説明

高温超伝導薄膜の製造方法

【課題】MgO基板の上に、バリウムと銅とを含む酸化物からなる高品質な高温超伝導薄膜が、再現性よく形成できるようにする。
【解決手段】Caの含有量が147ppm程度のMgO基板101を用意し、これを酸素雰囲気102の中に配置された状態とし、加えて、MgO基板101に1000℃・12時間の加熱処理が行われた状態とする。このことにより、MgO基板101の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする。次に、MgO基板101を、分子線エピタキシー装置の処理室内に搬入し、基板温度を700℃とした状態とし、Nd,Ba,及びCuを蒸発源とする分子線エピタキシー法により、MgO基板101の上にNd1Ba2Cu37-d(0≦d≦0.3)からなる高温超伝導薄膜103が膜厚250nm程度に形成された状態とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バリウムと銅とを含む酸化物からなる高温超伝導薄膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化物超伝導体が、電子デバイスの材料として様々な分野で研究開発されている。例えば、NdBa2Cu37やLaBa2Cu37などの高温超伝導体は、マイクロ波フィルタをはじめとするマイクロ波デバイスに適用可能である。このような高温超伝導体をデバイスに適用する場合、高温超伝導体の薄膜(高温超伝導薄膜)を、所定の基板の上に形成する必要がある。高温超伝導薄膜を形成する基板として、低誘電率,低誘電損失である酸化マグネシウム(MgO)基板が用いられている。
【0003】
しかしながら、MgO基板は、よく知られているように、潮解性があり表面が劣化し、この状態では、高品質な高温超伝導薄膜を形成することができない。このため、一般には、高温に加熱して表面の劣化層を除去したMgO基板用い、例えば分子線エピタキシー法などにより高温超伝導薄膜を形成している。また、イオン洗浄により表面の劣化層を除去したMgO基板などを用いて高温超伝導薄膜を形成する技術も報告されている(非特許文献1参照)。
【0004】
【非特許文献1】M. Mukaida, et al., "In-plane Orientation of C-Axis Oriented YBa2Cu3Ox Films on MgO Substrates", Jpn. J. Appl. Phys., Vol.38, pp.1945-1948,1999.
【非特許文献2】M.Gajdardziska-Josifovska, et al., "Ca segregation and step modifications on cleaved and annealed MgO(100) surfaces", Surface Science, Vol.284, pp.186-199, 1993.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、表面の劣化層が除去された状態のMgO基板を用いても、高品質な高温超伝導薄膜が形成されない場合があった。
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、MgO基板の上に、バリウムと銅とを含む酸化物からなる高品質な高温超伝導薄膜が、再現性よく形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る高温超伝導薄膜の製造方法は、加熱処理によりMgO基板の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする第1工程と、MgO基板の上に少なくともバリウムと銅とを含む酸化物からなる高温超伝導薄膜が形成された状態とする第2工程とを少なくとも備え、予め求められている、MgO基板のカルシウム含有量と高温超伝導薄膜の所定温度における電気抵抗率との関係をもとに、所定のカルシウム含有量とされたMgO基板を用い、所定温度における所望とする電気抵抗率とされた高温超伝導薄膜をMgO基板の上に形成するようにしたものである。
【0007】
また、本発明に係る高温超伝導薄膜の製造方法は、加熱処理によりMgO基板の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする第1工程と、MgO基板の上に少なくともバリウムと銅とを含む酸化物からなる高温超伝導薄膜が形成された状態とする第2工程とを少なくとも備え、MgO基板は、カルシウムの含有量が200ppm以下とされているようにしたものである。このようにすることで、高温超伝導薄膜を形成しているときにMgO基板より析出するカルシウムの量が少ない状態となる。
【0008】
上記高温超伝導薄膜の製造方法において、劣化層の除去は、2時間以上の加熱処理により行えばよい。また、上記高温超伝導薄膜の製造方法において、高温超伝導薄膜は、ネオジウムとバリウムと銅とを含む酸化物から構成されたものである。また、高温超伝導薄膜は、ランタンとバリウムと銅とを含む酸化物から構成されたものである。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明では、高温超伝導薄膜形成に用いるMgO基板のカルシウム含有量により、形成される高温超伝導薄膜の特性を制御するようにした。例えば、高温超伝導薄膜形成に用いるMgO基板は、カルシウムの含有量が200ppm以下とされているようにした。この結果、本発明によれば、要求される特性となるバリウムと銅とを含む酸化物からなる高品質な高温超伝導薄膜が、再現性よく形成できるようになるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における高温超伝導薄膜の製造方法を説明するための工程図である。本製造方法は、まず、図1(a)に示すように、不純物としてのカルシウム(Ca)の含有量が147ppm程度の酸化マグネシウム(MgO)基板101を用意する。MgO基板101は、主表面が(100)面とされたものであり、また、一辺が20mm程度の矩形の基板である。なお、MgO基板101は、以降に説明するように、Caの含有量が200ppm以下であるとよい。ついで、MgO基板101が酸素雰囲気102の中に配置された状態とし、加えて、MgO基板101に1000℃・12時間の加熱処理が行われた状態とする。このことにより、MgO基板101の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする。
【0011】
次に、MgO基板101を、分子線エピタキシー装置の処理室内に搬入し、基板温度を700℃とした状態とし、ネオジウム(Nd),バリウム(Ba),及び銅(Cu)を蒸発源とする分子線エピタキシー法により、図1(b)に示すように、MgO基板101の上にNd1Ba2Cu37-d(0≦d≦0.3)からなる高温超伝導薄膜103が膜厚250nm程度に形成された状態とする。
【0012】
例えば、MgO基板101が搬入された、処理室内を1×10-7Pa程度にまで排気する。ついで、処理室内に酸素ラジカルを導入し、MgO基板101の表面に酸素ラジカルを含む反応ガスが供給された(吹き付けられた)状態とする。酸素ラジカルは、所定の酸素ラジカル生成装置を用いて供給すればよく、2sccmで供給すればよい。酸素ラジカルの代わりに、オゾンガスなどの他の酸化ガスを供給するようにしてもよい。このとき、基板近傍の圧力は、6×10-3Pa程度の圧力に制御された状態とする。なお、sccmは、流量の単位あり、0℃・1気圧の流体が1分間に1cm3流れることを示す。
【0013】
以上のように酸素ラジカルを含む反応ガスが供給された後、MgO基板101が700℃程度に加熱された状態とする。ついで、処理室内に配置されている各るつぼ内に収容されているNd,Ba,及びCuの各蒸着源を、電子ビーム照射により所定温度にまで加熱して蒸発させ、これらよりなる金属原料がMgO基板101の表面に供給された状態とする。これらの結果、MgO基板101の表面では、供給されている金属原料が酸素ラジカルにより酸化されるなどのことにより、Nd1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜103が形成された状態が得られる。この後、MgO基板101の温度が200℃程度にまで低下されるまで、基板の雰囲気に前述した反応ガスが供給されている状態とする。
【0014】
以上のようにすることで、MgO基板101の上に、加熱などをしていない「as-grown」の状態で超伝導特性を示す、高い品質の高温超伝導薄膜103が形成された状態が得られる。また、このように形成された高温超伝導薄膜103の絶対温度77Kでの超臨界電流密度を測定すると、MgO基板101の全域にわたって、超臨界電流密度が4.5MA/cm2〜5MA/cm2の範囲となり、高い均一性が得られていることがわかる。
【0015】
以下、本願発明の経緯について説明する。発明者らは、MgO基板に不純物として含まれているCaが、1000℃以上の高温加熱により析出すること(非特許文献2参照)に着目し、以下に示すように、析出するCaが、形成する高温超伝導薄膜の品質劣化の原因となることを見いだした。例えば、図1を用いて説明した前述同様の製造方法により、Caの含有量が異なるMgO基板の上にNd1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜を形成すると、図2,図3に示すように、Caの含有量が少ないMgO基板を用いた場合ほど、高温超伝導薄膜の直流電気抵抗率が低い。なお、図3は、図2の86k〜94K付近を拡大して示すものである。
【0016】
図2,図3から明らかなように、いずれの条件においても、超伝導転移温度には差が確認されないが、Ca含有量の増加とともに電気抵抗率が単調に増加している。上述した製造方法の場合、劣化層の除去のために、1000℃以上の高温処理がなされる。このため、MgO基板に含有しているCaが析出し、また、含有量が多いMgO基板ほど、Caの析出量が多く、形成される高温超伝導薄膜の電気抵抗率が上昇するものと考えられる。なお、用いたMgO基板のCa含有量は、ICP(Inductively Coupled Plasma Spectrometry)組成分析法により測定した。これらの結果をまとめると、MgO基板のCaの含有量と、形成される高温超伝導薄膜の300K(室温程度)における直流電気抵抗率との関係は、図4に示すように、ほぼ線形の関係となる。従って、上記関係を予め求めておけば、所望とする直流電気抵抗率(300K)の高温超伝導薄膜を得るために必要なMgO基板が、上記関係をもとに選択することができる。
【0017】
また、上述した電気抵抗率の測定結果は、高温超伝導薄膜を形成する前のMgO基板の加熱処理温度を1000℃,1100℃と変えた場合においても同様である。なお、この加熱処理は、2時間以上行えばよい。例えば、上記加熱処理が1時間程度の場合、MgO基板の表面劣化層が除去されずに残り、形成される高温超伝導薄膜の電気抵抗率が2倍以上となり、特性が劣化する。表面劣化層の状態は、透過電子顕微鏡による観察結果からも明らかであり、加熱処理を2時間以上行うことで、表面劣化層がほぼ除去されるようになり、形成される高温超伝導薄膜も良好な特性を示すようになる。
【0018】
また、高温超伝導薄膜を形成するときの基板温度を、650℃,750℃,800℃,850℃と変えた場合においても、図2と同様の結果となる。なお、前述した絶対温度77Kでの超臨界電流密度は、Ca含有量が31ppm,13ppmのMgO基板を用いた場合も、Ca含有量が147ppmのMgO基板を用いた場合と同様に、基板の全域にわたって4.5MA/cm2〜5MA/cm2の範囲となる。なお、上述では、Nd1Ba2Cu37-d(0≦d≦0.3)からなる高温超伝導薄膜を形成する場合について説明したが、Nd1-xBa2-yCu3-z7-d,Nd1+xBa2-yCu3-z7-d,Nd1+xBa2+yCu3-z7-d,Nd1+xBa2+yCu3+z7-d,Nd1+xBa2-yCu3+z7-d,Nd1-xBa2+yCu3+z7-d,Nd1-xBa2-yCu3+z7-d(0≦x≦0.2,0≦y≦0.2,0≦z≦0.2,0≦d≦0.3)であっても同様である。
【0019】
ここで、高温超伝導薄膜のデバイスへの応用では、高い超伝導臨界温度(Tc)、高い超伝導臨界電流密度(Jc)、低い高周波表面抵抗率(Rs)が要求され、典型的には、90Kより高いTc,3MA/cm2より高いJc(77Kでの値)、2mΩより小さいRs(77K、22GHzでの測定値)が要求されている。これらの因子と直流電気抵抗率とは相関があり、これらすべてを同時に満たす直流電気抵抗率の条件は、室温(20〜30℃程度)において250μΩcm以下である。この条件を図2(図4)に対応させると、上述した要求特性を満たすMgO基板のCa含有量は、200ppm以下となる。ところで、日本国内において一般に市販されているMgO基板のCa含有量は、220ppm程度であり(例えば株式会社タテホ化学工業製)、Ca含有量が200ppm以下のMgO基板は、一般には流通されていない。
【0020】
なお、上述では、Nd1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜を形成する場合を例に説明したが、これに限るものではない。例えば、Ca含有量が200ppm以下とされたMgO基板を用いることで、より高い品質のLa1Ba2Cu37-d(0≦d≦0.3)からなる高温超伝導薄膜が形成可能となる。また、この場合においても、MgO基板のCaの含有量と、形成される高温超伝導薄膜の300K(室温程度)における直流電気抵抗率との関係を求めておき、この関係を用いれば、用いるMgO基板により、高温超伝導薄膜の品質(直流電気抵抗率)が制御可能である。
【0021】
La1Ba2Cu37-dよりなる高温超伝導薄膜の製造方法例について簡単に説明すると、まず、不純物としてのCaの含有量が31ppm程度の酸化マグネシウム(MgO)を用意し、酸素雰囲気の中で1000℃・12時間の加熱処理を行う。なお、MgO基板は、主表面が(100)面とされたものであり、また、直径2インチ程度の円盤とされたものである。次に、MgO基板を、分子線エピタキシー装置の処理室内に搬入し、基板温度を750℃とした状態とし、ランタン(La),バリウム(Ba),及び銅(Cu)を蒸発源とする分子線エピタキシー法により、MgO基板の上にLa1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜が膜厚500nm程度に形成された状態とする。このように形成されたLa1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜は、ゼロ抵抗が96Kで得られ、前述同様に、直流電気抵抗率が250μΩcm以下となるCa含有量は、200ppm以下となる。
【0022】
上述では、La1Ba2Cu37-d(0≦d≦0.3)からなる高温超伝導薄膜を形成する場合について説明したが、La1-xBa2-yCu3-z7-d,La1+xBa2-yCu3-z7-d,La1+xBa2+yCu3-z7-d,La1+xBa2+yCu3+z7-d,La1+xBa2-yCu3+z7-d,La1-xBa2+yCu3+z7-d,La1-xBa2-yCu3+z7-d(0≦x≦0.2,0≦y≦0.2,0≦z≦0.2,0≦d≦0.3)であっても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施の形態における高温超伝導薄膜の製造方法を説明するための工程図である。
【図2】Caの含有量が異なるMgO基板の上に形成したNd1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜の直流電気抵抗率と温度との関係を示す相関図である。
【図3】Caの含有量が異なるMgO基板の上に形成したNd1Ba2Cu37-dからなる高温超伝導薄膜の直流電気抵抗率と温度との関係を示す相関図である。
【図4】MgO基板のCaの含有量と、形成される高温超伝導薄膜の300K(室温程度)における直流電気抵抗率との関係を示す特性図である。
【符号の説明】
【0024】
101…酸化マグネシウム(MgO)基板、102…酸素雰囲気、103…高温超伝導薄膜。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱処理によりMgO基板の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする第1工程と、
前記MgO基板の上に少なくともバリウムと銅とを含む酸化物からなる高温超伝導薄膜が形成された状態とする第2工程と
を少なくとも備え、
予め求められている、前記MgO基板のカルシウム含有量と前記高温超伝導薄膜の所定温度における電気抵抗率との関係をもとに、所定のカルシウム含有量とされた前記MgO基板を用い、前記所定温度における所望とする電気抵抗率とされた前記高温超伝導薄膜を前記MgO基板の上に形成する
ことを特徴とする高温超伝導薄膜の製造方法。
【請求項2】
加熱処理によりMgO基板の表面に形成されている劣化層が除去された状態とする第1工程と、
前記MgO基板の上に少なくともバリウムと銅とを含む酸化物からなる高温超伝導薄膜が形成された状態とする第2工程と
を少なくとも備え、
前記MgO基板は、カルシウムの含有量が200ppm以下とされたものである
ことを特徴とする高温超伝導薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の高温超伝導薄膜の製造方法において、
前記劣化層の除去は、2時間以上の加熱処理により行う
ことを特徴とする高温超伝導薄膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の高温超伝導薄膜の製造方法において、
前記高温超伝導薄膜は、ネオジウムとバリウムと銅とを含む酸化物から構成されたものである
ことを特徴とする高温超伝導薄膜の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の高温超伝導薄膜の製造方法において、
前記高温超伝導薄膜は、ランタンとバリウムと銅とを含む酸化物から構成されたものである
ことを特徴とする高温超伝導薄膜の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−103659(P2007−103659A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−291300(P2005−291300)
【出願日】平成17年10月4日(2005.10.4)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】