説明

SnO2系スパッタリングターゲット

【課題】スパッタ膜の膜応力を絶対値で小さくし、スパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離が少ないSnO系焼結体ターゲットの提供。
【解決手段】本発明のSnO系スパッタリングターゲットは、10ppmを越え1質量%未満のSbと、合計質量が20質量%以下であるTaおよび/またはNbと、残部としてのSnOおよび不可避不純物とからなる焼結体からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SnO系スパッタリングターゲットに関するものであり、具体的には、フラットパネルディスプレイ、タッチパネル、太陽電池等の各種用途において、透明電極、帯電防止、電磁波遮蔽、ガスバリア、熱線反射等の各種膜機能を確保するために使用される、SnO系スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、SnO系薄膜は、フラットパネルディスプレイ、タッチパネル、太陽電池等の幅広い用途に用いられている。このSnO系薄膜は、工業的には、スプレー法やCVD法により製造されるのが主流である。しかし、これらの方法は、膜厚を大面積に均一化することには適しておらず、成膜プロセスの制御も困難であり、さらには成膜時に高温になったり汚染物質である塩素系ガスを生成し得たりすることから、これらの欠点の無い新たな製造方法が求められている。
【0003】
一方、スパッタリング法によるSnO系薄膜の製造も試みられており、そのためのスパッタリングターゲットとして、ターゲットの比抵抗を下げるためにSbが添加されたSnO−Sbターゲットが専ら工業的に実用化されている。しかしながら、従来のSnO系焼結体ターゲットは積算電力の増加にともない膜付着量が増えると、スパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離によるパーティクルが多く発生しがちであった。このパーティクルが薄膜に付着すると薄膜の性能を悪化させ薄膜欠陥の原因ともなりうることも知られている。このため、スパッタリングの際に、周辺構造物からの膜剥離の少ないSnO系スパッタリングターゲットが求められている。
【0004】
SnO−Sb系の材料としては、例えば以下のものが提案されている。合計量が酸化物換算で20質量%以下のNbまたはNbおよびTaと、不可避的不純物として10ppm以下のSbと、残部SnOとからなる、1450℃以上で焼結した焼結体が知られている(例えば、特許文献1を参照)。また、10.2質量%のSbを含む、820℃以下で焼結したSnO−Sb焼結体が知られている(例えば、特許文献2を参照)。また、Sbを3〜10質量%含み、残部がSnOおよび不可避的不純物からなる、800℃で焼結した酸化錫−酸化第一アンチモン焼結体ターゲットが知られている(例えば、特許文献3を参照)。また、6質量%の酸化アンチモンと、5〜20質量%の酸化亜鉛と、残部SnOとからなる、1500℃で焼結した錫−アンチモン酸化物焼結体ターゲットが知られている(例えば、特許文献4を参照)。しかしながら、これらのいずれの文献においても、10ppmを越え1質量%未満のSbを含む焼結体からなり、スパッタ膜の膜応力が絶対値で小さく、スパッタリングの際にスパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離が少ない、SnO系スパッタリングターゲットについての知見は何ら示されていない。
【0005】
【特許文献1】特許第3957917号公報
【特許文献2】特許第3662168号公報
【特許文献3】特許第3710021号公報
【特許文献4】特開2003−73819号公報
【発明の概要】
【0006】
本発明者らは、今般、SnO系スパッタリングターゲットにおいて、Sb添加量を10ppmを越え1質量%未満に特定することにより、得られたSnO系焼結体をスパッタリングターゲットとして使用すると、膜応力が絶対値で小さいスパッタ膜が得られ、スパッタリングの際にスパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離が少ないことを知見した。
【0007】
したがって、本発明の目的は、スパッタ膜の膜応力が絶対値で小さく、スパッタリングの際にスパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離が少ない、10ppmを越え1質量%未満のSbを含んでなる焼結体からなるSnO系焼結体ターゲットを提供することにある。
【0008】
すなわち、本発明によるSnO系スパッタリングターゲットは、10ppmを越え1質量%未満のSbと、合計質量が20質量%以下であるTaおよび/またはNbと、残部としてのSnOおよび不可避不純物とからなる焼結体からなるものである。
【発明の具体的説明】
【0009】
SnO系スパッタリングターゲット
本発明によるSnO系スパッタリングターゲットは、10ppmを越え1質量%未満のSbと、合計質量が20質量%以下、好ましくは1〜20質量%であるTaおよび/またはNbと、残部としてのSnOおよび不可避不純物とからなる焼結体からなる。このようなSnO系焼結体をスパッタリングターゲットとして使用すると、膜応力が絶対値で小さいスパッタ膜が得られ、スパッタリングの際にスパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離を少なくすることができる。
【0010】
本発明の好ましい態様によれば、Sbの含有量は11〜9000ppmであるのが好ましく、より好ましくは100〜6000ppmであり、さらに好ましくは300〜2000ppmである。この組成範囲内の焼結体からなるスパッタリングターゲットを用いたスパッタリングにおいては、得られるスパッタ膜の膜応力を絶対値でより小さくして、スパッタリングの際にスパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離をより少なくすることができる。
【0011】
本発明の好ましい態様によれば、Taの含有量は好ましくは0〜15質量%であり、かつNbの含有量は好ましくは0〜15質量%である。この組成範囲内の原料混合粉末を用いることで、比較的大型の焼結体を製造することのできるコールドプレス法や、鋳込み法により焼結体を作製することができ、しかも1300℃以上の高温条件で焼結を行うことができる。
【0012】
本発明の好ましい態様によれば、本発明によるスパッタリングターゲットは、1300℃以上で焼結した焼結体からなるのが好ましく、より好ましくは1350〜1650℃であり、さらに好ましくは1500〜1650℃である。この温度範囲で焼結した焼結体は、液相焼結が充分に進行しており、焼結密度の高い焼結体となることができる。
【0013】
本発明の好ましい態様によれば、本発明によるスパッタリングターゲットは、相対密度が60%以上である焼結体からなるのが好ましく、より好ましくは75%以上であり、さらに好ましくは95%以上である。この相対密度の範囲では、スパッタリング時の成膜速度を速くし、またターゲットの使用期間を長くし、さらにスパッタリング中のアーキングを少なくすることができる。また、焼結密度が高くなると、焼結体内部の気泡などを低減することができる。
【0014】
本発明の好ましい態様によれば、本発明によるスパッタリングターゲットをスパッタリングに用いた際に、膜応力の絶対値が1050MPa以下であるスパッタ膜を得ることが好ましく、より好ましくは1000MPa以下である。この膜応力値の範囲内においては、スパッタカソードの周辺構造物からの膜剥離が少なく、膜剥離によるパーティクルの発生を抑制することができる。
【0015】
SnO系スパッタリングターゲットの製造方法
本発明によるSnO系スパッタリングターゲットの製造方法は特に限定されないが、以下に示される好ましい態様に従い行うことができる。すなわち、本発明の好ましい態様によれば、まず、SnOを主成分とし、Sbを10ppmを越え1質量%未満含み、Taおよび/またはNbを合計質量で20質量%以下含む、未焼結の成形体を用意する。本発明において未焼結の成形体は、上記組成を含む原料粉を成形したものであればいかなる方法により成形されたものであってもよく、例えば、SnO粉末、Sb粉末、Ta粉末、およびNb粉末を上記組成を満たすような配合量比で混合して原料粉を調製し、この原料粉を成形することにより作製することができる。
【0016】
本発明の好ましい態様によれば、原料粉を用いた未焼結体の成形体は、原料粉にバインダーを添加して所定の形状を付与し易くするのが好ましい。このようなバインダーとしては、加熱により消失ないし飛散する公知のバインダーであれば限定されず、ポリビニルアルコール水溶液等が使用可能である。乾燥および加熱の方法は限定されるものではないが、先ず50〜130℃で5〜30時間乾燥を行い、次いで500〜800℃で6〜24時間加熱して脱脂を行うのが好ましい。
【0017】
本発明の好ましい態様によれば、上記の通り用意された未焼結の成形体を1300℃以上で焼結するのが好ましく、より好ましくは1350〜1650℃であり、さらに好ましくは1500〜1650℃である。この温度範囲で焼結を行うことにより、液相焼結が充分に進行して焼結密度を高くすることができ、さらには、SnOの溶融を防止して所望の形状の焼結体の作製を行い易くすることができる。
【0018】
本発明の好ましい態様によれば、焼結は、2〜20時間行われるのが好ましく、より好ましくは3〜12時間であり、さらに好ましくは4〜8時間である。この範囲内であると、電力消費量を抑制し、かつ高い生産性を確保しながら、充分に焼結を行うことができる。
【0019】
本発明の好ましい態様によれば、焼結は、高い焼結密度を確保するために酸素含有雰囲気下で行われるのが好ましく、例えば、酸素加圧雰囲気下、酸素雰囲気下、あるいは大気雰囲気下で行うことができる。
【実施例】
【0020】
例1〜37
(1)スパッタリングターゲットの作製
まず、以下の4種類の原料粉末を用意した。
SnO粉末:純度99.99%(4N)、平均粒径0.7〜1.1μm、比表面積2.0〜2.7m/g
Ta粉末:純度99.9%(3N)、平均粒径0.6〜0.8μm、比表面積2.0〜3.1m/g
Nb粉末:純度99.9%(3N)、平均粒径0.6〜1.0μm、比表面積2.1〜2.7m/g
Sb粉末:純度99.9%(3N)、平均粒径0.6〜1.0μm、
各例について、上記4種類の原料粉末を、それぞれ秤量し、ドライボールミルで21時間混合した。この混合粉にポリビニルアルコール水溶液を添加し、充分混合した後、400×800mm寸法の金型に充填し、800kgf/cmの圧力にてプレス成形した。この成形体を80℃で12時間乾燥させた。この乾燥体を、酸素雰囲気下で、表1に示される焼成温度で8時間焼成し、焼結体を得た。この際、昇温速度は400℃/時間、降温速度は100℃/時間に制御した。得られた焼結体を直径152.4mm、厚さ5mmの大きさに機械加工して、SnO系スパッタリングターゲットを得た。また、焼結体の加工端材について、乳鉢を用いて粉砕し、テフロン(登録商標)製容器に、その粉砕粉、硝酸と塩酸の混酸、および超純水を加え加水分解した後、定溶液とした。得られた定溶液中のTa、Nb、およびSbの各元素の測定を、ICP質量分析装置(Agilent社製4500)を用いて、ICP質量分析法で行った。酸化物換算した値を表1に示す。
【0021】
(2)評価
得られたスパッタリングターゲットについて、以下に示される各種評価試験を行った。
【0022】
評価1:相対密度の測定
各スパッタリングターゲットの相対密度をアルキメデス法により測定した。このとき、各原料の密度をSnO:6.95g/cm、Ta:8.74g/cm、Nb:4.47g/cmとして加重平均密度(理論密度)を算出し、この加重平均密度を100%として相対密度を算出した。その結果は、表1に示される通りであった。
【0023】
評価2:スパッタ膜の膜応力の評価
例1〜37で得られたスパッタリングターゲットを無酸素銅製のバッキングプレートにメタルボンディングした。そして、メタルボンディングした各スパッタリングターゲットについて、以下に示されるスパッタ条件で、直流電源を用いたスパッタリングを行い、シリコンウェーハにスパッタ成膜した。
カソード:強磁場磁気回路
ターゲット/基板間距離:50mm
スパッタ室到達圧力:<1×10−4Pa
基板温度:室温(加熱無し)
導入ガス:アルゴン+酸素(酸素濃度1体積%)
導入ガス分圧:0.67Pa
直流印加電力:360W
膜厚:500nm
基板:φ4inch×525μm シリコンウェーハ
【0024】
こうして得られたスパッタ膜について、 FLX−2320−5(東朋テクノロジー社製)を用いて曲率半径を測定し、以下の計算式を用いて、応力を算出した。膜応力の負符号は圧縮応力であることを示す。
σ=Eb/{6(1‐ν)*rd}
σ:応力
E:基板のヤング率
b:基板の厚さ
ν:基板のポアソン比
d:膜厚
r:成膜後の基板の曲率半径(ニュートン法により測定)
【0025】
結果は表1に示される通りであり、本発明の組成を満たすスパッタリングターゲットを用いて成膜したスパッタ膜は、いずれも低い膜応力を有することが分かる。
【0026】
評価3:膜剥離の評価
例1〜37で得られたスパッタリングターゲットを、図1に示されるスパッタリング装置を用いて以下の通りにして膜剥離の評価を行った。図1に示されるスパッタリング装置は、チャンバー1内に、ターゲット2が載置されるためのバッキングプレート3と、バッキングプレート3と対向して設けられる基板ホルダー4とを備えてなる。そして、チャンバー1内には、ターゲット2およびバッキングプレート3の側面を保護するアースシールド5と、チャンバー1への被膜形成を防止する防着板6とがさらに設けられる。
【0027】
まず、各スパッタリングターゲットを、チャンバー1内のバッキングプレート3にメタルボンディングした。そして、メタルボンディングしたターゲット2について、以下に示されるスパッタ条件で、連続放電した。連続放電後、基板ホルダー4、アースシールド5、および防着板6に付着した膜を観察し、明らかに膜剥離しているものを×、そうでないものを○とした。
カソード:強磁場磁気回路
スパッタ室到達圧力:<1×10−4Pa
導入ガス:アルゴン+酸素(酸素濃度1体積%)
導入ガス分圧:0.67Pa
直流印加電力:360W
膜厚:500nm
スパッタ時間:連続30hr放電
アースシールド:アランダム#60ブラスト処理品
基板ホルダー:アランダム#60ブラスト処理品
防着板:アランダム#60ブラスト処理品
【0028】
結果は表1に示される通りであり、本発明の組成を満たすスパッタリングターゲットを用いて連続放電した後、図1に示される基板ホルダー4、アースシールド5、および防着板6に付着した膜はいずれも膜剥離を生じないことが分かる。
【0029】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】膜剥離の評価に用いたスパッタリング装置の概略模式図である。
【符号の説明】
【0031】
1 チャンバー
2 ターゲット
3 バッキングプレート
4 基板ホルダー
5 アースシールド
6 防着版

【特許請求の範囲】
【請求項1】
10ppmを越え1質量%未満のSbと、合計質量が20質量%以下であるTaおよび/またはNbと、残部としてのSnOおよび不可避不純物とからなる焼結体からなる、SnO系スパッタリングターゲット。
【請求項2】
Sbの含有量が11〜9000ppmである、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
Sbの含有量が100〜6000ppmである、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項4】
Sbの含有量が300〜2000ppmである、請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項5】
Taの含有量が0〜15質量%であり、かつNbの含有量が0〜15質量%である、請求項1〜4に記載のスパッタリングターゲット。

【図1】
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【公開番号】特開2009−114531(P2009−114531A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291592(P2007−291592)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】