説明

非晶質磁性体薄膜からなる偽造防止体及び該偽造防止体の真偽判別方法

【課題】 特異な磁気特性を有し、偽造困難で、かつ、真偽判別を簡単にする。
【解決手段】 樹脂基材上に、非晶質磁性体薄膜を形成した偽造防止体2を安全保護紙1に挿入又は埋設する。偽造防止材料は抗磁力が小さく、飽和磁束密度Bmが大で、短時間で製膜可能。真偽判定装置Iの励磁コイル3から磁気線条2の偽造防止膜に交流磁界を印加すると、その磁束密度変化を磁気ヘッド4が検出し、周波数分析器6により励磁周波数の倍数位置に出力電圧が発生する周波数スペクトラムを得る。判定回路7は、真正な磁性体薄膜の周波数スペクトラムの周波数分布位置及びその出力値との比較により真偽を判定する。磁気異方性が少ないので、真偽判別の際の励磁の方向に関係なく検出出力が発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、証券類のような偽造防止を必要とする安全保護紙に挿入又は貼り付けて用いる非晶質磁性体薄膜からなる偽造防止体及び該偽造防止体の判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、証券類等の安全保護紙の偽造防止策としてホログラムのような一般に偽造が困難な光学的変化素子、特殊印刷技術による偽造防止材料、磁気インクによる偽造防止材料、紫外線又は赤外線に反応する偽造防止材料がある。更に、樹脂、糸又はホログラムを偽造防止材料として紙の中に埋め込むものが一般に知られており、これらは特に、安全線条と呼ばれている。
【0003】
これらの偽造防止材料を備えた証券類等の真偽を判別するには、紫外線又は赤外線を照射して、これらの反射、吸収の量を検出する方法や、電磁波の反射、吸収の量を検出する方法、磁気変化を検出する方法等が知られている。
また、本出願人等が先に出願した安全線条に強磁性体の箔、糸又は薄膜を用いて、安全保証用データを記憶させたものや、素材の有する磁気特性を利用した安全保護紙とその真偽判別装置(例えば、特許文献1参照)もある。
【0004】
更に、偽造防止膜に外部から磁界強度が複数段階で変化するように励磁し、励磁された偽造防止膜の磁気履歴特性を表示するか、偽造防止膜から検出した磁束密度変化に含まれる周波数スペクトルを測定して真偽判別する方法(例えば、特許文献2参照)がある。
【0005】
一方、Co−Zr−Nb系磁性材料は既に知られており(例えば、特許文献3参照)、それの用途は、磁芯であり、その合金組成は、Zrを7〜15原子%、Cr、Mo、W、V、Nb、Taから選ばれた1種類又は2種類以上を5〜20原子%、残部をCoとするものである。
【0006】
前記磁性材料を用いた偽造防止材料を、所定の構造及び読み取り条件(例えば、特許文献4参照)で検出した場合、これらの組成範囲すべてが特異な磁気特性を有するわけではなく、例えば、パーマロイ、センダスト等の磁気材料と区別することは困難であった。
【0007】
また、前記周波数スペクトルの測定による真偽判別する方法は、外部から偽造防止膜に交流磁界を印加して、偽造防止膜の磁束密度変化に含まれる周波数スペクトルを検出するもので、前記周波数スペクトルは偽造防止膜の磁気履歴曲線の非線形性により外部交流磁界の励磁周波数の倍数の比で出力され、この周波数成分の各次数における大きさが夫々偽造防止膜に固有の値を有する点を利用するものである。前記周波数スペクトルを測定して真偽判別する方法においては、3元合金又は4元合金の磁性薄膜の場合は磁気異方性があるため、真偽判別の際の励磁磁界の印加方向により前記周波数スペクトル出力電圧に差異が生じ、真偽判別置が複雑となり、かつ真偽判別が煩雑となるという問題があった。
【0008】
【特許文献1】特開平7−32778号公報
【特許文献2】特開平8−199489号公報
【特許文献3】特開昭56−84439号公報
【特許文献4】特願平7−18343号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記問題点を解消するもので、本発明の目的は、前記安全保護紙及びその真偽判別装置に利用可能な偽造防止材料において、偽造が非常に困難で、かつ、簡単な構成の真偽判別装置により真偽判別が出来る、特異な磁気特性を有する偽造防止材料を提供することである。
【0010】
一般には、履歴曲線で強磁性体の材料判別を行う方法が行われているが、この方法は履歴曲線が極めて類似な物質の場合は、判別が極めて困難であると問題がある。そこでこの問題を解決するため、本発明においては、強磁性体の材料判別方法を外部交流磁界による磁束密度変化に含まれる周波数スペクトラム分析法により行う。この判別方法は履歴曲線の非線形性が外部交流励磁周波数の倍数の比で出力され、この周波数成分の各次数における大きさは各強磁性体固有の値をもつので、ある固有値を持った強磁性体の値をあらかじめ知っておくことで、その物質であることを簡単かつ、正確に判別することができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
1 本発明は、可とう性の樹脂基材と該樹脂基材上に形成された非晶質磁性体薄膜とからなる偽造防止体であって、前記非晶質磁性体薄膜は抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、かつ、磁気異方性が少ない磁性材料で、その組成は、Ma−Nb−Xc−Yd−Zeで示され、前記MはCo、NはFe及びNiより選択された少なくとも1種類の元素、XはZr、YはW、Nb、Ta及びMoからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、ZはCr、V、Ti、Pt、Au及びCuからなる群より選択された少なくとも1種類の元素であることを特徴とする偽造防止体である。
【0012】
2 本発明は、前記非晶質磁性体薄膜が、前記a、b、c、d、eが原子パーセントを表し、a+b+c+d+e=100、75≦a、2≦b、3≦c、6≦d≦12、1≦eであることを特徴とする前記1に記載の偽造防止体である。
【0013】
3 本発明は、可とう性の樹脂基材と該樹脂基材上に形成された非晶質磁性体薄膜とからなる偽造防止体であって、前記非晶質磁性体薄膜は抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、かつ、磁気異方性が少ない磁性材料で、その組成がCo、Fe、Ni、Zr、Ta、Crからなりその原子パーセントが、Co+Fe+Ni+Zr+Ta+Cr=100で、75≦Co、2≦Fe+Ni、3≦Zr、6≦Ta≦12、1≦Crであることを特徴とする偽造防止体である。
【0014】
4 本発明は、前記偽造防止体の非晶質磁性体薄膜に印加された交流磁界に対応して発生する磁束密度変化に含まれる高調波の周波数スペクトラムが、前記非晶質磁性体薄膜に固有の値を有する特異な磁気履歴特性を示すことを特徴とする前記1、2又は3に記載の偽造防止体である。
【0015】
5.本発明は、前記可とう性の樹脂基材の厚さが4ミクロン以上30ミクロン以下で、その上に形成された非晶質磁性体薄膜の厚さが0.1ミクロン以上0.5ミクロン以下であることを特徴とする前記1、2又は3に記載の偽造防止体である。
【0016】
6 本発明は、真偽判別対象である前記偽造防止体に設けた磁性体薄膜に交流磁界を印加し、これに対応して発生する磁束密度変化に含まれる高調波の周波数スペクトラムと、前記1乃至5に記載の真正な非晶質磁性体薄膜の高調波周波数スペクトラムとの一致・不一致により真偽判別を行うことを特徴とする前記1乃至5のいずれか1つに記載の偽造防止材料の真偽判別方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、交流磁界の印加により、交流周波数の高調波のスペクトラムを発生するという、特異な磁気履歴特性を有する非晶質磁性体薄膜からなる偽造防止体を紙層内及び/又は表面に付与しているので偽造が困難であり、安全性が極めて高い。また、本発明による真偽判別装置は、本発明の偽造防止体を付与した安全保護紙を対象としてその真偽判別を容易に、迅速かつ確実に、簡単な装置構成により行うことができるため、安全保護紙の取扱い及び信用性を著しく高めることができる。
【0018】
一般には、一履歴曲線で強磁性体の材料判別を行おうとした場合、履歴曲線が極めて類似な物質であるとき、被検査材料の大きさを調整したものを用いることで判別が極めて困難になるおそれがあるが、本発明による、外部交流磁界による磁束密度変化に含まれる周波数スペクトラム分析法を用いることにより、履歴曲線の非線形性が外部交流励磁周波数の倍数の比で出力され、この周波数成分の各次数における大きさは各強磁性体固有の値をもつので、ある固有値を持った強磁性体の値をあらかじめ知っておくことで、その物質であることを簡単かつ正確に判別することができるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、特異な磁気特性を有する非晶質磁性体薄膜を可とう性の樹脂基材上に形成した偽造防止体を挿入した安全保護紙及び該安全保護紙の真偽判別方法に関する。
偽造防止体を挿入した安全保護紙1は、図1(a)に示すように、外部から偽造防止体2が目視できないように紙(又はシート)1Aの内部に偽造防止体(磁気線条、磁気スレッド)2を挿入又は埋設した構造で、図1(b)に示すように、可とう性の樹脂基材2B(例えば、ポリエステルフィルム)の上に特異な磁気特性を有する非晶質磁性体薄膜2Aを形成したものである。
【0020】
前記非晶質磁性体薄膜2Aは、Ma−Nb−Xc−Yd−Zeで示され、前記MはCo、NはFe及びNiからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、XはZr、YはW、Nb、Ta及びMoからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、ZはCr、V、Ti、Pt、Au及びCuからなる群より選択された少なくとも1種類の元素であって、前記a、b、c、d、eは、原子パーセントを表し、a+b+c+d+e=100、75≦a、2≦b、3≦c、6≦d≦12、1≦eである。非晶質磁性体薄膜2Aは抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、磁気異方性がが少ないものが望ましい。そして、非晶質磁性体薄膜2Aの膜厚は0.1ミクロン以上0.5ミクロン以下が望ましい。可とう性の樹脂基材2Bとしては、ポリエステルフィルム(PET)等が適し、その基材の厚さは4ミクロン以上30ミクロン以下が望ましい。
【0021】
非晶質磁性体薄膜2Aとして、本発明においては、Co、Fe、Ni、Zr、Ta、Cr(成分比(原子パーセント):75≦Co、2≦Fe+Ni、3≦Zr、6≦Ta≦12、1≦Cr)からなる6元合金の非晶質磁性体薄膜を採用した。
この非晶質磁性体薄膜は、抗磁力Hc が小さいことにより、真偽判別の際に印加する交流磁界が少ない磁界強度でスペクトラム検出できるので、他の磁性体との判別が容易となる。また、スパッタ装置のターゲット上での透過磁束密度Bmが大きく、磁気異方性が少ないので、非晶質磁性体薄膜に印加する交流磁界の方向に関係なく、周波数スペクトラム出力電圧を検出することができる。非晶質磁性体薄膜をマグネトロンスパッタ法により製膜する場合、ターゲット上の磁束密度が製膜効率及び製膜対象物であるポリエステルフィルム(PET)に熱的ダメージを与えることを考慮すると、ターゲット上の透過磁束密度が大きなことが必要である。
【0022】
ターゲットとなる磁性合金は磁束が透過し易い(透過磁束密度Bmが大きい)ことが望ましい。その根拠を以下に説明する。
マグネトロンスパッタ法では、ターゲット裏面に磁石を置き、直交電磁界を形成することにより、電子をサイクロイド運動させ、ターゲット近傍に閉じ込める。その結果、高密度プラズマを発生させるとともに、電子とプラズマが樹脂基材に衝突するのを抑制して、スパッタリング速度の向上と、樹脂基材の温度上昇の防止及び樹脂基材のダメージの防止を同時に実現することができる。しかし、磁性金属ターゲットは磁気を透過し難いため、電子をターゲット近傍に閉じ込めるために必要な電磁界強度を得ることは、非磁性合金ターゲットと比較して困難であるが、磁性合金ターゲットは磁束が透過しやすい(透過磁束密度Bmが大きい)ことが望ましい。
【0023】
なお、図2に示すように、Coが75%未満では飽和磁束密度(Bm)が低下するので、75%≦Coが望ましい。
図3に示すように、Fe及びNiからなる群より選択された少なくとも1種類の元素が2%未満では磁気異方性が強くなるので、2%≦Fe+Ni、が望ましい。
図4に示すように、Zrが3%未満では保磁力(Hc )が増大するので、3%≦Zr、が望ましい。
図5に示すように、W、Nb、Ta及びMoからなる群より選択された少なくとも1種類の元素が6%未満では保磁力(Hc )が増大し、また、12%以上では溶融法によるターゲットに髭等が多発し、蒸着時に異常放電の要因となるので、6%≦Ta≦12%、が望ましい。
図6に示すように、W、Au及びCuからなる群より選択された少なくとも1種類の元素が1%未満ではターゲット上の透過磁束密度(kG)が小さくなり、可とう性の樹脂基材であるポリエステルフィルム(PET)が熱で損傷するので、1%≦Cr、が望ましい。
【0024】
前記特異な磁気履歴特性とは、磁性体薄膜(偽造防止膜)に外部交流磁界を印加すると、これに対応して発生する偽造防止膜の磁束密度変化に含まれる周波数スペクトラムの周波数成分に磁性体薄膜固有の出力値を生ずるもので、以下、このような特異な磁気履歴特性を利用した真偽判別法を周波数スペクトラムによる真偽判別法という。前記周波数スペクトラムによる真偽判別法において、周波数スペクトラムは偽造防止膜の磁気履歴曲線の非線形性により外部交流磁界の励磁周波数の倍数の比で出力され、この周波数成分の各次数における出力値の大きさ、すなわち、周波数成分及びその出力値(以下これを周波数スペクトラム・パターンという。)が個々の磁性体薄膜に固有の値を有する点を利用するものである。
【0025】
一般には、一履歴曲線で強磁性体の材料判別を行おうとした場合、履歴曲線が極めて類似な物質であるとき、被検査材料の大きさを調整したものを用いることで判別が極めて困難になるおそれがあるが、本発明においては、前記周波数スペクトルによる真偽判別法を採用する。あらかじめ設定された真正の強磁性体に固有の周波数周波数スペクトラム・パターンと、周波数スペクトラム真偽判別法により測定した周波数スペクトラム・パターンとを比較・照合して、その一致・不一致により、その物質が本物か偽物かを簡単かつ正確に判別するものである。
【0026】
図7は周波数スペクトラム分析法を採用した真偽判定装置9の概念図である。
交流電源V0 から電流調整抵抗9(R1 ,R2 ,R3 )及び励磁電流制御スイッチSを介して励磁コイル3に励磁電流が流れ、安全保護紙1に挿入又は埋設された偽造防止体2(磁気線条、磁気スレッド)の磁性薄膜2Aに交流磁界が印加される。必要に応じてスイッチの切り替え段数を増やすか可変抵抗にしてもよく、また、交流電源V0 の電圧Voを変えることで同じ効果を得ることができる。電流コントロールの指示ICは判定回数7より与えられ、どの程度の強さで励磁しているかが常にモニターすることができるようにしておく。励磁コイル3には効率よく偽造防止体2(磁気線条、磁気スレッド)を励起するために透磁率の大きなコアがコイルの中心に挿入される。磁性薄膜2Aを挟んで励磁コイル3と対向する側(図示の状態)又は励磁コイル3と同じ側(図示せず。)に磁気ヘッド4を設け、磁気ヘッド4により励磁された磁性薄膜2Aからの磁束密度の変化を検出する。なお、磁気ヘッド4以外でも磁束密度の変化を検出できるものであればホール素子、MR素子,磁気コイル等を使用しても同様な効果を得ることができる。磁気ヘッド4によって検出した磁束密度の変化に比例した電圧を増幅器5で増幅する。増幅器5で増幅された検出電圧は周波数分析器6で周波数分析された後、判定回路7で判定される。判定回路7は分析の対象である磁性薄膜2Aから得られた周波数成分及びその出力値(周波数スペクトラム・パターン)が予め設定された基準となる(真正な)磁性薄膜の周波数成分及びその出力値(周波数スペクトラム・パターン)と比較して一致していれば検査された磁性薄膜2Aを含む偽造防止体2(磁気線条、磁気スレッド)が挿入又は埋設された安全保護紙1は真正であると判別し、違っていれば偽造であると判断する。判定回路7ではこのようにして周波数スペクトラム・パターンを真の材料の値と比例し一致、不一致で真偽判定を行う。この判定回路7は一般にマイクロコンピュータを利用したもので、前述周波数分析器6の分析結果を読み出す機能と励磁電流を制御する機能と、真の材料のスペクトラム強度をあらかじめ記憶する機能とを有する。周波数分析器6の有する機能をこのマイクロコンピュータで行わせることも可能である。
【0027】
図8は周波数分析器6の一構成図である。増幅器5を介して入力された安全線条2からの磁気検出信号は分析上周波数以上をローパスフィルタ62によりカットする。帯域制限されたアナログ信号はA/D変換器63によりディジタル信号に変換される。ディジタル化された信号は一時メモリ64に記憶される。メモリ64に記憶された情報はFFT演算器65でフーリエ変換され周波数スペクトラム成分に変換される。変換された周波数スペクトラム成分はメモリ66に記憶され分析結果として判断時に参照される。これらの制御は主制御部61により行われる。
【0028】
本発明においては、安全保護紙1に挿入又は埋設された偽造防止体2(磁気線条、磁気スレッド)に形成された非晶質磁性体薄膜2Aとして、以下に示す6元合金非晶質磁性体薄膜が最適の材料であることを解明した。
本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜は、Co、Zr、Ni、Ta、Fe、Cr(6元合金)(成分比(%):75≦Co、2≦Fe+Ni、3≦Zr、6≦Ta≦12、1≦Cr)からなる非晶質磁性体薄膜である。
【0029】
本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜と従来から採用されているCo、Zr、Ni、Cu(4元合金)からなる4元合金磁性体薄膜非晶質磁性体薄膜(従来例)との材料特性の比較を以下に行う。
図9と図10は、透磁率等の磁気物性が良く似た2種類の強磁性体について周波数スペクトラム分析法でそれぞれ分析した結果である。横軸は周波数(Hz)、縦軸はスペクトラムの出力値(V)である。図面上では比較しやすくするため励起スペクトラムは除いてある。図9は6元合金非晶質磁性体薄膜であり、図10は4元合金非晶質磁性体薄膜である。図11に示すように、6元合金非晶質磁性体薄膜は磁気異方性がないため、薄膜に印加する交流磁界の方向に関係なく、周波数スペクトラムの出力電圧を検出することができる。すなわち、短冊状の6元合金非晶質磁性体薄膜の場合、長尺方向、幅方向のいずれの場合においてもそのスペクトラムの出力値(V)に顕著な差はない。それに対して、4元合金非晶質磁性体薄膜は磁気異方性があるため、薄膜に印加する交流磁界の方向が特に関係し、特定方向のみ周波数スペクトラムの電圧出力を検出することができる。すなわち、短冊状の4元合金非晶質磁性体薄膜の場合、長尺方向、幅方向のいずれか一方向に励磁した場合のみ周波数スペクトラムの電圧出力値(V)を得るという特性がある。
【0030】
本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜と従来の4元合金非晶質磁性体薄膜とを製膜段階での特性を比較する。
両者共に、4インチRFスパッタリング装置を用い、スパッタリング条件を、以下のように設定して、製膜した。
温度:24゜C、湿度:60%、交流電源、到達圧力:5×10-4Pa、スパッタ圧力:3×10-1Pa、Ar流量:20SCCM、スパッタ電力:500W、プレスパッタ時間:10分、スパッタ時間:12分30秒(膜厚0.25μmを想定して)。製膜した磁性体薄膜の膜厚(μm)を測定した結果、図12に示すように、本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜は0.2681μmであるのに対して、4元合金非晶質磁性体薄膜は0.2437μmであった。
その結果、6元合金非晶質磁性体薄膜は4元合金非晶質磁性体薄膜と比較して製膜効率が良く、同一のスパッタ時間で膜厚の厚い膜を得ることができることが判明した。また、同一の膜厚のものであれば6元合金非晶質磁性体薄膜は4元合金非晶質磁性体薄膜よりも短時間で製膜することができる。
【0031】
また、本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜と4元合金非晶質磁性体薄膜との、ターゲット上の透過磁束密度(kG)の比較結果は、図13に示すように、6元合金非晶質磁性体薄膜は4元合金非晶質磁性体薄膜と比較して、ターゲット上の透過磁束密度が大きいことが証明された。
【0032】
以上のように、前記本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜は、抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、磁気異方性が少ないことが前記実験結果から証明された。
【0033】
本発明の実施例では、Co、Fe、Ni、Zr、Ta、Crからなる非晶質磁性体薄膜(6元合金)(成分比(%):75≦Co、2≦Fe+Ni、3≦Zr、6≦Ta≦12、1≦Cr)を例示したが、非晶質磁性体薄膜としては、前記Fe+Niに替えてFe及びNiからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、前記Taに替えてW、Nb、Ta及びMoからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、前記Crに替えてCr、V、Ti、Pt、Au及びCuからなる群より選択された少なくとも1種類の元素からなる非晶質磁性体薄膜も同様の特性を得ることができる。
【0034】
本発明は、交流磁界の印加により、交流周波数の高調波のスペクトラムを発生するという、特異な磁気履歴特性を有する非晶質磁性体薄膜からなる偽造防止体を紙層内及び/ 又は表面に付与しているので偽造が困難であり、安全性が極めて高い。また、本発明による真偽判別装置は、本発明の偽造防止体を付与した安全保護紙を対象としてその真偽判別を容易に、迅速かつ確実に、簡単な装置構成により行うことができるため、安全保護紙の取扱い及び信用性を著しく高めることができる。
【0035】
一般には、一履歴曲線で強磁性体の材料判別を行おうとした場合、履歴曲線が極めて類似な物質であるとき、被検査材料の大きさを調整したものを用いることで判別が極めて困難になるおそれがあるが、本発明による、外部交流磁界による磁束密度変化に含まれる周波数スペクトラム分析法を用いることにより、履歴曲線の非線形性が外部交流励磁周波数の倍数の比で出力され、この周波数成分の各次数における大きさは各強磁性体固有の値をもつので、ある固有値を持った強磁性体の値をあらかじめ知っておくことで、その物質であることを簡単かつ正確に判別することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】(a)本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜からなる偽造防止体(磁気線条、磁気スレッド)の構成図である。 (b)本発明の偽造防止体(磁気線条、磁気スレッド)が挿入又は埋設された偽造防止体の構成図である。
【図2】本発明の6元(多元)合金非晶質磁性体薄膜におけるCoの含有量と飽和磁束密度(Bm)の関係(測定結果)を示す図である。
【図3】本発明の6元(多元)合金非晶質磁性体薄膜におけるFeの含有量と信号出力(mV)の関係(測定結果)を示す図である。
【図4】本発明の6元(多元)合金非晶質磁性体薄膜におけるZrの含有量と保磁力(Hc)の関係(測定結果)を示す図である。
【図5】本発明の6元(多元)合金非晶質磁性体薄膜におけるNbの含有量と保磁力(Hc)の関係(測定結果)を示す図である。
【図6】本発明の6元(多元)合金非晶質磁性体薄膜におけるCrの含有量と透過磁束密度(kG)の関係(測定結果)を示す図である。
【図7】本発明の偽造防止体及び該偽造防止体の真偽判別装置の構成図である。
【図8】本発明の偽造防止体の真偽判別装置における周波数分析器の構成図である。
【図9】本発明の(スパッタ法により製膜された)6元合金非晶質磁性体薄膜の周波数スペクトラム分析法による分析結果(周波数スペクトラム・パターン)を示す図である。
【図10】従来の(スパッタ法により製膜された)4元合金非晶質磁性体薄膜の周波数スペクトラム分析法による分析結果(周波数スペクトラム・パターン)を示す図である。
【図11】を本発明の(スパッタ法により製膜された)6元合金非晶質磁性体薄膜と従来の(スパッタ法により製膜された)4元合金非晶質磁性体薄膜における交流磁界の印加方向(幅方向及び長さ方向)に対する出力信号(mV)特性を比較した図である。
【図12】スパッタ法で製膜した膜厚について、本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜と従来の4元合金非晶質磁性体薄膜とを比較した図である。
【図13】スパッタ装置のターゲット上の透過磁束密度について、本発明の6元合金非晶質磁性体薄膜と従来の4元合金非晶質磁性体薄膜とを比較した図である。
【符号の説明】
【0037】
1 安全保護紙
1A 紙(又はシート)
2 偽造防止体(磁気線条、磁気スレッド)
2A 磁気薄膜膜
2B 樹脂基材
3 励磁コイル
4 磁気ヘッド
5 増幅器
6 周波数分析器
61 主制御部
62 ローパスフィルタ
63 A/D変換器
64 メモリ
65 FFT演算器
66 メモリ
7 判定回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可とう性の樹脂基材と該樹脂基材上に形成された非晶質磁性体薄膜とからなる偽造防止体であって、前記非晶質磁性体薄膜は抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、かつ、磁気異方性が少ない磁性材料で、その組成は、Ma−Nb−Xc−Yd−Zeで示され、前記MはCo、NはFe及びNiより選択された少なくとも1種類の元素、XはZr、YはW、Nb、Ta及びMoからなる群より選択された少なくとも1種類の元素、ZはCr、V、Ti、Pt、Au及びCuからなる群より選択された少なくとも1種類の元素であることを特徴とする偽造防止体。
【請求項2】
前記非晶質磁性体薄膜は、前記a、b、c、d、eが原子パーセントを表し、a+b+c+d+e=100、75≦a、2≦b、3≦c、6≦d≦12、1≦eであることを特徴とする請求項1記載の偽造防止体。
【請求項3】
可とう性の樹脂基材と該樹脂基材上に形成された非晶質磁性体薄膜とからなる偽造防止体であって、前記非晶質磁性体薄膜は抗磁力Hc が小さく、飽和磁束密度Bmが大きく、かつ、磁気異方性が少ない磁性材料で、その組成がCo、Fe、Ni、Zr、Ta、Crからなり、その原子パーセントが、Co+Fe+Ni+Zr+Ta+Cr=100で、75≦Co、2≦Fe+Ni、3≦Zr、6≦Ta≦12、1≦Crであることを特徴とする偽造防止体。
【請求項4】
前記偽造防止体の非晶質磁性体薄膜に印加された交流磁界に対応して発生する磁束密度変化に含まれる高調波の周波数スペクトラムが、前記非晶質磁性体薄膜に固有の値を有する特異な磁気履歴特性を示すことを特徴とする請求項1、2又は3に記載の偽造防止体。
【請求項5】
前記可とう性の樹脂基材の厚さが4ミクロン以上30ミクロン以下で、その上に形成された非晶質磁性体薄膜の厚さが0.1ミクロン以上0.5ミクロン以下であることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の偽造防止体。
【請求項6】
真偽判別対象である前記偽造防止体に設けた磁性体薄膜に交流磁界を印加し、これに対応して発生する磁束密度変化に含まれる高調波の周波数スペクトラムと、前記請求項1乃至5に記載の真正な非晶質磁性体薄膜の高調波周波数スペクトラムとの一致・不一致により真偽判別を行うことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1つに記載の偽造防止材料の真偽判別方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【公開番号】特開2006−60025(P2006−60025A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−240504(P2004−240504)
【出願日】平成16年8月20日(2004.8.20)
【出願人】(303017679)独立行政法人 国立印刷局 (471)
【Fターム(参考)】