説明

顕微鏡

【課題】ポンプ光とイレース光との光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現できる顕微鏡を提供する。
【解決手段】ポンプ光を出射するポンプ光用光源21と、イレース光を出射するイレース光用光源22と、ポンプ光およびイレース光を同軸に合成する光合成手段(23〜26)と、合成光を集光する集光手段62と、合成光により試料を走査する走査手段(44,45)と、試料から発生する光応答信号を検出する検出手段50と、合成光の光路中に配置され、イレース光に対して高い波長選択特性を有するイレース光選択領域およびポンプ光に対して高い波長選択特性を有するポンプ光選択領域を備える波長選択素子42と、合成光の光路中に配置され、波長選択素子のイレース光選択領域に対応するイレース光を空間変調する空間変調素子43と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡、特に染色した試料を機能性の高いレーザ光源からの複数の波長の光により照明して、高い空間分解能を得る高性能かつ高機能の超解像顕微鏡に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡の技術は古く、種々のタイプの顕微鏡が開発されてきた。また、近年では、レーザ技術および電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩により、さらに高機能の顕微鏡システムが開発されている。
【0003】
このような背景の中、複数波長の光で試料を照明することにより発する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラストの制御のみならず化学分析も可能にした高機能な顕微鏡が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
この顕微鏡は、二重共鳴吸収を用いて特定の分子を選択して、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観察するものである。この原理について、図10〜図13を参照して説明する。図10は、試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示すもので、先ず、図10に示す基底状態(S0状態)の分子がもつ価電子軌道の電子を波長λ1の光により励起して、図11に示す第1電子励起状態(S1状態)とする。次に、別の波長λ2の光により同様に励起して、図12に示す第2電子励起状態(S2状態)とする。この励起状態により、分子は蛍光あるいは燐光を発光して、図13に示すように基底状態に戻る。
【0005】
二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、図12の吸収過程や図13の蛍光や燐光の発光を用いて、吸収像や発光像を観察する。この顕微鏡法では、最初にレーザ光等により共鳴波長λ1の光で図11のように試料を構成する分子をS1状態に励起させるが、この際、単位体積内でのS1状態の分子数は、照射する光の強度が増加するに従って増加する。
【0006】
ここで、線吸収係数は、分子一個当りの吸収断面積と単位体積当たりの分子数との積で与えられるので、図12のような励起過程においては、続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は、最初に照射した波長λ1の光の強度に依存することになる。すなわち、波長λ2に対する線吸収係数は、波長λ1の光の強度で制御できることになる。このことは、波長λ1および波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストは波長λ1の光で完全に制御できることを示している。
【0007】
また、図12の励起状態での蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0008】
さらに、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、上記の画像コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。すなわち、図10に示される最外殻価電子軌道は、各々の分子に固有なエネルギー準位を持つので、波長λ1は分子によって異なることになり、同時に波長λ2も分子固有のものとなる。
【0009】
ここで、従来の単一波長で照明する場合でも、ある程度特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能であるが、一般にはいくつかの分子における吸収帯の波長領域は重複するので、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。
【0010】
これに対し、二重共鳴吸収過程を用いた顕微鏡法では、波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来法よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルをもつ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて吸収または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定まで可能となる。
【0011】
また、最近では、二重共鳴吸収過程を用いて回折限界を超える高い空間分解能をもつ蛍光顕微鏡も提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
図14は、分子における二重共鳴吸収過程の概念図で、基底状態S0の分子が、波長λ1の光で第1電子励起状態であるS1に励起され、さらに波長λ2の光で第2電子励起状態であるS2に励起されている様子を示している。なお、図14はある種の分子のS2からの蛍光が極めて弱いことを示している。
【0013】
図14に示すような光学的性質を持つ分子の場合には、極めて興味深い現象が起きる。図15は、図14と同じく二重共鳴吸収過程の概念図で、横軸のX軸は空間的距離の広がりを表わし、波長λ2の光を照射した空間領域A1と波長λ2の光が照射されない空間領域A0とを示している。
【0014】
図15において、空間領域A0では波長λ1の光の励起によりS1状態の分子が多数生成され、その際に空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし、空間領域A1では、波長λ2の光を照射したため、S1状態の分子のほとんどが即座に高位のS2状態に励起されて、S1状態の分子は存在しなくなる。このような現象は、幾つかの分子により確認されている。これにより、空間領域A1では、波長λ3の蛍光は完全になくなり、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、空間領域A1では完全に蛍光自体が抑制され(蛍光抑制効果)、空間領域A0からのみ蛍光が発することになる。
【0015】
このことは、顕微鏡の応用分野から考察すると、極めて重要な意味を持っている。すなわち、従来の走査型レーザ顕微鏡等では、レーザ光を集光レンズによりマイクロビームに集光して観察試料上を走査するが、その際のマイクロビームのサイズは、集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界となり、原理的にそれ以上の空間分解能は期待できない。
【0016】
ところが、図15の場合には、波長λ1と波長λ2との2種類の光を空間的に上手く重ね合わせて、波長λ2の光の照射により蛍光領域を抑制することで、例えば波長λ1の光の照射領域に着目すると、蛍光領域を集光レンズの開口数と波長とで決まる回折限界よりも狭くでき、実質的に空間分解能を向上させることが可能となる。以下、波長λ1の光をポンプ光、波長λ2の光をイレース光とも呼ぶ。したがって、この原理を利用することで、回折限界を超える二重共鳴吸収過程を用いた超解像顕微鏡、例えば超解像蛍光顕微鏡を実現することが可能となる。
【0017】
例えばローダミン6G色素の場合、波長532nmの光(ポンプ光)を照射すると、ローダミン6G分子は、S0状態からS1状態へ励起されて波長560nmにピークを有する蛍光を発光する。この際、波長599nmの光(イレース光)を照射すると、二重共鳴吸収過程が起こって、ローダミン6G分子は蛍光発光がしにくいS2状態に遷移する。すなわち、これらのポンプ光とイレース光とをローダミン6Gに同時に照射すると蛍光が抑制されることになる。
【0018】
図16は、従来提案されている超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。この超解像顕微鏡は、通常のレーザ走査型蛍光顕微鏡を前提としたもので、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット110、スキャンユニット130および顕微鏡ユニット150からなっている。
【0019】
光源ユニット110では、ポンプ光用光源111から出射されるポンプ光をダイクロイックプリズム114に入射させ、イレース光用光源112から出射されるイレース光は、位相板113により位相変調してからダイクロイックプリズム114に入射させて、ダイクロイックプリズム114でポンプ光とイレース光とを合成して同軸で出射させている。
【0020】
位相板113は、光軸の周りをイレース光の位相差が2π周回するように構成されるもので、例えば図17に示すように、光軸の周りに独立した8領域を有し、イレース光波長に対して1/8ずつ位相が異なるようにガラス基板をエッチングして形成される。図17には、各領域のエッチング深さdも示している。この位相板113を通過した光を集光すれば、光軸上で電場が相殺された中空状のイレース光が生成される。
【0021】
ここで、ローダミン6G色素で染色された試料を観察する場合には、ポンプ光用光源111は、Nd:YAGレーザを用い、その2倍高調波である波長532nmの光をポンプ光として出射するように構成される。また、イレース光用光源112は、Nd:YAGレーザとラマンシフタとを用い、Nd:YAGレーザの2倍高調波をラマンシフタで波長599nmに変換した光をイレース光として出射するように構成される。
【0022】
スキャンユニット130では、光源ユニット110から同軸で出射されるポンプ光およびイレース光を、ハーフプリズム131を通過させた後、2枚のガルバノミラー132および133により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット150に出射するようになっていると共に、顕微鏡ユニット150で検出された蛍光を、往路と逆の経路を辿ってハーフプリズム131で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ134、ピンホール135、ノッチフィルタ136および137を経て光電子増倍管138で受光するようになっている。
【0023】
図16では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー132,133を同一平面内で揺動可能に示している。なお、ノッチフィルタ136および137は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、ピンホール135は、共焦点光学系を成す重要な光学素子で、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものである。
【0024】
顕微鏡ユニット150は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット130から入射するポンプ光およびイレース光をハーフプリズム151で反射させて、顕微鏡対物レンズ152により少なくとも基底状態を含む3つの電子状態を有する分子を含む観察試料153上に集光させると共に、観察試料153で発光した蛍光を、再び顕微鏡対物レンズ152でコリメートしてハーフプリズム151で反射させることにより、再び、スキャンユニット130に戻すと同時に、ハーフプリズム151を通過する蛍光の一部を接眼レンズ154に導いて、蛍光像として目視観察できるようになっている。
【0025】
この超解像顕微鏡によると、観察試料153の集光点上においてイレース光の強度がゼロとなる光軸近傍以外の蛍光が抑制されて、結果的にポンプ光の広がりより狭い領域に存在する蛍光ラベラー分子のみを計測できるので、各計測点の蛍光信号をコンピュータ上で2次元的に配列すれば、回折限界の空間分解能を上回る解像度を有する顕微鏡画像を形成することが可能となる。
【0026】
【特許文献1】特開平8−184552号公報
【特許文献2】特開2001−100102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0027】
ところが、本発明者による実験検討によると、従来提案されている超解像顕微鏡にあっては、特に、結像性能や顕微鏡の組み立てにおいて、以下に説明するような改良すべき点があることが判明した。
【0028】
すなわち、超解像顕微鏡においては、ポンプ光の光路とイレース光の光路とを完全に同軸に合わせて、焦点面においてポンプ光のピーク位置をイレース光の中央中空部に完全に一致させる必要がある。
【0029】
しかしながら、図15に示した超解像顕微鏡では、イレース光を位相板113で位相変調してからダイクロイックプリズム114に入射させて、ダイクロイックプリズム114において全く独立した光路から入射するポンプ光と合成するようにしているため、ポンプ光と位相変調されたイレース光とが完全に同軸となるように、ポンプ光用光源111、イレース光用光源112、位相板113およびダイクロイックプリズム114を光学的に位置調整するのが困難である。
【0030】
このため、焦点面において、ポンプ光のピーク位置がイレース光の辺緑部にずれて、ポンプ光の集光領域全体が蛍光抑制され、解像度およびS/Nの劣化を招くことが懸念される。
【0031】
したがって、かかる事情に鑑みてなされた本発明の目的は、ポンプ光とイレース光との光学調整を簡単かつ正確に行うことができ、超解像効果を確実に発現できる顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0032】
上記目的を達成する請求項1に係る顕微鏡の発明は、
少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質を含む試料を観察する顕微鏡であって、
上記物質を基底状態から第1励起状態に励起するポンプ光を出射するポンプ光用光源と、
上記物質を上記第1励起状態から他の励起状態に励起するイレース光を出射するイレース光用光源と、
上記ポンプ光と上記イレース光とを同軸に合成する光合成手段と、
上記光合成手段による合成光を上記試料に集光する集光手段と、
上記集光手段により集光される上記合成光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を上記合成光により走査する走査手段と、
上記合成光の照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段と、
上記合成光の光路中に配置され、上記イレース光に対して高い波長選択特性を有するイレース光選択領域および上記ポンプ光に対して高い波長選択特性を有するポンプ光選択領域を備える波長選択素子と、
上記合成光の光路中に配置され、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を空間変調する空間変調素子と、
を有することを特徴とするものである。
【0033】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高透過率のイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高透過率のポンプ光選択領域とを有する分光透過フィルタからなることを特徴とするものである。
【0034】
請求項3に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高反射率の多層膜からなるイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高反射率の多層膜からなるポンプ光選択領域とを有する反射ミラーからなることを特徴とするものである。
【0035】
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高回折効率のイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高回折効率のポンプ光選択領域とを有する回折格子からなることを特徴とするものである。
【0036】
請求項5に係る発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、該波長選択素子を経た上記合成光が、光軸断面内において、上記イレース光のみの強度が存在するイレース光領域と、上記ポンプ光のみの強度が存在するポンプ光領域と、上記イレース光領域および上記ポンプ光領域の境界部分において、上記合成光の光軸断面の外形よりも小さく、かつ上記イレース光および上記ポンプ光の重複強度が小さい重複領域とを有するように形成することを特徴とするものである。
【0037】
請求項6に係る発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、同心円状に分割された上記イレース光選択領域と上記ポンプ光選択領域とを有することを特徴とするものである。
【0038】
請求項7に係る発明は、請求項6に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、上記ポンプ光選択領域が光軸近傍の円形領域を占め、上記イレース光選択領域が上記ポンプ光選択領域の外側の輪帯領域を占めることを特徴とするものである。
【0039】
請求項8に係る発明は、請求項7に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子は、上記ポンプ光選択領域の直径が上記集光手段の入射口径よりも小さく、かつ、上記イレース光選択領域の外径が上記集光手段の入射口径よりも大きいことを特徴とするものである。
【0040】
請求項9に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記空間変調素子は、上記ポンプ光および上記イレース光に対して透明な基板を有し、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調するエッチング領域を有する位相板からなることを特徴とするものである。
【0041】
請求項10に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記空間変調素子は、上記ポンプ光および上記イレース光に対して透明な基板を有し、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する光学薄膜をコートした位相板からなることを特徴とするものである。
【0042】
請求項11に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記空間変調素子は、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する液晶型空間変調器からなることを特徴とするものである。
【0043】
請求項12に係る発明は、請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記空間変調素子は、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する形状可変ミラーからなることを特徴とするものである。
【0044】
請求項13に係る発明は、請求項1〜12のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を、上記集光手段の鏡筒内に設けたことを特徴とするものである。
【0045】
請求項14に係る発明は、請求項1〜12のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記走査手段は上記合成光の光路中に配置したガルバノミラーを有し、該ガルバノミラーと上記光合成手段との間の上記合成光の光路中に、上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を配置したことを特徴とするものである。
【0046】
請求項15に係る発明は、請求項1〜14のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記光合成手段は、上記ポンプ光および上記イレース光を導光する光ファイバを有することを特徴とするものである。
【0047】
請求項16に係る発明は、請求項15に記載の顕微鏡において、
上記光ファイバは、シングルモードファイバからなることを特徴とするものである。
【0048】
請求項17に係る発明は、請求項1〜16のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質が、蛍光性分子、量子ドット、蛍光タンパクのいずれかであることを特徴とするものである。
【0049】
請求項18に係る発明は、請求項1〜17のいずれか一項に記載の顕微鏡において、
上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を、上記集光手段の瞳面または共役瞳面、あるいはその近傍に配置したことを特徴とするものである。
【0050】
先ず、本発明の概要について説明する。上記の課題を解決する本発明の基本的な考え方は、超解像顕微鏡を組み立てる際の最大の難点であるポンプ光とイレース光の位置合わせを機械的な精度で実現し、個別ビームに対する光軸調整作業を省いた点にある。
【0051】
そのため、ポンプ光とイレース光とを、例えば、ピンホールのような微小な射出口を通して同時に放射させて合成する。具体的には、シングルモードファイバ等にポンプ光とイレース光とを同時に入射させて、同一の射出口から同一の立体角で放出させる。このようにして合成されたポンプ光とイレース光とを色収差の無いアクロマートな光学系で結像すれば、完全に同軸でコリメートして集光することができる。特に、顕微鏡対物レンズで集光すれば、焦点面の全く同じポイントにポンプ光およびイレース光を集光することができる。
【0052】
本発明の一実施の形態では、同軸・同径に揃ったポンプ光およびイレース光の合成光を、波長選択素子に入射させる。波長選択素子は、例えば図1に示すような輪帯フィルタ1をもって構成する。この輪帯フィルタ1は、同心円構造となっており、中央部の内径(半径)rinの円形領域は、ポンプ光の透過率が高く、イレース光の透過率が低い分光特性を有するポンプ光選択領域1aとなっており、この内径rinと瞳径である外径(半径)routとの間の輪帯領域は、イレース光の透過率が高く、ポンプ光の透過率が低い分光特性を有するイレース光選択領域1bとなっている。
【0053】
この輪帯フィルタ1に、同軸・同径に揃ったポンプ光およびイレース光を入射させると、輪帯フィルタ1の円形状のポンプ光選択領域1aから主としてポンプ光が透過し、輪帯状のイレース光選択領域1bからは主としてイレース光が透過することになる。
【0054】
さらに、中空状のイレース光を生成するための空間変調素子として、例えば図2に示すような輪帯位相板2を用いる。この輪帯位相板2は、ガラスを基板とし、中央部の内径rinの円形領域は、位相無変調領域2aで、この位相無変調領域2aに入射する光は位相を変調することなく透過させ、この内径rinと外径routとの間の輪帯領域は、位相変調領域2bで、イレース光の位相差が2π周回するように、光軸の周りにイレース光波長に対して1/8ずつ位相が異なるようにエッチングが施されている。
【0055】
図1に示した輪帯フィルタ1および図2に示した輪帯位相板2の内径rinおよび外径routをそれぞれ同じにして形状を完全に一致させ、これら輪帯フィルタ1および輪帯位相板2を同軸上に配置して、同軸に光学調整されたポンプ光およびイレース光の合成光を透過させると、図3にビーム断面を示すように、輪帯に強度分布をもつ位相変調されたイレース光領域5aと、その内側を通過する位相変調を受けないポンプ光領域5bが得られる。なお、ポンプ光およびイレース光の合成光は、輪帯フィルタ1を経てから輪帯位相板2に入射させても良いし、逆に、輪帯位相板2を経てから輪帯フィルタ1に入射させても良い。
【0056】
したがって、図3に示すビーム断面を有するポンプ光およびイレース光を、同じ顕微鏡対物レンズで集光すれば、結像面でイレース光は中空形状に集光し、ポンプ光は円形のレイリーの回折バターとなって集光することになる。この際、ポンプ光およびイレース光が完全に同軸であれば、図4に集光パターンを示すように、結像面で中空状のイレース光の中心と、ポンプ光のピーク位置とが完全に一致することになる。
【0057】
例えば、同軸に調整されたポンプ光およびイレース光が、上述したように同じシングルモードファイバの射出口から導かれ、かつ何れの光もデリバリされることなく同一の光学系を通過したものであれば、ポンプ光およびイレース光は波面収差を持たず、同じダイバージェンス(ビーム広がり)で、全く同じ結像点に集光することになる。したがって、このように構成すれば、基本的にはシステムの光学調整は不要となる。
【0058】
ここで、ポンプ光に着目すると、図1に示した輪帯フィルタ1を用いた場合には、瞳面の辺縁部が輪帯フィルタ1でカットされることになる。このため、遮光の面積比に応じて、実質上、顕微鏡対物レンズの開口数(NA)が減少することになる。例えば、図1に示した輪帯フィルタ1の場合は、イレース光選択領域1bの外径である瞳径(rout)とポンプ光が透過するイレース光遮光領域の径(rin)との比で、ポンプ光の集光スポットの直径である全幅(Rp)が決定される。具体的には、ポンプ光の波長をλpとすると、レイリーの式に従って、下記の(1)式によりRpが決定される。
【0059】
【数1】

【0060】
上記(1)式から、例えば、rin/routを70%とすると、全瞳径を使用した場合と比較して、集光スポットの全幅Rpは、30%ほど太くなる。
【0061】
しかしながら、図4に集光パターンを示したように、ポンプ光の直径がイレース光の外径よりも小さい場合には、超解像顕微鏡における結像性能、すなわち点像分布関数の半値幅は、イレース光の強度と集光パターンで決まる。ここで、イレース光の波長をλeとすると、イレース光の集光スポットにおける外輪の直径(Re)は、2λe/NAで表されるので、輪帯フィルタの内側を通ったポンプ光の集光スポットの直径Rpが、Re よりも小さければ、結像面において光軸近傍を除いたポンプ光照射部がイレース光の照射領域に完全に覆われることになる。
【0062】
具体的には、上記(1)式から、下記の(2)式で表される条件が得られる。ローダミン6G分子の場合、λpが532nm、λeが599nmであるので、rin/routが70%の場合には、この条件を満足することになる。なお、(2)式において、rpはポンプ光の集光スポットの半径(Rp/2)を示しており、reはイレース光の集光スポットの半径(Re/2)を示している。
【0063】
【数2】

【0064】
このような条件下では、ポンプ光の集光状態に拘らず、イレース光の強度と色素分子の光学物性により、超解像顕微鏡の結像性能が決定される。すなわち、点像分布関数の半値幅(Γ)は、下記の(3)式で表され、ポンプ光の回折限界サイズよりも小さくなる。なお、(3)式において、Ieはイレース光の集光面における最大フォトンフラックスを示しており、σdipおよびτは、それぞれ色素分子の蛍光抑制断面積および蛍光寿命を示している。
【0065】
【数3】

【0066】
ここで、蛍光抑制断面積σdipとは、文献:Y. Iketaki, T. Watanabe, M, Sakai, S Ishiuchi, M. Fujii and T. Watanabe, "Theoretical investigation of the point-spread function given by super-resolving fluorescence microscopy using two-color fluorescence dip spectroscopy," Opt. Eng.44, 033602(2005)で定義されている光学定数で、
σdip=σf+ασup
で表される。なお、σf は誘導放出断面積であり、σupはS1状態から他のSn状態(nは2以上の正の整数)へ遷移するときの2重共鳴吸収断面積である。また、αはSn状態からの非輻射で緩和する確率である。
【0067】
したがって、シングルモードファイバによりポンプ光とイレース光とを同軸に調整した後、輪帯フィルタおよび輪帯位相板を透過させてイレース光を位相変調しても、従来と比較して全く結像性能を劣化させることはない。しかも、従来のように、ポンプ光およびイレース光に対して、個別の複雑な光学調整が不要となる。
【0068】
なお、波長選択素子は、例えば図5に示すような輪帯フィルタ11を用いることができる。この輪帯フィルタ11は、図1に示した輪帯フィルタ1におけるポンプ光選択領域1aとイレース光選択領域1bとの配置を逆にして、中央部の内径rinの円形領域を、イレース光の透過率が高く、ポンプ光の透過率が低い分光特性を有するイレース光選択領域11bとし、この内径rinと瞳径である外径(半径)routとの間の輪帯領域は、ポンプ光の透過率が高く、イレース光の透過率が低い分光特性を有するポンプ光選択領域11aとしたものである。
【0069】
同様に、空間変調素子も、例えば図6に示すような輪帯位相板12を用いることができる。この輪帯位相板12は、図2に示した輪帯位相板2における位相無変調領域2aと位相変調領域2bとの配置を逆にして、中央部の内径rinの円形領域を、イレース光の位相差が2π周回するように、光軸の周りにイレース光波長に対して1/8ずつ位相が異なるようにエッチングを施した位相変調領域12bとし、この内径rinと外径routとの間の輪帯領域は、位相無変調領域12aとして、この位相無変調領域12aに入射する光は位相を変調することなく透過させるようにしたものである。
【0070】
図5および図6に示した輪帯フィルタ11および輪帯位相板12を用いた場合には、イレース光に対する顕微鏡対物レンズのNAが実効的に小さくなるため、イレース光の中央中空部の径が大きくなって、ポンプ光辺縁部における蛍光抑制効果の発現が弱くなるが、イレース光の強度を上げれば、上記(3)式に従って超解像効果が発現する。
【0071】
本発明は、特に、一本のシングルモードファイバから多波長のレーザ光を同軸で出射させ、ガルバノミラーによりレーザビームの空間走査を行う構造の商用レーザ走査型顕微鏡に容易に搭載することができる。すなわち、イレース光およびポンプ光の波長に対応するレーザ光源を用意し、これらレーザ光源からシングルモードファイバを経て出射されるポンプ光およびイレース光をコリメートした後、上述した波長選択素子および空間変調素子に入射させるようにすることで、商用レーザ走査型顕微鏡に容易に超解像機能を付加することができる。
【0072】
また、本発明において、ポンプ光とイレース光とを合成する光合成手段は、光ファイバを用いるのが好ましいが、通常のダイクロックミラー等を用いてポンプ光とイレース光とを同軸にする場合でも、光学調整の際の利便性が向上することができる。すなわち、この場合には、従来と同様に、ポンプ光とイレース光とを同軸に調整すると言う作業が加わるが、同軸に調整されたポンプ光およびイレース光を、上述したように波長選択素子および空間変調素子に入射させれば、それらの光学素子によってポンプ光およびイレース光は全く同じダイバージェンスおよび角度ずれの影響を受けることになる。
【0073】
この場合、ポンプ光およびイレース光の空間内における集光点の絶対的な位置は、調整によって変化するが、集光点の相対的な位置関係は変化しない。言い換えると、ポンプ光およびイレース光は同じ位置に集光する。したがって、例えば波長選択素子および空間変調素子を経たポンプ光およびイレース光を、光走査手段であるガルバノミラーや顕微鏡試料ステージの位置調整により走査すれば、結像性能を復元させることができる。
【0074】
また、波長選択素子は、透過型の輪帯フィルタに限らず、ポンプ光選択領域で主としてポンプ光を反射させ、イレース光選択領域で主としてイレース光を反射させる多層膜をコートした反射ミラーを用い、この反射ミラーで反射されたポンプ光およびイレース光を用いるようにしてもよいし、ポンプ光選択領域で主としてポンプ光を回折させ、イレース光選択領域で主としてイレース光を回折させる回折格子を用い、この回折格子で回折されたポンプ光およびイレース光を用いるようにしてもよい。
【0075】
同様に、空間変調素子も、ポンプ光およびイレース光に対して透明な光学基板をエッチングして形成した位相板に限らず、該光学基板に光学薄膜をコートした位相板や液晶型の光空間変調器、あるいはミラー形状が可変のデフォーマラブルミラー等を用いて構成することもできる。
【0076】
さらに、空間変調素子や波長選択素子は、顕微鏡対物レンズの鏡枠に設けることもできる。このようにすれば、市販のレーザ走査型顕微鏡システムの構成を変化させることなく、顕微鏡対物レンズの交換のみで超解像機能を付加することができ、利便性を向上することができる。
【0077】
特に、空間変調素子や波長選択素子を顕微鏡対物レンズの瞳位置に配置すれば、ポンプ光およびイレース光を空間走査しても、波面収差が少ないので、特に超解像顕微鏡機能を左右するイレース光の集光形状を乱すことなく、広い視野で高い結像性能を保つことができる。
【0078】
さらに、本発明に係る超解像顕微鏡は、蛍光抑制効果を示す発光性材料の観察に広く適用できるもので、例えば、2以上の励起量子状態をもつ蛍光抑制効果が発現できるローダミン6Gのような有機色素分子からなる蛍光性分子、CsdやZnOのような半導体量子ドット、トリ(8−キノリノラト)アルミニウムのような蛍光錯体分子、フォトクロミック特性を示すFP595GFPのような蛍光タンパク、などの観察にも応用することができる。
【発明の効果】
【0079】
本発明によれば、ポンプ光とイレース光とを合成してから、波長選択素子および空間変調素子に入射させるようにしたので、面倒な光学調整を要することなく、ポンプ光およびイレース光を集光手段により観察試料の全く同じ結像点に集光させることができ、超解像効果を確実に発現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0080】
以下、本発明に係る顕微鏡の実施の形態について、図を参照して説明する。
【0081】
(第1実施の形態)
図7は、本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。この超解像顕微鏡は、主に3つの独立したユニット、すなわち、光源ユニット20、スキャンユニット40および顕微鏡ユニット60を有しており、スキャンユニット40および顕微鏡ユニット60は、瞳投影レンズ系70を介して光学的に結合されている。
【0082】
光源ユニット20は、ポンプ光用光源21から出射されるポンプ光およびイレース光用光源22から出射されるイレース光を、ダイクロイックプリズム23で合成した後、ファイバ集光レンズ24を経て同一のシングルモードファイバ25に同軸に入射させ、これによりシングルモードファイバ25の射出口から放射立体角を揃えて完全球面波として出射させ、その出射光をファイバコリメータレンズ26で平面波に変換して、スキャンユニット40に入射させる。ここで、ダイクロイックプリズム23、ファイバ集光レンズ24、シングルモードファイバ25、ファイバコリメータレンズ26は、光合成手段を構成している。
【0083】
本実施の形態では、ローダミン6G色素で染色された試料を観察するため、ポンプ光用光源21は、例えばNd:YAGレーザを用い、その2倍高調波である波長532nmの光をポンプ光として出射させ、イレース光用光源22は、例えばNd:YAGレーザとラマンシフタとを用い、Nd:YAGレーザの2倍高調波をラマンシフタで波長599nmに変換した光をイレース光として出射させる。
【0084】
スキャンユニット40は、光源ユニット20から出射されるポンプ光およびイレース光を、ハーフプリズム41を通過させた後、波長選択素子42および空間変調素子43を経て走査手段である2枚のガルバノミラー44および45により2次元方向に揺動走査して、後述の顕微鏡ユニット60に出射させる。また、顕微鏡ユニット60で検出された蛍光を、往路とは逆の経路を辿ってハーフプリズム41で分岐し、その分岐された蛍光を投影レンズ46、ピンホール47を、ノッチフィルタ48および49を経て検出手段である光電子増倍管50で受光する。
【0085】
波長選択素子42は、例えば図1に示した輪帯フィルタ1を用い、空間変調素子43は、例えば図2に示した輪帯位相板2を用いる。なお、ピンホール37は、観察試料内の特定の断層面で発光した蛍光のみを通過させるものであり、ノッチフィルタ48および49は、蛍光に混入したポンプ光およびイレース光を除去するものである。また、図7では、図面を簡略化するため、ガルバノミラー44,45を同一平面内で揺動可能に示している。
【0086】
スキャンユニット40から出射されるポンプ光およびイレース光は、瞳投影レンズ系70を介して顕微鏡ユニット60に入射させる。
【0087】
顕微鏡ユニット60は、いわゆる通常の蛍光顕微鏡で、スキャンユニット40から瞳投影レンズ系70を介して入射するポンプ光およびイレース光をハーフプリズム61で反射させて、集光手段である顕微鏡対物レンズ62によりローダミン6G色素で染色された観察試料63上に集光させる。また、観察試料63で発光した蛍光は、顕微鏡対物レンズ62でコリメートしてハーフプリズム61で反射させることにより、瞳投影レンズ系70を経てスキャンユニット40に戻すと同時に、ハーフプリズム61を通過する蛍光の一部は、蛍光像として目視観察できるように接眼レンズ64に導く。なお、顕微鏡対物レンズ62は、その鏡筒も含めて示している。
【0088】
ここで、瞳投影レンズ系70は、顕微鏡対物レンズ62の瞳位置をスキャンユニット40内に投影して共役瞳面を形成する。
【0089】
本実施の形態では、この瞳投影レンズ系70によってスキャンユニット40内に投影される顕微鏡対物レンズ62の共役瞳面またはその近傍に、波長選択素子42および空間変調素子43を配置して、光源ユニット20から同軸の平行光で入射するポンプ光およびイレース光を、波長選択素子42により中央部から主としてポンプ光を透過させ、その周辺の輪帯部から主としてイレース光を透過させ、さらに空間変調素子43により中央部のポンプ光は位相変調することなく透過させ、輪帯部のイレース光は位相変調して透過させる。
【0090】
このように、本実施の形態では、光源ユニット20において、ポンプ光用光源21から出射されるポンプ光およびイレース光用光源22から出射されるイレース光を、ダイクロイックプリズム23で合成した後は、いずれの光もデリバリすることなく、同一光学系、すなわちファイバ集光レンズ24およびシングルモードファイバ25を経て出射させている。しかも、シングルモードファイバ25から出射される完全球面波のポンプ光およびイレース光を、ファイバコリメータレンズ26により同じ条件でコリメートしている。したがって、面倒な光学調整を要することなく、ポンプ光およびイレース光を、波面収差を与えることなく、同じダイバージェンス(ビーム広がり)で顕微鏡対物レンズ62により観察試料63の全く同じ結像点に集光させることができる。
【0091】
また、波長選択素子42および空間変調素子43を、瞳投影レンズ系70によってスキャンユニット40内に投影される顕微鏡対物レンズ62の共役瞳面またはその近傍に配置したので、ガルバノミラー44および45の揺動走査による波面収差の発生を抑えることができる。したがって、超解像顕微鏡性能を左右するイレース光の集光形状を乱すことなく、広い視野で高い結像性能を保つことができるとともに、観察試料63上では常に図4に示したような位置関係でポンプ光およびイレース光を集光でき、良好な状態で超解像機能を発現できる。
【0092】
(第2実施の形態)
図8は、本発明の第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。この超解像顕微鏡は、図7に示した超解像顕微鏡と光源ユニット20の構成が異なるものである。
【0093】
すなわち、本実施の形態では、光ファイバを用いることなくポンプ光とイレース光とを同軸に合成してから、イレース光を位相変調する。このため、ポンプ光用光源21から出射されるポンプ光は、角度調整ミラー31a,31bにより2次元方向の角度を調整し、さらにビーム発散角調整レンズ32によりポンプ光の発散角を調整してから、ダイクロイックプリズム33に入射させる。同様に、イレース光用光源22から出射されるイレース光は、角度調整ミラー34a,34bにより2次元方向の角度を調整し、さらにビーム発散角調整レンズ35によりイレース光の発散角を調整してから、ダイクロイックプリズム33に入射させて、ポンプ光と同軸に調整して出射させる。
【0094】
ダイクロイックプリズム33から同軸に出射されるポンプ光およびイレース光は、角度調整ミラー36a,36bにより2次元方向の角度を調整し、さらにビーム発散角調整レンズ37により発散角を調整した後、アイリス38を経てスキャンユニット40に入射させる。その他の構成は、第1実施の形態と同様である。
【0095】
本実施の形態によると、角度調整ミラー31a,31b,34a,34bにより、ポンプ光およびイレース光を同軸に調整する作業を要するが、同軸に調整した後、波長選択素子42および空間変調素子43に入射させてイレース光を位相変調するので、ポンプ光およびイレース光は波長選択素子42および空間変調素子43により全く同じダイバージェンスおよび角度ずれの影響を受けることになる。したがって、本実施の形態においても、第1実施の形態と同様の効果が得られる。
【0096】
(第3実施の形態)
図9は、本発明の第3実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部断面図である。本実施の形態は、第1実施の形態または第2実施の形態において、顕微鏡対物レンズ62の鏡筒62a内に波長選択素子42および空間変調素子43を配置したものである。
【0097】
すなわち、顕微鏡対物レンズ62の鏡筒62a内で、顕微鏡対物レンズ系62bの像側(入射側)に波長選択素子42および空間変調素子43を配置する。また、図示しないがガルバノミラー44,45は、瞳投影レンズ系70によって投影される顕微鏡対物レンズ62の共役瞳面を挟むように配置する。
【0098】
本実施の形態によれば、上述した実施の形態と同様、広い視野で高い結像性能を保つことができるとともに、観察試料63上では常に図4に示したような位置関係でポンプ光およびイレース光を集光でき、良好な状態で超解像機能を発現できる他、顕微鏡対物レンズ62の鏡筒62a内で、顕微鏡対物レンズ系62bの像側(入射側)に波長選択素子42および空間変調素子43を配置するので、より簡単に構成できる利点がある。
【0099】
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、幾多の変形または変更が可能である。例えば、上記実施の形態では、ガルバノミラー44,45によりポンプ光およびイレース光を偏向して観察試料63を二次元走査するようにしたが、顕微鏡対物レンズ62および/または観察試料63を載置する試料ステージを移動させて、ポンプ光およびイレース光により観察試料63を二次元走査したり、一つのガルバノミラーによるポンプ光およびイレース光の一次元移動(主走査)と、その一次元移動と直交する方向への顕微鏡対物レンズ62あるいは試料ステージの一次元移動(副走査)との組み合わせて、観察試料63を二次元走査したりすることもできる。
【0100】
また、波長選択素子42および空間変調素子43は、顕微鏡対物レンズ62の鏡筒内で顕微鏡対物レンズ62の瞳位置またはその近傍に配置することもできる。なお、観察試料63を走査するために、ポンプ光およびイレース光を偏向する場合には、波長選択素子42および空間変調素子43は、顕微鏡対物レンズ62の瞳位置またはその近傍、あるいは瞳位置と共役な位置またはその近傍に配置するのが好ましいが、通常の走査範囲での計測であれば、合成されたポンプ光およびイレース光の光路中、好ましくは平行光路中の任意の位置に接合あるいは離間して配置することにより、良好な状態で超解像機能を発現することができる。
【0101】
さらに、波長選択素子42は、イレース光選択領域とポンプ光選択領域とを同心円状に形成する場合に限らず、光軸断面内で、イレース光のみの強度が存在するイレース光領域と、ポンプ光のみの強度が存在するポンプ光領域と、イレース光領域およびポンプ光領域の境界において、イレース光領域およびポンプ光領域よりも小さく、かつイレース光およびポンプ光の強度が小さい重複領域とを有するように形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】本発明の顕微鏡を構成する波長選択素子の一例を示す図である。
【図2】同じく、空間変調素子の一例を示す図である。
【図3】図1の輪帯フィルタおよび図2の輪帯位相板を透過した後の合成光のビーム断面を示す図である。
【図4】図3に示すビーム断面を有するポンプ光およびイレース光の結像面での集光パターンを示す図である。
【図5】本発明の顕微鏡を構成する波長選択素子の他の例を示す図である。
【図6】同じく、空間変調素子の他の例を示す図である。
【図7】本発明の第1実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図8】同じく、第2実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図9】同じく、第3実施の形態に係る超解像顕微鏡の光学系の要部断面図である。
【図10】試料を構成する分子の価電子軌道の電子構造を示す概念図である。
【図11】図16の分子の第1励起状態を示す概念図である。
【図12】同じく、第2励起状態を示す概念図である。
【図13】同じく、第2励起状態から基底状態に戻る状態を示す概念図である。
【図14】分子における二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図15】同じく、二重共鳴吸収過程を説明するための概念図である。
【図16】従来提案されている超解像顕微鏡の光学系の要部構成図である。
【図17】図16に示す位相板の構成を示す図である。
【符号の説明】
【0103】
1,11 輪帯フィルタ
1a,11a ポンプ光選択領域
1b,11b イレース光選択領域
2,12 輪帯位相板
2a,12a 位相無変調領域
2b,12b 位相変調領域
5a イレース光領域
5b ポンプ光領域
20 光源ユニット
21 ポンプ光用光源
22 イレース光用光源
23 ダイクロイックプリズム
24 ファイバ集光レンズ
25 シングルモードファイバ
26 ファイバコリメータレンズ
31a,31b,34a,34b,36a,36b 角度調整ミラー
32,35,37 ビーム発散角調整レンズ
33 ダイクロイックプリズム
38 アイリス
40 スキャンユニット
41 ハーフプリズム
42 波長選択素子
43 空間変調素子
44,45 ガルバノミラー
46 投影レンズ
47 ピンホール
48,49 ノッチフィルタ
50 光電子増倍管
60 顕微鏡ユニット
61 ハーフプリズム
62 顕微鏡対物レンズ
62a 鏡筒
62b 顕微鏡対物レンズ系
63 観察試料
64 接眼レンズ
70 瞳投影レンズ系

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質を含む試料を観察する顕微鏡であって、
上記物質を基底状態から第1励起状態に励起するポンプ光を出射するポンプ光用光源と、
上記物質を上記第1励起状態から他の励起状態に励起するイレース光を出射するイレース光用光源と、
上記ポンプ光と上記イレース光とを同軸に合成する光合成手段と、
上記光合成手段による合成光を上記試料に集光する集光手段と、
上記集光手段により集光される上記合成光と上記試料とを相対的に移動させて上記試料を上記合成光により走査する走査手段と、
上記合成光の照射により上記試料から発生する光応答信号を検出する検出手段と、
上記合成光の光路中に配置され、上記イレース光に対して高い波長選択特性を有するイレース光選択領域および上記ポンプ光に対して高い波長選択特性を有するポンプ光選択領域を備える波長選択素子と、
上記合成光の光路中に配置され、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を空間変調する空間変調素子と、
を有することを特徴とする顕微鏡。
【請求項2】
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高透過率のイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高透過率のポンプ光選択領域とを有する分光透過フィルタからなることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
【請求項3】
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高反射率の多層膜からなるイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高反射率の多層膜からなるポンプ光選択領域とを有する反射ミラーからなることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
【請求項4】
上記波長選択素子は、上記イレース光に対して高回折効率のイレース光選択領域と、上記ポンプ光に対して高回折効率のポンプ光選択領域とを有する回折格子からなることを特徴とする請求項1に記載の顕微鏡。
【請求項5】
上記波長選択素子は、該波長選択素子を経た上記合成光が、光軸断面内において、上記イレース光のみの強度が存在するイレース光領域と、上記ポンプ光のみの強度が存在するポンプ光領域と、上記イレース光領域および上記ポンプ光領域の境界部分において、上記合成光の光軸断面の外形よりも小さく、かつ上記イレース光および上記ポンプ光の重複強度が小さい重複領域とを有するように形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項6】
上記波長選択素子は、同心円状に分割された上記イレース光選択領域と上記ポンプ光選択領域とを有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項7】
上記波長選択素子は、上記ポンプ光選択領域が光軸近傍の円形領域を占め、上記イレース光選択領域が上記ポンプ光選択領域の外側の輪帯領域を占めることを特徴とする請求項6に記載の顕微鏡。
【請求項8】
上記波長選択素子は、上記ポンプ光選択領域の直径が上記集光手段の入射口径よりも小さく、かつ、上記イレース光選択領域の外径が上記集光手段の入射口径よりも大きいことを特徴とする請求項7に記載の顕微鏡。
【請求項9】
上記空間変調素子は、上記ポンプ光および上記イレース光に対して透明な基板を有し、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調するエッチング領域を有する位相板からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項10】
上記空間変調素子は、上記ポンプ光および上記イレース光に対して透明な基板を有し、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する光学薄膜をコートした位相板からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項11】
上記空間変調素子は、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する液晶型空間変調器からなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項12】
上記空間変調素子は、上記波長選択素子の上記イレース光選択領域に対応するイレース光を位相変調する形状可変ミラーからなることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項13】
上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を、上記集光手段の鏡筒内に設けたことを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項14】
上記走査手段は上記合成光の光路中に配置したガルバノミラーを有し、該ガルバノミラーと上記光合成手段との間の上記合成光の光路中に、上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を配置したことを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項15】
上記光合成手段は、上記ポンプ光および上記イレース光を導光する光ファイバを有することを特徴とする請求項1〜14のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項16】
上記光ファイバは、シングルモードファイバからなることを特徴とする請求項15に記載の顕微鏡。
【請求項17】
上記少なくとも2以上の励起量子状態をもつ物質が、蛍光性分子、量子ドット、蛍光タンパクのいずれかであることを特徴とする請求項1〜16のいずれか一項に記載の顕微鏡。
【請求項18】
上記波長選択素子および/または上記空間変調素子を、上記集光手段の瞳面または共役瞳面、あるいはその近傍に配置したことを特徴とする請求項1〜17のいずれか一項に記載の顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2008−58003(P2008−58003A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−232115(P2006−232115)
【出願日】平成18年8月29日(2006.8.29)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】