説明

高強度低熱膨張合金及びその製造法並びに精密機器

【課題】 加工性が良好で、機械的強度が高く、熱膨張係数が小さい高強度低熱膨張合金、及びこれを使用した精密機器を提供することにある。
【解決手段】Ni30〜38%、Co1〜7%とMg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下、合計で0.0001〜3%、及び残部Feからなる合金を、900℃以上融点未満の温度で焼鈍した後冷却し、ついで加工率60%以上の線引加工を施して所望の太さの棒又は線になすか、または、さらに当該棒又は線を70〜500℃の温度で加熱する。高強度低熱膨張合金の引張強さは1000MPa以上、-50〜100℃における熱膨張係数は(-1〜+1)×10−6-1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に超不変鋼(ス−パ−インバー)といわれているFe-Ni-Co系合金の改良に関するものであり、さらに詳しく述べるならば、機械的強度が高い低熱膨張合金、その製造方法及び当該合金を使用した精密機器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本出願人・財団法人の理事長であった増本量が発明者となっている特許文献1(特公昭5−2319号)は、超不変鋼(スーパーインバーともいわれる)と称するFe−Ni−Co系合金に関するものであり、その特許請求範囲は次のとおりである。「46〜70%Fe、Ni20〜54%、Co34%以下(但し0%を除く)を含む合金の焼鈍状態において、熱膨張係数12×10-6-1の値までの範囲内に属する微少なる熱膨張係数を有する新合金」である。
【0003】
従来、低熱膨張合金としてのFe−Ni−Co系合金は、熱膨張係数が小さいことから、当該合金を棒材、線材、細線、板材及び薄板になし、精密機器、例えば標準尺、測量機、距離計、時計,温度調節装置、レ−ザ光源の器具、シャドウマスク、及びICリ−ドフレ−ム等に使用している。
【0004】
非特許文献1は,超不変鋼と称するFe−Ni−Co系合金の焼鈍状態における熱膨張係数について詳細な研究を行い、「大きい磁化と低いキューリー温度をもつ組成でインバー特性が得られる」という増本の経験則が導き出された。またこの研究によると、20℃において非常に小さい値を得ているが、機械的強度(引張強さ及び硬度)が低いのが欠点とされている。
【0005】
非特許文献2「まてりあ」Vol.36(1977)、11、「インバー合金の各種精密制御機器への応用」岸田紀雄、増本健、第1080〜1085頁、は近年の精密機器の部品材料としては、-50(223K)〜100(373K)℃の広い温度範囲において熱膨張係数が小さく、且つ機械的強度が高いことが強く望まれていることを解説している。この文献は、各種インバー合金の特性を対比・整理しており、その幾つかを次表に引用する。
【0006】
【表1】

【0007】
また、非特許文献2の図1を本願の図1として引用する。この図1から分かるようにいずれのインバー合金もγ相領域の組成をもつ。
【0008】
特許文献2(特許第2796966号)は本出願人が提案した超低熱膨張合金(新スーパーインバー)であり、その請求項1は「重量比にてNi29.5〜35%、Co2.0〜7.0%の範囲において、同時に添加されたCr0.001〜2.0%以下とTi0.001〜2.0%以下とを含み、残部は実質的にはFeから成り、熱膨張係数が-2.0×10-6〜+0.5×10-6の範囲であることを特徴とする低熱膨張合金」である。さらに、その製造方法は、(A)600℃以上融点以下の高温で1分間以上加熱して均質溶体化処理をした後、焼入れするか或いは毎秒1℃以下の速度で徐冷して焼鈍を行う第1の工程と、(B)上記焼入れ後或いは焼鈍後、10%以上の冷間加工を行う第2の工程と、(C)上記冷間加工後、50℃以上300℃未満の温度で1分間以上100時間以下加熱しついで毎秒1℃以下の速度で徐冷する第3の工程と」を具える。この新スーパーインバーではスーパーインバーより優れた熱膨張特性及び強度が実現されており、さらに、冷間加工率を高めることにより負の熱膨張係数を得ることもできる。しかしながら、強度の冷間加工を行っているものの、引張強さは最高で80kg/mm2弱である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
特許文献1:特公昭5−2319号
特許文献2:特許第2796966号
【非特許文献】
【0010】
非特許文献1:増本 量、金属の研究8(1931),237
非特許文献2:「まてりあ」Vol.36(1977)、11、「インバー合金の各種精密制御機器への応用」岸田紀雄、増本健、第1080〜1085頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献2が提案する新スーパーインバー以外の従来の低熱膨張合金は、焼鈍状態において熱膨張係数が比較的小さいが、低い熱膨張係数を有する組成範囲が狭く、且つ焼鈍状態なので機械的強度が低い。さらに、超不変鋼は低熱膨張係数を有する温度範囲が狭い。新スーパーインバーのFe−Co−Ni系合金組成範囲は比較的広いが、CrとTiの添加を必須とし、さらに機械的強度はまだ満足できるものではないので、その改善が要望されていた。
さらに、新スーパーインバーを含む従来の低熱膨張合金はCo合金特有の加工性不良の問題があり、再現性良く大量に生産することは困難であり、これを改善することが強く要望されている。すなわち、溶解時の溶湯の流動性が悪く、健全な鋳塊を得ることが困難であり、さらに鍛造、熱間加工及び冷間加工も容易でないので、最終製品の歩留まりも悪い。
上述のような約80年前から最近までの低熱膨張合金開発の経緯と技術の現状に鑑み、本発明は、Fe−Ni−Co系合金の低い熱膨張率を保ちつつ機械的強度を更に向上することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らはFe−Ni−Co系合金へのMg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物を添加に伴う、熱膨張係数の微少化と機械的強度の向上について鋭意研究した。
その結果、重量比にて、Ni30〜38%、Co1〜7%とMg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び残部Feからなる合金、或いは必要ならば、これに副成分としてCr、Mo、Wをそれぞれ7%以下、V、Nb、Ta、Cu、Mn、Ti、Zr、Hfをそれぞれ5%以下、Al、Si、Beをそれぞれ3%以下、B、Cをそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.001〜10%を添加し、残部Feからなる合金は低熱膨張係数及び高強度をもつことが見出された。かかる特性は上記合金を冷間加工状態又は冷間加工した後再結晶化温度以下の70〜500℃の低温度で熱処理を施した状態で得られる。上記冷間加工状態に到達する前の工程では、鋳造、鍛造などの熱間加工工程を経、その後冷間加工が行われるが、これらの工程で必要になる溶湯の流動性、鍛造性、熱間及び冷間加工性は上記フッ素化合物の添加により著しく改善される。
【0013】
本発明の特徴とする処は次の通りである。
(1)第1発明は、重量比にて、Ni30〜38%、Co1〜7%、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び残部Feと不可避的不純物からなり、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金に関する。
【0014】
(2)第2発明は、重量比にて、Ni30〜38%、Co1〜7%、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び副成分としてCr、Mo、Wをそれぞれ7%以下、V、Nb、Ta、Cu、Mn、Ti、Zr、Hfをそれぞれ5%以下、Al、Si、Beをそれぞれ3%以下、B、Cをそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.001〜10%、及び残部Feと不可避的不純物からなり,引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金に関する。
【0015】
(3)第3発明は、棒、線、板もしくは薄板に加工された(1)又は(2)項記載の高強度低熱膨張合金を用いた精密機器に関する。
【0016】
(4)第4発明は、上記(1)又は(2)項記載の組成を有する合金の鋳塊を、熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで加工率60%以上の線引き加工を施して所望の太さの棒又は線になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
【0017】
(5)第5発明は、第4発明において得られた棒又は線を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
【0018】
(6)第6発明は、上記(1)又は(2)項記載の組成を有する合金の鋳塊を、熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで圧下率60%以上の圧延加工を施して所望の厚さの板又は薄板になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
【0019】
(7)第7発明は、第6発明で得られた板又は薄板を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
【0020】
(8)第8発明は、上記(1)又は(2)項記載の組成を有する合金の鋳塊を、熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで加工率40%以上の線引き加工を施して所望の太さの棒又は線になした後、さらに当該棒又は線を圧下率40%以上の圧延加工を施して所望の厚さの板又は薄板になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
【0021】
(9)第9発明は、第8発明で得られた板又は薄板を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法に関する。
次ぎに、本発明を、高強度低熱膨張合金の組成、特性及び製造方法の順に説明する。
【0022】
組成
本発明合金の成分組成はNi30〜38%、Co1〜7%と、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物、例えばMgF、CaF2、SrF2及びBaF2のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び残部Fe及び不可避的不純物である。この成分組成では、表1及び図1に示すスーパーインバーよりも広い範囲のFe−Ni−Co系組成において、-50〜100℃における熱膨張係数 (-1〜+1)×10−6-1及び1000MPa以上の引張強さが得られる。この組成範囲をはずれると、引張強さが1000MPa未満で、-50〜100℃における熱膨張係数が-1×10−6-1未満又は1×10−6-1を超えるので、低熱膨張係数を有する低熱膨張合金が得られない。
【0023】
そして、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の何れか1種又は2種以上、合計で0.0001 〜3%を添加することによって、表2の分析値に示すように、微量に含有している燐、酸素、硫黄及び窒素等の不純物元素に良く反応して、脱燐・脱酸・脱硫・脱窒素の作用が顕著に現出し、これらの不純物元素を除去して、溶湯の流動性及び熱間加工若しくは冷間加工が著しく改善される。さらに、Fe−Ni30〜38%、Co1〜7%合金は、室温で均質な面心立方格子の単一相(γ相)であるが、これにMg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物を添加すると、γ相の母相中にこれらの元素の金属間化合物が微細に分散析出することにより基地を強固にすると共に、さらには、当該IIa族元素のフッ素化合物が結晶粒界に偏析することにより、粒界を強固にして、粒界における転位の移動を妨害する効果により、機械的強度を高めることができたのである。
さらに、これらの元素の金属間化合物が微細に分散析出したγ相の母相が,冷間加工を受けると,加工誘起変態が起こりγ相の基地に体心立方格子のα′相を生成する。このα′相は、熱膨張係数を負側に変化させて低熱膨張係数を得ることができる(第1、4発明)。
【0024】
かかる冷間加工状態でα′相とγ相の混合組織を有するFe−Ni−Co系合金を70〜500℃の再結晶温度以下の低温度で加熱処理を施して,α′相を適当量に加減することにより、(-1〜+1)×10−6-1の範囲内の低熱膨張係数に調整することも可能になり、また70〜500℃の再結晶以下の温度で熱処理することにより、加工硬化によって生じた加工歪を適当に残留させ,1000MPa以上の強度を保ちつつ機械的特性を改良することもできる(第5、7、9発明)。
【0025】
Fe−Ni−Co系合金に、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物を添加すると、微量に含有している酸素、硫黄、燐及び窒素等の不純物元素に反応して、脱酸、脱硫、脱燐、脱窒素の作用が顕著に現れ、これらの不純物元素を良く除去する。このため、溶湯の流れが良好となり、鋳塊の介在物や不純物の偏析などが少なくなる。
したがって、鍛造性、熱間加工性及び冷間加工性が著しく改善され、最終製品の歩留まりが大きく向上する。
なお、表2は、本発明合金11、24、68と超不変鋼に含有されている不純物元素を示したものである。
【0026】
【表2】

【0027】
図2は、超不変鋼と同じ組成のFe−32%Ni−5%Co系合金にMgF2、CaF2、SrF2又はBaF2をそれぞれ添加した合金について、加工率85%の線引き加工を施した後200℃で5時間加熱した場合の、それぞれの添加量と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示したグラフである。図からわかるとおり、IIa族元素のフッ素化合物は正の熱膨張係数を付与し、また引張強さを高める効果をもつ。
【0028】
図3は、合金番号11に副成分のCr、Mo、W又はVをそれぞれ添加した合金について、図4は同じく合金番号11にNb、Ta、Cu又はMnをそれぞれ添加した合金について、図5は同じく合金番号11にTi、Zr、Hf、Al、Si、Be、B又はCをそれぞれ添加した合金について、加工率85%の線引き加工を施した後200℃で5時間加熱した場合の、添加量と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示したものである。図3、4、5からわかるとおり、副成分は正の熱膨張率を付与し、また引張強さを高める効果をもつ。
【0029】
そして、さらに副成分としてCr、Mo、Wをそれぞれ7%以下、V、Nb、Ta、Cu、Mn、Ti、Zr、Hfをそれぞれ5%以下、Al、Si、Be3%以下、B、Cをそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.001〜10%を添加すると、図3,4,及び5に示されるように、これら元素の添加は熱膨張係数の絶対値を小さくする効果がある。これらの内Cr、Mo、W、V、Nb、Ta、Cu、Ti、Zr、Hf、Al、Si、Be、B、Cを添加すると機械的強度を高める効果が大きく、またMn、Al、Si、Ti、Zr及びHfを添加すると脱酸・脱硫の効果が大きい。
【0030】
特性
(1)熱膨張係数
第1発明においては、正の熱膨張係数を付与するフッ素化合物と負の熱膨張係数を付与するα′相の効果により、広いFe−Co−Ni系合金組成範囲において、-50〜100℃の温度範囲で(-1〜+1)×10−6-1で小さい熱膨張係数が得られる。
第2発明においては、正の熱膨張係数を付与するフッ素化合物及び副成分と負の熱膨張係数を付与するα′相の効果により、広いFe−Co−Ni系合金組成範囲において、-50〜100℃の温度範囲で(-1〜+1)×10−6-1で小さい熱膨張係数が得られる。
したがて、第1、2発明の合金は、低熱膨張係数を必要とする精密機器に好適である。
(2)機械的強度
第1発明の合金の機械的強度(引張強さ及び硬度)は、冷間加工硬化ならびにフッ素化合物の微細分散析出と粒界強化により、従来のFe−Ni−Co系低熱膨張合金より大きくなっている。第2発明はさらに副成分が強化に寄与する。したがって本発明の合金は低熱膨張で機械的強度を必要とする精密機器に好適である。
【0031】
製造法
(1)溶解
本発明の合金を造るには、重量比にてNi30〜38%、Co1〜7%とMg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び残部Feの組成をもつ原料の適当量を、空気中、好ましくは非酸化性雰囲気(水素、アルゴン、窒素などのガス)又は真空中において、適当な溶解炉、例えば高周波溶解炉等を用いて溶解した後、そのままか、さらにこれに副成分元素としてCr、Mo、Wをそれぞれ7%以下、V、Nb、Ta、Cu、Mn、Ti、Zr、Hfをそれぞれ5%以下、Al、Si、Beをそれぞれ3%以下、B、Cをそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.001〜10%となるように、純金属、フェロアロイなどの合金など適当な形態の原料の所定量を添加し、充分に撹拌して組成的に均一な溶融合金を造る。
【0032】
(2)鍛造及び熱間加工
次ぎに、溶融合金を、適当な形及び大きさの鋳型に注入して健全な鋳塊を得、さらに当該鋳塊を900℃以上融点未満、好ましくは1000〜1300℃において鍛造、熱間加工などを施して次工程の加工に適した形状にする。
【0033】
(3)焼鈍処理
前工程で作られた素材を、900℃以上融点未満の温度、好ましくは950〜1300℃において適当時間、好ましくは0.5〜5時間加熱して焼鈍した後冷却することにより、熱間加工組織を均質化すると共に軟化する。
【0034】
(4)線引き加工又は圧延加工
図6(A)、7(A)及び8(A)(合金組成や加工法などは段落番号0040,0044、0048で説明する)に示すように、線引き加工又は圧延加工により、加工誘起変態によってγ相の基地に体心立方格子のα′相を生成させると引張強さσが上昇する。さらに、負の熱膨張係数αを得ることができる。線引き加工の加工率(即ち断面積減少率)又は圧延の圧下率(厚さ減少率)は60%以上が望ましい(第4、6発明)。線引き加工を施した後圧延加工を施す場合は、圧延加工の圧下率は40%以上が望ましい(第8発明)。また、加工率及び圧下率の増加と共に、加工硬化による機械的強度を高める効果が大きい。
線、棒、板及び薄板の寸法は精密機器の種類により定まり、線としては直径が0.01〜10.0mm、棒は10.0〜50.0mm、また薄板としては厚さ0.001〜1.0mm、幅0.01〜10mm、板は厚さが1.0〜10.0mm、幅が10.0〜100.0mmが一般的である。
【0035】
(5)加工後の加熱処理
図6(B)、7(B)及び8(B)(合金組成や加工法などは段落番号0040、0044、0048で説明する)に示すように、線引き加工又は圧延加工後、再結晶化温度より低い温度の70〜500℃、好ましくは100〜450℃の温度範囲で適当時間、好ましくは0.1〜100時間加熱処理すると、(-1〜+1)×10-6-1の範囲で小さくなり低熱膨張が得られ、また再結晶化温度より低い温度(70〜500℃)で加熱処理するので、加工硬化による加工歪が残留し,機械的強度が保持される。さらに、熱膨張係数αは、加工により発生したα′相が、熱処理により消滅するために、正の方向に変化する(第5、7、9発明)。しかし、70℃未満の温度における加熱では100時間加熱しても、加工によるα′相が消滅されず、熱膨張係数を正にする十分な効果が得られない。また、500℃以上の温度で加熱すると、α′相が完全に消滅して熱膨張係数が大きくなり、また再結晶化するので,加工硬化による加工歪も除去されて機械的強度も低下する。
【発明の効果】
【0036】
本発明の合金は、熱膨張係数が(-1〜+1)×10−6-1で小さく、優れた低熱膨張係数を有し、機械的強度も1000MPa以上と高いので精密機器、例えば標準尺、測量機、距離計、時計,温度調節装置、レ−ザ光源の器具、シャドウマスク及びICリ−ドフレ−ム等の使用に好適であり、低熱膨張係数を必要とするその他の精密機器に使用する低熱膨張材料としても好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
次に本発明の実施例について説明する。
実施例1
合金番号11(組成Ni=32.0%、Co=5.0%、SrF=0.10%、Fe=残部)の合金;すなわち超不変鋼と同じ組成のFe−Ni−Co系合金にフッ素化合物を添加した合金の製造
原料として99.9%純度の電解鉄、電解ニッケル、電解コバルト、及びストロンチュ−ムフッ素化合物(SrF)を用いた。試料を造るには、 原料の全重量 800gをアルミナ坩堝に入れ、真空中で高周波誘導電気炉によって溶かした後、よく撹拌して均質な溶融合金とした。ついで、これを直径25mm,高さ170mmの孔をもつ鋳型に注入し、得られた鋳塊を約1100℃で鍛造して18mmの角棒とした。さらに、約1050℃で直径10mmまで丸棒用熱間圧延機を用いて熱間ロ−ルした後、当該丸棒を1000℃で1時間加熱し、焼鈍した。ついで、常温で冷間線引き加工を施して5mmの線となした後、当該線を1050℃の真空中で2時間加熱して焼鈍し、さらに種々な加工率で適当な径の線になした後、適当な温度及び時間で熱処理を施して,種々な特性の測定を行い,表3のような特性値を得た。
【0038】
【表3】

【0039】
表3より、本発明実施例の線材は引張り強さが1000MPaを超え非常に高く、しかも線引き加工によりγ+α′混合組織となっているので、低熱膨張特性が得られていることがわかる。
なお、表3の(比較例)以外は第1及び5発明の実施例であり、第1〜3行の製造条件は第4発明の実施例であり、第4〜6行の製造条件は第5発明の実施例である。
【0040】
さらに、図6(A)は、合金番号11について、表3に示した以外の種々な加工率で線引き加工を施した場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと線引き加工率との関係を示したものである。図6(B)は、表3の2行目に示した加工率85%の線引き加工を施した後、表3に示した以外の種々な温度で加熱した場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと加熱温度との関係を示したものである。
【0041】
実施例2
合金番号24(組成Ni=31.0%、Co=5.5%、CaF=0.15%、Mo=3.0%、Fe=残部)の合金の製造。
原料として99.9%純度の電解鉄、電解ニッケル、電解コバルト、電解クロム、カルシュ−ムフッ素化合物(CaF)及びモリブデンを用いた。試料を造るには、 原料の全重量 800gをアルミナ坩堝に入れ、真空中で高周波誘導電気炉によって溶かした後、よく撹拌して均質な溶融合金とした。ついで、これを直径25mm,高さ170mmの孔をもつ鋳型に注入し、得られた鋳塊を約1200℃で鍛造して18mmの角棒とした。さらに、約1150℃で厚さ10mmまで熱間圧延機を用いて板にした後、当該板を1100℃で1時間加熱し、焼鈍した。ついで、常温で冷間圧延機を用いて圧延加工を施して3mmの板となした後、当該板を1100℃の真空中で2時間加熱して焼鈍し、さらに種々な加工率で適当な厚さの薄板になした後、適当な温度及び時間で熱処理を施して,種々な特性の測定を行い,表4のような特性値を得た。
【0042】
【表4】

【0043】
表4より、本発明実施例の薄板は引張強さが1000MPaを超え非常に高く、しかも圧延加工によりγ+α′混合組織となっているので低熱膨張特性が得られることがわかる。
表4の比較例以外の製造条件は、第6及び7発明の実施例であり、表4の第1〜3行目の製造条件は第6発明の実施例であり、第4〜6行目の製造条件は第7発明の実施例である。
【0044】
さらに、図7(A)は、合金番号24について、表4の第1〜3行目の試料につき、圧下率を変えて種々な圧下率で圧延加工を施した場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと圧下率との関係を示したものである。図7(B)は、表の第4〜6行目の試料につき圧下率を90%に変えて圧延加工を施した後、種々な温度で加熱した場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと加熱温度との関係を示したものである。
【0045】
実施例3
合金番号68(組成Ni=33.0%、Co=6.0%、BaF=0.32%、Cr=2.5%、Nb=2.5%、Fe=残部)の合金の製造。
原料として99.9%純度の電解鉄、電解ニッケル、電解コバルト、電解クロム,バリュウムフッ素化合物(BaF)及びニオブを用いた。試料を造るには、 原料の全重量 800gをアルミナ坩堝に入れ、全圧10-1MPaのアルゴンガス中で高周波誘導電気炉によって溶かした後、よく撹拌して均質な溶融合金とした。ついで、これを直径25mm,高さ170mmの孔をもつ鋳型に注入し、得られた鋳塊を約1200℃で鍛造して直径18mmの丸棒とした。さらに、約1100℃で直径10mmまで丸棒用熱間圧延機を用いて熱間ロ−ルした後、当該丸棒を1100℃で1時間加熱し、焼鈍した。ついで、常温で冷間線引き加工を施して5mmの線となした後、当該線を1100℃の真空中で1時間加熱して焼鈍し、さらに冷間線引機を用いて種々な加工率で適当な径の線になした。さらに当該線を冷間圧延機を用いて適当な厚さまで圧延加工を施して薄板になした。ついで、当該薄板を適当な温度及び時間で熱処理を施して,種々な特性の測定を行い,表5のような特性値を得た。
【0046】
【表5】

【0047】
表5より、本発明実施例の薄板は、引張強さが1000MPaを超え非常に高く、しかも線引き加工と圧延加工によりγ+α′の混合組織となっているので、低熱膨張特性が得られていることがわかる。
表5の比較例以外は第8及び9発明の製造条件を示す実施例であり、第1〜3行の製造条件は第8発明の実施例、第4〜6行の製造条件は第9発明の実施例である。
【0048】
さらに、図8(A)は、合金番号68について、表5の第1〜3行の条件を変更したものであって、加工率50%の線引き加工を施して線になした後、当該線を種々な圧下率で圧延加工を施して薄板になした場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと圧下率との関係を示したものである。この図から圧下率40%以上で、1000Mpa以上の引張強さσ及び
(-1〜+1)×10−6-1の熱膨張係数αが得られていることがわかる。
図8(B)は、表5の第4〜6行目の条件を変えたものであって、加工率50%の線引き加工を施した線を、さらに圧下率90%の圧延加工を施した後、種々な温度で加熱した場合の、熱膨張係数α及び引張強さσと加熱温度との関係を示したものである。
この図から、70〜 500℃の加熱温度範囲において、1000MPa以上の引張強さσ及び(-1〜+1)×10−6-1の熱膨張係数αが得られていることがわかる。
【0049】
実施例4
表6に示す組成の合金について線材試料を造った。表中で、圧下率の欄が「−」の合金番号は実施例1の工程にしたがって処理を行ない、但し実施例1の「1100℃、2時間焼鈍」に代えて表に示す条件の焼鈍を行なった。表中線引加工率の欄が「−」の合金番号は、実施例2の工程にしたがって処理を行ない、但し、「1100℃、2時間焼鈍」に代えて表に示す条件の焼鈍を行なった。
線もしくは薄板の特性値は、表7に示す通りである。
【0050】
【表6】

【0051】
【表7】

【0052】
表6及び7から、広範囲のNi、Co含有量範囲及び各種フッ素化合物及び副成分添加組成について、すぐれた熱膨張係数、引張強さ及びビッカース硬度が得られることがわかる。
また、比較例として示した超不変鋼は機械的特性が著しく劣っている。また、フッ素化合物を添加しなかったために、超不変鋼は鋳型への注湯時の湯流れ性が優れなかった。そのために、出湯温度を実施例よりも約50℃高くした。さらに、鍛造などの熱間加工においては、割れが発生し易かったために、加工途中の再加熱を何回も行って鍛造を行った。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明合金は、熱膨張係数が(-1〜+1)×10−6-1で小さく,優れた低熱膨張を有し、さらに高い機械的強度を有しているので、標準尺、測量機、距離計、時計の振り子及びひげぜんまい、温度調節装置、レ−ザ光源の器具、シャドウマスク、ICリ−ドフレ−ム、容器及び精密標準器等に好適であり、低熱膨張係数及び機械的強度を必要とするその他の精密機器に使用する低熱膨張材料としても好適であるので、産業上多大な貢献をなすものである。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】非特許文献2に示されたFe-Ni-Co系合金のα⇔γ変態線(室温、200K)と種々のインバー型合金の位置関係を示す図である。
【図2】Fe−32%Ni−5%Co系に、MgF、CaF2、SrF2又はBaF2をそれぞれ添加した合金の添加量と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図3】合金番号11に、Cr、Mo、W又はVをそれぞれ添加した合金の添加量と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図4】合金番号11に、Nb、Ta、Cu又はMnをそれぞれ添加した合金の添加量と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図5】合金番号11に、Ti、Zr、Hf、Al、Si、Be、B又はCをそれぞれ添加した合金の添加量と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図6】(A)合金番号11に、線引加工を施した場合の、線引加工率と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。 (B)合金番号11に、加工率85%の線引加工を施した後種々な加熱温度で加熱した場合の、加熱温度と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図7】(A)合金番号24に、圧延加工を施した場合の、圧下率と、熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。 (B)合金番号24に、圧下率90%の圧延加工を施した後種々な加熱温度で加熱した場合の、加熱温度と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。
【図8】(A)合金番号68に、加工率50%の線引加工を施した後種々な圧下率で圧延加工した場合の、圧下率と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。 (B)合金番号68に、加工率50%の線引加工を施した後圧下率90%の圧延加工を施し、さらに種々な加熱温度で加熱した場合の、加熱温度と熱膨張係数α及び引張強さσとの関係を示す特性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量比にて、Ni30〜38%、Co1〜7%、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び残部Feと不可避的不純物からなり、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金。
【請求項2】
重量比にて、Ni30〜38%、Co1〜7%、Mg、Ca、Sr、BaのIIa族元素のフッ素化合物のそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.0001〜3%、及び副成分としてCr、Mo、Wをそれぞれ7%以下、V、Nb、Ta、Cu、Mn、Ti、Zr、Hfをそれぞれ5%以下、Al、Si、Beをそれぞれ3%以下、B、Cをそれぞれ1%以下の1種又は2種以上の合計0.001〜10%、及び残部Feと不可避的不純物とからなり,引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金。
【請求項3】
棒、線、板もしくは薄板に加工された請求項1又は2記載の高強度低熱膨張合金を用いた精密機器。
【請求項4】
請求項1又は2記載の組成を有する合金の鋳塊を、熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで加工率60%以上の線引き加工を施して所望の太さの棒又は線になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法。
【請求項5】
前記棒又は線を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする請求項4記載の高強度低熱膨張合金の製造法。
【請求項6】
請求項1又は2記載の組成を有する合金の鋳塊を、熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで圧下率60%以上の圧延加工を施して所望の厚さの板又は薄板になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法。
【請求項7】
前記板又は薄板を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする請求項6記載の高強度低熱膨張合金の製造法。
【請求項8】
請求項1又は2記載の組成を有する合金の鋳塊を,熱間鍛造及び熱間加工にて適当な形状に加工し、900℃以上融点未満の温度で0.5〜10時間焼鈍した後冷却し、ついで加工率40%以上の線引き加工を施して所望の太さの棒又は線になした後、さらに当該棒又は線を圧下率40%以上の圧延加工を施して所望の厚さの板又は薄板になすことにより、引張強さ1000MPa以上及び-50〜100℃における熱膨張係数(-1〜+1)×10−6-1を有することを特徴とする高強度低熱膨張合金の製造法。
【請求項9】
前記板又は薄板を70〜500℃の温度で0.5〜100時間加熱することを特徴とする請求項8記載の高強度低熱膨張合金の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−162820(P2011−162820A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−25321(P2010−25321)
【出願日】平成22年2月8日(2010.2.8)
【出願人】(000173795)財団法人電気磁気材料研究所 (28)
【Fターム(参考)】