説明

高温部材搬送用ロールおよびその製造方法と溶射材料

【課題】 熱延鋼材のような高温部材を、高速で搬送するためのホットランテーブルローラの如き搬送用ロールに対し、上述したような技術的問題点を招くことなく、耐久性に優れた皮膜を形成する技術を提案すること、およびロール表面に均質な硬化層を形成することができ、かつその効果が長期に亘って維持でき、しかも耐久性の良好な溶射皮膜を安価に形成することができる他、そのための有利な製造方法と溶射材料とを提案すること。
【解決手段】 高温部材搬送用ロール基材の表面に、Ni基自溶合金マトリックス中にFe-Al合金粉末が分散した溶射皮膜を被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温部材搬送用ロールおよびその製造方法と溶射材料に関し、例えば、鋼材の熱間圧延設備用各種部材、特に熱延鋼材を搬送するためのホットランテーブルロールの表面に有用な皮膜を形成する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
製鉄所における銅材の熱間圧延ラインには、仕上げスタンドを通過した高温の熱延鋼材を搬送するためのホットランテーブルが設けられている。即ち、熱間圧延設備においては、熱延鋼材が仕上げ圧延機を通過した後、コイラーに巻き取られるまでの間に、多数のロールを列設してなるホットランテーブルが設けられている。このホットランテーブルに用いられるロールに要求される特性としては、このロール上を通過する熱延鋼材との接触によく耐えること(耐摩耗性)、熱延鋼材が高温・高速で衝突する衝撃によく耐えること(耐熱衝撃性)等に優れることである。
【0003】
従来、上記ホットランテーブルのロール(即ち、高温部材搬送用ロール)については、高温の部材との接触による摺動摩耗や熱衝撃等に対処するために種々の工夫がなされてきた。例えば、特許文献1では、鉄系ロールの表面に硬化肉盛り溶接を行うと共に、その上にはさらに自溶合金を溶射し、衝撃荷重や負荷荷重による変形や歪みの防止を図る技術を開示している。また、特許文献2では、耐摩耗性および耐熱衝撃性を改善する目的で、Ni基自溶合金粉末に炭化タングステン粒子を添加した自溶合金溶射技術を提案している。さらに、特許文献3では、耐摩耗性、耐スリップ性、耐焼付き性を改善する目的で、Ni基自溶合金中にFeを4〜30mass%添加した自溶合金溶射技術を提案している。
【0004】
【特許文献1】特許第1537899号公報
【特許文献2】特開平11−267731号公報
【特許文献3】特開2004−167599号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示の硬化肉盛り溶接技術は、肉盛り時の過大な入熱によりロール基材自体が変形したり、肉盛り層の温度履歴に起因する各種析出物の偏析などによりロール表面に均質な硬化層を形成することができない、という問題点があった。また、特許文献2に開示の炭化タングステン粒子を添加してなるNi基自溶合金粉末の溶射技術は、その炭化タングステンの耐熱特性が悪く(耐用温度は瞬間で約540℃、常用で約450℃)、ホットランテーブルロールに使用した場合、その炭化タングステンが酸化して添加効果が消失するという問題があった。さらに、特許文献3に開示の技術では、Ni基自溶合金にFeを添加することにより、溶射皮膜への焼付き性の改善、高温での耐摩耗性の向上等を目指しているが、単に、JIS規格値(JIS H8303 自溶合金溶射)相当材料を提案しているに過ぎず、とくに、Feの添加は、ホットランテーブルローラなどの高温環境下で使用すると、Feが酸化消耗するため、所期した効果が消失するという問題があった。
【0006】
このように、従来、高温部材搬送用ロールのための表面処理技術として種々の提案がなされているが、これらの技術については、硬化層の偏析により皮膜構成が不均質化して搬送鋼材の蛇行を招いたり、該搬送材に傷が発生する等、製品品質に悪影響を及ぼしているのが実情である。
【0007】
そこで、本発明の目的は、熱延鋼材のような高温部材を、高速で搬送するためのホットランテーブルローラの如き搬送用ロールに対し、上述したような技術的問題点を招くことなく、耐久性に優れた皮膜を形成する技術を提案することにある。
【0008】
また、本発明のさらに他の具体的な目的は、ロール表面に均質な硬化層を形成することができ、かつその効果が長期に亘って維持でき、しかも耐久性の良好な溶射皮膜を安価に形成することができる他、そのための有利な製造方法と溶射材料とを提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
これらの目的を達成するため、本発明では、高温環境下において優れた耐摩耗性(グリッピング性)、耐高温酸化性、および耐食性を有し、さらに耐熱衝撃性や耐焼付き性にも優れた溶射皮膜を形成した高温部材搬送用ロールを提案するものである。
【0010】
すなわち、本発明は、ロール基材の表面に、Ni基自溶合金マトリックス中にFe−Al合金粉末が分散した溶射皮膜を被覆してなる高温部材搬送用ロールを提案するものである。
【0011】
なお、本発明においては、前記Fe−Al合金は、Al含有量が5〜50mass%で、粒径が1〜100μmの粉末であること、前記Ni基自溶合金マトリックス中に分散させたFe−Al合金粉末の分散量が、5〜35mass%であること、前記Ni基自溶合金が、必須成分としてCr、B、SiおよびCを含み、さらに、選択的添加成分としてFe、Co、Mo、CuおよびWのうちから選ばれる1種または2種以上を含み、残部がNiおよび不可避的不純物からなる成分を含むこと、とくに、それらの各成分の含有量が、Cr:1〜25mass%、B:1〜5mass%、Si:1〜5mass%、C:1.5mass%以下、Fe:4mass%未満、Co:1mass%以下、Mo:8mass%以下、Cu:5mass%以下、W:15mass%以下であることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、ロール基材の表面に、Al含有量が5〜50mass%のFe−Al合金粉末をNi基自溶合金粉末中に5〜35mass%の割合で混合してなる溶射材料を溶射して、厚さ100〜5000μmの溶射皮膜を形成し、その後、この溶射皮膜で被覆したロール基材を1050〜1150℃、0.1〜5時間の条件で加熱することにより、該溶射皮膜中のNi基自溶合金マトリックスを溶融させることを特徴とする高温部材搬送用ロールの製造方法を提案するものである。
【0013】
さらに、本発明は、上述した高温部材搬送用ロール表面に被覆する溶射皮膜に用いられるものであって、必須成分としてCr:1〜25mass%、B:1〜5mass%、Si:1〜5mass%、C:1.5mass%以下を含み、その他選択的添加成分として、Fe:4mass%未満、Co:1mass%以下、Mo:8mass%以下、Cu:5mass%以下およびW:15mass%以下を含み、かつ残部がNiおよび不可避的不純物からなるNi基自溶合金粉末に、Al含有量が5〜50mass%で、粒径が1〜100μm以上であるFe−Al合金粉末を5〜35mass%の割合で混合してなることを特徴とする溶射材料を提案するものである。
【発明の効果】
【0014】
以上説明した構成からなる本発明によれば、基本的にロール表面にNi基自溶合金マトリックス中にFe−Al合金粉末を分散させてなる溶射皮膜を被覆形成することにより、熱延鋼材の搬送に際し、優れた耐摩耗性(グリッピング性)、耐熱衝撃性に加え、耐高温酸化性、耐焼付き性、冷却水噴霧環境下での良好な耐食性など諸特性を長期間にわたって発揮する皮膜を、高温部材搬送用ロールの表面に形成することができる。その結果、熱間圧延設備における、とくに熱延鋼材用製造ラインの安定操業、および保守点検費用の低減とともに、鋼板の生産量の向上、製造コストの低減などに大きな効果が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の特徴の1つは、Ni基自溶合金マトリックス中に分散させる材料として、Fe−A1合金粉末に着目したことにある。このFe−Al合金粉末は、溶射法によってNi基自溶合金材料とともにロール表面に被覆された場合、とくにその後の再溶融(フュージング)工程において、マトリックスの役割を担う融点の低い自溶合金成分が先行溶融して、当該皮膜の融合化とロール基材との密着性を向上させる一方、融点が高いFe−Al合金粉末の方は、溶融せずに固体粒子としてそのまま残存する。しかも、このFe−Al合金粉末中のAl成分は、溶融状態のNi基自溶合金マトリックス中のNiと強固に結合し、優れた耐食性および耐高温酸化性を発揮すると共に、マトリックス中に拡散し、硬質のM−Al系金属間化合物(ここで、Mはマトリックスを構成する金属成分)を生成析出し、溶射皮膜全体の耐摩耗性(グリッピング性)を向上させると共に、耐高温酸化性、耐焼付性を向上させる働きを有する。
また、Fe−Al合金粒子自体は、硬質で、耐高温酸化性、耐食性に優れるとともに、熱延鋼材の搬送時には、高いグリッピング性を発揮して、ホットランテーブルロールの安定した稼動を支援するという効果がある。
【0016】
以下、本発明の機構と作用について、さらに詳細に説明する。
上述したように、高温部材搬送用ロールに被覆される本発明に適合する溶射皮膜の成分は、Ni基自溶性合金マトリックス中にFe−Al合金粉末粒子を均等に分散させてなるNi基自溶合金皮膜である。
そこで、まず、本発明に特有の構成であるNi基自溶性合金マトリックス中に分散させるFe−Al合金粉末の性状とその作用機構、およびFe−Al合金粉末を分散させた自溶合金皮膜の性状とその特徴について説明する。
【0017】
(1)Fe−Al合金粉末
本発明において用いられるFe−Al合金は、Alを5〜50mass%含み、残部が主としてFeからなる合金である。この合金粉末は、多くのFe−Al系金属間化合物を含んでいるため、ビッカース硬さが700以上を示すとともに、金属間化合物特有の性質として800℃以上の高温においても硬さの低下が少ないことが特徴である。さらに、Fe−Al合金は耐食性とともに、耐高温酸化性に優れるため、腐食や高温酸化による消耗が極めて少ないという特徴もある。
【0018】
なお、Fe−Al合金粉末のAl含有量が5mass%未満の場合では、上記に示したような高温硬さや耐食性、耐高温酸化性に乏しく、一方、Al含有量が50mass%超える場合では、耐高温酸化性を有するものの脆弱化するため、ロール皮膜として使用したときに局部的に破壊され、脱落する危険性が高い。また、Fe-Al合金粉末の粒度は、直径1〜100μmの範囲のものが好ましい。これは、1μm未満では、溶射材料としての取扱いが困難であり、100μmを超える場合では、皮膜化したときに気孔率が高くなり、粒子間結合力が弱くなるという問題が生じるためである。
【0019】
次に、本発明にかかる溶射材料として用いられるFe−Al合金粉末について、とくにその製造方法を示すが、これは例示である。
a. 拡散法:Fe粉末とAl粉末を所定量混合し、Arガス雰囲気中で600〜800℃、0.5〜5時間加熱する。
b. 溶融粉砕法:680℃〜720℃の溶融Al中にFe粉末を添加し、この状態を0.5〜5時間保持した後、冷却し、粉砕する。
c. CVD法:Fe粉末を、Arガス中で500℃〜800℃に加熱しつつ、Alのハロゲン化合物(例えば、AlX、XはCl、F、BrまたはIを示す)の蒸気を通じることによって、Fe粉末の表面に金属Alを析出させるとともに内部へ拡散させる。
d. PVD法:Alを、10〜10-1PaのArガス中で電子ビーム照射によって蒸気化させ、Fe粉末を、この蒸気に接触させることによってFe粉末の表面にAl皮膜を形成させる。
以上の各方法によって製造されたFe−Al合金粉末は、必要に応じてさらに熱処理を施してFe粉末中にAlを均等に拡散させたり、節を用いて粉末粒度を調整する。
【0020】
なお、Fe−Al合金粉末を製造するためのFe粉末としては、JIS G5101(炭素鋼鋳鋼品)やJIS G5501(ねずみ鋳鉄品)などの鋳鉄および鋳鋼粉末を利用することもできる。その効果は、SS400などの鋼材および純度の高いFe粉末と同等である。
【0021】
(2)Fe−Al合金粉末の添加量について
本発明にかかる高温部材搬送用ロールの製造方法では、上記Fe−Al合金粉末を、Ni基自溶合金粉末に対し、5〜35mass%の割合で混合する。Fe−Al合金粉末を、Ni基自溶合金粉末中に5〜35mass%の割合で混合させる理由は、Fe−Al合金粉末が、5mass%未満の場合、自溶合金皮膜中の分散量が少なくなり、硬質粒子の分散量の減少に起因する耐摩耗性の低下、搬送用鋼材との摩擦抵抗の低下、自溶合金マトリックス中における硬質のM−Al金属間化合物の析出量の減少などの問題点であり、35mass%を超えると、Fe-Al合金粉末の凝集現象が強くなって自溶合金マトリックスとの結合力が弱くなって、脱落しやすく、耐摩耗性が低下するとともに、脱落粒子によって溶射皮膜自体がアブレッシブ摩耗を受け易くなるためである。なお、Ni基自溶合金とFe-Al合金粉末の混合は、両粉末を混合機を用いて所定の割合に調整してもよいが、塩化ビニルなどの有機質バインダーを用いて両粉末を造粒するほうが、Fe-Al合金粉末の分散性が向上する。
【0022】
(3)次に、Ni基自溶合金について、以下にその化学成分と各成分を限定した理由について説明する。
(a)必須成分について
Cr:1〜25mass%
Crは1mass%より少ないと皮膜の耐高温酸化性に乏しく、一方、25mass%を超えると溶射皮膜が脆くなって、耐熱衝撃性が低下する。
【0023】
B:1〜5mass%
Bは、自溶性成分として必須の元素であるが、1mass%より少ないと、皮膜としての融点が高くなり、溶射後の再溶融温度が高くなってロール基材の機械的強度が低下する。一方、Bは5mass%を超えて添加しても大きな融点の低下は期待できず、硬質のB化合物の生成による効果が飽和する。
【0024】
Si:1〜5mass%
SiはBと共存することによって、皮膜の自溶性を向上させる成分である。また、このSiは皮膜が再溶融されたとき、皮膜中に含まれる酸化物を還元し、自らが酸化物となって皮膜を構成する粒子の活性度を向上させる作用を有する。しかし、その添加量が1mass%未満ではその効果が少なく、一方、5mass%を超えて添加すると皮膜が脆化する傾向がある。
【0025】
C:1.5mass%以下
Cは、Crと共存することによって、皮膜の再溶融処理時など高温下においてCr23C6、Cr3C2、Cr7C3などの硬質クロム化合物を析出させ、皮膜の耐摩耗性(グリッピング性)を向上させる。
しかし、1.5mass%を超えると、皮膜全体が脆化し、熱衝撃抵抗が低下するため好ましくない。
【0026】
(b) 選択的添加成分について
Fe:4mass%未満
Feは、溶射皮膜と搬送用鋼材との焼付き防止および摩耗係数を向上させる効果があるため、必要に応じて添加するが、耐熱性、耐高温酸化性に乏しいので4mass%未満とした。
【0027】
Co:1mass%以下
Ni基自溶合金では、Coはとくには必要としないが、1mass%程度の含有は、本発明の効果を阻害することはないので0.1mass%程度とした。
【0028】
Mo:8mass%以下
Moは皮膜の高温強度の向上と炭化物の析出に効果的である。ただし、8mass%を超えて添加してもその効果が格別に向上する訳ではないし、また高価でもあるため、8mass%以下とした。
【0029】
Cu:5mass%以下
Cuは、皮膜の耐食性の向上に有効である。しかし、5mass%を超えると皮膜が高温下において、割れ易くなるため5mass%以下とした。
【0030】
W:15mass%以下
WはMoと並んで皮膜の高温強度の向上に効果的であるが、耐高温酸化性に乏しいため、15mass%以下とした。
【0031】
Ni:本発明の基本(残部)成分 (≧30mass%)
Niは、Crとともに皮膜のマトリックス組織としてオーステナイト相を形成し、皮膜の耐食性、耐熱性に加え、延性、靭性の向上に決定的な役割を果たす基本成分である。なお、このNiの含有量が30mass%より少ないと、前記の効果が得られないため好ましくない。
【0032】
次に、Ni基自溶合金マトリックス中にFe−Al合金粉末を5〜35mass%分散させてなる溶射皮膜の成膜方法と皮膜の再溶融工程における両粉末粒子の挙動について説明する。
【0033】
(4)本発明にかかる搬送用ロールの製造方法(溶射皮膜の成膜方法)について
a.溶射工程
Fe−Al合金粉末を5〜35mass%含有するNi基自溶合金粉末を、ロール基材表面に、粉末式フレーム溶射法、高速フレーム溶射法あるいはプラズマ溶射法から選ばれるいずれかの溶射法によって溶射し、厚さ100〜5000μmの皮膜を形成する。このようにして成膜した皮膜は、Fe−Al合金粉末粒子が、自溶合金を含む皮膜全体にわたって均等に分散した状態となっている。
【0034】
なお、上記溶射皮膜の厚さが100μm未満では、ホットランテーブルロール用の皮膜としての寿命が短くなり、一方、5000μmを超えると、皮膜の強度が低下するため好ましくない。
【0035】
b.再溶融工程(フュージング工程)
ロール表面に形成した上記溶射皮膜は、酸素/アセチレンの燃焼フレーム、真空或いは大気中で加熱する電気炉、高周波誘導加熱などの方法によって、1050℃〜1180℃で0.5〜3時間加熱する。この工程では、溶射皮膜のマトリックスを構成するNi基自溶合金材料が完全に溶融し、マトリックス粒子は相互に融合するとともに、鉄鋼系基材からなるロール表面と冶金的反応によって、これとも強固に結合する。
【0036】
一方、Fe−Al合金粉末は、その融点が1300〜1600℃と上記再溶融のための加熱温度よりも高いため、この再溶融工程では溶解せず、固体粒子としてNi基自溶合金マトリックスを種とする溶射皮膜中に残存する。そして、Fe−Al合金粉末中のAlが、自溶合金粉末マトリックス中のNiと容易に相互拡散反応を行うことにより、Fe−Al合金粉末が、マトリックス中に硬く固定される。
【0037】
図1は、上記再溶融工程によって製造された皮膜の断面を模式的に示したものである。ロール基材1の上にNi基自溶合金溶射皮膜2が形成され、さらに皮膜中には粒径1〜100μmのFe−Al合金粒子3が分散した状態になっていることが明らかである。なお、Fe−Al合金粉末は、Ni基自溶合金マトリックスと冶金的に結合した状態にあるものと考えられる。
【0038】
上記の再溶融工程によって製造された皮膜中では、Fe−Al合金粉末中のAlがNi基自溶合金マトリックス中へ拡散し、多くの微粒子状のM−Al系金属間化合物(Mは金属成分を示す)が生成し、析出する。これらのM−Al系金属間化合物は硬く、耐摩耗性を発揮すると共に、Alの酸化によって生成するA1203は優れた耐食性と耐高温酸化性を有するため、皮膜全体の高温安定性を向上させる。
【0039】
Fe−Al合金粒子中のAlとNi基自溶合金成分の冶金的反応によって生成するM−Al系金属間化合物の種類としては、次に示すようなものがある。
Fe−Al系:Fe3Al、Fe−Al、Fe−A12、Fe−Al
Ni−Al系:Ni−Al3、Ni2−Al3、Ni−Al、Ni3Al
Co−Al系:Co−Al,、Co4−Al12、Co2A13、Co−Al
Cr−Al系:Cr2Alll、Cr4−Al9、Cr3−Al8、Cr2−Al
また、市販のNi基自溶合金皮膜中には、Cr23C6、Cr3C2、NiBx、CrBx(ここではXは1〜5)などの金属間化合物も存在するが、前記M−Al系金属間化合物は、これらの金属間化合物と共存することによって、皮膜の耐摩耗性のみならず、耐高温酸化性を向上させる。
【0040】
なお、Ni基自溶合金マトリックス中に分散したFe−Al合金粉末は、自溶合金皮膜へのAlの供給源であり、硬質のM−Al系金属間化合物の生成と析出を促すほか、自溶合金皮膜とFe−Al合金粉末の固着力を向上させ、皮膜が鋼板などとの接触による強い衝撃に対する耐性を向上させる。しかも、Fe−Al合金粉末自体が、耐食性および耐高温酸化性に優れているため、ホットランテーブルローラーなどの稼働環境下において、冷却水を噴射させたり、高温状態に被曝されても、腐食や酸化による消耗を抑制する。さらには、Fe−Al合金粉末は、Fe、Al、Fe−Al、Fe−A12、Fe−Al3などの金属間化合物も含むため、硬質で耐摩耗性に富み、さらに高温環境下においても、この特性を維持することができる。
【実施例】
【0041】
(実験1)
この実験では、自溶合金粉未申に添加するFe−Al合金粉末の耐高温酸化性を調査した。Fe−Al合金粉末は、粒度が80〜100μmの工業用鉄粉とAlをAl含有量が5〜50mass%となるように混合して作製した。なお、比較例としては、Al含有量が0mass%の市販の鉄粉、C量が0.20%の鉄鋼粉、および工業用鉄粉とAlをAl含有量がそれぞれ3mass%および55mass%となるように混合して作製したFe−Al合金粉末を用いた。
【0042】
これらの各Fe−Al合金粉末について、大気中で800℃および900℃の温度でそれぞれ24時間加熱し、高温酸化試験を行った。なお、高温酸化試験は、試5gを耐火材製の小皿に平滑になるように並べ、大気中で行った。また、高温酸化試験後の粉末の外観は、目視および拡大鏡で観察することにより評価した。
【0043】
試験結果を表1に示す。この結果から明らかなように、Al含有量が0mass%の場合(比較例1−1および比較例1−2)はいずれも、800℃および900℃の加熱によって完全に酸化し、酸化物(Fe3O4、FeO、Fe2O3など)に変化した。また、Al含有量が3mass%の場合(比較例1−3)では、800℃および900℃の加熱によって、粉末の大部分が初期の形状をとどめないほどに酸化消耗した。これに対し、Al含有量が55mass%の場合(比較例1−4)は、900℃の加熱においても優れた耐酸化性を発揮したが、この粉末は非常に脆く、耐衝撃性に乏しいものになった。
【0044】
これに対し、Fe−Al合金粉末は5mass%Al粉末(本発明1−1)では、900℃の加熱によって全体の約10%が酸化したものの、粉末形状を維持し、15〜50mass%Al含有粉末(本発明1-2〜1‐6)においては、全く変化が見られなかった。したがって、Fe−Al合金粉末は、Alの含有量が5〜50mass%の場合に好な耐高温酸化性を示すことがわかった。
【0045】
【表1】

【0046】
(実験2)
この実験では、表2に示した7種類の本発明の自溶合金粉末(No.1〜7)に、Al含有量の異なるFe−Al合金粉末(Al含有量:3、5、30、50、55mass%)を、25mass%添加した後、これをSUS304鋼試験片(幅50mm×長さ80mm×厚さ6mm)の片面にフレーム溶射法により500μm厚さに成膜し、その後、真空電気炉内で1050℃〜1130℃、0.5時間加熱を行った。このようにして得た7種類の供試体について、皮膜表面および断面におけるFe−Al合金粉末の分散状況と自溶合金マトリックスとの結合状態を拡大鏡によって調査した。なお、Fe−Al合金粉末の粒径は50〜80μmである。
【0047】
調査結果を表2に示す。この結果から明らかなように、Al含有量が5、30、50mass%のFe-Al合金粉末(本発明2−1〜2−3)は、再溶融処理(フュージング処理)によって、各種の組成を有するNi基自溶合金皮膜に対し、良好な分散性を示すとともに、自溶合金マトリックスとの冶金的結合によって、わずかな隙間もなく強固に密着している状態が観察された。しかし、Al含有量が55mass%のFe-Al合金粉末(比較例2−2)の分散は、均等でなく、局部的な凝集現象が認められた。これは、再溶融処理時において、自溶合金マトリックス中へ高濃度のAlが拡散したためマトリックスの粘度が上昇し、合金粉末の分散が困難になったものと考えられる。一方、Al含有量が3mass%のFe-Al合金粉末の場合(比較例2−1)は、良好な分散状態を示すものの、粉末同士の間隔が大きく、硬質の合金粉末の耐摩耗性、グリッピング性などの作用機構に劣るような表面状態が観察された。
【0048】
【表2】

【0049】
(実験3)
この実験では、自溶合金皮膜に分散させた状態でのFe-Al合金粉末の耐高温酸化性を調査した。表2のNo.1の自溶合金材料に、Fe−30mass%Al合金粉末(粒径40〜80μm)を23mass%添加し、混合材料を調整した。これをSUS304鋼(寸法:幅50mm×長さ80mm×厚さ6mm)の片面に300μm厚に溶射、成膜した。その後、この試験片を用いて大気中で900℃×50時間の条件で連続酸化試験を行った。なお、比較例の試験片としては、鉄粉末を23mass%添加した自溶合金皮膜を用いた。
【0050】
試験結果を表3に示す。比較例3−1の皮膜では、添加した鉄粉末が完全に酸化消耗し、わずかな衝撃で皮膜表面から脱落してしまった。これに対し、本発明3−1のFe−30mass%Al合金粉末を分散させた皮膜では、粒子の酸化消耗は全く認められなかった。
【0051】
【表3】

【0052】
(実験4)
実験3において供試した2種類の溶射皮膜試験片を用いて塩水噴霧試験を行い、皮膜の耐食性を調査した。
【0053】
表4は、塩水噴霧試験96時間後の皮膜の外観観察結果を要約したものである。比較例4−1の試験片は、分散させたFe粉末が、赤さびを発生しているのみならず、赤さびが自溶合金皮膜マトリックスにも流出して皮膜全体が赤さび色を呈していた。これに対し、Fe−Al合金粉末を分散させた本発明4−1の皮膜では、赤さびの発生は全く認められず、良好な耐食性を発揮していることが確認された。
【0054】
【表4】

【0055】
(実験5)
この実験では、Fe−Al合金粉末を分散させた自溶合金溶射皮膜の耐摩耗性、耐焼付き性および耐熱衝撃性を調査した。
(1)供試溶射皮膜の作製
本発明に適合する溶射皮膜として、Fe−10mass%Fe−Al合金粉末(粒径30〜60μm)を表2のNo.3の組成からなる自溶合金粉末中に、それぞれ10、20、25mass%になるように添加、混合し、3種類の溶射材料を調整した。その後、フレーム溶射法を用いて、SUS430鋼の平板(寸法:幅50mm×長さ80mm×厚さ5mm)および円筒状(寸法:外径35mm、内径25mm、長さ50mm)の試験片の表面に500μm厚の溶射皮膜を形成した後、大気中で酸素/アセチレンの燃焼フレームによって溶射皮膜を加熱溶融させて製作した。
なお、比較例の溶射皮膜試験片として、JIS H8303規定のSF Ni5(Ni基)、SF Col(Co基)の自溶合金粉末を用いた。
【0056】
(2)摩耗試験方法
摩耗試験は、図2に示すように、平板試験片21を使用し、皮膜22の表面にSiCペーパー23を被覆した円盤片24を、回転させながら摺動させるテーパー式アプレシブ摩耗試験法を採用した。また、摩擦係数の測定は、図3に示す要領で実施した。すなわち、円筒状の試験片を用い、溶射皮膜31を形成させたロール32の表面に鉄フォイル33を巻き付け、フォイルが滑り始めた時の荷重から動摩擦係数を算出した。34はスプリング、35はウエイト、36はロードセル、37はモーターを示す。
【0057】
(3)焼付き性試験方法
溶射皮膜の焼付き性は、図4に示すように表面に溶射皮膜42が形成された円筒状試験片基材41を回転させ、これにSS400鋼板43を押し付けることにより、皮膜42と鋼板43の接触面において、焼付きが発生した時点での押し付け圧力を測定することによって評価した。なお、基材41の回転速度は、2m/sとした。
【0058】
(4)熱衝撃試験方法
溶射皮膜の熱衝撃試験は、円筒状試験片を電気炉中で600℃、15分間加熱した後、15℃の水道水中に投入する操作を1サイクルとし、最長25サイクル実施した。この間1サイクル毎に溶射皮膜の表面を目視または拡大鏡で観察し、皮膜表面の変化を記録した。
【0059】
(5)試験結果
(I)摩耗試験結果を図5に示す。この結果から明らかなように、本発明に適合する溶射皮膜の摩耗量は摩擦回数1200回の試験でも、最高6mgであり、比較例5−1の皮膜の摩耗量14mgと比較して、優れた耐摩耗性を有することが認められた。
(II)溶射皮膜の摩擦係数、焼付き試験結果および熱衝撃試験結果を、表5に示す。本発明の皮膜はいずれも比較用の皮膜に対し、摩擦係数が1.2〜1.4倍程度高く、グリッピング性に優れた特性をもっている。また、耐焼付き性においては、比較例の皮膜に比べて2.7倍の線圧に耐え、熱衝撃試験では比較例の皮膜が10サイクル目にクラックが発生したのに対し、本発明に適合する溶射皮膜は25サイクル後でも健全な状態を維持していた。
【0060】
【表5】

【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明にかかる高温部材搬送用ロールおよびその製造方法と溶射材料は、鋼材の熱間圧延設備用各種部材、例えば熱延鋼材(板)を搬送するための搬送用ロール、その他の熱関連設備部材としても好適に用いられる。その他、アルミニウムやチタンなどの非金属介在物の熱設備用部材としても好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】Fe−Al合金粉末を含む自溶合金溶射皮膜の断面図である。
【図2】溶射皮膜の摩耗特性を評価する試験装置の概念図である。
【図3】溶射皮膜の摩耗係数を測定する方法を示す図である。
【図4】溶射皮膜の焼付き性特性を評価する試験装置の概念図である。
【図5】摩耗試験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
1 ロール基材
2 自溶合金マトリックス
3 Fe−Al合金粒子
21 平板試験片
22 溶射皮膜
23 SiCペーパー
24 円板形状の回転体
31 溶射皮膜
32 ロール状の部材
33 鉄フォイル
34 スプリング
35 ウエイト(重量)
36 ロードセノレ
37 モータ
41 試験片基材
42 溶射皮膜
43 鋼板



【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール基材の表面に、Ni基自溶合金マトリックス中にFe−Al合金粉末が分散した溶射皮膜を被覆してなる高温部材搬送用ロール。
【請求項2】
前記Fe−Al合金は、Al含有量が5〜50mass%で、粒径が1〜100μmの粉末であることを特徴とする請求項1記載の高温部材搬送用ロール。
【請求項3】
前記Ni基自溶合金マトリックス中に分散させたFe−Al合金粉末の分散量が、5〜35mass%であることを特徴とする請求項1または2に記載の高温部材搬送用ロール。
【請求項4】
前記Ni基自溶合金は、Cr:1〜25mass%、B:1〜5mass%、Si:1〜5mass%およびC:1.5mass%以下を含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高温部材搬送用ロール。
【請求項5】
前記Ni基自溶合金は、Cr:1〜25mass%、B:1〜5mass%、Si:1〜5mass%およびC:1.5mass%以下を含み、かつFe:4mass%未満、Co:1mass%以下、Mo:8mass%以下、Cu:5mass%以下およびW:15mass%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有し、残部がNiおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の高温部材搬送用ロール。
【請求項6】
ロール基材の表面に、Al含有量が5〜50mass%のFe−Al合金粉末をNi基自溶合金粉末中に5〜35mass%の割合で混合してなる溶射材料を溶射して、厚さ100〜5000μmの溶射皮膜を形成し、その後、この溶射皮膜で被覆したロール基材を1050〜1150℃、0.1〜5時間の条件で加熱することにより、該溶射皮膜中のNi基自溶合金マトリックスを溶融させることを特徴とする高温部材搬送用ロールの製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載の高温部材搬送用ロールの表面に被覆する溶射皮膜に用いられるものであって、必須成分としてCr:1〜25mass%、B:1〜5mass%、Si:1〜5mass%およびC:1.5mass%以下を含み、その他選択的添加成分として、Fe:4mass%未満、Co:1mass%以下、Mo:8mass%以下、Cu:5mass%以下およびW:15mass%以下、残部がNiおよび不可避的不純物からなるNi基自溶合金粉末に、Al含有量が5〜50mass%で、粒径が1〜100μm以上のFe−Al合金粉末を5〜35mass%の割合で混合してなることを特徴とする溶射材料。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−255738(P2006−255738A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−74826(P2005−74826)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】