説明

電動パワーステアリング装置

【課題】操舵フィーリングを向上させることができる電動パワーステアリング装置を提供することを課題とする。
【解決手段】基本アシスト指令値決定手段201にフリクションを補償するためのフリクション補償値を決定するフリクション補償値決定手段220と、ステアリングホイール2の操舵角を検出する操舵角検出手段37と、操舵角検出手段37からの信号に基づきステアリングホイール2の回転速度を算出する舵角速度算出手段240を有し、往き状態時と戻り状態時のフリクション補償値決定手段220からのフリクション補償値を操舵角が大きくなるに従って大きくしたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリング装置は、電動機が操舵トルクの大きさに応じた補助トルクを発生し、この補助トルクをステアリング系に伝達して、運転者の操舵力を軽減するものである。電動パワーステアリング装置では、ピニオン軸のピニオンギアとラック軸のラック歯を噛合したり、ピニオン軸がウォームキアを介して電動機と連係させたりする構成であるため、機械的なフリクション(摩擦)が発生する。
特許文献1(特開平10−316005号公報)には、補助トルクに加えてステアリングホイールの切り込み時・戻り時に電動機にフリクション補償トルクを発生させ、フリクションを打ち消したり、見かけ上はフリクションと同質のトルクを発生させたりして、操舵フィーリングを向上させることのできる電動パワーステアリング制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−316005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1で開示された方法では、車両速度が一定の場合には、運転者がどのような操舵をしたとしても、一定のフリクションしか補償することができない。このため、ステアリングホイールの往きと戻りの切り初めの操舵フィーリングが低下してしまうという問題がある。
【0005】
そこで本発明は、操舵フィーリングを向上させることができる電動パワーステアリング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、このような課題を解決するために、請求項1に係る電動パワーステアリング装置は、運転者がステアリングホイールを操舵する際の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、前記操舵トルク検出手段からの信号に基づき基本アシスト指令値を決定する基本アシスト指令値決定手段と、前記基本アシスト指令値決定手段からの基本アシスト指令値に基づき運転者の操舵をアシストするアシストトルクを発生させる電動機と、を備える電動パワーステアリング装置において、前記基本アシスト指令値決定手段にフリクションを補償するためのフリクション補償値を決定するフリクション補償値決定手段と、前記ステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角検出手段と、前記操舵角検出手段からの信号に基づき前記ステアリングホイールの回転速度を算出する舵角速度算出手段を有し、前記操舵トルク検出手段で検出された操舵トルクの方向と前記舵角速度検出手段で検出された前記ステアリングホイールの回転速度の方向が一致する場合を往き状態とし、前記操舵トルク検出手段で検出された操舵トルクの方向と前記舵角速度検出手段で検出された前記ステアリングホイールの回転速度の方向が異なる場合を戻り状態とし、前記往き状態時と前記戻り状態時の前記フリクション補償値決定手段からのフリクション補償値を前記操舵角が大きくなるに従って大きくしたことを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、往きと戻りで操舵角に応じてフリクション補償値を変えるので操舵フィーリングを向上させることができる。
【0008】
また、請求項2に係る電動パワーステアリング装置は、前記フリクション補償値は上限値を有し、この上限値は前記戻り状態時よりも前記往き状態時の方が高いことを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、往きの上限値を高くすることで、上限値に達した後のステアリングホイールにしっかりとした安定感を付与することができる。
【0010】
また、請求項3に係る電動パワーステアリング装置は、前記上限値に達するまでの前記フリクション補償値の前記戻り状態時の増加率は前記往き状態時の増加率より高いことを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、戻りのフリクション補償値の立ち上がりを早くすることで、ステアリングホイールの切り始めにしっかりとした安定感を付与することができる。また、往きのフリクション補償値の立ち上がりを遅くすることで、ステアリングホイールの切り始めのすっきり感を付与することができる。
【0012】
また、請求項4に係る電動パワーステアリング装置は、前記電動機はシンクロナスリラクタンスモータであることを特徴とする。
【0013】
本発明によれば、シンクロナスリラクタンスモータの場合は磁石がない分、フリクション補償が多く必要になるが、請求項1から請求項3に係る発明の手法でフリクション補償を付与することで、リラクタンスモータを用いた場合にも、操舵フィーリングを向上させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る電動パワーステアリング装置によれば、操舵フィーリングを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施形態の電動パワーステアリング装置の構成を示す図である。
【図2】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における制御装置のDUTY信号生成部の機能構成を示す図である。
【図3】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における制御装置の目標電流生成部の機能構成を示す図である。
【図4】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベース信号演算部の特性を示す図である。
【図5】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるダンパ補償信号演算部の機能構成を示す図である。
【図6】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベースフリクション信号演算部の特性を示す図である。
【図7】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における車速レシオ演算部の特性を示す図である。
【図8】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における舵角レシオ演算部の特性を示す図である。
【図9】第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるピニオントルクレシオ演算部の特性を示す図である。
【図10】第2の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベース信号演算部の機能構成を示す図である。
【図11】第2の実施形態の電動パワーステアリング装置における往き戻りレシオ演算部が実行する往き戻りレシオ更新のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第1の実施形態)
以下、本発明を実施するための形態(以下「実施形態」という)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。なお、各図において、共通する部分には同一の符号を付し重複した説明を省略する。
【0017】
≪電動パワーステアリング装置の構成≫
図1を用いて本実施形態に係る電動パワーステアリング装置100の構成について説明する。
図1は、本実施形態の電動パワーステアリング装置の構成を示す図である。
電動パワーステアリング装置100は、ステアリングホイール2が設けられたメインステアリングシャフト3と、シャフト1と、ピニオン軸5とが、2つのユニバーサルジョイント(自在継手)4によって連結されている。また、ピニオン軸5の下端部に設けられたピニオンギア7は、車幅方向に往復運動可能なラック軸8のラック歯8aに噛合し、ラック軸8の両端には、タイロッド9,9を介して左右の転舵輪10,10が連結されている。この構成により、電動パワーステアリング装置100は、ステアリングホイール2の操舵時に車両の進行方向を変えることができる。ここで、ラック軸8、ラック歯8a、タイロッド9,9は転舵機構を構成する。なお、ピニオン軸5はその下部、中間部、上部を軸受6a,6b,6cを介してステアリングギアボックス20に支持されている。
【0018】
また、電動パワーステアリング装置100は、ステアリングホイール2の操舵時の操舵力を軽減するための補助操舵力を供給する電動機11を備えており、この電動機11の出力軸に設けられたウォームギア12が、ピニオン軸5に設けられたウォームホイールギア13に噛合している。即ち、ウォームギア12とウォームホイールギア13とで減速機構が構成されている。また、電動機11、電動機11の回転子(図示せず)に連結されているウォームギア12、ウォームホイールギア13、ピニオン軸5、ラック軸8、ラック歯8a、タイロッド9,9等により、ステアリング系が構成される。
【0019】
電動機11は、複数の界磁コイルを備えた固定子(図示せず)と、この固定子の内部で回転する回転子(図示せず)とを有してなる3相ブラシレスモータであり、電気動力を機械的動力(PM =ωm M )に変換するものである。ここで、ωm は回転速度であり、TM は電動機11の発生トルク(アシストトルク)である。また、発生トルクTM と実際に出力として取り出すことができる出力トルクTM ´との関係は、下記(1)式によって表現される。(i:ウォームギア12とウォームホイールギア13との減速比)
M ´=TM −(cm ・dθm /dt+Jm ・d2 θm /dt2 )i2 ・・・(1)
上記(1)式より、出力トルクTM ´と電動機11の回転角θm との関係は、電動機11の回転子の慣性モーメントJm と粘性係数cm とによって規定され、車両特性や車両状態に無関係である。
【0020】
更に、電動パワーステアリング装置100は、制御装置200と、電動機11を駆動する電動機駆動手段60と、レゾルバ50と、ピニオン軸5に加えられるピニオントルクを検出するトルクセンサ30と、トルクセンサ30の出力を増幅する差動増幅回路40と、車速センサ35とを備えている。
【0021】
電動機駆動手段60は、例えば、3相のFETブリッジ回路のような複数のスイッチング素子を備え、制御装置200から出力されたDUTY(DUTY U、DUTY V、DUTY W)信号を用いて、矩形波電圧を生成し、電動機11を駆動するものである。また、電動機駆動手段60は図示しないホール素子を用いて3相の電機子電流I(IU、IV、IW)を検出する機能を備えている。
【0022】
レゾルバ50は、電動機11の回転角θm を検出し、回転角信号θmS を出力するものであり、例えば、磁気抵抗変化を検出するセンサを周方向に等間隔の複数の凹凸部を設けた磁性回転体に近接させたものである。なお、回転角信号θmS は、検出した電動機11の回転角の信号である。
操舵角センサ(操舵角検出手段)37は、メインステアリングシャフト3に取付けられ、ステアリングホイール2の操舵角θを検出し、操舵角信号θS を出力するものである。なお、操舵角信号θS は、検出したステアリングホイール2の操舵角θの信号である。
なお、本実施形態に係る操舵角センサ37は、メインステアリングシャフト3に取付けられる構成として説明するが、これに限られるものではなく、例えば、ラック軸8の位置を検出する位置センサから操舵角θを検出する構成としてもよい。
【0023】
トルクセンサ(操舵トルク検出手段)30は、ピニオン軸5に加えられるピニオントルクを検出するものであり、ピニオン軸5の軸方向2箇所に逆方向の異方性となるように磁歪膜が被着され、各磁歪膜の表面に検出コイルがピニオン軸5に離間して挿入されている。
ここで、ステアリングホイール2が設けられたメインステアリングシャフト3と、シャフト1と、ピニオン軸5とが、2つのユニバーサルジョイント(自在継手)4によって連結されており、ピニオン軸5に加えられるピニオントルクは、即ち、ステアリングホイール2を操舵する操舵トルクTであるから、トルクセンサ30はステアリングホイール2の操舵トルク検出手段として機能する。
【0024】
差動増幅回路40は、検出コイルがインダクタンス変化として検出した2つの磁歪膜の透磁率変化の差分を増幅し、トルク信号TS を出力するものである。なお、このトルク信号TS は、ピニオントルクレベルを示す信号である。
【0025】
車速センサ35は、車両の車速Vを単位時間あたりのパルス数として検出するものであり、車速信号VS を出力する。
【0026】
制御装置200は、CPU、ROM、RAM等を備えるマイクロコンピュータからなり、電動機駆動手段60からの3相電流I、レゾルバ50からの回転角信号θmS 、車速センサ35からの車速信号VS 、操舵角センサ37からの操舵角信号θS 、差動増幅回路40からのトルク信号TS から得られる前記の発生トルクTM で、電動機11を駆動させるためのDUTY信号を電動機駆動手段60に出力する。このDUTY信号の出力により、電動機駆動手段60は、前記の発生トルクTM で電動機11を駆動させる。
【0027】
また、制御装置200は、目標電流信号生成部201と、DUTY信号生成部202とを備える。
次に、図2および図3を用いて目標電流信号生成部201とDUTY信号生成部202ついて、説明する。
図2は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における制御装置のDUTY信号生成部の機能構成を示す図である。図3は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における制御装置の目標電流生成部の機能構成を示す図である。
【0028】
≪DUTY信号生成部の構成≫
図2に示すように、DUTY信号生成部202は、励磁電流生成部260、Q軸(トルク軸)PID制御部270、D軸(磁極軸)PID制御部275、2軸3相変換部280、3相2軸変換部285、PWM変換部290、加算器253,254を機能ブロックとして備える。
【0029】
3相2軸変換部285は、電動機駆動手段60(図1参照)が検出する電動機11(図1参照)の3相電流IU、IV、IWを、電動機11の回転子の磁極軸であるD軸の電流(ID)と、このD軸に対して電気的に90度回転した軸であるQ軸の電流(IQ)に変換するものであり、D軸電流IDは励磁電流に比例し、Q軸電流IQは電動機11の発生トルクTM に比例する。
【0030】
励磁電流生成部260は、電動機11(図1参照)の励磁電流目標値を生成して出力する。
【0031】
D軸(磁極軸)PID制御部275は、加算器254の出力信号を、即ち、3相2軸変換部285から出力されたD軸電流IDと励磁電流生成部260で生成された励磁電流目標値との差分を、減少するようにP(比例)制御、I(積分)制御およびD(微分)制御を行う。
【0032】
Q軸(トルク軸)PID制御部270は、加算器253の出力信号を、即ち、3相2軸変換部285から出力されたQ軸電流IQとこのQ軸電流IQの目標電流IMとの差分である偏差信号IEを、減少するようにP(比例)制御、I(積分)制御およびD(微分)制御を行う。なお、電動機11(図1参照)の発生トルクTM を規定するQ軸電流IQの目標電流IMは目標電流信号生成部201が出力する信号であり、詳細については後述する。
【0033】
2軸3相変換部280は、Q軸(トルク軸)PID制御部270の出力信号VQとD軸(磁極軸)PID制御部275の出力信号VDとの2軸信号を3相信号UU、UV、UWに変換して出力する。なお、2軸3相変換部280は、レゾルバ50(図1参照)から出力された電動機11(図1参照)の回転角信号θmS が入力され、回転子の磁極位置に応じた信号が出力される。
【0034】
PWM変換部290は、2軸3相変換部280から出力された3相信号UU、UV、UWの大きさに比例したパルス幅のON/OFF信号[PWM(Pulse Width Modulation)信号]であるDUTY信号(DUTY U、DUTY Y、DUTY W)を生成して電動機駆動手段60(図1参照)に出力する。なお、PWM変換部290は、レゾルバ50(図1参照)から出力された電動機11(図1参照)の回転角信号θmS が入力され、回転子の磁極位置に応じた信号が出力される。
【0035】
≪目標電流信号生成部の構成≫
図3に示すように、目標電流信号生成部(基本アシスト指令値決定手段)201は、ベース信号演算部210、ダンパ補償信号演算部220、イナーシャ補償信号演算部230、舵角速度算出部240、往き戻り状態検出部245、加算器251,252を機能ブロックとして備える。
電動機11(図1参照)の発生トルクTM を規定するQ軸電流IQの目標電流IMの生成について、以下、説明する。
加算器251は、ベース信号演算部210が出力するベースアシスト電流A1からダンパ補償信号演算部220が出力するダンパ補償電流A2を減算し、加算器252に出力する。加算器252は、加算器251からの出力値(A1−A2)にイナーシャ補償信号演算部230が出力するイナーシャ補償電流A3を加算して目標電流IM(すなわち、IM=A1−A2+A3)としてDUTY信号生成部202に出力する。
なお、目標電流IMが請求項に記載の「基本アシスト指令値」に対応し、ダンパ補償電流A2が請求項に記載の「フリクション補償値」に対応する。
【0036】
<ベース信号演算部>
ベース信号演算部210は、差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS と、車速センサ35(図1参照)が出力する車速信号VS とから、目標電流IMの基準となるベースアシスト電流A1を生成し、加算器251に出力する。
このベースアシスト電流A1は、実験測定等によって予め設定されベース信号演算部210に格納されたベースマップ210aを参照することによって、行われる。
【0037】
図4を用いて、ベース信号演算部210に格納されたベースマップ210aのトルク信号TS 及び車速信号VS とベースアシスト電流A1との対応関係を説明する。
図4は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベース信号演算部の特性を示す図である。
ベースマップ210aでは、トルク信号TS のレベルが小さいときはベースアシスト電流A1がゼロレベルに設定される非アシスト領域N1が設けられ、この非アシスト領域N1よりもトルク信号TS のレベルが大きくなると、ゲインG1で直線的に増加する特性を備えている。
また、ベースマップ210aでは、トルク信号TS のレベルが所定レベル以上のとき、ゲインがG1からG2に増加(傾きが増加)し、更にトルク信号TS のレベルが増加して前記所定レベルよりも高い所定レベル以上となったとき、ベースアシスト電流A1のレベルが飽和する特性を備えている。
【0038】
更に、ベースマップ210aでは、車速Vが大きく高速になるに従って、ゲインG1,G2が低くなり、且つ、非アシスト領域N1が大きくなる特性を備えている。この特性を備えていることにより、車速ゼロの据え切り操作時が最も負荷が重く、中低速時では比較的負荷が軽くなり、高速時ではマニュアルステアリング領域を大きくとって路面情報を運転者に与えるようにしている。
【0039】
<イナーシャ補償信号演算部>
図3に戻り、イナーシャ補償信号演算部230は、差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS からイナーシャ補償電流A3を生成し、加算器252に出力する。
このイナーシャ補償電流A3は、実験測定等によって予め設定されイナーシャ補償信号演算部230に格納されたイナーシャマップ230aを参照することによって、生成される。
【0040】
また、イナーシャ補償信号演算部230は、電動機11の回転子の慣性による応答性の低下を補償している。言い換えれば、電動機11は正回転から逆回転に、または、逆回転から正回転に回転方向を切り換える際、慣性によってその状態を維持させようとするのですぐには回転方向が切り換わらない。そこで、イナーシャ補償信号演算部230は、電動機11の回転方向の切り換わりがステアリングホイール2の回転方向が切り換わるタイミングに一致するように制御している。このようにして、イナーシャ補償信号演算部230は、ステアリング系の慣性による操舵の応答遅れを改善してすっきりした操舵フィーリングを付与している。
【0041】
<舵角速度算出部>
舵角速度算出部(舵角速度算出手段)240は、操舵角センサ37(図1参照)が出力する操舵角信号θS に基づいて、ステアリングホイール2(図1参照)の操舵角θを微分演算することにより舵角速度ω(=dθ/dt)を算出し、舵角速度信号ωSを生成して、ダンパ補償信号演算部220および往き戻り状態検出部245に出力する。
なお、操舵角θを微分演算した操舵角速度dθ/dtは、減速機構(ウォームギア12、ウォームホイールギア13)の減速比iと回転角θm を微分演算した回転角速度dθm /dtとし、(2)式の関係より求められる。
dθ/dt=i-1・dθm /dt ・・・(2)
したがって、舵角速度算出部240は、レゾルバ50(図1参照)の電動機11の回転角θm と減速比iからステアリングホイール2の舵角速度ωを求める構成としてもよい。
【0042】
<往き戻り状態検出部>
往き戻り状態検出部245は、差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS と、舵角速度算出部240が出力する舵角速度信号ωS から、「往き状態」または「戻り状態」であるか否かを検出する。また、検出結果から「往き状態」または「戻り状態」を示す状態信号Jを生成してダンパ補償信号演算部220に出力する。
【0043】
なお、「往き状態」とはステアリングホイール2(図1参照)の操舵トルクの方向と回転方向が一致するときであり、「戻り状態」とはステアリングホイール2の操舵トルクの方向と回転方向が異なるときである。
これは、トルク信号TS と舵角速度信号ωS との符号(+/−)が同符号の場合、即ち、TS ・ωS >0の場合が「往き状態」である。一方、トルク信号TS と舵角速度信号ωS との符号(+/−)が逆符号の場合、即ち、TS ・ωS <0の場合が「戻り状態」である。
【0044】
<ダンパ補償信号演算部>
ダンパ補償信号演算部(フリクション補償値決定手段)220は、差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS と、車速センサ35(図1参照)が出力する車速信号VS と、操舵角センサ37(図1参照)が出力する操舵角信号θS と、舵角速度算出部240が出力する舵角速度信号ωS と、往き戻り状態検出部245が出力する状態信号Jから、ダンパ補償電流A2を生成し、加算器251に出力する。
図5を用いてダンパ補償信号演算部220について、さらに詳細に説明する。
図5は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるダンパ補償信号演算部の機能構成を示す図である。
【0045】
図5に示すように、ダンパ補償信号演算部220は、ベースフリクション信号演算部221、車速レシオ演算部222、舵角レシオ演算部223、ピニオントルクレシオ演算部224、積算器225,226,227を機能ブロックとして備える。
【0046】
積算器225は、ベースフリクション信号演算部221が出力するベースフリクションに、車速レシオ演算部222が出力する車速レシオRV を積算し、積算器226に出力する。
積算器226は、積算器225の出力値に、舵角レシオ演算部223が出力する舵角レシオRθ を積算し、積算器227に出力する。
積算器227は、積算器226の出力値に、ピニオントルクレシオ演算部224のピニオントルクレシオRT を積算しダンパ補償電流A2として加算器251(図3参照)に出力する。
【0047】
<ベースフリクション信号演算部>
ベースフリクション信号演算部221は、舵角速度算出部240(図3参照)が出力する舵角速度信号ωS からダンパ補償電流A2の基準となるベースフリクション信号を生成し、積算器225に出力する。
このベースフリクション信号は、実験測定等によって予め設定されベースフリクション信号演算部221に格納されたベースフリクションマップ221aを参照することによって、生成される。
【0048】
図6は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベースフリクション信号演算部の特性を示す図である。
ベースフリクションマップ221aでは、図6に示すように、舵角速度信号ωS の符号(+/−)によりベースフリクション信号が決定される。
【0049】
<車速レシオ演算部>
車速レシオ演算部222は、車速センサ35(図1参照)が出力する車速信号VS から車速レシオRV を生成し、積算器225に出力する。
この車速レシオRV は、実験測定等によって予め設定され車速レシオ演算部222に格納された車速レシオマップ222aを参照することによって、生成される。
【0050】
図7は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における車速レシオ演算部の特性を示す図である。
車速レシオマップ222aでは、図7に示すように、車速Vが大きくなるに従ってフリクションも大きくなるように車速レシオRV を上げ、車速Vが小さくなるに従ってフリクションも小さくなるように車速レシオRV を下げる。
【0051】
<舵角レシオ演算部>
舵角レシオ演算部223は、操舵角センサ37(図1参照)が出力する操舵角信号θS と、往き戻り状態検出部245が出力する状態信号Jとから舵角レシオRθ を生成し、積算器226に出力する。
この舵角レシオRθ は、実験測定等によって予め設定され舵角レシオ演算部223に格納された舵角レシオマップ223aを参照することによって、生成される。
【0052】
図8は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置における舵角レシオ演算部の特性を示す図である。
舵角レシオマップ223aでは、図8に示すように、操舵角θが大きくなるに従って舵角レシオRθ も大きくなり、また、舵角レシオRθ は上限値を有する。
ここで、舵角レシオRθ の上限値は、戻り状態時よりも往き状態の方が高く設定される。
このように、往き状態の上限値を高く設定することにより、上限値に達した後のステアリングホイール2にしっかりとした安定感のある操作フィーリングを付与することができる。また、戻り状態の上限値を往き状態より低く設定することで、上限値に達した後のステアリングホイール2の戻り操作を行いやすくすることができる。
【0053】
更に、舵角レシオRθ が上限値に達するまでのゲイン(傾き)は、往き状態よりも戻り状態の方が高く設定される。
このように、往き状態のゲインより戻り状態のゲインを高く設定することにより、往き状態の立ち上がりを遅くすることで、ステアリングホイール2の切り始めに、すっきりとした操作フィーリングを付与することができる。また、戻り状態の立ち上がりを早くすることでステアリングホイール2の切り始めに、しっかりとした安定感のある操作フィーリングを付与することができる。
【0054】
<ピニオントルクレシオ演算部>
ピニオントルクレシオ演算部224は、差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS と、往き戻り状態検出部245が出力する状態信号JとからピニオントルクレシオRT を生成し、積算器227に出力する。
このピニオントルクレシオRT は、実験測定等によって予め設定され車ピニオントルクレシオ演算部224に格納されたピニオントルクレシオマップ224aを参照することによって、生成される。
【0055】
図9は、第1の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるピニオントルクレシオ演算部の特性を示す図である。
ピニオントルクレシオマップ224aでは、図9に示すように、ピニオントルクTが大きくなるに従ってピニオントルクレシオRT も大きくなり、また、ピニオントルクレシオRT は上限値を有する。
ここで、ピニオントルクレシオRT が上限値に達するまでのゲイン(傾き)は、戻り状態よりも往き状態の方が高く設定される。
このように、戻り状態のゲインより往き状態のゲインを高く設定することにより、戻り状態時のトルク入力時は、往き状態時のトルク入力時よりもフリクションを下げ、すっきりとした操作フィーリングを付与することができる。
【0056】
≪まとめ≫
以上説明したように、第1の実施形態によれば、操舵角θに応じてフリクションを可変とすることができるので、外乱タフネス・収斂性と、良好な戻りとを両立する電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【0057】
(第1の実施形態の変形例)
以上、第1の実施形態に係る電動機11をブラシレスモータとして説明したが、電動機11として、シンクロナスリラクタンスモータを用いてもよい。
シンクロナスリラクタンスモータは内部に磁石を使用していないため、ブラシレスモータを用いた場合と比較して、電動機11に起因するフリクションが小さくなる。しかし、第1の実施形態で説明したように、フリクション補償値を付与することで、シンクロナスリラクタンスモータを用いた場合にも、ブラシレスモータを用いた場合と同様に、操舵フィーリングを向上させることができる。
【0058】
(第2の実施形態)
前記第1の実施形態はダンパ補償電流A2でフリクションを付与する制御を行ったものであるが、第2の実施形態ではベースアシスト電流A1を制御ものについて説明する。なお、第1の実施形態と同じ要素については同じ符号を付して説明を省略する。
【0059】
図10は、第2の実施形態の電動パワーステアリング装置におけるベース信号演算部の機能構成を示す図である。
第2の実施形態では、ベース信号演算部210が出力するベースアシスト電流A1に、往き戻りレシオ演算部212が出力する往き戻りレシオRJ を積算器211で積算し、ベースアシスト電流A1’(=A1×RJ )として出力するものである。
なお、ダンパ補償信号演算部220(図3参照)、イナーシャ補償信号演算部230(図3参照)は省略して説明する。
【0060】
<往き戻りレシオ演算部>
往き戻りレシオ演算部212は、往き戻りレシオRJ を積算器211に出力する。また、一定の間隔(例えば、25ms毎)で、現在の往き戻りレシオRJ と、往き戻り状態検出部245が出力する状態信号Jとから往き戻りレシオRJ を更新する。
【0061】
往き戻りレシオ演算部212にて往き戻りレシオRJ を更新する方法について説明する。
図11は、第2の実施形態の電動パワーステアリング装置における往き戻りレシオ演算部が実行する往き戻りレシオ更新のフローチャートである。
往き戻りレシオ演算部212は往き戻り状態検出部245が出力する状態信号Jが往き状態を示す信号であるか否かを判定する(ステップS101)。
【0062】
往き状態である場合には(ステップS101でYes)、往き戻りレシオ演算部212は往き戻りレシオRJ を増加させる(ステップS102)。
次に、往き戻りレシオ演算部212は、増加した往き戻りレシオRJ が上限値であるRmaxより大きいか否かを判定する(ステップS103)。
【0063】
往き戻りレシオRJ が上限値Rmaxより大きい場合には(ステップS103でYes)、往き戻りレシオ演算部212は、往き戻りレシオRJ を上限値Rmaxとして更新して(ステップS104)、往き戻りレシオRJ の更新処理を終了する。
一方、往き戻りレシオRJ が上限値Rmax以下である場合には(ステップS103でNo)、そのまま、往き戻りレシオRJ の更新処理を終了する。
【0064】
また、ステップS101において、往き状態でない場合には(ステップS101でNo)、往き戻りレシオ演算部212は往き戻り状態検出部245が出力する状態信号Jが戻り状態を示す信号であるか否かを判定する(ステップS105)。
【0065】
戻り状態である場合には(ステップS105でYes)、往き戻りレシオ演算部212は往き戻りレシオRJ を減少させる(ステップS106)。
次に、往き戻りレシオ演算部212は、減少した往き戻りレシオRJ が加減値であるRminより小さいか否かを判定する(ステップS107)。
【0066】
往き戻りレシオRJ が下限値Rmaxより小さい場合には(ステップS107でYes)、往き戻りレシオ演算部212は、往き戻りレシオRJ を下限値Rminとして更新して(ステップS108)、往き戻りレシオRJ の更新処理を終了する。
一方、往き戻りレシオRJ が下限値Rmin以上である場合には(ステップS107でNo)、そのまま、往き戻りレシオRJ の更新処理を終了する。
【0067】
また、ステップS105において、戻り状態でない場合には(ステップS105でNo)、往き戻りレシオRJ を更新せず、往き戻りレシオRJ の更新処理を終了する。
【0068】
≪まとめ≫
差動増幅回路40(図1参照)が出力するトルク信号TS では、ピニオントルクTが、運転者の操舵による入力に起因するものか、外乱の入力により発生したトルク(ステアリングのイナーシャと舵角速度ωの積)に起因するものかについては、判別をすることができない。このため、外乱の入力によりピニオン軸5が回転した場合には、トルク信号TS を参照するベース信号演算部210から、ステアリングホイール2の回転方向と逆の方向にアシストするベースアシスト電流A1が出力され、ステアリングホイール2の戻り悪化の原因となる。
これに対し、第2の実施形態によれば、戻り状態と判定した場合には、往き戻りレシオRJ 減少させることにより、ベースアシスト電流A1’を減少させる。これにより、外乱の入力による戻り悪化の影響を小さくする操作フィーリングを付与する電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0069】
2 ステアリングホイール
11 電動機
30 トルクセンサ(操舵トルク検出手段)
35 車速センサ
37 操舵角センサ(操舵角検出手段)
40 差動増幅回路
50 レゾルバ
60 電動機駆動手段
100 電動パワーステアリング装置
200 制御装置
201 目標電流信号生成部(基本アシスト指令値決定手段)
202 DUTY信号生成部
210 ベース信号演算部
210a ベースマップ
212 往き戻りレシオ演算部
220 ダンパ補償信号演算部(フリクション補償値決定手段)
221 ベースフリクション信号演算部
221a ベースフリクションマップ
222 車速レシオ演算部
222a 車速レシオマップ
223 舵角レシオ演算部
223a 舵角レシオマップ
224 ピニオントルクレシオ演算部
224a ピニオントルクレシオマップ
230 イナーシャ補償信号演算部
230a イナーシャマップ
240 舵角速度算出部(舵角速度算出手段)
245 往き戻り状態検出部
211,225,226,227 積算器
251,252,253,244 加算器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者がステアリングホイールを操舵する際の操舵トルクを検出する操舵トルク検出手段と、
前記操舵トルク検出手段からの信号に基づき基本アシスト指令値を決定する基本アシスト指令値決定手段と、
前記基本アシスト指令値決定手段からの基本アシスト指令値に基づき運転者の操舵をアシストするアシストトルクを発生させる電動機と、
を備える電動パワーステアリング装置において、
前記基本アシスト指令値決定手段にフリクションを補償するためのフリクション補償値を決定するフリクション補償値決定手段と、
前記ステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角検出手段と、
前記操舵角検出手段からの信号に基づき前記ステアリングホイールの回転速度を算出する舵角速度算出手段を有し、
前記操舵トルク検出手段で検出された操舵トルクの方向と前記舵角速度検出手段で検出された前記ステアリングホイールの回転速度の方向が一致する場合を往き状態とし、
前記操舵トルク検出手段で検出された操舵トルクの方向と前記舵角速度検出手段で検出された前記ステアリングホイールの回転速度の方向が異なる場合を戻り状態とし、
前記往き状態時と前記戻り状態時の前記フリクション補償値決定手段からのフリクション補償値を前記操舵角が大きくなるに従って大きくした
ことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【請求項2】
前記フリクション補償値は上限値を有し、この上限値は前記戻り状態時よりも前記往き状態時の方が高い
ことを特徴とする請求項1に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項3】
前記上限値に達するまでの前記フリクション補償値の前記戻り状態時の増加率は前記往き状態時の増加率より高い
ことを特徴とする請求項2に記載の電動パワーステアリング装置。
【請求項4】
前記電動機はシンクロナスリラクタンスモータである
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−105190(P2011−105190A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−263488(P2009−263488)
【出願日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】