説明

電子放出素子の製造方法および画像表示装置の製造方法

【課題】 低仕事関数材料が被覆された、良好な電子放出特性を備える電子放出素子を、素子間の電子放出特性のバラツキを抑制し、再現性よく、簡易に製造する製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 構造体に低仕事関数材料を被覆する前に、構造体表面に金属酸化物層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は低仕事関数材料を用いた、電子放出素子、電子源、画像表示装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電界放出型電子放出素子では、一般的には、電子放出体と、ゲート電極との間に電圧を印加することにより、電子放出体の先端の表面に強電界が生じ、電子放出体の表面から電子が真空中に放出される。
【0003】
このような電界放出型電子放出素子においては、用いる電子放出体の表面の仕事関数やその先端形状などによって、電子放出に要する電界が大きく左右される。理論的には、表面の仕事関数がより低い電子放出体の方が、より弱い電界で電子を放出することができると考えられている。
特許文献1、2および3には、導電性の部材の表面に、仕事関数の低い材料からなる層を設けて電子放出体を形成した電子放出素子が開示されている。
特許文献4には、微小電界放出陰極装置が開示されている。
【0004】
電界放出型電子放出素子を基板(背面板)上に多数配列することで電子源が構成できる。そして、CRT等の様に、電子線の照射によって発光する蛍光体などの発光体を設けた基板(前面板)と、上記した背面板とを対向させ、両基板の周囲を封着すれば、画像表示装置を構成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平01−235124号公報
【特許文献2】米国特許第4008412号
【特許文献3】特開平02−220337号公報
【特許文献4】特開平07−078553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜3に記載されているような、低仕事関数層を備える電子放出素子を製造しても、その電子放出特性は、理論的に期待される電子放出特性に比べて必ずしも良くなかった。また、素子毎に電子放出特性が大きく異なる場合もあった。特に、大面積の基板上に多数の電子放出素子を形成すると、素子間の電子放出特性のバラツキが顕著になる場合があった。
【0007】
この原因は定かではないが、一つには、電子放出素子毎に電子放出体の構造や組成が不均一となることが考えられる。例えば、低仕事関数層の下地となる構造体の形状の不均一性が影響している可能性がある。また、構造体に含まれる成分の低仕事関数層への拡散、低仕事関数層に含まれる成分の構造体への拡散が生じ、電子放出体、特に低仕事関数層の組成および組成分布が経時変化してしまうことが影響している可能性もある。さらに、これらの要因が重なると、多数の電子放出素子間の電子放出特性のバラツキは一層大きくなってしまう可能性もある。
【0008】
また、多数の電子放出素子を用いた画像表示装置では、表示画像のムラが大きくなったり、経時変化が生じ易くなったりして、表示品位が低くなってしまう。
【0009】
そこで、本発明は、低仕事関数層を備える電子放出素子において、電子放出特性の再現性を向上し、電子放出素子間の電子放出特性のバラツキを低減する製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、金属を含む部材と、該部材の上に設けられ、前記金属よりも仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層と、を少なくとも備える電子放出体を有し、該電子放出体の表面から電子を電界放出する電子放出素子の製造方法であって、金属を含む部材の上に、前記金属の酸化物を含む金属酸化物層を設ける工程と、前記金属酸化物層の上に、前記金属よりも仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層を形成する工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法によれば、良好な放出電流が得られ、電子放出特性の再現性が良く、大面積の基板上に多数形成しても、素子間の電子放出特性のバラツキが小さい電子放出素子を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】電子放出素子の製造方法の一例を示す模式図である。
【図2】本発明の製造方法で得られる電子放出素子の一例を示す断面模式図である。
【図3】本発明の製造方法で得られる電子放出素子の他の一例を示す断面模式図である。
【図4】硼化ランタンの多結晶層の断面模式図である。
【図5】本発明の電子放出素子の、別の一例を示す断面模式図である。
【図6】電子源の平面模式図である。
【図7】画像表示パネルの一例を示す断面模式図である。
【図8】画像表示装置の一例を示すブロック図である。
【図9】電子放出素子の作成工程を示す模式図である。
【図10】電子放出素子の作成工程を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に図面を参照して、この発明の好適な実施の形態を例示的に詳しく説明する。ただし、この実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0014】
なお、酸化物について、「金属酸化物」、「金属の酸化物」または「酸化金属」と呼ぶときは、金属の酸化数は限定されない。つまり、金属元素をMとすれば、「金属の酸化物」、「金属酸化物」または「酸化金属」は、正の値Xを用いて「MO」で表される。酸化数を特定する時は、「二酸化金属」または「MO」のように、酸化数が特定できるように記載する。例えば「タングステンの酸化物」あるいは「酸化タングステン」は、「三酸化タングステン」と「二酸化タングステン」の両方を含む。金属以外(例えば半導体)についても同様であり、酸化物以外(例えば硼化物)についても同様である。
【0015】
図1と図2を用いて、本実施形態における電子放出素子の製造方法および電子放出素子の構成の一例を説明する。なお、ここでは、円錐形状の構造体3を備える電子放出素子に適用した場合を説明する。
【0016】
図2は、図1に示した製造工程を経て得られる電子放出素子10の断面模式図である。図2に示す様に、基板1の上にカソード電極2が設けられており、金属を含む構造体3がカソード電極2と電気的に接続されている。そして、金属を含む構造体3の上に、金属酸化物層4を備え、金属酸化物層4の上に低仕事関数層5を備えている。言い換えれば、金属を含む構造体3と低仕事関数層5の間に金属酸化物層4が設けられていることになる。低仕事関数層5は、構造体3に含まれる金属よりも仕事関数の低い材料で構成される。構造体3と酸化物層4と低仕事関数層5とを一纏めにして電子放出体9と呼ぶことができる。そのため、電子放出体9がカソード電極2と電気的に接続されている。
【0017】
構造体3は金属を含む部材であれば特に限定されない。「金属を含む部材」とは、詳細には、単一の金属元素の単体、または、複数の金属元素の単体の混合物である合金、を含む部材である。構造体3は、不純物を除けば、好ましくは、金属または合金のみから構成される。なお、本発明において、金属は導電性を有する。
【0018】
なお、構造体3は、図1や図2に示した形態では、円錐形状である。しかし、構造体3は、電子放出体9の表面に生じる電界を増大することのできる幾何学形状を有していればよい。そのために、構造体3は、その表面に突起部又は凸部を備えていることが望ましい。構造体3の表面に突起部又は凸部が設けられていれば、その上に酸化物層4を介して積層される構造体3に比べて厚みの小さい低仕事関数層5の表面が、突起部又は凸部を備えることができる。尚、電子放出体9の表面とは、具体的には、図1や図2に示した形態では低仕事関数層5の表面であり、図3を用いて後述する形態では、酸化ランタン層6の表面である。
【0019】
一方、ゲート電極8は、図1や図2に示した形態では、カソード電極2と絶縁するための絶縁層7の上に設けられている。この例では、構造体3は、絶縁層7とゲート電極8とを貫通する円形状の開口71内に設けられている。開口71の形状は特に限定されず、円形状や多角形状とすることができる。したがって、図1や図2に示した形態では、電子放出体9は開口71内に設けられているとも言える。
【0020】
このような電子放出素子10は、カソード電極2とゲート電極8との間に、カソード電極2の電位がゲート電極8の電位よりも低くなるように、所定の電圧を印加することによって駆動される。印加する電圧は、電子放出体9とゲート電極8との間隔、および電子放出体9の形状(典型的には、構造体3の形状)などによるが、20Vから100Vである。上記のような電圧をカソード電極2とゲート電極8との間に印加することで、電子放出体9の表面を形成する低仕事関数層5から、電子が電界放出される。このようにカソード電極とゲート電極との間に電圧を印加することで、電子放出体とゲート電極との間に強電界が生じ、電子放出体の表面から電子が電界放出される電子放出素子が、電界放出型電子放出素子である。
【0021】
なお、以下では、電子放出素子の製造方法の一例を詳細に説明する。本実施形態では、少なくとも、構造体3の表面に、構造体3を構成する金属の酸化物からなる金属酸化物層4を設け、その後に、金属酸化物層4の上に、低仕事関数層5を設ければよい。尚、構造体3、金属酸化物層4、低仕事関数層5は、別々に形成してもよいし、連続的に形成してもよい。この製造方法によれば、良好な放出電流が得られ、電子放出特性の再現性が良く、大面積の基板上に多数形成しても、素子間の電子放出特性のバラツキが小さい電子放出素子を得ることができる。
【0022】
以下に示す工程の一部は省略することができ、また、複数の工程を一つの工程で行うこともできる。
【0023】
(工程1)ガラスなどの絶縁性の基板1上に、カソード電極2と、絶縁性材料層70と、ゲート電極8となる導電性材料層80と、を、この順で、順次形成する(図1(a))。尚、予め、カソード電極2と絶縁性材料層70と導電性材料層80とがこの順で積層された積層体を基板1上に設けることも可能である。絶縁性材料層70の材料は、例えばSiOが挙げられる。
絶縁性材料層70の厚さは、電子放出素子の駆動電圧などを考慮して設定されるが、例えば1μmにすることができる。カソード電極2と導電性材料層80は同じ材料で構成することもできるし、異なる材料で構成することもできる。カソード電極2は、ここで示す形態では、構造体3と基板1との間に設けているが、構造体3に電子を供給することができればその配置位置は特に限定されない。例えば、構造体3の横にカソード電極2を並設しても良い。カソード電極2と導電性材料層80は、導電性の材料であればよい。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属材料またはこれらの合金材料が用いることができる。また、これらの炭化物、硼化物、または、窒化物でもよい。Si,Ge等の半導体等も用いることができる。
【0024】
(工程2)次に、導電性材料層80に、イオンエッチング法などのエッチングによって、所定形状の開口81を設け、ゲート電極8を形成する(図1(b))。
開口81は例えば直径1μmの円形とすることができる。開口81の形状は特に限定されず、円形状や多角形状とすることができる。開口81の大きさは電子放出素子の駆動電圧(例えば20Vから100V)などを考慮して設定される。
【0025】
(工程3)その後、ゲート電極8をマスクとして、絶縁性材料層70をイオンエッチング法などでエッチングし、絶縁性材料層70を貫通する開口71を設ける。この工程によって、絶縁層7が形成される。(図1(c))。
絶縁性材料層70をエッチングする方法としてはウエットエッチングであってもドライエッチングであっても良い。
【0026】
(工程4)次に、ゲート電極8上に犠牲層82を成膜する(図1(d))。
なお、犠牲層82を構成する材料は、カソード電極2やゲート電極8、および構造体3の材料とは異なる材料であれば特に限定されない。
【0027】
(工程5)続いて、構造体3の材料を開口71内に堆積させて、構造体3を形成する(図1(e))。
構造体3は金属を含む部材であれば良いが、高融点の材料を用いることがより好ましい。主成分となる金属元素は、原子濃度で70%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。再現性や均一性の点において、特に、構造体3が高融点金属の単体であることが好ましい。高融点金属としてはモリブデンやタングステンを好ましく用いることができる。
構造体3は、ここでは、円錐形状の例を示す。しかし、構造体3は、電子放出体9の先端に印加される電界を増大することのできる幾何学形状であればよい。そのため、構造体3は、例えば、三角錐形状や四角錐形状などでも良いし、カーボンファイバーのような棒状であったり、針状、リッジ状(板状)であったりすることもできる。つまり、構造体3は、基板1から離れる方向に突出した(例えばゲート電極やアノード電極に向かう)突起部あるいは凸部を備えていればよい。
なお、電子放出素子に放出電流を制限する抵抗を付加する場合には、カソード電極2と構造体3との間に抵抗体を設ける、或は、カソード電極2の一部に抵抗体を付加すればよい。
ここでは、理解を容易にするために、カソード電極2と構造体3とを異なる部材として示しているが、カソード電極2と構造体3を同じ材料で構成し、連続した一つの部材とすることもできる。このような場合にも、カソード電極2と構造体3の材料は、モリブデンやタングステンなどの高融点金属が好ましく用いられる。
【0028】
(工程6)犠牲層82の上に堆積された、構造体3と同じ材料の層30は、犠牲層82を選択的に取り除くことによって、同時に剥離される(図1(f))。
【0029】
以上の工程は、spindt等によって提案された方法を用いるなど、従来公知の方法を用いて形成することができる。
【0030】
(工程7)次に、構造体3の表面に、金属酸化物層4を形成する(図1(g))。
金属酸化物層4は、構造体3に含まれる金属の酸化物である。より詳細には、金属酸化物層4は、構造体3に最も多く含まれる金属元素の酸化物であり、構造体3の主成分である金属の酸化物である。つまり、金属酸化物層4に含まれる金属元素は、構造体3に含まれる金属元素と同じ元素である。このようにすることにより、金属酸化物層4と構造体3との接合が強固になり、電子放出素子の動作を安定にすることができる。さらに、構造体3の形状の不均一性が電子放出素子の電子放出特性のバラツキに与える影響を低減することができる。
金属酸化物層4は、動作電圧を大きくしないために、また、構造体3から低仕事関数層5に電子を供給するために、導電性を有することが好ましい。
例えば構造体3をモリブデンで構成する場合には、金属酸化物層4はモリブデンの酸化物で構成することが好ましい。二酸化モリブデン(MoO)は、三酸化モリブデン(MoO)に比べて抵抗率(比抵抗)がかなり低く、導電性を有する酸化物であるので、二酸化モリブデンで金属酸化物層4を構成することがより好ましい。
【0031】
また、構造体3をタングステンで構成する場合には、金属酸化物層4はタングステンの酸化物で構成することが好ましい。二酸化タングステン(WO)は、三酸化タングステン(WO)に比べて抵抗率がかなり低く、導電性を有する酸化物であるので、二酸化タングステンで金属酸化物層4を構成することがより好ましい。
【0032】
金属酸化物層4の厚さは、その抵抗率にもよるが、実用的には3nm以上20nm以下である。3nmよりも薄いと、本発明の実用的な効果が得られない。一方、20nmよりも厚いと抵抗成分として無視できなくなり動作電圧が上昇してしまったり、構造体3から低仕事関数層5へ、金属酸化物層4を介して、電子を供給することができなくなったりする。
【0033】
金属酸化物層4の形成方法は特に限定されない。例えば、スパッタ法等の一般的成膜技術や、制御された酸素雰囲気中で構造体3を高温で加熱することで形成する方法や、EUV(Extreme Ultra−Violet)照射による方法などを用いることができる。例えば、金属酸化物層4として、MoOの層を形成する場合には、Moをスパッタ法等で形成し、Mo層にEUV(例えばエキシマUV)を照射することでMoOからなる酸化物層4を形成することができる。
【0034】
このように、低仕事関数層5を形成する前に、構造体3の表面に、金属酸化物層4を形成することで、構造体3の形状の不均一性の影響を低減することができる。なお、図1(g)では、金属酸化物層4は構造体3の表面全体を覆っているように示したが、全体を覆うことには限定されない。基板1上に多数の構造体3を形成した場合には、この工程で、全ての構造体3の表面に金属酸化物層4を実質的に同じ条件で形成することが好ましい。このようにすることで、多数の構造体3の形状差などが低減できる。
【0035】
(工程8)次に、金属酸化物層4の上に、構造体3に含まれる金属の仕事関数よりも、仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層5を成膜する(図1(h))。
金属酸化物層4の上に低仕事関数層5を設けることによって、構造体3に含まれる成分、典型的には金属成分の低仕事関数層5への拡散を抑制することができる。また、低仕事関数層5に含まれる成分の金属酸化物層4への拡散を抑制することができる。従って、低仕事関数層5の特性を安定にすることができる。
低仕事関数層5の形成方法としては、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術を用いることができる。低仕事関数層5の厚さとしては20nm以下が望ましく、実用的には10nm程度である。
【0036】
なお、図1(h)では、低仕事関数層5は金属酸化物層4の表面全体を覆っているように示したが、全体を覆うことには限定されない。
【0037】
低仕事関数層5を構成する材料は、厳密には、構造体3の表面の仕事関数より仕事関数が低い材料である。しかし、単純には、構造体3に主成分として含まれる金属の単体が、物性値として典型的に有する仕事関数より低ければよい。構造体3の主成分とは、最も原子濃度が高い金属成分であり、例えば上述したようにモリブデンやタングステンである。モリブデンやタングステンの仕事関数は4.0eVより大きい。従って、低仕事関数材料としては仕事関数が4.0eV以下のものを用いることが好ましく、3.0eV以下であればより好ましい。
【0038】
なお、低仕事関数層の材料の仕事関数の測定は、真空UPSなどの光電子分光法やケルビン法、真空中での電界放出電流を計測して電界と電流の関係より導く方法などがあり、これらを組み合わせて求めることも可能である。
【0039】
具体的には、鋭利な先端を有する導電性の針(例えば、タングステンの針)の先端(突起部)の表面に、仕事関数が既知の材料(例えばモリブデン)の20nm程度の膜(金属膜)を形成する。そして、真空中で電界を印加して電子放出特性を測定する。そして電子放出特性から、針の先端である突起部の形状による電界増倍係数をあらかじめ求めておき、しかる後に低仕事関数層の材料からなる膜を上記金属膜の上に形成して、仕事関数を算出して求めることが可能である。
【0040】
低仕事関数材料としては、金属や金属化合物が挙げられる。Csなどの金属や、La(仕事関数は2.5eV程度)、CeO(3.0eV程度)、Pr(2.6eV程度)等の希土類金属酸化物を使用することができる。
【0041】
CeB(2.6eV程度)等の希土類金属硼化物を低仕事関数材料として使用することもできる。さらに、Y、ZrO、ThO等の金属酸化物等も低仕事関数材料として使用することができる。中でも、ランタンの硼化物(硼化ランタン)が好ましい。ランタンの硼化物としては、六硼化ランタン(LaB)が特に好ましい。六硼化ランタンは、化学量論的組成としてLaとBの比が1:6で表される構造であり、単純立方格子を有するものである。ただし、非化学量論的組成のものも含み、格子定数の変化したものも含む。
【0042】
低仕事関数層5の材料として、ランタンの硼化物を用いる場合には、低仕事関数層5は、硼化ランタンの単結晶層であるよりも、硼化ランタンの多結晶層であることが好ましい。硼化ランタンの多結晶層は金属的な伝導を示し、導電性を有する。単結晶層に比べて多結晶層は、成膜が容易である。また、構造体3のような複雑で微細な凹凸形状の表面に沿って構造体3を設けることができ、内部応力も低くすることができるので好ましい。なお、仕事関数は多結晶層よりも単結晶層の方が低いが、厚さや結晶子サイズを制御することで、多結晶層でも単結晶層に近い3.0eV以下の仕事関数を得ることができる。
【0043】
硼化ランタンの多結晶層5は、図4に示す様に、多数の結晶子50よりなる、いわゆる多結晶体としての特質を有する。各々の結晶子50は硼化ランタンからなる。結晶子とは、単結晶としてみなせる最大の集まりを意味するものである。また、本発明における多結晶層5は、結晶子50同士が接合(当接)する、または複数の結晶子の塊(集合体)同士が接合(当接)することで金属的な導電性を示す層を指す。結晶子50同士の間または複数の結晶子の塊(集合体)同士の間には空壁(ギャップまたは空間)を有する場合もある。なお、なお、図4は硼化ランタン層が多結晶層5であることを説明する模式図であって、酸化物層4や構造体3の膜質は特に限定されるものではない。
【0044】
したがって、本発明における多結晶層は、微粒子の集合体からなる、いわゆる微粒子層とは異なるものである。なお、「グレイン」という用語は、複数の結晶子より構成されるものを指していたり、アモルファスな粒状のものを指していたり、見た目が粒状のものを指していたり、用語としての使い方が統一されていない場合が多い。
【0045】
本実施形態における硼化ランタンの多結晶層5を構成する結晶子50のサイズは2.5nm以上である。そして、多結晶層5の厚さは100nm以下である。そのため、多結晶層5を構成する結晶子50のサイズの上限は必然的に100nmとなる。2.5nm以上の結晶子サイズの多結晶層は、2.5nm未満の結晶子サイズの多結晶層に比べて放出電流が安定する(揺らぎが低減する)。また、結晶子サイズが100nmを超えると、多結晶層の厚さが100nmを超え、結果、層はがれが顕著に生じ、電子放出素子に用いると不安定な特性となる。結晶子サイズが2.5nmよりも小さいと、仕事関数が3.0eVよりも大きくなってしまう。これは、LaとBの組成比が6.0よりも大きくずれてしまい、結晶性を維持できなくなるような不安定な状態になっているものと考えられる。また、特に厚さを20nm以下とすると電子放出特性のバラツキが小さいので好ましい。
【0046】
結晶子サイズは、典型的にはX線回折測定から求めることが可能である。回折線のプロファイルから、Scherrer法と呼ばれる方法によって算出することができる。X線回折測定は、結晶子サイズの算出のみならず、多結晶層5が化学量論的な六硼化ランタンの多結晶体により構成されていることや、配向性について調べることが可能である。なお、断面TEMによる観察を行うと、結晶子に対応する領域に、実質的に平行に並んで見える複数の格子縞が確認される。そこで、この複数の格子縞の中から互いに最も離れた2つの格子縞を選択し、一方の格子縞の端と他方の格子縞の端を結ぶ線分のうち最も長い線分の長さを結晶子サイズ(結晶子径)と認定することができる。そして、断面TEMで観察した領域内に複数の結晶子が確認されるのであれば、それらの結晶子サイズの平均値を、硼化ランタンの多結晶層の結晶子サイズとすることができる。
【0047】
ところで、金属酸化物層4は導電性を有することが好ましいが、金属酸化物の中には絶縁性を有するものもある。そこで、低仕事関数層5が硼化ランタンからなる場合には、金属酸化物層4がLaを含むことが好ましい。なお、ここでいう「La」はランタン元素の意味である。Laを含まない金属酸化物が絶縁体であっても、Laを含むことで、抵抗率を下げることができ、導電性を有する金属酸化物層4が得られる。
【0048】
例えば、Laと、金属酸化物層4を構成する金属酸化物の酸素とが結合してより安定な酸化ランタンを形成することができる。ランタンの酸化物である三酸化二ランタン(La)の抵抗率は一般的な金属酸化物にしては低く、また、安定な酸化物である。その結果、構造体3から硼化ランタン層5に安定に電子を供給することができ、より安定な電子放出特性を得ることができる。
【0049】
また、Laを含まない酸化物がLaを含むと、金属酸化物の組成比が変化して導電性が高くなる場合もある。
【0050】
例えば、構造体3をモリブデンで構成すると、モリブデンの酸化物には絶縁性を有するMoOもある。MoOから構成される金属酸化物層と比較して、Laを含むモリブデンの金属酸化物層4は、Laの酸化物であるLaと、MoOを含むことになり、その結果、導電性が高くなると考えられる。
【0051】
また、構造体3をタングステンで構成すると、タングステンの酸化物には絶縁性を有するWOもある。WOから構成される酸化物層と比較して、Laを含むタングステンの金属酸化物層4は、Laの酸化物であるLaと、WOを含むことになり、その結果、導電性が高くなると考えられる。
【0052】
酸化物層4中におけるLaの含有量は、求められる電子放出特性に応じて適宜設定することができるが、実用的な範囲としては原子濃度で5%以上30%以下である。なお、金属酸化物層4の主成分はLaではなく、主成分は母材となる構造体3に含まれる金属元素であり、その酸化物である。したがって、モリブデンと酸素、あるいはタングステンと酸素の合計の原子濃度は70%以上95%以下となる。
【0053】
Laを含む金属酸化物層4を形成する方法としては、Laを含まない酸化物層にLaをドーピングする方法や、酸化物を構成する材料とLaとを含むターゲットを用いたスパッタ法などによってLaを含む酸化物層4を形成する方法などを採用できる。
【0054】
基本的には以上の(工程1)から(工程8)により、図2に示す電子放出素子が形成される。
【0055】
しかしながら、特に、低仕事関数層5として硼化ランタンの多結晶層を用いる場合には、硼化ランタンの多結晶層の表面に酸化ランタン層を被覆する下記(工程9)を行うことが好ましい。(工程9)を経ることで図3に示す様に、酸化ランタン層6が、硼化ランタンの多結晶層5上に積層される。
【0056】
(工程9)低仕事関数層5として硼化ランタンの多結晶層を用いた場合には、硼化ランタンの多結晶層の表面に酸化ランタン(LaO)を被覆する。
酸化ランタン層6は、ランタンの酸化物(LaO)から構成され、典型的には、三酸化二ランタン(La)から構成することができる。酸化ランタン層6(例えばLa層)は、硼化ランタン層5(例えばLaB層)よりも雰囲気(特に酸素)に対して安定である。また、LaはLaBの仕事関数(2.5eV程度)に近い低仕事関数(2.6eV程度)を有する材料である。そのため、硼化ランタン層5の上に酸化ランタン層6を設けることで、さらに安定な電子放出特性を実現できる効果がある。また、硼化ランタンと酸化ランタンとは安定に接合する。
酸化ランタン層6の厚さは、実用上、1nm以上10nm以下であることが好ましい。1nmよりも薄いと酸化ランタン層の効果がほとんど発現せず、また、10nm以上となると電子放出量が低下し始める。
硼化ランタン層5の表面に酸化ランタン層6を形成する方法は特に限定されない。例えば、硼化ランタン層5を、制御された酸素雰囲気中で加熱して表面に酸化ランタン層を形成してもよいし、蒸着法、スパッタ法等の一般的成膜技術を用いてもよい。
【0057】
なお、図3で示した構成の電子放出素子の場合、硼化ランタン層5と酸化ランタン層6のいずれか一方、または両方から電子が放出される。図3に示した構造の場合には、構造体3と金属酸化物層4と硼化ランタン層5と酸化ランタン層6とを一纏めにして電子放出体9と呼ぶことができる。なお、図3では、酸化ランタン層6は硼化ランタン層5の表面全体を覆っているように示したが、全体を覆うことに限定されない。即ち、この場合には、硼化ランタン層5の一部の表面と酸化ランタン層6の表面とで、電子放出体9の表面が構成されることになる。
【0058】
次に、図1や図2に示した円錐状の構造体を用いた電子放出素子とは異なる形態の電子放出素子について、図5(a)、(b)、(c)を用いて説明する。図5(a)は、電子放出素子をZ方向から見た平面模式図であり、図5(b)は図5(a)におけるA−A’線の断面(Z−X面)模式図である。図5(c)は図5(b)のX方向から見た場合の模式図である。
【0059】
この電子放出素子10では、基板1上に絶縁層7を介してゲート電極8が設けられている。尚、ここでは、絶縁層7を第1絶縁層7aと第2絶縁層7bとで構成した例を示したが、絶縁層7は1つの絶縁層で形成することもできるし、多数の絶縁層で形成することもできる。また、同様に、ここでは、ゲート電極8を第1ゲート電極8aと第2ゲート電極8bとで構成した例を示したが、ゲート電極8は1つの電極で形成することもできるし、多数の電極で形成することもできる。また、基板1上にはカソード電極2が設けられており、カソード電極2に接続された金属を含む部材である構造体3が、第1絶縁層7aの側面に沿って且つ基板1から離れる方向に向かって伸びている。そして、構造体3の上に酸化物層4を備え、酸化物層4の上に硼化ランタン層5を備えている。言い換えれば、構造体3と硼化ランタン層5の間に酸化物層4が設けられていることになる。構造体3と、酸化物層4と、硼化ランタン層5とで、電子放出体9を構成している。
【0060】
なお、絶縁層7の側面(構造体3が設けられた側面)は、図5(b)では基板1の表面に対して垂直になっているが、基板1の表面に対して斜面を成すようにすることもできる。第1絶縁層7aの上面(絶縁層7aの表面のうち、基板1の表面にほぼ平行または平行な表面)は角部32を介して側面と接続している。第2絶縁層7bはX方向において、第1絶縁層7aより幅が小さくなっており、第1絶縁層7aとゲート電極8aとの間には凹部60が設けられた構成になっている。
【0061】
そして、図5(b)から明らかな様に、構造体3は、基板1から+Z方向に突出して設けられた部材である。即ち、構造体3は、突起部を備えている。ここで、+Z方向は、基板1から離れる方向であり、通常は、ゲート電極8に向かう方向あるいは、後述するアノード電極に向かう方向である。また、構造体3は、ゲート電極8側の先端部の一部が、凹部60内に入り込んでいる。つまり、構造体3のゲート電極8側の先端部の一部が、凹部60内に位置する第1絶縁層7aの上面上から、第1絶縁層7aの側面上に渡って設けられていることになる。絶縁層7aの上面と側面は角部32を介して接続しているため、構造体3は電子放出体9の表面に生じる電界を増大することのできる幾何学形状を有する突起部を備えた構造になっている。
【0062】
さらに、構造体3の一部が凹部60内に入り込むことで、次のようなメリットがある。(1)構造体3と第1絶縁層7aとの接触面積が広くなり、機械的な密着性(密着強度)が向上する。(2)構造体3と第1絶縁層7aとの接触面積が広くなり、電子放出部で発生する熱を効率よく逃がすことができる。(3)凹部60内の絶縁体−真空−導電体界面で生じる三重点での電界強度を弱め、異常な電界発生による放電現象を抑制することができる。
【0063】
この例では、構造体3は、金属酸化物層4を間に挟んで、低仕事関数層5で覆われているが、少なくとも構造体3の突起部に、金属酸化物層4を間に挟んで、低仕事関数層5を備えていればよい。
【0064】
低仕事関数層5は、図4を用いて既に説明した、硼化ランタンの多結晶層5であることが好ましい。低仕事関数層5が硼化ランタンの多結晶層5である場合には、電子放出体9は、さらに、金属酸化物層4がランタン元素を含むことが好ましい。また、図3を用いて説明した様に、低仕事関数層5の表面に酸化ランタン層(不図示)を備えることも好ましい。
【0065】
また、図5(a)〜図5(c)では、ゲート電極8aの一部分が構造体3と同じ導電性材料のゲート電極8bで覆われている例を示している。このゲート電極8bは省略することもできるが、安定な電界を形成するためには、設けておくことが好ましい。この結果、図5に示した例では、ゲート電極8は、8aと8aとで示された部材で構成されることになる。低仕事関数層5は、ゲート電極8(8a、8b)の上にも設けられていてもよい。また、図5(a)、(c)では、電子放出体9がY方向に連続してリッジ状(板状)に設けられているが、Y方向に所定の間隔を置いて複数設けた構成とすることもできる。
【0066】
次に、図5(a)〜図5(c)に示した電子放出素子の製造方法の一例を図9を用いて以下に示す。
【0067】
(工程1)
第1絶縁層7aとなる絶縁層30を基板1の表面に形成し、続いて、第2絶縁層7bとなる絶縁層40を絶縁層30の上面に積層する。そして、絶縁層40の上面にゲート電極8aとなる導電層50を積層する(図9(a))。絶縁層40の材料は、絶縁層30の材料よりも、後述する工程3で用いるエッチング液(エッチャント)に対してエッチング量が多くなるように、絶縁層30の材料とは異なる材料が選択される。
【0068】
(工程2)
次に、導電層50、絶縁層40、絶縁層30に対するエッチング処理(第1エッチング処理)を行う。
第1エッチング処理は、具体的には、フォトリソグラフィー技術等により導電層50上にレジストパターンを形成したのち、導電層50、絶縁層40、絶縁層30をエッチングする処理である。工程2により、基本的には、図5(a)〜図5(c)に示した電子放出素子を構成する第1絶縁層7aとゲート電極8aが形成される(図9(b))。尚、図9(b)などに示す様に、この工程で形成される第1絶縁層7aの側面(斜面)22と基板1の表面とが成す角度が90°よりも小さい角度(θ)となるようにすることが好ましい。また、ゲート電極8aの側面(斜面)と第1絶縁層7aの上面(基板1の表面)とが成す角度が、第1絶縁層7aの側面(斜面)22と基板1の表面とが成す角度(θ)よりも小さくすることが好ましい。
【0069】
(工程3)
続いて、絶縁層40に対するエッチング処理(第2エッチング処理)を行う(図9(c))。
工程3により、基本的には、図5に示した電子放出素子を構成する第2絶縁層7bが形成される。この結果、第1絶縁層7aの上面の一部と第2絶縁層7bの側面とからなる凹部60が形成される(図9(c))。より詳細には、ゲート電極8aの下面の一部と第1絶縁層7aの上面の一部と第2絶縁層7bの側面とで凹部60が形成される。また、工程3において、絶縁層40の側面がエッチングされるので第1絶縁層7aの上面の一部が露出する。第1絶縁層7aの露出している上面21と第1絶縁層7aの側面である斜面22とが接続している部分が角部32である。
【0070】
(工程4)
構造体3を構成する材料からなる導電性膜60Aを、基板1の表面から、第1絶縁層7aのカソード電極2側の側面となる斜面22を経て、第1絶縁層7aの上面21に至るように、堆積する。
即ち、導電性膜60Aは、第1絶縁層7aの角部32の少なくとも一部を覆い、第1絶縁層7aの斜面(側面)から第1絶縁層7aの上面にかけて延在することになる。
導電性膜60Aの膜密度が、第1絶縁層7aの角部32の上(および第1絶縁層7aの上面の上)に位置する部分の方が、第1絶縁層7aの斜面22上に位置する部分よりも、高くなる様に成膜することが好ましい。また、同時に、第2ゲート電極8bを構成する材料からなる導電性膜60Bを、ゲート電極5の上に堆積することができる。このようにして、導電性膜60A(および60B)を形成する(図9(d))。
図9(d)で示した例では、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触するように成膜している。工程4では、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触しないように、即ち、間隙を形成するように、導電性膜60Aと導電性膜60Bを成膜することもできる。
しかしながら、間隙の大きさ(距離d)をより高精度に制御するためには、図9(d)に示すように、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触するように成膜することが望ましい。
【0071】
(工程5)
続いて、導電性膜(60A、60B)に対してエッチング処理(第3エッチング処理)を行う。
第3エッチング処理は導電性膜(60A、60B)の膜厚方向におけるエッチング処理を主眼とした処理である。
工程5により、工程4で接触していた導電性膜60Aと導電性膜60Bとの間に間隙8が形成される。また、導電性膜60Aの端部(突起部)の先鋭化を行うことができる。また、凹部60内に付着している余計な導電材料(導電性膜(60A、60B)を構成する材料)を除去することができる。これらの結果、構造体3と第2ゲート電極8bとが形成される(図9(e)、図9(f))。
尚、工程5では、エッチング処理の前に導電性膜(60A、60B)の表面を酸化させる酸化処理を加える場合もある。また、工程5を、上記酸化処理と上記エッチング処理とを繰り返す工程とする場合もある。
このように酸化処理とエッチング処理とを行うことによって、単にエッチング処理する場合(図9(e))に比べて、図9(f)に示した様に構造体3の突起部の先端を制御性よく先鋭化出来る。また、構造体3と第2ゲート電極8bとの間隙8を制御性よく形成できる。その結果、より高い電子放出効率の電子放出素子を得ることができる。
このように、工程5は導電性膜(60A、60B)をその膜厚方向にエッチングするための処理である。尚、工程5では、導電性膜(60A、60B)の露出している表面が全てエッチャントに曝されることになる。
【0072】
(工程6)
構造体3に電子を供給するためのカソード電極2を形成する(図9(g))。この工程は、他の工程の前や後に変更することもできる。尚、カソード電極2を用いずに、カソード電極2の機能を導電性膜(構造体3)が兼ねることもできる。その場合には、工程6は省略できる。
【0073】
(工程7)
上記工程5又は工程6の後に、構造体3の上に、図1(g)および図1(h)を用いて説明したように、金属酸化物層4と低仕事関数層5とを堆積させて、図5(a)〜図5(c)に示した電子放出素子を形成する。尚、金属酸化物層4と低仕事関数層5は、既に説明した方法により形成することができる。
【0074】
以下、各工程についてより詳細に説明する。
【0075】
(工程1について)
絶縁層30(第1絶縁層7a)を構成する材料は、加工性に優れる材料からなり、たとえば窒化シリコン(典型的にはSi)や酸化シリコン(典型的にはSiO)である。絶縁層30は、スパッタ法等の一般的な真空成膜法、CVD法、真空蒸着法で形成することができる。また絶縁層30の厚さは、数nmから数十μmの範囲で設定され、好ましくは数十nmから数百nmの範囲に選択される。
【0076】
絶縁層40(第2絶縁層7b)を構成する材料は、加工性に優れる材料からなる絶縁性の膜であり、たとえば窒化シリコン(典型的にはSi)や酸化シリコン(典型的にはSiO)である。絶縁層40は、スパッタ法等の一般的な真空成膜法、CVD法、真空蒸着法で形成することができる。また絶縁層40の厚さは、絶縁層30よりも薄く、数nmから数百nmの範囲で設定され、好ましくは数nmから数十nmの範囲で選択される。
【0077】
尚、絶縁層30と絶縁層40を基板1上に積層した後に工程3にて凹部60を形成する必要がある。そのため、上記第2エッチング処理に対して、絶縁層30よりも絶縁層40の方がよりエッチング量が多い関係に設定する。望ましくは絶縁層30と絶縁層40との間のエッチング量の比は、10以上であることが好ましく、50以上であることが更に好ましい。
【0078】
このようなエッチング量の比を得るためには、例えば、絶縁層30を窒化シリコン膜で形成し、絶縁層40を酸化シリコン膜やリン濃度の高いPSGやホウ素濃度の高いBSG膜等で構成すれば良い。尚、PSGはリンシリケートガラスであり、BSGはボロンシリケートガラスである。
【0079】
導電層50(ゲート電極5)は導電性を有しており、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術により形成されるものである。
【0080】
ゲート電極8aとなる導電層50の材料は、導電性に加えて高い熱伝導率があり、融点が高い材料が望ましい。例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属または合金材料が使用できる。また、炭化物や硼化物や窒化物も使用でき、Si,Ge等の半導体も使用できる。
【0081】
また、導電層50(第1ゲート電極8a)の厚さは、数nmから数百nmの範囲で設定され、好ましくは数十nmから数百nmの範囲で選択される。
【0082】
導電層50は、カソード電極2に比べてその膜厚が薄い範囲で設定される場合があるので、カソード電極2の材料よりも低抵抗な材料であることが望ましい。
【0083】
(工程2について)
上記第1エッチング処理では、エッチングガスをプラズマ化して材料に照射することで材料の精密なエッチング加工が可能な、RIE(Reactive Ion Etching)を用いることが好ましい。
【0084】
RIEに用いるガスとしては、加工する対象部材がフッ化物を作る材料である場合には、CFやCHFやSFなどのフッ素系ガスが選ばれる。また加工する対象部材がSiやAlのような塩化物を形成する材料である場合には、Cl、BClなどの塩素系ガスが選ばれる。またレジストとの選択比を取るため、またエッチング面の平滑性の確保あるいはエッチングスピードを上げるため、水素、酸素、アルゴンガスの少なくともいずれかをエッチングガスに添加する。
【0085】
工程2により、電子放出素子を構成する第1絶縁層7aと第1ゲート電極8aと同一または略同一の形状が形成される。しかしながら、工程2以降に行われるエッチング処理で、第1絶縁層7aと第1ゲート電極8aが全くエッチングされないことを意味する訳ではない。
【0086】
また、第1絶縁層7aの側面(斜面)22と基板1の表面とが成す角度(図9(b)にθで表示)は、ガス種、圧力、等の条件を制御することに所望の値に制御可能である。θは、90°よりも小さい角度(θ)とすることが好ましい。これは、工程4で第1絶縁層7aの斜面22に形成される導電性膜60Aの膜質(膜密度)を制御するためである。
【0087】
θを90°よりも小さい角度に設定することで、結果としてゲート電極8aのカソード電極側の側面は、第1絶縁層7aのカソード電極側の側面よりも後退する。また、ゲート電極8aの側面(斜面)と第1絶縁層7aの上面(又は基板1の表面)とが成す角度が、第1絶縁層7aの側面(斜面)22と基板1の表面とが成す角度よりも小さくすることが好ましい。尚、第1絶縁層7aの上面21と第1絶縁層7aの側面22との成す角度は、180°−θとみなせる。
【0088】
尚、θは、第1絶縁層7aの側面22において、角部32(図9(c)参照)から基板1方向へ接線を引いたときに、この接線と基板1とのなす角度で表すことができる。
【0089】
尚、絶縁層7aは基板1の表面に一般的に用いられる成膜方法によって形成されているので、絶縁層7aの上面21は基板1の表面(水平方向12)と平行(または実質的に平行)であると言える。即ち、絶縁層7aの上面21は基板1の表面と完全に平行である場合もあるが、成膜環境や条件などにより、通常、僅かに傾きを有することが考えられるが、このような場合も含めて、平行または実質的に平行の範疇である。
【0090】
(工程3について)
工程3では、エッチング液によって絶縁層40がエッチングされる量に対して、エッチング液によって絶縁層7aがエッチングされる量が十分に低くなるようにエッチング液が選択される。
【0091】
上記第2エッチング処理は、例えば絶縁層40が酸化シリコンで形成され第1絶縁層7a(絶縁層30)が窒化シリコンで形成されている場合、エッチング液は通称バッファードフッ酸(BHF)を用いればよい。バッファードフッ酸(BHF)はフッ化アンモニウムとフッ酸との混合溶液である。また、絶縁層40が窒化シリコンで形成され第1絶縁層7a(絶縁層30)が酸化シリコンで形成されている場合は、エッチャントは熱リン酸系エッチング液を使用すればよい。
【0092】
工程3により、電子放出素子を構成する第2絶縁層7bと同一または略同一のパターンが形成される。しかしながら、工程3以降に行われるエッチング処理で、第2絶縁層7bが全くエッチングされないことを意味する訳ではない。
【0093】
凹部60の深さ(奥行き方向の距離)は、電子放出素子のリーク電流に深く関わる。凹部60を深く形成するほどリーク電流の値が小さくなる。しかし、あまり凹部60を深くするとゲート電極8aが変形する等の課題が発生する。このため、実用的には30nm以上200nm以下に設定される。尚、凹部60の深さは、絶縁層7aの側面22(または角部32)から絶縁層7bの側面までの距離と言い換えることもできる。
【0094】
(工程4について)
工程4において、導電性膜(60A、60B)は、蒸着法、スパッタ法等の真空成膜技術により形成される。
【0095】
導電性膜60Aの密度が、第1絶縁層7aの角部32の上(および第1絶縁層7aの上面の上)に位置する部分の方が、第1絶縁層7aの斜面上に位置する部分よりも、高くなる様に成膜する。このような成膜を行うことで、導電性膜60Aの、第1絶縁層7aの上面21(角部32)上に位置する端部が、突起形状(突起部)を有する形態とすることができる。即ち、図9(d)に示す様に、先端が尖った突起部を第1絶縁層7aの上面21(角部32)上に備える、導電性膜60Aを形成することができる。そして、導電性膜60Aの突起部の膜密度に比べて、導電性膜60Aの第1絶縁層7aの斜面22上に位置する部分の膜密度が低く形成される。その結果、工程5の第3エッチング処理により、突起部をより先鋭化することができる。
【0096】
上記の様な成膜を行う為には、導電性膜60Aの成膜を指向性を有する成膜法によって行う。例えば、いわゆる指向性スパッタリング法や蒸着法を用いることができる。指向性を有する成膜方法を用いることで、導電性膜(60A,60B)の原料(成膜材料)が、第1絶縁層7aの上面および側面(並びにゲート電極8aの上面および側面)に入射する角度を制御できる。
【0097】
指向性スパッタでは、具体的には、基板1とターゲットとの角度を設定した上で、基板1とターゲットの間に遮蔽板を設けたり、基板1とターゲット間の距離をスパッタ粒子の平均自由行程近傍にする等行う。スパッタ粒子に指向性を与えるコリメータを用いる、いわゆるコリメーションスパッタ法も上記指向性スパッタリング法の範疇である。このようにして、限られた角度のスパッタ粒子(スパッタされた原子またはスパッタされた粒子)のみが被成膜面(絶縁層7aの斜面など)に入射される様にする。
【0098】
即ち、スパッタ粒子(成膜材料)の第1絶縁層7aの斜面に対する入射角度が、スパッタ粒子(成膜材料)の第1絶縁層7aの上面(角部32)に対する入射角度よりも小さい(浅い)角度になる様にすればよい。但し、スパッタ粒子の第1絶縁層7aの上面(角部32)に対する入射角度は、スパッタ粒子の第1絶縁層7aの斜面に対する入射角度よりも、90度に近く設定する。このようにすることで、スパッタ粒子は、第1絶縁層7aの斜面に対してよりも第1絶縁層7aの上面(角部32)に対して、より垂直に近い状態で入射させることができる。このような成膜を行うことで、前述したような、導電性膜60Aの、第1絶縁層7aの上面21(角部32)上に位置する端部が、突起形状(突起部)を有する形態とすることができる。
【0099】
蒸着法では、真空度が10−2〜10−4Pa程度の高真空下で成膜を行うと、蒸発源から気化した蒸発物質(成膜材料)は、衝突する可能性が低い。更に、蒸発物質(成膜材料)の平均自由行程は概ね数百mm〜数m程度である為、蒸発源から気化した時の方向性が維持されて基板に届くことになる。このため、蒸着法は指向性を有する成膜方法となる。蒸発源を蒸発させる手法は、抵抗加熱、高周波誘導加熱、電子ビーム加熱などが有るが、対応可能な物質の種類及び加熱面積の関係から電子ビームを利用する方法が有効である。
【0100】
尚、工程2においてθを90°よりも小さい角度に設定することで、ゲート電極8aのカソード電極2側の側面は、第1絶縁層7aのカソード電極2側の側面22よりも後退することは前述した通りである。その結果、工程4で上記したような指向性を有する成膜を行うことで、角部32の上には、側面(斜面)の上よりも、良質な膜が形成される。尚、「良質な膜」とは、ここでは「高密度な膜」または「膜密度の高い膜」と言い換えることができる。
【0101】
従って、工程2における第1エッチング処理によって形成される角度θを、より小さい角度にすれば、第1絶縁層7aの上面により多くの良質な膜を形成できる。即ち、第1絶縁層7aのカソード電極2側の側面に対する、ゲート電極5のカソード電極2側の側面の後退量を多くすれば、第1絶縁層7aの上面により多くの良質な膜を形成できる。
【0102】
本工程では、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触しないように、即ち、間隙を形成するように、導電性膜60Aと導電性膜60Bを成膜することもできる。また、第1ゲート電極8a上に第2ゲート電極8bを設けない形態とする場合には、第1ゲート電極8aと離れるように、導電性膜60Aを成膜する。
【0103】
導電性膜6Aと導電性膜6Bとの間に距離dの間隙を高精度に形成する必要がある。特に、複数の電子放出素子を均一性高く形成する場合には、各電子放出素子の間隙の大きさのバラツキを少なくすることが重要である。間隙の大きさ(距離d)をより高精度に制御するために、工程4において、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触するように成膜することが望ましい。言い換えると、工程4において、導電性膜60Aとゲート電極8aとが導電性膜60Bを介して接続するように成膜することが望ましい。そして、その後に、下記工程5における第3エッチング処理を行って導電性膜60Aと導電性膜60Bとの間に間隙を形成することが望ましい。
【0104】
尚、間隙8の形成を、上記工程4の成膜時間や成膜条件の制御等で行う場合も、凹部60内のどこかに、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが、微小に接触した箇所(リーク源)が形成される可能性もある。そのため、工程4の後に、下記工程5における第3エッチング処理を行う必要がある。
【0105】
導電性膜60Aと導電性膜60Bは、同一材料でも良いし、異なる材料でも構わない。しかしながら、製造の容易性、エッチングの制御性から、導電性膜60Aと導電性膜60Bは同一材料で同時に成膜することが好ましい。
【0106】
導電性膜(60A、60B)の材料(即ち構造体3の材料)は、導電性があり、電界放出する材料であればよく、好ましくは、2000℃以上の高融点の材料から選択される。また、導電性膜60Aの材料(即ち構造体3の材料)は、5eV以下の仕事関数材料であり、その酸化物が簡易にエッチング可能な材料で形成されることが好ましい。このような材料として例えば、Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Au,Pt,Pd等の金属または合金材料、或いは炭化物、硼化物、窒化物も使用可能である。工程5において、金属と金属酸化物のエッチング特性の差を利用した、表面酸化膜のエッチング処理を行う場合があるので、導電性膜(60A、60B)の材料は、MoまたはWを用いることが好ましい。
【0107】
(工程5について)
第3エッチング処理としてはドライエッチング、ウェットエッチングの何れでも構わないが、他材料とのエッチング選択比の容易さを考慮して、ウェットエッチングを行うことが好ましい。
【0108】
エッチング量(間隙の大きさd)が数nm程度と微量である為、安定性を考慮するとエッチングレートは1分間に1nm以下であることが望ましい。上記エッチングレートとは、単位時間当たりの膜厚変化量を意味している。エッチング処理で除去される単位時間当たりの原子数は、導電性膜(60A、60B)の材料とエッチング液で一意に決まるので、膜密度とエッチングレートは反比例の関係にある。即ち、膜密度が高いほど、エッチングレートは低くなる。
【0109】
図10(a)〜図10(c)を用いて、第3エッチング処理による、間隙の形成と導電性膜60Aの端部(突起部)の先鋭化処理について説明する。
【0110】
図10(a)は、工程4で指向性を有する成膜方法により、導電性膜(60A、60B)が成膜された状態を表している。指向性を有するスパッタ法により、ゲート電極8aの表面、基板1の表面上、及び、第1絶縁層7aの角部32の上、第1絶縁層7aの上面では、スパッタ粒子が、それらの面に対して90°に近い角度(スパッタ粒子の飛翔方向と面の成す角度)で衝突する。尚、スパッタ粒子とは、スパッタターゲットからスパッタされた粒子を指す。その為、上記した部分には、良質な膜(ここでは「高密度な膜」または「膜密度の高い膜」と表現する)が形成される。
【0111】
一方、第1絶縁層7aの斜面及びゲート電極5の端部近傍の面には、スパッタ粒子がこれらの面に対して浅い角度で衝突する為、これらの面上には低密度な膜(または「膜密度の低い膜」)が形成される。
【0112】
図10(a)では、導電性膜の6A1および6B1で模式的に示した部分が高密度膜、導電性膜の6A2および6B2で模式的に示した部分が低密度膜を表している。
【0113】
前述した様に膜密度とエッチングレートは反比例する。そのため、上記第3エッチング処理では、導電性膜の6A1および6B1で模式的に示した部分に比較して、導電性膜の6A2および6B2で模式的に示した部分の方が高エッチングレートになる。尚、工程5では、導電性膜の露出している表面が全てエッチャントに曝される(エッチングされる)ことになる。
【0114】
図10(b)および図10(c)は、第3エッチング処理を行った状態を表している。図中、T2は高密度膜の部分における、第3エッチング処理による膜厚の減少量を示しており、T3は低密度膜の部分における、第3エッチング処理による膜厚の減少量を示している。本実施形態では、T2<T3の関係が成り立つ。第3エッチング処理による膜厚の減少量はエッチング時間あるいはエッチング回数で調整が可能である。T2<T3の関係があるので、繰り返してエッチング処理を行うことにより導電性膜60Aの端部(突起部)の先鋭化が促進される(図10(c))。
【0115】
導電性膜(60A、60B)の材料がモリブデンの場合は、高密度膜は9.5g/cm以上10.2g/cm以下であり、低密度膜は7.5g/cm以上8.0g/cm以下であることが望ましい。上記値は、膜の抵抗率と膜厚(低密度膜は斜面に形成されるので、低密度膜部分は膜厚も薄くなる関係がある)及びエッチングレート差を考慮した実用的な範囲である。
【0116】
膜密度の測定は、一般にはXRR(X線反射率法)が用いられるが、実際の電子放出素子では測定が困難な場合がある。そのような場合には、膜密度の測定手法として、例えば、以下の方法を採用することができる。即ち、TEM(透過電子顕微鏡)とEELS(電子エネルギー損失分光)を組み合わせた高分解能電子エネルギー損失分光電子顕微鏡で、元素の定量分析を行い、膜密度が既知の膜と比較することで、検量線を作成して、密度を算出することができる。
【0117】
導電性膜(60A、60B)の材料と第3エッチング処理に用いるエッチャントの組み合わせは、特に限定されるものではない。例えば、導電性膜(60A、60B)の材料がモリブデンであれば、エッチャントはTMAH(水酸化テトラメチルアンモニウム)やアンモニア水などのアルカリ溶液を用いることができる。或は、エッチャントとして、2−(2−n−ブトキシエトキシ)エタノールとアルカノールアミンの混合物やDMSO(ジメチルスルホキシド)等も用いることができる。
【0118】
また、導電性膜(60A、60B)の材料がタングステンの場合は、硝酸やフッ酸や水酸化ナトリウム溶液等をエッチャントとして用いることができる。
【0119】
また、前述した様に、工程5を、導電性膜(60A、60B)の表面を酸化させる酸化工程と酸化した導電性膜(60A、60B)の表面をエッチングするエッチング処理とで構成する形態もある。
【0120】
これは、酸化工程で導電性膜(60A、60B)の表面に所望量の酸化膜を形成した後、該酸化膜をエッチング除去することにより、エッチング量の均一性(再現性)を高める効果が期待できる。
【0121】
そして、酸化量(酸化膜厚)は膜密度に反比例する。即ち、膜密度が高い部分の表面の酸化量(酸化膜厚)は、膜密度が低い部分の表面の酸化量(酸化膜厚)に比べて小さくなる。そのため、導電性膜(60A、60B)を酸化処理した場合、膜密度の小さい部分(図10(a)の6A2、6B2に相当する部分)の表面層が優先的に(選択的に)酸化される。つまり、酸化処理とエッチング処理とを行うことによって導電性膜60Aの端部(突起部)の先鋭化と前述した間隙の間隔の制御精度を高めることが可能になる。
【0122】
酸化方法は、導電性膜60Aの表面を数〜数十nm酸化させることが可能な方法ならば特に制限されるものではない。具体的にはオゾン酸化(エキシマUV露光、低圧水銀露光、コロナ放電処理、等)や熱酸化等が挙げられるが、好ましくは、酸化の定量性が優れているエキシマUV露光を用いる。また、導電性膜60Aの材料がモリブデンの場合にはエキシマUV露光により、酸化膜が容易に除去できるMoOを主として生成することができる利点もある。
【0123】
酸化膜の除去工程は、ドライ、ウェットの何れでも構わないが、好ましくはウェットエッチング処理を用いる。酸化膜の除去工程(エッチング工程)は、表面層である酸化膜のみを除去(エッチング)することが目的となる。そのため、用いるエッチャントしては、酸化膜のみを除去して、下層である金属層(酸化していない層)には実質的な影響のないものが望まれる。或いは、酸化膜のエッチングレートが金属層(酸化していない層)に比較して十分に大きい(桁で異なる)ものが望まれる。具体的には、導電性膜(60A、60B)の材料がモリブデンであれば、エッチャントは、希釈TMAH(濃度が0.238%以下が望ましい)、温水(40℃以上が望ましい)等が挙げられる。導電性膜(60A、60B)の材料がタングステンの場合は、バッファードフッ酸、希塩酸、温水等が挙げられる。
【0124】
工程5によって、構造体3と第2ゲート電極8bとが形成される(図10(c))。尚、第2ゲート電極8bは、第1ゲート電極8aの上(詳細には第1ゲート電極8aの側面(斜面)上と上面上)に設けられている。このため、第2ゲート電極8b(第1ゲート電極8aの側面に位置する部分)を、構造体3の突起部の先端から放出された電子が最初に衝突する部分とすることができる。そのため第1ゲート電極8aを構成する材料の融点が多少低くても、第2ゲート電極8bを高融点の材料で形成すれば、電子放出素子の電子放出特性の劣化を抑制することができる。
【0125】
(工程6について)
カソード電極2は、第1ゲート電極8aと同様に導電性を有しており、蒸着法、スパッタ法等の一般的真空成膜技術、フォトリソグラフィー技術により形成することができる。カソード電極2の材料は、第1ゲート電極8aと同じ材料であってもよく、異なる材料であってもよい。カソード電極2の厚さとしては、数十nmから数μmの範囲で設定され、好ましくは数百nmから数μmの範囲で選択される。
【0126】
以上述べたように、本実施形態に用いることのできる電子放出素子は、第1の電極(カソード電極2)と、第1の電極と離れて設けられた第2の電極(ゲート電極8)との間に電圧を印加して、第1の電極側から電子を電界放出する電子放出素子である。なお、電子放出素子から電子をゲート電極以外の電極であるアノード電極に照射させる場合には、アノード電極を図1や図2や図5に示した基板1から離して設ける。そして、ゲート電極8に印加する電位よりも十分に高い電位をアノード電極に印加する。このようにすることにより、ゲート電極8によって引き出された電子(電界放出された電子)がアノード電極に照射される。このような電子放出装置は、3端子(カソード電極、ゲート電極、アノード電極)構造となる。アノード電極と基板1の間隔は、カソード電極2とゲート電極8の間隔よりも十分に大きく、典型的には500μmから2mmに設定される。
【0127】
電子放出素子から放出される放出電流の揺らぎは、放出電流の時間的な変動の大きさを示すものである。たとえば矩形波形のパルス電圧を周期的に印加することによって放出される電流の変動であり、単位時間あたりの変動の大きさを偏差で示し、その偏差を平均値で割って算出することができる。
【0128】
具体的には、パルス幅が6m秒で周期が24m秒の矩形波形のパルス電圧を連続して印加する。そして連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求める。なお、複数の電子放出素子間で揺らぎの大きさを比較するにあたっては、上述の電流の平均値が概ね等しくなるように印加電圧の波高値を設定する。
【0129】
次に、図6を用いて、基板1上に、図1と図2を用いて説明した円錐形状の電子放出体9を備える電子放出素子10を多数配列して構成した、電子源32の一例を説明する。図6は、電子源32の平面模式図である。
【0130】
ここで説明する電子源32は、基板1と基板1上に設けられた複数の電子放出素子10とで構成されている。基板1は絶縁性基板で構成することができ、例えばガラス基板が好ましく適用できる。図6は、基板1上に、図1を用いて説明した電子放出素子10を行列状に多数配列して構成したものである。当然、電子放出素子10として図3や図5を用いて説明した電子放出素子10を用いることもできる。
【0131】
同じ列の電子放出素子10同士はゲート電極8が共通に接続され、同じ行の電子放出素子10同士はカソード電極2が共通に接続される。そして、複数のカソード電極2の中から所定数を選択し、複数のゲート電極8の中から所定数を選択し、その選択された電極間に電圧を印加することで、所定の電子放出素子10から電子を放出させることができる。
【0132】
ここでは、1つのカソード電極2と1つのゲート電極8との交差部に設けられる電子放出素子10は1つであるが、複数の電子放出素子10を設けることが好ましい。例えば、図1や図2で示した形態の電子放出素子を用いる場合には、カソード電極2とゲート電極8との各々の交差部には、複数の開口71が設けられ、そして、各々の開口71内に電子放出体9が設けられる。
【0133】
図6では、簡易的に、カソード電極2とゲート電極8との各々の交差部に1つの開口71を設けた例を示している。しかしながら、放出電流の揺らぎを低減する観点からは、各交差部に設けられる電子放出素子の数が多いほど好ましい。電子放出素子の数が多いと、放出電流の揺らぎが平均化されるためである。一方で、あまりに多くの電子放出素子を各交差部に設けることは、生産性などの観点から、望ましくない。本発明の製造方法によって製造した電子放出素子を用いることによって、電流揺らぎを低減することができるから、電子放出素子の数を多くせずとも、電流揺らぎを低減することができる。
【0134】
次に、上述した電子源32を用いて画像表示パネル100を構成した一例を図7を用いて説明する。なお、ここで示す例では、各交差部に設けられる電子放出素子を複数とした。
【0135】
なお、画像表示パネル100は、内部が大気圧よりも低い圧力(真空)となるように気密に保持されるので、気密容器と言い換えることができる。
【0136】
図7は、画像表示パネル100の断面模式図である。画像表示パネル100は、図6における電子源32を背面板として用い、背面板32と前面板31とが対向して配置されている。
【0137】
そして、背面板32と前面板31との間隔が所定の距離となるように、背面板32と前面板31との間に閉環状(矩形状)の支持枠27が設けられている。背面板32と前面板31との間隔は、典型的には500μmから2mm(実用的には1mm程度)に設定される。そして、支持枠27と前面板31の間、および、支持枠27と背面板32の間は、インジウムやフリットガラスなどのシール機能を備える接合部材28によって気密に接合されている。支持枠27は、画像表示パネル100の内部空間を気密に封止するための役割も担っている。画像表示パネル100の面積が大きい場合には、前面板31と背面板32との距離が維持できるように、画像表示パネル100の内部に、前面板31と背面板32の間にスペーサ34を複数配置することが好ましい。
【0138】
前面板31は、電子放出素子10から放出された電子が照射されることで発光する発光体23を備える発光層25と、発光層25上に設けられたアノード電極21と、透明基板22とで構成されている。
【0139】
透明基板22は、発光層25から放出された光が透過する必要があるため、例えばガラスからなる。
【0140】
発光体23としては、一般に蛍光体を用いることができる。発光層25を、赤色を発光する発光体と、緑色を発光する発光体と、青色を発光する発光体とを用いて構成することで、フルカラー表示の画像表示パネル100を構成することができる。図7に示す形態では、発光層25は、発光体同士の間に設けられた黒色部材24を備えている。黒色部材24は一般にブラックマトリクスと言われる、表示画像のコントラストを向上させるための部材である。
【0141】
各発光体23に電子を照射する電子放出素子10が、発光体23に対向するように設けられている。即ち各々の電子放出素子10は1つの発光体23に対応づけられている。
【0142】
アノード電極21は、一般に、メタルバックと呼ばれ、典型的には、アルミニウム膜で構成することができる。また、アノード電極21は、発光層25と透明基板22との間に設けることもできる。その場合には、アノード電極21は、ITO膜などの光学的に透明な導電性膜で構成される。
【0143】
前面板31と背面板32とを気密に接合するための工程(接合工程または封着工程)では、気密容器である画像表示パネル100を構成する部材を加熱した状況下で行われる。
【0144】
接合工程(封着工程)では、典型的には、前面板31と背面板32との間に、フリットガラス等の接合部材を設けた支持枠27を配置する。そして加圧しながら、前面板31と背面板32と支持枠27とを例えば100℃から400℃の範囲で加熱し、その後室温まで冷却することで実施される。また、接合工程に先立って、背面板32は加熱による脱ガス処理などを施す場合も多い。
このような加熱や冷却を伴う工程を経ても、本実施形態で示した硼化ランタンの多結晶層5は電子放出体9から剥離することはない。
【0145】
次に、図8に示すように、前述した画像表示パネル100に、画像表示パネルを駆動するための駆動回路110を接続することで、画像表示装置200とすることができる。さらに、テレビジョン放送信号や情報記録装置に記録されている信号などの情報信号を画像信号として出力する画像信号出力装置400を更に接続することで情報表示装置500を構成することができる。言い換えれば、画像表示装置200は、画像信号出力装置400を備えることができる。
【0146】
画像表示装置200は、画像表示パネル100、駆動回路110を少なくとも備え、さらに制御回路120を備えることが好ましい。制御回路120は、入力された画像信号に画像表示パネルに適した補正処理等の信号処理を施すともに、駆動回路110に画像信号および各種制御信号を出力する。駆動回路110は、入力された画像信号に基づいて、画像表示パネル100の各配線(図3のカソード電極2、ゲート電極8参照)に駆動信号を出力する。駆動回路は画像信号を駆動信号に変換するための変調回路や、配線を選択するための走査回路を有する。駆動回路110から出力される駆動信号によって画像表示パネル100内の各画素の電子放出素子に印加される電圧が制御される。これにより、画像信号に応じた輝度で各画素が発光し、スクリーンに画像が表示される。「スクリーン」は、図7で示した画像表示パネル100においては、発光層25に相当すると言うことができる。
【0147】
図8は、情報表示装置の一例を示すブロック図である。情報表示装置500は画像信号出力装置400と画像表示装置200からなる。画像信号出力装置400は、情報処理回路300を備え、画像処理回路320をさらに備えることが好ましい。画像信号出力装置400は、画像表示装置200とは別の筐体に収められていてもよいし、画像信号出力装置400の少なくとも一部が、画像表示装置200と同一の筐体に収められていてもよい。ここで述べる情報表示装置の構成は、一例であり、種々の変形が可能である。
【0148】
情報処理回路300には、衛星放送や地上波等のテレビジョン放送信号や、無線回線網、電話回線網、デジタル回線網、アナログ回線網、TCP/IPプロトコルで結ばれたインターネット等の電気通信回線を介したデータ放送信号等の情報信号が入力される。半導体メモリ、光ディスク、磁気記憶装置等の記憶装置を接続して、これらに記録された情報信号を画像表示パネル100に表示できる構成にすることもできる。また、ビデオカメラやスチルカメラ、スキャナ等の映像入力装置を接続して、これらから得られる画像を画像表示パネル100に表示できる構成にすることもできる。テレビ会議システムやコンピュータ等のシステムと接続するように構成構成することもできる。
【0149】
さらに、画像表示パネル100に表示させる画像を、必要に応じて加工し、プリンタで出力できる構成にしたり、記憶装置に記録したりするように構成することもできる。
【0150】
情報信号に含まれる情報としては、映像情報、文字情報および音声情報の少なくとも1つを指す。情報処理回路300には、放送信号から必要な情報を選局するチューナーや、情報信号がエンコードされている場合にはこれを復号化するデコーダを備えた受信回路310を設けることができる。
【0151】
情報処理回路300によって得られた画像信号を画像処理回路320に出力する。画像処理回路320は、画像信号に様々な処理を施すための回路を含むことができる。例えば、ガンマ補正回路や、解像度変換回路、インターフェース回路などである。そして、画像表示装置200の信号フォーマットに変換された画像信号を画像表示装置200に出力する。
【0152】
映像情報または文字情報を画像表示パネル100に出力してスクリーンに表示させる方法としては、例えば以下のように行うことができる。まず、情報処理回路300に入力された情報信号のうちの映像情報や文字情報から、画像表示パネル100の各画素に対応した画像信号を生成する。そして生成した画像信号を、画像表示装置200の制御回路120に入力する。そして、駆動回路110に入力された画像信号に基づいて、駆動回路110から画像表示パネル100内の各電子放出素子に印加する電圧を制御して、画像を表示する。音声信号については、別途設けたスピーカーなどの音声再生手段(不図示)に出力して、画像表示パネル100に表示される映像情報や文字情報と同期させて再生する。
【0153】
本発明によれば、電子放出素子から安定した放出電流が得られるので、画像表示装置の表示画像の品質を向上することができる。
【実施例】
【0154】
以下に、より具体的な実施例について説明する。
【0155】
(実施例1)
図3を参照して、本実施例に係る電子放出素子の製造方法および電子放出素子について説明する。なお、ここでは、円錐形状の構造体3を用いた電子放出素子の製法について示している。
【0156】
まず、ガラスからなる基板1にニオブからなるカソード電極2と二酸化シリコンからなる絶縁性材料層70(厚さ約1μm)およびニオブからなる導電性材料層80を順次形成する(図1(a))。
【0157】
次に、導電性材料層80にイオンエッチング法で直径1μm程度の円形状の開口81を開けてゲート電極8を形成する(図1(b))。
その後、ゲート電極8をマスクとして絶縁性材料層70をエッチングすることで円形状の開口71を形成する(図1(c))。
【0158】
次に、ゲート電極8上にニッケルからなる犠牲層82を成膜する(図1(d))。
その後、開口71内にモリブデンを円錐形状に堆積させ、モリブデンからなる構造体3を形成する(図1(e))。
犠牲層82の上に堆積された不要なモリブデン層30は、ニッケルからなる犠牲層82を選択的に取り除くことによって同時に剥離され、図1(f)に示す構造を得る。
【0159】
次に、図1(f)に示す構造体3を設けた基板を真空チャンバー内に移設し、酸化モリブデンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に金属酸化物層4として、酸化モリブデン層を厚さ4nm程度形成する(図1(g))。
次に、金属酸化物層4の上に、RFスパッタリングによって、六硼化ランタンの多結晶層5を厚さ10nm成膜し、本実施例の電子放出素子を形成した(図1(h))。六硼化ランタンの多結晶層5の成膜条件としては、RFスパッタリング時のAr圧力を1.5Pa、電源およびパワーをRF250Wとした。形成された多結晶層5の結晶子サイズは7nmであり、仕事関数は2.85eVであった。
【0160】
スパッタ条件、特にAr圧力とパワーを制御することで結晶子サイズを制御することができる。例えば、RFスパッタリング時のAr圧力を2.0Pa、電源およびパワーをRF800Wとして厚さを7nmにすれば結晶子サイズは2.5nmとすることができ、仕事関数は2.85eVが得られる。また、DCスパッタリング時のAr圧力を1.5Pa、電源およびパワーをRF250Wとして厚さを20nmにすれば結晶子サイズは10.7nmとすることができ、仕事関数は2.8eVが得られる。上記した厚さ7nmの成膜条件では、X線回折の回折ピークの積分強度比I(100)/I(110)が0.54と、配向性が見られないときに観測される値(JCPDS#34−0427)と良い一致を示した。このことから本実施例で作製した硼化ランタン層5は結晶方位がランダムな無配向な多結晶層であるといえる。厚さが厚いほど(100)で表される回折ピークに対応した面方位の配向が進む。20nmを超える厚さ、典型的には30nm以上の厚さでは、I(100)/I(110)が2.8よりも大きくなっていた。20nm以下では、(100)と(110)以外の面方位の積分強度は、いずれも、(100)および(110)の面方位の積分強度よりも低かった。また、結晶子のサイズは厚さが厚い場合の方が大きくなっている。なお、結晶子サイズが2.5nmよりも小さくなると、結晶性を維持できなくなるためか、仕事関数が3.0eVよりも大きくなってしまう。
【0161】
形成された電子放出素子を真空装置内に入れて、内部を10−8Paまで排気した。そしてカソード電極2とゲート電極8の間に、ゲート電極8の電位が高くなるようにして、パルス幅6ms、周波数25Hzの矩形波形のパルス電圧を繰り返し印加した。そして、ゲート電極8に流れるゲート電流をモニターした。同時に、基板1の上方5mmの位置にアノード板を設置し、アノードに流れ込む電流(アノード電流)もモニターし、アノード放出電流の変動を求めた。放出電流(アノード電流)の変動(ゆらぎ)は、連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求めた。そして、得られたデータの(標準偏差/平均値×100(%))を計算した。
【0162】
また、比較のため、構造体3と六硼化ランタンの多結晶層5の間に酸化モリブデンからなる金属酸化物層4を形成していない電子放出素子も試作し、上記と同じ測定を行った。
【0163】
上記した本実施例の電子放出素子と比較用の電子放出素子をそれぞれ複数個用意し上記測定を行った。その結果、酸化モリブデンからなる金属酸化物層4を設けた電子放出素子は、酸化物層を設けなかった比較用の電子放出素子に比べ、電流変動値の平均値が0.6倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、素子間のばらつき(分散)が0.5倍となった。
【0164】
このように酸化モリブデンからなる金属酸化物層4を設けることで、明らかに電流変動が少なく、かつ電子放出素子間の特性ばらつきの少ない、安定して動作する電子放出素子を得ることができる。
【0165】
(実施例2)
本実施例では構造体3をタングステンで形成した例を示す。
ゲート電極8上にニッケルからなる犠牲層82を成膜するところまでの工程(図1(d)までの工程)は、実施例1と同様である。
【0166】
その後、開口71内にタングステンを円錐状に堆積させ、タングステンからなる構造体3を形成する(図1(e))。犠牲層82の上に堆積された不要なタングステン層30は犠牲層82を選択的に取り除くことによって同時に剥離され、図1(f)に示す構造を得る。
【0167】
次に、図1(f)に示す構造体を真空チャンバー内に移設し、酸化タングステンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に金属酸化物層4として、酸化タングステン層を厚さ4nm形成する(図1(g))。
【0168】
次に、金属酸化物層4の上に、実施例1と同様にしてスパッタ法で六硼化ランタンの多結晶層5を厚さ10nm成膜し、本実施例の電子放出素子が形成される(図1(h))。
【0169】
形成された電子放出素子を真空装置内に入れて、実施例1と同様にしてアノード電流の変動を求めた。また、比較のため、構造体3と六硼化ランタンの多結晶層5の間に金属酸化物層4を形成していない電子放出素子も試作し、上記と同じ測定を行った。
【0170】
その結果、酸化タングステンからなる金属酸化物層4を設けた電子放出素子は、金属酸化物層4を設けなかった比較用の電子放出素子に比べ、電流変動値の平均値が0.7倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、素子間のばらつき(分散)が0.6倍となった。このように酸化タングステンからなる金属酸化物層4を設けることで、明らかに電流変動が少なく、かつ電子放出素子間の特性ばらつきが少ない、安定して動作する電子放出素子を得ることができる。
【0171】
(実施例3)
本実施例は、実施例1の電子放出素子の酸化モリブデン層4中にLaを含む例である。
【0172】
本実施例の電子放出素子は、実施例1の電子放出素子の作製工程中、図1(g)に示す工程で、酸化モリブデンとランタンを含むターゲットを用意し、スパッタ法によって、金属酸化物層4を6nm形成した。それ以外の工程は実施例1と同様に作製する。作製した電子放出素子をXPSで分析した結果、金属酸化物層4中のLaの原子濃度は10%であり、ランタンおよびランタンの酸化物が検出された。そして、金属酸化物層4にはMoOが含まれていた。
【0173】
本実施例で作製した電子放出素子を実施例1と同様にして測定したところ、実施例1に比べ、電子放出を開始する電圧が下がった。
【0174】
また、平らな基板の上に形成したモリブデン層の上に、本実施例と同様の製造方法で、Laを含む酸化モリブデン層と六硼化ランタンの多結晶層とを順次成膜したサンプルを別途作製した。比較のために、実施例1と同様の製造方法で、Laを含まない酸化モリブデン層と硼化ランタンの多結晶層とを順次成膜したサンプルも別途作製した。その結果、Laを含む酸化モリブデン層を備えるサンプルの方が、厚さ方向の抵抗が1桁以上低かった。従って酸化モリブデン層4中にLaを含むことにより、電子放出素子の抵抗が低くなり、電子放出開始電圧が下がったと考えられる。
【0175】
(実施例4)
本実施例は、実施例2の電子放出素子の金属酸化物層4(酸化タングステン層)中にLaを含む例である。
【0176】
本実施例の電子放出素子は、実施例2の電子放出素子の作製工程中、図1(g)に示す工程で、酸化タングステンとランタンを含むターゲットを用意し、スパッタ法によって、金属酸化物層4を6nm形成した。それ以外の工程は実施例2と同様に作製する。作製した電子放出素子をXPSで分析した結果、金属酸化物層4中のLaの原子濃度は10%であり、金属酸化物層4中にランタンおよびランタンの酸化物が検出された。そして、金属酸化物層4にはWOが含まれていた。
【0177】
本実施例で作製した電子放出素子を実施例2と同様にして測定したところ、実施例2に比べ、電子放出を開始する電圧が下がった。
【0178】
また、平らな基板の上に形成したタングステン層の上に、本実施例と同様の製造方法で、Laを含む酸化タングステン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルを別途作製した。比較のために、実施例2と同様の製造方法で、Laを含まない酸化タングステン層とLaBの多結晶層とを順次成膜したサンプルも別途作製した。その結果、Laを含む酸化タングステン層を備えるサンプルの方が、厚さ方向の抵抗が1桁以上低かった。従って酸化物層4中にLaを含むことにより、電子放出素子の抵抗が低くなり、電子放出開始電圧が下がったと考えられる。
【0179】
(実施例5)
本実施例では、実施例3の電子放出素子の硼化ランタンの多結晶層5上に酸化ランタン層6を形成した例を示す。
【0180】
六硼化ランタンの多結晶層5を成膜するところまでの工程(図1(h)までの工程)は、実施例3と同様である。次に、スパッタ法で、六硼化ランタンの多結晶層5上に三酸化二ランタンを厚さ3nm程度形成し、本実施例の電子放出素子を作製した。
【0181】
本実施例で作製した電子放出素子を、実施例3と同様と同様にして測定したところ、電流変動値の平均値が実施例3の0.7倍となった。また、複数の素子においてデータを取得したところ、素子間のばらつき(分散)が実施例3の0.7倍となった。
【0182】
このように六硼化ランタンの多結晶層5上に酸化ランタン層6を設けることで、より電流変動が少なくかつ素子間のばらつきの少ない安定して動作する電子放出素子を作製することができる。また、本実施例と同様に、実施例1、2、4の電子放出素子の六硼化ランタンの多結晶層5上に酸化ランタン層6を成膜したところ、酸化ランタン層6を備えない電子放出素子に比べて本実施例と同様に優れた安定性を示すことが分かった。
【0183】
(実施例6)
本実施例では、低仕事関数層5の材料として三酸化二イットリウム(Y)を用いた以外は実施例2と同様に電子放出素子を作製した。
【0184】
は、イオンプレーティング法によりアモルファス状のY層を厚さ15nmに成膜し、21%の酸素を含むアルゴン雰囲気中において400℃で、基板1を加熱することで形成した。
【0185】
本実施例で作製した電子放出素子は、実施例2よりも得られる放出電流および安定性は低かったが、良好な電子放出特性を得ることができた。また、酸化タングステン層4を設けなかった比較用の電子放出素子に比べ、電子放出素子間の特性ばらつきの少ない安定して動作する電子放出素子を得ることができる。
【0186】
(実施例7)
本実施例では、図5に示すような電子放出素子を作製した例を示す。基板1上に絶縁層7a、7bの材料としてそれぞれ窒化シリコンと酸化シリコンを積層し、さらにその上にゲート電極8の材料であるタングステンを積層した。これをフォトリソグラフィとドライエッチング(RIE)を併用して図5(b)に示すような第1絶縁層7aおよびゲート電極8の形状を形成した。このとき、第1絶縁層7aの側面は基板1の表面に対して約80°の斜面を形成するようにした。続いて、上記酸化シリコンを選択的にバッファードフッ酸を用いたウェットエッチング処理を行って、第2絶縁層7bおよび凹部60を形成した。
【0187】
次に、モリブデンを指向性スパッタ法によって第1絶縁層7aの側面上に成膜した。この時、図9(d)に示したように、導電性膜60Aと導電性膜60Bとが接触するように成膜した。その後、TMAHをエッチャントとしたウエットエッチング処理を行って、凹部60の入り口付近にモリブデンが入り込んで、凹部60内に位置する絶縁層7aの上面からゲート電極8aの方向に向かって突出する突起を備えた構造体3を得た。また、第1ゲート電極8a上にはモリブデンからなる第2ゲート電極8bも同時に形成された。
【0188】
その後、実施例1と同様に、酸化モリブデンをターゲットに用いたスパッタ法により、構造体3の表面に金属酸化物層4として、酸化モリブデン層を形成した。さらに、実施例1と同様の条件で酸化モリブデン層の上に硼化ランタンの多結晶層5を形成した。
【0189】
なお、本実施例では、基板上に図5(c)のY方向において、短冊状の電子放出体9を3μm周期で形成することにより、200個の電子放出素子体9を形成した。最後に、ニオブからなるカソード電極2をそれぞれの電子放出体9に対して共通に接続するように設けた。
【0190】
カソード電極2とゲート電極8の間に、ゲート電極8が高電位になるように電圧を印加したところ、実施例1と同様の、均一で、良好な電子放出特性が得られた。また、実施例1に比べて、電子放出が確認された電圧は、本実施例の方が小さかった。
【0191】
また、実施例3と同様に、酸化モリブデン層を形成するときに、ランタンを含む酸化モリブデンのターゲットを用いたところ、ランタンを含まないターゲットを用いた場合に比べて、より低い電圧で電子放出が確認された。
【0192】
また、実施例5と同様に、硼化ランタンの多結晶層5の上に酸化ランタン層をスパッタ法で設けたところ、長期間に渡って安定した電子放出特性が得られた。
【0193】
(実施例8)
本実施例では、実施例3の電子放出素子を用いて図7に示す画像表示装置を作製した例を示す。画像表示装置は、画素が水平方向に1920個、垂直方向に1080個である、対角50インチのフラットパネルディスプレイである。
【0194】
上述の実施例3の電子放出素子を図6および図7に示す様に、カソード基板1上に多数配列形成して電子源32を得る。そして電子源32を背面板として用意する。各電子放出素子の作製手順については、図1を用いて説明する。
【0195】
具体的には、先ず、ガラス基板1上に、スパッタ法でモリブデンを全面に成膜する。その後、モリブデンをパターニングすることで、画像表示装置の走査線数と同じ数だけ、互いに平行なカソード電極2を形成する。ここでは、その数を1080本とした。
【0196】
次いで、全てのカソード電極2を覆うように、SiO層70を1μmの厚みで、全面に形成する。そしてSiO層70の上に、スパッタ法でタングステン層を、全面に形成する。タングステン層をパターニングすることで、カソード電極2と交差するように、タングステン層80を、互いに平行になるように、画像表示装置の信号線数と同じ数だけ形成する。ここでは、その数を1920×3本とした(各交差部の断面は図1(a)参照)。
【0197】
続いて、タングステン層80とカソード電極2との全ての交差部の各々に、100個の円形の開口が位置するように、ドライエッチングにて全てのタングステン層80に開口81を形成する。これにより、ゲート電極8が形成される。その後、各開口81の下に、カソード電極2を露出する開口71を、ゲート電極8をマスクとしたウエットエッチングにて形成する(図1(b)、図1(c)参照)。
【0198】
その後、ニッケル層82をゲート電極8上に成膜し、その上からモリブデンをスパッタ成膜することで、開口81および開口71内に露出したカソード電極2上に、モリブデンからなる円錐形状の構造体3を形成する(図1(d)、図1(e)参照)。その後、ニッケル層82の上に堆積された不要なモリブデン層30を、ニッケル層82を取り除くことによって同時に剥離する(図1(f)参照)。
【0199】
次に、実施例3と同様にして、真空チャンバー内で、酸化モリブデンにランタンを添加したターゲットを用いたスパッタ法を行った。これにより、各構造体3の表面に金属酸化物層として、ランタンと酸化モリブデンとを含む金属酸化物層4を厚さ3nm成膜した(図1(g)参照)。
【0200】
次に、実施例3と同様にして、金属酸化物層4の上に、スパッタリング法によって、LaB多結晶層5を厚さ10nm成膜し、本実施例の電子源(背面板)32を形成した(図1(h)参照)。
【0201】
次いで、図7に示したように、背面板32の2mm上方に、ガラス基板22の内面に発光層25とメタルバック21とが積層されている全面板31を支持枠27を介して配置した。
【0202】
なお、前面板31と支持枠27との接合部28、および、支持枠27と背面板32との接合部28を、低融点金属であるインジウム(In)を加熱し冷却することによって封着した。また、この封着工程は、真空チャンバー中で行ったため、排気管を用いずに、封着と封止を同時に行った。
【0203】
本実施例では、画像形成部材であるところの発光層25は、カラーを実現するために、赤、緑、青色に発光する蛍光体とした。先にストライプ形状のブラックスマトリクス24を形成し、その開口部にスラリー法により各色の蛍光体23を塗布して発光層25を作製した。ブラックスマトリクス24の材料としては、黒鉛を主成分とする材料を用いた。
【0204】
また、発光層25の内面側(電子放出素子側)にはアルミニウムからなるメタルバック21を設けた。メタルバック21は、発光層25の内面側に、Alを真空蒸着することで作製した。
【0205】
以上のようにして作製した画像表示パネルに図8に示す駆動回路110などを接続して画像表示装置を作製した。所望の電子放出素子を選択し、パルス電圧を印加することで画像を表示させたところ、輝度の変動が少ない明るい良好な画像を長時間に渡り表示することができた。
【0206】
なお、実施例3の電子放出素子に代えて実施例5の電子放出素子を用いると、本実施例の画像表示装置よりも長時間に渡って輝度の変動が少ない画像表示装置を得ることができた。
【0207】
また、実施例7の電子放出素子を用いた画像表示装置を作製したところ、良好な画像表示装置を得ることができた。
【符号の説明】
【0208】
1 基板
2 カソード電極
3 構造体
4 金属酸化物層
5 低仕事関数層
6 酸化ランタン層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属を含む部材と、該部材の上に設けられ、前記金属よりも仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層と、を少なくとも備える電子放出体を有し、該電子放出体の表面から電子を電界放出する電子放出素子の製造方法であって、
金属を含む部材の上に、前記金属の酸化物を含む金属酸化物層を設ける工程と、
前記金属酸化物層の上に、前記金属よりも仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層を形成する工程と、
を有することを特徴とする電子放出素子の製造方法。
【請求項2】
電子放出素子の製造方法であって、
上面と該上面と角部を介して接続する側面とを備える絶縁層の上に、前記側面から前記上面にかけて延在し、前記角部の少なくとも一部を覆う、金属を含む導電性膜を形成する第1工程と、
前記導電性膜をエッチング処理する第2工程と、
前記エッチング処理された前記導電性膜の上に、前記金属の酸化物を含む金属酸化物層を設ける第3工程と、
前記金属酸化物層の上に、前記金属よりも仕事関数の低い材料からなる低仕事関数層を形成する第4工程と、
を含み、
前記第1工程は、前記導電性膜の一部であって前記側面の上に位置する部分の膜密度が、前記導電性膜の一部であって、前記絶縁層の前記角部の上に位置する部分の膜密度よりも小さくなるように、前記導電性膜を形成する工程であり、
前記第2工程は、前記導電性膜の前記膜密度が小さい部分を前記導電性膜の前記膜密度が大きい部分よりも多くエッチングするエッチャントを用いて、前記導電性膜の前記膜密度が小さい部分および大きい部分をエッチングする工程である、ことを特徴とする電子放出素子の製造方法。
【請求項3】
前記低仕事関数層は硼化ランタンの多結晶層であることを特徴とする請求項1または2に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項4】
前記金属酸化物層はランタン元素を含むことを特徴とする請求項3に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項5】
前記低仕事関数層の上に、酸化ランタン層を設ける工程を更に有することを特徴とする請求項2乃至4のいずれか1項に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項6】
前記酸化ランタン層は三酸化二ランタン層であることを特徴とする請求項5に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項7】
前記金属はモリブデンであり、前記金属酸化物層がモリブデンの酸化物とランタンの酸化物とを含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項8】
前記金属はタングステンであり、前記金属酸化物層はタングステンの酸化物とランタンの酸化物とを含むことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項9】
複数の電子放出素子と、該電子放出素子から放出された電子が照射されることで発光する発光体と、を備える画像表示装置の製造方法であって、前記電子放出素子が請求項1乃至8のいずれか1項に記載の製造方法により製造されることを特徴とする画像表示装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−157489(P2010−157489A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−217330(P2009−217330)
【出願日】平成21年9月18日(2009.9.18)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】