説明

高強度熱延鋼板およびその製造方法

【課題】 高い強度と良好な加工性とを併せもつ新しい高強度のSi−Cr含有熱間圧延・鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】化学成分にSiおよびCrを含有させ、旧オーステナイト粒径を10μm以下に制御し、巻き取り温度を限定することで、その大きさが1μm以下で、かつ均一分散している残留オーステナイト粒の体積率が5%以上20%以下の、ベイナイト組織からなる高強度鋼板を得る。なお、マルテンサイト組織の体積率は10%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
請求項に係る発明は、高い引張強度をもちながらも優れた加工性を有する高強度熱延鋼板と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
加工性の優れた高強度鋼板に対する最近の要請を、自動車の場合を例にして述べる。地球環境保全の観点から、自動車分野においてもCO等の排ガス量を低減していくことが是非とも必要である。そのためには、自動車車体の一層の軽量化が不可欠になる。車体の軽量化を達成するためには、自動車に使用される鋼板の強度を高めて、板厚を薄くしていかなければならない。同時に、自動車においては、搭乗者の安全性を確保していかなければならない。このためにも、鋼板の強度を一層高めていくことが必要になる。
【0003】
鋼板の強度が高くなると加工性が悪くなり、通常のプレス成形等の冷間加工法では高強度鋼板の適用が困難である。
ホットプレス法は、熱間でプレス加工をするのでスプリングバックの発生量は極めて少なく、形状凍結性が良い。そして、ホットプレスの際の焼入れ効果で、非常に高い強度をもった部品を高精度で提供することができる。しかしながら、ホットプレス加工前に鋼板を加熱することが必要であり、また、ホットプレス後にスケールを落とす作業が必要である。従って、作業効率が非常に悪い方法である。さらに、金型が加熱した鋼板と接するため金型の寿命が短いことも欠点であり、これが製造コストを増加させることにもなる。
ホットプレス後の鋼板は伸び値が小さく、部材が変形を受けた際に僅かな変形でも破断することがあるので、衝撃吸収能力が小さいと評価されている。従って、ホットプレス部品を、自動車等の重要保安部品として使用することは非常に難しい。
【0004】
強度を高める方法としては、固溶強化、析出強化、結晶粒微細化強化および低温変態組織利用による強化などが基本的な方法である。固溶強化や析出強化といった多量の合金添加を必要とする強化機構の適用だけでは、極めて高い強度を必要とする鋼板の製造は不可能である。また結晶粒微細化強化を適用するにしても、強度の上昇はある程度図れても限界がある。低温変態組織利用による強化は1200MPa超の鋼鈑を製造するには極めて有効な方法であるが、強度上昇に見合う延性の向上は期待できない。
【0005】
一般的に、鋼板の強度を高めると、延性は小さくなり加工性は低くなる。
高強度鋼板の延性を高めた鋼板として、フェライトとマルテンサイト組織からなる複合組織(Dual Phase)鋼板、フェライト、ベイナイトと残留オーステナイト組織からなるTRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼板とよばれているものがある。
複合組織鋼板は、フェライト中に硬質なマルテンサイトを微細に分散させるが、この硬質なマルテンサイトにより、変形時に大きな加工硬化を引き起こし、高い延性を鋼板にもたらすのである。
TRIP鋼板については特許文献1、2にその例が示されている。残留オーステナイトを含有するこの種の鋼板は、その量と変形に対する安定度に応じて、加工誘起変態に起因する極めて良好な延性と成形性を有する。
【0006】
さらに、鋼板の強度を1200MPa以上に高めると、遅れ破壊の問題も発生する。遅れ破壊とは、部材の加工、組み立ての際には割れや破壊が発生せず、使用中に突如として割れが発生する現象のことである。特許文献3に示す高強度鋼板は、ベイナイトや焼戻しマルテンサイトなどの硬質な低温変態相に対し、フェライトのような軟質相を極力低減し、かつ残留オーステナイトの体積率を4%以下に制限することで、良好な耐遅れ破壊特性を確立したものである。
【特許文献1】特開昭60−43425号公報
【特許文献2】特開平9−104947号公報
【特許文献3】特許第3247908号号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高い強度を有しながら冷間加工での伸び特性を向上させた鋼板として、前記複合組織鋼板とTRIP鋼板が挙げられる。
【0008】
複合組織鋼板では比較的低い合金添加量でも高い強度が得られ、同時に、加工硬化により良い均一伸び特性が得られる。
TRIP鋼板はさらに高い延性を示し、かつ高深絞り性を有するものである。そのため複雑な形状で高い加工性を必要とし、高い強度が要求される部材への適用が指向されている。
特許文献1のTRIP鋼板は、圧延終了後の冷却工程で、450〜650℃の温度範囲で4〜20秒保持し、オーステナイト中にフェライトを生成させた後、350℃以下まで冷却し、巻取る工程で製造する。
特許文献2では圧延終了後の冷却過程で、オーステナイト中にフェライトの生成を促進するため、Ar3〜Ar1での緩冷却を行うか、もしくは圧延完了温度をAr3点近傍とし、その後350〜500℃の範囲まで冷却し、巻取ることで製造する。
これらTRIP鋼板はフェライト母相中にマルテンサイトもしくは残留オーステナイト、ベイナイトが分散した組織を有し、優れた強度と伸び特性を有する。
しかし、スポット溶接性が確保可能なC≦0.20%では、引張強度で800MPa程度しか得られず、加工性が渇望される、さらに高い強度範囲の鋼板の製造が困難である。
圧延終了後、途中に緩冷却を行わず、連続的に500℃以下まで冷却する方法においても、圧延終了温度をAr3点近傍とすれば、微細なフェライトの生成促進が可能となるが、Ar3点近傍で圧延をした熱延鋼板の材質特性は、異方性が大きい問題がある。
【0009】
さらに、特許文献1に記載の熱延鋼板は、圧延加工度が低く、またA1点付近で冷却を一時停止するため、粗大なフェライト粒と残留オーステナイト粒が隣接した金属組織を示す。
遅れ破壊の原因である鋼板中に固溶した水素は、結晶構造に起因し、残留オーステナイト中に優先的にトラップされる。特に加工の影響を受け、加工誘起変態したマルテンサイトとフェライトの界面が最も危険なトラップサイトとされる。
残留オーステナイト粒が粗大であればあるほど、残留オーステナイト粒の体積に比べ、加工誘起変態したマルテンサイトとフェライトの界面の面積比が減少し、トラップされる水素濃度が高濃度化し、遅れ破壊の危険性が高まる。さらにマルテンサイトと残留オーステナイトが隣接した状態(MA)で共存していれば、破壊の伝播が促進され、さらに危険性が高まるとされる。
特許文献3に記載した高強度鋼板は、この残留オーステナイト量を制約することにより、耐遅れ破壊性を向上させたものである。しかし、高い強度を有しつつ、優れた加工性を得るためには、残留オーステナイトの活用は有効であり、その制約を設けずとも、遅れ破壊に対して無害化することが望ましい。
【0010】
そこで本願の発明者らは、粒径が1μm以下の残留オーステナイト(体積率5%以上20%以下)を10μm平方に7個以上微細分散させたベイナイト組織を得ることで、高い強度と良好な加工性及び耐遅れ破壊特性を併せもつ新しい低合金・高強度の鋼板およびその製法を開発したものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
鋭意研究を行った結果、発明者らは、適正な圧延条件及び成分組成の採用で、好ましい高強度鋼板が得られることを見出した。すなわち、適正な成分範囲を有するスラブを、熱間圧延の粗圧延での高圧下圧延、仕上げ圧延での後段高ひずみ圧延を高温で終了し、数秒の空冷をした後に冷却を開始し、適正な温度で巻き取ることで、低合金組成で高い強度と優れた延性及び耐遅れ破壊特性を鋼板に同時に付与することが出来きるのである。その詳細を以下に示す。
【0012】
請求項に記載した高強度鋼板は、残留オーステナイト粒の大きさが1μm以下でその体積率が5%以上20%以下で、マルテンサイト組織の体積率が0%以上・10%以下で、残部がベイナイト組織からなることを特徴とする高強度鋼板である。この時、旧オーステナイト粒径が10μm以下で、その平均アスペクト比が2.0以下であれば、さらに望ましい特性を得ることが出来る。
【0013】
熱間圧延後のオーステナイト結晶粒を10μm以下(図3)にすることによりベイナイト組織のラスを微細にし、さらに均一にベイナイト変態を完了させることにより、残留オーステナイトの大きさを1μm以下で効果的に組織内に10μm平方に7個以上微細に分散させる。(図8)
このことにより多量の残留オーステナイトによる加工誘起塑性を利用した高延性鋼であるにもかかわらず、優れた耐遅れ破壊性を得ることが出来るのである。
また、旧オーステナイト粒のアスペクト比を2.0以下にする(図3)ことにより、圧延方向及び圧延直角方向に引張った材質の異方性が低減出来、さらなる加工性の向上が図れるのである。(図4)
【0014】
請求項に記載した高強度鋼板の成分範囲は、
C:0.13〜0.21、Si:0.5〜2.0、Mn:0.2〜1.0
Cr:1.0〜4.0、Ni:0.02〜1.0、 Mo:0.05〜0.4
P:〜0.010、 S:〜0.003、N:0.005〜0.015
(各重量%)を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成とするのがよい。
こうした適切な種類と量の化学成分を含むこととすれば、上記の組織を有していて望ましい機械的性質を発揮する高強度鋼板とすることが容易である。
合金元素は熱間圧延後の冷却およびその後の巻き取り過程で本発明の望ましい鋼板組織を得るため、ベイナイト変態に大きく影響するCrやSiを主要元素とする。これらの元素量を調節することでベイナイト変態を促進させ、マルテンサイトの形成量を抑制して、目的とする強度に制御することが可能なのである。
なお、各成分の作用については後述する。
【0015】
上記高強度鋼板として、上記した組織を有するとともに、板厚が1.0mmから3.0mm、引張強さTS(MPa)が1200MPa以上で、伸び値13(%)以上であるものが好ましい。(JIS5号試験片)
そのような鋼板は、上述の組織を有していて高い強度と良い伸び特性とを兼ね備えるものだからである。
【0016】
請求項に係る高強度鋼板の製造方法は、
1) C:0.13〜0.21、Si:0.5〜2.0、Mn:0.2〜1.0
Cr:1.0〜4.0、Ni:0.02〜1.0、 Mo:0.05〜0.4
P:〜0.010、 S:〜0.003、N:0.005〜0.015
(各重量%)を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成となるスラブ(圧延素材)を、
2)加熱炉抽出温度1250℃以上、粗圧延機出側温度を1030℃以上で、粗最終3パスの各々の圧下率が30%以上とする粗圧延を行い、
3)仕上圧延機出側温度950℃以上、仕上前段圧延機1〜3圧延機〈6台圧延機の場合。7台圧延機の場合は1〜4圧延機〉の1台当りの圧下率40%以上、仕上後段3圧延機の圧下の累積歪は0.5以上である仕上圧延を行い、
4)仕上圧延後2秒〜6秒の空冷をしたのちに水冷冷却し、巻き取り温度550℃〜650℃とする。
【0017】
ホットストリップミルの熱間圧延後の急速冷却とその後巻き取り過程における温度保持の温度履歴(図1)により低合金ベイナイト均一組織を得ることにより強度の向上を目的とし、合金元素としてCrとSiを添加し、MnとNiが少ない成分系を選択することによりマルテンサイト及び残留オーステナイトが微細分散したべイナイト均一組織を得ることができる。(図7−b)
また、Siの添加により炭化物の析出を制御し、さらに均一なベイナイト組織を得ることにより炭素濃度0.8%以上のオーステナイトを多量に残留させることが可能になる。このことにより高強度で加工性が良い優れた鋼板を得ることが出来るのである。(図11)
熱間圧延仕上げ温度を950℃以上の高温にすることにより、旧オーステナイト粒のアスペクト比を2.0以下にすることもできる。(図3)
【0018】
上記の仕上圧延の際、圧延材最トップ部の圧延ロールへの噛み込み不良防止の為、圧延材の最トップ部を必要に応じ前段圧延機1〜5圧延機〈仕上圧延機6段の場合。仕上圧延機7段の場合は圧延機1〜6〉にその圧延機の予定圧下量(所定の圧延のための本来の圧下量)の10%以下の圧下量を付加して圧下するのがよい。その圧延長さは圧延材最トップ部の噛み込みより5m以内とする。
または、圧延中の圧延材と圧延ロールとのスリップ発生防止の為、仕上最終圧延機より1〜3圧延機の作業ロールに特殊ハイグリップロールを使用するとよい。
発明者らの製造試験によると、後述のように、こうした条件によって円滑に、上述の高強度鋼板を得ることができた。
【発明の効果】
【0019】
請求項に記載の高強度鋼板は、ベイナイト組織中に体積率で5%以上20%以下の残留オーステナイトが10μm平方に7個以上微細に分散した状態で混在するため、互いに相反する特性である強度と加工特性を兼備した鋼板であり、耐遅れ破壊特性にも優れた鋼板である。
【0020】
請求項に記載した製造方法によれば、上記した高強度鋼板を円滑に製造することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、1200MPa以上の引張強度をもちながらも、優れた加工性と耐遅れ破壊特性が必要とされる加工部品に使用される薄鋼板とその製造方法について、実施の形態を示す。
鋼板の成分系として、
C:0.13〜0.21、Si:0.5〜2.0、Mn:0.2〜1.0
Cr:1.0〜4.0、Ni:0.02〜1.0、 Mo:0.05〜0.4
P:〜0.010、 S:〜0.003、N:0.005〜0.015
(各重量%)を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成とするものである。
なお、ここで述べる薄鋼板とは、板厚が1.0mmから3.0mmの鋼板のことである。製造する鋼板は、主として自動車、家電製品、電子機器製品等の高い加工性と強度が必要な部品に使用することが出来る。その他、鋼管用の素材として適用が可能である。
【0022】
まず、鋼板の成分について述べる。
炭素(C)としては、0.13〜0.21%の範囲の量が必要である。
Cは残留オーステナイトを安定化させるために最も重要な元素で、0.13%未満では十分安定度が得られないので、0.13%以上のC量が必要である。一方、C量が0.21%以上になると、溶接部が硬化しすぎて溶接部から破断しやすくなる。これは、薄鋼板にとっては使用上の制約になるので、C量に上限を設けた。そして、0.13〜0.21%のC量であれば、本発明の主旨にそった複合組織が得られることを見出したものである。
【0023】
シリコン(Si)量は、0.5〜2.0%の範囲とする。Siも残留オーステナイトの安定化のために活用する。Siは固溶強化による強度の向上効果も有する。Si量は、0.5%以上であれば、本発明の複合組織と材質特性が得られる。Si量は多いほど、残留オーステナイト量を増やすことができると同時に、その安定性を促す。しかし、2.0%以上のSi量になると、強度延性バランス特性が飽和するので、コスト低減の観点からSi量の上限を2.0%とする。
【0024】
クロム(Cr)量は、1.0〜4.0%の範囲とする。Crはベイナイト組織を形成し、鋼の強度を向上させることが出来る。
Cr量が1.0%未満になると、フェライト量が多くなり高い鋼板強度が得られないので、Cr量は1.0%以上とする。Cr量が4.0%を超えると、マルテンサイトが生成しやすくなり鋼板強度が極めて高くなるとともに耐遅れ破壊性も劣化するので、その上限を4.0%とした。
【0025】
マンガン(Mn)量は、0.2〜1.0%の範囲とする。Mn量が0.2%未満になると、製鋼上での製造が困難になるので0.2%以上とする。
高い強度を得るためにはMnを多量に添加することが好まれるが、余り高くし過ぎるとマルテンサイトが生成しやすくなり、本発明の目的とする組織が得られない。そこでMn量の上限を1.0%とする。
【0026】
ニッケル(Ni)量は、0.02〜1.0%の範囲とする。Niは固溶強化により鋼の強度を向上させることが出来るが、余り高くし過ぎるとマルテンサイトが生成しやすくなり。さらに故意に添加を行えばコストの上昇を招くため、その上限を1.0%とした。
【0027】
モリブデン(Mo)は、Cr同様にベイナイト組織を形成し、鋼の強度を向上させることが出来る。またMo炭化物による水素トラップ作用を生かし耐遅れ破壊の対策とした、故意に添加を多く行えば再結晶抑制し過ぎたり、コストの上昇を招くため、その範囲を0.05〜0.40%とした。
【0028】
燐(P)は、溶接性向上のため出来るだけ少なくすることが必要で、その上限の量を0.010%とした。
【0029】
硫黄(S)も、溶接性向上のため出来るだけ少なくすることが必要で、その上限の量を0.003%とした。
【0030】
窒素(N)量は、0.005〜0.015%の範囲とする。窒素は、炭素と同様にオーステナイト相安定化元素であるが、多すぎると溶接性を低下させるため、その範囲を0.005〜0.015%とした。
【0031】
上記の基準成分に調整したスラブは、再加熱してから熱間圧延をおこなうか、もしくは鋳造後直ちに熱間圧延をおこなうものとする。
図1は、この発明の実施形態の製造プロセスにおける熱間圧延での温度履歴の概念と旧オーステナイト粒径を示すもので、横軸は時間経過、縦軸は温度である。
熱間圧延を施すにあたっては、加熱炉抽出温度を1250℃以上とした。これは仕上後面温度950℃確保を最優先とし、その為に加熱炉でオーステナイト粒が大きくなってもやむをえないとした。但し圧延工程でオーステナイト粒を小さくする。その為に、仕上圧延機前に、極力旧オーステナイトを細粒化する必要がある。そこで粗圧延において、粗圧延機出側温度を1030℃以上で、粗最終3パスの各々の圧下率が30%以上にすることにより、結晶粒を35μm以下とする。図2は仕上げ前クロップシャーでカットした粗圧延後の旧オーステナイト粒径を示す。
【0032】
仕上前段の第1〜3段圧延機〈仕上6段圧延機の場合。仕上7台圧延機の場合は第1〜4段圧延機〉の1台当りの圧下率40%以上。 仕上後段3圧延機の圧下の累積歪は0.5以上で、仕上圧延機出側温度として950℃以上を確保して、オーステナイト粒径を10μm以下とする。仕上圧延後2〜6秒は空冷をし、その後水冷冷却とする、巻き取り温度550℃〜650℃とするが、前述の空冷でオーステナイト粒の整粒化をはかる。即ち熱間圧延にあたっては、熱間圧延後ホットラン冷却が開始する前までに旧オーステナイトの大きさを10μm以下にし、且つその旧オーステナイト粒は加工歪のない整粒化されたものとした。
図3は、SEM組織観察による本発明鋼の旧オーステナイト粒の観察結果である。旧オーステナイト粒の平均粒径は9.3μmで均一な整粒組織を呈していて、その長軸/短軸の平均アスペクト比は1.7である。
【0033】
圧延完了温度が950℃以下の低温度圧延で、仕上後段3圧延機の累積歪が0.5以下の場合にはオーステナイト粒が大きくなり(10μm以上)、しかもオーステナイト粒の形が圧延された扁平となり、異方性の大きな原因となる。 図4は仕上圧延機出側温度(FDT)と伸びの異方性の関係をしめす。FDTが950℃以下になると伸びの異方性が現れてくる。なお、異方性は|C−L|/(C+L)/2で定義した(Lは圧延方向の伸び、Cはそれと直角な方向の伸びである)。値が小さいほど異方性が少ないことを示している。
ここで「歪み」とは、各スタンド(各段、または粗圧延時の各パス)の入側での鋼板の厚さh0と出側での厚さh1の差を両者の平均厚さで除した
ε=(h0−h1)/{(h0+h1)/2}
をいい、「累積歪み」とは、後段3スタンドの各段(各パス)での歪みを金属組織に対する影響の強さを考慮して加重積算したもので、最終段(最終パス)とその前段(前パス)・前々段(前々パス)での歪みをそれぞれεn、εn-1、εn-2とするとき、
εC=εn+εn-1/2+εn-2/4
で表されるεCをいうものとする。
【0034】
高温仕上げ圧延を行う為に、圧延での加工発熱による鋼板の温度上昇を利用する、そのために、後段圧延機の高歪圧延スケジュールはもちろんのこと、前段スタンドの圧下率も40%以上とすることが大事である。図5に示した様に、粗厚に相違があるものの圧下率により同じ圧延サイズで、鋼種によっては仕上後面温度が80℃違うことがわかる。
【0035】
950℃以上で熱間圧延を完了し、仕上圧延後ホットラン冷却を行なわず空冷の時間を2〜6秒取り、結晶粒中の転位密度を減少させる。図6に、同一鋼種について圧延温度を変えたときの計算による仕上F1圧延機からホットラン冷却開始までのオーステナイト粒径の変化と転位密度の変化を示す。この図より、転位密度は圧延温度に大きく影響を受けることがわかる。また、オーステナイト粒径は高圧下圧延条件下では、Ar3変態以上の温度であれば低い温度の方が小さくなることもわかる。ただし、転位密度は高くなり、異方性の高い材料となる。圧延後のホットランの空冷で転位密度が大きく減少しているが、6秒以内が効果的であることがわかる。ここで、アスペクト比を2.0以下にするということは、このシミュレーションモデルでは、転位密度を少なくとも2.50E+10(ρ/cm2)以下にすることとなる(実績とモデルとの付き合せ結果)。しかしながら転位密度の減少は旧オーステナイト粒径を大きくすることとなる。ここで旧オーステナイト粒径を10μm以下で転位密度を上記の数値以下にするためには、上記圧延条件(圧延温度:950℃以上、空冷時間:2〜6秒)が必要となる。
なお、今回適用のシミュレーションモデルは、柳本、森本らの「鉄と鋼」Vol.88(2002)No.11をベースとして、数式の係数は今回用に再構築したものである。
【0036】
巻き取り温度を550℃以上、650℃以下としたが、550℃以下の温度範囲ではマルテンサイト組織が多く生成し、遅れ破壊がおこりやすい。また650℃以上の温度ではフェライトとパーライト組織が生成し、高い強度が得られない。図7に3種類の高強度鋼板の断面組織を示す。
いずれもベイナイト基地で、a)はマルテンサイトが多い組織、b)はマルテンサイトが少なく微細な組織、c)はフェライトを含む組織の写真を示す。b)が本発明の組織である。
【0037】
ベイナイト組織では、旧オーステナイト粒界を始めとしてパケット境界やブロック境界にも、すなわち旧オーステナイト粒内にも、オーステナイトが残留する。この残留オーステナイトは、ベイナイト組織を母相としかつ変態前の旧オーステナイト粒径を10μm以下にすることで、粒径1μm以下と極めて微細で、10μm平方に7個以上と緻密で均一に分散させることが出来る。図8は、EBSP法を用いて、体心立方構造のベイナイト相と面心立方構造のオーステナイト相を色分けした本発明鋼の組織断面を示した。明るい色で示した残留オーステナイト組織は1.0μm以下で10μm平方に7個以上の微細かつ均一に分散している。
これらの熱間圧延の制御で残留オーステナイトが微細かつ均一に分散したベイナイト組織を得るのである。
【0038】
なお、高強度で板厚が薄い材料〈板厚2mm以下〉を高歪・高圧化率圧延すると、圧延の際に、板トップ部のかみ込み性不良や圧延中にロールと圧延材との間でスリップが発性し易くなる。これまでの圧延結果では、圧延材の最トップ部の噛み込み性はTS<1000MPaクラスでは各圧延機一台当りの圧下率40〜50%の圧延では問題ないがTS>1000MPaクラスの材料となると最終圧延機、及び前圧延機の1〜2圧延機で圧延材トップ部の噛み込み不良が多発(発生率50%)し出す。この対策としてロール摩擦係数を上げる為、ロール研削仕上がり粗度Raを1μm〈通常0.5μm〉まで上げて、圧延中の摩擦係数μを0.4〈通常0.3〉に上げる、又圧延材最トップ部の温度を下げない為にロール冷却水を絞る等の対策を施したが、確実な効果か得られなかった。そこで、図9に示す如く圧延機出側の圧延材最トップ部を長さ5m以内で、薄め板厚(予定板厚の10位薄めの板厚)とし、それより予定板厚迄の傾斜を付けることとした。
これに依り、噛み込み不良が激減した(発生率0)。仕上前段圧延機より仕上最終圧延機前圧延機迄の圧下設定量を予定設定量の10%以内を加算した設定とする。そしてその圧下設定時間は板トップ部の圧延機噛み込みから2秒以内とする。
【0039】
圧延中のロールと圧延材のスリップについて
最終板厚2mm以下でTS>1000MPaクラスの材料を高温、高圧下率圧延すると、最終圧延機とその前圧延機でスリップが発生し易くなる。「現象としては圧延中に突然金属音が発し、スリップ発生時の圧延機の圧延荷重が急激に50%近くにも落ちる、圧延ロールが空転し、圧延板が前進しなくなる。この時の圧延ロールを圧延機より引き抜きロール粗度を測定すると、ロール粗度Raで0.1μm以下となり圧延材とロールがスリップしやすい状況となった。そこで、この対策として、特殊ハイグリップロールを使用した。この結果スリップ事故は皆無となった。このロールは微小炭化物(1μm以下)をロール表面全体に均一分散させて、その炭化物を一種のスパイクにしてそれを硬い基地でささえる。また微小炭化物がなくなっても、その下から次の微小酸化物が出てきて安定した高摩擦係数が維持出来、スリップ発生はなくなる。図10に示した通り、圧延による摩擦係数の変化は一般ロールと比較して安定した摩擦係数(0.3)を維持している。
【0040】
図11は、図1の製造プロセスにより製造した熱延鋼板の残留オーステナイトの体積率Vγと引張試験との関係を示したものである。a)は体積率Vγと引張強さ×伸びの関係を示し。b)は体積率Vγと伸びの関係を示す。残留オーステナイトの体積率Vγが5から20%の範囲で体積率Vγが多くなるにしたがって引張強さ×伸びおよび伸びが改善されていることが示されている。なお、このデータの金属組織は図7−bのマルテンサイトが少なく微細なベイナイト組織をしめしている。
本発明は、以上の知見に基づき開発されたものである。
【実施例】
【0041】
以下に発明の実施例を説明する。
表1に示す化学成分を有する溶鋼を、連続鋳造法もしくは鍛造法によりスラブ(圧延素材)とした。続いてこれらのスラブを再加熱し、熱間圧延を行い、熱延鋼板とした。表2に熱間圧延条件とその材料特性を示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1に示す鋼種A、B、Cは本発明の範囲で、D、E、F、G、H、Iは比較例である。
【0044】
比較例の鋼種DはSiが低く、かつNiが高く本発明の範囲から外れたものである。
比較例の鋼種EはSiが低く本発明の範囲から外れたものである。
鋼種F、GはCが低く本発明範囲から外れたもので、鋼種IはCが高く本発明範囲から外れたものである。鋼種HはCrが高く本発明範囲から外れたものである。
【0045】
【表2】

【0046】
表2のNo.1〜6は成分範囲を満足する鋼種A、BおよびCを用いて圧延を行った事例である。
No.1はSiが0.51%である鋼種Aを用いて熱間圧延巻き取り温度を655℃としたものである。この場合TS×ELはきわめて良好であるが引張強さが778MPaときわめて低い。
No.2は鋼種Aを用いて熱間圧延巻き取り温度を630℃としたものである。引張強さは1200MPa以上あり、伸びも13%以上あり良好である。
No.3はSiが1.00%である鋼種Bを用いて熱間圧延巻き取り温度を595℃としたものである。強度および伸びともに良好であり、No.2よりもなお強度および伸びともに向上している。
No.4およびNo.5は熱間圧延の圧下率を満足しておらず、強度・伸びは満足しているが遅れ破壊が発生している。
No.6はSiが1.44%である鋼種Cを用いて熱間圧延巻き取り温度を610℃としたものである。強度および伸びともに良好であり、No.3よりもなお強度および伸びともに向上している。
【0047】
No.7〜12は本発明の成分範囲を外れた比較例の鋼種を用いて、熱間圧延をおこなったものである。
【0048】
No.7はSiが低く、Niが高い鋼種Dを用いて圧延したものである。スポット溶接性(S/W性)および遅れ破壊特性が悪い。
No.8はSiが低い鋼種Eを用いたもので、強度が低く、強度・延性バランスも悪い。
No.9,No.10はCが低い鋼種F,Gを用いたもので、強度が低く、強度・延性バランスも悪い。
No.11,No.12はCが高い鋼種H,Iを用いたもので、強度は高く、強度・延性バランスもよいが、スポット溶接性および遅れ破壊特性が悪い。
【0049】
フェライト粒の体積率は、鋼板の圧延方向断面を研磨後、ナイタル腐食後、光学顕微鏡により観察し、市販の画像解析装置も用いて測定した。
マルテンサイトの体積率は、鋼板の圧延方向断面を研磨後、4%ピクリン酸アルコールと2%ピロ硫酸ナトリウムを1対1に混合した液でエッチングし、板厚方向1/4の位置を光学顕微鏡により観察し、画像解析処理により白色にエッチングされたマルテンサイトを測定して求めた。
残留オーステナイトの測定はCuのKα線を用いてX線回折法により求めた。板厚1/2t部位で表面電解研磨仕上げ後、オーステナイト相の(200),(220)および(311)面とフェライト相の(200),(211)面の積分強度を測定し、それぞれの組合わせから算出される残留オーステナイト体積率の平均値を用いた。
引張り特性(引張り強さTS、伸び値EL)はJIS5号試験片形状にて引張試験し測定した。
遅れ破壊性は、8%余歪を負荷した引張試験片稼動部の中央部に、φ10mmのパンチ穴をクリアランス12.2%であけた後、1規定の塩酸に浸漬後経過観察し確認した。
【0050】
以上のように低合金組成において高強度で高延性な特性を示す実施例の高強度鋼板は、自動車構造用部材等として使用するのに好適である。
例えば自動車のセンターピラーのように、ドアの支持とともに衝突時の変形防止等に必要な引張り強度が求められる他、プレス成形等のため曲げ、絞り加工性、関連機器の取付け穴を形成するための穴拡げ加工性、さらには他の車体部品と接合するための溶接性などに高いレベルが要求される部材として、極めて好ましい鋼板といえる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】この発明の実施形態の製造プロセスにおける熱間圧延での温度履歴の概念を示す線図。
【図2】仕上げ入り口クロップの旧オーステナイト粒写真。
【図3】旧オーステナイト粒の写真。
【図4】圧延仕上げ温度と伸びの異方性との関係。
【図5】圧延スケジュールと温度。
【図6】転位密度と旧オーステナイト粒径。
【図7】代表的な断面組織写真。
【図8】成分及び圧延条件が本発明の範囲において製造した鋼板のEBSP法による断面組織写真で、明るい(薄い)色が残留オーステナイト。
【図9】最トップ咬みこみ改善。
【図10】ロールの種類による圧下率と摩擦係数。
【図11】強度・延性バランス及び残留オーステナイト量の関係。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
残留オーステナイト粒が1μm以下の大きさであり10μm平方に7個以上分散されており、残留オーステナイト組織の体積率が5%以上20%以下で、マルテンサイト組織の体積率が0%以上10%以下で、残部がベイナイト組織であることを特徴とする高強度熱延鋼板。
【請求項2】
旧オーステナイト粒径が10μm以下で、その平均アスペクト比が2.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項3】
C:0.13〜0.21、Si:0.5〜2.0、Mn:0.2〜1.0、Cr:1.0〜4.0、Ni:0.02〜1.0、 Mo:0.05〜0.4、P:〜0.010、 S:〜0.003、N:0.005〜0.015を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成であることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度熱延鋼板。
【請求項4】
板厚が1.0〜3.0mmで、引張強さが1200MPa以上である請求項1〜3のいずれかに記載の高強度熱延鋼板。
【請求項5】
C:0.13〜0.21、Si:0.5〜2.0、Mn:0.2〜1.0、Cr:1.0〜4.0、Ni:0.02〜1.0、 Mo:0.05〜0.4、P:〜0.010、 S:〜0.003、N:0.005〜0.015を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成となる鋼材を、
加熱炉抽出温度が1250℃以上、粗圧延機出側温度が1030℃以上、粗最終3パスの各々の圧下率が30%以上となる条件で粗圧延し、
仕上圧延機の出側温度が950℃以上、仕上前段での1台当りの圧下率が40%以上、仕上後段3圧延機での圧下の累積歪が0.5以上となる条件で仕上圧延し、
仕上圧延後は2秒〜6秒の空冷をしたのちに水冷冷却し、巻き取り温度を550〜650℃とする
ことを特徴とする高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項6】
仕上圧延の際、圧延材最トップ部の圧下量を、最終段以外の圧延機のいずれか1以上において予定圧下量より多くし、その圧下量はその圧延機の予定圧下量の10%以下にし、その圧延長さは圧延材最トップ部の噛み込みより5m以内としてその後に予定圧下量に戻すことを特徴とする請求項5に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
最終圧延機を含む仕上後段圧延機の作業ロールに、微小炭化物を表面に分散したハイグリップロールを使用することを特徴とする請求項5または6に記載の高強度熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−266695(P2008−266695A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−108759(P2007−108759)
【出願日】平成19年4月17日(2007.4.17)
【出願人】(000150280)株式会社中山製鋼所 (26)
【Fターム(参考)】