説明

黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法および黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材

【課題】白色のY溶射粉末材料を用いて、黒色の酸化イットリウム溶射皮膜を形成するための技術を提案する。
【解決手段】白色の溶射用Y粉末材料を用い、プラズマ・ジェット発生用作動ガスとして、Ar、Heなどの不活性ガス中に水素ガスを添加した混合ガスによるプラズマ溶射法によって、プラズマ熱源中に含まれる原子状の水素が有する強い還元作用で、Y粉末の酸素の一部が消失したY3−xの黒色粒子に変化させて、基材表面に、黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
〔技術分野〕
本発明は、熱放射性や耐損傷性などの特性に優れるとともに、溶射皮膜製品のカラーデザイン性にも優れる黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法と、その黒色酸化イットリウム皮膜被覆部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶射法は、金属やセラミックス、サーメットなどの粉末を、プラズマジェットや燃焼炎によって溶融しつつ、飛行させ、被溶射体(基材)の表面に吹き付けることによって、該基材の表面に皮膜を形成する技術であり、多くの産業分野において広く採用されている表面処理技術の一つである。ただ、溶融状態の微粒子を積層することによって得られる溶射皮膜は、その皮膜を構成する粒子どうしの結合力の強弱や結合しない粒子の有無の量、また、熱源によって完全に溶融しない粒子(以下、「未溶融粒子」という)の存在などによって、皮膜の機械的強度や耐食性に大きな差が生じることが知られている。このため、従来の溶射技術開発の目標は、高温の熱源、例えば、プラズマを熱源とする溶射粒子の完全溶融の実現を目指す装置や高速の燃焼炎を用いて、溶射粒子に大きな運動エネルギーを与え、被溶射体の表面に強い衝突エネルギーを発生させることによって、粒子間結合力を高めるとともに気孔率を小さくし、さらに皮膜と基材との接合力を向上させるものであった。
【0003】
一方、大気中で金属皮膜を形成すると、すべての溶射粒子が空気と接触して、粒子の表面に酸化膜が生成することによって、粒子間結合力や基材との密着性を阻害する。従来のこのことを解決するため、例えば、特許文献1に開示されているような低圧の不活性ガス雰囲気中における溶射法が開発された(一般には減圧プラズマ溶射法と呼ばれている。)。具体的には、空気を排出した真空容器中に、Arガスを50〜200hPa導入し、この雰囲気中でプラズマ溶射する方法である。
【0004】
しかし、酸化物系セラミックの溶射皮膜は、溶射材料粉末自体が既に酸化しているため、大気中で溶射しても酸化することがなく、一方で、減圧下のArガス雰囲気中で溶射しても、溶射粒子にはとくに化学変化が生じにくいことから、減圧プラズマ溶射法による研究開発例は、大気プラズマ溶射に比較して少ないのが現状である。
【0005】
また、従来の溶射皮膜は、この皮膜が保有する硬さ、耐摩耗性、耐熱性、耐食性あるいは密着性などの向上をはかるために、金属(合金)、セラミック、サーメットなどの溶射材料の種類や化学成分の選定をはじめ、溶射法の選択と溶射条件の決定などに重点が置かれ、溶射皮膜がもつ色(彩)の工学的利用や溶射皮膜製品のカラーデザイン的商品価値の向上に関する検討は殆ど行われていないのが現状である。
【0006】
しかしながら、セラミック溶射皮膜は、その外観色を観察すると、溶射材料としての酸化クロム(Cr)粉末は、黒色に近い濃緑色であるが、これをプラズマ溶射した場合、黒色の皮膜となる。一方、酸化アルミニウム(Al)粉末は白色であり、これをプラズマ溶射して得られる皮膜もまた白色である。ただし、酸化チタン(TiO)粉末は白色系であるが、これをプラズマ溶射すると黒色系の皮膜になる。このように、溶射皮膜の色が変化する原因は、溶射熱源中において、例えばTiOを構成する酸素の一部が消失して、(Ti2n−1)で示される酸化物となるためではないかと考えられている。(特許文献2)
【0007】
以上、説明したように、酸化物系セラミック溶射皮膜の色は、一部の酸化物を除き、溶射用粉末材料自体の色がそのまま皮膜の色として再現されるのが普通である。例えば、酸化イットリウム(Y)は、通常、酸化アルミニウム(Al)と同じように、粉末材料の状態はもとより、この粉末材料を溶射して得られる溶射皮膜もまた白色系である。Yは、たとえこれをプラズマ熱源中で溶射しても、Y粒子を構成するYとO(酸素)の結合状態に変化はないと考えられる。それは、金属元素としてのAlやYは、ともに酸素との化学的親和力が極めて強く、高温のプラズマ環境中においても酸素を消失することなく、溶射皮膜となった後でも、粉末材料時のA1、Yの物理化学的特性をそのまま維持しているためと考えられるからである。
【0008】
上記Y溶射皮膜は、耐熱性や耐高温酸化性、耐食性に優れるとともに、半導体製造装置やその加工工程で使用されるハロゲン化物を用いた低温プラズマによるプラズマエッチング雰囲気中にあっても、卓越した抵抗性(耐プラズマエロージョン性)を発揮することから、多くの産業分野で使用されているセラミック皮膜である(特許文献3〜7)。
【0009】
一般に使用されている上記Y溶射皮膜は、そのすべてが白色系であり、それなりの効果が認められているが、Y溶射皮膜の従来の特性を変化させることなく、この皮膜の色を変化させ、これを工学的およびカラーデザイン的商品価値の向上に利用する技術についての提案はない。
【0010】
次に、基材の表面を改質する技術としては、上掲の溶射皮膜を被覆形成するものの他、電子ビーム照射やレーザビーム照射を利用する技術がある。例えば、電子ビーム照射に関しては、特許文献8において、金属皮膜に電子ビームを照射してこの皮膜を溶融して気孔を消滅させる技術、また特許文献9には、炭化物サーメット皮膜や金属皮膜に対して電子ビームを照射して、皮膜の性能を向上させる技術などが知られている。さらに特許文献10には、ZrO系セラミック溶射皮膜に対して、レーザビーム照射する技術が開示されている。さらに、特許文献12には、希土類酸化物の溶射皮膜を形成する場合に、溶射材料中にカーボン、Ti、Moを添加することによって、皮膜を灰色〜黒色に変化させる技術が開示されている。しかし、この技術は、溶射粉末材料への異種成分の添加を必須条件としているため、添加作業の増加に加え、皮膜成分の純度低下による物理化学的性質の低下が免れない。
【0011】
いずれにしても、これらの先行技術は、溶射皮膜気孔の消滅や密着性の向上、または再溶融後の冷却過程を利用して皮膜に縦割れを発生させることを目的とした技術であり、異種成分の添加なしに溶射皮膜の外観色を変化させる方法の提案ではない。
【0012】
以上のような現状に対して、発明者らは、さきに特許文献11に開示したように、白色のY溶射皮膜にレーザビームや電子ビームを照射することによって、これを黒色に変化させることに成功するとともに、黒変化による熱放射特性およびカラーデザイン的商品価値を利用できることを提案した。
【特許文献1】特開平6−196421号公報
【特許文献2】特開平9−069554号公報
【特許文献3】特開平10−004083号公報
【特許文献4】特開平10−163180号公報
【特許文献5】特開平10−547744号公報
【特許文献6】特開2001−164354号公報
【特許文献7】特開2003−321760号公報
【特許文献8】特開昭61−104062号公報
【特許文献9】特開平9−316624号公報
【特許文献10】特開平10−202782号公報
【特許文献11】特開2006−118053号公報
【特許文献12】特開2004−100039号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、白色のY粉末からなる溶射材料を用いて、酸化イットリウムの黒色溶射皮膜を形成する方法を提案するものである。この方法によれば、次のような現状の課題を解決することができる。
(1)従来技術によるイットリウムを含む希土類金属の酸化物溶射皮膜の着色は、溶射粉末中にカーボン、Ti、Moなどの異種材料を添加することを必須工程としていたため、生産工程の増加によるコストアップに加え、異種成分の混入による皮膜純度の低下、耐食性、耐熱性などの物理化学的性質の劣化が免れない。
(2)従来技術による酸化イットリウム溶射皮膜の黒変化の処理は、白色のY溶射皮膜を形成後、その表面をレーザビームや電子ビーム照射することによって行っていたが、本発明によれば、レーザビームや電子ビーム照射処理工程を省略できるので、設備費の節減、生産性の向上、生産コストの低下など経済的利点が大きい。
(3)本発明によって得られる酸化イットリウムの黒色溶射皮膜(以下、「黒色酸化イットリウム溶射皮膜」ともいう)は、従来法による白色Y溶射皮膜が保有している耐食性、耐損傷性(特に耐プラズマ・エロージョン性)を維持しつつ、黒色化による熱放射特性をはじめ、次に示すような新しい機能を付加することが可能となる。
(4)黒色酸化イットリウム皮膜を形成した製品は、表面研削のような機械的加工を行ったとしても、常に所定の黒い光沢を維持することができ、商品価値を上げることができる。
(5)黒色系溶射皮膜は、白色系溶射皮膜に比較して汚れが目立ちにくく、半導体加工装置部材に適用すれば皮膜被覆部材の洗浄回数を低減できるので、生産性の低下を招くことはない。また、黒色系皮膜は、熱吸収能力や遠赤外線放射能力に優れ、放熱や受熱などの熱交換特性の向上と耐環境性に優れると考えられる。これらの熱特性は、プラズマエッチングなどの半導体加工速度を上げ生産性の向上に寄与することが期待できる。
(6)本発明によって得られる黒色の酸化イットリウム溶射皮膜は、Yが有する特性を阻害することなく、黒色化したものであるから、白色皮膜と同じような用途に使用することができる。
(7)半導体加工装置には、多くのセラミック系溶射皮膜被覆部材が使用されているが、現状ではその溶射皮膜はAlセラミックで代表される白色系であり、また従来技術で形成されたY溶射皮膜も白色である。このため、保守点検時に皮膜材質の区別がつき難く、損傷を受けた場合、対策に手間取ることが多い。このようなときに、本発明に係る黒色のY溶射皮膜被覆部材を配設することによって、皮膜材質の区別が容易となり、保守点検の精度および生産性の向上が期待できる。
(8)従来の溶射皮膜の開発は、耐食性、耐熱性、耐摩耗性などの工学的機能の向上、改善を目的とし、カラーデザイン的な商品価値の向上には無関心であった。半導体加工装置内に配設される溶射皮膜被覆部材を黒色化することによって、前記工学的有利性に加え、カラーデザイン的商品価値の向上による拡版、輸出競争力の増強が期待できる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した課題を解決するため、本発明では以下に述べる解決手段を採用する。
本発明は、不活性ガスと水素ガスとの混合ガスをプラズマ・ジェット発生用作動ガスとして、白色のY粉末をプラズマ溶射することによって、酸化イットリウムの黒色溶射皮膜を形成することを特徴とする黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法である。
【0015】
また、本発明では、
(1)前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜は、前記プラズマ・ジェット中に含まれる原子状水素が有する還元作用によってY粉末の酸素の一部が消失した状態のY3−xで表わされる黒色粒子の堆積によって形成されたものであること、
(2)溶射雰囲気を、不活性ガスによる50〜600hPaの減圧環境に維持すること、
(3)溶射雰囲気を、プラズマ溶射ガンの周囲に非酸化性ガスを流して、被表面に向うプラズマ・ジェットへの空気の侵入を防止した環境とすること、
(4)前記白色のY粉末からなる溶射材料は、粒径が5〜80μmの大きさであること、
(5)プラズマ・ジェット発生のための前記作動ガスは、不活性ガスと水素ガスとの容積比が10/1〜3/1の範囲内のガスであること、
(6)前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜は、基材の表面に直接、またはアンダーコートを介して形成されていること、
(7)前記基材は、ステンレス鋼を含む各種鋼、アルミニウムおよびその合金、チタンおよびその合金、タングステンおよびその合金、モリブデンおよびその合金、焼結炭素、石英、ガラス、プラスチック類、酸化物系および非酸化物系のセラミック焼結体から選ばれる一種以上の金属系または非金属系基材であること、
(8)前記アンダーコートは、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、MoおよびMo合金、TiおよびTi合金、Alおよびその合金の中から選ばれる1種以上の金属もしくはその合金であること、
が、好ましい解決手段を与えることになるものと考えられる。
【0016】
また、本発明は、上記の方法によって形成されたY3−xの組成を示す酸化イットリウムの黒色溶射皮膜が、膜厚が50〜2000μmの厚さで形成されていることを特徴とする黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材を提案する。
【0017】
本発明では、
(1)前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜と基材との間には、膜厚が50〜500μmのアンダーコートを設けてなること、
(2)前記基材は、ステンレス鋼を含む各種鋼、アルミニウムおよびその合金、チタンおよびその合金、タングステンおよびその合金、モリブデンおよびその合金、焼結炭素、石英、ガラス、プラスチック類、酸化物系および非酸化物系のセラミック焼結体から選ばれる一種以上の金属系または非金属系基材であること、
(3)前記アンダーコートは、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、MoおよびMo合金、TiおよびTi合金、Alおよびその合金の中から選ばれる1種以上の金属もしくはその合金であること、
が、好ましい解決手段を与えることになるものと考えられる。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る黒色の酸化イットリウム溶射皮膜は、その皮膜形成法および皮膜自体に次に示すような効果がある。
(1)市販されている白色の溶射用Y溶射粉末を用いて、溶射熱源としてのプラズマ・ジェット発生用の不活性ガス中に、還元性ガス、例えば、還元性の強い水素ガスを所定の割合で添加することによって、黒色の酸化イットリウム皮膜を形成することができるので、減圧プラズマ溶射装置を含め、既存の溶射関連装置のみで生産可能である。
(2)従来技術(特許文献11)による黒色酸化イットリウム溶射皮膜は、一旦プラズマ溶射法によって、白色のY皮膜を形成後、二次工程としてその皮膜表面をレーザビームや電子ビーム照射することによって黒変化させていたが、本発明では二次工程を省略することができるとともに、高エネルギー照射設備が不要となる。このため、作業性の向上に加え、新設備が不要になるなどの経済的効果が大きい。
(3)また、従来技術による減圧下の無酸素プラズマ溶射法による黒色酸化イットリウム皮膜の形成法(特許文献11)は、濃淡いろいろな黒色が現れ、品質が安定しなかったが、本発明の方法によって、安定した黒色酸化イットリウム皮膜が得られ、品質の向上および生産性が著しく向上する。
(4)本発明に係る黒色の酸化イットリウム溶射皮膜は、白色のY溶射皮膜と同等の耐食性および耐プラズマ・エロージョン性をもっているので、同じ用途に使用することができる。
(5)皮膜を黒色化することによって、この皮膜を伝熱面や受熱面に形成すると、熱放射および受熱効率が向上し、半導体加工装置に組み込むと、プラズマエッチング加工速度を向上させるとともに、その品質の均等化に効果を発揮する。
(6)本発明に係る黒色の酸化イットリウム溶射皮膜被覆部品を半導体加工装置などに使用すると、パーティクルやエッチング作用による反応生成物の付着が目立ちにくいため、必要以上に装置を洗浄することがなく、作業効率の向上が期待できる。
(7)黒色の酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材を揃えた半導体加工装置は、カラーデザイン的にも評価が高く、商品価値に優れた工業製品となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
白色のY粉末からなる溶射材料を用いて、黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成する方法について説明する。
本発明では、市販の白色のY粉末からなる溶射材料を用いて、黒色酸化イットリイウム溶射皮膜を形成するために、とくに、溶射ガン中に熱源として導入する作動ガスとして、ArやHeなどの不活性ガスだけでなく、さらにその中に水素ガス等の還元性ガス等の還元性ガスを添加すること、および溶射ガスから基材に向う溶射粒子の飛行ルートである成膜(溶射)雰囲気中の酸素ポテンシャルを低くすることが必要である。
【0020】
以下に黒色酸化イットリウム溶射皮膜が生成する理由を説明する。一般に、プラズマ溶射法の作動ガスとしては、ArやHeなどの不活性ガスが用いられる。これは、直流電圧を負荷して得た溶射ガン中のアーク中に、不活性ガスを流すことにより、高温のプラズマ・ジェットを発生させて、熱源とするためである。このプラズマ・ジェット熱源の環境は、ArやHeなどから電離した電子、イオン、原子、および分子の集合体から構成されているので、環境としては外部から空気が混入しない限り還元性もしくは非酸化性である。
【0021】
しかし、このような状態にある溶射ガン中のプラズマ熱源に、白色のY粉末を供給して溶射した場合に得られる溶射皮膜は、白色であり、外観色に変化は生じない。その理由は、通常のプラズマ溶射法は、プラズマ・ジェットの還元力が弱いうえ、溶射粒子が飛行していく溶射雰囲気が大気中になっているため、熱源によって溶融されて、噴射飛行するY粒子が空気に接触するため、白色のままなのである。
ただし、減圧プラズマ溶射法のように、溶射雰囲気、即ち、溶射環境中の酸素分圧が極めて低く、実質的に無酸素なArガスの50〜200hPaの減圧下で成膜すると、弱酸化性の下で灰色に変化することがあるものの、黒色化にまでは到らないのが実情である。
【0022】
そこで、本発明では、図1に示すように、
a.減圧容器1内に設置される溶射ガン2内に導入する作動ガス4として、従来のArやHeに加え、還元性の強い水素ガスを混合して導入すること、
b.上記溶射ガン2や被処理基材3が配置されている減圧容器1内を、ArやHeなどの不活性雰囲気に維持すること、
が重要である。
【0023】
とくに、溶射ガン2中に還元性ガスである水素ガスを添加した混合ガスを、プラズマ発生用作動ガスとすることが不可欠である。それは、このような混合ガスからなる作動ガスを用いることによって発生するプラズマ中には、強い還元性を示す原子状の水素が存在するため、同じくこの溶射ガン2中に導入される溶射材料(白色Y粉末)5が還元され、これがプラズマ・ジェット6に乗って基材表面に被着し、このとき形成される酸化イットリウム溶射皮膜7は、還元された黒色のY3−x溶射粒子が堆積して得られたものになり、黒色皮膜が形成されるようになる。このことについて、発明者らは、黒色酸化イットリウム溶射皮膜は、白色のY粒子から酸素原子の一部が消失したY3−xのような組成の粒子、皮膜となるものと考えている。ここで、発明者らは、白色の酸化イットリウムはY、本発明の適用に従って得られる前記Y3−xの組成になる黒色酸化イットリウムについては、そのまま酸化イットリウムと呼ぶことにした。なお、Alは、前記水素ガスを含むプラズマ・ジェット熱源を用いて成膜しても白色を呈するので、Yの黒色化現象は本発明に特有の現象と考えている。
【0024】
本発明においては、溶射ガン2中の熱源の不活性ガス中に水素ガスを添加した混合作動ガス4を用いて発生させたプラズマ熱源であっても、溶射ガンから被処理表面(基材表面)に向う溶射粒子の飛行ルート上が大気中(酸化雰囲気)だと、溶融粒子が空気に触れてと再び白色や灰色に戻るので、溶射雰囲気(粒子飛行ルートのこと)の制御もまた重要である。即ち、減圧容器1を用いることなく、大気プラズマ溶射(飛行ルートが大気下である)する場合は、前記プラズマ・ジェット6に空気が混入しないような環境遮断装置を取り付けるとか、プラズマ・ジェットのまわりにAr、He、Nなどの不活性ガスまたは反応性の低いガスを流して、溶融状態で飛行する溶射粒子と空気との直接的な接触を避ける必要がある。この点、減圧の不活性ガス雰囲気で成膜する減圧プラズマ溶射装置を用いれば、溶射飛行途中の粒子と空気(正確には酸素)との接触がないので好都合である。
【0025】
なお、ArやHeなどのプラズマ発生ガス中に添加するHガス量は、容積比で次のような混合比とすることが好ましい。即ち、
Arガス/水素ガス=10/1〜3/1
の混合比が、10/1、好ましくは5/1より少ない場合には、酸化イットリウムの黒色化が不十分であったり、色の品質が一定しないからであり、また、Arガスを3/1より多く混合しても、黒色化の効果が飽和するからである。プラズマ発生ガスとして、ArとHeの混合ガスを用いる場合にも、前記Arガス単独量に対するHガスの割合を維持することによって発明の目的を達成することができる。上記の比率は、好ましくは5/1〜3/1程度である。
【0026】
図2(a)〜(d)は、本発明に係る技術によって形成された黒色酸化イットリウム溶射皮膜と従来技術によるY皮膜との外観を示したものである。この結果から明らかなように、本発明に適合するAr/H混合ガスをプラズマ・ジェット発生用作動ガスとして用い、さらに溶射環境をも非酸化性雰囲気に制御して、酸素分圧の少ない雰囲気下で溶射すれば、黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成が可能である。
【0027】
(a)Ar/H容積比=4/1のプラズマ・ジェット発生ガスを用い、Arガス200hPaの雰囲気中で白色のYを溶射(マンセル記号:N3、黒ないしは暗い灰色)。
(b)Arのみをプラズマ・ジェット発生用作動ガスとして用い、Arガス200hPaの雰囲気中で白色のYを溶射(N5、明るい灰色)。
(c)(a)の条件ガスを用い、大気中で溶射ガンの雰囲気にArガスを流しつつ白色のYを溶射(N4、中位の灰色)。
(d)(b)の条件ガスを用い、大気中で白色のYを溶射(N9、白)。
【0028】
次に本発明に係る黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成するための素材となるY粉末について、これの粒度と純度について説明する。
粉末の粒度は、5〜80μmの粒径範囲がよく、特に5〜50μmのものが好適である。粒径が80μmより大きい粉末は、溶射熱源中で完全に溶融しない未溶融粒子が含まれることが多いからである。未溶融粒子の内部は、水素ガスを含むプラズマ熱源の影響を受けていないため、白色の状態を維持している場合がしばしば認められるので、皮膜品質を低下させる要因となる。一方、5μm以下の粒子は、内部まで完全に溶融して黒色化するが、粉末供給機からの溶射ガンへの送給速度が不安定となったり、プラズマ熱源中で溶融昇華状態となって、皮膜を構成するための強度因子とならないため、溶射皮膜としての断面組織が不均等、不揃いとなるほか、皮膜の強度が劣化することがあるからである。
【0029】
本発明に使用するY粉末の純度は、不純物が(例えばFe、Mg、Cr、Al、Ni、Siなど)の少ないものほどよいが、最近、発明者らが市販品を調査したところ、すべて98(質量%)以上であり、これら市販品を使用しても黒色酸化イットリウム溶射皮膜と形成することができたので、特には限定しない。
【0030】
次に、黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成するための基材について説明する。本発明において、上記の酸化イットリウムの黒色溶射皮膜を形成する対象、即ち基材は、Alおよびその合金、ステンレス鋼、Tiおよびその合金、セラミックの焼結体(例えば、酸化物、窒化物、硼化物、珪化物およびこれらの混合物)をはじめ、石英、ガラス、プラスチックなど如何なる素材も使用が可能である。また、これらの素材の上に、各種の蒸着膜やめっき膜を施したものを使用することができ、これらの素材の表面に直接またはアンダーコートや中間層を介して成膜してもよい。
【0031】
次に、黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材の皮膜構造について説明する。
本発明に係る部材において、基材表面に、上記の酸化イットリウムの黒色溶射皮膜を直接被覆する場合の他、この溶射皮膜の形成に先立って、まず該基材表面に、アンダーコートを形成し、その後、トップコートとして前記黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成して、皮膜の密着性を向上させるようにしてもよい。この場合、アンダーコートの材料としては、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、Moおよびその合金、Tiおよびその合金、Alおよびその合金、Mg合金などから選ばれるいずれか1種以上の金属、合金を用いて、厚さ50〜500μm程度に施工することが好ましい。
【0032】
この場合において、アンダーコートの溶射皮膜が50μmより薄いとアンダーコートとして作用効果が弱く、一方、その厚さが500μmを超えると被覆効果が飽和し、成膜作業による製作費の向上を招くので得策でない。
【0033】
なお、アンダーコートは、電気アーク溶射法、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、爆発溶射法などを用いることが好ましい。
【0034】
一方、トップコートとなる本発明に係る黒色の酸化イットリウム溶射皮膜は、基材表面に直接成膜するものであれ、また前記アンダーコートの上に溶射積層する場合であれ、いずれにしても50〜2000μmの厚さに施工することが好ましい。50μmより薄い皮膜では、耐食性および耐プラズマ・エロージョン性が十分でなく、一方2000μmより厚くしてもその効果が飽和して経済的でないからである。
【0035】
前記アンダーコートは、黒色の酸化イットリウム溶射皮膜と基材との中間層として形成するものであって、その役割は、基材との密着強さを発揮する一方、トップコートとして形成する黒色の酸化イットリウムとも良好な密着性を維持するものが選ばれる。材質としては金属質のものが好適であり、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、Moおよびその合金、Tiおよびその合金、Alおよびその合金、Mg合金などから選ばれるいずれか1種以上の金属、合金を用いて、厚さ50〜500μm程度に施工することが好ましい。
【0036】
この場合において、アンダーコートの溶射皮膜が50μmより薄いとアンダーコートとしての作用効果が弱く、一方、その厚さが500μmを超えると被覆効果が飽和し、成膜作業による製作費の向上を招くので得策でない。
【実施例】
【0037】
(実施例1)
この実施例では、電熱線を内蔵した石英ガラス製の保護管の表面に、従来技術によるYの白色溶射皮膜と、特許文献11で開示した白色Y溶射皮膜を電子ビーム照射によって黒色化した皮膜、および本発明の酸化イットリウムの黒色溶射皮膜(50μm厚)を形成した後、電熱線に電流を通し、それぞれの皮膜の表面から放出される波長を調査した。その結果、Y白色溶射皮膜では0.2〜1μm程度であったが、酸化イットリウムの黒色溶射皮膜では電子ビーム照射処理および本発明による黒色皮膜とも0.3〜5μmとなり、赤外線の放出が認められ、加熱ヒータとしての効率に差が認められた。
【0038】
また、石英ガラス製のヒ一夕に替えて、ハロゲンランプ(高輝度ランプ)の表面に前記2種類の酸化イットリウムの黒色溶射皮膜(50μm厚)を施工すると、皮膜のない状態のランプの波長は0.2〜0.4μmの範囲にあったのに対し、黒色溶射皮膜を施したものでは、0.3〜10μmとなり、遠赤外線領域での利用となり、加熱ヒータとしての効率の向上が明らかとなった。なお、従来技術によるYの白色溶射皮膜では、溶射皮膜の施工がない状態と同一か、またはそれ以下の波長の範囲内であった。
【0039】
以上の結果から、本発明に係る黒色酸化イットリウム溶射皮膜は、半導体加工装置用部材として耐プラズマ・エロージョン性の向上にとどまらず、エッチング加工速度を促進させるための熱源としても有用であることが判明した。
【0040】
(実施例2)
この実施例では、SUS410鋼(50mm×50mm×5mm)の試験片の表面をブラスト粗面化処理を行った後、Arガスで雰囲気圧力を50〜200hPaに制御した減圧プラズマ溶射法によって、Yを150μm厚に形成した。その際、Y膜の形成に先立って、大気プラズマ溶射法によってNi−Al合金のアンダーコートを100μm厚に施工した試験片の有無について、その効果を調べるようにした。
また、減圧プラズマ溶射に際しては、本発明に係る黒色皮膜を形成する場合には、作動ガスとしてAr/H容積比を5/1としたものを用い、また、比較例の場合にはAr/He比を5/1としたものを用いた。
溶射皮膜を形成した試験片は、Yを溶射して形成したトップコートの外観色を調査した後、下記の熱衝撃試験を行って、該溶射皮膜の耐剥離性を調べた。
【0041】
表1は、以上の結果を要約したものである。この結果から明らかなように、本発明に係るプラズマ熱源の作動ガスとしてAr/H容積比5/1の条件で成膜した試験片(No.1〜4)は黒色を呈し、水素ガスを含まないAr/He容積比=5/1の条件で形成された試験片(No.5〜8)は灰色を示し黒色にはならなかった。
【0042】
これらの試験片を500℃に加熱した電気炉中で15分間維持した後、25℃の水中へ投入する操作を5回繰り返した結果、全供試皮膜すなわち基材に、Y溶射皮膜を直接形成したもの、およびNi−Al合金のアンダーコートを施工したものはもとより、Y溶射皮膜の外観色に関係なく、本実施例の条件ではすべて優れた耐熱衝撃性を発揮し、黒色化による耐剥離性の低下は認められなかった。
【0043】
【表1】

【0044】
(実施例3)
この実施例では、実施例2に示した溶射試験片をすべて大気プラズマ溶射法によって皮膜を形成し、実施例2と同条件の熱衝撃試験によって、皮膜の耐剥離性を調査した。なお、大気プラズマ溶射法では、Ar/H容積比4/1を用いるとともに、溶射ガンの周辺、特に溶射ガン出口付近にArガスを多量に流して、プラズマ・ジェットへの空気の侵入を防止した。
【0045】
表2は、この結果を示したもので、大気溶射法によって黒色酸化イットリウム溶射皮膜を形成しても、実施例2の減圧プラズマ溶射法はもとより、従来技術による白色のY溶射皮膜同様、優れた耐剥離性を保持していることが確認された。
【0046】
【表2】

【0047】
(実施例4)
この実施例では、50mm×50mm×5mm厚さのアルミニウム基材を用いて、その表面に大気プラズマ溶射法によって、溶射熱源として組成の異なるプラズマ・ジェット発生用の作動ガスを用いてY溶射皮膜とA1溶射皮膜を150μm厚さに形成した。その際、アンダーコートとしてNi−Al合金膜(100μm)の有無のものについても試験条件に加えた。その後、試験片の中央部の表面積10mm×10mmの範囲が露出するように他の部分をマスクし、下記条件にて20時間のプラズマ・エロージョン試験を実施した。なお、他の表面処理法として、アルミニウム基材を陽極酸化(アルマイト)したものを比較試料とした。
【0048】
<プラズマエッチング条件>
エッチングガス;CF、Ar、O(容積比で10:100:1)
プラズマ出力;1300W
試験結果を表3に示した。この結果から明らかなように、比較例の現行技術による陽極酸化皮膜(No.10)、A1溶射皮膜(No.7、8)およびBC溶射皮膜(No.9)は、いずれもプラズマ・エロージョン量が大きく、この種のプラズマ環境中での耐久性に乏しいことがわかる。
これに対して、本発明に係る黒色酸化イットリウム溶射皮膜(No.1〜4)は、アンダーコートの有無に関係なく、優れた耐プラズマ・エロージョン性を発揮した。なお、同条件で試験した白色Y溶射皮膜(No.5〜8)と比較しても、全く遜色のない耐久性を発揮していることが確認された。
【0049】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明に係る技術は、酸化イットリウムの黒色化だけでなく、他のセラミックスの、例えば、TiOやTiO−Alなどの黒色化技術としても利用でき、半導体、液晶、その他、高分子工業や機械工業などの分野で用いられる部材の形成に応用される。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】プラズマ溶射ガンの略線図である。
【図2】酸化イットリウム溶射皮膜の外観色の電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガスと水素ガスとの混合ガスをプラズマ・ジェット発生用作動ガスとして、白色のY粉末をプラズマ溶射することによって、酸化イットリウムの黒色溶射皮膜を形成することを特徴とする黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項2】
前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜は、前記プラズマ・ジェット中に含まれる原子状水素が有する還元作用によってY粉末の酸素の一部が消失した状態のY3−xで表わされる黒色粒子の堆積によって形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項3】
溶射雰囲気を、不活性ガスによる50〜600hPaの減圧環境に維持することを特徴とする請求項1または2に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項4】
溶射雰囲気を、プラズマ溶射ガンの周囲に非酸化性ガスを流して、被表面に向うプラズマ・ジェットへの空気の侵入を防止した環境とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項5】
前記白色のY粉末からなる溶射材料は、粒径が5〜80μmの大きさであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項6】
プラズマ・ジェット発生のための前記作動ガスは、不活性ガスと水素ガスとの容積比が10/1〜3/1の範囲内のガスであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項7】
前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜は、基材の表面に直接、またはアンダーコートを介して形成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項8】
前記基材は、ステンレス鋼を含む各種鋼、アルミニウムおよびその合金、チタンおよびその合金、タングステンおよびその合金、モリブデンおよびその合金、焼結炭素、石英、ガラス、プラスチック類、酸化物系および非酸化物系のセラミック焼結体から選ばれる一種以上の金属系または非金属系基材であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項9】
前記アンダーコートは、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、MoおよびMo合金、TiおよびTi合金、Alおよびその合金の中から選ばれる1種以上の金属もしくはその合金であることを特徴とする請求項7に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜の形成方法。
【請求項10】
基材表面に、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法によって形成された、Y3−xの組成を示す酸化イットリウムの黒色溶射皮膜が、膜厚が50〜2000μmの厚さで形成されていることを特徴とする黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材。
【請求項11】
前記酸化イットリウムの黒色溶射皮膜と基材との間には、膜厚が50〜500μmのアンダーコートを設けてなることを特徴とする請求項10に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材。
【請求項12】
前記基材は、ステンレス鋼を含む各種鋼、アルミニウムおよびその合金、チタンおよびその合金、タングステンおよびその合金、モリブデンおよびその合金、焼結炭素、石英、ガラス、プラスチック類、酸化物系および非酸化物系のセラミック焼結体から選ばれる一種以上の金属系または非金属系基材であることを特徴とする請求項10または11に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材。
【請求項13】
前記アンダーコートは、Niおよびその合金、Crおよびその合金、Wおよびその合金、MoおよびMo合金、TiおよびTi合金、Alおよびその合金の中から選ばれる1種以上の金属もしくはその合金であることを特徴とする請求項11に記載の黒色酸化イットリウム溶射皮膜被覆部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2009−138231(P2009−138231A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−315877(P2007−315877)
【出願日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】