説明

III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法

【課題】フラックス法に基づいた結晶成長処理によって、バルク状の高品質な半導体結晶を容易に低コストで生産すること。
【解決手段】フラックス法に基づいて、3.7MPa、870℃の窒素(N2 )雰囲気下において、略同温のGa,Na及びLiの混合フラックスの中で、GaN単結晶20を種結晶(GaN層13)の結晶成長面から成長させる。この時、テンプレート10の裏面は、サファイア基板11のR面であるので、テンプレート10は混合フラックスの中で裏面から溶解または腐食し易い。このため、テンプレート10は、裏面側から徐々に溶解または腐食しつつ、徐々に分離又は消失されていく。GaN単結晶20が例えば約500μm以上の十分な膜厚にまで成長したら、引き続き坩堝の温度を850℃以上880℃以下に維持して、サファイア基板11を混合フラックス中にて全て溶解させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス法によってサファイア基板を用いて実施される III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラックス法にて実施される III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法としては、例えば下記の特許文献1〜5に記載されている従来技術などが公知である。
サファイア基板は、GaN自立基板に比べて格段に安価なため、工業的な利用価値は非常に高い。そして、従来のフラックス法において特にサファイア基板を結晶成長基板として用いる場合には、例えば特許文献1などにも明記されている様に、専らC面を主面とするサファイア基板(以下、C面基板などと言うことがある。)が用いられてきた。また、例えば特許文献2などにも記載されている様に、通常は、その主面上にGaN層からなる種結晶をMOVPE法などによって成膜してから、そのサファイアC面基板を結晶成長基板として使用することが多い。
【0003】
なお、例えば光デバイスや電子デバイスなどの半導体基板として、上記の III族窒化物系化合物半導体結晶を製造する場合などには、強度上の観点より、その取り扱いを容易かつ確実なものとするために、その基板の厚さは通常400μm以上確保されていることが望ましい。
【特許文献1】特開2005−194146
【特許文献2】特開2004−300024
【特許文献3】特開2004−292286
【特許文献4】特開2004−168650
【特許文献5】特開2003−292400
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、GaN層などの種結晶を成膜したサファイア基板(以下、これをテンプレートと言う。)を結晶成長基板として用いた場合には、その後フラックス法に基づいて成長する III族窒化物系化合物半導体からなる所望の半導体結晶とサファイア基板との間には大きな熱膨張係数差があるため、所望の半導体結晶を厚く積層すると、反応室から半導体結晶を取り出す際にその結晶中にクラックが多数発生してしまう。このため、下地基板(結晶成長基板)として上記の様なテンプレートを用いた場合、例えば膜厚400μm以上の高品質な半導体結晶を得ることは困難となる。
【0005】
本発明は、上記の課題を解決するために成されたものであり、その目的は、フラックス法に基づいた結晶成長処理によって、バルク状の高品質な半導体結晶を容易に、低コストで生産することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するためには、以下の手段が有効である。
即ち、本発明の第1の手段は、アルカリ金属を有する混合フラックスの中で、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)又はインジウム(In)の III族元素と窒素(N)とを反応させることによって、 III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させる半導体結晶の製造方法において、 III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させる下地基板に、裏面が一連のC面ではないサファイア基板を用い、このサファイア基板の少なくとも一部を III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、または III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程後にその成長温度付近で、上記の混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解させることである。
【0007】
ただし、一連のC面とは、裏面が略平面状に形成されており、かつ、その略一面全面がC面から構成されていることを言う。ただし、通常、サファイア基板の表面上には、研磨傷や、クラックや、若干のステップ状の段差や、転位などが形成されているので、サファイア基板の裏面の法線方向とそのC軸の方向とを故意にずらしたり、サファイア基板の裏面に故意に曲部、山部、谷部、段差、溝、穴、凹凸などを設けたりしていない限りにおいては、サファイア基板の裏面が略平面状に形成されており、かつ、その略一面全面がC面から構成されていると考えるものとする。
【0008】
また、サファイア基板の全てを混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解させることがより望ましい。また、上記の III族窒化物系化合物半導体としては、2元、3元、又は4元の「Al1-x-y Gay Inx N;0≦x≦1,0≦y≦1,0≦1−x−y≦1」成る一般式で表される任意の混晶比の半導体が含まれ、更に、p型またはn型の不純物が添加された半導体もこれらの半導体の範疇に含まれる。
【0009】
また、上記のサファイア基板の裏面の法線と該サファイア基板のC軸とが成す角度は、10°以上90°以下にすること(本発明の第2の手段)がより望ましく、更により望ましくは、20°以上90°以下がよい。なお、これらの角度(以下、角θで表す。)は、交わる二直線が成す角度のうちの直角以下となる、大きくない方の角度として定義されるものである。
また、サファイア基板の主面として選ぶ面は、低ミラー指数面であることが望ましい。ただし、ここで言う低ミラー指数面とは、ミラー指数の各成分の絶対値がそれぞれ2以下である面のことであり、例えば(1000)面や(1,1,−2,0)面などと表記される面のことを言う。
【0010】
また、本発明の第3の手段は、上記の第2の手段において、上記のサファイア基板の結晶成長面をA面、R面、又はM面から構成することである。
【0011】
また、本発明の第4の手段は、上記の第1乃至第3の何れか1つの手段において、上記の混合フラックス中に、ナトリウム(Na)に加えて、リチウム(Li)又はカルシウム(Ca)を含有させることである。
即ち、用いる混合フラックスのNaに次ぐ第2の主要成分または添加物をリチウム(Li)またはカルシウム(Ca)の少なくとも何れか一方とすることである。
【0012】
また、本発明の第5の手段は、上記の第1乃至第4の何れか1つの手段において、上記のサファイア基板の結晶成長面の上にAlGaNからなるバッファ層を積層し、更に、このバッファ層の上にGaN層を積層することにより形成されたテンプレートから、上記の下地基板を構成することである。
ただし、バッファ層やGaN層を積層する方法としては、通常はMOVPE法などを用いることが多いが、一般にこの成膜方法は任意でよい。なお、種結晶や下地基板の製造方法としては、その他にも例えばフラックス法、HVPE法、MBE法、或いはスパッタリングなどが有効である。また、上記のバッファ層は、低温成長させることが望ましく、また、その膜厚は、約2μm〜4μm程度が望ましい。また、これらのバッファ層は、多層構造または複層構造などに形成してもよい。
【0013】
また、本発明の第6の手段は、上記の第1乃至第5の何れか1つの手段において、 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程前に、サファイア基板の裏面にその表面積を増大させる凹凸を形成することである。
ただし、この凹凸は、機械的に形成しても良いし、化学的または物理的なエッチング処理などによって形成しても良いし、或いはレーザーなどを用いた熱処理などによって形成しても良い。
【0014】
また、本発明の第7の手段は、上記の第1乃至第6の何れか1つの手段において、 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、サファイア基板の裏面を上記の混合フラックスに接触させることである。
ただし、この裏面と混合フラックスとの接触は、十分に行われることが望ましく、フラックスの対流などによって、サファイア基板の裏面に接触する融液(混合フラックス)が必要に応じて随時よく入れ替わることがより望ましい。
したがって、例えばフラックスが熱対流を形成している場合などには、その対流中にサファイア基板を有する下地基板(結晶成長基板)を浮遊させるなどしてもよい。或いは、下地基板を耐熱耐圧容器内の中空に固定して、その容器内をフラックスの融液で満たすことによって、下地基板の各面が何れもフラックスに十分に接触する様にしてもよい。
【0015】
また、本発明の第8の手段は、上記の第1乃至第7の何れか1つの手段において、上記の混合フラックスと上記の III族元素とを攪拌混合しながら III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させることである。
ただし、その攪拌方法は任意でよく、例えば公開特許公報「特開2006−041458( III族元素窒化物結晶半導体デバイス)」に記載されている様な揺動型の装置などを用いて行ってもよい。また、その回動軸の方向は任意でよく、例えば水平でも垂直でもよく、また斜めにしてもよい。
【0016】
即ち、この攪拌混合処理は、揺動、回動、回転などの方法によって反応容器を機械的に運動させる任意の手段によって実施可能であり、また、この攪拌混合処理は、攪拌棒や攪拌羽根(例:特開2004−300024に記載のプロペラ)などを用いてフラックスを攪拌することによって実施しても良い。また、加熱手段などを用いてフラックス中に熱勾配を生じさせ、これによってフラックスを熱対流させることで実施しても良い。また、これらの攪拌方式は、更に任意に組み合わせて実施しても良い。
【0017】
また、本発明の第9の手段は、上記の第1乃至第8の何れか1つの手段において、 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、上記の混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解する保護膜を上記の下地基板の裏面に設けることである。
ただし、この保護膜は、必ずしも下地基板(サファイア基板)の裏面上の全面にムラなく一様に形成する必要はなく、故意にムラを形成したり、例えばマスクなどを使って所定のパターン形状に従って該保護膜を成膜したりしてもよい。この様な保護膜の材料としては、例えばシリコン(Si)や酸化珪素(SiO2 )や窒化アルミニウム(AlN)やタンタル(Ta)などを用いることができ、また、これらの保護膜は、結晶成長や真空蒸着やスパッタリングなどの周知の方法によって成膜させることができる。
【0018】
また、本発明の第10の手段は、上記の第9の手段において、上記の保護膜に、目的の III族窒化物系化合物半導体の中に添加すべき不純物を備えることである。
ただし、その保護膜の全てをその様な不純物から構成してもよい。その様な構成形態を具現し得る材料としては、例えばシリコン(Si)などを挙げることができる。
以上の本発明の手段により、前記の課題を効果的、或いは合理的に解決することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の作用を検証するために、我々は下記の予備実験を実施した。
(予備実験)
主面の面積が約170mm2 、厚さが約430μmのサファイアA面基板、C面基板、及びR面基板をそれぞれ1枚ずつ用意し、同一成分のフラックス中に入れて以下の条件でそれぞれ窒素(N2 )ガス雰囲気下に120時間置いたところ、該処理後の各サファイア基板の質量は、それぞれ下記の表1の通りに減少した。
(1)フラックスの各含有成分の量
(a)Ga : 1000mg
(b)Na : 880mg
(c)Li : 2mg
(2)温 度 : 870℃
(3)窒素ガス雰囲気の圧力 : 3.7MPa
【表1】

以上の予備実験の結果より、高温高圧のフラックス中におけるサファイア基板の混合フラックス中への溶解速度は、上記の角θ(サファイア基板の主面の法線がC軸と成す角度;0°≦θ≦90°)に対して単調に増加することが分る。
【0020】
このため、これらの作用に基づいて実施される本発明の第1の手段によれば、 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、または III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程後にその成長温度付近で、サファイア基板の少なくとも一部が混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解する。このため、結晶成長した III族窒化物系化合物の半導体結晶を降温した際に、目的の当該半導体結晶に対して、サファイア基板からの応力が全く作用しなくなるか、又は該応力が作用し難くなる。したがって、本発明の第1の手段によれば、クラックの発生密度が従来よりも格段に低い良質な半導体結晶を製造することができる。
したがって、例えば特に、サファイア基板の全てが完全に腐食、剥離、融解、又は溶解した場合には、結晶成長によって得られた半導体結晶は、サファイア基板から受ける応力から完全に解放されるため、そのクラックの発生密度も非常に低くなる。
【0021】
また、本発明の第2の手段によれば、本発明の作用・効果をより確実に得ることができる。
また、これらの場合には、短時間でサファイア基板を分離し易くなるばかりでなく、例えば「特開平11−112029」や「特開2006−36561」などからも理解できる様に、得られる半導体結晶の内部に発生するピエゾ電界を弱めることができる。このため、本発明の第2の手段は、例えば光デバイスを製造する場合などには、更に有利である。
【0022】
また、本発明の第3の手段によれば、用いる下地基板が比較的形成し易くなるばかりでなく、例えば「特開平11−112029」や「特開2006−36561」などからも理解できる様に、得られる半導体結晶の内部に発生するピエゾ電界を略最小(略0MV/cm)にすることができる。このため、本発明の第3の手段は、光デバイスを製造する場合などには、特に有利となる。
【0023】
また、本発明の第4の手段によれば、追加される上記のLiまたはCaの用量によっては、結晶成長反応に最低限必要とされる窒素ガスのガス圧を下げたり、或いは結晶成長速度を上げたりできる場合がある。
【0024】
また、本発明の第5の手段によれば、バッファ層の積層作用により、更にその上に積層される種結晶(GaN層)の結晶性が向上する。このため、より良質の半導体結晶を製造することができる。即ち、サファイア基板の結晶成長面上に直接GaN層を形成する場合よりも、クラックが少なく結晶性の良い半導体結晶を得ることができる。
【0025】
また、本発明の第6の手段によれば、サファイア基板の裏面の表面積が増大するので、サファイア基板の溶解速度が向上する。また、特に上記の角度θが小さい場合には、裏面に形成された凹凸部分の表面の各部においてA面、M面、またはR面が局所的に露出するので、これによって、サファイア基板溶解過程の特に初期段階において、サファイア基板の裏面の表面積の増大に比例した溶解速度向上効果を更に上回る溶解速度向上効果が得られる場合がある。
【0026】
また、本発明の第7の手段によれば、サファイア基板の裏面にフラックスの融液が当接したり、その接触部分の融液が時間と共に循環して入れ替わったりすることによって、サファイア基板の溶解速度が向上する。
また、本発明の第8の手段によれば、フラックスの融液が、能動的に十分に攪拌されるため、サファイア基板の融解速度が更により向上する。
【0027】
また、本発明の第9の手段によれば、その保護膜の材質、厚さ又は成膜パターンなどによって、サファイア基板がフラックスに溶解する時期または溶解速度などを任意に制御することが可能となる。したがって、本発明の第9の手段によれば、種結晶上に目的の半導体結晶が所定の厚さ以上に形成されてから、即ち、結晶が安定成長時期に到達してから、サファイア基板が溶解し始める様に設定することができる。また、本発明の第9の手段によれば、更に保護膜を厚くしてサファイア基板の溶解開始時期を遅らせることなどによって、サファイア(Al2 3 )の溶融物が、所望の半導体結晶中にドープされてしまう恐れを払拭することも可能となる。
【0028】
また、本発明の第10の手段により、上記の保護膜がフラックスに溶け出す現象を不純物の添加処理として利用すれば、不純物の添加が必要な場合に、その不純物の添加処理を他の方法によって実施する必要がなくなる。また、同時に、必要となる不純物材料を節約することもできる。したがって、この場合には、上記の保護膜をシリコン(Si)や酸化珪素(SiO2 )などから形成してもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
なお、 III族元素と窒素との反応温度は、500℃以上1100℃以下がより望ましく、窒素含有ガスの雰囲気圧力は、0.1MPa以上6MPa以下がより望ましい。また、アンモニアガス(NH3 )を使用すると、雰囲気圧力を低減できる場合がある。また、用いる窒素ガスは、プラズマ状態のものでも良い。
【0030】
また、所望の III族窒化物系化合物半導体結晶の中に添加する不純物として、当該混合フラックス中に、ボロン(B)、タリウム(Tl)、カルシウム(Ca)、カルシウム(Ca)を含む化合物、珪素(Si)、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)、炭素(C)、酸素(O)、アルミニウム(Al)、インジウム(In)、アルミナ(Al2 3 )、窒化インジウム(InN)、窒化珪素(Si3 4 )、酸化珪素(SiO2 )、酸化インジウム(In2 3 )、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Br)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化マグネシウム(MgO)、またはゲルマニウム(Ge)などを含有させてもよい。これらの不純物は、1種類だけを含有させても良いし、同時に複数種類を含有させても良い。即ち、これらの選択や組み合わせは任意で良い。これらの不純物の添加によって、目的の半導体結晶のバンドギャップや電気伝導性や格子定数などを所望の特性値に改善することができる。
【0031】
また、フラックス法に基づく目的の結晶成長の開始以前に、下地基板の一部である種結晶( III族窒化物系化合物半導体結晶)が、フラックス中に溶融することを緩和したり防止したりするために、例えばCa3 2 ,Li3 N,NaN3 ,BN,Si3 4 ,InNなどの窒化物を予めフラックス中に含有させておいてもよい。これらの窒化物をフラックス中に含有させておくことによって、フラックス中の窒素濃度が上昇するため、目的の結晶成長開始以前の種結晶のフラックス中への融解を未然に防止したり緩和したりすることが可能となる。
【0032】
また、用いる結晶成長装置としては、フラックス法が実施可能なものであれば任意でよく、例えば、上記の特許文献に記載されているもの等を適用又は応用することができる。ただし、フラックス法に従って結晶成長を実施する際の結晶成長装置の反応室の温度は、1000℃程度にまで任意に昇降温制御できることが望ましい。また、反応室の気圧は、約100気圧(約1.0×107 Pa)程度にまで任意に昇降圧制御できることが望ましい。また、これらの結晶成長装置の電気炉、ステンレス容器(反応容器)、原料ガスタンク、及び配管などは、例えば、ステンレス系(SUS系)材料やアルミナ系材料や銅等によって形成することが望ましい。
【0033】
また、上記の保護膜の成膜パターンは、フォトリソグラフィーやエッチングなどの周知の技法により任意に形成可能である。また、サファイア基板の溶解時期は、これらの保護膜の厚さを薄くする程早めることができ、また、その溶解速度は、フラックスに対するサファイア基板の露出面積を広くするほど高く設定することができる。即ち、これらの設定によれば、サファイア基板の露出面が高温のフラックスに接触した時点からサファイア基板の溶解が開始され、かつ、その溶解速度は、上記の角度θが決まっている場合には、その露出面の面積に略比例する。このため、保護膜に係わるこれらの設定条件や上記の角度θを適当に調整することによって、サファイア基板の溶解開始時刻や溶解所要時間や溶解速度などを任意に調整することができる。また、サファイア基板の溶解所要時間は、その厚さやフラックスの温度などによっても任意に調整することができる。
【0034】
なお、種結晶や下地基板の大きさや厚さは任意で良いが、工業的な実用性を考慮すると、直径約45mm程度の円形のものや、約27mm四方の角形や約13mm四方の角形などがより望ましい。また、種結晶や下地基板の結晶成長面の曲率半径は大きいほど望ましい。
【0035】
以下、本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。
ただし、本発明の実施形態は、以下に示す個々の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
以下、フラックス法に基づいた結晶成長に係わる本実施例1の製造工程について説明する。
1.下地基板の作成
図1は、本実施例1で用いる下地基板(テンプレート10)の作成工程における断面図である。この工程では、まず、MOVPE法に従う結晶成長によって、R面を主面とする、縦約13mm、横約13mm、厚さ約450μmのサファイア基板11の上にAlGaNから成るバッファ層12を約4μm積層し、更にその上にGaN層13を積層する。このGaN層13は、所望の半導体結晶のフラックス法による成長が開始されるまでの間に、幾らかはフラックスに溶け出す場合があるので、その際に消失されない厚さに積層しておく。
ただし、この様な消失(種結晶の溶解)を防止または緩和するためのその他の方法としては、例えば後述の結晶成長処理ではその実施前に、混合フラックスの中にCa3 2 ,Li3 N,NaN3 ,BN,Si3 4 またはInNなどの窒化物を予め添加しておいてもよい。
【0037】
2.結晶成長装置の構成
図2−A,−Bに本実施例1の結晶成長装置の構成図を示す。この結晶成長装置は、フラックス法に基づく結晶成長処理を実行するためのものであり、窒素ガスを供給するための原料ガスタンク21と、育成雰囲気の圧力を調整するための圧力調整器22と、リーク用バルブ23と、結晶育成を行うための電気炉25を備えている。また、電気炉25、原料ガスタンク21と電気炉25とをつなぐ配管等は、ステンレス系(SUS系)またはアルミナ系の材料、或いは銅等により形成されている。
【0038】
そして、上記の電気炉25の内部には、ステンレス容器24(反応室)が配置されており、このステンレス容器24には、坩堝26(反応容器)がセットされている。この坩堝26は、例えば、ボロンナイトライド(BN)やアルミナ(Al2 3 )などから形成することができる。
また、電気炉25内の温度は、1000℃以下の範囲内で任意に昇降温制御することができる。また、ステンレス容器24の中の結晶雰囲気圧力は、圧力調整器22,29やリーク用バルブ23などによって、1.0×107 Pa以下の範囲内で配管28を介して任意に昇降圧制御することができる。
【0039】
図2−Bにステンレス容器24の断面図を示す。反応室の側壁27は円筒形に形成されており、その外側下方の足部には、加熱用のヒータHがリング状に配設されている。このヒータHは、該反応室の底部を介して坩堝26(反応容器)を加熱することによって、坩堝26内の混合フラックス9に熱対流を発生させるためのものである。そして、この熱対流により、所望の半導体結晶の成長速度を向上させることができるともに、サファイア基板のフラックス中への溶解速度をも向上させることができる。
【0040】
3.結晶成長工程
以下、図2−A,−Bの結晶成長装置を用いた本実施例の結晶成長工程について、図3−A〜Cを用いて説明する。
(1)まず、反応容器(坩堝26)の中に、10.5gのナトリウム(Na)と12.2gのガリウム(Ga)と24.4mgのリチウム(Li)を入れ、その反応容器(坩堝26)を結晶成長装置の反応室(ステンレス容器24)の中に配置してから、反応室の中のガスを排気する。
ただし、これらの作業を空気中で行うとNaがすぐに酸化してしまうため、基板や原材料を反応容器にセットする作業は、Arガスなどの不活性ガスで満たされたグローブボックス内で実施する。また、この坩堝中には必要に応じて、例えばアルカリ土類金属等の前述の任意の添加物を予め投入しておいても良い。
【0041】
(2)次に、この坩堝の温度を約880℃に調整しつつ、この温度調整工程と並行して、結晶成長装置の反応室には、新たに窒素ガス(N2 )を送り込み、これによって、この反応室の窒素ガス(N2 )のガス圧を約3.7MPaに維持する。この時、上記のテンプレート10を構成するサファイア基板11は、上記の昇温の結果生成される融液(混合フラックス)に浸し、テンプレート10の結晶成長面、即ち、GaN層13の露出面は、その融液と窒素ガスとの界面付近に配置する。
即ち、結晶成長面は、混合フラックスに常時浸されていることが望ましく、また、その融液は、例えば上記のヒータHなどを用いてよく攪拌されることによって、雰囲気中の窒素ガス成分(N2 またはN)が常時十分に取り込まれていることが望ましい。ただし、攪拌作用が十分に得られている場合には、テンプレート10の配置場所は、坩堝26の底でも良い。
【0042】
(3)その後、図2−BのヒータHを加熱して、混合フラックス9の熱対流を発生させ、これによって混合フラックス9を攪拌混合しつつ上記(3)の結晶成長条件を約100時間維持した。
【0043】
以上の様な条件設定により、GaとNaとの融液と窒素ガスとの界面付近が、継続的に III族窒化物系化合物半導体の材料原子の過飽和状態となるので、所望の半導体結晶(GaN単結晶20)をテンプレート10(図1)の結晶成長面から順調に成長させることができる(図3−A)。また、テンプレート10の裏面は、サファイア基板11のR面であるので、テンプレート10は混合フラックス9の中で裏面から溶解または腐食し易い。このため、図3−Bに示す様に、テンプレート10は、裏面側から徐々に溶解または腐食しつつ、徐々に分離または消失されていく。
【0044】
4.結晶成長基板の溶解
以上の結晶成長工程によって、GaN単結晶20が例えば約500μm以上の十分な膜厚にまで成長したら、引き続き坩堝の温度を850℃以上880℃以下に維持して、サファイア基板11が混合フラックス中に全て溶解するのを待ち(図3−B〜C)、その後も、窒素ガス(N2 )のガス圧を10〜50気圧(1〜5×106 Pa)程度に維持したまま、反応室の温度を100℃以下にまで降温する。この温度を結晶の育成温度よりも低くする理由は、成長した結晶のメルトバックを防止するためである。ただし、この温度を下げ過ぎると、サファイア基板の溶解速度が遅くなるので注意を要する。
【0045】
ただし、バッファ層12などをも混合フラックス中に溶解させることがより望ましい。また、サファイア基板11をフラックス中に溶解させる工程と上記の降温工程とは、幾らか並行に重ねて実施する様にしても良い。これらの工程の並列同時進行の様態は、本発明の第6乃至第9の何れかの手段によって、適当に調整することができる。
【0046】
5.フラックスの除去
次に、結晶成長装置の反応室を30℃以下にまで降温してから、GaN単結晶20(所望の半導体結晶)を取り出し、その周辺も30℃以下に維持して、GaN単結晶20の周りに付着したフラックス(Na)をエタノールを用いて除去する。
以上の各工程を順次実行することによって、図1の最初のサファイア基板11と略同等の面積で厚さ500μm以上の、従来よりも大幅にクラックが少ない高品質の半導体単結晶(GaN単結晶20)を、従来よりも低コストで製造することができる。
【実施例2】
【0047】
図4に本実施例2のテンプレート10′の作成工程における断面図を示す。このテンプレート10′は、実施例1のテンプレート10と略同様に形成することができるので、対応する部位には、同じ符号に記号「′」を添えて示してある。ただし、本実施例2のサファイア基板11′としては、裏面及び上面(結晶成長面)が共にC面で形成されているものを使用し、更に裏面には、R面やA面が部分的に多く露出される様に、多数の溝(凹部)を形成した。その深さは、図示する様に約150μmである。
【0048】
その後、このテンプレート10′を用いて、先の実施例1と略同様に、結晶成長処理を実施した。即ち、このテンプレート10′を880℃の混合フラックス中で150時間保持して、GaN薄膜13′上に、フラックス法によるGaN単結晶を約1.5mm成長させた。その後、混合フラックスの温度を850℃に降温して、このテンプレート10′を更に50時間、該混合フラックス中で保持することによって、サファイア基板11′の一部を裏面側から溶解させた。
【0049】
その結果、サファイア基板11′の厚さを最初の厚さの約半分にまで、削減することができた。その後、これを常温まで冷却する過程で、残っていたサファイア基板11′は、微小片状に多数に分割されて、GaN単結晶からそれぞれ剥離した。微小片状に分割された理由は、上記の溶解によって薄膜化された残りのサファイア基板11′に対して、熱膨張係数差に基づく応力が効果的に作用したためだと考えられる。また、得られたGaN単結晶の側にはクラックは生じなかった。これは、得られたGaN単結晶の厚さが十分であったためだと考えられる。
【0050】
〔その他の変形例〕
本発明の実施形態は、上記の形態に限定されるものではなく、その他にも以下に例示される様な変形を行っても良い。この様な変形や応用によっても、本発明の作用に基づいて本発明の効果を得ることができる。
(変形例1)
【0051】
例えば、上記の実施例1における結晶成長では、混合フラックスにリチウム(Li)を添加したが、リチウム(Li)の代わりにカルシウム(Ca)を用いても良い。また、リチウム(Li)に加えて更にカルシウム(Ca)を用いる様にしても良い。
また、結晶原料である窒素(N)を含有するガスとしては、窒素ガス(N2 )、アンモニアガス(NH3 )、またはこれらのガスの混合ガスなどを用いることができる。また、窒素(N)はプラズマ状態のものでも良い。
また、所望の半導体結晶を構成する III族窒化物系化合物半導体の上記の組成式においては、上記の III族元素(Al,Ga,In)の内の少なくとも一部をボロン(B)やタリウム(Tl)等で置換したり、或いは、窒素(N)の少なくとも一部をリン(P)、砒素(As)、アンチモン(Sb)、ビスマス(Bi)などで置換したりすることもできる。
【0052】
また、p形の不純物(アクセプター)としては、例えばアルカリ土類金属(例:マグネシウム(Mg)やカルシウム(Ca)等)などを添加することができる。また、n形の不純物(ドナー)としては、例えば、シリコン(Si)や、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)、或いはゲルマニウム(Ge)等のn形不純物を添加することができる。また、これらの不純物(アクセプター又はドナー)は、同時に2元素以上を添加しても良いし、同時に両形(p形とn形)を添加しても良い。即ち、これらの不純物は、例えばフラックス中に予め溶融させておくこと等により、所望の半導体結晶中に添加することができる。
【0053】
(変形例2)
また、サファイア基板の裏面に保護膜を成膜する様にしてもよい。この保護膜は、例えばMOVPE法などに従ってAlN層を積層することによって成膜しても良いし、或いはシリコン(Si)、酸化珪素(SiO2 )、タンタル(Ta)などをスパッタリング装置又は真空蒸着装置などを用いて成膜する様にしても良い。この保護膜の成膜によって、サファイア基板腐食又は溶解などの開始時期を遅延させることができる。サファイア基板は、Al2 3 からなるので、これらの元素が所望の半導体結晶中に添加されることを防止したい場合には、この様な遅延作用が得られるため、この様な保護膜の採用が有効となる場合がある。
また、これらの保護膜の構成物自身を半導体結晶中に添加する不純物としてもよい。
【0054】
(変形例3)
また、上記の実施例1では、主面をR面としたが、A面基板(主面がサファイアA面であるサファイア基板)やM面基板などを用いてもよい。サファイア基板の主面に対するこれらの結晶面の採用によって、得られる半導体結晶の内部に発生するピエゾ電界を略最小(略0MV/cm)にすることができる。
また、R面基板、A面基板、M面基板などに対してそれらの主面に直接GaN層を成膜してもよい。
【0055】
(変形例4)
また、例えばサファイアR面基板を用いる場合などに、その裏面にV字形などの溝などによって、凹凸を形成してもよい。この場合、その溝の表面にA面が少なくとも微細なステップ状に現れるので、裏面に局所的にA面が現れることと、裏面の表面積が増大することと、裏面が削られることによって、サファイア基板の溶解時間が短縮される。即ち、この様なアプローチは、工程を短縮させる方向に作用するものである。
【0056】
(変形例5)
また、上記の実施例1における結晶成長では、混合フラックス中に最初からリチウム(Li)を含有させているが、例えばリチウムやカルシウムなどの添加物は、結晶成長工程の終了後に添加する様にしてもよい。そして、このような添加方法によっても、サファイア基板の溶解速度を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、 III族窒化物系化合物半導体からなる半導体結晶を用いた半導体デバイスの製造になど有用である。また、これらの半導体デバイスとしては、例えばLEDやLDなどの発光素子や受光素子等以外にも、例えばFETなどのその他一般の半導体デバイスを挙げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】実施例1のテンプレート10の作成工程における断面図
【図2−A】実施例1で用いる結晶成長装置の構成図
【図2−B】実施例1で用いる結晶成長装置の部分的な断面図
【図3−A】実施例1の半導体結晶の結晶成長工程における断面図
【図3−B】実施例1の半導体結晶の結晶成長工程における断面図
【図3−C】実施例1の半導体結晶の結晶成長工程における断面図
【図4】実施例2のテンプレート10′の作成工程における断面図
【符号の説明】
【0059】
9 : 混合フラックス
10 : テンプレート
11 : サファイア基板(R面基板)
20 : 半導体基板( III族窒化物系化合物半導体結晶)
24 : ステンレス容器(反応室)
25 : 電気炉
H : ヒータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属を有する混合フラックスの中で、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)又はインジウム(In)の III族元素と窒素(N)とを反応させることによって、 III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させる半導体結晶の製造方法において、
前記 III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させる下地基板に、裏面が一連のC面ではないサファイア基板を用い、
前記サファイア基板の少なくとも一部を
前記 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、または、
前記 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程後にその成長温度付近で、
前記混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解させる
ことを特徴とする III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項2】
前記裏面の法線と前記サファイア基板のC軸とが成す角度は、
10°以上90°以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項3】
前記サファイア基板の結晶成長面は、A面、R面、又はM面からなる
ことを特徴とする請求項2に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項4】
前記混合フラックスは、
ナトリウム(Na)に加えて、リチウム(Li)又はカルシウム(Ca)を有する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項5】
前記下地基板は、
前記サファイア基板の結晶成長面の上にAlGaNからなるバッファ層を積層し、
更に、このバッファ層の上にGaN層を積層する
ことにより形成されたテンプレートからなる
ことを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項6】
前記 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程前に、
前記サファイア基板の裏面にその表面積を増大させる凹凸を形成する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項7】
前記 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、
前記サファイア基板の裏面を前記混合フラックスに接触させる
ことを特徴とする請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項8】
前記混合フラックスと前記 III族元素とを攪拌混合しながら前記 III族窒化物系化合物半導体を結晶成長させる
ことを特徴とする請求項1乃至請求項7の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項9】
前記下地基板の裏面に、
前記 III族窒化物系化合物半導体の結晶成長工程中に、前記混合フラックスの中で腐食、剥離、融解、又は溶解する保護膜を有する
ことを特徴とする請求項1乃至請求項8の何れか1項に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。
【請求項10】
前記保護膜は、
前記 III族窒化物系化合物半導体の中に添加すべき不純物を有する
ことを特徴とする請求項9に記載の III族窒化物系化合物半導体結晶の製造方法。

【図1】
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【図2−A】
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【図2−B】
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【図3−A】
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【図3−B】
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【図3−C】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−150239(P2008−150239A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−339056(P2006−339056)
【出願日】平成18年12月15日(2006.12.15)
【出願人】(000241463)豊田合成株式会社 (3,467)
【出願人】(000004064)日本碍子株式会社 (2,325)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】