説明

高強度チタン合金部材およびその製造方法

【課題】汎用性の高いα−β型チタン合金に窒素を適用して部材全体に亘って高強度化した高強度チタン合金材料を提供する。
【解決手段】焼結体の原材料となる焼結チタン合金原材料を準備する工程と、窒化処理により焼結チタン合金原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有焼結チタン合金原材料とする窒化工程と、焼結チタン合金原材料と窒素含有焼結チタン合金原材料とを混合して窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料とする混合工程と、窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料における原材料同士を接合すると共に前記窒素含有焼結チタン合金原材料の窒素化合物層または/および窒素固溶層に含まれる窒素を、焼結後のチタン合金部材の内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させる焼結工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽量高強度が必要な部品に用いられる高強度チタン合金部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は、軽量で高強度を有することから、特に軽量化が重要な航空機や自動車の部品分野をはじめ、様々な分野で使用されている。また、チタン合金は耐食性や生体適合性にも優れるため、生体用インプラントデバイスの分野でも多用されている。何れの分野でも、材質としてはTi−6Al−4Vを代表とするα−β型チタン合金が高強度かつ汎用性高く低コストであることから主流である。
【0003】
そして、コスト的に実用性の高いα−β型チタン合金の更なる高強度化に関する研究が盛んに行われている。たとえば、特許文献1には、Ti−6Al−4Vにガス窒化処理を施した後、表層の脆いTiN化合物層を除去して疲労強度の向上を図る技術が開示されている。また、特許文献2には、純TiまたはTi−6Al−4Vに第一層となる窒素固溶硬化層と第二層となる酸素固溶硬化層を同時に形成し、部材表面を硬化させる技術が開示されている。また、特許文献3には、Ti−6Al−4VにTiC化合物を分散した複合材料が開示されている。
【0004】
一方で、高強度チタン合金としてはβ型チタン合金も挙げられる。しかしながら、β型チタン合金はレアメタルが多量に添加されているため、α−β型チタン合金と比較して部品成形に用いる素材が高価である。さらには、β型チタン合金は時効(析出)硬化処理により静的強度は向上するが、疲労強度に関しては静的強度とは比例せずに十分ではない。熱処理により生成する高硬さの析出相は静的強度の向上には寄与するが、β相からなる基地との硬さ(弾性歪)の差が大きいため、繰返し応力が掛かる疲労に対しては析出相とβ相との界面が破壊起点となることが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−272526号公報
【特許文献2】特開2000−96208号公報
【特許文献3】特許第4303821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1および特許文献2に開示されているような技術では、部材表面の高強度化にとどまり、内部までの高強度化は困難である。このため、耐摩耗性向上や表面における疲労き裂発生の抑制には効果はあるが、静的強度や疲労き裂の進展を抑制する効果が乏しい。また、特許文献3に開示されている技術では、チタン合金粉末とTiC化合物粉末とを混合して圧粉体を成形し焼結するため、比重の異なる粉末を均一に混合することが困難であり、焼結後の組織が不均一となる。
【0007】
さらに、特許文献2では、窒素と同じα安定化元素である酸素が固溶された第二層となる酸素固溶硬化層が存在する。酸素は窒素と同じα安定化元素であるが、硬くて脆いαケース(α安定化元素富化層)を形成する作用が窒素よりも強く、製造上酸素固溶層のみを安定して制御形成することは難しい。また、酸素の高強度化に対する効果は、窒素の場合に比較して劣ることも一般的に知られている。
【0008】
このように、チタン合金において窒素を利用して高強度化を図る試みは従来から行われているものの、部材内部までの全体に亘って高強度化できる技術は現在のところ提供されていないのが実情である。本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、汎用性のある安価なα−β型チタン合金に窒素を固溶することにより、部材表層の高強度化は勿論のこと内部も高強度化された高強度チタン合金部材およびその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の高強度チタン合金部材の製造方法は、焼結体の原材料となる焼結チタン合金原材料を準備する工程と、窒化処理により前記焼結チタン合金原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有焼結チタン合金原材料とする窒化工程と、前記焼結チタン合金原材料と前記窒素含有焼結チタン合金原材料とを混合して窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料とする混合工程と、前記窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料における原材料同士を接合すると共に前記窒素含有焼結チタン合金原材料に含まれる窒素を、焼結後のチタン合金部材の内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させる焼結工程とを備えることを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、焼結工程により窒素含有焼結チタン合金原材料に含まれる窒素が内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散したチタン合金部材が形成される。したがって、部材全体に亘って高強度化されたチタン合金部材が形成される。他方、TiN化合物のような窒素化合物を形成した場合は、高硬さのTiN化合物相と基地との硬度(或いは弾性歪)差が大きく、繰り返しの応力が掛かる疲労に対してはその界面が破壊起点となり易い。この点、本発明では窒素が固溶されているため、破壊起点となりやすい窒素化合物のような高硬さ相と基地との大きな硬度差を持つ界面は存在せず、疲労強度を向上させることができる。
【0011】
本発明の高強度チタン合金部材は、上記した製造方法により得られるものであり、板状組織を有し、窒素を0.02〜0.09質量%固溶することを特徴とする。そして、このような高強度チタン合金部材は、窒素を0.02質量%以上固溶することにより全体に亘って高強度化され疲労強度が向上されている。ただし、窒素の含有量が0.09質量%を超えると延性が著しく低下し、脆化する。よって、窒素の含有量は0.02〜0.09質量%とする。
【0012】
本発明においては、焼結工程後の高強度チタン合金部材に溶体化処理と焼鈍処理を施すことにより、熱的に安定した均質な微細針状組織とすることができる。熱的に安定した均質な微細針状組織とすることで、窒素の含有量を0.12質量%まで増加させても脆化を抑制しつつさらなる高強度化および高疲労強度化を達成することができる。よって、本発明の他の高強度チタン合金部材は、微細針状組織を有し、窒素を0.02〜0.12質量%固溶することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、汎用性のある安価なα−β型チタン合金に窒素を固溶して材料の全体に亘って高強度化された高強度チタン合金部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施形態で使用する金属細線製造装置を示す断面図である。
【図2】実施形態で使用する解繊装置を示す側面図である。
【図3】実施例における窒素含有量と中心部硬さとの関係を示すグラフである。
【図4】実施例における窒素含有量と3点曲げ最大応力との関係を示すグラフである。
【図5】実施例における焼結温度と3点曲げ最大応力との関係を示すグラフである。
【図6】実施例のチタン合金材料の組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
焼結チタン合金原材料としては、粉末、薄帯、薄片、細線などを用いることができる。中でも、安全性や作業性の点で粉末と比べ取扱い性が良く、また、大きさを揃え易いことから窒化工程における制御が容易な、すなわち窒素含有量の制御が容易なことから薄帯、箔片、細線が好ましい。さらに薄帯、薄片、細線の中でも、織布や不織布の製法などを用いることができる細線は、焼結チタン合金原材料と窒素含有焼結チタン合金原材料とを均一に混合できること、つまりは窒素を部材全体に亘って均一に分散させることができるためにより好適である。中でも、溶湯抽出法により製造されたチタン合金細線は清浄度に優れていることからも最も好適である。
【0016】
焼結は、加圧機構を有しかつ真空または不活性ガス雰囲気で焼結が可能なHP(Hot Press:熱間加圧焼結)、HIP(Hot Isostatic Press:熱間等方加圧焼結)、SPS(Spark Plasma Sintering:放電プラズマ焼結)等で行うと好適である。窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料を焼結温度に加熱しながら加圧することにより、気孔の殆ど存在しない高強度チタン合金部材を得ることができる。
【0017】
本発明における溶体化処理とは、材料をβトランザス近傍の温度に加熱し、その後冷媒により急冷する処理である。α−β型チタン合金における加熱温度は、βトランザス温度に対して±100℃の範囲が好適であり、組織としてはα’相(六方晶マルテンサイト)を主体とした微細針状組織が得られる。ここで、加熱温度がβトランザス温度に対して100℃を超える場合には、加熱時にβ相が粗大化し、これにより、冷却後における粒界に粗大なα相が析出するため延性が大きく低下する。また、加熱温度がβトランザス温度に対して−100℃未満の場合には、加熱時にα相のβ相への変態が不十分となり、粗大なα相が多量に残留することにより所望の強度が得られなくなる。
【0018】
溶体化処理後に施される本発明における焼鈍処理とは、α’相のような硬くて脆い熱的に不安定な過飽和固溶体を適度に回復・分解することで、組織を熱的に安定化するとともに微細な析出相により機械的性質を向上させる処理である。α−β型チタン合金における加熱温度は、450〜750℃が好適であり、残留β相中に微細なα相が析出することとα’相が微細なα相とβ相に分解することとが相まって、熱的安定な状態になるとともに靭性が向上する。しかしながら、加熱温度が450℃未満の場合は組織が容易に分解せず、750℃を超える場合は組織が熱的安定な状態にはなるが結晶粒が粗大化する。また、溶体化処理後の状態では組織が熱的に安定ではないが、板状組織からなる溶体化処理前の部材や時効(析出)硬化型βチタン合金部材と比べ組織が微細で窒素固溶強化されており、強度は十分に高い。よって、熱的安定性が用途上特に問題とならない場合は、この焼鈍処理は省略しても良い。
【0019】
本発明においては、微細針状組織における針状晶の短径が5μm以下であることが望ましい。そのような微細な針状組織とすることにより、微細結晶粒による高強度化と針状組織による高いき裂伝搬抵抗が同時に得られ、疲労強度向上に有効である。
【0020】
また、微細針状組織に含まれる残留β相の面積率は、1.0%以下であることが望ましい。β相は強度が低いため、残留β相の面積率を1.0%以下とすることで、さらに高強度化および高疲労強度化を達成することができる。
【0021】
本発明の高強度チタン合金部材の素材としては、普及度の高いα−β型チタン合金が好適であり、たとえば、Ti−6Al−4V、Ti−3Al−2.5V、Ti−4Al−3Mo−1V、Ti−5Al−2Cr−1Fe、Ti−5Al−1.5Fe−1.5Cr−1.5Mo、Ti−5Al−1.5Fe−1.5Cr−1.5Mo、Ti−6Al−Cb−1Ta−1Mo、Ti−8Al−1Mo−1V、Ti−8Al−4Co、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−6Al−6V−2Sn、および、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Moなどを挙げることができる。
【0022】
また、本発明の高強度チタン合金部材は、軽量化が必要な航空機や自動車の部品に適用することができ、特に強度が必要とされる部品に好適である。また、チタン合金は生体親和性にも優れているので、生体用インプラントデバイスの材料としても適用可能であり、特に強度が必要とされるデバイスに対しては軽量化の効果も大きくより好適である。
【0023】
次に、本発明の高強度チタン合金部材の製造工程についてさらに具体的に説明する。
1.細線成形工程
図1は、本発明の一実施形態に係る細線成形工程を行うための金属細線製造装置100(以下、「装置100」と略称する)の概略構成を表し、(A)は装置100全体の概略構成の側断面図、(B)は装置100で用いる回転する円板141の周縁141aの断面図である。図1(B)は、図1(A)の紙面垂直方向における側断面図である。
【0024】
装置100は、溶湯抽出法を用いた金属細線の製造装置である。溶湯抽出法を用いた装置100では、ロッド状の原材料Mの上端部を溶融し、その溶融材料Maが回転する円板141の周縁141aと接触することによって、溶湯材料Maの一部を円板円周の略接線方向に引き出すと共に急冷することでチタン合金細線(焼結チタン合金原材料)Fを形成する。原材料Mとして、例えば、Ti−6Al−4V等のチタン合金を用い、たとえば線径が10〜200μmであるチタン合金細線Fを製造する。なお、チタン合金細線Fの線径は特に限定されないが、チタン合金部材に含有させたい窒素の含有量に応じて適宜選択する。たとえば、より多くの窒素を含有させたい場合には、チタン合金細線Fの線径を細くし、窒化によって形成される窒素化合物層および/または窒素固溶層の線径に対する割合を多くする様な工夫が可能である。
【0025】
装置100は、図1に示すように、密閉可能なチャンバ101を備え、チャンバ101内には、原材料供給部110、原材料保持部120、加熱部130、円板回転部140、温度計測部150、高周波発生部160、および、金属細線回収部170が設けられている。
【0026】
チャンバ101内には雰囲気より酸素などの不純物元素が溶融材料Maと反応することを防止するために、雰囲気ガスとして、たとえばアルゴンガスなどの不活性ガスが用いられている。原材料供給部110は、例えば、チャンバ101の底部に設けられ、原材料Mを所定速度で矢印B方向に向けて移動させて原材料保持部120へ供給する。原材料保持部120は、溶融材料Maの径方向への移動を防止する機能および原材料Mを円板回転部140の適正な位置へ案内するガイド機能を有する。
【0027】
原材料保持部120は、水冷した金属製の筒状部材であり、原材料供給部110と金属細線形成部140との間における円板141の下側に設けられている。加熱部130は、原材料Mの上端部を溶融することにより溶融材料Maを形成するための磁束を発生させる高周波誘導コイルである。原材料保持部120の材質としては、冷却水の冷却効果を効率よく得るために熱伝導率が高く、かつ、加熱部130で発生した磁束の影響を受けにくい非磁性の材質が望ましい。原材料保持部120の実用的な材質としては、たとえば銅または銅合金が好適である。
【0028】
円板回転部140は、回転軸142回りに回転する円板141を用いて溶融材料Maからチタン合金細線Fを形成する。円板141は、たとえば熱伝導率の高い銅あるいは銅合金からなる。円板141の外周部には、図1(B)に示すように、V字状をなす周縁141aが形成されている。
【0029】
温度計測部150は、溶融材料Maの温度を計測する。高周波発生部160は、加熱部130に高周波電流を供給する。高周波発生部160の出力は、温度計測部150で計測された溶融材料Maの温度に基づいて調整され、溶融材料Maの温度が一定に保たれる。金属細線回収部170は、金属細線形成部140により形成された金属細線Fを収容する。
【0030】
上記構成の装置においては、まず、原材料供給部110は原材料Mを矢印B方向に連続的に移動させて原材料保持部120に供給する。加熱部130は、原材料Mの上端部を誘導加熱により溶融して溶融材料Maを形成する。次いで、溶融材料Maは、矢印A方向に回転している円板141の周縁141aに向けて連続的に送出され、溶融材料Maは円板141の周縁141aに接触して、一部が円板141の円周の略接線方向へ引き出されると共に急冷されチタン合金細線(焼結チタン合金原材料)Fを形成する。これにより形成されたチタン合金細線Fは、円板141の円周の略接線方向に伸び、その先に位置する金属細線回収部170により収容される。
【0031】
2.窒化工程
窒化工程における一実施形態としては、上記のようにして製造したチタン合金細線Fの集合体を真空炉内に搬入し、真空炉内を真空排気した後窒素ガスを導入して加熱する。この場合、窒素ガスとともにアルゴンガスなどの不活性ガスを導入して窒素ガス濃度と炉内圧力を調整しても良い。炉内圧力、炉内温度、および処理時間は、チタン合金部材に含有させたい窒素の含有量に応じて適宜選択する。但し、炉内温度が低すぎる場合は、窒素化合物層および/または窒素固溶層の形成に膨大な時間が掛かる。また、炉内温度が高すぎる場合は、反応速度が速いために処理時間のコントロールが難しく、そのせいもあって厚い窒素化合物層が形成され易い。厚い窒素化合物層は、その後の焼結工程における窒素の拡散に膨大な時間を要する。よって、炉内温度としては600〜1000℃の範囲が製造上好適である。この窒化工程により、チタン合金細線Fの表層に極薄いTiN化合物層および/または窒素固溶層が形成された窒素含有チタン合金細線(窒素含有焼結チタン合金原材料)Gが製造される。
【0032】
3.混合工程
上記のようにして窒素を含有した窒素含有チタン合金細線Gと窒素を含有していないチタン合金細線Fは、部材として含有したい窒素量に合わせた比率に混合する。混合する手段としては、たとえば、図2に示す解繊装置が用いられる。図2に示すように、材料コンベア10には、窒素含有チタン合金細線Gの集合体とチタン合金細線Fの集合体とが例えば上下に重ねて供給され、出口側へ搬送される。材料コンベア10の出口には、フィードローラ11が配置され、フィードローラ11の外側には解繊機構12が配置されている。図2(B)に示すように、フィードローラ11の外周には多数の歯が形成され、窒素含有チタン合金細線Gおよびチタン合金細線Fを噛み込んで送り出すようになっている。また、解繊機構12の外周にも多数の歯が形成され、フィードローラ11に噛み込まれた窒素含有チタン合金細線Gおよびチタン合金細線Fからその一部を梳ってコンベア13のベルト14上に落下させる。その際に窒素含有チタン合金細線Gおよびチタン合金細線Fは分断されると共に混合され、ベルト14上に面内では配向性のないランダム細線集合体として堆積し、窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体(窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料)Wが形成される。なお、混合方式としては、図2に示す解繊装置のほか、不織布を成形する手段であるカード式やエアレイ式をはじめとする不織布成形機や、ミキサーやミルと呼ばれる混合機等、様々な手段を用いることが可能である。
【0033】
4.焼結工程
焼結は、例えば真空HPの場合は、真空容器の内部に加熱室を配置し、加熱室の内部にモールドを配置したもので、真空容器の上側に設けたシリンダから突出したプレスラムが加熱室内で上下方向に移動可能とされ、プレスラムに取り付けた上パンチがモールドに挿入されるようになっている。このように構成された真空HPのモールドに、窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体Wを充填し、真空容器内を真空または不活性ガス雰囲気にして所定の焼結温度まで昇温させる。そして、モールドに挿入された上パンチにより窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体Wを加圧し焼結する。
【0034】
焼結は、雰囲気からの酸素などの不純物元素がチタン合金部材内へ侵入することを防ぐために、真空あるいは不活性雰囲気下で行うことが望ましい。焼結温度は900℃以上、焼結時間は30分以上、プレス圧力は10MPa以上であることが望ましい。この焼結工程により、窒素含有チタン混合チタン合金細線集合体Wは殆ど気孔の存在しない緻密なチタン合金部材とされる。そして、窒素含有チタン合金細線Gに含まれていた窒素は、チタン合金部材の内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散し、窒素化合物が存在しないものとなる。この場合、窒素化合物の存在しないチタン合金部材の組織は板状組織である。
【0035】
5.溶体化処理・焼鈍処理工程
溶体化処理と焼鈍処理は一般的な加熱炉で大気中にて行うことができる。溶体化処理においては加熱後に水や油などの冷媒で急冷することが好ましく、焼鈍処理における加熱後の冷却は特に条件の限定は無く、通常は放冷または強制風冷を用いる。
【実施例】
【0036】
1.試料の作製
具体的な実施例により本発明をさらに詳細に説明する。図1に示す装置100を用いてTi−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)を原材料として平均線径が60μmのチタン合金細線を製造した。
【0037】
上記チタン合金細線の一部に対して窒化処理を行った。窒化処理は、チタン合金細線を真空炉に搬入し、真空排気した後に真空炉に窒素ガスを供給し、炉内圧力を600Torrとした。次いで、炉内温度を800℃まで昇温して1.5時間保持した。
【0038】
上記のようにして窒化処理した窒素含有チタン合金細線と窒素を含有していないチタン合金細線とを図2に示す解繊装置に供給し、両者を混合して窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体を得た。このときの窒素含有チタン合金細線の混合重量割合(Wf)を表1に示す。
【0039】
上記窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体をカーボン製のモールドに充填し、真空HP装置を用いて焼結することで厚さ10mmのチタン合金部材(試料101〜214)を作製した。焼結では、真空容器内の真空度を1×10−4Torr以下とし、10℃/分の速度で所定の焼結温度まで昇温し、その後、より緻密な焼結体を形成するために十分な加圧力と保持時間として、40MPaで加圧し、その状態で1.5時間保持した。なお、焼結後の冷却は炉冷とした。また、カーボン製のモールドと、窒素含有チタン合金混合チタン合金細線集合体およびその焼結体であるチタン合金部材は、本実施例にある高温下においては反応しやすい。そこで、カーボン製のモールドには、内張としてアルミナ(純度99.5%以上)製の離型板を配置している。しかしながら、焼結温度が1400℃の試料114と試料214については、焼結後のチタン合金部材とアルミナ製の離型板が完全に固着しており、その後の評価における試料採取に困難をきたした。よって、試料114と試料214については、その後の評価は実施していない。
【0040】
焼結後のチタン合金部材の一部に対して熱処理として溶体化処理と焼鈍処理を順次施した。溶体化処理では、チタン合金材料を1040℃で2時間保持した後に氷水冷した。また、焼鈍処理では、550℃で2時間保持した後に空冷した(以下、特に断らない限り本条件を熱処理と言う)。試料101〜113および試料201〜213に対する以上の熱処理の有無を表1に併記する。
【0041】
比較のために、Ti−6Al−4V(ASTM B348 Gr.5相当)の展伸材を準備し、その一部に上記と同じ条件で熱処理を施した。この試料を比較材1,2として表1に併記する。
【0042】
【表1】

【0043】
2.観察および測定方法
(1)組織観察
各試料を適当な大きさに切り出して樹脂に埋め込んだ後に機械研磨で鏡面仕上げし、その後、クロール液(2wt%フッ酸+4wt%硝酸)で腐食し、光学顕微鏡(使用装置:NIKON ME 600)で組織を観察した。図6に各試料の顕微鏡写真を示す。
【0044】
(2)窒素含有量(N量)
不活性ガス融解-熱伝導度法・ソリッドステート型赤外線吸収法(使用装置:LECO TC600)で分析した。
【0045】
(3)TiN化合物相の有無(TiN相)
X線回折装置(使用装置:Rigaku X−ray DIFFACTOMETER RINT2000)で管球Cuターゲットを用いて分析し、TiN化合物相ピークの有無を確認した。
【0046】
(4)β相面積率(β相率)
FESEM/EBSD法(使用装置:JEOL JSM−7000F,TSLソリューションズ OIM−Analysis Ver.4.6)を用い観察倍率3千倍で分析し、β相率を算出した。
【0047】
(5)硬さ(HV)
ビッカース硬さ試験機(使用装置:FUTURE−TECH FM−600)で表面と中心の硬さを測定した。そのときの試験荷重は10gfとし、表面については板厚方向断面での表面から0.5mm深さの位置において、中心については板厚方向断面での中心部において、それぞれ10点測定してその平均値を算出した。
【0048】
(6)3点曲げ強度(σb)
300kN万能試験機(使用装置:INSTRON 5586型)で試験した。そのときの試験片の寸法は、幅6mm、長さ17mm、厚さ1mmであり、支点間距離を15mmとした。また、試験速度は6mm/分とし、3個の測定値の平均を算出した。以上の組織観察、分析および試験結果を表2に示す。また、窒素含有量と硬さとの関係を図3に、窒素含有量と3点曲げ最大応力との関係を図4に、焼結温度と3点曲げ最大応力との関係を図5に示す。なお、以上の各項目に付記した括弧書きは表2に記載した項目名である。
【0049】
【表2】

【0050】
3.評価
試料101〜113は熱処理を行わず焼結上がりのものである。したがって、図6に示すように組織(試料101)は板状組織である。また、試料101〜113は窒素含有チタン合金細線の混合重量割合の増加に伴い窒素含有量が増加しているため、図3に示すように、窒素含有量にほぼ比例して硬さが上昇している。一方、熱処理を施していない一般的に展伸材として流通している比較材1は、展伸工程中に施される焼鈍処理の影響もあり、図6に示すように組織は等軸晶である。図3から明らかなように、試料101〜113は、同じく熱処理を施していない比較材1と比べて格段に硬さが上昇している。
【0051】
試料201〜213は熱処理を行ったため、図6に示すように組織(試料204)は針状組織であり、その針状晶の短径はいずれの試料も5μm以下の微細針状組織である。このため、試料101〜113よりも硬さが上昇している。一方、一般的に流通している展伸材に熱処理を施した比較材2は、熱処理を施しているために、図6に示すように組織は針状組織である。その結果、比較材1よりも硬さは高くなっているが、試料201〜213よりは格段に低い。以上により、窒素を含有させた試料101〜113および試料201〜213では、その含有量に応じて硬さが格段に上昇することが確認された。
【0052】
表2に示すように、試料101〜113および試料201〜213の全試料について、表面の硬さと中心の硬さは同等であり、比較材1または比較材2とそれぞれ比較した硬さは格段に上昇している。チタン合金部材における部材内部までの全体に亘っての高強度化に対しては、本発明の手段を用いることが好ましい。
【0053】
X線回折の結果、全試料についてTiN化合物相をはじめとする窒素化合物のピークは確認されなかった。つまり、含有された窒素は、窒素化合物の形成には寄与しておらずに固溶していることが確認された。
【0054】
電子線後方散乱回折法による分析の結果、試料101〜113のβ相面積率は5.2〜7.2%の範囲であった。また、試料201〜213のβ相面積率は0.1〜0.7%の範囲であった。微細針状組織を有する試料201〜213は、板状組織を有する試料101〜113と比べβ相が少ないためにより一層の高強度化が図られており、そのβ相の面積率は1%未満が好ましい。
【0055】
次に、図4を参照して窒素含有量と3点曲げ最大応力との関係を検証する。窒素を0.022質量%含有する試料101では、3点曲げ最大応力が比較材1と比べて高い。そして、窒素含有量が増えると伴に3点曲げ最大応力は増加するが、窒素を0.105質量%含有する試料106では、延性の低下による脆化を招き、3点曲げ最大応力が比較材1と同等となり、それ以上の窒素含有量では、さらなる脆化により3点曲げ最大応力も低下していく。また、窒素含有量が0.022質量%未満では比較材1に対する高強度化の効果が十分ではない。つまり、板状組織を有するチタン合金部材においては、窒素を0.02〜0.09質量%固溶することが高強度化に対して好ましい。
【0056】
窒素を0.023質量%含有する試料201では、3点曲げ最大応力が比較材2と比べて大幅に高い。そして窒素含有量が増えると伴に3点曲げ最大応力は増加するが、窒素を0.121質量%含有する試料207では、延性の低下による脆化を招き3点曲げ最大応力が比較材2よりも低くなり、それ以上の窒素含有量では、さらなる脆化により3点曲げ最大応力も低下していく。また、窒素含有量が0.023質量%未満では比較材2に対する高強度化の効果は十分ではない。以上により、微細針状組織を有するチタン合金部材においては、窒素を0.02〜0.12質量%固溶することが大幅な高強度化に対し好ましい。
【0057】
次に、焼結温度と3点曲げ最大応力との関係を図5に示す。焼結温度が800℃の試料109については、窒素を0.076質量%含有しているにも拘わらず、3点曲げ最大応力は比較材1に対して低い。組織観察によれば、試料109には、焼結温度が低いために窒素含有チタン合金細線またはチタン合金細線が変形しきれず、その結果残った多くの気孔が存在していた。また、窒素含有チタン合金細線とチタン合金細線との接合部、および、窒素含有チタン合金細線同士またはチタン合金細線同士の接合部における界面が明瞭に観察された。つまり、多くの気孔の残存と細線同士の接合部における焼結の進行が不十分であったため、強度の低下を招いている。焼結温度が900℃の試料110については、比較材1の3点曲げ最大応力を越え、焼結温度が1000℃以上の試料111〜113では、気孔が殆ど存在しないと共に細線同士の接合部における焼結が十分に進行し、安定して高い3点曲げ強度が得られている。以上により、板状組織を有するチタン合金部材においては、焼結温度を900℃以上とすることが好ましく、大幅な高強度化のためには焼結温度を1000〜1300℃とすることがより好ましい。
【0058】
また、焼結温度が800℃でその後熱処理した試料209については、窒素を0.076質量%含有しているにも拘わらず、3点曲げ最大応力は比較材2に対して低い。原因は試料109と同様に多くの気孔の残存と細線同士の接合部における焼結の進行が不十分なためである。焼結温度が900℃でその後熱処理した試料210については、比較材2の3点曲げ最大応力を大きく越え、焼結温度が1000℃以上でその後熱処理した試料211〜213では、気孔が殆ど存在しないと共に細線同士の接合部における焼結が十分に進行し、安定して高い3点曲げ強度が得られている。以上により、微細針状組織を有するチタン合金部材においては、焼結温度を900℃以上とすることが好ましく、大幅な高強度化のためには焼結温度を1000〜1300℃とすることがより好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の高強度チタン合金材料は、航空機や自動車の軽さと共に強度が求められる材料や、生体用インプラントデバイスの材料として適用可能である。
【符号の説明】
【0060】
F チタン合金細線(焼結チタン合金原材料)
G 窒素含有チタン合金細線(窒素含有焼結チタン合金原材料)
W 窒素含有チタン混合チタン合金細線集合体(窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結体の原材料となる焼結チタン合金原材料を準備する工程と、
窒化処理により前記焼結チタン合金原材料の表層に窒素化合物層および/または窒素固溶層を形成して窒素含有焼結チタン合金原材料とする窒化工程と、
前記焼結チタン合金原材料と前記窒素含有焼結チタン合金原材料とを混合して窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料とする混合工程と、
前記窒素含有チタン合金混合焼結チタン合金原材料における原材料どうしを接合すると共に前記窒素含有焼結チタン合金原材料に含まれる窒素を、焼結後のチタン合金部材の内部全体に亘って固溶した状態で均一に分散させる焼結工程とを備えることを特徴とする高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項2】
前記焼結チタン合金原材料は、溶湯抽出法により製造されたチタン合金細線であることを特徴とする請求項1に記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項3】
前記焼結工程後の高強度チタン合金部材に溶体化処理と焼鈍処理を順次施し、微細針状組織からなることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項4】
前記溶体化処理の処理温度がβトランザス温度の±100℃の範囲であり、また、前記焼鈍処理の処理温度が450〜750℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項5】
前記溶体化処理後の組織がマルテンサイトであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項6】
前記溶体化処理後の組織が、主構造として、α’相(六方晶マルテンサイト)を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項7】
前記焼結をホットプレスで行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項8】
前記ホットプレスによる焼結の処理温度が900〜1300℃であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の高強度チタン合金部材の製造方法。
【請求項9】
板状組織を有し、窒素を0.02〜0.09質量%固溶することを特徴とする高強度チタン合金部材。
【請求項10】
微細針状組織を有し、窒素を0.02〜0.12質量%固溶することを特徴とする高強度チタン合金部材。
【請求項11】
前記微細針状組織における針状晶の短径が5μm以下であることを特徴とする請求項10に記載の高強度チタン合金部材。
【請求項12】
前記微細針状組織に含まれるβ相の面積率が1.0%以下であることを特徴とする請求項10または11に記載の高強度チタン合金部材。
【請求項13】
α−β型チタン合金から製造されたことを特徴とする請求項7〜12のいずれかに記載の高強度チタン合金部材。
【請求項14】
前記α−β型チタン合金は、Ti−6Al−4V、Ti−3Al−2.5V、Ti−4Al−3Mo−1V、Ti−5Al−2Cr−1Fe、Ti−5Al−1.5Fe−1.5Cr−1.5Mo、Ti−5Al−1.5Fe−1.5Cr−1.5Mo、Ti−6Al−Cb−1Ta−1Mo、Ti−8Al−1Mo−1V、Ti−8Al−4Co、Ti−6Al−2Sn−4Zr−2Mo、Ti−6Al−6V−2Sn、および、Ti−6Al−2Sn−4Zr−6Moのいずれかであることを特徴とする請求項13に記載の高強度チタン合金部材。
【請求項15】
請求項7〜14のいずれかに記載の高強度チタン合金部材を用いたことを特徴とする生体用インプラントデバイス。
【請求項16】
請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法で製造されたことを特徴とする請求項9〜14のいずれかに記載の高強度チタン合金部材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−41609(P2012−41609A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184838(P2010−184838)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】