セメンタイト間隔が狭いパーライトの場合、一般に硬度も高いことから、粒界三重点での歪みも大きい。さらには、セメンタイト間隔が狭いパーライトでは水素拡散係数が低下することから、パーライト中にも水素が濃化しやすく、フェライト組織とパーライト組織の界面あるいはパーライト粒界での割れ伝播が助長される傾向にある。割れ伝播を抑制するためには、パーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm以上であることが好ましい。より好ましくは0.4μm以上であることが望ましい。
【0052】
図2は、横軸にパーライト粒径比、縦軸に鍛鋼品に割れが発生するまでにかかった時間(相対値)をとった模式的なグラフである。図2のように、パーライト粒径比がおよそ1の部分は、従来または本発明の鍛鋼品の健全部を表す部分であり、パーライト粒径比が2.5付近の部分は、従来の鍛鋼品のマクロ偏析部を示し、3.0以上の部分は、本発明の鍛鋼品のマクロ偏析部を示している。
【0053】
図2から、従来の鍛鋼品のマクロ偏析部は、耐水素割れ性が劣るが、パーライトの平均粒径に対してフェライトの平均粒径を相対的に小さくすることにより(パーライト粒径比を大きくすることにより)、マクロ偏析部であっても健全部と同等の耐水素割れ性が発揮されることがわかる。
【0054】
なお、参考に、図3(a)は、鍛鋼品の健全部のSEM画像であり、(b)は、鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像である。図4(a)は、従来の鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像、(b)はその一部模式図、図5(a)は、本発明の鍛鋼品のマクロ偏析部のSEM画像、(b)はその一部模式図である。
【0055】
4.介在物
マクロ偏析部の組織中の粗大介在物は、水素割れの起点や伝播経路となって、耐水素割れ性に悪影響を及ぼす。長径が20μmを超える粗大介在物が存在すると、上記した結晶粒径の大小による影響よりも、その介在物と鋼組織との界面で水素割れの影響が大きくなる。そこで、マクロ鋼断面の2mm×2mmの視野内で観察される最長介在物の長径を好ましくは20μm以下、より好ましくは15μm以下に制御することが推奨される。
【0056】
逆に長径が1〜10μmである微細介在物がマクロ偏析部組織中に存在すると、多数の応力場が形成され、固溶限を超えた余剰水素を捕捉しやすく、歪み部への水素濃化を抑制できるため、耐水素割れ性が改善される。そこでマクロ偏析部の組織中の長径1〜10μmの介在物の密度を、5個/cm以上、好ましくは10個/cm以上、より好ましくは20個/cm以上とする。一方、微細な介在物の密度が過剰になると、鍛鋼品の靭性等の機械的特性に悪影響を及ぼすため、500個/cm以下、好ましくは200個/cm以下、より好ましくは100個/cm以下とする。なお長径が1μm未満の微細介在物も耐水素割れ性を向上させる作用を有するが、測定効率を向上させるために、長径が1μm未満の微細介在物は考慮対象から除外した。
【0057】
上記介在物の種類は限定されず、例えばS系介在物;Ti系介在物;Al、S、Ca、Mg及びMn等の酸化物系介在物;などが挙げられる。本発明における最長介在物の長径および長径1〜10μmの介在物の密度は、表面から深さD/4(D:鍛鋼品の円相当径)の位置で観察される値である。またこれらの値は、下記実施例で示す方法によって測定できる。
【0058】
5.製造方法
(1)組織の制御
本発明の鍛鋼品は、例えば以下のように鋼組織および介在物を制御して製造することができる。鋼組織の制御方法として、(A)フェライト−パーライト混合組織を90面積%以上とするため、および、(B)パーライト粒径比を3.0以上とするため、Ac点以上の温度から焼入れまたは焼ならし等の熱処理工程と、製品形状への成形工程(例えば熱間鍛造または冷間鍛造)とを含む基本工程を1回または2〜5回繰り返すことによってオーステナイト粒径を小さくでき、その結果パーライト組織の結晶粒径を微細化できるとともに、パーライト組織粒径のバラツキを低減でき、さらには、パーライト中のセメンタイト間隔を大きくできる効果もある。また、上記の基本工程の回数を増やすにつれてパーライト粒径比が大きくなる。なお、フェライト−パーライト混合組織を得ることだけであれば、Ac〜Ac点(オーステナイト−フェライト二相温度域)への加熱で足りるが本発明の要件を満たさない。
【0059】
オーステナイト粒の微細化のためには、前記の成形工程を高加工率で行うことが望ましい。また上記成形工程は、焼入れまたは焼ならし等の熱処理中に行ってもパーライト組織の結晶粒径を微細化できる。図6は、本発明の鍛鋼品を製造するための熱処理例であり、上記基本工程を2回行った場合の例を示すものである。
【0060】
上記熱処理工程の冷却工程では、(A)フェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織からオーステナイト組織に水素を拡散させる(すなわちフェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織の水素量を低減させる)ため、および、(B)マクロ偏析部の割合を10面積%未満とするため、Ac点以上から連続冷却変態曲線のFs点(フェライト変態開始温度)からPs点(パーライト変態開始温度)の間を通るように自然冷却(5℃/分以下)する。自然冷却のように冷却が遅いことで、パーライト中のセメンタイト間隔を大きくできるが、その効果はMn、Cr、Mo、Vの合金成分が少ない方が高い。セメンタイト間隔を0.30μm以上とするためには、Mn≦1.4%、Cr≦2.3%、Mo≦0.5%、V≦0.15%であることが必要である。
【0061】
以上のような熱処理後、最終的には鍛鋼品の均質化を例えば600℃〜900℃で1時間〜20時間行い、その後、焼戻処理を行う。
【0062】
以上のような熱処理は、表面から深さD/4付近で温度制御を行えば良いが、大型鋼塊ではこの位置での温度実測は困難である。そのため例えば表面温度を基準に温度制御して鍛鋼品を製造し、その組織観察の結果をフィードバックして、温度制御を適宜実施すればよい。
【0063】
(2)介在物の制御
本発明において、介在物を制御する方法は問わないが、本発明の成分範囲とすること、特にSi、Cr、S、O量を制御することが重要である。また水素割れを防止するために、微細な介在物を形成する元素を積極的に添加し、凝固時に晶析出する介在物を増加させると良いが、その添加量は、粗大介在物が形成されない程度の量に抑制することが望ましい。
【0064】
さらには以下のような方法で、S系介在物、Ti系介在物の制御を行うと良い。例えばS系介在物を球状化させる効果のあるCaを添加することによって、長径の小さいCaS介在物の存在比率を増大させて、S系介在物の平均サイズを小さくし、微細介在物の数を増大させることができる。またTiを添加して析出物を形成する場合、Tiの多くは鋼中のNと結合し、窒化物となる。従って鋼中のN量に応じてTi添加量を制御すれば、Ti系介在物のサイズを制御できる。なおこれら介在物は、パーライト組織を主とした偏析部だけでなく、フェライト組織およびパーライト組織(すなわち鍛鋼品全体)に存在させても良い。しかし鍛鋼品の機械的特性を考慮した場合、フェライトまたはパーライト組織中の介在物は少ない方が良い。
【実施例】
【0065】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、上記・下記の趣旨に適合しうる範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術範囲に包含される。
【0066】
(予備試験片による評価)
まず、真空誘導熔解にて表1に記載のA〜Nの化学成分を有するインゴットを150kg溶製した。次いで凝固した鋼塊を脱型した後、約1200℃まで加熱して熱間鍛造を施し断面直径100mm程度の鍛造材に仕上げた。熱間鍛造は鋼塊本体をプレス機により伸ばした後、専用工具を用いて丸断面に成形することにより行った。
【0067】
次いでこの鋼塊を50℃/時で870℃(記載鋼全てのAc点以上の温度である)まで加熱して2時間保持し、その後室温まで空冷(1〜2℃/分)する基本工程を1回、または2回繰り返すことによって結晶粒径を制御した。
【0068】
【表1】

【0069】
次いで50℃/時の昇温速度にて640℃まで加熱して、該温度で10時間保持してから放冷することによって予備試験片(A〜N)を得た。
【0070】
さらにAの鋼種については上記と同様に熱間鍛造後丸断面に成形し、その後は、鋼塊を50℃/時で720℃(A鋼のAc点以上の温度でかつAc点未満の温度)まで加熱して2時間保持し、その後、室温まで空冷(1〜2℃/分)する工程を1回施した。次いで50℃/時の昇温速度にて640℃まで加熱して、該温度で10時間保持してから放冷(1℃/分以下)することによって予備試験片Aaを得た。各予備試験片の製造条件を表2に記載する。
【0071】
【表2】

【0072】
予備試験片の組織構造は、側表面から深さD/4の位置から試料を採取し、残留オーステナイトの変態を防ぐために電解研磨を行った後、EBSP(Electron Back Scatter diffraction Pattern)検出器を備えたFE−SEM(Field Emission type Scanning Electron Microscope)で、組織の種類および面積率を測定した。なおEBSPは、試料表面に電子線を入射させ、この時に発生する反射電子から得られた菊池パターンを解析することにより、電子線入射位置の結晶方位を決定するものであり、電子線を試料表面に二次元で走査させ、所定のピッチ毎に結晶方位を測定すれば、試料表面の方位分布を測定できる。上記SEM装置の鏡筒内にセットした試料について、150μm×150μmの測定範囲にて0.1μm間隔で電子線を照射し、スクリーン上に投影されるEBSP画像を高感度カメラで撮影し、コンピューターに画像として取込んでコンピューターで画像解析を行い、既知の結晶系を用いたシミュレーションによるパターンと比較することによって、各色相(各組織)をカラーマップした。このようにしてマッピングされた各組織(領域)の面積率を求めた。また、各組織の視野内にある全ての結晶粒から、結晶粒分布を得て、平均粒径、最大粒径を算出した。尚、平均粒径とは、観察視野における粒径(円相当径)の算術平均(相加平均)値を意味し、最大粒径とは、観察視野における粒径の最大値を意味する。また、上記解析に係るハードウェアおよびソフトとして、TexSEM LaboratoriesInc.のOIM(Orientation Imaging MicroscopyTM)システムを用いることができる。
【0073】
また上記SEM装置を用いて、2mm×2mmの測定範囲を約100倍の倍率で鋼断面の観察を行い、介在物の最大長径、および長径1〜10μmの介在物の数を測定し、その密度を算出した。
【0074】
各予備試験品の耐水素割れ性を、以下のようにして、水素割れ破断が発生するまでの時間(以下「水素割れ時間」と略称する。)で評価した。なお大型品では、元々存在する水素により割れが発生するが、予備試験品のような小型品では水素が抜けきってしまうので、この耐水素割れ性は、水素チャージして評価した。各予備試験品を、長さ150mm、標線間距離を10mmのダンベル状に加工し、中央部分を直径4mmに、両端のつかみ具部分を直径8mmにして長さ15mmにわたってねじを設け、耐水素割れ性評価用の試験片を作製した。この試験片が2mol/LのHSO+0.01mol/LのKSCN水溶液に囲まれるように、前記水溶液中に完全に浸漬させた。各試験片を前記水溶液に浸漬し、電流密度1.0A/dmにて陰極電解し、水素を添加しつつ、降伏点以下となる350MPaの引張荷重を長軸方向に負荷し、破断するまでの時間(水素割れ時間)を測定した。各予備試験品についてこの試験を3回行い、水素割れ時間の平均値を求めた。結果を表2に示す。なお試験は100時間まで行い、それでも破断しなかったものは、表2で「>100」と記載した。水素割れ時間が50時間以下であるものは耐水素割れ性に劣ると評価し、この時間が50時間を超えるものを耐水素割れ性に優れると評価し、85時間を超えるものを耐水素割れ性に特に優れると評価した。
【0075】
本発明の要件である(1)化学成分、(2)健全部面積率(90面積%以上)、(3)パーライト粒径比(3.0以上)、のいずれも満たさない予備試験片No.3,16〜19は、水素割れ時間が50時間以下であり、耐水素割れ性に劣っている。これに対して予備試験片No.1,2,4〜15,20,21の水素割れ時間は50時間を大きく超えている。これらの結果から、本発明のパーライト粒径比、および所定の組織形態の要件を満たせば、耐水素割れ性が向上することが分かる。
【0076】
(本試験による評価)
上記の様に予備試験鋼での結果を参考として、大型鋼塊から本試験品を製造し、評価を行った。電極アーク加熱機能を備える溶鋼処理設備によって、上記表1の鋼種B、鋼種E、鋼種F又はKに示す化学成分の鋼をそれぞれ溶製し、40トンクラス(全高3m、直径1.5m)の鋳型に鋳造した。なお溶湯段階での水素量は、ハイドリス測定で3ppmであった。凝固した鋼塊を1000℃付近で脱型した後、約1200℃まで加熱し、同温度で熱間鍛造を施し、断面直径150mmの鍛造品に仕上げた。熱間鍛造は、鋼塊本体をプレス機により伸ばした後、専用工具を用いて丸断面に成形した。
【0077】
それぞれの鍛造品を、約900℃の表面温度から、室温までゆっくりと自然冷却(約0.5℃/分)した後、再度約600℃程度まで加熱した後、室温までゆっくりと自然冷却(約0.5℃/分)した。
【0078】
以上のようにして本試験品を製造した。なお表面から深さD/4の位置における組織形態は鋼種B、鋼種Eおよび鋼種Fについてはフェライト−パーライト混合組織となっており、その面積率が90%以上であり、マクロ偏析部でのパーライト粒径比が3.0以上であった。それに対して鋼種Kについてもフェライト−パーライト混合組織となっていたが、その面積率は90%未満であり、マクロ偏析部でのパーライト粒径比は3.0未満であった。
【0079】
本試験品の耐水素割れ性評価は前述のSEM装置にて、150μm×150μmの測定範囲および1000倍の倍率でフェライト−パーライト組織の微細割れの有無をそれぞれ調べた。その結果を表3に示す。なお、長さ1μm以上の割れが存在する場合に割れが発生したと判定した。
【0080】
【表3】

【0081】
表3から分かるように、本発明の要件(化学成分、健全部面積率、パーライト粒径比)のいずれも満たさない鋼種Kには微細割れが発生したが、本発明の要件を全て満たす鋼種B,E,Fでは、微細割れが発生せず、耐水素割れ性が向上していることが分かった。
【0082】
(セメンタイト間隔の測定)
次に、上記の試料のうち、パーライト粒径比が好適な範囲(3.5以上)である、試験No.1,2,4,5,7,9−13,20,21について、約1000倍の倍率で鋼断面の観察を行い、パーライト中のセメンタイト間隔を測定した。その結果、下記表4に示すようにパーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm以上である試験No.1,2,4,5,7,9−13については、表2に示すように水素割れ時間が85時間を超えていたのに対し、パーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm未満であるNo.20,21については、表2に示すように水素割れ時間が85時間を下回っていた。以上の結果から、パーライト粒径比を3.5以上にするとともに、パーライト中のセメンタイト間隔を0.30μm以上にすれば、耐水素割れ性が一層向上することが分かる。なお、セメンタイト間隔の測定については、鋼断面の上記観察視野の中で10個のパーライト粒を任意に選択し、各パーライト粒におけるセメンタイト間隔の平均値を取った。1個のパーライト粒におけるセメンタイト間隔は、セメンタイト層と垂直な方向におけるパーライト粒の長さをセメンタイト層の数で割り算して求めた。
【0083】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C :0.15〜0.5%(質量%の意味。成分組成について以下同じ。)、
Si:0.6%以下(0%を含まない)、
Mn:0.5〜1.5%、
Ni:0.1〜2.5%、
Cr:0.1〜2.5%、
Mo:0.01〜0.7%、
S :0.0002〜0.01%、
O :0.002%以下(0%を含まない)、
を含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなり、
深さD/4(D:鍛鋼品断面の円相当径)の位置における鋼断面は、フェライト組織またはフェライト−パーライト混合組織で構成される健全部と残部(以下、「マクロ偏析部」と記載する)で構成され、前記鋼断面に対する前記健全部の割合が90面積%以上であり、前記マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)が3.0以上であることを特徴とする鍛鋼品。
【請求項2】
前記マクロ偏析部における(パーライトの平均粒径)/(フェライトの平均粒径)が3.5以上であり、パーライト中のセメンタイト間隔が0.30μm以上である請求項1に記載の鍛鋼品。
【請求項3】
さらに、Cu:0.5%以下(0%を含まない)を含有する請求項1または2に記載の鍛鋼品。
【請求項4】
さらに、V:0.3%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の鍛鋼品。
【請求項5】
さらに、Ca:0.1%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の鍛鋼品。
【請求項6】
さらに、Ti,Zr,Hfよりなる群から選択されるいずれか1種以上を合計0.1%以下(0%を含まない)含有する請求項1〜5のいずれかに記載の鍛鋼品。
【請求項7】
深さD/4(D:鍛鋼品断面の円相当径)の位置における前記マクロ偏析部で観察される介在物は、いずれも長径が20μm以下であり、かつ、長径1〜10μmの介在物の密度が5〜500個/cmである請求項1〜6のいずれかに記載の鍛鋼品。
【請求項8】
クランクジャーナルまたはクランクスローである請求項1〜7のいずれかに記載の鍛鋼品。
【請求項9】
請求項8に記載のクランクジャーナルまたはクランクスローを有する組立型クランク軸。

【図2】
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【図6】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−149099(P2011−149099A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288481(P2010−288481)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】