説明

電子回路内蔵樹脂筐体

【課題】プリント配線板と筐体樹脂が一体化した電子回路内蔵樹脂筐体において、プリント配線板と筐体樹脂とが高い密着性を有する回路樹脂内蔵樹脂筐体を提供する。
【解決手段】電子回路内蔵樹脂筐体は、グラフト共重合体(A)の成形物の片面または両面に電子回路を形成させたプリント配線板上に、熱可塑性樹脂層が融着形成されたものである。上記グラフト共重合体(A)は、α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体に基づく構成単位からなるランダムまたはブロック共重合体60〜85質量部に、芳香族系ビニル単量体15〜40質量部をグラフト重合して得られる共重合体であって、芳香族系ビニル単量体全体のうち、多官能性の芳香族系ビニル単量体が5〜35質量%に設定されている。前記熱可塑性樹脂層は、インサート成形法によって、プリント配線板上に融着されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子回路を内蔵する樹脂筐体を使用することによって、回路基板を内蔵すると同時に内部に広い空間容積を有する樹脂筐体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種電子機器の軽薄短小化への要求は加速する傾向にあるが、それに応え様々な革新技術が提案、実現されてきた。特に携帯電話を代表とする移動体通信機器は、ユーザー携行が前提であるため、同じ機能であればより小さく軽く、同じ大きさであればより高機能であることが求められる。このような軽薄短小化の要求に応ずる方法としては、従来は機器筐体とプリント配線板との間に無駄に存在していた機器内部容積を、様々なモジュールや電池を配する空間として有効に利用する技術開発が進展している。
【0003】
その1つとして、回路形成され各種部品が実装されたプリント配線板上に筐体樹脂をインサート成形することによって、プリント配線板と筐体樹脂が一体化した電子回路内蔵樹脂筐体を得る方法が知られている(例えば、特許文献1)。インサート成形とは、金型内にインサート品(この場合はプリント配線板)を予め装填した後、溶融した樹脂を注入してインサート品を溶融樹脂と付着固定して、インサート品と樹脂とが一体化した複合部品を製作する工法である。
【0004】
この方法で電子回路内蔵樹脂筐体を得る場合には、プリント配線板と筐体樹脂との間に空隙が生じると、電子機器を使用する際、電子回路内蔵樹脂筐体の内部に存在する空気中の水分が空隙部分に入り込み、電子回路に腐食等の悪影響を及ぼし電子機器の信頼性に悪影響を及ぼす恐れがある。プリント配線板と筐体樹脂との間の空隙を無くすため、熱硬化性の接着剤が用いられる(例えば特許文献2)。しかしながら、インサート成形時に融着すべき界面にこれらの接着成分が介在することによって、高圧で流入する溶融樹脂の流れや、樹脂の冷却固化時の収縮変形によって位置ズレが生じたり接着部分の凝集破壊が生じたりして、電子機器の信頼性について空隙の存在とはまた別の悪影響が生じる。近年は、様々な意匠が凝らされて、曲面や異形の形状を有する樹脂筐体が多用されるようになっており、樹脂筐体の形状に沿わせてプリント配線板を筐体樹脂に密着させることは、ますます厳しくなってきている。
【0005】
樹脂筐体の形状を選ばず、プリント配線板と筐体樹脂との密着性が高く、電子機器の信頼性の高い電子回路内蔵樹脂筐体を得ることが強く求められているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭63−080597号公報
【特許文献2】特開平06−021594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明の目的とするところは、プリント配線板と筐体樹脂が一体化した電子回路内蔵樹脂筐体において、プリント配線板と筐体樹脂とが高い密着性を有する回路樹脂内蔵樹脂筐体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記の問題点に鑑み鋭意検討した結果、特定の組成のグラフト共重合体を用いたプリント配線板上に、熱可塑性樹脂層の筐体を融着形成させることによって得られる回路樹脂内蔵樹脂筐体によって、前記の課題を解決しうることの知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は次の〔1〕および〔2〕である。
〔1〕α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体に基づく構成単位からなるランダムまたはブロック共重合体60〜85質量部に、芳香族系ビニル単量体15〜40質量部をグラフト重合してなるグラフト共重合体であって、芳香族系ビニル単量体全体のうち、多官能性の芳香族系ビニル単量体が5〜35質量%であるグラフト共重合体(A)の成形物の片面または両面に電子回路を形成させたプリント配線板上に、融着形成された熱可塑性樹脂層を有する電子回路内蔵樹脂筐体。
〔2〕熱可塑性樹脂層がインサート成形法によって、プリント配線板上に融着された前記の〔1〕に記載の電子回路内蔵樹脂筐体。
【0010】
前記の課題を解決するために、インサート成形時の筐体樹脂と同程度の融点を有すると同時に、融点以上であっても急激な流動性を示すことなく形状を維持することが可能な熱可塑性樹脂をプリント配線板の主構成成分とした。プリント配線板が熱可塑性樹脂から構成されることによって筐体樹脂と部分的溶融し、異なる樹脂間の密着が得られる。また、プリント配線板が熱可塑性樹脂であることから、インサート成形前に樹脂筐体形状と同等の形状に変形させ、湾曲したり屈曲したりする筐体形状に追従させることが可能であり、プリント配線板用のインサート成形前後における形状変化を小さくすることが可能であることから、インサート成形後のプリント配線板への歪みが小さくなり、プリント配線板用と筐体樹脂間は高い密着性を示す。
【発明の効果】
【0011】
本発明によって、電子回路が形成されたプリント配線板と強固に一体化した樹脂筐体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】(a)は実施例におけるプリント配線板用銅張り基板を湾曲させるための回路基板変形用金型を構成する雄型と雌型を示す断面図、(b)は回路基板変形用金型を示す平面図。
【図2】(a)はインサート成形用金型を示す断面図、(b)はインサート成形用金型の雄型を示す断面図、(c)はインサート成形用金型の雌型を示す断面図、(d)はインサート成形用金型を示す平面図。
【図3】電子回路内蔵樹脂筐体を示す斜視図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
本発明の電子回路内蔵樹脂筐体とは、電子回路としての機能と電子機器筐体としての機能を同時に有する樹脂筐体である。この樹脂筐体は、電子回路が形成されたプリント配線板と、熱可塑性樹脂層よりなる樹脂筐体とから構成されており、両者の接合はプリント配線板用に筐体となる熱可塑性樹脂をインサート成形することによって達成される。また、電子回路が形成されたプリント配線板は様々な形状を有する筐体形状に沿った形状に変形することが可能であるという特性を有している。そこで、あらかじめ接合後の形状に変形され電子回路が形成されたプリント配線板に対して熱可塑性樹脂(筐体樹脂)をインサート成形することによって、屈曲した形状や半球状の曲面といった特殊な意匠を有する樹脂筐体に沿った形状で電子回路を有するプリント配線板が接合された樹脂筐体を得ることができる。このような構成の電子機器筐体は特殊な意匠を有しながら機器内部空間容積が大きくなり、高機能化、または軽薄短小化に有効な筐体である。
【0014】
本発明の樹脂筐体を得るためには、上記のような機能、特性を満たすプリント配線板を得る必要がある。そこで、熱可塑性樹脂であり、回路形成後も表面修飾が可能であり、融点以上でも緩慢な流動性上昇を示すグラフト共重合体(A)を主成分とすることで、上記のような機能を有するプリント配線板が得られる。ただし、グラフト共重合体(A)は有機溶剤等に難溶性の樹脂材料である。従って、一般的な含浸法によるプリント配線板製造法を採ることができない。そこで、グラフト共重合体(A)をシート状に成形し、それ単体、もしくはそのシート2枚で無機補強材を挟み込み熱プレスして得られたプリプレグに金属膜を形成させプリント配線板用金属張り基板を得ることができる。ここで、プリプレグとは、一般に強化プラスチック用の樹脂に硬化剤やその他の成分を適正な割合で配合したものを、予めガラスクロスのような織物状の補強材に含浸させ、非粘着性の半硬化状態とした成形材料をいう〔大成社出版(株)、ポリマー辞典第5版〕。本実施形態においては、この定義に類する配合方法によって非粘着性の成形材料が得られるので、硬化剤を用いて半硬化しなくとも、これをプリプレグということとする。
<グラフト共重合体(A)>
グラフト共重合体(A)は、α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体の単量体単位からなるランダムまたはブロック共重合体60〜85質量部に、芳香族系ビニル単量体15〜40質量部をグラフト重合してなる。
【0015】
グラフト共重合体(A)の構成単位をなす、α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体の単量体単位からなるランダムまたはブロック共重合体に、π電子相互作用を生じせしめる芳香族系ビニル単量体がグラフトされたグラフト共重合体の分子形態をとるために、芳香族系ビニル単量体単位が主鎖構造に対して、ドメインを形成すると考えられる。このため、溶剤に対して部分的な溶解性を示すだけであり、融点以上の温度でも液状化し、流動して熱だれしないという特性を有している。
【0016】
上記α−オレフィン系単量体としてはエチレン、プロピレン、ブテン、オクテン、4−メチルペンテン−1、2,4,4−メチルペンテン−1等が挙げられる。また、共役ジエン系単量体としては、1,3−ブタジエン、2−メチル−1,3−ブタジエン等が挙げられる。
【0017】
グラフト共重合体(A)の被グラフト体(以下、マトリックス重合体という)として用いる共重合体は、上記のα−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体の単量体単位からなるランダムまたはブロック共重合体であり、α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体の単量体単位は、異種のものを複数混合して用いてもよい。また、マトリックス重合体中の共役ジエン系単量体単位は、部分的に水素化されていてもよい。
【0018】
上記のマトリックス重合体にグラフトされる芳香族系ビニル単量体としては、単官能性のものとして、スチレン、p−メチルスチレン、p−エチルスチレン等のスチレン系単量体が挙げられる。多官能性のものとしては、ジビニルベンゼン等が挙げられる。これらの単量体は1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0019】
グラフト共重合体(A)中の芳香族系ビニル単量体の割合は15〜40質量%であり、好ましくは25〜35質量%である。この割合が15質量%より少ない場合には、グラフト共重合体(A)はα−オレフィン系重合体や共役ジエン系重合体の特性を強く示し、融点以上において非常に高い流動性を示すため、プリプレグの形状維持や厚さの制御が困難となる。その一方、40質量%より多い場合には、プリプレグから成形物となす際、非常に脆くなりシート状にすることが困難となる。
【0020】
さらに、芳香族系ビニル単量体中の多官能性芳香族系ビニル単量体割合は、5〜35質量%であり、好ましくは15〜25質量%である。芳香族系ビニル単量体における多官能性芳香族系ビニル単量体の割合が5質量%より少ないと、グラフト共重合体の流動性が大きくなり、電子回路内蔵樹脂筐体の耐ヒートサイクル性が悪化する。その一方、35質量%より多いと、プリプレグから成形物となす際、非常に脆くなりシート状にすることが困難となる場合がある。
【0021】
グラフト共重合体(A)の分子の大きさとしては、直線状の高分子鎖をなさないので流動性をもって判断するのが適切である。流動性の測定方法は実施例に記載の方法で定義される。グラフト共重合体(A)のメルトマスフローレイト(MFR)の値として好ましくは2〜50g/(10min)であり、より好ましくは5〜15g/(10min)である。このMFR値が2g/(10min)未満の場合には、シート状やプリプレグとしたときに非常に脆く十分な機械的物性を得ることができず、50g/(10min)を超える場合には、インサート成形前の変形時にプリント配線板形状の維持が困難であったり、インサート成形時に回路ずれしたりする問題が生じる。
【0022】
グラフト共重合体(A)を製造する際のグラフト化法としては、一般によく知られている連鎖移動法、電離性放射線照射法等いずれの方法も採用される。これらの方法のうち、グラフト効率が高く、熱による二次的凝集が起こらないため、性能の発現がより効果的であり、また製造方法が簡便であるため、下記に示す含浸グラフト重合法が好ましい。
【0023】
含浸グラフト重合法を採る場合、グラフト共重合体(A)は通常、次のようにして製造される。まず、α−オレフィン系単量体および共役ジエン系単量体の中から選ばれる少なくとも1種の単量体から形成されるマトリックス重合体100質量部を水に懸濁させる。別に、芳香族系ビニル単量体5〜400質量部に、後述するラジカル共重合性有機過酸化物の1種または2種以上の混合物を上記芳香族系ビニル単量体100質量部に対して0.1〜10質量部と、10時間の半減期を得るための分解温度が40〜90℃であるラジカル重合開始剤を芳香族系ビニル単量体およびラジカル共重合性有機過酸化物の合計100質量部に対して0.01〜5質量部とを溶解させた溶液を加える。
【0024】
次いで、前記ラジカル共重合性有機過酸化物をマトリックス重合体に含浸させる。その後、ラジカル重合開始剤の分解が実質的に起こらない条件でこの水性懸濁液の温度を上昇させ、芳香族系ビニル単量体およびラジカル共重合性有機過酸化物をマトリックス重合体中で共重合させて、グラフト化前駆体を得る。最後に、このグラフト化前駆体を100〜300℃の溶融下、混練することにより、目的とするグラフト共重合体を得ることができる。
【0025】
この場合、グラフト化前駆体に、別にマトリックス重合体とは別種のα−オレフィン系単量体および共役ジエン系単量体の中から選ばれる少なくとも1種の単量体から形成される重合体若しくは共重合体または芳香族系ビニル単量体からなる重合体を混合し、100〜300℃の溶融下に混練してもグラフト共重合体を得ることができる。
【0026】
ラジカル共重合性過酸化物は、分子中にラジカル共重合が可能である単量体としての特性と、有機過酸化物としての特性とを兼ね備えた化合物であり、好ましくはt−ブチルペルオキシアクリロイルオキシエチルカーボネート、t−ブチルペルオキシメタクリロイルオキシエチルカーボネート、t−ブチルペルオキシアリルカーボネート、t−ブチルペルオキシメタリルカーボネート等が挙げられる。これらの中でt−ブチルペルオキシメタクリロイロキシエチルカーボネートが好ましい。
【0027】
グラフト共重合体(A)を成形してシート状のグラフト共重合体(A)を得る方法としては、一般によく知られているTダイ法、インフレーション成形法、カレンダーロール成形法、プレス成形法のいずれの方法によってもよいが、より好ましいのはカレンダーロール成形法である。特にグラフト共重合体の融点より20〜30℃高い温度でカレンダーロール成形することにより、均一な厚さを有するシート状のグラフト共重合体(A)を得ることができる。
【0028】
上記シート状のグラフト共重合体(A)からプリプレグを得る方法としては、一般によく知られている真空プレス法、ベルトプレス法等いずれの方法によっても良いが、特に好ましいのは真空プレス法である。2枚のシート状のグラフト共重合体(A)の間に無機補強材を挟み込み、シート状のグラフト共重合体(A)と無機補強材が十分に熱融着する温度、圧力で熱圧着を行う。熱圧着の温度は通常160〜300℃の範囲である。また、圧力は通常2〜10MPaの範囲である。
【0029】
本発明で用いるプリプレグは、本発明の効果を損なわない範囲において、滑剤、可塑剤、結晶核剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤などの通常の添加剤を添加して使用することができる。これらの添加剤を添加する方法は、プリプレグ全体への混和性から、グラフト共重合体(A)に混練することで簡便に行うことができる。添加剤の混練方法は特に制限されないが、加熱機能と混練機能を備えたバンバリーミキサー、加圧ニーダー、ロール、一軸もしくは二軸スクリュー押出機等を使用して、混合することができる。中でも、二軸スクリュー押出機を用いて、メインホッパーよりグラフト共重合体と酸化防止剤、難燃剤を供給して、溶融混練した後、ダイスより吐出される棒状成形物をペレタイザーに通し、造粒物(ペレット)として得る方法が簡便かつ安価であり好ましい。その際の温度は、グラフト共重合体(A)が十分に軟化する温度で行えば良く、通常150〜300℃の範囲である。
【0030】
無機補強材としては、絶縁コーティング処理やシラン化合物(クロロシラン、アルコキシシラン、有機官能性シラン、シラザン)、チタネート系、アルミニウム系カップリング剤等による表面処理を行ったものを用いてもよい。
【0031】
プリント配線板用金属張り基板における無機補強材の配合量は、好ましくは0〜85質量%であり、より好ましくは55〜65質量%である。この配合量が85質量%を超える場合には、プリプレグにおける無機補強材の体積分率が大きくなり、金属膜の形成不良、インサート成形される際の筐体樹脂との密着性を損なう。
【0032】
上記シート状のグラフト共重合体(A)またはプリプレグからプリント配線板用金属張り基板を得る方法としては、シート状のグラフト共重合体(A)またはプリプレグ表面にめっきを形成させる方法や金属膜で挟み込んでの真空プレス法、ベルトプレス法等いずれの方法を用いてもよいが、真空プレス法を選択することにより、プリント配線板用金属張り基板を容易に得ることができる。この方法で得られたプリント配線板用金属張り基板より、サブトラクト法、アディティブ法やセミアディティブ法といった通常知られる製造方法によって電子回路を形成させたプリント配線板を得ることができる。
【0033】
プリント配線板用金属張り基板に使用する金属膜とは、例えば銅、アルミニウム、鉄、ニッケル、亜鉛等の単体または合金の膜のことであり、必要に応じて防錆のためにクロム、モリブデン等の金属で表面処理が施されたものでもよい。これらの金属膜については電解法、圧延法等従来公知の技術によって製造されたものを用いることができ、それらの厚さは通常0.003〜1.5mm程度である。また、金属膜は真空蒸着法やめっき法によってプリプレグの外層に形成してあってもよい。
【0034】
上記プリント配線板用金属張り基板から得られたプリント配線板を、平面を組合せて構成された箱形のような平易な形状ではなく、曲面等によって構成された形状を有する機器筐体(樹脂筐体)に筐体内部空間を占有することなく一体化させるためには、機器筐体形状とプリント配線板の形状が同じである場合が有利である。この理由としては、インサート成形時に樹脂筐体とプリント配線板間に生じる空間が少なくなるため、成形後の樹脂収縮による剥離等が発生しにくい他、プリント配線板が筐体内部空間を占有する体積が小さくなるため筐体容積が大きくなるといった利点も挙げられるためである。
【0035】
プリント配線板にインサート成形される筐体樹脂としては、一般にインサート成形可能である熱可塑性樹脂であればよいがインサート成形時のプリント配線板との密着性を考慮し、プリント配線板の主成分であるグラフト共重合体(A)の融点よりも高い温度でインサート成形される樹脂が選択される。グラフト共重合体(A)の融点は140〜175℃程度であるため、インサート成形される樹脂の成形温度は150〜300℃程度が好ましい。インサート成形される樹脂の成形温度が150℃より低い場合、プリント配線板の樹脂表面との密着力が小さくなり、正常な接合ができない。また、インサート成形される樹脂の成形温度が300℃より高い場合、インサート成形時の樹脂温度によってプリント配線板に形成された電子回路に位置ずれが生じる場合や実装部品の熱損傷等が考えられる。
【0036】
このようなインサート成形に適した熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリ(アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン)(ABS樹脂)やポリカーボネート、環状ポリオレフィン、ポリオキシメチレン、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド等が挙げられる。
【0037】
プリント配線板に筐体樹脂をインサート成形する前処理として、プリント配線板において筐体樹脂と接する面に対してUV−O(紫外線−オゾン)処理等の表面処理を施してもよい。UV−O処理の条件としては通常、紫外光(波長254nm)の照度1000〜4000mJ/cmで行う。紫外光照度が低すぎる場合には表面処理の効果が得られず、紫外光照度が高すぎる場合には樹脂の劣化が起こり筐体樹脂をインサート成形した場合でも十分な密着強度を得ることができない恐れがある。
【0038】
プリント配線板に筐体樹脂をインサート成形する方法としては、通常、プリント配線板を金型内に配し、その金型内に筐体樹脂を射出成形する方法が選択される。この場合、筐体樹脂の射出温度はプリント配線板を過剰に溶融状態としない程度の温度が適切であり、具体的にはプリント配線板を構成するグラフト共重合体(A)の融点に対して+50〜+150℃程度の射出温度が適切である。
【0039】
上記のような工程、条件を満たすことによって電子回路が形成されたプリント配線板を内蔵する樹脂筐体を得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、参考例、実施例および比較例を挙げて前記実施形態をさらに具体的に説明する。
まず、実施例および比較例に用いた電子回路内蔵樹脂筐体の試験方法を示す。
[樹脂の流動性測定]
JIS K 7210:1999「プラスチック−熱可塑性プラスチックのメルトマスフローレイト(MFR)およびメルトボリュームフローレイト(MVR)の試験方法」に基づき、メルトインデクサー〔(株)東洋精機製作所製〕を用いて、測定荷重98.1N(10kg・f)の条件でMFR(g/10min)を測定した。特記なき限りは樹脂温度230℃で測定を行った。
[外観]
プリント配線板(回路基板)に筐体樹脂がインサート成形された後、両材料間の密着強度が不十分な場合、インサート成形後の筐体樹脂の冷却、収縮に伴い界面剥離を引き起こし、界面で隙間が形成されるため白い剥離部分が観測される。また、インサート成形時に瞬間的に高温の筐体樹脂がプリント配線板に接するため、プリント配線板の樹脂部分が流動し回路ズレや回路切断が発生する可能性がある。さらに、インサート成形後の樹脂筐体の冷却、収縮による回路ズレ、切断も考えられる。電子回路内蔵樹脂筐体の外観を下記に示す評価基準で評価した。
(評価基準)
○:剥離、回路ズレ、切断等無し
×:剥離、回路ズレ、切断等有り
[耐ヒートサイクル]
プリント配線板に筐体樹脂がインサート成形された後、両材料間の剥離が発生する程に密着強度が高い場合でも潜在的に密着強度が低い場合、さらなる熱的負荷によって界面剥離が形成される。本発明では、熱的負荷として熱衝撃試験(耐ヒートサイクル試験)を実施することにより、電子回路内蔵樹脂筐体に熱的負荷を与え、プリント配線板と筐体樹脂間の密着強度の評価を下記の評価基準にて行った。耐ヒートサイクル試験の条件としては、試料を−30℃、+85℃の環境をそれぞれ30min毎繰り返す条件を選択した。
(評価基準)
○:100サイクル以上剥離無し
×:100サイクルまでの間に剥離発生
次に、実施例および比較例に用いたグラフト共重合体(A)の製造方法を参考例として示す。
<参考例1、グラフト共重合体(A)の製造、およびグラフト共重合体(A)のシート状成形物の製造>
内容積5リットルのステンレス鋼製オートクレーブに純水2500gを入れ、さらに懸濁剤としてポリビニルアルコール2.5gを溶解させた。この中にポリプロピレン700gを入れ、攪拌・分散した。別にラジカル重合開始剤としてのベンゾイルペルオキシド2.0g、ラジカル共重合性有機過酸化物としてt−ブチルペルオキシメタクリロイロキシエチルカーボネート7.5gを、芳香族系ビニル単量体であるジビニルベンゼン100gとスチレン200g中に溶解させ、この溶液を前記オートクレーブ中に投入・攪拌した。次いでオートクレーブの温度を85〜95℃に昇温し、2時間攪拌することによりラジカル共重合開始剤およびラジカル重合性有機過酸化物を含む芳香族系ビニル単量体をポリプロピレン中に含浸させた。次いで、温度を75〜85℃に下げ、その温度で5時間維持して重合を完結させ、濾過後、水洗および乾燥してグラフト化前駆体を得た。
【0041】
次いで、このグラフト化前駆体をラボプラストミル一軸押出機〔(株)東洋精機製作所製〕で210℃にて押し出し、グラフト化反応させることによりグラフト樹脂を得た。さらに、このグラフト樹脂に酸化防止剤として1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン、ネオペンタンテトライルビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ホスファイトをそれぞれ100gずつドライブレンドした後、シリンダー温度210℃に設定されたスクリュー径30mmの同軸方向二軸スクリュー押出機〔TEX−30α、(株)日本製鋼所製〕に供給し、押出後造粒してグラフト共重合体(A)を得た。このグラフト共重合体(A)のMFRは8g/(10min)であった。さらに、グラフト共重合体(A)をカレンダーロール装置〔日本ロール製造(株)製〕で170℃にて延伸することによりグラフト共重合体(A)のシート状成形物を得た。表1に、そのシート状成形物を構成するグラフト共重合体(A)の組成を示した。各成分の商品名を以下に示す。
【0042】
ポリプロピレン:「サンアロマーPM671A」〔商品名、サンアロマー(株)製〕
ベンゾイルペルオキシド:「ナイパーBW」〔商品名、日油(株)製、純度75%含水品〕
t−ブチルペルオキシメタクリロイロキシエチルカーボネート〔日油(株)製、40%トルエン溶液〕
1,3,5−トリメチル−2,4,6−トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)ベンゼン:「Irganox1330」〔商品名、チバ・ジャパン(株)製〕
ネオペンタンテトライルビス(2,6−ジ−t−ブチル−4−メチルフェニル)ホスファイト:「アデカスタブPEP−36」〔商品名、(株)ADEKA製〕
<参考例2〜9>
参考例1と同様の方法により、グラフト共重合体(A)を用いてシート状成形物を得た。表1にそれらのグラフト共重合体(A)の組成を示した。
<参考例10、11>
グラフト共重合体(A)とは異なる樹脂であるが、カレンダーロールによってシート状に成形することが可能であり、そのシートからプリント配線板用金属張り基板、またはプリプレグおよびそれを用いたプリント配線板用金属張り基板を得ることのできる熱可塑性樹脂を示した。
【0043】
【表1】

表1中の略号を以下に示す。
【0044】
PP:ポリプロピレン「サンアロマーPM671A」〔商品名、サンアロマー(株)製〕
St:スチレン
DVB:ジビニルベンゼン
TPX:ポリ4−メチルペンテン−1「TPX RT18」〔商品名、三井化学(株)製〕
MeSt:p−メチルスチレン
SEPS:スチレン−エチレン−プロピレン−スチレン共重合体「セプトン2007」〔商品名、(株)クラレ〕
(実施例1)
参考例1のシート状成形物の両面に、セン・エンジニアリング(株)製紫外線照射機PM20014B−3型(ランプ:低圧水銀ランプ EUV200US−55型)を用いてUV−O処理を行った後、厚さ18μmの圧延銅箔〔福田金属箔粉工業(株)製〕2枚でシート状成形物を挟み込み、200℃の条件で真空プレス機を用いて熱圧着し、プリント配線板用銅張り基板を得た。
【0045】
次に、このプリント配線板用銅張り基板を縦30mm、横50mmの大きさに切断し、表面の銅箔の不要部分を45°Beの第二塩化鉄溶液を用いて除去することにより短軸方向中央部、長軸方向2.5mmの位置を起点とした線幅0.05mm、線長45mmのマイクロストリップラインを模した電子回路としての導線を有する回路基板を得た。さらに、図1(a)および(b)に示すように、プリント配線板としての回路基板11を、導線を有する電子回路12の面が雄型13と雌型14とより構成される回路基板変形用金型15の雌型14側となるように配置し〔図1(a)の一点鎖線を参照〕、140℃、10min、2.0MPaの条件でプレスすることにより湾曲した評価用回路基板16を得た〔図1(a)の二点鎖線を参照〕。
【0046】
次いで、上記工程で得られた湾曲した評価用回路基板16に対して、筐体樹脂がインサート成形される側にUV−O処理装置を用いて表面改質を行った後、図2(a)〜(d)に示すような凸型17と凹型18とより構成されるインサート成形用金型19を用いてインサート成形した。すなわち、凸型17と凹型18とにより形成されるキャビティ20の凸型17側に湾曲した評価用回路基板16を電子回路12の面が凹型18に向くように配置した後、ゲート21から溶融した熱可塑性樹脂(インサート樹脂)を射出して熱可塑性樹脂層(樹脂筐体)23を成形するインサート成形を行った。そして、図3に示すような凹溝状をなす熱可塑性樹脂層23の内側面に電子回路12を有する評価用回路基板16が密着された電子回路内蔵樹脂筐体22を得た。このとき、インサート樹脂は下記に示すABSとし、射出温度は250℃とした。なお、電子回路内蔵樹脂筐体22において、電子回路12は熱可塑性樹脂層23と評価用回路基板16との間に形成されている。
【0047】
ABS:ポリ(アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン)樹脂「トヨラック100」〔商品名、東レ(株)製〕、射出温度250℃
得られた電子回路内蔵樹脂筐体22について、前述の試験方法にて外観および耐ヒートサイクルを評価し、それらの結果を表2に示した。
(実施例2)
参考例1のシート状成形物の片面に実施例1と同じ方法でUV−O処理を行った後、そのシート状成形物2枚で無機補強材としてガラスクロス〔「タイプ1067」、商品名、旭化成エレクトロニクス(株)製〕を挟み込み、200℃の条件で真空プレス機を用いて熱圧着し、プリプレグを得た。さらにこのプリプレグに対して実施例1と同様の方法を用いてプリント配線板用銅張り基板を得、さらに回路基板11、その湾曲変形、およびインサート成形による電子回路内蔵樹脂筐体22を得た。得られた電子回路内蔵樹脂筐体22について、前述の試験方法にて外観および耐ヒートサイクルを評価し、それらの結果を表2に示した。表2中の略号を以下に示す。
【0048】
#1067:ガラスクロス〔「タイプ1067」、商品名、旭化成エレクトロニクス(株)製〕
PC:ポリカーボネート樹脂「パンライトK−1300Y」〔商品名、帝人化成(株)製〕、射出温度290℃
ZEONOR:水素添加ポリノルボルネン樹脂「ゼオノア1020R」〔商品名、日本ゼオン(株)製〕、数平均分子量約1000、射出温度200℃
(実施例3〜8)
表1に示す所定のグラフト共重合体(A)を用いて、実施例1または2と同じ方法で電子回路内蔵樹脂筐体22を得た。得られた電子回路内蔵樹脂筐体22について、前述の試験方法にて外観および耐ヒートサイクルを評価し、それらの結果を表2に示した。表2中の略号を以下に示す。
【0049】
#106:ガラスクロス〔「タイプ106」、商品名、旭化成エレクトロニクス(株)製〕
#1037:ガラスクロス〔「タイプ1037」、商品名、旭化成エレクトロニクス(株)製〕
【0050】
【表2】

表2に示した結果より、実施例1〜8に示した電子回路内蔵樹脂筐体22は、インサート成形時の回路損傷が無く正常に使用可能であり、プリント配線板と樹脂筐体間の密着性が十分であることが示された。
(比較例1〜6)
実施例1または2と同様の方法を用い、表3に示す構成にて電子回路内蔵樹脂筐体22を得た。得られた電子回路内蔵樹脂筐体22について、前述の試験方法にて外観および耐ヒートサイクルを評価し、それらの結果を表3に示した。
【0051】
【表3】

表3に示した結果より、比較例1では、グラフト共重合体(A)においてマトリックス重合体にグラフトされる芳香族系ビニル単量体の割合が多く、シート状成形が困難であるため、電子回路内蔵樹脂筐体22を得ることができなかった。比較例2では、グラフト共重合体(A)においてマトリックス重合体にグラフトされる芳香族系ビニル単量体の割合が少なく、流動性の高いグラフト共重合体(A)となる。このグラフト共重合体(A)から得られた回路基板11は熱に対して流動性が高くなり、インサート成形時に射出される筐体樹脂の熱によって流動し、湾曲した評価用回路基板16表面に形成された電子回路12の位置ズレや断線が発生した。
【0052】
比較例3では、マトリックス重合体にグラフトされる芳香族系ビニル単量体において、多官能性ビニル単量体が使用されていないため、得られた電子回路内蔵樹脂筐体22における回路基板11の流動性が大きく、耐ヒートサイクル試験時に樹脂が流動し、回路基板11表面に形成された電子回路12の位置ズレや断線が発生した。比較例4ではマトリックス重合体にグラフトされる芳香族系ビニル単量体において、多官能性ビニル単量体の割合が多く、シート状成形が困難であるため、電子回路内蔵樹脂筐体22を得ることができなかった。
【0053】
比較例5では、グラフト共重合体(A)のシートからプリント配線板用銅張り基板を得るのではなく、代わりにポリプロピレンからなるフィルムを用いて銅張り基板を作製したが、インサート成形時の筐体樹脂の熱によって流動し、湾曲した評価用回路基板16表面に形成された電子回路12の位置ズレや断線が発生した。比較例6では、グラフト共重合体(A)のシートからプリント配線板用金属張り基板を得るのではなく、代わりに主鎖に芳香族ブロックを有するポリプロピレンからなるスチレン−エチレンープロピレン−スチレン共重合体からなるフィルムを用いて銅張り基板を作製した。このため、得られた電子回路内蔵樹脂筐体22における湾曲した評価用回路基板16の流動性が大きく、耐ヒートサイクル試験時に樹脂が流動し、評価用回路基板16表面に形成された電子回路12の位置ズレや断線が発生した。
【符号の説明】
【0054】
11…プリント配線板としての回路基板、12…電子回路、16…プリント配線板としての評価用回路基板、22…電子回路内蔵樹脂筐体、23…熱可塑性樹脂層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
α−オレフィン系単量体または共役ジエン系単量体に基づく構成単位からなるランダムまたはブロック共重合体60〜85質量部に、芳香族系ビニル単量体15〜40質量部をグラフト重合してなるグラフト共重合体であって、芳香族系ビニル単量体全体のうち、多官能性の芳香族系ビニル単量体が5〜35質量%であるグラフト共重合体(A)の成形物の片面または両面に電子回路を形成させたプリント配線板上に、融着形成された熱可塑性樹脂層を有する電子回路内蔵樹脂筐体。
【請求項2】
熱可塑性樹脂層がインサート成形法によって、プリント配線板上に融着された請求項1に記載の電子回路内蔵樹脂筐体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−232310(P2010−232310A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−76478(P2009−76478)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【Fターム(参考)】